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特許7321958耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-28
(45)【発行日】2023-08-07
(54)【発明の名称】耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20230731BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20230731BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020043525
(22)【出願日】2020-03-12
(65)【公開番号】P2021142547
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】千葉 竜太朗
(72)【発明者】
【氏名】笹木 聖人
(72)【発明者】
【氏名】池田 舞
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-151001(JP,A)
【文献】特開2011-125904(JP,A)
【文献】特開2019-25524(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0123483(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなる耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03~0.12%、
Si:0.1~1.0%、
Mn:1.3~2.8%、
Cu:0.01~0.7%、
Cr:0.5~1.5%、
Al:0.02~0.30%を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO換算値の合計:3.5~7.0%、
Si酸化物のSiO換算値の合計:0.1~0.6%、
Zr酸化物のZrO換算値の合計:0.1~1.0%、
Al酸化物のAl換算値の合計:0.01~0.50%、
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計:0.01~0.30%、
Mg:0.1~0.7%、
B:0.001~0.010%、
金属弗化物のF換算値の合計:0.01~0.15%を含有し、
残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ni:0.02~0.50%を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ti:0.01~0.10%を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋での耐食性を高めるために開発された耐食性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、スパッタ発生量が少なく、鋼管の全姿勢溶接性において優れた溶接作業性を有する耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
原油タンカーやFPSO(浮体式生産貯蔵積出設備)の荷油管、バラスト管などの固定管は、長期使用により管内面の塗膜が数年内に損傷し局部腐食が発生するため、船舶の寿命内に数回の補修あるいはパイプ部分の交換が必要となる。そのため炭素鋼に塗装を施すのではなく、経年変化による孔食や腐食減肉を抑える目的で従来から耐食性鋼材が適用されている。
【0003】
一般的に全姿勢溶接用フラックス入りワイヤはTiO主体のスラグ形成剤を多く含有しているので、立向や上向姿勢溶接でメタルが垂れにくく良好なビード形状が得られるが、水平すみ肉溶接では下板側止端部が膨らんだビード形状になりやすい。そのため、半自動溶接で水平すみ肉溶接だけでなく立向や上向姿勢溶接でも良好なすみ肉ビード形状が得られるフラックス入りワイヤの提供が強く求められている。
【0004】
特許文献1は耐海水性鋼用被覆アーク溶接棒に関する技術であるが、被覆アーク溶接棒は、フラックス入りワイヤに比べ、溶着効率が劣るといった問題点があった。また、耐食性を向上させるため被覆アーク溶接棒中にMoを微量添加しているので溶接金属の靭性が安定しないという問題点があった。
【0005】
耐候性鋼に適用する溶接作業性が良好なフラックス入りワイヤが、例えば特許文献2や特許文献3に開示されている。しかし、特許文献1はJIS Z3320に規定されるCu、Cr、Niを含有させることで鋼表面に安定さび層を形成させるタイプであり、特許文献2はCu-Ni-Ti系高耐候性鋼を対象としているため海水環境下での適用は耐食性が得られないという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭50-80244号公報
【文献】特開2011-125904号公報
【文献】特開2000-288781号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、上述した問題点に檻みて案出されたものであり、耐海水性鋼を溶接するにあたり、スパッタ発生量が少なく、鋼管の全姿勢溶接性において優れた溶接作業性を有する耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨は、鋼製外皮にフラックスを充填してなる耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.03~0.12%、Si:0.1~1.0%、Mn:1.3~2.8%、Cu:0.01~0.7%、Cr:0.5~1.5%、Al:0.02~0.30%を含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ti酸化物のTiO換算値の合計:3.5~7.0%、Si酸化物のSiO換算値の合計:0.1~0.6%、Zr酸化物のZrO換算値の合計:0.1~1.0%、Al酸化物のAl換算値の合計:0.01~0.50%、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計:0.01~0.30%、Mg:0.1~0.7%、B:0.001~0.010%、金属弗化物のF換算値の合計:0.01~0.15%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする。
【0009】
また、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ni:0.02~0.50%を含有することを特徴とする。
【0010】
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ti:0.01~0.10%を含有することを特徴とする耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、耐海水性鋼を溶接するにあたり、スパッタ発生量が少なく、鋼管の全姿勢溶接性が良好で、溶接金属の安定した靭性を確保し、高品質な溶接金属が得られる耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて、スパッタ発生量が少なく、鋼管の全姿勢溶接性において優れた溶接作業性を得るべく種々検討を行った。
【0013】
その結果、本発明者らは、フラックスに添加するCu及びCr量を適量とし、Moを無添加とすることで、溶接金属と母材成分の成分バランスの最適化を図り、海水環境下での耐食性の確保と機械性能のバランスを図る方法を見出した。また、Niを適量添加することで耐食性がさらに向上することを見出した。
【0014】
また、本発明者らは、C、Ti酸化物、弗素化合物、Na化合物及びK化合物を適量とすることによってアークが安定してスパッタ発生量が少なくなり、Si、Mn、Ti酸化物、Si酸化物を適量とすることによって、ビード形状が良好になることを見出した。
【0015】
さらに、本発明者らは、Al、Ti酸化物、Zr酸化物、Al酸化物量を適量とすることによって、特に立向上進溶接時での溶接金属のメタル垂れを抑制することを得られると共にフラックス入りワイヤ中のC、Si、Mn、Mg及びBを適量とすることによって、機械的性能、特に靭性に優れた溶接金属が安定して得られることを見出した。また、Tiを適量添加することで溶接金属の靭性がさらに向上することを見出した。
【0016】
以下、本発明の耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成及びその含有量と各成分組成の限定理由について説明する。なお、各成分の組成は、ワイヤ全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載して表すこととする。
【0017】
[鋼製外皮とフラックスの合計でC:0.03~0.12%]
Cは、アークを安定させて溶滴サイズを細粒化させる効果がある。Cが0.03%未満では、アークが不安定で溶滴の細粒化が困難となってスパッタ発生量が多くなる。一方、Cが0.12%を超えると、Cが溶接金属中に過剰に歩留まり靱性が低下する。したがって、Cは0.03~0.12%とする。なお、Cは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属粉及び合金粉等から添加できる。
【0018】
[鋼製外皮とフラックスの合計でSi:0.1~1.0%]
Siは、溶接時に一部が溶接スラグとなってビード形状を良好にし、溶接作業性の向上に寄与する。Siが0.1%未満では、溶接ビード形状が不良となる。一方、Siが1.0%を超えると、Siが溶接金属中に過剰に歩留まり靱性が低下する。したがって、Siは0.1~1.0%とする。なお、Siは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0019】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn:1.3~2.8%]
Mnは、Siと同様、溶接時に一部が溶接スラグとなってビード形状を良好にし、溶接作業性の向上に寄与するとともに脱酸剤として作用し溶接金属の靭性を向上させる効果がある。Mnが1.3%未満では、溶接金属中にMnが十分に歩留まらず、溶接金属の靭性が低下するとともにビード形状が不良となる。一方、Mnが2.8%を超えると、Mnが溶接金属中に過剰に歩留まり、強度が高くなりすぎ、靱性が低下する。したがって、Mnは1.3~2.8%とする。なお、Mnは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加される。
【0020】
[鋼製外皮とフラックスの合計でCu:0.01~0.7%]
Cuは、さび層形成時にさび粒子の結晶化・粗大化を抑制し、さび層の緻密さを保持するために必須の元素である。Cuが0.01%未満では、この効果が十分に得られず、溶接金属の耐食性が低下する。一方、Cuが0.7%を超えると、高温割れが発生しやすく、溶接金属の靭性が低下する。したがって、Cuは0.01~0.7%とする。なお、Cuは、鋼製外皮に含まれる成分の他、ワイヤ表面のCuめっき、フラックスからの金属Cu、Fe-Cu等の合金粉末から添加できる。
【0021】
[鋼製外皮とフラックスの合計でCr:0.5~1.5%]
Crは、溶接金属に耐食性を付与させるために必須の元素である。Crが0.5%未満では、この効果が十分に得られず、溶接金属の耐食性が低下する。一方、Crが1.5%を超えると、溶接金属の強度が高くなりすぎ、靭性が低下する。したがってCrは0.5~1.5%とする。なお、Crは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Cr、Fe-Cr等の合金粉末から添加できる。
【0022】
[鋼製外皮とフラックスの合計でAl:0.02~0.30%]
Alは、溶接時にAl酸化物として溶融スラグとなって溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接における溶融メタルが垂れ落ちるのを防ぐ効果がある。しかし、Alが0.02%未満では、この効果が十分に得られず、立向上進溶接時に溶融メタルが垂れやすくなる。一方、Alが0.30%を超えると、Al酸化物として過度に溶接金属に残留して溶接金属の靭性が低下する。したがって、Alは0.02~0.30%とする。なお、Alは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Al、Fe-Al、Al-Mg等の合金粉末から添加できる。
【0023】
[フラックス中のTi酸化物のTiO換算値の合計:3.5~7.0%]
Ti酸化物は、溶接時のアーク安定化に寄与するとともに、溶接スラグとなって溶接ビードの形状を良好にし、溶接作業性の向上に寄与する効果がある。特に、立向上進溶接においては、溶融スラグの粘性や融点を調整し、溶融メタルが垂れるのを防ぐ効果がある。また、一部が微細なTi酸化物として溶接金属中に残留して溶接金属のミクロ組織を微細化し、溶接金属の靱性を向上させる効果もある。Ti酸化物のTiO換算値の合計が3.5%未満では、これらの効果が十分に得られず、アークが不安定になってスパッタ発生量が多く、ビード形状が不良となる。また、Ti酸化物のTiO換算値の合計が3.5%未満では、立向上進溶接において溶融メタルが垂れ、溶接の継続が困難になり、さらに、溶接金属の靭性が低下する。一方、Ti酸化物のTiO換算値の合計が7.0%を超えると、アークが安定してスパッタ発生量が少なくなるが、Ti酸化物として溶接金属中に過剰に残存して靱性が低下する。したがって、Ti酸化物のTiO換算値の合計は3.5~7.0%とする。なお、Ti酸化物は、フラックスからのルチールサンド、酸化チタン、チタンスラグ、イルミナイト等から添加できる。
【0024】
[フラックス中のSi酸化物のSiO換算値の合計:0.1~0.6%]
Si酸化物は、溶融スラグの粘性や融点を調整してスラグ被包性を向上させる効果がある。Si酸化物のSiO換算値の合計が0.1%未満では、この効果が十分に得られずビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO換算値の合計が0.6%を超えると、溶融スラグの塩基度が低下して溶接金属の酸素量が増加して靭性が低下する。したがって、Si酸化物のSiO換算値は0.1~0.6%とする。なお、Si酸化物は、フラックスからの珪砂、カリ長石、珪酸ナトリウム、ジルコンサンド等から添加できる。
【0025】
[フラックス中のZr酸化物のZrO換算値の合計:0.1~1.0%]
Zr酸化物は、溶融スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接における溶融メタルが垂れるのを防ぐ効果がある。Zr酸化物のZrO換算値の合計が0.1%未満では、この効果が十分に得られず、立向上進溶接時に溶融メタルが垂れやすくなる。一方、Zr酸化物のZrO換算値の合計が1.0%を超えると、スラグの剥離性が不良になる。したがって、Zr酸化物のZrO換算値の合計は0.1~1.0%とする。なお、Zr酸化物は、フラックスからの酸化ジルコニウム、ジルコンサンド等から添加できると共にTi酸化物に微量含有される。
【0026】
[フラックス中のAl酸化物のAl換算値の合計:0.01~0.50%]
Al酸化物は、溶融スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接における溶融メタルが垂れるのを防ぐ効果がある。Al酸化物のAl換算値の合計が0.01%未満では、この効果が十分に得られず、立向上進溶接時に溶融メタルが垂れやすくなる。一方、Al酸化物のAl換算値の合計が0.50%を超えると、溶接時に溶融プールからAl酸化物が浮上分離できなくなって取り残されスラグ巻き込みとなる。したがって、Al酸化物のAl換算値の合計は0.01~0.50%とする。なお、Al酸化物はフラックスからのアルミナ、カリ長石等から添加できる。
【0027】
[フラックス中のNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値とK換算値の合計:0.01~0.30%]
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物は、アークを安定にする効果がある。Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物のNa換算値とK換算値の合計が0.01%未満では、その効果は十分に得られず、アークが不安定となる。一方、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物のNa換算値とK換算値の合計が0.30%を超えると、スラグ剥離性及びビード形状が不良となり、スパッタ発生量が多くなる。したがって、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値とK換算値の合計は0.01~0.3%とする。なお、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物は、珪酸ソーダ、珪酸カリからなる水ガラスの固質分及びフラックスからのカリ長石、NaF、KF、KSiF等から添加でき、Na換算値及びK換算値はこれらに含有されるNa及びK量の合計である。
【0028】
[フラックス中のMg:0.1~0.7%]
Mgは、強脱酸剤であり溶接金属中の酸素を低減し、溶接金属の靱性を高める効果がある。Mgが0.1%未満では、この効果が十分に得られず、溶接金属の靭性が低下する。一方、Mgが0.7%を超えると、溶接時にアーク中で激しく酸素と反応してスパッタ発生量が多くなって溶接作業性が不良となる。したがって、Mgは0.1~0.7%とする。なお、Mgは、フラックスからの金属Mg、Al-Mg等の合金粉末から添加できる。
【0029】
[鋼製外皮とフラックスの合計でB:0.001~0.010%]
Bは、微量の添加により溶接金属のミクロ組織を微細化し、溶接金属の靭性を向上させる効果がある。Bが0.001%未満では、この効果が十分に得られず、溶接金属の靭性が低下する。一方、Bが0.010%を超えると、溶接金属の強度が高くなりすぎ、靭性が低下するとともに、溶接金属に高温割れが発生しやすくなる。したがって、Bは0.001~0.010%とする。なお、Bは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからのFe-B、Fe-Mn-B等の合金粉末から添加できる
【0030】
[フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計:0.01~0.15%]
金属弗化物はアークを安定させる効果がある。金属弗化物のF換算値の合計が0.01%未満では、この効果が十分に得られずアークが不安定となる。一方、金属弗化物のF換算値の合計が0.15%を超えると、アークが不安定になりスパッタ発生量が多く発生する。また、立向上進溶接で溶融メタル垂れが発生しやすくなる。また、金属弗化物のF換算値の合計が0.15%を超えると、ビード底部にスラグ成分が取り残されたまま溶接金属が凝固してしまうためスラグ巻込みが発生する。したがって、金属弗化物のF換算値の合計は0.01~0.15%とする。なお、金属弗化物は、フラックスからのCaF、NaF、KF、LiF、MgF、KSiF、AlF等から添加でき、F換算値はこれらに含有されるF量の合計である。
【0031】
[鋼製外皮とフラックスの合計でNi:0.02~0.50%]
Niは、溶接金属の耐食性をさらに向上させる効果がある。Niが0.02%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Niが0.50%を超えると、溶接金属の強度が高くなりすぎて、靭性が低下する。したがって、Niは0.02~0.50%とする。なお、Niは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Ni、Fe-Ni、Ni-Mg等の合金粉末から添加できる。
【0032】
[鋼製外皮とフラックスの合計でTi:0.01~0.10%]
Tiは、溶接金属の組織を微細化して靭性をさらに向上させる効果がある。Tiが0.01%未満では、溶接金属の靭性を向上させる効果が得られない。一方、Tiが0.10%を超えると、溶接金属の靭性を阻害する上部ベイナイト組織を生成し靭性が低くなる。したがって、Tiは0.01~0.10%とする。なお、Tiは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Ti、Fe-Ti等の合金粉末から添加できる。
【0033】
本発明に係る耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮をパイプ状に成形し、その内部にフラックスを充填した構造である。ワイヤの種類としては、成形した鋼製外皮の合わせ目を溶接して得られる鋼製外皮に継ぎ目の無いワイヤと、鋼製外皮の合わせ目の溶接を行わないままとした鋼製外皮に継ぎ目を有するワイヤとに大別できる。本発明においては、何れの構造のワイヤを採用してもよい。但し、鋼製外皮に継ぎ目が無いワイヤは、ワイヤ中の水分量を低減することを目的に焼鈍が可能であり、また製造後のフラックスの吸湿が無いため、溶接金属の拡散性水素量を低減し、耐低温割れ性の向上を図ることができるので、鋼製外皮に継ぎ目が無いワイヤを用いるのが好ましい。
【0034】
本発明の耐海水性鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの残部は、鋼製外皮のFe、成分調整のためにフラックスから添加する鉄粉中のFe、Fe-Mn、Fe-Si合金等の鉄合金粉のFe分及び不可避不純物である。また、特に制限はしないが、フラックス充填率は生産性の観点から、ワイヤ全質量に対して8~20%とし、V、Nbは機械性能の強度の観点から、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下とするのが好ましい。
【実施例
【0035】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0036】
まず、鋼製外皮にJIS G3141 SPCC(C:0.002~0.06質量%)を使用し、該鋼製外皮をU字型に成形、フラックスを充填率8~20%で充填してC字型に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接して造管、伸線し、表1及び表2に示す各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。なお、試作したワイヤ径は1.2mmとした。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
これら試作ワイヤを用い、水平すみ肉溶接及び立向上進溶接による溶接作業性を調査した。
【0040】
溶接作業性は、板厚16mmのJIS G 3106 SM490AをT字に組んだ試験体に、表3に示す溶接条件で、水平すみ肉溶接及び立向上進溶接を行い、その際のアーク状態、スパッタ発生状態、スラグ剥離性、ビード形状の良否、メタル垂れの有無を目視確認で調査した。
【0041】
【表3】
【0042】
溶着金属試験は、板厚20mmのJIS G 3106 SM490Aに2層バタリング溶接後、開先加工したバタリング鋼板を用い、JIS Z 3111に準じて溶接を行い、溶着金属の板厚方向中心から引張試験片(A0号)及び衝撃試験片(2mmVノッチ試験片)を採取して機械試験を実施した。引張試験の評価は、引張強さが550~650MPaを良好とした。衝撃試験の評価は、0℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、繰返し3本の吸収エネルギーの平均が70J以上を良好とした。その際、初層溶接時に高温割れの有無を目視確認し、耐食性を調査した。これら結果を表4及び表5にまとめて示す。
【0043】
X線透過試験は、スラグ巻き込み、ブローホール、溶け込み不良が認められた場合、その欠陥の種類を表記し、継手溶接長500mmにおいて上述の欠陥が認められない場合は無欠陥とした。
【0044】
耐食性の試験は、溶着金属試験を調査した試験片から余盛りを研削し、溶接ビードを長手方向とした厚さ20mm、幅100mm、長さ200mmの短冊状にしたものを試験片とし、千葉県富津市臨海部にて暴露試験を3年間行った。なお、暴露地点は離岸距離が5m(飛来海塩粒子量1日平均1.3mg/dm)とした。評価は溶接金属部の片面(表側)における平均板厚減少量を測定し、0.2mm以下を良好とした。
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
表1及び表4のワイヤ記号W1~W16は本発明例、表2及び表5のワイヤ記号W17~W31は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1~W16は、フラックス入りワイヤ中の鋼製外皮とフラックスの合計でC、Si、Mn、Cu、Cr、Al、フラックス中のTi酸化物のTiO換算値の合計、Si酸化物のSiO換算値の合計、Zr酸化物のZrO換算値の合計、Al酸化物のAl換算値の合計、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計、Mg、B、金属弗化物のF換算値の合計が適正であるので、アークが安定してスパッタ発生量が少なく、立向上進溶接で溶融メタル垂れがなく、各姿勢溶接でスラグ剥離性及びビード形状が良好で、高温割れ及びX線透過試験での欠陥は発生しなかった。また、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーも良好であり、耐食性も良好であった。
【0048】
なお、ワイヤ記号W2、W4、W10、W12~W14はNiが適量添加されているので溶着金属の耐食性の試験で平均板厚減少量が0.1mm未満と極めて良好だった。
【0049】
さらに、ワイヤ記号W4、W5、W7、W8、W12、W13はTiが適量添加されているので吸収エネルギーの平均が80J以上得られた。
【0050】
比較例中ワイヤ記号W17は、Cが少ないので、アークが不安定になりスパッタ発生量が多くなった。また、Ti酸化物のTiO換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0051】
ワイヤ記号W18は、Cが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Si酸化物のSiO換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良となった。なお、Tiが添加されているが溶着金属の吸収エネルギーの目標値である70J以上へと向上させる効果が得られなかった。
【0052】
ワイヤ記号W19は、Siが少ないので、ビード形状が不良となった。また、Si酸化物のSiO換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0053】
ワイヤ記号W20は、Siが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Zr酸化物のZrO換算値の合計が少ないので、立向上進溶接においてメタル垂れが発生した。
【0054】
ワイヤ記号W21は、Mnが少ないので、ビード形状が不良になり、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Cuが少ないので、溶着金属の耐食性が不良であった。なお、Niが少ないので、溶着金属の耐食性を改善する効果は得られなかった。
【0055】
ワイヤ記号W22は、Mnが多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、Zr酸化物のZrO換算値が多いので、スラグ剥離性が不良であった。
【0056】
ワイヤ記号W23は、Cuが多いでの、溶接部初層に高温割れが発生し、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Al酸化物のAl換算値が少ないので、立向上進溶接において溶融メタル垂れが発生した。なお、Tiが添加されているが溶着金属の吸収エネルギーの目標値である70J以上へと向上させる効果が得られなかった。
【0057】
ワイヤ記号W24は、Crが少ないので、溶着金属の耐食性が不良であった。また、Ti酸化物のTiO換算値の合計が少ないので、アークが不安定でスパッタ発生量が多く、ビード形状が不良になり、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。さらに、立向上進溶接において溶融メタル垂れが発生した。なお、Niが添加されているが溶着金属の耐食性を向上させる効果は得られなかった。
【0058】
ワイヤ記号W25は、Crが多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、Al酸化物のAl換算値が多いので、スラグ巻き込みが発生した。さらに、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計が少ないので、アークが不安定になった。
【0059】
ワイヤ記号W26は、Alが少ないので、立向上進溶接において溶融メタル垂れが発生した。また、Mgが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。なお、Tiが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーを改善する効果は得られなかった。
【0060】
ワイヤ記号W27は、Alが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多く、スラグ剥離性及びビード形状が不良となった。
【0061】
ワイヤ記号W28は、Mgが多いので、スパッタ発生量が多かった。また、Bが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。なお、Tiが添加されているが溶着金属の吸収エネルギーの目標値である70J以上へと向上させる効果は得られなかった。
【0062】
ワイヤ記号W29は、Bが多いので、溶接部初層に高温割れが発生し、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、アークが不安定となった。
【0063】
ワイヤ記号W30は、金属弗化物のF換算値の合計が多いので、アークが不安定になりスパッタ発生量が多く、立向上進溶接において溶融メタル垂れが発生した。さらに、スラグ巻き込みが発生した。また、Niが多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。
【0064】
ワイヤ記号W31は、Mgが多いので、スパッタ発生量が多かった。また、Tiが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。