(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】自動変速機用ピストンシール
(51)【国際特許分類】
F16D 25/0638 20060101AFI20230810BHJP
F16D 25/12 20060101ALI20230810BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20230810BHJP
F16J 15/3256 20160101ALI20230810BHJP
【FI】
F16D25/0638
F16D25/12 B
F16J15/3232 101
F16J15/3256
F16J15/3232 201
(21)【出願番号】P 2019089520
(22)【出願日】2019-05-10
【審査請求日】2022-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179970
【氏名又は名称】桐山 大
(74)【代理人】
【識別番号】100071205
【氏名又は名称】野本 陽一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 貴幸
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-041709(JP,A)
【文献】米国特許第06039160(US,A)
【文献】特開2008-281090(JP,A)
【文献】特開2005-172094(JP,A)
【文献】特開2005-325995(JP,A)
【文献】特開2009-058053(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 25/00-25/12
F16J 15/3232、15/3256
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転するハウジングの内部にその軸方向に沿って往復動自在に設けられ、往復動することによって多板クラッチの断続を切り替えるピストンと、
前記ピストンの外周から突出して前記ハウジングの内周面に接触するゴム状弾性体であり、前記ピストンと共に前記ハウジングとの間にピストン油圧室を生成するピストンリップと、
前記ピストンリップから大気側に延びて前記ピストンの外周面を覆う被覆部と、
前記ピストンの外周面の周上
に設けられた突起と、
を備え、
前記ピストンは、前記ハウジングの軸と共通の軸を中心とする環状部材であり、前記軸と平行に直線上に延びる外周面を有する外筒部と、前記外筒部の端部から前記軸に向かう方向に延びて前記ピストン油圧室内に配置される円環部とを有し、
前記ピストンリップは、前記円環部に連絡する前記外筒部の端部に全周にわたって設けられ、
前記被覆部は、
前記ピストンリップの根元から前記突起の端部に至るまでの厚膜領域と、
前記厚膜領域よりも膜厚が薄い前記突起を覆う薄膜領域と、
を備え、
前記突起は、前記厚膜領域の前記被覆部を
前記ピストンの軸方向に位置規制する
、
自動変速機用ピストンシール。
【請求項2】
前記被覆部は、
前記突起よりも前記ピストンの外周端部側に位置して前記厚膜領域と同じ膜厚の補助領域を備えている、
請求項1に記載の自動変速機用ピストンシール。
【請求項3】
前記被覆部の
外径は、前記厚膜領域から前記補助領域まで一定である、
請求項2に記載の自動変速機用ピストンシール。
【請求項4】
前記被覆部の外径は、前記
厚膜領域から前記
薄膜領域まで一定である、
請求項3に記載の自動変速機用ピストンシール。
【請求項5】
前記ピストンリップは前記ピストンに接着剤を用いた接着によって固定されており、
前記ピストンリップが固定される前記ピストンの領域は、前記ピストンの外周端部と前記突起とを結んだ仮想線よりも前記ピストンの
軸側に位置づけられる、
請求項1に記載の自動変速機用ピストンシール。
【請求項6】
前記突起は、前記ピストンの内周面側から外周面側に向けた凹凸形状によって生成された前記ピストンの外周面の一部である、
請求項1に記載の自動変速機用ピストンシール。
【請求項7】
前記ピストン油圧室とは反対側で前記ピストンに対面するように前記ハウジング内で軸方向に位置固定され、前記ピストンの内周面にキャンセラーリップを接触させて前記ピストンとの間にキャンセル油圧室を生成する環状のキャンセラーを備え、
前記ピストンの内周面に設けられた前記凹凸形状の凹部は、前記キャンセラーリップの摺動範囲から外れた位置に配置されている、
請求項6に記載の自動変速機用ピストンシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機用ピストンシールに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの車両用のオートマチック・トランスミッションには、例えば特許文献1に記載されているような自動変速機用ピストンシール(特許文献1では「自動変速機用油圧アクチュエータ」)が組み込まれている。自動変速機用ピストンシールは、変速用の多板クラッチを作動させるために、ハウジング内でピストンを往復動させて多板クラッチの締結と解放とを実行する。
【0003】
金属製の環状部材であるピストンは、ハウジングの内壁面に対面する領域にピストンリップを固定している。ピストンリップはハウジングの内壁面に接触し、ハウジングとピストンとの間に密閉されたピストン油圧室を生成する。
【0004】
多板クラッチを締結させるには、ピストン油圧室に作動オイルを導入する。これによってピストンが多板クラッチに向けて移動し、多板クラッチを押圧して締結させる。多板クラッチを開放するには、ピストン油圧室から作動オイルを退避させる。するとハウジング内に設けたリターンスプリングの復元力によってピストンは元の位置に復帰し、多板クラッチが解放される。こうして多板クラッチの締結と解放とが制御される。
【0005】
ハウジングが高速回転すると、ピストン油圧室内では遠心力による圧力、いわゆる遠心油圧が発生する。遠心油圧は、リターンスプリングの復元力による復帰方向へのピストンの動きを阻害する。そこで自動変速機用ピストンシールにはキャンセラーが組み込まれ、ピストン油圧室内に生じた遠心油圧をキャンセルするようにしている。
【0006】
キャンセラーは、ピストン油圧室とは反対側の空間に位置固定された金属製の環状部材であり、ピストンとの間にキャンセル油圧室を生成する。キャンセル油圧室は、キャンセラーに設けられたキャンセラーリップをピストンの内周面に接触させることで密閉され、内部に作動油を充填している。これによってハウジングの高速回転時、キャンセル油圧室にも遠心油圧が発生し、ピストン油圧室に生ずる遠心油圧のキャンセルが可能になる。その結果ピストンの円滑な動きが確保され、自動変速機用ピストンシールの応答性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ピストン油圧室に作動オイルが導入されるとピストンリップに圧力がかかり、ピストンリップは加圧側と反対方向の大気側に倒れ込もうとする。作動オイルの導入はピストンのヘッド側で行われるため、大気側へのピストンリップの倒れ込みは、ピストンの外周面側で発生する。このときハウジングの内壁面とピストンの外周面との間の隙間がある程度以上大きくなるとピストンリップの長さが長くなり、ピストンリップはより倒れ込みやすくなる。
【0009】
そこでピストンリップの耐圧性を高めるための対策が必要になる。その一例として行われているのは、ピストンリップを構成するゴム状弾性体をピストンの外周面にまで回し込んだ被覆部を設けるという対策である。こうすることでピストンリップの根元の位置が被覆部の厚みの分だけピストンの外周面のさらに外周側に位置づけられ、大気側でのピストンリップの見かけ上の長さを短くすることができる。その結果ピストンリップの倒れ込み方向への変形が抑制され、ピストンリップの耐圧性を高めることができる。
【0010】
ところが上記手法は、ピストンリップの実際の長さ、つまりピストンの外周面から突出する寸法を短くするわけではない。被覆部の厚みの分だけピストンリップの根元の位置をピストンの外周面よりも外周側にずらしているにすぎない。ピストンリップが加圧されたとき、その変形を阻止しようとする応力は被覆部に働く。このためハウジングとピストンとの間の隙間が大きくなるにしたがい被覆部の厚みが増していくと、本来的に弾性変形するというゴム状弾性体の特性から被覆部が弾性変形する度合いも増加し、ピストンリップの耐圧性を損ねてしまう。
【0011】
ピストンリップにより一層高い耐圧性が要求される場合には、抜本的な改善策が求められる。
【0012】
課題は、ピストンリップの耐圧性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
自動変速機用ピストンシールの一態様は、回転するハウジングの内部にその軸方向に沿って往復動自在に設けられ、往復動することによって多板クラッチの断続を切り替えるピストンと、前記ピストンの外周から突出して前記ハウジングの内周面に接触するゴム状弾性体であり、前記ピストンと共に前記ハウジングとの間にピストン油圧室を生成するピストンリップと、前記ピストンリップから大気側に延びて前記ピストンの外周面を覆う被覆部と、前記ピストンの外周面の周上に設けられた突起と、を備え、前記ピストンは、前記ハウジングの軸と共通の軸を中心とする環状部材であり、前記軸と平行に直線上に延びる外周面を有する外筒部と、前記外筒部の端部から前記軸に向かう方向に延びて前記ピストン油圧室内に配置される円環部とを有し、前記ピストンリップは、前記円環部に連絡する前記外筒部の端部に全周にわたって設けられ、前記被覆部は、前記ピストンリップの根元から前記突起の端部に至るまでの厚膜領域と、前記厚膜領域よりも膜厚が薄い前記突起を覆う薄膜領域と、を備え、前記突起は、前記厚膜領域の前記被覆部を前記ピストンの軸方向に位置規制する。
【発明の効果】
【0014】
ピストンリップの耐圧性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施の一形態として、軸を中心に自動変速機用ピストンシールを半分にして示す垂直断面図。
【
図2】ピストンリップの外周側リップを拡大して示す垂直断面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施の形態は、自動車などの車両に用いられるオートマチック・トランスミッションに内蔵される自動変速機用ピストンシールの一例である。
【0017】
(基本的な構成)
図1に示すように、自動変速機用ピストンシール101は、ハウジング111の内部にピストン131を往復動自在に収納し、ピストン131の往復動によって複数枚のクラッチ板151の締結と解放とを実現している。複数枚のクラッチ板151は多板クラッチを構成しており、その締結と解放との断続によってオートマチック・トランスミッションに変速動作を実行させる。クラッチ板151の締結と解放とを制御するピストン131は、ボンデッドピストンシール(BPS)とも称される。
【0018】
自動変速機用ピストンシール101は、キャンセラー171も内蔵している。キャンセラー171は、ハウジング111の高速回転時にピストン131に生ずる遠心油圧をキャンセルし、ピストン131の動作を適正化する。このようなキャンセラー171は、ボンデッドキャンセラーシール(BCS)とも称される。
【0019】
ハウジング111は軸Aを中心に回転自在であり、その内部に、内周側を向いた周面である内向き周面112と、外周側を向いた周面である外向き周面113とを備えている。外向き周面113は、内向き周面112の内周側に位置づけられる。これらの二つの周面112,113の間で、ピストン131は軸Aに沿って往復動する。複数枚のクラッチ板151の締結及び解放方向も、軸Aに沿った方向である。
【0020】
ピストン131、クラッチ板151、及びキャンセラー171は、ハウジング111と共に回転する。これらのピストン131、クラッチ板151、及びキャンセラー171も軸Aを中心に回転自在である。
【0021】
ピストン131は、例えば板金のプレス加工によって形成された金属製の環状部材であり、ハウジング111の外向き周面113を貫通させる貫通孔132を中央部分に備えている。断面にして見たピストン131は、貫通孔132を中心に二つのカップ状部材を逆さに並べたような形状を有している。これらのカップ状部材は、内周側から外周側に向けて内筒部133、円環部134、そして外筒部135によって形成されている。
【0022】
内筒部133は、軸Aと平行に延びて貫通孔132を形成する部分であり、ハウジング111の外向き周面113に非接触状態で対面している。内筒部133の先端部分は、内側に向けて屈曲する屈曲部133aをなしている。
【0023】
円環部134は、内周側よりも外周側の方が隆起した形状を有している。隆起方向は、クラッチ板151から離れる方向である。説明の便宜上、隆起していない内周側を内周部134a、隆起した外周側を隆起部134bと呼ぶ。
【0024】
外筒部135は、軸Aと平行に延びてピストン131の外周面を形成する部分であり、ハウジング111の内向き周面112に非接触状態で対面している。外筒部135の先端部分は外側に向けて屈曲するフランジ135aをなしている。フランジ135aは、ピストン131の往復動に応じて最初のクラッチ板151aを押圧し、複数枚のクラッチ板151の締結及び開放を制御する。
【0025】
ピストン131は、内周側及び外周側の全周にわたってピストンリップ136を固定している。ピストンリップ136は、各種のゴム状弾性材料によって形成されたゴム状弾性体である。ゴム状弾性材料としては、例えばフッ素ゴム(FKM)、シリコーンゴム、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)などの各種の合成ゴムを用いることができる。
【0026】
内周側のピストンリップ136は、屈曲部133aに固定された内周側リップ136aである。内周側リップ136aは、図示しない接着剤によって屈曲部133aに接着固定され、リップ端をハウジング111の外向き周面113に接触させている。
【0027】
外周側のピストンリップ136は、直角に屈曲する隆起部134bと外筒部135との連結部分に固定された外周側リップ136bである。外周側リップ136bは、図示しない接着剤によって隆起部134bと外筒部135との連結部分に接着固定され、リップ端をハウジング111の内向き周面112に接触させている。説明の便宜上、外周側リップ136bが接着固定される隆起部134bと外筒部135との連結部分を、リップ接着領域AHと呼ぶ。
【0028】
図1に示すように、ピストン131の内外周にピストンリップ136(内周側リップ136a,外周側リップ136b)を設けることで、ハウジング111の内部とピストン131との間には、密閉された空間が生成される。この空間は、作動オイル(図示せず)を導入するピストン油圧室137を構成する。
【0029】
ハウジング111内のピストン油圧室137とは反対側の空間は、大気側Oとなる。
【0030】
ハウジング111は、ピストン油圧室137内に作動オイルを導入し得るように、外向き周面113にオイルポート115を設け、ピストン油圧室137に開口させている。オイルポート115は図示しない油圧回路に連絡し、ピストン油圧室137に対するオイルの出し入れを支援する。
【0031】
自動変速機用ピストンシール101は、キャンセラー171を組み込んでいる。キャンセラー171もピストン131と同様に、金属製の環状部材である。キャンセラー171は、ピストン油圧室137とは反対側の空間に配置されており、ハウジング111内の外向き周面113に設けられたシールワッシャ114によって軸A方向に位置固定されている。
【0032】
キャンセラー171は、ピストン131の内周面に接触するキャンセラーリップ172を外周部に固定している。ピストンリップ136と同様に、キャンセラーリップ172も各種のゴム状弾性材料によって形成されたゴム状弾性体である。ゴム状弾性材料についてもピストンリップ136と同様であり、例えばフッ素ゴム(FKM)、シリコーンゴム、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)などの各種の合成ゴムを用いることができる。
【0033】
キャンセラーリップ172は、図示しない接着剤によってキャンセラー171の外周端に接着固定され、リップ端をピストン131の内周面に接触させている。
【0034】
ピストン131とキャンセラー171との間には、キャンセル油圧室173が生成される。キャンセル油圧室173には、作動オイル(図示せず)が充填されている。
【0035】
キャンセル油圧室173には、キャンセラー171とピストン131との間に、付勢部としてのリターンスプリング191が圧縮された状態で設けられている。
【0036】
(被覆部と突起)
図2に示すように、ピストンリップ136のうちの外周側リップ136bは、その材料であるゴム状弾性材料からなるゴム状弾性体をピストン131の上面及び外周面にまで延ばしている。
【0037】
ピストン131の上面は、円環部134の上面である。外周側リップ136bは、隆起部134bから内周部134aに至る円環部134の上面にまでゴム状弾性体を一体に延ばし、接着剤によって接着固定している。
【0038】
ピストン131の外周面は、外筒部135の外周面である。外周側リップ136bは、外筒部135の外周面にまでゴム状弾性体を一体に延ばし、接着剤によって接着固定している。本実施の形態では、外筒部135の外周面にまで延ばされて接着固定されたゴム状弾性体を被覆部141と呼ぶ。
【0039】
ピストン131は、外周側リップ136bの近傍に位置させて、外筒部135の外周面に突起142を設けている。突起142は、外筒部135を内周面側からプレス加工することによって形成された突条のもので、ピストン131の周上に全周にわたって設けられている。したがって突起142は、外筒部135の外周面が隆起して形成されたピストン131の外周面の一部である。
【0040】
突起142は、外周側リップ136bの根元Rから延びる被覆部141に対してピストン131の外周面の周上で軸方向に位置規制している。つまり突起142は、外周側リップ136bと共に被覆部141がフランジ135aの方向に弾性変形しようとするとき、その変形を規制する役割を担っている。
【0041】
もっとも本実施の形態において被覆部141は、外周側リップ136bの根元Rから延び、外筒部135の外周面に接着固定されたゴム状弾性体の全体を指している。したがって被覆部141は、ピストン131の外周面の一部である突起142をも覆っている。このとき被覆部141は、その外周面の径をどの位置でも一定にしている。このため被覆部141の厚みは、突起142が設けられていないピストン131の外周面を覆う部分よりも、突起142を覆う部分の方が薄い。
【0042】
厚みという観点から見ると、被覆部141は三つの領域に分けられる。一つ目は、外周側リップ136bの根元Rから突起142の端部に至るまでの比較的厚みのある領域である。二つ目は、突起142を覆う比較的薄い領域である。三つ目は、突起142よりもフランジ135a側の比較的厚みのある領域である。説明の便宜上、一つ目の領域を厚膜領域141a、二つ目の領域を薄膜領域141b、そして三つ目の領域を補助領域141cと呼ぶ。これらの厚膜領域141a、薄膜領域141b、及び補助領域141cのすべての領域において被覆部141は、その外径を一定にしている。
【0043】
(突起の配置位置)
図2に示すように、キャンセラー171は、キャンセラーリップ172をピストン131の内周面に接触させている。ピストン131が往復動すると、キャンセラーリップ172は、ピストン131の内周面に対して相対的に摺動する。このときの摺動範囲は、距離Lによって定められる範囲である。
【0044】
突起142は、ピストン131の内周面側から外周面側に向けた凹凸形状によって形成されている。この凹凸形状は、ピストン131の外周面では凸状になっており、この凸状部分を突起142としている。凹凸形状は、ピストン131の内周面では凹状になっており、この凹状部分を凹部142aとしている。凹部142aは、距離Lによって定められるキャンセラーリップ172の摺動範囲から外れた位置に位置づけられている。
【0045】
(リップ接着領域)
図3に示すように、ピストン131は、フランジ135aと突起142とリップ接着領域AHとの間に定まった関係を築いている。ピストンリップ136が固定されるピストン131のリップ接着領域AHは、フランジ135aの先端部に相当するピストン131の外周端部と突起142とを結んだ仮想線VLよりも、ピストン131の軸Aの方向側に位置づけられるという関係である。この関係性によってリップ接着領域AHは、仮想線VLを越えない位置に位置づけられる。
【0046】
図4に示すように、上記したフランジ135aと突起142とリップ接着領域AHとの間の関係性は、外周面側を下方に向けてピストン131をベースB、例えば作業用テーブルや収納部の底などに載置したとき、リップ接着領域AHをベースBに接触させないという状態を作り出す。
【0047】
(基本的な作用)
以上のように構成された自動変速機用ピストンシール101は、つぎのような作用を奏する。
【0048】
オイルポート115を介してピストン油圧室137に作動オイルが導入されると、ピストン油圧室137の内圧が高まり、油圧の作用でピストン131がクラッチ板151に向けて移動する。移動したピストン131は最初のクラッチ板151aを押圧し、複数枚のクラッチ板151の配置間隔を狭め、最終的にすべてのクラッチ板151を締結させる。ピストン油圧室137から作動オイルを退避させると、ピストン131はリターンスプリング191に付勢され、元の位置に復帰する。これによって複数枚のクラッチ板151が解放される。こうしてクラッチ板151の締結と解放とが行なわれる。
【0049】
キャンセラー171は、ハウジング111の高速回転時、キャンセル油圧室173内に充填されたオイルによってピストン131にかかる遠心油圧をキャンセルし、リターンスプリング191の作動状態を適正化する。
【0050】
(ピストンリップの耐圧性の向上)
ピストン油圧室137に作動オイルが導入されたとき、加圧されたピストンリップ136は、加圧側と反対方向の大気側Oに倒れ込もうとする。このとき外周側リップ136bは、ハウジング111の内向き周面112とピストン131との間の隙間がある程度以上大きくなると長さが長くなり、より倒れ込みやすくなる。
【0051】
そこで本実施の形態では、ピストンリップ136を構成するゴム状弾性体をピストン131の外周面に回し込んだ被覆部141を設けている。被覆部141を設けることによってピストンリップ136の根元Rの位置がピストン131の外周面のさらに外周側に位置づけられ、ピストン131の外周側でのピストンリップ136の見かけ上の長さが短くなる。その結果ピストンリップ136の倒れ込み方向への変形が抑制され、ピストンリップ136の耐圧性を高めることができる。
【0052】
その一方で被覆部141は、ピストンリップ136の実際の長さ、つまりピストン131の外周面から突出する寸法を短くするわけではない。ピストンリップ136の根元の位置をピストン131の外周面よりもさらに外周側にずらしているにすぎない。このためハウジング111とピストン131との間の隙間が大きくなればなるほど被覆部141の厚みが増加し、本来的に弾性変形するというゴム状弾性体の特性により、ピストンリップ136の耐圧性が低下してしまう。
【0053】
そこで本実施の形態では、ピストン131の外周面に突起142を設け、これによって被覆部141の弾性変形を規制している。突起142は、厚膜領域141aを介して外周側リップ136bと対面する位置に配置され、被覆部141のうち厚膜領域141aをピストン131の軸Aの方向に位置規制する。
【0054】
前述したように、加圧されたピストンリップ136は大気側Oに向けて弾性変形しようとし、その変形を阻止しようとする応力が被覆部141に働く。ところが被覆部141はピストンリップ136と一体のゴム状弾性体であり、厚みを増すほど被覆部141それ自体も弾性変形しやすくなる。このような被覆部141に生ずる現象に対して、突起142はつぎに示すような作用を発揮する。
【0055】
被覆部141のうち厚膜領域141aが設けられている領域は、ハウジング111の内向き周面112とピストン131の外周面との間の隙間が大きくなればなるほど厚みを増していく。このため被覆部141の中でも弾性変形しやすい領域である。突起142は、このような厚膜領域141aを軸方向に位置規制するため、厚膜領域141aの弾性変形を規制し、ピストンリップ136の耐圧性を向上させる。
【0056】
被覆部141のうち薄膜領域141bは、厚膜領域141aと比較して相対的に厚みが薄い。このためハウジング111の内向き周面112とピストン131の外周面との間の隙間が大きくなったとしても厚みが過度に厚くならず、弾性変形をしにくくなる。したがって薄膜領域141bは、ピストンリップ136の耐圧性の向上に貢献する。
【0057】
被覆部141のうちの補助領域141cは、ピストン131の外周面に対する被覆部141の接着面積を拡大する。これによってピストンリップ136と被覆部141とが一体のゴム状弾性体のピストン131に対する接着性をより確かなものとすることができる。
【0058】
以上述べたとおり、本実施の形態の自動変速機用ピストンシール101によれば、ピストンリップ136の耐圧性を向上させることができる。
【0059】
(リップ接着領域の保護)
図3に示すように、ピストンリップ136が固定されるピストン131のリップ接着領域AHは、ピストン131の外周端部(フランジ135aの先端部)と突起142とを結ぶ仮想線VLを越えない位置に位置づけられている。このような位置関係上、
図4に示すように、外周面側を下方に向けてピストン131をベースBに載置したとき、リップ接着領域AHはベースBに接触しない。このためピストン131のリップ接着領域AHに接着剤が塗布されている状況では、リップ接着領域AHがベースBに接触することによる接着剤の剥離などを防止することができる。その結果リップ接着領域AHへの接着剤の安定した塗布状態を保つことができる。
【0060】
(各部の設計及び製造の容易化)
本実施の形態によれば、被覆部141の外径は一定である。これによって突起142を覆う領域(薄膜領域141b)の方が他の部分を覆う領域(厚膜領域141a、補助領域141c)よりも薄いという状態を容易に実現することができる。
【0061】
また被覆部141の外径を一定にすることにより、突起142の高さを適宜設定するだけで、厚膜領域141a及び補助領域141cと薄膜領域141bとの厚みの差を容易に設定することができる。
【0062】
本実施の形態によれば、突起142は、ピストン131の内周面側から外周面側に向けた凹凸形状によって生成されたピストン131の外周面の一部である。したがってピストン131の内周面側からのプレス加工によって、容易に突起142を形成することができる。
【0063】
したがって各部の設計及び製造の容易化を図ることができる。
【0064】
(干渉防止)
突起142の形成のためにピストン131の内周面に設けられた凹部142aは、ピストン131の内周面に対するキャンセラーリップ172の摺動範囲から外れた位置に配置されている。これによってキャンセラーリップ172と凹部142aとの間の干渉を防止し、キャンセラー171の円滑な動作を保証することができる。
【0065】
(変形例)
実施に際しては、各種の変形や変更が許容される。
【0066】
例えば外周側リップ136b及び被覆部141を含むゴム状弾性体は、接着剤を用いた接着によってピストン131に接着されるのみならず、加硫接着などの手段でピストン131に接着された構成であってもよい。
【0067】
被覆部141の形態として、厚膜領域141aと薄膜領域141bと補助領域141cとを連続させた形態を示したが、実施に際してはこれに限らない。厚膜領域141aのみを有する形態であっても、厚膜領域141a及び薄膜領域141bのみを有する形態であってもよい。
【0068】
突起142は、プレス加工によって形成されたものに限らず、他のあらゆる手法によってピストン131の外周面に設けられたものであってもよい。例えば金属製や樹脂製の環状部材を設け、この環状部材とピストン131の外周面とを嵌め合わせて突起142としてもよい。また突起142は、必ずしもピストン131の外周面の全周にわたって設けられていなくてもよく、断続的に設けられた形態であってもよい。このような断続的な突起142を構成する個々のピースの配列間隔は、一定であっても一定でなくてもよい。
【0069】
その他あらゆる変形や変更が可能である。
【符号の説明】
【0070】
101 自動変速機用ピストンシール
111 ハウジング
112 内向き周面
113 外向き周面
114 シールワッシャ
115 オイルポート
131 ピストン
132 貫通孔
133 内筒部
133a 屈曲部
134 円環部
134a 内周部
134b 隆起部
135 外筒部
135a フランジ
136 ピストンリップ
136a 内周側リップ
136b 外周側リップ
137 ピストン油圧室
141 被覆部
141a 厚膜領域
141b 薄膜領域
141c 補助領域
142 突起
142a 凹部
151 クラッチ板
151a 最初のクラッチ板
171 キャンセラー
172 キャンセラーリップ
173 キャンセル油圧室
191 リターンスプリング(付勢部)
A 軸
B ベース
AH リップ接着領域
L 距離
O 大気側
R 根元
VL 仮想線