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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-27
(45)【発行日】2023-08-04
(54)【発明の名称】チタン部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22F 1/18 20060101AFI20230728BHJP
   C23C 8/24 20060101ALI20230728BHJP
   C23C 8/16 20060101ALI20230728BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20230728BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230728BHJP
   C22F 1/02 20060101ALN20230728BHJP
【FI】
C22F1/18 H
C23C8/24
C23C8/16
C22C14/00 Z
C22F1/00 630C
C22F1/00 673
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 693A
C22F1/00 693B
C22F1/02
C22F1/00 671
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019081646
(22)【出願日】2019-04-23
(65)【公開番号】P2020180308
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2021-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001771
【氏名又は名称】弁理士法人虎ノ門知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】高崎 康太郎
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-073995(JP,A)
【文献】特開平11-100627(JP,A)
【文献】特開2005-068491(JP,A)
【文献】特開2016-211037(JP,A)
【文献】特開2002-285358(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0248485(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/00, 1/02, 1/18
C22C 14/00
C23C 8/16, 8/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタンを含む原料チタン部材を、減圧下で、室温から835℃以上935℃以下の温度T1まで昇温させて加熱する第一加熱工程と、
前記第一加熱工程を経た前記チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る第二加熱工程と、
窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程とを含み、
前記窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程が、前記第二加熱工程による加熱とともに、時間HT2の内、30分以上8時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程であり、
前記チタン部材は、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい、
チタン部材の製造方法。
【請求項2】
さらに、前記第一加熱工程を経た前記チタン部材を、減圧下で、温度T1で30分以上3時間以下の時間KT1の間保持する第一保持工程を含み、
前記第二加熱工程は、前記第一保持工程を経た前記チタン部材を加熱し、チタン部材を得る工程である、
請求項1に記載のチタン部材の製造方法。
【請求項3】
さらに、前記第二加熱工程を経た前記チタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2の間保持する第二保持工程を含む、
請求項1または2に記載のチタン部材の製造方法。
【請求項4】
純チタンを含む原料チタン部材を、減圧下で、室温から835℃以上935℃以下の温度T1まで昇温させて加熱する第一加熱工程と、
前記第一加熱工程を経た前記チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る第二加熱工程と、
窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程とを含み、
さらに、前記第二加熱工程を経た前記チタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2の間保持する第二保持工程を含み、
前記窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程が、前記第二保持工程による保持とともに、時間KT2の内、10分以上5時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程であり、
前記チタン部材は、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい、
チタン部材の製造方法。
【請求項5】
さらに、純チタンを含む原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、ブラスト処理済チタン部材を得るブラスト処理工程を含む、
請求項1から4のうちいずれか一項に記載のチタン部材の製造方法。
【請求項6】
さらに、前記チタン部材の上に、機能性層を形成する機能性層形成工程を含む、
請求項1から5のうちいずれか一項に記載のチタン部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、一次時効硬化処理、結晶析出処理および二次時効硬化処理を含むチタン製品の製造方法が記載されている。具体的には、一次時効硬化処理では、チタン合金の成型物を、大気、真空または不活性ガス雰囲気中において350~600℃の温度に一定時間保持する。結晶析出処理では、上記一次時効硬化処理を経た上記成型物に対し、真空炉中において1000~1400℃に加熱することにより、上記成型物の表面にチタン結晶を析出させる。二次時効硬化処理では、上記結晶析出処理を経た上記成型物を、大気、真空または不活性ガス雰囲気中において放冷する過程において、350~600℃に一定時間保持する。また、特許文献1には、得られたチタン製品は、ビッカース硬度がHV750以上であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-61366号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1のチタン製品は、螺鈿細工のように、白、淡いブルー、ピンクの細かい区画が入り込んだ表面を有する。実験的に検証したが、不活性ガス雰囲気のみで加熱したチタン製品の硬度はここまで上昇しない。
【0005】
そこで、本発明の目的は、高い硬さを有するとともに、チタン本来の色み(上記特許文献1の螺鈿細工のような色模様と異なり、グレー色のみ)を有し、表面に細かい凹凸模様が現れているチタン部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るチタン部材の製造方法は、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材を、減圧下で、室温から835℃以上935℃以下の温度T1まで昇温させて加熱する第一加熱工程と、上記第一加熱工程を経た上記チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る第二加熱工程と、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程とを含み、上記チタン部材は、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るチタン部材の製造方法によれば、高い硬さを有するとともに、チタン本来の色みを有し、表面に細かい凹凸模様が現れているチタン部材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、チタン部材の製造方法を説明するための図である。
図2図2は、チタン部材の製造方法を説明するための図である。
図3図3は、参考例1の機能性チタン部材10の構造を示す断面模式図である。
図4図4は、#800研磨したJIS2種の純チタン板材のマイクロスコープ像である。
図5図5は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。
図6図6は、熱処理条件1により得られたチタン部材11のマイクロスコープ像である。
図7図7は、熱処理条件2により得られたチタン部材11のマイクロスコープ像である。
図8図8は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材11の結晶性を説明するための図である。
図9図9は、比較例1の機能性チタン部材20の構造を示す断面模式図である。
図10図10は、熱処理条件3により得られたチタン部材21のマイクロスコープ像である。
図11図11は、純チタン板材、青色結晶部、白色結晶部および黒色結晶部の結晶性を説明するための図である。
図12図12は、参考例2の機能性チタン部材30の構造を示す断面模式図である。
図13図13は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。
図14図14は、熱処理条件4により得られたチタン部材31のマイクロスコープ像である。
図15図15は、熱処理条件5により得られたチタン部材31のマイクロスコープ像である。
図16図16は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材31の結晶性を説明するための図である。
図17図17は、参考例3の機能性チタン部材40の構造を示す断面模式図である。
図18図18は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。
図19図19は、熱処理条件6により得られたチタン部材41のマイクロスコープ像である。
図20図20は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材41の結晶性を説明するための図である。
図21図21は、参考例4の機能性チタン部材50の構造を示す断面模式図である。
図22図22は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。
図23図23は、熱処理条件7により得られたチタン部材51のマイクロスコープ像である。
図24図24は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材51の結晶性を説明するための図である。
図25図25は、実施例5の機能性チタン部材60の構造を示す断面模式図である。
図26図26は、熱処理条件8により得られたチタン部材61のマイクロスコープ像である。
図27図27は、純チタン板材およびチタン部材61の結晶性を説明するための図である。
図28図28は、実施例6の機能性チタン部材70の構造を示す断面模式図である。
図29図29は、熱処理条件9により得られたチタン部材71のマイクロスコープ像である。
図30図30は、純チタン板材およびチタン部材71の結晶性を説明するための図である。
図31図31は、複合硬度と耐傷性能の測定結果との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明を実施するための形態(実施形態)につき、詳細に説明する。以下の実施形態に記載した内容により本発明が限定されるものではない。また、以下に記載した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のものが含まれる。さらに、以下に記載した構成は適宜組み合わせることが可能である。また、本発明の要旨を逸脱しない範囲で構成の種々の省略、置換または変更を行うことができる。
【0010】
<チタン部材の製造方法>
[実施形態1]
実施形態1のチタン部材の製造方法は、ブラスト処理工程、第一加熱工程および第二加熱工程を含む。実施形態1の製造方法によれば、表面に凹凸模様を有するチタン部材が得られる。
【0011】
チタン部材に現れる微細構造(凹凸模様)は、チタンのα相からβ相への相転移温度(885℃)以上に加熱すると発現する。純チタンは室温でα相、稠密六法最密構造(HCP)であるが、相転移温度以上ではβ相、面心立法格子構造(FCC)へ相転移する。純チタンを相転移温度以上に加熱すると、昇温中に稠密六法最密構造(HCP)から面心立法格子構造(FCC)へ、金属結晶のすべりが発生して結晶が成長する。得られる結晶のサイズは、後述する工程での加熱条件(昇温開始温度、昇温速度、到達温度、保持時間など)により制御可能である。
【0012】
凹凸模様は、たとえば、小片がモザイク状に並んで形成されている。また、堆積岩、火成岩、変成岩などの岩石が有する表面模様のように見える場合もある。本明細書において、凹凸模様を結晶模様ともいう。また、実施例にて後述するように、L*の差が50以上ある領域が2種以上存在する場合には、結晶模様が確かに存在することを視認できる。
【0013】
また、得られるチタン部材は、チタン本来の色みを呈する。すなわち、特定の色味がないグレー色、具体的には無彩色を呈する。チタン本来の色みであることは、実施例にて後述するように、RGB測定によるR、G、B値の差が10以下であることから確認できる。
【0014】
また、得られるチタン部材は、ビッカース硬さがHV240以上であり、好ましくはHV280以上である。具体的には、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい。また、得られるチタン部材は、実施例に記載する耐傷性測定で求めた二乗平均粗さRqが通常3000Å程度である。
【0015】
ブラスト処理工程では、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、ブラスト処理済チタン部材を得る。原料チタン部材に用いる純チタンとしては、具体的には、JIS1種、JIS2種、JIS3種またはJIS4種に相当する工業用純チタンが挙げられる。原料チタン部材に用いるチタン合金としては、具体的には、5Al-2.5、Sn1.5Al(JIS50種)などのα合金が挙げられる。原料チタン部材の形状は、特に限定されず、用途に応じた形状であればよい。たとえば、ケース、バンドの駒など時計の構成部材に用いる場合は、このような時計の構成部材の形状を有する。
【0016】
ブラスト処理は、通常、金属製品に対してアルミナやガラスビーズなどの専用メディアを高速で噴射して行われる。金属製品の表面質感・肌ざわりといった表面特性の変化付けや、物理的な硬さ・靭性・残留圧縮応力の向上が可能である。金属に対して専用メディアが高速でぶつかると、金属表面の結晶の微細化による亀裂進展が抑制される、圧縮残留応力の付加による疲労強度が向上される、表面が硬くなって傷が入りにくくなるなど、強度アップの効果が付与できる。ブラスト処理時のメディア条件、噴射圧力条件により様々な表面状態を作り出すことが可能である。加えて、後述する第一加熱工程、第二加熱工程での熱処理条件を様々に調整することで、多種多様の結晶模様を付与し得る。熱処理のみを行って結晶を肥大化させた場合には、通常表面硬度が低下する。一方、実施形態1のように熱処理前にブラスト処理を施すことにより、表面硬度が高い状態に維持されるとともに、多種多様の結晶模様が付与できる。
【0017】
ブラスト処理としては、具体的にはサンドブラスト処理が好適に用いられる。また、本明細書においては、ブラスト処理には、ショットピーニングの一種であるWPC処理(登録商標)(FPB(Fine Particle Bombarding))も含む。このWPC処理(登録商標)も好適に用いられる。
【0018】
サンドブラスト処理において、メディアの材料としては、アルミナ、金剛砂、硅砂、ガラス、炭化ケイ素、酸化チタン、ジルコニア、ダイヤモンドが挙げられる。これらのうちで、アルミナ、ガラスが好ましい。WPC処理(登録商標)において、メディアの材料としては、鋼、ステンレス、ガラス、セラミック、インジウム鉛、錫、銀、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ素樹脂が挙げられる。これらのうちで、鋼が好ましい。
【0019】
吐出圧力は、得られたチタン部材において高い硬さと凹凸模様とが実現できるため、0.10MPa以上0.5MPa以下であることが好ましい。0.10MPa未満であると、ブラストによる表面変化が少なく圧縮応力による硬度上昇度も少なくなる場合がある。0.5MPaを超えると、圧縮応力が増大しすぎて基材が大きく反る場合がある。また、メディアが打ち込まれて取れなくなり、結晶化させたときにチタンとの混合物を形成する場合がある。
【0020】
その他、噴射するメディアの量、噴射時間などの条件は、適宜設定することができる。
【0021】
得られたブラスト処理済チタン部材は、ビッカース硬さが通常HV280以上である。通常、原料チタン部材よりもHV30以上硬くなる。
【0022】
図1は、チタン部材の製造方法を説明するための図である。図1の実線で示すように、第一加熱工程では、ブラスト処理済チタン部材を、減圧下で、室温(たとえば10℃以上30℃以下)から835℃以上935℃以下の温度T1(上記範囲内で設定した所定の温度T1)まで昇温させて加熱する。このように、温度T1(昇温開始温度、到達温度1)は、α相からβ相へ相転移する885℃±50℃の範囲にあることが望ましい。温度T1が835℃未満であると、結晶成長にあまり効果が見られないことがある。また、温度T1が950℃を超えると、視認される結晶量、結晶模様ともに減少することがある。
【0023】
第一加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。また、第一加熱工程での加熱時間HT1(昇温時間1)は、具体的には、室温から、上記範囲内で設定した所定の温度T1になるまでにかかる時間であり、たとえば30分以上3時間以下である。
【0024】
図1の実線で示すように、第二加熱工程では、第一加熱工程を経たブラスト処理済チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2(上記範囲内で設定した所定の温度T2)まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る。時間HT2(昇温時間2)は、具体的には、上記範囲内で設定した所定の温度T1から、上記範囲内で設定した所定の温度T2になるまでにかかる時間である。時間HT2は、結晶模様を作製するために最も重要な条件である。時間HT2が小さすぎて昇温速度が大きすぎると、相転移によるすべりが急激に起こるため微細な凹凸構造や結晶模様の形成が難しくなる傾向がある。また、時間HT2が8時間を超えると、得られる結晶に大きな差は見られなくなる。温度T2(到達温度2)は、結晶サイズをコントロールする上で重要な条件である。たとえば、結晶サイズを小さくしたい場合は950℃付近で、結晶サイズを大きくしたい場合は1150℃付近とする。温度T2が950℃未満であると、結晶が小さくなりすぎる傾向がある。また、温度T2が1150℃を超えると、結晶が成長しすぎて肥大化し、結晶模様が消失することがある。
【0025】
第二加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0026】
通常、第二加熱工程での昇温速度S2は、第一加熱工程での昇温速度S1よりも小さい。なお、昇温速度S1(℃/時間)は、(温度T1-室温)/加熱時間HT1で求められ、昇温速度S2(℃/時間)は、(温度T2-温度T1)/加熱時間HT2で求められる。昇温速度S2が大きすぎると、結晶模様を形成することが難しくなる傾向にある。
【0027】
なお、第一加熱工程および第二加熱工程での昇温速度は、一定であってもよく、変化させてもよい。さらには、第一加熱工程および第二加熱工程は、いわゆるギザギザ昇温パターンであってもよい。いいかえると、第一加熱工程は、室温以上温度T1以下の範囲で昇温および降温を繰り返しながら、全体としては昇温する工程であってもよい。また、第二加熱工程は、温度T1以上温度T2以下の範囲で昇温および降温を繰り返しながら、全体としては昇温する工程であってもよい。
【0028】
第二加熱工程に続いて、通常、冷却工程を行う。冷却工程では、第二加熱工程で得られたチタン部材を、温度T2から、温度T2よりも低い温度まで降温させて冷却する。好ましくは室温以上150℃以下の温度まで冷却する。冷却工程における冷却速度は、β相に転移した結晶がα相に戻るための条件であり、できるだけ低速が望ましい。ゆっくり冷却しても急冷しても結晶模様、結晶サイズに大きな変化は見られない。しかしながら、急冷した場合においては結晶の界面に鋸歯状(きょしじょう)の組織が現れる場合がある。このような組織が形成されても機械的性質はほとんど変化しないが延性が低下するおそれがある。
【0029】
なお、冷却工程での冷却速度は、一定であってもよく、変化させてもよい。冷却工程の途中で、ある温度で一定時間保持してもよい。また、冷却工程は大気圧下で行うか、または減圧下で行う。減圧下で行う場合は、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0030】
実施形態1のチタン部材の製造方法は、図1の破線で示すように、さらに、第一保持工程および第二保持工程を含んでいてもよい。また、第一保持工程および第二保持工程のいずれか一方を含んでいてもよい。
【0031】
具体的には、実施形態1の製造方法は、さらに、第一加熱工程を経たブラスト処理済チタン部材を、減圧下で、温度T1で30分以上3時間以下の時間KT1の間保持する第一保持工程を含んでいてもよい。この場合、第二加熱工程は、第一保持工程を経たブラスト処理済チタン部材を加熱し、チタン部材を得る工程である。時間KT1(保持時間1)を設けると、ブラスト処理済チタン部材全体を確実に温度T1とできる。このため、結晶模様の形成の制御がしやすくなる。
【0032】
第一保持工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0033】
また、具体的には、実施形態1の製造方法は、さらに、第二加熱工程を経たチタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2の間保持する第二保持工程を含んでいてもよい。この場合、冷却工程は、第二保持工程を経たチタン部材を、温度T2から、温度T2よりも低い温度まで降温させて冷却する工程である。好ましくは室温以上150℃以下の温度まで冷却する。時間KT2(保持時間2)により、結晶サイズ、結晶模様、表面全体の面状態を制御できる。たとえば、時間KT2を大きくすると、結晶サイズを大きくできる。
【0034】
第二保持工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0035】
[実施形態2]
実施形態2のチタン部材の製造方法は、第一加熱工程および第二加熱工程を含む。また、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程を含む。実施形態2の製造方法によれば、表面に凹凸模様を有するチタン部材が得られる。また、得られるチタン部材は、チタン本来の色みを呈し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい。得られるチタン部材の詳細については、実施形態1での説明と同様である。
【0036】
図2は、チタン部材の製造方法を説明するための図である。図2の実線で示すように、第一加熱工程では、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材を、減圧下で、室温(たとえば10℃以上30℃以下)から835℃以上935℃以下の温度T1(上記範囲内で設定した所定の温度T1)まで昇温させて加熱する。なお、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材の詳細については、実施形態1での説明と同様である。このように、温度T1(昇温開始温度、到達温度1)は、α相からβ相へ相転移する885℃±50℃の範囲にあることが望ましい。温度T1が835℃未満であると、結晶成長にあまり効果が見られないことがある。また、温度T1が950℃を超えると、視認される結晶量、結晶模様ともに減少することがある。
【0037】
第一加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。また、第一加熱工程での加熱時間HT1(昇温時間1)は、具体的には、室温から、上記範囲内で設定した所定の温度T1になるまでにかかる時間であり、たとえば30分以上3時間以下である。
【0038】
図2の実線で示すように、第二加熱工程では、第一加熱工程を経た原料チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2(上記範囲内で設定した所定の温度T2)まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る。時間HT2(昇温時間2)は、具体的には、上記範囲内で設定した所定の温度T1から、上記範囲内で設定した所定の温度T2になるまでにかかる時間である。時間HT2は、結晶模様を作製するために最も重要な条件である。時間HT2が小さすぎて昇温速度が大きすぎると、相転移によるすべりが急激に起こるため微細な凹凸構造や結晶模様の形成が難しくなる傾向がある。また、時間HT2が8時間を超えると、得られる結晶に大きな差は見られなくなる。温度T2(到達温度2)は、結晶サイズをコントロールする上で重要な条件である。たとえば、結晶サイズを小さくしたい場合は950℃付近で、結晶サイズを大きくしたい場合は1150℃付近とする。温度T2が950℃未満であると、結晶が小さくなりすぎる傾向がある。また、温度T2が1150℃を超えると、結晶が成長しすぎて肥大化し、結晶模様が消失することがある。
【0039】
第二加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0040】
第二加熱工程において、時間HT2の内、30分以上8時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する。すなわち、時間HT2の内、少なくとも一部の時間の間、窒素ガスまたは水蒸気を導入する。このように窒素ガスまたは水蒸気を導入すると、得られるチタン部材において、高い硬さと凹凸模様とが実現できる。さらに、得られるチタン部材は、チタン本来の色みを示す。なお、第二加熱工程において、窒素ガスまたは水蒸気を導入しないときは、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。このように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程は、第二加熱工程と同時に行われる。
【0041】
窒素ガスまたは水蒸気の導入について、導入量と導入時間とを適宜調整することが好ましい。たとえば、導入量が多い場合は、導入時間を短くしてもよく、導入量が少ない場合は、導入時間を長くしてもよい。より具体的には、6.7Paの場合は、5時間程度としてもよく、67Paの場合0.5時間程度としてもよい。
【0042】
また、水蒸気は、アルゴンガスをキャリアとして導入してもよい。
【0043】
通常、第二加熱工程での昇温速度S2は、第一加熱工程での昇温速度S1よりも小さい。なお、昇温速度S1(℃/時間)は、(温度T1-室温)/加熱時間HT1で求められ、昇温速度S2(℃/時間)は、(温度T2-温度T1)/加熱時間HT2で求められる。昇温速度S2が大きすぎると、結晶模様を形成することが難しくなる傾向にある。
【0044】
なお、第一加熱工程および第二加熱工程での昇温速度の詳細については、実施形態1での説明と同様である。また、第二加熱工程に続いて、通常、冷却工程を行う。冷却工程の詳細については、実施形態1での説明と同様である。
【0045】
実施形態2のチタン部材の製造方法は、さらに、第一保持工程および第二保持工程を含んでいてもよい。また、第一保持工程および第二保持工程のいずれか一方を含んでいてもよい。
【0046】
具体的には、実施形態2の製造方法は、さらに、第一加熱工程を経た原料チタン部材を、減圧下で、温度T1で30分以上3時間以下の時間KT1の間保持する第一保持工程を含んでいてもよい。この場合、第二加熱工程は、第一保持工程を経た原料チタン部材を加熱し、チタン部材を得る工程である。時間KT1(保持時間1)を設けると、原料チタン部材全体を確実に温度T1とできる。このため、結晶模様の形成の制御がしやすくなる。
【0047】
第一保持工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0048】
また、具体的には、実施形態2の製造方法は、さらに、第二加熱工程を経たチタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2の間保持する第二保持工程を含んでいてもよい。この場合、冷却工程は、第二保持工程を経たチタン部材を、温度T2から、温度T2よりも低い温度まで降温させて冷却する工程である。好ましくは室温以上150℃以下の温度まで冷却する。時間KT2(保持時間2)により、結晶サイズ、結晶模様、表面全体の面状態を制御できる。たとえば、時間KT2を大きくすると、結晶サイズを大きくできる。
【0049】
第二保持工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0050】
実施形態2のチタン部材の製造方法は、さらに、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、ブラスト処理済チタン部材を得るブラスト処理工程を含んでいてもよい。すなわち、原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、次いで、ブラスト処理済チタン部材に対して、第一加熱工程を行ってもよい。
【0051】
[実施形態3]
実施形態3のチタン部材の製造方法は、第一加熱工程、第二加熱工程および第二保持工程を含む。また、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程を含む。実施形態3の製造方法によれば、表面に凹凸模様を有するチタン部材が得られる。また、得られるチタン部材は、チタン本来の色みを呈し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい。得られるチタン部材の詳細については、実施形態1での説明と同様である。
【0052】
図2は、チタン部材の製造方法を説明するための図である。図2の破線で示すように、第一加熱工程では、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材を、減圧下で、室温(たとえば10℃以上30℃以下)から835℃以上935℃以下の温度T1(上記範囲内で設定した所定の温度T1)まで昇温させて加熱する。なお、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材の詳細については、実施形態1での説明と同様である。このように、温度T1(昇温開始温度、到達温度1)は、α相からβ相へ相転移する885℃±50℃の範囲にあることが望ましい。温度T1が835℃未満であると、結晶成長にあまり効果が見られないことがある。また、温度T1が950℃を超えると、視認される結晶量、結晶模様ともに減少することがある。
【0053】
第一加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。また、第一加熱工程での加熱時間HT1(昇温時間1)は、具体的には、室温から、上記範囲内で設定した所定の温度T1になるまでにかかる時間であり、たとえば30分以上3時間以下である。
【0054】
図2の破線で示すように、第二加熱工程では、第一加熱工程を経た原料チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2(上記範囲内で設定した所定の温度T2)まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱する。時間HT2(昇温時間2)は、具体的には、上記範囲内で設定した所定の温度T1から、上記範囲内で設定した所定の温度T2になるまでにかかる時間である。時間HT2は、結晶模様を作製するために最も重要な条件である。時間HT2が小さすぎて昇温速度が大きすぎると、相転移によるすべりが急激に起こるため微細な凹凸構造や結晶模様の形成が難しくなる傾向がある。また、時間HT2が8時間を超えると、得られる結晶に大きな差は見られなくなる。温度T2(到達温度2)は、結晶サイズをコントロールする上で重要な条件である。たとえば、結晶サイズを小さくしたい場合は950℃付近で、結晶サイズを大きくしたい場合は1150℃付近とする。温度T2が950℃未満であると、結晶が小さくなりすぎる傾向がある。また、温度T2が1150℃を超えると、結晶が成長しすぎて肥大化し、結晶模様が消失することがある。
【0055】
第二加熱工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0056】
通常、第二加熱工程での昇温速度S2は、第一加熱工程での昇温速度S1よりも小さい。なお、昇温速度S1(℃/時間)は、(温度T1-室温)/加熱時間HT1で求められ、昇温速度S2(℃/時間)は、(温度T2-温度T1)/加熱時間HT2で求められる。昇温速度S2が大きすぎると、結晶模様を形成することが難しくなる傾向にある。
【0057】
図2の破線で示すように、第二保持工程では、第二加熱工程を経た原料チタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2(保持時間2)の間保持して、チタン部材を得る。
【0058】
第二保持工程において、時間KT2の内、10分以上5時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する。すなわち、時間KT2の内、少なくとも一部の時間の間、窒素ガスまたは水蒸気を導入する。このように窒素ガスまたは水蒸気を導入すると、得られるチタン部材において、高い硬さと凹凸模様とが実現できる。さらに、得られるチタン部材は、チタン本来の色みを示す。なお、第二保持工程において、窒素ガスまたは水蒸気を導入しないときは、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。このように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程は、第二保持工程と同時に行われる。
【0059】
窒素ガスまたは水蒸気の導入について、導入量、導入時間、および第二保持工程での加熱温度である温度T2を適宜調整することが好ましい。たとえば、導入量が多い場合は、導入時間を短くするか、または加熱温度を低くしてもよく、導入量が少ない場合は、導入時間を長くするか、または加熱温度を高くしてもよい。より具体的には、6.7Paの場合は、5時間程度としてもよく、67Paの場合0.5時間程度としてもよい。
【0060】
また、水蒸気は、アルゴンガスをキャリアとして導入してもよい。
【0061】
なお、第一加熱工程および第二加熱工程での昇温速度の詳細については、実施形態1での説明と同様である。また、第二保持工程に続いて、通常、冷却工程を行う。冷却工程の詳細については、実施形態1での説明と同様である。
【0062】
実施形態3のチタン部材の製造方法は、さらに、第一保持工程を含んでいてもよい。
【0063】
具体的には、実施形態3の製造方法は、さらに、第一加熱工程を経た原料チタン部材を、減圧下で、温度T1で30分以上3時間以下の時間KT1の間保持する第一保持工程を含んでいてもよい。この場合、第二加熱工程は、第一保持工程を経た原料チタン部材を加熱する工程である。時間KT1(保持時間1)を設けると、原料チタン部材全体を確実に温度T1とできる。このため、結晶模様の形成の制御がしやすくなる。
【0064】
第一保持工程は減圧下で行うが、圧力は8.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0065】
実施形態3のチタン部材の製造方法は、さらに、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、ブラスト処理済チタン部材を得るブラスト処理工程を含んでいてもよい。すなわち、原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、次いで、ブラスト処理済チタン部材に対して、第一加熱工程を行ってもよい。
【0066】
[実施形態4]
実施形態4のチタン部材の製造方法は、さらに、実施形態1~3の製造方法で得られたチタン部材の上に、機能性層を形成する機能性層形成工程を含む。すなわち、実施形態4のチタン部材の製造方法は、純チタンまたはチタン合金を含むチタン部材と、該チタン部材の上に設けられた機能性層とを含む機能性チタン部材を製造する方法である。実施形態4の製造方法によれば、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さがHV240以上、好ましくはHV500以上である機能性チタン部材が得られる。機能性チタン部材に含まれるチタン部材の詳細、すなわち凹凸模様、色み、およびビッカース硬さなどの詳細については、実施形態1での説明と同様である。また、機能性チタン部材が有する凹凸模様の詳細についても、実施形態1での説明と同様である。
【0067】
機能性層は、たとえば、硬化または着色の機能を有する。この場合は、機能性チタン部材は、機能性層の硬さに応じて硬化されたり、機能性層の色に応じた色を示したりするようになる。すなわち、機能性チタン部材は、ビッカース硬さがHV240以上、好ましくは500以上である。また、上記チタン部材は、特許文献1のチタン製品のような白、ブルー、ピンクなどの結晶を有しておらず、チタン本来の色みを有する。このため、機能性チタン部材においても、上記チタン製品由来の白、ブルー、ピンクなどの結晶は現れず、機能性層の色に応じた色を示す。
【0068】
機能性層としては、具体的には、高い明度を有するPt、Pd、Rh等の白色貴金属膜、金色を呈するTiN、ZrN、HfN等の金属窒化物膜、ピンク色からブラウン色を呈するTiCN、ZrCN、HfCN、TiON、ZrON、HfON等の金属炭窒化物膜および金属酸窒化物膜、グレー色を呈するTiC等の金属炭化物膜、黒色を呈するダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜などが挙げられる。なお、上記膜は、実施形態の目的を損なわない範囲で、その他の元素を含んでいてもよい。優れた硬化の機能を発揮させるためには、より硬度の高い金属と非金属との化合物膜が良い。
【0069】
機能性層は、1層であっても、2層以上の積層体であってもよい。たとえば、積層体は、チタン部材上に、硬化機能を発揮するTiC膜を形成し、次いで、着色機能を発揮する白色貴金属膜をさらに形成して構成されていてもよい。
【0070】
機能性層の厚さは、結晶模様が現れるよう、0.02μm以上3.0μm以下であることが好ましく、0.02μm以上2.0μm以下であることがより好ましい。機能性層が、チタン部材上の模様を形成する凹凸上に倣って形成され、同様の凹凸を有すると、結晶模様が現れる。機能性層の厚さが上記範囲にあると、通常、結晶模様が現れるため好ましい。
【0071】
機能性層形成工程は、スパッタリング法、CVD法、イオンプレーティング法などの乾式成膜によって形成することができる。
【0072】
なお、実施形態4のチタン部材の製造方法は、さらに、密着層形成工程を含んでいてもよい。すなわち、実施形態1~3の製造方法で得られたチタン部材の上に、密着層を形成する密着層形成工程を含み、機能性層形成工程は、密着層形成工程を経た密着層を有するチタン部材の上に、機能性層を形成する工程であってもよい。密着層は、チタン、シリコン等の膜である。密着層を形成する場合は、密着層および機能性層の合計の厚さが、結晶模様が現れるよう、0.02μm以上3.0μm以下であることが好ましい。密着層形成工程は、スパッタリング法、CVD法、イオンプレーティング法などによって形成することができる。
【0073】
上述したように、実施形態1~3の製造方法によって得られるチタン部材では、高い硬さを有するとともに、チタン本来の色みを有し、表面に細かい凹凸模様が現れている。また、実施形態4の製造方法によって得られる機能性チタン部材では、高い硬さを有するとともに、表面に細かい凹凸模様が現れている。
【0074】
ところで、チタン独特の結晶パターンを作り出すためにはβ相転移温度(885℃)以上の温度を加える必要がある。相転移温度以上の温度を加えると、結晶構造がα相からα+β相へ相変換し、結晶の成長に伴い独特の模様が現れてくる。しかしながら、α相からα+β相に結晶が変化すると、ヤング率が低下し硬度が低下するとともに、相転移に伴う結晶の滑りによる針状結晶の成長により、不均質な回折結晶が現れることがある。装飾品としてチタンを使用する場合、この硬度低下は耐傷性を低下させる要因となる。なお、真空浸炭処理によれば、熱処理中に酸素、窒素などのガスを反応させて硬度を上昇させることができる。しかしながら、この方法では着色しやすく、また、独特の模様を付与できない。これに対して、上述した製造方法では、ブラスト処理を用いたり、特定のガス導入工程を設けたりすることにより、結晶変態による硬度低下を抑制できる。さらに、チタンに独特な結晶模様を析出させて意匠性を向上できる。
【0075】
<チタン部材、機能性チタン部材>
実施形態のチタン部材は、純チタンまたはチタン合金を含むチタン部材であって、表面に凹凸模様を有し、チタン本来の色みを呈し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい。凹凸模様、色み、およびビッカース硬さの詳細については、実施形態1のチタン部材の製造方法での説明と同様である。実施形態のチタン部材は、上述した製造方法によって得られる。
【0076】
実施形態の機能性チタン部材は、純チタンまたはチタン合金を含むチタン部材と、該チタン部材の上に設けられた機能性層とを含む機能性チタン部材である。機能性チタン部材は、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さがHV240以上、好ましくはHV500以上である。機能性チタン部材に含まれるチタン部材の詳細、すなわち凹凸模様、色み、およびビッカース硬さなどの詳細については、実施形態1の製造方法での説明と同様である。また、機能性チタン部材が有する凹凸模様および機能の詳細についても、実施形態1、4の製造方法での説明と同様である。機能性チタン部材は、上述した製造方法によって得られる。
【0077】
実施形態のチタン部材または機能性チタン部材は、装飾品に用いることができる。装飾品としては、腕時計などの時計;眼鏡、アクセサリーなどの装身具;スポーツ用品などの装飾部材が挙げられる。より具体的には、ケース、バンドの駒など時計の構成部材が挙げられる。時計は、光発電時計、熱発電時計、標準時電波受信型自己修正時計、機械式時計、一般の電子式時計のいずれであってもよい。このような時計は、上記チタン部材または機能性チタン部材を用いて公知の方法により製造される。
【0078】
以上より、本発明は以下に関する。
[1] 純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材を、減圧下で、室温から835℃以上935℃以下の温度T1まで昇温させて加熱する第一加熱工程と、上記第一加熱工程を経た上記チタン部材を、減圧下で、温度T1から、950℃以上1150℃以下の温度T2まで、30分以上8時間以下の時間HT2をかけて昇温させて加熱し、チタン部材を得る第二加熱工程と、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程とを含み、上記チタン部材は、表面に凹凸模様を有し、ビッカース硬さが原料チタン部材よりもHV30以上大きい、チタン部材の製造方法。
[2] さらに、上記第一加熱工程を経た上記チタン部材を、減圧下で、温度T1で30分以上3時間以下の時間KT1の間保持する第一保持工程を含み、上記第二加熱工程は、上記第一保持工程を経た上記チタン部材を加熱し、チタン部材を得る工程である、[1]に記載のチタン部材の製造方法。
[3] さらに、上記第二加熱工程を経た上記チタン部材を、減圧下で、温度T2で30分以上6時間以下の時間KT2の間保持する第二保持工程を含む、[1]または[2]に記載のチタン部材の製造方法。
[4] 上記窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程が、上記第二加熱工程よる加熱とともに、時間HT2の内、30分以上8時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程である、[1]から[3]のうちいずれか一つに記載のチタン部材の製造方法。
[5] 上記窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程が、上記第二保持工程よる保持とともに、時間KT2の内、10分以上5時間以下の間、6.7Pa以上67Pa以下となるように、窒素ガスまたは水蒸気を導入する工程である、[3]に記載のチタン部材の製造方法。
[6] さらに、純チタンまたはチタン合金を含む原料チタン部材に対して、ブラスト処理を行い、ブラスト処理済チタン部材を得るブラスト処理工程を含む、[1]から[5]のうちいずれか一つに記載のチタン部材の製造方法。
[7] さらに、上記チタン部材の上に、機能性層を形成する機能性層形成工程を含む、[1]から[6]のうちいずれか一つに記載のチタン部材の製造方法。
【0079】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0080】
[実施例]
<分析方法および評価方法>
(純チタン板材の硬度測定)
純チタン板材の硬度測定は、微小押込み硬さ試験機(FISCHER製、H100)を用いて荷重5mNで行った。
(チタン部材の硬度測定)
チタン部材の硬度測定は、微小押込み硬さ試験機(FISCHER製、H100)を用いて行った。
ブラスト処理あるいは窒素ガスまたは水蒸気の導入を実施すると、表面の状態が著しく変化し、表面からの硬度測定結果に影響を及ぼす。このため、すべて集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)装置を用いて表面と垂直に切断を行い、切断面を研磨して測定を行った。表面近傍の硬度測定は、加重を5mNで最表面から深さ方向に10μm±5μmの位置で、水平方向に100μm以上の間隔をあけて測定した。測定は12点実施し、その平均を試料の硬度とした。
【0081】
(硬質膜の硬度測定)
硬質膜の硬度測定は、微小押込み硬さ試験機(FISCHER製、H100)を用いて荷重5mNで行った。硬質膜の硬度測定は、成膜時に同梱したSiウエハーにて実施した。
【0082】
(結晶性測定)
結晶の配向性測定には、株式会社リガク製のAmartlabを使用して行った。測定条件は以下の条件で行った。
全体定性分析条件 X線出力:40kV、30mA、スキャン軸:2θ/θ、スキャン範囲:5°~120°、0.02ステップ、ソーラースリット:5deg、長手制限スリット:15mm
微小部定性分析条件 X線出力:40kV、30mA、スキャン軸:2θ/θ、スキャン範囲:5°~120°、0.02ステップ、ソーラースリット:2.5deg、長手制限スリット:15mm
【0083】
(結晶の表面観察)
・RGB測定
結晶の表面観察には、株式会社キーエンス製VHX-5000マイクロスコープを用いた。測定は白色光リング照明の落射方式を用いて、明るさ70、ゲイン30、倍率は20倍にて実施した。色調測定は同装置のRGB測定により実施した。マイクロスコープ上で異なった色調に見える結晶粒子について、異なる色調ごとに、RGB測定を8点以上測定し、R、G、Bそれぞれの平均値を算出した。異なる色調ごとに、R、G、Bの平均値の最大値からR、G、Bの平均値の最小値を減じた値を色味の判定に使用した。たとえば、ある色調において、Rの平均値が100、Gの平均値が100、Bの平均値が120の場合、120-100=20となる。
・色調判定
R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値が10以下の場合、青やピンクのような色調はないと判定した。つまり白色やグレー色、黒色(無彩色)であり、螺鈿細工のような色味にならずチタン本来の金属色になることが確認できる。
・凹凸模様判定
異なる色調ごとに、R、G、Bの平均値から、以下の計算式を用いて輝度L*を算出した。異なって見える色調のL*の差が50以上である場合は、結晶模様(凹凸模様)が存在することに対応するといえる。結晶模様が存在しており、これが視認できるならば、少なくとも見え方(輝度)が異なるためである。
*=0.299×R+0.587×G+0.114×B (輝度最大値:255)
【0084】
(複合硬度計算)
作製したチタン部材および機能性チタン部材の複合硬度Hcを算出した。具体的には、複合硬度Hcは下記の計算式(1)を用いて算出した。
【0085】
【数1】

f:薄膜硬度、Hs:基材硬度、Ef:薄膜ヤング率、n=2、t:薄膜の膜厚、d:ビッカース圧痕サイズ、θ:ビッカース圧子の対面角度の1/2=68度。
【0086】
(耐傷性能の測定)
耐傷性試験は、以下のように行った。アルミナ粒子が均一に分散した磨耗紙を試験サンプルに一定加重で接触させ、一定回数擦ることで傷を発生させた。傷がついた試験サンプルの表面を、キズの方向と垂直方向にスキャンして表面粗さを測定し、二乗平均粗さを求めた。この二乗平均粗さから耐傷性を評価した。なお、傷の発生量が多いほど、傷の深さが深いほど二乗平均粗さの数値が大きくなり、逆に傷の発生量が少ないほど、傷の深さが浅いほど二乗平均粗さの数値が小さくなる。このことから、耐傷性を数値的に評価できる。
【0087】
(膜厚測定)
膜厚測定では、マスクを施したSiウエハーを基材とともに成膜装置内に導入し、成膜後にマスクを除去して、マスクされていた部分とマスクされていない部分での段差を測定した。
【0088】
[参考例1]
図3は、参考例1の機能性チタン部材10の構造を示す断面模式図である。参考例1では、JIS規定の純チタンにサンドブラスト処理を施し、次いで、真空熱処理を実施し、結晶模様を析出させたチタン部材11を得た。このチタン部材11上に、TiCからなる硬化層(機能性層)12を形成し、機能性チタン部材10を得た。なお、図3では、チタン部材11表面および硬化層12表面の凹凸模様は省略している。図3以外の断面模式図においても同様である。
【0089】
チタン部材11の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。純チタン板材に対して、株式会社不二製作所製ニューマブラスターサンドブラスト装置を用いて、WAフジランダム#46のメディア(アルミナのメディア)を0.4MPaの吐出圧力で吹付け、ブラスト処理済チタン基板を得た。続いて、拡散ポンプを備え、-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)を用いて、上記ブラスト処理済チタン基板を相転移温度以上の温度領域まで加熱し、結晶を析出させてチタン部材11を作製した。
【0090】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材11をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材11上に硬化層(TiC硬質膜)12を形成し、機能性チタン部材10を作製した。
【0091】
参考例1は、ブラスト処理済チタン基板を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表1に示す熱処理条件1、2で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表1のようにして実施した。
【0092】
【表1】
【0093】
図4は、#800研磨したJIS2種の純チタン板材のマイクロスコープ像である。図5~7は、チタン部材11の作製過程でのチタン表面形状のマイクロスコープ像を示している。すなわち、図5は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。図6は、熱処理条件1により得られたチタン部材11のマイクロスコープ像である。図7は、熱処理条件2により得られたチタン部材11のマイクロスコープ像である。純チタン板材は、光沢があり、写真撮影時に使用したリング照明光が反射するほど平滑な表面を呈する。その純チタン板材にサンドブラストを実施すると、全体的に表面が削られ凹凸間のある梨地表面に変化する。表面が削られることによる内部応力の増加と、メディアを高速で表面に叩きつけることによる圧縮残留応力の付与とにより、ブラスト処理済チタン基板の硬度は、純チタンのHV240に対して、HV302まで上昇した。
【0094】
ブラスト処理済チタン基板の硬度上昇は、結晶構造の変化にも起因していると考えられる。図8は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材11の結晶性を説明するための図である。通常、純チタンの結晶はhcp構造を有するα相を形成している。図8に示すように、主に35°付近の[100]面、39°付近の[002]面、41°付近の[101]に配向した結晶構造を呈する。ブラスト処理を実施すると、41°付近の[101]面に優先配向した結晶構造になることが分かる。これはブラスト処理による残留圧縮応力の増大に伴う結晶変化であり、この結晶変化が硬度上昇の一つの要因と推察される。
【0095】
熱処理条件1により得られたチタン部材11は、1050℃で3時間加熱することで、表面に全体的にチタンの結晶が析出し、和紙のような趣のある模様が形成された。熱処理条件1により得られたチタン部材11の硬度は、HV292であり、ブラスト処理済チタン基板よりもわずかに低下したが、純チタン板材よりも高い。また、チタン部材11の結晶については、ブラスト処理済チタン基板と比較して、41°付近の[101]がさらに優先的に成長することが分かった。この結晶配向性の変化は、結晶が成長してチタン基材全体に結晶模様が現れた明らかな証である。純チタン板材との優先配向性の違いは、圧縮残留応力による硬度上昇に寄与すると推察される。また、熱処理条件2により得られたチタン部材11は、1100℃で3時間加熱することで、熱処理条件1と同様の結晶模様が析出した。その結晶サイズは、熱処理条件1と比較して大きかった。高温になるほど結晶成長が促進され、得られる結晶サイズが大きくなると考えられた。
【0096】
硬化層(TiC硬質膜)12は、イオンプレーティング装置にチタン部材11をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層12は、膜硬度HV1100であり、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、純チタンと同様のグレー色であり、機能性チタン部材10の色調はグレー色を示した。
【0097】
チタン部材11上に硬化層12を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層12の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0098】
硬化層12を成膜することにより、機能性チタン部材10の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材10では、チタン部材11に硬化層12を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0099】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬化層12を形成した機能性チタン部材10の耐傷性は著しく向上する。表2に、熱処理条件1で作製したチタン部材11、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材10の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。機能性チタン部材10は、チタン部材11と比較し、およそ4倍の耐傷性を発揮した。硬化層12の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0100】
【表2】
【0101】
参考例1で得られたチタン部材11の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ235、231、235であり、輝度L*は232であった(最大255)。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は4であり、色味のないグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ161、161、160であり、輝度L*は161であった(最大255)。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は1であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分の輝度の差は72と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0102】
[比較例1]
図9は、比較例1の機能性チタン部材20の構造を示す断面模式図である。比較例1では、JIS規定の純チタンに真空熱処理を実施し、結晶模様を析出させたチタン部材21を得た。このチタン部材21上に、TiCからなる硬化層(機能性層)22を形成し、機能性チタン部材20を得た。
【0103】
チタン部材21の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。拡散ポンプを備え、-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)を用いて、上記純チタン板材を相転移温度以上の温度領域まで加熱し、結晶を析出させてチタン部材21を作製した。
【0104】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材21をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材21上に硬化層(TiC硬質膜)22を形成し、機能性チタン部材20を作製した。
【0105】
比較例1は、純チタン板材を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表3に示す熱処理条件3で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表3のようにして実施した。
【0106】
【表3】
【0107】
図10は、チタン部材21の作製過程でのチタン表面形状のマイクロスコープ像を示している。すなわち、図10は、熱処理条件3により得られたチタン部材21のマイクロスコープ像である。熱処理条件3により得られたチタン部材21では、チタン表面に青色や白色、黒色の結晶がまばらに見られる。熱処理条件3により得られたチタン部材21の硬度は、HV219であり、純チタン板材よりもわずかに低下した。
【0108】
図11は、純チタン板材、青色結晶部、白色結晶部および黒色結晶部の結晶性を説明するための図である。図11に示すように、チタン部材21では、青色結晶部の結晶は71°付近の(103)面に優先配向した結晶構造を示した。また、白色結晶部の結晶は53°付近の(102)面および56°付近のβ結晶に帰属する(200)面に優先配向した結晶構造を示した。また、黒色結晶部の結晶は53°付近の(102)面および63°付近の(110)面に優先配向した結晶構造を示した。結晶構造の変化によって、ヤング率といった強度パラメーターの違いがもたらされ、チタン部材21の硬度が低下したと考えられる。さらに、56°付近に現れたβ結晶は、α結晶と比較して変形を担う転位の移動度が大きくなり、柔らかい。このため、チタン部材21は純チタン板よりも硬度が低くなったと考えられる。
【0109】
硬化層(TiC硬質膜)22は、イオンプレーティング装置にチタン部材21をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層22は、膜硬度はHV1100、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、青色結晶部、白色結晶部および黒色結晶部以外の部分では、純チタンと同様のグレー色であった。また、機能性チタン部材20の色調は、青色結晶部、白色結晶部および黒色結晶部以外の部分では、グレー色を示した。
【0110】
チタン部材21上に硬化層22を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層22の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0111】
硬化層22を成膜することにより、機能性チタン部材20の複合硬度は著しく向上する。機能性チタン部材20では、チタン部材21に硬化層22を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0112】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬質膜22を形成した機能性チタン部材20の耐傷性は著しく向上する。表4に、熱処理条件3で作製したチタン部材21および機能性チタン部材20の耐傷性能の測定結果を示した。また、比較として純チタン板材、および純チタン板材に硬質膜処理を施した硬質膜処理済純チタン板材の複合硬度の計算値及び耐傷性の測定結果も示した。機能性チタン部材20は、チタン部材21と比較し、およそ4倍の耐傷性を発揮した。しかしながら、参考例1の機能性チタン部材10と比較すると耐傷性能は約12%低下していた。さらに、硬質膜処理済純チタン板材と比較すると5%低下していた。これは、チタン部材21の基材硬度が、参考例1のチタン部材11や純チタン板材よりも低くなったことに起因すると考えられる。
【0113】
【表4】
【0114】
純チタン板材をブラスト処理することなく結晶化させると、青色や白色、黒色といった様々な結晶がまばらに発生する。たとえば小さな部品の場合には、結晶が視認されない場合も考えられる。また、真空熱処理により純チタン板材よりも硬度が低くなることから、硬質膜処理済純チタン板材よりも耐傷性能が低くなることが分かった。
【0115】
比較例1で得られた結晶チタン21の色調は、青く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ108、113、219であり、輝度L*は122であった。R、G、Bのうち、BがR、Gと比較して100以上高いことから、この結晶相は青色に視認される。白く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ201、204、201であり、輝度L*は202であった。R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は3であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。黒く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ43、41、45であり、輝度L*は42であった。R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は4であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。青色部、白色部、黒色部の輝度差が50以上と大きい。これより、基材上に明らかな結晶模様が存在することが分かる。特に、青色部はB値のみが100以上高く、青色が強く視認される結晶相を呈していることが分かる。
【0116】
[参考例2]
図12は、参考例2の機能性チタン部材30の構造を示す断面模式図である。参考例2では、JIS規定の純チタンにサンドブラスト処理を施し、次いで、真空熱処理を実施し、結晶模様を析出させたチタン部材31を得た。このチタン部材31上に、DLCからなる硬化層(機能性層)32を形成し、機能性チタン部材30を得た。なお、DLCからなる硬化層32は、硬化とともに着色の機能を有する。
【0117】
チタン部材31の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。純チタン板材に対して、株式会社不二製作所製ニューマブラスターサンドブラスト装置を用いて、ガラスビーズ#300のメディアを0.4MPaの吐出圧力で吹付け、ブラスト処理済チタン基板を得た。続いて、拡散ポンプを備え、-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)を用いて、上記ブラスト処理済チタン基板を相転移温度以上の温度領域まで加熱し、結晶を析出させてチタン部材31を作製した。
【0118】
続いて、CVD装置にチタン部材31をセットし、反応ガスにベンゼンガスを使用して、チタン部材31上に硬化層(DLC硬質膜)32を形成し、機能性チタン部材30を作製した。
【0119】
参考例2は、ブラスト処理済チタン基板を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表5に示す熱処理条件4、5で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表5のようにして実施した。
【0120】
【表5】
【0121】
図13~15は、チタン部材31の作製過程でのチタン表面形状のマイクロスコープ像を示している。すなわち、図13は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。図14は、熱処理条件4により得られたチタン部材31のマイクロスコープ像である。図15は、熱処理条件5により得られたチタン部材31のマイクロスコープ像である。純チタン板材にサンドブラストを実施すると、全体的に表面が削られ凹凸間のある梨地表面に変化する。メディアを高速で表面に叩きつけることによる圧縮残留応力の付与により、ブラスト処理済チタン基板の硬度は、純チタンのHV240に対して、HV316まで上昇した。ブラスト処理に使用したガラスビーズは、参考例1で使用したWAフジランダムと比較して、ビーズ状に球体となっている。このため、基材を削る効果は少なくなるが、その分叩きつける効果が高くなり、参考例1のブラスト処理済チタン基板よりも硬度が上昇したと考えられる。
【0122】
ブラスト処理済チタン基板の硬度上昇は、結晶構造の変化にも起因していると考えられる。図16は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材31の結晶性を説明するための図である。ブラスト処理を実施すると、参考例1と同様に、41°付近の[101]面に優先配向した結晶構造になることが分かる。これはブラスト処理による残留圧縮応力の増大に伴う結晶変化であり、この結晶変化が硬度上昇の要因と推察される。
【0123】
熱処理条件4により得られたチタン部材31は、1050℃で3時間加熱することで、表面に全体的にチタンの結晶が析出し、岸壁のような趣のある模様が形成された。熱処理条件4により得られたチタン部材31の硬度は、HV301であり、ブラスト処理済チタン基板よりもわずかに低下したが、純チタン板材よりも高い。また、チタン部材31の結晶については、ブラスト処理済チタン基板と比較して、41°付近の[101]がさらに優先的に成長することが分かった。この結晶配向性の変化は、結晶が成長してチタン基材全体に結晶模様が現れた明らかな証である。純チタン板材との優先配向性の違いは、圧縮残留応力による硬度上昇に寄与すると推察される。また、熱処理条件5により得られたチタン部材31は、1100℃で3時間加熱することで、熱処理条件4と同様の結晶模様が析出した。その結晶サイズは、熱処理条件4と比較して大きかった。高温になるほど結晶成長が促進され、得られる結晶サイズが大きくなると考えられる。
【0124】
硬化層(DLC硬質膜)32は、CVDとスパッタリングの混合装置にチタン部材31をセットし、3.0E-3Paまで排気し、スパッタリングでチタン密着層0.1μm、シリコン密着層0.1μmの順に形成した後、ベンゼンガスを用いて作製した。硬化層32は、膜硬度HV1580であり、膜厚0.8μmであった。なお、膜厚は全体で1.0μmであった。DLC硬質膜の色調は、黒色であり、機能性チタン部材30の色調は黒色を示した。
【0125】
チタン部材31上に硬化層32を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層32等の全体の膜厚が1.0μmと薄く、また、CVDやスパッタリングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0126】
硬化層32を成膜することにより、機能性チタン部材30の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材30では、チタン部材31に硬化層32を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0127】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬質膜32を形成した機能性チタン部材30の耐傷性は著しく向上する。表6に、熱処理条件4で作製したチタン部材31、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材30の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。機能性チタン部材30は、チタン部材31と比較し、およそ8.5倍の耐傷性を発揮した。硬化層32の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0128】
【表6】
【0129】
参考例2は参考例1と熱処理条件は全く同様であるが、ブラスト処理による基板面状態の違いにより得られる結晶模様が異なることが分かる。
【0130】
参考例2で得られた結晶チタン31の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ235、234、234であり、輝度L*は234であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は1であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ49、48、47であり、輝度L*は48であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は2であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。明るく見える部分と暗く見える部分との中間部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ125、125、122であり、輝度L*は124であった。またR、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は3であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分および中間部分との輝度の差は50以上と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0131】
[参考例3]
図17は、参考例3の機能性チタン部材40の構造を示す断面模式図である。参考例3では、JIS規定の純チタンにサンドブラスト処理を施し、次いで、真空熱処理を実施し、結晶模様を析出させたチタン部材41を得た。このチタン部材41上に、TiCからなる硬化層(機能性層)42を形成し、機能性チタン部材40を得た。
【0132】
チタン部材41の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。純チタン板材に対して、株式会社不二製作所製ニューマブラスターサンドブラスト装置を用いて、アルミナ#150のメディアを0.2MPaの吐出圧力で吹付け、ブラスト処理済チタン基板を得た。続いて、拡散ポンプを備え-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)を用いて、上記ブラスト処理済チタン基板を相転移温度以上の温度領域まで加熱し、結晶を析出させてチタン部材41を作製した。
【0133】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材41をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材41上に硬化層(TiC硬質膜)42を形成し、機能性チタン部材40を作製した。
【0134】
参考例3は、ブラスト処理済チタン基板を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表7に示す熱処理条件6で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表7のようにして実施した。
【0135】
【表7】
【0136】
図18図19は、チタン部材41の作製過程でのチタン表面形状のマイクロスコープ像を示している。すなわち、図18は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。図19は、熱処理条件6により得られたチタン部材41のマイクロスコープ像である。純チタン板材にサンドブラストを実施すると、全体的に表面が削られ凹凸間のある梨地表面に変化する。表面が削られることによる内部応力の増加と、メディアを高速で表面に叩きつけることによる圧縮残留応力の付与とにより、ブラスト処理済チタン基板の硬度は、純チタンのHV240に対して、HV300まで上昇した。
【0137】
ブラスト処理済チタン基板の硬度上昇は、結晶構造の変化にも起因していると考えられる。図20は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材41の結晶性を説明するための図である。通常、純チタンの結晶はhcp構造を有するα相を形成している。図20に示すように、主に35°付近の[100]面、39°付近の[002]面、41°付近の[101]に配向した結晶構造を呈する。ブラスト処理を実施すると、41°付近の[101]面に優先配向した結晶構造になることが分かる。これはブラスト処理による残留圧縮応力の増大に伴う結晶変化であり、この結晶変化が硬度上昇の要因と推察される。
【0138】
熱処理条件6により得られたチタン部材41は、参考例1の熱処理条件と比較し、昇温時間2を3時間に延ばしたため、結晶成長が促進され、趣のあるマーブル模様が現れたと考えられる。チタンは室温でα相、稠密六法最密構造(HCP)であるが、885℃以上ではβ相、面心立法格子構造(FCC)へ相転移する。純チタンはこの相転移温度以上に加熱されると昇温中に稠密六法最密構造(HCP)から面心立法格子構造(FCC)へ金属結晶のすべりが発生し針状結晶が成長する。参考例3では、この滑り過程に伴う結晶成長がゆっくりと行われたため、結晶成長が促進され、参考例1よりもはっきりとした結晶が現れたと考えられる。また、熱処理条件6により得られたチタン部材41の硬度は、HV289であり、ブラスト処理済チタン基板よりもわずかに低下したが、純チタン板材よりも高い。また、結晶チタン41の結晶については、ブラスト処理済チタン基板と比較して、41°付近の[101]がさらに優先的に成長することが分かった。この結晶配向性の変化は、結晶が成長してチタン基材全体に結晶模様が現れた明らかな証である。純チタン板材との優先配向性の違いは、圧縮残留応力による硬度上昇に寄与すると推察される。
【0139】
硬化層(TiC硬質膜)42は、イオンプレーティング装置にチタン部材41をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層42は、膜硬度HV1100であり、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、純チタンと同様のグレー色であり、機能性チタン部材40の色調はグレー色を示した。
【0140】
チタン部材41上に硬化層42を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層42の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0141】
硬化層42を成膜することにより、機能性チタン部材40の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材40では、チタン部材41に硬化層42を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0142】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬化層42を形成した機能性チタン部材40の耐傷性は著しく向上する。表8に、熱処理条件6で作製したチタン部材41、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材40の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。また、複合硬度の値も示した。機能性チタン部材40は、チタン部材41と比較し、およそ4倍の耐傷性を発揮した。硬化層42の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0143】
【表8】
【0144】
参考例3で得られた結晶チタン41の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ235、235、235であり、輝度L*は234であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は0であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ73、71、67であり、輝度L*は71であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は6であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。明るく見える部分と暗く見える部分との中間部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ139、141、138であり、輝度L*は140であった。またR、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は3であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分および中間部分との輝度の差は50以上と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0145】
[参考例4]
図21は、参考例4の機能性チタン部材50の構造を示す断面模式図である。参考例4では、JIS規定の純チタンにサンドブラスト処理を施し、次いで、真空熱処理を実施し、結晶模様を析出させたチタン部材51を得た。このチタン部材51上に、TiCからなる硬化層(機能性層)52を形成し、機能性チタン部材50を得た。
【0146】
チタン部材51の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。純チタン板材に対して、株式会社不二製作所製ニューマブラスターサンドブラスト装置を用いて、粒径200μm以下のスチールビーズを0.45MPaの吐出圧力で吹付け、ブラスト処理済チタン基板を得た。続いて、拡散ポンプを備え-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)を用いて、上記ブラスト処理済チタン基板を相転移温度以上の温度領域まで加熱し、結晶を析出させてチタン部材51を作製した。
【0147】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材51をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材51上に硬化層(TiC硬質膜)52を形成し、機能性チタン部材50を作製した。
【0148】
参考例4は、ブラスト処理済チタン基板を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表9に示す熱処理条件7で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表9のようにして実施した。
【0149】
【表9】
【0150】
図22図23は、チタン部材51の作製過程でのチタン表面形状のマイクロスコープ像を示している。すなわち、図22は、ブラスト処理済チタン基板のマイクロスコープ像である。図23は、熱処理条件7により得られたチタン部材51のマイクロスコープ像である。純チタン板材にサンドブラストを実施すると、全体的に表面が削られ凹凸間のある梨地表面に変化する。表面が削られることによる内部応力の増加と、メディアを高速で表面に叩きつけることによる圧縮残留応力の付与とにより、ブラスト処理済チタン基板の硬度は、純チタンのHV240に対して、HV416まで上昇した。ブラスト時にスチールやジルコン等の金属粉を高圧力で吹き付けると、アルミナやガラスビーズよりも重量が重く、基材表面上に付加する圧縮残留応力が高いことから、硬度は著しく向上する。
【0151】
ブラスト処理済チタン基板の硬度上昇は、結晶構造の変化にも起因していると考えられる。図24は、純チタン板材、ブラスト処理済チタン基板およびチタン部材51の結晶性を説明するための図である。通常、純チタンの結晶はhcp構造を有するα相を形成している。図24に示すように、主に35°付近の[100]面、39°付近の[002]面、41°付近の[101]に配向した結晶構造を呈する。ブラスト処理を実施すると、41°付近の[101]面に優先配向した結晶構造になることが分かる。これはブラスト処理による残留圧縮応力の増大に伴う結晶変化であり、この結晶変化が硬度上昇の要因と推察される。
【0152】
熱処理条件7により得られたチタン部材51は、参考例1の熱処理条件と比較し、昇温時間2を5時間に延ばしたため、結晶成長が促進され、結晶サイズの大きな模様が現れたと考えられる。チタンは室温でα相、稠密六法最密構造(HCP)であるが、885℃以上ではβ相、面心立法格子構造(FCC)へ相転移する。純チタンはこの相転移温度以上に加熱されると昇温中に稠密六法最密構造(HCP)から面心立法格子構造(FCC)へ金属結晶のすべりが発生し針状結晶が成長する。参考例4では、この滑り過程に伴う結晶成長がゆっくりと行われたため、結晶成長が促進され、参考例1よりもはっきりとした結晶が現れたと考えられる。また、熱処理条件7により得られたチタン部材51の硬度は、HV400であり、ブラスト処理済チタン基板よりもわずかに低下したが、純チタン板材よりも高い。また、結晶チタン51の結晶については、ブラスト処理済チタン基板と比較して、41°付近の[101]がさらに優先的に成長することが分かった。この結晶配向性の変化は、結晶が成長してチタン基材全体に結晶模様が現れた明らかな証である。純チタン板材との優先配向性の違いは、圧縮残留応力による硬度上昇に寄与すると推察される。
【0153】
硬化層(TiC硬質膜)52は、イオンプレーティング装置にチタン部材51をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層52は、膜硬度HV1100であり、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、純チタンと同様のグレー色であり、機能性チタン部材50の色調はグレー色を示した。
【0154】
チタン部材51上に硬化層52を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層52の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0155】
硬化層52を成膜することにより、機能性チタン部材50の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材50では、チタン部材51に硬化層52を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0156】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬化層52を形成した機能性チタン部材50の耐傷性は著しく向上する。表10に、熱処理条件7で作製したチタン部材51、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材50の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。機能性チタン部材50は、チタン部材51と比較し、およそ4倍の耐傷性を発揮した。硬化層52の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0157】
【表10】
【0158】
参考例1~4のように、ブラスト処理条件や熱処理条件を様々に変更すると、チタン独特の結晶模様を付与できる。また、ブラスト処理条件によってチタン基材の残留圧縮応力を増大させ、基材の硬度を上昇させることができる。基材の硬度が上昇することで耐傷性も向上させられる。
【0159】
表11に、参考例1~4および比較例1のチタン部材硬度、硬質膜硬度、複合硬度および耐傷性能の測定結果をまとめた。参考例2は、硬化層を硬度の高いDLCにしたため耐傷性が著しく高い。参考例2を除いた結果を比較すると、チタン部材硬度の上昇に伴い、複合硬度が上昇し、耐傷性が向上していることが分かる。これは、耐傷性能が積層される硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定されるためである。すなわち、ブラスト処理により基材硬度が上昇したためと考えられる。
【0160】
【表11】
【0161】
以上の結果から、チタン基材にブラスト処理を施し、さらに真空熱処理を実施すると、独特の模様を付与しつつ、耐傷性の優れた装飾部品を提供できることが理解できる。
【0162】
参考例4で得られた結晶チタン51の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ246、244、246であり、輝度L*は244であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は2であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ69、70、71であり、輝度L*は71であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は2であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。明るく見える部分と暗く見える部分との中間部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ148、149、148であり、輝度L*は148であった。またR、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は1であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分および中間部分との輝度の差は50以上と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0163】
[実施例5]
参考例1~4では、チタン基材にブラスト処理を施して硬度を上昇させ、結晶模様を作製する場合について述べた。実施例5、6では、ブラスト処理を施さずに硬度を上昇させ、結晶模様を付与する場合について示す。
【0164】
図25は、実施例5の機能性チタン部材60の構造を示す断面模式図である。実施例5では、JIS規定の純チタンに、水を導入しながら真空熱処理を施し、結晶模様を析出させたチタン部材61を得た。このチタン部材61上に、TiCからなる硬化層(機能性層)62を形成し、機能性チタン部材60を得た。
【0165】
チタン部材61の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。拡散ポンプを備え-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)に、純チタン板材を投入し、純チタン板材を相転移温度以上の温度領域まで加熱しながら水と反応させ、結晶を析出させて結晶チタン61を作製した。
【0166】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材61をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材61上に硬化層(TiC硬質膜)62を形成し、機能性チタン部材60を作製した。
【0167】
実施例5は、純チタン板材を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表12に示す熱処理条件8で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表12のようにして実施した。
【0168】
【表12】
【0169】
また、保持時間2がスタートするタイミングで、Arガスをキャリアにして水蒸気を0.25Torr(33Pa)になるまで導入して1時間供給した。その後、水の供給をやめ1時間保持した。その後、再度Arガスをキャリアにして水蒸気を0.25Torr(33Pa)になるまで導入して1時間供給した。このように、保持時間2の3時間のうち、2時間水蒸気を供給した。
【0170】
図26は、熱処理条件8により得られたチタン部材61のマイクロスコープ像である。純チタン板材に、水蒸気を導入しながら真空熱処理を実施すると、石のようなごつごつとした模様が現れた。チタン部材61の硬度は、HV799であった。純チタンのHV240に比較し、HV500以上硬くなり、硬度はおよそ3.3倍に上昇した。
【0171】
図27は、純チタン板材およびチタン部材61の結晶性を説明するための図である。通常、純チタンの結晶はhcp構造を有するα相を形成している。図27に示すように、主に35°付近の[100]面、39°付近の[002]面、41°付近の[101]に配向した結晶構造を呈する。水と反応させながら熱処理を施すと、41°付近の[101]面にのみ強く優先配向した結晶構造に変態することが分かる。この結晶変化が硬度上昇の要因の一つと推察される。また、水と反応させることで二酸化チタン等の結晶が析出されて硬度が上昇した可能性も考えられる。しかしながら、二酸化チタンの結晶は25°付近に優先配向する結晶構造を呈するため、二酸化チタンを形成しているとは言い難い。また、水との作用により、水を形成する水素がチタンの内部に侵入し結晶間隔を歪ませたため、圧縮応力が増大し、硬度を上昇させた可能性も考えられる。いずれにしても結晶構造の変化や結晶の歪みによる圧縮応力の増大が硬度上昇に大きく関与していると考えられる。
【0172】
硬化層(TiC硬質膜)62は、イオンプレーティング装置にチタン部材61をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層62は、膜硬度HV1100であり、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、純チタンと同様のグレー色であり、機能性チタン部材60の色調はグレー色を示した。
【0173】
チタン部材61上に硬化層62を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層62の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0174】
硬化層62を成膜することにより、機能性チタン部材60の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材60では、チタン部材61に硬化層62を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0175】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬化層62を形成した機能性チタン部材60の耐傷性は著しく向上する。表13に、熱処理条件8で作製したチタン部材61、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材60の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。機能性チタン部材60は、チタン部材61と比較し、およそ3倍の耐傷性を発揮した。硬化層62の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0176】
【表13】
【0177】
なお、水の供給量を多くしすぎた場合、供給時間を長くしすぎた場合は、いずれも硬度は著しく向上したが、結晶模様が乱れ、所々にぼそぼその表面を呈するチタンとなることがあった。逆に、水の供給量を少なくしすぎた場合、供給時間が短すぎた場合は、結晶模様は得られたが、比較例1のような青色や白色、黒色の結晶がまばらに析出し、硬度上昇もわずかとなることがあった。導入する水の量、水の供給時間、熱処理温度、導入タイミングなどが重要である。
【0178】
実施例5で得られた結晶チタン61の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ229、227、228であり、輝度L*は228であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は2であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ65、68、68であり、輝度L*は67であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は3であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。明るく見える部分と暗く見える部分との中間部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ135、138、138であり、輝度L*は148であった。またR、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は3であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分および中間部分との輝度の差は50以上と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0179】
[実施例6]
図28は、実施例6の機能性チタン部材70の構造を示す断面模式図である。実施例6では、JIS規定の純チタンに、窒素を導入しながら真空熱処理を施し、結晶模様を析出させたチタン部材71を得た。このチタン部材71上に、TiCからなる硬化層(機能性層)72を形成し、機能性チタン部材70を得た。
【0180】
チタン部材71の作製には、#800研磨したJIS2種の純チタン板材を使用した。拡散ポンプを備え-4Paの高真空まで排気できる真空熱処理装置(株式会社アルバック製FHH-30GHS)に、純チタン板材を投入し、純チタン板材を相転移温度以上の温度領域まで加熱しながら窒素と反応させ、結晶を析出させて結晶チタン71を作製した。
【0181】
続いて、反応ガス量を調整できるイオンプレーティング装置にチタン部材71をセットし、蒸発源にTi、反応ガスにCH4ガスを使用して、チタン部材71上に硬化層(TiC硬質膜)72を形成し、機能性チタン部材70を作製した。
【0182】
実施例6は、純チタン板材を真空熱処理炉内にセットし、9.0E-4Paまで排気した後、表14に示す熱処理条件9で実施した。すなわち、到達温度1、昇温時間1、保持時間1、到達温度2、昇温時間2、保持時間2、150℃まで降温する冷却時間について、表14のようにして実施した。
【0183】
【表14】
【0184】
また、昇温時間2がスタートするタイミングで、窒素ガスを0.3Torr(40Pa)になるまで導入して1.5時間供給した後、窒素の供給を停止した。このように、昇温時間2の1.5時間の間、窒素ガスを供給した。
【0185】
図29は、熱処理条件9により得られたチタン部材71のマイクロスコープ像である。純チタン板材に、窒素を導入しながら真空熱処理を実施すると、火成岩のようなごつごつとした模様が現れた。チタン部材71の硬度は、HV446であった。純チタンのHV240に比較しおよそ1.9倍に上昇した。
【0186】
図30は、純チタン板材およびチタン部材71の結晶性を説明するための図である。通常、純チタンの結晶はhcp構造を有するα相を形成している。図27に示すように、主に35°付近の[100]面、39°付近の[002]面、41°付近の[101]に配向した結晶構造を呈する。窒素を導入させながら熱処理を施すと、39°付近の[002]面に強く優先配向した結晶構造に変態することが分かる。さらに、窒化チタン(TiN)と思われる結晶が確認された。窒化チタンとチタンとの混合結晶の生成により硬度が上昇したと考えられる。
【0187】
硬化層(TiC硬質膜)72は、イオンプレーティング装置にチタン部材71をセットし、3.0E-3Paまで排気した後、膜材料であるチタンを蒸発させながら、反応ガスとしてCH4ガスを投入して作製した。硬化層72は、膜硬度HV1100であり、膜厚1.0μmであった。TiC硬質膜の色調は、純チタンと同様のグレー色であり、機能性チタン部材70の色調はグレー色を示した。
【0188】
チタン部材71上に硬化層72を形成しても、結晶パターンは消失することなく成膜前と同じ状態を示した。これは、硬化層72の膜厚が1.0μmと薄く、また、イオンプレーティングなどの乾式成膜では、表面の凹凸に倣って膜が形成されるためと考えられる。
【0189】
硬化層72を成膜することにより、機能性チタン部材70の複合硬度は著しく向上する。チタン材料はそもそも材料の硬度が低く、たとえば眼鏡、アクセサリー、時計等の装身具または装飾品、スポーツ用品などの外装部品へ適用した場合、使用環境によってはたちまち傷がついてしまい、実使用環境に耐えうるとは言い難い。これに対して、機能性チタン部材70では、チタン部材71に硬化層72を密着性良く形成したため、実使用環境に耐えうる耐傷性が確保されている。
【0190】
耐傷性能は、おおよそ基材上に積層される硬化層全体の硬質膜硬度、基材硬度、硬質膜膜厚、基材との密着性(複合硬度)によって決定される。このため、硬化層72を形成した機能性チタン部材70の耐傷性は著しく向上する。表14に、熱処理条件9で作製したチタン部材71、およびこれを用いて作製した機能性チタン部材70の複合硬度の計算値及び耐傷性能の測定結果を示した。機能性チタン部材70は、チタン部材71と比較し、およそ4倍の耐傷性を発揮した。硬化層72の形成により、チタンの独特な結晶パターンを維持しながら、実使用上に耐え得る耐傷性が得られた。さらに、#800研磨した純チタン板材に硬化層を形成した比較例と比べると、結晶パターンの存在により、キズが目立ち難いという効果が見られた。
【0191】
【表15】
【0192】
なお、窒素の供給量を多くしすぎた場合、供給時間を長くしすぎた場合、保持時間2中まで窒素を導入した場合、いずれも結晶模様は消失し、全体的に金色を呈する(いわゆる窒化チタンになる)ことがあった。図30に、保持時間2中まで窒素を導入した場合の結晶構造を合わせて示したが、窒化チタンの結晶構造であった。逆に、窒素の供給量を少なくしすぎた場合、供給時間が短すぎた場合は、比較例1のような青色や白色、黒色の結晶がまばらに析出し、硬度上昇もわずかとなることがあった。導入する窒素の量、窒素の供給時間、熱処理温度、導入タイミングなどが重要である。
【0193】
実施例6で得られた結晶チタン71の色調は、明るく見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ237、236、241であり、輝度L*は237であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は5であり、色味のない明るいグレー色であることが分かる。暗く見える部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ57、61、57であり、輝度L*は59であった。また、R、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は4であり、色味のない暗いグレー色であることが分かる。明るく見える部分と暗く見える部分との中間部分でのR、G、Bの平均値はそれぞれ135、137、136であり、輝度L*は136であった。またR、G、Bの平均値の最大値から最小値を減じた値は2であり、色味のないグレー色であることが分かる。明るく見える部分と、暗く見える部分および中間部分との輝度の差は50以上と大きい。この輝度差があることによって、確かに模様の存在を視認できる。
【0194】
図31は、複合硬度と耐傷性能の測定結果との関係を示した図である。耐傷性は、基板の硬度の上昇による複合硬度の上昇により指数関数的に向上することが分かる。ブラスト処理やガス処理を実施すると、基板硬度が上昇するとともに、チタン特有の結晶模様を付与できる。これにより、耐傷性に優れ、かつ、意匠性の高い機能性チタン部材を提供できる。
【符号の説明】
【0195】
10、20、30、40、50、60、70 機能性チタン部材
11、21、31、41、51、61、71 チタン部材
12、22、32、42、52、62、72 硬化層
図1
図2
図3
図4
図5
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