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特許7323791浸炭歯車用鋼、浸炭歯車及び浸炭歯車の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】浸炭歯車用鋼、浸炭歯車及び浸炭歯車の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230802BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230802BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20230802BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20230802BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230802BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C21D8/06 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019148140
(22)【出願日】2019-08-09
(65)【公開番号】P2021028412
(43)【公開日】2021-02-25
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小山 達也
(72)【発明者】
【氏名】志賀 聡
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-088536(JP,A)
【文献】特開2012-132077(JP,A)
【文献】国際公開第2015/098106(WO,A1)
【文献】特開2008-179848(JP,A)
【文献】特開2004-300550(JP,A)
【文献】特表2007-530780(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 1/06
C21D 9/32
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.17~0.22%、
Si:0.50~1.00%、
Mn:0.85~1.20%、
Cr:0.60~1.00%、
Mo:0.01~0.40%、
S:0.001~0.050%、
N:0.005~0.020%、
Al:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.050%、
O:0.005%以下、
P:0.05%以下、並びに
残部:Fe及び不純物からなる浸炭歯車用鋼。
【請求項2】
質量%で、
Ni:0.1~3.0%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.05~3.0%、
W:0.05~1.0%、
V:0.01~0.3%、
Ti:0.005~0.3%、及び
B:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む請求項1に記載の浸炭歯車用鋼。
【請求項3】
質量%で、
Pb:0.09%以下、
Bi:0.0001~0.5%、
Ca:0.0003~0.01%、
Mg:0.0005~0.01%、
Zr:0.0005~0.05%、
Te:0.0005~0.1%、及び
希土類元素:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む請求項1又は請求項2に記載の浸炭歯車用鋼。
【請求項4】
請求項1~請求項のいずれか1項に記載の浸炭歯車用鋼を、歯車形状の部材に機械加工する工程と、
前記歯車形状の部材に、900~1000℃でカーボンポテンシャル0.7~1.2の雰囲気下で1~30時間保持し、50~140℃の油焼入れを行う条件でガス浸炭処理を行い、次いで、120~180℃で0.5~3時間保持する条件で焼戻して、表面に存在する酸化物中のMn、Fe、及びCrの含有量が、下記式(1)を満たすようにする工程と、
を有する浸炭歯車の製造方法。
10%≦Mn/(Fe+Mn+Cr)×100≦100% (1)
(式(1)中の元素記号は、前記酸化物中の元素の質量%での含有量を表す。)
【請求項5】
表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
C:0.17~0.22%、
Si:0.50~1.00%、
Mn:0.85~1.20%、
Cr:0.60~1.00%、
Mo:0.01~0.40%、
S:0.001~0.050%、
N:0.005~0.020%、
Al:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.050%、
O:0.005%以下、
P:0.05%以下、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
表面に存在する酸化物中のMn、Fe、及びCrの含有量が、下記式(1)を満たす浸炭歯車。
10%≦Mn/(Fe+Mn+Cr)×100≦100% (1)
(式(1)中の元素記号は、前記酸化物中の元素の質量%での含有量を表す。)
【請求項6】
前記表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
Ni:0.1~3.0%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.05~3.0%、
W:0.05~1.0%、
V:0.01~0.3%、
Ti:0.005~0.3%、及び
B:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む請求項に記載の浸炭歯車。
【請求項7】
前記表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
Pb:0.09%以下、
Bi:0.0001~0.5%、
Ca:0.0003~0.01%、
Mg:0.0005~0.01%、
Zr:0.0005~0.05%、
Te:0.0005~0.1%、及び
希土類元素:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む請求項又は請求項に記載の浸炭歯車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭歯車用鋼、浸炭歯車及び浸炭歯車の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建設機械、産業機械等に用いられる歯車は、精密な寸法精度と強度とを両立するため、一般に機械加工後に浸炭焼入れを施して使用される。
これらの歯車のうち、外界から密閉されずに使用されるものは、環境から侵入する水分等と接触しながら使用され、腐食減肉が発生している。一方、近年、軽量化を狙って歯車の小型化が進んでいる。
その結果、環境による腐食に伴う減肉の影響が拡大して課題となり始めていることから、耐食性に優れた歯車が求められている。
【0003】
従来の歯車の技術開発に関し、例えば、特許文献1では、浸炭処理、窒化処理、高周波焼入れの順に熱処理を行うことで耐食性に優れた歯車を提供する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6314648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されている技術は、複雑な熱処理を行うことが必要であり、生産効率面で現実的な技術を提供するものではない。
【0006】
本発明の目的は、ガス浸炭焼入れを行って浸炭歯車を製造する場合に、耐食性に優れる浸炭歯車を製造することができる浸炭歯車用鋼及び浸炭歯車の製造方法、並びに耐食性に優れる浸炭歯車を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題を解決する手段は、以下の態様を含む。
<1> 質量%で、
C:0.17~0.22%、
Si:0.50~1.00%、
Mn:0.85~1.20%、
Cr:0.60~1.00%、
Mo:0.01~0.40%、
S:0.001~0.050%、
N:0.005~0.020%、
Al:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.050%、
O:0.005%以下、
P:0.05%以下、並びに
残部:Fe及び不純物からなる浸炭歯車用鋼。
<2> 質量%で、
Ni:0.1~3.0%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.05~3.0%、
W:0.05~1.0%、
V:0.01~0.3%、
Ti:0.005~0.3%、及び
B:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む前記<1>に記載の浸炭歯車用鋼。
<3> 質量%で、
Pb:0.09%以下、
Bi:0.0001~0.5%、
Ca:0.0003~0.01%、
Mg:0.0005~0.01%、
Zr:0.0005~0.05%、
Te:0.0005~0.1%、及び
希土類元素:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む前記<1>又は<2>に記載の浸炭歯車用鋼。
<4> ガス浸炭処理を施した後に表面に存在する酸化物中のMn、Fe、及びCrの含有量が、下記式(1)を満たす前記<1>~<3>のいずれか1つに記載の浸炭歯車用鋼。
10%≦Mn/(Fe+Mn+Cr)×100≦100% (1)
(式(1)中の元素記号は、前記酸化物中の元素の質量%での含有量を表す。)
<5> 前記<1>~<4>のいずれか1つに記載の浸炭歯車用鋼を、歯車形状の部材に機械加工する工程と、
前記歯車形状の部材にガス浸炭処理を施す工程と、
を有する歯車の製造方法。
<6> 表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
C:0.17~0.22%、
Si:0.50~1.00%、
Mn:0.85~1.20%、
Cr:0.60~1.00%、
Mo:0.01~0.40%、
S:0.001~0.050%、
N:0.005~0.020%、
Al:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.050%、
O:0.005%以下、
P:0.05%以下、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
表面に存在する酸化物中のMn、Fe、及びCrの含有量が、下記式(1)を満たす浸炭歯車。
10%≦Mn/(Fe+Mn+Cr)×100≦100% (1)
(式(1)中の元素記号は、前記酸化物中の元素の質量%での含有量を表す。)
<7> 前記表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
Ni:0.1~3.0%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.05~3.0%、
W:0.05~1.0%、
V:0.01~0.3%、
Ti:0.005~0.3%、及び
B:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む前記<6>に記載の浸炭歯車。
<8> 前記表面から3mmよりも深い位置において、質量%で、
Pb:0.09%以下、
Bi:0.0001~0.5%、
Ca:0.0003~0.01%、
Mg:0.0005~0.01%、
Zr:0.0005~0.05%、
Te:0.0005~0.1%、及び
希土類元素:0.0005~0.005%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素を含む前記<6>又は<7>に記載の浸炭歯車。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ガス浸炭焼入れを行って浸炭歯車を製造する場合に、耐食性に優れる浸炭歯車を製造することができる浸炭歯車用鋼及び浸炭歯車の製造方法、並びに耐食性に優れる浸炭歯車が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一例である実施形態について詳細に説明する。
なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、化学組成の元素の含有量について、「%」は「質量%」を意味する。
【0010】
(浸炭歯車用鋼)
まず、本発明に至った経緯を説明する。
本発明者らは、ガス浸炭焼入れ後の歯車の耐食性を向上させる方法について鋭意調査を行った。その結果、ガス浸炭により形成する酸化物組成が耐食性影響を与えることを知見した。そこでさらに本発明者らは耐食性を向上させる酸化物組成が得られる方法について、鋼材の化学成分の影響を調査した。その結果、鋼材成分を、C:0.17~0.22%、Si:0.50~1.00%、Mn:0.85~1.20%、Cr:0.60~1.00%、Mo:0.01~0.40%、S:0.001~0.050%、N:0.005~0.020%、Al:0.001~0.100%、Nb:0.001~0.050%、O:0.005%以下、P:0.05%以下、並びに残部:Fe及び不純物の範囲とすることで、ガス浸炭後の酸化物中のMn濃度が増加し、高い耐食性が得られることを知見した。
【0011】
ガス浸炭雰囲気下では、鉄は酸化しないが、MnやCr等の合金元素が選択酸化される。それにより形成される酸化物はMnや、MnCrといったように変化し、Mn、Cr添加量の影響を受ける。調査の結果、Mn含有量が高い酸化物を表面に形成した場合に耐食性が向上した。
【0012】
次に本実施形態に係る鋼の化学成分の限定理由について説明する。
【0013】
C:0.17~0.22%
C含有量は、歯車の非浸炭部の硬さに影響する。所要の硬さを確保するために、C含有量を0.17%以上とする。非浸炭部の硬さを確保する観点から、C含有量の好ましい下限は0.18%以上であり、さらに好ましくは0.19%以上である。
一方、C含有量が多すぎると浸炭後の非浸炭部硬さが高くなり、衝撃に対する強度低下するため、C含有量を0.22%以下とする。C含有量の好ましい上限は0.21%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0014】
Si:0.50~1.00%
Siは、ガス浸炭により形成する酸化物に影響を与える元素である。耐食性に優れる酸化物を得るには、Si含有量を0.50~1.00%範囲内にする必要がある。
ガス浸炭により耐食性に優れる酸化物を得る観点から、Si含有量の好ましい下限は0.55%以上であり、さらに好ましくは0.60%以上である。同様に、Si含有量の好ましい上限は0.90%以下であり、さらに好ましくは0.80%以下である。
【0015】
Mn:0.85~1.20%
Mnは、ガス浸炭により形成する酸化物に影響を与える元素である。耐食性に優れる酸化物を得るには、Mn含有量を0.85~1.20%範囲内にする必要がある。
耐食性に優れる酸化物を得る観点から、Mn含有量の好ましい下限は0.88%以上であり、さらに好ましくは0.90%以上である。同様に、Mn含有量の好ましい上限は1.15%以下であり、さらに好ましくは1.10%以下である。
【0016】
Cr:0.60~1.00%
Crは、ガス浸炭により形成する酸化物に影響を与える元素である。耐食性に優れる酸化物を得るには、Cr含有量を0.60~1.00%範囲内にする必要がある。
耐食性に優れる酸化物を得る観点から、Cr含有量の好ましい下限は0.65%以上であり、さらに好ましくは0.70%以上である。同様に、Cr含有量の好ましい上限は0.95%以下であり、さらに好ましくは0.90%以下である。
【0017】
Mo:0.01~0.40%
Moは、ガス浸炭により形成する酸化物に影響を与える元素である。耐食性に優れる酸化物を得るには、Mo含有量を0.01~0.40%範囲内にする必要がある。
耐食性に優れる酸化物を得る観点から、Mo含有量の好ましい下限は0.10%以上であり、さらに好ましくは0.15%以上である。同様に、Mo含有量の好ましい上限は0.35%以下であり、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0018】
S:0.001~0.050%
Sは、鋼中でMnSを形成し、これにより鋼の被削性を向上させる。部品(歯車)への切削加工が可能なレベルの被削性を得るには、一般的な機械構造用鋼と同等のS含有量が必要である。以上の理由から、Sの含有量を0.001~0.050%の範囲内にする必要がある。
鋼の被削性を向上させる観点から、S含有量の好ましい下限は0.005%以上であり、さらに好ましくは0.010%以上である。
一方、S含有量を過剰に高くすると粗大なMnSを形成し、歯車の機械的性能を損なうことから、S含有量の好ましい上限は0.040%以下であり、さらに好ましくは0.030%以下である。
【0019】
N:0.005~0.020%
Nは、AlやTi、V、Crなどと化合物を形成することによる結晶粒微細化効果があるため、0.005%以上含有する必要がある。
しかし、N含有量が0.020%を超えると化合物が粗大となり、結晶粒微細化効果が得られない。以上の理由によって、N含有量を0.005~0.020%の範囲内にする必要がある。
結晶粒微細化効果を得る観点から、N含有量の好ましい下限は0.006%以上であり、さらに好ましくは0.007%以上である。
一方、化合物の粗大化による脆化を抑制する観点から、N含有量の好ましい上限は0.018%以下であり、さらに好ましくは0.015%以下である。
【0020】
Al:0.001~0.100%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、またNと結合して窒化物を形成して結晶粒を微細化する元素である。Al含有量が0.001%未満ではこの効果が不十分である。一方、Al含有量が0.100%を超えると、窒化物が粗大になり脆化させる。
結晶粒微細化効果を得る観点から、Al含有量の好ましい下限は0.004以上%であり、さらに好ましくは0.007%以上である。
一方、窒化物の粗大化による脆化を抑制する観点から、Al含有量の好ましい上限は0.080%以下であり、さらに好ましくは0.050%以下である。
【0021】
Nb:0.001~0.050%
Nbは、ガス浸炭により形成する酸化物に影響を与える元素である。耐食性に優れる酸化物を得るには、Nb含有量を0.001~0.050%範囲内にする必要がある。
耐食性に優れる酸化物を得る観点から、Nb含有量の好ましい下限は0.005%以上であり、さらに好ましくは0.010%以上である。同様に、Nb含有量の好ましい上限は0.045%以下であり、さらに好ましくは0.040%以下である。
【0022】
O:0.005%以下
Oは、鋼中で酸化物を形成し、介在物として作用して疲労強度を低下するため、O含有量は0.005%以下に制限されることが好ましい。
鋼中で酸化物の形成を抑制する観点から、O含有量の上限は0.003%以下としてもよく、0.002%以下としてもよい。O含有量は少ない方が好ましいので、O含有量の下限値は0%である。
【0023】
P:0.05%以下
Pは、焼入れ前の加熱時にオーステナイト粒界に偏析し、それにより疲労強度を低下させてしまう。従って、P含有量を0.05%以下に制限することが好ましい。P含有量の上限は0.04%以下としてもよく、0.03%以下としてもよい。P含有量は少ない方が好ましいので、P含有量の下限値は0%である。
しかし、Pの除去を必要以上に行った場合、製造コストが増大する。従って、P含有量の実質的な下限は約0.004%以上となるのが通常である。
【0024】
本実施形態に係る鋼は、焼入れ性又は結晶粒微細化効果を高めるために、さらに、Feの一部に代えて、Ni、Cu、Co、W、V、Ti及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素を含有しない場合の下限は0%である。
【0025】
Ni:0.1~3.0%
Niは、必要な焼入れ性を鋼に付与するために有効な元素である。Ni含有量が3.0%を超えると、焼入れ後に残留オーステナイトが多量になり、硬さが低下する。従って、Ni含有量を3.0%以下とする。
焼入れ後の残留オーステナイトによる硬さの低下を抑制する観点から、Ni含有量の上限は2.0%以下としてもよく、1.8%以下としてもよい。
一方、焼入れ性を鋼に付与する観点から、Ni含有量の下限は0.1%以上としてもよく、0.3%以上としてもよい。
【0026】
Cu:0.05~1.0%
Cuは、鋼の焼入れ性の向上に有効な元素である。Cu含有量が1.0%を超えると、熱間延性が低下する。従って、Cu含有量を1.0%以下とする。Cuを含有させて上述の効果を得る場合には、Cu含有量の下限は0.05%以上としてもよく、0.1%以上としてもよい。
【0027】
Co:0.05~3.0%
Coは、鋼の焼入れ性の向上に有効な元素である。Co含有量が3.0%を超えると、その効果が飽和する。従って、Co含有量を3.0%以下とする。Coを含有させて上述の効果を得る場合、Co含有量の下限は0.05%以上としてもよく、0.1%以上としてもよい。
【0028】
W:0.05~1.0%
Wは、鋼の焼入れ性の向上に有効な元素である。W含有量が1.0%を超えると、その効果が飽和する。従って、W含有量を1.0%以下とする。Wを含有させて上述の効果を得る場合、W含有量の下限は0.05%以上としてもよく、0.1%以上としてもよい。
【0029】
V:0.01~0.3%
Vは、鋼中でCやNと微細な化合物を形成し、結晶粒微細化効果をもたらす元素である。V含有量が0.3%を超えると化合物が粗大となり、結晶粒微細化効果が得られない。従って、V含有量を0.3%以下とする。Vを含有させて上述の効果を得る場合、V含有量の下限は0.01%以上としてもよく、0.15%以上としてもよい。
【0030】
Ti:0.005~0.3%
Tiは、鋼中でCやNと微細な化合物を生成し、結晶粒の微細化効果をもたらす元素である。Ti含有量が0.3%を超えると、その効果は飽和する。従って、Tiの含有量を0.3%以下とする。Tiを含有させて結晶粒の微細化効果を得る場合、Ti含有量の下限は0.005%以上としてもよく、0.010%以上としてもよい。
一方、硬さの増加に伴う切削性の低下を抑制する観点から、Ti含有量の上限は0.25%以下としてもよく、0.2%以下としてもよい。
【0031】
B:0.0005~0.005%
Bは、Pの粒界偏析を抑制する働きを有する。また、Bは粒界強度及び粒内強度の向上効果、及び焼入れ性の向上効果も有し、これらの効果は鋼の疲労強度を向上させる。B含有量が0.005%を超えると、その効果は飽和する。従って、Bの含有量を0.005%以下にする。Bを含有させて上述の効果を得る場合、B含有量の下限は0.0005%以上としてもよく、0.0010%以上としてもよい。
一方、焼入れ性向上による割れ発生の抑制の観点から、B含有量の上限は0.0045%以下としてもよく、0.004%以下としてもよい。
【0032】
本実施形態による鋼の化学組成(鋼組成)はさらに、Feの一部に代えて、Pb、Bi、Ca、Mg、Zr、Te及び希土類元素(REM)からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素を含有しない場合の下限は0%である。
【0033】
Pb:0.09%以下
Pbは環境に悪影響を与える元素であるので、含有しないことが望ましい。一方、Pbは、被削性向上元素であり、切削時に鋼材の破壊を促進して切り屑の分断を促進し、かつ工具接触面で溶融することで工具寿命を向上する効果を発揮する。被削性向上のためにPbを添加する場合は、環境への影響を考慮してPb含有量は0.09%以下とする。Pbを含有させて上述の効果を得る場合には、Pb含有量の下限は0.01%以上としてもよい。
【0034】
Bi:0.0001~0.5%
Biは、硫化物が微細分散することで被削性を向上する元素である。ただし、Biを過剰に含有すると鋼の熱間加工性が劣化し、熱間圧延が困難となることから、Bi含有量は0.5%以下とする。Biを含有させて上述の効果を得る場合には、好ましい下限は0.0001%以上としてもよく、0.001%以上としてもよい。
鋼の熱間加工性の劣化を抑制する観点から、Biの上限は0.4%以下としてもよく、0.3%以下としてもよい。
【0035】
Ca:0.0003~0.01%
Caは、鋼の脱酸に有効で、酸化物中のAlの含有率を低下させる元素である。ただし、Ca含有量が0.01%を超えるとCaを含む粗大な酸化物が大量に現れ、疲労寿命低下の原因となる。従って、Ca含有量を0.01%以下にする必要がある。Caを含有させて上述の効果を得る場合には、Ca含有量の好ましい下限は0.0003%以上としてもよく、0.0005%以上としてもよい。
一方、Caを含む粗大な酸化物の生成を抑制する観点から、Ca含有量の上限は0.008%以下としてもよく、0.006%以下としてもよい。
【0036】
Mg:0.0005~0.01%
Mgは脱酸元素であり、鋼中に酸化物を生成する。さらに、Mgが形成するMg系酸化物は、MnSの晶出及び/又は析出の核になりやすい。また、Mgの硫化物は、Mn及びMgの複合硫化物となることにより、MnSを球状化させる。このように、MgはMnSの分散を制御し、被削性を改善するために有効な元素である。
ただし、Mg含有量が0.01%を超えると、MgSが大量に生成され、鋼の被削性が低下する。そのため、Mgを含有させて上述の効果を得る場合には、Mg含有量を0.01%以下とする必要がある。Mg含有量の上限は0.008%以下としてもよく、0.006%以下としてもよい。
一方、Mgを含有させて上述の効果を得る場合には、Mg含有量の好ましい下限は0.0005%以上としてもよく、0.001%以上としてもよい。
【0037】
Zr:0.0005~0.05%
Zrは脱酸元素であり、酸化物を生成する。さらに、Zrが形成するZr系酸化物はMnSの晶出及び/又は析出の核になりやすい。このように、Zrは、MnSの分散を制御し、被削性を改善するために有効な元素ある。ただし、Zr含有量が0.05%を超えると、その効果が飽和する。そのため、Zrを含有させて上述の効果を得る場合には、Zr含有量を0.05%以下とする。歯車の機械的特性低下の抑制の観点から、Zr含有量の上限は0.04%以下としてもよく、0.03%以下としてもよい。
一方、Zrを含有させて上述の効果を得る場合には、Zr含有量の好ましい下限は0.0005%以上としてもよく、0.001%以上としてもよい。
【0038】
Te:0.0005~0.1%
Teは、MnSの球状化を促進するので、鋼の被削性を改善する。Te含有量が0.1%を超えるとその効果が飽和する。従って、Te含有量を0.1%以下とする。歯車の機械的特性低下の抑制の観点から、Te含有量の上限は0.08%以下としてもよく、0.06%以下としてもよい。
一方、Teを含有させて上述の効果を得る場合には、Te含有量の好ましい下限は0.0005%以上としてもよく、0.001%以上としてもよい。
【0039】
希土類元素:0.0005~0.005%
希土類元素(REM)は、鋼中に硫化物を生成し、この硫化物がMnSの析出核となることで、MnSの生成を促進する元素であり、鋼の被削性を改善する。希土類元素の合計含有量が0.005%を超えると、硫化物が粗大になり、鋼の疲労強度を低下させる。従って、希土類元素の合計含有量を0.005%以下とする。歯車の機械的特性低下の抑制の観点から、希土類元素の合計含有量の上限は0.004%以下としてもよく、0.003%以下としてもよい。
一方、希土類元素を含有させて上述の効果を得る場合には、希土類元素の合計含有量の下限は0.0005%以上としてもよく、0.001%以上としてもよい。
【0040】
なお、本明細書でいう希土類元素は、周期律表中の原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)までの15元素に、イットリウム(Y)及びスカンジウム(Sc)を加えた17元素の総称である。希土類元素の含有量は、これらの1種又は2種以上の元素の総含有量を意味する。
【0041】
本実施形態に係る鋼は、上述の合金成分を含有し、残部がFe及び不純物からなる。上述の合金成分以外の元素が、不純物として、原材料及び製造装置から鋼中に混入することは、その混入量が鋼の特性に影響を及ぼさない水準である限り許容される。
【0042】
(浸炭歯車用鋼の製造方法)
本実施形態にかかる浸炭歯車用鋼の製造条件について説明する。
本実施形態にかかる浸炭歯車用鋼の製造方法は、上記化学組成を有する浸炭歯車用鋼を製造することができれば特に限定されないが、例えば、次のように製造することがよい。
まず、精錬工程において上記化学組成を有する溶鋼を得て、鋳造を行う。この際、成分調整や鋼中の清浄度向上のために、二次精錬を行ってもよい。その後、棒線圧延又は線材圧延を行って所望の形状を得る。これらの前に分塊圧延を行ってもよい。そして歯車形状への加工性を向上するため、焼準や焼鈍を行ってもよい。
圧延方法に関し、粗大粒のない均質な組織を得るため、圧延前の加熱温度は1150℃以上であることが好ましい。一方加熱炉の耐久性の観点から、加熱温度は1350℃以下であることが好ましい。また均質な組織を得るため、圧延による断面積の減少は20%以下、圧延時の800℃から300℃の間の平均冷却速度は、0.1℃/秒以上、3.0℃/秒以下に制御することが好ましい。圧延後の組織はフェライトとパーライトの混合組織、またはフェライトとベイナイトの混合組織であることが好ましく、圧延後の硬さはビッカース硬さで200以下であることが好ましい。
【0043】
(浸炭歯車)
本実施形態に係る浸炭歯車用鋼は、ガス浸炭焼入れを行って浸炭歯車を製造するための素材として適しており、特にガス浸炭焼入れを行って浸炭歯車を製造することが好ましい。例えば、本実施形態に係る浸炭歯車用鋼を用いて切削等の機械加工により歯車形状とした後、ガス浸炭焼入れを行って浸炭歯車を製造する。これにより、耐食性に優れる浸炭歯車を製造することができる。
例えば、本実施形態に係る浸炭歯車用鋼を切削して歯車形状とした後、900~1000℃でカーボンポテンシャル0.7~1.2の雰囲気下で1~30時間保持し、50~140℃の油焼入れを行う条件でガス浸炭処理を行う。次いで、120~180℃で0.5~3時間保持する条件で焼戻しを施すことで、非浸炭部においては、本実施形態に係る浸炭歯車用鋼と同じ化学成分を有し、耐食性に優れる浸炭歯車を製造することができる。
なお、部品の必要深さにより変化するが、ガス浸炭により表面から深さ0.5~3mm程度の領域(浸炭部)におけるC含有量は、上記非浸炭部におけるC含有量よりも多くなり、強度を向上させることができる。かかる観点から、浸炭部におけるC含有量は、0.6~0.9%であることが好ましい。なお、本実施形態に係る浸炭歯車用鋼では、部品(歯車の用途)に関わらず、通常、表面から深さ3mmよりも深い位置は非浸炭部となる。
【0044】
また、本発明者らは、本実施形態に係る浸炭歯車用鋼を用いて上記のような条件で浸炭歯車を作製し、作製した浸炭歯車に対し、JISH8502「中性塩水噴霧サイクル試験」を行う際に使用される複合サイクル試験機(CCT試験機)を用いて、湿度50%、温度20℃の雰囲気が保持されるように調整し、同雰囲気内で72時間試験片を保管した。なお、湿度調整には純水を用いた。保管後、歯車試験片の歯面部(切削加工で歯形状に成形した部分)を観察し、錆面積率を測定した。
錆面積率は以下のようにして求められる。
歯面部を外観写真撮影し、写真から歯面部のみをトリミングし、JPEG形式で保存する。その後、画像編集ソフト(たとえばAdobe photoshop)を用いて、評価面全体のピクセル数と錆発生部以外をカットした画像のピクセル数(つまり錆発生部のピクセル数)をヒストグラムから算出して、錆面積率SをS=B/A×100として求める。
S:錆面積率(%)
A:評価面全体のピクセル数
B:錆発生部のみのピクセル数
算出した錆面積率が、5%未満となる場合を耐食性に優れると判断して耐食性の評価を行った。
そして、表面における酸化物中のMn濃度を測定した結果、Mn/(Fe+Mn+Cr)×100が10%を超える場合に耐食性に優れた。なお、上記式中の元素記号は、酸化物中の各元素の質量%を意味する。Mn/(Fe+Mn+Cr)×100の上限は100%である。表面における酸化物中のMn/(Fe+Mn+Cr)×100の下限は15%としてもよく、20%としてもよい。Mn/(Fe+Mn+Cr)×100の上限は90%としてもよく、80%としてもよい。
【実施例
【0045】
以下、本発明について、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を制限するものではない。
【0046】
表1に示す化学成分を有する種々の鋼塊を直径28mmに熱間鍛造した。鍛造前の加熱温度は1250℃とした。
鍛造後、950℃で1時間保持して完全にオーステナイト化させた後に放冷する条件で焼準処理を施した。
【0047】
(浸炭歯車の作製)
次に、浸炭歯車の耐食性を評価するため、モジュール2、歯数16、φ18mmの内径をもつ、幅30mmの平歯車を切削加工により作製した。そして、作製した歯車に対して、930℃でカーボンポテンシャル0.8の雰囲気化で5時間保持し、130℃の油焼入れを行う条件でガス浸炭処理を行った後に、150℃で2時間保持する条件で焼戻しを施した。
【0048】
(評価)
表面の酸化物を調査するため、浸炭歯車より一歯分を切断して、歯面中央(歯筋方向、歯形方向ともに中央)より日立ハイテクノロジーズ社製FIB(FB2100)を用いて薄膜サンプルを採取した。薄膜サンプルに対し、日本電子社製TEM(JEM2100)内のEDS(エネルギー分散型X線分光器)を用いて元素分析を行った。元素分析は倍率50000倍で、表面の酸化物を含む領域を測定範囲として行い、測定後にソフトウェアAnalysis Stationを用いて定量分析を行ってMn/(Fe+Mn+Cr)を計算した。定量分析は、定量補正にRatio、定量モードは簡易定量として、質量%で行った。
また、表面から深さ50μmの領域(浸炭部)におけるC含有量を測定したところ、いずれも非浸炭部におけるC含有量よりも多く、浸炭部におけるC含有量は、0.65~0.90%であった。
【0049】
そして作製した浸炭歯車の耐食性を評価した。浸炭歯車に対し、JISH8502「中性塩水噴霧サイクル試験」を行う際に使用されるスガ試験機株式会社性複合サイクル試験機(CYP-90)を用いて、湿度50%、温度20℃の雰囲気が保持されるように調整し、同雰囲気内で72時間試験片を保管した。なお、湿度調整には純水を用いた。保管後、歯車試験片の歯面部(切削加工で歯形状に成形した部分)を観察し、錆面積率を測定した。錆面積率は、歯面部を外観写真撮影し、写真から歯面部のみをトリミングし、JPEG形式で保存し、その後、画像編集ソフトを用いて、評価面全体のピクセル数と錆発生部以外をカットした画像のピクセル数(つまり錆発生部のピクセル数)をヒストグラムから算出して、錆面積率SをS=B/A×100として求めた。
S:錆面積率(%)
A:評価面全体のピクセル数
B:錆発生部のみのピクセル数
【0050】
測定結果を表1の「耐食性評価」欄に示す。「◎」は、錆面積率が3%未満であったことを示す。「○」は、錆面積率が3%以上5%未満、「△」は錆面積率が5%以上8%未満、「×」は錆面積率が8%以上であったことを示す。
また、表1中、各成分の含有量について「-」は、その元素を含まない(意図的に添加していない)ことを意味する。
【0051】
【表1】

【0052】
化学成分の範囲が本発明の範囲である発明例の試験No.1~19は、耐食性が良好であった。一方、化学成分の範囲が本発明の範囲外である比較例の試験No.20~29は、良好な耐食性を得られなかった。