(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-31
(45)【発行日】2023-08-08
(54)【発明の名称】摩擦材
(51)【国際特許分類】
C09K 3/14 20060101AFI20230801BHJP
F16D 69/02 20060101ALI20230801BHJP
【FI】
C09K3/14 520G
C09K3/14 520M
C09K3/14 520Z
C09K3/14 530Z
F16D69/02 G
(21)【出願番号】P 2019053713
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-12-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000000516
【氏名又は名称】曙ブレーキ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 裕太
(72)【発明者】
【氏名】宮道 素行
(72)【発明者】
【氏名】山本 博司
(72)【発明者】
【氏名】高田 卓弥
【審査官】小久保 敦規
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-256651(JP,A)
【文献】国際公開第2005/057042(WO,A2)
【文献】特開平03-054298(JP,A)
【文献】国際公開第1995/002657(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第108679129(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/14
F16D 49/00 - 71/04
CAplus/REGISTRY (STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦調整材、結合材及び繊維基材を含む摩擦材であって、
前記摩擦調整材として、リン酸のアルカリ金属塩
、金属硫化物
、及び、高級脂肪酸及び高級アルコールのエステルを主成分とするワックスを含有する、摩擦材。
【請求項2】
前記リン酸のアルカリ金属塩がリン酸三ナトリウムを含有する、請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記繊維基材として、スチール繊維を含有する、請求項1
または2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記スチール繊維の含有量が20~50質量%である、請求項
3に記載の摩擦材。
【請求項5】
銅成分の含有量が銅元素換算で0.5質量%以下である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、鉄道車両及び産業機械等に用いられる摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車を雨天及び早朝等の高湿度環境下で放置した後や、洗車後に放置した後では、水分が原因でブレーキにおける摩擦材及びロータが錆により固着する現象(以下、「錆固着現象」と称することがある。)が知られている。
【0003】
そこで、錆固着現象を防止することのできる摩擦材が種々提案されている。例えば、特許文献1では、繊維基材、結合材、摩擦調整材から成り、硫酸イオンを溶出する原料を少なくとも1種含有するNAO材の摩擦材組成物を成型してなる摩擦材において、摩擦材組成物が摩擦調整材として親水性活性炭を含むことを特徴とする摩擦材が開示されている。
【0004】
また、自動車の運転時に、サービスブレーキで停止後にブレーキペダルを緩めてブレーキを解放する過程において、不快な異音が発生することが知られている。この異音は、クリープグローンと呼ばれる。クリープグローンは、自動車を雨天及び早朝等の高湿度環境下で放置した後に発生しやすいので、水分が原因であると考えられている。
【0005】
そこで、クリープグローンを防止することのできる摩擦材が種々提案されている。例えば、特許文献2では、配合材として基材繊維、結合材、潤滑材、無機の摩擦調整材、pH調整材、及び充填材を含んでなる非石綿系摩擦材であって、前記充填材及び前記無機の摩擦調整材の少なくとも一方が、脂肪酸及び金属石鹸の少なくとも一方によってコーティングされることを特徴とする非石綿系摩擦材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-12766号公報
【文献】特開2017-8167号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、錆固着現象及びクリープグローンのいずれかを解決できる摩擦材は提案されているが、それらを同時に解決できる摩擦材は知られていない。
また、例えば、高速からブレーキをかけると摩擦材は高温になるが、特許文献1では、摩擦材が高温熱履歴(例えば、相手材温度で400℃程度)を受けた後の錆固着現象については検討されていない。
【0008】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、摩擦材が高温熱履歴(例えば、相手材温度で400℃程度)を受けた場合でも錆固着現象の発生を抑制することができ、かつ、クリープグローンの発生も抑制することができる摩擦材を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、摩擦材に、摩擦調整材として、リン酸のアルカリ金属塩及び金属硫化物を含有させることで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記<1>~<6>に関するものである。
<1>摩擦調整材、結合材及び繊維基材を含む摩擦材であって、前記摩擦調整材として、リン酸のアルカリ金属塩及び金属硫化物を含有する、摩擦材。
<2>前記リン酸のアルカリ金属塩がリン酸三ナトリウムを含有する、<1>に記載の摩擦材。
<3>前記摩擦調整材として、高級脂肪酸及び高級アルコールのエステルを主成分とするワックスを含有する、<1>又は<2>に記載の摩擦材。
<4>前記繊維基材として、スチール繊維を含有する、<1>~<3>のいずれか1つに記載の摩擦材。
<5>前記スチール繊維の含有量が20~50質量%である、<4>に記載の摩擦材。
<6>銅成分の含有量が銅元素換算で0.5質量%以下である、<1>~<5>のいずれか1つに記載の摩擦材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、摩擦材が高温熱履歴(例えば、相手材温度で400℃程度)を受けた場合でも錆固着現象の発生を抑制することができ、かつ、クリープグローンの発生も抑制することができる摩擦材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳述するが、これらは望ましい実施態様の一例を示すものであり、本発明はこれらの内容に特定されるものではない。
【0013】
本発明の摩擦材は、摩擦調整材、結合材及び繊維基材を含む。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0014】
<摩擦調整材>
本発明の摩擦材は、摩擦調整材として、リン酸のアルカリ金属塩及び金属硫化物を含有する。
(リン酸のアルカリ金属塩)
リン酸のアルカリ金属塩を本発明の摩擦材に含有させると、摩擦材に水分が接触したときに、水分と摩擦材中のリン酸のアルカリ金属塩が反応する。当該反応により水分を含んだリン酸のアルカリ金属塩は塩基性を示すので防錆効果を発揮し、水分が原因である錆固着現象の発生及びクリープグローンの発生を抑制することができると考えられる。
【0015】
リン酸のアルカリ金属塩としては、例えば、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム等が挙げられる。これらの中でも、水分との反応性の観点から、リン酸三ナトリウムが好ましい。
【0016】
リン酸のアルカリ金属塩の摩擦材全体中の含有量は、0.1~12質量%が好ましく、より好ましくは0.5~10質量%、さらに好ましくは1.0~8質量%である。リン酸のアルカリ金属塩の含有量が0.1質量%以上であれば、リン酸のアルカリ金属塩が、摩擦材と接触した水分と十分に反応することができるので、錆固着現象の発生及びクリープグローンの発生を抑制しやすくなる。リン酸のアルカリ金属塩の含有量が12質量%以下であれば、摩擦材の歩留まりが悪化することを防ぐことができる。
【0017】
リン酸のアルカリ金属塩のメディアン径は、1~200μmであることが好ましく、3~150μmであることがより好ましく、5~100μmであることがさらに好ましい。リン酸のアルカリ金属塩のメディアン径が1μm以上であれば、水分との反応が良好となる。リン酸のアルカリ金属塩のメディアン径が200μm以下であれば、摩擦材の成形性が良好となり、機械的強度を向上させることができる。
なお、メディアン径は、体積基準の累積百分率50%相当粒子径であり、ナノ粒子径分布測定装置により測定することができる。
【0018】
(金属硫化物)
金属硫化物を本発明の摩擦材に含有させると、高温時の摩擦面強度が向上し、摩擦面劣化が抑制されるため、リン酸のアルカリ金属塩と併用することで、特に高温熱履歴を受けた後の錆固着現象の発生を抑制する効果が上がると考えられる。
【0019】
金属硫化物としては、例えば、硫化錫(I)(SnS)、硫化錫(IV)(SnS2)、三硫化アンチモン、二硫化モリブデン等が挙げられる。これらの中でも、環境汚染低減の観点から、硫化錫(IV)が好ましい。
【0020】
金属硫化物の摩擦材全体中の含有量は、0.1~10質量%が好ましく、より好ましくは0.5~9質量%、さらに好ましくは1.0~8質量%である。金属硫化物の含有量が0.1質量%以上であれば、摩擦材が相手材であるロータへ貼り付くことを抑制することができる。金属硫化物の含有量が10質量%以下であれば、摩擦材摺動面への、ロータ由来の金属の付着(メタルキャッチ)を抑制することができる。
【0021】
金属硫化物のメディアン径は、1~100μmであることが好ましく、3~70μmであることがより好ましく、5~50μmであることがさらに好ましい。金属硫化物のメディアン径が1μm以上であれば、摩擦材の潤滑性が向上し相手材攻撃性を抑制することができる。金属硫化物のメディアン径が100μm以下であれば、高速・高負荷制動時での摩擦係数を維持することができる。
なお、メディアン径は、体積基準の累積百分率50%相当粒子径であり、ナノ粒子径分布測定装置により測定することができる。
【0022】
(高級脂肪酸及び高級アルコールのエステルを主成分とするワックス)
本発明の摩擦材は、摩擦調整材として、高級脂肪酸及び高級アルコールのエステルを主成分とするワックス(以下、「ワックスA」と称することがある。)を含有することが好ましい。
【0023】
摩擦材が相手材であるロータと摩擦することにより、摩耗粉が発生する。本発明の摩擦材がワックスAを含有すると、ワックスAは、ブレーキ制動時の摩擦によって発生する摩擦熱により軟化または溶融し、ロータ由来の鉄成分を含有する摩耗粉及びロータ表面を被覆する。その結果、摩耗粉粒子、摩擦材及びロータの摩擦面での水分の影響が抑制され、錆固着現象の発生が抑制されると考えられる。
【0024】
また、ワックスAには撥水性があるので、本発明の摩擦材がワックスAを含有すると、摩擦材の摩擦面の吸湿が抑制され、かつ摩耗粉がワックスAに被覆されるので、水分の影響による摩耗粉凝集体の凝着力が強固になるのが抑制され、低温高湿度環境下においても安定した摩擦特性を有する摩擦材となると考えられる。
【0025】
ワックスAは、高級脂肪酸及び高級アルコールのエステル(以下、「エステルB」と称することがある。)を主成分とする。本発明において、上記「主成分とする」とは、ワックスA中のエステルBの含有量が、50質量%以上であることを意味し、好ましくは70質量%以上、より好ましくは80質量%以上である。
【0026】
エステルBは、高級脂肪酸及び高級アルコールから公知の方法で得ることができる。例えば、脱水剤の存在下で高級脂肪酸及び高級アルコールを脱水縮合反応させればよい。
【0027】
本発明において、高級脂肪酸とは、炭素数が10以上の飽和又は不飽和脂肪酸を意味する。当該炭素数は、好適な融点のワックスAを得る観点から、好ましくは12以上、より好ましくは14以上であり、好ましくは45以下、より好ましくは40以下である。なお、高級脂肪酸は、直鎖状、分岐鎖状、環状のいずれでもよい。
【0028】
高級脂肪酸の具体例としては、例えば、セロチン酸、パルミチン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、ウンデシレン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)等が挙げられる。これらの中でも、摩耗粉及びロータ表面の被覆性能の観点から、セロチン酸、パルミチン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸が好ましい。
【0029】
本発明において、高級アルコールとは、炭素数が6以上の飽和又は不飽和アルコールを意味する。当該炭素数は、好適な融点のワックスAを得る観点から、好ましくは10以上、より好ましくは20以上であり、好ましくは50以下、より好ましくは40以下である。なお、高級アルコールは、直鎖状、分岐鎖状、環状のいずれでもよい。
【0030】
高級アルコールの具体例としては、例えば、ミリシルアルコール、1-ヘキサコサノール、トリアコンタノール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、イコサノール、ドデセノール、フィセテリルアルコール、ゾーマリンアルコール、オレイルアルコール、ガドレイルアルコール、イコセノール、ドコセノール、ラノリンアルコール等が挙げられる。これらの中でも、摩耗粉及びロータ表面の被覆性能の観点から、ミリシルアルコール、1-ヘキサコサノール、トリアコンタノールが好ましい。
【0031】
エステルBとしては、例えば、ろうエステル等が挙げられる。
【0032】
ワックスAは、エステルB以外に、例えば、遊離脂肪酸(非エステル化脂肪酸)、遊離アルコール(非エステル化アルコール)、炭化水素、樹脂、ラクトン類等を含有してもよい。
遊離脂肪酸、遊離アルコールの炭素数は、例えば10~40、好ましくは15~35である。炭化水素の炭素数は、例えば10~40、好ましくは15~35である。
【0033】
ワックスAは、上記成分を、例えば100~250℃で混合及び撹拌することにより製造できる。また、ワックスAは、天然由来のものを用いることができる。中でも、環境負荷低減の観点から、天然由来のものを用いることが好ましい。
天然由来のワックスAとしては、例えば、カルナバワックス、ライスワックス等が挙げられ、粉末状が望ましい。
【0034】
カルナバワックスは、北ブラジルを産地とするヤシ科バーム樹から得られる。ライスワックスは、米ヌカから抽出された米油を精製する際に分離した蝋分を精製して得られる。
【0035】
ワックスAの融点は、好ましくは65~105℃、より好ましくは75~95℃、さらに好ましくは80~90℃である。ワックスAの融点が65℃以上であれば、摩擦材の製造工程において材料混合撹拌時に撹拌釜の壁等に付着するなどの悪影響を及ぼさない。また、回生協調ブレーキ等による制動負荷の軽い制動条件では、摩擦材とロータの摩擦面の温度が上昇しにくい。ワックスAの融点が105℃以下であれば、制動負荷の軽い制動条件でも軟化または溶融し、錆固着現象の発生が抑制されやすくなる。
【0036】
ワックスAの摩擦材全体中の含有量は、0.1~6質量%が好ましく、より好ましくは0.2~5質量%、さらに好ましくは0.4~4質量%である。ワックスAの含有量が0.1質量%以上であれば、錆固着現象の発生を抑制しやすく、かつ、クリープグローンの発生も抑制しやすい。ワックスAの含有量が6質量%以下であれば、摩擦材が熱によって膨張するのを防ぐことができる。
【0037】
(その他の摩擦調整材)
その他の摩擦調整材は、耐摩耗性、耐熱性、耐フェード性等の所望の摩擦特性を摩擦材に付与するために用いられる。
【0038】
その他の摩擦調整材としては、例えば、無機充填材、有機充填材、研削材、固体潤滑材等を挙げることができる。
【0039】
無機充填材としては、例えば、チタン酸塩、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、バーミキュライト、マイカ等の無機材料や、アルミニウム、スズ、亜鉛等の金属粉末が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0040】
有機充填材としては、例えば、各種ゴム粉末(生ゴム粉末、タイヤ粉末等)、カシューダスト、タイヤトレッド、メラミンダスト等が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0041】
研削材としては、例えば、アルミナ、シリカ、酸化マグネシウム、ジルコニア、珪酸ジルコニウム、酸化クロム、四三酸化鉄(Fe3O4)、クロマイト等が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0042】
固体潤滑材としては、例えば、黒鉛(グラファイト)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0043】
摩擦調整材は、上記所望の摩擦特性を摩擦材に十分付与する観点から、摩擦材全体中、好ましくは30~70質量%、より好ましくは40~60質量%用いられる。
【0044】
<結合材>
結合材としては、通常用いられる種々の結合材を用いることができる。具体的には、フェノール樹脂、エラストマー等による各種変性フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂が挙げられる。
【0045】
エラストマー変性フェノール樹脂としては、例えば、アクリルゴム変性フェノール樹脂やシリコーンゴム変性フェノール樹脂、ニトリルゴム(NBR)変性フェノール樹脂等が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0046】
結合材は、摩擦材の成形性の観点から、摩擦材全体中、好ましくは1~20質量%、より好ましくは3~15質量%用いられる。
【0047】
<繊維基材>
繊維基材としては、通常用いられる種々の繊維基材を用いることができる。具体的には、有機繊維、無機繊維、金属繊維が挙げられる。
【0048】
有機繊維としては、例えば、芳香族ポリアミド(アラミド)繊維、耐炎性アクリル繊維等が挙げられる。
【0049】
無機繊維としては、例えば、生体溶解性無機繊維、セラミック繊維、ガラス繊維、カーボン繊維、ロックウール等が挙げられる。生体溶解性無機繊維としては、例えば、SiO2-CaO-MgO系繊維、SiO2-CaO-MgO-Al2O3系繊維、SiO2-MgO-SrO系繊維等の生体溶解性セラミック繊維や生体溶解性ロックウール等が挙げられる。
【0050】
金属繊維としては、例えば、スチール繊維等が挙げられる。これらは各々単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0051】
これらの中でも、高温時の摩擦材強度確保の観点から、スチール繊維が好ましい。
本発明の摩擦材がスチール繊維を含有する場合、スチール繊維の摩擦材全体中の含有量は、20~50質量%が好ましく、より好ましくは20~45質量%、さらに好ましくは20~40質量%である。スチール繊維の含有量が20質量%以上であれば、十分な耐摩耗性を得やすくなる。スチール繊維の含有量が50質量%以下であれば、摩擦材に十分量の摩擦調整材及び結合材を含有させることができる。
【0052】
スチール繊維の平均繊維長は0.5~30mmであることが好ましく、0.5~20mmであることがより好ましく、0.5~10mmであることがさらに好ましい。
スチール繊維の平均繊維長が0.5mm以上であれば、摩擦材の強度を確保することができる。スチール繊維の平均繊維長が30mm以下であれば、相手材攻撃性の悪化を抑制することができる。
【0053】
スチール繊維の平均繊維径は10~600μmであることが好ましく、30~500μmであることがより好ましく、50~400μmであることがさらに好ましい。
スチール繊維の平均繊維径が10μm以上であれば、摩擦材の強度を確保することができる。スチール繊維の平均繊維径が600μm以下であれば、相手材攻撃性の悪化を抑制することができる。
【0054】
なお、スチール繊維の平均繊維長及び平均繊維径は、マイクロスコープ等により観察することによって測定できる。
【0055】
繊維基材は、摩擦材の十分な強度を確保する観点から、摩擦材全体中、好ましくは5~60質量%、より好ましくは10~60質量%用いられる。
【0056】
なお、本発明の摩擦材全体中の銅成分の含有量は、環境負荷低減の観点から、銅元素換算で0.5質量%以下が好ましく、含有しないことがより好ましい。
【0057】
<摩擦材の製造方法>
本発明の摩擦材は、公知の製造工程により製造でき、例えば、上記各成分を配合し、その配合物を通常の製法に従って予備成形、熱成形、加熱、研摩等の工程を経て摩擦材を製造することができる。
【0058】
摩擦材を備えたブレーキパッドの製造方法は、一般的に以下の工程を有する。
(a)板金プレスによりプレッシャプレートを所定の形状に成形する工程
(b)上記プレッシャプレートに脱脂処理、化成処理及びプライマー処理を施し、接着剤を塗布する工程
(c)摩擦調整材、結合材及び繊維基材等の原料を配合し、混合により十分に均質化して、常温にて所定の圧力で成形して予備成形体を作製する工程
(d)上記予備成形体と接着剤が塗布されたプレッシャプレートとを、所定の温度及び圧力を加えて両部材を一体に固着する熱成形工程(成形温度130~180℃、成形圧力30~80MPa、成形時間2~10分間)
(e)アフターキュア(150~300℃、1~5時間)を行って、最終的に研摩、スコーチ、及び塗装等の仕上げ処理を施す工程
【実施例】
【0059】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0060】
(参考例1~8、実施例9~11、比較例1~3)
表1~3に示す配合材料を、混合撹拌機に一括して投入し、常温で5分間混合し、混合物を得た。得られた混合物を以下の予備成形(i)、熱成形(ii)、加熱およびスコーチ(iii)の工程を経て、摩擦材を作製した。
【0061】
(i)予備成形
混合物を予備成形プレスの金型に投入し、常温にて20MPaで10秒間成形を行い、予備成形体を作製した。
(ii)熱成形
この予備成形体を熱成形型に投入し、予め接着剤を塗布した金属板(プレッシャプレート)を重ね、150℃、50MPaで6分間加熱加圧成形を行った。
(iii)加熱、スコーチ
この加熱加圧成形体に、250℃、3時間の熱処理を実施した後、研摩した。
次いで、この加熱加圧成形体の表面にスコーチ処理を施し、仕上げに塗装を行い、摩擦材を得た。
【0062】
なお、リン酸三ナトリウムのメディアン径は60μmであった。硫化錫(IV)のメディアン径は30μmであった。スチール繊維の平均繊維長は6mmであり、平均繊維径は250μmであった。
【0063】
参考例1~8、実施例9~11及び比較例1~3で得られた摩擦材に対して以下の方法により、錆固着性及びクリープグローン特性の評価を行った。結果を表1~3に示す。
【0064】
<錆固着性>
〔評価1〕
上記で得られた摩擦材を用いて下記(1)~(4)の操作を5回(5サイクル)繰り返し、各サイクル後の摩擦材の錆固着力を測定した。なお、相手材は鋳鉄ロータを使用した。
【0065】
(1)摩擦材をテストピースサイズに加工し、1/7スケールテスタを用いて下記条件にて摺り合わせを行った。
初速度:15km/h
制動液圧:0.5MPa
制動開始ロータ温度:50℃
制動回数:20回
(2)摩擦材と相手材を蒸留水に3分間浸漬した。
(3)摩擦材と相手材を荷重2.5kNにてクランプし、16時間室温で放置した。
(4)クランプを止め、アイコーエンジニアリング株式会社製「デジタルプッシュプルゲージ」で摩擦材の錆固着力を測定し、下記基準に基づき評価した。
【0066】
◎:5N未満
○:5N以上30N未満
△:30N以上60N未満
×:60N以上
【0067】
〔評価2〕
制動開始ロータ温度を400℃にした以外は、上記〔評価1〕と同様に評価した。
【0068】
<クリープグローン特性>
フルサイズのダイナモメータを用いて、下記条件にて上記で得られた摩擦材の摺り合わせを行った。
初速度:30km/h
減速度:0.98m/s2
制動インターバル:30秒
制動回数:4000回
【0069】
摺り合わせ後、摩擦材を23℃及び湿度95%の環境下で16時間放置し、摩擦材全体が濡れるように水を掛け20分間放置した。
【0070】
フルサイズのダイナモメータを用いて、下記条件にて水掛け放置後の摩擦材の静止摩擦係数(静μ)及び動摩擦係数(動μ)を測定した。
液圧:1.0MPa
減圧速度:0.1MPa/s
クリープトルク:200Nm
【0071】
測定した静μ及び動μの差Δμ(静μ-動μ)を求め、下記基準に基づき評価した。結果を表1~3に示す。
【0072】
◎:0.030未満
○:0.030以上0.035未満
△:0.035以上0.040未満
×:0.040以上
【0073】
また、静μ及び動μを測定中に発生する振動の持続時間を計測し、下記基準に基づき評価した。結果を表1~3に示す。
【0074】
◎:2.5秒未満
○:2.5秒以上3.5秒未満
△:3.5秒以上4.5秒未満
×:4.5秒以上
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
表1~3の結果から、実施例9~11に係る摩擦材は、摩擦材が高温熱履歴(ロータ温度:400℃)を受けた場合でも錆固着現象の発生を抑制することができ、かつ、クリープグローンの発生も抑制することができる摩擦材であることがわかった。