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特許7326957マルテンサイト系ステンレス鋼及び締結部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-07
(45)【発行日】2023-08-16
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼及び締結部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230808BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230808BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230808BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20230808BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230808BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C21D8/06 B
C21D6/00 102J
C21D9/00 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019134246
(22)【出願日】2019-07-22
(65)【公開番号】P2021017626
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2022-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】草深 佑介
(72)【発明者】
【氏名】高林 宏之
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-050917(JP,A)
【文献】特開2017-150045(JP,A)
【文献】特表平10-504354(JP,A)
【文献】特開2007-277639(JP,A)
【文献】特開平10-036945(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/54
C21D 8/06
C21D 6/00
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.15≦C≦0.30mass%、
0.05≦Si≦1.00mass%、
0.05≦Mn≦1.00mass%、
0.05≦Ni≦0.5mass%、
11.0≦Cr≦15.0mass%、
1.4≦Mo≦2.0mass%、
0.01≦V≦0.50mass%、
0.10≦N≦0.20mass%、及び、
0.0005≦B≦0.0050mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物かならなり、
0.25≦C+N≦0.45mass%
を満たすマルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
0.08≦Cu≦1.00mass%
をさらに含む請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
ロックウェル硬さが50HRC以上57HRC以下であり、
衝撃値が200J/cm2以上であり、
孔食電位Vc100が200mV以上である
請求項1又は2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼からなる締結部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼及び締結部材に関し、さらに詳しくは、高硬度、高靱性、及び高耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼、並びに、これを用いた締結部材に関する。
【背景技術】
【0002】
マルテンサイト系ステンレス鋼とは、オーステナイト領域から焼入れしてマルテンサイト組織とし、適当な温度で焼戻して使用するCr系鋼をいう。マルテンサイト系ステンレス鋼は、一般に、硬さが高く、耐食性及び耐摩耗性に優れているので、軸受や刃物などの薄肉部材、あるいは、ねじや燃料噴射部材などの複雑形状の部材に使用されている。通常、マルテンサイト系ステンレス鋼は、目的形状に加工した後、焼入れ等の熱処理を実施することで、目的とする硬さや耐食性に調整されている。
【0003】
このようなマルテンサイト系ステンレス鋼に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、0.15≦C<0.70mass%、0.05≦Si≦1.00mass%、0.05≦Mn≦1.00mass%、P≦0.030mass%、S≦0.030mass%、0.001≦Cu≦0.50mass%、0.05≦Ni≦0.50mass%、11.0≦Cr≦18.0mass%、0.05≦Mo≦2.0mass%、0.01≦W≦0.50mass%、0.01≦V≦0.50mass%、0.05≦N≦0.40mass%、O≦0.02mass%、Al≦0.080mass%、及び、0.0005≦B≦0.0050mass%を含み、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなり、0.4<C+N<0.7mass%、かつC/N≧0.75であるマルテンサイト鋼が開示されている。
【0004】
同文献には、
(a)侵入型原子としてCに加えてNを添加し、かつ、C+N量及びC/N比を最適化すると、焼入れ温度でのCの固溶限を大きくする(すなわち、オーステナイト領域を広くする)ことができる点、及び、
(b)これによって、マルテンサイト変態後に高硬度が得られる点
が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、0.15≦C≦0.50mass%、0.20<Si≦1.0mass%、0.05≦Mn≦2.0mass%、P≦0.03mass%、S≦0.01mass%、0.05≦Cu≦3.0mass%、0.05≦Ni≦3.0mass%、13.0≦Cr≦20.0mass%、0.10≦Mo≦5.0mass%、Al≦0.02mass%、Ti≦0.02mass%、0.20≦N≦0.80mass%、0.001≦B≦0.01mass%、O≦0.01mass%、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、残留オーステナイト量が3%以上30%以下である高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。
【0006】
同文献には、
(a)N含有量の多いマルテンサイト系ステンレス鋼に対し、適量のBを添加すると、マルテンサイト変態時の焼割れを抑制することができる点、
(b)適量のSiを添加すると同時に、窒化物を生成しやすいAl及びTi量を一定値以下にすると、酸化物・窒化物系介在物に起因する焼割れを抑制することができる点、及び、
(c)残留オーステナイト量が一定量となるように焼入れ条件を最適化すると、高硬度及び高耐食性を両立させ、かつ、焼割れも抑制することができる点
が記載されている。
【0007】
マルテンサイト系ステンレス鋼の用途のひとつに、締結部材が挙げられる。締結部材のひとつであるドリリングタッピングねじ(self drilling tapping screw)は、締結対象の下穴開け加工を必要とせず、ねじ止めの際に板を貫きながら締結できるというメリットがある。金属板を貫くためには、締結部材は十分な硬さが必要である。さらには、締結時の破断を防ぐためには、締結部材は高靱性も必要である。一般的に、硬さと靱性はトレードオフの関係にあるため、硬さと靱性を両立する素材は限られており、従来は、SUS420J2といった高硬度高靱性のステンレス鋼が使用されていた。
【0008】
一方で、SUS420J2は、耐食性が十分とは言えず、屋外使用環境では錆を生じることがある。錆を抑制するためには、めっきなどの表面処理が必要となり、コスト的に問題が生じる。よって、SUS420J2と同等の硬さを有し、耐食性の高い材料が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2007-277639号公報
【文献】特開2008-133499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、高硬度、高靱性、及び高耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなマルテンサイト系ステンレス鋼を用いた締結部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.15≦C≦0.30mass%、
0.05≦Si≦1.00mass%、
0.05≦Mn≦1.00mass%、
0.05≦Ni≦0.5mass%、
11.0≦Cr≦15.0mass%、
1.4≦Mo≦2.0mass%、
0.01≦V≦0.50mass%、
0.10≦N≦0.20mass%、及び、
0.0005≦B≦0.0050mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物かならなり、
0.25≦C+N≦0.45mass%
を満たすことを要旨とする。
【0012】
本発明に係る締結部材は、
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなり、
ロックウェル硬さが50HRC以上57HRC以下であり、
衝撃値が200J/cm2以上であり、
孔食電位Vc100が200mV以上である
ことを要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
耐食性を向上させる合金成分のひとつとして、窒素が挙げられる。窒素は、炭素と同様に硬さを上げることができる成分である。窒素は、耐食性の劣化原因となる炭素の添加量を抑えて耐食性を向上しつつ、必要な硬さに調整する成分として好ましい。本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、CとNの含有量が最適化されている。そのため、これに適切な熱処理を施すと、SUS420J2と同等の硬度及び靱性を有しながら、SUS420J2よりも高い耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。
【0014】
さらに、本発明に係る締結部材は、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなる部材に対して適切な熱処理を施すことにより得られたものからなる。そのため、これを屋外環境で使用する場合であっても、防錆を目的とする表面処理が不要となる。その結果、締結部材の製造コストを低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. マルテンサイト系ステンレス鋼]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0016】
(1) 0.15≦C≦0.30mass%:
Cは、焼入れ時にマトリックスに固溶し、マルテンサイト組織とすることで硬さを確保するために必要な成分である。このような効果を得るためには、C量は、0.15mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.17mass%以上、さらに好ましくは、0.22mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、CrやMoといった耐食性を確保する成分と炭化物を形成し、耐食性を劣化させる場合がある。従って、C量は、0.30mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.28mass%以下である。
【0017】
(2) 0.05≦Si≦1.00mass%:
Siは、主に脱酸剤として、又は、窒素添加のために添加される。そのためには、Si量は、0.05mass%以上である必要がある。
一方、Si量が過剰になると、熱間での加工性を低下させたり、靱性を低下させる。従って、Si量は、1.00mass%以下である必要がある。
【0018】
(3) 0.05≦Mn≦1.00mass%:
Mnは、焼入れ性を向上させる成分として添加される。また、不可避的不純物であるSを固定し、靱性の低下を防止する効果もある。このような効果を得るためには、Mn量は、0.05mass%以上である必要がある。
一方、Mn量が過剰になると、熱間加工性を低下させる。従って、Mn量は、1.00mass%以下である必要がある。
【0019】
(4) 0.05≦Ni≦0.5mass%:
Niは、酸に対する耐食性を向上させ、溶鋼中へのNの溶解量を増加させる成分である。このような効果を得るためには、Ni量は、0.05mass%以上である必要がある。
一方、Ni量が過剰になると、残留オーステナイト量が増加し、硬さが低下する場合がある。また、コストが高くなるという問題もある。従って、Ni量は、0.5mass%以下である必要がある。
【0020】
(5) 11.0≦Cr≦15.0mass%:
Crは、耐食性を向上させ、溶鋼中へのNの溶解量を増加させる成分である。このような効果を得るためには、Cr量は、11.0mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、12.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、残留オーステナイト量が増加し、硬さが低下する場合がある。従って、Cr量は、15.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、14.0mass%以下である。
【0021】
(6) 1.4≦Mo≦2.0mass%:
Moは、耐食性を向上させる成分である。このような効果を得るためには、Mo量は、1.4mass%以上である必要がある。Mo量は、好ましくは、1.5mass%以上である。
一方、Mo量が過剰になると、残留オーステナイト量が増加し、硬さが低下する場合がある。従って、Mo量は、2.0mass%以下である必要がある。Mo量は、好ましくは、1.8mass%以下である。
【0022】
(7) 0.01≦V≦0.50mass%:
Vは、窒素の溶解量を増加させる成分である。また、微細な炭窒化物を形成し、硬さの向上や、結晶粒粗大化の抑制に寄与する。このような効果を得るためには、V量は、0.01mass%以上である必要がある。V量は、好ましくは、0.10mass%以上、さらに好ましくは、0.20mass%以上である。
一方、V量が過剰になると、粗大な炭窒化物を形成し、偏析が顕著となることで耐食性を劣化させる。従って、V量は、0.50mass%以下である必要がある。V量は、好ましくは、0.40mass%以下、さらに好ましくは、0.30mass%以下である。
【0023】
(8) 0.10≦N≦0.20mass%:
Nは、焼入れ時にマトリックスに固溶し、マルテンサイト組織とすることで硬さや耐食性を確保するために必要な成分である。このような効果を得るためには、N量は、0.10mass%以上である必要がある。N量は、好ましくは、0.12mass%以上である。
一方、N量が過剰になると、鋳造時に窒素ガスが発生し、鋳造欠陥であるブローホールとなる場合がある。従って、N量は、0.20mass%以下である必要がある。N量は、好ましくは、0.18mass%以下、さらに好ましくは、0.16mass%以下である。
【0024】
(9) 0.0005≦B≦0.0050mass%:
Bは、靱性及び熱間加工性を向上させるために有効である。このような効果を得るためには、B量は、0.0005mass%以上である必要がある。
一方、B量が過剰になると、窒化物を形成し、Nの効果を減少させる。従って、B量は、0.0050mass%以下である必要がある。
【0025】
[1.2. 不可避的不純物]
「不可避的不純物」とは、ステンレス鋼を製造する際に、原料や耐火物から混入する微量成分をいう。不可避的不純物としては、例えば、
(a)0.03mass%以下のP、
(b)0.03mass%以下のS、
(c)0.20mass%以下のAl、
(d)0.01mass%以下のO、
(e)0.10mass%以下のNb、
(f)0.05mass%以下のW、
(g)0.08mass%未満のCu、
などがある。
特に、Oは、酸化物を形成するため、Oが過剰になると靱性が低下する。また、Nb及びWが過剰になると粗大炭化物を形成し、耐食性を低下させる。そのため、これらの元素は、上記含有量以下にするのが好ましい。
【0026】
[1.3. 成分バランス(C+N量)]
(10)0.25≦C+N≦0.45mass%:
CとNは、いずれも硬さの向上に寄与する。そのため、過剰な硬さを抑制するためには、CとNの合計量を制限する必要がある。このような効果を得るためには、C+N量は、0.45mass%以下である必要がある。C+N量は、好ましくは、0.42mass%以下、さらに好ましくは、0.40mass%以下である。
一方、C+N量が少なくなりすぎると、硬さが低下する。従って、C+N量は、0.25mass%以上である必要がある。C+N量は、好ましくは、0.30mass%以上、さらに好ましくは、0.35mass%以上である。
【0027】
[1.4. 副構成元素]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、上述した主構成元素に加えて、以下のような元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0028】
(11)0.08≦Cu≦1.00mass%:
Cuは、酸に対する耐食性を向上させる成分であり、必要に応じて添加することができる。このような効果を得るためには、Cu量は、0.08mass%以上が好ましい。Cu量は、好ましくは、0.20mass%以上、さらに好ましくは、0.50mass%以上である。
一方、Cu量が過剰になると、残留オーステナイト量が増加し、硬さが低下する場合がある。従って、Cu量は、1.00mass%以下が好ましい。Cu量は、好ましくは、0.8mass%以下である。
【0029】
[2. 締結部材]
本発明に係る締結部材は、以下の構成を備えている。
(1)締結部材は、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなる。
(2)締結部材は、ロックウェル硬さが50HRC以上57HRC以下である。
(3)締結部材は、衝撃値が200J/cm2以上である。
(4)締結部材は、孔食電位Vc100が200mV以上である。
【0030】
[2.1. 定義]
「締結部材」とは、2以上の部材を物理的に締結するための部材をいう。
締結部材としては、例えば、ねじ、ボルト、ナット、釘、ピンなどがある。また、ねじとしては、ねじ自身でねじ立て(タップ)ができるタッピングねじ(self tapping screw)や、下穴を必要としないタッピングねじであるドリリングタッピングねじ(self drilling tapping screw)に好ましく用いることができる。
【0031】
[2.2. マルテンサイト系ステンレス鋼]
本発明に係る締結部材は、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなる。マルテンサイト系ステンレス鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0032】
[2.3. ロックウェル硬さ]
マルテンサイト系ステンレス鋼を所定の形状を有する締結部材に加工した後、熱処理(焼入れ、及び必要に応じて焼戻し)を行う場合において、熱処理条件を最適化すると、締結部材の硬さを調節することができる。締結部材の硬さが低すぎると、十分な締結強度が得られない。従って、締結部材は、ロックウェル硬さが50HRC以上である必要がある。ロックウェル硬さは、好ましくは、52HRC以上である。
【0033】
一方、硬さと靱性はトレードオフの関係にあるため、締結部材の硬さが高くなりすぎると、締結部材の靱性が低下する。靱性が過度に低下すると、締結時に締結部材が折損する場合がある。従って、締結部材は、ロックウェル硬さが57HRC以下である必要がある。ロックウェル硬さは、好ましくは、55HRC以下である。
【0034】
[2.4. 衝撃値]
「衝撃値」とは、10Rノッチのシャルピー試験片を用いて測定される衝撃値をいう。
上述したように、締結部材には、高い靱性が求められる。締結時における締結部材の折損を抑制するためには、締結部材は、衝撃値200J/cm2以上である必要がある。
【0035】
[2.4. 孔食電位]
「孔食電位」とは、JIS G 0577に従って測定される孔食電位Vc100(mV)(アノード分極曲線において、電流値100μA/cm2に対応する電位)をいう。
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、成分を最適化しているために、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼に比べて耐食性が高い。具体的には、成分を最適化すると、孔食電位Vc100は、200mV以上となる。成分を最適化すると、孔食電位Vc100は、240mV以上、あるいは、280mV以上となる。
【0036】
[3. 締結部材の製造方法]
本発明に係る締結部材の製造方法は、
(a)マルテンサイト系ステンレス鋼からなる素材から、所定の形状を有する部材を加工する加工工程と、
(b)前記部材を焼入れ温度に加熱し、前記部材を急冷し、本発明に係る締結部材を得る焼入れ工程と、
を備えている。
【0037】
本発明に係る締結部材の製造方法は、
(c)前記焼入れ工程の後に、前記部材の焼戻しを行う焼戻し工程
をさらに備えていても良い。
【0038】
[3.1. 加工工程]
まず、マルテンサイト系ステンレス鋼からなる素材から、所定の形状を有する部材を加工する(加工工程)。
部材の形状、寸法等は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択する。また、マルテンサイト系ステンレス鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
なお、加工前の素材、又は、所定の形状に加工した後の部材に対し、焼入れ処理を行う前に焼鈍処理を施しても良い。
【0039】
[3.2. 焼入工程]
次に、前記部材を焼入れ温度に加熱し、前記部材を急冷する(焼入れ工程)。これにより、本発明に係る高硬度部材が得られる。
【0040】
[3.2.1. 焼入れ温度]
焼入れ時の部材の温度(焼入れ温度)は、マルテンサイト系ステンレス鋼の組成に応じて、最適な温度を選択する。一般に、焼入れ温度が低すぎると、炭化物が多量に残存し、耐食性が低下する。従って、焼入れ温度は、900℃以上が好ましく、1000℃以上がさらに好ましい。
一方、焼入れ温度が高くなりすぎると、結晶粒径が粗大化し、靱性が低下する場合がある。従って、焼入れ温度は、1200℃以下が好ましく、1100℃以下がさらに好ましい。
【0041】
[3.2.2. 冷却条件]
「焼入れ時の冷却速度」とは、焼入れ温度から400℃まで冷却する際の平均冷却速度をいう。
本発明において、冷却速度は特に限定されないが、冷却速度が速くなるほど、部材の鋭敏化が抑制され、耐食性に優れたものとなる。耐食性に優れた高硬度部材を得る場合、冷却速度は、0.5℃/sec以上が好ましい。冷却速度は、好ましくは、1℃/sec以上、さらに好ましくは、5℃/sec以上である。
【0042】
[3.2.3. 冷媒]
焼入れ時の冷媒は、上述した冷却速度が得られるものである限りにおいて、特に限定されない。冷媒としては、例えば、
(a)水、油などの液体、
(b)窒素ガス、アルゴンガスなどの気体、
などがある。
【0043】
[3.3. 焼戻し工程]
次に、必要に応じて、前記焼入れ工程の後に、前記部材の焼戻しを行う(焼戻し工程)。焼戻し温度は、目的とする靱性、硬さ、及び耐食性に応じて、適宜設定することができる。例えば、焼戻し温度は、100~400℃が好ましい。
【0044】
[4. 作用]
耐食性を向上させる合金成分のひとつとして、窒素が挙げられる。窒素は、炭素と同様に硬さを上げることができる成分である。窒素は、耐食性の劣化原因となる炭素の添加量を抑えて耐食性を向上しつつ、必要な硬さに調整する成分として好ましい。本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、CとNの含有量が最適化されている。そのため、これに適切な熱処理を施すと、SUS420J2と同等の硬度及び靱性を有しながら、SUS420J2よりも高い耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。
【0045】
さらに、本発明に係る締結部材は、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなる部材に対して適切な熱処理を施すことにより得られたものからなる。そのため、これを屋外環境で使用する場合であっても、防錆を目的とする表面処理が不要となる。その結果、締結部材の製造コストを低減することができる。
【実施例
【0046】
(実施例1~7、比較例1~14)
[1. 試料の作製]
表1に示す化学組成の鋼50kgを溶製した。得られた鋼塊を熱間鍛造し、直径20mmの棒材を製造した。この棒材から試験片を切断採取し、1050℃で焼入れ、及び180℃で焼戻しを行った。
【0047】
【表1】
【0048】
[2. 試験方法]
[2.1. 熱処理後の硬さ(HT硬さ)]
熱処理後の各試料について、ロックウェル硬さ(Cスケール)を測定した。判定基準は、以下の通りである。
「A」: ロックウェル硬さが50HRC以上57HRC以下であるもの。
「B」: ロックウェル硬さが50HRC未満、又は、57HRC超であるもの。
【0049】
[2.2. 靱性]
靱性は、10Rノッチのシャルピー衝撃試験を用いて評価した。判定基準は、以下の通りである。
「A」: 衝撃値が200J/cm2以上であるもの。
「B」: 衝撃値が200J/cm2未満であるもの。
【0050】
[2.3. 耐食性]
試料表面を研磨した後、JIS G 0577に従い、孔食電位Vc100(mV)(アノード分極曲線において、電流値100μA/cm2に対応する電位)を測定した。判定基準は、以下の通りである。
「A」: 孔食電位Vc100が200mV以上であるもの。
「B」: 孔食電位Vc100が100mV以上200mV未満であるもの。
「C」: 孔食電位Vc100が100mV未満であるもの。
【0051】
[3. 結果]
表2に結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1、3は、HT硬さが高く、衝撃値、及び耐食性がいずれも低い。これは、Cが過剰であるために硬さが高くなり、粗大な炭化物が多量に生成したために耐食性が低下したと考えられる。
(2)比較例2は、耐食性が著しく低い。これは、MoやNが不足し、Cが過剰であるために、粗大な炭化物が多量に生成したためと考えられる。
【0052】
(3)比較例4は、HT硬さが高く、衝撃値が低い。これは、C+Nが過剰であるためと考えられる。
(4)比較例5は、耐食性が著しく低い。これは、Moが少ないためと考えられる。
(5)比較例6は、HT硬さが低い。これは、Moが過剰であるためと考えられる。
(6)比較例7は、HT硬さが低い。これは、Vを含んでいないために、微細な炭窒化物形成による硬さの増加が得られなかったためと考えられる。
【0053】
(7)比較例8は、耐食性が著しく低い。これは、Vが過剰であるために、粗大な炭窒化物が生成したためと考えられる。
(8)比較例9は、耐食性が著しく低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(9)比較例10は、HT硬さが低い。これは、Cr量が過剰であるために、残留オーステナイト量が増加したためと考えられる。
(10)比較例11は、耐食性が低い。これは、Wを含有し、粗大な炭化物を生成したためと考えられる。
【0054】
(11)比較例12、14は、耐食性が低い。これは、Nbを含有し、粗大な炭化物を生成したためと考えられる。
(12)比較例13は、衝撃値が低い。これは、材料中に含まれる酸素が酸化物を形成し、酸化物が破壊の起点となっているためと考えられる。
(13)実施例1~7は、いずれも、HT硬さ、衝撃値、及び耐食性が高い。
(14)実施例1~7と、比較例11、12、及び14との対比から、本発明におけるVの特異性が認められる。
【0055】
【表2】
【0056】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、ドリリングタッピングねじなどの締結部材に用いることができる。