(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-28
(45)【発行日】2023-08-07
(54)【発明の名称】フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法、及び、フェロニッケル鋳造片の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 33/04 20060101AFI20230731BHJP
C22B 5/02 20060101ALI20230731BHJP
C22B 23/02 20060101ALI20230731BHJP
【FI】
C22C33/04 H
C22B5/02
C22B23/02
(21)【出願番号】P 2019099133
(22)【出願日】2019-05-28
【審査請求日】2022-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】593213342
【氏名又は名称】株式会社日向製錬所
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】小森 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 修司
(72)【発明者】
【氏名】韓 準兌
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-105348(JP,A)
【文献】特開2011-017032(JP,A)
【文献】特開2004-068048(JP,A)
【文献】特開昭58-199843(JP,A)
【文献】特開2016-156043(JP,A)
【文献】特開昭59-085816(JP,A)
【文献】特開2006-199981(JP,A)
【文献】特開平07-062457(JP,A)
【文献】特開2015-209553(JP,A)
【文献】特開昭52-108311(JP,A)
【文献】特開2013-001938(JP,A)
【文献】特開2016-199773(JP,A)
【文献】特開2019-039045(JP,A)
【文献】特開2015-074743(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 33/00-33/12
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の棒状の電極が上下動可能に立設されている電気炉において、ニッケル酸化鉱石を熔融還元してフェロニッケル熔体とスラグとを比重分離することにより、フェロニッケル熔体からなるメタル層上に、スラグからなるスラグ層を分離形成させる熔融還元工程と、
前記フェロニッケル熔体を鋳造して、ショット状のフェロニッケル鋳造片を得る、鋳造工程と、
を含んでなるフェロニッケル鋳造片の製造において、
前記熔融還元工程では、
前記電気炉内において、前記メタル層と前記スラグ層との間の界面部分に形成される非平衡状態の半熔融物からなる層であるクラスト層の状態を確認する作業を行い、前記クラスト層が縮小傾向にあることが認められた場合に、下記のi)乃至iii)の操作のうち何れか1以上の操作を行うことによって、前記フェロニッケル熔体中のケイ素(Si)のクロム(Cr)に対する比率である品位を所定値以上に維持する、
フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法。
i) 前記電極を上昇させて前記スラグ層と前記メタル層との界面から遠ざける。
ii) 前記スラグ層を形成するスラグの融点を上昇させる。
iii) 前記スラグ層の厚みを増大させる。
【請求項2】
前記所定値が0.2である、請求項1
に記載のフェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法。
【請求項3】
前記ii)の操作を行うことによって、前記スラグの融点を1580℃以上に維持し、
前記iii)の操作を行うことによって、前記スラグ層の厚みを50cm以上に維持する、
請求項1
又は2に記載の黒色化抑制方法。
【請求項4】
請求項1から
3の何れかに記載の黒色化抑制方法を行うフェロニッケル鋳造片の製造方法であって、
前記熔融還元工程と、
前記鋳造工程と、を含んでなり、
前記鋳造工程においては、前記黒色化抑制方法が行われたフェロニッケル熔体を鋳造して、ショット状のフェロニッケルを得る、
フェロニッケル鋳造片の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル酸化鉱を原料とする鉄―ニッケル合金であるフェロニッケルをショット状に鋳造したフェロニッケル鋳造片の製造において、その表面の黒色化を抑制する「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」、及び、当該方法の実施を伴う「フェロニッケル鋳造片の製造方法」に関する。
【背景技術】
【0002】
フェロニッケルは、鉄とニッケルを主成分とする合金であり、ステンレス鋼及び特殊鋼の原料として用いられている。フェロニッケルは、ニッケル酸化鉱石を電気炉等で還元熔融する工程を経る乾式製錬方法により製造されることが一般的である(特許文献1参照)。
【0003】
又、上記の乾式製錬によるフェロニッケルの製造において、還元熔融されたフェロニッケルは、必要に応じて更に脱硫工程等を経た後、多くの場合、鋳造工程によって鋳造されショット状(フレーク形状)のフェロニッケル鋳造片として出荷される。
【0004】
従来、上記のようなフェロニッケル鋳造片の製造において、クロム酸化物の表面析出等により、その表面が黒色化してしまうことが問題となっていた。このような鉄系合金の変色を抑制することを企図する従来技術としては、金属材の表面に水系脱錆塗料を塗布して被膜を形成する技術等が知られている(特許文献2参照)。
【0005】
例えば、特許文献2に記載されている技術を、フェロニッケル鋳造片の製造に適用する場合、鋳造後に行う工程として水系脱錆塗料を塗布する工程を新設する必要がある。しかしながら、フェロニッケル鋳造片の表面の黒色化は、大部分が鋳造工程の途中でフェロニッケル熔体が固体化する過程で生じる。このようにして黒色化してしまった鋳造片は実質的に製品化できないことから、特許文献2に記載されている上記技術は、フェロニッケル鋳造片の黒色化を抑制する手段としては不適である。又、仮に、鋳造後のフェロニッケル鋳造片の黒色化の進行をある程度は抑制する効果が期待できるとしても、ショット製品のように表面が平滑でないものについては、塗料の均一な塗布が困難であり、薬剤コストも膨大になってしまう。又、同塗料の塗布によってフェロニッケル鋳造片の製品規格を組成面において逸脱するリスクもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-39045号公報
【文献】特開2015-74743号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記状況に鑑みて開発された新規なプロセスであり、フェロニッケル鋳造片の製造において、その表面の黒色化を抑制する「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」、及び、当該方法の実施により、黒色化が抑制されているフェロニッケル鋳造片を製造することができる「フェロニッケル鋳造片の製造方法」を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、フェロニッケル鋳造片の製造プロセス全体を詳細に検討し、電気炉等の熔融炉から排出されたフェロニッケル熔体中のケイ素(Si)のクロム(Cr)に対する比率に着目し、これを最適化することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、具体的には、以下のものを提供する。
【0009】
(1) 複数の棒状の電極が上下動可能に立設されている電気炉において、ニッケル酸化鉱石を熔融還元してフェロニッケル熔体とスラグとを比重分離することにより、フェロニッケル熔体からなるメタル層上に、スラグからなるスラグ層を分離形成させる、熔融還元工程と、前記フェロニッケル熔体を鋳造して、ショット状のフェロニッケル鋳造片を得る、鋳造工程と、を含んでなるフェロニッケル鋳造片の製造において、前記熔融還元工程では、下記のi)乃至iii)の操作のうち何れか1以上の操作を行うことによって、前記フェロニッケル熔体中のケイ素(Si)のクロム(Cr)に対する比率であるSi/Cr品位を所定値以上に維持する、フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法。
i) 前記電極を上昇させて前記スラグ層と前記メタル層との界面から遠ざける。
ii) 前記スラグ層を形成するスラグの融点を上昇させる。
iii) 前記スラグ層の厚みを増大させる。
【0010】
(1)の発明、即ち、「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、ニッケル酸化鉱石を熔融還元する電気炉内において、メタル層とスラグ層との間の界面部分に形成される非平衡状態の半熔融物からなる層であるクラスト層を維持するための操作(上記i)乃至iii)の操作)を行うことにより、スラグ層へのケイ素(Si)成分の流出を抑制する方法である。これにより、フェロニッケル鋳造片の製造において、フェロニッケル熔体の「Si/Cr品位」を、鋳造工程前の段階で最適化して、鋳造工程後に得られるフェロニッケル鋳造片の表面の黒色化を抑制又は防止することができる。
【0011】
(2) 前記電気炉内において、前記メタル層と前記スラグ層との間の界面部分に形成される非平衡状態の半熔融物からなる層であるクラスト層が縮小傾向にある場合に、前記i)乃至iii)の操作のうち何れか1以上の操作を行う、(1)に記載のフェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法。
【0012】
(2)の発明によれば、従来看過されていた電気炉内で形成されるクラスト層の挙動に着目して、これに対応して上記のi)乃至iii)の操作を行うようにした。これによれば、(1)の発明の奏する上記効果を享受して、より高い精度でフェロニッケル鋳造片の黒色化を防止することができる。
【0013】
(3) 前記所定値が0.2である、(1)又は(2)に記載のフェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法。
【0014】
(3)の発明によれば、一般的なフェロニッケル鋳造片の製造条件の下で、(1)又は(2)の発明の奏する上記効果を享受して、より高い精度でフェロニッケル鋳造片の黒色化を防止することができる。
【0015】
(4) 前記ii)の操作を行うことによって、前記スラグの融点を1580℃以上に維持し、前記iii)の操作を行うことによって、前記スラグ層の厚みを50cm以上に維持する、(1)から(3)の何れかに記載の黒色化抑制方法。
【0016】
(4)の発明によれば、一般的なフェロニッケル鋳造片の製造条件の下で、(1)から(3)の何れかの発明の奏する上記効果を享受して、より高い精度でフェロニッケル鋳造片の黒色化を防止することができる。
【0017】
(5) (1)から(4)の何れかに記載の黒色化抑制方法を行うフェロニッケル鋳造片の製造方法であって、前記熔融還元工程と、前記鋳造工程と、を含んでなり、前記鋳造工程においては、前記黒色化抑制方法が行われたフェロニッケル熔体を鋳造して、ショット状のフェロニッケルを得る、フェロニッケル鋳造片の製造方法。
【0018】
(5)の「フェロニッケル鋳造片の製造方法」は、熔融還元工程における実施容易な操作のみによって、(1)から(4)の何れかに記載の黒色化抑制方法の奏する上記効果を享受することができる製造方法である。従来、フェロニッケル鋳造片の製造において、表面が黒色化した不良品は系内の上流工程に繰り返す以外の対処方法がなかったが、(5)の「フェロニッケル鋳造片の製造方法」によれば、フェロニッケル鋳造片の製造中におけるフェロニッケル熔体中の「Si/Cr品位」の変動を抑制して、フェロニッケル鋳造片の表面の黒色化による不良品の発生を最小限に抑制することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、フェロニッケル鋳造片の製造において、その表面の黒色化を抑制する「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」、及び、当該方法の実施により、黒色化が抑制されているフェロニッケル鋳造片を製造することができる「フェロニッケル鋳造片の製造方法」を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明を実施することができる電気炉の構成を模式的に示す図である。
【
図2】ニッケル酸化鉱の製造方法の流れの一例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の具体的な実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。尚、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0022】
<フェロニッケル鋳造片の製造方法>
フェロニッケル鋳造片は、ニッケル酸化鉱石を熔融炉で還元する熔融還元工程と、還元されたフェロニッケル熔体をショット状に鋳造する鋳造工程と、を含んで構成される製造方法により製造されることが一般的である。本発明の「フェロニッケル鋳造片の製造方法」は、このような従来の製造過程において、更に、本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」を、必須の処理工程として行うことを特徴とする製造方法である。
【0023】
本発明の「フェロニッケル鋳造片の製造方法」の基本的な流れは、
図2に示す通りである。又、本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、
図2に示す「熔融還元工程S1」を行う電気炉10の内部において、メタル層7とスラグ層6との間の界面部分に形成される非平衡状態の半熔融物からなる層であるクラスト層8を維持するための操作(上述したi)乃至iii)の操作)を行うことにより、スラグ層6へのケイ素(Si)成分の流出を抑制する方法である。これにより、フェロニッケル鋳造片の製造において、フェロニッケル熔体の「Si/Cr品位」を、鋳造工程前の段階で最適化して、鋳造工程後に得られるフェロニッケル鋳造片の表面の黒色化を抑制又は防止することができる。
【0024】
尚、本発明の製造方法によりフェロニッケルの鋳造片を製造する場合も、従来の一般的な製造方法による場合と同様、原料のニッケル酸化鉱石について、熔融還元工程S1への投入前に、予め、乾燥工程や焼成及び部分還元工程等の予備的処理(図示せず)を行うことが好ましい。又、熔融還元工程S1で得たフェロニッケル熔体について、要求される製品スペックに応じた脱硫処理を行う脱硫工程S2を、鋳造工程S3に投入する前に、予め、行うことが好ましい。
【0025】
[熔融還元工程]
熔融還元工程S1は、原料鉱石を電気炉内で熔融還元し、フェロニッケル(メタル)とスラグとを生成させる工程である。この工程で産出されるフェロニッケル熔体は、鉄を主成分とし、炭素質還元剤の設定量に応じて16質量%以上25重量%以下程度の品位でニッケルを含有する。又、フェロニッケル熔体とは別に産出されるスラグは、原料鉱石中の酸化鉄の大部分と二酸化ケイ素及び酸化マグネシウムとを含有し、鉄鋼の焼結工程における成分調整用マグネシア熔剤や、コンクリート用細骨材、土木工事用資材等として利用される。
【0026】
図1は、熔融還元工程S1の実施に好適な電気炉の一例である三相交流電極式円形電気炉(電気炉10)の構造を示す模式図である。電気炉10は炉体1と上下動可能に立設されている三本の棒状の電極2で構成されている。熔融還元工程S1を実施する際、この電気炉10の内部には熔融状態のメタルからなるメタル層7と熔融状態のスラグからなるスラグ層6とが存在し、スラグ層6の表面を鉱石(焼鉱5)が覆っている。焼鉱5は焼鉱シュート(図示せず)から炉内のスラグ層6の上部に供給される。
【0027】
又、この電気炉10によれば、炉体1の炉蓋に設けられた開口部から炉内に挿入垂下された3本の電極2に三相交流電力を供給し、この三相交流電力からアークを発生させ、そのアーク熱により直接的に焼鉱5を熔解させる方法(低電流高電圧操業法)、或いは、三本の電極2をスラグ層6まで浸漬させ、電極2からメタル及びスラグに直接通電させて抵抗発熱によりスラグを介して間接的に焼鉱5を熔解させる方法(高電流低電圧操業法)によって、スラグ層6及びメタル層7の温度をそれぞれ所定の温度に昇温し、これにより焼鉱5を還元熔融してメタルとスラグとを生成することができる。
【0028】
上記のようにして生成されたメタルとスラグとは、比重差によってメタル層7とスラグ層6とに分離される。尚、生成されたメタルはメタル抜出し口3を介して抜き出され、またスラグはスラグ抜出し口4を介して抜き出され、次工程に供される。
【0029】
[鋳造工程]
鋳造工程S3は、フェロニッケル熔体を、ショット状(フレーク形状)のフェロニッケル鋳造体に鋳造する工程である。ショット状のフェロニッケル鋳造体は、例えば、フェロニッケル熔体を、冷却水が収容された水槽の中央に水面より高い位置に設けられた円盤に注湯し、この円盤を回転させることでフェロニッケル熔体をショット状に飛散させ、水槽内の冷却水中に落下させて冷却させることによって得ることができる。
【0030】
[その他の工程]
上述の通り、本発明の製造方法によりフェロニッケル鋳造片を製造する場合も、従来の一般的な製造方法による場合と同様、その他の工程として、熔融還元工程S1に先行する工程として、「乾燥工程」、「焼成及び部分還元工程」を、鋳造工程S3に先行して脱硫工程S2を行うことが好ましい。
【0031】
(乾燥工程)
乾燥工程では、所定の調合比率となるように原料鉱石を配合した後、ロータリーキルン等の加熱炉を用いて乾燥処理を施し、原料鉱石に含まれる付着水分(35質量%以上45質量%以下)の一部を除去する。例えば、原料鉱石に含まれる付着水分を25質量%以上35質量%以下程度の割合とする。
【0032】
(焼成及び部分還元工程)
乾燥工程で乾燥させた原料鉱石に対して炭素質還元剤(石炭)と必要に応じて熔剤とを添加し、ロータリーキルン等の加熱炉に投入し、800℃以上900℃以下程度の焼成温度で焼成することによって、その鉱石に残存する水分(付着水、結晶水分)を完全に除去するとともに部分還元した焼鉱5を生成させる。これらの工程が、「熔融還元工程S1」に先行して行われる場合には、このようにして生成された焼鉱5が、「熔融還元工程S1」に投入される。
【0033】
(脱硫工程)
「熔融還元工程S1」にて得られたフェロニッケル熔体は、製品スペックにより脱硫処理が必要とされる場合には、脱硫工程S2に移され、取鍋等を用いた機械式撹拌装置又は電気誘導式撹拌装置による脱硫処理が行われる。具体的には、脱硫工程S2においては、フェロニッケル熔体に対してカルシウムカーバイド等の脱硫剤を添加して撹拌することで、フェロニッケル熔体中の硫黄を、硫化カルシウム(CaS)としてスラグ中に固定して分離除去する。
【0034】
<フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法>
本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、熔融還元工程S1と鋳造工程S3とを少なくとも含んでなるフェロニッケル鋳造片の製造方法の流れの中で、この方法を更に行うことにより、フェロニッケル鋳造片の黒色化を有意に抑制又は防止することができる方法である。
【0035】
この「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、具体的には、「熔融還元工程S1」を行う電気炉10の内部においてメタル層7とスラグ層6との間の界面部分に形成されるクラスト層8を維持するための操作(上記i)乃至iii)の操作)を行うことにより、スラグ層6へのケイ素(Si)成分の流出を抑制しすることによって、フェロニッケル熔体(メタル)の「Si/Cr品位」を所定値以上に維持する方法である。尚、本明細書においては、これらの操作(操作i)乃至iii))のことを総称して「クラスト層を維持するための操作」とも称する。
【0036】
通常、フェロニッケル鋳造片の製造において熔融還元工程S1を行う電気炉10の内部に存在するスラグ層6とメタル層7との間には温度勾配が存在する。よって、これらの電気炉10の内部では、
図1に示すように、スラグ層6とメタル層7の間の界面部分に、非平衡状態の半熔融物からなるクラスト層8が形成されている。本明細書においては、電気炉内においてメタル層とスラグ層との間に形成されるこのような半熔融物からなる層のことを「クラスト層」と称する。
【0037】
さて、従来の一般的なフェロニッケル鋳造片の製造において、熔融還元工程S1を経たフェロニッケル熔体中のS品位は、1%以上3%以下程度に制御されているが、熔融還元工程S1を行う電気炉の操業条件の変化により、このSi品位は変動し、1%以下となることもある。このようにSi品位が低下した時にフェロニッケル鋳造片の黒色化が発生しやすいことは従来も知られていた。しかしながら、この黒色化は、Si品位が低いとき(目安として1%以下程度であるとき)に必ず発生しているわけではなかった。本発明者らは、研究を重ね、フェロニッケル中の「Si品位」ではなく、「Cr品位とSi品位の関係性」に新たに着目し、その結果、「Si/Cr品位」の変動と上記の黒色化の間に強い相関が存在することに気づき、又、より具体的には、「Si/Cr品位」が0.2未満である場合に、上記の黒色化がより高い頻度で発生することを解明した。
【0038】
尚、本明細書における「Si/Cr品位」とは、ケイ素(Si)のクロム(Cr)に対する比率(重量比)である。このSi/Cr品位の測定方法は、特に限定されず、従来公知の各種方法によることができる。例えば、熔融フェロニッケルを、蛍光X線分析方法に付すことにより測定することができる。
【0039】
ここで、電気炉10の内部で、メタル層7とスラグ層6とが直接接触すると、熱力学上、ケイ素(Si)成分はスラグ層6に分配してメタル中のSi品位が低下する。本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、上記のクラスト層8を適切に維持することにより、メタル層7とスラグ層6を直接接触させないようにして、ケイ素(Si)成分の過剰な流出を阻止し、メタル中の「Si/Cr品位」を好ましい品位に維持する方法である。
【0040】
(クラスト層を維持するための操作)
本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」を構成する「クラスト層を維持するための操作」は、フェロニッケル熔体中のケイ素(Si)のクロム(Cr)に対する比率である「Si/Cr品位」を所定値以上に維持するための操作として行われる。これらの操作は、熔融還元工程S1の実施時に、下記表1に示すi)乃至iii)の操作が選択的に行われる。「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」においては、熔融還元工程S1の実施時に、これらの3つの操作のうち何れかのみが行われてもよいし、何れか2つの操作、或いは全部の操作が組合されて行われてもよい。
【0041】
【0042】
上記表1に示すi)乃至iii)の操作は、電気炉10内において、クラスト層8が縮小傾向にある場合に行われることが好ましい。クラスト層8が、縮小傾向にあることは、例えば、炉内レベルを測定する際に行う検尺によって直接推認することもできるし、熔融還元工程S1で得たフェロニッケル熔体中の「Si/Cr品位」を測定する工程を行って、この結果を上記操作の必要度の判断基準として上流工程にフィードバックすることによって適切に行うこともできる。
【0043】
(操作i))
本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」において選択的に行われる(操作i)は、通常、上述した通りの炉抵抗値の調整のために、上下に移動できるように設置されている電極2の下端部の垂直位置を上昇させてスラグ層6とメタル層7との界面から遠ざける操作である。この操作により、熱源である電極2の下端部の近接によるクラスト層8の熔融を防ぐことができる。但し、電極2の下端部の垂直位置が高くなり過ぎると、電気炉10の絶縁部分での絶縁破壊が発生して短絡によるショートが発生する危険がある。よって、一般的な三相交流電極式円形電気炉であれば、操作i)は、炉抵抗値を25mΩ以下に保持することができる範囲内で行うことが好ましい。
【0044】
尚、
図1に示す電気炉10において、電力は下記(1)式で表現される。堆積されている焼鉱5の電気伝導率はスラグ層6やメタル層7に比較して無視できる程度に小さく、(1)式で示される熔融・還元反応に必要な電力の大半はスラグ層6とメタル層7を介して電極2の間を流れる。
電力(MW)=電圧(V)×電流(kA)×√3
=電流(kA)2×炉抵抗(mΩ)×3/1000 ・・・・(1)
この(1)式の中の電力値は目標設定値であり、電圧値を設定値として変化させることで炉抵抗値をコントロールすることが可能となる。具体的な電気炉内での現象としては、炉抵抗は電極2の位置を上下に調整することでコントロールしている。例えば、炉抵抗値を低くする場合には、電極2を下方向に下げる。
【0045】
(操作ii))
本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」において選択的に行われる操作ii)は、スラグ層6を形成するスラグの融点を上昇させる操作である。スラグの融点が所定温度以下に低下するとクラスト層8自体の融点も下がり、クラスト層8が熔解しやすい状態になる。これを防ぐためには、操作ii)によってスラグの融点を所定温度以上、具体的な目安として1580℃以上に維持することが好ましい。
【0046】
スラグの融点について、実際の操業においては、スラグ排出毎にサンプリングを実施し、蛍光X線にて分析を実施し、組成監視を実施して、この組成に応じてSi源の添加量や還元剤添加量を調整することで、融点を所望の温度以上に維持することができる。但し、スラグ融点が高すぎる場合には、電気炉からの出滓トラブルの原因となることがあるため、一般的な目安として、操作ii)は、スラグ温度を1650℃以下に保持することができる範囲内で行うことが好ましい。
【0047】
(操作iii))
本発明の「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」において選択的に行われる(操作iii)は、スラグ層6の厚みを増大させる操作である。スラグ層6の厚みが薄すぎる場合には、電極2の下端部とクラスト層8との距離が小さくなり、クラスト層8が熔解しやすくなる。これを防ぐためには、操作iii)によってスラグの厚みを所定厚み以上、具体的な目安として50cm以上に維持することが好ましい。
【0048】
スラグ層6の厚みは、電気炉10の内部に検尺棒を刺して抜き出した後、検尺棒に付着した付着物により、推定することができる。その検尺結果に応じて、炉体1からのスラグの排出量を調整することによって、スラグ層6の厚みを制御することができる。但し、スラグ層6の厚みが大きすぎる場合には、炉体1の上部の耐火物溶損に繋がる危険性も高まるため、一般的な目安として、操作iii)は、スラグ層6の厚みを100cm以下に保持することができる範囲内で行うことが好ましい。
【0049】
以上説明したように、フェロニッケル鋳造片の製造に際して、熔融還元工程S1の実施時に、従来、その存在が注視されることなかったクラスト層8の機能に着目し、これを維持するための操作を必須の操作として行う「フェロニッケル鋳造片の黒色化抑制方法」は、「Si/Cr品位」の変動と「フェロニッケル鋳造片の黒色化」の間の強い相関に関する上記の独自知見に基づいて開発された新規なプロセスである。
【実施例】
【0050】
以下、試験操業による実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0051】
(試験操業の実施条件)
熔融還元工程を三相交流電極式円形電気炉で行い、フェロニッケル熔体を取鍋に受け入れて分離処理を行った後にフェロニッケル熔体をショット状に鋳造する鋳造工程を引き続き行う操業を試験操業として行った。電気炉から排出可能なフェロニッケル熔体の量は、取鍋で移送できる量の18倍であり、電気炉から全てのフェロニッケル熔体を抜き出すための取鍋での移送回数は18回である。その後、改めて電気炉にフェロニッケル熔体を滞留させ、同様の操業を更に1回、計2回行った。取鍋での移送回数は合計で36回(=36ロット)となった。
【0052】
(第1回目操業:比較例)
第1回目の操業における熔融還元工程の操業条件は、炉抵抗:12mΩ、スラグの融点を1540~1560℃、スラグ層の厚みを30cmとした。この操業において、「Si/Cr品位」が0.2未満となったロットは18ロット中14ロットであり、この18ロットは、このまま鋳造工程で処理をした。その結果、鋳造片表面の黒色化が発生したのは10ロットであり、電気炉から排出したフェロニッケルのうち、55%が不良品となり、不良品となったロットは電気炉へ繰り返し装入する必要があった。
【0053】
(第2回目操業:実施例)
第2回目の操業においては、第1回目の操業よりも炉抵抗を上昇させるために、電極を上昇させてスラグ層とメタル層との界面から遠ざける操作(操作i))を行い、その結果、炉抵抗は16mΩに上昇した。又、珪石の添加量を調整し、スラグのMgO/SiO2品位を0.04上昇させることにより、第1回目の操業よりもスラグの融点を上昇させて1580~1650℃とした。又、スラグ層の厚みを増大させて厚みを60cmとした。この操業において、Si/Cr品位が0.2未満となったロットは存在しなかった。上記第2回目の18ロットも鋳造工程で処理をした。その結果、鋳造片表面の黒色化が発生したロットは無かった。
【0054】
以上より、本発明を適用し、電気炉における熔融還元工程の操業条件を適切に管理することで、電気炉から排出されるフェロニッケル中のSi/Cr品位を0.2以上に維持することができ、これにより、フェロニッケル鋳造片の黒色化を有意に抑制することができることが分かる。
【符号の説明】
【0055】
1 炉体
2 電極
3 メタル抜出し口
4 スラグ抜出し口
5 焼鉱
6 スラグ層
7 メタル層
8 クラスト層
10 電気炉
S1 熔融還元工程
S2 脱硫工程
S3 鋳造工程