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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-04
(45)【発行日】2023-08-15
(54)【発明の名称】光学システム及び空間位相変調器
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/13 20060101AFI20230807BHJP
   C09K 19/54 20060101ALI20230807BHJP
   B23K 26/082 20140101ALI20230807BHJP
【FI】
G02F1/13 505
G02F1/13 500
C09K19/54 C
B23K26/082
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021551064
(86)(22)【出願日】2019-10-10
(86)【国際出願番号】 JP2019040126
(87)【国際公開番号】W WO2021070351
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】591102693
【氏名又は名称】santec Holdings株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】517018101
【氏名又は名称】公立大学法人山陽小野田市立山口東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】桜井 康樹
(72)【発明者】
【氏名】高頭 孝毅
【審査官】岩村 貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-012836(JP,A)
【文献】特開平10-036847(JP,A)
【文献】特開2006-169472(JP,A)
【文献】特開2005-100609(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/13
C09K 19/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ加工用の光学システムであって、
光源と、
コントローラと、
前記コントローラにより制御されて、加工対象面に形成すべき画像に対応する位相変調光を生成するように、前記光源から入力されるパルス光としてのレーザ光を位相変調し、前記位相変調したパルス光を前記位相変調光として出力する空間位相変調器と、
を備え、
前記光学システムは、前記加工対象面に対する前記位相変調光の照射により前記加工対象面を加工するように構成され、
前記空間位相変調器は、
液晶層と、
前記液晶層に電界を形成するように構成される電極層と、
を備え、
前記液晶層が、液晶性混合物に光作用により生じる重合反応を抑制する性質を有する有機化合物が重合抑制剤として添加された液晶組成物により構成され
前記液晶組成物が、3重量%以上であって20重量%までの範囲の前記重合抑制剤を含む
晶デバイスである光学システム
【請求項2】
前記重合抑制剤は、ラジカル重合を抑制する性質を有する請求項1記載の光学システム
【請求項3】
前記液晶性混合物がトラン骨格を有する液晶性化合物を含み、
前記重合抑制剤が、前記トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカル重合を抑制する請求項1又は請求項2記載の光学システム
【請求項4】
前記液晶組成物は、3重量%以上であって10重量%までの範囲の前記重合抑制剤を含む請求項1~請求項3のいずれか一項記載の光学システム
【請求項5】
前記重合抑制剤は、芳香環構造と炭素数3以上のアルキル基構造とを有する有機化合物である請求項1~請求項のいずれか一項記載の光学システム
【請求項6】
前記電極層は、
前記液晶層の上に位置する透明電極層と、
前記液晶層の下に位置する下部電極層と、
を備え、
前記液晶層と前記透明電極層との間、及び、前記液晶層と前記下部電極層との間には、前記液晶層における液晶分子の初期配向を垂直方向又は水平方向に制御するための配向膜が設けられており、
前記液晶層は、垂直配向(VA)液晶層又は水平配向(HA)液晶層として構成される請求項1~請求項のいずれか一項記載の光学システム
【請求項7】
前記空間位相変調器が、LCOSデバイスとして構成される請求項1~請求項のいずれか一項記載の光学システム
【請求項8】
前記液晶性混合物は、ネマティック液晶性を示す請求項1~請求項のいずれか一項記載の光学システム
【請求項9】
前記空間位相変調器は、
前記パルス光が入力される透明な固体材料層と、
前記電極層のうちの第一の層としての前記固体材料層の下に位置する透明電極層と、
前記透明電極層の下に位置する第一の配向膜層と、
前記液晶層としての前記第一の配向膜層の下に位置する液晶層と、
前記液晶層の下に位置する第二の配向膜層と、
前記電極層のうちの第二の層としての前記第二の配向膜層の下に位置する下部電極層と、
前記下部電極層の下に位置するシリコン基板と、
を備え、
前記第一及び第二の配向膜層が、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層である
請求項1~請求項8のいずれか一項記載の光学システム。
【請求項10】
前記透明電極層が、酸化インジウムスズ(ITO)透明電極層である請求項9記載の光学システム。
【請求項11】
請求項1~請求項10のいずれか一項記載の光学システムに用いられる空間位相変調器であって、
パルス光が入力される透明な固体材料層と、
前記固体材料層の下に位置する透明電極層と、
前記透明電極層の下に位置する第一の配向膜層と、
前記第一の配向膜層の下に位置する液晶層と、
前記液晶層の下に位置する第二の配向膜層と、
前記第二の配向膜層の下に位置する下部電極層と、
前記下部電極層の下に位置するシリコン基板と、
を備え、
記液晶層は、液晶性混合物に光作用による重合反応を抑制する性質を有する有機化合物が重合抑制剤として添加された液晶組成物により構成され
前記液晶組成物が、3重量%以上であって20重量%までの範囲の前記重合抑制剤を含む空間位相変調器。
【請求項12】
前記第一及び第二の配向膜層は、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層である請求項11記載の空間位相変調器。
【請求項13】
前記透明電極層は、酸化インジウムスズ(ITO)透明電極層である請求項12記載の空間位相変調器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、液晶デバイス、光学システム、及び、空間位相変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶デバイスとして、LCOS(Liquid Crystal On Silicon)デバイスが既に知られている。ディスプレイ用途に開発されたLCOSデバイスは、近年では、様々な分野で活用され始めている。
【0003】
例えばLCOSデバイスの空間位相変調器としての活用が、光通信技術、レーザ加工技術、補償光学技術、光マニピュレーション技術、及び、パルス/スペクトル整形技術等の技術分野で研究されている。本開示者は、LCOSデバイスを用いたレーザ加工システムをすでに開示している(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】桜井康樹、「LCOS技術を用いたレーザ加工技術」、液晶、日本、日本液晶学会、2018年 4月25日、第22巻、第2号、第129-133頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
LCOSデバイスを用いたレーザ加工システムでは、計算機ホログラム(CGH: Computer Generated Hologram)を通して生成されるLCOS位相変調像を用いて、加工対象面をワンショットで加工できる。このため、従来のスキャン方式のレーザ加工システムに比べて、加工に関する格段の性能向上が期待される。
【0006】
しかしながら、LCOSデバイスを含む公知の液晶デバイスにおいては、高エネルギー光の入力に対する耐久性が十分ではなく、液晶デバイスは、損傷を受けやすい。損傷の原因の一つには、液晶デバイスを構成する材料の光吸収による発熱が含まれる。
【0007】
本開示者は、液晶デバイスを構成する材料の選択により、光吸収による発熱を抑える技術をすでに開示している。しかしながら、依然として、高エネルギー光の入力に対する液晶デバイスの耐久性には、改善の余地がある。
【0008】
そこで、本開示の一側面によれば、液晶デバイスの耐久性を向上可能な新規技術を提供できることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一側面に係る液晶デバイスは、液晶層と、電極層とを備える。電極層は、液晶層に電界を形成するように構成される。液晶層は、液晶性混合物に光作用により生じる重合反応を抑制する性質を有する有機化合物が重合抑制剤として添加された液晶組成物により構成される。重合抑制剤の例には、ラジカル重合を抑制する性質を有する有機化合物が含まれ得る。
【0010】
液晶デバイスの損傷には、発熱に起因する損傷の他、重合反応、特には、光作用により生じるラジカルを成長種とした重合反応であるラジカル重合に起因する損傷が含まれることに、本開示者は気づいた。
【0011】
上述の重合抑制剤を含む液晶層では、光作用による重合反応を抑えることができる。例えば、ラジカル重合を抑制する性質を有する有機化合物を重合抑制剤として含む液晶層では、光作用により生じるラジカルを成長種として連鎖的にモノマーが付加し、重合が進行するのを抑えることができる。
【0012】
従って、本開示の一側面に係る液晶デバイスでは、光作用による重合反応に起因する液晶デバイスの損傷を抑制することができ、光、特に高エネルギー光の入力に対する液晶デバイスの耐久性を向上させることができる。
【0013】
本開示の一側面によれば、液晶性混合物は、ネマティック液晶性を示す液晶性混合物であってもよい。本開示の一側面によれば、液晶性混合物は、トラン骨格を有する液晶性化合物を含んでいてもよい。この場合、重合抑制剤は、トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカル重合を抑制する性質を有していてもよい。
【0014】
液晶層にトラン骨格を有する液晶性化合物が含まれる場合には、トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカルを成長種とした重合反応が発生しやすい。従って、重合抑制剤を用いて液晶デバイスを構成することは、大変有意義である。
【0015】
本開示の一側面によれば、液晶組成物は、0.01重量%から20重量%までの重合抑制剤を含んでいてもよい。本開示の一側面によれば、液晶組成物は、0.05重量%から10重量%までの重合抑制剤を含んでいてもよい。上述した割合での液晶性混合物に対する重合抑制剤の添加は、液晶層での望まない物性変化を抑えながら、光作用による重合反応を効果的に抑制することを可能にする。
【0016】
本開示の一側面によれば、液晶組成物は、3重量%以上の重合抑制剤を含んでいてもよく、例えば3重量%から10重量%のまでの範囲の重合抑制剤を含んでいてもよい。3重量%以上で、高濃度に重合抑制剤を液晶性混合物に添加することによれば、高エネルギー光の入力に対する液晶デバイスの耐久性をより効果的に向上させることができる。
【0017】
本開示の一側面によれば、重合抑制剤は、芳香環構造と炭素数3以上のアルキル基構造とを有する有機化合物であってもよい。この重合抑制剤によれば、液晶性混合物に重合抑制剤を高濃度に添加することができる。
【0018】
本開示の一側面によれば、電極層は、液晶層の上に位置する透明電極層と、液晶層の下に位置する下部電極層と、を備えていてもよい。本開示の一側面によれば、液晶層と透明電極層との間、及び、液晶層と下部電極層との間に、液晶層における液晶分子の初期配向を垂直方向に制御するための配向膜が設けられてもよく、液晶層は、垂直配向(VA)液晶層として構成されてもよい。液晶デバイスは、垂直配向(VA)型の液晶デバイスとして構成されてもよい。
【0019】
本開示の一側面によれば、液晶層と透明電極層との間、及び、液晶層と下部電極層との間に、液晶層における液晶分子の初期配向を水平方向に制御するための配向膜が設けられてもよく、液晶層は、水平配向(HA)液晶層として構成されてもよい。液晶デバイスは、水平配向(HA)型の液晶デバイスとして構成されてもよい。
【0020】
本開示の一側面によれば、液晶デバイスは、シリコン基板とカバーガラスとの間に電極層及び液晶層が挟み込まれたLCOSデバイスとして構成されてもよい。光作用による重合反応、特にはラジカル重合による損傷を抑制可能なLCOSデバイスは、高エネルギー光の入力用途において、耐久性の面で優れている。
【0021】
本開示の一側面によれば、光源と、光源からのレーザ光が入力される上述の液晶デバイスとを備える光学システムが提供されてもよい。光学システムは、液晶デバイスを制御するコントローラを更に備えていてもよい。液晶デバイスは、コントローラにより制御されて、レーザ光を変調し、変調したレーザ光を出力し得る。本開示の一側面によれば、液晶デバイスを用いて高エネルギー光を変調するシステムの耐久性を向上させることができる。
【0022】
本開示の一側面によれば、液晶型の空間位相変調器が提供されてもよい。空間位相変調器は、光が入力される固体材料層と、固体材料層の下に位置する透明電極層と、透明電極層の下に位置する第一の配向膜層と、第一の配向膜層の下に位置する液晶層と、液晶層の下に位置する第二の配向膜層と、第二の配向膜層の下に位置する下部電極層と、下部電極層の下に位置するシリコン基板と、を備えていてもよい。
【0023】
本開示の一側面によれば、透明電極層は、酸化インジウムスズ(ITO)透明電極層であってもよい。固体材料層は、カバーガラスであってもよく、サファイア又は石英のガラス層であってもよい。第一及び第二の配向膜層は、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層であってもよい。液晶層は、液晶性混合物に例えばラジカル重合などの光作用による重合反応を抑制する性質を有する有機化合物が重合抑制剤として添加された液晶組成物により構成されてもよい。
【0024】
この空間位相変調器によれば、空間位相変調器において生じる、高エネルギー光の入力による熱損傷、及び、重合反応による損傷を効果的に抑制することができる。
【0025】
本開示の一側面によれば、液晶性混合物に例えばラジカル重合などの光作用による重合反応を抑制する性質を有する有機化合物を添加して、液晶組成物を生成することと、液晶組成物を用いて液晶層を基板上に形成することにより、重合反応を抑制する性質を有する液晶層を含む液晶デバイスを製造することと、を含む液晶デバイスの製造方法が提供されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】レーザ加工システムの概略構成を表す図である。
図2】空間位相変調器の内部構造を表す断面図である。
図3】空間位相変調器の製造方法を説明したフローチャートである。
図4】重合抑制剤の添加に関する実験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0027】
10…レーザ加工システム、11…光源、13…ビーム拡大レンズ、15…投影素子(空間位相変調器)、17…コントローラ、19…結像レンズ、100…空間位相変調器、110…シリコン基板、120…カバーガラス、130…透明電極層、140…第一の配向膜層、150…液晶層、160…第二の配向膜層、170…反射層、180…下部電極層、190…回路層。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に本開示の例示的実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0029】
本実施形態の空間位相変調器100は、高エネルギー光に対する耐久性を有するLCOSデバイスとして構成される。特に、本実施形態の空間位相変調器100は、レーザ加工用途のLCOSデバイスとして構成される。
【0030】
レーザ加工システム10では、尖頭値の高いパワーを有するパルス光が発射される。このため、レーザ加工システム10に用いられる空間位相変調器100には、高エネルギーのパルス光の入力に対する耐久性が要求される。
【0031】
図1に示すレーザ加工システム10は、光源11からのパルス光を、ビーム拡大レンズ13を介して投影素子15に照射する。空間位相変調器100は、この投影素子15として、レーザ加工システム10に組み込まれる。
【0032】
空間位相変調器100は、複数の画素に対応する二次元配列された複数の電極を有し、複数の電極からの液晶に対する電圧印加により、入力光を画素毎に位相変調するように構成される。空間位相変調器100は、コントローラ17により制御されて、光源11からのパルス光を、加工対象面20に形成すべき画像に対応する位相変調光に変換して、出力する。
【0033】
空間位相変調器100からの出力光に対応する位相変調像は、結像レンズ19を介して加工対象面20で結像される。この位相変調像により、加工対象面20は加工される。このレーザ加工システム10によれば、ワンショットのパルス光で、二次元画像を加工対象面20に形成可能である。
【0034】
図2に示す本実施形態の空間位相変調器100は、シリコン基板110上に、カバーガラス120と、透明電極層130と、第一の配向膜層140と、液晶層150と、第二の配向膜層160と、反射層170と、下部電極層180と、回路層190とを備える。
【0035】
カバーガラス120は、光が入力される固体材料層として、空間位相変調器100の最上層に位置する。光源11からのパルス光は、カバーガラス120に入力される。透明電極層130は、カバーガラス120の下に位置する。第一の配向膜層140、液晶層150、及び第二の配向膜層160は、透明電極層130の下に位置する。
【0036】
第一の配向膜層140は、液晶層150の上で、液晶層150に隣接するように配置される。第二の配向膜層160は、液晶層150の下で、液晶層150に隣接するように配置される。第一の配向膜層140及び第二の配向膜層160は、液晶分子の初期配向を空間位相変調器100内の各層に対して垂直に制御するための垂直配向膜として構成される。
【0037】
液晶層150は、第一の配向膜層140と第二の配向膜層160との間に配置される。液晶層150は、第一の配向膜層140及び第二の配向膜層160の影響を受けて、電圧印加のない無電界状態で液晶分子が垂直に配向される垂直配向(VA)液晶層として構成される。
【0038】
反射層170は、第二の配向膜層160の下に位置し、空間位相変調器100の上方から、カバーガラス120に入力され、透明電極層130、第一の配向膜層140、液晶層150、及び第二の配向膜層160を順に通過して伝播してくるパルス光を反射するように構成される。
【0039】
カバーガラス120への入力光に対する反射層170からの反射光は、第二の配向膜層160、液晶層150、第一の配向膜層140、透明電極層130、及びカバーガラス120を順に通って上方に伝播し、入力光に対する位相変調光として出力される。
【0040】
下部電極層180は、上述した画素毎の電極を備え、透明電極層130と共に、コントローラ17からの駆動信号を受けて、液晶層150に、画素毎の電圧を印加する。電圧印加により、液晶層150には電界が形成される。この電界形成により、液晶層150を通過する光には画素毎の位相シフトが生じ、位相変調が実現される。
【0041】
空間位相変調器100内では、高エネルギー光の吸収により無視できない発熱が生じる。発熱は、空間位相変調器100の熱損傷の原因となり得る。そのため、本実施形態の空間位相変調器100の各層は、熱損傷の抑制を考慮した材料で構成される。
【0042】
熱損傷の抑制のためには、高い耐熱性を有する材料を選択することができる。あるいは、熱伝導率の良好な材料を選択して、熱をすばやく拡散させることができる。あるいは、透過率の良好な材料を選択して、光吸収による発熱を抑えることができる。
【0043】
本実施形態によれば、カバーガラス120は、サファイアで構成される。サファイアの耐熱温度は、カバーガラス材料として一般的なホウケイ酸ガラスよりも高く、およそ2000℃である。サファイアの熱伝導率は、およそ42W/mKである。
【0044】
サファイアの透過率は、400~1000nmの波長帯で、およそ85%以上である。このようにサファイアのカバーガラス120は、発熱に対して耐久性があるばかりではなく、熱を、効率よく拡散させ、外部に消散させることができる。
【0045】
空間位相変調器100の使用帯域、換言すればパルス光の波長帯としては、400nm~1000nmの波長帯が考えられる。しかしながら、空間位相変調器100の使用帯域を、紫外線の波長帯まで拡張する又は紫外線の波長帯にシフトさせる場合には、カバーガラス120の構成材料を、石英に変更してもよい。
【0046】
石英は、紫外線域において、サファイアよりも高い透過性を示す。但し、石英の熱伝導率は、サファイアより低く、1W/mK程度である。従って、カバーガラス120の材料は、空間位相変調器100の使用帯域に応じて、サファイア及び石英の中から選択することができる。
【0047】
透明電極層130は、ITO(酸化インジウムスズ)透明電極層として構成される。ITOは、紫外域にエネルギーバンドギャップを有するワイドギャップ半導体である。空間位相変調器100が果たすべき機能から、透明電極層130には、透過性及び導電性が必要である。この制約の中では、透明電極層130をITOで構成することが適切である。
【0048】
但し、透明電極層130の透過率は、空間位相変調器100の他の層と比較して高くない。すなわち、透明電極層130では、パルス光を受けて発熱が生じやすい。更に、透明電極層130の耐熱温度は、およそ600℃以下である。
【0049】
この透明電極層130における発熱は、カバーガラス120の高い熱伝導率により効率よく外部に消散される。カバーガラス120の高い熱伝導率により、透明電極層130の熱損傷は、抑制される。
【0050】
また、第一及び第二の配向膜層140,160は、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層で構成される。配向膜層として従来よく用いられるポリイミドの有機配向膜層の耐熱温度は、400℃以下である。
【0051】
一方、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層の耐熱温度は、透明電極層130及び液晶層150の耐熱温度より高く、およそ1000℃である。このため、本実施形態では、透明電極層130や液晶層150より先に第一及び第二の配向膜層140,160が損傷して、空間位相変調器100が使用不能となるのを抑制することができる。
【0052】
この他、本実施形態では、非金属の反射層170が下部電極層180の上に配置される。これにより、下部電極層180の発熱が抑制される。下部電極層180は、上記画素毎の電極として、アルミニウム又は金の電極を有する。
【0053】
反射層170は、具体的には、無機材料の多層構造で構成される。無機材料の例には、二酸化ケイ素(SiO)、酸化チタン(TiO又はTi)、及び、フッ化マグネシウムMgFが含まれる。これら無機材料の多層構造の耐熱温度は、これら無機材料の融点に対応し、およそ1100℃である。
【0054】
無機材料の多層構造によれば、透過率1%未満の反射層170を構成することができ、反射層170での発熱を抑制することができる。
【0055】
この他、本実施形態では、高エネルギー光に対する空間位相変調器100の耐久性を向上させるために、液晶層150が、ラジカル重合を抑制する重合抑制剤を添加した液晶組成物で構成される。
【0056】
空間位相変調器100の損傷には、発熱に起因する損傷の他、液晶層150内で生じる化学反応としてのラジカル重合に起因する損傷が含まれる。ラジカル重合は、光作用により生じる重合反応の一つである。以下には、トラン骨格を有するネマティック液晶分子の構造式が示される。
【0057】
【化1】
【0058】
液晶組成物は、複数の液晶性化合物を混合して生成される。液晶性化合物は、通常、低分子有機化合物であり、強い光の照射に対して光感受性を有する。例えば、液晶性化合物は、硬直なπ骨格、柔軟な側鎖、及び極性基を有する低分子有機化合物である。
【0059】
このため、液晶性化合物は、入力される光により分子骨格の一部が励起状態となり、ラジカルを発生させる。以下の化学式は、トラン骨格に対する光作用で生じたラジカルを有するネマティック液晶分子を説明する。
【0060】
【化2】
【0061】
本実施形態の液晶層150は、上述したように垂直配向(VA)液晶層であり、室温を含む広い範囲でネマティック液晶性を示す液晶性混合物が、液晶層150の形成に用いられる。その液晶性混合物には、トラン骨格を有するネマティック液晶性化合物が含まれる場合がある。
【0062】
この液晶層150は、入力光の作用により生じる活性の高いラジカルを成長種として、連鎖的にモノマーが付加して重合が進行していくことで損傷する。従って、光作用により発生する活性ラジカルと容易に反応して、活性ラジカルを不活性化させることができれば、連鎖する重合反応を抑制して、光作用による液晶層150の損傷を食い止めることができる。
【0063】
このために、本実施形態では、ラジカル重合を抑制する性質を有する有機化合物を、重合抑制剤として液晶性混合物に添加して、液晶組成物を生成する。この液晶組成物により液晶層150を形成する。
【0064】
すなわち、本実施形態では、図3に示すように、液晶組成物の主材料として、複数の液晶性化合物を混合した液晶性混合物を用意する(S110)。更には、添加剤として、重合抑制剤を用意する(S120)。そして、液晶性混合物に重合抑制剤を添加して、液晶組成物を生成する(S130)。この液晶組成物を用いて液晶層150を形成するように、空間位相変調器100を製造する(S140)。
【0065】
こうして製造される空間位相変調器100によれば、液晶層150に含まれる重合抑制剤が、液晶層150内の活性ラジカルと反応して、活性ラジカルが不活性化する。このため、液晶層150では、連鎖する重合反応を阻害して、ラジカル重合に起因する損傷を抑制することができる。
【0066】
重合抑制剤は、ラジカルを捕捉する安定ラジカル化合物などで生成され得る。本実施形態では、例えば、液晶性混合物に対し溶解性を示し且つ反応しない重合抑制剤が用いられ得る。液晶性混合物に溶解しやすく液晶組成物の物性を大きく変化させないという観点で、液晶分子構造に近い有機化合物を重合抑制剤として選択することができる。
【0067】
より具体的に言えば、好ましい有機化合物の分子構造は、重合抑制剤が有する基本構造に加えて側鎖アルキル基構造をもつ分子構造である。重合抑制剤が有する基本構造としては、キノン類であるヒドロキノン、pーベンゾキノン、ニトロ化合物であるo-ジニトロベンゼン、m-ジニトロベンゼン、p-ジニトロベンゼン、2,4-ジニトロベンゼン、1,3,5-トリニトロベンゼン、1,3,5-トリニトロアニソール、1,3,5-トリニトロトルエン、ジニトロジュレン、ニトロフェノール類であるo-ニトロフェノール、m-ニトロフェノール、p-ニトロフェノール、2,4-ジニトロフェノール、2,4,6-トリニトロフェノール、ニトロソ、ニトロン化合物であるニトロソベンゼン、メチルーαーニトロソイソプロピルケトン、フェニル-t-ブチルニトロンの構造を例に挙げることができる。
【0068】
液晶状態を示す有機化合物は、ベンゼン環等の芳香環構造とアルキル基とを共に持つ構造をしている。すなわち、液晶分子構造に近い有機化合物とは、芳香環構造とアルキル基構造とを共に有する化合物である。
【0069】
液晶分子構造に近い有機化合物の具体例には、2-ドデシルフェノール、2,6-tert-ブチル-p-クレゾール、tert-ブチルヒドロキノン、4-tert-ブチルピロカテコール、2-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン、6-tert-ブチル-2,4-キシレノール、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールが含まれる。これらの例示された有機化合物は、C3以上、すなわち炭素数3以上のアルキル基を有する。炭素数3以上のアルキル基を有する上述の有機化合物は、液晶性混合物に特に溶解しやすく、高濃度の添加に向いている。
【0070】
2-ドデシルフェノールの構造式を以下に示す。
【0071】
【化3】
【0072】
2,6-tert-ブチル-p-クレゾールの構造式を以下に示す。
【0073】
【化4】
【0074】
tert-ブチルヒドロキノンの構造式を以下に示す。
【0075】
【化5】
【0076】
4-tert-ブチルピロカテコールの構造式を以下に示す。
【0077】
【化6】
【0078】
2-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノンの構造式を以下に示す。
【0079】
【化7】
【0080】
6-tert-ブチル-2,4-キシレノールの構造式を以下に示す。
【0081】
【化8】
【0082】
2,6-ジ-tert-ブチルフェノールの構造式を以下に示す。
【0083】
【化9】
【0084】
液晶層150の形成には、以上に例示した液晶分子構造に近い有機化合物の一つ又は複数を重合抑制剤として用いることができる。例えば、液晶層150の形成には、2-ドデシルフェノール(分子式C1830O,分子量262.44)を重合抑制剤として用いることができる。あるいは、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(分子式C1524O,分子量220.36)を重合抑制剤として用いることができる。
【0085】
これらの重合抑制剤によれば、トラン骨格等の分子骨格に対する光作用によって生じるラジカル重合を効果的に抑制することができる。但し、重合抑制剤は、これらの具体例に限定されない。市場に流通している重合抑制剤(重合阻害剤、重合防止剤又は重合禁止剤とも呼ばれる)が用いられてもよい。
【0086】
上述した重合抑制剤は、0.01重量%から20重量%までの範囲、より具体的には、0.05重量%から10重量%までの範囲、更に具体的には、3重量%から10重量%までの範囲で液晶性混合物に添加され得る。
【0087】
これにより、液晶層150は、0.01重量%から20重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物、より具体的には、0.05重量%から10重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物、更に具体的には、3重量%から10重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物で構成され得る。3重量%以上の重合抑制剤の添加が特に高エネルギー光に対する液晶層150の耐久性を向上させる。重合抑制剤の添加量は、実験等を通じて、空間位相変調器100の位相変調能力を保持しながら、ラジカル重合による損傷を抑制するために最適な量に定めることができる。
【0088】
図4は、液晶層150に対して入力される光の光出力密度を横軸に示し、破壊時間を対数目盛で縦軸に示すグラフにおいて、重合抑制剤が5重量%添加された液晶層150の破壊時間を黒丸により示す。更には、重合抑制剤の添加なしの従来の液晶層の破壊時間を白丸により示す。グラフから理解できるように、液晶層150に高エネルギーの光が入力されるときには、重合抑制剤の添加によって、効果的に液晶層150の損傷が抑制される。
【0089】
以上に説明したように、本実施形態では、液晶層150がラジカル重合を抑制する性質を有する有機化合物が添加された液晶組成物で構成される。このため、高エネルギー光の入力に対する耐久性の高い空間位相変調器100を構成することができる。
【0090】
本実施形態では、光吸収による発熱を考慮した材料選択により、空間位相変調器100の熱損傷も抑制される。従って、重合反応による損傷だけでなく熱損傷に対しても耐久性の高い空間位相変調器100を提供することができ、この空間位相変調器100を用いて、耐久性に優れたレーザ加工システム1を構成することができる。
【0091】
液晶材料は、一般的には応答速度及び変調量等の所望の光学性能を達成するために選択される。損傷を考慮して選択する液晶材料を変更することは、光学性能の劣化を招く。本実施形態では、重合抑制剤の添加により損傷を抑制するため、液晶材料を変更することなく、光学性能を維持しながら、高エネルギー光に対する耐久性を向上させることができる。従って、本開示の技術は、大変有意義である。
【0092】
本開示が、上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の態様を採り得ることは言うまでもない。本開示の技術は、空間位相変調器に限らず、様々な用途のLCOSデバイス、更には液晶デバイスに適用可能である。
【0093】
本開示の技術は、図2に示す反射型の液晶デバイスに限らず、透過型の液晶デバイスに適用されてもよい。本開示の技術は、水平配向(HA)型の液晶デバイスやIPS(In Plane Switching)型の液晶デバイスに適用されてもよい。
【0094】
例えば、本開示の技術は、液晶層と透明電極層との間、及び、液晶層と下部電極層との間に、液晶層における液晶分子の初期配向を水平方向に制御するための配向膜を備え、液晶層が、水平配向(HA)液晶層として構成される液晶デバイスに適用されてもよい。すなわち、上述した空間位相変調器100の液晶層150は、第一及び第二の配向膜層140,160として水平配向用の配向膜を備えた水平配向(HA)液晶層として構成されてもよい。
【0095】
本開示の技術は、液晶性混合物に光作用による重合反応を抑制する性質を有する有機化合物を添加して、液晶組成物を生成し、液晶組成物を用いて液晶層を形成することにより、光作用による重合反応を抑制する性質を有する液晶層を含む液晶デバイスを製造する思想を含む。従って、液晶層150は、ラジカル重合にかぎらず、他の光作用による重合反応を抑制するための重合抑制剤が添加された液晶組成物により構成されてもよい。
【0096】
上記実施形態における1つの構成要素が有する機能は、複数の構成要素に分散して設けられてもよい。複数の構成要素が有する機能は、1つの構成要素に統合されてもよい。上記実施形態の構成の一部は、省略されてもよい。特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
図1
図2
図3
図4