(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】同期引込周波数帯域演算装置、同期引込周波数帯域演算方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
H03L 7/24 20060101AFI20230802BHJP
【FI】
H03L7/24
(21)【出願番号】P 2019050276
(22)【出願日】2019-03-18
【審査請求日】2022-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 久陽
(72)【発明者】
【氏名】高橋 野以
(72)【発明者】
【氏名】牛込 隼
(72)【発明者】
【氏名】中川 正基
(72)【発明者】
【氏名】慶田 朗
【審査官】及川 尚人
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-146534(JP,A)
【文献】特開2010-147599(JP,A)
【文献】特開2009-117894(JP,A)
【文献】特開平08-161434(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03L 1/00-9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域を演算する同期引込周波数帯域演算装置において、
前記発振器の出力を得る入力部と、
前記入力部に入力した発振器出力に基づいて、前記発振器の同期引込周波数帯域を演算する演算部と、
前記演算部が演算した同期引込周波数帯域を出力する出力部とを備え、
前記演算部は、前記発振器の発振信号の
同期引込周波数帯域が所定の精度となる入力強度限界としてのリミットサイクルを、発振器の時間発展方程式を近似したWinfreeモデルの式をPoincare-Lindstedt法を用いて解くことで得、得られたリミットサイクルと、入力無しのリミットサイクルの距離である乖離度を算出すると共に、算出した乖離度の平均二乗誤差を求め、求めた乖離度の平均二乗誤差
が急激に増加する箇所が存在しない領域である乖離度の線形領域
を入力強度限界
として取得する演算を行い
、
前記演算部で取得した線形領域の入力強度限界を、前記発振器の同期引込周波数帯域の最小および最大とする
同期引込周波数帯域演算装置。
【請求項2】
前記発振器は、リングオシレータである
前記出力部は、前記リングオシレータの同期引込周波数帯域を出力する
請求項1に記載の同期引込周波数帯域演算装置。
【請求項3】
前記発振器は、生体の神経細胞であり、
前記出力部は、前記神経細胞の同期引込周波数帯域を出力する
請求項1に記載の同期引込周波数帯域演算装置。
【請求項4】
発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域を演算する同期引込周波数帯域演算方法において、
前記発振器の発振信号の
同期引込周波数帯域が所定の精度となる入力強度限界としてのリミットサイクルを、発振器の時間発展方程式を近似したWinfreeモデルの式をPoincare-Lindstedt法による数学的理論を用いて解くことで得、得られたリミットサイクルと、入力無しのリミットサイクルの距離である乖離度を算出する乖離度算出処理と、
前記乖離度算出処理で算出した乖離度の平均二乗誤差を求める平均二乗誤差算出処理と、
前記平均二乗誤差算出処理で得た乖離度の平均二乗誤差
が急激に増加する箇所が存在しない領域である乖離度の線形領域
を入力強度限界
として取得する入力強度限界取得処理と、を含み
前記入力強度限界取得処理で得た線形領域の入力強度限界を、前記発振器の同期引込周波数帯域の最小および最大とする
同期引込周波数帯域演算方法。
【請求項5】
発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域を演算するプログラムであり、
前記発振器の発振信号の
同期引込周波数帯域が所定の精度となる入力強度限界としてのリミットサイクルを、発振器の時間発展方程式を近似したWinfreeモデルの式をPoincare-Lindstedt法による数学的理論を用いて解くことで得、得られたリミットサイクルと、入力無しのリミットサイクルの距離である乖離度を算出する乖離度算出手順と、
前記乖離度算出手順で算出した乖離度の平均二乗誤差を求める平均二乗誤差算出手順と、
前記平均二乗誤差算出手順で得た乖離度の平均二乗誤差
が急激に増加する箇所が存在しない領域である乖離度の線形領域
を入力強度限界
として取得する入力強度限界取得手順と、をコンピュータに実行させる
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発振器などの注入同期性能を把握する同期引込周波数帯域演算装置、同期引込周波数帯域演算方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
発振器が取り付けられた集積回路などの電子回路においては、回路に取り付けられた発振器の注入同期性能の精確な把握が非常に難しいという問題があった。
注入同期とは、自励発振系に外部信号を強制注入すると、発振系が外部信号に同期する普遍的な物理現象である。これを利用する技術は真空管時代に端を発し、現在のミリ波等の高周波数帯での利用、省電力設計、回路の微細化の要請から、さらに進展している。例えば、無線通信信号の低位相雑音化や無線電力伝送の安定化のための要素技術として研究が進められている。
【0003】
注入同期を応用する上では、発振器の同期性能を精確に評価することが基本的な課題である。同期性能は、注入同期が成立する外部信号の周波数帯域(同期引込周波数帯域)で評価される。
同期引込周波数帯域を得る手法については古くから膨大な研究がある。代表的な従来手法としては、以下の3つの手法(A),(B),(C)がある。
【0004】
(A)位相方程式
位相方程式は古くから知られるアドラーの方程式の一般化であり、位相感受関数と呼ばれる発振器の内部特性から同期引周波数帯域を得ることを可能とする。位相感受関数は、振動子に微小な注入インパルスが与えられた時に発生する僅かな位相のシフト量として、実験的にあるいは数値計算で得ることができる。位相方程式は、発振器の位相感受関数Zを用いて、以下の式で与えられる。
【0005】
【0006】
[数1]式において、Δωは発振器の自然角周波数ωと外部信号の角周波数Ωからの離調(Δω≡ω-Ω)、fは外部信号である。
ここで、同期引込周波数帯域は[数1]式の右辺のφZ(Ωt+ψ)・f(Ωt)dtを計算することで得ることができる。
【0007】
一方で、この[数1]式で示す位相方程式は、次の[数2]式に示すより精確な位相の時間発展式(以下、「Winfree」モデルと呼ぶ)を近似して得られたものであり、[数2]式に示す同期引込周波数帯域と比較して精度が低いという問題点がある。
【0008】
【0009】
(B)直接シミュレーション
この手法は、発振器の時間発展式を数値的に直接解き、同期引込周波数帯域を求めるものである。
この直接シミュレーションの問題点は、計算コストが非常に高いことである。例えば、小規模の電子回路を計算する場合でも、ワークステーションを使用して数時間の計算時間が必要である。さらに、心臓の1拍をシミュレートする場合、地球シミュレータと称されるスーパーコンピュータを使って、数時間の計算が必要である。また、直接シミュレーションの場合、得られるデータ点そのものは信用できるが、それぞれのデータ点をつないで得られる同期引込周波数帯域の品質保証はない。さらに、同期系を記述する方程式がなければ、直接シミュレーションの手法を適用することは不可能である。
【0010】
(C)Pikovskyの方法
Pikovskyの方法は、[数3]式の位相の時間発展式を用いて、同期引込周波数帯域を得るものである。
【0011】
【0012】
[数3]式における結合関数Qは、[数3]式のZ・fに相当する。
Pikovskyの方法は、この結合関数を同期の「時系列データ」より推定・補間するものである。したがって、その精度の保証は数値的な推定・補間のコストに依存し、時系列データの選定と、その精度に依存する。このため、Pikovskyの方法は、同期引込周波数帯域の算出結果の精度を保証することはできない。
なお、特許文献1には、発振器を有する注入同期系に注入する入力信号の最適波形を演算する手法についての一例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、従来の手法では、いずれも問題があった。すなわち、位相方程式によって同期引込周波数帯域を得る手法(A)では、精度が低いまたは保証されないという問題があった。また、直接シミュレーションによって同期引込周波数帯域を得る手法(B)では、計算コストが高く、かつ発振器を記述する式が得られていないと適用不可能であるという問題があった。さらに、Pikovskyの方法によって同期引込周波数帯域を得る手法(C)では、精度の保証が不可能であった。
【0015】
本発明は、少ない計算コストで精度の高い同期引込周波数帯域を得ることができる同期引込周波数帯域演算装置、同期引込周波数帯域演算方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
また本発明の同期引込周波数帯域演算装置は、発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域を演算する同期引込周波数帯域演算装置において、発振器の出力を得る入力部と、入力部に入力した発振器出力に基づいて、発振器の同期引込周波数帯域を演算する演算部と、演算部が演算した同期引込周波数帯域を出力する出力部とを備える。
演算部は、発振器の発振信号の同期引込周波数帯域が所定の精度となる入力強度限界としてのリミットサイクルを、発振器の時間発展方程式を近似したWinfreeモデルの式をPoincare-Lindstedt法による数学的理論を用いて解くことで得、得られたリミットサイクルと、入力無しのリミットサイクルの距離である乖離度を算出すると共に、算出した各入力強度における乖離度から平均二乗誤差を求め、求めた乖離度の平均二乗誤差が急激に増加する箇所が存在しない領域である乖離度の線形領域を入力強度限界として取得する演算を行う。そして、演算部で取得した線形領域の入力強度限界を、発振器の同期引込周波数帯域が精確に得られる入力強度限界とする。
【0017】
また、本発明の同期引込周波数帯域演算方法は、発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域を演算する同期引込周波数帯域演算方法において、発振器の発振信号の同期引込周波数帯域が所定の精度となる入力強度限界としてのリミットサイクルを、発振器の時間発展方程式を近似したWinfreeモデルの式をPoincare-Lindstedt法による数学的理論を用いて解くことで得、得られたリミットサイクルと、入力無しのリミットサイクルの距離である乖離度を算出する乖離度算出処理と、乖離度算出処理で算出した各入力強度における乖離度から平均二乗誤差を求める平均二乗誤差算出処理と、平均二乗誤差算出処理で得た乖離度の平均二乗誤差が急激に増加する箇所が存在しない領域である乖離度の線形領域を入力強度限界としてを取得する入力強度限界取得処理と、を含む。
【0018】
さらに、本発明のプログラムは、上記同期引込周波数帯域演算方法の各処理を実行する手順をコンピュータに実行させるプログラムである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、従来よりも非常に少ない計算コストで、非常に精度の高い同期引込周波数帯域を得ることができる。すなわち、位相方程式により同期引込周波数帯域を得る場合よりも高い精度で同期引込周波数帯域の算出ができると共に、直接シミュレーション法よりも大幅に少ない計算で同期引込周波数帯域の算出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の第1の実施の形態例による同期引込周波数帯域演算装置の例を示す構成図である。
【
図2】本発明の第1の実施の形態例によるロックレンジ取得処理の流れを示すフローチャートである。
【
図3】本発明の第1の実施の形態例による入力強度限界算出処理の流れを示すフローチャートである。
【
図4】本発明の第1の実施の形態例による入力強度とロックレンジの乖離度の例を示す特性図である。
【
図5】本発明の第1の実施の形態例による入力強度と平均二乗誤差の例を示す特性図である。
【
図6】本発明の第1の実施の形態例によるロックレンジおよびリミットサイクルの算出処理の流れを示すフローチャートである。
【
図7】本発明の第1の実施の形態例によるロックレンジ乖離度の算出処理の例を示すフローチャートである。
【
図8】本発明の第1の実施の形態例による平均二乗誤差の算出処理の例を示すフローチャートである。
【
図9】本発明の第1の実施の形態例によるPL法でのロックレンジ算出処理の例を示すフローチャートである。
【
図10】本発明の第1の実施の形態例を適用した回路構成例を示す回路図である。
【
図11】本発明の第1の実施の形態例による同期引込周波数帯域演算精度と、従来手法(位相方程式)とを比較した特性図である。
【
図12】本発明の第2の実施の形態例の適用例であるHodgkin-Huxleyモデルの例を示す図である。
【
図13】本発明の第2の実施の形態例によるHodgkin-Huxleyモデルのさらに具体的な例を示す図である。
【
図14】本発明の第2の実施の形態例による同期引込周波数帯域演算精度と、従来手法(位相方程式)とを比較した特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<本発明の原理>
以下、本発明の実施の形態例を順に説明する。
最初に、本発明の具体的な実施の形態例を説明する前に、本発明の原理について説明する。
先に説明したように、従来から知られている位相方程式による手法(A)は、Winfreモデル([数2]式)を近似して解き、同期引込周波数帯域を得るものである。したがって、位相方程式による手法よりも、Winfreeモデルを直接解く方がより精確な同期引込周波数帯域が得られる。ここで本発明では、Poincare-Lindstedt法(以下、「PL法」と称する)という古くから知られる数学的理論を用いて、Winfreeモデルを解くことを特徴の1つとする。
【0022】
一方で、Winfreeモデルは,本来の発振系の時間発展方程式を近似して得られた式である。したがって、元の式を直接計算して得られる手法(B)の直接シミュレーションで得られる同期引込周波数帯域とは誤差が生じてしまう。
ここで本発明では、同期引込周波数帯域を得る際の条件の設定により、PL法に生じる誤差を数%以内にとどめるようにしている。
【0023】
まず、本発明に適用されるPL法について説明する。
PL法は、先に説明したWinfreeモデル([数2]式)に従い、同期しているときの位相θと周波数Ω(すなわち同期可能な周波数Ω)を精度良く与える手法である。
まず、[数2]式において、次の[数4]式に示すように、変数変換τ=Ωtを行う。[数4]式では、入力信号の初期位相φを導入した。
【0024】
【0025】
そして、次の[数5]式に示すように、位相θと周波数Ωを入力強度εで展開する。
【0026】
【0027】
このとき、発振器は同期しているという条件、すなわち各θ_nは周期的という条件から、次の[数6]式が成り立つ。
【0028】
【0029】
[数5]式を[数4]式に代入することで、次の[数7]式が得られる。
【0030】
【0031】
ここで、[数7]式の両辺でε^n (n=0,1,2,…)の係数が一致するという条件、および[数6]式から,θ^((n))とΩ^((n))は、以下の[数8]式から順次得ることができる。
【0032】
【0033】
そして、[数8]式を[数5]式に代入して得たΩから、同期引込周波数帯域が得られる。
【0034】
次に、本発明での、同期引込周波数帯域を得る際の条件の設定について説明する。
本発明では、PL法で得られた同期引込周波数帯域の精度数%が保証される入力強度限界εLRは、リミットサイクルと呼ばれる周期軌道の乖離度d(ε)が線形的に振る舞う入力強度限界εlinから決まることを利用している。
【0035】
ここで、乖離度d(ε)は外部入力信号無しのリミットサイクルと外部入力信号強度εにおける同期引込周波数帯域の端(最大・最小)の外力周波数におけるリミットサイクルの距離である。
乖離度d(ε)を得るためには、まず、それぞれのリミットサイクル上に位相ψ=0の原点O1,O2を任意に取り、リミットサイクル上の点を、FO1(ψ),GO2(ψ)と表す。
このとき、2つのリミットサイクルの平均距離を、次の[数9]式で示す。
【0036】
【0037】
乖離度d(ε)は、次の[数10]式で定義される。
【0038】
【0039】
PL法で得られた同期引込周波数帯域が、リミットサイクルの乖離度と関係があることは、伝統的な同期理論から説明可能である。
【0040】
ここで、本発明の同期引込周波数帯域を得るアルゴリズムの概略を説明する。
最初に、いくつかの入力強度{ε_1<ε_2<…<ε_n}で、直接シミュレーション手法により乖離度d(ε)を得る乖離度算出処理を行う。
次に、乖離度d(ε)を、[0,εm](m=1,…,n)の範囲で線形フィッティングし、平均二乗誤差E(εm)を計算する平均二乗誤差算出処理を行う。
【0041】
その後、平均二乗誤差E(εm)(m=1,…,n)が急激に増加するmが存在するかを判定する。
ここまでの処理で、平均二乗誤差E(εm) が急激に増加するmが存在しない場合には、εn+1>εnとなるεn+1を、{ε1<ε2<…<εn}に追加して、n+1→nと定義し直す処理を行う。
そして、平均二乗誤差E(εm)(m=1,…,n)が急激に増加するmが存在する場合には、εmが乖離度d(ε)の線形領域の入力強度限界εlinとなる。このようにして、入力強度限界取得処理が行われる。
このようにして得られた入力強度限界εlinが、PL法で得られた同期引込周波数帯域の精度が数%に保証される入力強度限界εLRと一致するようになる。
【0042】
<同期引込周波数帯域演算装置の構成例>
以下、ここまで説明したアルゴリズムを適用した、本発明の実施の形態例の同期引込周波数帯域演算装置の詳細を順に説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態例に係る同期引込周波数帯域演算装置の構成例を示した図である。
図1に示すように、同期引込周波数帯域演算装置10は、注入同期系20および高周波変換器30に接続されている。
注入同期系20は、信号源21、入力信号生成器22および発振器23から構成されている。
【0043】
信号源21は、発振器23に注入する入力信号の元になる所定周波数の交流信号を発生する。入力信号生成器22は、例えばデジタル/アナログ変換器または入力信号の波形(電圧)を生成するハードウェアである。発振器23は、同期引込を行わせるための通常用いられる発振器であり、例えばE級発振器などを含む。
高周波変換器30は、発振器23から供給される発信信号の周波数を無線通信用の高周波数に変換し、変換した高周波信号をアンテナ31に供給するためのハードウェアである。
【0044】
同期引込周波数帯域演算装置10は、バス11に接続されるRAM12、ROM13、演算部15、制御部16、入出力インターフェース(I/O)17a、17b、入力部18および表示部19より構成される。また、バス11には不揮発性記憶装置(データベース)14が接続されている。このデータベース14には、発振器の情報50が書き込まれる。具体的には、発振器の情報50として、演算部15で算出される入力強度限界εlinが書き込まれる。また、データベース14に書き込まれる発振器の情報(テーブル)50として、位相感受関数Z(θ)や、自然角周波数ωがある。なお、ROM13の容量が十分にある場合には、ROM13をデータベース14として、ROM13に発振器の情報50を記憶してもよい。
【0045】
演算部15は、主に、PL法によるロックレンジの算出を行うとともに、線形領域算出のための直接シミュレーションを行っている。制御部16は、例えばCPU(Central Processing Unit)等の演算制御装置で構成され、同期引込周波数帯域演算装置10を構成する各部の制御を行う。
同期引込周波数帯域演算装置10の演算部15で演算した結果は、入出力インターフェース17aを介して注入同期系20の入力信号生成器22に供給される。また、注入同期系20の発振器23の出力信号は、入出力インターフェース17bを介して同期引込周波数帯域演算装置10に供給され、演算部15におけるロックレンジの算出および線形領域算出に利用される。
【0046】
また、入力部18からは、発振器の自然角周波数ω、発振器の位相感受関数Z(θ)(以上はデータベースに情報がない場合)、所望の外部入力信号波形u(τ)(例えばsinτ)、初期の{ε1<ε2<ε3,・・・<εn}および所望のロックレンジの精度Δ*が入力され、演算部15の演算に利用される。表示部19には、演算部15で算出されたロックレンジのデータ(ε、Δωleft、Δωright)が表示される。
【0047】
次に、
図2~
図9を参照して、本実施の形態例における注入同期引込周波数帯域を高精度に計算する方法について説明する。
【0048】
<ロックレンジの取得処理>
最初に
図2を参照して、ロックレンジ(LR)の取得処理(メイン)について説明する。
図2に示す処理は、ロックレンジの左端Δω
leftと右端Δω
rightの一方についてのみ示しているが、この処理はロックレンジの左端Δω
leftと右端Δω
rightの両側で行われる処理である。なお、図面では、ロックレンジはLRと記載する。
【0049】
ロックレンジの取得処理が開始されると(ステップS10)、所望されるロックレンジの精度Δ*が入力される(ステップS11)。このロックレンジの精度Δ*は、あくまでも同期引込周波数帯域の計算実行を指示するユーザが所望する精度値であり、ユーザが任意に入力する値である。例えば、精度Δ*を数%以下にしたい場合には、「数%」が所望Δ*の精度になる。
【0050】
続いて、発振器23の自然角周波数ωと発振器の位相感受関数Z(θ)が取得される(ステップS12)。自然角周波数ωと位相感受関数Z(θ)は発振器23の固有の数値であり、ロックレンジを計算しようとしている発振器自体が具備するものである。
【0051】
ステップS11とステップS12で、ユーザにより所望の精度Δ*が入力され、発振器23の自然角周波数ωと位相感受関数Z(θ)が取得されると、次に、入力強度限界εlinをデータベース14から読み出す(ステップS13)。ここで、入力強度限界εlinは、リミットサイクル(LC)の乖離度d(ε)が線形的に振る舞う入力強度限界である。この入力強度限界εlinの値は、先に説明したPL法から得られるロックレンジの精度、例えば数%が保証される入力強度限界εLRとほぼ等しい値となる。なお、入力強度εとは、外部入力信号fの振幅のことであり、振幅と波形を分離して表現するためにf(Ωt)をεu(Ωt)と表すこともある。また、図面では、リミットサイクルはLCと称する。
【0052】
リミットサイクル(LC)の乖離度d(ε)とは、ロックレンジの右端または左端の外部入力信号f(Ωt)の周波数のLCと、外部信号がないときのリミットサイクルとの距離を表す。なお、PL法で得られる同期引込周波数帯域がリミットサイクルの乖離度d(ε)と関係があることは、伝統的な同期理論から説明することができる。
【0053】
ステップS13で、入力強度限界εlinをデータベース14から読み出すことができるのは、当然のことながら、入力強度限界εlinがデータベース14に保存されている場合に限られる。つまり、発振器23に対して線形領域が予め分かっている場合には、入力強度限界εlinがデータベース14に保存されているので、入力強度限界εlinをデータベース14から読み出すことが可能である。そうでない場合、つまり発振器23に対して線形領域が予め分かっていない場合には、コストをかけても入力強度限界εlinを計算で求めなければならない。
【0054】
そこで、次のステップでは、ステップS13においてデータベース14から入力強度限界εlinが読み出すことができたか否かが判断される(ステップS14)。ステップS14で入力強度限界εlinがデータベース14から読み出すことができたと判断された場合(ステップS14のYes)には、所望の外部入力信号波形u(τ)がユーザによって入力される(ステップS15)。そして、入力した外部入力波形を振幅により正規化する(ステップS16)。この正規化は入力信号波形u(τ)をu(τ)の最大値で割り算することによって行われる。
【0055】
次に、入力強度限界ε
linをよりも小さい外部信号の入力強度(振幅に相当)εに対して、PL法によりロックレンジを算出する(ステップS17)。このステップS17の処理の詳細については
図9で後述する。
そして、外部入力信号の入力強度εと、発振器23の角周波数と外部入力信号の角周波数差Δωの組み合わせ(ε、Δω)を出力して(ステップS18)、ロックレンジ取得処理(メイン)を終了する(ステップS19)。
【0056】
ステップS14で、入力強度限界εlinがデータベース14から読み出されなかったと判断された場合には(ステップS14のNo)、外部入力信号の入力強度ε{ε1<ε2<ε3,・・・<εn}の中から、ユーザが適当な入力強度εを選択する(ステップS20)。このとき、選択する作業を行うユーザに、該当する技術についてのスキルがある場合には、スキルに基づいて適切な入力強度εを選択するのが好ましいが、ここで選択する入力強度εは十分小さな値であれば適切でなくても問題ない。
【0057】
そして、所望の外部入力信号波形u(τ)をサイン波として(u(τ)=sinτ)入力強度限界ε
linの算出処理を行い(ステップS21)、算出された入力強度限界ε
linをデータベース14に書き込む(ステップS22)。これ以降、ステップS15~S18までの処理が行われる。なおステップS21の処理の詳細は、
図3で後述する。
【0058】
<入力強度限界ε
linの算出処理>
次に、
図3のフローチャートを参照して、ステップS21における入力強度限界ε
linの算出処理について説明する。
入力強度限界ε
linの算出処理が開始されると(ステップS25)、外部入力信号の入力強度εをn段階に分割し、分割した入力強度ε
1~ε
n{ε
1<ε
2<ε
3,・・・<ε
n}に対してロックレンジを、LC算出処理によって求める(ステップS26)。このステップS26の処理の詳細は、
図6で後述する。
【0059】
次に、ステップS26の算出処理で得られた入力強度εと出力電圧Vout(t)からリミットサイクル(LC)の乖離度d(ε)を算出する(ステップS27)。ここで
図4を参照してリミットサイクルの乖離度d(ε)について説明すると、横軸は入力強度ε
1、ε
2、ε
3、ε
4、ε
5を示し、縦軸はリミットサイクルの乖離度d(ε)を示す。
図4に示すように、×印で示した乖離度d(ε)は、入力強度ε
3とε
4の間に、大きなギャップ(開き)が認められる。すなわち、入力強度ε
1~ε
3までは、実線で示した直線上に載っているが、入力強度ε
4、ε
5は、直線上にない。この
図4から、入力強度限界ε
linが入力強度ε
3に近いことが分かる。
なお、ステップS27の処理の詳細は、
図7で後述される。
【0060】
ステップS27の処理の後、乖離度d(ε
m)(m=1,2・・・n)について、平均二乗誤差E(ε
m)を計算する(ステップS28)。ここで、平均二乗誤差E(ε
m)について、
図5を参照して説明する。
図4と同様に、
図5の横軸も入力強度ε
1、ε
2、ε
3、ε
4、ε
5であり、縦軸は平均二乗誤差E(ε)である。
図5に示すように、入力強度ε
3とε
4の間に平均二乗誤差E(ε)に大きなギャップがみられる。このことは、入力強度ε
1~ε
3までが線形領域であり、入力強度ε
4、ε
5は非線形領域なっていることを示しており、これによって入力強度限界ε
linは、入力強度ε
3に近いことが理解できる。このステップS28の算出処理の詳細は、
図8で後述される。
【0061】
次に、ステップS28で求めた平均二乗誤差E(εm)が、一つ前の段階の平均二乗誤差E(εm-1)から所定の倍率(例えば2倍:E(εm)=2E(εm-1))になるmが存在するか否かが判断される(ステップS29)。ステップS29で、平均二乗誤差E(εm)が一つ前の平均二乗誤差E(εm-1)に対して所定倍率(例えば2倍)になっていると判断された場合(ステップS29のYes)には、平均二乗誤差がE(εm)になったときの入力強度εmよりも一つ前の段階の入力強度εm-1を入力強度限界εlinとし(ステップS30)、入力強度限界εlinの算出処理を終了する(ステップS31)。
【0062】
ステップS29で、平均二乗誤差E(ε
m)が一つ前の平均二乗誤差E(ε
m-1)に対して所定倍率(例えば、2倍)になっていないと判断された場合(ステップS29のNo)には、PL法によるロックレンジ算出処理がなされる(ステップS32)。なお、ステップS32の処理の詳細は、
図9で後述する。
【0063】
そして、ステップS26のロックレンジ、リミットサイクル算出処理により得られた(ε,Δωsim)と、ステップS32のPL法によるLR算出処理で得られた(ε,ΔωPL)に基づいて、ロックレンジの精度Δ(εm) (m=1,2・・・n)を算出する(ステップS33)。
次に、ステップS33の算出処理の結果、ロックレンジ(LR)の精度Δ(εm) (m=1,2・・・n)が所望の精度Δ*(例えば、1%)より大きいか否かが判断される(ステップS34)。
【0064】
ステップS34で、ロックレンジの精度Δ(εm)が所望の精度Δ*(例えば、1%)より大きいmが存在する判断された場合(ステップS34のYes)には、ステップS30に移行して、入力強度εmの一つ前の段階の入力強度εm-1を入力強度限界εlinとする。ステップS34でこのような判断をしているのは、ロックレンジの精度Δ(ε)の線形領域が広がっていたとしても、精度Δ*(例えば、1%)以上に大きくなってしまったら、意味がなくなるからである。
【0065】
ステップS34で、ロックレンジの精度Δ(εm)が所望の精度Δ*(例えば、1%)より大きくなるmが存在しないと判断された場合(ステップS34のNo)には、入力強度εに入力強度εnよりも大きな入力強度となるεn+1{ε1<ε2<ε3,・・・<εn<εn+1}を追加し、n+1→nと定義し直して、ステップS26のロックレンジ、リミットサイクル算出処理に戻る(ステップS35)。以上が、入力強度限界εlinの算出処理である。
【0066】
<ロックレンジ、リミットサイクル算出処理>
次に、
図6を参照して、
図3のステップS26のロックレンジ(LR)、リミットサイクル(LC)算出処理の詳細について説明する。
処理が開始されると(ステップS40)、まず、[数11]式に示す位相方程式から、発信器と外部入力信号の角周波数差(離調)Δωを算出する(ステップS41)。
【0067】
【0068】
ステップS41で、ロックレンジの左端を算出する場合には、ΔωがΔωleftとなり、ロックレンジの右端を算出する場合には、ΔωがΔωrightとなる。
次に、離調Δωをステップ幅hと置き、その最小の値hstopをΔω×10-5に設定する(ステップS42)。この設定では、ステップ幅hを当初の値から、1/2、1/4、・・・と小さくしていくようにし、hstopになったら、その段階でそれ以上小さくすることを止める。
【0069】
次に、外部入力信号の角周波数ΩをΩ=ω+Δωに設定する(ステップS43)。そして、角周波数Ωの外部入力信号を注入し、直接シミュレーションにより時間とともに変わる出力電圧Vout(t)を測定してメモリに記憶する(ステップS44)。
ステップS44で時間とともに変わる出力電圧Vout(t)を測定した後に、周波数カウンターを用いて周波数の時間変化を測定し、これをメモリに記憶する(ステップS45)。そして、平均角周波数ω~(オメガチルダー)を計算する(ステップS46)。次に、計算した平均角周波数ω~と外部信号の角周波数Ωとを比較して、同期が成立しているか否かを判断する(ステップS47)。ここで、計算した平均角周波数ω~が外部信号の角周波数Ωに限りなく近くなったとき、つまりω~/Ωが限りなく「1」になった時に同期が成立したと判断する。
【0070】
ステップS47で、同期が成立したと判断された場合(ステップS47のYes)には、発信器と外部入力信号の角周波数差(離調)Δω(ステップ幅h)がその最小の値h
stopより小さいか否かが判断される(ステップS48)。ステップS48で角周波数差(離調)Δωに相当するステップ幅hが最小値h
stopより小さいと判断された場合(ステップS48のYes)には、角周波数差(離調)Δωとその時の出力電圧Vout(t)をメモリに格納し(ステップS49)、処理を終了して(ステップS50)、
図3のステップS27の処理に移行する。
【0071】
ステップS47で、平均角周波数ω~と外部信号の角周波数Ωの比が「1」に近い値にならず、同期が成立したと判断されなかった場合(ステップS47のNo)には、ステップ幅hをh/2とすることにより、発信器と外部入力信号の角周波数差(離調)Δωを小さくして(ステップS51)、再度ステップS43からの処理を行う。
また、ステップS48で、角周波数差(離調)Δωに相当するステップ幅hが最小値hstopより小さくなっていないと判断された場合(ステップS48のNo)には、角周波数差(離調)Δωを大きくして、再度ステップS43からの処理を行う。以上が、ロックレンジ、リミットサイクル算出処理である。
【0072】
<ロックレンジ乖離度d(ε)の算出処理>
次に、
図7を参照して、
図3のステップS27におけるリミットサイクル(LC)乖離度d(ε)の算出処理について説明する。処理が開始されると(ステップS55)、外部入力信号無しの場合の出力電圧の時間変化V
OUT
(0)(t)と、外部入力信号有りの場合の出力電圧の時間変化V
OUT
(ε)(t)を求める。そして、V
OUT
(0)(t)をF(θ)、V
OUT
(ε)(t)をG(θ)と置く(ステップS56)。なお、θは外部入力信号の各周波数Ωに時間tを掛けたΩtを置き換えたもの、すなわちθ=Ωtである。
【0073】
ここで、リミットサイクル(LC)とは、直接シミュレーションにより得られる電圧等の時間変化から作られる、相空間(状態空間)上の閉軌道をいう。例えば、回路シミュレータ等により、数値的に得られた複数の出力電圧VOUT1、VOUT2の時間変化を使ってリミットサイクルを得ることができる。また、得られる出力電圧VOUTが1つだけの場合は、時間の遅れをτとして、(VOUT1(t)、VOUT2(t))=(VOUT(t)、VOUT(t+τ))の時間変化を使ってリミットサイクルを便宜的に得ることができる。
【0074】
次に、位相φの初期値iを「0」に設定する(ステップS57)。この初期値「i=0」は、0~2πまでの位相φをN等分したときの0番目の位相φの番号である。そして、位相φ=i/N*2πとして(ステップS58)、以後の処理を行う。
最初に、外部入力信号無しの場合の出力電圧の時間変化F(θ)から位相をφだけずらした、外部入力信号有りの場合の出力電圧の時間変化G(θ+φ)の差の絶対値を、相空間(状態空間)上の閉軌道で一周させて(0~2π)積分した値dp(φ)を求める(ステップS59)。
【0075】
そして、位相φの0から2πまでをN等分して、ステップS58、S59の計算を繰り返す(ステップS60)。すなわち、ステップS60で「i<N」であれば(ステップS60のYes)、ステップS58、S59を繰り返し、ステップS60で「i≧N」になったと判断された場合(ステップS60のNo)には、ステップS59で計算したdp(φ)(0~2π)の中の最小値を求めてd(=min dp(φ))とする(ステップS61)。そして、その時の入力強度εとdのセット(ε、d)をメモリに格納して(ステップS62)、処理を終了する(ステップS63)。この(ε、d)がリミットサイクルで求めた乖離度d(ε)に相当する。
【0076】
<平均二乗誤差E(ε
m)の算出>
次に、
図8を参照して、
図3のステップS28における平均二乗誤差E(ε
m)の算出処理について説明する。処理を開始して(ステップS65)、初期値mを1にセットする(ステップS66)。このm=1は、入力強度εと乖離度d(ε)を{ε
1<ε
2<・・・<ε
m}のm個とったときの第1番目のデータを意味している。
【0077】
そして、乖離度のデータ{(ε
1、d(ε
1))、(ε
2、d(ε
2))、・・(ε
m、d(ε
m))}を求め、原点(0,0)を通ると仮定して線形フィッティングを行って、1次関数d
lin(ε)を求める(ステップS67)。このステップS67の線形フィッティングを図に示したものが、既に説明した
図4である。
【0078】
次に、d(εi)とdlin(εi)の差分をとり、i=1~m(m個)の二乗平均値E(εm)を求める(ステップS68)。そして、ステップS68の計算をm=nになるまで繰り返す(ステップS69)。すなわち、ステップS69で、m≦nであれば(ステップS69のNo)、ステップS67に戻り、m>nになったときに、そのときの平均二乗誤差E(εm)をメモリに格納して(ステップS70)、処理を終了する(ステップS71)。以上が、平均二乗誤差E(εm)の算出処理である。
【0079】
<PL法ロックレンジ算出処理>
次に、
図9を参照して、
図2のステップS17および
図3のステップS32のPL法ロックレンジ算出処理について説明する。PL法ロックレンジ算出処理は、[数12]式で示すWinfreeモデルの微分方程式の解を求める方法である。つまり、Winfreeモデルの微分方程式を解くために、Poincare-Lindstedt法に基づき、発信器の角周波数Ωと位相θを入力強度εのべき乗の展開式([数13]式)で表す方法である。PL法LR算出処理では、まず[数13]式で示した角周波数Ωと位相θを入力強度εのべき乗の式において、入力強度εと入力強度εの2乗(ε
2)の係数を求める。
【0080】
【0081】
【0082】
処理が開始されると(ステップS75)、まず、位相φの初期値iが「0」に設定される(ステップS76)。この初期値「i=0」は、0~2πまでの位相φをN等分したときの0番目の位相φのことである。そして、位相φ=i/N*2πとして(ステップS77)、以後の処理を行う。
【0083】
既に説明したように、発信器の角周波数Ωを入力強度εのべき乗の展開式([数13]式)で表したときの入力強度εの係数を順にΩ(0)(φ)、Ω(1)(φ)、Ω(2)(φ)、・・・とすると、0次の係数はΩ(0)(φ)=ωになり、1次の係数Ω(1)(φ)は、[数14]式によって求めることができる(ステップS78)。
【0084】
【0085】
また、位相θ(τ)も[数13]式に示すように、入力強度εのべき乗の展開式で表すことができるが、そのときの0次の係数はθ(0)(τ)=τとなる。なお、τは外部入力信号の角周波数Ωに時間tを掛けたΩtを置き換えたもの、すなわちτ=Ωtである。
【0086】
位相θ(τ)を入力強度εのべき乗で展開した[数13]式におけるεの係数は、[数15]式で求められる(ステップS79)。
【0087】
【0088】
さらに、発信器の角周波数Ω(φ)の入力強度εの2乗(ε2)の係数Ω(2)(φ)は、[数16]式で求めることができる(ステップS80)。
【0089】
【0090】
以上のステップS78~S80の計算がi=0からi=Nまで繰り返され、位相φが0~2πの間でN分割されたそれぞれの値に対して行われる(ステップS81)。すなわち、ステップS81で、i<N(φ<2π)であれば(ステップS81のYes)、iがN(φ=2π)になるまで、ステップS77~S80の処理が繰り返される。そして、ステップS81でi≧Nになったと判断された場合に(ステップS81のNo)、次の入力強度限界εlinを求める処理に移行する。
【0091】
ここでも、入力強度εを求めるための「j」が「0」に設定される(ステップS82)。ここで「j=0」は、0から入力強度限界εlinまでの入力強度εをM段階で分割したときの初期値を示している。また、入力強度εjは、入力強度限界εlinを使って、εj=j/M*εlinで表される(ステップS83)。この式は、入力強度限界εlinをM分割したときのj(j=0~M)番目の入力強度εjを示す式である。
【0092】
そして、ステップS78で求めたΩ(1)(φ)と、ステップS80で求めたΩ(2)(φ)を使って、外部入力信号Ω(φ)を近似式で求める(ステップS84)。このステップS84の式は、発信器と外部入力信号の角周波数差(離調)Δω(=Ω(φ)-ω)が入力強度εの2次式で表されることを意味しており、1次係数がΩ(1)(φ)、2次係数がΩ(2)(φ)である。
【0093】
次に、φ(0~2π)間の最小値の外部信号の角周波数Ω(φ)(minΩ(φ))と発振器の角周波数ωとの差を求め、ロックレンジの左端Δωleftを算出する。さらに、φ(0~2π)間の最大値の外部信号の角周波数Ω(φ)(maxΩ(φ))と発振器の角周波数ωとの差を求め、ロックレンジの右端Δωrightを算出する(ステップS85)。
【0094】
以上のステップS83~S85の計算をj=0からj=Mまで繰り返し、入力強度εの計算を0から入力強度限界ε
linの間でM分割されたそれぞれの値に対して行う(ステップS86)。すなわち、ステップS86で、j<M(ε
j<ε
lin)であれば(ステップS88のYes)、jがM(ε
j=ε
lin)になるまで、ステップS83~S85の処理が繰り返される。そして、ステップS86でj≧Mになったと判断された場合には(ステップS88のNo)、(ε、Δω)を記憶部に格納して(ステップS87)処理を終了する(ステップS88)。そして、
図2のステップS18に移行する。
【0095】
<発振器の構成例>
図10は、
図1に示す発振器23の具体的な構成例を示す図である。ここでは、発振器23として、リングオシレータとした例である。
信号源(パルスジェネレータ)21からのパルスが入力信号生成器(バイアスサーキット)22に供給され、入力信号生成器22で生成された信号が、発振器(リングオシレータ)23の入力端子23aに供給される。
発振器23は、3段に直列接続されたインバータ23b、23c、23dとスイッチング素子23fとを備え、3段目のインバータ23dの出力信号が、1段目のインバータ23bの入力に戻されると共に、発振器23の出力として出力端子23eから出力される。
【0096】
入力端子23aに得られる信号は、スイッチング素子23fのゲートに供給される。スイッチング素子23fのドレインは、2段目のインバータ23cと3段目のインバータ23dの間に接続され、スイッチング素子23fのソースは、1段目のインバータ23bの入力側に接続される。
本実施の形態例では、このように注入同期発振器として構成された発振器23の同期引込周波数帯域を、高精度に算出することができる。
【0097】
<同期引込周波数帯域演算精度の例>
図11は、本実施の形態例による同期引込周波数帯域演算装置10で、
図10に示す発振器(リングオシレータ)23の同期引込周波数帯域を演算した場合を示す。
この
図11において、従来方法と記載された特性は、位相方程式で求めた特性であり、本発明と記載された特性は、本実施の形態例による同期引込周波数帯域演算装置10で求めた特性である。
【0098】
図11の(A)は、ロックレンジの左端におけるリミットサイクル(LC)の乖離度d
left(ε)を示し、
図11の(B)は、ロックレンジの右端におけるリミットサイクル(LC)の乖離度d
right(ε)を示す。
図11の(C)は、ロックレンジ(LR)の左端における精度Δ
left(ε)を示し、
図11の(D)は、ロックレンジ(LR)の右端における精度Δ
right(ε)を示す。
図11の(C),(D)に示す△印の特性は、位相方程式(従来方法)で求めた精度であり、○印の特性は、本実施の形態例により求めた精度である。これらの精度の数値はパーセントである。
図11において、横軸は外部入力信号の入力強度(電圧振幅ε[V])である。
【0099】
なお、
図11の(A)および(C)は、外部入力信号の角周波数を、入力強度毎に注入同期が成立する最小のものにした場合であり、
図11の(B)および(D)は、外部入力信号の角周波数を、入力強度毎に注入同期が成立する最大のものにした場合である。
ここでは、
図11の(A)および(B)に示すデータ点(□印)がリミットサイクル(LC)の乖離度であり、
図11の(C)および(D)に示すデータ点(△印)が従来方法(位相方程式)により得られたロックレンジ(LR)の精度、データ点(○印)が本実施の形態例(本発明)により得られたロックレンジ(LR)の精度である。
【0100】
図11の(A)および(B)から判るように、入力強度ε=0.090[V]およびε=0.105[V]が、ロックレンジ(LR)の左端と右端における、それぞれのリミットサイクル(LC)の乖離度が線形的に振る舞う入力強度限界ε
linである。本実施の形態例の場合、
図11の(C)および(D)に示すように、ロックレンジ(LR)の精度が従来方法(位相方程式)よりも優れており、入力強度がε≦ε
linであれば、予め設定した精度1%よりも良くなることがわかる。
【0101】
次に、同期引込周波数帯域の算出にかかる時間(CPU時間)を、直接シミュレーション法と位相方程式(従来手法)と本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合で比較する。
直接シミュレーション法では、Synopsys社の回路シミュレータHSPICEをインテル社製の2.6GHz×12コアXeonプロセッサE5-2630v2(ただし、デル社のPRECISION T5610を使用)で実行した。
位相方程式(従来手法)および本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)では、C言語で実装したプログラムをインテル社製の3.6GHz×8コアXeonプロセッサCore i7-4790(ただし、デル社のOPTIPLEX9020を使用)で実行した。
【0102】
同期引込周波数帯域の算出にかかる時間(CPU時間)は、
直接シミュレーション法の場合は約6時間であり、
位相方程式(従来手法)の場合は約1μ秒であり、
本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合は約2~3μ秒である。
【0103】
本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合の計算時間は、直接シミュレーション法の場合よりも非常に短く、従来手法である位相方程式の場合と比べても同等程度であることがわかる。
【0104】
このように本実施の形態例の同期引込周波数帯域演算装置10によると、従来よりも非常に少ない計算コストで、非常に精度の高い同期引込周波数帯域を得ることができるようになる。すなわち、位相方程式により同期引込周波数帯域を得る場合よりも高い精度で算出ができると共に、直接シミュレーション法よりも大幅に少ない計算で行える。
【0105】
<本発明の第2の実施の形態例>
次に、本発明の第2の実施の形態例を、
図12~
図14を参照して説明する。
本発明の第2の実施の形態例では、生体の電気活動を算出する同期引込周波数帯域演算装置としたものである。同期引込周波数帯域演算装置としての構成や演算処理は、第1の実施の形態例で説明した同期引込周波数帯域演算装置10と同じである。
【0106】
図12は、生体の神経細胞の電気活動を表す代表的モデルである、Hodgkin-Huxleyモデルを示す。
図12の左側に示すように、細胞体101は、核102、樹状突起103、シナプス104、軸索丘105、ミエリン鞘106、および軸索抹消107を備える。
ここで、
図12の右側に示すように、神経細胞の電気活動が伝導する箇所である神経線維110に、電位計140が接続された微細電極120および電極130を装着して、生体の神経細胞の電気活動による電位を計測する。つまり、生体が備える神経細胞を発振器として、このHodgkin-Huxleyモデルによる同期引込周波数帯域を、同期引込周波数帯域演算装置10が演算する。
【0107】
このHodgkin-Huxleyモデルは、
図12に示すような神経細胞に見られる活動電位について、現象論的に記述したv,m,h,nの4つの変数からなる連立方程式([数17]式)である。
【0108】
【0109】
[数17]式の連立方程式において、各変数の意味は以下の通りである。
v:細胞膜の電位(膜電位)
m:Na+チャネルの活性化ゲートが開いている割合
h:Na+チャネルの不活性化ゲートが開いている割合
n:K+チャネルの活性化ゲートが開いている割合
【0110】
図13は、活性化ゲートや不活性化ゲートに生じるナトリウムイオン(Na
+)やカリウムイオン(K
+)を示すものである。
【0111】
連立方程式でのm,h,nの時間変化は、それぞれのゲートが開く速度定数αと閉じる速度定数βからなる方程式に従う。速度定数α,βは膜電位vに依存し、その依存性は、イカ巨大軸索を用いた実験値により便宜的に以下の[数18]式で表される。
【0112】
【0113】
Hodgkin-Huxleyモデルでの、その他の定数は以下の通りである。
Cm:細胞膜のコンデンサーとしての容量
Id:細胞内に注入する電流の直流成分
I(ωt):細胞内に注入する電流の交流成分
また、各チャネルを流れる電流は、以下の式で定義される。
【0114】
【0115】
INa:Na+チャネル全体を流れる電流(3つの活性化ゲートと1つの不活性ゲートによって開閉される)
gNa:Na+のイオン電流の最大コンダクタンス
vNa:Na+のイオン電流がゼロになる平衡電位
IK:K+チャネル全体を流れる電流(4つの活性化ゲートによって開閉される)
gK:K+のイオン電流の最大コンダクタンス
vK:K+のイオン電流がゼロになる平衡電位
IL:その他のイオン電流(リーク電流と呼ばれる)
gL:リーク電流の最大コンダクタンス
vL:リーク電流がゼロになる平衡電位
【0116】
このようなHodgkin-Huxleyモデルを適用して、第1の実施の形態例で説明した処理で、同期引込周波数帯域演算装置10は、生体の同期引込周波数帯域を算出することができる。
図14は、本実施の形態例による同期引込周波数帯域演算装置10で、
図12に示す神経細胞の同期引込周波数帯域を演算した場合を示す。
この
図14において、従来方法と記載された特性は、位相方程式で求めた特性であり、本発明と記載された特性は、本実施の形態例で求めた特性である。
【0117】
図14の(A)は、ロックレンジの左端におけるリミットサイクル(LC)の乖離度d
left(ε)を示し、
図14の(B)は、ロックレンジの右端におけるリミットサイクル(LC)の乖離度d
right(ε)を示す。
図14の(C)は、ロックレンジ(LR)の左端における精度Δ
left(ε)を示し、
図11の(D)は、ロックレンジ(LR)の右端における精度Δ
right(ε)を示す。
図14の(C),(D)に示す△印の特性は、位相方程式(従来方法)で求めた精度であり、○印の特性は、本実施の形態例により求めた精度である。これらの精度の数値はパーセントである。
図14において、横軸は外部入力信号の入力強度(電流振幅ε[A])である。
【0118】
図14の(A)および(C)は、外部入力信号の角周波数を、入力強度毎に注入同期が成立する最小のものにした場合であり、
図14の(B)および(D)は、外部入力信号の角周波数を、入力強度毎に注入同期が成立する最大のものにした場合である。
ここでは、
図14の(A)および(B)に示すデータ点(□印)がリミットサイクル(LC)の乖離度であり、
図14の(C)および(D)に示すデータ点(△印)が従来方法(位相方程式)により得られたロックレンジ(LR)の精度、データ点(○印)が本実施の形態例(本発明)により得られたロックレンジ(LR)の精度である。
【0119】
図14の(A)および(B)から判るように、入力強度ε=1.0[A]が、ロックレンジ(LR)の左端と右端における、それぞれのリミットサイクル(LC)の乖離度が線形的に振る舞う入力強度限界ε
linである。本実施の形態例の場合、
図14の(C)および(D)に示すように、ロックレンジ(LR)の精度が従来方法(位相方程式)よりも優れており、入力強度がε≦ε
linであれば、予め設定した精度1%よりも良くなることがわかる。
【0120】
次に、同期引込周波数帯域の算出にかかる時間(CPU時間)を、直接シミュレーション法と位相方程式(従来手法)と本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合で比較する。
直接シミュレーション法、位相方程式(従来手法)および本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)では、いずれもC言語で実装したプログラムをインテル社製の3.6GHz×8コアXeonプロセッサCore i7-4790(ただし、デル社のOPTIPLEX9020を使用)で実行した。
【0121】
同期引込周波数帯域の算出にかかる時間(CPU時間)は、
直接シミュレーション法の場合は約2時間であり、
位相方程式(従来手法)の場合は約1μ秒であり、
本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合は約2~3μ秒である。
【0122】
本実施の形態例における同期引込周波数帯域演算装置10(本発明)の場合の計算時間は、直接シミュレーション法の場合よりも非常に短く、従来手法である位相方程式の場合と比べても同等程度であることがわかる。
【0123】
このように本実施の形態例の同期引込周波数帯域演算装置10においても、従来よりも非常に少ない計算コストで、非常に精度の高い同期引込周波数帯域を得ることができるようになる。すなわち、位相方程式により同期引込周波数帯域を得る場合よりも高い精度で算出ができると共に、直接シミュレーション法よりも大幅に少ない計算で行える。
【0124】
<変形例>
なお、上述した各実施の形態例は、本発明の好適な例を示すものであり、本発明の同期引込周波数帯域演算装置は、様々な発振器を備える注入同期系の同期引込周波数帯域の演算に用いることができる。また、同期引込周波数帯域を演算する際に、上述した実施の形態例では、求めた乖離度の平均二乗誤差の変化から乖離度の線形領域となる入力強度限界を取得する処理まで、演算で求めるようにした。これに対して、線形領域か否かの判断は、演算結果の表示出力結果からユーザが判断し、その判断した結果を同期引込周波数帯域演算装置に入力させるようにしてもよい。
【0125】
また、
図1に示す同期引込周波数帯域演算装置10は、専用の演算装置で構成する他に、本発明の同期引込周波数帯域演算処理の各手順を実行するプログラムを作成して、そのプログラムのコンピュータ装置での実行で、同期引込周波数帯域演算装置として機能するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0126】
10…同期引込周波数帯域演算装置、11…バス、12…RAM、13…ROM、14…データベース部、15…演算部、16…制御部、17a,17b…入出力インターフェース(I/O)、18…入力部、19…表示部、20…注入同期系、21…信号源、22…入力信号生成器、23…発振器、30…高周波変換器、31…アンテナ、50…テーブル、101…細胞体、102…核、103…樹状突起、104…シナプス、105…軸索丘、106…ミエリン鞘、107…軸索抹消、110…神経線維、120…微細電極、130…電極、140…電位計