(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】吊荷の動揺推定方法
(51)【国際特許分類】
B66C 13/22 20060101AFI20230809BHJP
B66C 23/52 20060101ALI20230809BHJP
B66C 19/00 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
B66C13/22 R
B66C23/52
B66C19/00 D
(21)【出願番号】P 2020015022
(22)【出願日】2020-01-31
【審査請求日】2022-10-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000219406
【氏名又は名称】東亜建設工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】倉原 義之介
(72)【発明者】
【氏名】武田 将英
(72)【発明者】
【氏名】西山 大和
(72)【発明者】
【氏名】原 知聡
(72)【発明者】
【氏名】アイン ナターシャ バルキス ビンティ モハマド スフィアン
【審査官】八板 直人
(56)【参考文献】
【文献】実開平07-031942(JP,U)
【文献】特開2018-065667(JP,A)
【文献】特開平07-026535(JP,A)
【文献】特開2002-149767(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B66C 13/22;19/00-23/94
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮体に設置されたクレーンによって吊り下げた吊荷の半没水状態における動揺を推定する吊荷の動揺推定方法であって、
前記浮体および前記吊荷を配置する対象水域の波浪情報を用いて算出した、前記浮体が波浪から受ける流体力、前記浮体が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水状態の前記吊荷が波浪から受ける流体力、および半没水状態の前記吊荷が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力と、
前記浮体および前記吊荷の連成運動についての運動方程式とに基づいて、前記対象水域における半没水状態の前記吊荷の動揺を推定することを特徴とする吊荷の動揺推定方法。
【請求項2】
前記波浪情報として、規則波の振幅と角周波数と前記浮体に対する波向きとを用い、前記運動方程式を周波数領域の運動方程式とする請求項1に記載の吊荷の動揺推定方法。
【請求項3】
前記波浪情報として、不規則波の周波数スペクトルと前記不規則波の前記浮体に対する方向分布関数とを用い、前記運動方程式を周波数領域の運動方程式とする請求項1に記載の吊荷の動揺推定方法。
【請求項4】
前記浮体が波浪から受ける流体力、前記浮体が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水した状態の前記吊荷が波浪から受ける流体力、および前記吊荷が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力をそれぞれパネル法によって算出する請求項1~3のいずれかに記載の吊荷の動揺推定方法。
【請求項5】
前記波浪情報として前記対象水域の水面変動の時間変化データを用い、前記運動方程式を時間領域の運動方程式とする請求項1に記載の吊荷の動揺推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吊荷の動揺推定方法に関し、さらに詳しくは、浮体に設置されたクレーンを用いて吊り下げられた吊荷の半没水状態での動揺を推定できる吊荷の動揺推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
起重機船や台船等の浮体に設置されたクレーンを使用して鋼板セル等の吊荷の水中への据付作業を行うときには、浮体と吊荷とが波浪の影響を受けて動揺する。浮体と半没水状態の吊荷はクレーンを介して繋がっているため、それぞれの動揺は相互に影響し合ったものとなる。吊荷は完全な没水状態に比して半没水状態のときに波浪の影響を大きく受けるが、吊荷の半没水状態での動揺を推定する方法は確立されていない。吊荷の動揺が許容値以上の場合には据付作業を中止しなければならないので、事前に対象水域における半没水状態の吊荷の動揺を推定できれば、施工の実施の可否の判断や施工計画の調整等を早期に行えるので非常に有益である。
【0003】
従来、据付作業中の吊荷の動揺を検出する方法は種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1で提案されている方法では、台船上に搭載されているジブクレーンのジブ先端部に撮像装置を取り付け、撮像装置によって撮影された吊荷画像の重心位置の変化から吊荷の揺れを検出する。しかしながら、この方法は、据付作業中の吊荷を対象にしているので、吊荷の半没水状態での動揺を事前に推定することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、浮体に設置されたクレーンを用いて吊り下げられた吊荷の半没水状態での動揺を推定できる吊荷の動揺推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため本発明の吊荷の動揺推定方法は、浮体に設置されたクレーンによって吊り下げた吊荷の半没水状態における動揺を推定する吊荷の動揺推定方法であって、前記浮体および前記吊荷を配置する対象水域の波浪情報を用いて算出した、前記浮体が波浪から受ける流体力、前記浮体が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水状態の前記吊荷が波浪から受ける流体力、および半没水状態の前記吊荷が前記波浪に起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力と、前記浮体および前記吊荷の連成運動についての運動方程式とに基づいて、前記対象水域における半没水状態の前記吊荷の動揺を推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、浮体および吊荷を配置する対象水域の波浪情報を用いて、浮体が波浪から受ける流体力、浮体が動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水状態の吊荷が波浪から受ける流体力、および半没水状態の吊荷が動揺するときに周囲の水塊から受ける力を算出する。そして、浮体と吊荷の動揺は相互に影響し合ったものとなるので、その算出した浮体および吊荷がそれぞれ受ける力と、浮体および吊荷の連成運動についての運動方程式とを用いることで、対象水域における半没水状態の吊荷の動揺を推定することが可能になる。これにより、推定した吊荷の動揺に基づいて、事前に施工の実施の可否の判断や施工計画の調整等を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】浮体に設置されたクレーンを使用して吊荷の水中への据付作業を行っている状況を斜視で模式的に例示する説明図である。
【
図2】
図1の状況をx方向から見た視点で模式的に例示する説明図である。
【
図3】
図1の状況をy方向から見た視点で模式的に例示する説明図である。
【
図4】浮体が流体域に浮かんでいる状況を斜視で模式的に例示する説明図である。
【
図5】規則波の周期と、推定した規則波における半没水状態の吊荷の動揺との関係を例示するグラフ図である。
【
図6】不規則波の有義波周期と、推定した不規則波における半没水状態の吊荷の動揺の有義値との関係を例示するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の吊荷の動揺推定方法を図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0010】
図1~
図4に示すように、本発明では、浮体1に設置されたクレーン2によって吊り下げた吊荷4の半没水状態における動揺を推定する。浮体1としては、起重機船や台船、水上構造物などを例示できる。吊荷4としては、鋼板セルや鋼管杭、ケーソンなどを例示できる。
【0011】
図1~
図4は、浮体1を基準としたxyz座標を用いて図示されている。浮体1の長手方向(船長方向)をx軸、浮体1の幅方向(船幅方向)をy軸としている。xy平面(z=0)を静止水面WLと一致するものとして、浮体1の重心1Gの鉛直線をz軸として下向きを正方向(プラス方向)にしている。
【0012】
クレーン2はジブ3を備えており、ジブトップ3aから下方に繰り出されているワイヤロープ5の下端に吊荷4が吊り下げられる。この実施形態では、吊荷4が円筒形状の鋼板セルである場合を例示している。吊荷4の形状や大きさ等は特に限定されない。吊荷4に玉掛けするワイヤロープ5の本数や玉掛けの仕方も特に限定されない。
【0013】
本発明では、浮体1および吊荷4を配置する対象水域の波浪情報を用いて、浮体1が波浪Wから受ける流体力、浮体1が波浪Wに起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水状態の吊荷4が波浪Wから受ける流体力、および半没水状態の吊荷4が波浪Wに起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力を算出する。同じ対象水域に位置し、クレーンを介して繋がっている浮体1と吊荷4の動揺は相互に影響し合う。そこで、上述の算出した浮体1および吊荷4がそれぞれ受ける力と、浮体1および吊荷4の連成運動についての運動方程式とに基づいて、対象水域における半没水状態の吊荷4の動揺を推定する。
【0014】
上述の浮体1および吊荷4がそれぞれ受ける力を算出するときには、対象水域の波浪情報と共に、浮体1の諸元情報、クレーン2の諸元情報、および吊荷4の諸元情報を用いる。浮体1の諸元情報としては、例えば、浮体1の形状(x方向の長さ、y方向の幅、z方向の高さ等)や、重量、重心1Gの位置、ロール方向のメタセンター高さ、ピッチ方向のメタセンター高さ、ロール方向の慣動半径、ピッチ方向の慣動半径、ヨー方向の慣動半径などが挙げられる。クレーン2の諸元情報としては、例えば、x方向における浮体1の中央からジブトップ3aまでの距離や、y方向における浮体1の中央からジブトップ3aまでの距離、静止水面WLからジブトップ3aまでの高さ、ジブトップ3aからクレーンフックまでの長さ、ワイヤロープ5の重さなどが挙げられる。吊荷4の諸元情報としては、例えば、吊荷4の形状(幅や直径、高さ、厚さ等)や、重量、喫水深さなどが挙げられる。
【0015】
はじめに、対象水域の波浪Wを規則波として、規則波中における半没水状態の吊荷4の動揺を推定する場合を説明する。この場合には、上述した対象水域の波浪情報として、規則波の振幅(波高)ζと角周波数ωと浮体1に対する波向きβとを用い、浮体1および吊荷4の連成運動についての運動方程式を周波数領域の運動方程式とする。
【0016】
図1に示すように、ジブトップ3aのxyz座標を(l
x、l
y、l
z)とし、ジブトップ3aから吊荷4の重心4Gまでの上下距離(ライン長さ)をlとする。半没水状態の吊荷4の水中質量をmとする。吊荷4の水中質量とは、気中にある状態の吊荷4の質量から水没している部分の浮力を差し引いた値である。
【0017】
浮体1と吊荷4の運動に関して次の仮定に基づいて運動方程式を立式する。対象水域の波浪Wとしてx軸に対して角度β(波向きβ)より、振幅ζ、角周波数ωの規則波が浮体1に入射するものとする。浮体1と吊荷4の運動は微小振幅運動とする。浮体1と水中の吊荷4との流体力学的干渉は無視できるものとする。吊荷4は、浮体1からタガー或いは索によって回転運動が阻止されているものとして、x方向、y方向、z方向の併進運動のみを行うものとする。
【0018】
X
j(j=1~6)は浮体1の運動を示し、X
1はサージ方向の運動、X
2はスウェイ方向の運動、X
3はヒーブ方向の運動、X
4はロール方向の運動、X
5はピッチ方向の運動、X
6はヨー方向の運動を示すものとする。
図2および
図3に示すように、φ
j(j=1~2)は吊荷4のジブトップ3aを中心とした振れ角度を示し、φ
1はyz平面の振れ角度、φ
2はxz平面の振れ角度を示すものとする。
【0019】
周波数領域の運動方程式は、運動エネルギーをT、ポテンシャルエネルギーをU、散逸関数をD、入射波による浮体1の流体強制力をF
Bi、入射波による吊荷4の流体強制力をF
Liとすると、下記(1)、(2)式より計算できる。下記(1)式が浮体1の運動方程式であり、下記(2)式が吊荷4の運動方程式である。
【0020】
運動エネルギーT、ポテンシャルエネルギーU、散逸関数Dはそれぞれ下記(3)~(5)式で表すことができる。
ここで、T
Bは浮体1の運動エネルギー、T
Wは浮体1の運動によって生じる流体の運動エネルギー、T
LBは吊荷4の運動エネルギー、T
LWは吊荷4の運動による流体に生じる運動エネルギーである。U
Bは吊荷4がジブトップ3aにある状態での浮体1のポテンシャルエネルギー、U
Lは吊荷4の振れによるポテンシャルエネルギーである。D
Bは浮体1の運動によって生じる流体の散逸関数、D
Lは吊荷4の運動によって生じる流体の散逸関数である。
【0021】
それぞれのエネルギー成分を浮体1と吊荷4の運動振幅で記述すると下記の(6)~(13)式となる。
ここで、m
ijは浮体1の一般化質量、mは吊荷4の質量、gは重力加速度、A
ijは浮体1の運動による流体の付加質量、a
ijは吊荷4の運動による流体の付加質量である。B
ijは浮体1の運動による流体の減衰係数、b
ijは吊荷4の運動による流体の減衰係数、C
ijは浮体1の復元力係数である。以後は、A
ijとa
ijをまとめてA
ijとし、B
ijとb
ijをまとめてB
ijと記載する。
【0022】
これらのエネルギー成分の(3)~(13)式を前述した(1)、(2)式の運動方程式に代入して整理すると、浮体1および吊荷4の連成運動についての周波数領域の運動方程式は下記(14)式となる。
ここで、E
iは浮体1と吊荷4が受ける波強制力である。
【0023】
浮体1の形状がほぼ矩形であり、浮体1のx方向の長さとy方向の幅との比率が2程度の値であるとすると、ロール方向の揺れとピッチ方向の揺れは概ね同様な特性を示す。したがって、ロール方向の非線形減衰係数に加えて、ピッチ方向も同様な非線形減衰係数を考慮する。吊荷4については、流体の粘性影響と渦の発生を考慮して、Morison式の減衰項を加える。即ち、吊荷4の運動方程式のφ
1、φ
2に関する式において、下記(15)、(16)式のように、非線形減衰係数C
D1、C
D2を加える。
【0024】
周波数領域の運動方程式の解法は、運動振幅を下記(17)式のように複素表示し、これを運動方程式に代入して複素振幅の実部、虚部から振幅、位相を解く。
本発明では、浮体1と吊荷4の連成運動問題として周波数領域の運動方程式を定式化し、それぞれの非線形減衰影響を考慮に入れている。
【0025】
浮体1および吊荷4の連成運動についての運動方程式では、吊荷4の変位を振れ角度φ
1、φ
2によって記しているが、実作業では吊荷4のx、y、z方向の変位を把握することが重要である。浮体1の動揺の中心の空間固定座標の原点から見た吊荷4の動揺変位(x
0,y
0,z
0)は、浮体1の運動X
j(j=1~6)と吊荷4の振れ角度φ
j(j=1~2)を用いて下記の(18)~(20)式で表すことができる。
浮体1の動揺の中心の固定座標の原点から見た吊荷4の動揺変位(x,y,z)は、下記の(21)~(23)式で表すことができる。
【0026】
周波数領域の運動方程式である(14)式に現れる波強制力Ei、付加質量Aij、減衰係数Bijは、例えば、流体の速度ポテンシャルを用いて、浮体1と吊荷4が流体と接する表面をメッシュで離散化した公知の3次元のパネル法によって算出する。復元力係数Cijは浮体1の諸元情報から算出できる。
【0027】
図4に示すように、浮体1および吊荷4が流体域に浮かんでいる場合を考える。なお、
図4では、クレーン2および吊荷4を省略している。流体領域をV
F、自由表面をS
F、浮体表面をS
H、水底表面をS
B、浮体1および吊荷4を中心に流体を取り囲む無限領域をS
∞、浮体表面S
Hの法線ベクトルをnとする。
【0028】
振幅ζ、角周波数ωの規則波がx軸とβなる角度で入射し、浮体1および吊荷4は波を反射散乱するとともに、x、y、z軸に並進動揺(サージ、スウェイ、ヒーブ)と回転動揺(ロール、ピッチ、ヨー)をしている場合を考える。規則波の波数Kは下記(24)式で表せる。
【0029】
速度ポテンシャルφの満たすべき条件は下記の(25)~(28)式となる。
ここで、j=0は入射波速度ポテンシャル、j=1~6は動揺モード速度ポテンシャル、j=7は散乱速度ポテンシャルである。
【0030】
水深が無限大であると仮定すると下記(29)式となる。
有限水深では下記(30)式となる。
【0031】
流体V
F内の支配方程式、自由表面S
F、水底条件S
B、および無限遠条件S
∞を満足するGreen関数を用いると、流体内の点P(x
P、y
P、z
P)の位置の速度ポテンシャルは、浮体表面S
H上の点Q(x
Q、y
Q、z
Q)の速度ポテンシャルによって、下記(31)式のように積分方程式表現ができる。
ここで、Pは流体の任意の位置、Qは浮体1または吊荷4が流体と接する表面上の位置である。G(P、Q)は、流体の支配方程式、自由表面条件、および遠方への波の発散条件を満たすGreen関数である。
【0032】
浮体1および吊荷4と流体は、ともに規則的な角周波数ωの運動を行う。そのため、下記(32)、(33)式に示すように、浮体1および吊荷4の動揺と流体の速度ポテンシャルの振幅を複素表示し、実時間運動はその実部をとって表現する。
【0033】
入射波の速度ポテンシャルΦ
0(x、y、z、t)は下記(34)、(35)式で与えられる。
【0034】
無限水深のGreen関数として、無限水深での速度ポテンシャルは(25)~(29)式の条件より下記(36)~(38)式で与えられる。
【0035】
有限水深のGreen関数として、有限水深での速度ポテンシャルは(25)~(28)式と(30)式の条件より下記(39)~(43)式で与えられる。
【0036】
波浪中での浮体1および吊荷4の動揺問題を線形理論で考えると、速度ポテンシャルを下記(44)式のように分離して表せる。
付加質量A
ijは下記(45)式、減衰係数B
ijは下記(46)式、波強制力E
iは下記(47)、(48)式となる。
【0037】
このように、積分方程式を浮体1と吊荷4の表面をメッシュの集合体で近似し、各メッシュ上の速度ポテンシャルは一定値であるとすると、積分方程式は離散化された式となる。運動モードによって浮体1と吊荷4の表面の境界条件が与えられ、離散化された速度ポテンシャルの式を解くことができる。浮体1と吊荷4に働く流体力は、速度ポテンシャルから表面上の圧力を求め積分することによって得ることができる。
【0038】
以上のように、対象水域の波浪情報を用いて算出した付加質量Aij、減衰係数Bij、および、波強制力Eiを、浮体1および吊荷4の連成運動についての周波数領域の運動方程式である(14)式に代入して、運動方程式を解くことで、浮体1および吊荷4の規則波中の振幅(波高)1mに対する応答振幅の応答関数Hj(ω:β)を求めることができる。これにより、対象水域における半没水状態の吊荷4のx、y、z方向の動揺(応答振幅)を推定することが可能となる。対象水域における浮体1のサージ、スウェイ、ヒーブ、ロール、ピッチ、およびヨー方向の動揺(応答振幅)を推定することも可能となる。
【0039】
図5は、前述した応答振幅の応答関数H
j(ω:β)から計算した規則波中における吊荷4のx方向の応答振幅をグラフ化したものである。横軸を規則波の波周期T(=2π/ω)とし、縦軸を吊荷4のx方向の振幅xを規則波の振幅ζで割った応答振幅としている。このように、応答振幅の応答関数H
j(ω:β)を求めることで、規則波の波浪条件に対応した吊荷4の動揺(x、y、z方向の応答振幅)を推定することが可能となる。
【0040】
このように、本発明では、据付作業の実施前に対象水域の波浪の影響を大きく受ける半没水状態の吊荷4の動揺を推定することが可能となる。推定した吊荷4の動揺の大きさと、動揺の許容範囲とを比較することで、施工前の早期の段階で施工の実施の可否の判断や施工計画の調整等を行うことが可能となる。それ故、吊荷4の据付作業の施工管理を行う当業者にとっては極めて有益である。
【0041】
この実施形態のように、波浪情報として、規則波の振幅ζと角周波数ωと浮体1に対する波向きβとを用い、運動方程式を周波数領域の運動方程式にすることで、対象水域における波浪Wを規則波とした場合の半没水状態の吊荷4の動揺を推定することができる。
【0042】
浮体1が波浪Wから受ける流体力、浮体1が波浪Wに起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力、半没水した状態の吊荷4が波浪から受ける流体力、および吊荷4が波浪Wに起因して動揺するときに周囲の水塊から受ける力は、パネル法以外の方法で算出することもできるが、パネル法を用いるとそれぞれの力を比較的簡易に精度よく算出できる。
【0043】
上述した実施形態では、対象水域の波浪条件を規則波とした場合を例示したが、実海域は、自然の気象現象の不規則な変化の影響を受ける。そのため、波浪Wの波高、波周期は不規則な時系列変化をするが、通常、2~3時間程度の間は波高、波周期の統計量は略一定の値とみなすことができる。そこで、対象水域における不規則波の有義波高HSと平均波周期Tが与えられたときの浮体1および吊荷4の応答を解析する。
【0044】
この実施形態では、対象水域の波浪情報として、不規則波の周波数スペクトルSW(ω:HS,T)と不規則波の浮体1に対する方向分布関数DW(β-X)(-π/2<X<π/2)とを用い、浮体1および吊荷4の連成運動についての運動方程式を周波数領域の運動方程式とする。
【0045】
有義波高H
S、平均波周期Tによって代表される対象水域の不規則波は周波数スペクトルS
W(ω:H
S,T)によって表現される。不規則波は一定の進行方向に一様に長い波頂線が連なった挙動をすることは少なく、浮体1のx方向と波の主進行方向βを中心に、D
W(β-X)(-π/2<X<π/2)の分布をする。このような不規則波の対象水域において、浮体1と吊荷4の応答振幅は対象水域と同様に不規則波の周波数スペクトルS
W(ω:H
S,T)と不規則波の浮体1に対する方向分布関数D
W(β-X)(-π/2<X<π/2)とを用いて下記(49)式によって計算できる。
(49)式のH
j(ω:β)は先の実施形態で求めた浮体1および吊荷4の規則波中の応答振幅の応答関数である。
【0046】
一般に、浮体1および吊荷4の応答関数は、ある周波数範囲に集中した形状になり、波スペクトルも平均波周期付近の狭い範囲にエネルギーが分布する。したがって、不規則波中の浮体1、吊荷4の応答スペクトルは、狭帯域のスペクトルとなる。このような応答の性質の不規則時系列のピーク値x
jの確率分布は下記(50)式のように、Rayleigh分布によって表現できる。
ここで、R
j(β,H
S,T)は応答X
jの不規則波浪中の標準偏差であり、応答スペクトルと下記(51)式の関係にある。
浮体1および吊荷4の不規則波浪中の応答は、前述した標準偏差R
jの大小関係によって評価することができる。
【0047】
有義波高H
S、有義波周期T
S、波の主進行方向がβの不規則水面中における浮体1と吊荷4の運動応答の数値計算は以下のように行える。不規則波の周波数スペクトルS
W(ω:H
S,T
S)は、JONSWAPおよびBretschneider波スペクトル、波の広がりの方向分布関数D
W(β-X)はcos
2分布とする。運動応答X
jの評価は、下記(52)式に示すように、応答関数H
j(ω:β)と周波数スペクトルS
W(ω:H
S,T
S)と方向分布関数D
W(β-X)から計算される不規則応答振幅の有義値X
j-1/3を用いる。
【0048】
図6は、JONSWAPの不規則波中における吊荷4のy方向の有義振幅をグラフ化したものである。横軸を不規則波の有義波周期T
Sとし、縦軸を吊荷4のy方向の応答振幅の有義値ysを不規則波の有義波高H
Sで割った値としている。吊荷4のx方向、z方向の有義振幅も同様に求めることができる。
【0049】
この実施形態のように、波浪情報として、不規則波の周波数スペクトルSW(ω:HS,TS)と不規則波の浮体1に対する方向分布関数DW(β-X)とを用い、運動方程式を周波数領域の運動方程式にすることで、対象水域における波浪Wを不規則波とした場合の半没水状態の吊荷4の動揺(x、y、z方向の応答振幅の有義値)を推定することが可能となる。より実海域に近い波浪条件での吊荷4の動揺を推定できるので、事前に施工の実施の可否の判断や施工計画の調整等をより精度よく行うことができる。
【0050】
吊荷4の据付作業を行うときには、浮体1を係留する場合が多い。先に例示した実施形態のように、浮体1と吊荷4の運動を周波数領域で記述することもできるが、吊荷4の据付作業を行う際には、浮体1と吊荷4の運動を時間領域で記述すると係留系との動的な連成問題を解くときにより便利である。この実施形態では、波浪情報として対象水域の水面変動の時間変化データを用い、浮体1および吊荷4の連成運動についての運動方程式を時間領域の運動方程式とする。
【0051】
浮体1と吊荷4の運動による慣性力と流体力との釣り合いを示す時間領域の運動方程式は下記(53)式となる。
ここで、F
Di(t)は浮体1に働くDiffraction流体力、F
Ri(t)は浮体1に働くRadiation流体力、F
Si(t)は浮体1に働く静的復元力、F
Ci(t)は吊荷4の動揺による連成力である。
【0052】
浮体1に働くDiffraction流体力、Radiation流体力、および静的復元力は、「高木又男、新井信一著:船舶、海洋構造物の耐波理論:成山堂出版:1996年発行」に記載されている時間領域の計算法により算出できる。浮体1に比して吊荷4に働く流体力は小さいので、吊荷4の動揺による連成力は、代表周波数の付加質量、減衰係数を用いて周波数領域と同様の記述を用いる。すると、時間領域の運動方程式は下記(54)式となる。
ここで、m
ijは一般化質量、m
ij(∞)は波浪の周波数が無限大時の付加質量、L
ij(τ)はメモリー影響関数、C
ijは復元力係数、e
i(t)は波強制力である。(53)式の運動方程式の解法は時間ステップごとの運動振幅をNewmarkのβ法により求めることができる。
【0053】
この実施形態のように、波浪情報として対象水域の水面変動の時間変化データを用い、運動方程式を時間領域の運動方程式にすることで、対象水域の水面変動の時間変化に対応した、半没水状態の吊荷4と浮体1のそれぞれの位置と角度の時間変化を精度よく推定できる。この技術を利用することで、例えば、浮体1および吊荷4よりも波の上流側で取得した波浪情報に基づいて、浮体1および吊荷4が位置する対象水域の水面変動の時間変化データを作成する。そして、その水面変動の時間変化データを用いて吊荷4のそれぞれの位置と角度の時間変化を推定しておくことで、吊荷4の据付作業を行う際に水面変動による吊荷4の変位を抑制するためのクレーン2等のフィードフォワード制御を行うことも可能となる。
【符号の説明】
【0054】
1 浮体
1G 浮体の重心
2 クレーン
3 ジブ
3a ジブトップ
4 吊荷
4G 吊荷の重心
5 ワイヤロープ
W 波浪
WL 静止水面