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特許7323468対象物測位システム、及び対象物測位方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-31
(45)【発行日】2023-08-08
(54)【発明の名称】対象物測位システム、及び対象物測位方法
(51)【国際特許分類】
   G01S 19/43 20100101AFI20230801BHJP
   G01C 15/00 20060101ALI20230801BHJP
【FI】
G01S19/43
G01C15/00 102C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020008181
(22)【出願日】2020-01-22
(65)【公開番号】P2021117007
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-07-19
(73)【特許権者】
【識別番号】390023249
【氏名又は名称】国際航業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501267357
【氏名又は名称】国立研究開発法人建築研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001335
【氏名又は名称】弁理士法人 武政国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】室井 翔太
(72)【発明者】
【氏名】江川 真史
(72)【発明者】
【氏名】手束 宗弘
(72)【発明者】
【氏名】武石 朗
(72)【発明者】
【氏名】向井 智久
【審査官】▲高▼場 正光
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-153726(JP,A)
【文献】特開2016-130637(JP,A)
【文献】特開2019-158834(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0346339(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0391037(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 5/00 - G01S 5/14
G01S 19/00 - G01S 19/55
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
観測点を測位することによって対象物の変位を求めるシステムにおいて、
測位衛星を利用して、前記観測点の位置を定期的に測位する測位手段と、
前記観測点における2時期の測位データの差分を、原変位量として算出する原変位量算出手段と、
補正関数と、前記対象物の周辺温度と、に基づいて温度補正値を算出する補正値算出手段と、
前記原変位量と前記温度補正値とに基づいて、前記観測点における2時期の変位量を求める補正変位量算出手段と、
1年以上の前記周辺温度の観測値と、1年以上の前記対象物の熱膨張収縮に伴う温度変位量の観測値と、に基づく回帰分析を行って前記補正関数を算出する補正関数算出手段と、を備え、
前記補正関数は、前記周辺温度の観測値と、前記温度変位量の観測値と、に基づく回帰分析によって得られた関数であり、
前記補正関数算出手段は、季節ごとに異なる複数種類の前記補正関数を算出する、
ことを特徴とする対象物測位システム。
【請求項2】
前記測位データを記憶する測位データ記憶手段と、
測位時刻から遡った所定時間内にある前記測位データを、前記測位データ記憶手段から読み出して、該測位時刻における原標本とする標本抽出手段と、
前記原標本が有する前記測位データに基づいて、当該原標本を代表する標本代表値を算出する標本代表値算出手段と、
あらかじめ定めた測位期間が経過するたびに、該測位期間内にある前記標本代表値に基づいて、当該測位期間における代表測位データを算出する代表測位データ算出手段と、をさらに備え、
前記原変位量算出手段は、前記観測点における2時期の前記代表測位データの差分を、前記原変位量として算出する、
ことを特徴とする請求項1記載の対象物測位システム。
【請求項3】
観測点を測位することによって対象物の変位を求める方法において、
測位衛星を利用して、前記観測点の位置を定期的に測位する測位工程と、
前記観測点における2時期の測位データの差分を、原変位量として算出する原変位量算出工程と、
補正関数と、前記対象物の周辺温度と、に基づいて温度補正値を算出する補正値算出工程と、
前記原変位量と前記温度補正値とに基づいて、前記観測点における2時期の変位量を求める補正変位量算出工程と、
1年以上の前記周辺温度の観測値と、1年以上の前記対象物の熱膨張収縮に伴う温度変位量の観測値と、に基づく回帰分析を行って前記補正関数を算出する補正関数算出工程と、を備え、
前記補正関数は、前記周辺温度の観測値と、前記温度変位量の観測値と、に基づく回帰分析によって得られた関数であり、
前記補正関数算出工程は、季節ごとに異なる複数種類の前記補正関数を算出する、
ことを特徴とする対象物測位方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、測位衛星を用いて対象物の変位を求める技術に関するものであり、より具体的には、温度変化に伴う膨張や収縮を勘案したうえで対象物の変位を求める対象物測位システム、及び対象物測位方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国で建設された多くの鉄筋コンクリート構造物(以下、「RC(ReinforcedConcrete)構造物」という。)は、既に長い期間供用されてきた。特に、東京オリンピックを目前にした昭和30年代は、いわゆる建設ラッシュといわれ数多くのRC構造物が構築されたが、これらの構造物も現在では50年以上が経過している。一般にコンクリートの耐久性は50年とも100年ともいわれるが、仮に50年とすると、当時建設された鉄筋コンクリート構造物は相当に老朽化しているはずであり、必要な耐力が失われていることも考えられる。そこで平成26年には、「道路の老朽化対策の本格実施に関する提言(社会資本整備審議会)」がとりまとめられ、平成24年の笹子トンネルの例を挙げて「近い将来、橋梁の崩落など人命や社会装置に関わる致命的な事態を招くであろう」と警鐘を鳴らし、建設インフラの維持管理の重要性を強く唱えている。
【0003】
RC構造物は主にコンクリートと鉄筋で構成され、コンクリートが引張力に対して脆弱であることから、この引張力は鉄筋が負担し、コンクリートは圧縮力を負担する。したがって、劣化に伴いコンクリートが圧縮力を負担できなくなるか、あるいは劣化に伴って鉄筋が引張力を負担できなくなると、そのRC構造物は当初の要求性能のうち耐荷性能を失うこととなる。必要とされる耐荷性能を失うと構造物としての目的を果たさないため、通常はその前に補修や補強といった対策工が施される。
【0004】
RC構造物やブロック塀は、個々の材料の経年劣化にともなって変状(変形)を来すこともあり、あるいは土圧や水圧、輪荷重など常に載荷される外力や、地震や強風など突発的に生じる外力が作用することによって変状を来すこともあり、そしてこのような変状の程度が著しい場合はRC構造物としての耐荷性能を失うこともある。ところが、RC構造物としての耐荷性能を正しく評価することは容易ではない。ましてや供用中の構造物の場合は、非破壊を条件とされることが多く、さらにその耐荷性能評価を難しいものとしている。そのため、コンクリート表面に生じたひび割れ等を目視観察することによって、鉄筋コンクリート構造物の健全度を評価しているのが現状である。
【0005】
RC構造物の健全度を評価する手法の一つとして、変形の程度に基づいた手法が考えられる。RC構造物のうち複数の点の変位量を観察することによってRC構造物全体の変形状態を把握し、その変形の程度に応じてRC構造物の健全度を評価するわけである。
【0006】
RC構造物の要所の変位量を計測するには、トータルステーション(Total Station)による計測が考えられるが、計測者の確保がともなうとことから長期にわたって監視する場合は現実的ではない。また地震時におけるRC構造物の変位量を計測するには、加速度計を用いる手法が考えられるが、この場合は加速度計から得られる加速度を2回積分することで2時期の位置座標を求めることになり、高い精度で変位量を得ることができないことが知られている。そこで特許文献1では、測位衛星を利用した定点観測による構造物の監視技術を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2005-121464号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
軍事用としてのみ利用されていたGPS(Global Positioning System)が民生用として利用されるようになり、しかも2000年には「意図的に精度を落とす仕組み(SA:Selective Availability)」も撤廃され、容易かつ高精度に、しかもリアルタイムで現在位置を計測できるようになった。さらに平成22年には準天頂衛星初号機「みちびき」が上げられるなど、GPSのほか様々な測位衛星観測システム(GNSS:Global Navigation Satellite System)が利用できるようになった。これは24時間絶え間なく必要数の測位衛星が捉えられるようになったということであり、すなわち24時間絶え間なく定点観測ができるということである。
【0009】
このように測位衛星は極めて利便性が高く、しかも観測手法によっては高い精度で変位を得ることができることから、特許文献1のように測位衛星を利用して構造物を監視することは極めて有効な手法といえる。
【0010】
ところで、RC構造物を含む多くの構造物は、周辺の温度が上昇して熱が与えられると膨張(以下、「温度膨張」という。)し、逆に周辺の温度が下降して熱が奪われると収縮(以下、「温度収縮」という。)する。つまり、温度変化によって構造物は変形し、そのため構造物に設置された観測点も温度変化に応じて変位することとなる。測位衛星を利用して構造物に設置された観測点の変位を監視する場合、温度に伴う変位(膨張や収縮)なのか、あるいは構造物の劣化に伴う変位なのか分離して把握することができない。すなわち、単に測位衛星による結果を用いるだけでは、構造物の変位(変形)を正しく評価することができない。なお、線膨張係数と温度変化によって変形量を求める手法は知られているが、線膨張係数はあくまで材料ごとに定められた標準的な値であり、実際に使用された材料は使用環境や経年変化といった影響から標準値とは異なる線膨張係数を示すことも考えられ、そのためRC構造物などでは材料ごとの線膨張係数を用いても正しく変形量を求めることはできない。
【0011】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわち温度膨張や温度収縮を考慮したうえで構造物の変位を求めることができる対象物測位システム、及び対象物測位方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明は、周辺温度の観測値と対象物の温度変位量(熱膨張収縮に伴う変位量)の観測値に基づく回帰分析を行い、その結果得られた補正関数によって温度膨張や温度収縮を除く変位を求める、という点に着目したものであり、従来にはなかった発想に基づいてなされた発明である。
【0013】
本願発明の対象物測位システムは、観測点を測位することによって対象物の変位を求めるものであり、測位手段と原変位量算出手段、補正値算出手段、補正変位量算出手段を備えたものである。このうち測位手段は、測位衛星を利用して観測点の位置を定期的に測位する手段であり、原変位量算出手段は、観測点における2時期の測位データの差分を「原変位量」として算出する手段である。また補正値算出手段は、「補正関数」と対象物の「周辺温度」に基づいて温度補正値を算出する手段であり、補正変位量算出手段は、原変位量と温度補正値とに基づいて観測点における2時期の変位量を求める手段である。なお補正関数は、周辺温度の観測値と対象物の温度変位量の観測値に基づく回帰分析によって得られた関数である。
【0014】
本願発明の対象物測位システムは、測位データ記憶手段と標本抽出手段、標本代表値算出手段、代表測位データ算出手段をさらに備えたものとすることもできる。この測位データ記憶手段は、測位データを記憶する手段であり、標本抽出手段は、測位時刻から遡った所定時間内にある測位データを測位データ記憶手段から読み出して測位時刻における「原標本」とする手段である。また標本代表値算出手段は、原標本が有する測位データに基づいて当該原標本を代表する「標本代表値」を算出する手段であり、代表測位データ算出手段は、あらかじめ定めた測位期間が経過するたびに測位期間内にある標本代表値に基づいて当該測位期間における「代表測位データ」を算出する手段である。この場合、原変位量算出手段は、観測点における2時期の代表測位データの差分を原変位量として算出する。
【0015】
本願発明の対象物測位システムは、補正関数算出手段をさらに備えたものとすることもできる。この補正関数算出手段は、1年以上の周辺温度の観測値と、1年以上の対象物の温度変位量の観測値に基づく回帰分析を行って、補正関数を算出する手段である。
【0016】
本願発明の対象物測位方法は、観測点を測位することによって対象物の変位を求める方法であり、測位工程と原変位量算出工程、補正値算出工程、補正変位量算出工程を備えた方法である。このうち測位工程では、測位衛星を利用して観測点の位置を定期的に測位し、原変位量算出工程では、観測点における2時期の測位データの差分を「原変位量」として算出する。また補正値算出工程では、「補正関数」と対象物の「周辺温度」に基づいて温度補正値を算出し、補正変位量算出工程では、原変位量と温度補正値とに基づいて観測点における2時期の変位量を求める。
【発明の効果】
【0017】
本願発明の対象物測位システム、及び対象物測位方法には、次のような効果がある。
(1)通常のRC構造物は、乾燥収縮を除けば温度変化による動きが支配的である。そのため、温度による変動分を差し引くことによってその他の影響(地震の時はその残留変位)を純粋に評価することは、RC構造物全体の挙動把握に有効である。
(2)温度膨張や温度収縮を考慮したうえで構造物の変位を求めることから、温度による影響を考慮しない従来技術に比してより適正な構造物の変位を得ることができる。
(3)観測点の位置を定期的に測位し、対象物の周辺温度を計測するだけで、つまり容易に構造物の変位を得ることができる。また、これらの計測結果を遠隔受信することで、現地に赴くことなく離れた位置で構造物の変位を把握することができる。
(4)構造物の変位に基づいてその構造物の劣化度を評価することができ、必要に応じて対策を講じることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本願発明の対象物測位システムの主な構成を示すブロック図。
図2】移動平均による「代表測位データ」から原変位量を求めるケースにおける解析装置の主な構成を示すブロック図。
図3】対象物測位システムの主な処理の流れを示すフロー図。
図4】2018年5月から2019年8月までの期間に観測された周辺温度の観測値をプロットしたグラフ図。
図5】2018年5月から2019年8月までの期間に取得された温度変位量の観測値をプロットしたグラフ図。
図6】横軸を周辺温度、縦軸を温度変位量とする座標系に、周辺温度と温度変位量の組み合わせをプロットしたグラフ図。
図7】「代表測位データ」を算出するまでの主な処理の流れを示すフロー図。
図8】標本代表値を説明するモデル図。
図9】観測期間内にある標本代表値から求められる代表測位データを示すモデル図。
図10】2018年5月から2019年8月までの期間に得られた原変位量をプロットしたグラフ図。
図11】2018年5月から2019年8月までの原変位量から得られた補正変位量をプロットしたグラフ図。
図12】本願発明の対象物測位方法の主な工程の流れを示すフロー図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本願発明の対象物測位システム、及び対象物測位方法の実施形態の一例を、図に基づいて説明する。
【0020】
1.全体概要
本願発明は、オフィスビルや集合住宅やブロック塀といった建築構造物、あるいは橋梁の下部工やコンクリート擁壁といった土木構造物など(以下、これらを総称して「対象物」という。)に1又は2以上の「観測点」を設定し、この観測点の変位に基づいて対象物の変形を監視するものである。なお観測点の測位には衛星観測システム(GNSS)が利用され、したがって観測点には測位衛星の受信機などが設置される。
【0021】
観測点の測位は定期的に行われ、2時期の測位結果(つまり、位置座標)から観測点の変位量を求める。ただし、単にGNSSによって得られる変位量(以下、「原変位量」という。)には、既述したとおり「温度膨張」や「温度収縮」に伴う変位量(以下、「温度変位量」という。)も含まれている。そこで本願発明では、対象物の構造的な変形(部材等の経年劣化や地盤沈下、地震等の外力に伴う変形など)を把握するため、原変位量から温度変位量を取り除いた変位量(以下、「補正変位量」という。)を求めることとした。しかしながら、温度変位量を直接的に計測することは難しい。そのため、周辺温度と当該対象物の温度変位量の関係を表す関数(以下、「補正関数」という。)をあらかじめ求めておき、計測された周辺温度と補正関数から温度変位量を推定する。なお、補正関数に基づいて推定された温度変位量のことを、便宜上ここでは「温度補正値」ということとする。
【0022】
2.対象物測位システム
次に、本願発明の対象物測位システムについて詳しく説明する。なお本願発明の対象物測位方法は、本願発明の対象物測位システムを用いて対象物の変位を求める方法であり、したがってまずは本願発明の対象物測位システムについて説明し、その後に本願発明の対象物測位方法について説明することとする。
【0023】
図1は、本願発明の対象物測位システム100の主な構成を示すブロック図である。この図に示すように対象物測位システム100は、主に測位手段200と解析装置300で構成され、これらは無線通信手段(又は有線通信手段)で接続されている。測位手段200は対象物に設定された観測点に設置され、解析装置300は現地(対象物)から離れた場所に設けられる。なおこの図では、1つの解析装置300に対して1つの測位手段200が接続されているが、同じ対象物に設置された複数の測位手段200(つまり観測点)と1つの解析装置300を接続することもできるし、異なる対象物に設置された複数の測位手段200(つまり観測点)と1つの解析装置300を接続してもよい。
【0024】
測位手段200は、図1に示すように受信手段201と、演算手段202、通信手段203を含んで構成される。受信手段201は、測位衛星Sからの信号を受信するもので、アンテナと受信機を備えている。ここで受信した記録(観測データ)は演算手段202に受け渡される。
【0025】
演算手段202は、受け取った観測データを演算処理することで、測位手段200の設置位置、つまり観測点の座標を算出し「測位データ」として出力する。ところで、観測データに基づいて測位データを算出する方法(測位手法)は、単独測位方式と干渉測位方式に二分され、さらに単独測位方式には絶対単独測位とディファレンシャル測位が、一方の干渉測位方式にはスタティック測位とキネマティック測位があることが知られている。
【0026】
本願発明ではいずれの方式を採用することもできるが、ここでは便宜上、測位手法をキネマティック測位のうち特にリアルタイムキネマティック測位(RTK)とした場合で説明する。したがって、変動しない基準点(参照点)を対象物以外の場所に設けるとともにその基準点に受信機を設置し、基準点と観測点で同時に4以上の測位衛星Sから観測データを受信する。なおこの場合、観測点の演算手段202は基準点の観測データを必要とするが、これは基準点の受信機から無線通信又は有線通信によって各観測点の測位手段200に送られる。なお、測位データを算出する間隔(エポック)は、測位手法によって大きく異なるが、RTKではエポックを1秒間とするのが主流であり、ここでも測位データの算出を毎秒間隔とした例で説明する。
【0027】
通信手段203は、解析装置300に測位データを送信するもので、この測位データは例えばインターネットを経由して送られる。なお通信手段203は、測位データを送信するほか、基準点に設置された受信機からの測位データや、解析装置300からの様々なデータなどを受信することもできる。また測位手段200は、太陽光発電装置といった発電手段204を備えることもできる。データの送受信をすべて無線で行い、さらに発電手段204を利用することで商用電力の使用を回避でき、その結果、対象物上には一切の配線がなくなり景観やメンテナンスの点で好適となる。
【0028】
解析装置300は、図1に示すように原変位量算出手段301と、補正値算出手段302、補正変位量算出手段303を含んで構成され、さらに測位データ記憶手段304や、補正関数算出手段308、補正関数記憶手段309、周辺温度計測手段400、周辺温度記憶手段310、劣化度評価手段311、そのほかディスプレイといった表示手段312を含んで構成することもできる。また本願発明は、測位手段200による測位データをそのまま用いて原変位量を求めることもできるし、後述するように移動平均による「代表測位データ」から原変位量を求めることもできる。この「代表測位データ」を用いる場合、解析装置300は、図2に示すように標本抽出手段305と、標本代表値算出手段306、代表測位データ算出手段307をさらに含んで構成することもできる。
【0029】
解析装置300を構成する原変位量算出手段301と補正値算出手段302、補正変位量算出手段303、標本抽出手段305、標本代表値算出手段306、代表測位データ算出手段307、補正関数算出手段308、劣化度評価手段311は、専用のものとして製造することもできるし、汎用的なコンピュータ装置を利用することもできる。このコンピュータ装置は、パーソナルコンピュータ(PC)や、iPad(登録商標)といったタブレット型PC、スマートフォンを含む携帯端末などによって構成することができる。コンピュータ装置は、CPU等のプロセッサ、ROMやRAMといったメモリを具備しており、さらにマウスやキーボード等の入力手段やディスプレイを含むものもある。表示手段312は、このコンピュータ装置のディスプレイを利用するとよい。
【0030】
測位データ記憶手段304と補正関数記憶手段309、周辺温度記憶手段310は、汎用的コンピュータの記憶装置を利用することもできるし、そのほかデータベースサーバに構築することもでき、この場合、ローカルなネットワーク(LAN:LocalAreaNetwork)に置くこともできるし、インターネット経由(つまり無線通信)で保存するクラウドサーバとすることもできる。
【0031】
図3は、対象物測位システム100の主な処理の流れを示すフロー図であり、中央の列に実施する処理を示し、左列にはその処理に必要な入力情報を、右列にはその処理から生まれる出力情報を示している。はじめに、事前準備として補正関数算出手段308(図1)によって「補正関数」が算出され(図3のStep100)、補正関数記憶手段309(図1)によって記憶される。この補正関数は、「周辺温度-対象物の温度変位量」の関係を表ものであり、観測された周辺温度(以下、「周辺温度の観測値」という。)と、その周辺温度となったときに取得された対象物の温度変位量(以下、「温度変位量の観測値」という。)に基づいて得られる関数である。なお、ここでいう「周辺温度」とは、文字どおり対象物周辺の温度であり、構造物(あるいはその周辺)に設置された周辺温度計測手段400から直接得られる結果を周辺温度とすることもできるし、対象物を含む地域の気温(例えば、気象庁から得られる気温)などを周辺温度とすることもできる。
【0032】
図4は、2018年5月から2019年8月までの期間に観測された周辺温度の観測値をプロットしたグラフ図であり、図5は、同期間に取得された温度変位量の観測値をプロットしたグラフ図である。なお図5では、測位手段200によって大量に取得される測位データ(つまり、温度変位量)に対してフーリエ変換することで、1日単位の温度変位量としたうえでプロットしている。また、この期間には、台風や地震など大きな外力が対象物に作用することがなかったことから、構造的な変形を含まない変位量、すなわち温度変位量が取得されたと判断することができた。そして、横軸を周辺温度、縦軸を温度変位量とする座標系に、周辺温度と温度変位量の組み合わせをプロットしたグラフが図6である。
【0033】
図6に示す相関関数R(R=0.8934,R=0.9452)から、周辺温度と温度変位量は極めて高い相関関係にあることが分かる。つまり、図6から得られる回帰式(この図では、回帰係数=-0.2886,定数項=4.5959からなる一次式)を利用すれば、周辺温度から温度変位量を高い精度で推定することができるわけである。そこで本願発明では、周辺温度の観測値と温度変位量の観測値から得られる回帰式を「補正関数」としている。なお、周辺温度の観測値と温度変位量の観測値をそれぞれ1年以上の期間にわたって取得することとし、季節ごとに異なる4種類(春期と夏期、秋期、冬期)の補正関数を算出することもできるし、月次単位の補正関数(つまり12種類)を算出するなど、異なる複数種類の補正関数を算出することもできる。
【0034】
補正関数を算出すると、実際に対象物の監視を開始し、原変位量算出手段301(図1)によって観測点の原変位量が求められる(図3のStep200)。もちろん、複数個所に観測点が設定されている場合は、これらすべての観測点について原変位量を求める。原変位量の算出には測位手段200によって得られる測位データが用いられ、より詳しくは2時期の測位データの差分を原変位量として求める。このように測位データをそのまま用いて原変位量を求めることもできるし、既述したとおり移動平均による「代表測位データ」から原変位量を求めることもできる。以下、移動平均による「代表測位データ」を算出する手順について、図7を参照しながら詳しく説明する。
【0035】
図7は、代表測位データを算出するまでの主な処理の流れを示すフロー図であり、中央の列に実施する処理を示し、左列にはその処理に必要な入力情報を、右列にはその処理から生まれる出力情報を示している。この図に示すように、まずは標本サイズを設定する(図7のStep201)。ここで標本とは、代表測位データを推定するために用いられるデータ集合であり、このデータ集合は測位手段200が観測した時刻(以下、「観測時刻」という。)から所定期間遡った範囲内にある測位データの集まりである。つまり標本サイズを設定することは、観測時刻から遡る所定期間を定めることにほかならない。
【0036】
観測時刻から遡る所定期間は、衛星配置のサイクルを勘案した上で設定するとよい。衛星配置は刻々と変化するが、一定時間が経過すると元の配置に戻る。つまり、ある周期(サイクル)をもって、種々の配置を繰り返しているわけである。このサイクルは、打ち上げられる衛星の数によって変わるが、現時点では概ね24時間といわれており、ここでも1サイクルすなわち「観測時刻から遡る所定期間」を24時間とした場合で説明する。したがって本実施形態の例では、標本サイズが24×60×60個で設定される。
【0037】
標本サイズが定まると、バックグラウンド解析を行う(図7のStep202)。バックグラウンド解析とは、対象物が変化していない状態で所定期間(例えば5~10日間)だけ観測した結果を解析するもので、具体的にはここで得られた測位データの集合から特異値を抽出し、この特異値を「測位データ閾値」として設定する。例えばバックグラウンド解析期間に得られた測位データの集合が正規分布にしたがうと考え、測位データ閾値を3σ(σは標準偏差)として設定することができる。つまり、測位データ閾値である±3σを超える計測データは、特異値として認定するわけである。
【0038】
実際に測位手段200による観測が開始されると、出力された測位データを解析装置300が受信し、測位データ記憶手段304で記憶していく(図1)。そして標本抽出手段305(図2)が、測位データ記憶手段304から標本(以下、「原標本N」という。)を抽出する(図7のStep203)。もちろんここで抽出する原標本Nの大きさは、先に設定した標本サイズ(24時間分の測位データ)である。
【0039】
原標本Nが得られると、原標本Nを補正する(図7のStep204)。具体的には、バックグラウンド解析(図7のStep202)で設定した測位データ閾値に基づいて、原標本Nに含まれる特異値を排除する。この結果得られるのが、「補正標本n」である。
【0040】
次に標本代表値算出手段306(図2)が、補正標本nに基づいて観測時刻における測位データを推定する。観測時刻における測位データは、測位手段200によって直接的に得られるが、ここでは「観測時刻から遡る所定期間」にある測位データの傾向も勘案したうえで測位データを推定することとしている。具体的には、標本代表値算出手段306が、補正標本nを単純平均したり、観測時直近から重みを付する加重平均としたり、その他種々の統計処理を行うことで、観測時刻における測位データを推定し、これを「標本代表値d」として出力する(図7のStep205)。図8は、標本代表値dを説明するモデル図であり、観測時刻から24時間遡った期間を対象として標本代表値dを推定しており、そして1エポック(ここでは1秒間)につき1つの標本代表値が得られることを示している。
【0041】
ところで、標本代表値dは測位手段200が観測するたびに(例えば、毎秒)出力されることから、結果的には大量の標本代表値dが蓄積されることになる。これらすべての標本代表値dを対象として評価することは容易ではなく、したがって標本代表値dをある程度まとめ、その代表値を「代表測位データ」とする。
【0042】
図9は、観測期間内にある標本代表値dから求められる「代表測位データ」を示すモデル図である。ここで観測期間とは、複数の標本代表値dを集合させるための期間であり、代表測位データとは、観測期間内にある標本代表値dを代表する値である。代表測位データは、観測期間内にある標本代表値dを単純平均したり、観測時直近から重みを付する加重平均としたり、その他種々の統計処理を行うことで算出することができる。この図の例では、観測期間を5分間としており、つまり5×60=300個の標本代表値dに基づいて代表測位データを求めている。もちろん観測期間は5分に限らず、状況に応じて適宜設計することができる。
【0043】
図7に示すように、標本代表値dを求めると観測期間を経過したか否かを判断する(図7のStep206)。観測期間経過の起点は、観測を開始した時刻もしくは前回の代表測位データを算出した時刻である。観測期間が経過していなければ(No)、繰り返し標本代表値dを求め(Step203~Step205)、観測期間が経過するタイミングであれば(Yes)、代表測位データ算出手段307(図2)が代表測位データを算出する(図7のStep207)。そして原変位量算出手段301(図2)が、2時期の代表測位データの差分を原変位量として求める(図3のStep200)。
【0044】
各観測点の原変位量が得られると、補正値算出手段302(図1)によって温度補正値が算出される(図3のStep300)。具体的には補正値算出手段302が、補正関数記憶手段309から補正関数を読み出すとともに、周辺温度記憶手段310から周辺温度を読み出し、説明変数である周辺温度を補正関数に代入して温度変位量、すなわち温度補正値を求める。そして、補正変位量算出手段303(図1)によって「補正変位量」が算出される(図3のStep400)。具体的には補正変位量算出手段303が、原変位量から温度補正値を除く(減ずる)ことによって補正変位量を求める。図10に、2018年5月から2019年8月までの期間に得られた原変位量をプロットしたグラフ図を示し、図11に、同期間の原変位量から得られた補正変位量をプロットしたグラフ図を示す。
【0045】
各観測点の補正変位量が得られると、劣化度評価手段311によって対象物の劣化度を評価することもできる(図3のStep500)。この場合、あらかじめ段階的に閾値を設定しておき、補正変位量に応じて対象物の劣化度を段階的に評価するとよい。例えば、2段階の閾値を設定したケースでは、補正変位量が第1閾値(最小値)を下回るときは対象物を「健全」と評価し、補正変位量が第1閾値を上回りかつ第2閾値(最大値)を下回るときは対象物を「注意状態」と評価し、補正変位量が第2閾値を上回るときは対象物を「危険」と評価することができる。ところで、通常の対象物は地盤に固定されていることから、鉛直方向に変形する場合は下端側が拘束された状態となっている。これに対して水平方向は、左右とも自由に変形することができる。そのため、観測点の「補正変位量」が鉛直方向であればそのままの値を部材の変形量とすることができるが、観測点の「補正変位量」が水平方向であれば2倍した値(補正変位量×2)を部材の変形量とするとよい。
【0046】
3.対象物測位方法
続いて本願発明の対象物測位方法について図12を参照しながら説明する。なお、本願発明の対象物測位方法は、ここまで説明した対象物測位システム100を用いて対象物の変位を求める方法であり、したがって対象物測位システム100で説明した内容と重複する説明は避け、本願発明の対象物測位方法に特有の内容のみ説明することとする。すなわち、ここに記載されていない内容は、「2.対象物測位システム」で説明したものと同様である。
【0047】
図12は、本願発明の対象物測位方法の主な工程の流れを示すフロー図である。あらかじめ対象構造物に係る補正関数を求めたうえで、この図に示すように観測点の測位を開始する(Step10)。このとき、対象物に設置された周辺温度計測手段400を用いて連続的に(定期的に)周辺温度を計測することもできる。測位データ(あるいは代表測位データ)が得られると、観測点ごとに原変位量を算出する(Step20)。そして、周辺温度と補正関数に基づいて温度補正値を求め(Step30)、原変位量から温度補正値を除く(減ずる)ことによって補正変位量を求める(Step40)。各観測点の補正変位量が得られると、対象物の劣化度を評価することもできる(Step50)。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本願発明の対象物測位システム、及び対象物測位方法は、オフィスビルや集合住宅といった建築構造物、あるいは橋梁の下部工やコンクリート擁壁といった土木構造物、その他種々の構造物に利用することができる。本願発明によれば構造物の劣化状況を適切に把握することができ、ひいては構造物の長寿命化に寄与することを考えれば、産業上利用できるばかりでなく社会的にも大きな貢献を期待し得る発明といえる。
【符号の説明】
【0049】
100 本願発明の対象物測位システム
200 (対象物測位システムの)測位手段
201 (測位手段の)受信手段
202 (測位手段の)演算手段
203 (測位手段の)通信手段
204 (測位手段の)発電手段
300 (対象物測位システムの)解析装置
301 (解析装置の)原変位量算出手段
302 (解析装置の)補正値算出手段
303 (解析装置の)補正変位量算出手段
304 (解析装置の)測位データ記憶手段
305 (解析装置の)標本抽出手段
306 (解析装置の)標本代表値算出手段
307 (解析装置の)代表測位データ算出手段
308 (解析装置の)補正関数算出手段
309 (解析装置の)補正関数記憶手段
310 (解析装置の)周辺温度記憶手段
311 (解析装置の)劣化度評価手段
312 (解析装置の)表示手段
400 (対象物測位システムの)周辺温度計測手段
S 測位衛星
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図12