(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-28
(45)【発行日】2023-08-07
(54)【発明の名称】焙煎ごまの脱脂粕からごまタンパク質組成物を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/14 20060101AFI20230731BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20230731BHJP
【FI】
C07K1/14
A23L33/105
(21)【出願番号】P 2022069347
(22)【出願日】2022-04-20
【審査請求日】2022-04-20
(73)【特許権者】
【識別番号】596170550
【氏名又は名称】かどや製油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】山上 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】大西 里香
(72)【発明者】
【氏名】小野 恒平
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-162217(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/14
A23L 33/105
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
AGRICOLA(STN)
BIOTECHNO(STN)
FSTA(STN)
SCISEARCH(STN)
TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生成物に含まれる生物活性物質を増加させることを特徴とするごまタンパク質組成物の製造方法であって、
生物活性物質が、ACE阻害活性タンパク質およびLPL活性タンパク質であり、
(1)
70~240℃の焙煎温度で焙煎される焙煎ごまの脱脂粕を原料とし、
(2)原料
にアルカリ水溶液を添加してpH9~10に調整し、60℃~70℃の温度で抽出する工程、
(3)アルカリ抽出混合物から残渣を分離したアルカリ抽出液に、酸を添加してpHを下げて中和処理する工程、次いで、
(4)析出したタンパク質を生成物として回収する工程、
を備える、製造方法。
【請求項2】
前記(1)の焙煎ごまは、180℃以上の焙煎温度で焙煎される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記(3)の中和処理後の中和液に脱塩処理を行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記脱塩処理は、透析処理または濃縮後のろ過処理である、請求項
3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ごまタンパク質組成物に含まれるタンパク質は、ごまの焙煎によって熱変性されたタンパク質である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記
ごまタンパク質組成物はα-グルコシダーゼ阻害活性タンパク質
を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載の製造方法により製造されるごまタンパク質組成物を含有する
、食品素材である組成物。
【請求項8】
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性を有する高血圧の症状の緩和用組成物である、請求項
7に記載の組成物。
【請求項9】
LPL活性を有する高脂質血症、動脈硬化、または肥満の予防用組成物である、請求項
7に記載の組成物。
【請求項10】
α-グルコシダーゼ阻害活性を有するスクロース摂取による食後血糖値上昇抑制用組成物である、請求項
7に記載の組成物。
【請求項11】
請求項
7に記載の
組成物を含む食品添加物、食品、または飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焙煎により熱変性したごまタンパク質組成物を焙煎ごまの脱脂粕から分離製造する方法、およびその方法で製造されるごまタンパク質組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的規模のごま油製造プロセスにおいて、焙煎による風味付けやごま種子の種皮が焼失することから、焙煎ごま種子を原料として用いることが広く行われている。しかしながら、ごま種子を焙煎後圧搾して得られる搾油プロセスから大量に排出される脱脂ごま(粕)は、焙煎による熱変性による色、臭い等の問題から、未だ有効利用されていないのが現状である。
【0003】
ごまの脱脂粕(脱脂ごま)は油が取り除かれていて、脱脂大豆と同様に良質のタンパク質が主成分であるものの、粉砕しても水への溶解性が低く臭いや色もあるため、そのまま食品や化粧品へ添加する材料とすることは困難である。そのため、脱脂ごまから有用なタンパク質を分離、製造する試みがなされており、たとえば、焙煎後圧搾して脱脂したごま脱脂粕を、酸性水溶液で加熱処理してタンパク質を回収する方法(特許文献1)が報告されている。この方法は、熱変性を受けたごま脱脂粕を用いて、pH2以下に調整後、70℃以上に保持してタンパク質を抽出し、これを中性領域で沈澱させて回収することにより、色、臭い等の問題のない食品、化粧品に使用できるタンパク質を回収するものである。
【0004】
また、焙煎しない生ごま種子をn-ヘキサンで脱脂した脱脂ごまを、酵素処理して得られるタンパク組成物が報告されており(特許文献2)、タンパク質が部分的にペプチド化された広範囲の分子量を有する粗タンパクを主成分とするとともに、これまで活用されていなかったごま種子のタンパク分を活用することにより、水への可溶性や消化吸収性に優れ、リグナン配糖体等の抗酸化物前駆体や、抗酸化作用を有するリグナン類などのごま種子特有の生物活性物質を含有するタンパク組成物が得られる。
【0005】
また、植物由来のタンパク質の酵素分解物には、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性があることが知られており、それら植物タンパク質の原料として、米、小麦、大麦、オート麦、トウモロコシ等の穀類、大豆、緑豆、そら豆の豆類、ゴマ等の蛋白質を豊富に含む種子、種実が使用されている。ACEの酵素活性を抑制することにより血圧の上昇を抑制することが可能となるため、これら酵素分解されたタンパク質、ペプチドは、血圧降下作用を示す素材として医薬品、健康食品に使用されている。たとえば、ACE阻害活性を有するごま由来の酵素分解ペプチドとしては、Leu-Val-Tyrのアミノ酸配列を有するトリペプチド(特許文献3)や、Met-Leu-Pro-Ala-Tyrのアミノ酸配列を有するペンタペプチドやVal-Leu-Tyr-Arg-Asp-Glyのアミノ酸配列を有するヘキサペプチド(特許文献4)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平1-206956号公報
【文献】特開平9-187226号公報
【文献】特開2009-84295号公報
【文献】特開平8-231588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
工業的規模のごま種子の搾油プロセスにおいて、焙煎後の圧搾による圧搾粕からさらに油を取り除いた脱脂粕(脱脂ごま)は、褐色に着色して臭いもあるため、良質のタンパク質が主成分でありながら、そのまま粉砕して食品等の材料に使用することは困難であった。一方、ごまタンパク質を酵素分解した低分子タンパク質の中には、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性があるものが知られており、抗高血圧機能を有する機能性素材として飲料等に添加されている。
本発明は、搾油プロセスから排出される焙煎ごまの脱脂粕を原料にして、酵素分解することなく、ACE阻害活性を含む生物活性を有するごまタンパク質組成物を製造する方法を提供すること、および得られるごまタンパク質組成物を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究した結果、アルカリ液中で脱脂ごまからタンパク質を溶解させてアルカリ抽出し、アルカリ抽出混合物から残渣を取り除いてアルカリ抽出液を得て、この抽出液に酸を添加してpHを下げて中和処理し、次いで脱塩処理することによりごまタンパク質を析出させて、タンパク質を回収することによりごまタンパク質組成物が製造できること、そして、このように容易に製造できるごまタンパク質組成物が、ACE阻害活性だけでなく他の機能性も有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は以下[1]~[6]のごまタンパク質組成物の製造方法に関する。
[1]生成物に含まれる生物活性物質を増加させることを特徴とするごまタンパク質組成物の製造方法であって、生物活性物質が、ACE阻害活性タンパク質およびLPL活性タンパク質であり、(1)70~240℃の焙煎温度で焙煎される焙煎ごまの脱脂粕を原料とし、(2)原料にアルカリ水溶液を添加してpH9~10に調整し、アルカリ水溶液60℃~70℃の温度で抽出する工程、(3)アルカリ抽出混合物から残渣を分離したアルカリ抽出液に、酸を添加してpHを下げて中和処理する工程、次いで、(4)析出したタンパク質を生成物として回収する工程、 を備える、製造方法。
[2]前記(1)の焙煎ごまは、180℃以上の焙煎温度で焙煎される、上記[1]に記載の製造方法。
[3]前記(3)の中和処理後の中和液に脱塩処理を行う、上記[1]に記載の製造方法。
[4]前記脱塩処理は、透析処理または濃縮後のろ過処理である、上記[3]に記載の製造方法。
[5]前記ごまタンパク質組成物に含まれるタンパク質は、ごまの焙煎によって熱変性されたタンパク質である、上記[1]に記載の製造方法。
[6]前記ごまタンパク質組成物はα-グルコシダーゼ阻害活性タンパク質を含む、上記[1]に記載の製造方法。
【0010】
また、本発明は以下[7]~[10]のごまタンパク質組成物、または[11]の食品添加物、食品、または飲料に関する。
[7]上記[1]に記載の製造方法により製造されるごまタンパク質組成物を含有する、食品素材である組成物。
[8]生物活性を有するタンパク質が、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性を有するタンパク質であって、高血圧の症状の緩和用組成物である、上記[7]に記載の組成物。
[9]生物活性を有するタンパク質が、LPL阻害活性を有するタンパク質であって、高脂質血症、動脈硬化、又は肥満の予防用組成物である、上記[7]に記載の組成物。
[10]生物活性を有するタンパク質が、α-グルコシダーゼ阻害活性を有するタンパク質であって、スクロース摂取による食後血糖値上昇抑制用組成物である、上記[7]に記載の組成物。
[11]上記[7]に記載の組成物を含む食品添加物、食品、または飲料。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法によれば、焙煎したごま種子を圧搾して搾油した後の圧搾粕から、油を取り除いて脱脂した脱脂粕を原料として、ごまタンパク質組成物を簡単に分離製造することができる。
また、焙煎したごまに含まれるタンパク質は、焙煎により熱変性しており、このように製造されたタンパク質組成物は、従来知られていたごまタンパク質の加水分解物のアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性だけでなく、リポ蛋白リパーゼ(LPL)活性、または、LPL活性およびα-グルコシダーゼ阻害活性という、生活習慣病予防に有用な複数の活性を有することは、予想外の効果であった。
さらに、ごまタンパク質組成物のACE阻害活性が、抗高血圧機能を機能表示する飲料と同程度のものを得ることができ、産業廃棄物として捨てられていた材料を原料として、複数の機能活性を有する機能性素材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】灰色の棒グラフは、実施例1で得られたごまタンパク質組成物に含まれるタンパク質画分の分子量分布である。黒色の棒グラフは対照であり、焙煎前(焙煎なし)の原料ごまからの脱脂ごまを用いて、本発明の方法により得られたごまタンパク質組成物のタンパク質の分子量分布である。縦軸は、ローリー変法により測定した、ごまタンパク質の全量に対する各分子量タンパク質画分の割合を重量%で示す。
【
図2】実施例1~3および比較例で得られたごまタンパク質組成物について、それぞれ左の棒グラフから、LPL活性、ACE阻害活性、およびα-グルコシダーゼ阻害活性の測定結果である。縦軸は、ACE阻害活性およびα-グルコシダーゼ阻害活性については、阻害率(%)であり、LPL活性については活性(mU/ml)である。
【
図3】実施例3(a)と比較例(b)とで得られたごまタンパク質組成物の電気泳動後の写真。(a)と(b)のタンパク質含量は同じである。(a)の実施例3のサンプルは、別の日に調製した各々5例(n=5)ずつであり、(b)の比較例のサンプル(1)~(5)は、日をそれぞれ変えて調製した5例(n=5)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のごまタンパク質組成物の原料に用いる焙煎ごまの脱脂粕(以下、「脱脂ごま」ともいう。)は、既存のごま油製造プロセスで産出されるもので、ごま種子の焙煎温度が70~240℃、好ましくは180~240℃で焙煎するが、これに限定されるものではない。
焙煎されるごま種子としては、種皮付きまたは脱皮した生ごま種子を用い、白ごま、黒ごま、金ごま、茶ごまのいずれも使用できる。焙煎したごま種子を圧搾搾油すると圧搾粕が生じ、この圧搾粕からn-ヘキサン等の有機溶媒抽出により油を取り除いて脱脂して、本発明のごまタンパク質組成物の原料である脱脂ごまを得る。
【0014】
次に、上記(2)の、原料をpH9以上のアルカリ水溶液で抽出する工程では、脱脂ごまに水とアルカリを添加してpHを9以上に調整し、タンパク質をアルカリ抽出する。
具体的には、脱脂ごまに、NaOH、KOH等のアルカリを添加してpHを9~10に調整した原料の10重量倍以上の蒸留水あるいは上水等を加え、60~70℃で1時間程度撹拌してタンパク質を抽出させる。この温度に保持する時間は特に限定されるものではないが、撹拌によりタンパク質抽出時間を短縮できる。
【0015】
次いで、上記(3)の、アルカリ抽出混合物から残渣を分離したアルカリ抽出液に、酸を添加してpHを下げて中和処理する工程では、アルカリ処理後のアルカリ抽出混合物を、濾紙、フィルタープレス、遠心濾過機等の分離手段を用いて、濾過処理してアルカリ抽出液を得、アルカリ性不溶区分である残渣は廃棄する。濾過の際のアルカリ抽出混合物の温度は、抽出時の温度と同じ程度が好ましく、この温度以下であると、過飽和による析出が多くなり濾過処理が困難になる。得られたアルカリ抽出液に硫酸、塩酸等の酸を添加して、pHを3.5~7好ましくは4~6の範囲に調整して中和処理し中和液を得る。
【0016】
最後に、上記(4)の、析出したタンパク質を生成物として回収する工程では、前工程で得られた中和液を凍結乾燥等により濃縮して乾燥することにより、析出したタンパク質を含むごまタンパク質組成物を製造できる。また、中和処理後の中和液を脱塩処理してから、タンパク質を析出させて回収すると、得られるごまタンパク質組成物のタンパク質含量を増加させることができる。
ごまタンパク質は塩溶性のため、沈殿させるには中和処理により生じる塩を除去する必要があり、脱塩処理を行うことでタンパク質が析出して沈殿する。
中和液が脱塩されるとタンパク質の溶解度が低くなり、タンパク質が析出する。中和液の脱塩処理としては、透析または濾過を用いる。脱塩に透析処理を用いると、透析膜により中和液から塩だけが除去され、中和液中の低分子のタンパク質は組成物中に残る。透析膜は、一般にタンパク質の透析に用いるものを使用することができる。
【0017】
一方、脱塩に濾過処理を用いる場合には、濾過前に中和液を濃縮する。例えば、60℃で30倍程度に濃縮してから25℃まで放冷すると、過飽和状態となりタンパク質が析出するので、濾過してから水でリンスして塩を除去する。濾過処理によると、濾過材の種類により低分子のタンパク質が残らない場合がある。濾過膜のサイズの方がタンパク質より大きい場合には、塩だけでなく低分子のタンパク質も除去されるため、低分子のタンパク質は組成物中に残らない。組成物中のタンパク質の最小分子量は200~300程度であるため、濾過材の種類が、限外濾過膜の場合には、透析と同様に低分子のタンパク質はトラップできて組成物中に残るが、濾布、濾紙の場合には、濾過効率は上がるものの、低分子のタンパク質は組成物中に残らない。このように、濾過材の種類により、タンパク質組成物の分子量組成は異なるものになる。
【0018】
上記脱塩処理により析出したタンパク質を、濾過や遠心分離等の通常行われている分離方法で回収してから、乾燥前に水で洗浄する。乾燥は、噴霧乾燥、凍結乾燥、真空乾燥等のタンパク質の乾燥に一般に用いる乾燥方法を用いる。このようにして得られるタンパク質組成物は、乾燥後の歩留が40%程度で、タンパク質含量70~80重量%のごまタンパク質組成物である。
そして、本発明のごまタンパク質組成物は、以下に述べるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性およびリポ蛋白リパーゼ(LPL)活性、または、ACE阻害活性、LPL活性、およびα-グルコシダーゼ阻害活性という複数の機能性を有する優れたタンパク質組成物である。
【0019】
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性を有するペプチドが、ごまタンパク質の酵素加水分解物から得られており(特許文献3、4)、このペプチドを含む血圧上昇抑制作用を表示する機能性飲料が市販されている。
加齢に伴って増加する病気の主な原因とされているのは、日々の食生活や運動、喫煙・飲酒の有無といった生活習慣であり、糖尿病や脳卒中、心臓病、肥満、高血圧などの生活習慣病で亡くなる日本人は2/3以上といわれている。
高血圧症の発症には、レニン・アンジオテンシン系と呼ばれる昇圧酵素系と、カリクレイン・キニン系と呼ばれる降圧酵素系が重要な役割を果たしている。昇圧酵素系においては、アンジオテンシン変換酵素(ACE)が、アンジオテンシンIを強力な昇圧ペプチドであるアンジオテンシンIIに変換すると共に、降圧ペプチドであるブラジキニンを不活性化する作用を示すことにより、血圧上昇に深く関与する因子である。そのため、ACE阻害活性を有する物質は、抗高血圧剤として用いられている。
【0020】
また、虚血性心疾患の発症においては、高トリグリセライド血症を呈する場合が多いことが明らかとなり、高トリグリセライド血症、即ちトリグリセライド(TG)が独立した危険因子の一つとして注目されている。また、低HDL(高比重リポ蛋白)-コレステロールを伴う場合においては虚血性心疾患発症の危険度がより高いとの報告もなされており、高脂血症等の治療又は予防には、TGを低下させると同時に、HDL-コレステロールを積極的に上昇させることが重要であると考えられる。
リポ蛋白リパーゼ(LPL)は、脂質代謝において重要な役割を担う中性脂肪を分解する脂質分解酵素であり、LPLの活性を増強、促進させることにより、TGを減少させ、かつHDL-コレステロールを上昇させることができ、よって、LPLの活性を上昇させることにより、高脂血症の予防、動脈硬化の発生を抑制することが期待されている。
【0021】
α-グルコシダーゼは、二糖類を単糖類に分解する加水分解酵素であり、ヒトでは小腸上皮細胞に膜酵素として発現している消化酵素である。食事により摂取された炭水化物は、小腸上皮に存在するα-グルコシダーゼによって遊離グルコースに分解されて小腸から吸収される。そのため、α-グルコシダーゼ活性を阻害することができれば、食事由来の糖分の分解・吸収および血糖値の上昇を抑制し、血糖値上昇抑制作用により糖尿病等の疾患を予防または治療することができると考えられている。
【0022】
本発明のごまタンパク質組成物は、中和液を凍結乾燥する場合や、タンパク質を析出させる前の中和液の脱塩処理が、透析または濃縮後の限外濾過である場合には、ACE阻害活性、LPL活性、およびα-グルコシダーゼ阻害活性を有する組成物となり、一方、脱塩処理が濃縮後の濾布、濾紙による濾過である場合には、ACE阻害活性およびLPL活性を有する組成物となることが明らかとなり、生活習慣病のうち複数の疾病の予防に効果があると期待される。
本発明のごまタンパク組成物は水に可溶性であるため、食用又は食用以外の用途であっても、粉末状、溶液状を問わず使用することができる。また、タンパク質組成物の主成分であるタンパク質として、分子量10,000以下の分子量が比較的小さいタンパク質が約2/3含まれており、水への溶解性が高く、食品としたときにも消化吸収が良い。
【0023】
本発明のごまタンパク質組成物は、食品添加物、食品、または飲料に対して0.1~50重量%添加することができ、特に1~5重量%添加した場合には、風味に影響を与えない。飲食品の形態としては、固形状、半流動状、流動状などを挙げることができる。固形状食品としては、ビスケット状、シート状、タブレットやカプセルなどの錠剤、顆粒粉末などの形態の一般食品および健康食品が挙げられる。半流動状食品としては、ペースト状、ゼリー状、ゲル状などの、また、流動状食品としては、ジュース、清涼飲料、茶飲料、ドリンク剤などの形態の一般食品および健康食品が挙げられる。
【0024】
本発明のごまタンパク質組成物は、医薬組成物として用いることもでき、有効成分が天然物由来であることから、継続して安全に使用することができる。本発明の医薬組成物により治療および/または予防することができる疾患の例は、高血圧、高脂血症、糖尿病である。医薬組成物の形態は、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ等の経口投与剤が好ましい。
【0025】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により限定されるものではない。
また、実施例におけるタンパク質含量は、タンパク質の微量定量ができるローリー変法で測定した。タンパク質組成物の酵素阻害活性、酵素活性の測定は、以下の方法で行った。なお、実施例における「%」は、阻害率%以外は、重量%を示す。
【0026】
[ACE阻害活性]
株式会社同仁化学研究所製のACEkit-WSTを用いる。ACEの基質である3-Hydroxybutyryl―Gly―Gly―Gly(3HB-GGG)から、ACEとアミノアシラーゼにより最終的に切り出される3-Hydroxybutyric acid(3HB)を、酵素法により発色させ吸光度を測定する。
200μg/ml以上の濃度の試料20μlを96穴マイクロプレートの試料のウエルに加え、純水をブランク1のウエルへ20μl、ブランク2のウエルへ40μlに加え、各ウエルに基質緩衝液を20μl加える。試料のウエルおよびブランク1のウエルに酵素作用溶液を20μl加え、37℃で60分間インキュベートする。各ウエルに指示作用液を200μl加えて、室温で10分間インキュベートしてから、プレートリーダーで450nmの吸光度(A)を測定する。Aブランク1は阻害なしの全発色を示し、Aブランク2は、試薬ブランクである。
ACE阻害活性値(阻害率%)を下記の計算式により求める。
阻害率(%)=[ (Aブランク1-A試料)/(Aブランク1A-Aブランク2) ] ×100
【0027】
[LPL活性]
CELL BIOLABS INC.製のCell Biolab’s LPL活性アッセイキットを用いる。LPL活性アッセイは、LPLで加水分解されると蛍光物質を生じる基質を用いて、LPLにより基質のsn-1位が加水分解されて生じる蛍光物質が、蛍光ミクロプレート中で測定可能な蛍光を発し、その蛍光強度を測定してLPL活性を測定する。
0.4mg/mlの濃度の試料100μlを96穴マイクロプレートの試料のウエルに加え、LPL蛍光光度基質の500倍希釈液を100μl加える。遮光後37℃で30分間処理後、反応停止溶液を20μl加えて室温で15分振とうした後、Ex485/Em525測定を行う。同様の測定方法で、試薬LPL酵素(標準品)の検量線を作成して、試料のLPL活性(mU/ml)を換算する。
【0028】
[α-グルコシダーゼ阻害活性]
富士フィルム和光純薬株式会社製の食品分析用α-グルコシダーゼ阻害活性測定キットを用いる。α-グルコシダーゼ活性の測定原理は、α-グルコシダーゼの基質としてマルトースまたはスクロースを用いる。ポジコンとして、基質にα-グルコシダーゼを作用させて、生じたグルコースの濃度をラボアッセイTMグルコースを用いて測定する。阻害活性は、α-グルコシダーゼを作用させる前に、2mg/ml以上の濃度の試料(アカルボース等阻害物質)を基質に添加して、37℃で予備加温してからα-グルコシダーゼを作用させた場合に生じたグルコース濃度を測定することにより、阻害率を求める。阻害率(%)は、アルカボース1mg/mlを添加した場合の阻害率を100%とした場合の阻害率を示す。
【実施例1】
【0029】
〔タンパク質組成物の製造:その1〕
(2)の工程
原料として、焙煎温度180~220℃で焙煎した焙煎脱脂ごまを用いて、原料300kgに3000Lの0.4%水酸化ナトリウムを添加してpHを9~10に調整し、60℃で1時間撹拌してタンパク質をアルカリ液に溶解させた。
(3)の工程
タンパク質が溶解したアルカリ抽出混合物を、60℃に維持しながらフィルタープレスにより濾過処理してアルカリ抽出液を得、残渣は廃棄した。アルカリ抽出液に塩酸を加えてpHを4~6の範囲に調整して中和液を得た。
(4)の工程
中和液をフリーズドライによりタンパク質組成物乾燥粉末を得た。
(2)~(4)の工程により、乾燥タンパク質組成物が80kg以上得られ、タンパク質含量は、70~80%であった。
【0030】
〔タンパク質組成物の各分子量画分のタンパク質含量〕
実施例1で得られたタンパク質組成物を、0.4%水酸化ナトリウム水溶液に溶解して、ローリー変法により全タンパク質含量を測定した。次にザルトリウス社製、遠心濃縮器ビバスピン20(登録商標)を用いて分子量5万、3万、1万、5千、3千で分離して、得られた分子量画分のタンパク質含量を、同様にローリー変法により測定した。
結果を
図1に示す。縦軸は、ローリー変法により測定した、ごまタンパク質全量に対する各分子量タンパク質画分の割合を重量%で示す。黒色の棒グラフは対照で、焙煎前(焙煎なし)の原料ごまのタンパク質組成物の分子量分布である。焙煎により顕著に低分子化することが示されており、焙煎温度を高くするとより低分子化する。
【実施例2】
【0031】
〔タンパク質組成物の製造:その2〕
原料として、焙煎温度180~220℃に代え、焙煎温度200~240℃で焙煎した焙煎脱脂ごまを用いる以外は、実施例1と同じ製造方法により、タンパク質組成物乾燥粉末を得た。
【実施例3】
【0032】
〔タンパク質組成物の製造:その3〕
(4)の工程におけるフリーズドライに代え、中和液を60℃で100kgまで33倍濃縮後、25℃まで冷却して析出したタンパク質を、濾過処理(濾紙:ADVANTEC・No.131)し、水でリンスする以外は、実施例1と同じ製造方法により、タンパク質組成物乾燥粉末を得た。
【0033】
〔比較例〕
原料として、焙煎しないで圧搾して脱脂した脱脂ごまを用いる以外は、実施例1と同じ製造方法により、タンパク質組成物乾燥粉末を得た。
【実施例4】
【0034】
〔実施例1~3と比較例のタンパク質組成物の酵素阻害活性、酵素活性の測定〕
実施例1~3と比較例で得られた各タンパク質組成物乾燥粉末を、測定対象に応じて所定の濃度に精製水で希釈して、各酵素阻害活性、酵素活性の測定方法にしたがって阻害活性、酵素活性を測定した。
結果を
図2に示す。縦軸は、ACE阻害活性およびα-グルコシダーゼ阻害活性については、阻害率(%)であり、LPL活性については活性(mU/ml)を示す。
【0035】
実施例1と2は、中和液に脱塩処理を行わなかった本発明のタンパク質組成物であり、ACE阻害活性だけでなく、LPL活性とα-グルコシダーゼ阻害活性を有していた。
実施例3は、中和液の脱塩処理を濃縮後の濾過により行った本発明のタンパク質組成物であり、ACE阻害活性とLPL活性を有した。実施例3のタンパク質組成物は、実施例1、2のものに比べ、濾過処理により低分子タンパク質が除かれており、そのためα-グルコシダーゼ阻害活性を示さないと推定される。
比較例の焙煎しないごま種子からの脱脂ごまを原料とするタンパク質組成物は、ACE阻害活性をほとんど示さなかったことから、本発明のタンパク質組成物の有するACE阻害活性は、焙煎によるごまタンパク質の熱変性により獲得されたものであるといえる。
【実施例5】
【0036】
〔タンパク質組成物の電気泳動〕
実施例3で得られたタンパク質組成物と比較例のタンパク質組成物について、同量のタンパク質含量で電気泳動を行った。
電気泳動には、アトー株式会社のWSE-1150パジェランAceのセットを使用し、分子量マーカーは、EzProtein Ladderを用いた。実施例3の試料は、別の日に調製した各々5例(n=5)ずつであり、比較例の試料は、日を変えてそれぞれ調製した5例(n=5)とした。各試料は、各チューブに2mg/mlの濃度の試料を100μl添加し、次いでEz Apply100μlをそれぞれ添加し、95℃で5分間反応させてから30分静置した。泳動試料として18μlをアプライした。電気泳動ゲルは、e-PAGEL HR、バッファーは、Ez Run MOPSで、Hi gell 24W 25分電気泳動を行った後、ゲルをCBB染色液で染色した。電気泳動の写真を
図3に示す。
【0037】
タンパク含量は実施例3(a)と比較例(b)では同じである。比較例のものと比べて、実施例3のタンパク質組成物では、熱分解による低分子化により、分子量の大きい上方の枠内のタンパク質バンドが少なくなり、分子量の小さい下方の枠内のタンパク質の量が多くなっていることがわかる。
【要約】
【課題】焙煎ごまの脱脂粕から、機能性を有するごまタンパク質組成物を製造する。
【解決手段】生成物に含まれる生物活性物質を増加させることを特徴とするごまタンパク質組成物の製造方法であって、
(1)焙煎ごまの脱脂粕を原料とし、(2)原料をpH9以上のアルカリ水溶液で抽出する工程、(3)アルカリ抽出混合物から残渣を分離したアルカリ抽出液に、酸を添加してpHを下げて中和処理する工程、次いで、(4)析出したタンパク質を生成物として回収する工程、を備えるごまタンパク質組成物の製造方法、および、得られる複数の生物活性を有するごまタンパク質組成物。
【選択図】
図2