(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-24
(45)【発行日】2023-08-01
(54)【発明の名称】放射温度測定装置
(51)【国際特許分類】
G01J 5/06 20220101AFI20230725BHJP
【FI】
G01J5/06
(21)【出願番号】P 2021100380
(22)【出願日】2021-06-16
(62)【分割の表示】P 2018554988の分割
【原出願日】2017-12-04
【審査請求日】2021-07-16
(31)【優先権主張番号】P 2016237745
(32)【優先日】2016-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 裕之
(72)【発明者】
【氏名】杉山 大
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-064130(JP,A)
【文献】特開2016-038537(JP,A)
【文献】田村哲雄 ほか,5.5~7.9μmサーモグラフィ装置の開発とその応用,日本赤外線学会誌,1998年12月,第8巻,第2号,p.39-47,http://www.jsir.org/wp/wp-content/uploads/2014/10/1998.12VOL.8NO.2 8.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J5/00-5/90
G02B5/30
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線センサを用いて物体の表面温度を非接触で測定する放射温度測定装置において、
酸化ケイ素を主成分として含む温度測定対象である前記物体から放射される電磁波を検出する赤外線センサと、
前記電磁波のうち、一方向の偏光波を反射するとともに、前記一方向とは垂直な方向の偏光波を透過又は吸収する偏光板と、
を備え、
前記赤外線センサが、前記偏光板の反射する一方向の偏光電磁波を検出すること
を特徴とし、
さらに、
前記偏光板が前記偏光板を回転させても反射偏光波の方向が変わらない軸を持つワイヤグリッド偏光板であり、
前記偏光板の反射する一方向の偏光電磁波が
前記温度測定対象である前記物体からのP波であり、
前記赤外線センサが、前記物体から放射されて前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド側に入射し該ワイヤグリッド偏光板で反射された前記一方向の偏光電磁波を検出することを特徴とし、
前記ワイヤグリッド偏光板が、前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向もしくはグリッド方向
とは垂直な方向のいずれかを回転軸として回転させて、前記赤外線センサに対して傾けて配置されていることを特徴とする放射温度測定装置。
【請求項2】
前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向もしくはグリッド
方向とは垂直な方向のいずれかを回転軸として回転させた角度が前記赤外線センサと10度から80度の間の角度をなすことを特徴とする請求項1に記載の放射温度測定装置。
【請求項3】
前記ワイヤグリッド偏光板が、前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向を回転軸として回転させて、前記赤外線センサに対して傾けて配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の放射温度測定装置。
【請求項4】
前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向を回転軸とした回転角度は、前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向
とは垂直な方向の反射率が最小になるように設定されていることを特徴とする請求項3記載の放射温度測定装置。
【請求項5】
前記ワイヤグリッド偏光板の偏光反射率は、90%以上であることを特徴とする請求項1から4までのいずれか一項に記載の放射温度測定装置。
【請求項6】
前記物体の表面は平面であり、
前記赤外線センサと前記ワイヤグリッド偏光板により検出される方向が前記平面の法線方向と異なることを特徴とする
請求項1から5までのいずれか一項に記載の放射温度測定装置。
【請求項7】
前記ワイヤグリッド偏光板のワイヤグリッドがアルミニウムで形成されていることを特徴とする請求項1から6までのいずれか一項に記載の放射温度測定装置。
【請求項8】
前記赤外線センサの検出波長帯域は、8μm以下であって9μmから10μmを含まないことを特徴とする
請求項1から
7までのいずれか一項に記載の放射温度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線センサを用いた放射温度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、赤外線センサを用いて非接触で対象物の温度を測定する温度測定装置が知られている。その応用製品例は、放射温度計(非接触温度計)、あるいはサーモグラフィ(赤外線カメラ)などである。このような温度測定装置は、対象物の放射電磁波エネルギーがその対象物の温度によってのみ決まるという原理を用いている。すなわち赤外線センサを用いれば、対象物の放射電磁波エネルギーの大部分を占める赤外線波長帯域の放射エネルギーを測定することができる。その放射エネルギーの測定値から対象物の温度を計算する。対象物の温度の計算には、たとえば黒体輻射に関するステファンボルツマンの法則などが用いられる。
【0003】
しかし、黒体輻射を用いる計算は厳密には放射率が1(100%)の物体にしか適用できない。現実の対象物に放射率が1の物体は存在せず、必ずゼロでない反射率が存在する。放射温度計等の応用製品例では、対象物の反射を補正するために、一般に放射率補正と呼ばれる補正が行われている。放射率補正について具体的に数値を用いて説明すると、反射率5%の物体があったときには、放射率を95%と設定する。そうすると、元来100%測定できるはずの電磁波エネルギーが95%しか測定にかからないので、その比率の逆数を掛け算して補正する。
【0004】
この方法にもまだ問題は残る。それは、実際の対象物の反射率がゼロでないため、赤外線センサ及び応用製品にその対象物の表面で反射された電磁波が届いてきてしまうことである。当然、赤外線センサはこの電磁波の反射成分も測定にかかってしまうため、この反射成分に基づく測定分が誤差となって出てきてしまう。換言すれば、前述の放射率補正は、物体で反射される元の光源が皆無(ゼロ)という条件下でしか使えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-134630号公報
【文献】特開2011-7730号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】田村哲雄、外2名、5.5~7.9μmサーモグラフィ装置の開発とその応用、日本赤外線学会誌、日本赤外線学会編、1998年12月、8巻2号、99~107ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、対象物の温度を測定する際に生じる反射の問題を克服する技術が非特許文献1に記載されている。非特許文献1によれば、酸化ケイ素(SiO2)を表面主成分とするガラスやタイルなどは、8~15μm程度の波長の反射率が非常に大きい。非特許文献1には、この反射率は最大で30%程度であることが記載されている。非特許文献1には、この反射率の問題を克服するために、一般的な放射温度計やサーモグラフィの測定波長である8~15μmの赤外線を検知するのではなく、反射率の小さい5~8μm程度の波長を検知することが記載されている。
【0008】
しかしながら、5~8μmの波長の赤外線に対するたとえばガラスの反射率は平均で3~4%となっている。したがって、非特許文献1に記載された技術をもってしても、反射の影響をいくらか小さくすることができるだけであり、ゼロにはできない。すなわち、電磁波の反射する成分が赤外線センサの測定に影響を及ぼす。
【0009】
一方、このような界面における電磁波の反射を防止する製品としてよく知られているものに偏光板がある。この偏光板のもっとも有名な使い方は偏光サングラスであり、これにより釣り人が狙っている魚付近の水面で生じる反射光を低減させることができる。この例で見られるように、偏光板は電磁波の中でも可視光波長帯域(波長400~800nm程度)でもっともよく使われ、さらに近赤外帯域(波長800nm~1.5μm程度)でもしばしば応用される。
【0010】
特許文献1には偏光板の具体的な1つの利用法が開示されている。偏光板(特許文献1の場合には偏光軸が固定されたワイヤグリッド偏光フィルム)に向けられた偏光されていない通常の光(特許文献1の場合には近赤外光線)は、その偏光板の固有の軸方向に対しては透過し、その軸方向に直交する方向に対しては反射する。その偏光透過成分及び偏光反射成分の双方の電磁波エネルギーを受光器にて測定する。しかし、特許文献1に開示された装置は、温度を測定する装置ではない。
【0011】
特許文献2には、偏光板を用いつつ温度を測定する装置が開示されている。ただし、この装置は、被測定物が物理的に振動しているときに、その振動の影響を最小限にするために偏光板を用いて2つの偏光成分を測定することにより被測定物の温度を求める技術である。特許文献2には、被測定物(測定対象物)の反射率及び反射の現象自体には何の言及も示唆もない。
【0012】
さらに、特許文献1及び2には記載されていない問題点について以下に示す。その問題点は、通常の偏光板は、一般的に赤外線帯域のうちの5~15μm程度の波長の電磁波をすべて透過させるように製作することが非常に困難なことである。たとえば、液晶ディスプレー(Liquid Crystal Display:LCD)にしばしば利用される染料系の偏光板は、可視光帯域の電磁波だけを透過し、赤外線帯域の電磁波はまったく透過せず、すべて偏光板に吸収される。
【0013】
また、前述のワイヤグリッド偏光フィルムは、フィルムの材質が高分子であるため、この付近の赤外線帯域では材質基板の吸収モードが現れることによって透過率が非常に小さく、透過率ゼロの波長帯域も存在する。したがって、透過率がきわめて小さいために、透過偏光の測定出力がきわめて小さくなってしまう。換言すれば、上述の偏光サングラスと同じ透過型の電磁波測定は、少なくとも放射温度を測定するような赤外線帯域での測定は困難である。
【0014】
本発明の目的は、放射温度測定に最適な赤外線波長帯域でも充分に大きな出力レベルで検知することができるとともに、測定対象物の反射率が大きい物体であっても、温度の測定精度低下を防止できる放射温度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために、本発明の一態様による赤外線センサを用いて物体の表面温度を非接触で測定する放射温度測定装置は、酸化ケイ素を主成分として含む温度測定対象である前記物体から放射される電磁波を検出する赤外線センサと、前記電磁波のうち、一方向の偏光波を反射するとともに、前記一方向とは垂直な方向の偏光波を透過又は吸収する偏光板と、を備え、前記赤外線センサが、前記偏光板の反射する一方向の偏光電磁波を検出することを特徴とし、さらに、前記偏光板が前記偏光板を回転させても反射偏光波の方向が変わらない軸を持つワイヤグリッド偏光板であり、前記偏光板の反射する一方向の偏光電磁波が前記温度測定対象である前記物体からのP波であり、前記赤外線センサが、前記物体から放射されて前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド側に入射し該ワイヤグリッド偏光板で反射された前記一方向の偏光電磁波を検出することを特徴とし、前記ワイヤグリッド偏光板が、前記ワイヤグリッド偏光板のグリッド方向もしくはグリッド方向とは垂直な方向のいずれかを回転軸として回転させて、前記赤外線センサに対して傾けて配置されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の各態様によれば、放射温度測定に最適な赤外線波長帯域でも充分に大きな出力レベルで検知することができるとともに、測定対象物の反射率が大きい物体であっても、温度の測定精度低下を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100の構成例を示すブロック図である。
【
図2】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100の構成要素の配置例を示す模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100に備えられ、反射型偏光板2に係る偏光フィルム(WGF)の模式図である。
【
図4】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、
図2中に示すA-A線で反射型偏光板2を切断した断面の模式図である。
【
図5】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、反射型偏光板2の平行偏光電磁波の反射率及び垂直偏光電磁波の透過率をそれぞれ示すグラフである。
【
図6】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、反射型偏光板2のみの最適配置例を示す模式図である。
【
図7】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、
図6に示す配置例と比較して反射型偏光板2の最適でない配置例を示す模式図である。
【
図8】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、ガラス(又は屈折率1.5の物体)の反射率の入射角度依存性を示すグラフである。
【
図9】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、反射型偏光板2及び温度測定対象物101の最適配置例を示す模式図である。
【
図10】本発明の一実施形態による放射温度測定装置100を説明する図であって、ガラスの反射率の波長依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態について
図1から
図10を用いて説明する。
【0019】
(放射温度測定装置の構成)
図1は、本実施形態にかかる放射温度測定装置100の概略構成例を示すブロック図である。放射温度測定装置100は、赤外線センサを用いて測定対象の物体の表面温度を非接触で測定する装置である。
【0020】
1は赤外線センサである。この赤外線センサは、後述のように本発明においては波長帯域を従来の遠赤外帯域(8~15μm)ではなく、中赤外帯域(4~8μm)とすることが好適である。
【0021】
反射型偏光板2は、反射型の偏光板である。反射型の偏光板というのは、電磁波の一方が反射される作用を持つ偏光板のことである。一般の偏光板は、偏光電磁波の分離に透過又は吸収する作用を持っているが、反射する作用を持っているとは限らない。反射される作用を持たないものの一例としては液晶ディスプレーにしばしば用いられるヨウ素型の偏光板が挙げられる。一方、反射される作用を持つ偏光板としては、ワイヤグリッド偏光フィルム(以下、「WGF」と略記する)や積層型偏光フィルムが挙げられる。
【0022】
放射温度測定装置100は、赤外線センサ1および反射型偏光板2を一体化した筐体3を備えている。筐体3は主に、赤外線センサ1と反射型偏光板2とを規定の寸法で組み合わせるという第1の役目と、赤外線センサ1に入り込む外乱(迷光)を筐体3の赤外吸収作用により抑えるという第2の役目とを担っている。
【0023】
放射温度測定装置100は、さらに赤外線センサ1の検出信号を温度に変換する温度変換部4を備えている。温度変換部4は、
図1に示すように筐体3の外部に設けられていてもよいし、筐体3の内部に設けられていてもよい。
【0024】
温度測定対象物101は、放射温度測定装置100によって温度が測定される温度測定対象物であり、放射温度測定装置100とは異なる場所に配置される。また、温度測定対象物101は、基本的に何であってもよく、たとえば黒体でもよい。本実施形態による放射温度測定装置100は、温度測定対象物101がガラスなどの反射率の高い物体であればあるほど効能を発揮する。
【0025】
図2は、赤外線センサ1、反射型偏光板2、筐体3及び温度測定対象物101の実際の配置関係を模式的に示す図である。
図2では、赤外線センサ1、反射型偏光板2、筐体3及び温度測定対象物101の断面が模式的に示されている。赤外線センサ1及び反射型偏光板2は、互いにθの角度(本例ではθ=45度)をなして筐体3に取り付けられている。さらに、反射型偏光板2に対してθの角度(本例ではθ=45度)をなした方向に温度測定対象物101が配置されている。赤外線センサ1が測定する電磁波は、温度測定対象物101が配置されている方向から入力される。
図2に示す赤外線センサ1、反射型偏光板2及び筐体3が放射温度測定装置100のハードウェア部分である。一方、
図2では図示していない温度変換部4は、放射温度測定装置100の内部にあるソフトウェアで実現される。
【0026】
図2では、赤外線センサ1と反射型偏光板2とのなす角度θが45度、及び反射型偏光板2と温度測定対象物101とのなす角度θが45度の角度である場合を例示している。しかしながら、反射電磁波を測定するという要請からすれば、これらの構成物のなす角度は、0度や90度に近い角度でない限り、原理的には何度でも可能である。詳細は以下で説明する。
【0027】
次に、反射型偏光板2の詳細について
図3及び
図4を用いて説明する。
図4は、
図3中に示すA-A線で切断した反射型偏光板2の切断面を示している。
反射型偏光板2の具体的な一例として、WGFが挙げられる。
図3に示すように、反射型偏光板2は、フィルム面23、およびフィルム面23に垂直な向きから見ると、
図3のようにグリッド21(アルミニウムの細線)が一方向に並んで(
図3の場合にはたてに並んで)形成されている。
【0028】
図4に示すように、反射型偏光板2には、グリッド21の方向に平行な平行偏光電磁波SWin(
図4中の左側参照)と、グリッド21の方向に垂直な方向の垂直偏光電磁波PWin(
図4中の右側参照)とが入射した場合、
図4中の左側に示すように、もしグリッド21側から平行偏光電磁波SWinが反射型偏光板2に入射したとすれば、平行偏光電磁波SWoutは図のように反射する。一方、
図4中の右側に示すように、もしグリッド21側から垂直偏光電磁波PWinが反射型偏光板2に入射したとすれば垂直偏光電磁波PWoutは図のように透過するのが一般的である。
【0029】
しかしながら、実際の垂直偏光電磁波は、
図4に示すような透過する成分だけではなく、反射型偏光板2のフィルム面23で吸収される成分も持ち合わせている。その具体的な数値例を
図5に示す。
【0030】
図5は、赤外線帯域として近赤外の2μmから遠赤外の15μmまでに渡って、反射型偏光板2の垂直偏光電磁波の反射率と平行偏光電磁波の透過率を測定したグラフである。
図5において、横軸は電磁波の波長(μm)である。一方、縦軸のPTは垂直偏光電磁波の透過率特性を示し、縦軸のSRは、平行偏光電磁波の反射率特性を示している。
【0031】
図5に示すように、特性PTの数値を見ると、可視光に近い近赤外帯域では0.9(90%)に近い透過率を持っている。これは、反射型偏光板2は、近赤外帯域の電磁波に対して吸収率が10%程度だということである。より正確には、反射型偏光板2の吸収率と反射率を足して10%程度である。
【0032】
しかし、
図5中の特性PTで示すように、反射型偏光板2の垂直偏光電磁波は、波長がたとえば5μmくらいになると透過率は60%、6μmでは30%と徐々に低下し、7μmではゼロになってしまう。つまり、WGF又は偏光板を透過検知型で使用する場合、近赤外より短い波長帯域では透過率が90%程度と高いため、電磁波信号強度が減少することはない。しかしながら、中赤外(4~8μm)又は遠赤外(8~15μm)では透過率が低下するため、電磁波信号強度が大幅に減少する。赤外線センサを用いた放射温度計の測定帯域は、中赤外帯域や遠赤外帯域である。実際の積分計算を施せば、WGFを透過検知型で使用して放射温度を測定すると、本来得られる信号成分の4分の1程度まで減少する。
【0033】
一方、
図5中の特性SRで示すように、平行偏光電磁波に対する反射型偏光板2の反射率は、中赤外帯域及び遠赤外帯域ともにほぼ1に近い値(たとえば98%など)となる。平行偏光電磁波に対する反射型偏光板2の反射率が100%に近い値となるのは、アルミニウムの反射率が4~15μmの波長帯域で1に近い値であることに起因する。反射検知型の温度測定が可能ならば、透過検知型の本来得られる信号がほぼそのまま得られることになる。実際に、この反射検知型温度測定を可能とする構成が
図1に示す放射温度測定装置100であり、放射温度測定装置100の構成要素を含む具体的な装置の配置が
図2に示す配置である。
【0034】
続いて、反射型偏光板2として、WGFに代表される偏光フィルムを用いることの利点を2点に分けて説明する。
【0035】
まず1点目の利点は、偏光フィルム(WGF含む)には、フィルムを回転させても反射偏光波の方向が変わらない固有の回転軸が存在することである。
図2では、赤外線センサ1と反射型偏光板2が45度の角度をなした場合を例示したが、この固有の回転軸があるからこそ、上述の通り45度以外の角度でも反射検知型の温度測定が可能となる。たとえば、平行偏光電磁波に対するグリッド形状のアルミニウムの反射率は、一般のアルミニウムの平坦な膜(いわゆるべた膜)と同様に、反射角度にはほとんど依存しない。このため、反射型偏光板2に対して45度でも10度でも80度でも赤外線センサ1に入力される信号成分は変わらない。このことから、放射温度測定対象物の反射を含まない偏光波成分を平行偏光電磁波の反射によって赤外線センサ1で測定すればよいことがわかる。
【0036】
仮にWGFなどの偏光フィルムの代わりにガラスそのものを用いても、本実施形態と同様の反射による温度測定が不可能なわけではない。しかし、ガラスのS波の反射率はWGFの平行偏光電磁波の反射率よりもきわめて小さく、たとえば10分の1程度である。このため、赤外線センサに入力される信号成分は格段に落ちる。
【0037】
2点目の利点は、この偏光フィルムの回転角度を最適に選べば、前記平行偏光電磁波と垂直な偏光電磁波の反射率をきわめて小さく抑えることができることである。前記平行偏光電磁波の反射率は測定にかかる信号なので大きいほうがよい。具体的には、以下のようにすればよい。
【0038】
図6は、
図2に示す反射型偏光板2及び温度測定対象物101の配置関係をより具体的に示す図である。
図6には、
図2において紙面の下方向から見た場合の、反射型偏光板2のフィルム面23及びグリッド21の向きと、温度測定対象物101との位置関係が示されている。また、
図6に示す反射型偏光板2は、
図3のWGFをまず紙面のウラから見て、次に
図6において紙面の上方向から時計回りに45度回転させた状態の模式図である。
【0039】
このとき、平行偏光電磁波に対する反射型偏光板2の反射率に基づく信号成分の大きさについては、上述の1点目の利点として示した通りである。一方、垂直偏光電磁波に対する反射型偏光板2の反射率について考察すると、垂直偏光電磁波は、WGFのフィルム基材、すなわちフィルム面23の屈折率に起因する反射成分のみが赤外線センサ1で検知される信号成分として測定される。一般に、WGFや固有の偏光軸を持つ偏光フィルムに用いられるフィルム基材は、高分子フィルムである。高分子フィルムの屈折率はおよそ1.5である。したがって、高分子フィルムの屈折率に基づくブリュースター角(およそ56度)を回転角に選べば、理想的には反射型偏光板2の垂直偏光電磁波の反射率に基づく信号成分はゼロとなる。実際には、反射型偏光板2の回転角(すなわち
図2に示す角度θ)を56度に近い45度にしてもほぼ同様の効果が得られる。このように、偏光フィルム、すなわち反射型偏光板2の反射角度は、反射型偏光板2の垂直な方向の反射率が最小になるように設定するのが良い。
【0040】
しかし一方、
図7に示すように、
図6と同様の回転と異なる方向に回転させた状態も考えられる。
図7はその具体例であり、
図3のWGFをまずウラから見て、次に
図7において紙面の左方向から時計回りに45度回転させる場合である。この場合には、ブリュースター角などはまったく関係なく、フィルム面23の屈折率を1.5とすると、反射型偏光板2は、垂直偏光電磁波に対して最低でも4%の反射率を持ってしまい、回転角度を大きくするにしたがって反射率が増大する。したがって、平行偏光電磁波だけでなく垂直偏光電磁波の信号成分も大きくなってしまう。このため、
図7に示す方向に反射型偏光板2を回転させた状態は、本実施形態による放射温度測定装置100の温度測定にはどちらかと言えば適さない。
【0041】
次に、本発明の温度測定対象物の具体例として、ガラスのときの状況と効果について説明する。
ガラスの反射率は、WGFの基材フィルムなどとほぼ同様の1.5程度である。このガラスに入射角度0~90度の電磁波が入ったときの反射率はよく知られている。
図8は、ガラスに入射角度0~90度で電磁波が入ったときの反射率を示すグラフである。
図8において、横軸は入射角(度)を示し、縦軸は反射率を示している。反射率の単位は、最大値(100%)で規格化されている。特性SRは、ガラスのS波に対する反射率特性を示し、特性PRは、ガラスのP波に対する反射率特性を示している。
【0042】
図8中の特性PRで示すように、ガラスのP波の反射率は垂直入射時(入射角0度)の4%(0.04)程度から減少し、ブリュースター角(56度程度)で理想的にはゼロとなる。一方、
図8中の特性SRで示すように、ガラスのS波の反射率は垂直の4%から単調に増加する。したがって、平行偏光電磁波としてガラスのP波を取得し、ガラスのP波を信号成分として赤外線センサ1で測定する。一方、ガラスのS波はガラスによる反射成分が大きいので、垂直偏光電磁波として除去する。このようにして、ガラスでの反射を除去した温度測定が可能となる。この原理は、ガラスに限ったものではなく、主に屈折率に起因する反射を有する物体(たとえば水面なども含む)の表面温度を測定するあらゆる場合に適用できる。
【0043】
図9は、以上の考察に基づく反射型偏光板2及び温度測定対象物101の具体的な配置例を示している。
図9に示す配置例は、
図6に示す温度測定対象物101(ガラス)を紙面に垂直な方向に対して反時計回りに回転させた状態である。温度測定対象物101がガラスの場合、温度測定対象物101の回転角度は、ブリュースター角である56度であるとガラス反射の除去効果が最も高くなる。ガラス以外の温度測定対象物として、たとえば水面であれば、回転角度は53度となる。水面は通常回転させることは不可能であるため、この場合は放射温度測定装置100を水面に対して回転させればよい。このように、温度測定対象物101は、反射型偏光板2に対して傾けられて配置される。このため、温度測定対象物101の表面がガラスや水面のように平面である場合、赤外線センサ1と反射型偏光板2により検出される方向が当該平面の法線方向と異なる。つまり、赤外線センサ1と反射型偏光板2により検出される方向は、温度測定対象物101の方向である。
【0044】
最後に、ガラスを温度測定対象物101とした場合に、赤外線センサ1の検出波長帯域の設定方法について説明する。
【0045】
ガラスの反射率は、可視光では上述の通りだが、仮に入射角を0度付近に固定したとしても4μm以上の中遠赤外帯域では可視光の数値から大きく変化する。
図10は、中遠赤外帯域の電磁波に対するガラスの反射率の測定結果を示す図である。
図10において、横軸は電磁波の波長(μm)を表し、縦軸は反射率(%)を表している。
【0046】
図10に示すように、中遠赤外帯域の電磁波に対するガラスの反射率は、8μmまではほぼ単調に減少するが、9~10μm程度の波長では25~30%程度まで増加する。このため、非特許文献1の記載事項とほぼ同様に、従来の放射温度計の波長測定帯域(8~15μm)では、放射率補正を施したとしてもこの反射率に起因する外乱成分が無視できないほど大きくなる。このため、赤外線センサ1の検出波長帯域は、8μm以下であり、9~10μmを含まない。
【0047】
具体的に、
図10に示す反射率の測定結果を用いて計算及び実験を行うと、仮に25℃のガラスに50℃の物体の反射成分が含まれているとき、従来の帯域であると、ガラスの温度は、本来25℃であるにもかかわらず、30℃程度として測定されてしまう。
【0048】
一方、反射型偏光板2を用いた本実施形態における方式を適用すれば、反射率に起因する外乱を除去できるので、ガラスの温度は25℃として測定される。これは温度条件を変えてもほぼ同様であり、どのような場合であってもガラスに代表される反射を有する物体の表面温度を正確に測定することができるようになる。
【0049】
以上説明したように、本実施形態による放射温度測定装置によれば、放射温度測定に最適な赤外線波長帯域でも充分に大きな出力レベルで検知することができるとともに、測定対象物で反射した電磁波が赤外線センサに入射するのを反射型偏光板で防止できるので、この電磁波に起因する温度の測定精度の低下を防止できる。
【符号の説明】
【0050】
1 赤外線センサ
2 反射型偏光板
3 筐体
4 温度変換部
21 グリッド
23 フィルム面
100 放射温度測定装置
101 温度測定対象物