(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】グルタミン合成酵素反応を効率よく行う方法、及び該方法を利用したアンモニア定量方法、並びにグルタミン合成酵素反応用試薬及びそれを含むアンモニア定量用試薬キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/52 20060101AFI20230809BHJP
C12N 9/00 20060101ALI20230809BHJP
C12N 9/10 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
C12Q1/52
C12N9/00
C12N9/10
(21)【出願番号】P 2017155476
(22)【出願日】2017-08-10
【審査請求日】2020-08-06
【審判番号】
【審判請求日】2022-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村上 正樹
(72)【発明者】
【氏名】船本 武宏
【合議体】
【審判長】長井 啓子
【審判官】牧野 晃久
【審判官】高堀 栄二
(56)【参考文献】
【文献】特開平7-51094(JP,A)
【文献】特開平9-285297(JP,A)
【文献】特開2000-253898(JP,A)
【文献】ARCHIVES OF BIOCHEMISTRY AND BIOPHYSICS,1967年,122,p.174-189
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
CAPlus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア含有試料を用いて、
グルタミン合成酵素と、マグネシウムイオン又はマンガンイオンと、カルシウムによるグルタミン合成酵素の活性阻害を抑制するキレート剤
と、アデノシン三リン酸(ATP)と、グルタミン酸とを含む反応系でグルタミン合成酵素反応を行い、
前記キレート剤はエチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン-N,N,N’,N’’,N’’-五酢酸(DTPA)又はtrans-1,2-ジアミノシクロヘキサン-N,N,N’,N’-四酢酸(CyDTA)であり、
前記反応系において、前記キレート剤は前記マグネシウムイオン又はマンガンイオン濃度よりも低濃度であることを特徴とする、グルタミン合成酵素反応を行う方法によりグルタミン合成酵素反応を行うことによりアデノシン二リン酸(ADP)を生成させ、生成したADPの量又は該ADPを利用した反応生成物の量に基づいてアンモニアを定量することを特徴とする、アンモニアの定量方法。
【請求項2】
前記ADPに、グルコースとADP依存性ヘキソキナーゼを作用させてグルコース-6-リン酸を生成し、
前記グルコース-6-リン酸及びニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)系化合物の酸化型にグルコース-6-リン酸脱水素酵素を作用させてNAD系化合物の還元型を生成し、
前記NAD系化合物の還元型を定量することでアンモニアの定量を行い、
前記NAD系化合物は、NAD、チオNAD、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)、又はチオニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(チオNADP)である、請求項1に記載のアンモニアの定量方法。
【請求項3】
前記NAD系化合物の還元型に発色剤を反応させ、生成した色素を定量することでアンモニアの定量を行う、請求項2に記載のアンモニアの定量方法。
【請求項4】
グルタミン合成酵素と、塩化マグネシウムと、カルシウムによるグルタミン合成酵素の活性阻害を抑制するキレート剤
と、アデノシン三リン酸(ATP)と、グルタミン酸とを含み、
前記キレート剤がEDTA、DTPA又はCyDTAであって、
前記キレート剤は前記塩化マグネシウム濃度よりも低濃度である、
アンモニア定量用試薬。
【請求項5】
グルタミン合成酵素と、塩化マグネシウムと、カルシウムによるグルタミン合成酵素の活性阻害を抑制するキレート剤を含み、
前記キレート剤がEDTA、DTPA又はCyDTAであって、
前記キレート剤は前記塩化マグネシウム濃度よりも低濃度である、グルタミン合成酵素反応用試薬と、アデノシン三リン酸(ATP)及びグルタミン酸を含む、
アンモニア定量用の試薬キット。
【請求項6】
グルコース、NAD系化合物の酸化型、ADP依存性ヘキソキナーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素をさらに含み、
前記NAD系化合物は、NAD、チオNAD、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)、又はチオニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(チオNADP)である、請求項
5に記載のアンモニア定量用の試薬キット。
【請求項7】
発色剤及び電子キャリアーをさらに含む、請求項
5又は
6に記載のアンモニア定量用の試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵素反応を利用した生化学分野の技術に関し、より詳細には、酵素反応を利用した分析技術に関する。
【背景技術】
【0002】
グルタミン合成酵素(Glutamine synthetase:GST)はアンモニアを利用してグルタミン酸をグルタミンに変換する酵素であり、酵素反応を利用した物質生産や分析技術等に利用されている。例えば、グルタミン合成酵素により消費される基質の量を指標にし、試料中のアンモニアやATPを測定する技術が知られている(特許文献1及び2)。グルタミン合成酵素はL-メチオニンスルフォキシミンやホスフィノスリシン(グルホシネート)により阻害を受けることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭62-3800号公報
【文献】特開昭62-142272号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、より効率よくグルタミン合成酵素の反応を進行させるための試薬を提供することを課題とする。本発明はまた、阻害物質の影響を受けることなく、より効率よくグルタミン合成酵素の反応を進行させ、その結果、より精度よくアンモニアを定量するための試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者はグルタミン合成酵素を利用した新しいアンモニア定量法を開発し、特許出願を行った(特願2016-208760)。
さらに、精度向上を目指して研究を進めたところ、グルタミン合成酵素を利用したアンモニアの定量において、反応系にカルシウムが存在するとアンモニア量の測定結果にばらつきが生じることを見出した。反応系にカルシウムが存在する理由としては、試料や試薬に含有されている場合や、測定部材や装置から溶出する場合などが考えられる。そして、その原因を解明すべくさらに検討した結果、カルシウムにより第一段階のグルタミン合成酵素の活性が阻害されることを見出した。キレート剤を反応系に加えることで、第一段階のグルタミン合成酵素の活性阻害を抑制し、カルシウムの影響を受けず精度よくアンモニアを定量できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
本発明の一態様によれば、キレート剤を含む反応系でグルタミン合成酵素反応を行うことを特徴とする、グルタミン合成酵素反応を行う方法が提供される。ここで、キレート剤が分子内にカルボキシル基を4つ以上含む化合物であることが好ましく、キレート剤がエチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン-N,N,N',N'',N''-五酢酸(DTPA)又はtrans-1,2-ジアミノシクロヘキサン-N,N,N',N'-四酢酸(CyDTA)である
ことがより好ましい。
本発明の他の態様によれば、アンモニア含有試料を用いて、キレート剤を含む反応系でグルタミン合成酵素反応を行うことによりアデノシン二リン酸(ADP)を生成させ、生成したADPの量又は該ADPを利用した反応生成物の量に基づいてアンモニアを定量する
ことを特徴とする、アンモニアの定量方法が提供される。ここで、前記ADPに、グルコースとADP依存性ヘキソキナーゼを作用させてグルコース-6-リン酸を生成し、前記グルコース-6-リン酸及びニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)系化合物の酸化型にグルコース-6-リン酸脱水素酵素を作用させてNAD系化合物の還元型を生成し、前記NAD系化合物の還元型を定量することでアンモニアの定量を行うことが好ましく、前記NAD系化合物の還元型に発色剤を反応させ、生成した色素を定量することでアンモニアの定量を行うことがより好ましい。
本発明の他の態様によれば、キレート剤とグルタミン合成酵素を含む、グルタミン合成酵素反応用試薬が提供される。ここで、キレート剤が分子内にカルボキシル基を4つ以上含む化合物であることが好ましく、キレート剤がEDTA、DTPA又はCyDTAであることがより好ましい。
本発明の他の態様によれば、キレート剤と、アデノシン三リン酸(ATP)、グルタミン酸及びグルタミン合成酵素を含む、グルタミン合成酵素反応用試薬キットが提供される。該試薬キットはアンモニア定量用試薬キットであることが好ましく、グルコース、NAD系化合物の酸化型、ADP依存性ヘキソキナーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素をさらに含むことが好ましく、発色剤及び電子キャリアーをさらに含むことがより好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、反応系におけるカルシウムの影響を受けることなく、効率よくグルタミン合成酵素の反応を進行させることができ、グルタミン合成酵素を利用した分析や物質生産をより効率よく行うことができる。特に、グルタミン合成酵素の反応を利用して試料中のアンモニアの定量を行う場合、試料中のカルシウムの影響を受けることなく、精度よくアンモニアを定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、グルタミン合成酵素を利用したアンモニア測定系(液体反応系)において、カルシウム濃度とアンモニア測定値の関係を示したグラフである。◇がEDTAなし、□がEDTAあり、を示す。
【
図2】
図2は、グルタミン合成酵素を利用したアンモニア測定系(液体反応系)において、試料としてADPを反応系に加えたときの、カルシウム濃度とアンモニア測定値の関係を示したグラフである。◇がEDTAなし、□がEDTAあり、を示す。
【
図3】
図3は、グルタミン合成酵素を利用したアンモニア測定系(固相反応系)において、カルシウム濃度とアンモニア測定値の関係を示したグラフである。EDTAなし、EDTA5mM添加、10mM添加、20mM添加のそれぞれについて測定した。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の一態様にかかる方法においては、キレート剤を含む反応系でグルタミン合成酵素反応を行う。
【0010】
<グルタミン合成酵素による反応>
グルタミン合成酵素による反応は下記の反応式(1)に示すように、アンモニア(NH3
)とATPとL-グルタミン酸(L-Glutamate)とを反応させることにより、ADP、リン酸塩(Orthophosphate)及びL-グルタミン(L-Glutamine)を生成させる反応である。
【0011】
【0012】
上記反応を触媒できる限り、グルタミン合成酵素の由来は特に制限されず、また、グルタミン合成酵素は天然より得られたものでもよいし、遺伝子組換えで得られた酵素でもよい。
【0013】
<キレート剤>
キレート剤の種類は、カルシウムイオンイオンに対してキレート効果を発揮できるものであれば特に制限されないが、分子内に2個以上のカルボキシル基を有するキレート剤が好ましく、分子内に4個以上のカルボキシル基を有するキレート剤がより好ましい。
【0014】
キレート剤として、より具体的には、例えば、以下の化合物又はそれらの塩が挙げられる。
モノ又はポリアルキレンポリアミンポリカルボン酸・・・エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、1,6-ヘキサメチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸(HDTA)、トリエチレンテ
トラミン六酢酸(TTHA)、ジエチレントリアミン-N,N,N',N'',N''-五酢酸(DTPA)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(EDTA-OH)、N,N-ビス(2-ヒドロキシベンジル)エチレンジアミン-N,N-二酢酸(HBED)等
ポリアミノアルカンポリカルボン酸・・・ジアミノプロパン四酢酸(Methyl-EDTA)、trans-1,2-ジアミノシクロヘキサン-N,N,N',N'-四酢酸(CyDTA)、1,2
-ビス(o-アミノフェノキシ)エタン四酢酸(BAPTA)等
ポリアミノアルカノールポリカルボン酸・・・ジアミノプロパノール四酢酸(DPTA-OH)等
ヒドロキシアルキルエーテルポリアミンポリカルボン酸・・・グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)等
アルキルイミノポリカルボン酸・・・ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、イミノ二酢酸(IDA)等
ニトリロポリカルボン酸・・・ニトリロ三酢酸(NTA)等
これらの中では、EDTA、CyDTA、DTPA、GEDTA、TTHA、Methyl-EDTAがより好ましい。
【0015】
キレート剤の使用量としては、反応系に存在するカルシウムがグルタミン合成酵素の活性に影響を与えないようにするためにキレート効果を発揮できる量であれば特に限定されない。用いられるキレート剤の種類や反応系の種類及びカルシウム濃度などにより異なるため一概には定義できないが、一般的には、0.5mM以上、好ましくは1mM以上、より好ましくは2mM以上であり、さらに好ましくは5mM以上であり、上限は特に限定されないが、溶解度や経済性等を考慮すると、200mM以下、好ましくは100mM以下、より好ましくは60mM以下、さらに好ましくは20mM以下である。
【0016】
また、グルタミン合成酵素の反応系においては、キレート剤とグルタミン酸、アンモニア及びATPに加えて、反応を効率よく行う観点から、触媒としてマグネシウムイオン(Mg2+)及びマンガンイオン(Mn2+)の少なくとも一方を存在させてもよい。Mg2+及びMn2+の濃度は例えば1~100mMである。なお、キレート剤によってMg2+及びMn2+がキレートされる可能性があるため、Mg2+及びMn2+の濃度はキレート剤より高濃度にすることが好ましい。
【0017】
反応系にはさらに、緩衝剤や界面活性剤などを存在させてもよい。
反応条件はグルタミン合成酵素の反応が進行する条件であればよく、一般的な条件でよいが、例えば、10~50℃、好ましくは15~40℃で1分~3時間反応させることができる。
【0018】
<グルタミン合成酵素反応用試薬>
本発明の一態様にかかるグルタミン合成酵素反応用試薬は上記のキレート剤及びグルタミン合成酵素を含む。
本発明のグルタミン合成酵素反応用試薬は上記のキレート剤が、グルタミン酸、ATP及び/又はグルタミン合成酵素などとともにキット化されている形態でもよい。
【0019】
<アンモニア定量方法>
本発明の一態様にかかるアンモニア定量方法は、アンモニア含有試料を用いてグルタミン合成酵素反応を行い、該反応で消費されるアンモニアの量に基づいて試料中のアンモニアを定量する方法であり、グルタミン合成酵素反応系に上記で説明したキレート剤を存在させることを特徴とする。
【0020】
アンモニア含有試料としては、アンモニアを含有するものであればよく、例えば、酵素反応により生成されたアンモニアを含有するもの、及び、化学反応(例えば、加水分解)により生成又は遊離されたアンモニアを含有するものが挙げられる。より具体的には、血液、血清、尿、唾液等が挙げられる。
【0021】
上記反応式(1)のとおり、グルタミン合成酵素反応によりアンモニアが消費され、アンモニアと同じ量(等モル)のADP及びリン酸塩(Orthophosphate)が生成する。したがって、ADPもしくはリン酸塩の量またはADPもしくはリン酸塩を利用した反応の生成物の量を測定することにより、アンモニアを定量することができる。
生成したリン酸塩を利用した反応の生成物の量を測定する方法は、グルタミン合成酵素反応で生じたリン酸塩を利用した測定法であれば特に制限されないが、例えば、特許文献2に記載のプリンヌクレオシドホスホリラーゼとプリンヌクレオシドを利用する方法などが例示される。
【0022】
生成したADPを利用した反応の生成物の量を測定する方法は、グルタミン合成酵素反応で生じたADPを利用した測定法であれば特に制限されないが、例えば、特許文献1に記載の、ADPを補酵素とし、キナーゼとその基質を利用する方法が挙げられる。
また、ADPを利用した反応による生成物の量を測定する方法の好ましい態様として、例えば、以下の方法が挙げられる。
【0023】
まず、グルタミン合成酵素反応で生じたADPに、グルコースとADP依存性ヘキソキナーゼを作用させる。具体的には、以下の反応式(2)に示すように、ADP及びD-グルコースにADP依存性ヘキソキナーゼ(ADP-HK)を作用させることにより、グルコース-6-リン酸(G6P)及びAMP(アデノシン一リン酸)が生成される。
【0024】
【0025】
次に、反応式(2)の反応で生成したグルコース-6-リン酸に、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)系化合物の酸化型とグルコース-6-リン酸脱水素酵素を作用させる。具体的には、以下の反応式(3)に示すように、グルコース-6-リン酸及びNAD酸化型(NAD+)にグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)を作用さ
せることにより、NAD還元型(NADH)及びD-グルコノ-1,5-ラクトン-6-リン酸(6-Phosphogluconolactone)が生成される。
【0026】
【0027】
ここで、NAD系化合物としては、前述のNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)に限定されず、他にもチオNAD(チオニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)、NADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)、チオNADP(チオニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)等が挙げられる。
【0028】
上述のように、グルコース-6-リン酸及びNAD系化合物の酸化型にグルコース-6-リン酸脱水素酵素を作用させることにより、NAD系化合物の還元型が生成される。生成されたNAD系化合物の還元型(例えば、NADH)を定量することにより、アンモニアの定量を行うことができる。例えば、NAD系化合物の還元型自体を定量してアンモニアを定量する方法、NAD系化合物の還元型と発色剤とを反応させて得られる色素を定量してアンモニアを定量する方法等が挙げられる。例えば、前者としては、NAD系化合物の還元型が生成される際の電流値を測定する、あるいは、生成されたNAD系化合物の還元型由来の吸光度(340nm)増加量を測定すればよく、後者としては、色素が生成されることに基づいた、色素由来の吸光度増加量を測定すればよい。ここで、NAD系化合物の還元型が吸収する特定波長(340nm)における吸光度の増加量及びアンモニア濃度、ならびに、生成された色素が吸収する特定波長における吸光度の増加量及びアンモニア濃度は比例関係にあるため、特定波長における吸光度を測定することでアンモニアの定量を行うことが可能である。
【0029】
目視により色調を区別することが可能となる観点及びアンモニア濃度が低い場合であっても高い測定精度が得られる観点から、NAD系化合物の還元型と発色剤とを反応させて得られる色素を定量してアンモニアを定量する方法が好ましい。
【0030】
また、ろ紙等の基材に生成された色素を付着させて得られた試験紙の反射率を測定することでアンモニアの定量を行ってもよい。例えば、アンモニアの定量に用いる各基質、各酵素等を含有する液体に基材を含浸して得られた試験紙にアンモニア含有試料を付着させた後、アンモニア含有試料が付着した箇所の反射率を測定することでアンモニアの定量を行ってもよい。
【0031】
色素を定量してアンモニアを定量する方法の一例として、生成されたNAD系化合物の還元型であるNADHと発色剤であるテトラゾリウムバイオレット(TV)に、電子キャリアーであるジアホラーゼ(DI)を作用させることにより、以下の反応式(4)に示すように、ホルマザン色素(Formazan Dye)が生成され、560nmの吸光度が増加する。
【0032】
【0033】
発色剤としては、NAD系化合物の還元型との反応により色素が生成されるもの、すなわち、NAD系化合物の還元型から電子を受け取って色素が生成されるものであれば特に限定されず、例えば、テトラゾリウム化合物が挙げられる。
テトラゾリウム化合物としては、テトラゾール環を有する化合物であればよく、テトラゾ
ール環の少なくとも二箇所に環構造置換基を有する化合物であることが好ましく、テトラゾール環の少なくとも三箇所に環構造置換基を有する化合物であることがより好ましい。テトラゾリウム化合物が、テトラゾール環の少なくとも二箇所に環構造置換基を有する場合、環構造置換基をテトラゾール環の2位及び3位に有することが好ましい。また、テトラゾリウム化合物が、テトラゾール環の少なくとも三箇所に環構造置換基を有する場合、環構造置換基をテトラゾール環の2位、3位及び5位に有することが好ましい。環構造置換基としては、例えば、置換基を有していてよいベンゼン環(ベンゼン環構造置換基)、置換基を有していてよいチエニル基、置換基を有していてよいチアゾイル基等が挙げられる。
テトラゾール環の2位、3位及び5位に環構造置換基を有するテトラゾリウム化合物としては、例えば、2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム塩、2-(4-ヨードフェニル)-3-(2,4-ジニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム塩、2-(2-メトキシ-4-ニトロフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム塩、2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-フェニル-2H-テトラゾリウム塩、3,3'-
(1,1'-ビフェニル-4,4'-ジル)-ビス(2,5-ジフェニル)-2H-テトラゾリウム塩、3,3'-[3,3'-ジメトキシ-(1,1'-ビフェニル)-4,4'-ジル]-ビス[2-(4-ニトロフェニル)-5-フェニル-2H-テトラゾリウム塩]、2,3-ジフェニル-5-(4-クロロフェニル)テトラゾリウム塩、2,5-ジフェニル-3-(p-ジフェニル)テトラゾリウム塩、2,3-ジフェニル-5-(p-ジフェニル)テトラゾリウム塩、2,5-ジフェニル-3-(4-スチリルフェニル)テトラゾリウム塩、2,5-ジフェニル-3-(m-トリル)テトラゾリウム塩、2,5-ジフェニル-3-(p-トリル)テトラゾリウム塩等が挙げられる。
テトラゾリウム化合物としては、他にも、テトラゾール環の2箇所にベンゼン環構造置換基を有し、かつ1箇所にその他の環構造置換基を有する化合物であってもよく、例えば、2,3-ジフェニル-5-(2-チエニル)テトラゾリウム塩、2-ベンゾチアゾイル-3-(4-カルボキシ-2-メトキシフェニル)-5-[4-(2-スルホエチルカルバモイル)フェニル]-2H-テトラゾリウム塩、2,2'-ジベンゾチアゾイル-5,5'-ビス[4-ジ(2-スルホエチル)カルバモイルフェニル]-3,3'-(3,3'-ジメトキシ-4,4'-ビフェニレン)ジテトラゾリウム塩、3-(4,5-ジメチル-2
-チアゾイル)-2,5-ジフェニル-2H-テトラゾリウム塩等が挙げられる。
また、テトラゾリウム化合物としては、他にも、テトラゾール環の2箇所にベンゼン環構造置換基を有し、かつ1箇所に環構造でない置換基を有する化合物であってもよく、例えば、2,3-ジフェニル-5-シアノテトラゾリウム塩、2,3-ジフェニル-5-カルボキシテトラゾリウム塩、2,3-ジフェニル-5-メチルテトラゾリウム塩、2,3-ジフェニル-5-エチルテトラゾリウム塩等が挙げられる。
前述のテトラゾリウム化合物の中でも、環構造置換基を3つ有する化合物が好ましく、ベンゼン環構造置換基を3つ有し、かつ電子吸引性官能基を有する化合物がより好ましく、2-(4-ヨードフェニル)-3-(2,4-ジニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム塩がさらに好ましい。
【0034】
電子キャリアーとしては、ジアホラーゼ、フェナジンメトサルフェート、メトキシフェナジンメトサルフェート、ジメチルアミノベンゾフェノキサジニウムクロライド(メルドラブルー)等が挙げられ、中でも、ジアホラーゼが好ましい。
【0035】
反応式(1)~(3)の反応及び反応式(1)~(4)の反応は同一反応系で同時に行うことが好ましい。
本態様の定量方法では、反応温度は、10℃~50℃であることが好ましく、15℃~40℃であることがより好ましく、20℃~30℃であることがさらに好ましい。また、反
応時間は、1分間~60分間であることが好ましく、2分間~30分間であることがより好ましく、5分間~15分間であることがさらに好ましい。
【0036】
本態様の定量方法では、アンモニア含有試料を酵素反応に適したpH(例えば、pHが6.0~9.0)に調整するため、緩衝液を用いてもよい。緩衝液としては、pHが好ましくは6.0~9.0、より好ましくは6.0~8.0のものを用いてもよい。緩衝液としては、例えば、N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸(TES)、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸(BES)等のグッド緩衝液、リン酸緩衝液、イミダゾール酸緩衝液、トリス緩衝液、グリシン緩衝液等が挙げられる。
【0037】
また、本態様の定量方法では、アンモニア含有試料に、必要に応じて上述した成分以外のその他の成分を添加してもよい。その他の成分としては、例えば、界面活性剤、防腐剤、安定化剤等が挙げられる。
【0038】
〔アンモニアの定量用試薬〕
また、本発明の一態様は、アンモニアの定量試薬に関する。
アンモニアの定量試薬は、上記キレート剤とグルタミン合成酵素、ATP及びグルタミン酸を含むものであればよいが、グルタミン合成酵素反応によって生じたADP又はリン酸塩に基づいてアンモニア量を定量する場合は、ADP又はリン酸塩の量を測定するための試薬も含むことが好ましい。
例えば、グルタミン合成酵素反応で生じたリン酸塩の量に基づいてアンモニアを定量する場合は、例えば、特許文献2に記載されたような、プリンヌクレオシドホスホリラーゼとプリンヌクレオシドなどが含まれてもよい。
また、グルタミン合成酵素反応で生じたADPの量に基づいてアンモニアを定量する場合は、例えば、特許文献1に記載されたような、キナーゼとその基質などが含まれてもよい。
各試薬は使用時に混合されるように別々に試薬キットに含まれていてもよいし、一部又は全部の試薬が予め混合されていてもよい。
【0039】
本発明の好ましい態様においては、上記反応式(1)~(3)の反応を行うための試薬または上記反応式(1)~(4)の反応を行うための試薬キットである。
具体的には、上記キレート剤とグルタミン合成酵素、ATP及びグルタミン酸に加え、グルコース、NAD系化合物の酸化型、ADP依存性ヘキソキナーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素を含む、アンモニア定量用の試薬キットが挙げられ、より好ましくは発色剤及び電子キャリアーをさらに含む、アンモニア定量用の試薬キットが挙げられる。
【0040】
試験紙を用いて固相でアンモニアの定量を行う場合、上記の試薬は全て混合された状態で試験紙上に配置され、乾燥した状態で保存されてもよい。ただし、これらの試薬を別々に試験紙上に添加してもよいし、先に混合して同時に試験紙上に添加してもよい。
【0041】
液相でアンモニアの定量を行う場合、上記の試薬は反応直前に混合されることが好ましい。ただし、上記の試薬をいくつかのグループに分けて各グループの試薬をあらかじめ混合しておき、使用直前に、グループ同士を混合することが好ましい。
例えば、グルコースを含有する第1試薬と、グルタミン合成酵素、ADP依存性ヘキソキナーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素を含有する第2試薬と、を備え、ATP、L-グルタミン酸及びNAD系化合物の酸化型はそれぞれ独立に、第1試薬及び第2試薬の少なくとも一方に含有されるアンモニアの定量試薬キットが例示される。
この場合、基質及び酵素が試薬中にて反応しないようにする観点から、ATP、L-グルタミン酸及びNAD系化合物の酸化型は第1試薬に含有されることが好ましい。
また、本態様の定量試薬キットでは、NAD系化合物の還元型と発色剤とを反応させて得られる色素を定量してアンモニアを定量する観点から、第1試薬は、発色剤をさらに含有し、第2試薬は、電子キャリアーをさらに含有することが好ましい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例の態様には限定されない。
【0043】
実施例1.液系での検討
表1の処方で試薬を調製し、反応直前に試薬Aと試料を混合し、そこに試薬Bを加えて反応を行った。アンモニア濃度は反応開始300秒後の340nmの吸光度の増加を指標とした。なお、試料には各濃度(180、340、530、700ppm)のカルシウムを加えた。試薬の液量は、試薬A:140μL、試薬B:35μL、試料:10μLである。
【0044】
図1は、グルタミン合成酵素を利用したアンモニア測定系(液体反応系)において、カルシウム濃度とアンモニア測定値の関係を示したグラフである。◇がEDTAなし、□がEDTAあり、を示す。その結果、
図1に示すように、カルシウムの濃度依存的にアンモニアの測定値が減少することが分かった。これに対し、反応系にEDTAを添加した時はアンモニアの測定値がカルシウム濃度に依存しなくなることが分かった。
【0045】
次に、カルシウムがアンモニア測定反応のどの段階に影響を及ぼしているかを調べた。
図2は、グルタミン合成酵素を利用したアンモニア測定系(液体反応系)において、試料としてADPを反応系に加えたときの、カルシウム濃度とアンモニア測定値の関係を示したグラフである。◇がEDTAなし(処方-1)、□がEDTAあり(処方-2)、を示す。ADPはADP依存性ヘキソキナーゼの基質となるため、グルタミン合成酵素を除く酵素反応に対する試料中のカルシウムの影響を確認することができる。その結果、ADPを反応系に加えたところ、
図2のように、カルシウムの影響が見られなくなった。さらに、同様に、試料としてG6P、NADHを反応系に加え、G6P及びNADHを基質とする反応についてもそれぞれ調べたが、カルシウムの影響は見られなかった。この結果、カルシウムはアンモニア測定反応の第一段階のグルタミン合成酵素に影響していることが分かった。なお、グルタミン合成酵素の活性阻害については、液系だけでなく固相での反応でも同様の結果を示すことを確認した。
【0046】
【0047】
実施例2.固相での検討
表2に記載の処方で試薬を調製し、これらを混合した後、基材に含浸した。基材を乾燥させたのち、被検液(10000 N-μg/dL アンモニア水溶液に、0、10、30、60又は8
0ppmのカルシウムを添加したもの)を添加し、室温で300秒間反応させた後、反射率(ΔR)を測定した。カルシウムを添加していない試料の反射率Rとカルシウムを添加した試料の反射率Rの差(ΔR)を求めることで、アンモニア測定系におけるカルシウムの影響を確認することができる。
【0048】
結果を
図3に示す。測定値はカルシウム濃度依存的に変化したが、EDTAを加えることによりカルシウムによる反射率の変動(ΔRの変化)は改善された。
【0049】
【0050】
上記の検証試験により、グルタミン合成酵素の反応系にキレート剤を添加することにより、グルタミン合成酵素の活性阻害を抑制することができることが分かった。実施例2では、アンモニア測定を例として試験を行っているが、実施例1の結果も合わせて考えると、アンモニア測定以外でも、例えば、ATP測定やグルタミン酸の測定等のグルタミン合成酵素反応を用いる反応系にキレート剤を添加することにより、グルタミン合成酵素の活性阻害を抑制することができる。