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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】低温共焼成基板用組成物
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/14 20060101AFI20230802BHJP
   C03C 8/02 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
C04B35/14
C03C8/02
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2022547393
(86)(22)【出願日】2021-05-17
(86)【国際出願番号】 JP2021018539
(87)【国際公開番号】W WO2022054337
(87)【国際公開日】2022-03-17
【審査請求日】2022-08-19
(31)【優先権主張番号】P 2020153478
(32)【優先日】2020-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】391007851
【氏名又は名称】岡本硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100181009
【弁理士】
【氏名又は名称】中井 日出海
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 恵斗
(72)【発明者】
【氏名】武島 延仁
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-308646(JP,A)
【文献】特開平07-048171(JP,A)
【文献】特開平05-238813(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0016192(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/14
C04B 41/88
C03C 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焼成前の低温共焼成基板用組成物であって、
(A)83~91質量%のCaO-B-SiOを基本組成とするガラス粉末
(B)7.5~14質量%のSiO粉末
(C)1.5~3質量%のβ-ウォラストナイト(CaSiO)粉末
を含有し、
前記ガラス粉末(A)は、粒径D50が2.0~3.0μmであって、組成が40.0~45.0質量%のCaO、9.0~20.0質量%のB、及び40.0~46.0質量%のSiOを含有し、
前記SiO粉末(B)は、フィラーであって、次の(1)から(3)の組み合わせのいずれかからなり、
(1)粒径が10~100nmの粉末10~30質量%と粒径が400~3000nmの粉末70~90質量%
(2)粒径が100~400nmの粉末60質量%以上と粒径が400~3000nmの粉末40質量%未満
(3)粒径が10~100nmの粉末4~20質量%と粒径が100~400nmの粉末60~95質量%と粒径が400~3000nmの粉末0~36質量%
前記β-ウォラストナイト(CaSiO3)粉末(C)は、フィラーであって、その粒径D50が2.0~3.0μmであって、
共焼成前の該低温共焼成基板用組成物と有機バインダーからなるグリーンシートの表面に、電極となる銀ペーストを塗布して共焼成したときに、共焼成後の低温共焼成基板は、2.5GHzにおいて比誘電率kが6.0以下、かつQ値(1/tanδ:誘電正接の逆数)が500以上であって、かつ、波長420nmでの反射率R420と波長800nmでの反射率R800の比R420/R800(百分率)が85%以上であることを特徴とする低温共焼成基板用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として無線通信用小型集積モジュールに用いられる低温共(同時)焼成セラミック(LTCC)基板用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やスマートフォンを初めとするタブレット端末の普及が急速に進んだ。これら端末の中には多くの回路チップが組み込まれており、特にFront-End Modulesには低温共(同時)焼成セラミック(LTCC:Low Temperature Co-fired Ceramics)基板が広く使用されている。Front-Endとは、利用者に対する表示や操作の受付、他のシステムとの間の入出力など、外部と直接やり取りを行う要素のことを言い、Front-End Modulesとは携帯電話の通信規格の一つであるLTEやWi-Fi,Bluetooth,GPSなどの無線フロントエンド回路にて用いられる各種機能部品を一体化した超小型集積モジュールを言う。LTCC基板は、電子材料に使われるセラミックスの一種であって、セラミック担体構造と導電性抵抗、誘電体材料を1000℃未満の窯で同時に焼成することからこのように呼ばれている。1つの層にコンデンサや抵抗器などを組み込んだものを複数組み合わせることにより電子回路基板として使用される。
【0003】
近年になって、ミリ波と呼ばれる30~300GHzの領域で、高速無線、車体衝突回避レーダー、危険物検知器等のデバイス開発が盛んに行われており、このような高周波通信系に使用されるLTCC基板の需要も高まっている。ミリ波は直進性が極めて高く、情報伝達量も多いことで知られているが、この特性を活かすLTCC基板の材料特性としては、回路の信号減衰が小さいことや、信号の高速伝搬が可能であることが求められている。こういった背景から、LTCC基板に使用される基板材料に求められる要求特性も高くなってきているのである。
【0004】
ここで、高周波領域の信号減衰は、導体損失と誘電損失の和からなるが、1GHzを超える領域では、LTCC基板材料の誘電損失による信号減衰が支配的となる。一般に誘電体の誘電損失は誘電正接tanδで表されるが、誘電正接ではなくQ値(=1/tanδ)で要求される場合も多い。また、信号の伝搬速度Vは、材料の誘電率をkとしたとき、V∝k-1/2の関係があることが知られている。従って、ミリ波通信の特徴を最大限に活かす(信号の高速伝達を実現する)ためには高Q値(High Q)かつ低誘電率(Low k)である材料が必要となる。
【0005】
ミリ波を初めとする高周波数領域では、LTCC基板としてのガラス材料の誘電損失機構として、ガラスを構成する網目構造が電界により変形し、双極子配向が発生することによる変形損失(Deformation Loss)と、物質を構成する格子が、印加する周波数と共鳴することで発生する振動損失(Vibraion Loss)によるものが大きな割合を占める。これらの損失は、一般に周波数に比例して大きくなる。変形及び振動損失は、構造が強固で変形や振動が起きにくい結晶のほうが非晶質であるガラスより小さいことが知られている。この2つの損失を限りなく小さくするためには、硼珪酸ガラスを初めとするHigh Qガラス組成に高純度のフィラーを添加する手法と、High Qを有する結晶材料を結晶化ガラス法により合成する手法が挙げられる。
【0006】
前者の手法は、例えば引用文献1に開示されている。そこでは、所定のモル比でLiO、NaO、KOを含有する低比誘電率で低誘電損失のアルカリ硼珪酸ガラス粉末が開示され、またそのガラス粉末と20~50質量%のセラミックフィラー粉末からなるガラスセラミック誘電体材料及びこれを焼結させてなる焼結体が開示されている。そして、焼結時における軟化流動性が良く、緻密な焼結体が得られやすいことから、前記アルカリ硼珪酸ガラスは、焼結しても結晶が析出しない非晶質のガラスであることが望ましいとしている。
【0007】
後者の手法は、引用文献2に開示されていると思われる。引用文献2の中に、約18から32重量%のB、約42から47重量%のCaO、および約28から40重量%のSiOの組成を有するCaO-B-SiO系からの結晶化ガラスと、少なくとも約60重量%のSiO2、約10から35重量%のB23、および約6重量%までのアルカリ金属酸化物の組成を有する非結晶ガラスとを含む、非結晶ガラス/ガラスセラミックを提供する、との記載がある。
【0008】
引用文献3には、シリカ粉末と多成分系の硼珪酸ガラス成分を含む固体部を焼結前に含む焼結誘電体材料が開示され、珪灰石やホウ酸カルシウムなどを含む群から選択される1つの結晶性化合物をさらに含む焼結誘電体材料が開示されている。
【0009】
これら引用文献に開示された発明の目的とするところは、いずれも1100℃あるいは1000℃以下という低温で焼成が可能で、1GHz以上の高周波領域で低い比誘電率kと高いQ値(低い誘電正接tanδ)を有する共焼成用組成物を提供しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
特許文献1:特開2004-26929号公報
特許文献2:特開平5-238813号公報
特許文献3:特開2019-108263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
LTCC基板用組成物としては、背景技術で述べてきたように、低い比誘電率kと高いQ値を有するものが探索されてきた。しかし、LTCC基板のもう一つの重要特性として、低温共焼成時に電極材料である銀(Ag)との反応性のないこと、銀がマイグレーションしないこと、及びLTCC基板に反りが発生しないことが挙げられる。
【0012】
引用文献3には、シリカ粉末を添加することなく、ガラス成分のみを焼成した場合、高いQ値及び低いk値を有したが、銀の移動が大きく、LTCC用途において銀導電体と共焼成すると問題を生じ得ると考えられるとし、ガラス成分へのシリカ粉末の添加は、焼成の間、誘電体材料の収縮を調整する能力や誘電体材料中の銀の移動を制御する能力も可能となり得ると記載しているが、その構成や効果については明らかにされていない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記従来の課題を解決するために、本発明は、共焼成前の低温共焼成基板用組成物であって、
(A)83~91質量%のCaO-B-SiOを基本組成とするガラス粉末
(B)7.5~14質量%のSiO粉末
(C)1.5~3質量%のβ-ウォラストナイト(CaSiO)粉末
を含有し、
前記ガラス粉末(A)は、粒径D50が2.0~3.0μmであって、組成が40.0~45.0質量%のCaO、9.0~20.0質量%のB、40.0~46.0質量%のSiOからなり、
前記SiO粉末(B)は、フィラーであって、次の(1)から(3)の組み合わせのいずれかからなり、
(1)粒径D50が10~100nmの粉末10~30質量%と粒径D50が400~3000nmの粉末70~90質量%
(2)粒径D50が100~400nmの粉末60質量%以上と粒径D50が400~3000nmの粉末40質量%未満
(3)粒径D50が10~100nmの粉末4~20質量%と粒径D50が100~400nmの粉末60~95質量%と粒径D50が400~3000nmの粉末0~36質量%
前記β-ウォラストナイト(CaSiO3)粉末(C)は、フィラーであって、その粒径D50が2.0~3.0μmであって、
共焼成前の該低温共焼成基板用組成物と有機バインダーからなるグリーンシートの表面に、電極となる銀ペーストを塗布して共焼成したときに、共焼成後の低温共焼成基板は、2.5GHzにおいて比誘電率kが6.0以下、かつQ値(1/tanδ:誘電正接の逆数)が500以上であって、かつ、波長420nmでの反射率R420と波長800nmでの反射率R800の比R420/R800(百分率)が85%以上であることを特徴とする低温共焼成基板用組成物を提供する。
【0014】
本発明の、共焼成前の低温共焼成基板用組成物は、必須成分として (A)83~91質量%のCaO-B-SiOを基本組成とするガラス粉末、(B)7.5~14質量%のSiO粉末、及び(C)1.5~3質量%のβーウォラストナイト(CaSiO)粉末を含有するが、その他の成分として3質量%未満のZrO等の化学的安定性の高い酸化物を含んでいてもよい。
【0015】
本発明において、ガラス粉末の濃度は83~91質量%である必要がある。91質量%を超えると比誘電率kが6.0を超えて大きくなる。一方、83質量%未満の場合は、SiO粉末の添加量が多くなり、共焼成による焼結性が悪化し、結果として誘電正接tanδが大きくなってQ値が500を下回ってしまう。
【0016】
ガラス粉末(A)の組成は、40.0~45.0質量%のCaO、9.0~20.0質量%のB、40.0~46.0質量%のSiOを含有するが、2質量%未満のAl、ZrO、MgO等の化学的安定性の高い酸化物を含んでいてもよい。ガラス粉末の粒径D50は2.0~3.0μmである。セラミックチップ部品の小型化に伴い、LTCC基板のシート膜厚も50μm以下へ薄膜化しており、共焼成される導電ペーストの膜厚も10μm以下が主流となっているが、ガラス粉末の粒径D50が2.0~3.0μmより大きいと、共焼成後のLTCC基板の粗さが増大し、共焼成する電極に悪影響を与える。一方、ガラス粉末の粒径D50が2.0~3.0μmより小さいと、比表面積が増大し、均一に分散させるためには、有機バインダーの量を増大させる必要があり、積層構造において脱脂不全による不具合が増大するという問題が発生する。
【0017】
ガラス粉末の組成を、上記した範囲に選択した根拠を、表1を用いて説明する。ガラス組成記号の欄に記号でイ、ロ、ハ及びニと記載したものは、本件発明の特許請求の範囲内にあるガラス組成を有するものであって、低比誘電率kと低誘電正接(高Q)を示し、かつ結晶化温度Tcが高すぎず、ガラス転移点Tgとある程度の温度差があって作業性もよい。これに対して、ガラスコード番号が、OG302及びOG303では、SiO濃度が40.0質量%より低く、B濃度が20.0質量%より高いものであって、誘電正接(tanδ)が本発明の目標とする値である0.002以下(Q値が500以上)という条件を満たしていない。ガラスコード番号OG305は、CaO濃度が40質量%を若干下回るものであるが、tanδが許容限界に近いことに加え、結晶化温度Tcがやや高くなる(890℃)という問題が生ずる。逆に、SiO濃度が40質量%より低く、CaO濃度が45質量%より高いOG307では、tanδや結晶化温度は問題ないが、焼成時に表面にガラス層を形成し、焼成セッター(焼成に使用される棚板・敷板状のセラミック耐火物)への融着を発生させる等の製造上の問題が発生する。B濃度が9.0質量%より低いOG310、OG311、OG315及びOG320では、結晶化度が高くなり結晶化に伴う収縮が大きく、残存ガラス相が少なくなることと相まって、銀電極の収縮挙動との乖離が大きくなり、LTCC基板に大きな反りが発生してしまう。CaO濃度が40質量%より低いOG322では、比誘電率が4.5と小さい値であるが、β―ウォラストナイトが析出しているにもかかわらず比誘電率が低くなるのは焼結性が良くない(空孔が多数存在している)ためである。この点は電子顕微鏡写真でも確認されている。SiO濃度が46.0質量%より多く、B濃度が9.0質量%より少ないOG315及びOG320では、残存ガラス相が少なくなって、結晶化に伴う収縮が大きくなり、反りが発生してしまう。また、SiO濃度が46.0質量%より多く、CaO濃度が40.0質量%より少ない場合には、得られるガラスは失透してしまうため、表1には掲載していない。
【0018】
【表1】
【0019】
本発明においては、フィラーであるβ-ウォラストナイト粉末を結晶化剤として用い、前段落で選択したイ、ロ、ハまたはニの組成からなるCaO-B-SiO系ガラスからβ-ウォラストナイト結晶を主結晶相として析出させる。なお、一部CaB結晶が副結晶相として析出することもある。α-ウォラストナイトよりβ-ウォラストナイトが好ましい理由は比誘電率k値が低いことによる。β-ウォラストナイト粉末が結晶核として働くために添加するβ-ウォラストナイト粉末の量としては1.5~3.0質量%もあれば十分である。これより少ないと結晶化効果が小さくなり、これより多くても効果は変わらない。また、β-ウォラストナイト粉末の粒径D50はガラス粉末Aの粒径D50と同程度の2.0~3.0μmであるのが適当である。
【0020】
本発明においては、フィラーであるSiO粉末は、比誘電率kを低下させるために用いる。さらに、一部のSiO粉末は結晶析出後に残存するBリッチなガラス相に取り込まれ、また一部のSiO粉末はBリッチな残存ガラス相を取り囲むことにより、銀電極との相互作用を抑え、銀のマイグレーションによる電極の劣化を抑えることができる。そして、このようなSiO粉末の機能を発揮させるため、粒径範囲の異なる2種以上のナノメーターサイズのSiO粉末を用いることが必須であることが見いだされたのである。
【0021】
添加するSiO粉末の量としては、7.5~14質量%である必要がある。7.5質量%を下回ると比誘電率kが6.0を上回るようになり、また以下で説明する銀電極の黄変が顕著になりR420/R800が85%未満となる。一方、14質量%を超えると、共焼成における焼結性の悪化をきたし、tanδが増大してしまう(Q値が500を下回る)。
【0022】
SiO粉末の粒径は、一実施態様においては、粒径D50が10~100nmの粉末10~30質量%と粒径D50が400~3000nmの粉末70~90質量%からなるものが好適であり、他の実施態様においては、粒径D50が100~400nmの粉末60質量%以上と粒径D50が400~3000nmの粉末40質量%未満からなるものが好適であり、さらに他の実施態様においては、粒径D50が10~100nmの粉末4~20質量%と粒径D50が100~400nmの粉末60~95質量%と粒径D50が400~3000nmの粉末0~36質量%からなるものが好適である。これらの範囲外にある場合は、低k値と高Q値を維持しながら、銀電極との相互作用を抑え、銀のマイグレーションによる電極の劣化を抑えることが困難になる。
【0023】
銀電極と残存ガラス相との相互作用や、残存ガラス相への銀のマイグレーションは、共焼成後のLTCC基板の反射率を測定することで評価することができる。これは残存ガラス相に移動した銀原子はコロイド粒子になっており、銀コロイドに特有の選択吸収が波長420nm付近で発生し、黄変として観察されるからである。従って、銀コロイド粒子の影響のない波長800nmでの反射率R800と銀コロイド粒子による吸収で反射率が低下した420nmでの反射率R420の比R420/R800を測定することにより、黄変の程度から、銀原子の残存ガラス相への移動量を相対評価することができる。
【0024】
本発明の構成とすることにより、共焼成前の該低温共焼成基板用組成物と有機バインダーからなるグリーンシートの表面に、電極となる銀ペーストを塗布して共焼成したときに、共焼成後のLTCC基板は、2.5GHzにおいて比誘電率kが6.0以下、かつQ値(1/tanδ:誘電正接の逆数)が500以上であって、かつ、波長420nmでの反射率R420と波長800nmでの反射率R800の比R420/R800(百分率)が85%以上とすることが可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の低温共焼成基板用組成物によれば、β-ウォラストナイト粉末が、CaO-B-SiO系ガラス中へのβ-ウォラストナイト結晶の析出を促進し、結晶析出後のBリッチな残存ガラス相に、SiO粉末が取り込まれ、さらには残存ガラス相の周りをSiO粉末が取り囲む構造となるので、Bリッチな残存ガラス相と銀電極との相互作用やBリッチな残存ガラス相への銀のマイグレーションを抑えることができる。結果として、低いk値と高いQ値を維持しながら、銀電極の黄変のない(銀電極の劣化のない)LTCC基板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の低温共焼成基板用組成物を焼成するときの温度プロファイルを示したものである。
図2】R420/R800を測定する検体と測定位置を示す概略図である。
図3】本発明の実施例12と比較例19のR420/R800を求めた反射率プロファイルを示したものである。
図4】本発明の低温共焼成基板用組成物の焼成後のX線回折プロファイルの一例(実施例12)である。
図5】共焼成後の表面状態(β-ウォラストナイト粉末添加の効果と2種類以上のナノSiO粉末の添加の効果)を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(ガラス組成のスクリーニング)
本発明の実施に先立ち、本発明に用いるのに好適なガラス組成を決定するためのガラス組成スクリーニングを行った。まず、ガラス粉末から(SiO粉末及びβ-ウォラストナイトを加えることなく)下記に示したのと同じ方法でグリーンシートを作製し、図1に示した温度プロファイルで焼成することにより焼成後の基板を得た。焼成後の基板の比誘電率k、及びtanδ(Q値)測定した。その結果が表1にまとめられている。そして、段落[0017] に記載した理由から、ガラス粉末Aとしてガラス組成記号イ、ロ、ハ及びニを選択した。
【実施例
【0028】
(ガラス粉末Aの作成)
原料として、SiO、CaCO、BまたはHBO、Al(OH)またはAl、ZrO、MgCOを表1中のイ、ロ、ハまたはニに示す酸化物比率(質量%)となるように混合した原料バッチを白金坩堝に充填し、電気炉内で1450℃~1500℃、60~180分の条件で溶融した後、溶融物を水中に流し出して冷却/乾燥することで、それぞれ表1中のイ、ロ、ハまたはニに示す組成のガラスを得た。得られたガラスを目開き4mmの篩を用いて分級した。上記篩を通過したガラスを、粒径D50が2.0~3.0μmとなるように粉砕条件を調整した媒体撹拌型分級機内蔵超微粉粉砕機によって粉砕および分級を行い、それぞれ表3中に記載した粒径D50を有するガラス粉末Aを得た。粒径D50は、粒度分布測定機を用いて、レーザー回折法(株式会社堀場製作所製/LA-950V2)により測定した。測定結果を表3に示した。
【0029】
(SiO粉末Bの準備)
SiO粉末Bについて、10~100nmの粉末として、日本アエロジル株式会社製のAEROSIL(登録商標)R805を、100~400nmの粉末として、株式会社アドマテックス製のSO-C1を、400~3000nmの粉末として、株式会社アドマテックス製のSO-C2または株式会社龍森製のFuselex/Xを用いた。それぞれの粒径のSiO粉末の配合割合を表3に示した。
【0030】
(β―ウォラストナイト粉末Cの準備)
市販のβ-ウォラストナイト結晶粉末を、粒径D50が2.0~3.0μmとなるように粉砕時間を調整しながら、乾式ボールミルで粉砕し、目開き100μmの篩を用いて分級して、粒径D50が2.4μmのβ-ウォラストナイト粉末を得た。
【0031】
(低温共焼成基板用グリーンシートの作成)
表3に示す比率(質量%)となるように組成物原料A、B、Cをそれぞれ秤量し、表2に示す構成(質量%)の有機バインダーと共にアルミナボールを備えた樹脂製ポット中で16~24時間混合し、グリーンシート前駆体スラリーを得た。前記スラリー中の有機バインダー量は、46~49質量%とした。得られたスラリーをロータリーポンプで減圧脱泡し、コンマダイレクト法によって、ギャップ約0.35mmとして製膜を行い、60℃、95℃、100℃にそれぞれ設定した乾燥ゾーンを各3分間通過させて、約0.12mm厚のグリーンシートを得た。
【0032】
【表2】
【0033】
(比誘電率の測定)
得られたグリーンシートを、日機装株式会社製温水ラミネータ/WL28-45-200を用いて、水温70℃、圧力20.7MPaの条件で10分間静水圧をかけて40層積層し、図1に示す温度プログラムに沿って焼成して低温焼成基板を得た。ここで、450℃までの昇温速度は1℃/minで、450℃で2hrsキープすることにより脱バインダー処理を行った。その後、850℃まで2hrsで昇温し、850℃で15minキープすることにより結晶化処理を行った。なお、焼成には株式会社モトヤマ製のマッフル炉を使用し、約100L/minのエアを導入して焼成を行った。得られた低温焼成基板を約3×4×30mmの形状となるように加工し、摂動方式空洞共振器法により、比誘電率kおよび誘電正接(tanδ)を測定した。Q値はQ=1/tanδとして算出した。尚、誘電特性の測定は、キーコム製比誘電率/誘電正接測定システム(TMR-2A)を用いた。測定結果を表3に示した。
【0034】
(R420/R800の測定)
得られたグリーンシートを22×22mmに切断し、シート中央にスクリーン印刷により直径8mmの銀ペーストを塗布した。塗布した銀ペーストが重なるようにグリーンシートを5層積層させ、これを共焼成し、測定検体を得た(図2)。得られた検体の銀電極上を日本分光株式会社製分光光度計/V-750により200~800nmの範囲の反射率測定を行い、その420nmおよび800nmの反射率の値から、R420/R800を算出した(図3)。算出結果を表3に示した。図3からわかるように、実施例12では、420nmでの反射率の低下は観察されずR420/R800は88.6%であるのに対して、比較例19では、420nmで銀コロイドに起因する反射率の低下が観察され、R420/R800は75.2%まで低下していることがわかった。なお、塗布する銀ペーストとして、株式会社ノリタケカンパニーリミテド製の銀ペーストを用いた。
【0035】
(析出結晶相の同定)
焼成した低温焼成基板を、アルミナ磁性乳鉢で粉砕し、マルバーンパナリティカル製X線回折装置/X‘Pert PROを用いて15~35度の範囲で測定を行い、ピーク位置から結晶相の同定を行った。同定結果の一例(実施例12)を図4に示す。同定結果からは、主結晶相としてβ-ウォラストナイトが、副結晶相としてCaB相が検出された。
【0036】
以上実施例の測定結果のまとめを表3に示す。3種類のナノメーターサイズのSiO粉末のうち、少なくとも2種以上を特許請求の範囲に記載の割合で添加した場合には、低k値と高Q値を維持しつつ、Bリッチな残存ガラス相と銀電極との相互作用やBリッチな残存ガラス相への銀のマイグレーションを抑えることができる(R420/R800が、85.0%以上が達成される)ことがわかった。
【0037】
【表3】
【0038】
(比較例)
比較例を表4に示す。比較例1、6及び18については、ガラス粉末A、SiO粉末B及びβ-ウォラストナイト粉末Cの濃度が特許請求の範囲を外れたものであり、それ以外は、SiO粉末Bの粒径範囲とその粒径範囲のSiO粉末の含有量が特許請求の範囲を外れたものである。比較例9と比較例18はQ値が目標値である500に達していない。それ以外の比較例すべてにおいては、R420/R800が85%未満となっており、顕著な黄変が発生している。
【0039】
実施例及び比較例の結果から、粒径が細かいSiO粉末は比表面積が大きく、残存するBリッチなガラス相を多く引き付け、結果として銀のBリッチなガラス相へのマイグレーションを抑制しR420/R800が大きくなるものの、細かいSiO粉末が多くなりすぎると焼結後の構造が疎となり、tanδが増大してしまう(比較例9)。逆に粒径が粗いSiO粉末は焼結後の構造が比較的密となり、tanδを低く留めることができるものの、粗いSiO粉末が多くなると銀のBリッチなガラス相へのマイグレーション抑制効果が乏しくR420/R800が小さくなってしまう(比較例7及び14)。結果として、3種類のナノメーターサイズのSiO粉末のうち、少なくとも2種以上を特許請求の範囲に記載の割合で添加した場合のみ、比誘電率は6.0以下、tanδは0.002以下(Q値が500以上)を維持しつつ、Bリッチな残存ガラス相と銀電極との相互作用やBリッチな残存ガラス相への銀のマイグレーションを抑えることができた。
【0040】
【表4】
【0041】
最後に、共焼成後のLTCC基板の表面状態を電子顕微鏡写真で観察した結果をもとに、本発明の効果を確認した(図5)。ガラス粉末のみを含有し、SiO粉末もβ-ウォラストナイト粉末も含まないもの(比較例1)を共焼成した場合、表面にはBリッチなガラス相の浮きが粒状に密に存在することがわかる。このような場合、Bリッチなガラス相への銀のマイグレーションが顕著になりR420/R800が低下するばかりでなく、電極の断線やショートが発生してしまう。次に、比較例1にβ-ウォラストナイト粉末を添加したものでは、Bリッチなガラスの浮きは小さくなるものの完全にはなくならない。次に、β-ウォラストナイトに加えて、粒径の異なる2種以上のナノメーターサイズのSiO2粉末を添加した場合(実施例14)、Bリッチなガラス相の浮きは完全に消失し、緻密で平滑な表面になっていることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5