(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-04
(45)【発行日】2023-08-15
(54)【発明の名称】歯科印象用トレー
(51)【国際特許分類】
A61C 9/00 20060101AFI20230807BHJP
【FI】
A61C9/00 A
(21)【出願番号】P 2021519460
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019124
(87)【国際公開番号】W WO2020230818
(87)【国際公開日】2020-11-19
【審査請求日】2021-11-08
(31)【優先権主張番号】P 2019092986
(32)【優先日】2019-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】515279946
【氏名又は名称】株式会社ジーシー
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 啓一
(72)【発明者】
【氏名】道井 貴幸
【審査官】小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0106529(US,A1)
【文献】特開2013-075092(JP,A)
【文献】米国特許第03878610(US,A)
【文献】米国特許第04432728(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
印象を採得する際に印象材が盛られるトレー本体と、
前記トレー本体の歯列方向に沿った少なくとも一端に設けられ、印象圧を調整可能な印象圧調整部と、
を備え、
前記印象圧調整部は、印象採得時にレトロモラーパッドと対向する位置に設けられ、最奥部分から少なくとも一部が除去されることによって前記印象圧を調整でき、
前記トレー本体は、前記歯列方向の弓形状の中央側である、印象採得時に舌側に配置される内壁を有し、
前記内壁は、
前記印象圧調整部の最奥部分から少なくとも一部が除去される場合に、前記歯列方向の前記印象圧調整部と同位置、かつ、前記印象圧調整部より前記舌側の位置に
、その一部が
前記印象圧調整部の除去量によらず常に残るよう配置される、
歯科印象用トレー。
【請求項2】
前記印象圧調整部には複数の貫通孔が設けられ、
前記印象圧調整部に設けられる前記複数の貫通孔のいずれかに沿って切削することによって、前記印象圧調整部の前記最奥部分から少なくとも一部が除去される、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項3】
前記印象圧調整部は、前記トレー本体の他の部分より空隙率が高く形成される、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項4】
前記印象圧調整部は、前記トレー本体の他の部分より厚さが薄く形成される、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項5】
前記トレー本体には、印象採得時に本来は歯列最奥の大臼歯がある領域と、前記レトロモラーパッドとの境界となる位置に区画線が設けられ、前記印象圧調整部は前記区画線より奥側に設けられる、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項6】
前記印象圧調整部は、複数の貫通孔を設けることによって、前記トレー本体の他の部分より空隙率が高く形成される、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項7】
前記複数の貫通孔は、中心軸線が同一方向となるよう設けられる、
請求項6に記載の歯科印象用トレー。
【請求項8】
前記複数の貫通孔の前記中心軸線の方向は、印象採取時の前記トレー本体への加圧方向である、
請求項7に記載の歯科印象用トレー。
【請求項9】
前記複数の貫通孔は、前記印象圧調整部と前記トレー本体の他の部分との境界となる位置に設けられる区画線に沿って配置される、
請求項6に記載の歯科印象用トレー。
【請求項10】
前記トレー本体は無歯顎用かつ下顎用である、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【請求項11】
前記トレー本体に脱着可能に取り付けられ、印象採取時に前記トレー本体へ外力を付加して前記印象圧を発生させるハンドルを備える、
請求項1に記載の歯科印象用トレー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、歯科印象用トレーに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に歯科治療において補綴物の作製に際して口腔内の印象を採得するときには、シリコーン印象材やアルジネート印象材等の印象材が用いられる。このとき、印象材を口腔内に挿入して保持するために印象用トレーを利用する(例えば特許文献1参照)。すなわち、印象用トレーに印象材を盛り付けて患者の口腔内に挿入し、印象材を患者の口腔内に押し付けることで口腔内の形状を印象材に転写する。そして印象材が硬化した後に、口腔内の形状が転写された印象材が保持された状態で一体として印象用トレーが口腔内から取り出される。
【0003】
このように印象を採得する際に、無歯顎の者(無歯顎に近い者も含む。)の場合には、滑らかな曲面を有する歯槽堤の印象を採得する必要がある。このときには、印象材を均等な力で歯槽堤に押し付けなければならない等、非常に高い技術が要求される。そのため、無歯顎者に対しては、より精度良く口腔内の印象を採得する必要性から、印象採得を2回に亘って行うことも多い。
【0004】
具体的には、先ず一般的な印象用トレーにより歯槽堤の1回目の印象を採り、その後、硬化した印象から無歯顎模型を作製する。そしてこの無歯顎模型からその無歯顎者専用の印象用トレーである「個人トレー」を作製する。次にこの個人トレーに印象材を薄く盛り、歯槽堤の2回目の印象を採得し、その印象から正確な無歯顎模型を作製する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
無歯顎患者の印象採得の場合、採得部位が硬組織のみならず軟組織など広範囲に及ぶため、有歯顎患者の場合に比べ難易度が高くなる。具体的には、下顎の最後臼歯の後方に臼後三角(レトロモラーパッド)と呼ばれる軟組織が存在する。そのため、例えば特許文献1に記載されるような従来の印象用トレーを用いると、レトロモラーパッド部位に過度に高い印象圧が付与されてしまったり、採得不足(印象材が行き渡らない)が生じやすい。
【0007】
このため、レトロモラーパッド部位を予め除去した形状の印象用トレーも存在する(例えば、Frame Cut Backトレー(株式会社YDM製))。しかし、印象用トレーにレトロモラーパッドと対向する部分が無いと、レトロモラーパッド部位の印象が採得できないため印象の精度が低くなる場合がある。
【0008】
そこで本開示は、高い精度の印象を採得できる歯科印象用トレーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態の一観点に係る歯科印象用トレーは、印象を採得する際に印象材が盛られるトレー本体と、前記トレー本体の歯列方向に沿った少なくとも一端に設けられ、印象圧を調整可能な印象圧調整部と、を備え、前記印象圧調整部は、印象採得時にレトロモラーパッドと対向する位置に設けられ、最奥部分から少なくとも一部が除去されることによって前記印象圧を調整でき、前記トレー本体は、前記歯列方向の弓形状の中央側である、印象採得時に舌側に配置される内壁を有し、前記内壁は、前記印象圧調整部の最奥部分から少なくとも一部が除去される場合に、前記歯列方向の前記印象圧調整部と同位置、かつ、前記印象圧調整部より前記舌側の位置に、その一部が前記印象圧調整部の除去量によらず常に残るよう配置される。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、高い精度の印象を採得できる歯科印象用トレーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る下顎印象用トレーの組立斜視図である。
【
図2】
図1に示す下顎印象用トレーの分解斜視図である。
【
図3】
図2中のトレー本体を下顎側から視た斜視図である。
【
図4】下顎印象用トレーを上顎側から視た平面図である。
【
図5】下顎印象用トレーを下顎側から視た平面図である。
【
図6】印象圧調整部の範囲を説明するための模式図である。
【
図7A】印象圧調整部の除去パターンの第1段階の一例を示す図である。
【
図7B】印象圧調整部の除去パターンの第2段階の一例を示す図である。
【
図7C】印象圧調整部の除去パターンの第3段階の一例を示す図である。
【
図8】口腔内のレトロモラーパッドの位置を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0013】
なお、以下の説明において、x方向、y方向、z方向は互いに垂直な方向である。x方向及びy方向は略水平方向であり、z方向は略鉛直方向である。x方向は下顎印象用トレー1(歯科印象用トレー)が口腔内に取り付けられたときの前後方向であり、x正方向が口唇側であり、x負方向が喉側である。y方向は、下顎印象用トレー1が口腔内に取り付けられたときの左右方向であり、y正方向が歯列左側であり、y負方向が歯列右側である。z方向は下顎印象用トレー1が口腔内に取り付けられたときの上下方向であり、z正方向が上顎側、z負方向が下顎側である。
【0014】
図1は、実施形態に係る下顎印象用トレー1の組立斜視図である。
図2は、
図1に示す下顎印象用トレー1の分解斜視図である。
図3は、
図2中のトレー本体2を下顎側から視た斜視図である。
図4は、下顎印象用トレー1を上顎側から視た平面図である。
図5は、下顎印象用トレー1を下顎側から視た平面図である。
【0015】
下顎印象用トレー1は、歯科印象用トレーの一例であり、口腔内の下顎側の印象を採得するための印象材を保持する器具である。
図1に示す下顎印象用トレー1は無歯顎患者用のものである。
図1、
図2に示すように、下顎印象用トレー1は、トレー本体2とハンドル3とを備える。採得された印象は下顎の補綴物を作製するために利用される。印象材は、例えばシリコーン印象材やアルジネート印象材が用いられる。トレー本体2、ハンドル3は、例えばポリアセタールやポリカーボネート等のレジン(樹脂)材料で形成される。
【0016】
トレー本体2は、印象を採得する際に印象材が盛られる部品である。トレー本体2は、使われる印象材の量を減らすことができる観点から、本実施形態では
図1~
図5に示すように、下顎における舌部を除く口腔内の概ねの形状を模した外周形状及び凹凸を有する形態で形成されている。すなわち、トレー本体2の外周形状は、歯列弓形状を模した湾曲をした形状とされており、x正方向(口唇側)に凸となるように形成され、この弓状に囲まれる中央部は舌部となるので空隙とされている。また、トレー本体2の凹凸形状は、下顎の歯槽堤と同様にz正方向(上顎側)に凸となるように、すなわち歯列方向から視た断面形状が上顎側に凸となるアーチ状となるよう形成されている。
【0017】
なお、
図1~
図5に示すトレー本体2の形状はあくまで一例であり、公知の下顎印象用トレーに採用されている形状を適用することもできる。
【0018】
トレー本体2は、上記の形状で略同一の厚さで形成されており、
図1~3,5に示すように、z負方向側に面する凹曲面である印象材充填面2Aと、
図1~4に示すように、z正方向側に面する凸曲面である上顎対向面2Bとを有する。印象材充填面2Aには、印象採得時に印象材が盛られる。上顎対向面2Bは、印象採得時に上顎側を向くように取付けられる。
【0019】
図1~
図5に示すように、トレー本体2には、印象材が押圧されて変形したときに印象材を逃がすために、印象材充填面2Aと上顎対向面2Bとの間を板厚方向に貫通する複数の貫通孔8,9が設けられている。なお、貫通孔8,9の径は1~5mm程度が好ましい。また、
図3、
図5に示すように、トレー本体2には、印象材充填面2Aにz負方向に突出するスペーサー10が設けられ、これにより印象採得時にトレー本体2と歯槽堤との密着を防止するよう構成されている。
【0020】
トレー本体2の構成を詳細に説明すると、トレー本体2は、アーチ状の中央部に配置される前歯部4と、この前歯部4のy方向両側に隣接される一対の小臼歯部5と、この小臼歯部5から喉側(x負方向側)に隣接される一対の大臼歯部6と、を有する。前歯部4、小臼歯部5、大臼歯部6は、トレー本体2が下顎の歯槽堤に取り付けられたときに、それぞれ下顎の前歯、小臼歯、大臼歯の部分と対向するよう配置される。また、本実施形態は無歯顎患者用のトレーであるので、
図3に示すように、トレー本体2の歯列方向の弓形状の中央側(舌側)の内壁2Cは、外側の外壁2Dより下顎側(z負方向側)に長く延在するよう形成され、また、内壁2Cは、前歯部4から小臼歯部5、大臼歯部6へ進むほど長くなるよう形成されている。
【0021】
ハンドル3は、印象採取時にトレー本体2へ外力を付加して印象圧を発生させる。ハンドル3は、例えば
図1、
図2に示すように、トレー本体2の前歯部4の上顎対向面2Bに脱着可能に取り付けられる。
【0022】
ハンドル3は、z方向側に延在し、前歯部4との係合/解除を行う係合部3Aと、係合部3Aからx正方向側に略直角に屈曲してx正方向側に延在する把持部3Bとを有する。
【0023】
前歯部4の上顎対向面2Bには、y方向の略中央の位置にz正方向に突出する突起4Aが設けられ、この突起4Aのy方向両側に一対の係合孔4Bが設けられている。一方、ハンドル3の係合部3Aのz負方向側の端部には、突起4Aと嵌合する窪み部3Cと、この窪み部3Cのy方向両側に配置され、それぞれが一対の係合孔4Bに挿入されて係合される係合爪3Dとが設けられる。ハンドル3は、係合部3Aがz正方向側から前歯部4に接近して、窪み部3Cが突起4Aと嵌合し、かつ、係合爪3Dが係合孔4Bに挿入されて係合することによって、トレー本体2に取り付けられる。
【0024】
ハンドル3は、係合部3Aがトレー本体2と係合された状態で、操作者が把持部3Bにz負方向側に外力を加えることにより、係合部3Aとの連結部分を介してこの外力をトレー本体2に伝達させることができる。トレー本体2に外力が伝達された結果、印象材及び歯槽堤に印象圧が加えられる。ここで、「印象圧」とは、印象材が盛られて印象用トレーが歯槽堤に押し付けられたときに、顎堤粘膜に加わる圧力をいう。
【0025】
なお、ハンドル3は、トレー本体2と脱着可能であればよく、ハンドル3とトレー本体2との係合構造や、ハンドル3の把持部3Bの形状は、
図2などに例示する構成以外でもよい。
【0026】
ここで、複数の貫通孔8,9は、中心軸線が同一方向となるよう設けられるのが好ましい。より詳細には、複数の貫通孔8、9の中心軸線の方向は、印象採取時のトレー本体2への加圧方向(z方向)であるのがさらに好ましい。この構成により、印象採取時の加圧時に印象材が貫通孔8,9から逃げやすくなり、印象圧が過度に高くなることを防止できる。また、貫通孔8,9の方向を同じにすることで製造も容易になる。
【0027】
特に本実施形態では、トレー本体2の歯列方向に沿った両端、すなわち一対の大臼歯部6よりx負方向側には、印象圧を調整可能な一対の印象圧調整部7が設けられる。印象圧調整部7は、印象採得時にレトロモラーパッドと対向する位置(大臼歯より喉側の位置)に設けられ、最奥部分から少なくとも一部が切削されて除去されることによって印象圧を調整できる。印象圧調整部7は、例えば歯科用ハンドピース等を用いて切削できる。
【0028】
図8は、口腔内のレトロモラーパッドの位置を説明する模式図である。
図8に示すように、レトロモラーパッドは、歯槽堤の大臼歯より喉側(x負方向側)の位置に存在する、こぶ状の軟組織領域である。特許文献1などに記載される従来の印象用トレーでは、レトロモラーパッドの領域を覆う位置までトレーが形成されることが多い。
【0029】
レトロモラーパッドは、
図8に示すような大臼歯から上顎に向かう傾斜の度合や、突出量、柔らかさなどの性状に患者ごとに個人差がある。このため、従来の印象用トレーでは、例えばレトロモラーパッドが上顎側に大きく突出している場合には、印象採得時に喉側の端部がレトロモラーパッドを強く加圧しすぎて、レトロモラーパッド部位に過度に高い印象圧が付与されてしまう場合がある。またはその反対に、レトロモラーパッドがそれほど上顎側に突出していない場合には、印象採得時にトレーの喉側の端部がレトロモラーパッドをあまり加圧できず、採得不足(印象材が行き渡らない状態)が生じる場合がある。このように、従来の印象用トレーでは、レトロモラーパッドの性状の差異によっては、所望の印象圧で印象を取れない場合があった。
【0030】
また、このようなレトロモラーパッドの性状による精度低下を避けるために、レトロモラーパッド部位を予め除去した形状の印象用トレーも存在する(例えば、Frame Cut Backトレー(株式会社YDM製))が、印象用トレーにレトロモラーパッドと対向する部分が無いと、レトロモラーパッド部位の印象が採得できないため印象の精度が低くなる場合がある。
【0031】
また、従来の印象用トレーでは、レトロモラーパッドの全体を覆うタイプの製品か、レトロモラーパッド部位を予め除去した形状の製品しか存在せず、歯科医はどちらかのタイプを選んで使用せざるを得なかった。各タイプでは、トレー本体の形状は統一されていないため、歯科医は別のタイプの印象用トレーを使用する場合には、採得できる印象も変わってしまうことも許容せざるを得なかった。
【0032】
このような従来の課題に対して、本実施形態の印象用トレー1は、上記のように最奥部分から少なくとも一部が切削して除去されることによって印象圧を調整できる印象圧調整部7を備える。これにより、患者のレトロモラーパッドの性状に応じて印象圧調整部7を切削して印象圧を調整でき、レトロモラーパッド部位の印象を所望の印象圧で採得することが可能となり、この結果、高い精度の印象を採得できる。
【0033】
また、印象圧調整部7を除去することによってトレー本体2の他の部分(前歯部4、小臼歯部5、大臼歯部6)の形状は同一のままで印象圧を調整できる。このため、従来のようにレトロモラーパッドの性状に応じて異なるタイプの印象用トレーを使い分ける必要がなくなり、単一の製品で複数の患者に対応した個別のトレーを作製できるので、歯科医の利便性を向上できる。
【0034】
トレー本体2には、印象採得時に歯列最奥の本来は大臼歯がある領域と、レトロモラーパッドとの境界となる位置に区画線11が設けられ、印象圧調整部7は区画線11より奥側(x負方向側)に設けられる。この構成により、印象圧調整部7の範囲を歯科医に明示できるので、印象圧の調整作業の際にどの程度切削できるかの指標となり、特に非熟練者の歯科医にとって有効である。
【0035】
なお、本実施形態では区画線11は上顎対向面2Bから突出する凸状線で形成されているが、上顎対向面2Bに区画線11を視認できればよく、凸状線以外のものでもよい。例えば、上顎対向面2Bから窪んで形成される凹状線でもよいし、上顎対向面2Bに描かれた印刷線でもよい。また、線種も実線に限らず、点線や、丸い点の連続などでもよい。
【0036】
図6は、印象圧調整部7の範囲を説明するための模式図である。
図6は、トレー本体2のうちy負方向側の印象圧調整部7の部分を、さらに奥側(x負方向側)から視た形状を模式的に示している。印象圧調整部7のx方向の範囲は、
図1などに示すように、大臼歯部6との境界より奥側である。印象圧調整部7のz方向の範囲は、
図1~3、6に示すように、トレー本体2の内壁2Cの中間位置より上方側である。この中間位置をより詳細に説明すると、
図6に示すように、トレー本体2の内壁2Cの下端から、上顎対向面2Bが鉛直方向に対して所定角度αだけ傾斜する位置となる。すなわちx方向視における印象圧調整部7の領域は、上顎対向面2Bがz軸に対してy負方向側に所定角度α(例えば30度)以上傾斜する範囲と表現できる。
【0037】
また、印象圧調整部7は、トレー本体2の他の部分(前歯部4、小臼歯部5、大臼歯部6)より単位面積当たりの空隙率が高く形成され、これにより印象圧調整部7の切削に要する労力を低減でき、切削作業が容易になるよう構成されている。
【0038】
具体的には、印象圧調整部7は、複数の貫通孔9を設けることによって、トレー本体2の他の部分より単位面積当たりの空隙率が高く形成される。
図1~
図5に示すように、区画線11で規定される印象圧調整部7の面積は、トレー本体2の他の部分(前歯部4、小臼歯部5、大臼歯部6)の面積より小さい。一方、印象圧調整部7に設けられている貫通孔9の数は、トレー本体2の他の部分に設けられている貫通孔8の数と同数(
図1~
図5の例では3個ずつ)である。これにより、印象圧調整部7の空隙率が高くなって、この構成により印象圧調整部7の切削が容易となっている。
【0039】
さらに、印象圧調整部7に設けられる貫通孔9は区画線11に沿って配置されている。この構成により、区画線11に沿った印象圧調整部7の切削をさらに容易にできると共に、印象圧の多段階の調整を容易にできる。この点について
図7A~
図7Cを参照してさらに説明する。
【0040】
図7A~
図7Cは、印象圧調整部7の除去パターンの第1~第3段階の一例を示す図である。ここでは、説明の便宜上、印象圧調整部7に設けられる3つの貫通孔9のうち、最もz負方向側のものを貫通孔9Aとし、最もy負方向側のものを貫通孔9Bとし、最もx正方向側のものを貫通孔9Cとする。すなわち区画線11に沿って、奥側から貫通孔9A、貫通孔9C、貫通孔9Bの順で配置されている。
【0041】
印象圧調整部7を切削して除去する場合、まずは
図7Aに示すように貫通孔9Aに沿って切削することにより、印象圧調整部7の最も奥側の端部の一部を除去した除去パターンの第1段階にできる。次に、
図7Bに示すように貫通孔9Aに加えて貫通孔9Bに沿って切削することにより、印象圧調整部7の奥側端部の全体を除去した除去パターンの第2段階にできる。さらに、
図7Cに示すように貫通孔9Cに沿って切削することにより、印象圧調整部7の全体を除去した除去パターンの第3段階にできる。
【0042】
このように、複数の貫通孔9A、9B、9Cを区画線11に沿って配置することにより、区画線11に沿って印象圧調整部7を切削する場合に、貫通孔9A、9B、9Cの部分を切削する必要がなくなるので、印象圧調整部7の除去をさらに容易にできる。また、貫通孔9A、9B、9Cに沿って切削を進めれば、
図7A~
図7Cに例示したように印象圧調整部7を段階的に除去できるので、印象圧の多段階の調整を容易にできる。
【0043】
以上、具体例を参照しつつ本実施形態について説明した。しかし、本開示はこれらの具体例に限定されるものではない。これら具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素およびその配置、条件、形状などは、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【0044】
上記実施形態では、実施形態に係る歯科印象用トレーとして無歯顎患者用の下顎印象用トレー1を例示したが、数本程度の歯が残っている有歯顎患者用の下顎印象用トレーを用いてもよい。
【0045】
上記実施形態では、印象圧調整部7に複数の貫通孔9を設ける構成を例示したが、印象圧調整部7の単位面積当たりの空隙率を高くできれば他の構成でもよい。例えば、貫通孔9を図示のような円形状ではなく多角形状としてもよいし、印象圧調整部7にスリット加工やメッシュ加工を施す構成でもよい。
【0046】
同様に、上記実施形態では、印象圧調整部7に複数の貫通孔9を設ける構成を例示したが、印象圧調整部7の切削を容易にできれば他の構成でもよい。例えば、また、トレー本体2の他の部分より印象圧調整部7の厚さが薄く形成される構成でもよい。また、印象圧調整部7に設ける貫通孔9の数は3個以外でもよい。
【0047】
上記実施形態では、トレー本体2の大臼歯部6と印象圧調整部7との間に区画線11を設ける構成を例示したが、例えば、印象圧調整部7の単位面積当たりの空隙率を高くする構成や、印象圧調整部7の切削を容易にできる構成などによって、印象圧調整部7の範囲が明確な場合には、区画線11を設けない構成でもよい。
【0048】
上記実施形態では、印象圧調整部7がトレー本体2の歯列方向に沿った両端に設けられる構成を例示したが、印象圧調整部7はトレー本体2の歯列方向に沿った両端のうち一方のみに設けられる構成でもよい。
【0049】
上記実施形態では、印象圧調整部7の最奥部分から少なくとも一部を切削して除去することによって印象圧を調整できる構成を例示したが、印象圧調整部7の除去手法は、例えば端部を折り割って切り離すなど切削以外の手法でもよい。
【0050】
本国際出願は2019年5月16日に出願された日本国特許出願2019-092986号に基づく優先権を主張するものであり、2019-092986号の全内容をここに本国際出願に援用する。
【符号の説明】
【0051】
1 下顎印象用トレー(歯科印象用トレー)
2 トレー本体
2A 印象材充填面
2B 上顎対向面
2C 内壁
2D 外壁
3 ハンドル
4 前歯部
5 小臼歯部
6 大臼歯部
7 印象圧調整部
8,9 貫通孔
10 スペーサー
11 区画線