IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-溶接部材の製造方法 図1
  • 特許-溶接部材の製造方法 図2
  • 特許-溶接部材の製造方法 図3
  • 特許-溶接部材の製造方法 図4
  • 特許-溶接部材の製造方法 図5
  • 特許-溶接部材の製造方法 図6
  • 特許-溶接部材の製造方法 図7
  • 特許-溶接部材の製造方法 図8
  • 特許-溶接部材の製造方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】溶接部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/073 20060101AFI20230809BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20230809BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20230809BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
B23K9/073 545
B23K9/12 305
B23K9/23 K
B23K9/173 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020013977
(22)【出願日】2020-01-30
(65)【公開番号】P2021120159
(43)【公開日】2021-08-19
【審査請求日】2022-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】榊 正仁
(72)【発明者】
【氏名】松久 直人
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-144049(JP,A)
【文献】国際公開第2014/054261(WO,A1)
【文献】特開2019-038006(JP,A)
【文献】特開2016-159316(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0166344(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32、
10/00 - 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤの先端が、(1)アーク期間中は、母材としての複数の溶融Zn系めっき鋼板同士が当接することによって形成される被溶接部へ向けて前進し、(2)短絡期間中は、前記被溶接部から後退するように、前記溶接ワイヤの送り出しを制御しながら、前記母材同士をシールドガスの雰囲気中でアーク溶接する溶接工程を含み、
前記溶融Zn系めっき鋼板の、前記被溶接部を形成する面におけるめっき付着量が15g/m以上250g/m以下であり、
前記溶接工程において、
前記短絡期間から前記アーク期間へ移行する間の期間である移行期間において、前記溶接ワイヤの先端と前記被溶接部との間の距離をD、前記溶接ワイヤの直径をRとしたときに、1.25R≦D≦8Rを満たす位置に前記溶接ワイヤを引き上げ、
前記アーク期間中において、電流波形が、電流値がピーク電流値に達した直後から下降するときの傾きをaとしたときに、-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sを満たすパルス波形となるように、電流を供給する、溶接部材の製造方法。
【請求項2】
前記シールドガスとして、100体積%の二酸化炭素ガスを用いる、請求項1に記載の溶接部材の製造方法。
【請求項3】
溶接ワイヤの先端が、(1)アーク期間中は、母材としての複数の溶融Zn系めっき鋼板同士が当接することによって形成される被溶接部へ向けて前進し、(2)短絡期間中は、前記被溶接部から後退するように、前記溶接ワイヤの送り出しを制御しながら、前記母材同士をシールドガスの雰囲気中でアーク溶接する溶接工程を含み、
前記溶融Zn系めっき鋼板の、前記被溶接部を形成する面におけるめっき付着量が15g/m以上250g/m以下であり、
前記溶接工程において、
前記シールドガスとして、二酸化炭素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用い、
前記短絡期間から前記アーク期間へ移行する移行期間において、前記溶接ワイヤの先端と前記被溶接部との間の距離をD、前記溶接ワイヤの直径をRとしたときに、0.55R≦D≦9.2Rを満たす位置に前記溶接ワイヤを引き上げ、
前記アーク期間中において、電流波形が、電流値がピーク電流値に達した直後から下降するときの傾きをaとしたときに-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sを満たすパルス波形となるように電流を供給する、溶接部材の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接部材の製造方法および溶接部材に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛(Zn)系めっき鋼板は、耐食性が良好である。このため、建築部材および自動車部材などの種々の鋼板製品に幅広く使用されている。溶融Zn系めっき鋼板を用いて当該鋼板製品を製造する場合、アーク溶接法を用いて当該めっき鋼板を溶接することが多い。しかしながら、溶融Zn系めっき鋼板をアーク溶接すると、スパッタおよびピットの発生、およびブローホール等の気孔欠陥の発生が著しく、品質が劣ることがある。これは、Feの融点(約1538℃)に対してZnの沸点が約906℃と低いため、アーク溶接時に、Znの蒸気が発生してアークが不安定になることがあるためである。
【0003】
スパッタが溶融Zn系めっき鋼板のめっき面に付着すると、溶接部における外観が損なわれることがある。また、該スパッタが付着した部分が腐食の起点となり、溶接部材の耐食性が低下することがある。さらに、スパッタを除去する工程をさらに実施すると、溶接部材の製造コストが増加する。また、ブローホール等の気孔欠陥の発生が著しいと溶接部の強度が低下して問題となることがある。
【0004】
上記の問題を解決する技術として、Zn系めっき鋼板のアーク溶接において、アーク溶接電源として、溶接ワイヤの送給を前進及び後退させる制御機能を有するアーク溶接電源を用いる技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-92950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の記載の技術を用いて溶融Zn系めっき鋼板をアーク溶接した場合、溶接部表面に発生するピットについては概ね抑制できるが、溶接部に内在するブローホールの抑制が不十分となることがある。また、シールドガスとして高価なアルゴンガスを用いる必要があるという問題がある。
【0007】
本発明の一態様は、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接によって製造される溶接部材において当該アーク溶接によるスパッタおよびブローホールの発生を、シールドガスの種類によらずに低減可能な溶接部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る溶接部材の製造方法は、溶接ワイヤの先端が、(1)アーク期間中は、母材としての複数の溶融Zn系めっき鋼板同士が当接することによって形成される被溶接部へ向けて前進し、(2)短絡期間中は、前記被溶接部から後退するように、前記溶接ワイヤの送り出しを制御しながら、前記母材同士をシールドガスの雰囲気中でアーク溶接する溶接工程を含み、前記溶融Zn系めっき鋼板の、前記被溶接部を形成する面におけるめっき付着量が15g/m以上250g/m以下であり、前記溶接工程において、前記短絡期間から前記アーク期間へ移行する間の期間である移行期間において、前記溶接ワイヤの先端と前記被溶接部との間の距離をD、前記溶接ワイヤの直径をRとしたときに、1.25R≦D≦8Rを満たす位置に前記溶接ワイヤを引き上げ、前記アーク期間中において、電流波形が、電流値がピーク電流値に達した直後から下降するときの傾きをaとしたときに、-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sを満たすパルス波形となるように、電流を供給する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接によって製造される溶接部材において当該アーク溶接によるスパッタおよびブローホールの発生を、シールドガスの種類によらずに低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態におけるアーク溶接方法の流れの一例を模式的に示す図である。
図2】本発明の実施形態における母材の一配置例における溶接ワイヤの先端と被溶接部との距離Dを説明するための図である。
図3】本発明の実施形態における母材の他の配置例における溶接ワイヤの先端と母材の被溶接部との距離Dを説明するための図である。
図4】本発明の実施形態のアーク溶接工程における電流波形を示すグラフである。
図5図4に示すグラフにおけるアーク期間中の電流波形の拡大図である。
図6】溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材におけるブローホール占有率の測定方法を説明する平面図である。
図7】上記電流波形における傾きとブローホール占有率との関係を示すグラフである。
図8】アーク期間における傾きaと溶滴との関係を示す図である。
図9】本発明の実施例で形成される溶接部材の構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施形態1〕
本発明者らは、鋭意検討の結果、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接を行うにあたり、アーク期間中は溶接ワイヤを母材側へ前進送給させ、短絡期間中は溶接ワイヤを母材から離れる方向に後退送給させるワイヤ送給制御において以下の知見を得た。すなわち、短絡期間からアーク期間へ移行する際に、溶接ワイヤを引き上げる距離を適切なものとするとし、かつ、前記溶接ワイヤの動きと同期させた電流波形制御において、アーク期間の電流のパルス波形を適切なものとすることにより、シールドガスの種類によらず、溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が薄目付のものから厚目付のものまでスパッタおよびブローホールの発生を抑制できる知見を得た。
【0012】
[溶接部材の製造方法]
本発明の実施形態における溶接部材の製造方法は、母材としての溶融Znめっき鋼板同士をシールドガスの雰囲気中でアーク溶接するアーク溶接工程(溶接工程)を含む。母材は、溶接対象となる部材である。母材としての溶融Znメッキ鋼板については、後に説明する。
【0013】
本実施形態において、溶接ワイヤの先端が、前記母材としての溶融Zn系めっき鋼板同士が当接することによって形成される被溶接部へアーク期間中は前進し、短絡期間中は前記被溶接部から後退するように前記溶接ワイヤの送り出しを制御しながら、アーク溶接工程を行う。このように本実施形態では、短絡を伴うアーク溶接において、短絡の有無に応じて溶接ワイヤを被溶接部に対して進退させる。上記の短絡を伴うアーク溶接の例には、短絡移行溶接、短絡を伴うグロビュール移行溶接、および、短絡を伴うパルスアーク溶接が含まれる。
【0014】
〔溶接ワイヤの進退〕
図1は、本実施形態におけるアーク溶接工程の流れの一例を模式的に示す図である。本実施形態におけるアーク溶接工程の期間は、アーク期間、移行期間および短絡期間に分けられる。
【0015】
図1の符号300は、アーク期間の初期状態を表している。アーク期間とは、溶接ワイヤ10からアークが発生している期間である。溶接ワイヤ10は、その先端が母材20の表面から離間した位置に配置されている。アーク期間の初期における溶接ワイヤ10の先端から母材20の表面までの距離はDである。また、溶接ワイヤ10の直径はRである。
【0016】
溶接ワイヤ10は、アーク電極を兼ねており、溶接電圧の印加によって、溶接ワイヤ10と母材20との間にはアーク40が生成する。その結果、溶接ワイヤ10の先端には溶滴30が生成する。溶滴30は、アーク放電による高温によって溶接ワイヤ10が溶融することで形成される。また、母材20の表面には溶融池50が生成する。溶融池50は、アーク放電により高温になった母材20の表面部(例えばめっき層)の溶融物、および、溶接ワイヤ10の先端から滴下した溶滴30、によって形成される。符号Aは、アーク幅(溶融池50の幅)であり、後述する溶融ビートの幅と実質的に同じである。
【0017】
溶接ワイヤ10は、アーク期間では、その先端が母材20の表面(溶融池50)に接近するように前進する。図1の符号400は、アーク期間の終期状態を表している。溶接ワイヤ10は、例えば、一定の速度で前進する。距離Dが小さくなると、アーク40の広がりが小さくなり、アーク幅Aが小さくなる。また、アーク期間が長いほど、溶滴30が大きくなる。
【0018】
図1の符号100は、短絡期間の初期状態を表している。短絡期間とは、溶接ワイヤ10と母材20とがこれらの溶融物によって導通可能に結合している期間である。成長した溶滴30が溶融池50に接触すると、これらが一体となり、ピンチ60を形成する。溶接ワイヤ10および母材20のいずれも導電体であることから、溶接ワイヤ10からピンチ60を経て母材20に至る導通路が形成される。このため、短絡期間ではアーク放電は生じなくなる。
【0019】
図1の符号200は、短絡期間の終期状態を表している。本実施形態では、短絡すると、溶接ワイヤ10の先端が母材20の表面から離れるように後退する。本実施形態では、短絡期間からアーク期間へ移行する間の期間である短絡期間において母材20の表面に対して溶接ワイヤ10の先端の位置を所定の距離Dまで引き上げる。このような溶接ワイヤ10の後退によって、ピンチ60は引き伸ばされて細くなり、切り離されて短絡期間が終了する。そして、移行期間を経て符号300に示されるアーク期間初期の状態となる。短絡期間を終了ささせるために、溶接ワイヤ10に供給される溶接電流を多くするなどのピンチ60を切断するための処置を、必要に応じてさらに講じてもよい。
【0020】
アーク溶接では、アーク電極としての溶接ワイヤ10は、通常、トーチに支持される。溶接ワイヤ10の前述した進退は、トーチを母材20の表面に対して接近離脱させることによって行ってもよいし、トーチを母材20の表面に対して一定の距離離して支持し、当該トーチから溶接ワイヤ10のみを母材20の表面に対して前進させ、あるいは後退させてもよい。
【0021】
なお、トーチに支持される(例えばタングステン製の)アーク電極と溶接ワイヤ10とが別であってもよい。この場合、アーク電極から生成するアーク40内に溶接ワイヤ10の先端を送り出すことによってアーク溶接を行う。この場合でも、アーク期間中には溶接ワイヤ10を母材20の表面に向けて前進させ、短絡期間の終了間際に溶接ワイヤ10を母材20の表面から機械的に切り離すように後退させる。
【0022】
通常、母材20の表面における溶接すべき部位は、二つ以上の母材が互いに当接することによって形成される角部(図2図3参照)である。本実施形態では、このように当接している部位のうち、溶接すべき部位を「被溶接部」と言う。被溶接部25は、継手形状を形成してよい。本実施形態における当該継手形状の例には、重ね継手、T字継手、角継手、フレアー継および突合せ継手、が含まれる。
【0023】
〔溶融Zn系めっき鋼板〕
本実施形態において、母材は、溶融Zn系めっき鋼板で構成される。溶融Zn系めっき鋼板は、通常、その両面にめっき層を有しているが、本実施形態では、溶融Zn系めっき鋼板は、少なくとも当該めっき鋼板における被溶接部側の表面にめっき層を有していればよい。
【0024】
本実施形態における溶融Zn系めっき鋼板は、Znを含有する溶融めっき層を有する鋼板であればよいが、Znを主成分としためっき層の溶融めっき鋼板であることが好ましい。溶融Zn系めっき鋼板の例には、溶融Znめっき鋼板、合金化溶融Znめっき鋼板、溶融Zn-Alめっき鋼板および溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板が含まれる。
【0025】
溶融Zn系めっき鋼板の中でも、溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板は、一般にAl:1.0~22.0質量%、Mg:0.05~10.0質量%を含有し、耐食性に優れる。
【0026】
溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、前述した以外の他の成分をさらに含有していてもよい。たとえば、溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板のめっき層は、外観と耐食性低下を招く原因となるZn11Mg系相の生成および成長を抑制する観点から、Ti:0.002~0.1質量%、B:0.001~0.05質量%をさらに含有していてもよい。また、溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板のめっき層は、めっき原板の表面とめっき層との界面に生成するFe-Al合金層の過剰な成長を抑制して加工時のめっき層の密着性を向上させる観点から、Siを2.0質量%まで含有してもよい。
【0027】
〔めっき付着量〕
本実施形態において、溶融Zn系めっき鋼板における片面のめっき付着量は15g/m以上250g/m以下である。当該めっき付着量が少なすぎると、めっき層による耐食性が不十分になることがある。当該めっき付着量が多すぎると、スパッタおよびブローホールの発生を抑制することが困難となり、溶接部材における実用上許容される外観および強度の実現が困難になることがある。また、スパッタ付着部を起点とする腐食が生じやすく、溶接部材の耐食性が不十分となることがある。
【0028】
〔溶接ワイヤ〕
溶接ワイヤは、母材の材質に応じて適宜に決めることができる。たとえば、JIS Z3312で規定するYGW11またはYGW12は、溶融Zn系めっき鋼板同士をアーク溶接する観点から好ましい。これらの溶接ワイヤの組成を下記表1に示す。単位は質量%である。残余は鉄(Fe)および不可避的不純物である。当該不可避的不純物は、一種でもそれ以上でもよく、本実施型形態の効果が得られる範囲において溶接ワイヤに含まれていてよい。当該不可避的不純物の例には、Cu、Mo、Al、Ti、Nb、ZrおよびNが含まれる。
【0029】
【表1】
【0030】
なお、本実施形態における溶接ワイヤは、上記のワイヤに限定されず、JIS Z3312で規定する他のソリッドワイヤであってもよいし、それ以外の溶接ワイヤであってもよい。
【0031】
溶接ワイヤの直径Rは、限定されないが、細すぎるとアーク溶接時におけるアークの発生が不十分となり、溶接部に気孔が発生することがある。また、溶接ワイヤの径が太すぎると、アーク溶接時における溶滴の成長によって短絡が頻発しやすく、また当該溶滴が溶融池に滴下することにより多量のスパッタを発生しやすくなることがある。気孔発生およびスパッタ発生を抑制する観点から、溶接ワイヤの径は、0.8~1.6mmであることが好ましい。
【0032】
〔シールドガス〕
本実施形態において、アーク溶接は、シールドガスの雰囲気中で行われる。一般に、ガスシールドアーク溶接では、溶接ワイヤの軸方向に沿って溶接ワイヤの周囲を流れるようにシールドガスが供給される。シールドガスは、アーク溶接中に発生するアークおよび溶融池を、その周辺の大気から保護するためのガスである。シールドガスは、母材の材質に応じて適宜に決めることができ、例えば、アーク溶接時において、溶滴、溶融池、アークおよびピンチに対して不活性なガスから選ばれる。シールドガスは、一種のガスでもよいし、二種以上のガスの混合ガスであってもよい。シールドガスの成分の例には、二酸化炭素、アルゴン、ヘリウムおよび水素が含まれる。
【0033】
〔距離Dの説明〕
本実施形態では、溶接ワイヤの直径Rに応じて前述の距離Dを設定する。図2は、本実施形態における母材の一配置例における溶接ワイヤの先端と母材の被溶接部との距離Dを説明するための図である。図3は、本実施形態における母材の他の配置例における溶接ワイヤの先端と母材の被溶接部との距離Dを説明するための図である。
【0034】
図2では、上板20aが下板20bの上に重ねられている。上板20aおよび下板20bは、上述の重ね継手を構成している。図2に示す例では、被溶接部25は、上板20aの側縁と、下板20bの表面における、上板20aの当該側縁に沿った領域とによって形成される部分である。図3では、下板20bの上面に上板20aが立設されており、上板20aおよび下板20bは、上述のT字継手を構成している。図3に示す例では、被溶接部25は、板20bの表面に当接する上板20aの端面における縁と、板20bの当該表面とによって形成される部分である。距離Dは、溶接ワイヤ10の軸方向における、溶接ワイヤ10の先端から被溶接部までの距離である。
【0035】
本実施形態では、距離Dは、溶接ワイヤの直径Rに応じて適宜に設定される。距離Dの設定方法は限定されない。たとえば、距離Dは、溶接ワイヤの直径Rを含む所定の溶接条件でのアーク溶接を予め実施し、そのときの溶接ワイヤの先端および被溶接部を撮像しておく。そして撮像した画像に基づき、溶接ワイヤの送給速度、溶滴の成長速度などの諸現象に応じて、溶接ワイヤの後退量(例えば後退の間隔と後退する長さなど)を決める。このようにして、アーク溶接工程時において前述の距離Dとなる溶接ワイヤの引き上げを実施することが可能である。
【0036】
あるいは、距離Dは、トーチの軸方向においてトーチの先端から突出して配置された、距離Dに対応するスケールまたは目印に基づいて設定することも可能である。たとえば、当該スケールまたは目印に基づいて、短絡期間において所期の距離Dとなるように溶接ワイヤを後退させてもよい。あるいは、距離Dは、溶接ワイヤの先端と被溶接部との距離を、例えば超音波で距離を測定する装置によって非接触で検出し、その検出結果に基づいて、所期の距離Dとなるように溶接ワイヤを短絡期間に後退させてもよい。
【0037】
本実施形態において、溶接ワイヤの先端と母材同士が当接する被溶接部との間の距離をD、溶接ワイヤの直径をRとしたときに、短絡期間からアーク期間へ移行する際に、1.25R≦D≦8Rを満たす位置に溶接ワイヤを引き上げる。距離Dが1.25Rを下回ると、アーク溶接工程において短絡が頻発しやすく、溶融池の掘下げによりスパッタが多く発生することがある。距離Dが8Rを越えると、アークが広がりすぎて、溶滴が大きく成長し、その溶滴が溶融池に接触(滴下)したときに大粒のスパッタが発生することがある。スパッタの発生をより抑制する観点から、距離Dは、2.4R以上であることが好ましく、2.9R以上であることがより好ましい。また、同様の観点から、距離Dは、7.9R以下であることが好ましく、7.1R以下であることがより好ましい。
【0038】
〔溶接速度〕
本実施形態において、アーク溶接における溶接速度は、限定されず、例えば、0.1~1.0m/minの範囲で、その他の各種の溶接条件に応じて設定すればよい。アーク期間時における溶接ワイヤの送給速度などの、アーク溶接における他の溶接条件についても、限定されず、適宜設定することができる。
【0039】
〔溶接電流〕
本実施形態において、アーク溶接における溶接電流は、限定されず、目的とする溶接ビード寸法に応じて適宜設定することができる。
【0040】
〔溶接電圧〕
本実施形態において、アーク溶接における溶接電圧は、限定されず、目的とする溶接ビード寸法や溶接中のスパッタの発生状況に応じて適宜設定することができる。なお、溶接電流および溶接電圧は、溶接入熱が5.6kJ/cm以上6.9kJ/cm以下となるように制御されることが好ましい。
【0041】
〔溶接電流波形、溶接ワイヤの進退および溶滴の関係〕
図4は、本実施形態のアーク溶接工程における電流波形を示すグラフである。図5は、図4に示すグラフにおけるアーク期間中の電流波形の拡大図である。本実施例形態の溶接電流波形は、図1で示したアーク溶接工程の流れに示した溶接ワイヤの動作と同期しており、アーク期間でのパルス波形と短絡期間との電流波形に分けられる。
【0042】
短絡期間では、溶接金属が溶接ワイヤ10から溶融池50へ移行され、溶接電流が図4に示す電流値Bまで下げられる。その後、溶接ワイヤ10が機械的に引き上げられ、溶接ワイヤ10と溶融池50が分離される。このとき、溶接電流値をベース電流値Baに引き下げることによって、スパッタの発生を抑制することができる。
【0043】
次に、移行期間中において溶接ワイヤ10を引き上げて溶融池50と分離させ、ベース電流値Baでアークを再点弧させることによりアーク期間が開始する。その後、図4および図5に示すように、溶接電流値をピーク電流値Ptまで上昇させた後、過電流による溶滴の粗大化を防止するために電流値をピーク電流値Ptから減少させる。そして、溶滴30が溶融池50に接触するとアーク放電が生じなくなり、電流値が図5に示す電流値Pbからベース電流値Baへ減少する。そのため、本実施形態におけるアーク放電期間中の電流波形は、パルス形状となる。
【0044】
ここで、ブローホール占有率について説明する。図6は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材におけるブローホール占有率の測定方法を説明する平面図である。図6に示すように、溶融Zn系めっき鋼板71と溶融Znめっき鋼板72とが溶接されてなる溶接部材80には溶接ビード81が形成されており、該溶接ビード81はブローホール81aを有していることが多い。また、溶接ビード81の長手方向(溶接線の方向)の長さをLとし、溶接ビード81の一端部からi番目のブローホールの長さをdiとする。ここで、例えば継手形状がT字継手の場合、図6に示す溶融Znめっき鋼板71と溶融Zn系めっき72とは3次元的には垂直に溶接されている。
【0045】
建築用薄板溶接接合設計・施工マニュアル(建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル編集委員会)によれば、図5に模式図に示す各ブローホール81aの長さdiの積算値、すなわち溶接ビード81に形成された全てのブローホール81aの長さを測定して積算した積算値Σdi(mm)の測定値から下記の式(1)により算出されるブローホール占有率Brが30%以下を品質の許容値とされている。また、本発明における溶接部材80は、ブローホール占有率Brが30%以下であり、強度的に安定している。
Br=(Σdi/L)×100・・・(1)
ここで、
di:溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホール長さ
L:溶接ビードの長さ
である。
【0046】
本実施形態におけるアーク放電期間では、電流値がピーク電流値Ptから電流値Pbまで減少させるときの傾きaが所定の範囲となるように制御する。傾きaは、(溶接電流の変化)/(溶接時間)によって定義される。
【0047】
図7は、傾きaとブローホール占有率との関係を示すグラフである。図7に示すグラフは、本発明者らが鋭意研究により得た知見により作成したグラフである。図8は、アーク期間における傾きaと溶滴との関係を示す図である。図7に示すように、傾きaが-2.5×10A/s以下の場合、ブローホール占有率が30%以下となる。一方で、傾きaが-2.5×10A/sよりも大きい場合、ブローホール占有率が30%を超えてしまう。
【0048】
これは、図8の参照符号201に示すように、傾きaが-2.5×10A/sよりも大きい場合、溶滴30が大きくなりすぎてしまい、溶融池への溶滴30の移行が不安定になってしまうためである。一方で、傾きaが-5×10A/sよりも小さい場合、図8の参照符号202に示すように、溶滴30が微細になりすぎてしまい、溶滴の一部が溶融池へ移行せずにビードが形成されない場合がある。
【0049】
そこで、本実施形態における溶接部材の製造方法では、傾きaの範囲を-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sに制御する。傾きaが-2.5×10A/s以下であることにより、溶滴の大きさが適度に微細なものになるため、溶融池内の気孔を小さくすることができ、表面に浮上させやすくなる。その結果、溶接ビードにおけるブローホールの発生を抑制することができる。具体的には、ブローホール占有率を30%以下とすることができる。また、傾きaが-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sの範囲であることにより、図8の参照符号203に示すように、溶滴30の大きさを最適な大きさにすることができる。これにより、溶滴が溶融池に安定して移行されるので、溶接を安定して行うことができる。
【0050】
〔その他の工程〕
本実施形態では、本実施形態の効果が得られる範囲において、前述したアーク溶接工程以外の他の工程をさらに含んでいてもよい。たとえば、短絡期間における溶接電流の供給を調整してピンチを切断する工程をさらに含んでもよい。
【0051】
本実施形態における溶接部材の製造方法では、距離Dが1.25R以上8R以下であり、かつ、傾斜aが-5×10A/s≦a≦-2.5×10A/sであれば、シールドガスの種類は、限定されない。したがって、前述の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接において、100%の二酸化炭素ガスを用いてもよい。二酸化炭素ガスは、通常、不活性ガスよりも安価である。このように二酸化炭素ガスをシールドガスに用いることは、より高価なシールドガスを用いなくても良好な溶接品質を得ることができることから、コスト面で有利である。
【0052】
一方で、本発明の一実施形態では、前述の距離Dを、シールドガスの種類に応じた所定の範囲内に決定することができる。たとえば、シールドガスとして二酸化炭素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用いる場合では、上記の1.25R以上8R以下の場合と同じ理由で、前述の距離Dを0.55R以上9.2R以下とすることができる。当該混合ガスの例には、10体積%の二酸化炭素ガスと90体積%のアルゴンガスとの混合ガスが含まれる。アルゴンガスを含有するシールドガスは、二酸化炭素ガスよりも高価である。しかしながら、当該混合ガスを用いることにより、距離Dの許容される範囲をより広くすることが可能となる。
【0053】
シールドガスが上記の混合ガスである場合、スパッタの発生をより抑制する観点から、距離Dは、1.6R以上であることが好ましく、2.5R以上であることがより好ましい。また、同様の観点から、距離Dは、8.8R以下であることが好ましく、7.9R以下であることがより好ましい。
【0054】
本実施形態では、シールドガスの種類に応じて、溶接ワイヤの径Rに基づく距離Dを適宜に決めることにより、スパッタの付着数を少なくすることが可能である。スパッタの付着数は、製造される溶接部材の用途に応じて適宜に決めればよい。
【0055】
本実施形態では、シールドガスの種類に応じて、溶接中のアーク期間中の電流はパルス波形とし、ピーク電流に達した直後から電流値Iが下降する時の傾斜aを適宜設定することにより、ブローホールの発生を少なくすることが可能である。
【0056】
〔溶接部材〕
本実施形態における溶接部材は、前述の製造方法によって製造された溶接部材である。本実施形態において、「溶接部材」とは、前述のアーク溶接工程によって溶接された部分を含む部材である。当該溶接された部分を「溶融ビート」とも言う。
【0057】
〔スパッタ付着個数、ブローホール占有率〕
前述の溶接部材の製造方法によれば、スパッタの発生を抑制して溶融Zn系めっき同士を溶接することができる。たとえば、本実施形態の溶接部材において、溶接部材における溶接ビードに隣接する所定の領域におけるスパッタ付着数は、25個以下であってよい。ここで、「所定の領域」とは、溶接ビードの延伸方向における長さが100mmであり、かつ、延伸方向に垂直な方向における長さが50mmである領域であってよい。
【0058】
所定の領域におけるスパッタの付着数は、溶接部材の用途に応じて適宜に決定してよい。たとえば、上記の所定の領域におけるスパッタ付着数が25個以下であることは、溶接部材において、溶融Zn系めっき鋼板の耐食性を含む諸特性を実質的に発現させる観点から適当と考えられる。より高い耐食性、より優れた外観を要求される溶接部材に対しては、所定の領域における上記スパッタ付着数をより少なく(例えば20個以下に)設定してもよい。
【0059】
また、所定の領域の形状および大きさも、溶接部材の形状に応じて適宜に決定することが可能である。その場合、所定の領域およびスパッタ付着数は、上記の縦50mm、横100mmの矩形領域で25個以下、に対応するように適宜に設定すればよい。また、当該スパッタの付着数は、溶接部材におけるスパッタの付着数の代表値となる数値であればよい。たとえば、当該スパッタの付着数は、溶接部材において任意に設定した一の所定の領域における測定値であってもよいし、任意に設定した複数の所定の領域で測定された測定値の平均値であってもよい。
【0060】
〔まとめ〕
以上のように、溶接ワイヤの直径をRとしたときに、短絡期間からアーク期間へ移行する際に、溶接ワイヤの先端と被溶接部との間の距離Dを、シールドガスの種類に応じて、0.55R以上9.2R以下の所定の範囲内に制御するとともに、アーク期間中の溶接電流をパルス波形とし、前期パルス波形がピーク電流値を示した直後に前記溶接電流が下降する時の傾斜aを-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲に制御する。これにより、アーク溶接におけるブローホールの発生を低減することができ、ブローホールが十分に少ない溶接部材を得ることができる。また、距離Dについての製造マージンを大きくすることが可能となるので、より厳しい溶接条件を要する溶接部材を製造する観点からより一層効果的である。
【0061】
本発明の一態様の溶接部材の製造方法では、溶接ワイヤの直径をRとしたときに、短絡期間からアーク期間へ移行する際に、溶接ワイヤの先端と被溶接部との間の距離Dを、シールドガスの種類に応じて、1.25R以上8R以下の所定の範囲内に制御する。これにより、シールドガスの種類に関わらず、スパッタおよびブローホールの発生を低減することができる。この場合、シールドガスとして100体積%の二酸化炭素ガスを用いることができるので、溶接部材の製造コストを削減する観点からより効果的である。
【0062】
本発明の一態様の溶接部材は、本実施形態の溶接部材の製造方法によって製造された溶接部材である。この構成によれば、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接によって製造される溶接部材における当該アーク溶接によるスパッタおよびブローホールの発生を低減することができる。
【0063】
本発明の一態様の溶接部材は、溶接部材における溶接ビードに隣接する領域であって、溶接ビードの延伸方向における長さが100mmであり、かつ、延伸方向に垂直な方向における長さが50mmである領域におけるスパッタ付着数が25個以下である。そのため、母材である溶融Zn系めっき鋼板の諸特性を溶接部材において実質的に発現させる観点からより効果的である。
【0064】
本発明の一態様の溶接部材は、前記溶接部材における溶接ビードに内在するブローホール占有率が30%以下であるので、溶融Zn系めっき鋼板の溶接部は強度的に優れている。
【0065】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0066】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0067】
[母材の準備]
下記表2に示す、No.1~4の4種類の溶融Zn系めっき鋼板を用意した。表2中、めっき層の組成の残りは亜鉛(Zn)である。No.1~4の鋼板から、母材として、上板と下板とを用意した。上板の寸法は、板厚が3.2mm、板幅が50mm、長さが150mmである。下板の寸法は、板厚が3.2mm、板幅が100mm、長さが150mmである。下記表中の「Ap」は、上記溶融Zn系めっき鋼板の片面におけるめっき付着量を表す。
【0068】
【表2】
【0069】
[溶接部材の製造]
No.1の溶接部材を以下のようにして作製した。No.4の鋼板を用いて、重ね隅肉溶接継手を構成してアーク溶接を行った。図9は、実施例で形成される溶接部材の構成を模式的に示す図である。図9は、溶接部材を上方から平面視した状態を示している。より詳しくは、下板20bの一側縁201bと上板20aの一側縁201aとが重なっている。当該溶接部材については、上板20aの他側縁202aと、下板20bの表面における、上板20aの他側縁202aに沿った領域とによって形成される部分が溶接すべき部位、すなわち被溶接部である。
【0070】
下板20bの長手方向に沿って、当該被溶接部の一端から他端に向けてアーク溶接を行った。アーク溶接は、トーチを下板20b側に傾け、被溶接部に対して一定の距離離し、被溶接部の一端から他端まで走査させることによって行った。より具体的には、下板20bの長手方向に沿って見たときに、図2に示されるように、溶接ワイヤの軸線が下板20bの表面となす角度が鋭角(具体的には、約45°)となるように、トーチを下板20b側に傾けながら、アーク溶接を行った。
【0071】
なお、トーチは、被溶接部に向けて進退可能に溶接ワイヤを支持している。溶接ワイヤは、電極を兼ねている。トーチは、また、溶接ワイヤの軸方向に沿って溶接ワイヤの周囲にシールドガスを供給するガス供給装置をさらに有している。NO.1の溶接部材の作成では、シールドガスを100%COとした。また、トーチは、アーク溶接時において、被溶接部に対して一定の距離を保ちながら移動可能に支持されている。
【0072】
溶接ワイヤには、直径(R)が1.2mmのワイヤであって、JIS Z3312においてYGW12と規定されている溶接ワイヤを用いた。アーク溶接の条件は、溶接電流が180A、溶接電圧が18.8V、溶接速度が0.4m/minである。溶接速度は、被溶接部に沿ってトーチを移動させる速度である。また、シールドガスには100%の二酸化炭素ガスを用いた。なお、ビード長さは150mmであり、母材同士の重なり長さである重ね代は50mmである。
【0073】
アーク期間では、溶接ワイヤの先端が被溶接部に向けて接近するように溶接ワイヤを所定の速度で送給した。また、短絡期間では、溶接ワイヤの先端が被溶接部から離れるように溶接ワイヤを後退させた。このときの溶接ワイヤの後退量は、次のアーク期間開始時における溶接ワイヤの先端から被溶接部までの距離Dが1.5mmとなる量である。
【0074】
溶融ワイヤの後退量は、以下のようにして制御した。まず、所望の(例えば上記の)溶接条件にしたがってアーク溶接を予め行った。その際、アーク溶接における溶接ワイヤの先端および被溶接部をハイスピードカメラ撮影した。撮影した画像に基づいて、アーク期間再開時における溶接ワイヤの先端から被溶接部までの距離Dが所望の距離1.5mmとなる溶接ワイヤの後退量を求めた。また、アーク期間中の溶接電流をパルス波形とし、ピーク電流値を示した直後に前記溶接電流が下降する時の傾斜aを-2.5×10A/sに制御した。
【0075】
上記の溶接条件で、被溶接部の一端から他端までトーチを移動させ、アーク溶接を行い、図9に示されるような溶融ビート21を形成した。こうして、No.1の溶接部材を製造した。
【0076】
No.2~No.13の溶接部材は、No.1の溶接部材の作製における、距離Dおよび傾斜aを変更した以外には同条件にて製造した。
【0077】
[溶接部材の評価]
No.1~13の溶接部材に付着したスパッタの個数を測定した。スパッタとは、アーク溶接中に飛散する溶融金属の微小粒子である。アーク溶接時にトーチが下板20b側に傾けられていることから、スパッタは、ほぼ下板20bの表面に付着する。そこで、溶接部材1の下板20bの表面であって、溶融ビート21の一側縁に接する縦(短手方向)50mm、横(長手方向)100mmの領域22を任意に設定し、領域22に付着したスパッタの数を数えた。得られた評価結果を表3に示す。なお表3中、「Ns」は、スパッタの個数を表す。
【0078】
また、No.1~13の溶接部材のビード部のブローホール占有率を測定した。例えば、重ね継手の場合、重ね合せ部の蒸発したZnが溶融池に浸入して気孔となる。ブローホールとは、溶融池内に閉じ込められた気孔をブローホールと呼ぶ。ブローホールは、溶接ビードのX線透過写真を撮影し、撮影されたフィルムからブローホール占有率を測定した。測定結果を表3に示す。なお表3中、「Br」は、ブローホール占有率を表す。
【0079】
【表3】
【0080】
表3から明らかなように、短絡期間に引き上げられた溶接ワイヤの先端から被溶接部までの距離Dが1.25R~8Rであり、アーク期間中のパルス電流波形がピーク電流に達した直後に電流値が下降する時の傾斜aを-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲内である溶接部材1~9におけるスパッタの付着個数は、20個未満であり、ブローホール占有率も30%以下であることから安定した品質を確保できている。すなわち、No.1~0の溶接部材は、スパッタおよびブローホールの発生が抑制され、品質に優れていた。
【0081】
距離Dが1.25R~8Rの範囲内であるが、傾斜aが-5×10A/s以上-2.5×10A/sの範囲でないNO.10および11の溶接部材では、スパッタの発生は20個未満に抑制できているが、ブローホール占有率が30%を超えていた。
【0082】
距離Dが1.25R~8Rの範囲外であり、傾斜aが-5×10A/s以上-2.5×10A/sの範囲内であるNo.12および13の溶接部材では、スパッタの発生は20個以上であり、ブローホール占有率は30%以下であった。よって、上記の範囲外では、溶接部の外観に優れた溶接部材が得られないことがわかる。
【0083】
シールドガスの種類を100%の二酸化炭素ガスに代えてアルゴンガスと二酸化炭素ガスとの混合ガスを用い、その他の条件はNo.1~13の溶接部材と同様にして、No.14~32の溶接部材を製造し、評価した。なお、上記混合ガスにおける二酸化炭素の含有量は10体積%であり、残りはアルゴンガスである。No.14~32の溶接部材についてのアーク溶接の条件および評価結果を表4に示す。
【0084】
【表4】
【0085】
表4から明らかなように、シールドガスとしてアルゴンガスと二酸化炭素ガスとの混合ガスを用いた場合では、短絡期間に引き上げられた溶接ワイヤの先端から被溶接部までの距離Dが0.55R~9.20R、アーク期間中のパルス電流波形がピーク電流に達した直後に電流値が下降する時の傾斜aを-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲内であるNo.14~28の溶接部材におけるスパッタの付着個数は、25個未満であり、ブローホール占有率も30%以下であることから安定した品質を確保できていた。すなわち、No.14~28の溶接部材は、スパッタおよびブローホールの発生が抑制され、品質に優れていた。
【0086】
距離Dが4.0の本発明の範囲内であるが、傾斜aが本発明の範囲外であるNo.29および30の溶接部材では、スパッタの発生は25個未満に抑制できているが、ブローホール占有率が30%を超えていた。
【0087】
距離Dが0.55R~9.20Rの範囲外であり、傾斜aが-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲内であるNo.31および32の溶接部材では、スパッタの発生は25個以上であり、ブローホール占有率は30%以下である。よって、距離Dが0.55R~9.20Rの範囲外では、溶接部の外観に優れた溶接部材が得られないことがわかる。
【0088】
No.4の鋼板に代えて、表2に記載の片面めっき付着量を有するNo.1の鋼板を用い、距離Dを2.0mmに変更する以外はNo.1の溶接部材の製造方法と同様にして、No.33の溶接部材を製造し、評価した。また、No.4の鋼板に代えて表2に記載のNo.2の鋼板を用い、距離Dを4.0mmに変更する以外はNo.1の溶接部材の製造方法と同様にして、No.34の溶接部材を製造し、評価した。また、No.4の鋼板に代えて、表2に記載のめっき組成および片面めっき付着量を有するNo.3の鋼板をそれぞれ用い、距離Dを、表5に記載の数値に変更する以外はNo.1の溶接部材の製造方法と同様にして、No.35~37の溶接部材をそれぞれ製造し、評価した。また、表2に記載のめっき組成および片面めっき付着量を有するNo.4の鋼板をそれぞれ用い、距離Dを、表5に記載の数値に変更する以外はNo.1の溶接部材の製造方法と同様にして、No.38~44の溶接部材をそれぞれ製造し、評価した。No.27~38の溶接部材についてのアーク溶接の条件および評価結果を表5に示す。
【0089】
【表5】
【0090】
表5から明らかなように、No.33~44の溶接部材のいずれも、距離Dが1.25R~8Rの範囲内、傾斜aが-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲内としたため、スパッタの付着個数が20個未満であり、ブローホール占有率Brも目標の30%以下であった。
【0091】
特に、No.33、34、35~37および38~44の溶接部材では、それぞれ、異なるめっき組成を有する溶融Zn系めっき鋼板を母材としている。したがって、本発明では、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接において、スパッタおよびブローホールの発生が抑制され、かつ溶接部の外観に優れた溶接部材が得られることがわかる。
【0092】
また、No.38~44の溶接部材の結果から明らかなように、母材におけるめっき付着量が15g/mの薄目付から250g/mの厚目付まで、スパッタおよびブローホールの発生が抑制され、かつ溶接部の外観および強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板の溶接部材が得られた。
【0093】
表2に記載のめっき組成および片面めっき付着量を有するNo.1、3および4の鋼板を用い、距離Dを、表6に記載の1.0mm~12.0mmの範囲とし、傾斜aを-4A/sの一定としてNo.45~58の溶接部材を製造し、評価した。No.45~58の溶接部材についてのアーク溶接の条件および評価結果を表6に示す。
【0094】
【表6】
【0095】
表6から明らかなように、距離Dが1.25R~8Rの範囲内であり、かつ、傾斜aが-5×10A/s以上-2.5×10A/s以下の範囲内であるNo.45~55の溶接部材におけるスパッタの付着個数は、いずれも25個未満であった。また、ブローホール占有率は30%以下であった。
【0096】
これに対して、距離Dが1.25R~8Rの範囲内であっても、母材における片面めっき付着量が250g/mを超えるNo.56~58の溶接部材では、スパッタの付着が著しく、ブローホール占有率も30%以上で実用上問題となる量であった。これは、アーク溶接時において、溶接部におけるZnの蒸気の発生が著しいためであると考えられる。
【0097】
特に、例えば、No.34の溶接部材とNo.57の溶接部材との対比、あるいは、No.38の溶接部材とNo.58の溶接部材との対比によれば、母材における片面めっき付着量が250g/mを超えると、スパッタの発生の抑制が実用上不十分となることがわかる。
【符号の説明】
【0098】
10 溶接ワイヤ
20 母材
20a 上板
20b 下板
25 被溶接部
30 溶滴
40 アーク
50 溶融池
60 ピンチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9