(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】水素センサ用組成物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20230810BHJP
G01N 25/20 20060101ALI20230810BHJP
G01N 23/2273 20180101ALI20230810BHJP
C01G 55/00 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
C23C14/08 J
G01N25/20 Z
G01N23/2273
C01G55/00
(21)【出願番号】P 2019129058
(22)【出願日】2019-07-11
【審査請求日】2022-07-04
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】蒲生 美香
(72)【発明者】
【氏名】相沢 宏明
【審査官】篠原 法子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-216720(JP,A)
【文献】特開2014-132232(JP,A)
【文献】特開2008-275588(JP,A)
【文献】特開2007-225299(JP,A)
【文献】Self assembled palladium nanoparticles on carbon nanofibers,Nanotechnology,Vol. 19, No. 14,2008年03月04日,145602
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
C01G 55/00
G01N 23/22-23/2276
G01N 25/00-25/72
G01N 27/00-27/10
G01N 27/14-27/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維と、前記炭素繊維上に堆積されたパラジウム層とを含み、
前記パラジウム層は、酸化パラジウムと金属パラジウムとの混合物を含む、
組成物
を検知部として有する、水素センサ装置であって、
前記組成物では、X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて、前記酸化パラジウムが前記金属パラジウムよりも多く存在している、
水素センサ装置。
【請求項2】
前記組成物では、X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて決定される、前記酸化パラジウムと前記金属パラジウムとの量比が、100:1~
2:1の範囲内である、請求項1に記載の
水素センサ装置。
【請求項3】
前記炭素繊維はカーボンペーパーの形態である、請求項1
または2に記載の
水素センサ装置。
【請求項4】
パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材として、酸素の存在下においてスパッタリングを行って、酸化パラジウムおよび金属パラジウムを前記炭素繊維上に堆積させて前記パラジウム層を形成する工程を含む、請求項1~
3のいずれかに記載の
水素センサ装置の製造方法。
【請求項5】
パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材としてスパッタリングを行って、金属パラジウムを前記炭素繊維上に堆積させる工程と、
前記金属パラジウムが堆積された炭素繊維を、酸素の存在下で加熱することにより、前記金属パラジウムの一部を酸化させ酸化パラジウムに転換して前記パラジウム層を形成する工程と
を含む、請求項1~
3のいずれかに記載の
水素センサ装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素センサ装置の検知部として有用な組成物に関する。より具体的には、本開示は、水素吸蔵金属であるパラジウムに基づく水素センサ用組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、化石燃料の代替エネルギー源として注目されており、例えば自動車用燃料電池に使用されている。水素は無色透明で無臭の爆発性ガスである。したがって、水素エネルギーを社会に普及させるためには、水素ガス漏れを検知するためのガスセンサが不可欠になると考えられる。
【0003】
水素ガス漏れ検知方法としては、水素と白金との反応による発熱を熱電変換により検知する接触燃焼式、および、SnO2、ZnO等の金属酸化物表面の電気伝導度を測定して、水素との反応による電気伝導度変化を検知する半導体式などが知られている(非特許文献1)。これら従来の方式は、検出素子の温度変化を電圧に変換するしくみや、検出素子を高温に加熱することを必要とする。異なる構造・方式の水素センサはそれぞれ長所と短所を有しており、異なる特性を有する多様な水素センサの開発が模索されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】水素エネルギーシステム Vol. 30, No. 2 (2005), p. 35-40
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、水素センサとして使用することができる新規の組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、水素吸蔵金属として知られるパラジウム(Pd)と、熱伝導性の高い炭素繊維とを組み合わせて、室温で動作可能であり温度変化のみに基づいて水素ガス漏れを検知できる水素ガスセンサを提供する可能性について研究した。その結果、特定の条件において優れた水素ガスセンサが得られることを発見し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
炭素繊維と、前記炭素繊維上に堆積されたパラジウム層とを含み、
前記パラジウム層は、酸化パラジウムと金属パラジウムとの混合物を含む、
組成物。
[2]
X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて決定される前記酸化パラジウムと前記金属パラジウムとの量比が、100:1~1:10の範囲内である、[1]に記載の組成物。
[3]
X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて、前記酸化パラジウムが前記金属パラジウムよりも多く存在している、[1]または[2]に記載の組成物。
[4]
前記炭素繊維はカーボンペーパーの形態である、[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]
[1]~[4]のいずれかに記載の組成物を含む水素センサ装置。
[6]
パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材として、酸素の存在下においてスパッタリングを行って、酸化パラジウムおよび金属パラジウムを前記炭素繊維上に堆積させて前記パラジウム層を形成する工程を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の組成物の製造方法。
[7]
パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材としてスパッタリングを行って、金属パラジウムを前記炭素繊維上に堆積させる工程と、
前記金属パラジウムが堆積された炭素繊維を、酸素の存在下で加熱することにより、前記金属パラジウムの一部を酸化させ酸化パラジウムに転換して前記パラジウム層を形成する工程と
を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の組成物の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、炭素繊維材料であるカーボンペーパー(CFP、左パネル)、および、スパッタリングによりパラジウムが炭素繊維表面上に堆積されたカーボンペーパー(Pd/CFP、右パネル)のSEM画像を示す。
【
図2】
図2は、異なる酸化状態を有するPd/CFPとH
2ガスとの反応時の温度変化を示す。いずれの場合も、測定開始後180~360秒の時間域(垂直破線で示している)において測定チャンバー内にH
2ガスが流通された。
【
図3】
図3は、異なる酸化状態を有するPd/CFPのXPSスペクトルを示す。(b)において最上部に現れているピークは酸化パラジウムと金属パラジウムの複合ピークであり、それを酸化パラジウム(PdO、PdO
2)のピーク(左)と金属パラジウム(Pd)のピーク(右)とに分離したものが下側に示されている。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示において、数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値をそれぞれ下限値および上限値として含むことを意味する。「A~B」「C~D」というように可能な複数の数値範囲が別々に記載されている場合、一方の下限または上限を他方の上限または下限と組み合わせた数値範囲(例えば「A~D」「C~B」)も可能であることが理解される。例えば要素Eを「含む」という記載は、要素Eだけでなく他の要素も含む態様と、要素Eの他の要素は含まない(すなわち要素Eからなる)態様との両方を包含し得るものと解される。
【0010】
一実施形態において、炭素繊維と、その炭素繊維上に堆積されたパラジウム層とを含む組成物が提供される。この組成物は、例えば水素センサ装置の検知部として有用である。
【0011】
炭素繊維は、通常は、有機繊維のプレカーサーを加熱炭素化処理して得られ、90質量%以上が炭素(C)で構成される(JIS L 0204-2:2010)。炭素繊維の単繊維の太さは通常1~100μmであり、好ましくは3~30μmである。本実施形態における炭素繊維は、縒り合されたり、織り合わされたり、絡み合わされたり、あるいはそれ以外の形態で互いに結合された状態で提供されてもよく、また、他の材料と組み合わされた複合材料の一部として提供されていてもよい。カーボンペーパー(CFP:Carbon Fiber Paper)は、多数の炭素繊維が絡み合って、全体としてシート状形態を形成しているものであり、例えば燃料電池の分野でガス拡散層として典型的に使用される材料である。本実施形態の組成物では、炭素繊維がカーボンペーパーの形態で提供されていることが特に好ましい。
【0012】
カーボンペーパーをはじめ、炭素繊維から構成される材料は、広い表面積と高い通気性を提供でき、さらに、電気伝導率がよく、熱伝導率もよく、熱容量(比熱)が小さいといった特性を有しており、水素センサの基材として優れた性能を発揮できることが見出された。
【0013】
炭素繊維上へのパラジウム層の堆積は、当業者の通常の知識に基づいて理解されるように、蒸着法、特にスパッタリング法によって好適に達成され得るが、他の手法を適用してもよい。ここでいう「炭素繊維上」の堆積とは、
図1に示すように、個々の炭素繊維の表面上にパラジウムが堆積されることを意味する。「パラジウム層」では、パラジウムが連続的な層を形成して、炭素繊維表面を覆い隠していることが好ましい。しかしながら、必ずしもその状態に限定されるわけではなく、パラジウムが非連続的な層または非連続的部分を含む層として堆積されて、炭素繊維表面を少なくとも部分的に露出させているパラジウム層の態様もあり得る。例えば、パラジウム層は炭素繊維表面上に島状に存在していてもよい。
【0014】
炭素繊維が例えばカーボンペーパーのような平面形態で存在する場合、パラジウム層の量は、平面1cm2あたり例えば0.005~1mgであり得、好ましくは0.01~0.1mg/1cm2、より好ましくは0.02~0.07mg/1cm2であり得る。また、パラジウム層の理論厚さは、例えば1~500nmであり得、好ましくは5~100nm、より好ましくは20~70nmであり得る。ここで、理論厚さとは、パラジウム層の量(スパッタリング後の増加重量)およびパラジウム金属の密度に基づいて算出されるパラジウム層の理論体積を、パラジウム層が堆積された上記平面の面積で除して求められる厚さである。
【0015】
あるいは、パラジウム層の量は、炭素繊維の量の例えば0.05~10質量%であり得、0.1~5質量%であることが好ましく、0.2~2質量%であることがより好ましく、0.3~1質量%であることがさらに好ましい。
【0016】
重要なことに、本実施形態におけるパラジウム層は、酸化パラジウムと金属パラジウムとの両方を含む、すなわち、酸化パラジウム(PdOx、特にPdOおよびPdO2)と金属パラジウム(Pd)の混合物を含むものである。このことにより、水素を吸蔵した際の発熱が大きくなり、水素センサとしての感度を向上させ得ることが見出された。
【0017】
本開示において、酸化パラジウムと金属パラジウムとの混合物を含むパラジウム層を、半酸化Pd層あるいは単に半酸化Pdと呼ぶこともある。本開示において、半酸化という用語は、酸化パラジウムと非酸化(金属)パラジウムとが両方存在している状態を表すことを意図するものであり、両者が必ずしも半分半分の量比で存在しているとは限らない。
【0018】
パラジウム層中に酸化パラジウムと金属パラジウムとが混在していることは、X線光電子分光法(XPS)により検出されるスペクトル(Pd3d5/2)において金属パラジウムのピークと酸化パラジウムのピークとの複合ピークあるいは混合ピークが検出されることによって確認することができる。金属パラジウムのピークは335.0~335.5eVの結合エネルギー(Binding Energy)に検出され、酸化パラジウムのピークは336.0~338.2eVに検出され得る。XPSのスペクトルにおいて検出された複合ピークあるいは混合ピークを個々の構成ピークに分離することは当業者にとってルーチンの手順である。例えば、上記のように金属パラジウムのピークと酸化パラジウムのピークとがそれぞれどの位置に現れるかは既知であるため、測定されたピークを、上記既知ピーク位置およびガウス分布またはローレンツ分布に基づいてピークフィッティング処理し、誤差が最も小さくなるような分離ピーク形状を求めることによって、分離されたピークを得ることができる。
【0019】
本実施形態のパラジウム層においては、X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて決定される酸化パラジウムの量が、金属パラジウムの量の少なくとも10分の1であることが好ましい。ピーク量とは、スペクトルのピーク下の面積に基づく量であり、当業者が通常の知識に基づいて決定することができる。
【0020】
より具体的には、X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて決定される酸化パラジウムと金属パラジウムとの量比が、100:1~1:10の範囲内であることが好ましく、この量比は、より好ましくは50:1~1:5、さらに好ましくは10:1~1:1、特に好ましくは5:1~2:1であり得る。
【0021】
パラジウム層において、X線光電子分光法により検出されるスペクトルのピーク量に基づいて、酸化パラジウムが金属パラジウムよりも多く存在していることが好ましい。
【0022】
上述した組成物は、水素センサ装置の検知部として有用である。従って本開示は、別の側面において、上述した組成物のいずれかを含む水素センサ装置を提供する。
【0023】
水素吸蔵金属であるパラジウムは、水素を吸蔵する際に発熱する。そのときの温度変化を測定することにより水素(H2)を検出あるいは定量化するのが、本実施形態における水素センサの原理である。
【0024】
水素はパラジウムの結晶格子中に固溶して、侵入型水素化物を形成する。パラジウムが形成する面心立方格子には、金属原子6個で囲まれた6配位の八面体格子間位置(Oサイト)と、金属原子4個で囲まれた四面体格子間位置(Tサイト)が存在する。一般に、水素原子は、金属原子の原子半径が小さい場合にはOサイト、大きい場合にはTサイトに入り込む傾向がある。パラジウムの場合はOサイトに水素が入り込む。パラジウムに水素が入り込み、原子組成比H/Pd≒0.7で安定する。反応式を下記式1に示す。
Pd +H2⇔ PdH0.7 + Q kcal/mol (式1)
【0025】
上記式1中、Qは生成熱である。一般に金属が水素を吸蔵する反応は発熱反応である。水素がパラジウムの格子間に入り込み、より安定な状態になることで発熱する。
【0026】
反応熱による温度変化を検出あるいは定量化する手段としては、当業者に知られるあらゆる手段を利用することができるが、好適な一例として熱電対が挙げられる。熱電対の例として、アルメル-クロメルの組合せを用いたK熱電対が挙げられる。熱電対は、異なる2種類の金属の接合部で、熱起電力に基づいて発生する電圧により、温度差を検出するものである。2種類の金属導体を電気的に接続して閉回路を作り、両端に温度差を与えると、温度勾配の存在により電子が低温側に移動することで電圧が生じる。この現象はゼーベック効果と呼ばれる。熱起電力の大きさは、材料が均一で同じ組み合わせであれば、両端の温度差のみによって決まる。この原理を利用して、パラジウムと水素の反応熱による温度変化を測定し、測定環境中のH2を検出あるいは定量化することができる。
【0027】
従って、本実施形態の水素センサ装置は、上記組成物のほかに、熱検出手段を含み得る。熱検出手段の好ましい例としては、熱電対(特にK熱電対)のほか、測温抵抗体および放射温度計が挙げられるが、これらに限定されない。熱電対または測温抵抗体は、通常は上記組成物に物理的に接触すなわち接続される。特に熱検出手段が熱電対または測温抵抗体である場合、水素センサ装置はそれぞれさらに電圧計または抵抗計を含み得る。電圧計または抵抗計は、通常は熱検出手段に電気的に接触すなわち接続され、上記組成物の発熱に伴って熱検出手段に生じる電圧または抵抗を測定するように構成される。放射温度計は上記組成物に接触される必要はない。放射温度計は上記組成物に隣接して配置され、上記組成物の発熱に伴って生じる電磁波を検出するように構成される。
【0028】
次に、上述した組成物を製造するための方法について説明する。説明の便宜のために、以下、これらの組成物を水素センサ用組成物と呼ぶが、当該組成物が水素センサとして用いられる態様に必ずしも限定する意図ではない。
【0029】
水素センサ用組成物は、例えば、パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材として、酸素の存在下においてスパッタリング(イオンスパッタリング)を行うことによって製造することができる。この操作により、酸化パラジウムと金属パラジウムとが炭素繊維上に堆積され、適切なパラジウム層を形成することができる。ここで、金属パラジウムとは、酸化パラジウム(PdOx)と対比される非酸化パラジウム(Pd)を意味する。
【0030】
スパッタリングの手法自体は当技術分野において確立されており、当業者が適宜実施することができる。酸素の存在下におけるスパッタリングは、例えば、スパッタリングチャンバー内を減圧させるが少量の空気を残した状態、あるいは、スパッタリングチャンバー内を真空化した後に酸素含有ガスを導入した状態でスパッタリングを行うことで実行することができる。減圧時の圧力は例えば10Pa以下であり得る。
【0031】
別の実施形態による水素センサ用組成物の製造方法は、パラジウム金属をターゲットとし炭素繊維を基材としてスパッタリングを行って、金属パラジウムを炭素繊維上に堆積させる工程と、金属パラジウムが堆積された炭素繊維を、酸素の存在下で加熱することを含む酸化処理により、炭素繊維上の金属パラジウムの一部を酸化させ酸化パラジウムに転換して、パラジウム層を形成する工程とを含む。このようにして形成されるパラジウム層も、酸化パラジウムと金属パラジウムとが混在した状態を有し得る。
【0032】
この場合のスパッタリングは、希ガス(例えばアルゴン)、および/または窒素ガスの雰囲気下で好適に行うことができる。酸素を雰囲気に含ませてもよいが、酸素を除去した状態でスパッタリングを行う方が、後の酸化処理によってパラジウムの酸化の程度を調節しやすくなるため、より好ましい。
【0033】
酸化処理は、空気中で好適に行うことができる。酸素を含む混合ガス(例えばアルゴン+酸素、窒素+酸素、等)の雰囲気下で酸化処理を行ってもよい。酸化処理における加熱の温度は、例えば100~400℃であり得、好ましくは200~350℃である。加熱温度は、例えば0.5~60分間であり得、好ましくは1~30分間であり、あるいは5分間以下である。
【0034】
酸化処理を、異なる温度、および/または、異なる時間、および/または、異なる雰囲気下において行うことによって、酸化の程度すなわち酸化Pdと金属Pdとの量比を調節することができる。典型的には、より高い温度、および/または、より長い時間、および/または、より高い酸素濃度において酸化処理を行うことによって、酸化の程度を増加させ、金属Pdに対する酸化Pdの量比を増加させることができる。
【実施例】
【0035】
実験
炭素繊維からなるカーボンペーパー(CFP)(TGP-H-060、東レ株式会社製)をスパッタリングの基材として用いた。 前処理として、空気中で350℃で30分間、CFPを加熱処理した。その後、CFPを3cm×1cmの寸法に切り出し、以下の実験に使用した。
【0036】
サンユー電子製スパッタ装置SC-701MKII、および純度99.99%(4N)のパラジウムターゲットを用いたスパッタリング法により、CFP表面にパラジウム(Pd)を蒸着させ、Pdが堆積(担持)されたCFP(Pd/CFP)を得た。
図1は、本実験に使用したCFP(左パネル)およびPd/CFP(右パネル)の走査型電子顕微鏡(SEM)画像を示す。
【0037】
より具体的には、通常の手順に従ってスパッタリングチャンバー内を真空にして空気を除去した後に、アルゴン(Ar)を導入して、Ar雰囲気下で5分間のスパッタリング(放電電流:5mA)を行うことによって非酸化Pd/CFP(パラジウムは実質的にすべて非酸化金属状態(Pd)で存在する)を調製した。別の試料として、上記と同様にして得た非酸化Pd/CFPを空気中350℃で30分間以上処理することにより酸化させた酸化Pd/CFP(パラジウムはほぼすべて酸化状態(PdOx)で存在する)も調製した。
【0038】
そのほかさらに、減圧大気条件下で、すなわち空気の存在下でスパッタリングを行う実験も行った。この場合のスパッタリング時間は10分間とした。後述するように、この条件で得られたPd/CFPでは、非酸化金属状態(Pd)のパラジウムと酸化状態(PdOx)のパラジウムとが混在していることが判明し、したがってここではこれを半酸化Pd/CFPと呼ぶ。
【0039】
同様の半酸化Pd/CFPは、非酸化Pd/CFPに対して上記の酸化処理を、異なる温度(例えばより低い温度)、および/または、異なる時間(例えばより短い時間)、および/または、異なる雰囲気下(例えばより低い酸素濃度)において行うことによっても得ることができ、その場合は、簡便に酸化Pdと金属Pdとの比率を調節することができた。
【0040】
パラジウム担持量、すなわちパラジウム層の堆積量は、スパッタリング前後の重量変化として求めた。いずれのPd/CFP試料も、パラジウム担持量は実質的に同等であり(3cm2のCFP片あたり約0.15mg、炭素繊維の0.5~0.6質量%)、CFP上に堆積されたパラジウム層の理論厚さは約42nmであった。
【0041】
パラジウムの化学状態はX線光電子分光法 (XPS)により調べた。XPS測定条件の詳細は下記の通りである。
装置:走査型X線光電子分光分析装置 PHI X-tool(アルバック・ファイ株式会社)
X線源:AlKα
X線条件:200μm 50 W
分析範囲:204μm
Take-Off Angle:45 deg.
中和銃条件:1.2 eV 20.0μA
<Survey>
Range: 0-1200 eV
PassEnergy: 280 eV
StepSize: 1.0 eV
<Multi>
Range: O1s 523-543 eV
N1s 391-411 eV
Pd3d 330-350 eV
C1s 278-298 eV
Au4f 79-99 eV
PassEnergy: 112 eV
StepSize: 0.1 eV
【0042】
調製された各Pd/CFPを室温のチャンバー内に設置し、K熱電対を用いて、大気圧下で水素ガスとの反応時の温度変化を測定した。具体的には、上記チャンバー内に、窒素ガス(N2)を100sccmで3分間流し、その後、水素ガス(H2)を100sccmで3分間流し、さらにその後、窒素ガス(N2)を100sccmで3分間流し、合計9分間にわたって測定を行った。
【0043】
結果と考察
スパッタリング処理を行う前のCFP基材そのものは全く水素検出能を示さなかった(図示していない)。また、Ar雰囲気下でスパッタリングして得た非酸化Pd/CFPも、水素の存在下で殆ど温度変化を示さなかった(
図2(a))。対照的に、その非酸化Pd/CFPを空気中350℃で30分間という条件下で酸化処理して得た酸化Pd/CFPでは、水素との反応により0.3℃の温度変化が確認できた(
図2(c))。すなわち、水素センサ活性が検出された。一方、空気中でスパッタリングして得られた半酸化Pd/CFPでは、他の二条件に比べて著しく大きい温度変化(1.5℃)が得られた(図
図2(b))。
【0044】
それぞれのPd/CFPにおけるパラジウムの化学状態をXPSによって調べた結果を
図3に示す。Ar雰囲気下でスパッタリングして得たPd/CFPでは、パラジウム層がほぼ完全に非酸化状態の金属Pdとして存在しており(
図3(a))、それを酸化処理して得たPd/CFPではほぼ完全に酸化物の状態(
図3(c))、そして減圧空気中でスパッタリングをして得たPd/CFPではパラジウム層が金属と酸化物の混合物の状態(
図3(b))であることが確認された。すなわち、Pd/CFPが水素と反応して生じる温度変化の大きさは、Pdの酸化状態に応じて変わることが見出され、金属パラジウムと酸化パラジウムとが炭素繊維上で混在している場合に、より高感度の水素センサが提供され得ることが見出された。XPSにより検出されるスペクトルのピーク量に基づいて、金属パラジウムの量よりも酸化パラジウムの量が多い場合に、特に高感度が得られると見られた。
【0045】
異なる酸化処理条件、例えば、電気炉を用いて空気中で200℃または350℃で処理すること、あるいは、CVD装置を利用して、Ar:O2=80:20の雰囲気下で350℃で処理すること等によって、非酸化Pd/CFPの酸化処理を行って、様々な半酸化Pd/CFPを調製する実験も行った。いずれの半酸化Pd/CFP試料も、非酸化Pd/CFPを顕著に上回る水素依存性温度変化すなわち水素センサ能力を示した。温度変化の大きさは酸化処理の程度によって異なり、例えば200℃で酸化処理された試料よりも350℃で酸化処理された試料の方が大きな温度変化を示した。
【0046】
上記のように高濃度(本実施例では100%)の水素ガスを流通させて水素センサ測定に使用した後のPd/CFP組成物は、水素の還元力によりパラジウムが還元されており、そのXPSスペクトルは非酸化Pd/CFPのものに相当するようになっている。そこで、水素センサ能を有する、炭素繊維上のパラジウムの酸化状態が、繰り返し使用を経ても再現可能であるかを調べるために以下の実験も行った。すなわち、Ar雰囲気下でスパッタリングして得た非酸化Pd/CFPを空気中で350℃で酸化処理して半酸化Pd/CFP試料を調製し、上述したように1回目の水素ガス測定を行った後、再度、同条件で酸化処理を施し、その後2回目の水素ガス測定を行った。この特定の実験では、1回目の測定で得られた温度変化が1℃、2回目の測定で得られた温度変化は0.6℃であった。当該水素センサは、高濃度の水素ガスに晒された後にも、少なくとももう1回水素センサとして再利用可能であることが示された。