(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-27
(45)【発行日】2023-08-04
(54)【発明の名称】機械部品
(51)【国際特許分類】
C23C 8/70 20060101AFI20230728BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20230728BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230728BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20230728BHJP
C23C 8/80 20060101ALI20230728BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20230728BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20230728BHJP
F16C 33/58 20060101ALI20230728BHJP
【FI】
C23C8/70
C21D1/06 Z
C22C38/00 301N
C22C38/18
C23C8/80
F16C19/06
F16C33/32
F16C33/58
(21)【出願番号】P 2019125268
(22)【出願日】2019-07-04
【審査請求日】2022-06-27
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西本 明生
(72)【発明者】
【氏名】水田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】大木 力
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-034768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の機械部品であって、
前記機械部品の表面には、ホウ素が固溶した拡散層が形成されており、
前記拡散層において、ホウ素は、前記鋼中に固溶しており、かつ鉄との化合物を形成しておらず、
前記拡散層におけるホウ素の濃度は、前記機械部品の内部におけるホウ素の濃度よりも高い、機械部品。
【請求項2】
前記鋼は、0.95質量パーセント以上1.1質量パーセント
以下の炭素と、0.3質量パーセント以下のケイ素と、0.5質量パーセント以下のマンガンと、1.4質量パーセント以上1.6質量パーセント以下のクロムとを含有している、請求項1に記載の機械部品。
【請求項3】
前記表面におけるホウ素の濃度は、0.1質量パーセント以上8質量パーセント未満である、請求項1又は請求項2に記載の機械部品。
【請求項4】
前記表面における硬さは、800Hv以上1200Hv以下である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の機械部品。
【請求項5】
前記拡散層の厚さは、0.01mm以上0.3mm以下である、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の機械部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械部品に関する。より具体的には、本発明は、鋼製の機械部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、侵入型元素である炭素(C)、窒素(N)を鋼で構成されている機械部品の表面に侵入・拡散させて、表面の固溶強化を行う表面処理(浸炭処理、浸窒処理)が広く知られている。
【0003】
ホウ素を用いた機械部品の表面処理として、特開2002-323051号公報(特許文献1)に記載の方法が知られている。特許文献1に記載の表面処理方法においては、機械部品の表面(転がり軸受の外輪の軌道面)にホウ化層が形成されている。ホウ化層は、ホウ化鉄(Fe2B、FeB)で形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ホウ化鉄は脆い。そのため、特許文献1に記載の転がり軸受の外輪においては、ホウ化層が脆性破壊の原因となる。
【0006】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、表面における脆性破壊の発生を抑制しつつ、表面における硬さの改善が可能な機械部品及び機械部品の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る機械部品は、鋼製である。機械部品の表面には、ホウ素(B)が固溶した拡散層が形成されている。拡散層におけるホウ素の濃度は、機械部品の内部におけるホウ素の濃度よりも高い。
【0008】
記の機械部品において、鋼は、0.95質量パーセント以上1.1質量パーセント以下の炭素と、0.3質量パーセント以下のケイ素と、0.5質量パーセント以下のマンガンと、1.4質量パーセント以上1.6質量パーセント以下のマンガンとを含有していてもよい。
【0009】
上記の機械部品において、表面におけるホウ素の濃度は0.1質量パーセント以上8質量パーセント未満であってもよい。
【0010】
上記の機械部品において、表面における硬さは800Hv以上1200Hv以下であってもよい。上記の機械部品において、拡散層の厚さは、0.01mm以上0.3mm以下であってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様に係る機械部品及び機械部品の製造方法によると、機械部品の表面における脆性破壊の発生を抑制しつつ、表面における硬さの改善することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図7】Fe
2Bの層及び拡散層11の界面からの距離と試験片の硬さとの関係を示すグラフである。
【
図8】拡散層11におけるホウ素濃度と硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。なお、以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は原則として繰り返さないものとする。
【0014】
(実施形態に係る機械部品の構成)
以下に、実施形態に係る機械部品の構成を説明する。
【0015】
実施形態に係る機械部品は、例えば、転がり軸受の外輪10である。実施形態に係る機械部品は、これに限られるものではない。例えば、実施形態に係る機械部品は、転がり軸受の内輪又は転動体であってもよい。以下においては、外輪10を実施形態に係る機械部品の例として説明する。
【0016】
図1は、外輪10の上面図である。
図2は、
図1のII-IIにおける断面図である。
図1及び
図2に示されるように、外輪10は、上面10aと、底面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。上面10a、底面10b、内周面10c及び外周面10dは、外輪10の表面を構成している。
【0017】
上面10a及び底面10bは、外輪10の中心軸10eに沿う方向における端面を構成している。底面10bは、上面10aの反対面である。内周面10cは、外輪10の軌道面を構成している。内周面10cは、上面10a及び底面10bに連なっている。外周面10dは、上面10a及び底面10bに連なっている。
【0018】
外輪10は、鋼製である。なお、外輪10を構成する鋼は、焼き入れ硬化されている。外輪10を構成する鋼は、例えば0.95質量パーセント以上1.1質量パーセント以下の炭素と、0.01質量パーセント以上0.3質量パーセント以下のケイ素(Si)と、0.01質量パーセント以上0.5質量パーセント以下のマンガン(Mn)と、1.4質量パーセント以上1.6質量パーセント以下のクロム(Cr)とを含有している。但し、外輪10を構成する鋼の組成は、これに限られるものではない。
【0019】
図3は、
図2の領域IIIにおける拡大図である。外輪10の表面には、拡散層11が形成されている。拡散層11中には、ホウ素が固溶している。拡散層11におけるホウ素の濃度は、外輪10の内部におけるホウ素の濃度よりも大きくなっている。外輪10の表面に形成されているのは拡散層11であるため、外輪10の表面には、ホウ素と鉄との化合物(例えば、Fe
2B、FeB)が存在していない。
【0020】
拡散層11中のホウ素濃度は、外輪10の表面において、0.1質量パーセント以上8質量パーセント未満であることが好ましい。なお、鋼中におけるホウ素の固溶限は、8質量パーセントである。
【0021】
拡散層11は、厚さTHを有している。厚さTHは、0.01mm以上0.3mm以下であることが好ましい。外輪10の表面から外輪10の内部に向かって硬さを測定していくと、外輪10の表面から外輪10の内部に向かって硬さが順次低下していき、ついには一定の値となる。この硬さが一定になるまでの外輪10の表面からの距離が、拡散層11の厚さTHとされる。
【0022】
外輪10の表面における硬さは、800Hv以上1200Hv以下であることが好ましい。外輪10の表面における硬さは、JIS規格(JIS Z 2244:2009)に規定されたビッカース硬さ試験法にしたがって測定される。
【0023】
(実施形態に係る機械部品の製造方法)
以下に、実施形態に係る機械部品の製造方法を説明する。なお、上記と同様に、外輪10の製造方法を、実施形態に係る機械部品の製造方法の例として説明する。
【0024】
図4は、外輪10の製造方法を示す工程図である。
図4に示されるように、実施形態に係る機械部品の製造方法(外輪10の製造方法)は、準備工程S1と、浸硼工程S2と、焼き入れ工程S3と、焼き戻し工程S4と、後処理工程S5とを有している。
【0025】
準備工程S1においては、リング形状(環状形状)の加工対象部材が準備される。加工対象部材は、鋼により形成されている。この鋼は、外輪10を構成している鋼と同一の鋼である。
【0026】
浸硼工程S2においては、加工対象部材の表面に、拡散層11が形成される。拡散層11の形成は、放電プラズマ焼結(Spark Plasma Sintering、SPS)法を用いて行われる。放電プラズマ焼結法においては、第1に、加工対象部材の表面にホウ素を含有する粉体を接触させた状態で、加工対象部材が治具内に収納される。
【0027】
ホウ素を含有する粉体は、例えば、炭化ホウ素(B4C)で形成されている。治具は、グラファイトで形成されている。治具内の雰囲気は、真空とされる。治具内の真空度は、10Pa以下とすることが好ましい。
【0028】
放電プラズマ焼結法においては、第2に、表面にホウ素を含有する粉体が接触している加工対象部材は、加圧されながら加熱される。この際の加圧力は、例えば11MPaである。
【0029】
なお、上記により加工対象部材の表面には拡散層11が形成されるが、加工対象部材の表面には、ホウ素と鉄との化合物も形成されている。
【0030】
焼き入れ工程S3においては、加工対象部材の焼き入れが行われる。焼き入れ工程S3は、加熱保持工程S31と、冷却工程S32とを有している。加熱保持工程S31は、加工対象部材を、所定の保持温度において、所定時間保持することにより行われる。この所定の保持温度は、加工対象部材を構成する鋼のA1変態点以上の温度である。加熱保持工程S31により、加工対象部材を構成する鋼に含まれるフェライト相の一部が、オーステナイト相に変態する。
【0031】
冷却工程S32においては、加工対象部材は、上記の所定の加熱温度から、加工対象部材を構成する鋼のMS点以下の温度に冷却される。冷却工程S32により、加熱保持工程S31において生成されたオーステナイト相からマルテンサイト相が生成され、加工対象部材が焼き入れ硬化される。
【0032】
焼き戻し工程S4においては、加工対象部材に対する焼き戻しが行われる。焼き戻し工程S4は、加工対象部材を、所定の温度において、所定の時間保持することにより行われる。この所定の温度は、加工対象部材を構成する鋼のA1変態点未満の温度である。
【0033】
後処理工程S5においては、加工対象部材に対する後処理が行われる。後処理工程S5においては、例えば、加工対象部材の洗浄、加工対象部材の表面に対する研削、研磨等の機械加工等が行われる。後処理工程S5では、浸硼工程S2において加工対象部材の表面に形成されたホウ素と鉄との化合物が除去され、加工対象部材の表面に拡散層11が露出する。以上により、実施形態に係る機械部品(外輪10)が製造される。
【0034】
(実施形態に係る機械部品の効果)
以下に、実施形態に係る機械部品の効果を説明する。
【0035】
上記のとおり、実施形態に係る機械部品においては、表面にホウ素が固溶した拡散層11が形成されている。このことを別の観点からいえば、実施形態に係る機械部品の表面には、ホウ素と鉄との化合物が存在していない。ホウ素と鉄との化合物は脆いために脆性破壊の原因となるが、実施形態に係る機械部品においては、表面にホウ素と鉄との化合物が存在しないため、脆性破壊の発生を抑制することができる。
【0036】
実施形態に係る機械部品の表面は、ホウ素の固溶により固溶強化されている。また、ホウ素の固溶により、表面において、実施形態に係る機械部品の焼き入れ性が改善されている。以上から、実施形態に係る機械部品によると、表面において脆性破壊の発生を抑制しつつ、表面における硬さの改善することが可能である。
【0037】
(実施例)
以下に、実施形態に係る機械部品の実施例を説明する。
【0038】
<試験片>
試験片として、直径19mm、厚さ5mmの部材が準備された。この試験片を構成する鋼は、表1に示されるように、1.0質量パーセントの炭素、0.26質量パーセントのケイ素、0.41質量パーセントのマンガン及び1.39質量パーセントのクロムを含有している。
【0039】
【0040】
<浸硼処理条件>
試験片に対する放電プラズマ焼結法を行うに際しては、ホウ素を含有する粉体として、ホウ化炭素の粉体が用いられた。放電プラズマ焼結法を行うに際して試験片に印加される圧力は、11MPaとされた。試験片が収納された治具内の真空度は、10Pa以下とされた。放電プラズマ焼結法における加熱は、850℃で6時間行われた。
【0041】
<焼き入れ・焼き戻し条件>
試験片に対する加熱保持工程S31は、790℃において、0.5時間保持することにより行われた。試験片に対する冷却工程S32は油冷により行われた。試験片に対する焼き戻し工程S4は、180℃において2時間保持した後に空冷することにより行われた。上記の浸硼処理条件及び焼き入れ・焼き戻し条件は、表2に示されている。
【0042】
【0043】
<組織観察結果及び元素分析結果>
図5は、試験片の断面SEM像である。
図6は、試験片のEPMA分析結果である。
図6中において、横軸は試験片の表面からの距離(単位:mm)であり、縦軸はホウ素の濃度(単位:質量パーセント)である。
図5に示されるように、試験片の表面には、浸硼工程S2を行うことにより、ホウ素と鉄との化合物により構成される層及び拡散層11が形成されていた。ホウ素と鉄との化合物で構成される層は、試験片の表面に近い側にFeBの層を含んでおり、その直下にFe
2Bの層を含んでいた。拡散層11は、Fe
2Bの層の直下に形成されていた。
【0044】
図6に示されるように、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により、ホウ素は、Fe
2Bの層及び拡散層11の界面から0.07mm程度の深さまで検知することができた。なお、Fe
2Bの層と拡散層11との界面から0.07mm以上離れた位置ではEPMAによりホウ素を検知することができなかったが、後述するように、ホウ素は、Fe
2Bの層と拡散層11との界面からさらに離れた位置まで拡散しているものと考えられる。
【0045】
<硬さ試験結果>
図7は、Fe
2Bの層及び拡散層11の界面からの距離と試験片の硬さとの関係を示すグラフである。なお、
図7中において、横軸はFe
2Bの層及び拡散層11の界面からの距離(単位:mm)であり、縦軸は試験片の硬さ(単位:Hv)である。
図7に示されるように、Fe
2Bの層との界面において、拡散層11の硬さは、1200Hvに達していた。Fe
2Bの層及び拡散層11の界面からの距離が0.3mm以上離れた位置においては、硬さが750Hv程度で一定となっていた。このことから、EPMAでは検知することはできないものの、ホウ素は、Fe
2Bの層及び拡散層11の界面からの距離が0.3mm程度の深さまで拡散していると考えられる。
【0046】
図8は、拡散層11におけるホウ素濃度と硬さとの関係を示すグラフである。なお、
図8中において、横軸は拡散層11におけるホウ素濃度(単位:質量パーセント)であり、縦軸は拡散層11の硬さ(単位:Hv)である。
図8に示されるように、拡散層11中のホウ素濃度が上昇するほど、拡散層11の硬さが上昇していた。具体的には、拡散層11中のホウ素濃度が0.1質量パーセント以上とすることにより、拡散層11の硬度が800Hv以上となっており、拡散層11中のホウ素濃度を約1.4質量パーセントとすることにより、拡散層11の硬度が1200Hvとなっていた。
【0047】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0048】
上記の実施形態は、鋼製の機械部品及び鋼製の機械部品の製造方法に特に有利に適用される。
【符号の説明】
【0049】
10 外輪、10a 上面、10b 底面、10c 内周面、10d 外周面、10e 中心軸、11 拡散層、S1 準備工程、S2 浸硼工程、S3 焼き入れ工程、S4 焼き戻し工程、S5 後処理工程、S31 加熱保持工程、S32 冷却工程、TH 厚さ。