(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-31
(45)【発行日】2023-08-08
(54)【発明の名称】圧延プロセスの学習制御装置
(51)【国際特許分類】
B21B 37/00 20060101AFI20230801BHJP
G05B 13/02 20060101ALI20230801BHJP
【FI】
B21B37/00
G05B13/02 L
G05B13/02 Q
(21)【出願番号】P 2022504721
(86)(22)【出願日】2021-05-12
(86)【国際出願番号】 JP2021018091
(87)【国際公開番号】W WO2022239157
(87)【国際公開日】2022-11-17
【審査請求日】2022-01-24
(73)【特許権者】
【識別番号】501137636
【氏名又は名称】東芝三菱電機産業システム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関本 真康
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/122010(WO,A1)
【文献】特開2009-116759(JP,A)
【文献】特開平10-031505(JP,A)
【文献】特開平07-200005(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 37/00
G05B 13/02
G05B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延条件により区分された複数のセルによって構成された学習係数テーブルにより、圧延プロセスに対する設定値の計算に用いる数式モデルの学習係数を更新しつつ保存し、圧延プロセスを制御する圧延プロセスの学習制御装置において、
圧延プロセスにおける計測された実績値に基づいて予測値を算出する予測値算出部と、
前記予測値算出部が算出した予測値と、圧延プロセスの実績値との差分に基づいて、学習係数の瞬時値を算出する瞬時値算出部と、
前記瞬時値算出部が算出した学習係数の瞬時値と、前記学習係数テーブルの圧延条件が該当するセルの前回値とに基づいて学習係数の更新値を算出し、前記学習係数テーブルの圧延条件が該当するセルの学習係数を更新する更新部と、
前記瞬時値算出部が算出した学習係数の瞬時値、学習係数の前回値、学習係数の更新値、圧延材を特定する日時情報、圧延条件、前記学習係数テーブルの圧延条件に基づくセルの座標、圧延プロセスにおける実績値、及び圧延プロセスに対するイベントの日時履歴を保存する圧延情報データベースと、
前記圧延情報データベースが保存している学習係数の瞬時値に基づいて、学習係数の急変の発生時点を
予め定められた変化点検知手法を用いて特定し、学習係数の急変の発生時点の前後における学習係数の瞬時値の水準の偏差を学習係数急変成分として検知する急変検知部と、
前記急変検知部が特定した学習係数の急変の発生時点以降に前記圧延情報データベースが保存した学習係数の瞬時値と、前記学習係数急変成分とに基づく補正により、前記学習係数テーブルの学習係数を再更新する再更新部と
を有することを特徴とする圧延プロセスの学習制御装置。
【請求項2】
前記急変検知部が学習係数の急変の発生時点を特定したときに、イベントとなるメンテナンスの必要性を通知する通知部をさらに有すること
を特徴とする請求項1に記載の圧延プロセスの学習制御装置。
【請求項3】
前記再更新部は、
前記急変検知部が学習係数の急変の発生時点を特定したとき以降に、圧延情報データベースにイベントとなるメンテナンスの日時履歴がない場合、学習係数の急変の発生時点以降の圧延における学習係数の瞬時値、前記学習係数急変成分、及び前記学習係数テーブルの圧延条件に基づくセルの学習係数の前回値に基づいて、前記学習係数テーブルの学習係数を再更新すること
を特徴とする請求項2に記載の圧延プロセスの学習制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧延プロセスの学習制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧延工場では、例えば鉄鋼材料、アルミニウム、銅などの非鉄材料を圧延加工し、自動車や電機製品等の製造に使用される金属帯を生産している。また、圧延加工を行う工程(圧延プロセス)には、熱間薄板圧延機、厚板圧延機、冷間圧延機、又は線材を圧延する圧延機などの様々なタイプのものがある。
【0003】
そして、いずれの圧延プロセスにおいても、製造完了後の製品を、所望の寸法や形状、及び機械的特性を左右する温度等の目標値に一致させるように制御が行われている。一般的に、圧延プロセスの制御には、設定制御とダイナミック制御がある。
【0004】
設定制御では、圧延プロセス間の現象を再現した数式モデルを用いて、被圧延材が所望の寸法や温度となるように、圧延機の速度や、冷却水の流量、圧延ロール間隙など各設備の設定値が決定されている。ここでは、計算負荷軽減の観点から、数式モデルは簡素化されていることが多い。
【0005】
そのため、数式モデルにより計算された対象とする圧延現象の予測値と、設備内に備え付けられた計測器により測定された実績値との間で偏差が生じることがある。予測値と実績値の偏差は、製品目標寸法及び温度の誤差として現れるため、製品が品質保証の許容範囲外の不良品になる原因となる。
【0006】
さらに、近年の、製品仕様への要求の高度化、多様化もあり、製品品質保証に厳しい管理が求められているため、数式モデルの予測精度の向上と安定化が求められている。
【0007】
また、圧延プロセス制御では、数式モデルに学習係数を設け、予測値と実績値の偏差に基づいて学習係数を調整することにより、数式モデルによる予測の精度を向上させ、安定化させている。
【0008】
一般的に、数式モデルにおける変数には、実績値から得られる予測対象の予測値と、予測対象の実績値との比較により、学習係数が決定される。ここで得られた学習係数は、当該被圧延材に対する学習係数、すなわち、瞬時値である。
【0009】
また、数式モデルの簡素化により省かれた要因、計測器の計測誤差、及び圧延プロセス内の種々の外乱等により、学習係数の瞬時値は、ばらつきが大きくなっている。そのため、学習係数の瞬時値を平滑化した後に更新値として適用することが行われている。
【0010】
学習係数の更新値は、一般的に、製品目標厚や幅、温度、材料の組成、圧下率及び加工パス数などの加工条件である圧延条件に基づいて分けられた学習テーブルにおける該当区分(以下、これを「セル」と呼ぶ)に記録される。
【0011】
つまり、圧延プロセスの学習制御装置は、圧延条件により区分されたテーブルを用いることによって、圧延条件に対応する適切な学習係数を取得することができる。このように、圧延プロセスの学習制御装置は、適切な学習係数を使用することにより、数式モデルによる圧延現象の予測精度を向上させるとともに、圧延の安定性を確保している。
【0012】
また、単純に圧延条件に対して該当するテーブル内のセル1つの学習係数を更新する場合であっても、操業上対応し得るテーブル内のセルすべての学習係数を十分に更新して収束させるためには多量の圧延実績が必要となる。
【0013】
対策として、例えば特許文献1に記載されたように、圧延条件に対して該当するテーブル内のセル1つの学習係数を更新するときに、圧延条件が似たセルの学習係数も同時に更新するという方法が知られている。ここでは、該当するセルに隣接する複数のセルを更新する。
【0014】
この方法によれば、より少ない圧延実績により、十分に学習係数を更新することができるため、未だ圧延実績のない圧延条件であっても、予測精度の急低下を防止し、圧延性の安定を確保することができる。
【0015】
一方、係る圧延条件により区分されたテーブルを用いた学習制御では、圧延プロセスの時系列的変化に追従しにくいという問題がある。例えば、操業上対応し得るテーブル内の学習係数を十分に更新したとしても、しばらくの間該当の圧延条件における圧延実績がなかったセルがあった場合、圧延プロセスが変化すると、学習係数が適切でないため、当該圧延条件で予測精度が著しく低下する恐れがある。
【0016】
この問題に対して、例えば、特許文献2に開示されている方法による対応が提案されている。例えば、特許文献2には、数式モデルによる予測値と実績値との偏差に含まれる時系列的な変化により生ずる誤差を補償する時系列学習係数と、当該圧延条件に対応する学習係数とを分離し、これら2種類の学習係数に基づいて予測値を修正することが提案されている。
【0017】
ここでいう時系列的な変化とは、例えば、圧延ロールの圧延摩擦で生じる摩耗によるロール径の減少の影響など、線形的に変化する挙動を意味する。この方法によれば、係る時系列的な圧延プロセスの変化を除いた圧延条件毎の学習係数を、適切に得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】日本特開平6-259107号公報
【文献】日本特開平4-367901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
熱延品質不良の一因である設定計算の予測誤差には、圧延材変形特性を表わす数式モデルの予測誤差の他、機械的誤差、計測誤差などの要因がある。このうち、機械的誤差、計測誤差については、機器故障、ロール替え、修理交換、校正不良、作業者の誤操作、又は気象条件の変化などに起因して、突発的に発生する場合がある。
【0020】
しかし、圧延ライン上のセンサー等により測定された情報から、これらの突発的な誤差の要因を即座に判別することは極めて困難であり、誤差要因が生じてから数コイル~数十コイル程度を生産した後に誤差要因が特定される場合も多い。
【0021】
この場合、これら誤差要因が生じたときから特定されて適切な対処がなされるまでの間に、圧延ライン上のセンサー等により検出された設定計算の予測誤差は、数式モデルの予測誤差によるものとして学習される。
【0022】
従来の1コイル毎の学習方法、及び、過去の時系列的な変化に基づく学習法においては、これらの異なる要因の誤差を数式モデルの予測誤差とみなして学習すると、本来の対象事象への数式モデル誤差の学習に対する外乱となり、学習係数が不正確に更新され、設定計算の予測精度が低下する可能性があった。
【0023】
さらに、その間の不正確な学習結果は、圧延条件により区分された学習テーブルに逐次書き込まれるため、その影響は更新頻度の違いにより学習区分毎に異なり、ある程度学習が進んだ後に、誤差要因と、その影響が特定できたとしても、学習テーブルを修復することは困難である。つまり、不正確な学習結果が引き続き使用され、品質不良が生じる可能性があるという問題点があった。
【0024】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、突発的な変動による誤差要因が生じても、その後の学習を修正することができる圧延プロセスの学習制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明の一態様にかかる圧延プロセスの学習制御装置は、圧延条件により区分された複数のセルによって構成された学習係数テーブルにより、圧延プロセスに対する設定値の計算に用いる数式モデルの学習係数を更新しつつ保存し、圧延プロセスを制御する圧延プロセスの学習制御装置において、圧延プロセスにおける計測された実績値に基づいて予測値を算出する予測値算出部と、前記予測値算出部が算出した予測値と、圧延プロセスの実績値との差分に基づいて、学習係数の瞬時値を算出する瞬時値算出部と、前記瞬時値算出部が算出した学習係数の瞬時値と、前記学習係数テーブルの圧延条件が該当するセルの前回値とに基づいて学習係数の更新値を算出し、前記学習係数テーブルの圧延条件が該当するセルの学習係数を更新する更新部と、前記瞬時値算出部が算出した学習係数の瞬時値、学習係数の前回値、学習係数の更新値、圧延材を特定する日時情報、圧延条件、前記学習係数テーブルの圧延条件に基づくセルの座標、圧延プロセスにおける実績値、及び圧延プロセスに対するイベントの日時履歴を保存する圧延情報データベースと、前記圧延情報データベースが保存している学習係数の瞬時値に基づいて、学習係数の急変の発生時点を予め定められた変化点検知手法を用いて特定し、学習係数の急変の発生時点の前後における学習係数の瞬時値の水準の偏差を学習係数急変成分として検知する急変検知部と、前記急変検知部が特定した学習係数の急変の発生時点以降に前記圧延情報データベースが保存した学習係数の瞬時値と、前記学習係数急変成分とに基づく補正により、前記学習係数テーブルの学習係数を再更新する再更新部とを有することを特徴とする。
【0026】
また、本発明の一態様にかかる圧延プロセスの学習制御装置は、前記急変検知部が学習係数の急変の発生時点を特定したときに、イベントとなるメンテナンスの必要性を通知する通知部をさらに有する。
【0027】
また、本発明の一態様にかかる圧延プロセスの学習制御装置は、再更新部が、前記急変検知部が学習係数の急変の発生時点を特定したとき以降に、圧延情報データベースにイベントとなるメンテナンスの日時履歴がない場合、学習係数の急変の発生時点以降の圧延における学習係数の瞬時値、前記学習係数急変成分、及び前記学習係数テーブルの圧延条件に基づくセルの学習係数の前回値に基づいて、前記学習係数テーブルの学習係数を再更新する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、突発的な変動による誤差要因が生じても、その後の学習を修正することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】第1実施形態にかかる圧延プロセスの学習制御装置の構成を例示する図である。
【
図2】圧延情報データベースが保存するデータを例示する図である。
【
図3】学習係数テーブル及びイベント毎学習係数テーブルが保存するデータを例示する図である。
【
図4】急変検知部が行う処理を例示するフローチャートである。
【
図5】急変検知部が学習係数の急変を特定して検知した結果を例示する図である。
【
図6】(a)は、学習係数の瞬時値の変化によって変化点検知を行った結果を例示する図である。(b)は、最尤度と最小二乗法を用いた変化点検知手法における尤度のトレンドを例示する図である。(c)は、累積和を用いた変化点検知における変化の度合いの絶対値のトレンドを例示する図である。
【
図7】再更新部が行う処理の具体例を示すフローチャートである。
【
図8】第2実施形態にかかる圧延プロセスの学習制御装置の構成を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、図面を用いて圧延プロセスの学習制御装置の実施形態について説明する。
図1は、第1実施形態にかかる圧延プロセスの学習制御装置1の構成を例示する図である。
【0031】
学習制御装置1は、図示しないCPU及びメモリ等を備えたコンピュータとしての機能を有し、例えば鉄鋼材料、アルミニウム、銅などの非鉄材料を圧延加工する圧延機(設備)に対して、学習しつつ圧延プロセスを制御する装置である。
【0032】
そして、学習制御装置1は、圧延条件により区分された複数のセルによって構成された学習係数テーブルにより、圧延プロセスに対する設定値の計算に用いる数式モデルの学習係数を更新しつつ保存し、圧延プロセスを制御する。具体的には、学習制御装置1は、例えば記憶部2、学習部3、設定計算部4、及び学習係数再更新部5を有する。
【0033】
記憶部2は、例えば圧延情報データベース(DB)20、学習係数テーブル22、イベント毎学習係数テーブル24を記憶する装置である。
【0034】
圧延情報データベース20は、例えば
図2に示したように、圧延材毎に、製造番号、製造日時、及び圧延条件とともに、更新対象となるセルの学習係数の瞬時値及び前回値、更新値、並びに、学習係数テーブルの圧延条件に基づくセルの座標情報を保存するデータベースである。
【0035】
また、圧延情報データベース20は、圧延材を特定する製造日時情報(又は圧延材の製造番号)、圧延プロセスに対するメンテナンス、定期点検又は機器交換などのイベント発生日時の履歴、及び、対象の圧延現象を予測するときに使用する圧延プロセスにおける実績値などを保存してもよい。
【0036】
学習係数テーブル22は、
図3に示したように、圧延条件によって区分された複数のセルにより構成されており、圧延条件が該当するセルに学習係数を記録(保存)するテーブルである。
【0037】
上述したように、学習係数の瞬時値は、種々の外乱等により、ばらつきが大きい。よって、平滑化した学習係数の瞬時値を以て、学習係数の更新値を得ることとする。例えば、学習係数の更新値は、下式(1)によって計算される。
【0038】
【0039】
なお、学習係数テーブル22内の当該セルの座標は、ここでは2変数として記述しているが、変数の数はこれに依らない。つまり、例えば、製品板幅目標値、製品板厚目標値の区分に加えて、鋼種を区分とする場合、3変数により当該セルの座標が決定される。
【0040】
得られた学習係数の更新値は、学習係数テーブル22内の更新対象のセルの学習係数を更新するように記録される。さらに、学習係数テーブル22の圧延条件に対するセルの座標情報や、学習係数の前回値、予測対象の予測値を計算するときに使用する実績値は、圧延情報データベース20に記録される。
【0041】
学習係数を更新する処理では、更新対象のセルに隣接する複数のセルを同時に更新し、学習係数テーブル22全体の更新を促進させてもよい。例えば、下式(2)に示したように、隣接するセルの学習係数を更新してもよい。
【0042】
【0043】
また、学習係数テーブル22に記録された学習係数は、設備の定期点検及び機器交換などのメンテンナンス等のイベント毎に、イベント毎学習係数テーブル24へコピーされる。つまり、イベント毎学習係数テーブル24の構成は、
図3に示した学習係数テーブル22の構成と同様である。
【0044】
学習部3(
図1)は、予測値算出部30、瞬時値算出部32、及び更新部34を有する装置である。
【0045】
予測値算出部30は、設定計算に使用する数式モデルに対し、圧延プロセスにおける計測された実績値に基づく予測対象の予測値を算出し、瞬時値算出部32に対して出力する。
【0046】
瞬時値算出部32は、予測対象の実績値に基づいて、学習係数の瞬時値を算出し、算出した瞬時値を更新部34に対して出力するとともに、瞬時値を圧延条件とともに圧延情報データベース20に保存する。例えば、瞬時値算出部32は、予測値算出部30が算出した予測値と、圧延プロセスの実績値との差分に基づいて、学習係数の瞬時値を算出する。
【0047】
更新部34は、瞬時値算出部32が算出した瞬時値に基づいて学習係数の更新値を算出し、算出した更新値を圧延情報データベース20及び学習係数テーブル22に対して出力する。例えば、更新部34は、瞬時値算出部32が算出した学習係数の瞬時値と、学習係数テーブル22の圧延条件が該当する更新対象のセルの学習係数(前回値)に基づいて学習係数の更新値を算出し、学習係数テーブル22の圧延条件が該当するセルの学習係数を更新する。
【0048】
設定計算部4は、学習係数読取部40及び設定算出部42を有し、圧延プロセスの現象を再現した数式モデルを用いて各設備の設定値を決定する装置である。
【0049】
学習係数読取部40は、予測精度を向上させるために、学習係数テーブル22内の当該圧延条件に該当するセルの学習係数を読取り、設定算出部42に対して出力する。
【0050】
設定算出部42は、学習係数読取部40が出力した学習係数を用いて各設備に対する設定値を補正し、補正した設定値を各設備に対して出力する。
【0051】
学習係数再更新部5は、急変検知部50、判定部52、及び再更新部54を備え、学習係数の突発的な変動を検知し、その発生時点を特定するとともに、急変成分を計算し、学習係数の急変発生時点以降に、学習係数テーブル22に保存されている学習係数に対して、急変成分(学習係数急変成分)を用いて補正する。
【0052】
例えば、急変検知部50は、圧延情報データベース20に保存された学習係数の瞬時値に基づいて、学習係数の急変を検知する変化点検知機能を備え、学習係数の突発的な変動(急変)を検知し、その急変の発生時点の特定と、急変の発生時点の前後における学習係数の瞬時値の水準の偏差を学習係数急変成分として算出する。
【0053】
図4は、急変検知部50が行う処理を例示するフローチャートである。まず、急変検知部50は、被圧延材の圧延が終了した後に、当該圧延条件I,Jに該当する学習係数の瞬時値を圧延情報データベース20から取得する(S100)。
【0054】
そして、急変検知部50は、取得した瞬時値のデータ数がNに達したか否かを判定し(S102)、Nに達していない場合(S102:No)にはS100の処理に戻り、Nに達した場合(S102:Yes)にはS104の処理に進む。
【0055】
つまり、急変検知部50は、過去にわたって圧延本数N本分の学習係数の瞬時値を圧延情報データベース20から取得する。この時、急変検知部50は、当該圧延条件に該当する1区分のみならず、隣接する区分も含めて学習係数の瞬時値を取得してもよい。
【0056】
この場合、学習係数の瞬時値取得条件は、下式(3)のように示される。
【0057】
【0058】
急変検知部50が学習係数の瞬時値を取得する圧延本数Nは、イベント発生時点nEより過去数百本程度の圧延を含むことが望ましい。ここでは、取得条件を、当該圧延条件及びその隣接する区分としている。これは、当該圧延条件に隣接しない区分の学習係数が全く異なる数値となっている場合に、同水準の学習係数を時系列的に分析するためである。学習係数が圧延条件によらず同水準である場合は、急変検知部50は、時系列に沿った全ての学習係数を取得してもよい。
【0059】
こうして得られた学習係数の瞬時値により、急変検知部50は、学習係数の突発的な変動を検知する。また、急変検知部50は、学習係数の急変の有無及びその発生時点を特定するために、一般的な変化点検知手法を用いる。変化点検知の手法には、例えば、最尤度と最小二乗法を用いた手法や、累積和を用いた手法などがある。ここでは、上述した2手法について説明する。
【0060】
最尤度と最小二乗法を用いた変化点検知の手法は、当該圧延条件とその隣接する条件の学習係数の瞬時値の推移をτ番目に区切ったときに、τ前後の区間における尤度が最大、又は最小となる時点を見出すという手法である。
【0061】
以下に具体的な内容を示す。ここでは、変化点τと、当該圧延条件とその隣接する条件の学習係数の瞬時値の推移を下式(4)のように定義する。
【0062】
【0063】
このとき、以下のように、最小二乗法により尤度Uを最小とするようμ1、μ2、τが決定される。ここでは、尤度として、残差平方和を用いているが、これに限らない。なお、ykは、k番目のZCURRENTを示すこととする。
【0064】
【0065】
また、累積和を用いた変化点検知の手法は、数値間の変化の度合いを時間や時系列に並べたデータ群に沿って累積し、その累積和が閾値を超えたときに異常と判定する手法である。変化の度合いScは、下式(10)のように算出する。
【0066】
【0067】
このとき、変化時点は、下式(11)に示したように、Sc(n)の絶対値が最大の時点となる。
【0068】
【0069】
さらに、この手法における学習係数急変成分(差分)は、下式(12)に示したように算出される。
【0070】
【0071】
また、変化点前後の学習係数の平均値の偏差は、
図5に示したように、学習係数の瞬時値が急変したときに検知される。
【0072】
このように、急変検知部50は、学習係数の変化時点及び変化点前後の学習係数の平均値の偏差を取得する(S104:
図4)。
【0073】
図6は、上述した手法により、熱間圧延プラントのデータを用いて変化点検知を行った結果を例示する図である。
図6(a)は、学習係数の瞬時値(平均値)の変化によって変化点検知を行った結果を例示する図である。
図6(b)は、最尤度と最小二乗法を用いた変化点検知手法における尤度のトレンドを例示する図である。
図6(c)は、累積和を用いた変化点検知における変化の度合いの絶対値のトレンドを例示する図である。なお、変化点検知の対象は、製品幅予測の数式モデルにおける学習係数の瞬時値である。
【0074】
図6(a)においては、任意の圧延条件に該当する1区分のみならず、隣接する区分も含めた学習係数約10000本分を取得し、そのトレンドを示している。つまり、
図6(a)は、トレンドの中央付近において、学習係数の突発的な変動が起こっていることを示している。
【0075】
また、
図6(b),(c)に示したように、最尤度と最小二乗法を用いた変化点検知手法における尤度の最小値と、累積和を用いた変化点検知における変化の度合いの絶対値の最大値が同時点に表れている。それらは、学習係数の突発的な変動が表れている時点と一致しており、急変時点を適切に捉えている。
【0076】
なお、ここで説明した変化点検知手法は、一例であり、本発明に適用することができる変化点検知の手法はこれに限定されるものではない。
【0077】
このように、急変検知部50は、圧延情報データベース20が保存している学習係数の瞬時値に基づいて、学習係数の急変の発生時点を特定し、学習係数の急変の発生時点の前後における学習係数の瞬時値の水準の偏差を学習係数急変成分として検知する。
【0078】
判定部52(
図1)は、急変検知部50が検知した変化点における学習係数急変成分が急変判定閾値ε以上であるか否かを判定する。
【0079】
再更新部54は、学習係数急変成分が急変判定閾値ε以上であると判定部52が判定した場合に、学習係数テーブル22に対する学習係数の再更新を行う。例えば、再更新部54は、急変検知部50が検知した変化時点、及び、学習係数急変成分に基づいて、急変時点以降の学習係数を再更新する。このとき、再更新部54は、学習係数急変成分を別途に保存しておく。
【0080】
図7は、再更新部54が行う処理の具体例を示すフローチャートである。まず、再更新部54は、学習係数テーブル22を記憶部2から取得する(S200)。
【0081】
次に、再更新部54は、学習係数の瞬時値及び学習係数テーブル22の圧延条件に対するセルの座標情報を、圧延情報データベース20から取得する(S202)。
【0082】
そして、再更新部54は、イベント発生日時の履歴に基づいて、学習係数の瞬時値が急変時点以降の瞬時値であるか否かを判定する(S204)。再更新部54は、急変時点以降の瞬時値である場合(S204:Yes)にはS206の処理に進み、急変時点以降の瞬時値でない場合(S204:No)にはS208の処理に進む。
【0083】
S206において、再更新部54は、学習係数の瞬時値に学習係数急変成分を付加する補正を行い、更新値を計算する。
【0084】
また、S208において、再更新部54は、学習係数の瞬時値で更新値を計算する。
【0085】
そして、再更新部54は、イベント毎学習係数テーブル24に保存されている学習係数を前回値として、学習係数テーブル22の該当セルを再更新する(S210)。
【0086】
再更新部54が行う更新手順は下式(13)に示す条件となる。
【0087】
【0088】
学習係数テーブル22における学習係数の更新において、隣接する複数のセルを同時に更新している場合には、下式(14)に示すように、同様の手順により、隣接する複数のセルを更新する。
【0089】
【0090】
つまり、再更新部54は、急変検知部50が特定した学習係数の急変の発生時点以降に圧延情報データベース20が保存した学習係数の瞬時値と、学習係数急変成分とに基づく補正により、学習係数テーブル22の学習係数を再更新する。
【0091】
このように、学習係数再更新部5は、再更新したイベント毎学習係数テーブル24の学習係数を学習係数テーブル22へ上書きし、学習係数急変成分を是正する。
【0092】
次に、圧延プロセスの学習制御装置の第2実施形態について説明する。
図8は、第2実施形態にかかる圧延プロセスの学習制御装置1aの構成を例示する図である。
【0093】
例えば、学習制御装置1aは、記憶部2、学習部3、設定計算部4、及び学習係数再更新部5aを有する。なお、
図8に示した学習制御装置1aにおいて、
図1に示した学習制御装置1の構成と実質的に同一の構成には同一の符号が付してある。
【0094】
学習制御装置1aは、学習係数の急変を検知し、学習係数が再更新された場合に、それを操業者へ通知して、メンテナンスを促す。また、学習制御装置1aは、メンテナンスを催促しているにも関わらず、メンテナンスがなされない場合に、メンテナンス等の次イベントが発生するまでの間、学習係数を補正する。また、学習制御装置1aは、学習係数の急変を検知した日時の履歴TNを別途に保存する機能を備える。
【0095】
学習係数再更新部5aは、急変検知部50、判定部52、再更新部54、及び通知部56を備え、学習係数の突発的な変動を検知し、その発生時点を特定するとともに、急変成分を計算し、学習係数の急変発生時点以降に、メンテナンスがなされない場合に、学習係数テーブル22に保存されている学習係数に対して、急変成分を補正する。
【0096】
通知部56は、急変検知部50が検知した学習係数の急変を操業者へ通知する機能を有する。例えば、通知部56は、学習係数に突発的な変動が見られた場合、機器点検や交換などのメンテナンスが必要な旨を図示しない操業用のヒューマンマシンインターフェースなどに出力する。また、通知部56は、アラーム音発生機器によって発音させたり、操業者が気付きやすい他の方法で操業者へアナウンスを行ってもよい。
【0097】
つまり、通知部56は、急変検知部50が学習係数の急変の発生時点を特定したときに、イベントとなる機器の点検や交換などのメンテナンスの必要性を操業者へ通知する。
【0098】
このように、学習制御装置1aは、次圧延材以降の学習係数の更新値の計算に対して、学習係数の急変を検知し、それ以降にメンテナンスがされたか否かを判断し、メンテナンスがされていない場合、学習係数の瞬時値に対して、学習係数急変成分に基づいて補正を加え、以下のように学習係数の更新値を得る。
【0099】
【0100】
具体的には、再更新部54は、急変検知部50が学習係数の急変の発生時点を特定したとき以降に、圧延情報データベース20にイベントとなるメンテナンスの日時履歴がない場合、学習係数の急変の発生時点以降の圧延における学習係数の瞬時値、学習係数急変成分、及び学習係数テーブル22の圧延条件に基づくセルの学習係数の前回値に基づいて、学習係数テーブル22の学習係数を再更新する。
【0101】
そして、学習制御装置1aは、学習係数の更新値に基づいて、学習係数テーブル22を更新する。これにより、学習制御装置1aは、以降、同水準の学習係数を用いて設定計算を行う。
【0102】
以上説明したように、本発明によれば、突発的な変動による誤差要因が生じても、その後の学習を修正することができる。例えば、本発明によれば、設備の定期点検や機器交換などのメンテナンスにおける機器校正不良などといった機械的要因による異常や、計器異常による継続的な計測異常が生じた場合にも、異常発生前に保存した学習係数に基づき、その学習係数を修正することができる。そして、本発明は、異常による影響を最小限に抑えることにより、製品精度の継続的な低下を低減させるとともに、安定的な圧延を可能にする。
【0103】
学習制御装置1,1aは、定期的に多数の圧延されたコイルのデータを分析し、機械的要因や計測異常による予測誤差(学習値)の急変を検知し、その時点を特定する。そして、学習制御装置1,1aは、定期的な修理やロール替えなどのイベント毎に予め別途保存した学習テーブルに基づいて、学習テーブルを急変時点の直前に保存した値に戻し、急変した要因による学習値差をオフセットとして、急変時点から現圧延材までの学習値を更新し直す。
【0104】
なお、学習制御装置1,1aが備える各機能は、それぞれ一部又は全部がPLD(Programmable Logic Device)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアによって構成されてもよいし、CPU等のプロセッサが実行するプログラムとして構成されてもよい。
【符号の説明】
【0105】
1,1a・・・学習制御装置、2・・・記憶部、3・・・学習部、4・・・設定計算部、5,5a・・・学習係数再更新部、20・・・圧延情報データベース、22・・・学習係数テーブル、24・・・イベント毎学習係数テーブル、30・・・予測値算出部、32・・・瞬時値算出部、34・・・更新部、40・・・学習係数読取部、42・・・設定算出部、50・・・急変検知部、52・・・判定部、54・・・再更新部、56・・・通知部