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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】鋼材及び浸炭鋼部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230802BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20230802BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230802BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20230802BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230802BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/18
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D8/06 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022532233
(86)(22)【出願日】2020-06-26
(86)【国際出願番号】 JP2020025406
(87)【国際公開番号】W WO2021260954
(87)【国際公開日】2021-12-30
【審査請求日】2022-06-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀本 雅之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/212196(WO,A1)
【文献】特開2015-042766(JP,A)
【文献】特開2009-249685(JP,A)
【文献】特開2009-249684(JP,A)
【文献】特開2010-144225(JP,A)
【文献】特開2006-097035(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 1/06
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.10%~0.30%、
Si:0.13%~0.30%、
Mn:0.50%~1.00%、
S:0.003%~0.020%、
Cr:1.65%~2.00%、
Al:0.010%~0.100%、
N:0.0050%~0.0250%、
Ca:0.0002%~0.0010%、
P:0.020%以下、
O:0.0020%以下、並びに
残部:Fe及び不純物であり、
下記の(1)式で表されるFn1が-35.0~-24.0である、鋼材。
(1)式:Fn1=38Si-7Mn+7(Ni+Cu)-17Cr-10Mo
ただし、前記(1)式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表し、該当する元素が含まれない場合は0を代入する。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、及び
Mo:0.50%以下
からなる群より選択される1種以上をさらに含有し、
前記Fn1が-33.0~-24.0である請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、及び
Mo:0.50%以下
からなる群より選択される1種以上をさらに含有し、
前記Crの含有量が1.65%~1.95%である請求項1又は請求項2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.0003%未満、
Ti:0.005%以下、
Nb:0.010%未満、
V:0.05%以下、及び
Pb:0.09%以下
からなる群より選択される1種以上をさらに含有し、
前記Fn1が-33.0~-24.0である請求項1請求項3のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項5】
925℃まで加熱して60分間保持した後、0.5~1.0℃/sの冷却速度で室温まで放冷する焼準処理を施した場合に、
組織が、
ベイナイト分率:5%未満、並びに
残部:フェライト及びパーライト
であり、
平均硬さが、
ビッカース硬さ:190以下
になり得る、請求項1~請求項のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項6】
組織が、
ベイナイト分率:5%未満、並びに
残部:フェライト及びパーライト
であり、
平均硬さが、
ビッカース硬さ:190以下
である、請求項1~請求項のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項7】
棒鋼である請求項1~請求項のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項8】
粗形材である請求項に記載の鋼材。
【請求項9】
浸炭用である請求項1~請求項のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項10】
請求項に記載の鋼材に浸炭処理を加えることにより得られる浸炭鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼材及び浸炭鋼部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車及び産業機械の歯車、シャフトなどの鋼製動力伝達部品は、燃費向上への対応のため小型化、軽量化が進み、部品にかかる負荷が増加する傾向にある。この結果、従来にも増して摺動面の耐摩耗性、特に高負荷が繰り返されることによる耐疲労摩耗、転動疲労寿命、及び高負荷が繰り返されることによる繰り返し数が10回オーダでの曲げ疲労強度(以下、「低サイクル曲げ疲労強度」という。)に優れた部品に対する要望が大きくなっている。
【0003】
そこで、前記した要望に応えるべく、例えば、特許文献1~6に種々の技術が提案されている。
【0004】
具体的には、特許文献1に、質量%で、C:0.05~0.3%、Si:0.05~2%、Mn:0.3~2%、Cr:2~8%、S:0.03%以下、Al:0.015~0.06%、N:0.005~0.02%と、必要に応じてさらに、(a)Nb:0.01~0.5%及びV:0.05~2%、(b)Ni:0.5~4%、(c)Mo:0.05~1%、ならびに、(d)W:0.3~1%、に示される元素から選択される1種以上と、残部がFe及び不可避的不純物元素とからなり、該不可避不純物中のPを0.02%以下、Oを0.002%以下にそれぞれ制御してなる鋼を素材とし、該素材によって作製された部品に、浸炭もしくは浸炭窒化処理及び焼入れ・焼戻し処理を施し、表層部に平均粒径が5μm以下の炭化物または炭窒化物を析出させた浸炭鋼部品が開示されている。
【0005】
特許文献2に、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.15%以下、Mn:0.90~1.40%、P:0.015%以下、Cr:1.25~1.70%、Al:0.010~0.050%、Nb:0.001~0.050%、O:0.0015%以下及びN:0.0100~0.0200%と、必要に応じてさらに、(a)Ni:0.15%以下及びMo:0.10%以下、(b)Ti:0.005~0.015%、ならびに、(c)S:0.005~0.035%、Pb:0.01~0.09%、Bi:0.04~0.20%、Te:0.002~0.050%、Zr:0.01~0.20%及びCa:0.0001~0.0100%、に示される元素から選択される1種以上と、残部がFe及び不可避的不純物元素とからなる鋼を1200℃以上に加熱し、仕上温度800℃以上で熱間圧延等の熱間成形を終了後、30℃/分以上の平均冷却速度で600℃以下まで冷却して得たことを特徴とする浸炭及び浸炭窒化処理用クロム鋼が開示されている。
【0006】
特許文献3に、生地の鋼が質量%で、C:0.10~0.30%及びCr:1.0~3.0%を含有する圧延線材であって、線材表面のスケールと地鉄との界面のCr濃化領域の厚さが3~10μm、スケール中に占めるFeの体積率が40%以上及び該Fe3O4中の空孔面積率が20~70%である圧延線材が開示されている。
【0007】
特許文献4に、質量%で、C:0.1~0.3%、Si:1.5%以下、Mn:2%以下、Cr2.5%以下及びNb:0.01~0.05%と、必要に応じてさらに、(a)Mo:2.0%以下、(b)B:0.005%以下、ならびに、(c)Cu:0.1%以下及びNi:3%以下、に示される元素から選択される1種以上と、残部がFe及び不可避的不純物元素とからなり、面積20μm2以上のNb系介在物の面積率(%)をAとして、A/Nb≦0.7を満足する、最大結晶粒の縮小化特性に優れた肌焼鋼が開示されている。なお、上記の肌焼鋼は、その不可避不純物に、P、S、Al及びNが含まれ、それらの含有量がP:0.03%以下、S:0.03%以下、Al:0.06%以下及びN:0.05%以下であるものでもよい。
【0008】
特許文献5には、質量%で、C:0.10~0.24%、Si:0.16~0.35%、Mn:0.40~0.94%、S:0.005~0.050%、Cr:1.65~1.90%、Al:0.015~0.060%およびN:0.0130~0.0250%と、残部がFeおよび不純物とからなり、下記の(1)式、(2)式および(3)式で表されるFn1、Fn2およびFn3が、それぞれ、15≦Fn1≦150、0.75≦Fn2≦1.40および0.30≦Fn3≦0.65であり、不純物中のP、TiおよびOがそれぞれ、P:0.020%以下、Ti:0.005%以下およびO:0.0020%以下である化学組成を有し、熱間加工ままの硬さがHV300以下であることを特徴とする、肌焼鋼鋼材が開示されている。
Fn1=Mn/S・・・(1)、
Fn2=Cr/(Si+2Mn)・・・(2)、
Fn3=Si×Cr・・・(3)。
ただし、(1)式、(2)式および(3)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0009】
特許文献6には、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.01~0.25%、Mn:0.4~0.9%、S:0.003~0.050%、Cr:1.65~2.00%、Al:0.01~0.06%、Nb:0.01~0.06%、及びN:0.010~0.025%を含有するとともに、残部:Fe及び不可避的不純物を含み、下記の(1)式で表されるFn1が、-35≦Fn1≦-30を満たし、不純物としてのP及びOの含有量が、それぞれ、P:0.020%以下、及びO:0.002%以下であり、表層部のC含有量(Cs)が、0.65~1.0%であり、表面から20μmの深さの組織が、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計で97%以上であり、表面から200μm深さの範囲での最大残留オーステナイト体積率が13~28%であり、表面から20μmの深さ位置での残留オーステナイト体積率と、表面から200μmの範囲で最大残留オーステナイト体積率との、比が0.8以下であり、表面に厚さ1~15μmの塑性流動組織を有し、表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下である、ことを特徴とする浸炭機械構造部品が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
特許文献1:特開平6-25823号公報
特許文献2:特開2001-152284号公報
特許文献3:特開2008-7853号公報
特許文献4:特開2010-222634号公報
特許文献5:特開2015-42766号公報
特許文献6:特開2016-183399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述の特許文献1で開示された浸炭鋼部品の場合、表層の炭素濃度が高くなることにより、直径で数μm程度の粗大な炭化物が多数析出するため、耐摩耗性は向上する。しかし、特に部品の角部など炭素濃度が高くなる箇所では、粒界に沿って生じた炭化物が再加熱時に溶解できず網目状に残存するために粒界強度が低下し、低サイクル曲げ疲労強度の低下が生じるという問題がある。また、上述の炭化物には、オーステナイト域での保持中に周囲の合金元素が溶け込むので、炭化物周囲の焼入れ性が低下し、浸炭焼入れ後に炭化物の周囲にベイナイト及び/又はパーライトなどの軟質組織が形成されることになって、低サイクル曲げ疲労強度の低下が生じる。また、特許文献1には転動疲労寿命に関しては言及がない。
【0012】
特許文献2で開示された技術は、Siの含有量を低く抑えて粒界酸化を低減する技術的思想を有するものの、低サイクル曲げ疲労強度及び耐摩耗性の低下を招く浸炭異常層の深さを抑制することについての配慮がなされていない。このため、必ずしも、部品に高い低サイクル曲げ疲労強度と耐摩耗性とを確保させることができるというものではない。また、特許文献2には転動疲労寿命に関しては言及がない。
【0013】
特許文献3で開示された圧延線材は、1.0~3.0%のCrを含有させて表面硬化部品の生地の焼入れ性を向上させ、しかも、Cr含有量により圧延後の線材表面に生成するスケールと地鉄との界面に生じるCr濃化領域の厚さを制御している。このため、デスケール処理、特に、酸洗処理によって容易に、線材の円周方向及び長手方向において均一且つ安定してスケールを除去することができて伸線加工性に優れるので、シャフト及びギヤ等の表面硬化部品の素材用に用いることができる。一方、特許文献3には耐摩耗性及び転動疲労寿命に関しては言及がない。
【0014】
特許文献4で開示された技術では、焼入れ性を大幅に向上させるために、0.005%以下のBを含有させてもよいことが示されている。確かに、Bを含有させることにより、焼入れ後の部品硬さを大幅に向上させることができるが、焼入れ性が高いため、焼準後の組織がベイナイト主体となる場合があるので、必ずしも高い被削性を確保することができるというものではない。しかも、単に特許文献4で提案された化学組成を満たす肌焼鋼を素材に用いても、浸炭条件によっては、部品に十分な低サイクル曲げ疲労強度を具備させることができないことがある。また、特許文献4には転動疲労寿命に関しては言及がない。
【0015】
特許文献5には、曲げ疲労強度とピッチング強度を確保させることができるとともに、成分コストが低く、熱間および冷間での圧延や鍛造の際の良好な加工性も具備する肌焼鋼鋼材が開示されている。ただし、特許文献5が開示する鋼は、熱間または冷間での鍛造により部品加工することを想定しているため、切削性よりも鍛造性に重点を置いた成分設計となっており、また処理コストを要する球状化焼鈍が前提とされている。
特許文献6には、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度に優れ、被削性にも優れた浸炭機械構造部品が開示されているが、転動疲労寿命に関して言及がない。
【0016】
本開示は、上記現状に鑑みてなされたもので、その目的は、焼準処理した後の被削性に優れ、さらに浸炭焼入れ品とした際に部品摺動面の耐摩耗性、特に高負荷が繰り返されることによる耐疲労摩耗性、低サイクル曲げ疲労強度及び転動疲労寿命に優れた鋼材及びそれを用いた浸炭鋼部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本開示の要旨は、下記に示す鋼材及び浸炭鋼部品にある。
【0018】
<1> 化学組成が、質量%で、
C:0.10%~0.30%、
Si:0.13%~0.30%、
Mn:0.50%~1.00%、
S:0.003%~0.020%、
Cr:1.65%~2.00%、
Al:0.010%~0.100%、
N:0.0050%~0.0250%、
Ca:0.0002%~0.0010%、
P:0.020%以下、
O:0.0020%以下、並びに
残部:Fe及び不純物であり、
下記の(1)式で表されるFn1が-35.0~-24.0である、鋼材。
(1)式:Fn1=38Si-7Mn+7(Ni+Cu)-17Cr-10Mo
ただし、前記(1)式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表し、該当する元素が含まれない場合は0を代入する。
<2> 前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、及び
Mo:0.50%以下
からなる群より選択される1種以上をさらに含有する<1>に記載の鋼材。
<3> 前記Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.0003%未満、
Ti:0.005%以下、
Nb:0.010%未満、
V:0.05%以下、及び
Pb:0.09%以下
からなる群より選択される1種以上をさらに含有する<1>又は<2>に記載の鋼材。
<4> 925℃まで加熱して60分間保持した後、0.5~1.0℃/sの冷却速度で室温まで放冷する焼準処理を施した場合に、
組織が、
ベイナイト分率:5%未満、並びに
残部:フェライト及びパーライト
であり、
平均硬さが、
ビッカース硬さ:190以下
になり得る、<1>~<3>のいずれか1つに記載の鋼材。
<5> 組織が、
ベイナイト分率:5%未満、並びに
残部:フェライト及びパーライト
であり、
平均硬さが、
ビッカース硬さ:190以下
である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の鋼材。
<6> 棒鋼である<1>~<5>のいずれか1つに記載の鋼材。
<7> 粗形材である<5>に記載の鋼材。
<8> 浸炭用である<1>~<7>のいずれか1つに記載の鋼材。
<9> <8>に記載の鋼材に浸炭処理を加えることにより得られる浸炭鋼部品。
【発明の効果】
【0019】
本開示の鋼材は、焼準処理した後の被削性に優れ、さらに浸炭焼入れ品とした際に部品摺動面の耐摩耗性、特に高負荷が繰り返されることによる耐疲労摩耗性、低サイクル曲げ疲労強度及び転動疲労寿命に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例において摩耗試験(二円筒転がり疲労試験)に供した「段付き丸棒試験片」の形状を示す側面図である。
図2】実施例において回転曲げ疲労試験に供した「切欠き付き回転曲げ疲労試験片」の形状を示す側面図である。
図3】実施例において転動疲労試験に供した「転動疲労試験片」の形状を示す側面図である。
図4】実施例において図1の「段付き丸棒試験片」を作製するために切り出した素材、図2の「切欠き付き回転曲げ疲労試験片」、及び図3の「転動疲労試験片」に施した「浸炭焼入れ-焼戻し」のヒートパターンを示す図である。
図5】実施例の摩耗試験(二円筒転がり疲労試験)において、図1の「段付き丸棒試験片」の相手材として用いた試験片の形状を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本開示の鋼材及び浸炭鋼部品について詳しく説明する。
なお、本開示における各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
また、本開示において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に断りの無い限り、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0022】
本開示において、「鋼材」とは、組織、形状、熱処理の前後などは限定されず、例えば溶鋼を鋳造して得られるインゴット、これに鍛造、圧延などの加工を施して得られる鋼片、これにさらに圧延などの成形加工を施して得られる棒鋼、線材等が挙げられる。さらに焼準処理などの熱処理を施した鋼材、鍛造、切削などによって粗形状にした鋼材(粗形材)等が挙げられる。
【0023】
本発明者は、前記した課題を解決するために、浸炭焼入れ品を用いた摩耗試験を行い、種々の検討を実施した。その結果、下記(a)~(g)の知見を得た。
【0024】
(a)浸炭焼入れ品の疲労摩耗は、対象材の表層に深さ5μm程度の微小き裂が多数発生し、それらが連結してはく離することによって生ずるものと考えられる。
【0025】
(b)き裂発生部の硬さは摩耗試験前に比較して著しく増大し、マルテンサイト組織は塑性変形を受けている。一方、き裂発生部の残留オーステナイト量は、試験前に比較して低減している。
【0026】
(c)上記のことから、浸炭焼入れ品の表層では塑性変形による加工硬化と、残留オーステナイトの加工誘起マルテンサイト変態の両方が生じるものと考えられる。
【0027】
(d)一方、マルテンサイトの硬さは一般的に含有炭素量で整理できるが、通常は共析濃度以上になると残留オーステナイトの量が増大するため、炭素含有量に対する硬さは頭打ちになる。
【0028】
(e)しかし、浸炭焼入れ品の表層5μm以内では炭素濃度が共析濃度以上でも、摩耗試験中に残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイト変態した場合には、摩耗試験前に比べて硬さが増大する。
【0029】
(f)そのため、浸炭条件を変更し、表層の浸入炭素量を高くして焼入れすれば、浸炭焼入れ品の表層の残留オーステナイト量が増加し、摩耗試験時に微小き裂の発生を抑制することができるので、耐疲労摩耗性が高められると考えられる。
【0030】
(g)しかしながら、表層の浸入炭素量を過度に高くすると、浸炭焼入れ品の表層にセメンタイトが生成するため、低サイクル曲げ疲労強度が低下すると考えられる。さらに、最も一般的なガス浸炭による量産の場合は、炭素ポテンシャルを高くすることは、煤生成の観点から必ずしも適当ではない。
【0031】
そこで本発明者はさらに、量産での浸炭条件として一般的な範囲(例えば、ガス浸炭であれば、炭素ポテンシャルが0.7~0.9%の範囲)であっても耐疲労摩耗性を高め且つ低サイクル曲げ疲労強度を高められる浸炭焼入れ品について、種々の詳細な検討を実施した。その結果、下記(h)の重要な知見を得た。
【0032】
(h)浸炭焼入れ後の残留オーステナイト量を制御するとともに、表層におけるセメンタイトの生成を抑止して、耐疲労摩耗性を高め且つ低サイクル曲げ疲労強度を高めるためには、鋼に含まれる個々の元素の含有量を適正化することに加えて、Si、Cr、Mn、Ca、Ni及びMoの含有量を調整する必要がある。より具体的には、式中の元素記号をその元素の質量%での含有量として、[Fn1=38Si-7Mn+7(Ni+Cu)-17Cr-10Mo]の式で表わされるFn1を、-35.0~-24.0の範囲内にする必要がある。Mn、Ca、Cr及びMoは、残留オーステナイト量を増加させる方向に働く元素であるが、一方でCrなどは含有量が多くなると浸炭中の表層にセメンタイトを生成しやすくする元素でもある。また、Si、Cu、及びNiは、焼入れ性を高める一方で、含有量が多くなると逆に残留オーステナイト量を低下させる方向に働く元素でもある。これらの元素の含有量による上記式で表わされるFn1が所定の範囲であることで、セメンタイトの生成を抑止しつつ、耐疲労摩耗性を高められるものと考えられる。
【0033】
本発明者はさらに、浸炭焼入れ品について所望の転動疲労寿命を得る際の硫化物系介在物についても検討を行った。その結果、下記の知見(i)~(iv)が得られた。
【0034】
(i)硫化物系介在物は、通常、高温で変形し易いので、熱間加工時に容易に変形して延伸する。延伸した硫化物系介在物は、高負荷が繰り返される使用環境下(例えば浸炭焼入れ品を軸受部品として使用する環境下等)において疲労起点となり、表面を起点とする剥離が起きやすくなるため、転動疲労寿命が短くなる。それ故、転動疲労寿命を延ばすには、高温における硫化物系介在物の変形抵抗を高めることが有効である。
【0035】
(ii)即ち、高温における硫化物系介在物の変形抵抗を高めると、熱間加工時に硫化物系介在物が延伸し難くなり、球状を維持するので、硫化物系介在物が疲労起点となり難いものと考えられる。
【0036】
(iii)なお、硫化物系介在物にCaが固溶すれば、高温での変形抵抗が高くなる。それ故、Caが固溶した硫化物系介在物は、熱間加工後でも球状を維持して、アスペクト比(硫化物系介在物の長径/短径比)が小さくなる。具体的には、Caを1mol%以上含む硫化物系介在物の熱間加工後のアスペクト比は、Caが1mol%未満の硫化物系介在物の熱間加工後のアスペクト比よりも小さい。
【0037】
(iv)以上の効果を得るためにはCaの含有量を適切に調整することが必要である。より具体的には、質量%の含有量で、Caの範囲を0.0002%~0.0010%の範囲内にする必要がある。
【0038】
本発明者はさらに、所望の部品形状に切削加工する際の被削性についても検討を行った。その結果、所定の化学組成の範囲内であり、鋼材の組織及び平均硬さに関してそれぞれ、ベイナイト分率が5%未満、且つ残部がフェライトとパーライトの組織、及び、ビッカース硬さHVで190以下の平均硬さ、である場合には、極めて良好な被削性が確保できるとの知見が得られた。
【0039】
本開示に係る鋼材は、上記知見に基づいて完成されたものである。以下、本開示に係る鋼材について詳細に説明する。
【0040】
(A)化学組成:
C:0.10%~0.30%
Cは、浸炭焼入れしたときの部品の芯部強度を確保するために必須の元素である。しかし、その含有量が0.10%未満では不十分であり、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。一方、Cの含有量が0.30%を超えると、浸炭焼入れに供する鋼材(例えば焼準後の鋼材)の組織がベイナイト主体となり硬さが増加し被削性が悪化する。したがって、Cの含有量を0.10%~0.30%とした。Cの含有量は、0.15%以上とすることが好ましく、0.18%以上とすることが一層好ましい。また、Cの含有量は0.25%以下とすることが好ましく、0.23%以下とすることが一層好ましい。
【0041】
Si:0.13%~0.30%
Siは、焼入れ性を高める作用を有するが、浸炭処理の際、表面に酸化物を形成することにより、浸炭異常層の要因となりうる。特に、その含有量が0.30%を超えると、浸炭異常層を形成して炭素の侵入を阻害し、不完全焼入れ組織とよばれるベイナイト及び/又はパーライトなどの軟質組織が生成して低サイクル曲げ疲労強度が低下する。しかし、Siの含有量を0.13%未満にすると、焼入れ性を高める作用が少なく、芯部強度が確保できないため、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。したがって、Siの含有量を0.13%~0.30%とした。Siの含有量は0.15%以上とすることが好ましく、0.17%以上とすることが一層好ましい。また、Siの含有量は0.28%以下とすることが好ましく、0.25%以下とすることが一層好ましい。
【0042】
Mn:0.50%~1.00%
Mnは、焼入れ性を高める効果が大きく、浸炭焼入れしたときの部品の芯部強度を確保するために必須の元素である。また、Mnには炭素侵入を助ける効果がある。しかし、その含有量が0.50%未満では不十分であり、低サイクル曲げ疲労強度が低下するとともに、表面の残留オーステナイトの形成が不十分となり、十分な耐摩耗性が得られない。一方、Mnの含有量が1.00%を超えると、過度に焼入れ性を高め、浸炭焼入れに供する鋼材(例えば焼準後の鋼材)の組織がベイナイト主体となり硬さが増加し被削性が悪化するだけでなく、浸炭(例えばガス浸炭)焼入れ時に浸炭異常層が形成され、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。したがって、Mnの含有量を0.50%~1.00%とした。Mnの含有量は、0.55%以上とすることが好ましく、0.60%以上とすることが一層好ましい。また、Mnの含有量は0.95%以下とすることが好ましく、0.90%以下とすることが一層好ましい。
【0043】
S:0.003%~0.020%
Sは、Mn及びCaと結合して硫化物系介在物(Mn,Ca)Sを形成し、被削性を向上させる。しかし、その含有量が0.003%未満では、前記の効果が得難い。一方、Sの含有量が多くなると、Mn及びCaとの結合で(Mn,Ca)Sの生成量が増加するため、鋼中のMn量が低下し焼入れ性を劣化させる。また、低サイクル曲げ疲労試験及び転動疲労試験において、粗大な(Mn,Ca)Sを起点として疲労破壊及び/又は転動疲労が生じることがある。したがって、Sの含有量を0.003%~0.020%とした。Sの含有量は、0.005%以上とすることが好ましく、0.007%以上とすることが一層好ましい。また、Sの含有量は0.018%以下とすることが好ましく、0.015%以下とすることが一層好ましい。
【0044】
Cr:1.65%~2.00%
Crは、炭素との親和性が高いため、浸炭(例えばガス浸炭)時に表面炭素濃度を増大させる効果があり、また、浸炭層のMs点を低下させる効果がある。その結果、浸炭焼入れ後の表層に残留オーステナイトが生成するため、疲労摩耗に対する耐摩耗性向上に有効な元素である。しかし、その含有量が1.65%未満では、前記の効果が十分でなく、目標とする耐摩耗性が得られない。一方、Crの含有量が2.00%を超えると、浸炭(例えばガス浸炭)中の表層にセメンタイトが生成しやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。また、浸炭焼入れに供する鋼材(例えば焼準後の鋼材)の組織がベイナイト主体となり硬さが増加し被削性が悪化する。したがって、Crの含有量を1.65%~2.00%とした。Crの含有量は、1.70%以上とすることが好ましく、1.75%以上とすることが一層好ましい。また、Crの含有量は1.95%以下とすることが好ましく、1.90%以下とすることが一層好ましい。
【0045】
Al:0.010%~0.100%
Alは、脱酸作用を有すると共に、Nと結合してAlNを形成しやすく、浸炭加熱時のオーステナイト粒の粗大化抑制に有効な元素である。しかし、Al含有量が0.010%未満では、安定してオーステナイト粒の粗大化抑制効果が得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えると、粗大な酸化物を形成しやすくなり、転動疲労寿命が短くなり、且つ低サイクル曲げ疲労強度が低下する。したがって、Alの含有量を0.010%~0.100%とした。Alの含有量は、0.015%以上とすることが好ましく、0.020%以上とすることが一層好ましい。また、Alの含有量は0.055%以下とすることが好ましく、0.050%以下とすることが一層好ましい。
【0046】
N:0.0050%~0.0250%
Nは、Alと結合してAlNを形成しやすく、上記のAlNは、浸炭加熱時のオーステナイト粒の粗大化抑制に有効である。しかしN含有量が0.0050%未満では、安定してオーステナイト粒の粗大化を抑制できない。一方、N含有量が0.0250%を超えると、製鋼工程において量産で安定して製造することが難しい。また、Nの含有量が多いと鋼の硬さを高め、被削性を損なうことがある。したがって、Nの含有量を、0.0050%以上0.0250%以下とした。Nの含有量は、0.0080%以上とすることが好ましく、0.0100%以上とすることが一層好ましい。また、Nの含有量は0.0200%以下とすることが好ましく、0.0180%以下とすることが一層好ましい。
【0047】
Ca:0.0002%~0.0010%
Caは、MnS中のMnの一部を置換し、(Mn,Ca)Sを形成し、硫化物系介在物を球状化する作用をなす元素である。また、Caは、高温における硫化物系介在物の変形抵抗を高め、熱間加工時における硫化物系介在物の延伸を抑制して球状を維持し、転動疲労寿命を延ばす作用をなす元素である。
Caが0.0002%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Caは0.0002%以上とする。好ましくは0.0003%以上、より好ましくは0.0004%以上である。一方、Caが0.0010%を超えると、粗大な酸化物が生成し、転動疲労寿命が短くなり、且つ低サイクル曲げ疲労強度が低下するので、Caは0.0010%以下とする。好ましくは0.0009%以下、より好ましくは0.0008%以下である。
なお、Caを意図的に添加しない場合は、鋼材におけるCa(不純物)の含有量は0.0001%程度又はそれ以下になる。
【0048】
P:0.020%以下
Pは、粒界偏析して粒界を脆化させやすい不純物元素であり、その含有量が0.020%を超えると、低サイクル曲げ疲労強度を低下させる。したがって、P含有量を0.020%以下とした。なお、不純物元素としてのP含有量はできる限り少なくすることが望ましいが、0.020%以下であれば大きな問題がないので、その上限を0.020%とする。ただし、より安定した低サイクル曲げ疲労強度を確保したい場合には、Pの含有量の上限は0.015%とすることが好ましく、0.010%とすることが一層好ましい。
【0049】
O(酸素):0.0020%以下
Oは、不純物元素であり、Alと結合して硬質な酸化物系介在物を形成しやすく、転動疲労寿命が短くなり、且つ低サイクル曲げ疲労強度を低下させてしまう。特に、O含有量が0.0020%を超えると、低サイクル曲げ疲労強度の低下が著しくなる。なお、不純物元素としてのO含有量はできる限り少なくすることが望ましいが、0.0020%以下であれば問題がないので、その上限を0.0020%とする。
【0050】
残部:Fe及び不純物
「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、意図的に含有させるものではなく、鉱石またはスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入するものであり、本開示の鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0051】
本開示の鋼材は、Feの一部に代えて、他の元素を含んでもよい。以下、本開示の鋼材に含み得る任意元素について説明する。なお、以下に説明する元素は、任意元素であり、それらの含有量の下限値は0%でもよいし、0%超であってもよい。
【0052】
Cu:0.30%以下
Cuは、焼入れ性を高める作用があり、浸炭処理後の低サイクル曲げ疲労強度及び耐ピッチング強度を高めるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuの含有量が0.30%を超えると、焼入れ性が過度に高くなることにより焼準後の鋼材における切削性が悪化する。また、浸炭性を阻害するために浸炭焼入れ後の残留オーステナイトが増加しにくくなり、耐摩耗性が低下する。したがって、含有させる場合のCu含有量は0.30%以下とする。Cuの含有量は0.25%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることが一層好ましい。
【0053】
一方、前記したCuの効果を安定して得るためには、Cuの含有量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることが一層好ましい。
【0054】
Ni:0.30%以下
Niは、焼入れ性を高める作用があり、さらに、靱性を高める作用もあって、低サイクル曲げ疲労強度及び耐ピッチング強度を高めるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Niの含有量が0.30%を超えると、焼入れ性が過度に高くなることにより焼準後の鋼材における切削性が悪化する。また、浸炭性を阻害するために浸炭焼入れ後の残留オーステナイトが増加しにくくなり、耐摩耗性が低下する。したがって、含有させる場合のNi含有量は0.30%以下とする。Niの含有量は0.25%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることが一層好ましい。
【0055】
一方、前記したNiの効果を安定して得るためには、Niの含有量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることが一層好ましい。
【0056】
Mo:0.50%以下
Moは、焼入れ性を高める効果が大きく、低サイクル曲げ疲労強度及び耐ピッチング強度を高めるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moの含有量が0.50%を超えると、焼入れ性が過度に高くなることにより焼準後の鋼材における切削性が悪化する。また、浸炭焼入れに供する鋼材(例えば焼準後の鋼材)の組織にベイナイトが生成しやすくなるため、被削性が低下する。したがって、含有させる場合のMo含有量は0.50%以下とする。Moの含有量は0.15%以下とすることが好ましく、0.13%以下とするのが一層好ましい。
【0057】
一方、前記したMoの効果を安定して得るためには、Moの含有量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.07%以上とすることが一層好ましい。
【0058】
Fn1:-35.0~-24.0の範囲内
本開示に係る鋼材は、下記(1)式で表されるFn1が、-35.0~-24.0の範囲内である。
(1)式:Fn1=38Si-7Mn+7(Ni+Cu)-17Cr-10Mo
【0059】
既に述べたとおり、上記の(1)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を意味する。なお、該当する元素が含まれない場合は、0(ゼロ)を代入する。
【0060】
浸炭焼入れ品において、有効に耐摩耗性を発現するためには浸炭焼入れ後に安定して残留オーステナイトを生成することが重要であると考えられる。このためには、Fn1が上記の範囲になければならない。Fn1は、浸炭(例えばガス浸炭)における炭素侵入のしやすさの指標であり、Fn1が小さいほど同じ浸炭条件でも、表面の炭素濃度は高くなる。しかしながら、Fn1が-35.0より小さくなると、表面にセメンタイトが生成し低サイクル曲げ疲労強度が低下する。また、Fn1が-24.0を超えると、表面の炭素濃度の上昇が不十分であり浸炭焼入れ時に生じる残留オーステナイト量が不十分となり、有効な耐摩耗性を発現できない。したがって、Fn1が-35.0~-24.0であることとした。Fn1は、-33.0以上であることが好ましく、また、-25.0以下であることが好ましい。
【0061】
本開示に係る鋼材は、本開示における効果を阻害しない範囲であれば、他の元素を含むことも許容される。そのような元素として、例えば、B、Ti、Nb、V、Pbが挙げられる。
本開示に係る鋼材は、Bが含まれていてもよい。ただし、Bが過度に含まれると浸炭焼入れ時に形状歪みの原因となりうるため、B含有量は0.0003%未満であることが好ましく、0.0002%以下であることがより好ましい。
本開示に係る鋼材は、Tiが含まれていてもよい。ただし、Tiが過度に含まれると、浸炭処理において表層が微細化し,粒界酸化物が密に生成して浸炭を阻害しうるため、Ti含有量は0.005%以下であることが好ましく、0.003%以下であることがより好ましい。
Nbは、0.010%未満の範囲で鋼に含まれていてもよい。ただし、Nbが過度に含まれると、浸炭処理において表層が微細化し,粒界酸化物が密に生成して浸炭を阻害しうる。Nb含有量は0.005%以下であることがより好ましい。
本開示に係る鋼材は、Vが含まれていてもよい。ただし、Vが過度に含まれると粒界酸化物が密に生成して浸炭を阻害しうるため、V含有量は0.05%以下であることが好ましい。
【0062】
Pbは、鋼に含まれることにより被削性を改善する効果があるため、本開示に係る鋼材に含まれていてもよい。ただし、Pbは環境負荷物質であるため、Pb含有量は0.09%以下であることが好ましい。
【0063】
(B)焼準処理後における組織と平均硬さ:
本開示の焼準処理後における鋼材は、前述の(A)化学組成を有し、さらに、組織は、ベイナイト分率が5%未満、且つ残部がフェライトとパーライトであって、平均硬さが、ビッカース硬さHVで190以下である。
【0064】
焼準後の鋼材が、上記の組織と平均硬さの条件を満たすものでありSの含有量が0.003%~0.020%の範囲であれば、切削によって得たい部品形状に加工する際に、極めて良好な被削性が確保できる。
【0065】
上記組織のベイナイト分率は低いほどよく、0%であることが最適であるが、5%未満であれば被削性に問題はない。
なお、組織観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、観察倍率を1000倍として写真を撮影し、得られた写真は画像処理ソフト上でベイナイト組織を色付けした後に、二値化処理して写真におけるベイナイトの分率を計算する。ベイナイト分率の測定の詳細については、後述する。
【0066】
焼準後の鋼材の硬さは、ビッカース硬さHVで188以下であることが好ましく、また、ビッカース硬さHVで140以上であることが好ましい。
なお、ビッカース硬さはJIS Z 2244(2009)に準拠して、試験力を9.8Nとして測定される。測定方法の詳細については後述する。
【0067】
(C)鋼材の製造方法
本開示に係る鋼材の製造方法は特に限定されず、前述した(A)化学組成を有する鋼材を製造することができればいかなる製造方法を適用してもよい。
また、本開示に係る鋼材として、前述した化学組成(A)を有し、組織が、ベイナイト分率5%未満、且つ残部がフェライトとパーライトであって、平均硬さが、ビッカース硬さHVで190以下である鋼材を製造する方法も特に限定されるものではない。一例として、次のようにして得ることができる。
【0068】
まず、電気炉、真空誘導加熱炉などを用いて溶鋼を溶製し、且つ前述の(A)化学組成に調整する。
化学組成を調整した溶湯は、次に、インゴットに鋳造して、その後の鍛造など熱間加工によって、スラブ、ブルーム、ビレットなどいわゆる「鋼片」に加工してもよいし、また、連続鋳造して、直接にスラブ、ブルーム、ビレットなどいわゆる「鋼片」にしてもよい。さらに、上記の「鋼片」を素材として、加熱温度、保持時間等を通常の工業的条件とした加熱炉に保持した後に、さらに仕上圧延温度等を通常の工業的条件として熱間加工し、棒鋼など所望の形状に仕上げ、一旦常温まで冷却する。
その後、さらに、加熱温度、保持時間等を通常の工業的条件とした加熱炉に保持した後に放冷して焼準することで、前述した組織と平均硬さを有する本開示の鋼材が得られる。焼準処理の条件は、最終的に製造する製品に要求される特性が得られるように設定すればよいが、例えば、900~950℃に加熱し、30~120分間保持した後、0.3~2.0℃/sの冷却速度で室温まで放冷することが挙げられる。
なお、前記焼準を施さずに本開示の鋼材を作製してもよい。
また、焼準後、鍛造、切削などによって、粗形状に加工した粗形材としてもよい。
【0069】
本開示に係る鋼材に浸炭処理を施すことにより、浸炭鋼部品として、例えば耐摩耗性を向上させたCVTプーリなどの摺動部品を得ることができる。
本開示に係る鋼材に対して行われる浸炭処理の方法としては、特に限定されるものではなく、例えば固体浸炭、液体浸炭、滴下式浸炭、ガス浸炭、真空浸炭、プラズマ浸炭等の各種方法が挙げられ、中でもガス浸炭が好ましい。なお、浸炭処理に伴って、公知の方法により焼入れ及び焼戻しが行われて、浸炭焼入れ品が得られる。
【実施例
【0070】
以下、実施例により本開示をさらに詳しく説明する。
【0071】
表1、表2に示す化学組成を有する鋼1~46を100kg真空溶解炉で溶製後、造塊してインゴットを作製した。
【0072】
なお、表1、表2中の鋼1~13、40~46は、化学組成が本開示で規定する範囲内にある本開示の実施例の鋼であり、一方、鋼14~25、27~38は、化学組成が本開示で規定する条件から外れた比較例の鋼である。表1、表2において、下線は本開示で規定する範囲外であることを意味する。また、表1、表2において、残部はFe及び不純物である。
なお、鋼26は、化学組成が本開示で規定する条件にあるが、焼準後に球状化処理を行うと被削性が低下することを示す参考例である。
【0073】
【表1】
【0074】

【表2】

【0075】
上記の各インゴットを1250℃まで加熱した後、120分間保持し、1000~1200℃の温度域で鍛伸して、直径35mmで長さ1000mmの棒鋼を1本直径25mmで長さ1000mmの棒鋼を3本,及び直径60mmで長さ500mmの棒鋼を6本作製し、室温まで放冷した。その後、925℃まで再加熱し60分間保持した後、室温まで放冷する焼準処理を施した。焼準時の冷却速度は0.5~1.0℃/sであった。
【0076】
<硬さ測定>
焼準前及び焼準後の直径35mmの棒鋼の端部から50mmの位置から長さ10mmの横断サンプルをそれぞれ切り出して、樹脂に埋め込み、切断面を鏡面研磨し、ビッカース硬度計を使用してHVを調査した。
【0077】
具体的には、JIS Z 2244(2009)に記載の「ビッカース硬さ試験-試験方法」に準拠して、試験片の中心から6mmの部位における任意の4点でのHVを、試験力を9.8Nとしてビッカース硬度計で測定し、その値を算術平均してHVを評価した。
【0078】
<組織観察>
HVを測定した試験片は、次にその研摩面を2%ナイタール液でエッチングし、組織観察に供した。
【0079】
組織観察位置は、HV測定位置と同様の試験片の中心から6mmの部位である。組織観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、観察倍率を1000倍として、上記部位における任意の4点(各点における視野面積:100μm×80μm)での写真を撮影した。得られた写真は画像処理ソフト上でベイナイト組織を色付けした後に、二値化処理して写真におけるベイナイトの分率を計算し、その値を算術平均してベイナイト分率を求めた。便宜上、ベイナイト分率が5%未満、残部がフェライト及びパーライトであったものを「フェライト-パーライト」、ベイナイト分率が5%以上、残部がフェライト及びパーライトで、かつ、フェライト及びパーライトの合計分率が5%以上であったものを「フェライト-パーライト-ベイナイト」、また、フェライト及びパーライトの合計分率が5%未満で、残部がベイナイトであったものを「ベイナイト」と区分した。また、上記ベイナイト分率にかかわらず、パーライト組織におけるセメンタイトが球状化されている場合には、上記のいずれとも異なる「球状化組織」と区分した。ここで、「セメンタイトが球状化されている」とは、パーライト組織中に存在するラメラーセメンタイトが熱処理によって分断され、各セメンタイトの平均アスペクト比が3.0以下となっていることを指す。
【0080】
なお、焼準後の平均硬さは、HVで190以下を目標とし、また、焼準後の組織は、上述の「フェライト-パーライト」を目標とした。
【0081】
<被削性試験>
各鋼番号の焼鈍後(試験番号100、101は、球状化処理後)の径60mmで長さ500mmの丸棒を旋削し直径55mmの試験片とし,被削性を評価した。使用したチップは超硬P20グレード、コーティング無しで、周速200m/min、送り0.30mm/rev、切り込み1.5mm、水溶性切削油を使用し、切削距離2000m後の主切れ刃の逃げ面の摩耗幅を評価した。後述する試験番号2番の逃げ面摩耗幅を基準として、1.2倍以上の摩耗幅を呈したものは、極めて良好な被削性を確保することができないと判断した。
【0082】
<浸炭焼入れ後の特性を評価するための試験片の作製>
次に、各鋼について焼準後の直径35mmの棒鋼から、図1に示す段付き丸棒試験片の素材を4個切り出した。また、直径25mmの棒鋼から、図2に示す切欠き付き回転曲げ疲労試験片を12個切り出した。更に同じく直径25mmの棒鋼から、図3に示す転動疲労試験片を10個切出した。段付き丸棒試験片の素材、切欠き付き回転曲げ疲労試験片、転動疲労試験片は、いずれも試験片の中心軸が、元となる棒鋼の中心軸と同方向となるように切り出した。
【0083】
上記段付き丸棒試験片を作製するために切り出した素材、切欠き付き回転曲げ疲労試験片及び転動疲労試験片は、いずれも図4に示すヒートパターンでガス浸炭による「浸炭焼入れ-焼戻し」に供した。なお、「Cp」は炭素ポテンシャルを、また、「60℃油冷」は油温60℃の油中に投入して冷却したことを意味する。さらに、「AC」は空冷を意味する。
つまり、各サンプルに対し、930℃まで加熱した後、雰囲気の炭素ポテンシャル0.8%の条件で、930℃に保持したまま180分間、次いで850℃の温度で30分間加熱した後、60℃の油中で冷却した。さらに、160℃まで加熱した後、120分間保持し、室温まで空冷した。この浸炭処理により、表層における炭素濃度を0.85%以上に調整し、また表層における残留オーステナイト量を15%以上に制御することを目標とした。
【0084】
次いで、段付き丸棒試験片を作製するために切り出した素材は、表層の50μmを研摩除去して、図1に示す形状の段付き丸棒試験片に仕上げた。
【0085】
一方、図2に示す切欠き付き回転曲げ疲労試験片については、切欠き部も含めて研摩は行わなかった。
【0086】
更に図3に示す形状の転動疲労試験片については、表層の50μmを研磨除去し、鏡面仕上げとした。
【0087】
なお、図2における寸法の単位は「mm」であり、2種類の逆三角形の記号は、JIS B 0601(1982)の解説表1に記載されていた表面粗さを示す「仕上記号」である。また、仕上記号に付した「G」は、JIS B 0122(1978)に規定の「研削」を示す加工方法の略号であることを意味する。さらに、「~(波ダッシュ)」は「波形記号」であり、生地であること、すなわち、前記の「浸炭焼入れ-焼戻し」処理した表面のままであることを意味する。
また、図3における寸法の単位は「mm」である。
【0088】
各鋼について上記のようにして作製した段付き丸棒試験片の1個を用いて、直径26mmの部位をさらに50μm深さ旋削して切粉を採取し、化学分析を行って炭素濃度を調査した。
【0089】
また、各鋼について、段付き丸棒試験片の残りの3個については、X線回折によって表面の残留オーステナイト量を測定してから摩耗試験に供した。摩耗試験の相手材には、図5に示す形状の試験片を使用した。
【0090】
なお、図5に示す形状の試験片を作製するための素材には、JIS G 4805(2008)に規定の直径が140mmの市販のSUJ2の丸棒を長さ22mmに切断したものを使用し、870℃に60分間保持後、120℃の油中に焼入れした後、図5の形状に研削加工した。なお、表面性状として、算術平均粗さRa(JIS B 0601(2001))が0.6~0.8μm、最大高さ粗さRz(JIS B 0601(2001))が2.0~4.0μmとなるように仕上げた。図5における寸法の単位は「mm」である。
【0091】
<摩耗試験>
摩耗試験は、二円筒転がり疲労試験によって実施した。該試験は、前記図1に示す段付き丸棒試験片の直径26mmの部位と、上記SUJ2を用いて作製した図5に示す形状の試験片(以下、「SUJ2ローラ」という。)の直径130mmの部位とを接触させながら互いに転動させる方式である。接触時の面圧はヘルツ面圧2.4GPaとし、転動繰り返し数5×10回にて段付き丸棒試験片を取り出し、SUJ2ローラとの接触部の摩耗深さを測定した。
【0092】
摩耗深さの測定には触針式の表面粗さ計を用いた。測定長さを26mmとし、試験片の軸方向に触針を走査することで断面曲線を得た。この断面曲線は1個の試験片あたり、円周方向に90゜刻みで4回測定した。得られた断面曲線から、SUJ2ローラが接触していない非摩耗部と接触した摩耗部とにおける高さの差を測定し、4つの断面曲線から得られた高さの差のデータの平均値をその試験片の摩耗深さとした。
【0093】
各鋼について、上記3個の試験片での測定値の平均値を、「残留オーステナイト量」及び「摩耗深さ」とした。なお、摩耗深さの目標は20μm以下であることとし、これを達成すれば耐摩耗性に優れるとした。
【0094】
<回転曲げ疲労試験>
また、切欠き付き回転曲げ疲労試験片を用いて回転曲げ疲労試験(JIS Z 2274(1978)に規定の「金属材料の回転曲げ疲れ試験方法」)を実施した。なお、種々の荷重条件で試験片が破断するまで回転曲げ疲労試験を実施し、繰り返し数1×10回での疲労強度を算出した。なお、1×10回における回転曲げ疲労強度の目標は700MPa以上であることとし、これを達成すれば低サイクル曲げ疲労強度に優れるとした。
【0095】
<転動疲労試験>
また、転動疲労試験片を用いて転動疲労寿命を評価した。試験は転動疲労試験片の直径12mmの部位と市販の直径19.05mmの軸受鋼球とを接触させながら互いに転動させる方式である。接触時の面圧はヘルツ応力で4.5GPaとし、L10寿命(つまり試験片の総数(10個)の90%がはく離破壊を生じることなく回転できる総回転数)を算出した。L10寿命が転動繰返し数1×10回に到達すれば、転動疲労寿命に優れるとして表3に「Y」と表記し、1×10回に到達しなかった場合は「N」と表記した。
【0096】
表3に、上記の各試験結果をまとめて示す。なお、既に述べたように、ベイナイト分率が5%未満、残部がフェライト及びパーライトであったものを「フェライト-パーライト」、ベイナイト分率が5%以上、残部がフェライト及びパーライトで、かつ、フェライト及びパーライトの合計分率が5%以上であったものを「フェライト-パーライト-ベイナイト」、また、フェライト及びパーライトの合計分率が5%未満で、残部がベイナイトであったものを「ベイナイト」と区分した。ベイナイト分率が5%以下であっても、パーライト組織におけるセメンタイトの平均アスペクト比が3.0以下である場合には、上記のいずれとも異なる「球状化組織」と区分した。表3の「組織欄」にはそれぞれ、「フェライト-パーライト」を「F+P」、「フェライト-パーライト-ベイナイト」を「F+P+B」及び「ベイナイト」を「B」と表記した。
【0097】
【表3】

【0098】
表3から明らかなように、化学組成が本開示で規定する範囲内にある本開示の実施例の鋼1~13、40~46を用いた試験番号1~13、40~46の場合、目標とする各種特性、すなわち、焼準後の平均硬さ、組織、及び被削性、ならびに、浸炭焼入れ-焼戻し後の耐摩耗性及び低サイクル曲げ疲労強度が得られていることが明らかである。
【0099】
これに対して、化学組成が本開示で規定する条件から外れた比較例の鋼14~25、27~38を用いた試験番号14~25、27~38の場合、目標とする特性の少なくとも1つが得られていない。
【0100】
試験番号14の場合、鋼14のCの含有量が本開示で規定する範囲を下回るため、回転曲げ疲労試験片の芯部硬さが低くなり、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。
【0101】
試験番号15の場合、鋼15のCの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、焼準後の組織が「フェライト-パーライト-ベイナイト」であり、また、焼準後の平均硬さもHVで260と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。
【0102】
試験番号16の場合、鋼16のSiの含有量が本開示で規定する範囲を下回るため、回転曲げ疲労試験片の芯部硬さが低くなり、1×10回の回転曲げ疲労強度が660MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。
【0103】
試験番号17の場合、鋼17のSiの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、回転曲げ疲労試験片の浸炭異常層が深くなり、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。さらに、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も少ない。その結果、摩耗深さが26μmと目標深さを上回り、耐摩耗性にも劣る。
【0104】
試験番号18の場合、鋼18のMnの含有量が本開示で規定する範囲を下回るため、回転曲げ疲労試験片の芯部硬さが低くなり、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。さらに、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も少ない。その結果、摩耗深さが25μmと目標深さを上回り、耐摩耗性にも劣る。
【0105】
試験番号19の場合、鋼19のMnの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、焼準後の組織が「フェライト-パーライト-ベイナイト」であり、また、焼準後の平均硬さもHVで260と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。また、1×10回の回転曲げ疲労強度は目標に達したものの、ガス浸炭焼入れ時に浸炭異常層が形成されるため、上記強度は下限値の700MPaであり、低サイクル曲げ疲労強度が、本開示の実施例である試験番号1~13の場合に比べて劣っている。
【0106】
試験番号20の場合、鋼20のSの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、MnSの生成量が増加して鋼中に固溶するMn量が低下し、焼入れ性が低下するので、回転曲げ疲労試験片の芯部硬さが低い。さらに、粗大なMnSが生成しており、その粗大MnSを起点とした疲労破壊が生じたことにより、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。また、転動疲労試験では粗大MnSを起点としたはく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0107】
試験番号21の場合、鋼21のCrの含有量が本開示で規定する範囲を下回るため、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も低い。その結果、摩耗深さが22μmと目標深さを上回り、耐摩耗性に劣る。
【0108】
試験番号22の場合、鋼22のCrの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、焼準後の組織が「フェライト-パーライト-ベイナイト」であり、また、焼準後の平均硬さもHVで250と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。さらに、回転曲げ疲労試験片の表層にセメンタイトが生成し、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度にも劣る。
【0109】
試験番号23の場合、鋼23のNiの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も低い。その結果、摩耗深さが23μmと目標深さを上回り、耐摩耗性に劣る。
【0110】
試験番号24の場合、鋼24のMoの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、焼準後の組織が「ベイナイト」であり、また、焼準後の平均硬さもHVで320と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。
【0111】
試験番号25の場合、鋼25のPの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、粒界強度が低下し容易に粒界破壊しやすくなったことにより、1×10回の回転曲げ疲労強度が660MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。
【0112】
試験番号27の場合、鋼27の個々の元素の含有量は本開示で規定する範囲内であるものの、Fn1が本開示で規定する範囲を上回るため、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も少ない。その結果、摩耗深さが24μmと目標深さを上回り、耐摩耗性に劣る。
【0113】
試験番号28の場合、鋼28の個々の元素の含有量は本開示で規定する範囲内であるものの、Fn1が本開示で規定する範囲を下回るため、回転曲げ疲労試験片の表層にセメンタイトが生成して、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。
【0114】
試験番号29の場合、鋼29のCaの含有量が本開示で規定する範囲を下回るために、粗大で延伸した硫化物を起点としたはく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0115】
試験番号30の場合、鋼30のCaの含有量が本開示で規定する範囲を上回るために、粗大なCa系酸化物が生成した。この結果、Ca系酸化物を起点とした疲労破壊が生じたことにより、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。また、転動疲労試験ではCa系酸化物を起点としたはく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0116】
試験番号31の場合、鋼31のSの含有量が本開示で規定する範囲を下回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。
【0117】
試験番号32の場合、鋼32のCuの含有量が本開示で規定する範囲を上回るため、浸炭焼入れ後の段付き丸棒試験片の表面炭素濃度が低く、残留オーステナイト量も低い。その結果、摩耗深さが27μmと目標深さを上回り、耐摩耗性に劣る。また、焼準後の平均硬さもHVで195と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。
【0118】
試験番号33の場合、鋼33のMoの含有量が本開示で規定する範囲を上回っているため、焼準後の組織が「ベイナイト」であり、また、焼準後の平均硬さもHVで320と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。かつFn1が本開示で規定する範囲を下回るため、回転曲げ疲労試験片の表面炭素濃度が高く、表層にセメンタイトが生成して、1×10回の回転曲げ疲労強度が660MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。
【0119】
試験番号34の場合、鋼34のAlの含有量が本開示で規定する範囲を下回っているため、焼準加熱時のオーステナイト粒径が粗大となり、焼準後の組織が「フェライト-パーライト-ベイナイト」である。また、焼準後の平均硬さもHVで230と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。さらに、オーステナイト粒径が粗大であるため、1×10回の回転曲げ疲労強度が650MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度にも劣る。
【0120】
試験番号35の場合、鋼35のAlの含有量が本開示で規定する範囲を上回っているため、粗大な酸化物を生成し、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。さらに粗大な酸化物を起点として転動疲労はく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0121】
試験番号36の場合、鋼36のNの含有量が本開示で規定する範囲を上回っているため、インゴットの表面に疵、内部に微細な割れが入りやすい。この結果、割れを起点として転動疲労はく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。また、焼準後の平均硬さもHVで195と目標を上回っている。このため、切削して部品形状に加工する際に極めて良好な被削性を確保することができない。
【0122】
試験番号37の場合、鋼37のOの含有量が本開示で規定する範囲を上回っているため、粗大な酸化物を生成し、1×10回の回転曲げ疲労強度が680MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。さらに粗大な酸化物を起点として転動疲労はく離が生じ、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0123】
試験番号38の場合、鋼38のNb含有量が多過ぎて、試験片加工後のガス浸炭工程で表層が微細化し、粒界酸化物が密に生成して浸炭層の状態を悪化させ、1×10回の回転曲げ疲労強度が650MPaと目標値を下回り、低サイクル曲げ疲労強度に劣る。また、転動疲労試験では、到達繰返し数が1×10回に達せず、転動疲労寿命に劣る。
【0124】
試験番号100、101の場合、焼準後に球状化焼鈍を行った。球状化焼鈍後の硬さが低く(HV165)、フェライト分率が大きく、旋削加工時に切粉が繋がりやすく、被削性試験における工具摩耗量も大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0125】
本開示の鋼材は、浸炭用途に特に適しており、浸炭が施された部品に対して、良好な耐摩耗性、特に高負荷が繰り返されることによる良好な耐疲労摩耗性、高い低サイクル曲げ疲労強度及び長い転動疲労寿命を具備させることができる。さらに、焼準処理した後の本開示の鋼材は、被削性が極めて良好である。このため、自動車及び産業機械の歯車、シャフトなどの動力伝達部品、なかでも、摺動面の耐摩耗性、特に高負荷が繰り返されることによる耐疲労摩耗性、高い低サイクル曲げ疲労強度及び長い転動疲労寿命が要求される部品の素材として用いるのに好適である。
図1
図2
図3
図4
図5