(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-27
(45)【発行日】2023-08-04
(54)【発明の名称】糖ホスホトランスフェラーゼ系(PTS)をコードする遺伝子を含んでなる微生物による目的分子の発酵生産法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20230728BHJP
C12N 9/12 20060101ALI20230728BHJP
C12P 7/00 20060101ALI20230728BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230728BHJP
【FI】
C12N15/09 Z
C12N9/12 ZNA
C12P7/00
C12N1/21
(21)【出願番号】P 2019500375
(86)(22)【出願日】2017-07-06
(86)【国際出願番号】 EP2017067025
(87)【国際公開番号】W WO2018007560
(87)【国際公開日】2018-01-11
【審査請求日】2020-07-03
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2016/001123
(32)【優先日】2016-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IB
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】505311917
【氏名又は名称】メタボリック エクスプローラー
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】グウェネル、コル
(72)【発明者】
【氏名】セリーヌ、レイノー
【審査官】馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/177800(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/050959(WO,A1)
【文献】特表2010-521959(JP,A)
【文献】特開平09-121872(JP,A)
【文献】Current Topics in Biochemical Research,2011年,13, 2,27-38
【文献】Current Topics in Biochemical Research,2012年,14, 1,77-83
【文献】Cell,2016年06月30日,166,115-125
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C12N 9/12
C12P 7/00
C12N 1/21
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程:
炭素の供給源として、グルコース、
スクロース、マンノース、およびそれらの任意の組合せから選択される糖質を含んでなる適当な培養培地で、目的分子の生産のために遺伝的に改変された大腸菌を培養すること、および
前記培養培地から目的分子を回収すること
を含んでなる、発酵プロセスにおける炭素の供給源の変換による目的分子の生産方法であって、
前記遺伝的に改変された大腸菌が、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子を含んでなり、かつ、
前記遺伝的に改変された大腸菌において、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼDUF299タンパク質をコードする遺伝子ppsRが、減弱または欠失されており、
前記目的分子が、グリコール酸、1,3-プロパンジオール、および1,2-プロパンジオールから選択される、前記方法。
【請求項2】
PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子が、遺伝的に改変された大腸菌に対して異種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子が、遺伝的に改変された大腸菌に対して天然である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
目的分子が1,2-プロパンジオールである場合、遺伝的に改変された大腸菌が、
・配列番号3のmgsA、配列番号5のmgsA
*、配列番号7の遺伝子yqhD、配列番号9のyafB、配列番号11のyahK、配列番号13のadh遺伝子および配列番号15のgldA遺伝子からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の過剰発現、ならびに、
・配列番号17のgloA、配列番号19および21のpflAB、配列番号23のadhE、配列番号25のldhA、配列番号27および29のaldAおよびaldB、配列番号31のedd、配列番号33のarcA、配列番号35のndhおよび配列番号37、39、41、43のfrdABCDからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の欠失
を含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
目的分子がグリコール酸である場合、遺伝的に改変された大腸菌が、
・配列番号45の遺伝子aceB、配列番号47のglcB、配列番号49のgcl、配列番号51のeda、配列番号53、55、57、59のglcDEFG、配列番号27のaldA、配列番号61のicd、配列番号63のaceK、配列番号65のpta、配列番号67のackA、配列番号69のpoxB、配列番号71のiclRまたは配列番号73のfadR、配列番号75のpgi、配列番号77のudhA、配列番号31のedd、配列番号25のldhA、配列番号3のmgsA、配列番号33のarcA、配列番号79のglcA、配列番号81のlldPおよび配列番号83のyjcGからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の減弱、または、
・配列番号85のaceAおよび配列番号87のycdWからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の過剰発現、または、
・それらの組み合わせ
を含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
目的分子が1,3-プロパンジオールである場合、遺伝的に改変された大腸菌が、
・配列番号89のyciK、配列番号91のbtuR、配列番号93のppc、配列番号95のgalP、配列番号97のglk、配列番号99のdhaB1、配列番号101のdhaB2、配列番号103のdhaB3、配列番号105のdhaB4、配列番号107のorfX、配列番号109のDAR1および配列番号111のGPP2からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の過剰発現、または、
・配列番号113のgapA、配列番号115のyqhC、配列番号117のglpK、配列番号15のgldA、配列番号03のmgsA、配列番号67のack、配列番号65のpta、配列番号33のarcA、配列番号31のedd、配列番号119のptsH、配列番号121のptsI、配列番号123のcrrおよび配列番号35のndhからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の減弱、または、
・それらの組み合わせ
を含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的分子の生産のために遺伝的に改変された微生物を培養することを含んでなる、発酵プロセスにおける炭素の供給源の変換による目的分子の新規な生産方法に関し、ここで、前記微生物はPTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子を含んでなり、かつ、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ(PPS)の発現を調節するタンパク質の発現は下方調節されている。本発明はまた、本発明の方法において使用される遺伝的に改変された微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌では、外部糖質(糖類)は、細胞内に輸送され、ホスホエノールピルビン酸:糖ホスホトランスフェラーゼ系(PTS)によってリン酸化される。ホスホエノールピルビン酸(PEP)は、中枢代謝の重要な分子である。多くの微生物では、増殖を支える糖質は取り込まれ、それと同時に糖質1分子につき1分子のPEPを消費するPTSによってリン酸化される(Postma & Roseman 1976)。このPTSは、2つの細胞質タンパク質、酵素I(EI)とHPr、および取り込まれる糖質に特異的な様々な数の膜タンパク質複合体(酵素II、EII)から構成される。これらのEI、HPrおよびEIIタンパク質は総て一緒に、PEPと糖質の間のホスホリル転移鎖として働き、それが細胞膜を通過する際にリン酸化される:
EI+PEP→EI-P+ピルビン酸
EI-P+Hpr→Hpr-P+EI
Hpr-P+EII→EII-P+Hpr
EII-P+糖質(外部)→糖質-P(内部)+EII
【0003】
PTSに対するリン酸供与体としてのその働きに加え、PEPはまた、ピルビン酸キナーゼ酵素を介してピルビン酸を生成する解糖の最終工程にも関与する(Kornberg & Malcovati 1973):
PEP+ADP→ピルビン酸+ATP
【0004】
さらに、PEPは、PEPカルボキシラーゼ酵素によって触媒される、オキサロ酢酸を生成する補充反応を介して解糖とクエン酸回路をつなぐ(Canovas & Kornberg 1965):
PEP+HCO3-→オキサロ酢酸+Pi
【0005】
PEPはまた、コリスム酸経路を介し、芳香族アミノ酸の前駆体であるキノンおよびC1代謝産物でもある(Pittard & Wallace 1966):
2PEP+エリトロース-4-リン酸+ATP+NAD(P)+→コリスム酸+4Pi+ADP+NAD(P)H+H+
【0006】
いくつかの研究グループが、目的生成物の生産および収率を高めるためにPEPのアベイラビリティーを高める戦略を開発している:PTSおよび/またはピルビン酸キナーゼ酵素の不活化(Gosset et al. 1996、Meza et al. 2012)、グローバルレギュレーターCsrAの不活化(Tatarko & Romeo 2001)、糖新生酵素PEPカルボキシキナーゼ(Kim et al. 2004)またはPEPシンターゼ(Patnaik et al. 1992)の過剰発現。
【0007】
酵素PEPシンターゼ(PPS、EC 2.7.9.2)は、ATPのAMPへの加水分解を伴うピルビン酸のPEPへのリン酸化を触媒する(Cooper & Kornberg,1965):
ピルビン酸+ATP+H2O→PEP+AMP+Pi
【0008】
多くの微生物では、PPSは、DUF299ファミリーに属するPPS調節タンパク質(PRPP)により媒介されるリン酸化/脱リン酸化機構により調節される(Burnell,2010)。
【0009】
Burnellの研究の狙いは、タンパク質DUF299および前記タンパク質をコードする遺伝子の構造および機能を同定することである。しかしながら、この文献には、目的分子の生産を増大させるなどの特定の効果を得るためにこのタンパク質の発現を調節できるということは示唆されていない。
【発明の概要】
【0010】
本出願人は、驚くことに、PPS発現を調節するタンパク質の発現の不活化が、微生物での発酵プロセスによって通常生産される目的分子の生産の増大を可能とすることを見出した。
【0011】
本発明者らの発見は、特許出願WO2004033471で示唆されているものなどの代謝産物の生産を増大させるために知られている他の従来技術の方法のいくつかの欠点を克服することを可能とすることから有利である。
【0012】
実際に、目的分子の生産を増大させるためには、多くの場合、いくつかの遺伝的改変を行うことによって生産微生物の炭素源取り込みを改善することが必要である。しかしながら、炭素源取り込み、より詳しくは、糖質輸送に関与する遺伝子は、複雑な調節系に結びついている(Gabor et al,2011; Kotrba et al,2001)。よって、このような遺伝的改変は予測できない結果をもたらし、得られる株は不安定である可能性がある。さらに、これらの方法は高コストである。
【0013】
従って、安定な微生物株を用いて低コストで目的分子の生産を可能とする新たな方法を提供する必要がある。
【0014】
本発明によれば、PPS調節タンパク質(PRPP)のみを不活化することによって目的生成物の生産を高めることが可能である。
【0015】
よって、第1の側面に関し、本発明は、下記の工程:
炭素の供給源として糖質を含んでなる適当な培養培地で、目的分子の生産のために遺伝的に改変された微生物を培養すること、および
前記培養培地から目的分子を回収すること
を含んでなる、発酵プロセスにおける炭素の供給源の変換による目的分子の生産方法であって、
前記遺伝的に改変された微生物がPTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子を含んでなり、かつ、
前記遺伝的に改変された微生物において、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ(PPS)の発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質の発現が低減されている、前記方法に関する。
【0016】
本発明の方法において使用される微生物は、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子とPPSの発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質の発現の低減とを有するなどの特定の特徴を有する。ホスホエノールピルビン酸シンターゼ(PPS)の発現が糖質取り込みのカスケード全体の機能性に影響を及ぼさずに影響を受けている遺伝的に改変された微生物を取得できるということは明らかではなかったので、この微生物は特異で驚くべきものであると考えることができる。
【0017】
よって、第2の側面に関して、本発明は、炭素の供給源としての糖質からの目的分子の生産を高めるために遺伝的に改変された微生物に関し、前記の遺伝的に改変された微生物は、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子とPPSの発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質の発現の低減とを含んでなる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
発明の詳細な説明
本発明を詳細に説明する前に、本発明は特に例示される方法に限定されず、当然のことながら可変であることが理解されるべきである。本明細書で使用される技術用語は、単に本発明の特定の実施形態を説明することを目的とし、限定を意図するものではなく、添付の特許請求の範囲によってのみ限定されることも理解されるべきである。
【0019】
本明細書に引用される前記または下記の総ての刊行物、特許および特許出願は、それらの全内容が引用することにより本明細書の一部とされる。しかしながら、本明細書に記載される刊行物は、これらの刊行物に報告される、また、本発明に関連して使用可能なプロトコール、試薬およびベクターを説明および開示する目的で引用される。
【0020】
さらに、本発明の実施は、特に断りのない限り、当技術分野の技術の範囲内の従来の微生物学的および分子生物学的技術を使用する。このような技術は当業者に周知であり、文献で詳細に説明されている。
【0021】
本明細書および添付の特許請求の範囲で使用される場合、単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)]は、文脈がそうではないことを明示しない限り、複数の指示対象を含むことに留意されたい。よって、例えば、「1つの微生物(a microorganism)」という場合には複数のそのような微生物を含み、「1つの酵素(an enzyme)」という場合には、1以上の酵素を指すなどである。そうではないことが定義されない限り、本明細書で使用される総ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の熟練者が一般に理解しているものと同じ意味を有する。本明細書に記載されるものと類似または同一の材料および方法も本明細書を実施または試験するために使用できるが、以下、好ましい材料および方法を記載する。
【0022】
本明細書で使用する場合、以下の用語が特許請求の範囲および明細書の説明のために使用できる。
【0023】
下記の特許請求の範囲および本発明の前記において、文脈がそうではないことを必要としない限り、言葉または必要な含意を表現するために、「を含んでなる(comprise)」または「を含んでなる(comprises)」もしくは「を含んでなる(comprising)」などの変形は、包含の意味で、すなわち、記載の特徴の存在を明示するが、本発明の種々の実施形態におけるさらなる特徴の存在または追加を排除しないために使用される。
【0024】
本発明の記載において、遺伝子およびタンパク質は、大腸菌において相当する遺伝子の名称を用いて特定される。しかしながら、そうではないことが明示されない限り、これらの名称の使用は、本発明によればより一般的な意味を有し、他の生物体、より詳しくは、微生物の相当する遺伝子およびタンパク質を総て包含する。
【0025】
PFAM(アラインメントおよび隠れマルコフモデルのタンパク質ファミリーデータベース(protein families database of alignments and hidden Markov models))は、タンパク質配列アラインメントの大きなコレクションを表す。各PFAMは、複数のアラインメントの可視化、タンパク質ドメインの視認、生物間の分布の評価、他のデータベースへのアクセスの獲得、および既知のタンパク質構造の可視化を可能とする。
【0026】
COG(タンパク質のオーソロガスグループのクラスター(clusters of orthologous groups of proteins))は、38の主要な系統発生的系統を表す66の完全に配列が決定されたゲノム由来のタンパク質を比較することによって得られる。各COGは少なくとも3系統から得られ、これは前者の保存されたドメインの同定を可能とする。
【0027】
相同配列およびそれらの相同性パーセントを特定する手段は当業者の周知であり、特に、BLASTプログラム(Altschul et al,1990)を含む。得られた配列は、次に、例えば、プログラムCLUSTALWまたはMULTALINを用いて活用(例えばアライン)することができる。
【0028】
既知の遺伝子に関してGenBankに示されている参照を用い、当業者は、他の生物、細菌株、酵母、真菌、哺乳動物、植物などにおける等価な遺伝子を決定することができる。この慣例の作業は、有利には、他の微生物に由来する遺伝子と配列アラインメントを行い、別の生物の相当遺伝子をクローニングするための縮重プローブを設計することによって決定することができるコンセンサス配列を用いて行われる。これらの分子生物学の常法は当業者に周知であり、例えば、Sambrook et al.(2001)で特許請求されている。
【0029】
上記のように、本発明の方法は、発酵プロセス中の炭素の供給源の変換により、目的分子の生産を可能とし、
炭素の供給源として糖質を含んでなる適当な培養培地で、目的分子の生産のために遺伝的に改変された微生物を培養すること、および
前記培養培地から目的分子を回収すること
を含み、
前記遺伝的に改変された微生物は、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子とホスホエノールピルビン酸シンターゼ(PPS)の発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質の発現の低減とを含んでなる。
【0030】
用語「発酵プロセス」、「発酵」、または「培養」は、本明細書では互換的に微生物の増殖を表して使用される。発酵は一般に、発酵槽で、少なくとも1つの単純炭素源と要すれば代謝産物の生産に必要な補助基質を含有する、使用する微生物に適合された既知の定義された組成の無機培養培地を用いて行われる。特に、大腸菌のための無機培養培地は、M9培地(Anderson,1946)、M63培地(Miller,1992)またはSchaefer et al.(1999)によって定義されるものなどの培地と同一または類似の組成のものであり得る。
【0031】
本発明の文脈で、「発酵変換」は、微生物が適当な発酵条件下で培養される場合に炭素源の目的分子への変換が起こることを意味する。
【0032】
「培養培地」は、本明細書では、炭素源または炭素基質;窒素源、例えば、ペプトン、酵母抽出物、肉抽出物、麦芽抽出物、尿素、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムおよびリン酸アンモニウム;リン源、例えば、リン酸一カリウムまたはリン酸二カリウム;微量元素(例えば、金属塩)、例えば、マグネシウム塩、コバルト塩および/またはマンガン塩;ならびにアミノ酸およびビタミンなどの増殖因子などの微生物の維持および/または増殖に必須または有益な栄養素を含んでなる培地(例えば、無菌液体培地)を意味する。
【0033】
本発明による用語「炭素の供給源」、「炭素源」または「炭素基質」は、微生物が代謝可能であり、少なくとも1個の炭素原子を含有するいずれの分子も指す。本発明による好ましい炭素源の例には、限定されるものではないが、糖質を含む。
【0034】
本発明の好ましい実施形態では、炭素源は再生可能な供給原料から誘導される。再生可能な供給原料は、短い遅延時間内で、目的生成物へのその変換を可能とするに十分な量で再生され得る特定の工業プロセスに必要とされる原料として定義される。前処理されたまたはされていない植物バイオマスは、特に好ましい再生可能な炭素源である。
【0035】
用語「糖質」は、本明細書では、微生物により代謝可能であり、少なくとも1個の炭素原子と2原子の水素と1原子の酸素を含有するいずれの炭素源も指す。本発明の糖質は、好ましくは、グルコース、フルクトース、スクロース、マンノース、キトビオース、セロビオース、トレハロース、ガラクチトール、マンニトール、ソルビトール、ガラクトサミン、N-アセチル-D-ガラクトサミン、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルムラミン酸、ラクトース、ガラクトース、ソルボース、マルトース、N,N’-ジアセチルキトビオース、アスコルビン酸塩、β-グルコシドから選択される。本発明のより好ましい実施形態では、炭素の供給源は、グルコース、フルクトース、マンノース、セロビオース、スクロース、およびそれらの任意の組合せから選択される。
【0036】
当業者は、本発明による方法において微生物を増殖させるために必要な培養条件を容易に決定することができる。特に、細菌は20℃~55℃、優先的には25℃~40℃に含まれる温度で発酵させ得ることが周知である。大腸菌は、より詳しくは、約30℃~約37℃に含まれる温度で培養することができる。
【0037】
この培養法は、回分法、流加法または連続法のいずれかで、好気条件、微好気条件または嫌気条件下で行うことができる。
【0038】
本発明の方法の特定の実施形態によれば、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子は、遺伝的に改変された微生物に対して異種(組換え微生物)または天然(野生型微生物)である。
【0039】
「遺伝子」とは、本明細書では、特定のタンパク質(すなわち、ポリペプチド)、または特定の場合では、機能的もしくは構造的RNA分子をコードする核酸分子またはポリヌクレオチドを意味する。本発明の文脈で、本明細書に言及される遺伝子は、酵素、排出系または取り込み輸送体などのタンパク質をコードする。本発明による遺伝子は、内因性遺伝子または外因性遺伝子のいずれかである。
【0040】
用語「組換え微生物」または「遺伝的に改変された微生物」は、本明細書で使用する場合、天然には見られない、天然に見られる相応の微生物とは遺伝的に異なる細菌、酵母、または真菌を指す。本発明によれば、用語「改変」は、微生物に導入または誘導されたいずれの遺伝的変化も表す。微生物は、新たな遺伝的要素の導入、内因性もしくは外因性遺伝子の発現の増強もしくは減弱、または内因性遺伝的要素の欠失のいずれかを介して改変されてよい。さらに、微生物は、定方向突然変異誘発と特定の選択圧下での進化を組み合わせることにより新規な代謝経路の発生および進化を強いることによって改変されてもよい(例えば、WO2004076659参照)。
【0041】
本発明の文脈において、用語「外因性遺伝子」(あるいはまた「異種遺伝子」もしくは「導入遺伝子」)は、その微生物において天然には存在しない遺伝子を指す。それは人為的であってもよいし、またはそれは別の微生物に起源してもよい。
【0042】
さらに、本発明の文脈において、目的タンパク質をコードする外因性遺伝子が特定の微生物で発現されれば、この遺伝子の合成型は好ましくは、好ましくないコドンまたはあまり好ましくないコドンを同じアミノ酸をコードする前記微生物の好ましいコドンで置換することによって構築されることが理解されなければならない。実際に、コドン使用頻度は微生物間で異なり、それは目的タンパク質の組換え発現レベルに影響を及ぼし得ることが当技術分野で周知である。この問題を克服するために、コドン最適化法が開発され、Graf et al.(2000)、Deml et al.(2001)またはDavis & Olsen(2011)に詳細に記載されている。GeneOptimizer(登録商標)ソフトウエア(Lifetechnologies)またはOptimumGene(商標)ソフトウエア(GenScript)など、いくつかのソフトウエアがコドン最適化決定のために開発されている。言い換えれば、目的タンパク質をコードする外因性遺伝子は、好ましくは、特定の微生物における発現のためにコドンが最適化される。
【0043】
本発明の方法の別の実施形態によれば、遺伝的に改変された微生物は、発現が減弱または欠失されているホスホエノールピルビン酸シンターゼ(PPS)の発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質をコードする天然遺伝子を含んでなる。他の世界では(In other worlds)、前記遺伝的に改変された微生物において、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質をコードする天然遺伝子の発現は、非改変微生物に比べて減弱または欠失されている。好ましくは、本発明の微生物において、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質をコードする天然遺伝子は欠失されている。
【0044】
「天然遺伝子」または「内因性遺伝子」とは、本明細書では、前記遺伝子が微生物に天然に存在することを意味する。
【0045】
本発明の文脈において、微生物が1以上の内因性遺伝子の発現レベルを「調節する」ために遺伝的に改変されれば、それは前記遺伝子の発現レベルがその天然の発現レベルとの比較により上方調節されているか、下方調節されている(すなわち、減弱されている)か、または完全に破壊されていることを意味する。よって、このような調節は、理論的には、遺伝子産物の活性の増強、あるいはまた内因性遺伝子産物のより低い活性もしくは無活性をもたらし得る。
【0046】
内因性遺伝子活性および/または発現レベルはまた、遺伝子産物を改変するためにそれらのコード配列に突然変異を導入することによって改変することもできる。内因性遺伝子の欠失はまた、微生物内のその発現を全面的に阻害するために行うこともできる。内因性遺伝子の発現を調節する別法は、この遺伝子の発現レベルを上方調節または下方調節するためにそのプロモーター(すなわち、野生型プロモーター)をより強いまたはより弱いプロモーターに交換することである。このような目的に好適なプロモーターは相同または異種であってよく、当技術分野で周知である。内因性遺伝子の発現を調節するための適当なプロモーターを選択することは、当業者の技術の範囲内にある。
【0047】
本発明の別の実施形態によれば、微生物は、機能的PTS糖系を発現する微生物から選択される。優先的には、微生物は、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)、クロストリジウム科(Clostridiaceae)、バチルス科(Bacillaceae)、ストレプトミセス科(Streptomycetaceae)、デイノコッカス科(Deinococcaceae)、ニトロソモナス科(Nitrosomonadaceae)、ビブリオ科(Vibrionaceae)、シュードモナス科(Pseudomonadaceae)、コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)、サッカロミセス科(Saccharomyceteceae)および酵母を含んでなる群から選択される。より優先的には、微生物は、シトロバクター属(Citrobacter)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)、デイノコッカス属(Deinococcus)、大腸菌属(Escherichia)、パントエア属(Pantoea)、クレブシエラ属(Klebsiella)、ニトロソモナス属(Nitrosomonas)、フォトラブダス属(Photorhabdus)、フォトバクテリウム属(Photobacterium)、シュードモナス属(Pseudomonas)、サルモネラ属(Salmonella)、セラチア属(Serratia)、赤痢菌属(Shigella)およびエルシニア属(Yersinia)の種である。さらにより優先的には、微生物は、大腸菌(Escherichia
coli)、肺炎桿菌(Klebsiella
pneumoniae)、クレブシエラ・オキシトカ(Klebisella
oxytoca)、緑膿菌(Pseudomonas
aeruginosa)、シュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas
fluorescens)、ネズミチフス菌(Salmonalla
typhimurium)、サルモネラ・エンテリカ(Salmonella
enterica)、セラチア・マルセッセンス(Serratia
marcescens)、パントエア・アナナティス(Pantoea
ananatis)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium
glutamicum)、デイノコッカス・ラジオデュランス(Deinococcus radiodurans)、サーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリティクム(Thermoanaerobacterium
thermosaccharolyticum)、クロストリジウム・スフェノイデス(Clostridium
sphenoides)、およびサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces
cerevisiae)から選択される。
【0048】
特に、これらの例は改変大腸菌株を示すが、これらの改変は同じ科の他の微生物でも容易に行うことができる。
【0049】
大腸菌は腸内細菌科に属し、グラム陰性、桿状、非胞子形成性であるメンバーを含んでなり、一般に1~5μmの長さである。ほとんどのメンバーは移動に鞭毛を用いるが、小数の属は非運動性である。この科の多くのメンバーは、ヒトおよびその他の動物の腸に見られる腸管内菌叢の通常の一部であるが、他は水もしくは土壌中に見られ、または様々な異なる動物および植物の寄生体である。大腸菌は、最も重要なモデル生物の一つであるが、腸内細菌科の他の重要なメンバーとして、クレブシエラ属、特に、肺炎桿菌、およびサルモネラ菌属がある。
【0050】
本発明の方法の別の実施形態によれば、配列番号2の二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼDUF299タンパク質をコードする配列番号1の遺伝子ppsRが欠失されている(「ΔppsR」と呼ぶこともできる)。
【0051】
用語「欠失される」は、本明細書で使用する場合、遺伝子の発現の完全な抑制を指す。この発現の抑制は、遺伝子の発現の阻害、遺伝子の発現に必要なプロモーター領域の総てもしくは一部の欠失、または遺伝子のコード領域の欠失であり得る。欠失された遺伝子は、本発明による株の同定、単離および精製を助ける選択マーカー遺伝子によって置換することができる。例えば、遺伝子発現の抑制は、相同組換えの技術によって達成され得る(Datsenko & Wanner,2000)。
【0052】
別の実施形態では、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼDUF299タンパク質をコードする遺伝子ppsRが減弱されてよい。
【0053】
用語「減弱される」は、本明細書で使用する場合、遺伝子の発現の部分的抑制を指す。この発現の減弱は、野生型プロモーターのより弱い天然または合成プロモーターとの交換、またはアンチセンスRNAもしくは干渉RNA(iRNA)、より詳しくは、低分子干渉RNA(siRNA)もしくは短鎖ヘアピンRNAS(shRNA)を含むppsR遺伝子発現を低減する薬剤の使用のいずれかであり得る。例えば、プロモーター交換は、相同組換えの技術によって達成され得る(Datsenko & Wanner,2000)。
【0054】
タンパク質の、特にこのタンパク質の、発現または機能の阻害に好適な当業者に既知の他のいずれの方法も使用可能である。
【0055】
本発明の方法は、様々な目的分子を大量に生産するために使用可能である。よって、本発明の方法は、アルコール、糖質、カルボン酸、生物燃料、溶媒およびアミノ酸から選択される分子の生産の増大を可能とする。
【0056】
特に、本発明の方法は、エタノール、エチレン、エチレングリコール、グリコール酸、プロピレン、アクリル酸、イソプロパノール、乳酸、1,3-プロパンジオール、1,2-プロパンジオール、プレノール、イソブテン、ブタジエン、ブタンジオール、ブタノール、イソブタノール、メチルエチルケトン、コハク酸、グルタミン酸、イソプレン、アジピン酸、ムコン酸、リシン、ドデカン二酸、ファルネセン、および2,4-ジヒドロキシ酪酸から選択される目的分子の生産の増大を可能とする。
【0057】
より詳しくは、本発明の方法は、グリコール酸、1,2-プロパンジオール、および1,3-プロパンジオールから選択される目的分子の生産の向上を可能とする。
【0058】
用語「1,2-プロパンジオール生産の向上」は、ppsR遺伝子の欠失または減弱前の微生物に比べた1,2-プロパンジオールの生産性の増大および/または1,2-プロパンジオールの力価の増大および/または1,2-プロパンジオール/炭素源収率の増大および/または1,2-プロパンジオールの純度の増大を指す。培養液中の微生物による1,2-プロパンジオールの生産は、当業者に知られた標準的分析手段、特に、HPLCによって明白に記録することができる。1,2-プロパンジオール生産が増大した遺伝的に改変された微生物のいくつかの例は、大腸菌株についてはWO2015173247およびWO2012172050特許出願、US6087140特許、ならびにAltaras & Cameron(1999)に、また、酵母株についてはJoon-Young et al(2008)に開示されている。これらの開示の総ては引用することにより本明細書の一部とされる。
【0059】
好ましくは、本発明の1,2-プロパンジオールを生産する微生物は大腸菌株であり、少なくとも
・配列番号3もしくは5のmgsAまたはmgsA
*
遺伝子および/または配列番号7、9もしくは11の遺伝子yqhDまたはyafBまたはyahKから選択される遺伝子および/または配列番号13のクロストリジウム・ベエイジェリンキー(Clostridium
beijerinckii)由来adh遺伝子および/または配列番号15のgldA遺伝子の過剰発現、
・配列番号17の遺伝子gloA、配列番号19および21のpflAB、配列番号23のadhE、配列番号25のldhA、配列番号27および29のaldAおよびaldB、配列番号31のedd、配列番号33のarcA、配列番号35のndhおよび配列番号37、39、41、43のfrdABCDから選択される少なくとも1つの遺伝子の欠失
を含んでなる。
【0060】
用語「グリコール酸生産の向上」は、その親株、すなわち、ppsR遺伝子の欠失または減弱前の微生物に比べたグリコール酸の生産性の増大および/またはグリコール酸の力価の増大および/またはグリコール酸/炭素源収率の増大および/またはグリコール酸の純度の増大を指す。培養液中での微生物によるグリコール酸の生産は、当業者に知られた標準的分析手段、特に、HPLCによって明白に記録することができる。グリコール酸生産が増大したいくつかの遺伝的に改変された微生物は、グリコール酸生産酵母株については特許出願WO2014162063およびWO2013050659に、また、グリコール酸生産大腸菌株についてはWO2012025780およびWO2011157728に開示されている。これらの開示の総ては引用することにより本明細書の一部とされる。
【0061】
好ましくは、本発明のグリコール酸生産微生物は大腸菌株であり、少なくとも
・配列番号45の遺伝子aceB、配列番号47のglcB、配列番号49のgcl、配列番号51のeda、それぞれ配列番号53-55-57-59のglcDEFG、配列番号27のaldA、配列番号61のicd、配列番号63のaceK、配列番号65のpta、配列番号67のackA、配列番号69のpoxB、配列番号71のiclRまたは配列番号73のfadR、配列番号75のpgi、配列番号77のudhA、配列番号31のedd、配列番号25のldhA、配列番号3のmgsA、配列番号33のarcA、配列番号79のglcA、配列番号81のlldPおよび配列番号83のyjcGから選択される少なくとも1つの遺伝子の発現の減弱および/または
・配列番号85のaceAおよび/または配列番号87のycdWの過剰発現
を含んでなる。
【0062】
用語「1,3-プロパンジオール生産の向上」は、その親株、すなわち、ppsR遺伝子の欠失または減弱前の微生物に比べた1,3-プロパンジオールの生産性の増大および/または1,3-プロパンジオールの力価の増大および/または1,3-プロパンジオール/炭素源収率の増大および/または1,3-プロパンジオールの純度の増大を指す。培養液中での微生物による1,3-プロパンジオールの生産は、当業者に知られた標準的分析手段、特に、GC-MSによって明白に記録することができる。1,3-プロパンジオール生産が増大したいくつかの遺伝的に改変された微生物は、1,3-プロパンジオール生産クロストリジウム株については特許出願WO2008052595、WO2010128070およびWO2012062832に、また、1,3-プロパンジオール生産大腸菌株についてはWO2004033646、WO2010076324、WO2012004247およびWO2016050959に開示されている。これらの開示の総ては引用することにより本明細書の一部とされる。
【0063】
好ましくは、本発明の1,3-プロパンジオール生産微生物は大腸菌株であり、少なくとも
・配列番号89のyciK、配列番号91のbtuR、配列番号93のppc、配列番号95のgalP、配列番号97のglk、配列番号99の肺炎桿菌由来dhaB1、配列番号101の肺炎桿菌由来dhaB2、配列番号103の肺炎桿菌由来dhaB3、配列番号105の肺炎桿菌由来dhaB4、配列番号107の肺炎桿菌由来orfX、配列番号109のサッカロミセス・セレビシエ由来DAR1、配列番号111のサッカロミセス・セレビシエ由来GPP2から選択される少なくとも1つの遺伝子の過剰発現および/または
・配列番号113のgapA、配列番号115のyqhC、配列番号117のglpK、配列番号15のgldA、配列番号03のmgsA、配列番号67のack、配列番号65のpta、配列番号33のarcA、配列番号31のedd、配列番号119のptsH、配列番号121のptsI、配列番号123のcrrおよび配列番号35のndhから選択される少なくとも1つの遺伝子の発現の減弱
を含んでなる。
【0064】
【0065】
上述のように、糖は細菌細胞に輸送され、ホスホエノールピルビン酸:糖ホスホトランスフェラーゼ系(PTS))によりリン酸化される。リン酸化された糖、特に、リン酸化されたグルコースは、高濃度では細胞に毒性があり、結果として、PTS系は高度に調節される。このことは、この系が複雑であるという事実と相まって、この系の取り扱いを極めて困難にする。しかしながら、下記のように、本発明者らは驚くことに、PPS発現を調節する少なくとも1つのタンパク質を欠くPTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子を含んでなる遺伝的に改変された微生物を作出した。
【0066】
よって、第2の側面において、本発明は、炭素の供給源としての糖質から目的分子の生産の増大のために遺伝的に改変された微生物に関し、前記遺伝的に改変された微生物は、PTS糖質利用系をコードする機能的遺伝子とホスホエノールピルビン酸(Phosphenolpyruvate)シンターゼ(PPS)の発現を調節する二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼタンパク質の発現の低減とを含んでなる。
【0067】
この遺伝的に改変された微生物は、本発明の方法で使用されるものと同じ遺伝的特徴を有する。特に、この微生物において、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼDUF229をコードする遺伝子ppsRは、低減または減弱されている。より優先的には、遺伝子ppsRは、本発明の微生物においては欠失されている。
【0068】
従って、前記微生物は、本発明による発酵法で、目的分子、例えば、エタノール、エチレン、エチレングリコール、グリコール酸、プロピレン、アクリル酸、イソプロパノール、乳酸、1,3-プロパンジオール、1,2-プロパンジオール、プレノール、イソブテン、ブタジエン、ブタンジオール、ブタノール、イソブタノール、メチルエチルケトン、コハク酸、グルタミン酸、イソプレン、アジピン酸、ムコン酸、リシン、ドデカン二酸、ファルネセン、および2,4-ジヒドロキシ酪酸から選択される分子の生産を増大させるために使用可能である。
【0069】
好ましくは、前記微生物は、本発明による発酵法で、1,3-プロパンジオール、1,2-プロパンジオール、およびグリコール酸から選択される化合物のうち少なくとも1つの生産を増大させるために使用可能である。
【実施例】
【0070】
実施例1:株の構築のための方法
以下に示される実施例では、大腸菌に関してDatsenko & Wanner,(2000)が十分に記載している相同組換えを用い、複製ベクターおよび/または種々の染色体欠失、および置換を含む大腸菌株を構築するために当技術分野で周知の方法を使用した。同様に、組換え微生物において1または複数の遺伝子を発現または過剰発現するためのプラスミドまたはベクターの使用は、当業者には周知である。好適な大腸菌発現ベクターの例としては、pTrc、pACYC184n pBR322、pUC18、pUC19、pKC30、pRep4、pHS1、pHS2、pPLc236などが含まれる。
【0071】
以下の実施例ではいくつかのプロトコールが使用された。本発明で使用されたプロトコール1(相同組換えによる染色体改変、組換え体の選択)、プロトコール2(ファージP1の形質導入)およびプロトコール3(抗生物質カセットの切り出し、要すれば、耐性遺伝子は除去された)は、特許出願EP2532751で詳しく記載されている。抗生物質耐性カセットは、pKD3、pKD4、pKD13またはFRT部位の前後に別の抗生物質耐性遺伝子を含有する他のいずれかのプラスミドで増幅させることができる。染色体改変は、当業者が設計可能な適当なオリゴヌクレオチドを用いたPCR分析によって確認した。
【0072】
実施例2:株1~6の構築物
株1の構築
tpiA遺伝子によりコードされるトリオースリン酸イソメラーゼを発現させ、gapA遺伝子によりコードされるグリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼの発現を調節するために、相同組換え法を使用した(プロトコール1および3に従う)。tpiA遺伝子を、特許出願WO2008116852の実施例3に記載されているように、特許出願WO2015173247の実施例2に記載のMG1655 lpd
*
DtpiA DpflAB DadhE DldhA DgloA DaldA DaldB Dedd DarcA Dndh DfrdABCD進化株に導入した。次に、gapA発現「CI857-PR01/RBS11-gapA」を調節するためのゲノム改変を、特許EP2532751に記載されるように従前の株に導入した。gldA
*
(A160T)遺伝子を、特許出願EP2532751に記載されているようにpME101VB06プラスミドにクローニングした。このプラスミドをpPG0078と呼称した。スクロース上の大腸菌の増殖を可能とするために、プラスミドpUR400由来の遺伝子scrK、scrYABおよびscrR(Schmid et al.,1982)をプラスミドpBBR1MCS3上のそれらの天然プロモーター下にクローニングした。このプラスミドをpPG0231と呼称した。
【0073】
最後に、プラスミドpPG0078およびpPG0231を従前の株に形質転換して株1を得た。
【0074】
株2の構築
gldA遺伝子を不活化するために、相同組換え法を使用した(プロトコール1に従う)。DgldAのオリゴヌクレオチド:配列番号125および126を、PCRにより耐性カセットを増幅させるために使用した。保持した株をMG1655 DgldA::Cmと呼称した。DgldA::Cm欠失を、P1ファージ形質導入(プロトコール2に従う)によって進化株MG1655 lpd
*
DtpiA DpflAB DadhE DldhA DgloA DaldA DaldB Dedd DarcA Dndh DfrdABCDに移入した。クロストリジウム・ベエイジェリンキー由来のadh遺伝子(Hanai et al.,2007)を、特許出願WO2008/116853に記載のpME101VB01プラスミドにクローニングした。このプラスミドをpPG0468と呼称した。
【0075】
最後に、プラスミドpPG0231およびpPG0468を従前の株に形質転換して株2を得た。
【0076】
株3の構築
ptsHI+crrオペロンを不活化するために、相同組換え法を使用した(プロトコール1に従う)。DptsHIcrrのオリゴヌクレオチド:配列番号127および128を、耐性カセットをPCR増幅させるために使用した。保持した株をMG1655 DptsHI+crr::Kmと呼称した。DptsHI+crr::Km欠失をP1ファージ形質導入(プロトコール2に従う)によって株2に移入して株3を得た。
【0077】
株4および5の構築
下表2は、株4および5を構築するための全プロトコールを記載する特許出願の参照を示す。
【0078】
【0079】
株6の構築
ptsHI+crrオペロンを再構築するために、Km耐性カセットを、相同組換え法(プロトコール1に従う)を用いてオペロンの下流に導入した。ptsHIcrrのオリゴヌクレオチド:配列番号129および130を、耐性カセットをPCR増幅させるために使用した。保持した株をMG1655 ptsHI+crr::Kmと呼称した。ptsHI+crr::Km改変を、P1ファージ形質導入(プロトコール2に従う)によって株5に移入して株6を得た。
【0080】
実施例3:株7~12の構築
ppsR遺伝子によりコードされたPEPシンターゼ調節タンパク質PSRPを不活化するために、相同組換え法を使用した(プロトコール1および3に従う)。DppsRのオリゴヌクレオチド:配列番号131および132を、耐性カセットをPCR増幅させるために使用した。保持した株をMG1655 DppsR::KmまたはMG1655 DppsR::Gtと呼称した。最後に、DppsR::KmまたはMG1655 DppsR::Gt欠失を、P1ファージ形質導入(プロトコール2に従う)によって、実施例2に示す株に導入した。
【0081】
【0082】
株13の構築
大腸菌由来のホスホエノールピルビン酸シンターゼを過剰発現するために、特許出願WO2008116853に記載のpJB137-PgapA-ppsAプラスミドを株1に形質転換して株13を得た。
【0083】
実施例4:振盪フラスコ培養および収率
1,2-プロパンジオール生産株を、糖としてスクロースまたはグルコースまたはマンノースまたはマルトースのいずれかならびに40g/L MOPSを使用すること以外は、特許出願EP2532751に記載されているようにフラスコ培養で培養した。要すれば、100μM IPTGを培地に加えた。残留する糖ならびに生産された1,2-プロパンジオール(PG)およびヒドロキシアセトン(HA)を、屈折率検出を用いたHPLCによって定量した。
【0084】
振盪フラスコ培養およびグリコール酸(AG)定量のための方法は、WO2010108909に記載の通りであった。
【0085】
振盪フラスコ培養および1,3-プロパンジオール(PDO)定量のための方法は、WO2004033646に記載の通りであった。
【0086】
総ての培養に関して、必要であれば、抗生物質を、カナマイシンおよびスペクチノマイシンの場合には50mg.L-1の濃度で、クロラムフェニコールの場合には30mg.L-1の濃度で、ゲンタマイシンの場合には10mg.L-1の濃度で加えた。
【0087】
【0088】
株7は、PTS系によっては輸送されないマルトースを除く総ての条件で株1よりも良好な収率を示した。株13は株1とは違いがなく、これはppsRがなお発現されれば過剰発現ppsは有効でないことを示す。株10および12は、対応する対照株4および6よりも良好な収率を示した。株11は、この系統においてはグルコースに関しては非PTS輸送系であることによれば、株5と違いは無かった。
【0089】
結論
上記の実施例により示されたように、二機能性ADP依存性キナーゼ-Pi依存性ピロホスホリラーゼDUF299タンパク質をコードするppsRの欠失は、糖輸送のためのPTS系を用いて微生物における1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオールおよびグリコール酸の生産を増大させることを可能とする。
【0090】
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