(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-25
(45)【発行日】2023-08-02
(54)【発明の名称】転炉吹錬制御装置、転炉吹錬制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
C21C 5/30 20060101AFI20230726BHJP
【FI】
C21C5/30 Z
(21)【出願番号】P 2019148851
(22)【出願日】2019-08-14
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩村 健
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-095943(JP,A)
【文献】特開平04-124211(JP,A)
【文献】特開2017-025379(JP,A)
【文献】特開2015-131999(JP,A)
【文献】特開2018-178200(JP,A)
【文献】国際公開第2018/012257(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 5/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉の吹錬処理における吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反応と、火点反応が進行する領域を除いた溶銑とスラグとの界面領域における反応であるスラグメタル界面反応とをモデル化した複合反応モデルを用いて、過去の吹錬時のデータから、過去の吹錬処理毎に、逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)を算出する、Si濃度逐次推定部と、
吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)を仮定し、
吹錬処理毎に、仮定した前記吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)と、溶銑データにおける吹錬開始前の溶銑のSi濃度[Si]
ini
(%)と、前記Si濃度逐次推定部で算出した逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)のうち
、所定の値を下回った最初の時刻である脱珪完了基準時刻t
end
(sec)と、を用いて式(1)を解くことで、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)の推定値を算出するモデル用速度定数算出部と、
前記モデル用速度定数算出部で算出した吹錬処理毎の溶銑の一次脱珪速度定数k
siの推定値と、溶銑データとを用いて、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を目的変数とし、溶銑データを説明変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、
前記統計モデルを用いて、制御対象となる吹錬の溶銑データから、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を算出する脱珪速度定数算出部と、
制御対象となる溶銑の吹錬処理前のSi濃度[Si]
ini
(%)と、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)とを用い、t
end
(sec)に任意の時刻を用いたうえで、式(1)を解くことで、制御対象となる溶銑の任意の時刻における制御対象となる溶銑のSi濃度
(%)を推定するSi濃度推定部と、
を備える、転炉吹錬制御装置。
【請求項2】
前記推定されたSi濃度を目標Si濃度と比較した結果に基づいて前記吹錬処理中の副原料投入量または吹込み酸素量を制御する吹錬処理制御部をさらに備える、請求項1に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項3】
転炉の吹錬処理における吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反応と、火点反応が進行する領域を除いた溶銑とスラグとの界面領域における反応であるスラグメタル界面反応とをモデル化した複合反応モデルを用いて、過去の吹錬時のデータから、過去の吹錬処理毎に、逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)を算出する、Si濃度逐次推定ステップと、
吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)を仮定し、
吹錬処理毎に、仮定した前記吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)と、溶銑データにおける吹錬開始前の溶銑のSi濃度[Si]
ini
(%)と、前記Si濃度逐次推定ステップで算出した逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)のうち
、所定の値を下回った最初の時刻である脱珪完了基準時刻t
end
(sec)と、を用いて式(1)を解くことで、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)の推定値を算出するモデル用速度定数算出ステップと、
前記モデル用速度定数算出ステップで算出した吹錬処理毎の溶銑の一次脱珪速度定数k
siの推定値と、溶銑データとを用いて、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を目的変数とし、溶銑データを説明変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築ステップと、
前記統計モデルを用いて、制御対象となる吹錬の溶銑データから、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を算出する脱珪速度定数算出ステップと、
制御対象となる溶銑の吹錬処理前のSi濃度[Si]
ini
(%)と、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)とを用い、t
end
(sec)に任意の時刻を用いたうえで、式(1)を解くことで、制御対象となる溶銑の任意の時刻における制御対象となる溶銑のSi濃度
(%)を推定するSi濃度推定ステップと
を含む、転炉吹錬制御方法。
【請求項4】
転炉の吹錬処理における吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反応と、火点反応が進行する領域を除いた溶銑とスラグとの界面領域における反応であるスラグメタル界面反応とをモデル化した複合反応モデルを用いて、過去の吹錬時のデータから、過去の吹錬処理毎に、逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)を算出する、Si濃度逐次推定部と、
吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)を仮定し、
吹錬処理毎に、仮定した前記吹錬終了時の溶銑のSi濃度[Si]
end
(%)と、溶銑データにおける吹錬開始前の溶銑のSi濃度[Si]
ini
(%)と、前記Si濃度逐次推定部で算出した逐次的な溶銑のSi濃度の推定値
(%)のうち
、所定の値を下回った最初の時刻である脱珪完了基準時刻t
end
(sec)と、を用いて式(1)を解くことで、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)の推定値を算出するモデル用速度定数算出部と、
前記モデル用速度定数算出部で算出した吹錬処理毎の溶銑の一次脱珪速度定数k
siの推定値と、溶銑データとを用いて、溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を目的変数とし、溶銑データを説明変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、
前記統計モデルを用いて、制御対象となる吹錬の溶銑データから、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)を算出する脱珪速度定数算出部と、
制御対象となる溶銑の吹錬処理前のSi濃度[Si]
ini
(%)と、制御対象となる溶銑の一次脱珪速度定数k
si
(1/sec)とを用い、t
end
(sec)に任意の時刻を用いたうえで、式(1)を解くことで、制御対象となる溶銑の任意の時刻における制御対象となる溶銑のSi濃度
(%)を推定するSi濃度推定部と、
を備える転炉吹錬制御装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉吹錬制御装置、転炉吹錬制御方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
転炉を用いた予備溶銑処理では、脱りん処理が主な目的になる。脱りん反応は以下の式で表され、反応を促進するためにはスラグ中のCaO濃度およびFeO濃度を高める必要がある。なお、式(1)において()はスラグ内の物質を意味し、[]は溶銑内の物質を意味する。
3(CaO)+5(FeO)+2[P]=(3CaO・P2O5)+5[Fe]
【0003】
一般的な場合において、上記の式における(FeO)、すなわちスラグ中のFeO濃度は、脱珪反応が終わってから増加する。従って、上記の脱りん反応は、脱珪反応の終了以降に進行する。
【0004】
ここで、脱珪反応は脱炭反応と同時に発生するため、脱珪反応速度は溶銑の炭素濃度の影響を受ける。つまり、溶銑の炭素濃度が高ければ、脱炭反応に配分される酸素量が増大するため、脱珪反応速度は低下する。このため、脱珪反応速度にはチャージごとのばらつきが生じる。
【0005】
加えて、近年、高炉から出銑された溶銑のSi濃度は従来よりも高い傾向にある。溶銑のSi濃度が高いと、上記のような脱珪反応速度のばらつきによって生じるチャージごとの脱珪反応終了時期の差が大きくなり、脱りん反応の開始時期の予測が困難になる結果、りん濃度の制御性が低下する。
【0006】
これに対して、特許文献1には、上吹きランスから溶銑に供給された吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反応を表現する数理モデルと、火点反応が進行する領域である火点領域とは異なる領域において進行する溶銑とスラグとの界面における反応であるスラグメタル界面反応を表現する数理モデルとを複合させた複合反応モデルを用いて溶銑のSi濃度を逐次的に推定し、その推定結果に応じて酸化鉄を含む副原料を投入したり、上吹きランスから供給される吹込み酸素量を増加させたりすることによって溶銑のSi濃度を調整する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の特許文献1に記載された技術によれば、溶銑のSi濃度を調整することによってチャージごとの脱珪終了時期のばらつきを小さくし、結果としてりん濃度の制御性を向上させることが期待される。しかしながら、例えば副原料を投入する場合、鉄鉱石の切り出しのような準備作業が必要なため、Si濃度の調整が必要であると判断された後、実際に投入するまでに時間がかかる。また、副原料の投入や吹込み酸素量の調節が実施されてから溶銑中のSi濃度が変化するまでにも時間がかかるため、逐次的な推定結果に応じた制御ではSi濃度が実際に調整されるタイミングが遅れ、脱珪終了時期のばらつきを小さくする効果が十分でない場合があることがわかった。
【0009】
そこで、本発明は、溶銑中のSi濃度を調整するための操作を適切なタイミングで実施可能にすることによって転炉吹錬におけるりん濃度の制御性を向上させる、転炉吹錬制御装置、統計モデル構築装置、転炉吹錬制御方法、統計モデル構築方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のある観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データを説明変数とする統計モデルを用いて溶銑の一次脱珪速度定数(一次反応を仮定した脱珪反応の脱珪速度定数)の推定値を算出する脱珪速度定数算出部と、溶銑の吹錬処理前のSi濃度および一次脱珪速度定数に基づいて吹錬処理中の所定の時刻における溶銑のSi濃度を推定するSi濃度推定部とを備える転炉吹錬制御装置が提供される。
【0011】
本発明の別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因のデータを収集するデータ収集部と、溶銑データおよび操業要因に基づいて吹錬処理における溶銑中のSi濃度を逐次推定するSi濃度逐次推定部と、逐次推定の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし溶銑の一次脱珪速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部とを備える統計モデル構築装置が提供される。
【0012】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データを説明変数とする統計モデルを用いて溶銑の一次脱珪速度定数の推定値を算出する工程と、溶銑の吹錬処理前のSi濃度および一次脱珪速度定数に基づいて吹錬処理中の所定の時刻における溶銑のSi濃度を推定する工程とを含む転炉吹錬制御方法が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因のデータを収集する工程と、溶銑データおよび操業要因に基づいて吹錬処理における溶銑中のSi濃度を逐次推定する工程と、逐次推定の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし溶銑の一次脱珪速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する工程とを含む統計モデル構築方法が提供される。
【0014】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データを説明変数とする統計モデルを用いて溶銑の一次脱珪速度定数の推定値を算出する脱珪速度定数算出部と、溶銑の吹錬処理前のSi濃度および一次脱珪速度定数に基づいて吹錬処理中の所定の時刻における溶銑のSi濃度を推定するSi濃度推定部とを備える転炉吹錬制御装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【0015】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因のデータを収集するデータ収集部と、溶銑データおよび操業要因に基づいて吹錬処理における溶銑中のSi濃度を逐次推定するSi濃度逐次推定部と、逐次推定の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし溶銑の一次脱珪速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部とを備える統計モデル構築装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【0016】
上記の構成によって、例えば吹錬開始前の時点において溶銑中のSi濃度を調整するための操作が必要か否かを判断できるため、溶銑中のSi濃度をより効果的に調整することができ、チャージごとの脱珪反応終了時期の差が小さくなる結果、転炉吹錬におけるりん濃度の制御性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【
図4】統計モデルによる一次脱珪速度定数k
Siの推定の精度検証結果を示すグラフである。
【
図5】本発明の一実施形態における媒溶材投入量の適正化について説明するためのグラフである。
【
図6】本発明の他の実施形態に係る統計モデル構築装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
【
図7】本発明の他の実施形態に係る統計モデル構築方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【
図8】本発明の実施例および比較例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0019】
(設備の概要)
図1は、本発明の一実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
図1に示されるように、精錬設備1は、転炉設備10と、計測制御装置20と、転炉吹錬制御装置30とを含む。以下、各部についてさらに説明する。
【0020】
転炉設備10は、転炉11と、上吹きランス12と、煙道13と、羽口14と、投入装置15とを含む。転炉設備10では、転炉11の炉口から挿入された上吹きランス12が、転炉11内の溶銑111に酸素ガス121を供給する。一次精錬の脱炭処理では、溶銑111内の炭素が酸素ガス121と反応することによってCOガスまたはCO2ガスになり、これらのガスは煙道13を経由して排出される。脱炭処理を経た溶銑111は、溶鋼112として次工程に送られる。また、脱炭処理では、溶銑111内のりんおよびケイ素も酸素ガス121、またはスラグ113に含まれる副原料と反応し、スラグ113中に取り込まれて安定化する。一方、羽口14からは窒素ガスやアルゴンガスなどの底吹きガス141が吹き込まれて溶銑111を攪拌し、上記の反応を促進する。投入装置15は、スラグ113を構成する生石灰または石灰石、および溶銑111に酸素を供給するための鉄鉱石などの酸素含有副原料を含む副原料151を転炉11内に投入する。なお、副原料151が粉体である場合は、上吹きランス12を用いて酸素ガス121とともに吹き込むことも可能である。
【0021】
計測制御装置20は、転炉設備10における精錬処理に関する各種の計測、および精錬処理の制御を実行する。具体的には、計測制御装置20は、計測系として、サブランス21と、排ガス分析計22と、排ガス流量計23とを含む。サブランス21は、上吹きランス12とともに転炉11の炉口から挿入され、先端に設けられた測定装置を脱炭処理中の所定のタイミングで溶鋼112に浸漬させることによって、炭素濃度を含む溶鋼112の成分濃度(溶鋼中の炭素濃度を溶鋼炭素濃度と称する)、および溶鋼112の温度(溶鋼温度とも称する)などを測定する。このようなサブランス21を用いた測定を、以下の説明ではサブランス測定ともいう。排ガス分析計22は、煙道13を経由して排出されるガスの成分を分析する。具体的には、排ガス分析計22は、排ガスに含まれるCO、CO2およびO2の濃度(各成分の濃度を排ガス成分濃度と称する)を測定する。一方、排ガス流量計23は、煙道13を経由して排出されるガスの流量(排ガス流量と称する)を測定する。上記のサブランス測定の結果、および排ガス分析計22および排ガス流量計23の測定結果は、転炉吹錬制御装置30に送信される。
【0022】
一方、計測制御装置20は、制御系として、ランス駆動装置24と、酸素供給装置25と、底吹きガス供給装置26と、投入制御装置27とを含む。ランス駆動装置24は、上吹きランス12を上下方向に駆動する。これによって、上吹きランス12の高さ、すなわち転炉11内で酸素ガス121が供給される位置の溶銑111からの距離を調節することができる。酸素供給装置25は、上吹きランス12に酸素ガス121を供給する。吹込み酸素量、すなわち供給される酸素ガス121の流量は調節可能である。底吹きガス供給装置26は、羽口14に底吹きガス141を供給する。供給される底吹きガス141の流量も調節可能である。投入制御装置27は、投入装置15による副原料151の投入を制御する。具体的には、投入制御装置27は、副原料151の投入のタイミングおよび投入量を制御する。上記のランス駆動装置24、酸素供給装置25、底吹きガス供給装置26、および投入制御装置27の動作は、転炉吹錬制御装置30からの制御信号に従って制御可能であってもよい。
【0023】
転炉吹錬制御装置30は、通信部31と、演算部32と、記憶部33と、入出力部34とを含む装置、例えばコンピュータによって実装される。通信部31は、計測制御装置20の各要素と有線または無線で通信する各種の通信装置であり、計測制御装置20において得られた測定結果を受信するとともに、計測制御装置20に制御信号を送信する。演算部32は、プログラムに従って各種の演算を実行する演算装置である。演算装置は、例えばCPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、およびROM(Read Only Memory)を含む。プログラムは、演算装置のROM、または記憶部33に格納される。演算部32は、プログラムに従って動作することによって、脱珪速度定数算出部321、Si濃度推定部322および吹錬処理制御部323として機能する。記憶部33は、各種のデータを格納することが可能なストレージである。記憶部33には、例えば転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、後述する一次脱珪速度定数kSiの推定値を算出するための統計モデル332、および目標Si濃度333が格納される。入出力部34は、ディスプレイまたはプリンタなどの出力装置と、キーボード、マウス、またはタッチパネルなどの入力装置とを含む。出力装置は、例えば、Si濃度推定部322によって推定された吹錬処理中の所定の時刻における溶銑111のSi濃度などの値を出力する。入力装置は、例えば、吹錬処理制御部323が実行する制御に関する指示入力を取得する。なお、演算装置は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の専用のハードウェアにより実現してもよい。
【0024】
上記の転炉吹錬制御装置30において、脱珪速度定数算出部321は、記憶部33から読み込んだ溶銑データ331を説明変数とする統計モデル332に基づいて、転炉11で吹錬処理される溶銑111の一次脱珪速度定数kSiの推定値を算出する。後述するように、一次脱珪速度定数kSiの値は、溶銑111のチャージごとに異なる。Si濃度推定部322は、溶銑111の吹錬処理前のSi濃度([Si]ini)、および脱珪速度定数算出部321において算出された一次脱珪速度定数kSiの推定値に基づいて、吹錬処理中の所定の時刻、具体的には脱珪完了基準時刻tendにおける溶銑111のSi濃度([Si]end)を推定する。Si濃度推定部322によって推定された[Si]endは入出力部34を介してユーザに向けて出力され、出力された[Si]endを参照したユーザが入出力部34を介して入力した指示入力に従って吹錬処理制御部323が吹錬処理中の副原料投入量または吹込み酸素量を制御してもよい。あるいは、吹錬処理制御部323は、Si濃度推定部322によって推定された[Si]endを目標Si濃度333と比較した結果に基づいて、吹錬処理中の副原料投入量または吹込み酸素量を自動的に制御してもよい。
【0025】
(工程の概要)
図2は、本発明の一実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。図示された工程は、例えば転炉11における吹錬処理の開始前に実行される。図示された例では、まず、転炉吹錬制御装置30の脱珪速度定数算出部321が、事前に測定されて記憶部33に格納された溶銑データ331、および後述するような工程で事前に構築された統計モデル332に基づいて、溶銑111の一次脱珪速度定数k
Siの推定値を算出する(ステップS11)。次に、Si濃度推定部322が、溶銑111の吹錬処理前のSi濃度([Si]
ini)、および脱珪速度定数算出部321において算出された一次脱珪速度定数k
Siの推定値に基づいて、脱珪完了基準時刻t
endにおける溶銑111のSi濃度([Si]
end)を推定する(ステップS12)。
【0026】
次に、吹錬処理制御部323が、Si濃度推定部322によって推定された[Si]endを目標Si濃度333と比較した結果に基づいて、吹錬処理中の副原料投入量または吹込み酸素量を決定する(ステップS13)。より具体的には、吹錬処理制御部323は、推定された[Si]endと目標Si濃度333との差分に応じて、副原料投入量または吹込み酸素量を基準値から増減させる。決定された副原料投入量または吹込み酸素量を含む制御信号は、通信部31を介して酸素供給装置25および投入制御装置27に送信される。その後、吹錬処理中の適切な時期において、決定された副原料投入量に従って投入制御装置27が副原料151の投入を実施するか、または決定された吹込み酸素量に従って酸素供給装置25が酸素ガス121の吹込みを実施する(ステップS14)。
【0027】
上記のような処理によって、例えば吹錬開始前の時点において溶銑111中のSi濃度を調整するための操作、具体的には吹込み酸素量や副原料投入量の修正が必要か否かを判断できるため、Si濃度を調整するための操作を例えば脱珪完了基準時刻tendよりも十分前に実行し、脱珪完了基準時刻tendにおいてより確実にSi濃度を所定の値に近づけることができる。これによって、チャージごとの脱珪反応終了時期の差が小さくなり、脱りん反応の開始時期が精度良く予測可能になる結果、転炉吹錬におけるりん濃度の制御性を向上させることができる。
【0028】
(一次脱珪速度定数kSiの算出方法)
実操業において、吹錬処理中の所定の時刻、例えば脱珪完了基準時刻tendにおける溶銑111のSi濃度[Si]endを測定することは困難であるため、本実施形態では一次脱珪速度定数kSiを用いる。一次脱珪速度定数kSiは、吹錬処理中の脱珪反応を式(1)のような一次反応で表現した場合の反応速度定数である。式(1)を、吹錬開始時(時刻t=0、溶銑111の吹錬処理前のSi濃度[Si]ini)から脱珪完了基準時刻tend(溶銑111のSi濃度[Si]end)までの区間で積分すると、式(2)が得られる。
【0029】
【0030】
上記の式(2)において、溶銑111の吹錬処理前のSi濃度[Si]iniの値は溶銑111の成分濃度測定によって得ることができ、脱珪完了基準時刻tendは操業上の変数として設備上の条件や製造する鋼種に応じて適宜設定される。従って、一次脱珪速度定数kSiが決定されれば、式(2)を用いて脱珪完了基準時刻tendにおける溶銑111のSi濃度[Si]endを推定することができる。
【0031】
そこで、本実施形態では、特開2018-95943号公報などに記載されている、溶銑のSi濃度を逐次推定するための複合反応モデルを利用する。具体的には、例えば、複合反応モデルを用いて過去の吹錬処理における溶銑111中のSi濃度を逐次推定し、所定の値(例えば0.01%)を下回った最初のSi濃度を[Si]endとし、そのときの時刻を脱珪完了基準時刻tendとする。そうすると、式(2)において[Si]ini、[Si]endおよびtendがいずれも既知の値になり、一次脱珪速度定数kSiを算出することができる。さらに、過去の吹錬処理における溶銑データ331と算出された一次脱珪速度定数kSiとの組を十分な数だけ用意することによって、一次脱珪速度定数kSiを目的変数とし溶銑データ331を説明変数とする統計モデル332を構築することができる。統計モデル332を用いて、これから吹錬される溶銑111について一次脱珪速度定数kSiの推定値が算出されることは、既に述べたとおりである。
【0032】
(溶銑のSi濃度を逐次的に推定するための複合反応モデル)
ここで、特開2018-95943号公報などに記載されている、溶銑のSi濃度を逐次推定するための複合反応モデルについて、さらに説明する。
図3は、複合反応モデルの概念図である。複合反応モデルは、(a)転炉11における吹込み酸素(酸素ガス121)と溶銑111との酸化反応である火点反応、および(b)火点反応が進行する領域を除いた溶銑111とスラグ113との界面領域における反応であるスラグメタル界面反応をそれぞれモデル化したものである。なお、この複合反応モデルにおいて、スラグメタル界面反応は例えばS. Ohguchi et. al、“Simultaneous dephosphorization and desulphurization of molten pig iron”、Ironmaking and Steelmaking、1984年11巻4号、p. 41に記載された競合反応モデルによって表現される。
【0033】
(火点反応モデル)
まず、火点反応を表現する数理モデルについて説明する。火点領域では、上吹きランスなどから溶銑に酸素が供給されることによって、溶銑に含まれるSi、C、およびFeの酸化反応(火点反応)が発生する。火点反応におけるSi、C、およびFeのそれぞれの物質収支は、以下の式(3)~(5)で表される。
【0034】
【0035】
ここで、上記の式(3)~(5)において、[Si]f、[C]f、および[Fe]fは火点領域における溶銑のSi濃度(%)、C濃度(%)、およびFe濃度(%)、[Si]、[C]、および[Fe]は火点領域以外の領域における溶銑のSi濃度(%)、C濃度(%)、およびFe濃度(%)、kSiは脱珪反応速度定数(%/sec)、ΔCは排ガスデータから求めた脱炭速度(%/sec)、ΔFeは排ガスデータから求めた鉄の酸化速度(%/sec)、Vfは火点領域における溶銑の体積(m3)、Qは転炉内の溶銑の還流量(m3/sec)である。
【0036】
排ガスデータから求めた脱炭速度ΔCは、排ガス分析計22および排ガス流量計23の測定データを用いて以下の式(6)から算出される。式(6)において、Qoffgasは排ガス流量計23によって測定される排ガス流量(Nm3/hr)、bg(CO)およびbg(CO2)は排ガス分析計22によって測定される排ガス中のCO濃度(%)およびCO2濃度(%)、Wfは火点領域における溶銑の重量(ton)である。
【0037】
【0038】
なお、脱りん反応を促進させるCaO源として、生石灰(酸化カルシウム:CaOを主成分とする)に代えてより安価な石灰石(炭酸カルシウム:CaCO3を主成分とする)を用いる場合、溶銑の脱炭反応によって発生したCO2と、炭酸カルシウムの滓化反応(CaCO3→CaO+CO2)によって発生したCO2とを区別することによってより精度よく脱炭速度ΔCを算出する以下の式(7)を、式(6)の代わりに用いてもよい。式(7)において、ΔWCaCO3は石灰石の滓化速度(ton/sec)であり、例えば以下の式(8)において石灰石の投入量WCaCO3に対して一次遅れを仮定する時定数TCaCO3を60(sec)として算出される。ΔWCaCO3の係数である-0.12は、反応式(CaCO3→CaO+CO2)から化学量論的に定まる定数である。
【0039】
【0040】
排ガスデータから求めた鉄の酸化速度ΔFeは、以下の式(9)において、転炉内の溶銑に供給された酸素量FO2(Nm3/hr)から、脱炭反応および脱珪反応に消費された酸素量を差し引いた酸素量を用いて算出される。ただし、式(10)に示されるように式(9)の右辺の値が0よりも小さくなる場合は、ΔFe=0とする。
【0041】
【0042】
一方、火点領域において酸化されるSiおよびFeの濃度変化は、火点反応によるスラグ中のSiO2およびFeOの濃度変化に対応する。これは、火点領域での酸化反応によって減少したSiおよびFeがSiO2およびFeOに変化してスラグに取り込まれるためである。従って、火点反応によるスラグ中のSiO2およびFeOの濃度変化(%/sec)は、上記の式(3)および式(5)から以下の式(11)および式(12)で表される。式(11)および式(12)において、〈SiO2〉fおよび〈FeO〉fは火点領域で生成したスラグ中のSiO2濃度(%)およびFeO濃度(%)、WSはスラグの重量(ton)である。
【0043】
【0044】
また、火点領域の熱収支式は、火点反応で生じる各反応熱を考慮して以下の式(13)のように表すことができる。式(13)において、cpfは火点領域における溶銑の比熱(J/(kg・℃))である。Tfは火点領域における溶銑の温度(℃)、Hreac,fは火点領域における反応熱(J/sec)であり、例えば[Si]f、[C]f、および[Fe]fを用いて算出される。RQは転炉内の還流による火点領域への流入熱量(J/sec)であり、例えば火点領域以外の領域における溶銑温度T(℃)を用いて算出される。RQfは転炉内の還流による火点領域からの流出熱量(J/sec)であり、例えば火点領域における溶銑温度Tf(℃)を用いて算出される。
【0045】
【0046】
上記の式(3)~式(5)、式(6)または式(7)、式(9)~式(13)によって、火点領域における溶銑成分の挙動、および火点反応によって生成されてスラグに流入する酸化物(SiO2およびFeO)の挙動を表現することができる。
【0047】
(スラグメタル界面反応モデル)
次に、スラグメタル界面反応について説明する。スラグメタル界面における溶銑成分に関する反応は、スラグメタル界面における溶銑成分の平衡濃度と火点領域以外における溶銑成分の濃度との差を推進力とする物質移動によって表現される。具体的には、スラグメタル界面において溶銑に含まれる元素Xiの物質収支は、以下の式(14)で表される。なお、本実施形態において、{Xi}={C,Si,Mn,P,Fe}である。式(14)において、[Xi]は火点領域以外の領域における溶銑の元素Xi濃度(%)、Vは火点領域以外の領域における溶銑の体積(m3)、Aはスラグメタル界面の面積(m2)、KXiは元素Xiの物質移動係数(m/sec)、[Xi]*はスラグメタル界面の溶銑に含まれる元素Xiの平衡濃度(%)、[Xi]fは火点領域における溶銑の元素Xi濃度(%)、WXi,SUBは、副原料の投入による溶銑成分である元素Xiの増加を考慮するための投入項(%/sec)である。
【0048】
【0049】
ここで、スラグメタル界面の溶銑に含まれる元素Xiの平衡濃度[Xi]*は、上記のS. Ohguchiらの文献に記載された界面酸素濃度ao*を用いて表される。界面酸素濃度ao*は、スラグメタル界面における酸素収支式から算出される。
【0050】
一方、スラグメタル界面におけるスラグ成分に関する反応も、溶銑成分に関する反応と同様に、スラグメタル界面におけるスラグ成分の平衡濃度とスラグのバルク内の成分の濃度との差を推進力とする物質移動によって表現される。具体的には、スラグメタル界面においてスラグに含まれる酸化物XOjの物質収支は、以下の式(15)で表される。なお、本実施形態において、{XOj}={CaO,SiO2,FeO,MnO,P2O5,Al2O3}である。式(15)において、〈XOj〉はスラグに含まれる酸化物XOjの濃度(%)、VSはスラグの体積(m3)、KXOjは酸化物XOjの物質移動係数(m/sec)、〈XOj〉*はスラグに含まれる酸化物XOjの平衡濃度(%)、WXOj,SUBは、生石灰や石灰石、スケールなどの副原料の投入によるスラグに含まれる酸化物XOjの増加を考慮するための投入項(%/sec)である。
【0051】
【0052】
なお、〈SiO2〉および〈FeO〉については、式(15)の右辺に火点反応におけるSiO2およびFeOの生成速度を追加した以下の式(16)および式(17)で表す。これによって、火点反応で生成された酸化物がスラグに流入することによるスラグ成分の濃度の変化を表現することができる。
【0053】
【0054】
また、スラグメタル界面反応を構成する溶銑部分の熱収支、およびスラグ部分の熱収支は、スラグメタル界面反応などの反応熱を考慮して、下記の式(18)および式(19)で表される。式(18)において、Wは火点領域以外の領域における溶銑の重量(ton)、cpは火点領域以外の領域における溶銑の比熱(J/(kg・℃))、Tは火点領域以外の領域における溶銑の温度(℃)である。Hreacはスラグメタル界面反応で生じた反応熱のうち溶銑に分配される反応熱(J/sec)であり、スラグメタル界面反応に伴う各成分の物質移動に基づいて算出される。QSUBは、溶銑への副原料の溶解によって生じる抜熱量(J/sec)である。式(19)において、cpSはスラグの比熱(J/(kg・℃))、TSはスラグの温度(℃)である。Hreac,Sはスラグメタル界面反応で生じた反応熱のうちスラグに分配される反応熱(J/sec)であり、スラグメタル界面反応に伴う各成分の物質移動に基づいて算出される。RQSは、スラグ表面からの抜熱量(J/sec)である。
【0055】
【0056】
上記の式(14)~式(19)によって、火点反応による溶銑成分の挙動を含めたスラグメタル界面における溶銑成分およびスラグ成分の挙動を表現することができる。
【0057】
以上で説明したような火点反応モデルおよびスラグメタル界面反応モデルを複合させた複合反応モデルによって、吹錬中の溶銑のSi濃度を逐次的に推定することができる。具体的には、式(3)~式(5)、式(6)または式(7)、式(9)~式(19)の連立方程式を逐次的に解くことによって、溶銑のSi濃度を含む溶銑成分の濃度、およびスラグ成分の濃度を逐次的に推定することができる。
【0058】
既に述べたように、上記のような複合反応モデルを用いることによって吹錬処理中の溶銑のSi濃度を逐次的に算出することができ(算出は事後的に実施されてもよい)、その結果を利用して算出された過去の吹錬処理における一次脱珪速度定数kSiを目的変数とし、溶銑データに含まれる操業要因Ykを説明変数とする式(20)に示すような統計モデル(重回帰モデル)を構築することができる。
【0059】
【0060】
ここで、例えば転炉における吹錬処理の開始前に一次脱珪速度定数kSiの推定値を算出する場合、式(20)の統計モデルの説明変数である操業要因Ykは吹錬開始時までに得られるものに限られる。そのような操業要因の例を、表1に示す。
【0061】
【0062】
図4は、統計モデルによる一次脱珪速度定数k
Siの推定の精度検証結果を示すグラフである。過去に実施された吹錬処理について、吹錬開始時までに得られる溶銑データから式(20)の統計モデルによって推定した一次脱珪速度定数k
Si(グラフにk
Sicalとして示す)は、同じ吹錬処理について複合反応モデルによるSi濃度の逐次推定の結果から算出されたk
Si(グラフにk
Siactとして示す)との相関性が高く、統計モデルの推定精度は良好であった。
【0063】
(一次脱珪速度定数kSiを利用した転炉吹錬制御)
上記のようにして算出された一次脱珪速度定数kSiの推定値を用いた転炉吹錬制御の例について、以下で説明する。まず、吹錬開始前に、その時点で構築済みの統計モデルを用いて新たな溶銑データから一次脱珪速度定数kSiの推定値を算出する。その一方で、例えば以下のような手順で脱珪完了基準時刻tendを設定する。
【0064】
脱珪完了基準時刻tendは、例えば溶銑のSi濃度が所定の目標Si濃度[Si]aim(例えば0.01%)に到達すべきタイミングとして設定される。具体的には、例えば、吹錬処理前に得られた新たな溶銑データに含まれる、溶銑のSi濃度や溶銑温度、塩基度などの操業条件、上吹きおよび底吹きのガス流量などの設備条件、ならびに製造する鋼種などに応じて、脱珪完了基準時刻tendを設定することができる。表2に、吹錬処理前の溶銑のSi濃度[Si]iniに応じて設定される脱珪完了基準時刻tendの例を示す。
【0065】
【0066】
次に、一次脱珪速度定数kSiの推定値、吹錬処理前の溶銑のSi濃度[Si]ini、および上記で設定された脱珪完了基準時刻tendを用いて、式(2)から脱珪完了基準時刻tendにおける溶銑のSi濃度[Si]endを推定する。推定された[Si]endを目標Si濃度[Si]aimと比較した結果に基づいて、吹錬処理中の副原料(CaO、または酸素含有副原料)の予定投入量、および/または予定吹込み酸素量を修正する。このような制御の例を、以下に示す。
【0067】
([Si]end>[Si]aimの場合)
酸素含有副原料として投入される鉄鉱石の必要投入量WFeOre(ton)を以下の式(21)に従って決定する。式(21)において、鉄鉱石の投入量WFeOreは、脱珪完了基準時刻tendにおいて溶銑中に存在すると予想されるSiを酸化(Si+O2→SiO2)させるのに必要な投入量として定義される。式(21)において、αは換算係数(Nm3/(%・ton))であり、化学量論的(理論的)に決定されるαの値は8.0である。WMは溶銑の挿入量(ton)、OFeOreは鉄鉱石の酸素含有量(Nm3/ton)である。
【0068】
【0069】
ただし、副原料の投入量に対して熱的余裕がない、すなわち以下の式(22)が成立しない場合は、投入可能な鉄鉱石投入量W’FeOre(ton)、すなわち式(22)が等式になる鉄鉱石の投入量と必要投入量WFeOreとの差に相当する吹込み酸素量ΔO2を式(23)によって算出する。ここで、式(22)における冷却係数γFeOreは、スクラップが溶銑重量の1%投入された場合に20℃だけ溶銑温度が低下すると仮定して、このスクラップの冷却効果を基準とした場合の鉄鉱石投入による溶銑温度の温度降下量を示す。仮にγFeOreが1.0であれば、鉄鉱石の冷却効果はスクラップと同等である。式(22)において、f(TM,Taim,…)は熱余裕度を表す関数(℃)である。
【0070】
【0071】
([Si]end≦[Si]aimの場合)
転炉の吹錬制御はスタティック制御とダイナミック制御の2つから構成される。スタティック制御は、吹錬開始前に吹止め時の溶鋼成分濃度および溶鋼温度を目標値に的中させるために必要な吹込み酸素量や副原料(媒溶材や冷材)投入量などの操作量を決定する。これら操作量は物質(酸素)収支と熱収支を基本とする数式モデルを用いて求められる。ダイナミック制御は、サブランス測定による吹錬中の溶鋼温度・炭素濃度実測値を用いて、スタティック制御で求めた操作量(吹込み酸素量や冷材量)を修正し、的中率の向上を図るものである。ダイナミック制御における操作量も、スタティック制御と同様に酸素収支式と熱収支式から構成される数式モデルを用いて求められる。
【0072】
図5は、[Si]
end≦[Si]
aimの場合における媒溶材投入量の適正化について説明するためのグラフである。
図5の実線で示されているように、スタティック制御における溶銑重量あたりの媒溶材投入量(kg/ton)は、目標とするりん濃度[P](%)に応じて予め決定されている。具体的には、りん濃度[P]の目標値がP
1(%)である場合、予め決定される媒溶材投入量はW
CaO(kg/ton)である。これに対して、[Si]
end≦[Si]
aimである状態は、媒溶材による脱りん効率が当初の想定を上回る状態であるため、媒溶材投入量W
CaOを維持するとΔP=P
1-P
2(%)だけ過剰に脱りんが発生することになる。この場合、
図5の実線で示したりん濃度[P]と溶銑重量あたりの媒溶材投入量との関係が、破線のグラフにシフトしていると考えられる。そのため、例えば以下の式(24)に示すように、媒溶材量補正関数f(ΔP)を用いて媒溶材投入量をW
CaOからW’
CaOに補正する。これによって、過剰な脱りんを防止することができる。
【0073】
【0074】
(他の実施形態)
図6は、本発明の他の実施形態に係る統計モデル構築装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
図6に示されるように、精錬設備1Aは、転炉設備10と、計測制御装置20と、統計モデル構築装置30Aとを含む。なお、転炉設備10および計測制御装置20については、
図1を参照して説明した例と同様であるため重複した説明は省略する。
【0075】
統計モデル構築装置30Aは、
図1を参照して説明した例における転炉吹錬制御装置30と同様に、通信部31と、演算部32と、記憶部33とを含む装置、例えばコンピュータによって実装される。
図1の例との違いとして、統計モデル構築装置30Aでは、記憶部33に、吹錬処理中の操業要因のデータ334が格納される。また、演算部32が、プログラムに従って動作することによって、データ収集部324、Si濃度逐次推定部325および統計モデル構築部326として機能する。なお、それ以外の統計モデル構築装置30Aの構成は、
図1の例における転炉吹錬制御装置30と同様であるため重複した説明は省略する。
【0076】
上記の統計モデル構築装置30Aにおいて、データ収集部324は、転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、および吹錬処理中の操業要因のデータ334を収集する。ここで、吹錬処理中の操業要因は、例えば、計測制御装置20のサブランス21を用いた測定によって取得される溶鋼112の成分濃度、溶鋼112の温度、排ガス分析計22によって測定される排ガス成分濃度、排ガス流量系が測定する排ガス流量、ランス駆動装置24によって制御される上吹きランス12の高さ、酸素供給装置25が供給する吹込み酸素量、底吹きガス供給装置26が供給する底吹きガス流量、ならびに投入制御装置27による副原料151の投入タイミングおよび投入量の少なくとも一部を含む。データ収集部324は、例えば、過去の吹錬処理時に測定されて記憶部33に蓄積された溶銑データ331および操業要因のデータ334を収集する。
【0077】
Si濃度逐次推定部325は、データ収集部324が収集した溶銑データ331および操業要因のデータ334に基づいて、吹錬処理における溶銑中のSi濃度を逐次推定する。溶銑中のSi濃度は、例えば上記で説明した複合反応モデルを用いて逐次推定することができる。Si濃度逐次推定部325は、例えばデータが収集された過去の吹錬処理のそれぞれについて、溶銑中のSi濃度を逐次推定する。統計モデル構築部326は、Si濃度逐次推定部325による逐次推定の結果に基づいて、溶銑データ331を説明変数とし溶銑の一次脱珪速度定数k
Siを目的変数とする統計モデル332を構築する。構築された統計モデル332は、例えば
図1の例における転炉吹錬制御装置30によって、新たな溶銑データ331から一次脱珪速度定数k
Siの推定値を算出するために利用される。
【0078】
なお、上記で説明した転炉吹錬制御装置30と統計モデル構築装置30Aとは、同じ装置であってもよいし、異なる装置であってもよい。これらが同じ装置である場合、記憶部33には溶銑データ331、統計モデル332、目標Si濃度333および操業要因のデータ334が格納され、演算部32はプログラムに従って動作することによって脱珪速度定数算出部321、Si濃度推定部322、吹錬処理制御部323、データ収集部324、Si濃度逐次推定部325および統計モデル構築部326として機能する。このような装置では、過去の吹錬処理におけるSi濃度の逐次推定の結果に基づいて構築された統計モデル332を利用して新たな溶銑データ331から一次脱珪速度定数kSiの推定値を算出するとともに、新たな吹錬処理についてもSi濃度を逐次推定することによって統計モデル332を更新することができる。
【0079】
図7は、本発明の他の実施形態に係る統計モデル構築方法の工程を概略的に示すフローチャートである。図示された例では、まず、統計モデル構築装置30Aのデータ収集部324が、転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、および吹錬処理中の操業要因のデータ334を収集する(ステップS21)。次に、Si濃度逐次推定部325が、ステップS21で収集された溶銑データ331および操業要因のデータ334に基づいて、吹錬処理における溶銑中のSi濃度を逐次推定する(ステップS22)。次に、統計モデル構築部326が、ステップS22における逐次推定の結果に基づいて、溶銑データ331を説明変数とし溶銑の一次脱珪速度定数k
Siを目的変数とする統計モデル332を構築する(ステップS23)。以上のような処理によって、例えば新たな溶銑データ331から一次脱珪速度定数k
Siの推定値を算出するための統計モデル332を構築することができる。
【実施例】
【0080】
図8は、本発明の実施例および比較例を示すグラフであり、溶銑の吹錬処理前のSi濃度[Si]
iniが同程度のチャージA(Ch.A)およびチャージB(Ch.B)のそれぞれについて、上述の複合反応モデルによって逐次推定された溶銑のSi濃度[Si](%)、スラグ中のFeO濃度〈FeO〉、および溶銑のりん濃度[P]が示されている。チャージAでは一次脱珪速度定数k
Siの推定値に基づいて吹錬開始前の段階で鉄鉱石(副原料)の投入量を増加させることを決定し、時刻250secで13.7kg/tonの鉄鉱石を投入した。一方、チャージBでは溶銑のSi濃度の逐次推定の結果に基づいて鉄鉱石の投入量を制御し、Si濃度が予定よりも高く推移していることが明らかになった時刻371secの時点で4.4kg/tonの鉄鉱石を投入した。
【0081】
その結果、チャージAでは鉄鉱石の投入時点からスラグ中のFeO濃度が上昇するとともに溶銑のSi濃度の低下が促進され、脱珪終了時期が早められている。この結果、脱りん反応の開始も早まり、吹錬終了時点(720sec)において目標りん濃度(0.020%~0.025%)が達成された。一方、チャージBでも鉄鉱石の投入時点からスラグ中のFeO濃度が上昇しているが、既に溶銑のSi濃度が低くなり脱珪終了が近くなった時点で鉄鉱石が投入されたため、脱型終了時期はほとんど早められず、脱りん反応の開始が遅くなる結果、吹錬終了時点において目標りん濃度が達成できなかった(脱りん不良)。この結果から、本発明の実施例では、一次脱珪速度定数kSiの推定値に基づいて吹錬のより早い段階で鉄鉱石(副原料)の投入量を修正できたために、りん濃度を適切に制御することができたといえる。
【0082】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0083】
1…精錬設備、10…転炉設備、11…転炉、12…上吹きランス、13…煙道、14…羽口、15…投入装置、20…計測制御装置、21…サブランス、22…排ガス分析計、23…排ガス流量計、24…ランス駆動装置、25…酸素供給装置、26…底吹きガス供給装置、27…投入制御装置、30…転炉吹錬制御装置、31…通信部、32…演算部、33…記憶部、34…入出力部、321…脱珪速度定数算出部、322…Si濃度推定部、323…吹錬処理制御部、331…溶銑データ、332…統計モデル、333…目標Si濃度。