(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-31
(45)【発行日】2023-08-08
(54)【発明の名称】酸化スケール除去方法およびステンレス鋼帯の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21B 45/06 20060101AFI20230801BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20230801BHJP
B23K 26/36 20140101ALI20230801BHJP
【FI】
B21B45/06 Z
B21B45/06 R
C23G1/08
B23K26/36
(21)【出願番号】P 2019194600
(22)【出願日】2019-10-25
【審査請求日】2022-06-27
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】森田 一成
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/096382(WO,A1)
【文献】特開平04-182020(JP,A)
【文献】特開平09-310189(JP,A)
【文献】特開平07-171689(JP,A)
【文献】特開平10-263676(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 1/00-99/00
B21C 1/00-99/00
B23K 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延後または冷間圧延後のステンレス鋼帯の表面に形成された酸化スケールを除去する酸化スケール除去方法であって、
焼鈍後の前記ステンレス鋼帯の表面に対して、パルス幅をτ[ns]とした場合のフルエンスF[J/cm
2]が、α×(τ[ns]/100)
1/2[J/cm
2]以上β×(τ[ns]/100)
1/2[J/cm
2]以下(但し、α=
5.24、β=15)である、パルスレーザのレーザ光を照射するレーザ光照射工程を含むことを特徴とする酸化スケール除去方法。
【請求項2】
前記レーザ光のパルス幅τ[ns]が、10[ns]以上1000[ns]以下であることを特徴とする請求項1に記載の酸化スケール除去方法。
【請求項3】
前記レーザ光照射工程の後に、前記ステンレス鋼帯の表面に対して酸洗処理を施す酸洗処理工程を更に含むことを特徴とする請求項1または2に記載の酸化スケール除去方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の酸化スケール除去方法を用いて前記酸化スケールを除去する酸化スケール除去工程を含むことを特徴とする前記ステンレス鋼帯の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化スケール除去方法およびステンレス鋼帯の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間圧延後および冷間圧延後のステンレス鋼帯の表面に形成された酸化スケールを除去する方法としては、スケールブレーカ処理およびショットブラスト処理を施した上記ステンレス鋼帯を、酸洗漕に浸漬させるのが一般的である。以下、ステンレス鋼帯の表面に形成された酸化スケールを除去することを「デスケール」と称する。
【0003】
しかしながら、この酸化スケール除去方法では、例えばステンレス鋼帯が難酸洗鋼で形成されている場合、通板速度を通常よりも減速させる必要がある。あるいは、酸洗漕に浸漬させた後のステンレス鋼帯をコイルグラインダーラインに通板させて表面研削する必要がある。また例えば、ステンレス鋼帯が汎用鋼種の場合でも、通板速度を通常より速めてデスケールを行うのには限界がある。これらのことから、前記の酸化スケール除去方法には通板速度の上昇および製造工程の簡略化の面で課題があり、ステンレス鋼帯の生産効率向上に関して改善の余地があった。ステンレス鋼板の表面に形成された酸化スケールを除去する場合についても、生産効率向上の面でステンレス鋼帯と同様の課題があった。
【0004】
そこで、ステンレス鋼帯およびステンレス鋼板の生産効率向上を実現すべく、従来、種々の酸化スケール除去方法が研究・実施されている。例えば特許文献1には、ステンレス鋼板を焼鈍した際に生成されたスケール層に対してレーザ光を照射することにより、スケール層を除去する方法が開示されている。スケール層は、酸化スケールが層状に形成されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平4-182020号公報(1992年6月29日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された酸化スケール除去方法でも、スケール層を短時間で除去するという点では必ずしも十分とは言えなかった。
【0007】
本発明の一態様は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、デスケールを短時間で行ってステンレス鋼帯の生産効率を向上させることができる酸化スケール除去方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために本発明者が鋭意検討した結果、焼鈍後のステンレス鋼帯の表面に対してフルエンスが所定の数値範囲の値をとるパルスレーザのレーザ光を照射することにより、ステンレス鋼帯の生産効率が向上すること等を見出した。そして、この検討結果を基にして、本発明者は発明を完成するに至った。本発明は、具体的には以下の各構成からなるものである。
【0009】
[1]熱間圧延後または冷間圧延後のステンレス鋼帯の表面に形成された酸化スケールを除去する酸化スケール除去方法であって、焼鈍後の前記ステンレス鋼帯の表面に対して、パルス幅をτ[ns]とした場合のフルエンスF[J/cm2]が、α×(τ[ns]/100)1/2[J/cm2]以上β×(τ[ns]/100)1/2[J/cm2]以下(但し、α=1、β=15)である、パルスレーザのレーザ光を照射するレーザ光照射工程を含むことを特徴とする酸化スケール除去方法。
【0010】
前記の構成によれば、スケールブレーカ処理およびショットブラスト処理などを施すことなくデスケールできる。そのため、デスケールの時間を短縮でき、ステンレス鋼帯の生産効率を向上させることができる。
【0011】
また前記の構成によれば、パルスレーザのレーザ光のフルエンスFが、パルス幅τに対してα×(τ[ns]/100)1/2[J/cm2]以上β×(τ[ns]/100)1/2[J/cm2]以下(但し、α=1、β=15)である。そのため、ステンレス鋼帯の板厚が、レーザ光が照射された表面から減少すること(以下、母材損傷)を許容範囲に留めつつ、従来のパルスレーザのレーザ光照射よりも短時間でデスケールを行うことができる。
【0012】
なお、前記のパルス幅τとフルエンスFとの関係式において、好ましくはα≧4、より好ましくはα≧5、さらに好ましくはα≧6である。α≧4であれば、Siを2.5~5.0[%]、Crを18~20[%]、Niを12~20[%]含む難酸洗鋼のステンレス鋼帯に対しても、有効にデスケールを行うことができる。α≧5であれば、Siを2.5~5.0[%]、Crを18~20[%]、Niを12~20[%]含む難酸洗鋼のステンレス鋼帯に対しても、より有効にデスケールを行うことができる。α≧6であれば、ステンレス鋼帯の鋼種に関係なく最も効率よくデスケールを行うことができる。
【0013】
[2]前記レーザ光のパルス幅τ[ns]が、10[ns]以上1000[ns]以下であることを特徴とする前記[1]に記載の酸化スケール除去方法。
【0014】
前記の構成によれば、パルスレーザのレーザ光のパルス幅τが10[ns]以上1000[ns]以下であることから、母材損傷を許容範囲に留めつつ、ステンレス鋼帯の生産効率をさらに向上させることができる。
【0015】
また、パルス幅τの上限値を1000[ns]に設定することで、レーザ光のステンレス鋼帯への熱影響およびフルエンスFを小さくでき、ひいてはレーザ発振器を小型化することができる。さらに、パルス幅τの下限値を10[ns]に設定することで、レーザ発振器のコストを許容範囲に留めることができる。そのため、本発明の一態様に係る酸化スケール除去方法を大量生産ラインに適用し易くなる。なお、パルス幅τは、好ましくは30[ns]以上500[ns]以下の範囲で設定し、より好ましくは50[ns]以上300[ns]以下の範囲で設定するのがよい。
【0016】
[3]前記レーザ光照射工程の後に、前記ステンレス鋼帯の表面に対して酸洗処理を施す酸洗処理工程を更に含むことを特徴とする前記[1]または[2]に記載のスケール除去方法。
【0017】
前記の構成によれば、焼鈍後のステンレス鋼帯に対して、パルスレーザのレーザ光を照射した後に酸洗処理を施すことから、酸化スケールをより多く除去することができる。そのため、ステンレス鋼帯の品質をより向上させることができる。
【0018】
[4]前記[1]から[3]のいずれかに記載の酸化スケール除去方法を用いて前記酸化スケールを除去する酸化スケール除去工程を含むことを特徴とする前記ステンレス鋼帯の製造方法。前記の構成によれば、生産効率が向上したステンレス鋼帯の製造方法を実現することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様によれば、デスケールを短時間で行ってステンレス鋼帯の生産効率を向上させることができる酸化スケール除去方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係るステンレス鋼帯の製造方法について、各工程の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図2】本発明の一実施形態に係る酸化スケール除去方法について、各工程の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図3】前記酸化スケール除去方法を実施する設備の概略図である。
【
図4】SUS304のステンレス鋼帯の酸化スケールに対して、フルエンスを変更してパルスレーザを照射したときの光学顕微鏡写真を示す図である。
【
図5】SUS430のステンレス鋼帯の酸化スケールに対して、フルエンスを変更してパルスレーザを照射したときの光学顕微鏡写真を示す図である。
【
図6】SUSXM15J1のステンレス鋼帯の酸化スケールに対して、フルエンスを変更してパルスレーザを照射したときの光学顕微鏡写真を示す図である。
【
図7】フルエンスとスケール除去率との関係を示すグラフである。
【
図8】フルエンスと母材損傷率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
〔ステンレス鋼帯の製造方法の概要〕
以下、
図1を用いて、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼帯の製造方法の概要について説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る製造方法は、製鋼工程(S1)、連続鋳造工程(S2)、熱間圧延工程(S3)、連続焼鈍工程(S4)、酸化スケール除去工程(S5)を含んでいる。なお、必要に応じて、本実施形態に係る製造方法に冷間圧延工程および精整工程を含めてもよい。また、ステンレス鋼帯の材料となるステンレス鋼の鋼種に制限はない。例えば、質量%で、Siを2.5~5.0[%]、Crを18~20[%]、Niを12~20[%]含む難酸洗鋼、ならびにSUS304およびSUS430等の汎用鋼種をはじめ、種々のステンレス鋼を材料として用いることができる。
【0022】
まず、製鋼工程(S1)では、Fe、Cr、Ni等を主成分とするスクラップを不図示の電気炉で溶解した後、不図示の精錬炉で成分調整して溶鋼を生成する。次に、連続鋳造工程(S2)では、精錬炉で生成された溶鋼を不図示の取鍋に取り出した後、取鍋から不図示の鋳型に連続的に流し込んで冷却する。そして、冷えて固まったステンレス鋼を所定の長さに切り分けて複数のスラブを生成する。
【0023】
次に、熱間圧延工程(S3)では、連続鋳造工程(S2)で生成されたスラブを所定温度まで加熱し、所定温度に達した状態のスラブを不図示の熱間圧延機で熱間圧延する。具体的には、スラブに対して粗圧延および仕上げ圧延を何段階も施すことにより、スラブが所定の板厚になるまで熱間圧延する。熱間圧延によって、帯状のステンレス鋼(以下、ステンレス鋼帯1)が生成される。
【0024】
次に、連続焼鈍工程(S4)では、熱間圧延工程(S3)で生成されたステンレス鋼帯1を不図示の焼鈍炉で連続焼鈍する。ステンレス鋼帯1を連続焼鈍することにより、硬化して延性が低下しているステンレス鋼帯1を軟化させて、該ステンレス鋼帯1の延性を回復させる。次に、酸化スケール除去工程(S5)では、連続焼鈍後のステンレス鋼帯1の表面に形成された不図示の酸化スケールに対してパルスレーザのレーザ光3(
図3参照)を照射した後、ステンレス鋼帯1に酸洗処理を施すことによりデスケールを行う。酸化スケール除去工程(S5)の詳細については後述する。
【0025】
なお、本実施形態に係るステンレス鋼帯の製造方法はあくまで一例であり、上述した各工程の内容および順序、ならびに使用設備等に限定されない。例えば、ステンレス鋼帯1に対してさらに冷間圧延を施してもよい。あるいは、冷間圧延後のステンレス鋼帯1に対して連続焼鈍を施した後、酸化スケール除去工程(S5)を施してもよい。これらの場合、酸化スケール除去工程(S5)は熱間圧延後および冷間圧延後の両方で施してもよいし、どちらか一方で施してもよい。
【0026】
〔酸化スケール除去方法〕
次に、
図2および
図3を用いて、本発明の一実施形態に係る酸化スケール除去方法について説明する。本実施形態に係る酸化スケール除去方法は、
図1に示す酸化スケール除去工程(S5)で実施され、
図2に示すようにレーザ光照射工程(S51)および酸洗処理工程(S52)を含んでいる。
【0027】
<レーザ光照射工程>
まず、
図2に示すレーザ光照射工程(S51)では、連続焼鈍後のステンレス鋼帯1の表面に形成された酸化スケールに対して、パルスレーザのレーザ光3(
図3参照)を照射することによりデスケールを行う。パルスレーザによるデスケールは、レーザアブレーションを利用した技術である。レーザアブレーションは、レーザ光の照射によって照射対象の物質を蒸散させることである。具体的には、後述のレーザ発振器21からパルス発振されたパルスレーザを後述のレーザヘッド22で走査することにより、パルスレーザのレーザ光3を酸化スケールに照射し、該酸化スケールを蒸散させる。
【0028】
レーザ光照射工程(S51)では、
図3に示すレーザ光照射装置2を用いてパルスレーザのレーザ光を照射する。レーザ光照射装置2は、レーザ発振器21、レーザヘッド22、不図示の駆動部および不図示の制御部を備えている。
【0029】
(レーザ発振器およびレーザヘッド)
レーザ発振器21は、
図3に示すレーザ光3を発生させてパルス発振させる。レーザ発振器21の種類は特に限定されないが、デスケールの時間短縮の観点からは、他のレーザ発振器に比べて単位面積当りのレーザ出力が大きい固体レーザが好ましい。
【0030】
レーザヘッド22は、レーザ発振器21からパルス発振されたパルスレーザのレーザ光3を集光し、連続焼鈍後のステンレス鋼帯1の表面に形成された酸化スケールに照射する。レーザヘッド22から酸化スケールに照射されるパルスレーザのレーザ光3は、パルス幅τが100[ns]の場合、フルエンスFの下限値αが1[J/cm2]、上限値βが15[J/cm2]である。好ましくは、フルエンスFの下限値αは4[J/cm2]であり、より好ましい下限値αは5[J/cm2]であり、さらに好ましい下限値αは6[J/cm2]である。なお、パルス幅τは10[ns]以上1000[ns]以下の範囲で設定可能である。好ましくは30[ns]以上500[ns]以下の範囲で設定し、より好ましくは50[ns]以上300[ns]以下の範囲で設定するのがよい。
【0031】
パルス幅τは、パルスレーザのレーザ光3が照射対象に熱作用する1パルス当りの時間である。フルエンスFは、パルスレーザのレーザ光3における単位面積当りのエネルギー密度である。本実施形態におけるフルエンスFは、パルスレーザのレーザ光3の1パルス当りのエネルギーを該レーザ光3の照射面積で除した値となる。したがって、他の条件が同じであれば、レーザ光3のパルス幅τが長くなるほどレーザ光3のフルエンスFが大きくなる。
【0032】
ここで、パルス幅τが異なる場合のアブレーション閾値について説明する。パルス幅τによって、適切なフルエンスFの範囲は変化する。アブレーション閾値は、酸化スケールの蒸散に必要なフルエンスである。アブレーション閾値Fthはパルス幅τLの平方根に比例する。パルス幅τLとアブレーション閾値Fthとの関係は次式(1)で表される。
【0033】
Fth≒ρ×Ω×D1/2×(τL)1/2 …式(1)
ρ:酸化物の密度[g/cm3]、Ω:蒸散に必要なエネルギー[J]、D:最外殻電子の冷却時間[ps]
また、レーザ光3のパルス幅τL1のときのアブレーション閾値をFth1とし、パルス幅τL2のときのアブレーション閾値をFth2とすると、パルス幅τL1とアブレーション閾値Fth1との関係は次式(2)で表される。また、パルス幅τL2とアブレーション閾値Fth2との関係は次式(3)で表される。
【0034】
Fth1≒ρ×Ω×D1/2×(τL1)1/2 …式(2)
Fth2≒ρ×Ω×D1/2×(τL2)1/2 …式(3)
上式(2)および(3)を用いてρ、Ω、Dを消去し、上式(2)および(3)を整理すると、次式(4)を導くことができる。
【0035】
Fth1=Fth2×(τL1/τL2)1/2 …式(4)
上式(4)より、パルス幅τL2が100[ns]のときのフルエンスFの下限値(アブレーション閾値Fth2)がα[J/cm2]の場合、パルス幅τL1=τ[ns]に対するフルエンスFの下限値(アブレーション閾値Fth1)は、α(τ/100)1/2となる。一方、フルエンスFの上限値(アブレーション閾値Fth2)がβ[J/cm2]の場合、パルス幅τL1=τ[ns]に対するフルエンスFの上限値(アブレーション閾値Fth1)は、β(τ/100)1/2となる。
【0036】
すなわち、パルス幅τL1=τ[ns]によって、適切なレーザ光3のフルエンスFの範囲(下限値および上限値)は変化し、このパルス幅τに対するフルエンスFの範囲は次式(5)で表される。
【0037】
α×(τ/100)1/2≦F≦β×(τ/100)1/2 …式(5)
なお、酸化物の密度ρに関し、主な酸化物の密度としては、Fe2O3の密度ρ=5.24[g/cm3]、Cr2O3の密度ρ=5.22[g/cm3]およびSiO2の密度ρ=2.196[g/cm3]を例示することができる。
【0038】
上述のように、レーザヘッド22から照射されるレーザ光3は、パルス幅τが100[ns]である。また、レーザ光3は、フルエンスFがα=1[J/cm2]以上であり、かつ、β=15[J/cm2]以下である。このパルス幅τは、10[ns]以上1000[ns]以下の範囲で設定可能であり、好ましくは30[ns]以上500[ns]以下、より好ましくは50[ns]以上300[ns]以下の範囲で設定するのがよい。
【0039】
パルス幅τを前記の各範囲で設定した場合、パルス幅τに対してレーザ光3のフルエンスFをα×(τ/100)1/2以上β×(τ/100)1/2以下(但し、α=1、β=15)とする。フルエンスFをこのように設定することで、母材損傷を許容範囲に留めつつ、従来のパルスレーザのレーザ光照射よりもデスケールの時間を大幅に短縮することができる(詳細は後述の実施例参照)。
【0040】
なお、レーザヘッド22の種類は特に限定されないが、他のレーザヘッドに比べてレーザ光3を酸化スケールに精度高く照射できることから、ガルバノスキャナを用いるのが好ましい。
【0041】
(駆動部および制御部)
駆動部は、レーザヘッド22と接続されており、レーザヘッド22を駆動してパルスレーザのレーザ光3の照射位置を移動させる。制御部は、レーザ発振器21およびレーザヘッド22と接続されており、パルスレーザのレーザ光3の照射条件を制御する。レーザ光3の照射条件としては、例えばフルエンスF、パルス幅τ、発振周期、レーザ出力、照射速度、照射幅およびビーム径が挙げられる。
【0042】
なお、パルスレーザのレーザ光3の発振周期は、60~120[kHz]であることが好ましい。レーザ光3の発振周期を前記の数値範囲内に設定することにより、レーザ光照射工程(S51)を全体として見たときに、ステンレス鋼帯1の表面に形成された酸化スケールに対してフルエンスFが好適化されたレーザ光3を照射することができる。
【0043】
なぜなら、例えはレーザ光3の発振周期が60[kHz]より小さいと、ステンレス鋼帯1への単位時間当りの照射回数が減少し過ぎてしまう。そのため、レーザ光照射工程(S51)を全体として見たときに、デスケールを行うのに十分なフルエンスFを有するレーザ光3を照射できない虞があるからである。また、レーザ光3の発振周期が[120kHz]より大きいと、レーザ光3の1パルス当りのフルエンスFが小さくなる。そのため、レーザ光照射工程(S51)を全体として見たときに、やはり、デスケールを行うのに十分なフルエンスFを有するレーザ光3を照射できない虞があるからである。
【0044】
<酸洗処理工程>
次に、
図2に示す酸洗処理工程(S52)では、レーザ光照射工程(S51)を経た後のステンレス鋼帯1の表面に対して酸洗処理を施す。具体的には、ステンレス鋼帯1を
図3に示す酸洗漕4内の酸洗浴41に浸漬通板させることで、レーザ光照射工程(S51)で除去し切れなかった酸化スケールを洗い落とす。酸洗浴41の酸洗浴液には、例えばHNO
3(硝酸)、H
2SO
4(硫酸)、FeCl
3(塩化第二鉄液)、またはHNO
3とHF(フッ化水素酸)との混合液を用いる。
【0045】
なお、酸洗処理の前処理として、例えばレーザ光照射工程(S51)と酸洗処理工程(S52)との間に、レーザ光照射工程(S51)を経た後のステンレス鋼帯1の表面に対して中性塩電解処理を施してもよい。中性塩電解処理は、熱間圧延後のステンレス鋼帯を、Na2SO4、K2SO4またはNaNO3等の中性塩を主成分とする中性塩水溶液中に浸漬通板させる処理である。
【0046】
この処理を施すことで、レーザ光照射工程(S51)を経た後のステンレス鋼帯1が前記中性塩水溶液中で電解する。そのため、酸化スケールが例えばCr系の酸化物のような組織が緻密で化学的に安定した酸化物であっても、中性塩電解処理後の酸洗処理によって確実に酸化スケールを除去することができる。
【0047】
また、冷間圧延を施した場合には、前処理として、例えばレーザ光照射工程(S51)と酸洗処理工程(S52)との間に、レーザ光照射工程(S51)を経た後のステンレス鋼帯1の表面に対して溶融塩浸漬(ソルトバス)処理を施してもよい。ソルトバス処理は、ステンレス鋼帯1を、苛性ソーダ(NaOH)を主剤として400~500℃に保持した混合アルカリ溶融塩浴中に浸漬通板させる処理である。
【0048】
なお、酸化スケール除去工程(S5)において、レーザ光照射工程(S51)を経た後のステンレス鋼帯1の表面に対して酸洗処理を施すことは必須ではない。処理対象となるステンレス鋼帯1の鋼種、およびレーザ照射における各条件にもよるが、レーザ光照射工程(S51)だけで十分に酸化スケールを除去できる場合は、酸洗処理工程(S52)を省略してもよい。すなわち、酸化スケール除去工程(S5)では、少なくともレーザ光照射工程(S51)が行われていればよい。
【0049】
〔実施例〕
本発明の一実施例について以下に説明する。本実施例では、上述の実施形態にて説明した製鋼工程(S1)、連続鋳造工程(S2)、熱間圧延工程(S3)および連続焼鈍工程(S4)を行うことにより、以下の表1に示す3種類の化学組成のステンレス鋼帯を作製した。このステンレス鋼帯は、上述の実施形態にて説明した「連続焼鈍後のステンレス鋼帯1」に相当する。そして、このステンレス鋼帯に対して、フルエンスFを1.31[J/cm2]~6.55[J/cm2]の範囲で変化させてレーザ光照射工程(S51)を行った。なお、製鋼工程(S1)、連続鋳造工程(S2)、熱間圧延工程(S3)および連続焼鈍工程(S4)にて実施される各処理は、従来から一般的に実施されている処理を採用した。
【0050】
【0051】
レーザ光照射工程(S51)における通板速度は0.5[m/min]とし、レーザ光照射装置2として、本実施例ではLaser clear(株式会社IHI検査計測社製 Laserclear50A)を使用した。本実施例におけるパルスレーザのレーザ光3の照射条件を表2に示す。
【0052】
【0053】
レーザ光照射工程(S51)前およびレーザ光照射工程(S51)後のステンレス鋼帯の表面を、光学顕微鏡を用いて観察した。観察は、各鋼種のステンレス鋼帯のそれぞれについて4.12[mm2]の範囲で3面ずつ、倍率150倍で行った。観察した光学顕微鏡写真について、酸化スケールが残存している部分と酸化スケールが除去された部分とを、輝度の差を利用して二値化し、酸化スケールが除去された部分の面積を観察範囲の面積で除することで、スケール除去率を算出した。
【0054】
図4、
図5および
図6のそれぞれに、SUS304、SUS430およびSUSXM15J1の各ステンレス鋼帯の光学顕微鏡写真と、それらの二値化写真とを示す。また、
図7は、フルエンスFとスケール除去率との関係を示すグラフである。
図4~
図7に示すように、レーザ光照射工程(S51)前のステンレス鋼帯の表面は、全体的に酸化スケールで覆われていた。このステンレス鋼帯の表面に対し、フルエンスFが1.31[J/cm
2]以上6.55[J/cm
2]以下のパルスレーザのレーザ光3を照射することにより、ステンレス鋼帯の表面の酸化スケールが効果的に除去されることがわかった。
【0055】
例えば、
図4に示す鋼種SUS304のステンレス鋼帯では、フルエンスFが1.31[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3を照射したときのスケール除去率は平均62[%]であった。また、フルエンスFが3.93[J/cm
2]、5.24[J/cm
2]または6.55[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3を照射することにより、それぞれスケール除去率が平均71[%]、85[%]または92[%]まで向上した。
【0056】
図5に示す鋼種SUS430のステンレス鋼帯では、フルエンスFが1.31[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3を照射したときのスケール除去率は平均18[%]であった。また、フルエンスFが3.93[J/cm
2]、5.24[J/cm
2]または6.55[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3を照射することにより、それぞれスケール除去率が平均58[%]、74[%]または88[%]まで向上した。
【0057】
図6に示す鋼種SUSXM15J1のステンレス鋼帯では、フルエンスFが1.31[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3を照射したときのスケール除去率は平均4[%]であった。また、フルエンスFが3.93[J/cm
2]、5.24[J/cm
2]または6.55[J/cm
2]のパルスレーザのレーザ光3をそれぞれ照射することにより、スケール除去率が平均39[%]、62[%]または73[%]まで向上した。
【0058】
SUSXM15J1のステンレス鋼帯は難酸洗鋼のステンレス鋼帯であるため、酸洗処理のみを行ったとしても、酸化スケールを除去することは難しい。しかし、本発明の一態様に係る酸化スケール除去方法によれば、難酸洗鋼のステンレス鋼帯においても、酸化スケールを効果的に除去することができる。
【0059】
なお、本実施例では実施しなかったが、フルエンスFが4[J/cm2]であれば、Siを2.5~5.0[%]、Crを18~20[%]、Niを12~20[%]含む難酸洗鋼のステンレス鋼帯に対しても有効にデスケールを行うことができると予想される。また、フルエンスFが5[J/cm2]であれば、Siを2.5~5.0[%]、Crを18~20[%]、Niを12~20[%]含む難酸洗鋼のステンレス鋼帯に対してもより有効にデスケールを行うことができると予想される。特に、フルエンスFが6[J/cm2]であれば、ステンレス鋼帯の鋼種に関係なく最も効率よくデスケールを行うことができると予想される。さらには、いずれの鋼種においても、レーザ光照射工程(S51)後に酸洗処理工程(S52)を行うことにより、スケール除去率は更に向上すると予想される。
【0060】
図8は、フルエンスFと母材損傷率との関係を示すグラフである。デスケール後の表面変色(焼けた部分)の面積を画像解析で算出し、表面変色部分の面積が全面積に占める割合を母材損傷率と定義した。この母材損傷率が2%を超えた場合、母材損傷ありと判定した。表面変色部分と正常部分との判別は、レーザ照射後のサンプル表面の光学顕微鏡写真において、閾値を調整して二値化することにより行った。
【0061】
本実施例では、4.12[mm
2]の領域を3箇所観察しているため、12.36[mm
2]の2%、すなわち0.25[mm
2]の面積を超えた場合、母材損傷ありと判定した。
図8より、フルエンスF=15[J/cm
2]以下では母材損傷率が2%未満であり、いずれの鋼種においても母材損傷なしと判定された。
【0062】
〔付記事項〕
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上述した実施形態に開示された複数の技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、難酸洗鋼および汎用鋼種のステンレス鋼帯のデスケールに、好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0064】
1 ステンレス鋼帯
3 パルスレーザのレーザ光
S5 酸化スケール除去工程
S51 レーザ光照射工程
S52 酸洗処理工程
F フルエンス
τ パルス幅