(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230810BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
(21)【出願番号】P 2020016659
(22)【出願日】2020-02-03
【審査請求日】2022-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-137549(JP,A)
【文献】特開2016-30319(JP,A)
【文献】特開2020-151794(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面のTiとAlとの複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記TiとAlとの複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合炭窒化物の結晶粒の占める割合が80面積%以上であり、
(b)前記TiとAlとの複合炭窒化物層は、その組成を、
組成式:(Ti
1-xAl
x)(C
yN
1-y)で表した場合、
AlとTiとの合量に占めるAlの含有割合xの平均x
avgが、CとNとの合量に占めるCの含有割合yの平均y
avgが、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.90、0.000≦y
avg≦0.050(但し、x、y、x
avg、y
avgは原子比)を満足し、
(c)前記NaCl型の面心立方構造の結晶粒は、前記xが前記工具基体の表面に垂直な方向に繰り返し増減する結晶粒を含み、
(d)前記繰り返し増減する結晶粒として、前記繰り返し増減の平均間隔が40~160nmである第1間隔d
avglの領域を有する結晶粒G
lを10~40面積%含み、
(e)前記繰り返し増減する結晶粒として、前記繰り返し増減の平均間隔が1~7nmである第2間隔d
avgsの領域を有する結晶粒G
sを60面積%以上含む、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記繰り返し増減する結晶粒として、同一結晶粒内に前記第1間隔d
avglおよび前記第2間隔d
avgsのそれぞれの領域を共に含む結晶粒G
lsを10~30面積%含むことを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記NaCl型の面心立方構造の結晶粒は、平均粒子幅wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記繰り返し増減する結晶粒において、前記xの増減の繰り返しにおける隣接する極大値x
maxと極小値x
minとの差の平均値Δxは、前記第1間隔d
avglを有する領域では0.05~0.20であり、前記第2間隔d
avgsを有する領域では0.03~0.10であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削加工であっても、硬質被覆層が優れた耐チッピング性や耐摩耗性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を蒸着法により被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削加工等の厳しい切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の耐久性の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、CVDによって成膜された複数の層を有し、Ti1-xAlxN層および/またはTi1-xAlxC層および/またはTi1-xAlxCN層(式中、xは0.65~0.95である)の上にAl2O3層が外層として配置されていることを特徴とする、硬質材料で被覆された被覆工具が記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、工具基体と、その表面に形成された1または2以上の硬質被覆層を含む被覆工具であって、前記硬質被覆層のうち少なくとも1層は、硬質粒子を含む層であり、前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、前記第1単位層は、周期表の4~6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第1化合物を含み、前記第2単位層は、周期表の4~6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第2化合物を含む、被覆工具が記載されている。
【0005】
さらに、例えば、特許文献3には、1または2以上の層により構成され、前記層のうち少なくとも1層は、Ti1-xAlxNからなる第1単位層と、Ti1-yAlyNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含む被覆層であって、前記第1単位層はfcc型結晶構造を有し、前記Ti1-xAlxNにおけるxは0<x<0.65を満たし、前記第2単位層はhcp型結晶構造を有し、前記Ti1-yAlyNにおけるyは0.65≦y<1を満たし、前記被被覆の層厚方向における弾性回復率が50%以上である、被覆層を含む被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2011-516722号公報
【文献】特開2014-129562号公報
【文献】特許第6238131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネルギー化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められているが、前記各公報に記載の被覆工具は、これらの要求に対して十分とはいえないものであった。
【0008】
そこで、本発明はこのような状況をかんがみてなされたもので、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削加工等に供した場合であっても、長期の使用にわたって優れた耐チッピング性や耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、TiとAlの複合炭窒化物層(以下、TiAlCN層ということがある)を硬質被覆層として含む被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性をはかるべく、鋭意検討を重ねた。
【0010】
その結果、TiAlCN層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒として、その粒内に、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合の増減の繰り返し間隔が異なる2種類の組成変化を有するものが所定の面積割合で存在すると、転位の移動が抑制されて硬さが上がって耐摩耗性が向上し、また、靭性が向上して切削時の摩耗が進行する面に作用する剪断力に起因するクラックの進展を防止し、TiAlCN層の歪みの増大による格子欠陥の増加が緩和されてクラックの進展の経路形成を抑制するため、耐チッピング性が向上するという新規な知見を得た。
【0011】
本発明は、前記知見に基づくものであって、次のとおりのものである。
「(1)工具基体と該工具基体の表面のTiとAlとの複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記TiとAlとの複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合炭窒化物の結晶粒の占める割合が80面積%以上であり、
(b)前記TiとAlとの複合炭窒化物層は、その組成を、
組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)で表した場合、
AlとTiとの合量に占めるAlの含有割合xの平均xavgが、CとNとの合量に占めるCの含有割合yの平均yavgが、それぞれ、0.60≦xavg≦0.90、0.000≦yavg≦0.050(但し、x、y、xavg、yavgは原子比)を満足し、
(c)前記NaCl型の面心立方構造の結晶粒は、前記xが前記工具基体の表面に垂直な方向に繰り返し増減する結晶粒を含み、
(d)前記繰り返し増減する結晶粒として、前記繰り返し増減の平均間隔が40~160nmである第1間隔davglの領域を有する結晶粒Glを10~40面積%含み、
(e)前記繰り返し増減する結晶粒として、前記繰り返し増減の平均間隔が1~7nmである第2間隔davgsの領域を有する結晶粒Gsを60面積%以上含む、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記繰り返し増減する結晶粒として、同一結晶粒内に前記第1間隔davglおよび前記第2間隔davgsのそれぞれの領域を共に含む結晶粒Glsを10~30面積%含むことを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記NaCl型の面心立方構造の結晶粒は、平均粒子幅wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記繰り返し増減する結晶粒において、前記xの増減の繰り返しにおける隣接する極大値xmaxと極小値xminとの差の平均値Δxは、前記第1間隔davglを有する領域では0.05~0.20であり、前記第2間隔davgsを有する領域では0.03~0.10であることを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
【発明の効果】
【0012】
本発明の表面被覆切削工具は、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削加工等に供した場合であっても、長期の使用にわたって優れた耐チッピング性や耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】:Alの含有割合xの増減の繰り返し領域を有するNaCl型の面心立方構造の結晶粒の高角度散乱暗視野像の模式図である。
【
図2】:透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法による線分析の測定箇所を示す模式図である。
【
図3】:透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法による線分析における観察方向の位置とAlの含有割合xの増減の繰り返しとの関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を「A~B」で表現するとき、その範囲は上限(B)および下限(A)の数値を含んでいる。また、上限(B)と下限(A)の単位は同じである。
【0015】
TiAlCN層の平均層厚:
本発明のTiAlCN層は、硬質被覆層を構成する。このTiAlCN層の平均層厚は1.0~20.0μmが好ましい。平均層厚が1.0μm未満では、層厚が薄いため長期の使用にわたっての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。平均層厚は、3.0~15.0μmがより好ましい。
【0016】
ここで、TiAlCN層の平均層厚は、例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、TiAlCN層を任意の位置の縦断面(工具基体の表面に垂直な面)で切断して観察用の試料を作製し、その縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)、走査型透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)、あるいはSEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectrometry)装置を用いて複数箇所(例えば、5箇所)で観察して、平均することにより得ることができる。
【0017】
TiAlCN層を構成する結晶粒がNaCl型面心立方構造である面積割合:
TiAlCN層を構成するTiAlCN結晶粒がNaCl型面心立方構造である面積割合は、80面積%以上であることが好ましい。その理由は、80面積%以上であれば、より確実に本発明の目的が達成できるためである。なお、前記結晶粒のすべてがNaCl型面心立方構造であってもよい(100面積%であってもよい)。
なお、結晶粒がNaCl型面心立方構造である面積割合は、後述する粒界の判定時の結果を利用する。
【0018】
TiAlCN層の平均組成:
本発明におけるTiAlCN層の組成は、組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)で表したとき、
TiとAlとの合量に占めるAlの含有割合xの平均(以下、「Al含有割合の平均」という)xavg、
CとNとの合量に占めるCの含有割合yの平均(以下、「C含有割合の平均」という)yavgが、
それぞれ、0.60≦xavg≦0.90、0.000≦yavg≦0.050(ただし、xavg、yavgはいずれも原子比)を満足することが好ましい。
なお、(Ti1-xAlx)と(CyN1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-xAlx)を1とする場合、(CyN1-y)の比は0.8~1.2とすることが好ましい。
【0019】
その理由は、以下のとおりである。
Al含有割合の平均xavgが0.60未満であると、TiAlCN層は硬さが劣るため、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.90を超えると六方晶の結晶粒が析出し、耐摩耗性が低下する。したがって、0.60≦xavg≦0.90が好ましいとしたが、より好ましくは0.70≦xavg≦0.90である。
また、C含有割合の平均yavgの範囲として0.000≦yavg≦0.050が好ましい理由は、前記範囲において耐チッピング性を保ちつつ硬さを向上させることができるためである。したがって、0.000≦yavg≦0.050が好ましいとしたが、より好ましくは0.010≦yavg≦0.050である。
【0020】
TiAlCN層のAl含有割合の平均xavgは、オージェ電子分光法(AES:Auger Electron Spectroscopy)を用い、試料断面を研磨した試料において、電子線を縦断面側から照射し、膜厚方向(工具基体の表面に垂直な方向)全長にわたって少なくとも5本の線分析を行って得られたオージェ電子の解析結果を平均したものである。
【0021】
また、C含有割合の平均yavgは、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)により求める。すなわち、表面を研磨した試料において、TiAlCN層の表面側からイオンビームを70μm×70μmの範囲に照射し、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングとを交互に繰り返すことにより深さ方向の組成測定を行う。まず、TiAlCN層について層の深さ方向へ0.5μm以上侵入した箇所から0.1μm以下のピッチで少なくとも0.5μmの深さの測定を行ったデータの平均を求める。さらに、これを少なくとも試料表面の5箇所において繰り返し算出した結果を平均してC含有割合の平均yavgとして求める。
【0022】
TiAlCN層のAlの含有割合xの繰り返し増減:
TiAlCN層の縦断面において、層厚方向にTiとAlとの合量に占めるAlの含有割合xの繰り返し増減の平均間隔が40~160nmである第1間隔davglの領域を有する結晶粒Glと、同間隔が1~7nmである第2間隔davgsの領域を有する結晶粒Gsとが、それぞれ、10~40面積%、60面積%以上、存在することが好ましい。なお、層厚方向とは、TiAlCN層の厚さ方向のことであり、同方向は測定上の公差である10度程度のバラツキは許容される
結晶粒Glについて、第1間隔davglの領域を有すると規定しているが、この規定は、結晶粒Glには、xの繰り返し増減の平均間隔として第1間隔davglとなるものが存在すれば、第2間隔davgsとなるもの、あるいは他の間隔のものが存在していてもよいということである。同様に、結晶粒Gsについて、第2間隔davgsの領域を有すると規定しているが、この規定は、xの繰り返し増減の平均間隔として第2間隔davgsとなるものが存在すれば、第1間隔davglとなるもの、あるいは他の間隔のものが存在していてもよいということである。
【0023】
ここで、Alの含有割合xの増減の繰り返しとは、層厚方向において、後述する線分析を行ったとき、Al含有割合xの増加と減少が、隣接して繰り返されることである。そして、この隣接する繰り返しにおいて、隣接する極大値同士、または、極小値同士の間隔を増減の繰り返しの間隔といい、前記線分析の分析線ごとのこの間隔の平均値を、前述の第1間隔、第2間隔に区分する。
【0024】
第1間隔davglの繰り返し増減の間隔を有する結晶粒Glが10面積%未満であると、切削時に摩耗が進行する面において転位の移動が抑制されることによる硬さの向上およびクラックの進展の抑制が十分とはいえず、一方、40面積%を超えると、TiAlCN層の歪みの増大に伴い格子欠陥が増加するため、硬さが低下するとともに、クラック進展のパスが多く形成されてしまい、耐チッピング性が低下する。
【0025】
また、第2間隔davgsの繰り返し増減の間隔を有する結晶粒Gsが60面積%未満であると、転位の移動が抑制されることによる硬さの向上が十分とはいえず、また、クラック進展の抑制効果が小さくなり、耐チッピング性が低下する。
【0026】
さらに、TiAlCN層の縦断面において、同一結晶粒内に第1間隔davglおよび第2間隔davgsの領域を共に含むNaCl型の面心立方構造の結晶粒Glsが10~30面積%存在することがより好ましい。このような結晶粒Glsが10~30面積%存在することにより、クラックの進展の抑制がより一層確実になされる。
【0027】
Alの含有割合xの隣接する極大値xmaxと極小値xminとの差の平均値Δx:
Alの含有割合xの隣接する極大値xmaxと極小値xminとの差の平均値Δxは、第1間隔davglを有する領域では0.05~0.20であり、第2間隔davgsを有する領域では0.03~0.10であることがより好ましい。その理由は、第1間隔davglを有する領域では0.05未満、第2間隔davgsを有する領域では0.03未満であると、切削加工時のクラック進展の抑制効果が小さくなり、耐チッピング性が低下し、一方、第1間隔davglを有する領域では0.20、第2間隔davgsを有する領域では0.10を超えると、結晶粒の格子歪が大きくなりすぎ、格子欠陥が増加し、耐摩耗性および耐チッピング性が低下するためである。
【0028】
図1に、Al含有割合xの増減の繰り返し領域を有する結晶粒の高角度散乱暗視野像の模式図を示す。
図1において、3個の結晶粒が示され、中央の結晶粒がG
s、その両隣の結晶粒がG
lsである。模式図であるため、図から読み取ることができる各結晶粒の大きさ、Alの含有割合xの増減の繰り返し変化の間隔は正確な寸法(比率)を表していない。
【0029】
ここで、TiAlCN層のAlの含有割合xの増減の繰り返し変化の測定方法について説明する。
まず、次のようにして、TiAlCN層を構成する結晶粒の結晶粒界を求め、結晶粒を特定する。すなわち、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、工具基体表面に垂直な表面研磨された面(縦断面)において、前記表面研磨面の法線方向に対して0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動) 照射しながら、電子線を任意のビーム径及び間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析する。工具基体表面に平行な方向に幅50μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0030】
なお、本測定に用いた電子線回折パターンの取得条件は加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは5.0nmである。この時、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、これら測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として、正六角形状のものを例示できる。このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する前記領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた部分を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0031】
次に、TiAlCN層のAlの含有割合xの増減の繰り返しの平均間隔の測定方法について説明する。前述の手順により特定された少なくとも10個の結晶粒を含む観察視野を定義し、TEMを用いたエネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectrometry:EDS)により当該各結晶粒に対して層厚方向に貫通する線分析(測定間隔0.5nm以下)を行う。すなわち
図2に示すように、結晶粒を層厚方向に3等分したとき、当該結晶粒の上部(R
U)、中央(R
M)、下部(R
L)それぞれの範囲において、層厚方向に貫通する線分析を5本ずつ行う。この線分析を観察視野内のすべての結晶粒において実施する。このとき、各範囲R
U、R
M、R
Lにおける線分析5本の間隔は、各範囲において工具基体の表面と水平方向の最大長さを6等分する間隔とする。各結晶粒に対する分析線の長さは、Alの含有割合xの増減の繰り返しの間隔の数が2以上となる長さとする。ただし、この間隔の平均値が7nm以下となる場合、分析線の長さを80nmとし、前記各範囲R
U、R
M、R
Lのそれぞれの層厚方向長さが80nmに満たないものがあるとき、この80nmに満たない範囲では、その層厚方向の全長を線分析する。そして、各分析線におけるAlの含有割合xの増減の繰り返しの間隔の平均値(平均間隔)を求める。
【0032】
このとき、結晶粒が、平均間隔40~160nmとなる分析線を2本以上含むとき、該結晶粒は前記第1間隔davglを有するAlの含有割合xの増減の繰り返しを有する結晶粒と定義する。また、結晶粒が、平均間隔1~7nmとなる分析線を2本以上含むとき、該結晶粒は前記第2間隔davgsを有するAlの含有割合xの増減の繰り返しを有する結晶粒と定義する。さらに、観察視野に占める前記第1間隔davglおよび前記第2間隔davgsを有する結晶粒の面積割合をそれぞれ計算する。
ここで、前記第1間隔davglを有する結晶粒と前記第2間隔davgsを有する結晶粒は、面積割合の計算に当たり重複して計算されるものがあることは言うまでもない。
【0033】
Alの含有割合xの隣接する極大値x
maxと極小値x
minとの差の平均値Δxの求め方について説明する。第1間隔d
avglを有する領域のΔxをΔx
l、第2間隔d
avgsを有する領域のΔxをΔx
sと定義する。
前述のとおり線分析を行い、第1間隔d
avglを有する分析線ごとにAl含有割合xの増減の繰り返しにおける隣接する極大値x
maxと極小値x
minとの差の平均値を求める。そして、該平均値を第1間隔d
avglを有するすべての分析線に対して平均した値をΔx
lとして算出する。Δx
sについても同様に、第2間隔d
avgsを有する分析線ごとにAl含有割合xの増減の繰り返しにおける隣接する極大値x
maxと極小値x
minとの差の平均値を求め、該平均値を第2間隔d
avgsを有するすべての分析線に対して平均した値をΔx
sとして算出する。
ここで、各分析線におけるAlの含有割合xの増減の繰り返しの平均間隔は次のようにして求める。観察方向の位置とAlの含有割合xの増減の繰り返しとの関係をグラフ化して、平均間隔d
avglおよびd
avgsを求める。すなわち、Alの含有割合xの増減の繰り返しを測定し、この増減の繰り返しを示す曲線に対して、前記曲線を横切る直線mを引く(
図3を参照)。前記直線mは前記曲線に囲まれた領域の面積が直線の上側と下側とで等しくなるものである。そして、この直線mがAl含有割合xの繰り返し変化を示す曲線を横切る領域ごとに、極大値または極小値を求める。なお、グラフ化に当たり、公知の測定ノイズ除去を行うことはいうまでもない。
なお、
図1において、黒色領域はこの直線mよりも上側の領域を、白色の領域は下側の領域をそれぞれ表している。
【0034】
また、同一結晶粒内に第1間隔davglおよび第2間隔davgsの領域を共に含むNaCl型の面心立方構造の結晶粒Glsとは、各結晶粒の上部(RU)、中央(RM)、下部(RL)それぞれの範囲に対して線分析を5本ずつ行って、各分析線におけるAlの含有割合xの増減の繰り返しの間隔の平均値を求めたとき、その平均間隔が40~160nmおよび1~7nmである分析線が同一結晶粒内においてそれぞれ2本以上共に存在するとき、該結晶粒を結晶粒Glsと定義する。
【0035】
TiAlCN層の平均粒子幅Wと平均アスペクト比A:
本発明において、TiAlCN層は柱状結晶組織を有し、その組織における結晶粒の縦断面における平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることがより好ましい。その理由は、平均粒子幅Wが0.10μmよりも小さい微粒結晶になると粒界の増加による耐塑性変形性の低下、耐酸化性の低下により異常損傷に至りやすくなることがあり、一方、平均粒子幅Wが2.00μmよりも大きくなると粗大に成長した粒子の存在により、靱性が低下しやすくなることがあるためである。また、平均アスペクト比Aが2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に硬質被覆層の表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となることがあり、また、平均アスペクト比Aが10.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じ、隣り合う柱状結晶組織に欠けが生じた場合に、硬質被覆層表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状結晶組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じることがある。したがって、結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることがより好ましい。
【0036】
次に、結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比A、および柱状結晶組織を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合の算出方法について説明する。まず、前述のとおりに、粒界の判定を行って結晶粒を特定する。次に、画像処理を行い、ある結晶粒iに対して工具基体の表面と垂直方向の最大長さHi、工具基体の表面と水平方向の最大長さである粒子幅Wi、および面積Siを求める。結晶粒iのアスペクト比AiはAi=Hi/Wiとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上(i=1~20以上)の結晶粒の粒子幅W1~Wn(n≧20)を数1により面積加重平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記結晶粒のアスペクト比A1~An(n≧20)を求め、数2により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
【0037】
【0038】
【0039】
その他の層:
硬質被覆層として、本発明の前記TiAlCN層を含む硬質被覆層は合金鋼や鋳鉄の高速断続切削加工において、十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、前記硬質被覆層とは別に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む下部層を工具基体に隣接して設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む層が1.0~25.0μmの合計平均層厚で上部層として前記TiAlCN層の上に設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、より一層優れた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することができる。
【0040】
ここで、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると上部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0041】
工具基体:
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0042】
製造方法:
本発明のTiAlCN層は、例えば、工具基体もしくは当該工具基体上にある前記下部層であるTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層の少なくとも一層以上の上に、例えば、NH3とH2からなるガス群Aと、AlCl3、TiCl4、N2、CH4、C2H4、H2からなるガス群Bとからなる2種の反応ガスを所定の位相差で2系統で供給し、この2種の反応ガスをCVD炉内で合流させることにより得ることができる。
【0043】
前記2種の反応ガス組成を例示すると、以下のとおりである。なお、ガス組成はガス群Aとガス群Bの組成和を100容量%としたものである。但し、ガス群Bの組成は系統1と系統2とからなる。
ガス群A:
NH3:2.0~5.0%、H2:65~75%
ガス群B:
系統1:
AlCl3:0.65~1.02%、TiCl4:0.03~0.43%、N2:0.0~10.0%、CH4:0.1~3.0%、C2H4:0.1~3.0%、H2:残
系統2:
AlCl3:0.58~1.03%、TiCl4:0.12~0.49%、N2:0.0~8.2%、CH4:0.1~2.9%、C2H4:0.1~3.0%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:2.00~15.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.10~0.20秒
系統1と系統2の位相差:1.00~7.50秒
【実施例】
【0044】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、前記の他のものを用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0045】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、ZrC粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~C、および、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0046】
次に、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、表2に示す成膜条件によりTiAlCN層をCVDにより形成し、表5に示される本発明被覆工具1~16を得た。ここで、本発明被覆工具4~8、11、13、15、16は、表4に示すように下部層および/または上部層を表3に示す成膜条件により成膜した。
【0047】
また、比較のために、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、表2に示す成膜条件によりTiAlCN層をCVDにより形成し、表5に示される比較例被覆工具1~16を得た。ここで、比較例被覆工具4~8、11、13、15、16は、表4に示すように下部層および/または上部層を表3に示す成膜条件により成膜した。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
続いて、前記本発明被覆工具1~8および比較被覆工具1~8について、前記各種の工具基体A~C(ISO規格SEEN1203AFSN形状)をいずれもカッタ径80mmの合金鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、合金鋼の湿式高速正面フライス、センターカット切削試験1を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表6に、切削試験1の結果を示す。なお、比較被覆工具1~8については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0054】
切削試験1:湿式高速正面フライス、センターカット切削試験
カッタ径:80mm
被削材:JIS・SCM440 幅60mm、長さ250mmのブロック材
回転速度:1393min-1
切削速度:350m/min
切り込み:2.0mm
送り:0.3mm/刃
切削時間:6分
(通常の切削速度は、200m/min)
【0055】
【0056】
また、前記本発明被覆工具9~16および比較被覆工具9~16について、前記各種の被覆工具基体D~F(ISO規格CNMG120412形状)をいずれも合金鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下に示す、ダクタイル鋳鉄の乾式高速断続切削試験2を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表7に、切削試験2の結果を示す。なお、比較被覆工具9~16については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0057】
切削試験2:湿式高速断続切削
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒
切削速度:300m/min
切り込み:2.0mm
送り量:0.3mm/rev
切削時間:3分
(通常の切削速度は、200m/min)
【0058】
【0059】
表6、表7に示される結果から、本発明被覆工具1~16は、いずれも硬質被覆層が優れた耐チッピング性、耐剥離性を有しているため、合金鋼や鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合であってもチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~16は、合金鋼や鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合チッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0060】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼や鋳鉄以外の高速断続切削加工の被覆工具としても用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化及び省エネルギー化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応が可能である。