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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-07
(45)【発行日】2023-08-16
(54)【発明の名称】溶接システム
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/18 20060101AFI20230808BHJP
   B23K 9/073 20060101ALI20230808BHJP
   B23K 9/10 20060101ALI20230808BHJP
   B23K 9/08 20060101ALN20230808BHJP
【FI】
B23K9/18 E
B23K9/073 560
B23K9/10 A
B23K9/08 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019182265
(22)【出願日】2019-10-02
(65)【公開番号】P2021053695
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100086380
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100168044
【弁理士】
【氏名又は名称】小淵 景太
(72)【発明者】
【氏名】大西 孝典
(72)【発明者】
【氏名】田中 和裕
(72)【発明者】
【氏名】成定 佑樹
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-193299(JP,A)
【文献】特開2006-223092(JP,A)
【文献】特開2001-129667(JP,A)
【文献】米国特許第04806735(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32、
10/00 - 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サブマージアーク溶接を行うための溶接システムであって、
各々がインバータ回路を有し、かつ、当該インバータ回路が生成する交流電力を出力する複数の溶接電源装置と、
前記複数の溶接電源装置を制御する制御装置と、
前記制御装置から前記複数の溶接電源装置に、それぞれの出力を指令するための指令値を送信する第1通信線と、
前記第1通信線より高速通信を行い、前記制御装置から前記複数の溶接電源装置に、交流電流の正負の切り替えのタイミングを指示する同期信号を送信する第2通信線と、
を備え
前記制御装置は、前記第1通信線を介して、前記各溶接電源装置にそれぞれ、前記タイミングを遅延させる遅延情報を送信し、
前記各溶接電源装置は、それぞれ、
前記同期信号を前記遅延情報に応じて遅延させる遅延部を備えており、
出力する交流電流の正負を、前記遅延部によって遅延された同期信号に応じて切り替える、
溶接システム。
【請求項2】
前記各溶接電源装置の出力側は、互いに並列接続されており、
前記各溶接電源装置に送信される遅延情報は同じである、
請求項に記載の溶接システム。
【請求項3】
前記制御装置は、前記第1通信線を介して、前記各溶接電源装置にそれぞれ、直流電力を出力させるための直流出力指令信号を送信し、
前記各溶接電源装置は、前記直流出力指令信号を受信した場合に、前記インバータ回路のスイッチングを停止させて、直流電力を出力する、
請求項1に記載の溶接システム。
【請求項4】
前記複数の溶接電源装置のうちの1台が、前記制御装置を兼用する、
請求項1ないしのいずれかに記載の溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接を行うための溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来からサブマージアーク溶接が知られている。サブマージアーク溶接は、被溶接物の上に粒上のフラックスを散布し、フラックスの中に溶接ワイヤを送給して、溶接ワイヤの先端と被溶接物との間にアークを発生させて溶接を行うものである。サブマージアーク溶接では、太径の溶接ワイヤに大電流を流すことで、厚板を高能率で溶接することができる。サブマージアーク溶接を行うためのサブマージアーク溶接装置の一例が特許文献1に開示されている。
【0003】
溶接ワイヤの先端(以下では、「電極」と記載する場合がある)と被溶接物との間には、溶接電源装置から交流電力が供給される。溶接電源装置は、トランスを備えており、商用電源から入力される交流電力をトランスで変圧した交流電力を出力する。溶接に大電流(例えば2000A)が必要な場合、1台の溶接電源装置で出力することは困難なので、複数の溶接電源装置を並列接続することが考えられる。この場合、各溶接電源装置から出力される交流電流は商用電源の交流電流と同期しているので、正負が切り替わるタイミングは一致する。したがって、出力される交流電流の正負が切り替わるタイミングがずれることによる循環電流は発生しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-90410号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、多極式のサブマージアーク溶接の場合、複数の電極は、それぞれ異なる溶接電源装置から交流電力を供給される。そして、隣り合う電極で発生するアーク同士が引き合わないようにするために、各溶接電源装置は、交流電流の正負が切り替わるタイミングをずらして出力する。溶接電源装置は、三相の商用電源に接続される場合、いずれの二相に接続されるかによって、位相が120°または240°ずれる。しかしながら、ずらす位相は所定の位相に固定されており、各溶接電源装置は、出力する交流電流を所望の位相だけずらすことはできない。したがって、各溶接電源装置は、正負が切り替わるタイミングを自由にずらすことができない。
【0006】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、複数の溶接電源装置が出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを自由にずらすことが可能であり、また、正確に一致させることも可能である溶接システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によって提供される溶接システムは、サブマージアーク溶接を行うための溶接システムであって、各々がインバータ回路を有し、かつ、当該インバータ回路が生成する交流電力を出力する複数の溶接電源装置と、前記複数の溶接電源装置を制御する制御装置と、前記制御装置から前記複数の溶接電源装置に、それぞれの出力を指令するための指令値を送信する第1通信線と、前記第1通信線より高速通信を行い、前記制御装置から前記複数の溶接電源装置に、交流電流の正負の切り替えのタイミングを指示する同期信号を送信する第2通信線とを備えている。
【0008】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記制御装置は、前記第1通信線を介して、前記各溶接電源装置にそれぞれ、前記タイミングを遅延させる遅延情報を送信し、前記各溶接電源装置は、それぞれ、前記同期信号を前記遅延情報に応じて遅延させる遅延部を備えており、出力する交流電流の正負を、前記遅延部によって遅延された同期信号に応じて切り替える。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記各溶接電源装置の出力側は、互いに並列接続されており、前記各溶接電源装置に送信される遅延情報は同じである。
【0010】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記制御装置は、前記第1通信線を介して、前記各溶接電源装置にそれぞれ、直流電力を出力させるための直流出力指令信号を送信し、前記各溶接電源装置は、前記直流出力指令信号を受信した場合に、前記インバータ回路のスイッチングを停止させて、直流電力を出力する。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記複数の溶接電源装置のうちの1台が、前記制御装置を兼用する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、各溶接電源装置は、インバータ回路のスイッチングを調整することで、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを自由に設定可能である。また、制御装置は、比較的高速な第2通信線を介して、複数の溶接電源装置に同期信号を送信する。各溶接電源装置は、受信した同期信号に応じてインバータ回路のスイッチングを調整することで、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを他と正確に一致させることが可能である。また、各溶接電源装置は、受信した同期信号を遅延させて、遅延後の同期信号に応じてインバータ回路のスイッチングを調整することで、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを他より遅らせることができる。つまり、各溶接電源装置は、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを自由にずらすことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態に係る溶接システムを説明するための図であり、(a)は溶接システムの全体構成を示すブロック図であり、(b)は溶接電源装置の内部構成を示すブロック図である。
図2】第1実施形態に係る溶接システムにおいて、各溶接電源装置が出力する交流電流の波形を示す波形図である。
図3】第2実施形態に係る溶接システムの全体構成を示すブロック図である。
図4】第2実施形態に係る溶接システムにおいて、各溶接電源装置が出力する交流電流の波形を示す波形図である。
図5】第1実施形態に係る溶接システムの変形例の全体構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、添付図面を参照して具体的に説明する。
【0015】
〔第1実施形態〕
図1は、第1実施形態に係る溶接システムを説明するための図である。同図(a)は、溶接システムの全体構成を示すブロック図である。同図(b)は、溶接電源装置の内部構成を示すブロック図である。
【0016】
溶接システムA1は、サブマージアーク溶接を行うための溶接システムである。図1(a)に示すように、溶接システムA1は、制御装置1、溶接電源装置2a,2b,2c,2d、通信線31,32、台車4、ワイヤ送給装置5、ワイヤリール6、ホッパ7、および電極8を備えている。溶接システムA1は、被溶接物Wの溶接線に沿って台車4を移動させながら、ホッパ7から粒上のフラックスを散布させ、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤをフラックスの中に送給させる。溶接ワイヤはワイヤリール6から供給される。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、商用電源Pから供給される交流電力を所望の周波数の交流電力に変換して出力し、フラックスの内部で、溶接ワイヤの先端部分である電極8と被溶接物Wとの間にアークを発生させる。当該アークの熱によって、溶接が行われる。これにより、被溶接物Wの溶接線に沿って溶接が行われる。なお、台車4を用いる代わりに、被溶接物Wを移動させたり、回転させたりしてもよい。
【0017】
制御装置1は、溶接システムA1の各種制御を行う。制御装置1は、汎用的なコンピュータに溶接システムA1の各種制御を行うプログラムをインストールしたものであってもよいし、溶接システムA1の制御のための専用装置であってもよい。制御装置1は、台車4を所定の移動速度で移動させる。移動速度は、被溶接物Wの材質および厚さなどに応じて設定される。制御装置1は、ホッパ7にフラックスの散布の開始および停止を指示する。制御装置1は、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の開始および停止を指示する。また、溶接ワイヤの送給速度も指示する。送給速度は、設定される溶接電流などに応じて設定される。
【0018】
制御装置1は、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、電力出力の開始および停止を指示する。また、制御装置1は、出力電流を設定するための電流指令値、および、出力する交流電流の正負の切り替えのタイミングを遅延させるための遅延情報を送信する。本実施形態では、出力する交流電流の正負の切り替えのタイミングをずらさないので、制御装置1は、遅延情報として「0」を送信する。また、制御装置1は、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、出力する交流電流の正負の切り替えタイミングを指示する。具体的には、正負の切り替えタイミングを指示する同期信号を送信する。
【0019】
通信線31は、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとを接続する通信線であり、バス型の配線形態で配線されている。制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとは、通信線31を介して、例えばフィールドバス通信により通信を行っている。制御装置1は、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、それぞれ異なる信号を送信することができる。一方、制御装置1は、通信線31の利用時間を分割して、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに信号の送信を行うので、通信線31での通信速度は、通信する情報の量に応じて遅くなり、1.2kbps~10Mbps程度である。本実施形態では、500kbps程度である。制御装置1は、通信線31を介して、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、電力出力の開始および停止を指示する指令信号を送信する。また、制御装置1は、通信線31を介して、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、電流指令値および遅延情報を送信する。なお、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとが通信線31を介して行う通信規格は、フィールドバス通信に限定されない。また、通信線31の配線形態も限定されない。通信線31が、本発明の「第1通信線」に相当する。
【0020】
通信線32は、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとを接続する通信線であり、バス型の配線形態で配線されている。制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとは、通信線32を介して、例えばHCI(Host Control Interface)通信規格に応じて通信を行っている。HCI通信規格は、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとの間で高速通信を行うために開発された通信規格である。HCI通信規格では、通信データのヘッドの量をフィールドバス通信のヘッドの量の半分以下にして、送信する通信データのデータ量を小さくしている。HCI通信規格による通信線32での通信速度は、通信線31での通信速度より速く、25Mbps~100Mbps程度である。本実施形態では、50Mbps程度である。制御装置1は、通信線32を介して、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、同期信号を送信する。通信線32は、同期信号を送信するだけであり、その他の信号を送受信しないので、通信速度はあまり遅くならない。なお、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとが通信線32を介して行う通信規格は、HCI通信規格に限定されず、同期信号をほとんど遅延なく送信できればよい。また、通信線32の配線形態も限定されない。また、通信線32は、制御装置1から溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、ハイレベルとローレベルとが切り替わるパルス信号を同期信号として送信する専用線であってもよい。この場合も、通信線32は、通信線31より高速通信を行って、同期信号をほとんど遅延なく送信できる。通信線32が、本発明の「第2通信線」に相当する。
【0021】
つまり、制御装置1と溶接電源装置2a,2b,2c,2dとは、同期信号だけを高速通信するための通信線32と、その他の信号を送信するための通信線31との2本の通信線で接続されている。
【0022】
溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、それぞれ、商用電源Pから供給される交流電力を所望の周波数の交流電力に変換して出力する。溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、互いに並列接続されている。具体的には、溶接電源装置2a,2b,2c,2dの一方の出力端子は互いに接続されて、被溶接物Wに接続されている。溶接電源装置2a,2b,2c,2dの他方の出力端子は互いに接続されて、溶接ワイヤに接続されている。以下では、溶接電源装置2a,2b,2c,2dを区別しない場合は、溶接電源装置2と記載する。
【0023】
図1(b)に示すように、溶接電源装置2は、整流平滑回路21、インバータ回路22、トランス23、整流平滑回路24、インバータ回路25、電流センサ26、および制御回路27を備えている。
【0024】
整流平滑回路21は、商用電源Pから入力される交流電力を直流電力に変換して出力する。整流平滑回路21は、交流電流を整流する整流回路と、平滑する平滑コンデンサとを備えている。なお、整流平滑回路21の構成は限定されない。
【0025】
インバータ回路22は、例えば、単相フルブリッジ型のPWM制御インバータであり、4個のスイッチング素子を備えている。インバータ回路22は、制御回路27から入力される出力制御駆動信号によってスイッチング素子をスイッチングさせることで、整流平滑回路21から入力される直流電力を高周波電力に変換して出力する。なお、インバータ回路22は直流電力を高周波電力に変換するものであればよく、例えばハーフブリッジ型であってもよいし、その他の構成のインバータ回路であってもよい。
【0026】
トランス23は、インバータ回路22が出力する高周波電圧を変圧して、整流平滑回路24に出力する。トランス23は、一次側巻線23aおよび二次側巻線23bを備えている。一次側巻線23aの各入力端子は、インバータ回路22の各出力端子にそれぞれ接続されている。二次側巻線23bの各出力端子は、整流平滑回路24の各入力端子にそれぞれ接続されている。インバータ回路22の出力電圧は、一次側巻線23aと二次側巻線23bの巻き数比に応じて変圧されて、整流平滑回路24に入力される。二次側巻線23bは一次側巻線23aに対して絶縁されているので、商用電源Pから入力される電流が二次側の回路に流れることを防止することができる。また、トランス23は、インバータ回路22が出力する高周波電圧を変圧するので、商用電源Pの交流電圧を変圧するトランスと比較して、小型軽量化されている。
【0027】
整流平滑回路24は、トランス23から入力される高周波電力を直流電力に変換して出力する。整流平滑回路24は、高周波電流を整流する整流回路と、平滑する直流リアクトルとを備えている。なお、整流平滑回路24の構成は限定されない。
【0028】
インバータ回路25は、例えば、単相フルブリッジ型のPWM制御インバータであり、4個のスイッチング素子を備えている。インバータ回路25は、制御回路27から入力されるスイッチング駆動信号によってスイッチング素子をスイッチングさせることで、整流平滑回路24から入力される直流電力を交流電力に変換して出力する。インバータ回路25は、出力端子28(被溶接物Wに接続)の電位が出力端子29(溶接ワイヤに接続)の電位より高い状態である正極性と、出力端子28の電位が出力端子29の電位より低い状態である逆極性とを交互に切り換える。なお、インバータ回路25は直流電力を交流電力に変換するものであればよく、例えばハーフブリッジ型であってもよいし、その他の構成のインバータ回路であってもよい。インバータ回路25が本発明の「インバータ回路」に相当する。
【0029】
電流センサ26は、溶接電源装置2の出力電流を検出するものであり、本実施形態では、インバータ回路25の一方の出力端子と出力端子28とを接続する接続線に配置されている。電流センサ26は、検出した電流瞬時値に応じた電流値信号を制御回路27に入力する。なお、電流センサ26の構成は限定されず、接続線から出力電流を検出するものであればよい。なお、電流センサ26の配置場所は限定されない。例えば、電流センサ26は、インバータ回路25の他方の出力端子と出力端子29とを接続する接続線に配置されてもよい。また、電流センサ26は、整流回路24とインバータ回路25との間に配置されてもよい。なお、この場合、電流センサ26は出力電流の極性を検出できないが、制御回路27は、インバータ回路25の正極性と逆極性とを把握している。
【0030】
制御回路27は、溶接電源装置2を制御するための回路であり、例えばマイクロコンピュータなどによって実現されている。制御回路27は、電流センサ26から電流値信号を入力され、通信線31を介して指令信号、電流指令値、および遅延情報を入力され、通信線32を介して同期信号を入力される。そして、制御回路27は、インバータ回路22およびインバータ回路25に、それぞれ駆動信号を出力する。
【0031】
制御回路27は、制御装置1から電力出力の開始を指示する指令信号を受信したときに、インバータ回路22およびインバータ回路25に、それぞれ駆動信号の出力を開始することで、電力の出力を開始させる。また、制御回路27は、制御装置1から電力出力の停止を指示する指令信号を受信したときに、駆動信号の出力を停止することで、電力の出力を停止させる。
【0032】
また、制御回路27は、電流センサ26から入力される電流値信号から電流実効値を算出する。そして、制御回路27は、当該電流実効値と、制御装置1から入力される電流指令値とに基づいて、インバータ回路22のスイッチング素子を制御するための出力制御駆動信号を生成して、インバータ回路22に出力する。つまり、制御回路27は、電流実効値が電流指令値に一致するように、フィードバック制御を行う。
【0033】
また、制御回路27は、電流センサ26から入力される電流値信号と、内部で生成した波形指令信号とに基づいて、インバータ回路25のスイッチング素子を制御するためのスイッチング駆動信号を生成して、インバータ回路25に出力する。つまり、制御回路27は、出力電流の波形が波形指令信号で指令する波形に一致するように、フィードバック制御を行う。本実施形態では、波形指令信号は、正弦波信号である。なお、制御回路27は、出力電流の瞬時値を用いずに、波形指令信号のみに基づいて、スイッチング駆動信号を生成してもよい。
【0034】
制御回路27は、遅延部271を備えている。遅延部271は、制御装置1から入力される同期信号を、制御装置1から入力される遅延情報に応じて遅延させる。遅延部271が遅延させた同期信号は、波形指令信号の生成に用いられる。なお、本実施形態では、遅延情報として「0」が送信されるので、遅延部271は、同期信号を遅延させることなく、そのまま出力する。制御回路27は、遅延部271で遅延された同期信号(本実施形態では受信した同期信号のまま)のタイミングで正負が切り替わるように、波形指令信号を生成する。
【0035】
制御回路27が波形指令信号に基づいてスイッチング駆動信号を生成して、インバータ回路25に出力することで、インバータ回路25は、波形指令信号に応じた正弦波状の交流電流を出力する。当該交流電流は、同期信号のタイミングで正負が切り替わる。
【0036】
本実施形態では、溶接システムA1は、交流電力だけでなく直流電力も出力することができる交直両用の溶接システムである。溶接システムA1は、直流電力を出力する場合、制御装置1が、通信線31を介して、溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、直流電力を出力させるための直流出力指令信号を送信する。溶接電源装置2a,2b,2c,2dの制御回路27は、直流出力指令信号を受信した場合には、インバータ回路25に出力するスイッチング駆動信号を、所定のスイッチング素子をオン状態に固定して、その他のスイッチング素子をオフ状態に固定する信号とする。例えば、整流平滑回路24の正極側の出力端子と出力端子28とが接続され、整流平滑回路24の負極側の出力端子と出力端子29とが接続されたままの状態となるように、各スイッチング素子の状態が固定されると、出力端子28を正極とし、出力端子29を負極として、直流電力が出力される。
【0037】
次に、本実施形態に係る溶接システムA1の作用および効果について説明する。
【0038】
本実施形態によると、インバータ回路25は、整流平滑回路24から入力される直流電力を交流電力に変換して出力する。制御回路27は、インバータ回路25に入力するスイッチング駆動信号を調整することで、インバータ回路25が出力する交流電流を所望の波形にすることができる。制御装置1は、比較的高速な通信線32を介して、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに同期信号を送信する。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、受信した同期信号に応じてスイッチング駆動信号を調整することで、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを他と正確に一致させることが可能である。
【0039】
図2は、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが出力する交流電流の波形を示す波形図である。同図(a)は、制御装置1が同期信号Xを出力するタイミングを示している。同期信号Xは、通信線32によって高速通信で送信されるので、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dでの同期信号Xの入力タイミングも同様である。同図(b)は、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが出力する交流電流の波形を示している。同図(b)に示す波形aは溶接電源装置2aが出力する交流電流の波形であり、波形bは溶接電源装置2bが出力する交流電流の波形であり、波形cは溶接電源装置2cが出力する交流電流の波形であり、波形dは溶接電源装置2dが出力する交流電流の波形である。同図(b)に示すように、各波形a~dは、同期信号Xが出力されたタイミングで正負が切り替わっており、正負が切り替わるタイミングが一致している。これにより、出力される交流電流の正負が切り替わるタイミングがずれることによる循環電流の発生が防止できる。
【0040】
また、本実施形態によると、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、同期信号を、遅延部271によって、遅延情報に応じて遅延させることも可能である。したがって、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、遅延部271で遅延された同期信号に応じて、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを遅らせることができる。つまり、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを自由にずらすことも可能である。
【0041】
本実施形態によると、通信線32での通信速度は、通信線31での通信速度より速い。また、制御装置1は、同期信号を通信線32を介して送信し、その他の信号を通信線31を介して送信する。通信線32は、同期信号だけを送信するので、通信線32での通信速度はあまり遅くならない。したがって、制御装置1は、同期信号をその他の信号より高速で送信することができる。同期信号を送信するための通信線32を、通信線31とは別に設けたことで、制御装置1は、同期信号をほとんど遅延なく送信することができる。
【0042】
なお、本実施形態においては、制御装置1が各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、遅延情報として「0」を送信する場合について説明したが、これに限られない。制御装置1は、遅延情報として「0」以外の同じ値を、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに出力してもよい。この場合、各遅延部271は同期信号を同じだけ遅延させるので、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングは一致する。また、本実施形態では同期信号を遅延させないので、溶接電源装置2の制御回路27は、遅延部271を備えなくてもよい。
【0043】
また、本実施形態においては、出力電流の波形が正弦波である場合(図2(b)参照)について説明したが、これに限られない。出力電流の波形は、例えば矩形波であってもよい。また、本実施形態においては、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが定電流制御を行う場合について説明したが、これに限られない。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、定電圧制御を行ってもよい。
【0044】
〔第2実施形態〕
図3は、第2実施形態に係る溶接システムA2を説明するための図であり、溶接システムA2の全体構成を示すブロック図である。同図において、第1実施形態に係る溶接システムA1(図1(a)参照)と同一または類似の要素には同一の符号を付して、重複する説明を省略する。また、溶接電源装置2の内部構成を示すブロック図は、第1実施形態(図1(b)参照)と同様なので省略する。
【0045】
溶接システムA2は、2台の台車4と各台車4に2個ずつ配置された合計4個の電極8とを備え、各電極8にそれぞれ異なる溶接電源装置2から電力が供給される点で、第1実施形態に係る溶接システムA1(図1参照)と異なる。
【0046】
図3においては記載を省略しているが、溶接システムA2は、各台車4に2個ずつワイヤ送給装置5およびワイヤリール6を備えており、溶接システムA1と同様に、各台車4に1個ずつホッパ7を備えている。2台の台車4のうち、進行方向の前方に位置する台車4を台車41とし、後方に位置する台車4を台車42とする。台車41には、2個の電極8が配置されている。2個の電極8のうち、進行方向の前方(図3において右側)に位置する電極8を電極81とし、後方(図3において左側)に位置する電極8を電極82とする。台車42には、2個の電極8が配置されている。2個の電極8のうち、進行方向の前方に位置する電極8を電極83とし、後方に位置する電極8を電極84とする。電極81~84は、それぞれ異なるワイヤリール6(図示なし)から、それぞれ異なるワイヤ送給装置5(図示なし)によって送給された溶接ワイヤの先端部である。電極81,82は、台車41に配置されたホッパ7(図示なし)から散布されたフラックスの中に配置されている。電極83,84は、台車42に配置されたホッパ7(図示なし)から散布されたフラックスの中に配置されている。
【0047】
溶接システムA2は、被溶接物Wの溶接線に沿って2台の台車41,42を移動させながら、電極81~84と被溶接物Wとの間にそれぞれアークを発生させて溶接を行う。電極81~84の先端位置は、進行方向に平行に一直線に並んでいる。各電極81~84は、それぞれ溶接線に沿って溶接を行う。本実施形態では、電極81の先端位置と電極82の先端位置との距離は距離L1であり、電極81の先端位置と電極83の先端位置との距離は距離L2であり、電極81の先端位置と電極84の先端位置との距離は距離L3である。なお、各電極81~84の配置位置、間隔、ならびに、傾く方向および角度などは限定されない。また、各電極81~84の先端位置は、一直線に並ばなくてもよい。
【0048】
溶接電源装置2a,2b,2c,2dの一方の出力端子は互いに接続されて、被溶接物Wに接続されている。溶接電源装置2aの他方の出力端子は電極81に接続されており、溶接電源装置2aは、電極81に電力を供給する。溶接電源装置2bの他方の出力端子は電極82に接続されており、溶接電源装置2bは、電極82に電力を供給する。溶接電源装置2cの他方の出力端子は電極83に接続されており、溶接電源装置2cは、電極83に電力を供給する。溶接電源装置2dの他方の出力端子は電極84に接続されており、溶接電源装置2dは、電極84に電力を供給する。
【0049】
本実施形態では、制御装置1が各溶接電源装置2aに出力する遅延情報は「0」であり、各溶接電源装置2b,2c,2dに出力する遅延情報は、距離L1,L2,L3に応じて設定されている。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dの遅延部271(図1(b)参照)は、制御装置1から入力される同期信号を、制御装置1から入力される遅延情報に応じて遅延させる。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dの制御回路27(図1(b)参照)は、遅延部271で遅延された同期信号のタイミングで正負が切り替わるように、波形指令信号を生成する。
【0050】
本実施形態においても、インバータ回路25は、整流平滑回路24から入力される直流電力を交流電力に変換して出力する。制御回路27は、インバータ回路25に入力するスイッチング駆動信号を調整することで、インバータ回路25が出力する交流電流を所望の波形にすることができる。制御装置1は、比較的高速な通信線32を介して、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに同期信号を送信する。また、制御装置1は、通信線31を介して、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに、それぞれ遅延情報を送信する。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、受信した同期信号を、遅延部271によって、受信した遅延情報に応じて遅延させる。そして、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、遅延部271で遅延された同期信号に応じて、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを遅らせる。
【0051】
図4は、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが出力する交流電流の波形を示す波形図である。同図(a)は、制御装置1が同期信号Xを出力するタイミングを示している。同期信号Xは、通信線32によって高速通信で送信されるので、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dでの同期信号Xの入力タイミングも同様である。同図(b)は、溶接電源装置2bの遅延部271で遅延された同期信号のタイミングを示している。当該タイミングは、距離L1に対応した位相θ1だけ、同期信号Xの入力タイミングから遅れている。同図(c)は、溶接電源装置2cの遅延部271で遅延された同期信号のタイミングを示している。当該タイミングは、距離L2に対応した位相θ2だけ、同期信号Xの入力タイミングから遅れている。同図(d)は、溶接電源装置2dの遅延部271で遅延された同期信号のタイミングを示している。当該タイミングは、距離L3に対応した位相θ3だけ、同期信号Xの入力タイミングから遅れている。
【0052】
同図(e)は、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dが出力する交流電流の波形を示している。同図(e)に示す波形aは溶接電源装置2aが出力する交流電流の波形であり、波形bは溶接電源装置2bが出力する交流電流の波形であり、波形cは溶接電源装置2cが出力する交流電流の波形であり、波形dは溶接電源装置2dが出力する交流電流の波形である。同図(e)に示すように、波形aは、同期信号Xが出力されたタイミングで正負が切り替わっている。また、波形b,c,dは、同期信号Xのタイミングから、それぞれ位相θ1,θ2,θ3だけ遅れたタイミングで正負が切り替わっている。これにより、出力される交流電流の正負が切り替わるタイミングが電極8の間隔に応じてずれるので、隣り合う電極8で発生するアーク同士が引き合うことを抑制できる。
【0053】
また、遅延情報が同じ値(例えば「0」)である場合、同期信号は各遅延部271によって同じだけ遅延されるので、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dは、出力する交流電流の正負が切り替わるタイミングを他と正確に一致させることも可能である。
【0054】
なお、上記第1および第2実施形態においては、制御装置1が各溶接電源装置2a,2b,2c,2dに遅延情報を送信する場合について説明したが、これに限られない。各溶接電源装置2a,2b,2c,2dでの遅延が固定されている場合、各溶接電源装置2a,2b,2c,2dの制御回路27は、それぞれ、固定の遅延情報をあらかじめ設定されていてもよい。
【0055】
上記第1および第2実施形態においては、制御装置1が溶接電源装置2a,2b,2c,2dに各種信号を送信する場合について説明したが、これに限られない。図5の変形例に示すように、溶接電源装置2a,2b,2c,2dのいずれか(例えば溶接電源装置2a)が、制御装置1の制御機能を備えたマスタ装置となり、スレーブ装置である他の溶接電源装置(例えば溶接電源装置2b,2c,2d)に各種信号を送信してもよい。つまり、溶接電源装置2a,2b,2c,2dのうちの1台が、制御装置1を兼用してもよい。この場合、制御装置1を設ける必要がない。
【0056】
本発明に係る溶接システムは、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る溶接システムの各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【符号の説明】
【0057】
A1,A2:溶接システム、1:制御装置、2:溶接電源装置、25:インバータ回路、271:遅延部、31,32:通信線
図1
図2
図3
図4
図5