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特許7328793低酸素条件下におけるlox遺伝子の発現量を指標とするスクリーニング方法、並びにlox遺伝子の発現の上昇抑制剤、皮下脂肪細胞の線維化抑制剤及びたるみの改善又は予防剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】低酸素条件下におけるlox遺伝子の発現量を指標とするスクリーニング方法、並びにlox遺伝子の発現の上昇抑制剤、皮下脂肪細胞の線維化抑制剤及びたるみの改善又は予防剤
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20230809BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230809BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230809BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20230809BHJP
   A61K 36/36 20060101ALI20230809BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z
G01N33/50 P
G01N33/15 Z
A61K8/9789
A61K36/36
A61P17/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019097359
(22)【出願日】2019-05-24
(65)【公開番号】P2019207232
(43)【公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-03-29
(31)【優先権主張番号】P 2018100306
(32)【優先日】2018-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】水越 興治
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼中 祥弘
(72)【発明者】
【氏名】黒住 元紀
(72)【発明者】
【氏名】栗林 麻里
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-026560(JP,A)
【文献】国際公開第2017/022091(WO,A1)
【文献】特開2017-082014(JP,A)
【文献】特開2006-316050(JP,A)
【文献】国際公開第2009/125837(WO,A1)
【文献】生物工学,2018年,Volo.96, No.2,p.77
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
G01N 33/15
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低酸素条件で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を指標とする、低酸素条件及び/又は加齢に伴う低酸素条件による、皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記細胞が脂肪細胞であることを特徴とする、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
抗老化成分のスクリーニング方法であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
加齢に伴う低酸素状態によるたるみの改善又は予防成分のスクリーニング方法であることを特徴とする、請求項1~3の何れか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
被検成分の非存在下において低酸素条件で培養した細胞と比較して、被検成分の存在下において低酸素条件下で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現量が低い場合に、該被検成分を低酸素条件及び/又は加齢に伴う低酸素条件による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分であると判定することを特徴とする、請求項1~4の何れか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記低酸素条件が、細胞培養雰囲気中の酸素濃度が5%以下の条件であることを特徴とする、請求項1~5の何れか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
Vegf遺伝子の発現量の上昇を、低酸素条件で培養した細胞において低酸素応答が生じていることの指標とすることを特徴とする、請求項1~6の何れか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
サボンソウ葉エキスを有効成分として含有することを特徴とする、低酸素条件及び/又は加齢に伴う低酸素条件によるlox遺伝子の発現の上昇抑制剤。
【請求項9】
サボンソウ葉エキスを有効成分として含有することを特徴とする、低酸素条件及び/又は加齢に伴う低酸素条件による皮下脂肪細胞の線維化抑制剤。
【請求項10】
サボンソウ葉エキスを有効成分として含有することを特徴とする、加齢に伴う低酸素状態によるたるみの改善又は予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は組織の線維化を抑制する成分のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、加齢に伴う人体の各組織の機能低下、すなわち老化現象を抑制することを目的とするアンチエイジングに関する研究が盛んに行われている。特に美容、化粧料の技術分野においては加齢に伴う肌のしわ、たるみ、しみなどの老化現象を抑制する有効成分の探索がされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、細胞における皮膚支帯成分の発現量を指標として、シワ改善、タルミ改善、ハリの低下防止、肌の弾力性の低下防止などの効果を有する有効成分をスクリーニングする方法が開示されている。
特許文献2には、細胞の核膜異常状態を指標として、シワの予防又は改善効果を有する成分をスクリーニングする方法が開示されている。
【0004】
また、皮下組織に存在する皮下脂肪細胞に着目して、たるみの改善を狙う研究も行われている。特許文献3には、皮下脂肪細胞の接着分子の活性を指標としてたるみ改善成分をスクリーニングする方法が開示されている(特許文献3)。
【0005】
ところで、血液ガス分析による解析により、動脈血のpO(酸素分圧)が低下することが知られている(非特許文献1)。これは加齢に伴い人体の各組織が低酸素の状態に置かれることを示している。
このような知見により、低酸素状態と老化現象の関連が示唆されているが、低酸素状況下でどのような生理学的変化が起こることで老化が起こるのか、そのメカニズムの全容は明らかとなっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-112918号公報
【文献】特開2013-257347号公報
【文献】特開2016-187324号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】本老年医学会雑誌/15巻(1978)1号、「健康老年者の動脈血ガス分析値」、田口悦子ら、1978年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、肌の老化現象、特にたるみを改善又は予防する効果のある成分をスクリーニングするための新たな技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの鋭意研究の結果、皮下脂肪層の相対的な粘弾性が加齢に伴い低下することが明らかとなった。この知見に基づき、さらに詳細な解析を行ったところ、皮下組織に存在する皮下脂肪細胞を包むコラーゲン線維が、加齢とともに線維化することが明らかとなった。加齢に伴い動脈血の酸素濃度が低下することが知られていることから(非特許文献1)、本発明らは皮下脂肪細胞の線維化は低酸素条件によって惹起されている可能性に着目した。そして、さらなる解析の結果、本発明者らは低酸素条件下に置かれた皮下脂肪細胞において、コラーゲン線維の架橋に関わる遺伝子であるloxの発現量の上昇が観察されることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
上記課題を解決する本発明は、低酸素条件で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を指標とする、
低酸素条件及び/又は加齢による、皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分のスクリーニング方法である。
【0011】
本発明の方法によれば、低酸素条件及び/又は加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分を容易にスクリーニングすることができる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、前記細胞が脂肪細胞である。これにより、皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をより精度よくスクリーニングすることができる。
【0013】
本発明は、抗老化成分のスクリーニング方法に応用することが好ましい。
【0014】
また、本発明は、加齢に伴うたるみの改善又は予防成分のスクリーニング方法に応用することが好ましい。
【0015】
本発明の好ましい形態では、被検成分の非存在下において低酸素条件で培養した細胞と比較して、被検成分の存在下において低酸素条件下で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現量が低い場合に、該被検成分を低酸素条件及び/又は加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分であると判定する。
このように対照実験を行うことにより、より精度よくスクリーニングを行うことができる。
【0016】
本発明の好ましい形態では、前記低酸素条件が、細胞培養雰囲気中の酸素濃度が5%以下の条件である。
このような条件下で細胞培養を行うことにより、より効果的にスクリーニングを行うことができる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、vegf遺伝子の発現量の上昇を、低酸素条件で培養した細胞において低酸素応答が生じていることの指標とする。
このような指標を置くことにより、試験系の適正性を確認することができ、より正確にスクリーニングを行うことができる。
【0018】
また、本発明は上述のスクリーニング方法により見出された有効成分にも関する。具体的には、本発明はナデシコ科サボンソウ属(Caryophyllaceae Saponaria)に属する植物の抽出物を有効成分として含有することを特徴とする、低酸素条件及び/又は加齢によるlox遺伝子の発現の上昇抑制剤及び皮下脂肪細胞の線維化抑制剤、並びに加齢に伴うたるみの改善又は予防剤にも関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、抗老化成分、具体的には低酸素条件及び/又は加齢による組織の線維化を抑制する成分を容易にスクリーニングすることができる。
また本発明のスクリーニング法でその有効性が確認されたナデシコ科サボンソウ属に属する植物の抽出物を有効成分として含む剤は、低酸素条件及び/又は加齢によるlox遺伝子の発現の上昇抑制効果、皮下脂肪細胞の線維化抑制効果、並びに加齢に伴うたるみの改善効果又は予防効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】皮下脂肪細胞の線維化の程度を評価するために用いた、電子顕微鏡により取得された基準写真である。線維化の進行の程度が最も低いものがスコア1の写真であり、線維化の進行の程度が最も高いものがスコア5の写真である。
図2】9名のドナーの皮下脂肪細胞を観察し、基準写真をもとにスコアをつけた結果を表す散布図である。
図3】通常の酸素濃度条件、及び低酸素条件において培養した細胞における、皮下脂肪細胞の線維構造の相違を示す顕微鏡写真である。
図4】通常の酸素濃度条件、及び低酸素条件において培養した細胞におけるvegf遺伝子、col1a1遺伝子、col3a1遺伝子、tgf-β遺伝子、及びlox遺伝子の発現量を表す棒グラフである。
図5】サボンソウ葉エキス又はブドウ葉エキスを添加し、低酸素条件において培養した細胞におけるlox遺伝子の発現量を表す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は低酸素条件において進行する皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をスクリーニングする方法である。また、加齢に伴い組織が低酸素条件に置かれることから、本発明は、加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をもスクリーニングの対象とすることができる。
【0022】
ここで、「線維化」とは、組織を取り巻くコラーゲンの異常な増加やコラーゲン線維同士が架橋することにより、組織が硬くなる現象のことをいう。
線維化の要因としてはコラーゲンそのものの発現量の増加や、コラーゲン線維構造の架橋反応に関わる遺伝子の発現量の増加が想定できるが、発明者の鋭意研究の結果、低酸素条件で生じる皮下脂肪細胞の線維化にはlox遺伝子の発現量の上昇が深く関わっていることが明らかとなった。
【0023】
lox遺伝子の産物であるLOX(リシンオキシダーゼ)は、コラーゲンとエラスチン前駆体のリシン残基にアルデヒド基を形成する反応を触媒する細胞外酵素である。これらアルデヒドは反応性が高く、他の酸化リシン由来アルデヒド基や無修飾のリシン残基と自発的な化学反応を起こす。その結果、コラーゲン線維の安定化や、成熟エラスチンの完全性と弾性に重要な、コラーゲンとエラスチンの架橋を生じさせる。
【0024】
lox遺伝子自体は組織の安定化に重要な役割を果たすが、発現が亢進することによって線維化を生じさせる。上述したとおり、低酸素下における皮下脂肪細胞の線維化は、コラーゲンの発現上昇ではなく、lox遺伝子の発現上昇が要因である。そのため、低酸素条件下におけるlox遺伝子の発現上昇を抑制する成分は、すなわち、低酸素条件や加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分であるということができる。
【0025】
以上より、本発明は、低酸素条件で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を指標とすることを必須の構成とする。
【0026】
上述したように、皮下脂肪細胞は、加齢(動脈血中の酸素濃度の低下)に伴い線維化が進行する。したがって、本発明は、低酸素条件及び/又は加齢による、皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分のスクリーニング方法に好適に応用することができる。
【0027】
また、皮下脂肪層における脂肪細胞を包むコラーゲン線維構造の線維化が進むと、皮下組織の物理学的特性が悪化し、皮膚の重みを支えることが困難になり、皮膚のたるみに代表される老化が進む。
したがって、本発明は、抗老化成分、より具体的には、加齢に伴うたるみの改善又は予防成分のスクリーニング方法に応用することが好ましい。
【0028】
以下、本発明の具体的な構成について説明を加える。
本発明に用いる細胞は、樹立された培養細胞株であってもよく、また、初代培養細胞であってもよい。
細胞の種類も特に限定されないが、脂肪細胞を用いることが好ましい。褐色脂肪細胞であっても白色脂肪細胞であってもよいが、好ましくは白色脂肪細胞を用いる。
皮下脂肪前駆細胞を分化させることで得た、成熟した皮下脂肪細胞を本発明に用いてもよい。
【0029】
細胞培養に用いる培地は使用する細胞に適した公知のものを制限なく用いることができる。皮下脂肪前駆細胞を皮下脂肪細胞に分化させる場合に使用する増殖培地、分化培地、維持培地は公知の何れのものであってもよく、市販のキットを用いてもよい。
【0030】
本発明においては低酸素条件で細胞を培養することが必須である。通常の細胞培養におけるCOインキュベーターにおいて酸素濃度は18~19%程度であるので、これよりも低い酸素濃度で細胞を培養する。具体的には、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下、より好ましくは7%以下、さらに好ましくは5%以下、さらに好ましくは3%以下の酸素濃度で細胞を培養する。
酸素濃度の下限は培養細胞が死滅しなければ特に制限されないが、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.5%以上の酸素濃度で細胞を培養する。
【0031】
低酸素条件での細胞培養においては、炭酸ガスの他に窒素ガスや混合ガスなどのボンベを併設した低酸素濃度培養用COインキュベーター(例えば、池本理化工業社製)を用いてもよいし、ガス濃度調節剤を備えるガスバリア性パウチからなる低酸素培養器具(例えば、スギヤマ技研製)を用いてもよい。
【0032】
本発明においては低酸素条件下で培養している細胞の培地に被検成分を添加し、所定の期間培養を継続した後にlox遺伝子の発現量を測定する。
lox遺伝子の発現量の測定方法は限定されず、回収した細胞におけるlox遺伝子のmRNA量をRT-PCRによって測定する方法が好ましく例示できる。
【0033】
低酸素条件で細胞を培養するとlox遺伝子の発現量が上昇する。本発明においては、被検成分を培地に添加したとき、低酸素条件におけるlox遺伝子の発現上昇の程度が低減した場合に、当該被検成分が低酸素条件及び/又は加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分であると判定し選択する。
【0034】
被検成分が低酸素条件におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を有しているか否か正確に判定するために対照実験も実施することが好ましい。
すなわち、被検成分の非存在下において低酸素条件で培養した細胞を対照として、被検成分の存在下において低酸素条件下で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現量を比較する。前者よりも後者の方がlox遺伝子の発現量が低い場合に、該被検成分を低酸素条件及び/又は加齢による組織の線維化を抑制する成分であると判定することが好ましい。
【0035】
lox遺伝子の発現量の測定に加え、細胞が低酸素応答反応を起こしていることを確認するために、低酸素応答反応のマーカーであるvegf遺伝子の発現量を測定することも好ましい。
vegf遺伝子の発現量が、通常の酸素濃度で細胞を培養したときに比べて高いことが確認できれば、試験系が適正であると評価することができ、スクリーニングの正確性を向上させることができる。
【0036】
本発明のスクリーニング方法によれば、低酸素条件及び/又は加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をスクリーニングすることができる。そして、本発明は、上記スクリーニング方法により見出された成分を有効成分として含む剤にも関する。
【0037】
低酸素条件及び/又は加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分としては、ナデシコ科サボンソウ属(Caryophyllaceae Saponaria)に属する植物の抽出物を挙げることができる。
【0038】
ナデシコ科サボンソウ属に属する植物としては、特に限定されないが、サボンソウ(Saponaria officinalis)を例示することができる。
【0039】
本発明における前記植物の抽出物は、日本又は外国において自生又は生育された植物、漢方生薬原料などとして販売されるものを用い抽出物を作製することもできるし、丸善株式会社などの植物抽出物を扱う会社より販売されている市販の抽出物を購入し、使用することもできる。
【0040】
植物抽出物は、植物抽出物自体のみならず、抽出物の画分、精製した画分、抽出物ないしは画分、精製物の溶媒除去物の総称を意味するものとし、植物由来の抽出物は、自生若しくは生育された植物、漢方生薬原料等として販売されるものを用いた抽出物、市販されている抽出物等が挙げられる。
【0041】
抽出操作は、植物部位の全草を用いるほか、植物体、地上部、根茎部、木幹部、葉部、茎部、花穂、花蕾等の部位を使用することできるが、予めこれらを粉砕あるいは細切して抽出効率を向上させることが好ましい。
抽出溶媒としては、水、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノールなどのアルコール類、1,3-ブタンジオール、ポリプロピレングリコールなどの多価アルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類等の極性溶媒から選択される1種乃至は2種以上が好適なものとして例示することができる。
【0042】
具体的な抽出方法としては、例えば、植物体等の抽出に用いる部位又はその乾燥物1質量に対して、溶媒を1~30質量部加え、室温であれば数日間、沸点付近の温度であれば数時間浸漬し、室温まで冷却し後、所望により不溶物及び/又は溶媒除去し、カラムクロマトグラフィー等で分画精製する方法が挙げられる。
【0043】
本発明の剤は、製剤化に用いられる任意の成分と適宜組み合わせて、外用剤又は経口剤の形態とすることが好ましい。
外用剤としては、例えば、化粧料、医薬部外品、皮膚外用医薬等の形態が挙げられる。また、それらの剤形は特に制限されない。中でも、加齢に伴う皮膚のたるみを改善又は予防するという用途との関係から、継続的に使用可能な化粧料の形態が好ましく、中でも、化粧水、美容液、乳液、クリーム、ジェル、サンケア品等の形態が好ましい。
【0044】
また、経口剤とする場合には、本発明の剤を有効成分として含む食品用組成物の形態とすることが好ましい。より具体的には、一般食品、錠剤、顆粒剤、ドリンク剤等の剤形を有するサプリメントの形態とすることが好ましい。
【0045】
外用剤における植物抽出物の含有量(抽出物の場合は乾燥質量)は、通常、0.00001質量%以上、好ましくは0.0001質量%以上、より好ましくは0.001質量%以上であり、通常80質量%以下、好ましくは30質量%以下、より好ましくは10質量%以下である。
【0046】
また、経口剤の場合には、剤形に応じて、1回あたりの摂取量が抽出物の乾燥質量として、通常、0.1mg以上、好ましくは1mg以上、より好ましくは10mg以上であり、通常2000mg以下、好ましくは1000mg以下、より好ましくは500mg以下である。
【0047】
化粧料の形態とする場合には、通常化粧料で使用される任意成分を含有していてもよい。任意成分としては、ポリエチレングリコール、グリセリン、1,3-ブチレングリコール、エリスリトール、ソルビトール、キシリトール、マルチトール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ジグリセリン、イソプレングリコール、1,2-ペンタンジオール、2,4-ヘキシレングリコール、1,2-ヘキサンジオール、1,2-オクタンジオール等のポリオール、脂肪酸セッケン(ラウリン酸ナトリウム、パルミチン酸ナトリウム等)、ラウリル硫酸カリウム、アルキル硫酸トリエタノールアミンエーテル等のアニオン界面活性剤類、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウム、ラウリルアミンオキサイド等のカチオン界面活性剤類、イミダゾリン系両性界面活性剤(2-ココイル-2-イミダゾリニウムヒドロキサイド-1-カルボキシエチロキシ2ナトリウム塩等)、ベタイン系界面活性剤(アルキルベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン等)、アシルメチルタウリン等の両性界面活性剤類、ソルビタン脂肪酸エステル類(ソルビタンモノステアレート、セスキオレイン酸ソルビタン等)、グリセリン脂肪酸類(モノステアリン酸グリセリン等)、プロピレングリコール脂肪酸エステル類(モノステアリン酸プロピレングリコール等)、硬化ヒマシ油誘導体、グリセリンアルキルエーテル、POEソルビタン脂肪酸エステル類(POEソルビタンモノオレエート、モノステアリン酸ポリオキエチレンソルビタン等)、POEソルビット脂肪酸エステル類(POE-ソルビットモノラウレート等)、POEグリセリン脂肪酸エステル類(POE-グリセリンモノイソステアレート等)、POE脂肪酸エステル類(ポリエチレングリコールモノオレート、POEジステアレート等)、POEアルキルエーテル類(POE2-オクチルドデシルエーテル等)、POEアルキルフェニルエーテル類(POEノニルフェニルエーテル等)、プルロニック型類、POE・POPアルキルエーテル類(POE・POP2-デシルテトラデシルエーテル等)、テトロニック類、POEヒマシ油・硬化ヒマシ油誘導体(POEヒマシ油、POE硬化ヒマシ油等)、ショ糖脂肪酸エステル、アルキルグルコシド等の非イオン界面活性剤類、ピロリドンカルボン酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム等の保湿成分類、表面処理されていても良い、マイカ、タルク、カオリン、合成雲母、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、無水ケイ酸(シリカ)、酸化アルミニウム、硫酸バリウム等の粉体類、表面処理されていても良い、酸化コバルト、群青、紺青、酸化亜鉛の無機顔料類、表面処理されていても良い、酸化鉄二酸化チタン焼結体等の複合顔料、表面処理されていても良い、雲母チタン、魚燐箔、オキシ塩化ビスマス等のパール剤類、レーキ化されていても良い赤色202号、赤色228号、赤色226号、黄色4号、青色404号、黄色5号、赤色505号、赤色230号、赤色223号、橙色201号、赤色213号、黄色204号、黄色203号、青色1号、緑色201号、紫色201号、赤色204号等の有機色素類、ポリエチレン末、ポリメタクリル酸メチル、ナイロン粉末、オルガノポリシロキサンエラストマー等の有機粉体類、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール類、ビタミンA又はその誘導体、ビタミンB6塩酸塩,ビタミンB6トリパルミテート,ビタミンB6ジオクタノエート,ビタミンB2又はその誘導体,ビタミンB12,ビタミンB15又はその誘導体等のビタミンB類、α-トコフェロール,β-トコフェロール,γ-トコフェロール,ビタミンEアセテート等のビタミンE類、ビタミンD類、ビタミンH、パントテン酸、パンテチン、ピロロキノリンキノン等のビタミン類が挙げられる。
【実施例
【0048】
<試験例1>加齢に伴うコラーゲン構造の変化の観察
20才以上の9名のドナーより提供された皮下組織における皮下脂肪細胞を走査型電子顕微鏡により撮影した。この電子顕微鏡写真を熟練の評価者に評価させ、皮下脂肪細胞の線維化の程度について1~5のスコアをつけさせた。評価は、線維化の進行度が異なる5段階の基準写真(図1)を基準として行わせた。結果を図2に示す。
【0049】
図2に示すように、ドナーの年齢と皮下脂肪細胞の線維化の程度が有意に相関した。この結果は、加齢に伴い皮下脂肪細胞の線維化が進行することを示している。
加齢に伴い動脈血中の酸素濃度が低下することを考慮すると、加齢によって皮下脂肪組織が低酸素条件に置かれることが、加齢に伴う皮下脂肪細胞の線維化の進行の要因であると考えられる。
【0050】
<試験例2>低酸素条件によるコラーゲン構造の変化の観察
ヒト皮下脂肪前駆細胞(HPAd)を、増殖培地とともに24穴マルチウェルプレートに播種(2.0×10cell/well)した後、コンフルエントになるまで培養した。その後、分化培地に交換し、3日おきに分化培地を交換しながら14日間培養して、皮下脂肪細胞へと成熟化させた。その後、維持培地に交換し、脱酸素剤を備えた低酸素培養器具(BIONIX、スギヤマ技研製)にプレートを封入し、酸素濃度1%に調節したうえで培養を継続した。このとき、対照として脱酸素剤を除いた低酸素培養器具にプレートを封入し、培養を継続した細胞も用意した。培養後、コラーゲン線維の構造を走査型電子顕微鏡により撮影した。結果を図3に示す。
【0051】
図3に示すように、低酸素条件で培養した細胞では、通常の酸素濃度で培養した細胞に比べ、コラーゲン線維の太さが不均一であり、不定形な構造を形成することがわかった。
【0052】
<試験例3>低酸素条件における細胞培養
ヒト皮下脂肪前駆細胞(HPAd)を、増殖培地とともに24穴マルチウェルプレートに播種(2.0×10cell/well)した後、コンフルエントになるまで培養した。その後、分化培地に交換し、3日おきに分化培地を交換しながら14日間培養して、皮下脂肪細胞へと成熟化させた。その後、維持培地に交換し、脱酸素剤を備えた低酸素培養器具(BIONIX、スギヤマ技研製)にプレートを封入し、酸素濃度1%に調節したうえで培養を継続した。このとき、対照として脱酸素剤を除いた低酸素培養器具にプレートを封入し、培養を継続した細胞も用意した。維持培地への交換から1日後、培養を終了し、以下の手順によりmRNAを抽出した。
【0053】
PBSによってウェル内の細胞を洗浄したのち、RNeasy Lipid Tissue Kit(QIAGEN社)のQIAzol Lysis Reagentを添加(1mL/ウェル)し、細胞からmRNAを抽出した。
Superscript VILO cDNA Synthesis Kit(Life Technologies社)により、抽出したmRNAをcDNAとした。
QuantiTect Primer Assayを用いてリアルタイムPCRを行い、col1a1遺伝子、col3a1遺伝子、tgf-β遺伝子、及びlox遺伝子の発現量を測定した。このとき低酸素応答のマーカーであるvegf遺伝子の発現量も併せて測定した。結果を図4に示す。
【0054】
図4に示すように、低酸素条件で培養を行った細胞においてはvegf遺伝子の発現量の上昇が観察された。つまり、低酸素条件における培養により細胞が低酸素応答反応を起こしていることが確認できた。
【0055】
また、図4に示すようにcol1a1遺伝子及びcol3a1遺伝子の発現量は、低酸素条件での培養では変化しないことがわかった。
一方、tgf-β遺伝子及びlox遺伝子の発現量は低酸素条件での培養により顕著に上昇した(図4)。
【0056】
lox遺伝子の産物であるLOXはコラーゲン線維の架橋に関わる酵素である。また、TGF-βはコラーゲン線維の産生に関わる因子である。つまり、図4に示した結果は、低酸素条件においてはコラーゲン線維に関わるLOX及びTGF-βの生産量が増加し、線維化が促進されうることを示している。
【0057】
<考察>
試験例1と試験例3の結果は、加齢によって皮下脂肪細胞が低酸素条件に置かれると、lox遺伝子の発現が上昇し、その遺伝子産物であるLOXがコラーゲン線維の架橋を促進すること等によって、線維化が進行することを示している。これは、低酸素条件においてlox遺伝子の発現上昇を抑制することができる成分は、皮下脂肪細胞の線維化を抑制できることを示している。
つまり、試験例1及び3の結果は、低酸素条件で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を指標とすることで、低酸素条件ないし加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をスクリーニングできることを示している。
【0058】
<試験例4>スクリーニング試験
ヒト皮下脂肪前駆細胞(HPAd)を、増殖培地とともに24穴マルチウェルプレートに播種(1.5×10cell/well)した。48時間後に増殖培地を用いて培地交換を行った。
その48時間後、分化培地に交換し、分化を開始した。2日に1回のペースで培地交換を実施しながら、17日間の分化培養を行った。
維持培地に培地交換し、そこへスクリーニング対象であるサボンソウ葉エキス及びブドウ葉エキスを添加した。エキスを添加しないプレートを対照として用意した。
脱酸素剤を備えた低酸素培養器具(BIONIX、スギヤマ技研製)にプレートを封入し、酸素濃度1%に調節したうえで培養を継続した。
72時間培養後、試験例3と同様の方法でmRNAを回収し、逆転写によってcDNAライブラリーを作製したうえで、リアルタイムPCRによりLOX遺伝子の発現量を解析した。結果を図5に示す。
【0059】
図5に示すように、サボンソウ葉エキスは、低酸素条件下におけるlox遺伝子の発現量の上昇を有意に抑制する効果を発揮した。一方、ブドウ葉エキスには、このような有意な効果が見られなかった。
本試験例により、低酸素条件で培養した細胞におけるlox遺伝子の発現上昇の低減効果を指標とすることで、低酸素条件ないし加齢による皮下脂肪細胞の線維化を抑制する成分をスクリーニングできることが確認できた。
【0060】
また、この結果は、ナデシコ科サボンソウ属に属する植物の抽出物を有効成分として含む剤は、低酸素条件及び/又は加齢によるlox遺伝子の発現の上昇抑制効果、皮下脂肪細胞の線維化抑制効果、並びに加齢に伴うたるみの改善効果又は予防効果を発揮することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明はアンチエイジングに関する有効成分の探索に応用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5