IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧

特許7321445微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置
<>
  • 特許-微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置 図1
  • 特許-微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置 図2
  • 特許-微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置 図3
  • 特許-微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置 図4
  • 特許-微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-28
(45)【発行日】2023-08-07
(54)【発明の名称】微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20230731BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20230731BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230731BHJP
【FI】
C12N1/00 B
C12N1/20 A
C12M1/00 D
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019054000
(22)【出願日】2019-03-22
(65)【公開番号】P2020150883
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-11-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業、「発現マッピング法による細菌叢電気相互作用の追跡と制御基盤の構築」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】岡本 章玄
(72)【発明者】
【氏名】トウ ギョウ
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-178145(JP,A)
【文献】特開2008-054646(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0279178(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101764242(CN,A)
【文献】特開昭58-160860(JP,A)
【文献】再公表特許第2011/025021(JP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物培養方法であって、
水及び微生物を含有し、酸化還元物質の含有量が0.01mmol/L以下である培養液と、前記培養液に接するように配置された一対の電極と、前記一対の電極を互いに隔離するように配置された陽イオン交換膜と、を有する電気化学セルを用意することと、
前記一対の電極間に電位差を発生させ、前記一対の電極のうち、電極電位をより負に調整した一方の電極から、前記培養液中の前記微生物が電子を取り込み代謝に用いることにより、前記微生物を増殖させることと、を含み、
前記微生物の増殖において、前記電極からの電子が唯一のエネルギー源であり、
前記微生物は、鉄還元細菌、及び、鉄酸化細菌からなる群から選択される少なくとも1種である、微生物培養方法。
【請求項2】
前記電気化学セルが更に参照電極を有する、請求項1に記載の微生物培養方法。
【請求項3】
前記培養液中における水素の含有量が、100質量ppm以下である、請求項1又は2に記載の微生物培養方法。
【請求項4】
前記一対の電極の少なくとも一方が導電性ダイヤモンド電極である、請求項1~3のいずれか1項に記載の微生物培養方法。
【請求項5】
酸素ガスの含有量が体積基準で100ppm以下である雰囲気で行われる、請求項1~4のいずれか1項に記載の微生物培養方法。
【請求項6】
前記培養液中の前記酸化還元物質の含有量が0.001mmol/L以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の微生物培養方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の微生物培養方法を実施するための微生物培養装置であって、
水を含有し、酸化還元物質の含有量が、0.01mmol/L以下である、微生物を培養するための培養液と、
前記培養液を収容するためのセルと、
前記培養液に接するように前記セル内に配置された一対の電極と、
前記一対の電極を互いに隔離するよう配置された陽イオン交換膜と、を有する電気化学セルを有し、
前記一対の電極の少なくとも一方が、導電性ダイヤモンド電極である、微生物培養装置。
【請求項8】
前記培養液中の前記酸化還元物質の含有量が0.001mmol/L以下である、請求項7に記載の微生物培養装置。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の微生物培養装置を有する二酸化炭素還元装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物培養方法、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、細胞外固体から電子を取り込む機能を有する微生物に、電極から電子を与えて上記微生物のエネルギー代謝を活性化させる方法が記載されている。具体的には、100%窒素ガスで置換された嫌気性チャンバ内に保持されたシングルセル3電極の反応器を用いてD.ferrophilusIS5株を培養したところ、エネルギー代謝が活性化されたことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Xiao Dengら、Front.Microbiol.9、Article2744(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、非特許文献1に記載された方法は、細胞外固体から電子を取り込む機能を有する微生物(以下、「特定微生物」ともいう。)のエネルギー代謝を活性化するものの、特定微生物を増殖せしめるには至らず、その活性化の程度に改善の余地があることを知見している。
【0005】
そこで、本発明は、細胞外固体から電子を取り込む機能を有する微生物に、細胞外固体から電子を与えて、上記微生物を増殖させることができる微生物培養方法を提供することを課題とする。
また、本発明は微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置を提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1] 水と微生物とを含有する培養液と、上記培養液に接するように配置された一対の電極と、を有する電気化学セルを用いて、上記一対の電極間に電位差を発生させ、上記培養液中の上記微生物を増殖させる、微生物培養方法であって、上記電気化学セルは、上記一対の電極を互いに隔離するように配置された陽イオン交換膜を有し、上記微生物は細胞外固体から電子を取り込む機能を有する特定微生物である、微生物培養方法。
[2] 上記電気化学セルが更に参照電極を有する、[1]に記載の微生物培養方法。
[3] 上記培養液が実質的に水素を含有しない、[1]又は[2]に記載の微生物培養方法。
[4] 上記一対の電極の少なくとも一方が導電性ダイヤモンド電極である、[1]~[3]のいずれかに記載の微生物培養方法。
[5] 実質的に酸素ガスを含有しない雰囲気で行われる、[1]~[4]のいずれかに記載の微生物培養方法。
[6] 水を含有する培養液を収容するためのセルと、上記培養液に接するように上記セル内に配置された一対の電極と、上記一対の電極を互いに隔離するよう配置された陽イオン交換膜と、を有する電気化学セルを有し、上記一対の電極の少なくとも一方が、導電性ダイヤモンド電極である、微生物培養装置。
[7] [6]に記載の微生物培養装置を有する二酸化炭素還元装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば細胞外固体から電子を取り込む機能を有する微生物に、細胞外固体から電子を与えて、上記微生物を増殖させることができる微生物培養方法が提供できる。また、本発明によれば、微生物培養装置、及び、二酸化炭素還元装置も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本微生物培養方法に適用可能な微生物培養装置の模式図である。
図2】D.ferrophilusIS5を電極上で5日間培養した場合に生成する電流密度の電位依存性を示した試験結果である。
図3】電極上で5日間培養した菌体についてnanoSIMSで測定した結果をプロットした活性解析結果(電極電位-0.4V)である。
図4】電極上で5日間培養した菌体についてnanoSIMSで測定した結果をプロットした活性解析結果(電極電位-0.5V)である。
図5】電極電位を-0.4Vとして13日間培養したD.ferrophilusIS5の活性解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
[微生物培養方法]
本発明の実施形態に係る微生物培養方法(以下、「本培養方法」ともいう。)は、水と微生物とを含有する培養液と、上記培養液に接するように配置された一対の電極と、を有する電気化学セルを用いて、上記一対の電極間に電位差を発生させ、上記培養液中の微生物を増殖させる、微生物培養方法であって、上記電気化学セルは上記一対の電極を互いに隔離するように配置された陽イオン交換膜を有し、上記微生物は細胞外固体から電子を取り込む機能を有する特定微生物である、微生物培養方法である。
【0012】
本培養方法によれば細胞外固体(例えば、電極)から電子を取り込む機能を有する微生物に、細胞外固体から電子を(好ましくは唯一のエネルギー源として)与えても、上記微生物を増殖させることができる。上記の機序は必ずしも明らかではないが、本発明者らは以下のとおり推測している。なお、以下に説明する機序は推測であり、以下の機序によらず本発明の課題が解決できる場合も、本発明の範囲に含まれる。
【0013】
非特許文献1の図1Aには、陽イオン交換膜を有しない電気化学セルを用いてD.ferrophilusIS5株を作用電極上で培養したとき、インキュベーション時間を長くしても、生成される負の電流の絶対値が一律に増大していくわけでなく、かつ、15N/Ntotalも平均0.6%程度にとどまることが示されている。
【0014】
上記実験系では、当初N同位体比(15N/Ntotal)が0%の微生物細胞を培養しているため、同位体窒素(15N)を取り込んで成長し、分裂して元と同じ大きさの2つの細胞になった場合(増殖した場合)、15N/Ntotalは50%になると考えられる。
すなわち、非特許文献1に記載された方法によれば、D.ferrophilusIS5株のエネルギー代謝(典型的には15N/Ntotalによって示される)が活性化されるものの、電子(印加された電位)を唯一のエネルギー源とした場合には、特定微生物を増殖させることまでは困難であることを示していると考えられた。
【0015】
一方、電子以外の他のエネルギー源を加えることにより、特定微生物を増殖させることは可能であったとしても、それは特定微生物について選択的な培養を行うという観点では不利であり、電子を唯一のエネルギー源とした場合にも特定微生物を「増殖」せしめることができる培養方法が求められていた。
【0016】
本発明者らは、非特許文献1に記載された方法によっては、特定微生物を増殖させることが困難だった原因について鋭意検討を続けてきた。
その結果、一対の電極を互いに隔離するように配置された陽イオン交換膜を有する電気化学セルを用いることで、驚くべきことに、特定微生物のエネルギー代謝が著しく活性化されることを本発明者らは初めて知見し本発明を完成させた。
【0017】
電気化学セルにおいて特定微生物に細胞外固体から電子を与えると、特定微生物が電子を細胞内に取り込むことにより負の電流が発生する。その際、対電極における電極反応で活性酸素種(例えば、スーパーオキシド等)が発生するものと推測される。この活性酸素種が作用電極側に移動し、特定微生物の生長を阻害するものと推測される。
【0018】
一般的に、対電極における酸化還元反応で生じる物質が作用電極において微生物の生長に影響を与える場合があることは知られているが、培養液に電子メディエータ(酸化還元物質)を含有しない系において、同様の現象が起こりうることは知られていなかった。
そもそも、従来の電気培養においては、電極電位をより負にすることは、微生物の生長にとっては不利であり、自然界における特定微生物の生育環境にあわせ、電極電位を負にしすぎることなく、比較的マイルドな条件にて培養することが好ましいと考えられてきた。
そのため、対電極で発生する上記活性酸素種の影響は無視できるほどに小さく、従来知覚されなかったものと推測される。
【0019】
すなわち、電子を唯一のエネルギー源として、電子メディエータを含まない培養液で特定微生物を電気培養するに際し、電極電位をより負にするという、これまでの技術常識では試みられたことがない条件で特定微生物の電気培養を試みた結果、陽イオン交換膜を有さない電気化学セルを用いた場合には、特定微生物のエネルギー代謝が活性化はされるものの、特定微生物を増殖せしめるには至らず、その活性化の程度に改善の余地があること本発明者らは初めて知見したものである。すなわち、本発明の解決しようとする課題自体が本発明者らの新たな発見に基づくものである。
【0020】
本培養方法で使用される電気化学セルは一対の電極を隔離するイオン交換膜を有しているため、対電極で活性酸素種等が発生しても、これらが作用電極側に輸送されにくく、結果として特定微生物の生長が阻害されにくく、微生物が増殖したものと推測される。
以下では、本培養方法についての詳細を説明する。
【0021】
〔微生物培養装置〕
図1は本微生物培養方法に適用可能な微生物培養装置10の模式図である。
微生物培養装置10は、電気化学セルECCと、上記電気化学セルECCに接続された制御装置17とを有している。電気化学セルECCは、作用電極11と、対電極12からなる一対の電極と、参照電極13と、チャンバ14と、作用電極11、及び、対電極12を隔離する陽イオン交換膜16とを有している。
電気化学セルECCにおいて、作用電極11、対電極12、及び、参照電極13は、チャンバ14に収容された水と特定微生物とを含有する培養液15と接するように配置されている。
【0022】
微生物培養装置10において、作用電極11、対電極12、及び、参照電極13はそれぞれ制御装置17と電気的に接続されている。
制御装置17は、電極間の電位、及び、電流を制御することができ、かつ、電極間の電位、及び、電流を計測できるよう構成されており、典型的にはポテンシオ/ガルバノスタット(P/Gスタット)である。
【0023】
上記電気化学セルECCでは、制御装置17は、作用電極11と参照電極13との間の電位差を測定し、測定した電位差が設定電位に達するように作用電極11と対電極12との間の電位差を調整する。また、基準となる参照電極13には一切電流が流れないように制御する。
【0024】
微生物培養装置10において、電気化学セルECCは参照電極を有しているが、本培養方法に用いる電気化学セルは上記に制限されず、参照電極13を有していなくてもよい。電気化学セルが参照電極を有していると、電極電位をより正確に測定、及び/又は、制御可能な点で好ましい。
なお、培養液の電位を設定するために必要な作用電極11と対電極12との間の電流量が予め分かっている場合には、電気化学セルが参照電極を有さなくても、電位の制御が可能である。
【0025】
培養液15は水と特定微生物とを含有している。そのため、特定微生物は細胞外固体である作用電極11から外膜シトクロムを介して電子を取り込みエネルギー代謝に用いる。このとき、電流が生成され、制御装置17で感知することができる。
本培養方法は、特定細菌を増殖せしめる程度にエネルギー代謝を活性化させるために、作用電極11の電極電位をより負に調整する。すなわち、作用電極11と対電極12との間に電位差を生じさせる。
このとき、対極では、電極反応によってスーパーオキシド等の活性酸素種が生成すると推測されるが、本培養方法で用いる電気化学セルは両電極を隔離する陽イオン交換膜を有しているため、両電極間のイオン伝導は維持しつつ、活性酸素種が作用電極側に輸送されるのを抑制することができる。そのため、本発明の効果が得られるものと推測される。
【0026】
このとき、作用電極の電位としては特に制限されないが、特定微生物の活性をより高められる観点で、標準水素電位に対して-0.3V以下(-0.3Vを含み、-0.3Vより負)が好ましく、-0.3V未満(-0.3Vを含まず、-0.3Vより負)がより好ましい。下限は電極の電位窓との関係で、電極反応で水素が発生しない最低電位以上(より正)が好ましい。培養液中で電子メディエータとして機能する可能性のある水素の発生を抑制することで、特定微生物をより選択的に培養できる点で好ましい。
【0027】
電気化学セルECCにおいて、チャンバ14内の培養液15の液面より上の部分(ヘッドスペース、図1中のHSの部分)には、酸素(酸素ガス)を実質的に含有しない気体が充填されている。具体的には、N(窒素)ガスが充填されている。
本培養方法は、実質的に酸素を含有しない雰囲気で行われることが好ましい。この場合、図1のHSに実質的に酸素を含有しないガスが充填されていればよいが、より好ましくは、微生物培養装置が配置される雰囲気自体が酸素を実質的に含有しないことが好ましい。
なお、本明細書において、雰囲気が酸素を含有しないとは、雰囲気ガス中における酸素(ガス)の含有量が体積基準で100ppm以下であることを意味し、50ppm以下であることが好ましく、5ppm以下であることがより好ましい。
【0028】
なお、チャンバ14はヘッドスペースを有していなくてもよいが、ヘッドスペースを有する場合、ヘッドスペースに充填される気体としては特に制限されず、空気等の酸素を含有する気体が充填されていてもよいが、より選択的に特定微生物を培養できる観点から、ヘッドスペースには、実質的に酸素を含有しない気体が充填されることが好ましく、窒素等の不活性ガスが充填されることが好ましい。
【0029】
電気化学セルECCにおいて、チャンバ14は密閉されているが、本培養方法に適用可能な電気化学セルとしては上記に制限されず、開放されていてもよい。また、チャンバ14に流通口を配置し、ヘッドスペースの気体、及び/又は、培養液に外部から媒体を導入可能にしてもよい。また、ヘッドスペースの気体、及び/又は、培養液の少なくとも一部をチャンバ14外へ排出可能にしてもよい。
【0030】
<培養液>
微生物培養装置10のチャンバ14には、水と微生物とを含有する培養液が充填されている。培養液は、特定微生物を増殖させるための場としての機能と、作用電極11と対電極12との間のイオン伝導の媒体としての機能とを有し、水を含有していれば、固体であっても液体であってもよい。固体である場合、ヒドロゲルである形態が挙げられる。
【0031】
(特定微生物)
培養液は特定微生物を含有する。培養液が特定微生物を含有する形態としては特に制限されないが、例えば、調製した培養液に特定微生物を添加する方法、及び、特定微生物を含有する液体を培養液として用いる(環境から取得したサンプルを培養液とする)方法等が挙げられる。
【0032】
特定微生物としては特に制限されないが、例えば、鉄還元細菌、及び、鉄酸化細菌等が挙げられる。より具体的には、Geobacter metallireducens、Geobacter sulfurreducens、Geobacter lovleyi等のゲオ(ジオ)バクタ―属菌;Shewanella oneidensis MR-1等のShewanella属菌;デスルフォビブリオ(Desulfovibrio )属菌;Acidithiobacillus ferrooxidans等のAcidithiobacillus(アシドチオバシラス)属菌;Clostridium pasteurianum菌等のClostridium属菌;等が挙げられる。なお、培養液は、特定微生物の1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。
【0033】
また、培養液は特定微生物以外の他の微生物を含有していてもよい。環境から取得したサンプル(例えば、河川水、排水、及び、海水等)を用いる場合、一般に特定微生物以外の微生物が含有されている。本培養方法によれば、電子を唯一のエネルギー源として培養することが可能であるため、複数の微生物を含有する培養液を用いた場合でも、特定微生物を選択的に培養することが可能である点で優れている。
【0034】
なお、培養液は上記以外の他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、例えば、酸化還元物質、電解質、及び、栄養源化合物等が挙げられる。
【0035】
(酸化還元物質)
培養液は酸化還元物質を含有していてもよい。酸化還元物質は、培養液と接している作用電極11、及び/又は、対電極12と可逆的に酸化還元反応を生じる物質であり、かつ、特定微生物の生育を阻害しない物質が好ましい。このような成分としては、例えば、鉄イオンが挙げられる。
酸化還元物質が培養液中でより安定的に存在する点で、鉄イオンをキレート剤に配位させて用いてもよい。キレート剤としては、例えば、ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメル、及び、エデト酸トリエンチン等が挙げられる。
【0036】
また、鉄イオン以外にも、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスル及び、ホン酸ナトリウム等のキノン化合物;メチルビオロゲン;等を用いることができる。これらの物質も酸化還元反応により、酸化体と還元体に可逆的に変化する。
【0037】
培養液中にける酸化還元物質の含有量としては特に制限されないが、一般に0.1~100mmol/Lであることが好ましい。
なお、培養液は、酸化還元物質の1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。培養液が、2種以上の酸化還元物質を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0038】
本発明の一実施形態に係る微生物培養方法としては、培養液中に実質的に酸化還元物質を含有しない形態が好ましい。特に、培養液中に特定微生物とその他の微生物とが混在する場合、培養液中に実質的に酸化還元物質を含有しない場合であっても、特定微生物は細胞外固体から電子を取り込む機能を有するため、より選択的に特定微生物を増殖させることができる。
【0039】
特に、特定微生物が低エネルギー環境下で増殖が遅い微生物である場合、培養液は酸化還元物質を実質的に含有しないことが好ましい。
なお、培養液が酸化還元物質を実質的に含有しないとは、培養液中における酸化還元物質の含有量が0.1mmol/L未満であることを意味し、0.01mmol/L以下が好ましく、0.001mmol/L以下がより好ましい。
また、培養液は実質的に水素を含有しないことが好ましく、培養液が水素を含有しないとは、培養液中における水素の含有量が、100質量ppm以下であることが好ましく、50質量ppm以下であることがより好ましく、10質量ppm以下であることが更に好ましく、1質量ppm以下であることが特に好ましい。
【0040】
(電解質)
電解質としては特に制限されず、公知の電解質が使用可能である。電解質としては、例えば、塩化ナトリウム、及び、塩化カリウム等が挙げられる。
【0041】
(栄養源)
培養液は、微生物の生育に必要な栄養源を含有することが好ましい、このような成分としては例えば、乳酸ナトリウム、KHPO、NHCl、MgCl、及び、カザミノ酸等が挙げられる。
【0042】
<電極>
本培養方法に用いられる電気化学セルは一対の電極を有する。また、更に参照電極を有していることが好ましい。
これらの電極としては特に制限されないが、例えば、金属を用いて形成することができる。金属としては、例えば、金、白金、銀、銅、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、アルミニウム、ニッケル、チタン、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化亜鉛、及び、これらの混合物を用いることができる。また、上記以外にも例えば、炭素(黒鉛)等も使用可能である。また、参照電極及び対電極としては、銀/塩化銀等も使用可能である。
【0043】
また、電極は絶縁基板と、上記絶縁基板上に形成された導電層から形成されていてもよい。絶縁基板としては特に制限されないが、樹脂、ガラス、セラミック、及び、紙等を用いて形成できる。
樹脂としては、例えば、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリメタクリレート(PMMA)、ポリプロピレン(PP)、ポリイミド樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、及び、ガラスエポキシ等が挙げられる。
【0044】
導電層は、上記金属を用いて形成可能である。その場合の導電層の厚みとしては特に制限されないが、例えば、1~10μmが好ましい。上記導電層は、物理蒸着法、及び、化学蒸着法により形成可能である。
【0045】
なかでも、電位窓がより広い点で、一対の電極の少なくとも一方(作用電極、及び、対電極からなる群より選択される少なくとも一方)の電極は、導電性ダイヤモンド電極であることが好ましい。導電性ダイヤモンド電極とは、ダイヤモンドに不純物をドープした材料を用いた電極を意味する。不純物としては特に制限されないが、ホウ素(B)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、及び、ケイ素(Si)等が挙げられる。
なかでも、ホウ素をドープしたホウ素ドープダイヤモンドは、電位窓が広く、他の電極材料と比較してバックグランド電流が小さいといった有利な性質を有することから好ましい。
【0046】
導電性ダイヤモンド電極を用いると、培養液中の水が電気分解するのに必要な電圧がより高まり、作用電極の電位をより負に制御した場合にも水素が発生しにくい。水素は培養液中で電子メディエータとして機能する可能性がある。特定微生物は、細胞外固体から電子を取り込む機能を有しているため、電子メディエータとして機能する物質を含有しない方が、特定微生物をより選択的に培養することができる。
すなわち、培養液が水素を実質的に含有しない方が、特定微生物をより選択的に培養できる点で好ましい。
【0047】
導電性ダイヤモンド電極の製造方法としては特に制限されず、公知の方法が使用可能である。具体的には、炭素源を含有する原料ガスに、ジボラン、トリメトキシボラン、及び、酸化ホウ素等のホウ素源;酸化硫黄、及び、硫化水素等の硫黄源;酸素、及び、二酸化炭素等の酸素源;アンモニア、及び、窒素等の窒素源;シラン等のケイ素源を加えればよい。
【0048】
上記の電極は、特開2006-98281号公報、特開2007-139725号公報、特開2011-152324号公報、又は特開2015-172401号公報等に開示されており、これらの公報の記載に従って作製することができる。
【0049】
<陽イオン交換膜>
陽イオン交換膜は、作用電極11と対電極12とを隔離し、対電極12において生じる活性酸素種等が作用電極11側へと移動するのを抑制する機能を有する。
陽イオン交換膜としては、特に制限されず、電気化学セル用として公知の陽イオン(カチオン)交換膜を使用することができる。電気化学セルが陽イオン交換膜を有していると、対電極における反応で生じた活性酸素種が作用電極側へと移動を抑制し、結果として、特定微生物のエネルギー代謝が増殖可能な程度に向上するものと推測される。
【0050】
陽イオン交換膜としては、プロトンを透過可能なカチオン交換膜を含むことが好ましい。陽イオン交換膜としては特に制限されないが、例えば、「ナフィオン(登録商標)」等を用いることができる。
【0051】
なお、陽イオン交換膜は単独で用いてもよく、陰イオン交換膜、及び/又は、支持体と併せて用いてもよい。そのような場合、支持体を陽イオン交換膜と陰イオン交換膜とで挟んだ積層構造を有するイオン交換膜積層体を用いる形態が挙げられる。
【0052】
[微生物培養装置]
本発明の実施形態に係る微生物培養装置は、水を含有する電解液を収容するためのセルと、上記電解液に接するように上記セル内に配置された一対の電極と、上記一対の電極を互いに隔離するよう配置されたイオン交換膜と、を有する電気化学セルを有し、上記一対の電極の少なくとも一方が、導電性ダイヤモンド電極である、微生物培養装置である。
【0053】
上記微生物培養装置は、電位窓の広い導電性ダイヤモンド電極を有するため、作用電極の電位をより負にした場合にも水素が発生しにくい。そのため、作用電極の電位をより負にできる点で、特定微生物の活性をより向上しやすく、結果としてより優れた本発明の効果が得られやすい。
また、電位窓が広いため、作用電極をより負にしても、作用電極における反応で水素がより発生しにくい。水素は電子メディエータとしての機能を有するため、上記微生物培養装置によれば、電子メディエータである水素の発生をより抑制しつつ、更に、作用電極の電位をより負に制御できるため、より選択的、かつ、効率的に特定微生物を培養できる。
【0054】
なお、上記微生物培養装置は一対の電極の一方が導電性ダイヤモンド電極である点を除いては、図1に示した微生物培養装置と同様であり、その好適形態も同様であり、すでに説明したとおりである。
【0055】
[二酸化炭素還元装置]
本発明の実施形態に係る二酸化炭素還元装置は、上記微生物培養装置を有する二酸化炭素還元装置である。
特定微生物は細胞外固体から電子を取り込み、複数のタンパク質を介してプロトン駆動力とNADHとを生成し、上記によってケルビン回路を駆動し、二酸化炭素を固定する機能を有する。上記微生物培養装置を用いて特定微生物のエネルギー代謝を向上させ、炭素源として二酸化炭素を加えることで、効率的に二酸化炭素を固定することが可能である。
【実施例
【0056】
以下に実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0057】
[特定微生物の準備]
D.ferrophilusIS5(DSM番号15579)は,CO/N(20:80,v/v)の無酸素条件下,28℃で100mlのDSMZ195c培地を含むブチルゴム栓付きバイアル中で前培養した。5日後,培養物には少量の黒色硫化鉄沈殿剤が含まれていた。
なお、DSMは、「Deutsche Sammlung von Mikroorganismen」の略、DSMZは、「Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen」の略である。
【0058】
[特定微生物の培養]
特定微生物の培養は、100%Nを充填したCOY嫌気性チャンバー内に保持された3電極反応器を用いて行った。上記3電極反応器は、イオン交換膜を有し、作用電極と対電極とが上記イオン交換膜で隔離され、参照電極を有するH型セルの3電極反応器である。
【0059】
作用電極には、スプレー熱分解によりガラス基板上に成長させた酸化インジウムスズ(ITO)(SPD Laboratory、抵抗8Ω/square、厚さ1.1mm、表面積3.1cm)を用い、反応器の底に配置した。
白金線、及び、Ag/AgCl(sat.KCl)をそれぞれ対電極、及び、参照電極として使用した。
【0060】
15Nでラベル化された塩化アンモニウムは以下に示す培養液の一部として用いられた。培養液の組成を以下に示した。
【0061】
(培養液の組成)
・NaCl :457mM
・MgCl :47mM
・KCl :7.0mM
・NaHCO :5.0mM
・CaCl :1.0mM
・KHPO :1.0mM
・Na-Hepes液(pH7.5) :25mM
・亜セレン酸タングステン酸塩溶液 :1mL
(12.5mMのNaOH、11.4mMのNaSeO・5HO、及び、12.1mMのNaWO2HO)
・微量元素溶液SL-10(DSMZ320培地に記載されている):1mL
・NaSO(電子受容体) :21mM
・[15N]NHCl :1mM
・[13C-1]Na acetate(炭素源) :1mM
【0062】
5日間の培養中に、ITO電極に対して、唯一のエネルギー源として-0.2~-0.5Vの電圧を印加した。電圧印加後、ITO電極の色の変化、及び、抵抗の変化は確認されなかった。なお、D.ferrophilusIS5(特定微生物に該当する)細胞は、前培養した5日間の液体細胞培養のボトルから蓄積し、15Nで標識した無酸素培養液に再懸濁し、600nmでの最終OD(光学濃度)が電流測定開始後30分で0.3となるよう、上述の電気化学反応器に添加した。
【0063】
また、ネガティブコントロールとして、特定微生物をガラスバイアルに同じ密度で添加した。ガラスバイアルは電極を欠いており、電気化学反応器中の電解質と同じ培養液を含んでいた。このネガティブコントロールを、「開回路(oc)状態」とした。
【0064】
図2には、D.ferrophilusIS5を電極上で5日間培養した場合に生成する電流密度の電位依存性を示した。図2において、横軸は培養日数(日)、縦軸は電流密度(μAcm-2)を示している。図2中、実線は印加した電位が-0.4V(vs.標準水素電位)であり、一点鎖線は、-0.5Vを示している。上記の結果から、電位の印加によって電流が生成され、生成する電流量は、培養期間中、増加する傾向だった。なお、上記実験系では-0.9Vより正の電位ではHはほとんど発生しないため、上記電流生成はD.ferrophilusIS5によって電極から取り込まれた電子によるものと推測される。
【0065】
(ナノスケール二次イオン質量分析(nanoSIMS))
ITO電極は文献(Saitoら、Electrochemistry, 85(8), 444-446 (2017))に記載された方法でnanoSIMS分析用サンプルに調製された。
具体的には、セルアタッチメントを有するITO電極を、7mm×7mmの小片に切断して、NanoSIMSサンプルホルダーに適合させた。電位差なしでガラスバイアル中で培養した細胞(oc条件)を、0.01%(w/v)ポリ-L-リジン溶液で前処理した7mmx7mmITO電極片の表面に移した。
【0066】
次に、2.5%グルタルアルデヒドで固定し、電極を50mMのNaヘペス(pH7.4)に3回浸すことによって洗浄した。洗浄した試料を同じ緩衝液中の25、50、75、90、及び、100%エタノール勾配で脱水し、t-ブタノールで3回交換し、そして真空下で凍結乾燥した。乾燥サンプルを蒸発した白金で被覆した。ITO電極に付着した乾燥細胞をCAMECA NanoSIMS 50Lシステムを用いて分析した。試料表面にCsビームを照射し、二次イオンの量(1214、及び、1215)を定量した。個々の細胞における同位体比の分析のために、データは「Fiji」によって処理した(SchindelinらNature Methods volume 9, pages 676-682 (2012))。
【0067】
図3には、電極上で5日間培養した菌体についてnanoSIMSで測定した結果をプロットした活性解析結果(電極電位-0.4V)を示した。また、図4には、同じく電極電位-0.5Vの場合の活性解析結果を示した
図3及び図4において、横軸は、単一細胞における13C/Ctotalを表しており、縦軸は、単一細胞における15N/Ntotalを表している。
【0068】
図3及び図4によれば、多くの細胞においてN(窒素)、C(炭素)の同位体比が高く、D.ferrophilusIS5の活性が向上していることがわかった。
また、印加電位が-0.4Vである図3と比較して、印加電位が-0.4Vより負である(-0.5V)図4は、菌体細胞内における同位体N(15N)に対する、同位体C(13C)の割合(C/N比)がより高かった。なお、C/N比は、図3及び図4に示した回帰線(破線)の傾きから判断できる。
C(炭素)の同化過程にはエネルギー(ATP)が必要であるため、Cの取り込み比率がより高い図5(印加電位が-0.4Vより負)の菌体は電極からより多くのエネルギーを獲得したことが示唆された。
【0069】
図5は、電極電位を-0.4Vとして13日間培養したD.ferrophilusIS5の活性解析結果を示した。
細胞のN同位体比(15N/Ntotal)が0%の微生物細胞が同位体窒素(15N)のみを取り込んで生長し、分裂して元と同じ大きさの細胞2つになった場合、15N/Ntotalは50%になると考えられる。図5によれば、電極上で培養した菌体の一部において15N/Ntotalが50%を超えた結果(図中、網掛けの部分)から、一部の微生物細胞が電極上で分裂したことが示唆された。
【符号の説明】
【0070】
10 微生物培養装置
11 作用電極
12 対電極
13 参照電極
14 チャンバ
15 培養液
16 陽イオン交換膜
17 制御装置

図1
図2
図3
図4
図5