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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-03
(45)【発行日】2023-08-14
(54)【発明の名称】皮膚老化度の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230804BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230804BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230804BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230804BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20230804BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/02
G01N33/50 Q
C12N5/071
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019109039
(22)【出願日】2019-06-11
(65)【公開番号】P2020177007
(43)【公開日】2020-10-29
【審査請求日】2022-04-15
(31)【優先権主張番号】P 2019080490
(32)【優先日】2019-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】井上 大悟
(72)【発明者】
【氏名】堀場 聡
(72)【発明者】
【氏名】高垣 知輝
(72)【発明者】
【氏名】那須 美恵子
(72)【発明者】
【氏名】三宅 明子
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-206568(JP,A)
【文献】特開2009-227657(JP,A)
【文献】国際公開第2018/078079(WO,A1)
【文献】Kana T Fukuwara,The Epithelial Circumferential Actin Belt Regulates YAP/TAZ through Nucleocytoplasmic Shuttling of Merlin,Cell Reports,2017年08月08日,Vol.20,Page.1435-1447
【文献】Ken-ichi Wada,Hippo pathway regulation by cell morphology and stress fibers,Development,2011年,Vol.138,Page.3907-3914
【文献】的崎尚,接着分子シグナルを利用した皮膚老化防止の新戦略,コスメトロジー研究報告,2004年09月01日,Vol.12,Page.58-62
【文献】Kamil Oender,Cytokeratin-related loss of cellular integrity is not a driving force of human intrinsic skin aging,Mechanisms of Ageing and Development,2008年,Vol.129,Page.563-571
【文献】Gary J Fisher,Reduction of fibroblast size/mechanical force down-regulates TGF-β type II receptor: implications for human skin aging,Aging Cell,2016年02月,Vol.15 No.1,Page.67-76
【文献】Florian Labarrade,Significance of Ubiad1 for Epidermal Keratinocytes Involves More Than CoQ10 Synthesis: Implications for Skin Aging,Cosmetics,2018年01月09日,Vol.5,Page.9
【文献】Qi Xie,YAP/TEAD-Mediated Transcription Controls Cellular Senescence,Cancer Res,2013年,Vol.73 No.12,Page.3615-3624
【文献】Antonio Totaro,Crosstalk between YAP/TAZ and Notch Signaling,Trends in Cell Biology,2018年04月14日,Vol.28 No.7,Page.560-573
【文献】Veronica A. Codelia,Regulation of YAP by Mechanical Strain through Jnk and Hippo Signaling,Current Biology,2014年09月08日,Vol.24,Page.2012-2017
【文献】Antonio Totaro,YAP/TAZ link cell mechanics to Notch signalling to control epidermal stem cell fate,NATURE COMMUNICATIONS,2017年05月17日,Vol.8,Page.15206
【文献】Yiting Qiao,YAP Regulates Actin Dynamics through ARHGAP29 and Promotes Metastasis,Cell Repo,2017年05月23日,Vol.19,Page.1495-1502
【文献】Mariana Pavel,Contact inhibition controls cell survival and proliferation via YAP/TAZ-autophagy axis,NATURE COMMUNICATIONS,2018年07月27日,Vol.9,Page.2961
【文献】Jau-Ye Shiu,Nanopillar force measurements reveal actin-cap-mediated YAP mechanotransduction,Nature Cell Biology,2018年03月,Vol.20,Page.262-271
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 33/50
G01N 33/15
C12Q 1/02
C12N 5/071
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚老化度の評価方法であって,
伸展刺激を与えた皮膚試料における角化細胞の核局在YAP又はアクチンストレスファイバーを指標とする前記方法。
【請求項2】
皮膚老化度の評価方法であって,
該方法は,
伸展刺激を与えた皮膚試料における角化細胞の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;及び
前記測定値が低いほど皮膚老化度が高いと評価すること;
を含む,前記方法。
【請求項3】
皮膚抗老化のための美容処置の評価方法であって
美容処置を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
皮膚試料に美容処置を施すこと;
美容処置を施した後に伸展刺激を与えた皮膚試料における角化細胞の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記処置を施す前と比較して増加する場合,前記処置に皮膚抗老化作用があると評価すること;
を含む,前記方法。
【請求項4】
皮膚抗老化剤のスクリーニング方法であって,
候補薬剤を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
皮膚試料に候補薬剤を施すこと;
候補薬剤を施した後に伸展刺激を与えた皮膚試料における角化細胞の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記薬剤を施す前と比較して増加する場合,前記薬剤に皮膚抗老化作用があると評価すること;
を含む,前記方法。
【請求項5】
前記皮膚試料は,採取した後の皮膚,培養皮膚細胞,又は皮膚モデルである,請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記伸展刺激は,(a)皮膚試料を0.1%以上50.0%以下の伸展率まで伸展すること;及び(b)伸展状態から回復すること;を含むサイクルを行うことであり,
伸展率は,
【数1】
(式中,定点AおよびBは,表皮または表皮が接着しているマトリックス上の任意の位置であり,ここで定点AとBを通る直線が伸展方向と平行である)で算出される,請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
皮膚老化度を評価するシステムであって,
あらかじめ設定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;
伸展刺激を与えた角化細胞の画像を取得する画像取得部;
取得された画像から核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率に関するデータに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得された核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記基準値よりも低い場合に,皮膚老化度が高いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム。
【請求項8】
前記伸展刺激は,(a)皮膚試料を0.1%以上50.0%以下の伸展率まで伸展すること;及び(b)伸展状態から回復すること;を含むサイクルを行うことであり,
伸展率は,
【数2】
(式中,定点AおよびBは,表皮または表皮が接着しているマトリックス上の任意の位置であり,ここで定点AとBを通る直線が伸展方向と平行である)で算出される,請求項7に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は皮膚老化度の評価方法,特に,角化細胞におけるYAP又はアクチンストレスファイバーを指標とする皮膚老化度の評価方法,皮膚抗老化のための美容処置および皮膚抗老化剤の評価方法,並びに,皮膚老化度を評価するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚老化は,加齢,ホルモン,代謝等の内部要因と,紫外線,乾燥等の外部要因を含め様々な因子が介在する皮膚の変化である。皮膚老化は,例えば,しみ,しわ,たるみ,しぼみなど外観から判断できる場合もあるが,例えば,皮膚内部組織の構造や構成成分の変化といった目に見えない老化が進行している場合もある。このような老化は気付かないうちに進行していることが多いため予防策をとりづらい。老化状態を適切に評価し,予防・改善するための対策をとることが重要である。
【0003】
ここで,皮膚老化を判断する種々の指標が存在する。例えば,特許文献1では,血中ビタミンD濃度を指標とする。特許文献2では,皮膚におけるE-cadherin遺伝子,T-cadherin遺伝子等の遺伝子発現を指標とする。特許文献3では,線維芽細胞におけるOLFML2A及び/又はCRLF1の遺伝子発現を指標とする。更なる指標による皮膚老化度の評価方法が求められる。
【0004】
一方,現在,真皮よりも深い層をターゲットとした美容方法が多く存在し,例えば,表情筋の強化,脂肪の分解促進を目指すもの等が挙げられる。しかし,皮膚表面より刺激を与える場合は表層部分である表皮にまず刺激が加わる為,表皮にダメージが加わるという問題がある。また,表皮直下には構造的に非常に特徴的な基底膜も存在し(アンジュレーション構造)機械刺激を受容する可能性が高いと考えられる。実際に先行文献によって物理刺激を与えることで表層が大きく変化することも報告されている(非特許文献1)。よって,表皮や基底膜を含めた皮膚に対し好ましい抗老化作用を奏する美容処置や抗老化剤の探索が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-216435号公報
【文献】特開2010-115131号公報
【文献】特開2013-116088号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Naruse et al. PLoS One. 2015 Nov 3;10
【文献】Furukawa et al., 2017, Cell Reports 20, 1435-1447
【文献】Cell Death and Disease (2014) 5, e1519; doi:10.1038/cddis.2014.476
【文献】Current Biology Vol 24 No 17, 8 September 2014, Pages 2012-2017
【文献】Nature Communications volume 8, Article number: 15206 (2017)
【文献】Development 138, 3907-3914 (2011) doi:10.1242/dev.0709872017
【文献】Cell Reports 19, 1495-1502, May 23, 2017
【文献】Nature Communications volume 9, Article number: 2961 (2018); DOI: 10.1038/s41467-018-05388-x
【文献】Nature Cell Biology volume 20, pages262-271 (2018)
【文献】Trends Cell Biol. 2018 Jul;28(7):560-573. doi: 10.1016/j.tcb.2018.03.001
【文献】Nature Communications volume 8, Article number: 15206 (2017; DOI: 10.1038/ncomms15206
【文献】Cancer Res; 73(12) June 15, 2013; DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-12-3793
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は,新規な皮膚老化度の評価方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは,鋭意研究の結果,角化細胞におけるYAPおよびアクチンストレスファイバーの挙動が経年老化に伴い変化することを発見し,本発明に想到した。
本願は,以下の発明を提供する:
(1)皮膚老化度の評価方法であって,
核局在YAP又はアクチンストレスファイバーを指標とする前記方法。
(2)皮膚老化度の評価方法であって,
該方法は,
核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;及び
前記測定値が低いほど皮膚老化度が高いと評価すること;
を含む,前記方法。
(3)皮膚抗老化のための美容処置の評価方法であって
美容処置を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
皮膚試料に美容処置を施すこと;
美容処置を施した後の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記処置を施す前と比較して増加する場合,前記処置に皮膚抗老化作用があると評価すること;
を含む,前記方法。
(4)皮膚抗老化剤のスクリーニング方法であって,
候補薬剤を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
皮膚試料に候補薬剤を施すこと;
候補薬剤を施した後の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;
測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記薬剤を施す前と比較して増加する場合,前記薬剤に皮膚抗老化作用があると評価すること;
を含む,前記方法。
(5)前記皮膚試料は,採取した後の皮膚,培養皮膚細胞,又は皮膚モデルである,(3)又は(4)に記載の方法。
(6)皮膚老化度を評価するシステムであって,
あらかじめ設定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;
角化細胞の画像を取得する画像取得部;
取得された画像から核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率に関するデータに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得された核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記基準値よりも低い場合に,皮膚老化度が高いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,皮膚の老化度を客観的に測定できる。本発明の皮膚老化度の方法により,皮膚老化を抑制するための美容処置や皮膚抗老化剤が探索できる。その結果,しみ,しわ,たるみといった皮膚老化の予防・改善が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は,実験1,3で行った伸展刺激の設定を示す。
図2a図2aは,実験1において44歳のドナーから得た角化細胞の単層培養物に伸展刺激を与えない状態および与えた直後のYAP(赤)およびアクチン(緑)の局在を示す。
図2b図2bは,実験1において各年齢のドナー(0歳,18歳,64歳)から得た角化細胞の単層培養物に伸展刺激を与えない状態および与えた直後のYAP(赤)およびアクチン(緑)の局在を示す。
図3図3は,実験1において各年齢のドナー(0歳,18歳,62歳)から得た角化細胞培養物に伸展刺激を与えない状態および与えた直後の核局在YAPを有する細胞数の割合を示す。図中,*は片側t検定(2つの母集団の分散が等しい場合)により有意差があることを示す(p<0.05%)。
図4図4は,実験1において各年齢のドナー(0歳,18歳,62歳)から得た角化細胞培養物に伸展刺激を与えない状態および与えた直後のアクチンストレスファイバー率を示す。図中,*は片側t検定(2つの母集団の分散が等しい場合)により有意差があることを示す(p<0.05%)。
図5図5は,実験1において各年齢のドナー(0歳,68歳)から得た線維芽細胞の培養物に伸展刺激を与えない状態および与えた直後のYAP(赤),アクチン(緑),および核(青)の局在を示す。
図6図6は,実験2で使用した装置およびex vivo皮膚試料を示す。
図7図7は,実験2,4,5で行った伸展刺激の設定を示す。
図8図8は,実験2において44歳のドナーから得た皮膚試料に押下刺激を与えない状態および与えた直後のYAP(緑)および核(青)の局在を示す。
図9図9は,実験3において44歳のドナーから得た角化細胞の単層培養物にそれぞれ伸展刺激を与えない条件,1回の伸展刺激を与えた条件,2回の伸展刺激を与えた条件の後,通常培養を1週間おこなった後のYAPおよびBrdUの局在を示す。
図10図10は,実験4で使用した装置および皮膚試料を示す。
図11図11は,実験4において44歳のドナーから得た2つの皮膚試料(試料#1および#2)に1回の伸展刺激を与えない状態および与えた条件の後,通常培養を1週間おこなった後のYAP(緑),Ki67(赤)および核(青)の局在を示す。
図12図12は,実験4において44歳のドナーから得た2つの皮膚試料(試料#1および#2)に2回の伸展刺激を与えない状態および与えた条件の後,通常培養を1週間おこなった後のYAP(緑),Ki67(赤)および核(青)の局在を示す。
図13図13は,実験5において44歳のドナーから得た2つの皮膚試料(試料#1および#2)に2回の伸展刺激を与えない状態および与えた条件の後,通常培養を1週間おこなった後のヒアルロン酸(緑),コラーゲン(赤),核(青)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは,老化により角化細胞におけるYAPおよびアクチンストレスファイバーの挙動が変化することを発見した。より具体的には,若年者の皮膚試料を伸展させても角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率に有意な変化はないが,高齢角化細胞の場合,伸展刺激後これらの割合が著しく減少した。とくにアクチンストレスファイバー率では,伸展刺激を与えない条件でもその割合が若齢角化細胞のそれと比較して減少しており,伸展刺激後にさらに劇的に減少する。したがって,非伸展および伸展後の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が,皮膚老化度の指標となることが分かった。
【0012】
本発明は,角化細胞における核局在YAP又はアクチンストレスファイバーを指標とする皮膚老化度の評価方法を提供する。本方法は,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;及び前記測定値が低いほど皮膚老化度が高いと評価すること;を含んでもよい。
【0013】
角化細胞は,皮膚表皮を構成する主な細胞であり,表皮最下層の基底層で分裂し,分化・成熟するにつれ基底層,有棘層,顆粒層,角層の順で上層へ移行し最終的には脱落するという過程をとる。角化細胞は,それらの層に存在する基底細胞,有棘細胞,顆粒細胞,角質細胞の4つに分類される。本明細書では,角化細胞は,基底層,有棘層,顆粒層,角層のいずれに存在する角化細胞であってよい。角化細胞は,皮膚試料における角化細胞であってよい。皮膚試料は,例えば,ヒトなどの動物から採取された皮膚試料といったex vivoの状態であってもよく,ヒト,サル,ラット及びマウス等の動物の生体におけるin vivoの状態であってもよい。これらの場合,分裂が活発な基底層内又はその付近にある角化細胞を観察することが好ましい。あるいは,皮膚試料は,例えば,培養角化細胞等の培養皮膚細胞といったin vitroの状態にあるものであってもよく,角化細胞等から作成した皮膚モデルであってもよい。培養皮膚細胞は,単層培養物であっても重層培養物であってもよい。皮膚試料は,如何なる動物由来であってもよく,例えば,ヒト,サル,ラット及びマウス等の動物由来のものを使用することができる。
【0014】
YAPとは,Yes-associated proteinのことであり,YAP1,YAP65等と称されることもある約65kDaのタンパク質である。YAPは,転写調節因子として機能すること,細胞増殖やアポトーシス等に関与すること,幹細胞(ニッチ)の維持・確立,腫瘍や癌の発生と関連すること等が報告されている。YAPは,細胞質に存在すると分解されるが,核内に移行すると活性化し転写を調節する。このようなYAPの局在は,細胞外マトリックスの硬度,細胞密度,細胞増殖と自己複製等と関連することも報告されている(非特許文献10~12)。しかし,角化細胞におけるYAPの挙動と老化の関連性は報告されていない。
【0015】
本発明において,核局在YAP率は,角化細胞で測定される全角化細胞数に対する核局在YAPを有する細胞数の割合を指し,
【数1】
で算出される。
【0016】
核局在YAPの有無は,実施例に記載のように,細胞内のYAPを染色し,核又は細胞質にある内在性YAPを顕微鏡で観察,撮像し,画像処理解析ソフトウェアを使用して核内YAPと細胞質内YAPの比を蛍光強度の度合で数値化することにより決定できる。あるいは,非特許文献5や非特許文献6に記載の方法によっても測定できる。全角化細胞数に対する核局在YAPを有する角化細胞数の割合は,上記式1により算出される。例えば,上記のような方法で核局在YAPを有すると決定された細胞の数を計数し,例えばDAPIやHoechst33342等の核染色により核が染まった細胞を全細胞数として計数して,式1により算出してもよい。
【0017】
1実施形態では,YAPの核局在は,角化細胞における内在性のYAPが,その全発現量の増減が実施前後で2倍以下の範囲にとどまり,転写共役因子として核に局在することを指す。非特許文献2~4から,YAPの阻害因子を欠失させ,YAPの核局在を促進させてもタンパク量レベルでの発現量の有意な亢進は起こらない(例えば,非特許文献4ではYAPのタンパク量は平均2倍以下である)ことが確認されているためである。
【0018】
また,YAP上流因子であるアクチンの細胞質におけるストレスファイバー(アクチンストレスファイバー)の形成がYAP核局在に相関的かつ積極的に関与することが知られている(非特許文献2~9)。よって,本発明の評価方法は,角化細胞におけるアクチンストレスファイバーの有無を指標として皮膚老化度化を決定してもよい。例えば,皮膚老化度は,アクチンストレスファイバー率を測定することにより決定してもよい。
【0019】
本発明において,アクチンストレスファイバー率は,角化細胞で測定される全角化細胞数に対するアクチンストレスファイバーを有する細胞数の割合を指し,
【数2】
で算出される。
【0020】
アクチンストレスファイバーの有無は,実施例に記載のように,アクチンファイバーを蛍光化合物が架橋したファロイジンにより染色し,細胞質中や核周辺に存在するアクチンストレスファイバーを1つでも含む場合,アクチンストレスファイバーを有するとして決定することができる。あるいは,非特許文献2~9に記載の方法によっても測定できる。全角化細胞数に対するアクチンストレスファイバーを有する角化細胞数の割合は,上記のような方法でアクチンストレスファイバーを有すると決定された細胞の数を計数し,例えば上述のようにDAPI染色により全細胞数を計数して,上記式2により算出できる。
【0021】
1実施形態では,アクチンストレスファイバーを有する角化細胞は,アクチンタンパク発現量の亢進を伴わずアクチンストレスファイバーが形成された角化細胞を指す。非特許文献7に記載のように,YAPの有無やYAPの存在位置(核,細胞質等)が異なっても,アクチンタンパク量の変動がないためである。
【0022】
核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の測定における角化細胞とは,物理刺激を与えた後の皮膚試料における角化細胞を指す。ここで,物理刺激は,皮膚試料に対し,例えば,引張,押圧,叩く,揉む,吸引,といった接触,及び/又は,例えば,超音波や空気圧のようなもので皮膚に衝撃波をあたえることで変位させるといった非接触による物理的な刺激を与えることにより皮膚の伸展を達成するものであってもよい。物理刺激は,皮膚試料表面に対し平行方向,すなわち横方向に加えてもよいし,皮膚試料表面に対し垂直方向,すなわち縦方向に加えてもよいし,あるいは斜め方向,ねじれ方向等任意の方向が採用できる。
【0023】
物理刺激は,(a)皮膚試料を0.1%以上50.0%以下の伸展率まで伸展すること;及び(b)伸展状態から回復すること;を含むサイクルを,例えば,60Hz以下の振動数で行うことであってもよい。ここで,伸展率は,
【数3】
(式中,定点AおよびBは,表皮または表皮が接着しているマトリックス上の任意の位置であり,ここで定点AとBを通る直線が伸展方向と平行である)
で算出される。
【0024】
物理刺激は,0.001%以上80.0以下,0.01%以上60.0%以下,0.1%以上50.0%以下,好ましくは,0.1%以上50.0%以下の伸展率で行ってもよい。例えば,0.1%以上1.0%以下,0.1%以上5.0%以下,0.1%以上10.0%以下,0.1%以上20.0%以下,0.1%以上30.0%以下,1.0%以上5.0%以下,1.0%以上10.0%以下,1.0%以上20.0%以下,1.0%以上30.0%以下,1.0%以上50.0%以下,10.0%以上20.0%以下,10.0%以上30.0%以下,等任意の範囲の伸展率が採用できる。
【0025】
伸展速度は,1サイクル中で最大伸展率(%)に達するまでの速度(%/s)を指す。回復速度は,最大伸展率から非伸展状態に戻る速度(%/s)を指す。伸展速度・回復速度は,0.010%/s~40%/s,0.05%/s~30%/s,0.10%/s~20%/s,0.2%/s~15%/s,0.3%/s~10%/sなど任意の速度で行ってもよい。伸展速度と回復速度は同じでも異なっていてもよい。
【0026】
振動数は,伸展開始から非伸展状態まで回復するサイクルを1サイクルとした場合の1秒あたりのサイクル数を指す。1サイクルには,一定の時間,伸展状態を維持すること及び/又は非伸展状態で休止することを含めてもよい。例えば,1サイクル中に,(a’)(a)の後かつ(b)の前に,0秒~30分間,1秒~20分間,5秒~10分間,又は10秒~5分間伸展状態を保持すること;及び/又は(b’)(b)の後かつ次のサイクルの(a)の前に,0秒~30秒間,0秒~20秒間,0秒~10秒間,1秒~10秒間,1秒~20秒間,1秒~10秒間非伸展状態で休止すること,を更に含んでもよい。振動数は,例えば,0.0000001Hz以上10kHz以下,0.000001Hz以上1kHz以下,0.00001Hz以上100Hz以下,好ましくは,0.0001Hz以上60Hz以下,0.0001Hz以上10Hz以下であってもよい。例えば,0.001Hz以上60Hz以下,0.01Hz以上60Hz以下,0.001Hz以上10Hz以下,0.01Hz以上10Hz以下,0.1Hz以上60Hz以下,0.1Hz以上10Hz以下,0.5Hz以上10Hz以下,0.5Hz以上5Hz以下,0.5Hz以上1Hz以下,0.001Hz以上0.01Hz以下,0.001Hz以上0.1Hz以下,0.001Hz以上1Hz以下,0.01Hz以上1Hz以下,0.1Hz以上1Hz以下,1Hz以上60Hz以下,1Hz以上10Hz以下,1Hz以上5Hz以下,等任意の範囲の振動数が採用できる。
【0027】
物理刺激を行うサイクル数は限定されない。例えば,2~500サイクル,10~500サイクル,20~400サイクル,30~300サイクル,40~200サイクル,50~100サイクルといった任意の数のサイクル行なってもよい。例えば,実施例に記載のように,27サイクル行えば十分な場合もある。
【0028】
さらに,これらの任意の数のサイクルを1セットとし,このセットを任意の数のセット,例えば,1~100セット,2~50セット,又は3~10セット行ってもよい。
【0029】
物理刺激を行う時間も限定されない。例えば,休止時間を設けて又は設けずにサイクルを繰り返し5分~3時間,10分~2時間,30分~1時間といった一定時間行ってもよい。また,サイクル間又はセット間に休止時間を設ける場合,時間間隔も限定されない。
【0030】
しかしながら,皮膚老化度を測定するのに十分な刺激が達成されれば上記のような振動数,伸展率,サイクル数,頻度に限定されない。
【0031】
また,本発明は,皮膚老化度を評価するシステムであって,あらかじめ設定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;角化細胞の画像を取得する画像取得部;取得された画像から核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率に関するデータを取得するデータ取得部;データ取得部により取得された角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記基準値よりも低い場合に,皮膚老化度が高いと評価する評価部;及び,前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システムも提供する。
【0032】
評価は,角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が低いほど皮膚老化度が高いと評価するものであってもよいし,あらかじめ設定した基準値より低い場合に皮膚老化度が高いと評価するものであってもよい。基準値は,複数の皮膚試料から得た角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率のデータに基づく値であってもよい。また,基準値は,皮膚試料の採取時,および採取時から老化を進ませた後の同じ皮膚試料から得た角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率のデータに基づく値であってもよい。
【0033】
「核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が低い」とは,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が,対照又は基準値に比べて,例えば,有意水準を5%とした統計学的有意差(例えばスチューデントのt検定)で,例えば10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,60%以上,70%以上,80%以上,90%以上,又は100%低いことを意味するものであってもよい。
【0034】
また,本願にかかる方法及び/又はシステムは,皮膚老化度の評価を統計的に行ってもよいし,機械学習により行ってもよい。例えば,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率と皮膚老化度とを関連付ける関数を統計的手法により求め,その関数を用いて皮膚老化度を評価してもよい。例えば,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率と皮膚老化度に関するデータに基づく教師データを用いたニューラルネットワークによる手法を用いた機械学習により皮膚老化度を評価してもよい。
【0035】
また,本発明は,皮膚老化度を評価するための,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定する装置も提供し,装置は,皮膚試料に物理刺激を与える刺激部を含んでもよい。
【0036】
本発明は,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率に関するデータを用いて,対象の皮膚老化度を算出する装置も提供する。かかる装置は,対象の角化細胞における核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が入力されると,前記対象の皮膚老化度を算出する算出部を備え,前記算出部は,前記割合に関するデータが入力された際に,推定される皮膚老化度を算出するように,教師データを用いた機械学習処理が施された学習済みニューラルネットワークを有してもよい。
【0037】
また,本発明は,皮膚抗老化剤のスクリーニングキットであって,角化細胞;YAPの局在又はアクチンストレスファイバーを有無を測定する薬剤;および/又は,物理刺激を与えた皮膚試料における角化細胞を測定することを指示する説明書;を含む,前記キットも提供する。YAPの局在又はアクチンストレスファイバーを有無を測定する薬剤としては,非特許文献2~12や実施例に記載の薬剤などが挙げられる。
【0038】
本発明は,皮膚抗老化のための処置の評価方法であって,処置を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;皮膚試料に処置を施すこと;処置を施した後の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記処置を施す前と比較して増加する場合,前記処置に皮膚抗老化作用があると評価すること;を含む,前記方法も提供する。
【0039】
処置は,美容,医療,ストレス緩和,リラックス等を目的とする処置であってもよく,接触又は非接触により達成されるものであってもよい。ある実施形態では,処置は美容を目的とするものであり,医師や医療従事者が使用する処置ではない場合がある。処置の例として,例えば,マッサージの適用,化粧料や医薬の塗布などが挙げられるがそれらに限定されない。マッサージの適用は,美顔器などの器具,実験的な装置,ヒトの手によるものであってもよく,一回のみであっても継続的な処置でもよい。また,処置は,例えば,皮膚を引張,押圧,叩く,揉む,吸引するといった接触によって達成されてもよく,及び/又は,,例えば,超音波や空気圧のようなもので皮膚に衝撃波をあたえることで変位させるといった非接触により達成されてもよい。皮膚に0.1%以上50.0%以下の伸展率で60Hz以下,10Hz以下,1Hz以下といった物理刺激を接触又は非接触により与える美容機器を用いて,かかる物理刺激を一定のサイクル数又は時間皮膚に施すことであってもよい。例えば,実施例に記載のように,27サイクル行えば十分な場合もある。抗老化のための処置は,本発明の皮膚老化度の評価方法で使用する物理刺激と同じであっても異なっていてもよく限定されない。
【0040】
また,本発明は,皮膚抗老化剤のスクリーニング方法であって,候補薬剤を施す前の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;皮膚試料に候補薬剤を施すこと;候補薬剤を施した後の皮膚試料の核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率を測定すること;測定した核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が前記薬剤を施す前と比較して増加する場合,前記薬剤に皮膚抗老化作用があると評価すること;を含む,前記方法も提供する。
【0041】
候補薬剤は,皮膚抗老化作用について調査が行われる物質を指す。天然または化学的に合成された化合物であってもよく,動植物の抽出物であってもよく,単体又は混合物,あるいは,水溶液等の溶媒中に含有された状態,化粧料や医薬などの形態であってもよい。また,候補薬剤の投与経路は任意に選択でき,例えば経口投与,経皮投与,皮下投与,経粘膜投与,筋肉内投与等が挙げられる。
【0042】
皮膚抗老化作用があるとは,例えば,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の低下を抑制するということを意味する場合もある。抑制は,例えば,有意水準を5%とした統計学的有意差(例えばスチューデントのt検定)を有する核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率の低下の抑制であってもよく,及び/又は,例えば10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,60%以上,70%以上,80%以上,90%以上,100%の抑制であってもよい。
【0043】
本発明は,本発明の方法により皮膚抗老化作用があると判断された処置を施す,あるいは皮膚抗老化剤又はそれを含有する組成物を投与することにより皮膚老化を予防及び/又は改善するための方法も提供する。本発明の皮膚老化を予防及び/又は改善するための方法は,医療を目的とするものであってもよいが,美容を目的とする方法であり医師や医療従事者による治療ではない場合もある。また,本発明は,本発明の方法により皮膚抗老化作用があると判断された処置あるいは皮膚抗老化剤又はそれを含有する組成物を提案することを含む,対象の美容行為を支援する美容カウンセリング方法も提供する。
【0044】
また,本発明の組成物は食品組成物,化粧料組成物,又は医薬組成物であってもよい。食品組成物は,粉末,飲料,または錠剤であってもよく,粉末状,液状,固形状,顆粒状,粒状,ペースト状,ゲル状等の様々な形態であり得る。化粧料組成物は,乳液,クリーム,美容液,ローション,パック,洗顔料,石鹸,ボディソープ,シャンプー等であってもよく,液状,乳液状,クリーム状,固形状,シート状,スプレー状,ゲル状,泡状,パウダー状等の様々な形態であり得る。医薬組成物は,錠剤,カプセル剤,散剤,顆粒剤,軟膏剤,クリーム剤,貼付剤等であってもよい。組成物に,例えば,賦形剤,着色剤,保存剤,増粘剤といった医薬部外品,化粧品,医薬品等に用いられる成分を,必要に応じて適宜配合してもよい。
【0045】
本明細書において引用される全ての文献はその全体が引用により本明細書に援用される。
【実施例
【0046】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。本発明の実施例は例示のみを目的とし,本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として,本発明の変更,例えば,本発明の構成要件の追加,削除及び置換を行うことができる。
【0047】
実験1:老化による角化細胞のin vitroの変化
試料:株式会社ケー・エー・シーから購入した年齢の異なるドナー(0歳,18歳,44歳,64歳)由来の単層培養角化細胞および線維芽細胞培養物を使用した。
【0048】
伸展条件:Menicon Life Science社製のShellPaを使用し,上記の角化細胞および線維芽細胞に伸展刺激を与えた。伸展刺激は図1の下図中央に記載のような10%の伸展率で行った。サイクルは,図1上図左に記載のように,0.33%/sの伸展速度にてプレートを一方向に引っ張り,細胞を10%の伸展率まで伸展させた。その後,伸展状態を5分間維持し,0.33%/sの回復速度にて細胞を元の非伸展状態に戻した。これを1サイクルとし,合計27サイクルを3時間かけて行った。サイクル間での休止時間は0~10秒とした。
【0049】
観察方法:非伸展刺激および伸展刺激後の細胞内YAPを以下のように蛍光抗体染色法で観察した。細胞におけるYAPは抗YAP抗体(Santa Cruz Biotechnology, YAP抗体(63.7): sc-101199)用い,アクチンファイバーは蛍光化合物が架橋したファロイジン(ThermoFisher Scientific, Alexa FluorTM 488 Phalloidin: A12379)を用いて検出,共焦点レーザー顕微鏡(ZEISS, LSM700)により観察および画像取得した。また,画像処理解析ソフトウェアImageJを使用してYAPの核と細胞質比を蛍光強度の度合で数値化した。核と細胞質との蛍光強度比(核内YAPの蛍光強度/細胞質内YAPの蛍光強度)を算出し,その値が1≧のものを核内YAPを有する細胞としてその細胞数を計数した。全細胞数は,DAPI(Vector Laboratories, VECTASHIELD Mounting Medium with DAPI:H-1200)を用いて染色し,核が染まっている細胞の数を計数し,核局在YAPを有する細胞数の割合を式1に従って算出した。また,細胞質中や核周辺にあるアクチンストレスファイバーを1つでも含む細胞をアクチンストレスファイバーを有する細胞として計数し,同様に全細胞数を計数し,アクチンストレスファイバー率を式2に従って算出した。
【0050】
結果:
角化細胞の顕微鏡写真を図2a,bに示す。これらの図からわかるように,若年層のドナー(0歳,18歳)から得た角化細胞では,伸展刺激の有り無しのいずれの条件においてもほぼ全ての細胞でYAPが核に局在するが,中高年層のドナー(44歳,64歳)から得た角化細胞では,伸展刺激を与えると核局在YAPを有する細胞数が急激に減少した。図3は,角化細胞における核局在YAPを有する細胞数の割合を示す。若年層では核局在YAPを有する細胞の数に変化は見られないものの,高齢者の角化細胞では有意に減少した。しかしながら,激減はしたものの核局在YAPを有する細胞数はゼロにはならず一定の割合で存在していた。角化細胞におけるアクチンストレスファイバー率を示す図4では,若年層ではアクチンストレスファイバーを有する細胞の数に変化は見られず,高齢者の角化細胞では有意に減少しほぼ見られなくなった。一方,線維芽細胞では,図5に示すように,伸展刺激の有り無しの条件においてYAPやアクチンストレスファイバーに変化は見られず,年齢差もほとんど見られなかった。
【0051】
実験2:老化による角化細胞のex vivoの変化
試料:Genoskin社から得たex vivoヒト腹部皮膚組織片(NativeSkin, 12well size,直径約1cm)を使用した。組織片は38歳のものである。
伸展条件:図6に示すようなプラスチック製の押圧部を作成した。押圧部の底面が試料の上面に押圧されるように試料の上部から垂直に押し下げて,0.1%以下の伸展率で皮膚が伸展されるように調整した。このような押下運動を図7に示すように10%/sの速度で行い,その後押圧部を保持して10秒間伸展状態を維持し,10%/sの速度で持ち上げて元の非伸展状態に戻し,次の押下運動まで10秒間休止した。これを1サイクルとし,90サイクルを30分間かけて行った。この90サイクルを1セットとし,セット間に30分~1時間の休止時間を設けて合計3セットの押下運動(合計270サイクル)を行った。
【0052】
観察方法:伸展刺激の有り無しの条件において,YAPおよびDAPIを実験1と同様の方法で染色,観察,および画像取得を行った。
【0053】
結果:
実験1でみられた老化によるYAPの挙動の変化はex vivoの試料でも同様に見られた。図8に見られるように,中高年層のドナー(38歳)から得たex vivo皮膚モデルにおいても表皮内の角化細胞では,伸展刺激を与えると核局在YAPが減少し染色されない部分が多くみられた。特に基底層近辺でこのような変化が著しかった。
【0054】
実験3:伸展刺激による角化細胞におけるin vitroの効果
試料:実験1と同じ中高年層のドナー(44歳)の角化細胞の単層培養物を使用した。
伸展条件:実験1と同じ伸展刺激を与えた。つまり,実験1で行った27サイクルの伸展刺激のセットを与えた。しかし,27サイクルからなる1セットの伸展刺激を3時間与えてから12~24時間経った後,試料に更に同じ伸展刺激を与え合計2セット行った。
【0055】
観察方法:非伸展刺激および伸展刺激後のYAPは実験1と同様に染色した。また,増殖マーカーとしてBrdUを,抗BrdU抗体(Abcam, Anti-BrdU 抗体 [BU1/75 (ICR1)]: ab6326)を用いて蛍光抗体法により染色した。BrdUの処理は6時間行い,その7日後に4%パラホルムアルデヒドを用いて4℃にて24時間固定した。固定した試料を共焦点レーザー顕微鏡(ZEISS, LSM700)を用いて観察および画像取得を行った。
【0056】
結果を図9に示す。1回目の伸展刺激では,実験1と同様,伸展刺激前後で核局在YAPを有する細胞数に大きな変化があった。BrdUも核局在YAPと同様に伸展刺激により激減した。一方,1回目の伸展刺激から24時間後に2回目の伸展刺激を与えた場合,核局在YAPおよびBrdUは,非伸展刺激条件と2回伸展刺激条件の間で大きな変化が見られないかやや増加していた。核局在YAPと増殖細胞には何らかの関連性があることが示唆されかつ,1回の伸展刺激よりも2回の伸展刺激を与えた後の細胞は,自己複製能をもつ細胞が増加しており,非伸展あるいは若年の角化細胞と同様の細胞増殖能を回復あるいは維持していることが示唆される。理論に拘束されるものではないが,1回目の伸展刺激により,増殖維持や自己複製能の低い老化角化細胞の細胞死が促進されるか,剥がれ落ちるといった何らかの機構により,老化角化細胞を選択的に排除し,増殖維持や自己複製能の高い核局在YAPを示す細胞を選択的に残すことにより角化細胞の増殖や回復を促している可能性が考えられる。
【0057】
実験4:伸展刺激による表皮におけるex vivoの効果
試料:Genoskin社から購入した中高年層のドナー(42歳)のex vivoヒト腹部皮膚組織片(NativeSkin, 6well size,直径約2~2.5cm)を使用した。
伸展条件:図10に示すようなウェル内の皮膚の両端を把持する把持部を有し,把持部を引っ張ることにより皮膚を伸展させる伸展器具を作成した。上記組織片が入ったウェルを水平に設置し,把持部を操作して両端から皮膚を伸展させ図7に示すように10%の伸展率となる伸展を10%/sの速度で行い,10%/sの回復速度にて試料を元の非伸展状態に戻した。これを1サイクルとし,合計90サイクルを30分間かけて行った。この90サイクルを1セットとし,セット間に30分~1時間の休止時間を設けて合計3セット(合計270サイクル)行った。この3セットの伸展刺激を3時間与えてから12~24時間経った後,試料に更に同じ3セットの伸展刺激を2日連続で2回行った。
【0058】
観察方法:非伸展刺激0日目,伸展刺激直後(同0日目),非伸展刺激,伸展刺激処理した皮膚組織を1週間培養した後に,実験1と同様のYAPとDAPI処理を行い,更に増殖マーカーとしてKi67を抗Ki67抗体(Abcam, Anti-Ki67 抗体 [SP6]: ab16667)を用いて染色を行い,実験1と同様の手順で観察および画像取得を行った。
【0059】
図11に非伸展刺激0日目および伸展刺激直後(同0日目)の様子を示す。YAPを有する基底層の表皮細胞が減少し,増殖マーカーKi67は引張直後に増えていた。理論に拘束されるものではないが,伸展刺激により細胞増殖とその後の細胞分化の過程を促進した可能性も考えられる。図12に伸展刺激を2日連続で2回与えた後に1週間培養した後の様子を示す。伸展前では,基底層のみならず表皮細胞全体にわたりYAPが見られた。YAPは,通常基底層に多くみられるが,1週間培養した皮膚では全層にわたり観察された。理論に拘束されるものではないが,非伸展の皮膚組織では,細胞老化により,例えば,表皮内の各層における細胞増殖や細胞分化に何かしらの異常が起こり,YAPの分布が変化している可能性も考えられる。しかしながら,2回の伸展刺激後YAPの発現分布は基底層に維持されていた。理論に拘束されるものではないが,物理刺激により,表皮における細胞増殖,細胞分化のホメオスタシスが活性化,維持された結果,YAPの分布が1週間の培養後でも初期の新鮮な皮膚組織の通常状態を維持している可能性も考えられる。
【0060】
実験5:伸展刺激による真皮におけるex vivoの効果
試料および伸展条件:実験4と同じGenoskin社から購入した中高年層のドナー(44歳)のex vivoヒト腹部皮膚組織片(NativeSkin, 6well size,直径約2~2.5cm)を使用した。実験4と同じ伸展である3セットの伸展刺激を2日連続で2回行った。
【0061】
観察方法:伸展刺激前,伸展刺激後1週間培養した後のDAPI,ヒアルロン酸(HOKUDO, Biotin-HABP: BC41),コラーゲン(Merck Millipore, Anti-human COL1N-terminal antibody: MAB1912)を観察した。DAPIは実験1と同様に,ヒアルロン酸,コラーゲンは蛍光抗体法により染色し共焦点レーザー顕微鏡(ZEISS, LSM700)により観察および画像取得した。
【0062】
結果を図12に示す。伸展刺激を与えた場合,真皮におけるヒアルロン酸が増加していた。伸展刺激により表皮細胞の増殖を促進するのみならず,真皮にも好ましい影響を与えていることが示される。
【0063】
以上の結果により,核局在YAP率又はアクチンストレスファイバー率が皮膚老化度に伴い減少することがわかった。よって,本発明の評価方法を用いると,皮膚老化度が客観的に測定でき,皮膚抗老化のための美容方法や薬剤のスクリーニングが可能になる。
【0064】
さらに,特定の振動数で物理刺激を施した皮膚試料の角化細胞において,核局在YAPを有する角化細胞やアクチンストレスファイバーを有する角化細胞数の割合が増加していた。さらには角化細胞が存在する表皮のみならず,真皮におけるヒアルロン酸の量が増加していた。つまり,本発明の美容方法や美容装置を用いると,表皮のみならず真皮といった部分を含めた皮膚に対し抗老化作用を奏することが示唆される。つまり,YAP又はアクチンストレスファイバーを利用した皮膚老化度の評価は角化細胞において行っているにもかかわらず,表皮のみならず真皮といった部分を含めた皮膚に対し抗老化作用を奏する美容方法や薬剤のスクリーニングも可能になる。
図1
図2a
図2b
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13