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特許7321495末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物および末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤のスクリーニング方法
<図1>
  • 特許-末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物および末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤のスクリーニング方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-28
(45)【発行日】2023-08-07
(54)【発明の名称】末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物および末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20230731BHJP
   A61K 31/165 20060101ALI20230731BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230731BHJP
   A61P 1/12 20060101ALI20230731BHJP
   C12N 15/60 20060101ALN20230731BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20230731BHJP
【FI】
A61K31/198
A61K31/165
A61P43/00 111
A61P1/12
C12N15/60 ZNA
C12N1/21
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019026780
(22)【出願日】2019-02-18
(65)【公開番号】P2020132558
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】栗原 新
(72)【発明者】
【氏名】杉山 友太
(72)【発明者】
【氏名】岡本 成史
【審査官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】Journal of Bone and Mineral Metabolism,2019年01月29日,Vol. 37,pp. 36-42
【文献】Japanese Journal of Pharmacology,1973年,Vol. 23, No. 1,pp. 123-125
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 45/00
A61P 1/00- 1/18
A61P 43/00
A61P 19/10
C12N 15/60
C12N 1/21
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤を有効成分として含有する、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う過敏性腸疾患の予防または治療用医薬組成物であって、前記腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤が、カルビドパまたはベンセラジドである医薬組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物および末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤のスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
神経伝達物質の1つであるセロトニンの体内分布は脳5%末梢95%であり、末梢のセロトニンは、腸管のエンテロクロマフィン細胞(enterochromaffine cell; EC cell)によって生合成されることが知られている。末梢セロトニンは様々な疾患との関連が示唆されており、具体的には、骨粗鬆症患者(非特許文献1、2)、セリアック病患者(非特許文献3)、過敏性腸疾患患者や潰瘍性大腸炎患者(非特許文献4)は健常人と比べて末梢セロトニン濃度が高いことが示されている。さらに、マウスモデルにおいて、末梢セロトニンの生合成を阻害することで肥満や代謝不全が改善したことから、肥満や褐色脂肪細胞における脂質燃焼への寄与も示されている(非特許文献5)。
【0003】
EC cellにおけるセロトニン生合成は腸内細菌の代謝産物により促進されることが報告されている(非特許文献6)。非特許文献6は、様々な腸内細菌の代謝産物を無菌マウスの腸管に投与することでセロトニン生合成促進能を評価し、いくつかの代謝産物に活性を見出し、芳香族アミンの一つであるチラミンにセロトニン生合成促進能があることを示している。他方、芳香族アミンの一種であるフェニルエチルアミンやチラミンは、それぞれクローン病患者と潰瘍性大腸炎患者の糞中で健常者より高いことが報告され、これら疾患への関与が示唆されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Lavoie B, et al., Gut-derived serotonin contributes to bone deficits in colitis. Pharmacol Res., S1043-6618 (18) 30234-2 (2018)
【文献】Vijay K Yadav, et al., Pharmacological inhibition of gut-derived serotonin synthesis is a potential bone anabolic treatment for osteoporosis. Nat Med., 16, 308-312 (2010)
【文献】Challacombe DN, et al., Increased tissue concentrations of 5-hydroxytryptmaine in the duodenal mucosa of patients with coeliac disease. Gut., 18, 882-886 (1977)
【文献】Yu FY, et al., Comparison of 5-hydroxytryptophan signaling pathway characteristics in diarrhea-predominant irritable bowel syndrome and ulcerative colitis. World J Gastroenterol., 22, 3451-3459 (2016)
【文献】Justin D Crane, et al., Inhibition peripheral serotonin synthesis reduces obesity and metabolic dysfunction by promoting brown adipose tissue thermogenesis. Nat Med., 21, 166-172 (2015)
【文献】Jessica M. Yano, et al., Indigenous Bacteria from the Gut Microbiota Regulate Host Serotonin Biosynthesis. Cell., 161, 264-276 (2015)
【文献】Maria Laura Santoru, et al., Cross sectional evaluation of the gut-microbiome metabolome axis in an Italian cohort of IBD patients. Sci Rep., 7, 9523 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患を予防または治療するための医薬組成物を提供することを課題とする。また、本発明は、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患を予防または治療するための薬剤をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤を有効成分として含有する、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物。
[2]腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤が、カルビドパまたはベンセラジドである前記[1]に記載の医薬組成物。
[3]末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患が、骨粗鬆症、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、セリアック病またはクローン病である前記[1]または[2]に記載の医薬組成物。
[4]腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する被験物質を選択する工程を含む、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤のスクリーニング方法。
[5]芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌を、芳香族アミノ酸が添加された培地を用いて被験物質の存在下または非存在下で培養する工程1と、培地中の芳香族アミンを検出する工程2と、被験物質の非存在下で培養したときの培地中の芳香族アミン量と比較して、培地中の芳香族アミン量を減少させる被験物質を選択する工程3とを含む前記[4]に記載のスクリーニング方法。
[6]芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌が、Enterococcus faecalis、Ruminococcus gnavus、Blartia hansenii、Clostridium nexileおよびClostridium asparagiformeからなる群より選択されるヒト腸内細菌である前記[5]に記載のスクリーニング方法。
[7]前記芳香族アミノ酸がフェニルアラニンであり、前記芳香族アミンがフェネチルアミンである前記[5]または[6]に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患を予防または治療するための医薬組成物を提供することができる。有効成分として既に臨床使用されている芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬を用いることができるので、安全性の高い医薬を提供することができる。また、本発明のスクリーニング方法により、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療に有用な物質を取得することができ、新規な末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用の医薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】32種のヒト腸内細菌優占種を培養し、培養上清中のフェネチルアミンを測定した結果を示す図である。
図2】フェネチルアミンを産生するヒト腸内細菌の芳香族アミン産生プロファイルを確認した結果を示す図である。
図3】フェネチルアミンを産生するヒト腸内細菌であるEnterococcus faecalisの野生株、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子欠損株および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子相補株のフェネチルアミン産生能を確認した結果を示す図である。
図4】Enterococcus faecalisの芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子欠損株および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子相補株をそれぞれ腸内優勢菌叢としたマウスにおける大腸組織中セロトニンレベルを測定した結果を示す図である。
図5】ヒト糞便中の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子コピー数とフェネチルアミン産生能の相関を確認した結果を示す図である。
図6】芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬によるEnterococcus faecalisのフェネチルアミン産生抑制を検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔医薬組成物〕
本発明は、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤を有効成分として含有する、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物の有効成分は、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤であれば特に限定されない。例えば、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤は、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の発現を阻害する薬剤であってもよく、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の機能を阻害する薬剤であってもよい。本発明の医薬組成物の有効成分は、後述する本発明のスクリーニング方法により選択された物質であってもよく、公知の末梢性芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬であってもよい。腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する公知の末梢性芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬としては、例えば、カルビドパ、ベンセラジドなどが挙げられる。
【0010】
カルビドパ(Carbidopa)は、レボドパ(Levodopa)と組み合わせたパーキンソン病治療薬の成分として周知である。レボドパとカルビドパの配合剤は日本においても医療用医薬品として承認され、薬価収載されている。日本薬局方にはカルビドパ水和物として収載されており、本発明に使用するカルビドパはカルビドパ水和物であってもよい。日本薬局方に記載の情報は以下のとおりである。
【0011】
一般名:カルビドパ水和物(Carbidopa Hydrate)
化学名:(2S)-2(-3,4-Dihydroxybenzyl)-2-hydrazinopropanoic acid monohydrate
分子式:C10H14N2O4・H2O
分子量:244.24
構造式:
【0012】
【化1】
【0013】
ベンセラジド(Benserazide)は、レボドパ(Levodopa)と組み合わせたパーキンソン病治療薬の成分として周知である。レボドパとベンセラジドの配合剤は日本においても医療用医薬品として承認され、薬価収載されている。日本薬局方にはベンセラジド塩酸塩として収載されており、本発明に使用するベンセラジドはベンセラジド塩酸塩であってもよい。日本薬局方に記載の情報は以下のとおりである。
【0014】
一般名:ベンセラジド塩酸塩(Benserazide Hydrochloride)
化学名:(2RS)-2-Amino-3-hydroxy-N'-(2,3,4-trihydroxybenzyl) propanoylhydrazide monohydrochloride
分子式:C10H15N3O5・HCl
分子量:293.70
構造式:
【0015】
【化2】
【0016】
末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患としては、例えば、骨粗鬆症、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、セリアック病、クローン病などが挙げられる。骨粗鬆症患者(非特許文献1、2参照)、セリアック病患者(非特許文献3参照)、過敏性腸疾患患者や潰瘍性大腸炎患者(非特許文献4参照)は健常人と比べて末梢セロトニン濃度が高いことが示されており、クローン病患者と潰瘍性大腸炎患者の糞中の芳香族アミン(フェニルエチルアミン、チラミン)は、健常者より高いことが報告されている(非特許文献6参照)。したがって、これらの疾患は、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤を有効成分として含有する本発明の医薬組成物を投与することにより、予防、改善または治療することができる。
【0017】
本発明の医薬組成物は、上記の有効成分に薬学的に許容される担体、さらに添加剤を適宜配合して製剤化することができる。具体的には錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の経口剤;注射剤、輸液、坐剤、軟膏、パッチ剤等の非経口剤とすることができる。担体または添加剤の配合割合については、医薬品分野において通常採用されている範囲に基づいて適宜設定すればよい。配合できる担体または添加剤は特に制限されないが、例えば、水、生理食塩水、その他の水性溶媒、水性または油性基剤等の各種担体;賦形剤、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、吸収促進剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、香料等の各種添加剤が挙げられる。
【0018】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は通常の製剤業務(例えば有効成分を注射用水、天然植物油等の溶媒に溶解または懸濁させる等)に従って調製することができる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン性界面活性剤(例、ポリソルベート80、HCO-50)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。また、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などと配合してもよい。このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトやヒト以外の哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的にまたは非経口的に投与することができる。
【0019】
本発明の医薬組成物には、有効成分を0.001~50質量%、好ましくは0.01~20質量%、更に好ましくは0.1~10質量%含有することができる。本発明の医薬組成物の投与量は、目的、疾患の種類、疾患の重篤度、患者の年齢、体重、性別、既往歴、有効成分の種類などを考慮して、適宜設定される。約65~70kgの体重を有する平均的なヒトを対象とした場合、1日当たり0.02mg~4000mg程度が好ましく、0.1mg~500mg程度がより好ましい。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0020】
本発明には、以下の各発明が含まれる。
(A)腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤の有効量を投与する工程を含む、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療方法。
(B)末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療に使用するための、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤。
(C)末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用医薬組成物を製造するための、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する薬剤の使用。
【0021】
〔スクリーニング方法〕
本発明は末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療用薬剤またはその候補物質のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する被験物質を選択する工程を含むものであればよい。末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患としては、上述の骨粗鬆症、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、セリアック病、クローン病などが挙げられる。
【0022】
本発明のスクリーニング方法に供される被験物質は特に限定されず、核酸、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物の組織抽出液、血漿等であってもよい。被験物質は、新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。これらの被験物質は塩を形成していてもよい。被験物質の塩としては、生理学的に許容される酸や塩基との塩が好ましい。
【0023】
本発明のスクリーニング方法は、例えば以下の工程1~3を含むものであってもよい。
工程1:芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌を、芳香族アミノ酸が添加された培地を用いて被験物質の存在下または非存在下で培養する工程、
工程2:培地中の芳香族アミンを検出する工程、および
工程3:被験物質の非存在下で培養したときの培地中の芳香族アミン量と比較して、培地中の芳香族アミン量を減少させる被験物質を選択する工程。
【0024】
工程1で用いる芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌は特に限定されず、公知の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌であってもよく、将来発見される芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌であってもよい。芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌はヒトの腸内細菌であってもよく、ヒト以外の哺乳動物の腸内細菌であってもよい。芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有するヒトの腸内細菌としては、例えば、Enterococcus faecalis、Ruminococcus gnavus、Blartia hansenii、Clostridium nexile、Clostridium asparagiformeなどが挙げられる。本発明のスクリーニング方法に用いるヒト腸内細菌としては、Enterococcus faecalisまたはRuminococcus gnavusであってもよく、Enterococcus faecalisであてもよい。
【0025】
芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌は、通常嫌気条件下で培養が行われる(嫌気培養)。芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を有する腸内細菌を嫌気培養する場合、培地には公知の嫌気培養用培地を用いることができる。嫌気培養用培地としては、例えば、Gifu anaerobic medium(GAM)などが挙げられる。本発明のスクリーニング方法に用いる培地は、液体培地であってもよい。嫌気培養の方法は特に限定されず、使用する腸内細菌に応じて、公知の嫌気培養法から適宜選択して用いることができる。
【0026】
本発明のスクリーニング方法に用いる培地には、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の基質である芳香族アミノ酸が添加される。芳香族アミノ酸は、フェニルアラニン、チロシンおよびトリプトファンのいずれであってもよく、フェニルアラニンであってもよい。芳香族アミノ酸の添加量は特に限定されないが、例えば、約0.1 mM~約10 mMであってもよく、約0.5 mM~約5 mMであってもよく、約0.8 mM~約2 mMであってもよく、約1 mMであってもよい。
【0027】
被験物質の添加量は、被験物質非存在下における腸内細菌の増殖レベルと比較して著しく増殖を抑制しない量であればよく、被験物質非存在下における腸内細菌の増殖レベルと比較して増殖を抑制しない量であってもよい。培養時間は特に限定されず、6時間以上であってもよく、12時間以上であってもよく、24時間以上であってもよく、36時間以上であってもよく、48時間以上であってもよい。培養時間の上限は特に限定されないが、48時間以下であってもよく、36時間以下であってもよく、24時間以下であってもよい。
【0028】
工程2では、培地中の芳香族アミンを検出する。すなわち、使用した腸内細菌が発現する芳香族アミノ酸脱炭酸酵素によって、基質である芳香族アミノ酸の脱炭酸により生じた芳香族アミンを検出する。基質にフェニルアラニンを使用した場合はフェネチルアミンが生じ、基質にチロシンを使用した場合はチラミンが生じ、基質にトリプトファンを使用した場合はトリプタミンが生じる。芳香族アミンの検出方法は特に限定されず、公知の芳香族アミン検出方法から適宜選択して使用することができる。本発明のスクリーニング方法で用いる芳香族アミンの検出方法は、後述の実施例で用いたHPLC法であってもよい。
【0029】
工程3では、被験物質の非存在下で培養したときの培地中の芳香族アミン量と比較して、培地中の芳香族アミン量を減少させる被験物質を選択すればよい。被験物質の存在下で培養したときに培地中の芳香族アミン量が減少していれば、当該被験物質が腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害したと合理的に理解することができる。芳香族アミン量を減少させる程度は特に限定されないが、例えば、被験物質の非存在下で培養したときの培地中の芳香族アミン量と比較して、90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下に減少させる被験物質を選択してもよい。
【0030】
本発明のスクリーニング方法により選択された被験物質は、上記本発明の医薬組成物の有効成分として有用であり、末梢セロトニンまたは腸内芳香族アミンの増加を伴う疾患の予防または治療に好適に用いることができる。また、本発明のスクリーニング方法により選択された被験物質は、上記本発明の医薬組成物の有効成分の候補物質として有用であり、更なるスクリーニングを経て、上記本発明の医薬組成物の有効成分となる可能性を有する。
【実施例
【0031】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
〔実施例1:フェネチルアミンを産生するヒト腸内細菌の同定〕
1.実験方法
(1)培地
Gifu anaerobic medium(GAMブイヨン「ニッスイ」、日水製薬、以下「GAM」と略記する)をオートクレーブ(115℃, 15 min)で滅菌し、95℃になった時点で培地を取り出し、嫌気チャンバー(INVIVO2 400, Ruskinn Technologies)内に一晩静置して溶存酸素を取り除いた。嫌気チャンバー内で500 μL ずつ1 mL 容 96 deep-well plate に分注した。
【0033】
(2)菌株および培養条件
GAMで培養可能なヒト腸内細菌優占種32種を選択した(図1参照)。各菌株のグリセロールストック5μLを96 deep-well plate内のGAM 500 μLに植菌し、96 deep-well plateへGas permeable moisture barrier sheel(4titude)を貼り37℃で24~48時間前培養した。前培養液を嫌気チャンバー内でマルチチャンネルピペットを用いて懸濁後、コピープレート96(トッケン)を用いて96 deep-well plate内のGAM 500 μLに植菌した。Gas permeable moisture barrier sheel(4titude)を貼り、嫌気チャンバー内で 37℃にて本培養を行った。培養開始後、本培養液 20μLを用いて経時的に OD600を測定して生育曲線を作成し、最大 OD600の約半分の値を示した時間を増殖期、増殖期を経た後 OD600が一定になった時間を定常期とした。
【0034】
(3)培養上清中のフェネチルアミンの検出
(3-1)試料調製
経時的に本培養液が入った 96 deep-well plateを回収、遠心(4,400 rpm, 4℃, 40 min)し培養上清を得た。得られた培養上清に対して1/10量の100%(w/v)Trichloroacetic acid(TCA)を添加した。添加後十分混合し、遠心(18,900×g, 4℃, 10 min)に供した。遠心後、得られた上清をコスモナイスフィルター(0.45μm, PVDF)でろ過し、ろ液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供した。
【0035】
(3-2)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
フェネチルアミンの分析には、オルトフタルアルデヒド(o-phthalaldehyde)によるポストカラム誘導体化法を用いた。分離カラムに#2619PH(4.6 × 50 mm, 日立)を使用し、67℃に保持した。移動相の流速は0.4 mL/minとし、移動相A(45.2 mM クエン酸3ナトリウム, 63.3 mM 塩化ナトリウム, および 60.9 mM クエン酸)と移動相B(200 mM クエン酸3ナトリウム, 2 M塩化ナトリウム, 5 %エタノール, および 5 % 1-プロパノール)を使用し、移動相B濃度を0~6分にかけて50~85%に上げ、12分まで85%に保持し、12~18分にかけて100%に上げ、45分まで100%で保持し、その後、50%に下げ、60分まで50%で保持した。オルトフタルアルデヒドによる誘導体化は反応液1(400 mM NaOH)と反応液2(234 mM ホウ酸, 0.05 % Brij-35, 5.96 mMオルトフタルアルデヒド, 0.2 % 2-mercaptoethanol)をそれぞれ0.35 mL/minで流し、カラムオーブン内でカラム溶出液と混合することで行った。検出は蛍光検出器(λ ex 340 nm, λ em 435 nm)で行った。
【0036】
2.結果
32種のヒト腸内細菌中、Ruminococcus gnavus、Blartia hansenii、Clostridium nexile、Clostridium asparagiformeおよびEnterococcus faecalisの5種の菌が、フェネチルアミンを産生することを見出した。
【0037】
〔実施例2:フェネチルアミン産生菌の芳香族アミン産生プロファイル〕
1.実験方法
(1)培地
実施例1と同様にしてGAMを調製した。芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)濃度を1 mM に揃えた培地(本培養培地)はBacteroides属細菌の最少培地の組成を基に、GAMを10% (v/v)となるよう添加しGAMに含まれる各芳香族アミノ酸との合計が1 mMとなるよう各芳香族アミノ酸溶液を添加することで調製した。調製した培地はフィルター滅菌(0.22 μm, PVDF)し、50 mL容遠沈管に 30 mLずつ分注し、嫌気チャンバー(INVIVO2 400, Ruskinn Technologies)内に一晩静置して溶存酸素を取り除いた。本培養培地の組成を以下に示す。
10% (v/v)GAM, 0.5 % (w/v)グルコース、 100 mMリン酸2水素カリウム、15 mM塩化ナトリウム、8.5 mM硫酸アンモニウム、4 mM L-システイン、1.9 μMヘマチン、200 μM L-ヒスチジン、1 μg/mLビタミンK3、5 ng/mLビタミンB12、100 μM塩化マグネシウム、1.4 μM硫酸鉄、50 μM塩化カルシウム
【0038】
(2)菌株および培養条件
実施例1でフェネチルアミンを産生することが確認されたヒト腸内細菌5種を、3 mL のGAMに接種し、嫌気チャンバー(INVIVO2 400, Ruskinn Technologies)内で37℃, 18時間前培養した。1 mLの前培養液を遠心し(3,400 g, 25℃, 3 min)、上清を除去して菌体を回収した。得られた菌体を本培養培地 1 mLで懸濁し、再度遠心(3,400 g, 25℃, 3 min)し、菌体を洗浄した。洗浄済み菌体を 1 mLの本培養培地で再懸濁し、その一部を用いてOD600 を測定した。測定した OD600 を基にOD600 が0.03となるように、30 mLの本培養培地に植菌した。植菌後、嫌気チャンバー内で培養を行い、培養開始後6、12、18、24、48時間目に培養液をサンプリングし、芳香族アミンの検出を行った。
【0039】
(3)培養上清中の芳香族アミンの検出
(3-1)試料調製
1 mLの培地を回収し、遠心(18,900×g, 4℃, 10 min)により培養上清を得た。得られた培養上清に対して1/10量の100%(w/v)Trichloroacetic acid(TCA)を添加した。添加後十分混合し、遠心(18,900×g, 4℃, 10 min)に供した。遠心後、得られた上清をコスモナイスフィルター(0.45 μm, PVDF)でろ過し、ろ液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供した。
【0040】
(3-2)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
フェネチルアミンの分析は、実施例1と同じ方法で行った。
チラミンとトリプタミンのHPLC分析では、分離カラムにDiscovery HS-F5(4.6 × 150 mm, Supelco)を使用し、30℃に保持した。移動相として10 mM ギ酸アンモニウム(pH 3.0)とアセトニトリルを使用し、流速は0.4 mL/minとした。グラジエントプログラムは、アセトニトリル濃度を0~22分にかけて3%~27%に上げ、22~80分にかけて66%に上げ、80~81分にかけて100%に上げ、86分まで100%で保持し、87分にかけて3%に下げ、102分まで3%で保持するプログラムとした。検出は蛍光検出器(λ ex 280 nm, λ em 325 nm)で行った。
【0041】
2.結果
結果を図2に示した。(A)はB. hanseniiの結果、(B)はR. gnavusの結果、(C)はC. nexilの結果、(D)はC. asparagiformeの結果、(E)はE. faecalisの結果である。B. hanseniiとR. gnavusとC. nexilは、トリプタミンを最も多く産生していた。C. asparagiformeとE. faecalisは、チラミンを最も多く産生していた。
【0042】
〔実施例3:E. faecalisの野生株、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子欠損株および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子相補株によるフェネチルアミン産生能の検討〕
1.実験方法
(1)使用菌株
Enterococcus faecalisの野生株SK947、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子(aadc)欠損株SK981、および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子(aadc)相補株SK982を使用した。
【0043】
使用した各菌株の作製方法は以下のとおりである。使用した菌株を表1に、使用したプラスミドを表2に、使用したプライマーを表3にそれぞれ示した。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
【表3】
【0047】
(1-1)E. faecalisの野生株SK947の作製
E. faecalis の野生株(WT株、SK947)は、E. faecalis V583 をもとに作製した。具体的には、E. faecalis V583に空ベクターpLZ12(J. Perez-Casal, M. G. Caparon, and J. R. Scott, “Mry, a trans-acting positive regulator of the M protein gene of Streptococcus pyogenes with similarity to the receptor proteins of two-component regulatory systems”, J. Bacteriol., vol. 173, no.8, pp. 2617-2624, 1991.)をエレクトロポレーションにより導入することで、SK947を得た。
【0048】
(1-2)aadc 欠損カセットを有する温度感受性プラスミドpLT06-Δaadcの作製
次に、温度感受性プラスミドpLT06(L. R. Thurlow, V. C. Thomas, and L. E. Hancock, “Capsular polysaccharide production in Enterococcus faecalis and contribution of CpsF to capsule serospecificity”, J. Bacteriol., vol. 191, no.20, pp.6203-6210, 2009.)に由来し、aadc 欠損カセットを有するpLT06-Δaadcを作製した。E. faecalis V583 株のゲノム上における aadc遺伝子 ORFの上流および下流それぞれ約1 kbpの領域をPCRによって増幅した。増幅の際、上流域の増幅にはプライマーfor_Del_ddc_1_F および for_Del_ddc_2_5P_Rを使用し、下流域の増幅にはプライマーfor_Del_ddc_3_5P_F および for_Del_ddc_4_R を使用した。両増幅産物をライゲーションにより連結し、約2 kbpのDNA断片に対し addc欠損カセット全長増幅のための PCRを再度行った。プライマーには、pLT06-EcoRI_D_ddc_FおよびpLT06-EcoRI_D_ddc_Rを用いた。増幅した断片を、インフュージョン法によりEcoRIで切断したpLT06にクローニングし、pLT06-Δaadcを作製した。
【0049】
(1-3)aadc遺伝子領域を有するpLZ12-aadc+の作製
次に、pLZ12に由来し、aadc遺伝子領域を有するpLZ12-aadc+を作製した。E. faecalis V583 株のゲノム上の aadc遺伝子およびその上流500 bpを含む2,550 bpの領域をPCRにより増幅した。鋳型にはE. faecalis V583 のDNA、プライマーにはC_ddc+0.5k_F_pLZ_BamおよびC_ddc+0.5k_R_pLZ_Bamを使用した。得られた増幅産物をBamH Iで切断したpLZ12にクローニングし、pLZ12-aadc+を作製した。
【0050】
(1-4)aadc欠損株SK977の作製
上記(1-2)で作製したpLT06-Δaadcを E. faecalis V583 株へ導入することにより、aadc欠損株(SK977)を作製した。具体的には、pLT06-Δaadcを E. faecalis V583 株にエレクトロポレーションにより導入し、培養を行った後、42℃でインキュベートして温度感受性プラスミドpLT06-Δaadc を除去した。ゲノム上の aadc領域近傍においてシングルクロスオーバーによってプラスミドが導入された株を 10μg/mLのクロラムフェニコール(CF)および120μg/mLの5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(X-gal)を添加した THB寒天培地上でスクリーニングした。THB寒天培地上に生育したコロニーについて、目的領域において正しく遺伝子組換えが起こったことを PCRにより確認した。次いで、CFを含まない培地を用いて 2回培養を行うことにより、ゲノム上に導入されたプラスミドのループアウトによる除去を行い、120μg/mLのX-galおよび10μg/mLのp-クロロフェニルアラニンを含む MM9YEG寒天培地上で、プラスミド除去に成功した株をスクリーニングした。p-クロロフェニルアラニンに対して耐性を示した白色コロニーについて PCRにより正しくプラスミド領域がゲノム上から除去されたことを確認した。さらに、組換え領域について PCR増幅およびダイレクトシークエンス法による塩基配列解析を行い、意図しない変異が導入されていないことを確認した。
【0051】
(1-5)aadc欠損株SK981の作製
上記(1-4)で作製したSK977にpLZ12をエレクトロポレーションにより導入し、aadc欠損株SK981を作製した。
【0052】
(1-6)aadc相補株SK982の作製。
得られたSK977にpLZ12-aadc+をエレクトロポレーションにより導入し、aadc相補株SK982を作製した。
【0053】
(1-7)各菌株の確認
SK947、SK981、SK982のゲノム上のaadc遺伝子およびpLZ12-aadc+の有無を以下の方法で確認した。鋳型にE. faecalisのゲノムDNA、プライマーにConf_Del_ddc_FおよびConf_Del_ddc_Rを用いて、ゲノム上のaadc遺伝子を含む領域(4,084bp)を増幅した。また、プライマーにpLZ12_MCS_FWDおよびpLZ12_MCS_COMPLを用いて、pLZ12-aadc+(2,850bp)含む領域を増幅した。PCR反応液はDNAポリメラーゼ(PrimeSTAR Max DNA Polymerase、タカラバイオ)を用いて調製した。PCRはサーマルサイクラー(TaKaRa PCR Thermal Cycler Dice Gradient, タカラバイオ)を使用し、98℃ 10秒、50℃ 30秒、72℃ 4分、35サイクルあるいは、98℃ 10秒、56℃ 30秒、72℃ 3分、30サイクルで反応を行った。PCR反応後、アガロースゲル(Agarose S、富士フィルム和光純薬)を用いて電気泳動を行い、ゲノム上aadc遺伝子を含む領域は4,084bpの位置で、pLZ12-aadc+は2,850bpの位置でバンドの有無を確認した。
【0054】
(2)培地、培養条件、培養上清中のフェネチルアミンの検出
実施例2と同じ培地、培養条件で、E. faecalisの野生株SK947、aadc欠損株SK981およびaadc相補株SK982を培養した。HPLCによる培養上清中のフェネチルアミンの検出は、実施例1と同じ方法で行った。
【0055】
2.結果
結果を図3に示した。野生株およびaadc相補株の培養上清からはフェネチルアミンが検出されたが、aadc欠損株の培養上清からはフェネチルアミンが検出されなかった。この結果から、E. faecalisは、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を用いてフェネチルアミンを産生していることが明らかになった。
【0056】
〔実施例4:E. faecalisの芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子破壊株および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子相補株を腸内優勢菌叢としたマウスにおける大腸組織中セロトニンレベルの検討〕
1.実験方法
(1)使用マウス
6週齢の雌のBALB/cCrSlc(日本エスエルシー)を使用した。
【0057】
(2)飼料
CLEA Rodent Diet CE-2(日本クレア)と、AIN-93Gを基礎配合としチロシンを含有せずフェニルアラニン含有量が基礎配合の10倍量となるようにアミノ酸組成を変えた特殊配合飼料の2種類を使用した。AIN-93Gを基礎配合とした飼料の組成を以下に示す。
L-アラニン 3.70 g/kg、L-アルギニン 5.13 g/kg、L-アスパラギン酸 9.22 g/kg、L-シスチン 3.00 g/kg、L-グルタミン酸 10.29 g/kg、グリシン 2.52 g/kg、L-ヒスチジン 3.66 g/kg、L-イソロイシン 6.84 g/kg、L-ロイシン 12.36 g/kg、L-リジン-HCl 13.05 g/kg、L-メチオニン 3.62 g/kg、L-フェニルアラニン 87.00 g/kg、L-プロリン 16.52 g/kg、L-セリン7.58 g/kg、L-トレオニン 5.36 g/kg、L-トリプトファン 1.75 g/kg、L-チロシン 0.00 g/kg、L-バリン 8.03 g/kg、スクロース 100 g/kg、コーンスターチ 380.456 g/kg、ジイエトロズ 145 g/kg、大豆油 70 g/kg、tBHQ 0.014 g/kg、セルロース 50 g/kg、salt mix #210030 35 g/kg、重炭酸ナトリウム 7.4 g/kg、vitamin mix #310025 10g/kg、重酒石酸コリン 2.5 g/kg(総重量 1 kg)
【0058】
(3)抗生物質処置
マウスの腸内細菌を可能な限り除去するため、ドリペネムとバンコマイシンの2種類の抗生物質を滅菌水道水に添加したものを飲料水とした。抗生物質の濃度は、0.25 g/L ドリペネム(フィニバックス点滴静注用 0.5 g、 塩野義製薬株式会社)および0.5 g/L バンコマイシン(塩酸バンコマイシン点滴静注用 0.5g、塩野義製薬株式会社)である。
【0059】
(4)使用菌株
実施例3で使用したE. faecalisのaadc欠損株SK981およびaadc相補株SK982を使用した。菌は、10μg/mL クロラムフェニコール(CF)添加Lactobacillus MRS (LMRS) Brothを50% (v/v) グリセロールで作製したものに菌体を浮遊させ、使用時まで-20℃で保存した。
【0060】
(5)培地
10μg/mL クロラムフェニコール(CF)添加GAMを用いた。使用直前に10μg/mLとなるようにCFを添加した。1.6 %GAM Agarは、オートクレーブ後に50℃に設定した恒温水槽内で50℃まで冷却し、10μg/mLとなるようにCFを添加した後シャーレに分注して固化させた。これをアネロパックケンキ(商品名)とともに嫌気ジャーに入れて溶存酸素を取り除き使用した。
【0061】
(6)菌懸濁液の調製
5 mL の10μg/mL CF添加GAMに、-20℃で保存したストック菌株を播種し、嫌気条件で37℃、12時間前培養した。前培養後の菌液から5μL(1.4×109 CFU/mL)を5 mL の10μg/mL CF 添加GAM Brothに播種し、嫌気条件で37℃、12時間本培養した。本培養後の培養液1 mL をエッペンチューブに分注し、遠心(6,000×g, 25℃, 5 min)の後、上清を除去して菌体を回収した。回収した菌体に10μg/mL CF添加PBSを1 mL 加えて懸濁し、遠心(6,000×g, 25℃, 5 min)し、上清除去の操作を2回繰り返して菌体を洗浄した。2回目の洗浄後、菌体を5 mL のPBSに懸濁し、この菌懸濁液希釈して10μg/mL CF 添加GAM Agarに塗抹し、嫌気ジャー内で37℃で培養した。培養後、コロニーカウントすることで菌数を測定し、菌濃度を1×108 CFU/200μLに調製した。
【0062】
(7)実験プロトコル
マウスを各10匹ずつ2群(aadc欠損株投与群、aadc相補株投与群)に分けて実験を行った。Enterococcus faecalis 優勢の菌叢とするために、マウスに2週間の抗生物質投与を行い腸管内の細菌数を1,000,000分の1に減少させた。マウスへの抗生物質の飲水投与開始日をDay 0とし、飼料としてCE-2を与え実験を開始した。Day 13に飼料をCE-2 からAIN-93Gの特殊配合へ変更し、腸管内のフェニルアラニン量を増加させると同時にチロシンを減少させた。抗生物質投与はDay14に終了し、飲料水を滅菌水に変更した。Day 15に菌液投与を行った。麻酔下で経口ゾンデ(5202K, フチガミ器械)を用いてマウス1匹あたりに1×108 CFU/200μLのE. faecalisを経口投与した。E. faecalis投与の3日後(Day18)にマウスの糞・大腸組織・盲腸内容物を回収した。具体的には、マウス1匹あたり糞を10粒(約10 mg)回収し、その後安楽死させて開腹し、大腸組織および盲腸内容物を取り出した。回収した糞便サンプルは、アネロパックケンキ(商品名)で嫌気化し-80℃で保存した。大腸組織は15 mLのPBSが入った50 mL遠沈管に入れ、サンプル処理までの間乾燥しないようにし、遠沈管ごと氷冷した。盲腸内容物は100μL以上を回収しエッペンチューブに移し、-80℃で保存した。実験期間中(Day 0~Day 18)、体重および摂餌量の経日変化を測定した。
【0063】
(8)大腸組織の処理
PBS入り遠沈管に入れて氷冷しておいた大腸組織をシャーレ上に出し、解剖用ハサミで腸管に長軸方向に切れ込みを入れて開き、腸管内の糞をピンセットで取り除いた。その後、PBS 10 mL で2回洗浄した。洗浄後の大腸を10 mL のPBS が入った遠沈管へ移し、超音波ホモジナイザー(Model 250, BRANSON)で超音波発信30秒、静置60秒のサイクルを1サンプル当たり5回繰り返して大腸組織をホモジナイズした。ホモジナイズ後の大腸サンプルを遠沈管のまま-25℃で保存した。
【0064】
(9)セロトニン測定
凍結保存した大腸サンプルを解凍し、遠心(15,000 rpm, 4℃, 5 min)して上清を1 mL回収した。100μLをセロトニン定量のためのELISA(Serotonin ELISA Kit, Enzo Life science社)に供した。ELISAはメーカーのプロトコルに従い行った。算出されたセロトニン濃度と大腸組織重から大腸組織 1 gあたりのセロトニン量を求めた。セロトニンレベルはaadc欠損株投与群の大腸組織 1 gあたりのセロトニン量の平均を1として、aadc相補株投与群における各個体の大腸組織 1 gあたりのセロトニン量として求めた。統計処理にはMann-Whitney U testを行った。
【0065】
2.結果
結果を図4に示した。aadc相補株投与群の大腸組織中セロトニンレベルは、aadc欠損株投与群と比較して有意に高かった。
【0066】
〔実施例5:ヒト糞便中の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子コピー数とフェネチルアミン産生能の検討〕
1.実験方法
(1)糞便中のフェネチルアミン測定
9名の健常成人から糞便を収集した。糞便を約100mg秤量し、9倍量のPBSあるいは1mMのフェニルアラニンを含むPBSを添加し糞便懸濁液を調製した。調製した糞便懸濁液を嫌気チャンバー内で37℃、6時間インキュベートした。インキュベート後、遠心(18,900×g、4℃、10 min)し、上清を回収した。得られた上清に対して1/10量の100%(w/v)Trichloroacetic acid(TCA)を添加した。添加後十分混合し、遠心(18,900×g、4℃、10 min)に供した。遠心後、得られた上清をコスモスピンフィルターH(0.45 μm, PVDF)でろ過し、ろ液を HPLCに供した。HPLCによる培養上清中のフェネチルアミンの検出は、実施例1と同じ方法で行った。
【0067】
(2)糞便中のaadc遺伝子コピー数
上記9名の健常成人から収集した糞便を約20mg秤量し、95 μL の TE buffer(10 mM Tris-HCl, 0.1 mM EDTA, pH 8.0)で懸濁した。5μLの300 mg/mLリゾチーム溶液(リゾチームをTE bufferに溶解したもの)および11μLの20,000 U/mL のアクロモペプチダーゼ溶液(アクロモペプチダーゼをTE bufferに溶解したもの)を添加し、37℃で15分間インキュベートした。インキュベート後、20%(w/v)sodium dodecyl sulfate 溶液を12 μL添加し、5分間混合した後、60℃で5分間インキュベートした。インキュベート後、QIAamp Fast DNA Stool Mini Kit(QIAGEN)を用いて、製造者のプロトコルに従いDNA抽出を行った。抽出したDNA濃度はμDrop plate(Thermo Fisher Scientific)を使用し260nmにおける吸光度から算出した。
【0068】
測定したDNA濃度を基に滅菌水を用いて1 ng/μLのDNA溶液を調製し、定量PCRに供した。定量PCRはTB Green Premix Ex Taq II(Tli RNaseH Plus)(タカラバイオ)を使用し、全量20μLの反応系で行った。反応液組成は10μLの2x TB qPCR mix、9.2μLの1ng/μL DNA 溶液、0.8μLの17.5μM プライマー混合液である。プライマー混合液はRgna_aadc_qPCR2_Fw(5'-AACCGGGCTTGCTGACAGTA-3'、配列番号13)およびRgna_aadc_qPCR2_Rv(5'-CGTACGTCTGGAAGAGCCATTT-3'、配列番号14)(それぞれ100μM)と滅菌水を1.75 : 1.75 : 6.5 の割合で混合したものである。PCRは95℃30秒の後、[95℃5秒→60℃60秒]を40サイクル行った。pCDF23(Nakagawa A, Matsumura E, Koyanagi T, Katayama T, Kawano N, Yoshimatsu K, Yamamoto K, Kumagai H, Sato F, Minami H, “Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli.” Nat Commun., vol. 7, Article number: 10390, 2016)にR.ganvusのaadc遺伝子を導入したプラスミドを用いてコピー数算出のための検量線を作成した。検量線から算出されたコピー数を基に糞便1gあたりのR.ganvusのaadc遺伝子コピー数を算出した。
【0069】
2.結果
結果を図5に示した。ヒト糞便1 gあたりの芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子(aadc)のコピー数に対してフェニルアラニンを糞便に混合した際のフェネチルアミンの産生量をプロットしたところ、有意な正の相関(p = 0.0066)があった。この結果から、ヒト糞便中のAADCがフェニルアラニンをフェネチルアミンに変換している可能性が高いことが示された。したがって、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害することにより、フェネチルアミンの産生量を抑制できることが示された。
【0070】
〔実施例6:芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬によるE. faecalisのフェネチルアミン産生抑制〕
1.実験方法
(1)培地
実施例2で使用した本培養培地と同じ培地を、実施例2の1.(1)に記載の方法と同じ方法で調製した。この本培養培地に、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(aadc)阻害薬として公知のカルビドパ(Carbidopa Monohydrate、東京化成)、メチルドパ(3-(3,4-Dihydroxyphenyl)-2-methyl-L-alanine Sesquihydrate、東京化成)およびベンセラジド(Benserazide Hydrochloride、東京化成)を、終濃度が1.5 mMになるようにそれぞれ添加し、3種類のaadc阻害剤含有培地を作製した。
【0071】
(2)菌株および培養条件
Enterococcus faecalisを3 mL のGAMに接種し、実施例2と同じ培養条件で培養を行った。本培養培地での嫌気培養開始後24時間目に培養液をサンプリングし、フェネチルアミンの検出を行った。
【0072】
(3)培養上清中のフェネチルアミンの検出
実施例2と同じ方法で試料を調製し、HPLCに供した。HPLCによるフェネチルアミンの分析は、実施例1と同じ方法で行った。
【0073】
2.結果
結果を図6に示した。カルビドパおよびベンセラジドはE. faecalisのフェネチルアミンの産生を顕著に抑制した。一方、メチルドパはE. faecalisのフェネチルアミンの産生を抑制しなかった。
【0074】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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