(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-02
(45)【発行日】2023-08-10
(54)【発明の名称】有機無機ハイブリッド膜
(51)【国際特許分類】
C08J 5/18 20060101AFI20230803BHJP
B32B 27/18 20060101ALI20230803BHJP
C08K 3/22 20060101ALI20230803BHJP
C08L 27/12 20060101ALI20230803BHJP
C03C 23/00 20060101ALI20230803BHJP
C03C 17/42 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
C08J5/18 CEW
B32B27/18 Z
C08K3/22
C08L27/12
C03C23/00 Z
C03C17/42
(21)【出願番号】P 2019005620
(22)【出願日】2019-01-17
【審査請求日】2021-12-14
(31)【優先権主張番号】P 2018006079
(32)【優先日】2018-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構の研究成果最適展開支援プログラム、シーズ育成タイプFS、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】518019651
【氏名又は名称】株式会社表面・界面工房
(73)【特許権者】
【識別番号】000250384
【氏名又は名称】リケンテクノス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184653
【氏名又は名称】瀬田 寧
(72)【発明者】
【氏名】多賀康訓
【審査官】横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-037942(JP,A)
【文献】特開平10-147681(JP,A)
【文献】特開平10-292056(JP,A)
【文献】特開2000-287559(JP,A)
【文献】特開2007-301976(JP,A)
【文献】特開平04-300644(JP,A)
【文献】国際公開第2016/122223(WO,A1)
【文献】特開2015-156377(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0021739(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01319683(EP,A1)
【文献】国際公開第2016/199867(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/050894(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0321070(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0148971(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/00- 5/22
B32B 1/00- 43/00
C03C 15/00- 23/00
C23C 14/00- 14/58
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00- 13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリウム酸化物と弗素系樹脂との有機無機ハイブリッド膜であって、
下記(イ)、(ロ)、及び(ハ)を満たす有機無機ハイブリッド膜。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が80度以上。
【請求項2】
セリウム酸化物と弗素系樹脂との有機無機ハイブリッド膜であって、
下記(イ)、(ロ)、及び(ハ’)を満たす有機無機ハイブリッド膜。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ’)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が90度以上。
【請求項3】
上記有機無機ハイブリッド膜の厚みが1μm以下である、請求項1又は2に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項4】
上記弗素系樹脂がポリテトラフルオロエチレン、及びポリ弗化ビニリデンからなる群から選択される1種以上を含む、請求項1~3の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項5】
上記セリウム酸化物が二酸化セリウムを含む、請求項1~4の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項6】
上記有機無機ハイブリッド膜中において、酸化数が+4であるセリウム化合物の割合が、原子比で、全セリウム化合物の総和を100at%として、1~100at%である、請求項1~5の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項7】
上記有機無機ハイブリッド膜中の上記セリウム酸化物に由来する原子の割合が、原子比で、上記セリウム酸化物に由来する原子と上記
弗素系樹脂に由来する原子の総和を100at%として、60~99.9at%である、請求項1~6の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項8】
上記有機無機ハイブリッド膜の厚みが1~500nmである、請求項1~7の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項9】
上記有機無機ハイブリッド膜が、三弗化セリウムを含む、請求項1~8の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜。
【請求項10】
請求項1~9の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜を含む積層体。
【請求項11】
波長300~380nmの紫外線の透過率が30%以下である請求項10に記載の積層体。
【請求項12】
可視光線透過率が70%以上である請求項10又は11に記載の積層体。
【請求項13】
請求項1~9の何れか1項に記載の有機無機ハイブリッド膜を含む物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機無機ハイブリッド膜に関する。更に詳しくは、紫外線透過率が低く、かつ可視光線透過率の高い有機無機ハイブリッド膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のウィンドウや風防等、建築物の窓や扉等、及び画像表示装置の保護板やディスプレイ面板等には、化学的安定性に優れ、かつ透明性、剛性、耐傷付性、及び耐候性などの要求特性に合致することから、無機ガラスを基材とする物品が使用されてきた。一方、無機ガラスには、耐衝撃性が低く割れ易いという問題がある。そこで従来から、無機ガラスを衝撃から保護したり、無機ガラスが割れた際に飛散するのを防止したりすることを目的として、樹脂フィルムが無機ガラスに貼られて用いられている。
【0003】
建築物の窓等に樹脂フィルムを貼る場合、耐候性、及び防汚性の観点から、屋内側に貼るのが一般的である。しかし、屋内側に貼る場合には、屋内に作業スペースが必要になる;十分な作業スペースを確保できず、作業に制約を受けることがある;などの問題がある。そこで窓等の屋外側に貼ることのできる耐候性、及び防汚性を有する樹脂フィルムが求められている。また自動車のウィンドウ等に用いる樹脂フィルムについても、同様の観点、及びウィンドウの外側に貼る方が施工は容易であるという観点から、ウィンドウの車外側に貼ることのできる耐候性、及び防汚性が求められている。更に近年、画像表示装置はカーナビゲーション、及びデジタルサイネージなどの太陽光の直射を受ける場所(紫外線に曝される環境下)で使用される用途に展開されている。そこで画像表示装置に用いる樹脂フィルムについても、このような用途に展開することのできる耐候性、及び防汚性が求められている。
【0004】
しかし、樹脂フィルムは無機ガラスと比較して耐候性に劣り、特に紫外線に曝される環境下(建築物の窓の屋外側、自動車ウィンドウの外側など)で使用するには耐候性が不十分である。そのため樹脂フィルムの耐候性の改善が喫緊の課題となっている。
【0005】
また樹脂フィルムを、特に建築物の窓の屋外側、自動車ウィンドウの外側などに貼る場合には、外部環境から飛来する汚染物質(汚染水、油膜など)の付着による透明性の低下、外部視認性の低下が大きな問題となる。そこで樹脂フィルムへの汚染物質の付着を防ぐ技術として、表面エネルギーの低い材料、例えば、弗素系樹脂を表面保護層として用いることが提案されている(例えば、特許文献3)。しかし、弗素系樹脂の耐擦傷性は、建築物の窓の屋外側や自動車ウィンドウの外側に用いるには不十分である。
【0006】
またガラスには、耐衝撃性が低く割れ易いという問題以外にも、加工性が低い;ハンドリングが難しい;比重が高く重い;物品の曲面化やフレキシブル化の要求に応えることが難しい;などの問題がある。そこでガラスに替わる材料が盛んに研究されており、ポリカーボネート系樹脂やアクリル系樹脂などの透明樹脂のシート又は板にハードコートを積層した透明樹脂積層体が提案されている(例えば、特許文献4及び5)。しかし、その耐候性、及び防汚性、特に耐候性は、紫外線に曝される環境下で使用される用途には不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-068423号公報
【文献】特開2008-231304号公報
【文献】特開平02-030528号公報
【文献】特開2014-043101号公報
【文献】特開2014-040017号公報
【文献】特開平06-306591号公報
【文献】特開平07-166324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、新規な有機無機ハイブリッド膜を提供することにある。本発明の更なる課題は、新規な有機無機ハイブリッド膜であって、紫外線透過率が低く、可視光線透過率の高く、かつ撥水機能を有する有機無機ハイブリッド膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究した結果、特定の有機無機ハイブリッド膜により、上記課題を達成できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、セリウム酸化物と有機弗素化合物との有機無機ハイブリッド膜であって、
下記(イ)、(ロ)、及び(ハ)を満たす有機無機ハイブリッド膜である。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が80度以上。
【0011】
第2の発明は、セリウム酸化物と有機弗素化合物との有機無機ハイブリッド膜であって、
下記(イ)、(ロ)、及び(ハ’)を満たす有機無機ハイブリッド膜である。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ’)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が90度以上。
【0012】
第3の発明は、上記有機弗素化合物が弗素系樹脂を含む第1の発明又は第2の発明に記載の有機無機ハイブリッド膜である。
【0013】
第4の発明は、第1~3の発明の何れか1に記載の有機無機ハイブリッド膜を含む積層体である。
【0014】
第5の発明は、第1~3の発明の何れか1に記載の有機無機ハイブリッド膜を含む物品である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、紫外線透過率が低く、可視光線透過率が高く、かつ撥水機能を有する。そのため本発明の有機無機ハイブリッド膜は、建築物の窓等の屋外側、及び自動車のウィンドウ等の車外側などの物品の太陽光の直射を受ける箇所;カーナビゲーション、及びデジタルサイネージなどの太陽光の直射を受ける場所(紫外線に曝される環境)で使用される物品;などに好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書において、「化合物」の用語は、2種以上の化合物を含む混合物をも含む用語として使用する。「樹脂」の用語は、2種以上の樹脂を含む樹脂混合物や、樹脂以外の成分を含む樹脂組成物をも含む用語として使用する。本明細書において、「フィルム」の用語はシートをも含む用語として使用する。同様に「シート」の用語は、フィルムをも含む用語として使用する。本明細書において、「フィルム」及び「シート」の用語は、工業的にロール状に巻き取ることのできるものに使用する。「板」の用語は、工業的にロール状に巻き取ることのできないものに使用する。また本明細書において、ある層と他の層とを順に積層することは、それらの層を直接積層すること、及び、それらの層の間にアンカーコートなどの別の層を1層以上介在させて積層することの両方を含む。
【0017】
数値範囲に係る「以上」の用語は、ある数値又はある数値超の意味で使用する。例えば、20%以上は、20%又は20%超を意味する。数値範囲に係る「以下」の用語は、ある数値又はある数値未満の意味で使用する。例えば、20%以下は、20%又は20%未満を意味する。更に数値範囲に係る「~」の記号は、ある数値、ある数値超かつ他のある数値未満、又は他のある数値の意味で使用する。ここで、他のある数値は、ある数値よりも大きい数値とする。例えば、10~90%は、10%、10%超かつ90%未満、又は90%を意味する。実施例以外において、又は別段に指定されていない限り、本明細書及び特許請求の範囲において使用されるすべての数値は、「約」という用語により修飾されるものとして理解されるべきである。特許請求の範囲に対する均等論の適用を制限しようとすることなく、各数値は、有効数字に照らして、及び通常の丸め手法を適用することにより解釈されるべきである。
【0018】
1.有機無機ハイブリッド膜:
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、セリウム酸化物と有機弗素化合物との有機無機ハイブリッド膜であって、下記(イ)、(ロ)、及び(ハ)を満たす有機無機ハイブリッド膜である。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が80度以上。
【0019】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、他の態様において、セリウム酸化物と有機弗素化合物との有機無機ハイブリッド膜であって、下記(イ)、(ロ)、及び(ハ’)を満たす有機無機ハイブリッド膜である。
(イ)可視光線透過率が70%以上。
(ロ)波長380nmの紫外線の透過率が60%以下。
(ハ’)上記有機無機ハイブリッド膜の表面の水接触角が90度以上。
【0020】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、上記特性(ロ)を満たす程度に紫外線透過率が低いため、これを樹脂フィルム等の基材の表面の上に形成することにより、耐候性を大きく向上させることができる。また本発明の有機無機ハイブリッド膜は、上記特性(ハ)又は(ハ’)を満たす程度に撥水機能が高いため、これを樹脂フィルム等の基材の表面の上に形成することにより、防汚性を大きく向上させることができる。
【0021】
ここで「有機無機ハイブリッド膜」とは、無機化合物に由来する原子、及び有機化合物に由来する原子を含む膜を意味する。「有機無機ハイブリッド膜」は、通常、無機化合物に由来する原子、及び有機化合物に由来する原子を含み、紫外線透過率が低く、可視光線透過率が高い膜を意味する。有機無機ハイブリッド膜は、典型的には、セリウム酸化物に由来する原子、及び有機弗素化合物に由来する原子を含み、波長380nmの紫外線の透過率が60%以下という低い紫外線透過率を有し、かつ70%以上の高い可視光線透過率を有する膜である。
【0022】
セリウム酸化物:
上記セリウム酸化物は、本発明の有機無機ハイブリッド膜の紫外線透過率を低くし、耐候性を高める働きをする。また耐擦傷性を高める働きをする。
【0023】
本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いるセリウム酸化物としては、紫外線透過率を低く、かつ可視光線透過率を高くする観点から、三酸化二セリウム、及び二酸化セリウムが好ましく、二酸化セリウムがより好ましい。本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いるセリウム酸化物としては、これらの1種又は2種以上の混合物を用いることができる。
【0024】
なお有機無機ハイブリッド膜の生産に用いられたセリウム酸化物は、本発明の有機無機ハイブリッド膜中において、その一部又は全部がセリウム酸化物以外のセリウム化合物を形成していてもよい。
【0025】
本発明の有機無機ハイブリッド膜中のセリウム化合物の酸化数は、特に制限されない(+2、+3、及び+4の何れであってもよい。)が、紫外線透過率を低くし、かつ可視光線透過率の高いものにする観点から、好ましくは+4であってよい。本発明の有機無機ハイブリッド膜中において、セリウム化合物であって酸化数が+4であるセリウム化合物の割合は、原子比で、全セリウム化合物の総和を100at%として、通常1at%以上、好ましくは10at%以上、より好ましくは30at%以上、更に好ましくは50at%以上、最も好ましくは80at%以上であってよい。本発明の有機無機ハイブリッド膜中において、セリウム化合物であって酸化数が+4であるセリウム化合物の割合は、高いほど好ましい。
【0026】
有機無機ハイブリッド膜中において、セリウムがどのような化合物を形成しているかは、エックス線光電子分光法(以下、「XPS分析」と略すことがある。)により確認することができる。XPS分析は、例えば、アルバック・ファイ社のESCA5400型XPS分析装置を使用し、エックス線としてMgKα線(例えば、電力400W、電圧15kVの条件で発生させたビーム直径1.1mmのMgKα線)を使用して測定することができる。
【0027】
ワイドスキャンは、例えば、電子取り出し角度(以下、「測定角度」と記載することがある。)15度又は45度、パスエネルギー178.95eV、測定範囲0~1100eV、エネルギーステップ1.000eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数3回の条件で行うことができる。なお測定角度15度におけるXPS分析による組成、状態分析データは、表面からの深さ1.3nm~1.5nmの平均値であり、測定角度45度においては表面からの深さ4~5nmの平均値である。
参考文献:M. P. Seah and W. A. Derch, Surface and Interface Analysis 1,2(1979)
【0028】
ナロースキャンは、測定元素がC1sのときは、例えば、測定角度15度又は45度、パスエネルギー178.95eV、測定範囲278~310eV、エネルギーステップ0.100eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数10回の条件で行うことができる。測定元素がO1sのときは、例えば、測定角度15度又は45度、パスエネルギー35.75eV、測定範囲523~553eV、エネルギーステップ0.100eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数5回の条件で行うことができる。測定元素がCe3dのときは、例えば、測定角度15度又は45度、パスエネルギー35.75eV、測定範囲876~926eV、エネルギーステップ0.100eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数5回の条件で行うことができる。測定元素がF1sのときは、例えば、測定角度15度又は45度、パスエネルギー35.75eV、測定範囲679~709eV、エネルギーステップ0.100eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数5回の条件で行うことができる。測定元素がSi2pのときは、例えば、測定角度15度又は45度、パスエネルギー35.75eV、測定範囲94~124eV、エネルギーステップ0.100eV、1ステップの時間20ms、及び測定回数5回の条件で行うことができる。
【0029】
図1にXPS分析の測定例を示す。
図1は後述する実施例の例4の有機無機ハイブリッド膜を測定したものである。882.5eV付近に二酸化セリウムに由来するピーク、884.0eV付近に三弗化セリウムに由来するショルダーピークが現れており、二酸化セリウムの一部がポリテトラフルオロエチレンに由来する弗素原子との別の化合物、三弗化セリウムに変性していることが分かる。
【0030】
有機弗素化合物:
上記有機弗素化合物は、弗素・炭素結合を有する化合物であり、典型的には炭化水素などの有機化合物の1つ又は2つ以上の水素原子が弗素原子に置換された構造を有する化合物である。上記有機弗素化合物は、本発明の有機無機ハイブリッド膜に撥水機能、防汚性を付与する働きをする。
【0031】
本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いる有機弗素化合物としては、環境問題の観点、及び作業安全性の観点から、弗素系樹脂が好ましい。上記弗素系樹脂は、弗素原子を含有するモノマー(弗素・炭素結合を有する化合物であって、重合性を有するもの。)に由来する構成単位を含む樹脂である。上記弗素系樹脂は、本発明の有機無機ハイブリッド膜に撥水機能、及び防汚性を付与する働きをする。また耐クラック性、及び可撓性を付与する働きをする。更に紫外線のA波(波長315~380nm)による劣化を抑制する働きをする。
【0032】
本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いる弗素系樹脂としては、例えば、α-オレフィンの1つ又は2つ以上の水素原子が弗素原子に置換された構造を有するモノマーに由来する構成単位を含む、好ましくは主要な構成単位の1つとして含む(全構成モノマーに由来する構成単位の総和を100モル%として、通常20モル%以上、好ましくは40モル%以上、より好ましくは60モル%以上、更に好ましくは80モル%以上、最も好ましくは90モル%以上含む。)ものをあげることができる。
【0033】
上記α-オレフィンの1つ又は2つ以上の水素原子が弗素原子に置換された構造を有するモノマーとしては、例えば、テトラフルオロエチレン、トリフルオロエチレン、弗化ビニリデン、弗化ビニル、ヘキサフルオロプロピレン、ペンタフルオロプロピレン、テトラフルオロプロピレン、トリフルオロプロピレン、及びクロロトリフルオロエチレンなどをあげることができる。上記α-オレフィンの1つ又は2つ以上の水素原子が弗素原子に置換された構造を有するモノマーとしては、これらの1種又は2種以上の混合物を用いることができる。
【0034】
本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いる弗素系樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、ポリ弗化ビニリデン、ポリ弗化ビニル、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体、及びポリクロロトリフルオロエチレンなどをあげることができる。これらの中で、耐候性、防汚性、透明性、耐擦傷性、耐クラック性、及び可撓性の観点から、ポリテトラフルオロエチレン、及びポリ弗化ビニリデンが好ましい。上記弗素系樹脂としては、これらの1種又は2種以上の混合物を用いることができる。
【0035】
本発明の有機無機ハイブリッド膜中の上記セリウム酸化物に由来する原子の割合は、耐候性の観点から、原子比で、上記セリウム酸化物に由来する原子と上記有機弗素化合物に由来する原子の総和を100at%として、本発明の有機無機ハイブリッド膜の生産に用いるセリウム酸化物と有機弗素化合物の種類、組み合わせにもよるが、例えば、上記セリウム酸化物が二酸化セリウムであり、上記有機弗素化合物がポリテトラフルオロエチレン(テトラフルオロエチレンの単独重合体)である場合には、通常60at%以上、好ましくは70at%以上、より好ましくは75at%以上、更に好ましくは80at%以上、最も好ましくは82at%以上であってよい。一方、防汚性、耐クラック性、及び可撓性の観点から、通常99.9at%以下、好ましくは99.5%以下、より好ましくは99at%以下、更に好ましくは98at%以下、最も好ましくは97at%以下であってよい。
【0036】
本明細書において、原子比はエネルギー分散型エックス線分析(以下、「EDX分析」と略すことがある。)により求めた値である。EDX分析は、例えば、走査電子顕微鏡(以下、「SEM」と略すことがある。)にEDX分析装置が付属した装置(例えば、株式会社日立製作所のS-4300型SEMに、株式会社堀場製作所のEMAX ENERGY型EDX分析装置が付属した装置をあげることができる。)を使用し、加速電圧9kV、エミッション電流15μA、焦点距離15mm、及び倍率600倍の条件で行うことができる。
【0037】
本発明の有機無機ハイブリッド膜の厚みは、特に制限されないが、紫外線透過率を低くする観点から、通常1nm以上、好ましくは10nm以上、より好ましくは20nm以上、更に好ましくは30nm以上、最も好ましくは40nm以上であってよい。一方、本発明の有機無機ハイブリッド膜の厚みは、耐クラック性の観点から、通常1μm以下、好ましくは500nm以下、より好ましくは200nm以下、更に好ましくは100nm以下、最も好ましくは50nm以下であってよい。
【0038】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、可視光線透過率が通常70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上、最も好ましくは90%以上である。可視光線透過率は高いほど好ましい。ここで可視光線透過率は、透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積の、波長400~780nmの全範囲において透過率が100%であると仮定した場合の透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積に対する割合である。可視光線透過率は、例えば、JIS A5759:2016の6.4可視光線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0039】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、波長380nmの紫外線の透過率が通常60%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更により好ましくは20%以下、最も好ましくは10%以下である。波長380nmの紫外線の透過率は低いほど好ましい。ここで波長380nmの紫外線の透過率は、波長380nmにおける透過光強度の、波長380nmにおける透過率が100%であると仮定した場合の透過光強度に対する割合である。波長380nmの紫外線の透過率は、例えば、JIS A5759:2016の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0040】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、紫外線(本段落において「紫外線」は、波長300~380nmの紫外線を意味する。)の透過率が、通常30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下、更に好ましくは5%以下、最も好ましくは1%以下であってよい。紫外線の透過率は低いほど好ましい。ここで紫外線の透過率は、透過スペクトルを波長300~380nmの区間について積分した面積の、波長300~380nmの全範囲において透過率が100%であると仮定した場合の透過スペクトルを波長300~380nmの区間について積分した面積に対する割合である。紫外線の透過率は、例えば、JIS A5759:2008の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0041】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、その表面の水接触角が、通常80度以上、好ましくは85度以上である。Wenzelの式を考慮し、本発明の有機無機ハイブリッド膜の表面に微細凹凸を形成することにより撥水性を更に高めることができるようにする観点から、より好ましくは90度以上、更に好ましくは95度以上、最も好ましくは100度以上であってよい。防汚性の観点から、水接触角は高いほど好ましい。水接触角は、例えば、KRUSS社の自動接触角計「DSA20」(商品名)を使用し、水滴の幅と高さとから算出する方法(JIS R 3257:1999を参照。)で測定することができる。
【0042】
2.積層体:
本発明の積層体は、本発明の有機無機ハイブリッド膜を含む。本発明の積層体は、通常は、任意の基材の少なくとも一方の表面の上に、本発明の有機無機ハイブリッド膜が形成された積層体である。
【0043】
上記基材は、通常は、フィルム、シート、又は板である。上記基材は、本発明の有機無機ハイブリッド膜の可視光線透過率の高さを活用する観点から、好ましくは透明であるが、制限されず、不透明であってもよい。着色透明であってもよい。着色不透明であってもよい。
【0044】
上記基材の可視光線透過率は、本発明の有機無機ハイブリッド膜の可視光線透過率の高さを活用する観点から、通常80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは88%以上、更に好ましくは90%以上、最も好ましくは92%以上であってよい。可視光線透過率は高いほど好ましい。ここで可視光線透過率は、透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積の、波長400~780nmの全範囲において透過率が100%であると仮定した場合の透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積に対する割合である。可視光線透過率は、例えば、JIS A5759:2008の6.4可視光線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0045】
上記基材としては、例えば、ソーダライムガラス、硼珪酸ガラス、及び石英ガラスなどの無機ガラスフィルム、無機ガラスシート又は無機ガラス板をあげることができる。
【0046】
上記基材としては、例えば、トリアセチルセルロース等のセルロースエステル系樹脂;ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル系樹脂;エチレンノルボルネン共重合体等の環状炭化水素系樹脂;ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、及びビニルシクロヘキサン・(メタ)アクリル酸メチル共重合体等のアクリル系樹脂;芳香族ポリカーボネート系樹脂;ポリプロピレン、及び4-メチル-ペンテン-1等のポリオレフィン系樹脂;ポリアミド系樹脂;ポリアリレート系樹脂;ポリマー型ウレタンアクリレート系樹脂;及びポリイミド系樹脂;などの樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板をあげることができる。これらの樹脂フィルムは無延伸フィルム、一軸延伸フィルム、及び二軸延伸フィルムを包含する。またこれらの樹脂フィルムは、これらの1種又は2種以上を、2層以上積層した積層樹脂フィルムを包含する。これらの樹脂シートは無延伸シート、一軸延伸シート、及び二軸延伸シートを包含する。またこれらの樹脂シートは、これらの1種又は2種以上を、2層以上積層した積層樹脂シートを包含する。これらの樹脂板は、これらの1種又は2種以上を、2層以上積層した積層樹脂板を包含する。
【0047】
上記基材としては、例えば、上述の無機ガラスフィルム、無機ガラスシート又は無機ガラス板と、上述の樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板との積層体をあげることができる。
【0048】
上記基材として無機ガラスを用いる場合、無機ガラスフィルム、無機ガラスシート又は無機ガラス板の厚みは特に制限されず、所望により任意の厚みにすることができる。本発明の積層体の取扱性の観点からは、通常20μm以上、好ましくは50μm以上であってよい。また無機ガラスの耐衝撃性の観点からは、好ましくは1mm以上、より好ましくは1.5mm以上であってよい。本発明の積層体を使用された物品の軽量化の観点から、通常6mm以下、好ましくは4.5mm以下、より好ましくは3mm以下であってよい。
【0049】
上記基材として樹脂を用いる場合、樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板の厚みは、特に制限されず、所望により任意の厚みにすることができる。本発明の積層体の取扱性の観点からは、通常20μm以上、好ましくは50μm以上であってよい。本発明の積層体を高い剛性を必要としない用途に用いる場合には、経済性の観点から、通常250μm以下、好ましくは150μm以下であってよい。本発明の積層体を高い剛性を必要とする用途に用いる場合には、剛性を保持する観点から、通常300μm以上、好ましくは500μm以上、より好ましくは600μm以上であってよい。また本発明の積層体を使用された物品の薄型化の要求に応える観点から、通常1500μm以下、好ましくは1200μm以下、より好ましくは1000μm以下であってよい。
【0050】
本発明の積層体は、可視光線透過率が通常70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上、最も好ましくは90%以上であってよい。可視光線透過率は高いほど好ましい。ここで可視光線透過率は、透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積の、波長400~780nmの全範囲において透過率が100%であると仮定した場合の透過スペクトルを波長400~780nmの区間について積分した面積に対する割合である。可視光線透過率は、例えば、JIS A5759:2008の6.4可視光線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0051】
本発明の積層体は、波長380nmの紫外線の透過率が通常60%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更により好ましくは20%以下、最も好ましくは10%以下であってよい。波長380nmの紫外線の透過率は低いほど好ましい。ここで波長380nmの紫外線の透過率は、波長380nmにおける透過光強度の、波長380nmにおける透過率が100%であると仮定した場合の透過光強度に対する割合である。波長380nmの紫外線の透過率は、例えば、JIS A5759:2008の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定した透過率スペクトルから波長380nmにおける透過率を読み取ることで求めることができる。
【0052】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、その表面の押込み硬さが、通常100N/mm2以上、好ましくは200N/mm2以上、より好ましくは300N/mm2以上、更に好ましくは400N/mm2以上であってよい。押込み硬さは、耐擦傷性の観点からは、高いほど好ましい。押込み硬さは、例えば、フィッシャーインスツルメンツ社の表面微小硬度試験機「PICODENTER HM500(商品名)」を使用し、バーコビッチ圧子(例えば、テクダイヤモンド株式会社のバーコビッチダイヤモンド圧子(型番HB)などを使用することができる。)、最大荷重0.1mN、荷重増加速度0.1mN/20秒、保持時間5秒、及び荷重除去速度0.1mN/20秒の条件で測定することができる。
【0053】
本発明の積層体は、紫外線(本段落において「紫外線」は、波長300~380nmの紫外線を意味する。)の透過率が、通常30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%、更に好ましくは5%以下、最も好ましくは1%以下であってよい。紫外線の透過率は低いほど好ましい。ここで紫外線の透過率は、透過スペクトルを波長300~380nmの区間について積分した面積の、波長300~380nmの全範囲において透過率が100%であると仮定した場合の透過スペクトルを波長300~380nmの区間について積分した面積に対する割合である。紫外線の透過率は、例えば、JIS A5759:2008の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定することができる。
【0054】
3.物品:
本発明の物品は、本発明の有機無機ハイブリッド膜を含む。本発明の有機無機ハイブリッド膜は、通常は本発明の物品の表面に形成され、典型的には本発明の物品の表面であって、特に太陽光の直射を受ける部分に形成され、本発明の物品に耐候性、及び防汚性を付与する。
【0055】
本発明の物品としては、本発明の有機無機ハイブリッド膜を含むこと以外は特に制限されない。本発明の物品としては、例えば、自動車のウィンドウや風防等;建築物の窓や扉等;画像表示装置の保護板やディスプレイ面板等;太陽電池、及びその筐体や前面板などの部材;及び、これらの物品(物品の部材を含む。)に用いる部材(例えば、ハードコート積層フィルム、及び透明樹脂積層体など。)をあげることができる。
【0056】
4.有機無機ハイブリッド膜の生産方法:
本発明の有機無機ハイブリッド膜は、セリウム酸化物と有機弗素化合物を用いて生産される。本発明の有機無機ハイブリッド膜は、セリウム酸化物と有機弗素化合物を用い、任意の方法、例えば、2極スパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、及び反応性スパッタリング法などのスパッタリング法;真空蒸着法;イオンプレーティング法;低温プラズマ化学気相成長法、プラズマ化学気相成長法、熱化学気相成長法、及び光化学気相成長法などの化学気相成長法;ゾルゲル法、電解法、及びエマルジョン法などの液相法;及び、これらの組み合わせなどの方法を使用して生産することができる。
【0057】
ここでセリウム酸化物は、セリウム酸化物そのものであってもよく、セリウム酸化物を含む混合物、組成物、又は化合物であってもよく、セリウム酸化物を含む溶液、ゾル、ゲル、又はソリッドであってもよい。ここで有機弗素化合物は、有機弗素化合物そのものであってもよく、有機弗素化合物を含む混合物又は組成物であってもよく、これらを含む溶液、ゾル、ゲル、又はソリッドであってもよい。
【0058】
スパッタリング法により本発明の有機無機ハイブリッド膜を生産する場合について、以下、セリウム酸化物として二酸化セリウムを、有機弗素化合物としてポリテトラフルオロエチレン(テトラフルオロエチレンの単独重合体)を用いた例を説明する。
【0059】
スパッタリング装置としては、特に制限されず、公知のスパッタリング装置を使用することができる。
図2は、2極スパッタリングを行うことのできるスパッタリング装置の一例を示す概念図である。
図2の装置は、スパッタガス導入口2、排気口3を備えるスパッタ室1を有する。
【0060】
スパッタ室1は、スパッタガス導入口2から、スパッタガスを導入することができるようになっている。
【0061】
スパッタ室1は、排気装置(図示せず)により排気口3から排気され、所定の圧力に保つことができるようになっている。上記排気装置としては、上記所定の圧力を保つことのできる能力を有するものであれば、特に制限されない。上記排気装置としては、例えば、ギヤポンプ、ベーンポンプ、及びねじポンプなどのロータリーポンプ;クライオポンプ;及び、これらの組み合わせなどをあげることができる。
【0062】
スパッタ室1の下部には、二酸化セリウムのターゲット4、及びポリテトラフルオロエチレンのターゲット5が設けられている。ターゲット4及びターゲット5は、有機無機ハイブリッド膜の組成(二酸化セリウムに由来する原子とポリテトラフルオロエチレンに由来する原子との比)を適宜調整することができるようにするため、それぞれ別のインピーダンス整合装置(図示せず)、高周波電源(図示せず)に接続されており、ターゲットへの投入電力を個別に制御することができるようになっている。
【0063】
スパッタ室1の上部の、ターゲット4及びターゲット5に対向する位置には、スパッタテーブル6が配置され、基材7が取り付けられている。スパッタテーブル6は所定の回転速度で回転可能になっている。またターゲット4と基材7との間にはシャッター8が、ターゲット5と基材7との間にはシャッター9が設けられている。なおシャッター8、シャッター9の支柱等は図示していない。
【0064】
ターゲット4及びターゲット5と基材7との距離は、特に制限されないが、通常1~10cm、好ましくは3~7cm程度であってよい。
【0065】
2極スパッタリング法により本発明の有機無機ハイブリッド膜を生産する方法を、
図2を使用して説明する。先ず、スパッタリング装置に二酸化セリウムのターゲット4、及びポリテトラフルオロエチレンのターゲット5を取り付ける。
【0066】
二酸化セリウムのターゲット4としては、取扱性の観点から、予め焼結し、焼結体をターゲット4として用いることが好ましい。ターゲット4としての上記焼結体の形状は、特に制限されず、使用するスパッタ装置の仕様に応じて適宜選択することができる。上記焼結体の形状は、例えば、直径が通常10~200mm、好ましくは20~100mm、厚みが通常1~20mm、好ましくは2~10mmの円盤状であってよい。
【0067】
ポリテトラフルオロエチレンのターゲット5は、取扱性の観点から、予め射出成形などの方法で成形し、成形体をターゲット5として用いることが好ましい。ターゲット5としての上記成形体の形状は、特に制限されず、使用するスパッタ装置の仕様に応じて適宜選択することができる。上記成形体の形状は、例えば、直径が通常10~200mm、好ましくは20~100mm、厚みが通常1~20mm、好ましくは2~10mmの円盤状であってよい。
【0068】
次に、スパッタテーブル6に基材7を取り付け、所定の回転速度で回転させる。スパッタテーブル6の上記所定の回転速度は、通常1~1000回転/分、好ましくは2~50回転/分であってよい。また有機無機ハイブリッド膜の成膜中、一定の回転速度であってもよく、所望により、回転速度を変化させてもよい。上記基材7としては、例えば、本発明の積層体の説明において上述したものを用いることができる。
【0069】
次に、スパッタ室1を、排気装置により排気口3から排気して、成膜時のスパッタ室1の所定の圧力以下にする。上記所定の圧力は、通常10-3~10-5Pa程度、好ましくは10-4Pa程度であってよい。
【0070】
次に、スパッタ室1に、スパッタガス導入口2からスパッタガスを、成膜時にスパッタ室1が所定の圧力となるように導入する。
【0071】
上記スパッタガスとしては、例えば、アルゴン、クリプトンなどの不活性ガス;及び、これらと酸素、窒素などとの混合ガス;などをあげることができる。これらの中で、有機無機ハイブリッド膜の紫外線透過率を低くし、かつ可視光線透過率を高くする観点から、アルゴン、及びアルゴンと酸素の混合ガスが好ましく、アルゴンと酸素の混合ガスがより好ましい。アルゴンと酸素の混合ガスを用いることにより、有機無機ハイブリッド膜中において、酸化数が+4であるセリウムの割合を高め、紫外線透過率を低くすることができる。
【0072】
上記スパッタガスとして、アルゴンと酸素との混合ガスを用いる場合、酸素ガスの体積流量は、アルゴンガスの体積流量を100%として、通常1~20%、好ましくは2~10%であってよい。
【0073】
上記成膜時のスパッタ室1の所定の圧力は、放電を安定化し、連続的な成膜ができるようにする観点から、通常0.5~5Pa、好ましくは0.5~1Paであってよい。
【0074】
続いて、二酸化セリウムのターゲット4、及びポリテトラフルオロエチレンのターゲット5にそれぞれ所定の電力(通常、高周波数電力)を投入し、放電を行わせ、放電状態が安定したところでシャッター8、及びシャッター9を開き、各ターゲットをスパッタリングし、基材7の上に有機無機ハイブリッド膜を成膜する。
【0075】
有機無機ハイブリッド膜の組成(二酸化セリウムに由来する原子とポリテトラフルオロエチレンに由来する原子との比)は、ターゲットに投入する電力を調整することにより行う。なお投入電力量と成膜速度との関係は、事前に予備実験を行い、二酸化セリウムとポリテトラフルオロエチレンのそれぞれについて求めておく。
【0076】
1極スパッタリング用の装置を使用する場合には、二酸化セリウムとポリテトラフルオロエチレンとの混合物をターゲットとして用いればよい。この場合は、有機無機ハイブリッド膜の組成は、混合物の配合比により調整する。なお混合物の配合比と有機無機ハイブリッド膜の組成との関係は、事前に予備実験を行い、求めておく。
【0077】
スパッタリング法、化学気相成長法、及び液相法などの何れの方法で有機無機ハイブリッド膜を成膜する場合であっても、有機無機ハイブリッド膜を成膜後、温度50℃以上、好ましくは80℃以上、より好ましくは100℃以上、かつ基材の耐熱性を勘案した温度以下において、作業性や生産性の観点から、好ましくは150℃以下の温度において、アニール処理することは好ましい。有機無機ハイブリッド膜の特性を安定化することができる。また撥水機能を向上させることができる。
【実施例】
【0078】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0079】
測定方法
(イ)可視光線透過率:
JIS A5759:2008の6.4可視光線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定した。
【0080】
(ロ)紫外線透過率1(波長380nmの紫外線の透過率):
JIS A5759:2008の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定した透過率スペクトルから波長380nmにおける透過率を読み取ることで求めた。
【0081】
(ハ)水接触角:
積層体の有機無機ハイブリッド膜面について、KRUSS社の自動接触角計「DSA20」(商品名)を使用し、水滴の幅と高さとから算出する方法(JIS R 3257:1999を参照。)で測定した。
【0082】
(ニ)紫外線透過率2(波長300~380nmの紫外線の透過率):
JIS A5759:2008の6.7紫外線透過率試験に準拠し、島津製作所株式会社の分光光度計「SolidSpec-3700(商品名)」を使用して測定した。
【0083】
(ホ)硬さ(押込み硬さ):
フィッシャーインスツルメンツ社の表面微小硬度試験機「PICODENTER HM500(商品名)」を使用し、テクダイヤモンド株式会社のバーコビッチダイヤモンド圧子(型番HB)を使用し、最大荷重0.1mN、荷重増加速度0.1mN/20秒、保持時間5秒、及び荷重除去速度0.1mN/20秒の条件で測定した。
【0084】
使用した原材料
(A)セリウム酸化物:
(A-1)二酸化セリウムを焼結して得た直径76.2mm、厚み5mmの円盤。株式会社高純度化学研究所製。
【0085】
(B)有機弗素化合物:
(B-1)ポリテトラフルオロエチレン(テトラフルオロエチレンの単独重合体)の直径76.2mm、厚み5mmの円盤。株式会社高純度化学研究所製。
【0086】
(C)基材:
(C-1)コーニング社の無機ガラス基板「イーグルXG(商品名)」。厚み0.7mm。波長380nmの紫外線の透過率は94%、可視光線透過率は91%、波長300~380nmの紫外線の透過率は93%、黄色度指数は0.5であった。
【0087】
例1
(1)上記(C-1)を、APP社の大気圧プラズマ処理装置「MyPL Auto200(商品名)」を使用し、0.5体積%の酸素(O2)を含むアルゴンガス(アルゴンガスを6リットル/分の体積流量、酸素(O2)を30ミリリットル/分の体積流量で使用)を放電ガスとし、投入電力180W、スキャン回数0.5往復、スキャン速度20mm/秒、電極と被処理面との距離2mmの条件で表面処理を行った。
(2)次にVICインターナショナル社の2極スパッタリング装置を使用し、上記(A-1)、及び上記(B-1)をターゲットとして、成膜圧力1Pa、導入ガスは100体積%のアルゴンガス(表には「Ar」と表記した。)、導入ガスの体積流量10sccm、上記(C-1)とターゲットとの距離は何れも5cm、投入電力(周波数13.56MHz)は上記(A-1)側540W、上記(B-1)側1.3Wの条件で同時スパッタ成膜を行った。なお予備実験では上記(A-1)は投入電力200Wで4.7nm/分の成膜速度、上記(B-1)は投入電力100Wで5.0nm/分の成膜速度であった。
(3)続いて、温度100℃で1時間のアニール処理を行い、上記(C-1)の上に有機無機ハイブリッド膜の形成された積層体を得た。
(4)上記工程(3)において得た積層体の有機無機ハイブリッド膜について、EDX分析を行い、膜の組成を確認した。EDX分析は、株式会社日立製作所のS-4300型SEMに、株式会社堀場製作所のEMAX ENERGY型EDX分析装置が付属した装置を使用し、加速電圧9kV、エミッション電流15μA、焦点距離15mm、及び倍率600倍の条件で行った。更に上記試験(イ)~(ホ)を行った。結果を表1に示す。
【0088】
例2~7
成膜時の投入電力を表1に示すように変更したこと以外は、例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0089】
【0090】
本発明の有機無機ハイブリッド膜は紫外線透過率が低く、かつ可視光線透過率が高かった。また撥水機能を有していた。なお上記の実施例では、ガラス板を基材として本発明の有機無機ハイブリッド膜を形成したが、当業者であれば、樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板を基材として形成すれば、本発明の有機無機ハイブリッド膜は紫外線透過率が低く、可視光線透過率が高く、かつ撥水機能を有しているので、これら樹脂フィルム等の耐候性、及び防汚性を大きく向上させることのできることをたちどころに理解するであろう。また当業者であれば、本発明の有機無機ハイブリッド膜の硬さが、基材であるガラス板(上記(C-1)の上記(ホ)硬さの値は6.4KN/mm2であった。)よりも高いことから、樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板の表面の上に本発明の有機無機ハイブリッド膜を形成すれば、これら樹脂フィルム等の表面硬度、ひいては耐擦傷性を大きく向上させることのできることをたちどころに理解するであろう。
【0091】
例8
(C)基材として上記(C-1)の替わりにリケンテクノス株式会社のハードコート積層フィルム「REPTY DC100N(商品名)」(全厚み250μm、有機無機ハイブリッド膜形成面の上記(ホ)硬さの値は0.52KN/mm2)を使用し、成膜時の投入電力を例3と同じに変更したこと以外は、例1と同様にして、有機無機ハイブリッド膜を形成した。上記試験(イ)~(ホ)を行った。試験の結果は、可視光線透過率80%、紫外線透過率1(波長380nmの紫外線の透過率)36%、水接触角116度、紫外線透過率2(波長300~380nmの紫外線の透過率)8%、及び該有機無機ハイブリッド膜の表面の上記(ホ)硬さの値は0.66KN/mm2であった。
【0092】
例9
(C)基材として上記(C-1)の替わりに二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルム(全厚み250μm、有機無機ハイブリッド膜形成面の上記(ホ)硬さの値は0.54KN/mm2)を使用し、成膜時の投入電力を例3と同じに変更したこと以外は、例1と同様にして、有機無機ハイブリッド膜を形成した。上記試験(イ)~(ホ)を行った。試験の結果は、可視光線透過率81%、紫外線透過率1(波長380nmの紫外線の透過率)45%、水接触角121度、紫外線透過率2(波長300~380nmの紫外線の透過率)23%、及び該有機無機ハイブリッド膜の表面の上記(ホ)硬さの値は0.62KN/mm2であった。
【0093】
例8、9により、樹脂フィルム、樹脂シート、又は樹脂板の表面の上に本発明の有機無機ハイブリッド膜を形成すれば、これら樹脂フィルム等の耐候性、防汚性を大きく向上させることのできること、表面硬度、ひいては耐擦傷性を大きく向上させることのできることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【
図1】例4の有機無機ハイブリッド膜をXPS分析したスペクトルである。
【
図2】2極スパッタリング装置の一例を示す概念図である。
【符号の説明】
【0095】
1:スパッタ室
2:スパッタガス導入口
3:排気口
4:二酸化セリウムのターゲット
5:ポリテトラフルオロエチレンのターゲット
6:スパッタテーブル
7:基材
8:ターゲット4側のシャッター
9:ターゲット5側のシャッター