(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-02
(45)【発行日】2023-08-10
(54)【発明の名称】神経突起の形態の定量値算出装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20230803BHJP
G06T 7/00 20170101ALI20230803BHJP
A61B 1/045 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
C12M1/34 A
G06T7/00 350A
A61B1/045 610
(21)【出願番号】P 2019192970
(22)【出願日】2019-10-23
【審査請求日】2022-08-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:令和1年5月21日 刊行物:Journal of the Physical Society of Japan、Volume 88,Number 6、063801-1~063801-3、Loewner Equation with Chaotic Driving Function Describes Neurite Outgrowth Mechanism、一般社団法人日本物理学会 ウェブサイトのアドレス: https://journals.jps.jp/doi/abs/10.7566/JPSJ.88.063801
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:平成31年3月1日 刊行物:日本物理学会講演概要集、第74巻、第1号、第74回年次大会(2019年春季大会)、14aG215-13、Chaotic Loewner Evolutionによって記述される神経突起伸長のMorphodynamics、一般社団法人日本物理学会
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日:平成31年3月14日 集会名、開催場所:日本物理学会 第74回年次大会(2019年春季大会)、九州大学伊都キャンパス(福岡県福岡市西区元岡744)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:令和1年8月30日 刊行物:日本物理学会講演概要集、第74巻、第2号、第74回年次大会(2019年秋季大会)、13pK28-8、低次元写像により駆動されるレヴナー発展の幾何学的特徴、一般社団法人日本物理学会
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日:令和1年9月13日 集会名、開催場所:日本物理学会 第74回年次大会(2019年秋季大会)、岐阜大学柳戸キャンパス(岐阜県岐阜市柳戸1-1)
(73)【特許権者】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 稔
(72)【発明者】
【氏名】柴▲崎▼ 雄介
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-198605(JP,A)
【文献】特開2009-63509(JP,A)
【文献】特開2004-163201(JP,A)
【文献】特開2001-307066(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
G06T 7/00
A61B 1/045
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経細胞の神経突起の形態が撮像された静止画像に基づいて、レヴナー方程式を構成する関数であって、前記静止画像に撮像された神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の駆動力を示す駆動関数の値を、複数の前記タイミングについてそれぞれ算出する駆動関数算出部と、
前記駆動関数算出部が前記静止画像に関して算出する複数の前記駆動関数の値に基づいて、前記静止画像に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する定量値算出部と、
前記定量値算出部が算出する前記定量値を出力する出力部と、
を備える神経突起の形態の定量値算出装置。
【請求項2】
前記定量値算出部は、
複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分を算出し、算出した前記差分に基づいて再構成されたアトラクタのリアプノフ指数を算出することにより、前記リアプノフ指数を前記定量値として算出する
請求項1に記載の神経突起の形態の定量値算出装置。
【請求項3】
前記定量値算出部は、
複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分の偏差の代表値を算出し、前記時間差を第1軸に、算出した前記代表値を第2軸にしてプロットした場合のプロットの特徴量を、前記定量値として算出する
請求項1又は請求項2に記載の神経突起の形態の定量値算出装置。
【請求項4】
前記定量値算出部は、
複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしの単位時間差に対する差分を算出し、算出した前記差分を時間方向に積算した積算値の時間方向の移動差分を算出し、算出した前記移動差分の偏差の代表値である第2代表値を算出し、前記移動差分の時間差を第1軸に、前記第2代表値を第2軸にしてプロットした場合のプロットの特徴量を、前記定量値として算出する
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の神経突起の形態の定量値算出装置。
【請求項5】
前記定量値算出部が算出する前記定量値と、所定の評価基準とに基づいて、前記定量値を評価する評価部
をさらに備える請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の神経突起の形態の定量値算出装置。
【請求項6】
神経突起の形態の定量値算出装置が備えるコンピュータに、
神経細胞の神経突起の形態が撮像された静止画像に基づいて、レヴナー方程式を構成する関数であって、前記静止画像に撮像された神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の駆動力を示す駆動関数の値を、複数の前記タイミングについてそれぞれ算出する駆動関数算出ステップと、
前記駆動関数算出ステップにおいて前記静止画像に関して算出される複数の前記駆動関数の値に基づいて、前記静止画像に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する定量値算出ステップと、
前記定量値算出ステップにおいて算出される前記定量値を出力する出力ステップと、
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経突起の形態の定量値算出装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は、大別すると細胞体、樹状突起、軸索の3つの部位に分けられる。細胞体は、細胞の本体に相当する部位で、細胞核を有する。樹状突起は、細胞体から木の枝のように分岐して延びた突起であって、神経細胞において信号を受け取る役割をもつ。軸索は、細胞体から延びた比較的長い突起であって、神経細胞において信号を出力する役割をもつ。軸索はその先端に向かって枝分かれしていき、枝分かれした先端と他の樹状突起との間には、情報伝達部としてシナプスが形成される。そして、神経細胞はシナプスを介して樹状突起から受けた他の神経細胞からの信号を、軸索からシナプスを介して別の神経細胞に伝達する。
このように、樹状突起や軸索(以下、神経突起)あるいはスパイン(シナプスにおいて樹状突起から突き出ているトゲ状の小区間)は神経細胞の機能に重要な役割をもっている。そして、神経突起の長さや分岐の数、あるいはスパインの数や形状は、神経細胞の状態を評価するための重要な指標として考えられており、最近、それらを指標として神経細胞の病態を判断することが試みられている。特に、解析対象としてヒトiPS細胞から分化させた神経細胞を用いることができれば、個々人の脳疾病リスクを予測するテーラーメイド医療への応用が期待される。
このような背景のもと、従来、神経突起の形態を画像解析する技術が開示されている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような従来技術においては、神経突起の形態を定量的に表現することができないという問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題を解決すべくなされたもので、その目的は、神経突起の形態を定量的に表現することができる神経突起の形態の定量値算出装置及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態は、神経細胞の神経突起の形態が撮像された静止画像に基づいて、レヴナー方程式を構成する関数であって、前記静止画像に撮像された神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の駆動力を示す駆動関数の値を、複数の前記タイミングについてそれぞれ算出する駆動関数算出部と、前記駆動関数算出部が前記静止画像に関して算出する複数の前記駆動関数の値に基づいて、前記静止画像に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する定量値算出部と、前記定量値算出部が算出する前記定量値を出力する出力部と、を備える神経突起の形態の定量値算出装置である。
【0007】
また、本発明の一実施形態は、上述の神経突起の形態の定量値算出装置において、前記定量値算出部は、複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分を算出し、算出した前記差分に基づいて再構成されたアトラクタのリアプノフ指数を算出することにより、前記リアプノフ指数を前記定量値として算出する。
【0008】
また、本発明の一実施形態は、上述の神経突起の形態の定量値算出装置において、前記定量値算出部は、複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分の偏差の代表値を算出し、前記時間差を第1軸に、算出した前記代表値を第2軸にしてプロットした場合のプロットの特徴量を、前記定量値として算出する。
【0009】
また、本発明の一実施形態は、上述の神経突起の形態の定量値算出装置において、前記定量値算出部は、複数の前記タイミングにおける前記駆動力をそれぞれ示す前記駆動関数の値どうしの単位時間差に対する差分を算出し、算出した前記差分を時間方向に積算した積算値の時間方向の移動差分を算出し、算出した前記移動差分の偏差の代表値である第2代表値を算出し、前記移動差分の時間差を第1軸に、前記第2代表値を第2軸にしてプロットした場合のプロットの特徴量を、前記定量値として算出する。
【0010】
また、本発明の一実施形態は、上述の神経突起の形態の定量値算出装置において、前記定量値算出部が算出する前記定量値と、所定の評価基準とに基づいて、前記定量値を評価する評価部をさらに備える。
【0011】
本発明の一実施形態は、神経突起の形態の定量値算出装置が備えるコンピュータに、神経細胞の神経突起の形態が撮像された静止画像に基づいて、レヴナー方程式を構成する関数であって、前記静止画像に撮像された神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の駆動力を示す駆動関数の値を、複数の前記タイミングについてそれぞれ算出する駆動関数算出ステップと、前記駆動関数算出ステップにおいて前記静止画像に関して算出される複数の前記駆動関数の値に基づいて、前記静止画像に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する定量値算出ステップと、前記定量値算出ステップにおいて算出される前記定量値を出力する出力ステップとを実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、神経突起の形態を定量的に表現することができる神経突起の形態の定量値算出装置及びプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態の定量値算出システムの機能構成の一例を示す図である。
【
図2】本実施形態の定量値算出装置の動作の一例を示す図である。
【
図3】本実施形態の神経突起画像及びトレース画像の一例を示す図である。
【
図4】本実施形態の駆動関数算出部が算出する駆動関数の一例を示す図である。
【
図5】本実施形態の定量値算出部が算出する定量値の一例を示す図である。
【
図6】本実施形態の定量値算出部が算出する定量値の第二の例を示す図である。
【
図7】本実施形態の定量値算出部が算出する定量値の第三の例を示す図である。
【
図8】顕微鏡で撮影した神経突起を持つ培養細胞の一例を示す図である。
【
図9】本実施例における定量値の算出結果の一例を示す図である。
【
図10】本実施例における定量値の算出結果の他の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[定量値算出システムの機能構成]
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
図1は、本実施形態の定量値算出システム1の機能構成の一例を示す図である。定量値算出システム1は、神経突起の形態の定量値算出装置10と、撮像部20と、表示部30とを備える。なお、以下の説明において、神経突起の形態の定量値算出装置10を単に定量値算出装置10とも記載する。
撮像部20は、例えば顕微鏡装置に取り付けられたカメラを備え、神経突起の顕微鏡画像を撮像する。撮像部20は、撮像した神経突起の顕微鏡画像を定量値算出装置10に出力する。以下の説明において、撮像部20が撮像する神経突起の顕微鏡画像を、神経突起画像IM1とも記載する。
【0015】
神経突起画像IM1とは、神経細胞の神経突起の形態が撮像された静止画像である。
一般に、神経突起は、神経細胞の細胞体から伸びる軸索と樹状突起とを有し、遠隔部位の標的細胞に向けて徐々に成長する。以下の説明において、神経突起の成長後の形態を、神経突起路又は神経突起経路とも記載する。神経突起経路は、神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の状況を示している。
神経突起画像IM1は、神経突起の成長後に撮像される。したがって、神経突起画像IM1には、神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける神経突起の成長の状況が撮像されている。
【0016】
なお、撮像部20は、撮像した神経突起画像IM1を定量値算出装置10に出力するとして説明するが、これに限られない。例えば、撮像部20は、撮像した神経突起画像IM1を定量値算出装置10がアクセス可能な記憶部(不図示)に記憶させてもよい。
【0017】
定量値算出装置10は、画像取得部110と、トレース部120と、駆動関数算出部130と、定量値算出部140と、出力部160とを備える。また、定量値算出装置10は、評価部150を備えていてもよい。
【0018】
画像取得部110は、撮像部20が撮像した神経突起画像IM1を取得する。画像取得部110は、取得した神経突起画像IM1をトレース部120に出力する。
【0019】
トレース部120は、画像取得部110から取得した神経突起画像IM1に対して画像処理を施し、神経突起画像IM1に撮像されている神経突起の形態をトレースすることにより、トレース画像IM2を生成する。トレース画像IM2とは、神経突起画像IM1に撮像されている神経突起の形態が強調された画像である。このトレース画像IM2も、神経突起画像IM1と同様に、神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける神経突起の成長の状況が撮像された静止画像である。
トレース部120は、生成したトレース画像IM2を駆動関数算出部130及び定量値算出部140に出力する。
【0020】
駆動関数算出部130は、トレース部120が生成したトレース画像IM2に基づいて、神経突起画像IM1に撮像された神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける駆動関数ξ(t)の値を算出する。ここで、駆動関数ξ(t)とは、式(1)に示すレヴナー方程式を構成する関数である。
【0021】
【0022】
駆動関数ξ(t)は、神経突起画像IM1に撮像された神経突起の神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける成長の駆動力を示す。ここで、式(1)のg
t(z)は、複素平面の上半面Hからトレース曲線γ[0,t]を除いた平面から上半面Hへの等角写像である。なお、図面(例えば、
図3)においては、上半面Hの符号「H」を中抜き文字によって示す。
駆動関数算出部130は、算出した複数の駆動関数ξ(t)の値を、定量値算出部140に出力する。
【0023】
定量値算出部140は、駆動関数算出部130が神経突起画像IM1に関して算出する複数の駆動関数ξ(t)の値に基づいて、神経突起画像IM1に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する。定量値算出部140は、算出した定量値を出力部160に出力する。
【0024】
出力部160は、定量値算出部140が算出する定量値を、例えば表示部30などに出力する。
【0025】
表示部30は、例えば、液晶ディスプレイなどを備えており、出力部160から出力される情報に基づく画像を表示する。
【0026】
なお、定量値算出装置10が、評価部150を備えている場合には、定量値算出部140は、算出した定量値を評価部150に出力する。評価部150は、定量値算出部140が算出した定量値を所定の評価基準に基づいて評価する。評価部150は、出力部160に定量値の評価結果を出力する。
この場合、出力部160は、定量値算出部140が算出した定量値に代えて(又は加えて)、評価部150が評価した評価結果を表示部30に出力する。
【0027】
[定量値算出装置の動作]
図2は、本実施形態の定量値算出装置10の動作の一例を示す図である。同図を参照して定量値算出装置10の動作の一例について説明する。
【0028】
(ステップS10)画像取得部110は、撮像部20から神経突起画像IM1を取得する。上述したように、この神経突起画像IM1には、神経突起経路(すなわち、神経突起の成長過程の各々のタイミングにおける神経突起の成長の状況)が撮像されている。画像取得部110は、取得した神経突起画像IM1をトレース部120に出力する。
(ステップS20)トレース部120は、ステップS10において取得された神経突起画像IM1に対して既知の手段により画像処理を施し、神経突起画像IM1に撮像されている神経突起の形態をトレースすることにより、トレース画像IM2を生成する。
【0029】
図3は、本実施形態の神経突起画像IM1及びトレース画像IM2の一例を示す図である。
本実施形態においては、撮像部20の撮像対象の一例として、マウス神経芽細胞Neuro2Aを用いる。マウス神経芽細胞Neuro2Aは、マウスの脊髄から得られた細胞である。マウス神経芽細胞Neuro2Aを10%ウシ胎児血清(fetal bovine serum; FBS)を含むイーグル最小必須培地(Eagle’s minimum essential medium; EMEM)中に播種し、所定の培養条件(例えば、5% CO
2,37℃の雰囲気中)で培養する。播種後2日目に培地を2% FBSを含むEMEMに置き換え、10μMレチノインを加える。播種後8日目に、神経芽細胞から伸長した神経突起の画像を撮像部20(例えば、顕微鏡)によって取得する。同図内に示す”O”は神経突起の成長開始の位置を、”Tip”は神経突起画像IM1の撮像時期における神経突起の先端の位置をそれぞれ示す。
【0030】
同図(A1)及び同図(B1)には、上述の培養条件によって培養されたマウス神経芽細胞Neuro2Aの神経突起A及び神経突起Bの神経突起画像IM1を示す。神経突起画像IM1Aは、神経突起Aの形態を示す神経突起画像IM1である。神経突起画像IM1Bは、神経突起Bの形態を示す神経突起画像IM1である。
同図(A2)及び同図(B2)には、トレース部120による神経突起画像IM1のトレース結果であるトレース画像IM2を示す。トレース画像IM2Aは、神経突起Aについてのトレース画像IM2である。トレース画像IM2Bは、神経突起Bについてのトレース画像IM2である。
トレース部120は、生成したトレース画像IM2を駆動関数算出部130に出力する。
【0031】
[レヴナー方程式における駆動関数ξ(t)の算出]
(ステップS30)
図2に戻り、駆動関数算出部130は、駆動関数ξ(t)の値の算出タイミングを選択する。
(ステップS40)駆動関数算出部130は、ステップS30において選択した算出タイミングにおける駆動関数ξ(t)の値を算出する。
(ステップS50)駆動関数算出部130は、算出対象のすべての算出タイミングについて、駆動関数ξ(t)の値の算出が終了したか否かを判定する。駆動関数算出部130は、駆動関数ξ(t)の値の算出が終了していないと判定した場合(ステップS50;NO)には、処理をステップS30に戻して、駆動関数ξ(t)の値の算出処理を続ける。駆動関数算出部130は、駆動関数ξ(t)の値の算出が終了したと判定した場合(ステップS50;YES)には、処理をステップS60に進める。
なお、以下の説明において、駆動関数算出部130が算出する駆動関数ξ(t)の値の算出結果のことを、単に「駆動関数ξ(t)の算出結果」とも記載する。
【0032】
図4は、本実施形態の駆動関数算出部130が算出する駆動関数ξ(t)の一例を示す図である。同図(A)には、トレース画像IM2Aについての駆動関数ξ(t)の値の算出結果を示す。同図(B)には、トレース画像IM2Bについての駆動関数ξ(t)の値の算出結果を示す。
この一例では、駆動関数算出部130は、マウス神経芽細胞Neuro2Aの播種開始のタイミング(時刻ts)から、神経突起画像IM1の撮像タイミング(時刻te)までを、所定の時間間隔δtで区切った各タイミングについて、駆動関数ξ(t)の値をそれぞれ算出する。
なお、駆動関数算出部130は、駆動関数ξ(t)の値の算出にあたり、上述した式(1)に示すレヴナー方程式におけるg
t(z)を、既知の手法(例えば、vertical slit mapping)によって求める。駆動関数算出部130は、データ点数Lのトレース曲線の座標データから、それぞれの座標点に対応した時間間隔δt(i)と駆動関数の値の差分δξ(i)(ここで、0≦i≦L)の離散的な時系列を算出する。駆動関数算出部130は、算出した時間間隔δt(i)と駆動関数の値の差分δξ(i)とを積算することにより、それぞれの算出タイミング(時刻t、ts≦t≦te)における駆動関数ξ(t)の値を算出する。
【0033】
[定量値の算出]
(ステップS60)定量値算出部140は、ステップS30~ステップS50において算出された駆動関数ξ(t)に基づいて、神経突起画像IM1に撮像されている神経突起の形態の定量値を算出する。
【0034】
ここで、定量値算出部140は、ステップS30~ステップS50において算出された駆動関数ξ(t)を、時間に関して等間隔である時間差Δtによって再サンプリングする。ここで、時間差Δtを比較的短い時間間隔とすると、駆動関数ξ(t)は連続関数であるとみなすことができる。定量値算出部140は、式(2)に示す時間差Δtに対する駆動関数の値の差分δξ(t)を算出する。
【0035】
【0036】
定量値算出部140は、種々の定量値を算出可能である。定量値算出部140が算出する定量値の具体例について説明する。
【0037】
[定量値の算出(1)リアプノフ指数の算出]
定量値算出部140は、リアプノフ指数を定量値として算出する。
具体的には、定量値算出部140は、上述した式(2)に示す駆動関数の値の差分δξ(t)に基づいてアトラクタを再構成する。例えば、定量値算出部140は、算出した駆動関数の値の差分δξ(t)について既知の手法(例えば、Takensの埋め込み定理)を適用し、駆動関数の値の差分δξ(t)のアトラクタを再構成する。定量値算出部140は、再構成したアトラクタに対するリアプノフ指数を算出する。
【0038】
図5は、本実施形態の定量値算出部140が算出する定量値の一例を示す図である。同図(A)には、トレース画像IM2Aについての時間差Δtに対する駆動関数の値の差分δξ(t)の算出結果を示す。同図(B)には、駆動関数の値の差分δξ(t)に基づいて再構成されたアトラクタの一例を示す。同図(C)には、再構成されたアトラクタのリアプノフ指数の算出結果を示す。
【0039】
この一例では、定量値算出部140は、トレース画像IM2Aに対する再構成アトラクタに対してリアプノフ指数(0.71,-0.02,-1.36)を算出した。また、定量値算出部140は、トレース画像IM2Bに対する再構成アトラクタに対してリアプノフ指数(0.65,-0.03,-0.74)を算出した。
【0040】
定量値算出部140は、算出したリアプノフ指数を、神経突起の形態を示す定量値として評価部150及び出力部160に出力する。
【0041】
すなわち、定量値算出部140は、複数のタイミングにおける駆動力をそれぞれ示す駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分を算出し、算出した差分に基づいて再構成されたアトラクタのリアプノフ指数を算出することにより、リアプノフ指数を定量値として算出する。
【0042】
[定量値の算出(2)log10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きの算出]
定量値算出部140は、log10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きを定量値として算出する。ここで、log10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きとは、プロットの特徴量の一例である。
具体的には、定量値算出部140は、上述した式(2)に示す駆動関数ξ(t)について、式(3)に示す、時間差τ=nΔt(nは正の整数)に対する駆動関数ξ(t)の値どうしの差分Δξ(τ)、すなわち、
【0043】
【0044】
について、式(4)に示す偏差の二乗平均平方根f(τ)を算出する。
【0045】
【0046】
定量値算出部140は、算出した偏差の二乗平均平方根f(τ)について、log10τ‐log10f(τ)をプロットする。定量値算出部140は、log10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きを区間ごとに算出する。
【0047】
図6は、本実施形態の定量値算出部140が算出する定量値の第二の例を示す図である。同図(A)には、神経突起画像IM1Aについての、log
10τ‐log
10f(τ)のプロット結果及びプロットの傾きを示す。同図(B)には、神経突起画像IM1Bについての、log
10τ‐log
10f(τ)のプロット結果及びプロットの傾きを示す。
【0048】
この一例では、定量値算出部140は、トレース画像IM2Aのlog10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きとして、区間ごとに0.94,0.51,0.37をそれぞれ算出した。また、定量値算出部140は、トレース画像IM2Bのlog10τ‐log10f(τ)のプロットの傾きとして、区間ごとに0.93,0.47,0.59をそれぞれ算出した。
【0049】
定量値算出部140は、算出したプロットの傾きを、神経突起の形態を示す定量値として評価部150及び出力部160に出力する。
【0050】
すなわち、定量値算出部140は、複数のタイミングにおける駆動力をそれぞれ示す駆動関数の値どうしのある時間差に対する差分の偏差の代表値を算出し、時間差を第1軸に、算出した代表値を第2軸にして代表値をプロットした場合のプロットの傾きを、定量値として算出する。
【0051】
[定量値の算出(3)loge n‐logeF(n)のプロットの傾きの算出]
定量値算出部140は、loge n‐logeF(n)のプロットの傾きを定量値として算出する。ここで、loge n‐logeF(n)のプロットの傾きとは、プロットの特徴量の一例である。
具体的には、定量値算出部140は、単位時間に対する駆動関数の値の差分X(i)を算出する(式(5))。
【0052】
【0053】
定量値算出部140は、算出した駆動関数の値の差分X(i)から式(6)、式(7)によって偏差の二乗平均平方根F(n)を算出する。
【0054】
【0055】
【0056】
ここで、式(6)のΔY(n)は、算出した差分X(i)を時間方向に積算した積算値の時間方向の移動差分を意味する。式(7)のF(n)は、算出した移動差分ΔY(n)の偏差の代表値を意味する。
定量値算出部140は、算出した平均値F(n)から、loge n‐logeF(n)をプロットする。定量値算出部140は、loge n‐logeF(n)のプロットの傾きを、当該傾きの線形性が比較的高い区間について算出する。
【0057】
図7は、本実施形態の定量値算出部140が算出する定量値の第三の例を示す図である。同図(A)には、神経突起画像IM1Aについての駆動関数の値の差分X(i)を示す。同図(B)には、神経突起画像IM1Bについての駆動関数の値の差分X(i)を示す。同図(C)には、神経突起画像IM1Aについてのlog
e n‐log
eF(n)のプロット結果及びプロットの傾きを示す。同図(D)には、神経突起画像IM1Bについての、log
e n‐log
eF(n)のプロット結果及びプロットの傾きを示す。
【0058】
この一例では、定量値算出部140は、トレース画像IM2Aのloge n‐logeF(n)のプロットの線形性の高い部分の傾きとして、0.22を算出した。また、定量値算出部140は、トレース画像IM2Bのloge n‐logeF(n)のプロットの傾きとして、0.43を算出した。
【0059】
定量値算出部140は、算出したプロットの特徴量(この一例では、プロットの傾き)を、神経突起の形態を示す定量値として評価部150及び出力部160に出力する。
【0060】
すなわち、定量値算出部140は、複数のタイミングにおける駆動力をそれぞれ示す駆動関数の値どうしの単位時間差に対する差分(例えば、上述の差分X(i))を算出し、算出した差分を時間方向に積算した積算値の時間方向の移動差分(例えば、上述の移動差分ΔY(n))を算出し、算出した移動差分の偏差の代表値である第2代表値(例えば、上述の平均値F(n))を算出し、移動差分の時間差(例えば、上述のn)を第1軸に、第2代表値を第2軸にして第2代表値をプロットした場合のプロットの特徴量を、定量値として算出する。
【0061】
[定量値の評価]
(ステップS70)
図2に戻り、評価部150は、ステップS60において算出された定量値の評価を行う。
【0062】
評価部150は、定量値算出部が算出する前記定量値と、所定の評価基準とに基づいて、前記定量値を評価する。
例えば、評価部150は、定量値のランダム性(複雑度)を評価基準として、算出された定量値を評価する。ここで、上述したプロットの傾きが0.5に近いほど、神経突起画像IM1に撮像された神経突起の成長過程のランダム性(複雑度)が高いことを示す。すなわち、上述したプロットの傾きは、神経突起の成長過程のランダム性(複雑度)の尺度として用いることができる。この場合、評価部150は、ステップS60において算出された定量値(例えば、プロットの傾き)が0.5に近いか否かに基づいて、定量値を評価する。
評価部150は、定量値の評価結果を出力部160に出力する。
【0063】
(ステップS80)出力部160は、ステップS60において算出された定量値と、ステップS70において評価された定量値の評価結果とを、表示部30に出力して、一連の動作を終了する。
【0064】
以上、説明したように、本実施形態の定量値算出装置10によれば、神経突起の形態を定量的に表すことが可能である。なお、本実施形態では、マウス神経芽細胞Neuro2Aを用いた場合について述べたが、これに限られない。例えば、マウスなどの実験動物の培養神経細胞や培養スライス中の神経細胞、ES細胞やiPS細胞から分化・培養した神経細胞を用いても同様な効果が得られる。また、培養した神経細胞以外(例えば、急性スライス中の神経細胞)を用いても同様な効果が得られる。
【0065】
[実施例]
健常者、アルツハイマー型認知症患者、アルツハイマー型認知症変異導入型のiPS細胞をそれぞれシャーレ上で培養した。培養した細胞を、調整した培地上に播種し、神経細胞への分化を誘導した。培養は5% CO2,37℃の雰囲気中で行った。
【0066】
図8は、顕微鏡で撮影した神経突起を持つ培養細胞の一例を示す図である。同図(A)及び同図(B)はいずれも、健常者のiPS細胞の播種後10日目の顕微鏡写真である。同図(C)は、アルツハイマー型認知症患者のiPS細胞の播種後10日目の顕微鏡写真である。同図(D)は、アルツハイマー型認知症変異導入型のiPS細胞の播種後24日目の顕微鏡写真である。
同図内に示す”O”は神経突起の成長開始の位置を、”Tip”は神経突起画像IM1の撮像時期における神経突起の先端の位置をそれぞれ示す。同図(A)~(D)に撮像される神経突起を、それぞれ神経突起a、神経突起b、神経突起c及び神経突起dと記載する。同図(C)に示す神経突起c及び同図(D)に示す神経突起dは、それぞれ突起の損傷と大きな迂回が確認でき、変性を含む神経突起であると考えられる。
【0067】
これら4つの神経突起に対し、リアプノフ指数を算出した。定量値算出装置10が算出したリアプノフ指数は、神経突起aについて(0.21,-0.28,-0.98)、神経突起bについて(0.58,-0.19,-1.30)、神経突起cについて(0.27,-0.14,-0.80)、及び神経突起dについて(1.04,0.13,-0.76)であった。このうち、変異導入型のiPS細胞由来の神経突起dは、最も大きいリアプノフ指数を示し、その値は1.04である。
【0068】
図9は、本実施例における定量値の算出結果の一例を示す図である。健常者iPS細胞由来の神経突起aのプロットの傾きを区間ごとに算出すると0.93,0.48,0.37であった。健常者iPS細胞由来の神経突起bのプロットの傾きを区間ごとに算出すると0.93,0.51,0.67であった。また、アルツハイマー患者iPS細胞由来の神経突起cのプロットの傾きを区間ごとに算出すると0.91,0.59,0.49であった。変異導入型iPS細胞由来の神経突起dのプロットの傾きを区間ごとに算出すると0.87,0.55,0.51であった。
健常者iPS細胞由来の神経突起a及び神経突起bに比べて、アルツハイマー患者iPS細胞由来の神経突起c及び変異導入型iPS細胞由来の神経突起dは、神経突起の形態のランダム性(複雑度)が高い傾向にあった。
【0069】
図10は、本実施例における定量値の算出結果の他の一例を示す図である。健常者iPS細胞由来の神経突起aのlog
e n‐log
eF(n)のプロットの傾きは0.25~0.30程度であった。この結果は、差分X(i)の自己依存性が高く、神経突起の形態のランダム性(複雑度)が低いことを示唆している。
また、アルツハイマー患者iPS細胞由来の神経突起cのlog
e n‐log
eF(n)のプロットの傾きは0.52程度であった。変異導入型iPS細胞由来の神経突起dのlog
e n‐log
eF(n)のプロットの傾きは0.53程度であった。この結果は、神経突起の形態のランダム性(複雑度)が高いことを示唆している。
【0070】
以上説明したように、本実施形態の定量値算出装置10によれば、正常な神経突起形態と異常な神経突起形態の違いを定量的に表すことが可能である。また、ある神経突起形態を定量的に表し、それを正常あるいは異常な神経突起のものと比較することにより、神経突起の変性状態を評価することが可能である。特に、ヒトiPS細胞から分化させて得られた神経細胞を用いれば、個々人の脳疾病リスクを予測することが可能となる。
【0071】
以上、本発明の実施形態について、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更を加えることができる。上述した各実施形態に記載の構成を組み合わせてもよい。
【0072】
なお、上記の実施形態における各装置が備える各部は、専用のハードウェアにより実現されるものであってもよく、また、メモリおよびマイクロプロセッサにより実現させるものであってもよい。
【0073】
なお、各装置が備える各部は、メモリおよびCPU(中央演算装置)により構成され、各装置が備える各部の機能を実現するためのプログラムをメモリにロードして実行することによりその機能を実現させるものであってもよい。
【0074】
また、各装置が備える各部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより、制御部が備える各部による処理を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
【0075】
また、「コンピュータシステム」は、WWWシステムを利用している場合であれば、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよく、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。
【符号の説明】
【0076】
1…定量値算出システム、10…定量値算出装置、20…撮像部、30…表示部、110…画像取得部、120…トレース部、130…駆動関数算出部、140…定量値算出部、150…評価部、160…出力部