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  • 特許-歩行能力改善剤 図1
  • 特許-歩行能力改善剤 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】歩行能力改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/20 20060101AFI20230809BHJP
   A61K 31/688 20060101ALI20230809BHJP
   A61K 9/20 20060101ALI20230809BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20230809BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20230809BHJP
【FI】
A61K35/20
A61K31/688
A61K9/20
A61P21/00
A23L33/10
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022034468
(22)【出願日】2022-03-07
(62)【分割の表示】P 2017025040の分割
【原出願日】2017-02-14
(65)【公開番号】P2022066454
(43)【公開日】2022-04-28
【審査請求日】2022-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石丸 琴美
(72)【発明者】
【氏名】柳沢 佳子
(72)【発明者】
【氏名】落合 龍史
(72)【発明者】
【氏名】大崎 紀子
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-138059(JP,A)
【文献】THE LUNG perspectives,2016年,Vol.24, No.4,pp.410-414
【文献】PLOS ONE,2015年,Vol.10, No.2: e0116256,pp.1-20,doi:10.1371/journal.pone.0116256
【文献】日本老年医学会雑誌,2011年,Vol.48. No.1,pp.39-41
【文献】運動器リハビリテーション,2013年,Vol.24, No.1,pp.72-76
【文献】Journal of Electromyography and Kinesiology,2008年,Vol.18,pp.188-196
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
A23L 33/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳脂肪球皮膜を有効成分とる歩行調整力改善剤。
【請求項2】
乳脂肪球皮膜が、リン脂質を5~100質量%含有する請求項1記載の歩行調整力改善剤。
【請求項3】
乳脂肪球皮膜が、スフィンゴミエリンを1~50質量%含有する請求項1記載の歩行調整力改善剤。
【請求項4】
形態が経口固形製剤である請求項1~3のいずれか1項記載の歩行調整力改善剤。
【請求項5】
固形製剤が錠剤である請求項4記載の歩行調整力改善剤。
【請求項6】
成人1人あたり1日にスフィンゴミエリンを10~1500mg投与又は摂取するものである請求項1~5のいずれか1項記載の歩行調整力改善剤。
【請求項7】
運動と併用して用いられる請求項1~6のいずれか1項記載の歩行調整力改善剤。
【請求項8】
乳脂肪球皮膜を有効成分とる歩行調整力改善用食品。
【請求項9】
乳脂肪球皮膜が、リン脂質を5~100質量%含有する請求項記載の歩行調整力改善用食品。
【請求項10】
乳脂肪球皮膜が、スフィンゴミエリンを1~50質量%含有する請求項記載の歩行調整力改善用食品。
【請求項11】
形態が経口固形製剤である請求項8~10のいずれか1項記載の歩行調整力改善用食品。
【請求項12】
固形製剤が錠剤である請求項11記載の歩行調整力改善用食品。
【請求項13】
成人1人あたり1日にスフィンゴミエリンを10~1500mg投与又は摂取するものである請求項8~12のいずれか1項記載の歩行調整力改善用食品。
【請求項14】
運動と併用して用いられる請求項8~13のいずれか1項記載の歩行調整力改善用食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの歩行能力を改善する歩行能力改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの加齢現象の一つに歩行能力の低下がある。高齢者の歩行の特徴としては、歩行速度の低下、歩幅の減少、歩調の低下等が挙げられる。また、高齢者では、障害物や階段、勾配がある際の歩行がより困難となる。
ヒトの直立二足歩行は、下肢筋力や運動器官の運動能力、感覚機能等の身体能力が協調して達成される。そのため、高齢者の歩行能力の低下は、加齢に伴う下肢筋力や下肢筋量の低下、運動器疾患、また、神経系調節能力の低下等が原因とされる。歩行能力が低下すると不安定な歩行になり、転倒事故や転落事故をはじめとする多くの事故を引き起こす要因となる。また、事故から捻挫・骨折等の障害、寝たきりに至る場合や、行動範囲の制限、外出機会の低下から、フレイルの危険性が増したり、意欲低下や精神的な落ち込みによるうつ病や認知症の発症を助長したりする可能性もある。
【0003】
従来、歩行能力を維持又は改善する方法として、主に下肢筋力トレーニング、バランストレーニング等の運動療法が適用される。しかし、実生活において継続して運動を行うことは現実的に難しく、また、実施するには医療関係者の指導が必要であったりして、日常生活の中で或いは限られた運動で、効果的に歩行能力を改善する方法が望まれる。また、歩行の達成には、身体能力の各要素だけではなく、さらにそれらをまとめて身体をタイミングよく動かす調整力が必要とされるため、歩行能力の改善には、各要素を高めるだけでは足らず、かかる歩行の"調整力"を高めることが必要と考えられる。
【0004】
一方、乳脂肪球皮膜(Milk-fat Globule Membrane:MFGM)は、乳腺より分泌される乳脂肪球を被覆している膜成分で、バターミルクやバターセーラム等の乳複合脂質高含有画分に多く含まれることが知られている(非特許文献1)。
乳脂肪球皮膜は、脂肪を乳汁中に分散させる機能を有するのみならず、マウスにおける運動機能向上作用や筋力向上作用等の生理機能を有することが報告されている(特許文献1)。また、ヒトでも反復横跳びのスコア改善による敏捷性向上(非特許文献2)、筋力向上といった生理作用を有すること(非特許文献3)が報告されている。
しかしながら、乳脂肪球皮膜がヒトの歩行能力へ与える影響に関しては報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-59155号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】三浦晋、FOOD STYLE21、2009年
【文献】Ota et al.SpringerPlus 4:120.2015
【文献】Soga et al.Nutrition Journal 14:85.2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、歩行能力の改善に有用な医薬品、医薬部外品又は食品、或いはこれらに配合可能な素材又は製剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意検討したところ、乳脂肪球皮膜の摂取によって、歩行調整力の評価指標である開眼片足立ちの保持時間が有意に延長し、また、10m障害物歩行時間が有意に短縮され、乳脂肪球皮膜が歩行能力の改善に有用であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、乳脂肪球皮膜を有効成分とする歩行能力改善剤を提供するものである。
また、本発明は、乳脂肪球皮膜を有効成分とする歩行能力改善用食品を提供するもので
ある。
また、本発明は、乳脂肪球皮膜を摂取させる、非治療的な歩行能力改善方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、歩行調整力を高め、ヒトの歩行能力を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】(a)開眼片足立ち保持時間、(b)チェアスタンド回数の変化を示すグラフ。
図2】(a)10m歩行時間(通常速度歩行)、(b)10m歩行時間(最大速度歩行)、(c)10m障害物歩行時間の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明で用いられる乳脂肪球皮膜は、乳脂肪球を被覆している膜、及び膜を構成する成分の混合物と定義される。乳脂肪球皮膜は、食経験が豊富で安全性が高い。
乳脂肪球皮膜は、一般的に、乾燥重量の約半分が脂質で構成され、当該脂質としては、トリグリセライドやリン脂質、スフィンゴ糖脂質が含まれることが知られている(三浦晋、FOOD STYLE21、2009及びKeenan TW、Applied Science Publishers、1983、pp89-pp130)。リン脂質としては、スフィンゴミエリン(SM)等のスフィンゴリン脂質、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)やホスファチジルセリン(PS)等のグリセロリン脂質が含まれることが知られている。
また、脂質以外の成分としては、ミルクムチンと呼ばれる糖タンパク質が含まれることが知られている(Mather、Biochim Biophys Acta、1978)。
【0013】
本発明で用いられる乳脂肪球皮膜は、生理効果の点から、乳脂肪球皮膜中の脂質の含有量が、10質量%以上、更に20質量%以上、更に30質量%以上であるのが好ましく、また、風味・ハンドリングの点から、100質量%以下、更に90質量%以下、更に60質量%以下であるのが好ましい。
【0014】
乳脂肪球皮膜は、生理効果の点から、乳脂肪球皮膜中のリン脂質の含有量が5質量%以上、更に8質量%以上、更に10質量%以上、更に15質量%以上であるのが好ましく、また、風味・ハンドリングの点から、100質量%以下、更に85質量%以下、更に70質量%以下、更に60質量%以下であるのが好ましい。
【0015】
乳脂肪球皮膜は、生理効果の点から、リン脂質としてスフィンゴミエリンを含むのが好ましい。乳脂肪球皮膜中のスフィンゴミエリン(SM)の含有量は、生理効果の点から、1質量%以上、更に2質量%以上、更に3質量%以上であるのが好ましく、また、風味・ハンドリングの点から、50質量%以下、更に30質量%以下、更に25質量%以下、更に20質量%以下であるのが好ましい。
同様の点から、乳脂肪球皮膜の全リン脂質中のスフィンゴミエリン含有量は、3質量%以上、更に5質量%以上、更に10質量%以上、更に15質量%以上であるのが好ましく、また、50質量%以下、更に40質量%以下、更に35質量%以下、更に30質量%以下であるのが好ましい。
尚、本明細書において、乳脂肪球皮膜中の脂質、リン脂質の含有量、並びに乳脂肪球皮膜の全リン脂質中のスフィンゴミエリンの含有量は、乳脂肪球皮膜の乾燥物に対する質量割合とする。
【0016】
乳脂肪球皮膜は、原料乳から遠心分離法や有機溶剤抽出法等の公知の方法により得ることができる。例えば、特開平3-47192号公報に記載の乳脂肪球皮膜の調製方法を用いることができる。また、特許第3103218号公報、特開2007-89535号公報に記載の方法等を用いることができる。
さらに、透析、硫安分画、ゲルろ過、等電点沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、溶媒分画等の手法により精製することにより純度を高めたものを用いてもよい。
乳脂肪球皮膜の形態は、特に限定されず、室温(15~25℃)で液状、半固体状(ペースト等)、固体状(粉末、固形、顆粒等)等のいずれでもよく、これらを単独で又は2種以上組み合わせて用いてもよいが、好ましくは固体状(粉末)である。
【0017】
乳脂肪球皮膜の原料乳としては、牛乳やヤギ乳等が挙げられる。なかでも、食経験が豊富であり、安価な点から、牛乳が好ましい。また、原料乳には、生乳、全粉乳や加工乳等の乳の他、乳製品も含まれ、乳製品としては、バターミルク、バターオイル、バターセーラム、ホエータンパク質濃縮物(WPC)等が挙げられる。
バターミルクは、牛乳等を遠心分離して得られるクリームからバター粒を製造する際に得られ、当該バターミルク中に乳脂肪球皮膜が多く含まれているので、乳脂肪球皮膜としてバターミルクをそのまま使用してもよい。同様に、バターオイルを製造する際に生じるバターセーラム中にも乳脂肪球皮膜が多く含まれているので、乳脂肪球皮膜としてバターセーラムをそのまま使用してもよい。
【0018】
乳脂肪球皮膜は、市販品を用いることもできる。斯かる市販品としては、メグレジャパン(株)「BSCP」、雪印乳業(株)「ミルクセラミドMC-5」、(株)ニュージーランドミルクプロダクツ「Phospholipid Concentrate シリーズ(500,700)」等が挙げられる。
【0019】
後記実施例に示すように、乳脂肪球皮膜の摂取によって、開眼片足立ち保持時間が有意に延長し(図1(a))、また、10m障害物歩行時間が有意に短縮した(図2(c))。
ヒトの「歩行」は、適度な歩行速度・歩幅・歩調がそろった移動動作である。その達成には、下肢筋力や下肢筋量、持久力、平衡性等の身体能力の各要素と、さらにそれらをまとめる歩行調整力とが必要とされる。ここで、「平衡性」とは、体の動きや重力の方向の変化を感じ(平衡感覚)、身体の状態(体勢、姿勢)を制御する能力である。また、「歩行調整力」とは、歩行時にヒトの神経と筋肉を統合し、身体をタイミング良く動かす能力である。
開眼片足立ちには下肢筋力と平衡性、且つそれらをまとめる歩行調整力が求められる。また、10m障害物歩行テストは、障害物にあわせてタイミング良く足を上げ跨ぎ越しながらの移動が求められるため、これも歩行調整力を大きく反映する評価指標といえる。よって、乳脂肪球皮膜は、歩行調整力を高め、歩行能力を有意に改善する作用を有する。
一方、今般の試験では、チェアスタンド回数と10m歩行時間について、乳脂肪球皮膜摂取群とプラセボ摂取群との間に群間差は認められなかった(図1(b)、図2(a)、(b))。チェアスタンドテストと10m歩行テストは歩行時の下肢筋力を大きく反映するテストである(中谷敏昭他、臨床スポーツ医学20(3):349-355.2003、体育学研究47(5):451-46.2002、体育の科学52(8):65-69.2002)。
このことから、乳脂肪球皮膜の摂取により、下肢筋力や筋量、筋機能の改善がなされる前であっても、歩行調整力が高まる結果、歩行能力が改善されると推察される。
従って、乳脂肪球皮膜は、歩行能力の改善に有用な歩行能力改善剤となり得、また、歩行能力改善剤を製造するために使用することができる。すなわち、乳脂肪球皮膜は、歩行能力の低下が気になるヒトに適用して、歩行能力を改善するために使用することができる。
本明細書において、「歩行能力改善」は、歩行能力の好転又は強化、歩行能力の低下の防止、抑制又は遅延をいう。
「使用」は、ヒトへの投与又は摂取であり得、また治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0020】
本発明の歩行能力改善剤は、ヒトを含む動物に摂取又は投与した場合に歩行能力改善効果を発揮する医薬品、医薬部外品又は食品となり、また当該歩行能力改善剤は、当該医薬品、医薬部外品又は食品に配合して使用される素材又は製剤となり得る。
【0021】
当該食品には、歩行能力改善を訴求し、必要に応じてその旨の表示が許可された食品(特定保健用食品、機能性表示食品)が含まれる。表示の例としては、『歩行能力の維持・改善に役立つ』等がある。機能表示が許可された食品は、一般の食品と区別することができる。
【0022】
上記医薬品(医薬部外品も含む、以下同じ)の投与形態としては、例えば錠剤(チュアブル錠、発泡錠等を含む)、カプセル剤、顆粒剤(発泡顆粒剤等を含む)、散剤、トローチ剤、シロップ剤等による経口投与が挙げられる。
このような種々の剤型の製剤は、本発明の乳脂肪球皮膜、又は他の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、保存剤、増粘剤、流動性改善剤、嬌味剤、発泡剤、香料、被膜剤、希釈剤等や、乳脂肪球皮膜以外の薬効成分を適宜組み合わせて調製することができる。
なかでも、好ましい剤型は経口投与用の固形製剤であり、錠剤が好ましい。
【0023】
医薬品中の乳脂肪球皮膜の含有量(乾燥物換算)は、一般的に0.01質量%以上、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上であり、更に好ましくは1質量%以上であり、また、好ましくは90質量%以下、より好ましくは80質量%以下、更に好ましくは70質量%以下、更に好ましくは60質量%以下である。
【0024】
上記食品の形態としては、固形、半固形又は液状であり得、例えば、清涼飲料水、茶系飲料、コーヒー飲料、果汁飲料、炭酸飲料、ゼリー、ウエハース、ビスケット、パン、麺、ソーセージ等の飲食品や栄養食等の各種食品組成物の他、さらには、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル剤、トローチ剤等の固形製剤)の栄養補給用組成物が挙げられる。なかでも、固形製剤が好ましく、錠剤がより好ましい。
【0025】
種々の形態の食品は、本発明の乳脂肪球皮膜、又は他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、酸味料、甘味料、苦味料、pH調整剤、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤、流動性改善剤、発泡剤、香科、調味料、乳脂肪球皮膜以外の有効成分等を適宜組み合わせて調製することができる。
【0026】
食品中の乳脂肪球皮膜の含有量(乾燥物換算)は、その使用形態により異なるが、飲料の形態では、好ましくは0.001質量%以上、より好ましくは0.01質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上であり、また、好ましくは3質量%以下、より好ましくは2質量%以下、更に好ましくは1質量%以下である。
【0027】
錠剤や加工食品等の固形食品の形態では、乳脂肪球皮膜の含有量(乾燥物換算)は、好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、更に好ましくは0.2質量%以上であり、また、好ましくは90質量%以下、より好ましくは80質量%以下、更に好ましくは70質量%以下、更に好ましくは60質量%以下である。
【0028】
本発明の歩行能力改善剤の投与量又は摂取量は、投与又は摂取対象者の体重、性別、年齢、状態又はその他の要因に従って変動し得る。投与の用量、経路、間隔、及び摂取の量や間隔は、当業者によって適宜決定され得るが、通常、成人1人(60kg)に対して1日あたり、乳脂肪球皮膜(乾燥物換算)として、好ましくは0.1g以上、より好ましくは0.3g以上、更に好ましくは1g以上であり、また、好ましくは30g以下、より好ましくは20g以下、更に好ましくは10g以下である。
また、通常、成人1人(60kg)に対して1日あたり、スフィンゴミエリンとして、好ましくは10mg以上、より好ましくは20mg以上、更に好ましくは40mg以上であり、また、好ましくは1500mg以下、より好ましくは1000mg以下、更に好ましくは500mg以下、更に好ましくは250mg以下である。
本発明では斯かる量を1日に1回~複数回で投与又は摂取するのが好ましい。
【0029】
上記製剤は、任意の計画に従って投与又は摂取され得る。
投与又は摂取期間は特に限定されないが、反復・連続して投与又は摂取することが好ましく、5日間以上連続して投与又は摂取することがより好ましく、15日間以上連続して投与又は摂取することが更に好ましい。
本発明の歩行能力改善剤は、投与又は摂取と共に運動を行うことが効果増強の点で好ましい。組み合わせる運動としては、例えば、日常生活における歩行や自転車こぎ、階段の昇り降り、低~中度のウォーキングやジョギングが挙げられる。
【0030】
投与又は摂取対象者としては、歩行能力の改善を必要とする若しくは希望するヒトであれば特に限定されない。例えば、運動不足者、ロコモティブシンドローム発症者、歩行能力低下の自覚がある中・高齢者における投与又は摂取が有効である。
【実施例
【0031】
〔錠剤の調製〕
日本薬局方(製剤総則「錠剤」)に準じて、下記表1に示す組成の錠剤(450mg/錠)を調製した。
【0032】
【表1】
【0033】
乳脂肪球皮膜(MFGM)は牛乳から調製したものを使用した。
MFGMの含水量は4.2質量%であった。MFGMの組成は、炭水化物:11.3質量%、脂質:26.5質量%、タンパク質:53.1質量%であった。また、MFGM中、リン脂質の含有量は16.0質量%であり、スフィンゴミエリンの含有量は3.3質量%であった。
【0034】
上記MFGMの分析は次のとおり行った。
(1)タンパク質の分析
タンパク質量はケルダール法を用いて、窒素・タンパク質換算係数6.38として求めた。
【0035】
(2)脂質の分析
脂質量は酸分解法で求めた。試料を1g量りとり、塩酸を加え分解した後、ジエチルエーテル及び石油エーテルを加え、攪拌混和した。エーテル混合液層を取り出し、水洗した。溶媒を留去させ、乾燥させた後、重量を秤量することで脂質量を求めた、
【0036】
(3)炭水化物の分析
炭水化物量は試料の質量から試料中のタンパク質量、脂質質量、灰分量、及び水分量を除くことにより求めた。なお、灰分量は直接灰化法(550℃で試料を灰化させ重量測定)、水分量は常圧加熱乾燥法(105℃4時間乾燥させ重量測定)により求めた。
【0037】
(4)リン脂質の分析
試料1gを量りとり、クロロホルム及びメタノールの2:1(V/V)混液150mL、100mL、及び20mL中でホモジナイズ後、0.88質量%(W/V)塩化カリウム水溶液93mLを添加し、一晩室温で放置した。脱水ろ過、溶媒留去後、クロロホルムを添加し総量を50mLとした。そのうち2mLを分取し、溶媒留去後、550℃16時間加熱処理により灰化した。灰分を6M塩酸水溶液5mLに溶解後、蒸留水を添加し、総量を50mLとした。3mLを分取し、モリブデンブルー発色試薬5mL、5質量%(W/V)アスコルビン酸水溶液1mL及び蒸留水を添加し総量を50mLとし、710nmの吸光度を測定した。リン酸2水素カリウムを用いた検量線からリン量を求め、リン量に25.4をかけた値をリン脂質量とした。
【0038】
(5)スフィンゴミエリンの分析
試料1gを量りとり、クロロホルム及びメタノールの2:1(V/V)混液150mL、100mL、及び20mL中でホモジナイズ後、0.88質量%(W/V)塩化カリウム水溶液93mLを添加し、一晩室温で放置した。脱水ろ過、溶媒留去後、クロロホルムを添加し総量を50mLとした。そのうち10mLを分取し、シリカカートリッジカラムに添加した。カラムをクロロホルム20mLで洗浄後、メタノール30mLでリン脂質を溶出し、溶媒留去後クロロホルム1.88mLに溶解した。シリカゲル薄層プレートに20μLを負荷し、1次元展開溶媒としてテトラヒドロフラン:アセトン:メタノール:水=50:20:40:8(V/V)、2次元展開溶媒としてクロロホルム:アセトン:メタノール:酢酸:水=50:20:10:15:5(V/V)を用いて2次元展開を行った。展開後の薄層プレートにディトマー試薬を噴霧し、スフィンゴミエリンのスポットをかきとり、3質量%(V/V)硝酸含有過塩素酸溶液2mL添加後、170℃3時間の加熱処理を行った。蒸留水5mL添加後モリブデンブルー発色試薬5mL、5質量%(W/V)アスコルビン酸水溶液1mL及び蒸留水を添加し総量を50mLとし、710nmの吸光度を測定した。リン酸2水素カリウムを用いた検量線からリン量を求め、リン量に25.4をかけた値をスフィンゴミエリン量とした。
【0039】
〔試験概要〕
1.被験者及び方法
50歳以上70歳未満の健常成人男女56名を対象とし、ランダム化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験を実施した。
被験者背景を表2に示す。値は平均値(標準偏差)を示した。
【0040】
【表2】
【0041】
被験者をMFGM群(28名)とプラセボ群(28名)の2つに群分けし、MFGM群にはMFGMを含む錠剤6錠を、プラセボ群にはMFGMを含まない錠剤6錠を、8週間、毎日好きなタイミングで摂取させた。被験者には8週間の試験期間中、週2回、1回30分程度の運動(エアロバイク(登録商標)3~3.5Mets)を実施させた。
試験期間中の錠剤摂取率はMFGM群、プラセボ群ともに100±0%であった。
【0042】
2.測定項目
試験開始時を0週目とし、0週(0w)、8週(8w)に被験者の身体機能と歩行能力測定((1)開眼片足立ち保持時間、(2)チェアスタンドテスト、(3)10m歩行時間、(4)10m障害物歩行時間)を実施した。
【0043】
(1)開眼片足立ち保持時間
新体力テスト実施要項(65歳~79歳、文科省)8頁に準じて行った。テストは素足で行った。両手を腰に当て左右片足立ちしてみて立ちやすい足(支持脚)を決め、両手を腰に当て合図で片足立ちの姿勢をとり(非指示脚を前方に挙げる)、片足立ちの持続時間を、120秒を上限として計測した。テスト終了の条件は、(a)挙げた足が支持脚や床に触れた場合、(b)支持脚の位置がずれた場合、(c)腰に当てた両手、もしくは片手が腰から離れた場合とした。記録は秒単位とし秒未満は切り捨て、2回実施してよい方の記録をとった(1回目が120秒の場合には2回目は実施しなかった)。
【0044】
(2)チェアスタンドテスト
テストは踵の低い靴か素足で行い、椅子の座高は40cmとした。被験者は椅子の中央部より少し前に座り、少し前屈みになった。両膝を握りこぶしひとつ分くらい開き、足裏を床につけ、踵を少し引き、両手を胸の前で腕組みして胸に付けた。腕の反動を利用しないで両膝が完全に伸展するまで立ち上がり、すばやく座位姿勢にもどる動作を30秒間で何回できるかを計測した。
【0045】
(3)10m歩行時間
水平面で直線距離が16m以上ある床の中央に10mの間隔でテープを貼り、10mの歩行距離の前後に各々3mの歩き始めと歩行終了までの調整区間を設けた。通常速度歩行(自由歩行;一定の速度で自由に歩く)と、最大速度歩行(「なるべく早く」歩くよう口頭で指示)で、歩行時間、歩数、距離を測定し、歩行速度を算出した。
【0046】
(4)10m障害物歩行時間
新体力テスト実施要項(65歳~79歳、文科省)9頁に準じて行った。スタートからゴール地点までの10mの間に2m間隔で、ウレタン製の縦100cm、横10cm、高さ20cmの障害物を6つ置いた。被験者はスタートライン上の障害物の中央後方にできるだけ近づいて両足をそろえて立ち、スタートの合図によって歩き始め、6個の障害物をまたぎ越して、片足が床に着地するまでの時間を計測した。走ったり、とび越したりした場合はやり直しとし、障害物を倒した場合はそのまま継続した。記録は1/10秒単位とし、1/10秒未満は切り上げた。測定は2回実施し、よい方の値を採用した。
【0047】
3.統計解析
対象者全員を最終解析対象者とし、8wの測定値について、各群、初期値(0w)との差(Δ8w)を算出した。得られた数値は平均値±標準誤差で示した。統計は、Willcoxon順位和検定を用い、有意水準は5%(*:P<0.05)とした。
【0048】
4.結果
表3及び図1に(a)開眼片足立ち保持時間(秒)、(b)チェアスタンド回数の8週の変化(Δ8w)を示す。
【0049】
表3及び図1より、開眼片足立ち保持時間は、試験8週間後においてMFGM群でプラセボ群に比較して有意に延長した。
一方で、チェアスタンドは、MFGM群とプラセボ群に群間差は認められなかった。
【0050】
表4及び図2(a)に10m歩行の通常速度歩行時間(秒)、(b)に最大速度歩行時間(秒)、(c)に10m障害物歩行時間(秒)の8週の変化(Δ8w)を示す。
図2より、10m障害物歩行時間は、試験8週間後においてMFGM群でプラセボ群に比較して有意に短縮した。
一方で、10m歩行では、群間差は認められないもののプラセボ群と比較してMFGM群で通常歩行時ならびに最大歩行時の歩行時間短縮が認められた。
これらの結果より、乳脂肪球皮膜の摂取によって下肢筋力の改善前であっても、歩行時の調整力が高まり、歩行能力が改善されることが確認された。
【0051】
【表3】
【0052】
【表4】
図1
図2