(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-04
(45)【発行日】2023-08-15
(54)【発明の名称】内燃機関のクランク軸用の半割スラスト軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 9/02 20060101AFI20230807BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20230807BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20230807BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20230807BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20230807BHJP
【FI】
F16C9/02
F16C17/04 Z
F16C33/10 D
F16C33/12 Z
F16C33/14 Z
(21)【出願番号】P 2019062289
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2021-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小栗 万里奈
(72)【発明者】
【氏名】後藤 志歩
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-201145(JP,A)
【文献】特開2009-293660(JP,A)
【文献】特開2017-44258(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 9/02
17/00-17/26
33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるための半円環形状の半割スラスト軸受であって、第1の表面及び前記第1の表面の反対側の第2の表面を画成するFe合金製の裏金層と、前記裏金層の前記第1の表面上に設けられた軸受合金層とを有し、前記軸受合金層は、前記裏金層と反対側に前記半割スラスト軸受の摺動面を画成し、前記半割スラスト軸受の
両方の周方
向端面に隣接して2つのスラストリリーフが形成され、各スラストリリーフは、前記摺動面から前記
両方の周方向端面
それぞれに向かって前記半割スラスト軸受の壁厚が薄くなるように形成されたスラストリリーフ表面を有する、半割スラスト軸受において、
前記スラストリリーフ表面は前記軸受合金層からなり、また前記裏金層は前記スラストリリーフにおいて前記
両方の周方向端面
それぞれに向かって厚さが薄くなるように形成され、したがって前記
両方の周方向端面
それぞれは、前記裏金層が露出する裏金端面と、前記軸受合金層が露出する軸受合金端面とを有し、
前記軸受合金端面上に散在するように配置された複数の固体潤滑部材をさらに有し、前記固体潤滑部材は、MoS
2、WS
2、黒鉛、及びh-BNのうちの少なくとも1種以上からなり、
前記裏金端面上の、前記軸受合金端面から所定の軸線方向距離(T3)までの範囲内にも前記固体潤滑部材が散在するよう配置され、また前記所定の軸線方向距離(T3)は、前記
両方の周方向端面
それぞれにおける前記裏金端面の軸線方向長さ(T2)の25%~50%である、
半割スラスト軸受。
【請求項2】
前記軸受合金端面における前記固体潤滑部材の面積率(AR1)が1~10%である、請求項1に記載の半割スラスト軸受。
【請求項3】
前記軸受合金端面上の前記固体潤滑部材の厚さが0.1~10nmである、請求項1又は2に記載の半割スラスト軸受。
【請求項4】
前記
両方の周方向端面
それぞれにおける前記軸受合金端面の軸線方向長さ(T1)が、前記
両方の周方向端面
それぞれの軸線方向長さ(TE)の30~60%である、請求項1から3までのいずれか一項に記載の半割スラスト軸受。
【請求項5】
前記裏金端面上の、前記軸受合金端面から前記所定の軸線方向距離(T3)までの範囲内における前記固体潤滑部材の面積率(AR2)が、前記軸受合金端面における前記固体潤滑部材の面積率(A1)の1.5~2.5倍である、請求項請求項1から4までのいずれか一項に記載の半割スラスト軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受ける半割スラスト軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のクランク軸は、そのジャーナル部において、一対の半割軸受を円筒形状に組み合わせて構成される主軸受を介して、内燃機関のシリンダブロック下部に回転自在に支承される。
【0003】
一対の半割軸受のうちの一方又は両方が、クランク軸の軸線方向力を受ける半割スラスト軸受と組み合わせて用いられる。半割スラスト軸受は、半割軸受の軸線方向端面の一方又は両方に配設される。
【0004】
半割スラスト軸受は、クランク軸に生じる軸線方向力を受ける。すなわち、クラッチによってクランク軸と変速機とが接続される際等に、クランク軸に対して入力される軸線方向力を支承することを目的として配置されている。
【0005】
半割スラスト軸受の周方向両端近傍の摺動面側には、周方向端面へ向かって軸受部材の厚さが薄くなるようにスラストリリーフが形成されている。一般にスラストリリーフは、半割スラスト軸受の周方向端面から摺動面までの長さや周方向端面での深さが、径方向の位置によらずに一定になるよう形成される。スラストリリーフは、半割スラスト軸受を分割型軸受ハウジング内に組み付ける際の一対の半割スラスト軸受の端面同士の位置ずれを吸収するために形成される(特許文献1の
図10参照)。
【0006】
内燃機関のクランク軸は、そのジャーナル部において、一対の半割軸受からなる主軸受を介して、内燃機関のシリンダブロック下部に支承される。このとき潤滑油は、シリンダブロック壁内のオイルギャラリーから主軸受の壁内の貫通口を通じて、主軸受の内周面に沿って形成された潤滑油溝内に送り込まれる。潤滑油はこのようにして主軸受の潤滑油溝内に供給され、その後半割スラスト軸受に供給される。なお、内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるスラスト軸受には、一般に、Fe合金製の裏金層の一方の表面にアルミニウム軸受合金層又は銅軸受合金層を形成した積層構造体が用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
クランク軸と変速機とが接続されること等によってクランク軸に対して入力される軸線方向力が半割スラスト軸受の摺動面に加わると、ほぼ同時に、半割スラスト軸受の周方向端面付近には衝撃力が加わるため、スラストリリーフあるいはスラストリリーフと隣接する摺動面の軸受合金層に疲労(割れや剥離)が生じる場合がある。
より詳細には、半割スラスト軸受は、シリンダブロック及び軸受キャップの側面に設けられた受け座(座面)に嵌合され使用されるが、受け座の内径は、半割スラスト軸受の外径よりも若干大きく形成されているので、半割スラスト軸受は周方向に僅かに移動可能である。一方、一対の半割スラスト軸受を円環形状に組み合わせて使用する場合(例えば特許文献1の
図10参照)、クランク軸からの軸線方向力がスラスト軸受の摺動面に入力する瞬間、クランク軸のスラストカラー面は、一対の半割スラスト軸受の両方の摺動面と同時に接触するのではなく、先に一方の半割スラスト軸受の摺動面と接触しがちである。このため、一方の半割スラスト軸受がスラストカラー面の回転とともに僅かに周方向に移動し、一方の半割スラスト軸受のクランク軸の回転方向の前方側の周方向端面が、他方の半割スラスト軸受のクランク軸の回転方向の後方側の周方向端面と衝突し、それら半割スラスト軸受の周方向端面付近に衝撃的な負荷が加わる。クランク軸と変速機とが接続されるたびに繰り返し加わるこの衝撃的な負荷の影響で、半割スラスト軸受の周方向端面に隣接するスラストリリーフあるいはスラストリリーフと隣接する摺動面の軸受合金層に疲労(割れや鋼裏金層からの剥離)が起き易い。
【0009】
したがって本発明の目的は、運転時に疲労が生じ難い内燃機関のクランク軸用半割スラスト軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明によれば、
内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるための半円環形状の半割スラスト軸受であって、第1の表面及び第1の表面の反対側の第2の表面を画成するFe合金製の裏金層と、裏金層の第1の表面上に設けられた軸受合金層とを有し、軸受合金層は、裏金層と反対側に半割スラスト軸受の摺動面を画成し、半割スラスト軸受の周方向両端面に隣接して2つのスラストリリーフが形成され、各スラストリリーフは、摺動面から周方向端面に向かって半割スラスト軸受の壁厚が薄くなるように形成されたスラストリリーフ表面を有する、半割スラスト軸受において、
スラストリリーフ表面は軸受合金層からなり、また裏金層はスラストリリーフにおいて周方向端面に向かって厚さが薄くなるように形成され、したがって周方向端面は、裏金層が露出する裏金端面と、軸受合金層が露出する軸受合金端面とを有し、
軸受合金端面上に散在するように配置された複数の固体潤滑部材をさらに有し、固体潤滑部材は、MoS2、WS2、黒鉛、及びh-BNのうちの少なくとも1種以上からなる、半割スラスト軸受
が提供される。
【0011】
軸受合金端面における固体潤滑部材の面積率(AR1)は1~10%とすることができる。
【0012】
軸受合金端面上の固体潤滑部材の厚さは0.1~10nmとすることができる。
【0013】
周方向端面における軸受合金端面の軸線方向長さ(T1)は、周方向端面の軸線方向長さ(TE)の30~60%とすることができる。
【0014】
裏金端面上の、軸受合金端面から所定の軸線方向距離(T3)までの範囲内にも固体潤滑部材が散在するように配置され、またこの所定の軸線方向距離(T3)は、周方向端面における裏金端面の軸線方向長さ(T2)の25%~50%とすることができる。
【0015】
裏金端面上の、軸受合金端面から所定の軸線方向距離(T3)までの範囲内における固体潤滑部材の面積率(AR2)は、軸受合金端面における固体潤滑部材の面積率(AR1)の2~5倍(AR2/AR1=1.5~2.5)とすることができる。
【発明の効果】
【0016】
上述したように、クランク軸用の半割スラスト軸受は、内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるが、本発明によれば、半割スラスト軸受の周方向端面の軸受合金端面には、固体潤滑部材が散在するように設けられているため、軸受合金端面が衝撃負荷を受けた際に微小滑りが生じ、軸受合金層に加わる負荷が緩和される。
このため、スラストリリーフ表面の領域やスラストリリーフに隣接する摺動面の領域における軸受合金層には衝撃負荷が伝播し難く、したがってこれらの領域の軸受合金層に疲労が生じ難い。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図4】実施例1の半割スラスト軸受の正面図である。
【
図5】実施例1の半割スラスト軸受の周方向端部の軸線方向に平行な断面図である。
【
図8】
図7に示す半割軸受を径方向内側から見た底面図である。
【
図9】実施例3の半割スラスト軸受の正面図である。
【
図10】実施例3の半割スラスト軸受の周方向端部の側面図である。
【
図11】実施例4の半割スラスト軸受の周方向端部の側面図である。
【
図12】実施例1の半割スラスト軸受の周方向端面の正面図である。
【
図13A】実施例1の半割スラスト軸受の周方向端面を、
図6のZI矢視方向から見た拡大側面図である。
【
図13B】実施例1の半割スラスト軸受の周方向端面を、
図6のZII矢視方向から見た拡大正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0019】
(軸受装置の全体構成)
まず、
図1~3を用いて本発明の実施例1に係る軸受装置1の全体構成を説明する。
図1~3に示すように、シリンダブロック2の下部に軸受キャップ3を取り付けて構成された軸受ハウジング4には、両側面間を貫通する円形孔である軸受孔(保持孔)5が形成されており、側面における軸受孔5の周縁には円環状凹部である受座6、6が形成されている。軸受孔5には、クランク軸のジャーナル部11を回転自在に支承する半割軸受7、7が円筒状に組み合わされて嵌合される。受座6、6には、クランク軸のスラストカラー12を介して軸線方向力f(
図3参照)を受ける半割スラスト軸受8、8が円環状に組み合わされて嵌合される。
【0020】
図2に示すように、主軸受を構成する半割軸受7のうち、シリンダブロック2側(上側)の半割軸受7の内周面には潤滑油溝71が形成され、また潤滑油溝71内には外周面に貫通する貫通孔72が形成されている(
図7及び8も参照)。なお、潤滑油溝は、上下両方の半割軸受に形成することもできる。
【0021】
また半割軸受7には、半割軸受7同士の当接面に隣接して、周方向両端部にクラッシュリリーフ73、73が形成されている(
図2参照)。クラッシュリリーフ73は、半割軸受7の周方向端面に隣接する領域の壁厚が、周方向端面に向かって徐々に薄くなるように形成された壁厚減少領域である。クラッシュリリーフ73は、一対の半割軸受7、7を組み付けたときの突合せ面の位置ずれや変形を吸収することを企画して形成される。
【0022】
(半割スラスト軸受の構成)
次に、
図2~6を用いて実施例1の半割スラスト軸受8の構成について説明する。本実施例の半割スラスト軸受8は、Fe合金製の裏金層84に薄い軸受合金層85を接着したバイメタルを用いて、半円環形状の平板に形成される。なお、裏金層84のFe合金として、鋼やステンレス鋼等を用いることができる。また軸受合金層85として、Cu軸受合金やAl軸受合金等を用いることができる。軸受合金層85は、Fe合金製の裏金層84に対し硬さが低く(軟らかく)、したがって外力を受けた場合に弾性変形量が多い。
半割スラスト軸受8は、周方向中央領域に軸受合金層85から構成される摺動面81(軸受面)と、周方向両端面83、83に隣接する領域にスラストリリーフ82、82とを有し、スラストリリーフ82は、平坦なスラストリリーフ表面(平面)82sを有している。摺動面81には、潤滑油の保油性を高めるために、両側のスラストリリーフ82、82の間に2つの油溝81a、81aが形成されている。
【0023】
スラストリリーフ82は、周方向両端面83、83に隣接する摺動面81側の領域に、半割スラスト軸受8の壁厚Tが端面に向かって徐々に薄くなるように形成される壁厚減少領域であり、半割スラスト軸受8の周方向端面83の径方向全長に亘って延びている。スラストリリーフ82は、半割スラスト軸受8を分割型の軸受ハウジング4内に組み付けた際の位置ずれ等に起因する、一対の半割スラスト軸受8、8の周方向端面83、83同士の位置ずれを緩和するために形成される。
【0024】
図4に示すように、本実施例のスラストリリーフ82は、半割スラスト軸受8の径方向内側端部と径方向外側端部の間で一定のスラストリリーフ長さL1を有している。
乗用車用等の小型内燃機関のクランク軸(ジャーナル部の直径が30~100mm程度)に使用する場合、半割スラスト軸受8の周方向端面83からのスラストリリーフ長さL1は、3~25mmになされる。
【0025】
ここで、スラストリリーフ長さL1とは、半割スラスト軸受8の周方向両端面83を通る平面(スラスト軸受分割平面HP)から垂直方向に測った長さとして定義される。特に、径方向内側端部におけるスラストリリーフ長さL1は、半割スラスト軸受8の周方向端面83から、スラストリリーフ表面82sが摺動面81の内周縁と交わる点までの垂直方向の長さとして定義される。
【0026】
また半割スラスト軸受8のスラストリリーフ82は、周方向端面83において、半割スラスト軸受8の径方向内側端部と径方向外側端部との間で一定の軸線方向深さRD1を有するように形成される。
スラストリリーフ82の軸線方向の深さRD1は、0.1~1mmになされることができる。
【0027】
ここで、軸線方向深さとは、半割スラスト軸受8の摺動面81を含む平面からスラストリリーフ表面82sまでの軸線方向距離を意味する。換言すれば、軸線方向深さは、摺動面81をスラストリリーフ82上まで延長した仮想摺動面からスラストリリーフ表面82sまで垂直に測った距離である。したがって軸線方向深さRD1は、特に、半割スラスト軸受8の周方向端面83におけるスラストリリーフ表面82sから仮想摺動面までの深さとして定義される。
【0028】
図5に示すように、裏金層84は2つの表面、すなわち軸受合金層85が接着される第1の表面84aと、半割スラスト軸受8の背面を構成する第2の表面84bとを画成している。
【0029】
なお、実際の製造の観点から、スラストリリーフ表面82sの形状は、摺動面81に垂直な周方向断面で、僅かに湾曲した曲線であってもよく、同様にスラストリリーフ82における裏金層84の第1の表面84aの形状は、摺動面81に垂直な周方向断面で、僅かに湾曲した曲線であってもよい。
【0030】
軸受合金層85は、スラストリリーフ表面82sが軸受合金層85からなるように、裏金層84の第1の表面84aを覆って周方向端面83まで延びている。したがって
図5及び6に示されるように、半割スラスト軸受8の周方向端面83は、軸受合金層85が露出する軸受合金端面86と、裏金層84が露出する裏金端面87とを有する。
【0031】
図12は、周方向端面83(すなわち軸受合金端面86及び裏金端面87)をその正面(
図6のZII矢視方向)から見た図である。また
図13Aは、周方向端面83を横から見た、すなわちスラストリリーフ表面82s側(
図6のZI矢視方向)から見た拡大図であり、
図13Bは、軸受合金端面86をその正面(
図6のZII矢視方向)からみた拡大図である。特に
図13A及び13Bに示されるように、軸受合金端面86には、複数の固体潤滑部材88が散在するように設けられ、したがって軸受合金端面86には、軸受合金層85が露出した部分と固体潤滑部材88とが混在していることが理解される(
図13B)。この固体潤滑部材88は、MoS
2、WS
2、黒鉛、及びh-BNのうちの少なくとも1種以上からなり、また軸受合金端面86の表面積に対する固体潤滑部材88全体の面積率は1~10%である。
【0032】
実施例1において、固体潤滑部材88の厚さT4、すなわち軸受合金端面86からの垂直方向高さT4は0.1~10nmである。
固体潤滑部材88の厚さT4が0.1nm未満であると、衝撃負荷を受けた際に軸受合金85に加わる衝撃負荷を緩和する作用が不十分であり、しかし厚さT4が10nmを超えると、衝撃負荷を受けた際に固体潤滑部材88に割れが発生したり、軸受合金端面86からせん断され易くなる場合がある。
【0033】
また実施例1において、周方向端面83における軸受合金端面86の軸線方向長さT1は、周方向端面83の軸線方向長さ(厚さ)TEに対して30~60%である。その理由は、周方向端面83における軸受合金端面86の軸線方向長さT1が、周方向端面83の軸線方向長さTEに対して60%を超えると、周方向端面83における裏金端面87の割合が小さくなりすぎて、周方向端面83付近の裏金層87が塑性変形する場合があるからである。
【0034】
なお、
図6において、スラストリリーフ表面82sと軸受合金端面86の接続部、及びスラストリリーフ82における裏金層84の第1の表面84aと裏金端面87の接続部は、直線的に形成されて(すなわち角を形成して)いるが、これら接続部は、曲線的に形成されて(すなわちアールを付されて)いてもよい。
【0035】
(実施例1による作用)
上述したようにクランク軸からの軸線方向力fが半割スラスト軸受8の摺動面81に入力するのとほぼ同時に、一方の半割スラスト軸受8の周方向端面83と他方の半割スラスト軸受8の周方向端面83とが衝突し、それにより、それら半割スラスト軸受8の周方向端面83付近に衝撃的な負荷が加わる。なお、本実施例の構成とは異なり、
図1に示すシリンダブロック2の下部に軸受キャップ3を取り付けて構成された軸受ハウジング4のうちシリンダブロック2の側面にだけ軸受孔5の周縁の円環状凹部である受座6が形成され、したがって軸受ハウジング4の一方の側面にただ1つの半割スラスト軸受が配置される場合には、半割スラスト軸受8の周方向端面83は、軸受キャップ3の端面(分割面)と衝突し、それにより半割スラスト軸受8の周方向端面83付近に衝撃的な負荷が加わる。
【0036】
本実施例では、半割スラスト軸受の周方向端面83の軸受合金端面86に、固体潤滑部材88が散在するように設けられているため、軸受合金端面86が衝撃負荷を受けた際に微小滑りが生じ、軸受合金層85に加わる負荷が緩和される。このため、スラストリリーフ表面82sの領域やスラストリリーフ82に隣接する摺動面81の領域における軸受合金層85には衝撃負荷が伝播し難く、したがってこれらの領域の軸受合金層85に疲労が生じ難い。
【0037】
また本発明では、固体潤滑部材88が軸受合金端面86上に散在していることにより、スラスト軸受8の周方向端面83に衝撃負荷が加わったとき、各固体潤滑部材は軸受合金端面86内に押し込まれ、周囲を軸受合金により囲まれ拘束されるので、軸受合金端面86に平行な方向への固体潤滑部材88の変形が起き難く、固体潤滑部材88は軸受合金端面86からせん断され難い。
これに対して、本発明とは異なり軸受合金端面86全面に固体潤滑部材を設けた場合、上述した軸受合金による周囲拘束作用がないため、固体潤滑部材の変形が大きく、固体潤滑部材に割れが発生し、軸受合金端面86から容易にせん断される。
あるいは、予め固体潤滑部材の粒子が軸受合金端面86と面一となるように埋収されていると、内燃機関を運転する際の熱で半割スラスト軸受8の軸受合金が固体潤滑部材88よりも多く熱膨張するため、軸受合金端面86に対して固体潤滑部材の表面が窪んだ状態となり、本発明と同じ作用が得られない。
【0038】
なお、本実施例とは異なり、軸受合金端面86における固体潤滑部材88の面積率が1%未満であると、衝撃負荷を受けた際に微小な滑りがおこって衝撃負荷を緩和する作用が不十分であり、一方、面積率が30%を越えると固体潤滑部材88が軸受合金端面86からせん断され易くなる場合がある。
【0039】
(軸受合金層及び裏金層の寸法)
図5は、半割スラスト軸受8の周方向端部83近傍を、内側(
図4のYI矢視方向)から見た側面の断面図である。
乗用車用等の小型内燃機関のクランク軸(ジャーナル部の直径が30~100mm程度)に使用する場合、摺動面81が形成される領域において、半割スラスト軸受8の厚さTは1.5~3.5mmであり、裏金層84の厚さTBは1.1~3.2mmであり、軸受合金層85の厚さTAは0.1mm~0.7mmである。摺動面81が形成される領域において、裏金層84の厚さTBおよび軸受合金層85の厚さTAは、一定とすることが好ましい。
また
図5及び6に示すように、スラストリリーフ82が形成された領域において、軸受合金層85および裏金層84の厚さは、周方向中央側から周方向端面83に向かって小さくなっている。周方向端面83での軸受合金端面86の軸線方向長さ(厚さ)T2は、0.05~0.6mmとすることが好ましい。
【0040】
(軸受合金層の材質)
軸受合金は、従来から既知のCu軸受合金やAl軸受合金を用いることができる。例えば、Cu軸受合金は、Sn、P、Ni、Zn、Fe、Ag、Bi、Pbから選ばれる1種以上の成分を含むCu合金であればよい。Al軸受合金は、Si、Sn、Cu、Fe、Cr、Mg、Mn、Zr、Ti、Vから選ばれる1種以上の成分を含むAl合金であればよい。なお、Cu軸受合金およびAl軸受合金は、上記に示す以外の成分を含むようにすることもできる。
【0041】
(裏金層の材質)
裏金層は、0.03~0.35質量%の炭素を含有するFe合金を用いることができる。
さらに、裏金層の組成は、0.03~0.35質量%のC、0.4質量%以下のSi、1質量%以下のMn、0.04質量%以下のP、0.05質量%以下のSを含み、残部がFe及び不可避不純物であることが好ましい。
なお、裏金層の組成は、上記組成に限定されないで他のFe合金であってもよい。
【0042】
(固体潤滑部材の面積率の測定)
半割スラスト軸受8の周方向端面83の軸受合金端面86における固体潤滑部材88の面積率は、EPMA(電子線マイクロアナライザー)を用い、倍率5000倍で軸受合金端面86の複数箇所(例えば3箇所以上)について成分の定量分析を行うことで確認できる。定量分析における検出元素として、固体潤滑部材を構成する元素(例えばMoS2の場合は、Mo元素、S元素)及び軸受合金に含まれる成分元素(例えばAl軸受合金の場合は、Al元素、Si元素、Sn元素等)を選択し、これら元素の特性X線強度をZAF補正計算法により質量濃度に変換した後、体積濃度に変換する。各測定箇所での固体潤滑部材を構成する元素の合計の体積濃度が、固体潤滑部材の体積濃度であり、各測定箇所でのこの体積濃度の値を算術平均して固体潤滑部材88の面積割合が確認できる。なお、軸受合金が固体潤滑部材と同じ元素を含む組成である場合には、上記固体潤滑部材の元素の体積濃度の値から、軸受合金に含まれる固体潤滑部材と同じ元素の体積濃度分を除いた値が、固体潤滑部材88の面積割合となる。この定量分析は、倍率は5000倍に限定されないで、例えば5000倍を超える倍率で行なってもよい。
なお、後述する半割スラスト軸受8の周方向端面83の、軸受合金端面86に隣接する裏金端面87における固体潤滑部材88の面積率も同様の方法で測定することができる。
【0043】
(固体潤滑部材の被覆方法)
固体潤滑部材の被覆方法として、一般的な投射法等を用いて、軸受合金端面86を固体潤滑部材88で被覆することが可能である。固体潤滑部材88の固体潤滑剤粒子を室温もしくは固体潤滑剤が分解しない温度に加熱した状態で圧縮気体の力により周方向端面86に衝突させ被覆する一般的な投射法を用いて、固体潤滑剤の粒子径、投射速度、投射時間、圧縮気体圧力等の条件の調整により半割スラスト軸受8の周方向端面83の軸受合金端面86、または、軸受合金端面86およびこれに隣接する裏金端面87の所定の領域にも固体潤滑剤を散在するように被覆させることができる。
【0044】
本実施例では、半割軸受7と半割スラスト軸受8が分離しているタイプの軸受装置1について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、半割軸受7と半割スラスト軸受8が一体化したタイプの軸受装置1にも適用できる。また、半割スラスト軸受8は、軸受合金層85の摺動面81や、スラストリリーフ表面82sおよび/または裏金層84の第2の表面84bに、固体潤滑部材が散在するように被覆することもできる。
【0045】
以上、図面を参照して、本発明の実施例を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は本発明に含まれる。
【実施例2】
【0046】
実施例2の半割スラスト軸受8では、裏金端面87の、軸受合金端面86に隣接する領域89にも固体潤滑部材が散在するように形成されており、その他の構成は、実施例1と同じである。
具体的には、本実施例では、軸受合金端面86に加えて、裏金端面87の、軸受合金端面86から所定の軸線方向距離T3までの範囲89にも固体潤滑部材88が散在しており、この軸線方向距離T3は、周方向端面における裏金端面87の軸線方向長さT2の25%~50%である(
図12)。
裏金層84の裏金端面87のスラストリリーフ表面82s側に固体潤滑部材88を形成することで、微小すべりが発生し、軸受合金端面86に隣接する裏金端面87の領域89においても衝撃負荷が緩和される。
一方、裏金層84の裏金端面87の背面側(スラストリリーフ表面82sと反対側)では、裏金端面87のみが露出しているため、衝撃負荷は、主に裏金端面87のうち軸受合金層85から離間した領域に加わる。このため、スラストリリーフ表面82sの領域やスラストリリーフ82に隣接する摺動面81の領域における軸受合金層85には衝撃負荷が伝播し難く、したがってこれらの領域の軸受合金層85に疲労が生じ難い。
また、裏金層84の表面(裏金端面87)は、軸受合金層85の表面(軸受合金端面86)に比べて、相手部材と衝撃的に接する際の摩擦力が高い。このため、衝撃負荷を受けた際に微小すべりが発生し易くなるように、裏金端面87上の、軸受合金端面から所定の軸線方向距離T3までの範囲89内における固体潤滑部材88の面積率(AR2)は、軸受合金端面86における固体潤滑部材88の面積率(AR1)の1.5~2.5倍(AR2/AR1=2~5)であることが好ましい。
裏金端面87上の、軸受合金端面から所定の軸線方向距離T3までの範囲89内における固体潤滑部材88の面積率が軸受合金端面86における固体潤滑部材88の面積率の1.5倍未満であると、裏金端面87においても衝撃負荷を緩和する作用が十分に得られ難い場合があり、また2.5倍を超えると、固体潤滑部材88が裏金端面87からせん断され易くなる場合がある。
【実施例3】
【0047】
例えば
図9及び10に示すように、位置決め及び回転止めのために、半径方向外側に突出する突出部8pを備える半割スラスト軸受8’に本発明を適用することもできる。さらに、この半割スラスト軸受8’の円周方向長さは、実施例1に示す半割スラスト軸受8よりも所定の長さS1だけ短くてもよい。また、半割スラスト軸受8’は、周方向端部83近傍において内周面を半径Rの円弧状に切り欠くこともできる。同様に、半割スラスト軸受8’の摺動面側の径方向外側縁部や径方向内側縁部に、周方向に亘って面取りを形成するもこともできる。
【実施例4】
【0048】
図11に示すように、実施例4による半割スラスト軸受8’’は、摺動面81と反対側の背面(裏金層84の第2表面84b)の周方向両端部にもスラストトリリーフに似た形状の背面リリーフ90を有することができる。なお、この場合に、裏金層84の厚さは背面リリーフ90を形成しなかった場合の第2の表面84bから測定される厚さとして定義される。
あるいは背面リリーフ90は、摺動面81と平行な平面を有するように構成することもできる。
なお、
図11に示すように背面リリーフ90のリリーフ長さL3は、上述したスラストリリーフ82のスラストリリーフ長さL1より大きいが、これに限定されるものではなく、スラストリリーフ長さL1と同じであってもよく、あるいはスラストリリーフ長さL1よりも小さくてもよい。
【0049】
また実施例1では、軸受装置1に半割スラスト軸受8を4つ使用しているが、本発明はこれに限定されるものではなく、少なくとも1つの本発明による半割スラスト軸受8を使用することで所望の効果を得ることができる。また、本発明による半割スラスト軸受8と従来のスラスト軸受を対として構成した円環形状のスラスト軸受を使用してもよい。さらに、本発明の軸受装置1において、半割スラスト軸受8は、クランク軸を回転自在に支承する半割軸受7の軸線方向の一方又は両方の端面に一体に形成されてもよい。
【符号の説明】
【0050】
L1 径方向内側端部におけるスラストリリーフ長さ
RD1 周方向端面におけるスラストリリーフ深さ
1 軸受装置
4 軸受ハウジング
7 半割軸受
8 半割スラスト軸受
11 ジャーナル部
12 スラストカラー
71 潤滑油溝
72 貫通孔
73 クラッシュリリーフ
81 摺動面
82 スラストリリーフ
82s スラストリリーフ表面
83 周方向端面
84 裏金層
84a 第1の表面
84b 第2の表面
85 軸受合金層
86 軸受合金端面
87 裏金端面
88 固体潤滑部材
89 裏金端面の所定の範囲
90 背面リリーフ