(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-27
(45)【発行日】2023-08-04
(54)【発明の名称】静菌剤、セリシン含有水性組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A01N 63/14 20200101AFI20230728BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230728BHJP
A61K 35/64 20150101ALI20230728BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20230728BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20230728BHJP
A23L 3/3526 20060101ALN20230728BHJP
【FI】
A01N63/14
A61P31/04
A61K35/64
A01P1/00
A61K38/17
A23L3/3526 501
(21)【出願番号】P 2019046906
(22)【出願日】2019-03-14
【審査請求日】2022-01-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 肇
(72)【発明者】
【氏名】小谷 英治
(72)【発明者】
【氏名】松本 えりか
【審査官】土橋 敬介
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-080498(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102580554(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第102527253(CN,A)
【文献】特表2016-531179(JP,A)
【文献】特開2004-300142(JP,A)
【文献】M. Rajalakshmi et al.,Bio-modification of Cotton and Micro-denier Polyester with Sericin to Develop Potent Antibacterial and Antifungal Textile Products,JOURNAL OF THE INSTITUTION OF ENGINEERS (INDIA) SERIES E,2018年,99(2),pp.119-127
【文献】NUCHADOMRONG, S. et al.,Antibacterial and antioxidant activities of sericin powder from eri silkworm cocoons correlating to degumming process,International journal of wild silkmoth & silk,2008年,13,pp.69-78
【文献】TERAMOTO, H. et al.,Preparation of Gel Film from Bombyx mori Silk Sericin and Its Characterization as a Wound Dressing ,Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry,2008年,72(12),pp.3189-3196
【文献】村上麻理亜ほか,臭化リチウム水溶液のpH制御による繭層全タンパク質溶解法,日本シルク学会誌 ,2012年,20,pp.89-94
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/17
A61P 31/04
A61K 35/64
A01N 63/00
A01P 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種の
完全長セリシンを有効成分とする静菌剤。
【請求項2】
グラム陰性菌及び真菌の増殖を抑制する、請求項1に記載の静菌剤。
【請求項3】
大腸菌及びサルモネラの増殖を抑制する、請求項2に記載の静菌剤。
【請求項4】
フィブロインフリーの、請求項1~3のいずれか一項に記載の静菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静菌剤、セリシン含有水性組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコの生産する繭は主に、内側のフィブロインと外側を覆うセリシンから構成される2種類のタンパク質から構成されている(非特許文献1~3)。
【0003】
内側のフィブロイン繊維は繭の約75%を占めるタンパク質であり、カイコの後部絹糸腺で作られる。一方、外側の糊状タンパク質であるセリシンは中部絹糸腺で作られる(非特許文献2、4、5)。セリシンは、主成分であるセリシン1~4を含む数種類のタンパク質で構成されている。
【0004】
セリシンは長い間、生糸を精製する過程で低分子量に分解されて取り除かれ、捨てられてきた。しかし近年、セリシンに生体適合性や抗酸化作用、UVカット作用、抗癌作用などがあることが明らかになり、医療や化粧品の分野で注目されるようになってきた(非特許文献3,6)。
【0005】
本発明者らは、後部絹糸腺でモンシロチョウ由来の毒性タンパク質であるピエリシン1Aを発現させる事で、後部絹糸腺の機能を失わせたカイコ系統を樹立した(特許文献1、非特許文献7)。このカイコ系統では後部絹糸腺が異常な形態を示し、フィブロイン遺伝子の発現が抑制されているため、フィブロインをほとんど含まないセリシンのみから成る繭を作製することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Inoue S. et al., J. Biol Chem, (2000), 275 (51), 40517-28
【文献】Tashiro T. et al., J. Cell Biol, (1970), 46 (1), 1-16
【文献】Kunz R.I. et al., Bio Med Research International, (2016), 8175701, Equb 2016 Nov 14
【文献】Takasu Y. et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. (2002), 66 (12), 2715-2718.
【文献】Takasu Y., et al., Insect Biochem. Melec. Biol. (2010) 40, 339-344.
【文献】Joseph B. et al., Frontiers in Life Science, (2012), 6, Nos. 3-4, 55-60.
【文献】Otsuki R. et al., Proc Natl Acad Sci U. S. A. (2017), 114 (26): 6740-6745.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新たな有効成分を含む静菌剤を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
項1. 少なくとも1種のセリシンを有効成分とする静菌剤。
項2. 繭に含まれる完全長セリシンを含有する、セリシン含有水性組成物。
項3. さらに繭由来のフィブロインを含む、項2に記載のセリシン含有水性組成物。
項4. 少なくとも1種のセリシンを含有する繭をカオトロピック剤水溶液で処理し、次いで透析して少なくとも1種の完全長セリシンを含む水性組成物を得る工程を含む、セリシン含有水性組成物の製造方法。
項5. カオトロピック剤水溶液が5M以上の臭化リチウム水溶液である、項4に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
従来、セリシンはフィブロインから構成されるシルクの精練工程で除去されていたが、その際、セリシンは加水分解されており、加水分解されていない完全長のセリシンの水性組成物は得られていなかった。
【0011】
本発明は、繭を臭化リチウムのようなカオトロピック剤の水溶液で処理し、透析することで、加水分解されていない完全長のセリシンを含む水性組成物が得られ、これが強力な静菌作用を有することが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】大腸菌(Escherichia coli)、カンジダ菌(Candida albicans)のコロニー数に対するセリシン含有水性組成物の効果を示すグラフ。*P<0.05、***P<0.001
【
図2】大腸菌(Escherichia coli)、サルモネラ菌(Salmonella enterica)、ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、バチルス菌(Bacillus subtilis)、カンジダ菌(Candida albicans)のコロニーの大きさを示す写真。
【
図3】大腸菌(Escherichia coli)、サルモネラ菌(Salmonella enterica)、ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、バチルス菌(Bacillus subtilis)、カンジダ菌(Candida albicans)のコロニーの大きさに対するセリシン含有水性組成物の効果を示すグラフ。*P<0.05、***P<0.001
【
図4】本発明のセリシン含有水性組成物(sericin)と市販のpure sericinにおけるセリシン1~4の有無を確認するための電気泳動の結果を示す写真。市販のpure sericinには未分解のセリシン1~4が含まれていないこと、本発明のセリシン含有水性組成物(sericin)にはセリシン1~4がいずれも含まれていることが明らかになった。
【
図5】大腸菌(Escherichia coli)、サルモネラ菌(Salmonella enterica)、カンジダ菌(Candida albicans)のコロニーの大きさに対するセリシン含有水性組成物の効果を示すグラフ。*P<0.05、***P<0.001
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、カオトロピック剤としては、例えば塩化カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸カルシウム、チオシアン酸マグネシウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、塩酸グアニジン、臭化水素酸グアニジン、ヨウ化水素酸グアニジン、チオシアン酸グアニジンなどが挙げられ、これらの中でも特に臭化リチウムが好ましい。
【0014】
カイコから得られる繭は、特許文献1、非特許文献7に記載されるようなフィブロインフリーであり、セリシンが主成分である繭が好ましく用いられるが、フィブロインをセリシンよりも多く含む繭、例えばセリシン約20~30質量%、フィブロイン約70~80質量%を含む繭を使用しても、静菌作用を有するセリシン水性組成物が得られる。
【0015】
本明細書において、「セリシン含有水性組成物」は、セリシンを含む水溶液、ゾル、ゲルなどの形態を含むものである。セリシン含有水性組成物は静菌剤として有用である。
【0016】
フィブロインが主成分であり、セリシン含量がフィブロイン含量よりも低い繭をカオトロピック剤水溶液で処理した場合、得られるセリシン含有水性組成物中のタンパク質は、繭に含まれるタンパク質含量を反映するものになり、セリシン含量がフィブロイン含量よりも低くなるが、このような水性組成物であっても静菌作用を有するので、本発明のセリシン含有水性組成物に包含される。
【0017】
セリシン含有水性組成物に含まれるセリシンは、セリシン1~4が主成分であり、セリシン1~4以外の少なくとも1種のセリシンが含まれていてもよい。
【0018】
本明細書において、「少なくとも1種のセリシン」は、セリシン1、セリシン2、セリシン3、セリシン4からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを意味する。繭のセリシンは、セリシン1~4を含むので、本発明の静菌剤は、セリシン1~4を含むものが好ましい。繭のセリシンはカオトロピック剤によりほとんど或いは完全に溶解するので、セリシンの原料として繭を使用した場合には、セリシン含有水性組成物中のセリシン組成は、繭のセリシン組成を実質的に反映することになる。本発明の静菌剤は、大腸菌等の宿主で製造された遺伝子組換えセリシンを含むものであってもよい。
【0019】
本発明のセリシン含有水性組成物中のセリシン濃度は、好ましくは0.001~4質量%程度、より好ましくは0.01~3質量%程度、さらに好ましくは0.1~2質量%程度、特に好ましくは0.5~1質量%程度である。セリシン濃度が低すぎると静菌作用を示さなくなる。
【0020】
本発明において、静菌作用を有するセリシンは、分解されていない完全長のセリシンである。上記の濃度は完全長セリシンの濃度であって、加水分解されたセリシンは考慮しない。
【0021】
静菌作用の対象となる微生物としては、グラム陰性菌、真菌と一部のグラム陽性菌が挙げられる。ブドウ球菌に対しては有意な静菌作用を示さない。グラム陰性菌としては、ナイセリア、淋菌、髄膜炎菌、百日咳菌、気管支敗血症菌、大腸菌、シトロバクター、サルモネラ、チフス菌、パラチフスA菌、パラチフスB菌、腸炎菌、赤痢菌、エンテロバクター、ペスト菌、ビブリオ、コレラ菌、腸炎ビブリオ、シュードモナス、緑膿菌などが挙げられる。真菌としては、真菌としては、アスペルギルス、カンジダ、皮膚糸状菌などが挙げられる。
【0022】
本発明の静菌剤は、特にグラム陰性菌、真菌の増殖を抑制することができる。
【0023】
静菌作用を有するセリシン含有水性組成物は、以下のカオトロピック剤による処理工程と透析工程により調製される。
(1)カオトロピック剤による処理工程
繭をカオトロピック剤水溶液に浸漬し、20~40℃で、1~24時間処理することにより、繭が可溶化され、セリシンとカオトロピック剤を含む水溶液が得られる。カオトロピック剤の濃度は、好ましくは5~7M程度、より好ましくは5.7~6.3M程度である。セリシンは6M程度のときに最もよく溶解し、フィブロインは8~9M程度でより速やかに溶解する。
【0024】
カオトロピック剤による処理工程は、ボルテックス、撹拌もしくは超音波を適用することで、繭の溶解を速めることができる。得られた溶液は、フィルターによりろ過してもよい。例えばフィブロインを多く含む繭をカオトロピック剤水溶液で短時間処理した場合、セリシンは溶解するがフィブロインは一部溶解していない場合が考えられ、そのような場合、ろ過を行うことによりセリシン含量を高めることができる。
【0025】
(2)透析工程
繭をカオトロピック剤で処理した溶液は、次に透析工程を行うことによりカオトロピック剤、或いはその他の低分子量の不純物を除去することができる。透析は、緩衝液中で行ってもよい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、Tris-塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、グリシン緩衝液などが挙げられる。透析工程において、水交換を行ってもよい。
【0026】
透析で得られたセリシン含有水性組成物中のセリシン濃度は、例えば0.5~1.2質量%程度である。透析後のセリシン含有水性組成物は遠心分離を行って沈殿物を除去し、さらに精製を行ってもよい。また、セリシン含有水性組成物中のセリシン濃度は、濃縮或いは希釈を行ってもよい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例及び比較例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
実施例1
(1)材料
繭は、京都工芸繊維大学で飼育したピエリシン1Aを後部絹糸腺で発現するピエリシン系統カイコの繭を用いた。使用したピエリシン系統カイコの繭は、フィブロインを含まず、ほぼセリシンからなる繭であった。
【0028】
大腸菌(Escherichia coli)、サルモネラ菌(Salmonella enterica)、ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、バチルス菌(Bacillus subtilis)、カンジダ菌(Candida albicans)に対する静菌活性を測定した。
【0029】
(2)方法
2-1 セリシンの抽出
6Mリチウムブロマイド溶液24mlに、ピエリシン系統カイコの繭650mgを添加し、室温で16時間静置した後、ボルテックスを行い溶解させた。この溶液に1M Tris-HCLバッファー6mlを添加して転倒混和した後、7000rpm、30分間遠心分離した。得られた上清を純水中で30時間透析した。途中、2L×4回の水交換を行った。透析後の溶液を50mlチューブに移し、7000rpm、30分間遠心分離した上清をセリシン含有水性組成物とした。
2-2 微生物に対する作用の調査
LB寒天培地に滅菌水、またはセリシン含有水性組成物を滴下し、スプレッダーで全面に塗り広げ、10分間風乾した。次に、菌液を滴下し、スプレッダーで全面に塗り広げて10分間風乾した。
【0030】
乾燥後、E.coliは37℃で48時間、S.enterica、S. aureus、B.subtilisは37℃で16時間、C.albicansは25℃で4日間、それぞれ培養を行った。培養後のコロニーを写真撮影し、画像ソフト(ImageJ)でコロニーの面積を測定した。また、大腸菌、カンジダについてはコロニー数を計測した。
【0031】
(3)結果
ピエリシン系統の形質転換カイコが作ったセリシンのみから成る繭から得たセリシン含有水性組成物(
図1では「sericin」と表記)を塗布した培地で培養した所、E.coli及びC.albicansのコロニー数に変化は見られなかった(
図1)。
図1中、「control」は、セリシン含有水性組成物の代わりに滅菌水を塗布したものである。
【0032】
セリシンを塗布した培地で培養すると、滅菌水を塗布した培地で培養した場合と比べて、E.coli、S.enterica、B.subtilis、C.albicansのコロニー面積が減少した。特に、E.coli、S.entericaに対する生育阻害が顕著であった(
図2、
図3、表1)。一方、S. aureusのコロニー面積は変化しなかった(
図2、
図3)。
【0033】
図1~3、表1の結果から、セリシン含有水性組成物は、殺菌作用はなく(
図1)、有意な静菌作用を有することが明らかになった(
図2、
図3、表1)。
【0034】
【0035】
一方、
図4に示す通り、ピエリシン系統の形質転換カイコが作ったセリシンのみから成る繭を電気泳動した場合、セリシン1(S1)、セリシン2(S2)、セリシン3(S3)、セリシン4(S4)のバンドが観察されるのに対して、市販のセリシン(pure sericin)の場合、S1からS4のいずれのバンドも確認できなかった。これは、pure sericinが繭糸や生糸に含まれるセリシンを除去する工程(この工程を精練と呼ぶ)の廃液から回収されたものであり、この精練の工程の際にセリシンが分解されていることを示している。そして、この分解を受けたセリシンには静菌作用は見られなかった(
図5)。
【0036】
これらの結果から、構造の壊れていないセリシン(完全長セリシン)にはこれらの微生物を殺す作用は無いが、成長を抑制する能力があることが示された。
【0037】
ヒトの表皮には、良い作用を持つものから悪い作用を持つものまで、様々な微生物が共生している。