(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230802BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20230802BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 B
C23C14/06 C
(21)【出願番号】P 2020011554
(22)【出願日】2020-01-28
【審査請求日】2022-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】高島 英彰
(72)【発明者】
【氏名】引田 和宏
【審査官】野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-007765(JP,A)
【文献】特開2007-152457(JP,A)
【文献】特開2013-184271(JP,A)
【文献】特開2006-001006(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112500178(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第111334743(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00- 9/00
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して硬質被覆層を有する表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は前記工具基体の表面側より順に下部層および上部層の二層を有
してなり、その合計平均層厚は、1.0μm以上8.0μm以下であり、
(b)前記下部層は、ZrB
2層からなり、その平均層厚x
1は、
0.5μm以上4.0μm以下であり、
(c)前記上部層は、前記工具基体の表面側からB
4C層とZrB
2層とが交互に積層
されてなる二層以上の多層被覆層であり、
各B
4C層および各ZrB
2層の平均層厚は、それぞれ5nm以上50nm以下
であり、
前記上部層の合計平均層厚y
1は、0.5μm以上4.0μm以下であることを
特徴とする表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、難削材として知られるTi基合金などの切削加工において、切削工具の表面被覆層への溶着や基体からの硬質被覆層の剥離を抑制し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
たとえば、Ti基合金の切削加工においては、Tiが反応性に富み、かつ、刃先の温度が高くなりやすいため、工具の刃先に溶着が生じやすく、そのため、皮膜の損耗が激しく、また、チッピングを生じやすいため、工具寿命が短命となる傾向にあることが知られている。
そして、従来から、これらの被覆工具の切削性能改善を目的として、数多くの提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1では、特に切削工具基体の表面に熱CVD法により少なくとも0.1μm以上の厚みを有し、平均粒径が50nm以下のTiB2微粒結晶組織を有する皮膜を設けることにより、耐摩耗強度を高めるとともに、Ti合金等の難削材の切削時における被削材の溶着を抑制することが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、基体であるCBN焼結体またはダイヤモンド焼結体に対し、TiN、TiAlNまたはTiCN皮膜を設ける際に、これらの皮膜中にB4C、BN、TiB2、TiB、TiC、WC、SiC、SiNおよびAl2O3よりなる群より選択される少なくとも一種の非晶質構造を有する高硬度の超微粒化合物を含ませることにより、前記皮膜の耐摩耗性が向上することが開示されている。
【0005】
さらに、特許文献3には、高速度鋼の高速切削加工に際して、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆超硬合金製切削工具を提供することを課題として、熱伝導性にすぐれ高速切削時に発生する高熱を速やかに放熱する上部層としてのZrB2層と耐摩耗性を長期に亘って発揮する下部層としてのTiAlBN層との間に、いずれの層ともすぐれた密着性を有する硼窒化ジルコニウム(ZrBN)層を介在させることにより、層間剥離の発生がなく、すぐれた耐摩耗性を発揮する硬質被覆層を得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】米国特許第8388709号明細書
【文献】特許第3914687号公報
【文献】特開2006-1006号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工はますます高速化・高能率化する傾向にあるが、上記従来の被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の切削条件にて切削加工を行う場合には、特段の問題は生じないものの、溶着性の高い被削材の切削加工、例えば、Ti合金の切削加工、特には、断続切削加工に供した場合には、溶着を抑制することが難しく、皮膜の損耗およびチッピングや欠損等の異常損傷を発生しやすく、また、摩耗進行も促進されるため、比較的短時間で使用寿命に至るというのが現状である。
特に、Ti合金加工時に溶着を生じやすい要因としては、Tiは塑性変形性、反応性に富み、かつ加工時に熱がこもりやすいことが挙げられる。
【0008】
そこで、前記特許文献1~3に記載したとおり、チタン合金加工時における溶着を低減させる従来被覆工具としてホウ素化合物からなる皮膜を用いた被覆工具が提案されている。
しかしながら、例えば、特許文献1にて提案される従来被覆工具は、ホウ素化合物(TiB2)層を有するため、Ti合金との反応が抑制されるという点においてはすぐれているものの、耐チッピング性においては必ずしも十分とは言えないという問題を有している。
また、特許文献2にて示される従来被覆工具では、TiAlN皮膜等のTiN系皮膜に微粒ホウ素化合物を含有させることにより、皮膜の耐摩耗性の向上を図ることが提案されているが、溶着抑制の観点では十分とはいえず、また、Ti合金の加工時には、皮膜にさらなる高い密着性が要求される。
さらに、特許文献3にて示される従来被覆工具は、高速度鋼の高速切削加工用の表面被覆超硬合金製切削工具としては、すぐれた特性を有するものの、特許文献1と同じく、Ti合金等の難削材の切削においては、耐チッピング性においては十分とは言えず、工具寿命が短命である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者等は、工具基体表面に、少なくとも溶着性の高い被削材、例えば、Ti合金等の切削加工、特には、高速断続切削加工のような切削加工時の高熱発生によって被削材との溶着を生じやすく、しかも、切刃に対して高負荷、場合によっては、衝撃的・断続的な高負荷が作用する切削加工条件下にても、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性、耐溶着性、および耐チッピング性を備えた被覆工具を開発すべく、硬質被覆層の成分組成および層構造等に着目し研究を行った結果、以下のような知見を得た。
【0010】
すなわち、本発明者等は、まず、工具基体表面に設ける下部層については、Ti合金等の溶着性被切削材の溶着を回避するために、工具基体表面に、耐溶着性にすぐれたZrB2層からなる皮膜を被覆し、次いで、上部層については、耐摩耗性の観点を加味し、高硬度であり、耐摩耗性にすぐれた微粒のB4CからなるB4C層と、下部層に用いた耐溶着性にすぐれたZrB2層とを複数回繰り返し積層された積層構造の皮膜を被覆することにより、得られた硬質被覆層は、膜の破壊を伴うチッピングに対して、すぐれた耐性を有するものとなることを知見したのである。
【0011】
したがって、本発明に係る被覆工具は、TiおよびTi基耐熱合金に加え、Ni基耐熱合金、ステンレス鋼のような同じく溶着性が高く、高熱発生を伴い、切刃に対して衝撃的・断続的な高負荷が作用する材料を高速断続切削加工に供した場合であっても、すぐれた耐異常損傷性と耐摩耗性を発揮することができる。
【0012】
この発明は、上記の知見に基づいてなされたものであって、
「(1)WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して硬質被覆層を有する表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は前記工具基体の表面側より順に下部層および上部層の二層を有
してなり、その合計平均層厚は、1.0μm以上8.0μm以下であり、
(b)前記下部層は、ZrB2層からなり、その平均層厚x1は、
0.5μm以上4.0μm以下であり、
(c)前記上部層は、前記工具基体の表面側からB4C層とZrB2層とが交互に積層
されてなる二層以上の多層被覆層であり、
各B4C層および各ZrB2層の平均層厚は、それぞれ5nm以上50nm以下
であり、
前記上部層の合計平均層厚y1は、0.5μm以上4.0μm以下であることを
特徴とする表面被覆切削工具。」とするものである。
なお、本明細書中において、数値範囲を示す際に「~」、あるいは、「-」を用いる場合は、その数値範囲の下限および上限を含むことを意味する。
【0013】
本発明の被覆工具について、以下に詳述する。
【0014】
硬質被覆層;
本発明に係る硬質被覆層は、工具基体側より、ZrB2層からなる下部層と、それぞれ5nm以上50nm以下の厚みを有するB4C層およびZrB2層が交互に所望の積層周期にて2層以上積層されてなる多層被覆層である上部層とを有してなるものである。
そして、硬質被覆層の合計平均総膜厚は、1.0μm未満では、長期にわたり耐摩耗性や耐チッピング性が十分に発揮することができず、また、8.0μmを超えるとチッピングや欠損等の異常損傷が発生しやすくなるため、1.0~8.0μmと規定した。
本発明に係る硬質被覆層は、例えば、物理蒸着法の一種である、スパッタ法等を用い成膜することができる。
具体的な成膜装置としては、例えば、マグネトロンスパッタリング装置、あるいは高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(以下、HiPIMS)装置を用い成膜することができ、特にHiPIMS装置による成膜が好ましい。
前記硬質被覆層を構成する下部層(ZrB2層)や上部層(全層、全B4C層、全ZrB2層、各B4C層、および、各ZrB2層)の各層の平均層厚は、走査型電子顕微鏡(SEM)、または、透過型電子顕微鏡(TEM)を用い、例えば、工具基体に対する垂直断面にて、倍率5000倍にて観察視野内の5点の層厚の平均値として求めることができる。
【0015】
下部層;
本発明に係る下部層は、工具基体上に成膜され、ZrB2層からなり、耐摩耗性にすぐれた特性を有する。
しかしながら、平均層厚が、0.5μm未満の場合には、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、他方、4.0μmを超えた場合には、チッピングや欠損等の異常損傷を発生するおそれがある。
したがって十分な耐摩耗性を発揮し、耐チッピング、耐欠損性にすぐれた下部層を得るためには、その平均層厚を0.5μm以上4.0μm以下とする。
【0016】
上部層;
本発明に係る上部層は、前記下部層上において、それぞれ5nm以上50nm以下の厚みを有するB4C層およびZrB2層が、B4C層およびZrB2層の順にて少なくとも複数回繰り返して交互積層することにより、すぐれた耐チッピング性および耐摩耗性を発揮するものである。
上部層の各層の個々の層厚は、5nm未満では、積層構造が得られず、耐摩耗性が低下し、他方、50nmを超えると耐チッピング性が低下するため、5nm以上50nm以下と規定する。
また、上部層の全層厚は、0.5μm未満では、積層化による耐チッピング性の効果が得られず、また、4.0μmを超えると各層間の応力が緩和できず、所望の効果を発揮できないため、その平均層厚を0.5μm以上4.0μm以下とした。
【0017】
硬質被覆層の成膜方法;
本発明の硬質被覆層は、前述したとおり、HiPIMS装置を用いたHiPIMS法により成膜することが好ましい。
HiPIMS法は、スパッタリング法の低温成膜が可能な特徴を維持しつつ、短時間大電流をターゲットに流すことにより高密度プラズマを発生させ、イオン化率を向上させることにより、皮膜の硬さが高く、皮膜と基体との界面に高い密着性や付き回り性を実現できる成膜法である。
以下では、具体的にHiPIMS装置を用いて、工具基体に前記下部層および前記上部層を成膜し、所望の硬質被覆層を製造する方法について説明を行う。
【0018】
図2(a)、(b)に、本発明の硬質被覆層を成膜するための、HiPIMS装置の概略図を示す。
図2(a)、(b)に示すHiPIMS装置は、装置中央部に基体装着用の回転テーブルを設け、前記回転テーブルを挟んで、一方側にカソード電極(蒸着源)として所定の組成を有する硬質被覆層成膜用のZrB
2焼結体ターゲットを、他方側に同じくカソード電極(蒸着源)として所定の組成を有する硬質被覆層成膜用のB
4C焼結体ターゲットを配置し、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化硼素焼結体のいずれかで構成された工具基体(エンドミル)を前記回転テーブル上に基体自体の自転も可能となるよう配置し、工具基体に表面ボンバード処理を行なった後、次いで、工具基体の温度、導入されるArガスの圧力、成膜時のバイアス電圧値、投入電力量などを調整し、HiPIMS装置にて、まず、下部層として、ZrB
2層を成膜し、次いで、それぞれB
4C層とZrB
2層とが交互積層されてなる上部層を成膜することにより、本発明に係る所望の特性を有する硬質被覆層を備えた表面被覆切削工具を得ることができる。
【0019】
なお、この場合のHiPIMSによる成膜条件は、概ね以下のとおりである。
<HiPIMS成膜条件>
工具基体温度:450~550℃
バイアス電圧:50~100(-V)
Arガス圧力:0.4~0.6Pa
投入電力量 :1000~1500(W)
パルス周波数:800(Hz)
パルス印加時間:75~100(μs)
※ピーク電流:100(A)を超えないように電力量を調整
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る被覆工具は、前述のとおり、工具基体上に成膜される硬質被覆層を、工具基体側より、下部層および上部層の順にて積層してなり、前記下部層を耐摩耗性にすぐれるZrB2層とし、上部層は、工具基体側より、それぞれ5nm以上50nm以下の厚みを有する耐チッピング性にすぐれたB4C層と耐摩耗性にすぐれたZrB2層を、B4C層およびZrB2層の順にて複数回交互積層してなる積層構造の層とすることにより、十分な耐摩耗性を発揮し、耐チッピング性、耐欠損性を兼ね備えたすぐれた特性を有する表面被覆切削工具であって、特に、TiおよびNi基合金等の溶着性が高い難削材料加工用として、長期にわたり工具寿命の向上をもたらすものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明被覆切削工具の概略縦断面模式図の一例を示す。
【
図2】本発明被覆切削工具の硬質被覆層を形成するために用いるHiPIMS装置の概略図を示し、(a)概略平面図、(b)は、概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、具体的な説明としては、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットを工具基体とする被覆工具について説明するが、立方晶窒化硼素焼結体を工具基体として用いた場合であっても同様の効果が得られる。
【実施例】
【0023】
工具基体の作製;
原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有する、Co粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成にて配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の圧粉成形体に押出しプレス成形し、これらの圧粉成形体を5Paの真空中、7℃/分の昇温速度にて1370~1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、1時間保持後、炉冷にて焼結し、直径10mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに、前記丸棒焼結体から研削加工により、切刃部の直径×長さが2mm×6mm、全長45mm、シャンク径4mmの二枚刃ボール形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)A、Bをそれぞれ製造した。
【0024】
また、原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有する、TiCN(質量比にてTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成にて配合し、その後、前記WC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)A、Bと同様の製造工程にて、同形状のTiCN基サーメット製の工具基体(エンドミル)C、Dを製造した。
【0025】
【0026】
【0027】
成膜工程;
前記工具基体に対して、
図2に示すHiPIMS装置を用いて成膜を行ない、本発明の被覆工具を作製した。
(a)前記工具基体A、BおよびC、Dのそれぞれいずれか一種をアセトン液中に浸漬した状態で超音波洗浄槽にて脱脂洗浄し、乾燥後、
図2に示すHiPIMS装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って複数個装着し、前記回転テーブルを挟んで対向する位置の一方側に下部層のZrB
2層形成用および上部層のZrB
2層形成用として用いるHIPにて焼結したZrB
2ターゲット(カソード電極)を配置し、他方側に上部層のB
4C層形成用として用いるHIPにて焼結したB
4Cターゲット(カソード電極)を配置した。
(b)まず、下部層(ZrB
2層)の成膜に先立ち、HiPIMS装置内を排気し、10
-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターにて装置内を500℃に加熱した後、0.2~3.0PaのArガス雰囲気に設定し、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-400~-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、5~30分間ボンバードによる洗浄処理を行った。
(c)次いで、下部層(ZrB
2層)の成膜に際しては、装置内の雰囲気を表3に示す所定圧のArガス雰囲気に維持するとともに、前記回転テーブル上にて自転する工具基体の温度、回転テーブルの回転数、および、工具基体とZrB
2ターゲット(カソード電極)との間に印加される直流バイアス電圧を表3に示すものとし、ZrB
2ターゲット(カソード電極)に、表3に示す成膜条件にて、電力(W)を投入し、HiPIMS装置による成膜により、表5に示す目標平均組成および目標平均層厚を有する下部層を形成した。
(d)次いで、B
4C層とZrB
2層との交互積層からなる上部層の成膜に際しては、下部層の成膜に用いたZrB
2ターゲット(カソード電極)を引き続き上部層のZrB
2層成膜用のターゲットとし、新たにB
4Cターゲット(カソード電極)を上部層のB
4C層成膜用のターゲットとして、表3の上部層の成膜条件にて、電力(W)を投入し、HiPIMS法による成膜により、B
4C層およびZrB
2層のそれぞれについて、表5に示す目標平均組成および目標とする一層当たりの平均層厚、および、両層の積層回数、両層の全平均層厚を有する上部層が成膜され、本発明被覆工具としての表面被覆エンドミル(以下、「本発明被覆工具」という。)1~12を作製した。
なお、前記交互積層により得られるB
4C層およびZrB
2層の層厚、並びに、各層の層厚比は、テーブルの回転速度、ターゲットパルス時間および投入電力を調整することにより、適宜変更することができる。
【0028】
また、比較の目的にて、前記工具基体A、BおよびC、Dについて、表4に示す条件にて、下部層および上部層を成膜し、次いで、表6にて示される目標平均組成、および、目標平均層厚を有する比較例被覆工具としての表面被覆エンドミル(以下、「比較例被覆工具」という。)1~12を作製した。
【0029】
上記にて作製した本発明被覆工具1~12および比較例被覆工具1~12について、収束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)を用いて前記被覆工具の切れ刃部の軸方向縦断面を加工し、走査型電子顕微鏡(SEM)または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたエネルギー分散型X線分析法(EDS)、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)や電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analizer:EPMA)を用いて皮膜の断面の成分組成を分析した。下部層の層厚については、下部層厚を5箇所測定し、その平均値から平均組成および平均層厚を算出した。
また、上部層の層厚においても同様に、前記切れ刃部の軸方向縦断面において、上部層の交互積層により得られるB4C層およびZrB2層の各層について、成分組成および層厚をTEMまたはSEMにより5箇所測定し、B4C層の平均組成と一層当たりの平均層厚、および、ZrB2層の平均組成と一層当たりの平均層厚、さらには、積層回数nより、上部層全体の全平均層厚、硬質被覆層の合計平均層厚を算出した。
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
次に、本発明被覆工具1~12、比較例被覆工具1~12に係るエンドミルについて、
下記の切削条件により、Ti基合金の溝加工試験を行うことにより、切刃の逃げ面摩耗幅を測定することにより、工具寿命を評価した。
<切削条件A>
被削材 :Ti-6Al-4V合金
幅60mm×長さ250mm 厚さ50mm
切削速度: 85m/min
回転速度: 6770 min-1
切込み量: ap 2.5mm、 ae 0.3mm
送り速度(1刃当り):0.02mm/tooth
切削長: 50m
前記切削試験の結果を表7に示す。
【0035】
【0036】
表7に示される結果によれば、本発明被覆工具1~12では、溶着が抑制されたことにより、逃げ面摩耗幅が大幅に減少しており、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するものであることが明らかとなった。
他方、比較工具3、5、9、12では、溶着抑制効果は十分ではなくチッピングを生じ、比較工具1では、本発明工具に対して、逃げ面摩耗幅が大きく進行した。さらに、比較工具7、10においては、いずれも、欠損を生じ、使用寿命に至った。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明被覆工具は、溶着の発生を抑制することでTi基合金などの難削材の高能率高送り切削加工においてすぐれた切削性能を発揮することにより、使用寿命の延命化を可能とするものであり、他の被削材の切削加工、他の条件での切削加工で使用することも可能である。