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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-26
(45)【発行日】2023-08-03
(54)【発明の名称】Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料
(51)【国際特許分類】
   C09C 1/34 20060101AFI20230727BHJP
   C09C 3/08 20060101ALI20230727BHJP
   C09D 201/00 20060101ALN20230727BHJP
   C09D 7/61 20180101ALN20230727BHJP
【FI】
C09C1/34
C09C3/08
C09D201/00
C09D7/61
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023523268
(86)(22)【出願日】2022-06-21
(86)【国際出願番号】 JP2022024728
【審査請求日】2023-05-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000229874
【氏名又は名称】TOMATEC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106091
【弁理士】
【氏名又は名称】松村 直都
(74)【代理人】
【識別番号】100079038
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 彰
(74)【代理人】
【識別番号】100199369
【弁理士】
【氏名又は名称】玉井 尚之
(74)【代理人】
【識別番号】100228175
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 充紀
(72)【発明者】
【氏名】藤原 隼
(72)【発明者】
【氏名】的田 達郎
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第110878179(CN,A)
【文献】特表2019-509959(JP,A)
【文献】国際公開第2013/065813(WO,A1)
【文献】国際公開第90/15020(WO,A2)
【文献】CHAVARRIAGA et al.,SYNTHESIS OF CERAMIC NANOPIGMENTS,TMS2014 143rd Annual Meeting & Exhibition; Supplemental Proceedings,2014年,pp. 837-843
【文献】MIRANDA et al.,PROPERTIES OF CERAMIC PIGMENT Zn0.5Cu0.5Cr2O4 SYNTHESIZED BY SOLUTION COMBUSTION METHOD,Characterization of Minerals, Metals, and Materials 2016,2016年,pp. 721-727
【文献】YOUN et al.,Effect of Metal Doping on CuCr2O4 Pigment for Use in Concentrated Solar Power Solar Selective Coatin,APPLIED ENERGY MATERIALS,2019年,2,pp. 882-888,DOI: 10.1021/acsaem.8b01976
【文献】HENDERSON et al.,High Throughput Synthesis of Pigments by Solution Deposition,Materials Research Society Symposia Proceedings,2005年,Vol. 848,pp. 151-156
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09C 1/00-1/68
C09D 1/00-201/10
C01G 37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項7】
Laser Direct Structuring(LDS)に使用される、請求項1に記載のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒色顔料の1種であるCu-Cr-O複合酸化物顔料に関する。
【背景技術】
【0002】
着色剤として用いられる顔料の中に、2種以上の酸化物が組み合わさった固溶体からなる複合酸化物顔料がある。複合酸化物顔料は、一般に、化学的、物理的に極めて安定であることから、耐候性、耐酸性および耐熱性に優れ、塗料や建材、樹脂等の耐久性を要求される用途に広く使用されている。
【0003】
英国染料染色学会(The Society of Dyers and Colourists:SDC)と米国繊維化学
技術・染色技術協会(The American Association of Textile Chemists and Colorists:AATTC)によって規定されたカラーインデックスに登録されている複合酸化物顔料C.I.ピグメントブラック28は、CuおよびCrからなるスピネル構造を有する青みの黒顔料であり、耐薬品性、耐熱性、および耐候性に優れた非常に堅牢度の高い顔料である。
【0004】
この顔料の使用用途としては、塗料、プラスチック、ほうろう、グラスカラーの他に、その高い堅牢度を生かし、超耐久性フッ素塗料、耐熱塗料にも使用される。また最近ではLaser Direct Structuring(LDS)用途にも使用されており非常に多岐性に富む。
【0005】
Cu-Cr-O複合酸化物顔料の製造方法には、酸化銅および酸化クロム原料等をミキサーやボールミルを使用して均一に混ぜ合わせ混合物(バッチ)を作製する乾式法、あるいはCuおよびCrの水溶液とアルカリ水溶液を反応させCuおよびCrからなる複合金属水酸化物あるいは酸化物としてバッチを作製する湿式法がある。いずれの方法でも、作製したバッチを焼成し、焼成物を粉砕することで最終的に顔料が得られる。
【0006】
バッチの作製方法では、製造方法が簡便である、生産コストが安価である、廃水処理が不要であるといった複数の観点から、基本的に乾式法が選択される。
【0007】
しかしながら、乾式法を用いて作製した酸化銅および酸化クロムからなるバッチは、焼成の際に固相反応における反応性が低く、結果として十分な黒度の顔料を得られない。
【0008】
また、固相反応におけるバッチの反応性を改善する目的で、より高温で焼成を行った場合、ある一定以上の温度で生じたスピネル構造CuCrが分解し、CuCrOが生じる。その結果として顔料の黒度および耐久性は低下する。
【0009】
このような問題を解消するため、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の製造方法として乾式法でバッチを作製する際、酸化銅および酸化クロム原料に加え、修飾酸化物として二酸化マンガンあるいは三酸化マンガン等のマンガン化合物を添加し、Cu-Cr-Mn-O複合酸化物として顔料組成を設計することが一般的である。Cu-Cr-Mn-O複合酸化物として顔料組成の設計を行うと、乾式法でバッチを作製した際も十分な黒度および着色力を有する顔料が得られる。
【0010】
しかし、修飾酸化物としてマンガン化合物を添加する際、添加量の増加に伴い顔料の黒度および着色力は向上するが、一方で耐酸性や耐候性等の耐久性は低下する傾向がある。Cu-Cr-O複合酸化物顔料のスピネル構造を構成するクロムイオンの価数は3価で安定しているが、顔料自体の耐久性が低下した際に顔料から溶出する6価クロムの環境や健康に及ぼす影響が懸念される。例えばEU加盟国内では電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用を制限しており、6価クロム溶出量が1000ppmを超えると製品は上市できない。
【0011】
クロムを含む複合酸化物顔料からの6価クロムの溶出量は、含有量や共存固溶物質の種類、焼成条件、水洗状態等によりかなり異なる。例えば、C.I.ピグメントブラック28では6価クロムの溶出量は1000ppmを超えることもある。
【0012】
また、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の使用用途の1つに挙げられるグラスカラーは、主に自動車窓ガラスに使用され、色調の異なる車体と窓ガラスの境界への意匠性付与、および車体とガラスの接合に使用しているウレタン系接着剤の紫外線防止などの目的があり、顔料における黒度、遮光性、および雨による変色防止能力として耐酸性が求められる。グラスカラーは、ガラス粉末、無機顔料、およびフィラーなどの無機成分と有機ビヒクルからなる混合物であり、ガラス製品にスクリーン印刷等で塗布した後に、500~700℃の高温で焼き付けることでガラス製品に意匠性を付与することができる。
【0013】
しかし、フロート板ガラスにグラスカラーを塗布し焼き付ける際、板ガラス表面の錫によってCu-Cr-O複合酸化物顔料成分の銅が還元され、板ガラスの錫面と塗布したグラスカラーの境界が赤く変色する(赤変)場合があり、ガラス製品の意匠性を損ねることから赤変の発現しないCu-Cr-O複合酸化物顔料が求められている。グラスカラーの赤変についても顔料の耐久性が低い場合に発現するが、Cu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料におけるMnの含有率が多いほど赤変が顕著に発現する傾向にある。また、乾式法で作製したMnを含まないCu-Cr-O複合酸化物顔料ではグラスカラーに要求される十分な黒度および遮光性を示さない。
【0014】
特許文献1には、クロムを含む複合酸化物顔料のスラリー中で、顔料と含水シリカおよび還元能を有する物質とを接触させ、顔料をこれら物質で処理することで6価クロムの溶出量を低減させる技術が開示されている。しかしこの技術は製造工程を煩雑なものとし汎用品には不向きである。
【0015】
特許文献2には、酸化銅と酸化クロムの混合物に、15%以下の鉄、ニッケル、コバルト、マンガン、モリブデン、タングステン、バナジウムまたはウランの酸化物を添加した後、この得られる混合物を800~1100℃の温度で焼成することによって得られる、銅-クロム型の黒色顔料が記述されている。しかしマンガンを成分中に多く含まない黒色顔料は、高い黒度や着色力を示さない。
【0016】
特許文献3には、Cu-Mn-Cr-O(Mnは必ずしも含まなくてよい)複合酸化物にAl、Mg、Ti、Fe、Co、Ni、Zn、Zr、Nb、Y、W、Sb、およびCaからなる群から選択される金属を少なくとも1つ以上含有させることで、ガラスエナメル(本願中のグラスカラーと同義)に使用する顔料として十分な黒度およびガラスの熱膨張率(当該文献中、CTE:Coefficients of thermal expansionと表記されている)を低
下させることができる複合酸化物顔料が記述されている。しかし、顔料の耐久性については記述されていない。また、本願出願人が後に詳細に説明するように、特許文献3に開示されている組成物では、十分な高温安定性が保証されているものではない。
【文献】特開平8-27393号公報
【文献】米国特許第2309173号明細書
【文献】米国特許第11174170号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上記背景に鑑み、優れた色彩特性を有しかつ耐久性を向上させたCu-Cr-O複合酸化物顔料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、Cu-Cr-O複合酸化物顔料において乾式法でバッチを作製する際に、修飾酸化物として公知であるマンガン化合物、あるいは鉄化合物を使用せず、従来では用いられていなかった酸化亜鉛を限定的な組成域で添加し、比較的高温域の範囲内の適正な温度で焼成することにより、従来のCu-Cr-O複合酸化物顔料と比べて顔料の色彩特性と耐久性との両方を大幅に改善できることを見出し、本発明を完成させるに至った。つまり、本願は、Mn、Feを含まなくても、Cu-Cr-O複合酸化物に固溶させる金属元素としてZnを選択することで、Cu-Cr-O複合酸化物顔料への高黒度と高耐久性の付与を両立させた。
【0019】
すなわち、本発明は、Cr-Cr-O複合酸化物に修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料であって、
酸化物の組成式:aCuO・bCr・cZnO(mol%)を有し、式中、0.1≦c≦5、45≦a+c≦55、45≦b≦55(a+b+c=100)である、Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料に関するものである。
【0020】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、X線回折パターン中に、副生成物CuCrOを含まない。
【0021】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、銅化合物、クロム化合物、および亜鉛化合物を出発原料とし、乾式法によって混合したバッチを800~1000℃の温度で焼成すること特徴とし、スピネル構造が形成されたものである。
【0022】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、塗料、プラスチック、およびガラスの着色顔料として使用される。
【0023】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、EPA3060A法に基づく顔料溶出液中の6価クロム溶出量が250ppm以下である。
【0024】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、グラスカラーに使用され、フロート板ガラスの錫面に500~700℃で焼き付けた際に赤変が発現しない。
【0025】
好ましくは、上記Cu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料において、Laser Direct Structuring(LDS)に使用される。
【0026】
以下、本願出願の時点に公開されている特許公報のうち、本願の請求項1に係る発明と最も近いものであると本願出願人が考えている米国特許第11174170号明細書(以下引用文献という)の記載内容を本願発明と比較することにより、本願発明の特徴をより明確化する。
【0027】
引用文献には、請求項1として
式ACuMnCrを有する亜クロム酸銅系固溶体を含み、
Aは、Al、Mg、Ti、Fe、Co、Ni、Zn、Zr、Nb、Y、W、Sb、及びCaからなる群から選択される少なくとも1つの金属であり、
2.6≦a+b+c+d≦3.2であり、
a、b、及びdのいずれも零ではない、改変亜クロム酸銅黒色スピネルが開示されている。
【0028】
ここで、「a、b、及びdのいずれも零ではない」の上記規定により、Mnの組成量を示すcが零である場合をも含むものである。
【0029】
また、Aとして列挙されている金属の中に「Zn」が含まれている。
【0030】
したがって、引用文献1の発明は、その構成上、本願発明を包含しているという認定もされ得る。
【0031】
しかしながら、下記の2つの点で、本願発明は、引用文献1とは相違する技術的意義を有するものであるということができる。
1.引用文献1は、その段落[0017]に記載されているように、「低下したCTEを有する黒色顔料を得る」ことを課題としたものであり、その課題を解決するために、「Al、Mg、Ti、Fe、Co、Ni、Zn、Zr、Nb、Y、W、Sb、及びCaからなる群から選択される少なくとも1つの金属」である二次改変剤を採用しようとしたものである。
【0032】
これに対して、本願発明は、色彩特性および耐久性の向上を課題としており、この課題を解決するために、主成分の金属Cu、Cr以外に含まれる金属としてZnを採用したものである。
【0033】
引用文献におけるCTEは、本願発明における「色彩特性」および「耐久性」とは全く相関しないものであり、引用文献1における発明からc=0およびA=Znの唯一の組み合わせを選ぶことが、本願発明のような「色彩特性」および「耐久性」に優れたものに至ることの動機付けになるような記載も示唆も存在しない。すなわち、本願発明は、引用文献とは異なる独自の技術的意義を有するものである。
2.本願発明におけるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料は、スピネル構造CuCrを有するCu-Cr-O複合酸化物に、修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるものである。
【0034】
ここで、本明細書および請求の範囲において「スピネル構造CuCrを有するCu-Cr-O複合酸化物に、修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなる」は、「スピネル構造CuCrを有するCu-Cr-O複合酸化物および酸化亜鉛由来のZnからなる」ことを意味するものであり、これは、上記の各金属酸化物に由来しないMn、Fe等の他の種類の金属を含まないという意味のほかに、副相であるCuCrOも含んでいないという意味を含むものである。
【0035】
後述の実施例にて明らかにしたように、修飾酸化物としてZnOを採用しない場合、すなわち、修飾酸化物を用いない場合および修飾酸化物としてMnO、Feを用いた場合は、いかなる焼成条件を選択しても、CrおよびCuCrOの少なくともいずれかを含んでしまう結果となった。
【0036】
したがって、「スピネル構造CuCrを有するCu-Cr-O複合酸化物に、修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるもの」は、本願発明の独自の特徴である。
【発明の効果】
【0037】
本発明のCu-Cr-O複合酸化物に修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるCu-Cr-Zn-O複合酸化物であることにより顔料としての優れた色彩特性を有しかつCu-Cr-O複合酸化物顔料の耐久性も向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1a】実施例10の顔料のXRDパターンを示すグラフである。
図1b】比較例2の顔料のXRDパターンを示すグラフである。
図1c】比較例5の顔料のXRDパターンを示すグラフである。
図1d】比較例8の顔料のXRDパターンを示すグラフである。
図2】種々の顔料を使用し赤変試験をした後の板ガラス錫面を示す写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0040】
本発明によるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料は、スピネル構造のCu-Cr-O複合酸化物に修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるものである。
【0041】
さらに、酸化物の組成式:aCuO・bCr・cZnO(mol%)を有し、式中、0.1≦c≦5、45≦a+c≦55、45≦b≦55(a+b+c=100)である。
【0042】
スピネル構造とは、一般に、一般式ABとなる金属元素の複合酸化物、複合硫化物にみられる典型的結晶構造形式の1種である。スピネル構造であるCu-Cr-O複合酸化物は、一般式CuCrを有している。
【0043】
本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料における酸化物組成中のZnOは、上記にも示す通り修飾酸化物として加えられている。
【0044】
酸化亜鉛ZnOは、修飾酸化物としては従来では用いられていなかったものであるが、これを顔料製造工程における原材料の配合時に適量添加し、乾式法による混合工程を経て得られたバッチを所定の温度の範囲内で焼成すると、焼結時の反応性が改善されることにより、従来のCu-Cr-O複合酸化物顔料(すなわち、修飾酸化物が添加されていないもの、もしくは、酸化マンガンMnO、酸化鉄Fe等の他の修飾酸化物が添加されているもの)と比べて、色彩特性と耐久性の両方が大幅に改善されたものとなった。
【0045】
本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料は、顔料成分としては、C.I.ピグメントブラック28に属しているが、修飾酸化物の金属としてMnもFeも含んでいない点で従来のものと異なっている。この相違点に基づいて、本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料では、色彩特性として、黒度が従来のCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料とほぼ同等である一方で赤みと青みが高いという利点を有しているという特徴を有している。
【0046】
本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料における酸化物組成は、好ましくは、酸化銅(CuO)40~54.9mol%、酸化クロム(Cr)45~55mol%および添加成分である酸化亜鉛(ZnO)0.1~5.0mol%からなっている。顔料の酸化物組成量がこの範囲外である場合、十分な色彩特性および耐久性が得られないことが分かった。
【0047】
具体的には、修飾酸化物としてZnOを用いることにより、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の色彩特性を大幅に向上させることができる。具体的には、Cu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して、CuO、Cr、およびZnOからなる3成分の組成および焼成温度を最適化したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料では、顔料濃度10wt%濃度のアクリル系塗料を作製し、塗料の厚み150μmで展色した際の色調において、Lは約2.0以上減少、且つaは約0.5以上増加、且つbは0.5以上減少する。
【0048】
色彩特性を向上させるための従来からの方法には修飾酸化物としてMnO、あるいはFeを用いることが知られているが、本発明による修飾酸化物としてZnOを用いたCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料は、修飾酸化物としてMnOを用いたCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料と比較してaが高く、且つbが低い点で、あるいは修飾酸化物としてFeを用いたCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料と比較してLが低く、且つbが低い点でより優れた色彩特性を有している。
【0049】
加えて本発明による顔料では、耐久性が大幅に改善されたものである。すなわち、耐酸性、耐アルカリ性を有しており、これにより6価クロムを外部に溶出することを防止することができる。
【0050】
また、本発明による顔料では、グラスカラー用途として使用した際に、赤変を抑制したグラスカラーを提供することができる。
【0051】
この効果は、800~1000℃の範囲の比較的高い温度範囲で焼成することにより得られるものであるが、本発明の出願時点では、本顔料中のいかなる構造若しくは特性によるものであることが明らかではないので、上記の温度範囲で本願発明の範囲を規定することはやむを得ないところである。
【0052】
次に、本発明によるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料を製造する方法について説明する。
【0053】
本発明による顔料は、Cu-Cr-O複合酸化物を主成分とし、これに修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnをさらに含んでいるものであるので、これらの原材料として、それぞれ、銅化合物、クロム化合物、亜鉛化合物を用意する。
【0054】
各原材料は上記の金属元素をそれぞれ含み、かつ、製造過程でそれぞれの酸化物となるものであればいかなるものでもよい。これらの化合物としては、具体的には、水酸化物、酸化物、炭酸塩などが挙げられ、それぞれ、単独でまたは複数種を組み合わせたものであってよい。
【0055】
金属酸化物を主成分とする複合酸化物顔料の一般的な製造方法として知られるものであればいずれであってよい。そのような製造方法は、主に原材料の混合工程1)と、生じた混合物の焼成工程2)と、焼成品の粉砕工程3)とからなる。
【0056】
原材料の混合工程1)は、乾式法に限定される。他の方法を用いると、製造方法あるいは工程が複雑化する、生産コストが増加する、廃水処理設備が必要となるなどが問題点として知られているからである。
【0057】
得られた混合物の焼成工程2)では、得られた混合物(バッチ)を800℃~1000℃で3~6時間程度にわたって焼成し、各成分を固溶および結晶化させる。
【0058】
焼成温度が高過ぎると副相の形成による色彩特性の低下、低すぎると発色不十分、或いは焼きムラ等の不具合を生じる原因となることが知られている。
【0059】
本発明では、上記の800℃~1000℃の温度範囲で焼成を行うことにより、Lが減少、且つaが増加、且つbが減少するという効果を得ることができた。これに対して、従来のMnO、あるいはFeを修飾酸化物とするものでは、900℃以上の温度で焼成すると副相CuCrOが生じ、結果としてLが増加するという問題が生じた。
【0060】
最後に、工程2)により得られた焼成物に対して、粉砕工程3)が行われる。この粉砕工程3)は、一般的には粉砕によって粒度調整を行うものであり、所望の粒度の顔料が得られれば粉砕方式に特に限定は受けず、一般的な乾式粉砕、或いは湿式粉砕いずれの方法も適用出来る。
【0061】
粉砕機の一例としては、乾式の場合はアトライターやジェットミル、湿式の場合はボールミル、振動ミル、或いは媒体撹拌型ミル等が挙げられる。湿式粉砕の場合は、粉砕後のスラリーを十分に乾燥し、解砕を行った後に目的の製品を得る。
【0062】
上記の製造方法によれば、CuおよびCrからなるスピネル構造を有するCu-Cr-O複合酸化物顔料について乾式法にてバッチを作製する際に、修飾酸化物として酸化亜鉛を所定量添加することで、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の色彩特性を大幅に向上させることができる。
【0063】
また、色彩特性を向上させる方法には修飾酸化物としてMnO、あるいはFeを用いることが知られているが、修飾酸化物としてZnOを用いた場合、これら修飾酸化物を使用した際と比較しても優れた色彩特性を有し、加えて顔料の耐久性も大幅に改善することができる。
【0064】
さらに、本発明による顔料は、製造工程も簡略で汎用品として使用できるものである。
【0065】
(実施例)
次に本発明を具体的に説明するために、本発明の実施例およびこれとの比較を示す為の比較例をいくつか挙げる。
【0066】
顔料組成は、便宜的にaCuO・bCr・cX(mol%)(X=ZnO,Mn,Fe)で表すものとする。
【0067】
(実施例1~21)
以下の実施例1~21において、組成式aCuO・bCr・cZnO(mol%)に基づき、0.1≦c≦10、かつ40≦a+b≦60、かつ40≦b≦60(a+b+c=100)を満たすような範囲で(a、b、c)を種々変更して目的とする顔料組成となるように酸化銅、酸化クロム、酸化亜鉛を総重量100gになるよう所定量秤量した。(a、b、c)の具体的な値は、下記の表1に示した。
【0068】
次いでボールミルを用いてこれらを均一な混合物(バッチ)が得られるまで十分に混合した。
【0069】
次いでこのバッチ30gをムライト質のるつぼに量り入れ、電気炉で焼成を行った。焼成条件としては1組成につき800℃、900℃、1000℃の3通りの温度で9時間とした。
【0070】
バッチの焼成後、容量140mLのガラス容器に、得られた焼成物25g、直径φ3mmのガラスビーズ100g、蒸留水50gをそれぞれ量り入れ、蓋をし、ペイントコンディショナーを用いて焼成物の粉砕を30分にわたって行った。
【0071】
焼成物の粉砕後、粉砕スラリーをアルミホイルコンテナに注ぎ入れ、120℃で5時間程度にわたって乾燥させた。
【0072】
粉砕スラリーの乾燥後、乾燥物を乳棒と乳鉢を用いて解砕し、目的の組成となる顔料を作製した。
【0073】
(比較例1~3)
実施例1~21とは異なり、aCuO・bCr(mol%)に基づき、45≦a≦55、かつ45≦b≦55(a+b=100)の範囲で(a、b)を選び、修飾酸化物を含まないCuおよびCrからなるCu-Cr-O複合酸化物顔料を作製した。
【0074】
作製手法は、上記の実施例1~21と同様の操作とした。
【0075】
(比較例4~6)
aCuO・bCr・cMn(mol%)に基づき、45≦a≦55、かつ40≦b≦50、かつc=5(a+b+c=100)の範囲で(a、b、c)とし、従来から修飾酸化物として添加される二酸化マンガンMnO由来の金属元素Mn含むCu、Cr、およびMnからなるCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料を作製した。
【0076】
顔料の作製手法は、上記の実施例1~21と同様の操作とした。
【0077】
(比較例7~9)
aCuO・bCr・cFe(mol%)に基づき、45≦a≦55、かつ40≦b≦50、かつc=5(a+b+c=100)の範囲で(a、b、c)を選び、従来から修飾酸化物として添加される酸化鉄Fe由来の金属元素Feを含むCu、Cr、およびFeからなるCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料を、上記の実施例1~21
と同様の操作により作製した。
【0078】
(特性評価)
((a)色調)
アクリル樹脂100重量部に対して、実施例1~21および比較例1~9で得た複合酸化物顔料各10重量部を、ペイントコンディショナーにより分散させた。
【0079】
次いで得られた塗料を150μmのアプリケータを用いて白色紙上に展色した。乾燥後、塗膜を分光光度計にて測色した(標準光源C、2°視野)。
【0080】
この結果を評価する目的でCIELAB表色系による測色結果を下記の表1に示す。
【0081】
((b)XRD回折パターン解析)
実施例1~21および比較例1~9でそれぞれ作製したCu-Cr-Zn-O、Cu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料の中からそれぞれ最も色彩特性が優れていた組成を選定し、各々の成分系について焼成温度800℃、900℃、および1000℃で作製した顔料のXRD回折パターンを比較することで、顔料を作製する際の焼成温度の上昇に伴う顔料の結晶構造の変化を観察した。
【0082】
((c) 耐酸・耐アルカリ性試験)
(a)および(b)の評価結果より、作製したCu-Cr-Zn-O、Cu-Cr、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料の中からそれぞれ最も色彩特性が優れ、且つ結晶構造に異相CuCrOが検出されなかった組成を選定した。具体的には、実施例10の1000℃で焼成したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料、比較例2の800℃で焼成したCu-Cr-O複合酸化物顔料、比較例5の800℃で焼成したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料、および比較例8の800℃で焼成したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料を選定した。
【0083】
選定した各顔料を5wt%HCl水溶液、あるいは20wt%NaOH水溶液中に顔料濃度10wt%となるようそれぞれ量り入れ、3日間浸漬した。
【0084】
顔料を3日間浸漬した後、吸引濾過によって溶出液を抽出した。
【0085】
溶出液においてそれぞれ浸漬した顔料の主成分量をICP(高周波誘導結合プラズマ)化学分析によって測定することで、各成分系の顔料の耐久性について比較した。
【0086】
((d) 6価クロム溶出量評価)
EPA3060A(ALKALINE DIGESTION FOR HEXAVALENT CHROMIUM) に基づく方法で、
実施例10の1000℃で焼成したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料、比較例2の800℃で焼成したCu-Cr-O複合酸化物顔料、比較例5の800℃で焼成したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料、および比較例8の800℃で焼成したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料からの六価クロムの溶出液を作製した。溶出液中の六価クロム濃度をジフェニルカルバジド吸光光度法により測定した。(JISK0102)。
【0087】
((e) グラスカラーにおける赤変評価)
実施例10の1000℃で焼成したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料、比較例2の800℃で焼成したCu-Cr-O複合酸化物顔料、比較例5の800℃で焼成したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料、および比較例8の800℃で焼成したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料について、顔料1.2g、およびビヒクル0.6gとなるように秤量し、フーバーマーラーを用いて十分に混合しペーストを作製した。作製したペーストは板ガラスの錫面に厚み76.2μmのアプリケータも用いて展色し、120℃の乾燥炉で30分間乾燥させた。さらに、この板ガラスを680℃の電気炉で20分間焼成を行い、十分に自然冷却させた後に板ガラス上の顔料を水道水で洗い流し、板ガラスの錫面における赤変の発現具合を観察した。
【0088】
次に、上記の各試験の結果について説明する。
【0089】
実施例1~20および比較例1~9について、Cu-Cr-Zn-O、Cu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料において作製時に設定した焼成温度ごとの色調を下記表1に示す。
【0090】
【表1a】
【0091】
【表1b】
【0092】
【表1c】
【0093】
上記表中、Lは明度、+aは赤色方向、-aは緑色方向、+bは黄色方向、-bは青色方向の色調を意味している。また、黒顔料に関しては黒度が高い、且つ赤色が強い、且つ青色が強い色調が好まれており、色調特性の有意差を比較するうえでLが低い、且つaが高い、且つbが低いことを総合的に観測し判断した。
【0094】
また、図1には、(a)実施例10、(b)比較例2の焼成温度800℃、900℃、1000℃のXRDパターンを示している。
【0095】
上記表1によると、修飾酸化物を添加していないCu-Cr-O複合酸化物顔料では、比較例1~3より焼成温度800℃で作製した顔料のLは11.7~11.8、焼成温度900℃で作製した顔料のLは12.0~15.3、さらに焼成温度1000℃で作
製した顔料のLは12.0~16.2とすべての比較例において焼成温度の上昇に伴い
黒度は低下する傾向が観測された。
【0096】
また、図1の(b)の比較例2に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料について焼成温度800℃のXRDパターンによれば、主相CuCrに帰属される回折ピークの他に使用原料Crに帰属される回折ピークも検出された。一方で、焼成温度900℃以上で作製した顔料には主相CuCrおよびCrの他にさらに副相CuCrOに帰属される回折ピークが検出された。
【0097】
これらからCuおよびCrからなるCu-Cr-O複合酸化物顔料を作製する場合、出発原料として使用した酸化銅および酸化クロムが理論上過不足なく反応するよう組成設計を行っても、乾式法で得られたバッチでは焼成時における原料同士の反応が不十分といえる。さらに、Cu-Cr-O複合酸化物顔料を作製する際、最適な焼成温度を設定する必要性があり、それ以上の温度で焼成を行うと、顔料は主相CuCrの他に副相CuCrOを形成し、結果として顔料の黒度は低下することが示唆される。
【0098】
したがってCu-Cr-O複合酸化物顔料を乾式法で得られたバッチから作製する場合の最適焼成温度は800℃付近が望ましいことがいえ、逆にいえば、900℃以上の高温で焼成すべきものではないことが分かった。
【0099】
修飾酸化物としてMnOを添加したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料では、比較例4~6によると、焼成温度800℃で作製した顔料のLは9.5~11.7となっており、比較例1~3に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して黒度が高く色彩特性がより優れていた。一方で、焼成温度900℃以上で作製した顔料は、焼成温度800℃で作製した顔料と比較してLが低下しており、Cu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料は、Cu-Cr-O複合酸化物顔料と同様に、焼成温度の上昇に伴い黒度は低下する傾向が観測された。
【0100】
図1の(c)の比較例5に示すCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料のXRDパターンによると、比較例2と同様に焼成温度900℃以上で作製した顔料には主相CuCrの他に副相CuCrOに帰属される回折ピークが検出された。したがって、修飾酸化物としてMnOを添加しCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料を作製した場合、顔料の色彩特性は大幅に改善されるが、顔料作製時の焼成温度はCu-Cr-O複合酸化物顔料と同様に800℃付近が望ましい反面で、900℃以上の高温で焼成すべきものではないことが分かった。
【0101】
修飾酸化物としてFeを添加したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料では、比較例7~9によると、表1の結果から、焼成温度800℃で作製した顔料のLは10.8~11.2となっており、比較例1~3に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して黒度が高く色彩特性に改善が見られるが、比較例4~6に示す修飾酸化物としてMnOを添加したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料ほどの改善は見られないことが分かった。
【0102】
また、図1の(d)の比較例8に示すCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料のXRDパターンによると、比較例2に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料および比較例5に示すCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料のXRDパターンと同様の傾向があった。したがって、修飾酸化物としてFeを添加しCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料を作製した場合、顔料の色彩特性はわずかに改善され、顔料作製時の焼成温度はCu-Cr-O複合酸化物顔料およびCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料と同様に800℃付近が望ましい反面で、900℃以上の高温で焼成すべきものではないことが分かった。
【0103】
修飾酸化物としてZnOを添加した実施例1~21の顔料aCuO・bCr2O3・cZnO(mol%)について、0.1≦c≦5、45≦a+c≦55、45≦b≦55(a+b+c=100)を満たす範囲で(a、b、c)を選択した実施例5~7、実施例9~12、および実施例14~16で、各組成から最も黒度の高い焼成温度条件で作製したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料を選択するとLは9.3~11.5となっており、比較例1~3に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して顔料特性として黒度の改善が見られ、さらにそれらの中には修飾酸化物としてMnOを添加した比較例4~6に示すCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料と比較してもaが高い、且つbが低い、つまり赤色が強く、且つ青色が強いという側面から色彩特性が優れている組成が確認された。
【0104】
さらにCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料では、顔料作製時の焼成温度800℃~1000℃の範囲で高く設定するに伴い、顔料の色彩特性が増す組成も確認された。
【0105】
図1の(a)より実施例10に示すCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料のXRDパターンから、焼成温度800℃、900℃、および1000℃で作製した顔料には主相CuCrに帰属される回折ピークのみが検出された。実施例10および比較例2に示すCu-Cr-O複合酸化物顔料の焼成温度800℃で作製した顔料におけるXRDパターン同士を比較した際に、実施例10では使用原料Crに帰属される回折ピークの強度が小さいこと、さらに実施例10では焼成温度1000℃で作製した顔料にCrに帰属される回折ピークがほぼ検出されなかったことからも修飾酸化物としてZnOを添加することで焼成時に異種原料同士の反応性も十分に改善されたと考えられる。
【0106】
さらに比較例2、比較例5、および比較例8のXRDパターンよりCu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、およびCu-Cr-Fe-O複合酸化物では、焼成温度900℃以上で作製した顔料各々すべてに副相CuCrOに帰属される回折ピークが検出されたが、実施例10に示すCu-Cr-Zn-O複合酸化物では、焼成温度1000℃で作製した顔料においても副相CuCrOに帰属される回折ピークは検出されなかった。したがって、修飾酸化物としてZnOを添加した場合、修飾酸化物として公知のMnOあるいはFeを添加する場合と比較して顔料作製時に高い焼成温度を設定できるといえる。
【0107】
次に、(c)耐酸・耐アルカリ性試験を行った結果について説明する。
【0108】
耐酸性試験の結果を、下記の表2、耐アルカリ性試験の結果を下記の表3に示す。
【0109】
【表2】
【0110】
【表3】
【0111】
上記の表2および3に示す結果から、顔料の耐久性において、本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料では、耐酸および耐アルカリ性について他の顔料よりも良好な高い結果が得られた。
【0112】
顔料は使用目的によって耐酸性、あるいは耐アルカリ性が要求されており、例えば耐酸塗料、耐酸ゴム、あるいは塩化ビニル樹脂などに使用する場合は耐酸性の良い顔料を使用する必要があり、コンクリートやモルタル用塗料、水ガラスなどのような塩基性のものをビヒクルとするような塗料などに使用する場合は耐アルカリ性の良い顔料を使用する必要がある。顔料の耐酸、耐アルカリ性が悪い場合、顔料は着色を目的とする溶媒中での分散不良、および分解により顔料成分の溶出や色調の経時変化が起こる。Cu-Cr-O複合酸化物顔料では、溶媒中での6価クロムの溶出も懸念されるが、本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料はCu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料と比較しても顔料自体の耐久性が最も優れているといえる。
【0113】
また、顔料の耐久性は結晶構造の安定性の他に、たとえば耐酸性や耐アルカリ性においては、樹脂や塗料に対する顔料の固-液界面が小さいほど溶出イオンが少なくなることから顔料粒子径の大きさにも起因するといえる。複合酸化物顔料作製時の焼成工程における固相反応では、焼成温度をより高温にするほど粒成長が促進され粗大化する。結果として得られる顔料の粒子径の大きさを制御しやすいという理由から、焼成温度をより高温に設定できるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料はCu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料と比較しても顔料自体の耐久性が高いと考えられる。
【0114】
次に、(d)6価クロム溶出量の評価結果について説明する。本評価は、EPA3060A法に基づいて行った。
【0115】
EPA3060A法による6価クロム溶出量の評価結果を、下記の表4に示す。
【0116】
【表4】
【0117】
上記の表4より、6価クロム溶出量が最も少なかった顔料は、実施例10に示したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料であり、その数値は250ppmであった。また、比較例2に示したCu-Cr-O複合酸化物顔料、比較例5に示したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料、および比較例8に示したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料は全て、実施例10と比較して6価クロム溶出量が多かった。さらに、比較例5では6価クロム溶出量が最も多く、その数値は681ppmであった。(a)および(d)の評価結果から、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の色調を改善するために、修飾酸化物としてMnOを添加する方法は非常に効果的であるが、六価クロム溶出量が増加することから顔料の耐久性は損なわれる欠点があるといえる。一方で、修飾酸化物としてZnOを添加した本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料では、Cu-Cr-O複合酸化物顔料の色調改善および耐久性の向上を両立させていたことから、公知の修飾酸化物MnOあるいはFeを添加したCu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して優位性があるといえる。
【0118】
最後に、(e)グラスカラーにおける赤変試験の評価結果について説明する。
【0119】
種々の顔料を使用し赤変試験をした後の板ガラス錫面の写真を図2に示す。
【0120】
上記により、実施例10に示したCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料を使用し赤変試験を行った場合、ガラス基板はほとんど変色していなかったが、比較例2に示したCu-Cr-O複合酸化物顔料、比較例5に示したCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料、および比較例8に示したCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料を使用し赤変試験を行ったすべての場合で、ガラス基板は赤く変色した。グラスカラーにおける赤変は、板ガラス表面の錫によってCu-Cr-O複合酸化物顔料成分の銅が還元されることが原因とされており、一般的に耐久性(耐熱性)が低いCu-Cr-O複合酸化物顔料ほどグラスカラーにおける赤変は顕著に発現する。したがって、赤変試験における評価結果からも、本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料はCu-Cr-O、Cu-Cr-Mn-O、あるいはCu-Cr-Fe-O複合酸化物顔料と比較して顔料自体の耐久性が優れているといえる。
【0121】
以上の(a)~(e)の特性試験から、本発明のCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料は一般的に使用されるCu-Cr-Mn-O複合酸化物顔料等の他のCu-Cr-O複合酸化物顔料と比較して、色彩特性面では黒度はほぼ同等であるが赤みと青みが高いという利点を有し、また顔料の耐久性面では明らかに優れるという効果を得ることができた。
【要約】
本発明は、上記背景に鑑み、優れた色彩特性を有しかつ耐久性を向上させたCu-Cr-O複合酸化物顔料を提供する。本発明は、Cu-Cr-O複合酸化物に修飾酸化物として添加した酸化亜鉛由来のZnが固溶してなるCu-Cr-Zn-O複合酸化物顔料であって、酸化物の組成式:aCuO・bCr・cZnO(mol%)を有し、式中、0.1≦c≦5、45≦a+c≦55、45≦b≦55(a+b+c=100)である。
図1a
図1b
図1c
図1d
図2