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特許7324132電界電子放出素子、発光素子およびそれらの製造方法
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  • 特許-電界電子放出素子、発光素子およびそれらの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-01
(45)【発行日】2023-08-09
(54)【発明の名称】電界電子放出素子、発光素子およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 9/02 20060101AFI20230802BHJP
【FI】
H01J9/02 B
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019219405
(22)【出願日】2019-12-04
(65)【公開番号】P2021089841
(43)【公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】下位 法弘
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 王高
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-175648(JP,A)
【文献】特開2015-133196(JP,A)
【文献】特開2014-096354(JP,A)
【文献】国際公開第2011/018958(WO,A1)
【文献】特開2004-087304(JP,A)
【文献】国際公開第2010/038793(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0228471(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0177887(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0183105(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0284631(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 9/02
H01J 1/304
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記の基板上に積層された50~99.9質量%の錫ドープインジウム酸化物と0.1~20質量%のカーボンナノチューブとを含む電界電子放出膜と、を含む電界電子放出素子であって、前記の電界電子放出膜を貫通し、かつ、前記の基板の表面から5μm以上の深さの溝が1mm当たりの総延長2mm以上の長さで形成されており、前記の電界電子放出膜に形成された前記の溝の壁面においてカーボンナノチューブが露出した構造を有する電界電子放出素子。
【請求項2】
前記の溝の幅が1~200μmの範囲である、請求項1に記載の電界電子放出素子。
【請求項3】
前記の部分の面積比率が3~80%の範囲である、請求項1または2に記載の電界電子放出素子。
【請求項4】
電界電子放出膜中に含まれるInおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.4~0.95である、請求項1~3のいずれか1項に記載の電界電子放出素子。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の電界電子放出素子(カソード電極)と、前記電界電子放出素子に対向して配置されるアノード電極および蛍光体が設けられている構造体(アノード)とを含み、前記電界電子放出素子と前記アノードとの間が真空に保持されている、発光素子。
【請求項6】
有機インジウム化合物、錫アルコキシドおよびカーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ分散液を基板に塗布し、加熱してカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜を積層した後、前記の基板と前記の膜との積層体に、前記の膜を貫通し、かつ、前記の基板の表面から5μm以上の深さの溝を1mm当たりの総延長が2mm以上の長さで形成する、電界電子放出素子の製造方法。
【請求項7】
前記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜に含まれるInおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.4~0.95である、請求項6に記載の電界電子放出素子の製造方法。
【請求項8】
前記の形成された溝の幅が1~200μmの範囲である、請求項6または7に記載の電界電子放出素子の製造方法。
【請求項9】
前記の形成された溝の面積比率が3~80%の範囲である、請求項6~8のいずれか1項に記載の電界電子放出素子の製造方法。
【請求項10】
前記の溝の形成方法が、前記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜中に、該膜の法線方向に貫入させた溝形成用部材を該膜の面内の水平方向に機械的に移動させるものである、請求項6~9のいずれか1項に記載の電界電子放出素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強電界によって電子を放出する電界電子放出素子(電界電子放出電極)、発光素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の高輝度フラットパネルディスプレイとして、フィールドエミッンョンディスプレイ(FED)の研究開発が進められている。また、一般照明としての発光素子は、白熱灯や蛍光灯が長年にわたり用いられてきており、蛍光灯は白熱灯と比べると同じ明るさでも消費電力を低く抑えられるという特徴を有しており、照明として広く利用されている。近年、白色灯や蛍光灯などの既存の照明に代わり、発光ダイオード(LED)を光源とした表示装置や照明が開発され、普及している。最近では、信号機などの表示装置、LCD用のバックライト、各種照明などに利用されている。
LEDは、半導体のキャリアの再結合により発光する原理であるため、材料のバンド構造で決められた固有の波長の単色光であり、かつ点光源であるため、特にバックライトや照明などの大面積に均一に、そして白色などのブロードな波長で利用するアプリケーションには不適である。特に、白色表示にする場合には、青色発光素子としてLEDを用い、その青色発光で蛍光体を発光させる構成が必要となっている。
【0003】
これに対し、FEDと同様の方式で、面電子放出源から放出される電子で蛍光体を発光させることで、薄型かつ高輝度の面発光素子が容易に得られると考えられる。電界放射型の電子放出源(フィールドエミッタ)は、物質に印加する電界の強度を上げると、その強度に応じて物質表面のエネルギー障壁の幅が次第に狭まり、電界強度が107V/cm以上の強電界となると、物質中の電子がトンネル効果によりそのエネルギー障壁を突破できるようになる。電界放射型の電子放出源は、このようにして物質から電子が放出されるという現象を利用している。この場合、電場がポアッソンの方程式に従うために、電子を放出する部材(エミッタ)に電界が集中する部分を形成すると、比較的低い引き出し電圧で効率的に冷電子の放出を行うことができる。
近年、エミッタ材料としてカーボンナノチューブ(以下CNTと表記する。)が注目されている。CNTは、炭素原子が規則的に配列したグラフェンシートを丸めた中空の円筒であり、その外径はナノメータオーダで、長さは通常0.5μm~数10μmの非常にアスペクト比の高い物質である。その形状から、電界が集中しやすく高い電子放出能が期待できる。また、CNTは、化学的、物理的安定性が高いという特徴を有するため、動作真空中の残留ガスの吸着やイオン衝撃等に対して影響を受け難いことが期待できる。
【0004】
CNTを使用した電子放出源の製造方法として、CNTを含む分散液を基板に塗布し、乾燥・焼成する方法は、生産性および製造コストの点で優れていると考えられ、種々検討されている。
CNTは非常に細かい繊維状の微粒子(粉末)であるため、CNTを用いて電子放出源を形成する場合は、CNTを基板に固着する必要がある。一般に、CNTの固着には、樹脂などのバインダ材料が用いられる。具体的には、バインダ材料とCNTを溶媒に混合分散してペースト状(またはインク状)とし、これを印刷法、スプレー法、ダイコーター法等の手法で基板の表面に塗布し、乾燥・焼成することにより、バインダ材料の接着性を利用して基板上にCNTを固着する。このような方法でCNTを基板上に固着した場合、CNT自体はバインダ材料の中に埋め込まれたかたちとなるため、高い電子放出特性を実現するために、CNTを露出させ、かつCNTを基板に対して垂直に配向させる方法が用いられてきた。
例えば、特許文献1には、CNTを含む層の表面に多孔質で粘着性を有するシート部材を貼り付けて乾燥した後、そのシート部材を剥離することにより、CNTを部分的に露出させ、かつCNTを垂直に配向させる技術が開示されている。また、特許文献2には、CNTを含む層をドライエッチングする技術が開示されている。特許文献3には、塗膜表層を機械的方法により除去する表面処理である活性化処理を行うことにより、均一にカーボンナノチューブを活性化できる技術が開示されている。さらに、膜の内部に存在するCNTの露出方法としては、特許文献4には、CNT、オリゴマー、架橋性モノマー、重合開始材および溶剤を含む組成物を基板上に塗布して形成した膜に対して熱処理を行い、熱応力により膜に亀裂を生じさせ、その亀裂部内にCNTを露出させ、電子放出源とする方法が提案されている。
特許文献5および特許文献6には、60~99.9質量%の錫ドープインジウム酸化物と0.1~20質量%のCNTとを含む電界電子放出膜であって、前記の膜表面に、幅が0.1~50μmの範囲である溝が1mm2当たりの総延長2mm以上、かつ、溝部分の面積比率が2~60%の範囲で形成されており、前記の溝の壁面においてCNTが露出した構造を有する、電界電子放出膜が提案されている。
CNTを使用した電子放出源は、前述のFEDや照明のほか、電子線露光措置、X線発生装置等の様々な用途に活用することが提案され期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-035360号公報
【文献】特開2001-035361号公報
【文献】特開2005-025970号公報
【文献】特開2010-086966号公報
【文献】特開2015-133196号公報
【文献】特開2019-175648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のような発光素子等の様々な用途に電界電子放出素子(電界電子放出電極)を用いる場合、電界電子放出素子に求められる特性としては、小電力で電子放出が可能であり一定量の電子放出を得るために必要な電力消費量が低い(省電力性が高い)ことが挙げられる。
特許文献1-6に記載の技術を用いた電界電子放出素子(電界電子放出電極)には、省電力性には改善の余地があった。
特許文献1に記載の方法では、粘着性のシート状部材とCNTとの密着性をコントロールすることが困難であり、剥離の際にCNTが不均一に露出し、電力消費量が増加する要因となっていた。特許文献2に記載の方法では、CNTを露出させるためにドライエッチングを行うが、エッチングの際にCNTが劣化し、電力消費量が増加する要因となっていた。また、特許文献1および2に記載の方法は、基板と水平方向に配向しているCNTについては露出させる効果が少ないので、CNTを起毛する工程が必要であった。さらに、これらの方法では、膜の形成のために有機質のバインダと有機溶媒とを使用するため、導電性の高い膜を得ることが困難であった。また、特許文献3に記載の技術は、電界電子放出素子を作成する際にCNTを膜表面に突出させる処理が必要であるが、この処理方法の具体的記載がなく、その程度CNTを均一に露出させられか不明であった。また、特許文献4に記載の技術では、膜の主成分を樹脂とする必要があり、膜の導電性を高くすることが困難であることや、CNTを露出させる亀裂の密度や分布の制御が容易ではなく、高い省電力性を得ることが困難であるという問題があった。
特許文献5および6に記載の技術は、発光素子に用いた場合、それまでの技術より小電力で作動が可能であり、輝度の発光面内均一性を高くすることが可能な電界電子放出膜が記載されているが、省電力性の点で改善の余地があった。省電力性を改善するには、一定量の電界電子放出を得るために必要な印加電圧が低いことが有用である。また、これにより、電界電子表出膜を用いた照明等の装置を小型化が可能になる等の効果も期待できる。
【0007】
本発明は、一定量の電界電子放出を得るために必要な印加電圧が低く、省電力性に優れた電界電子放出素子(電界電子放出電極)、発光素子およびそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本明細書では以下の発明を提供する。
[1]基板と、前記の基板上に積層された50~99.9質量%の錫ドープインジウム酸化物と0.1~20質量%のカーボンナノチューブとを含む電界電子放出膜と、を含む電界電子放出素子であって、前記の電界電子放出膜を貫通し、かつ、前記の基板の表面から5μm以上の深さの溝が1mm2当たりの総延長2mm以上の長さで形成されており、前記の電界電子放出膜に形成された前記の溝の壁面においてカーボンナノチューブが露出した構造を有する電界電子放出素子。
[2]好ましくは、前記の溝の幅が1~200μmの範囲である、上記[1]の電界電子放出素子。
[3]好ましくは、前記の溝の部分の面積比率が3~80%の範囲である、上記[1]または[2]の電界電子放出素子。
[4]好ましくは、 前記の電界電子放出膜中に含まれるInおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.4~0.95である、上記[1]~[3]のいずれかの電界電子放出素子。
[5]上記[1]~[4]のいずれかの電界電子放出素子(カソード電極)と、前記電界電子放出素子に対向して配置されるアノード電極および蛍光体が設けられている構造体(アノード)とを含み、前記電界電子放出素子と前記アノードとの間が真空に保持されている、発光素子。
[6]有機インジウム化合物、錫アルコキシドおよびカーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ分散液を基板に塗布し、加熱してカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜を積層した後、前記の基板と前記の膜との積層体に、前記の膜を貫通し、かつ、前記の基板の表面から5μm以上の深さの溝を1mm2当たりの総延長が2mm以上の長さで形成する、電界電子放出素子の製造方法。
[7]好ましくは、前記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜に含まれるInおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.4~0.95である、上記[6]の電界電子放出素子の製造方法。
[8]好ましくは、 前記の形成された溝の幅が1~200μmの範囲である、上記[6]または[7]のいずれかの電界電子放出素子の製造方法。
[9]好ましくは、前記の形成された溝の面積比率が3~80%の範囲である、上記[6]~[8]のいずれかの電界電子放出素子の製造方法。
[10]好ましくは、 前記の溝の形成方法が、前記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜中に、該膜の法線方向に貫入させた溝形成用部材を該膜の面内の水平方向に機械的に移動させるものである、上記[6]~[8]の電界電子放出素子の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
基板上に電界電子放出膜が積層された電界電子放出素子であり、前記電界電子放出膜の主成分が導電性のITOであって、CNTを含むものであり、その膜を貫通して基板に到達するに溝を形成することにより、膜内部のCNTを露出させた電界電子放出膜であって、その溝の深さを基板の表面より5μm以上とすることにより、小電力でも作動可能であり省電力性に優れた電界電子放出素子およびそれを用いた発光素子を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】溝の形成に用いた針状部材の先端部の形状である。
図2】実施例、比較例の電界電子放出素子における、印加した電界強度と、カソード電極とアノード電極間に流れる電流の電流密度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[電界電子放出膜]
本発明の電界電子放出膜は、ITOを主成分とし、CNTを微量含む膜であり、その膜中を貫通する溝を形成し、その溝の壁面にCNTの端部を露出させた構造を有するものである。電界電子放出膜中のITOの含有量としては、50質量%以上が好ましい。50質量%未満では、膜の電導度が低くなり、電界電子放出膜の省電力性を損なう恐れがある。ITOは、電界電子放出膜中に最大99.9質量%まで含有させることが可能であるが、CNTの含有量とのバランスから、70~99.8質量%が好ましく、90~99.8質量%がより好ましい。なお、ITOはインジウム酸化物中に錫酸化物が固溶したものであり、製造条件によりその組成が変化する。また、出発原料として有機金属を用い、焼成温度が低い場合には有機成分が一部残存する場合もあるが、本発明におけるITOの含有量とは、電界電子放出膜中に含まれるインジウムおよび錫が、それぞれ化学量論組成の酸化物であると仮定して算出した値である。
本発明の電界電子放出膜は、実質的にインジウム酸化物、錫酸化物、原料であるインジウムもしくは錫の有機化合物の部分分解物および原料に由来する有機物とCNTとから構成されるが、上記の成分範囲内で、電界電子放出膜の特性に悪影響を与えない金属粒子等の導電性物質を含むことを妨げない。しかし、膜の伝導度を低下させるので、絶縁性の物質を多く含むことは好ましくない。
なお、電界電子放出膜中のインジウムと錫の組成比は、InおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.4~0.95であることが好ましい。元素組成比が0.4未満であると、電界電子放出膜の導電性が低下する場合があり、元素組成比が0.95を超えると、電界電子放出膜が脆くなり溝を形成しにくくなる場合がある。
本発明の電界電子放出膜は、エミッタとしてCNTを含有する。使用するCNTの種類は特に限定されないが、単層(シングルウォール)CNTを用いることが好ましい。単層(シングルウォール)CNTを用いると、電子放出電界および電子放出駆動電圧の低減の点で有利である。電界電子放出膜中のCNT含有量は、0.1~20質量%の範囲が好ましい。0.1質量%未満の場合には、電子の放出が不十分となるおそれがあり、20質量%を超えると、高価なCNTを多量に必要とし、膜の製造コストが高くなるので、不経済である。上記のバランスを考慮すると、電界電子放出膜中のCNT含有量は、0.2~10質量%がさらに好ましく、0.5~5質量%が一層好ましい。
電界電子放出膜(CNT含有ITO膜)の厚さは、0.1~100μmとすることが好ましい。0.1μm未満の場合には、十分な電界電子放出を得ることができない場合がある。また、100μmを超えると、材料コストが嵩むので好ましくない。これらの点を考慮すると、電界電子放出膜の厚さは、0.1~50μmとすることが更に好ましく、0.2~20μmとすることが一層好ましい。
【0012】
本発明の電界電子放出膜は、その膜を貫通する溝が膜中に形成された構造を有する。
一般に、CNTを液体に分散させたものを塗布・焼成して得られた膜中では、CNTは、必ずしも基板に垂直な状態では存在せず、基板に水平もしくは水平に近い状態で存在するものも多い。そのため、前述の焼成膜の表面を部分的に除去しても、CNTを効果的に露出することが困難な場合が多く、また、場合によっては起毛処理が必要となる。これに対して本発明の場合には、膜中に溝を設けるため、膜の内部において基板に水平もしくは水平に近い状態で存在するCNTの端部を効果的に露出することが可能となり、かつ、起毛処理も不要となる。
【0013】
[電界電子放出素子(電界電子放出電極)]
本発明の電界電子放出素子(電界電子放出電極)は、基板等の支持体上に本発明の電界電子放出膜が形成されたものである。本発明の電界電子放出素子は、電界電子放出膜に形成された溝が、基板に達しており、その溝の深さが基板表面から5μm以上であることに特徴がある。基板上に形成されたCNT含有ITO膜の表面に溝を形成した電界電子放出素子の性能について、鋭意検討した結果、膜表面に形成された溝を基板に達するようにして、溝の深さを基板表面から5μm以上とすることにより、電界電子が放出されやすい電界電子放出素子が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
溝の深さを基板表面から5μm以上とすることにより、電界電子が放出されやすい電界電子放出素子が得られる理由は明確にはわかっていないが、本発明者らは、以下の理由が一因であると考えている。すなわち、溝の形成により電界電子放出膜のエッジ部分に等電位線が集中しやすくなり、その結果として溝側面付近の膜から露出するCNTに印加する等電位線も密になる。するとCNTにかかる電界強度が増幅されることになる。溝の深さが電界電子膜の厚さ以下または同等の場合には、溝下部の電界電子放出膜のエッヂ形状が丸みを持った形状になりやすく前記の電界強度の増幅の効果が十分に得られないが、電界電子放出膜中に溝を貫通させ、溝の深さを基板表面から5μm以上とすることにより、溝下部の電界電子放出膜のエッヂ形状が丸みを持たない形状になり、前記の電界強度の増幅の効果が十分得られ、電界電子が放出されやすい電界電子放出素子が得られる可能性がある。
本発明の電界電子放出素子に用いる基板はその種類に制限はないが、電界電子放出膜に溝を形成する方法で、基板にも容易に溝が形成できることが好ましい。また、基板が導電性であれば電気的接続方法の自由度が増大する点で有利であり好ましいといえる。好適な基板の例として、グラファイト基板、基材上にITO膜が形成された基板、導電性セラミック基板、導電性耐熱樹脂基板等が挙げられる。
本発明の電界電子放出膜の表面に形成された溝は、基板に達しており、後述する方法で求めた溝の深さが、電界電子放出膜の厚さより5μm以上大きいことが好ましい。電界電子放出膜の表面に形成された溝の深さが、基板表面より5μm未満の場合には、電界電子放出素子の省電力性が十分向上しないことがある。電界電子放出素子表面に形成された溝の深さに上限はないが、基板表面よりの深さが300μmを超える溝を形成しても、それによる省電力性向上効果は限定的であり、基板表面よりの深さの上限を300μmとすることができる。電界電子放出素子表面に形成された溝の深さは、基板表面から10μm~250μmであること更に好ましく、20μm~200μmであることが一層好ましい。
なお、基板の厚さが薄い場合には、溝の深さを増大すると基板の強度を損なう可能性があるので、上記の好ましい範囲はあるが、最大でも基板の厚さより250μm少ない深さとすることが好ましい。
本発明の電界電子放出素子の表面に形成された溝の幅は、2~200μmの範囲が好ましい。溝の幅が2μm未満では、溝の深さを深くしにくい場合がある。溝の幅が200μm超の場合には、CNTが露出する溝壁面が少なくなり、電界電子放出膜の電界電子放出が起こりにくくなり、省電力性が損なわれる恐れがある。溝の幅は、光学顕微鏡もしくは走査電子顕微鏡を用いて測定することができる。
電界電子放出膜表面を溝の幅が2~200μmの範囲であり、個々の溝の深さが基板表面から5μm以上の溝は、1mm2当たり総延長が2mm以上存在することが好ましい。2mm未満では、CNTが露出する溝壁面の面積が少なくなり、電界電子放出膜の電界電子放出が起こりにくくなり、省電力性が損なわれる恐れがある。溝の長さは、光学顕微鏡もしくは走査電子顕微鏡を用いて測定することができる。幅が2~200μmの範囲であり、個々の溝の深さが基板表面から5μm以上の溝の1mm2当たりの総延長は、1mm×1mmの領域において、それぞれの溝について、幅が2~200μmの範囲内であり、個々の溝の深さが基板表面から5μm以上の部分の長さを測定し、その長さの和を求めることにより得ることができる。
電界電子放出素子表面に形成された溝部分の面積比率は3~80%の範囲内であることが好ましい。ここで、溝部分の面積比率とは、電界電子放出膜垂直方向上方からの全体の見かけ投影面積に対する溝部分の投影面積の比率を指す。面積比率の測定方法は後述する。
溝部分の面積比率が3%未満の場合には、CNTの露出部分が少なくなり、電界電子放出膜の省電力性が損なわれる恐れがある。溝部分の面積比率が80%超の場合には、独立した溝を形成することが難しくなることがある。
【0014】
[発光素子]
本発明の発光素子は、本発明の電界電子放出素子(電界電子放出電極)と、前記電界電子放出素子に対向して配置され、アノード電極および蛍光体が設けられている構造体(アノード)とを含み、前記電界電子放出素子と前記アノードとの間が真空に保持されていることを特徴とするものである。この構成により、省電力性に優れた発光素子を得ることができる。ここで真空とは、発光素子の発光を妨げない程度に減圧された状態を指す。この発光素子は、電界電子放出膜、電界電子放出素子についてIV特性の評価用素子して使用することができる。
アノードは、基板上にアノード電極が形成され、さらにその上に蛍光体が塗布されたものを用いることができる。アノードは、公知の電界電子放出素子を用いた発光素子で用いられているものを用いることができる。一例として、ガラス基板上にアノード電極としてITO膜が形成され、その上に蛍光体が塗布されているものを用いることができる。
【0015】
[電界電子放出膜の製造方法]
本発明の電界電子放出膜は、ITOの前駆物質であるインジウムを含む成分および錫を含む成分並びにCNTを含む分散液(CNT分散液)を基板に塗布し、加熱・焼成してCNT含有ITO膜を形成した後、その膜の表面に溝を形成することにより得られる。
【0016】
[CNT分散液]
CNT分散液に添加するインジウム成分としては、有機インジウム化合物が挙げられる。有機インジウム化合物としては、トリアルキルインジウムまたはインジウムアルコキシドを使用することができる。取り扱いの容易性の観点からトリアルキルインジウムとしてはトリブチルインジウムが好適な例として挙げられる。アルコキシドとしては、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。
CNT分散液に添加する錫成分としては、錫アルコキシドが挙げられる。アルコキシドとしては、インジウムアルコキシドと同様に、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。
インジウムおよび錫の成分としては、ITO粉をCNT分散液に添加することもできる。ITO粉の粒径は、溝深さの変動係数を小さくするためには、平均粒径として3μm以下が好ましく0.1μm以下がさらに好ましい。ITOの前駆物質として、有機インジウム化合物と錫アルコキシド、有機インジウム化合物および錫アルコキシドの1種または2種とITO粉の組み合わせがある。使用するCNTの種類には、特に制限はないが、単層(シングルウォール)CNTを用いることが好ましい。使用する溶媒の種類には、特に制限はないが、インジウムおよびスズ成分にアルコキシドを用いる場合には、混合時の加水分解を抑制する観点から有機溶媒を使用することが好ましい。有機溶媒の好適な例として、アルコール、酢酸ブチル等が挙げられる。
CNT分散液には、上記の他、分散剤、増粘剤等を添加することができる。
CNT分散液には、粘度調整のために、増粘剤を添加しても良い。CNT分散液の粘度が低い場合、増粘剤を添加することにより、CNT分散液の塗布性が向上し、基板と膜との密着性が向上する。増粘剤としては、公知の増粘剤を使用することができる。好適な例として、エチルセルロース等が挙げられる。CNT分散液中のCNTの分散性を向上させる目的で、CNT分散液に分散剤を加えても良い。分散剤は公知の分散剤を使用することができる。好適な例として、アニオン系の界面活性剤、ドデシルベンゼンスルホン酸、塩化ベンザルコニウム、ベンゼンスルホン酸ソーダ等が挙げられる。
CNT分散液の調製に当たって、湿式微粒化装置やボールミル等を用いてCNT分散液の分散処理を行うと、CNT分散液中のCNTの分散状態が向上する。
【0017】
[CNT含有ITO膜の形成]
まず、CNT分散液を基板上に塗布して、塗布膜を形成する。塗布方法は、静電塗布、スプレー塗布、スピン塗布、ディップ塗布等の公知の方法を用いることができる。
引き続き、前記の塗布膜を300℃~600℃で加熱(焼成)することにより、ITOを主成分とし、CNTを微量含む膜を得ることができる。焼成は、大気雰囲気で行っても良いし、窒素、アルゴン等の不活性ガス中で行っても良く、減圧下(真空中)で行っても良い。焼成の前に300℃未満の温度で、塗布膜の乾燥(溶媒成分の除去)を行っても良い。
【0018】
[電界電子放出素子の製造方法]
本発明の電界電子放出素子を得るためには、基板上に形成された電界電子放出膜を貫通する溝を形成する必要がある。本発明の電界電子放出膜表面に形成された溝は、基板まで達しており、溝の深さが地盤表面から5μm以上であることに特徴があり、電界電子放出膜の溝壁面のCNTが全ては除去されず、溝の壁面にCNTの端部が露出して残留する状態となる方法であれば、溝の形成方法に特に限定はないが、CNTのダメージを避けるために可能な限り低温プロセスを使用することが好ましい。
本発明で使用する基板および前記のプロセスで製造されたCNT含有ITO膜は、機械的な作用により容易に溝を形成することができる性質のものであり、例えば特許文献5に開示されているように、紙やすりの砥粒が付着している面でこすることにより、CNT含有ITO膜の表面に溝を形成することができる。しかし、紙やすりを用いた溝の形成方法では、深い溝を形成することや溝の深さを制御することは困難である。そのため、本発明の電界電子放出素子の製造方法においては、溝の形成には以下の方法を用いることができる。
本発明の電界電子放出素子の製造方法においては、基板上に前記のCNT含有ITO膜を積層した構造体を、例えば定盤のような水平面を有する台の上に載置・固定し、CNT含有ITO膜の表面に対して法線方向から例えばステンレス等の金属や硬質セラミックス製の硬質の溝形成用部材を下降させ、該溝形成用部材が該膜、該基板に接触した後、該溝形成用部材を「更に下降」させて該膜中、該基板中に貫入させ、該針状部材が該膜中、該基板中に貫入した状態の該構造体と該針状部材を相対的に水平方向に移動させることにより、該膜の表面に溝を形成する。この溝の深さは、基板表面から5μm以になるようにする。前記の水平方向への移動は、該構造体を移動させても、該溝形成用部材を移動させても、いずれの方法を用いても構わない。溝形成部材としては、形成する溝の幅以下の幅を持つ板状または針状の硬質部材を用いることができる。
このとき、前記の「更に下降」させる量、すなわち貫入量は、生成したCNT含有ITO膜および基板の溝の形成され易さ等の性質や最終的な溝(同一の箇所で溝を形成する操作を繰り返し実施することが完了した後の溝)の深さや幅により変動するが、1回当たりの「更に下降」させる量は、最終的な溝の深さの1/5以下とすることかできる。好ましく、最終的な溝の深さの1/10以下とすることがさらに好ましい。1回当たりの「更に下降」させる量が最終的な溝の深さの1/5を超えると、基板および電界電子放出膜の性質や最終的な溝の深さによっては、電界電子放出膜壁面のCNT露出量が減少し電界電子放出素子の省電力性の向上量が少なくなる恐れがある。
【0019】
[溝の深さの評価方法]
電界電子放出素子の表面に形成された溝の深さおよびその変動係数について、本発明では以下のようにして求める。3D測定レーザー顕微鏡(島津製作所製、OLS4100)を用いて、測定範囲を直線とし、膜表面形状(表面高さ)を測定する。このとき、測定範囲である直線は溝と直交する方向とし、測定範囲(直線)に溝が60本含まれるように測定範囲を設定する。このとき、測定対象とする溝は、幅が2~200μmであり、個々の溝の深さが基板表面から5μm以上の溝とする。
60本の各溝の深さは、前記により測定された測定範囲の表面高さの測定結果から、以下のようにして求める。
各溝について、前記測定結果の最も低い部分の高さを(A)とする。前記1本の溝の両側の溝が形成されていない部分の平均高さ(B)としたときに、(B)から(A)を引いた値を当該各溝の深さとする。
この各溝の深さを溝60本について測定し、その算術平均値を溝の深さとした。
【実施例
【0020】
[実施例1]
[CNT分散液]
酢酸ブチル18.6394gに下記を添加し、撹拌混合することにより、溶液を得た。
・トリブチルインジウム(C1227In)(Inとして0.279gを含む)
・テトラブトキシ錫(C16364Sn)(Snとして0.110gを含む)
得られた溶液に下記を添加し、撹拌混合することにより、CNT含有液を得た。
・カーボンナノチューブ(シングルウォール、Hanwha Nanotech社製、ASP-100F)0.015g
・エチルセルロース(関東化学製、エチルセルロース100cP(エトキシ含有量48~49.5%)3.6g
得られたCNT含有溶液に、湿式微粒化装置(スギノマシン製、スターバーストラボ)を用いジルコニアビーズ(直径0.5mm)を60MPaの圧力で噴霧衝突させながら溶液を微粒化することを10回繰り返し、CNT分散液を得た。
【0021】
[CNT含有ITO膜]
静電塗布装置(アピックヤマダ製)を用い、150℃に加熱したグラファイト基板(東洋炭素社製、厚さ0.5mm)の表面に、前記グラファイト基板には、粒径2μm程度の前記CNT分散液を塗布した。このとき、塗布膜厚は、焼成後の膜厚が0.4μmになるように調整した。引き続き、CNT分散液を塗布した基板を、空気中250℃の条件下で30分間加熱し、乾燥した。乾燥後、CNT分散液を塗布した基板を、真空中470℃の条件下で80分間焼成して、グラファイト基板上にCNT含有ITO膜を生成させた。
【0022】
[CNT露出処理]
得られたCNT含有ITO膜中に含まれるCNTを部分的に露出させるために、得られたCNT含有ITO膜の表面およびグラファイト基板に以下に示す方法で溝を形成した。
水平方向で直行する2方向(X軸,Y軸方向)に任意に移動可能なX-Yステージ上にCNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を固定し、CNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を水平方向に任意に移動できるようにした。
マイクロマニピュレーター(マイクロサポート社製、TR-M-1029)のアーム先端部に、板状であり先端部の形状が図1に示す形状(θが15°であり、先端部が半径0.5μmで面取りされている)のステンレス製部材を取り付けた。マイクロマニピュレーターの先端部は垂直方向(Z軸方向)に任意の大きさで上下可能となっている。マイクロマニピュレーターを操作して、グラファイト基板上のCNT含有ITO膜の表面に前記ステンレス製部材を先端が接触させた(このときの前記ステンレス製部材を先端の高さを膜表面高さとする。)
次に、以下の操作を20回繰り返すことにより、CNT含有ITO膜を貫通する細い溝を形成する操作を行った。
マイクロマニピュレーターを操作して、前記アームの根元の高さを下げた後に、前記X-Yステージを原位置から終点位置までX軸方向に移動させて凹部を形成した。マイクロマニピュレーターを操作して、前記ステンレス製部材を上昇させた後、X-Yステージを原位置に戻した。ここで、前記X-Yステージを原位置から終点位置までX軸方向に移動させるときの前記アームの根元の高さは、1回目の操作では前記膜表面高さより2.5μm低い高さとし、以降の操作では、操作ごとに、前記X-Yステージを原位置から終点位置まで水平方向に移動させるときの前記アームの根元の高さを2.5μmずつ低くなるようにして、20回目の操作では、前記アームの根元の高さが、前記膜表面高さより50μm低くなるようにした。
次に、アーム先端部に取り付けられた部材を図1に示す形状の部材から幅50μmの直方体であるステンレス製部材に変更し、部材の先端が水平になるようにし、Z軸方向から見たときに部材の先端部がY軸と平行方向になるようにした。部材の先端中央部が、細い溝の一端の中央部と一致するように前記X-Yステージを操作した(この操作後のX-Yステージの位置の原位置2とする)マイクロマニピュレーターを操作して、グラファイト基板上のCNT含有ITO膜の表面に前記ステンレス製部材を先端が接触させた。その後、以下の操作を50回繰り返すことにより、CNT含有ITO膜の表面に溝を形成する操作を行った。
マイクロマニピュレーターを操作して、前記アームの根元の高さを下げた後に、前記X-YステージをX軸方向に移動させて凹部を形成した。この際、移動距離は前記細い溝を形成したときの原位置から終点位置までの距離とした。マイクロマニピュレーターを操作して、前記ステンレス製部材を上昇させた後、X-Yステージを原位置に戻した。ここで、前記X-Yステージを原位置から終点位置までX軸方向に移動させるときの前記アームの根元の高さは、1回目の操作では前記膜表面高さより1.0μm低い高さとし、以降の操作では、操作ごとに、前記X-Yステージを原位置から終点位置まで水平方向に移動させるときの前記アームの根元の高さを1.0μmずつ低くなるようにして、50回目の操作では、前記アームの根元の高さが、前記膜表面高さより50μm低くなるようにした。
その後、X-Yステージを原位置からY軸方向に100μm移動させて前記の溝を形成することを操作繰り返し実施し、CNT含有ITO膜の表面に溝を形成して、CNT露出処理を行った。
このようにして得られたグラファイト基板上に形成されたCNT含有ITO膜にCNT露出処理を施したもの(グラファイト基板上の電界電子放出膜)をカソード電極として以下の評価を行った。
【0023】
[溝の深さ測定]
前記のCNT露出処理によりCNT含有ITO膜に形成された溝の深さについて、以下のようにして求めた。3D測定レーザー顕微鏡(島津製作所製、OLS4100)を用いて、測定範囲を直線とし、膜表面形状(表面高さ)を測定した。このとき、測定範囲である直線は溝と直交する方向とし、測定範囲(直線)に溝が60本含まれるように直線の測定範囲を設定した。測定対象とする溝は、幅が2~200μmであり、個々の溝の深さが基板表面より5μm以上の溝とした。60本の各溝の深さは、前記により測定された測定範囲の表面高さの測定結果から、以下のようにして求めた。各溝について、前記測定結果の最も低い部分の高さを(A)とした。前記1本の溝の両側の溝が形成されていない部分の平均高さ(B)としたときに、(B)から(A)を引いた値を当該各溝の深さとした。この各溝の深さを溝60本について測定し、その平均値を溝の深さとした。溝の深さの測定結果は、51μmであった。
【0024】
[カソード電極の評価]
(評価用素子の作成)
基板付きの溝を形成したCNT含有ITO膜を1辺7mmの正方形に切断し、電界電子放出素子(カソード電極)とした。正方形の対向する2辺にガラスファイバー製スペーサー(直径450μm)をカソード電極上に設置し、固定した。表面にITOを蒸着し、蛍光体を塗布したガラス板をアノード電極とした。アノード電極をカソード電極と同様の形状に切断した。アノード電極の蛍光体塗布面とカソード電極のCNT含有ITO膜の存在する面が対向するように、アノード電極を前記スペーサーの上に設置・固定して、評価用素子を形成した。
(評価用素子のIV特性の評価)
得られた評価用素子のカソード電極およびアノード電極を電源装置に接続し、10-4Paの真空容器中に設置し、カソード電極に電圧を印加することにより、アノード電極とカソード電極間に印加した電圧と前記カソード電極とアノード電極間に流れる電流値の関係について測定を行った。カソード電極に印加する電圧は、前記カソード電極とアノード電極間に流れる電流の電流密度が15mA/cm2以上になるまで、または電界強度が9V/μm弱になるまで徐々に上昇させた。ここで、電界強度はアノードとカソード電極間に印加した電圧を、アノード電極とカソード電極が対向する距離(450μm)で除した値とした。また、電流密度は評価用素子を流れる総電流をアノード電極の面積(0.49cm2)で除した値とした。前記電界強度と前記電流密度の関係を図2に示す。
いずれの実施例、比較例とも、IV特性の評価中、アノード電極の発光が認められた。
【0025】
[実施例2]
X-Yステージを原位置からY軸方向に異動する距離を100μmから60μmに変更した以外は、実施例1と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。溝の深さの測定結果は、50μmであった。
【0026】
[実施例3]
実施例1の方法で溝を形成する前に、実施例1の方法で得た溝が形成されていないCNT含有ITO膜が表面に生成したグラファイト基板に対して、以下の処理を行った。
水平方向で直行する2方向(X軸,Y軸方向)に任意に移動可能なX-Yステージ上にCNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を固定し、CNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を水平方向に任意に移動できるようにした。
マイクロマニピュレーター(マイクロサポート社製、TR-M-1029)のアーム先端部に、板状であり先端部の形状が図1に示す形状(θが15°であり、先端部が半径0.5μmで面取りされている)のステンレス製部材を取り付けた。マイクロマニピュレーターの先端部は垂直方向(Z軸方向)に任意の大きさで上下可能となっている。マイクロマニピュレーターを操作して、グラファイト基板上のCNT含有ITO膜の表面に前記ステンレス製部材を先端が接触させた(このときの前記ステンレス製部材を先端の高さを膜表面高さとする。)次に、前記アームの根元の高さを0.5μm降下した。X-Yステージを原位置から終点位置までX軸方向に移動させて凹部を形成した。
次に、アーム先端部に取り付けられた部材を図1に示す形状の部材から幅15μmの直方体であるステンレス製部材に変更し、部材の先端が水平になるようにし、Z軸方向から見たときに部材の先端部がY軸と平行方向になるようにした。部材の先端中央部が、細い溝の一端の中央部と一致するように前記X-Yステージを操作した(この操作後のX-Yステージの位置の原位置2とする)マイクロマニピュレーターを操作して、グラファイト基板上のCNT含有ITO膜の表面に前記ステンレス製部材を先端が接触させた。その後、前記アームの根元の高さを0.5μm降下した。マイクロマニピュレーターを操作して、前記X-YステージをX軸方向に移動させて凹部を形成した。この際、移動距離は前記細い溝を形成したときの原位置から終点位置までの距離とした。
その後、X-Yステージを原位置からY軸方向に20μm移動させて前記の溝を形成することを操作繰り返し実施し、CNT含有ITO膜の表面に溝を形成した。
このようにして溝を形成した後のCNT含有ITO膜の表面を観察したところ、溝を形成した部分のCNT含有ITO膜が除去されていることを確認した。
その後、前記の方法で溝を形成したCNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を、X-Yステージ上に、形成された溝の方向がY軸と平行になるように固定した。その後、実施例1と同様の方法で溝を形成する以降の工程を行い、評価用素子の作成および評価を行った。溝の深さの測定結果は、50μmであった。
【0027】
[実施例4]
溝を形成したCNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を、X-Yステージ上に、形成された溝の方向がY軸と平行になるように固定した後に溝の形成を行う際に、X-Yステージを原位置からY軸方向に異動する距離を100μmから60μmに変更した以外は、実施例3と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。溝の深さの測定結果は、50μmであった。
[実施例5](井桁、膜サイズ50μm×5μm、溝深さ30μm)
溝を形成したCNT含有ITO膜を生成させたグラファイト基板を、X-Yステージ上に、形成された溝の方向がY軸と平行になるように固定した後に溝の形成を行う際に、X-Yステージを原位置からY軸方向に異動する回数を20回から12回に、50回から30回にそれぞれ変更した以外は、実施例3と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。溝の深さの測定結果は、29μmであった。
【0028】
[比較例1]
CNT含有ITO膜に溝を形成する方法について、1回あたりのアームの降下量を2.5μmから0.5μmに、1μmから0.5μmにそれぞれ変更し、アームの降下回数を20回および50回から、それぞれ1回に変更した以外は、実施例1と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。このようにして溝を形成した後のCNT含有ITO膜の表面を観察したところ、溝を形成した部分のCNT含有ITO膜が除去されていることを確認した。電界電子放出膜の表面に形成された溝の深さは、電界電子放出膜厚より、0.1μm程度大きいもので、本発明における溝の深さ測定の対象となる溝はなかった。
[比較例2]
X-Yステージ上に、形成された溝の方向がY軸と平行になるように固定した後の溝を形成する際に、アームの降下量を2.5μmから0.5μmに、1μmから0.5μmにそれぞれ変更し、アームの降下回数を20回から1回に、50回から1回にそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。このようにして溝を形成した後のCNT含有ITO膜の表面を観察したところ、溝を形成した部分のCNT含有ITO膜が除去されていることを確認した。電界電子放出膜の表面に形成された溝の深さは、電界電子放出膜厚より、0.1μm程度大きいもので、本発明における溝の深さ測定の対象となる溝はなかった。
[比較例3]
溝を形成する操作を行わなかった以外は、実施例1と同様の方法で評価用素子の作成および評価を行った。
【0029】
実施例1~5、比較例1、2の電界電子放出膜の溝の壁面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、いずれの電界電子放出膜の溝の壁面にもCNTの端部が露出していることが確認された。比較例3の電界電子放出膜の表面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、わずかに膜表面からCNTの端部が露出していることが確認された。
また、実施例1~5、比較例1~3の電界電子放出膜の一部を試料とし、その試料の質量を測定した。試料中に含まれるインジウムおよび錫の質量を測定し、インジウムおよび錫について化学量論組成の酸化物であると仮定して算出した質量の和を含有するITOの質量として、電界電子放出膜中のITOの比率を確認したところ、いずれの電界電子放出膜についても70%以上であった。
実施例1~5、比較例1~3について、評価用素子の評価において印加した電界強度と、カソード電極とアノード電極間に流れる電流の電流密度の関係を示すグラフを図2に示す。これらの結果は、実施例の電界電子放出膜は、比較例の電界電子放出膜と比較して、印加する電界強度が同じ場合には多くの電界電子の放出が起こっており、省電力性に優れることを示している。
図1
図2