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特許7329425ロータリーエンコーダー用円板、密封装置および速度測定装置
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  • 特許-ロータリーエンコーダー用円板、密封装置および速度測定装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】ロータリーエンコーダー用円板、密封装置および速度測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01D 5/245 20060101AFI20230810BHJP
   G01K 7/38 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
G01D5/245 110M
G01K7/38
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019216509
(22)【出願日】2019-11-29
(65)【公開番号】P2021085818
(43)【公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(74)【代理人】
【識別番号】100125335
【弁理士】
【氏名又は名称】矢代 仁
(72)【発明者】
【氏名】花田 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】中岡 真哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 慶
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 博幸
【審査官】細見 斉子
(56)【参考文献】
【文献】実開昭58-180438(JP,U)
【文献】特開昭57-122326(JP,A)
【文献】特開2001-323942(JP,A)
【文献】特開2009-013825(JP,A)
【文献】特開2019-152287(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01D 5/00- 5/252
G01D 5/39- 5/62
G01K 1/00-19/00
G01B 7/00- 7/34
G01P 1/00- 3/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体に固定されるロータリーエンコーダー用円板であって、
磁性領域を有し、前記磁性領域は、等角間隔をおいて交互に配置された複数のS極領域と複数のN極領域を有し、
前記磁性領域は、強磁性材料製の混合磁性粉と、前記混合磁性粉が分散されたエラストマー材料製または樹脂材料製の母材を含有し、
前記混合磁性粉は、キュリー温度が互いに異なる2種類の磁性粉を有することを特徴とするロータリーエンコーダー用円板。
【請求項2】
前記回転体と、前記回転体の径方向外側に配置された外側部材との間に配置され、前記回転体と前記外側部材との間の間隙を封止する密封装置であって、
前記外側部材に取り付けられる第1のシール部材と、
前記回転体に取り付けられる第2のシール部材とを有し、
前記第2のシール部材は、前記回転体を包囲するスリーブと、前記スリーブから径方向外側に広がるフランジを有し、前記フランジに請求項1に記載のロータリーエンコーダー用円板が設けられ、
前記第1のシール部材は、前記第2のシール部材が摺動可能に接触するリップを有する
ことを特徴とする密封装置。
【請求項3】
請求項1に記載のロータリーエンコーダー用円板と、
前記ロータリーエンコーダー用円板の回転角変位を測定する磁気センサーと、
前記磁気センサーの出力の変化から前記ロータリーエンコーダー用円板の回転速度を計算する速度計算部と、
前記磁気センサーの出力を監視し、前記出力の振幅が振幅閾値より小さい場合、前記出力の局所的最大値が上方閾値より低い場合、または前記出力の局所的最小値が下方閾値より高い場合に、温度異常警告を生成する温度監視部を有する
ことを特徴とする速度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転体に固定されるロータリーエンコーダー用円板、このロータリーエンコーダー用円板を有する密封装置および速度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1および2は、自動車のハブに設けられた転がり軸受の内部を封止する密封装置を開示する。これらの密封装置の各々は、ロータリーエンコーダー用円板を有し、ロータリーエンコーダー用円板は等角間隔をおいて交互に配置された複数のS極領域と複数のN極領域を有する。ロータリーエンコーダー用円板は、回転体、例えば自動車の車軸の回転速度を測定するために使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2001-323942号公報
【文献】特開2005-214874号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば自動車のような大きな機械に使用される転がり軸受には、大きな荷重が与えられ、回転体の回転に伴い大きな摩擦力が与えられる。転がり軸受への潤滑不足、転がり軸受または密封装置の損傷もしくは劣化、またはその他の不具合によって、転がり軸受およびその付近の温度が過剰に上昇する事態が想定される。
【0005】
温度の測定のために専用の装置を設けることは、部品数の増加につながり好ましくない。
【0006】
そこで、本発明は、回転速度の測定だけでなく、温度の監視にも使用することができるロータリーエンコーダー用円板、このロータリーエンコーダー用円板を有する密封装置および速度測定装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様に係るロータリーエンコーダー用円板は、回転体に固定されるロータリーエンコーダー用円板であって、磁性領域を有する。前記磁性領域は、等角間隔をおいて交互に配置された複数のS極領域と複数のN極領域を有する。前記磁性領域は、強磁性材料製の混合磁性粉と、前記混合磁性粉が分散されたエラストマー材料製または樹脂材料製の母材を含有する。前記混合磁性粉は、キュリー温度が互いに異なる2種類の磁性粉を有する。
【0008】
この態様においては、磁性領域に使用される混合磁性粉のうち、一方の磁性粉のキュリー温度が低いため、ロータリーエンコーダー用円板の温度が一旦このキュリー温度を超えると、一方の磁性粉の磁性が消失する。他方の磁性粉は、キュリー温度が高いため、その磁性が消失しないが、高温では磁性が減少する。したがって、一方の磁性粉のキュリー温度を超える環境下では、ロータリーエンコーダー用円板の回転角変位を測定する磁気センサーの出力の振幅が著しく小さくなる。これを利用して、使用環境の温度が所定の高温を超えたか否かを監視することが可能である。このように、磁気センサーの出力を利用して、回転速度の測定だけでなく、温度を監視することができるので、温度の測定のために専用の装置を設ける必要がない。一方の磁性粉の磁性が消失した後でも、他方の磁性粉の磁性が消失しない限り、磁気センサーの出力は回転体の回転に伴って変化するので、回転速度の測定を継続することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態に係る密封装置を有する転がり軸受の一例の一部破断斜視図である。
図2】前記転がり軸受の部分断面図である。
図3】本発明の実施形態に係る密封装置の部分断面図である。
図4】前記密封装置の第2のシール部材の正面図である。
図5】本発明の実施形態に係るABS制御装置のブロック図である。
図6】前記ABS制御装置の磁気センサーの正常状態での出力の変化を示すグラフである。
図7】高温状態での前記磁気センサーの出力の変化を示すグラフである。
図8】異常高温状態での前記磁気センサーの出力の変化を示すグラフである。
図9】異常高温状態の後の低温状態での前記磁気センサーの出力の変化を示すグラフである。
図10】前記ABS制御装置の動作の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付の図面を参照しながら本発明に係る実施形態を説明する。図面の縮尺は必ずしも正確ではなく、一部の特徴は誇張または省略されることもある。
【0011】
図1および図2は、本発明の実施形態に係る密封装置が使用される転がり軸受の一例である自動車用のハブ軸受を示す。但し、本発明の用途はハブ軸受には限定されず、他の転がり軸受にも本発明は適用可能である。また、以下の説明では、ハブ軸受は、玉軸受であるが、本発明の用途は玉軸受には限定されず、他の種類の転動体を有する、ころ軸受、針軸受などの他の転がり軸受にも本発明は適用可能である。また、自動車以外の機械に使用される転がり軸受にも本発明は適用可能である。
【0012】
このハブ軸受1は、スピンドル(図示せず)が内部に挿入される孔2を有するハブ4と、ハブ4に取り付けられた内輪(回転体)6と、これらの外側に配置された外輪(外側部材)8と、ハブ4と外輪8の間に1列に配置された複数の玉10と、内輪6と外輪8の間に1列に配置された複数の玉12と、これらの玉を定位置に保持する複数の保持器14,15とを有する。
【0013】
外輪8が固定されている一方で、ハブ4および内輪6は、スピンドルの回転に伴って回転する。
【0014】
スピンドルおよびハブ軸受1の共通の中心軸線Axは、図2の上下方向に延びている。図2においては、中心軸線Axに対する左側部分のみが示されている。詳細には図示しないが、図2の上側は自動車の車輪が配置される外側(アウトボード側)であり、下側は差動歯車などが配置される内側(インボード側)である。図2に示した外側、内側は、それぞれ径方向の外側、内側を意味する。
【0015】
ハブ軸受1の外輪8は、ハブナックル16に固定される。ハブ4は、外輪8よりも半径方向外側に張り出したアウトボード側フランジ18を有する。アウトボード側フランジ18には、ハブボルト19によって、車輪を取り付けることができる。
【0016】
外輪8のアウトボード側の端部の付近には、外輪8とハブ4との間の間隙を封止する密封装置20が配置されており、外輪8のインボード側の端部の内側には、外輪8と内輪6との間の間隙を封止する密封装置21が配置されている。これらの密封装置20,21の作用により、ハブ軸受1の内部からのグリース、すなわち潤滑剤の流出が防止されるとともに、外部からハブ軸受1の内部への異物(水(泥水または塩水を含む)およびダストを含む)の流入が防止される。図2において、矢印Fは、外部からの異物の流れの方向の例を示す。
【0017】
密封装置20は、ハブ軸受1の回転するハブ4と、固定された外輪8のアウトボード側の円筒状の端部8Aとの間に配置され、ハブ4と外輪8との間の間隙を封止する。密封装置21は、ハブ軸受1の回転する内輪6と固定された外輪8のインボード側の端部8Bとの間に配置され、内輪6と外輪8との間の間隙を封止する。
【0018】
図3に示すように、密封装置21は、ハブ軸受1の外輪8のインボード側の端部8Bと、ハブ軸受1の内輪6との間隙内に配置される。密封装置21は環状であるが、図3においては、その左側部分のみが示されている。図3から明らかなように、密封装置21は、第1のシール部材24と第2のシール部材26を備える複合構造を有する。
【0019】
第1のシール部材24は、外輪8に取り付けられ、回転しない固定シール部材である。第1のシール部材24は、弾性環28および剛性環30を有する複合構造である。弾性環28は、弾性材料、例えばエラストマーで形成されている。剛性環30は、剛性材料、例えば金属から形成されており、弾性環28を補強する。剛性環30は、ほぼL字形の断面形状を有する。剛性環30の一部は、弾性環28に埋設されており、弾性環28に密着している。
【0020】
第1のシール部材24は、円筒部分24A、環状部分24B、ラジアルリップ24C、およびアキシャルリップ24D,24Eを有する。
【0021】
円筒部分24Aは、外輪8に取り付けられる取付け部を構成する。具体的には、円筒部分24Aは、外輪8の端部8Bに締まり嵌め方式で嵌め入れられる(すなわち圧入される)。
【0022】
環状部分24Bは、円環状であって、円筒部分24Aの径方向内側に配置され、内輪6に向けて径方向内側に広がる。円筒部分24Aと環状部分24Bは、剛性環30と弾性環28から構成されている。
【0023】
ラジアルリップ24Cおよびアキシャルリップ24D,24Eは、環状部分24Bから第2のシール部材26に向けて延び、これらのリップの先端は第2のシール部材26に接触する。これらのリップは、弾性環28から構成されている。
【0024】
第2のシール部材26は、スリンガーすなわち回転シール部材とも呼ぶことができる。第2のシール部材26は、内輪6に取り付けられており、内輪6の回転時に、第2のシール部材26は内輪6とともに回転し、外部から飛散して来る異物を跳ね飛ばす。
【0025】
この実施形態では、第2のシール部材26も、弾性環32および剛性環34を有する複合構造である。剛性環34は、剛性材料、例えば金属から形成されている。
【0026】
剛性環34は、ほぼL字形の断面形状を有する。具体的には、円筒状のスリーブ34Aと、スリーブ34Aから径方向外側に広がる円環状のフランジ34Bを備える。スリーブ34Aは、内輪6に取り付けられる取付け部を構成する。具体的には、スリーブ34Aには、内輪6の端部が締まり嵌め方式で嵌め入れられる(すなわち圧入される)。したがって、スリーブ34Aは内輪6を包囲する。
【0027】
フランジ34Bは、スリーブ34Aの径方向外側に配置され、径方向外側に広がっており、第1のシール部材24の環状部分24Bと対向する。この実施形態では、フランジ34Bは平板であり、スリーブ34Aの軸線に対して垂直な平面内にある。
【0028】
弾性環32は、剛性環34のフランジ34Bに密着している。見方を変えると、第2のシール部材26は、剛性材料のみから形成されたスリーブ34Aと、スリーブ34Aから径方向外側に広がっており第1のシール部材24の環状部分24Bと対向するフランジ35を有し、フランジ35が剛性材料と弾性材料から形成されている。
【0029】
弾性環32は、内輪6の回転速度を計測するために設けられている。具体的には、弾性環32は、強磁性材料製の磁性粉と磁性粉が分散された母材から形成されている。母材はエラストマー材料または樹脂材料製である。弾性環32の耐摩耗性を向上させるため、セラミックス粉を弾性環32の材料に混合してもよい。
【0030】
磁性粉が着磁されることによって、弾性環32は多数のS極とN極を有する。弾性環32においては、円周方向に等角間隔をおいて多数のS極とN極が交互に配置されている。したがって、弾性環32は、内輪6に固定されるロータリーエンコーダー用円板として使用することができる。
【0031】
第1のシール部材24のラジアルリップ(グリースリップ)24Cは、環状部分24Bの内側端から半径方向内側に延びる。ラジアルリップ24Cは、第2のシール部材26のスリーブ34Aに向けて延び、ラジアルリップ24Cの先端は、スリーブ34Aに接触する。ラジアルリップ24Cは、半径方向内側かつアウトボード側に向けて延び、主にハブ軸受1の内部からの潤滑剤の流出を阻止する役割を担う。
【0032】
第1のシール部材24のアキシャルリップ(サイドリップ)24D,24Eは、環状部分24Bから側方に延びる。アキシャルリップ24D,24Eの先端は、半径方向外側かつインボード側に向けて延び、第2のシール部材26のフランジ35の剛性部分34Bに接触する。アキシャルリップ24D,24Eは、主に外部からハブ軸受1の内部への異物の流入を阻止する役割を担う。
【0033】
第1のシール部材24が固定された外輪8に取り付けられている一方、内輪6および第2のシール部材26は回転するので、ラジアルリップ24Cおよびアキシャルリップ24D,24Eは第2のシール部材26に対して摺動する。
【0034】
但し、アキシャルリップ24D,24Eは必ずしも必須ではない。図示しないが、第2のシール部材26のフランジ35のうち環状部分24Bに対向する面に水排出のための複数の突起または羽根を設けてもよい。
【0035】
上記の通り、第2のシール部材26のフランジ35に設けられた弾性環32は、ロータリーエンコーダー用円板として使用することができる。
【0036】
弾性環32は、少なくともインボード側の面に磁性領域を有しており、磁性領域は、図4に示すように、円周方向に等角間隔をおいて交互に配置された等角間隔をおいて交互に配置された複数のS極領域Asと複数のN極領域Anを有する。複数のS極領域Asと複数のN極領域Anの各々は、放射状に延びる。このような複数のS極領域Asと複数のN極領域Anは、磁性領域の着磁処理によって生成することができる。
【0037】
図4では、10個のS極領域Asと10個のN極領域Anを示す。したがって、S極領域AsとN極領域Anの各々の中心角θは18度であり、内輪6が360度回転する間に、後述する磁気センサーの出力は10サイクル変化する。但し、S極領域AsとN極領域Anの数は図示に限定されない。
【0038】
上記の通り、磁性領域は、強磁性材料製の磁性粉と、磁性粉が分散されたエラストマー材料製または樹脂材料製の母材を含有する。ここで使用される磁性粉は、キュリー温度が互いに異なる2種類の磁性粉を有する混合磁性粉である。
【0039】
磁性粉の例は、バリウムおよび/またはストロンチウムを含有するフェライトの粉、アルニコの粉、ネオジム、鉄およびホウ素の化合物の粉、サマリウムとコバルトを主成分とする粉を含む。磁性粉は、高温になると磁性が低下する温度依存性を有する。また、磁性粉は、ある温度より高い温度では、磁性を永久に失う(この温度をキュリー温度という)。異なる種類の磁性粉は、異なる温度依存性および異なるキュリー温度を有する。
【0040】
以下、説明の便宜のため、弾性環32に使用される混合磁性粉のうち、低いキュリー温度を有する磁性粉を「低温消磁磁性粉」と呼び、高いキュリー温度を有する磁性粉を「高温消磁磁性粉」と呼ぶ。
【0041】
母材は、例えば、高い耐熱性を有するアクリロニトリル・ブタジエンゴム(NBR)またはエチレン-アクリル酸メチル共重合ゴムである。
【0042】
図5は、本発明の実施形態に係るABS(アンチロックブレーキシステム)制御装置のブロック図である。ABS制御装置は、自動車に設けられる。
【0043】
ABS制御装置は、ハブ軸受1に設けられたロータリーエンコーダー用円板である複数の弾性環32、それぞれ弾性環32の回転角変位を測定する複数の磁気センサー40、コントローラー42、記憶装置44、複数の車輪のブレーキをそれぞれ駆動するブレーキ駆動装置46、およびアラーム装置48を有する。
【0044】
図5において、符号の後の下付き文字は、その符号に対応する複数の要素を区別する。つまり、下付き文字1は自動車の右前車輪に対応し、下付き文字2は自動車の左前車輪に対応する。例えば、1は、右前車輪のためのハブ軸受1を示す。当業者には明らかなように、ABS制御装置は、他の車輪のための要素も有するが、それらの図示は省略する。
【0045】
磁気センサー40は、磁気抵抗(MR)センサーであるが、ホールセンサーであってもよい。磁気センサー40は、弾性環32の近傍に配置され、弾性環32の回転(すなわち、内輪6、スピンドルおよび車輪の回転)に伴って、磁気センサー40の付近を通過するS極領域AsとN極領域Anの変化に従って変化する電気信号を出力する。
【0046】
ロータリーエンコーダー用円板である弾性環32と磁気センサー40は、ロータリーエンコーダーを構成する。
【0047】
ブレーキ駆動装置46は、そのブレーキ駆動装置46に対応する車輪のブレーキを駆動する油圧装置である。油圧装置はブレーキを駆動する油圧アクチュエータと、油圧アクチュエータの油圧を監視する油圧測定装置を有する。油圧測定装置は、油圧を示す油圧測定信号をコントローラー42に逐次供給する。
【0048】
コントローラー42は、例えばCPU(Central Processing Unit)である。コントローラー42は、記憶装置44に格納されたコンピュータプログラムに従って動作する。具体的には、コントローラー42は、速度計算部として機能し、磁気センサー40の出力の変化から弾性環32の回転速度(すなわち、内輪6、スピンドルおよび車輪の回転速度)を計算する。
【0049】
また、コントローラー42は、コントローラー42で計算された各車輪の回転速度およびブレーキ駆動装置46から供給される油圧測定信号に基づいて、コンピュータプログラムに記述されたABS用のアルゴリズムに従って、各ブレーキ駆動装置46の油圧を制御するための指令を生成し、指令を各ブレーキ駆動装置46に供給する。
【0050】
さらに、コントローラー42は、温度監視部として機能し、コンピュータプログラムに従って、各磁気センサー40の出力を監視し、いずれかの磁気センサー40の出力に関して所定の条件(後述する)が満たされると、温度異常警告を生成する。温度異常警告を生成すると、コントローラー42は、アラーム装置48を起動する。
【0051】
アラーム装置48は、例えば発光装置でもよいし、表示装置でもよいし、スピーカーでもよい。発光装置は、コントローラー42に起動されると、温度異常警告を人間に通知するために連続して発光してもよいし、点滅してもよい。表示装置は、コントローラー42に起動されると、温度異常警告を人間に通知する文字または記号を表示し、さらには、温度異常警告の原因となった磁気センサー40に対応する車輪を文字または記号で表示してよい。スピーカーは、コントローラー42に起動されると、温度異常警告を人間に通知するために、音を発生し、さらには温度異常警告の原因となった磁気センサー40に対応する車輪を音声で通知してもよい。
【0052】
また、温度異常警告を生成すると、コントローラー42は、記憶装置44に温度異常警告の原因となった磁気センサー40に対応する車輪を記録する。この記録は、自動車の運転後の段階で、例えば作業者によって参照することができる。
【0053】
ABS制御装置のうち、ブレーキ駆動装置46を除く要素は速度測定装置50を構成すると考えることができる。
【0054】
次に、実施形態に係る混合磁性粉を含有する弾性環32の温度の変化に伴う磁気センサー40の出力の変化を説明する。
【0055】
図6は、正常状態、すなわち弾性環32の温度が一度も異常高温になったことがなく、かつ温度が低い場合の磁気センサー40の出力の変化を示す。弾性環32の回転に伴って、磁気センサー40の付近を通過するS極領域AsとN極領域Anが変化するので、磁気センサー40の出力は周期的に増減を繰り返す。弾性環32の温度が一度も異常高温になったことがない場合、混合磁性粉の低温消磁磁性粉も高温消磁磁性粉も磁性を失っていない。そして、弾性環32の温度が低い場合、低温消磁磁性粉も高温消磁磁性粉も高い磁性を有するので、磁気センサー40の出力の振幅Amは大きい。
【0056】
図7は、図6の状態の後、弾性環32が高温になった場合の磁気センサー40の出力の変化を示す。この段階では、混合磁性粉の低温消磁磁性粉も高温消磁磁性粉も磁性を失っていない。しかし、弾性環32の温度が高い場合、低温消磁磁性粉も高温消磁磁性粉も磁性が低下するので、図7に比べて磁気センサー40の出力の振幅Amは小さい。
【0057】
図8は、図7の状態の後、弾性環32が異常高温(低温消磁磁性粉のキュリー温度より高く、高温消磁磁性粉のキュリー温度より低い温度)になった場合の磁気センサー40の出力の変化を示す。弾性環32の温度が一旦低温消磁磁性粉のキュリー温度を超えると、低温消磁磁性粉の磁性が消失する。高温消磁磁性粉は、キュリー温度が高いため、高温消磁磁性粉の磁性が消失しないが、高温では高温消磁磁性粉の磁性が減少する。したがって、図8での磁気センサー40の出力の振幅Amは図7よりも顕著に小さい。
【0058】
しかし、図8の状態でも高温消磁磁性粉の磁性は消失していないので、磁気センサー40の出力は周期的に増減を繰り返す。したがって、コントローラー42は回転速度の測定を継続することが可能である。
【0059】
図9は、図8の状態の後、弾性環32が低温状態に戻った場合の磁気センサー40の出力の変化を示す。既に低温消磁磁性粉の磁性が消失しているが、高温消磁磁性粉の磁性は残っており、温度の低下に伴なって強まる。したがって、混合磁性粉全体の磁性は図6の状態よりも低下しており、磁気センサー40の出力の振幅Amは図6より小さいが、図8より顕著に大きい。高温消磁磁性粉の磁性は消失していないので、コントローラー42は回転速度の測定を継続することが可能である。
【0060】
低温消磁磁性粉のキュリー温度より高い温度で、低温消磁磁性粉の磁性が消失することを利用して、使用環境の温度が所定の高温を超えたか否かを監視することが可能である。図6から図9において、T1は磁気センサー40の出力の上方閾値を示し、T2は磁気センサー40の出力の下方閾値を示す。図8に示すように、磁気センサー40の出力の局所的最大値が上方閾値T1より低ければ、所定の高温を超えた異常高温状態であるとみなすことができる。あるいは、磁気センサー40の出力の局所的最小値が下方閾値T2より高ければ、異常高温状態であるとみなすことができる。あるいは、磁気センサー40の出力の振幅Amが振幅閾値(T1とT2の差分)より小さければ、異常高温状態であるとみなすことができる。
【0061】
図10は、ABS制御装置のコントローラー42の動作の一例を示すフローチャートである。
【0062】
コントローラー42は、各磁気センサー40の出力の読み取り開始後、各磁気センサー40の出力の変化から各車輪の回転速度を計算する。コントローラー42は、各車輪の回転速度とブレーキ駆動装置46から供給される油圧測定信号に基づいて、必要なブレーキ駆動装置46の油圧を制御する。
【0063】
さらにコントローラー42は、各磁気センサー40の出力の振幅Amが振幅閾値(T1とT2の差分)より小さいか否か判断する。いずれかの磁気センサー40の出力の振幅Amが振幅閾値より小さい場合には、コントローラー42は温度異常警告を生成し、アラーム装置48を起動する。
【0064】
いずれかの磁気センサー40の出力の振幅Amが振幅閾値より下回った場合も、そうでない場合も、弾性環32の高温消磁磁性粉の磁性は消失していないので、コントローラー42は各車輪の回転速度の計算とブレーキ駆動装置46の制御を継続することができる。
【0065】
この例では、磁気センサー40の出力の振幅Amが振幅閾値より小さい場合には、コントローラー42は温度異常警告を生成するが、磁気センサー40の出力の局所的最大値が上方閾値T1より低い場合にコントローラー42は温度異常警告を生成してもよい。あるいは、磁気センサー40の出力の局所的最小値が下方閾値T2より高い場合にコントローラー42は温度異常警告を生成してもよい。
【0066】
以上のように、磁気センサー40の出力を利用して、回転速度の測定だけでなく、温度を監視することができるので、温度の測定のために専用の装置を設ける必要がない。特に、実施形態では、密封装置21にロータリーエンコーダー用円板として機能する弾性環32が設けられているので、密封装置21を内輪6の封止、内輪6の回転速度の測定、および温度の監視に利用することができる。
【0067】
また、低温消磁磁性粉の磁性が消失した後でも、高温消磁磁性粉の磁性が消失しない限り、磁気センサー40の出力は内輪6の回転に伴って変化するので、回転速度の測定を継続することが可能である。さらに弾性環32が高温になって、高温消磁磁性粉の磁性が消失した場合には、回転速度の測定はもはやできない。しかし、回転速度の測定が不能になる前に低温消磁磁性粉の磁性が消失するので、異常高温状態がアラーム装置48によって人間に通知される。
【0068】
低温消磁磁性粉のキュリー温度は、使用される位置でのロータリーエンコーダー用円板の想定される異常温度より低く、高温消磁磁性粉のキュリー温度は想定されるその異常温度より高いことが好ましい。このようにして、ロータリーエンコーダー用円板である弾性環32の温度が、例えば転がり軸受に設けられた場合に想定される異常温度を超えたか否かを監視することが可能である。
【0069】
以上、本発明の好ましい実施形態を参照しながら本発明を図示して説明したが、当業者にとって特許請求の範囲に記載された発明の範囲から逸脱することなく、形式および詳細の変更が可能であることが理解されるであろう。このような変更、改変および修正は本発明の範囲に包含されるはずである。
【0070】
例えば、上記の実施の形態においては、コントローラー42は例えばCPUであるが、上記の実施形態でCPUが実行する各機能は、CPUの代わりに、ハードウェアで実行してもよいし、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array),DSP(Digital Signal Processor)等のプログラマブルロジックデバイスで実行してもよい。
【0071】
本発明の態様は、下記の番号付けされた条項にも記載される。
【0072】
条項1. 回転体に固定されるロータリーエンコーダー用円板であって、
磁性領域を有し、前記磁性領域は、等角間隔をおいて交互に配置された複数のS極領域と複数のN極領域を有し、
前記磁性領域は、強磁性材料製の混合磁性粉と、前記混合磁性粉が分散されたエラストマー材料製または樹脂材料製の母材を含有し、
前記混合磁性粉は、キュリー温度が互いに異なる2種類の磁性粉を有することを特徴とするロータリーエンコーダー用円板。
【0073】
条項2. 前記回転体と、前記回転体の径方向外側に配置された外側部材との間に配置され、前記回転体と前記外側部材との間の間隙を封止する密封装置であって、
前記外側部材に取り付けられる第1のシール部材と、
前記回転体に取り付けられる第2のシール部材とを有し、
前記第2のシール部材は、前記回転体を包囲するスリーブと、前記スリーブから径方向外側に広がるフランジを有し、前記フランジに条項1に記載のロータリーエンコーダー用円板が設けられ、
前記第1のシール部材は、前記第2のシール部材が摺動可能に接触するリップを有する
ことを特徴とする密封装置。
【0074】
この条項によれば、密封装置を回転体の封止、回転体の回転速度の測定、および温度の監視に利用することができる。
【0075】
条項4. 条項1に記載のロータリーエンコーダー用円板と、
前記ロータリーエンコーダー用円板の回転角変位を測定する磁気センサーと、
前記磁気センサーの出力の変化から前記ロータリーエンコーダー用円板の回転速度を計算する速度計算部と、
前記磁気センサーの出力を監視し、前記出力の振幅が振幅閾値より小さい場合、前記出力の局所的最大値が上方閾値より低い場合、または前記出力の局所的最小値が下方閾値より高い場合に、温度異常警告を生成する温度監視部を有する
ことを特徴とする速度測定装置。
【0076】
この条項によれば、磁気センサーの出力を利用して、回転速度の測定だけでなく、温度を監視することができるので、温度の測定のために専用の装置を設ける必要がない。一方の磁性粉の磁性が消失した後でも、他方の磁性粉の磁性が消失しない限り、磁気センサーの出力は、回転体の回転に伴って、変化するので、回転速度の測定を継続することが可能である。
【符号の説明】
【0077】
1 ハブ軸受
6 内輪(回転体)
8 外輪(外側部材)
21 密封装置
24 第1のシール部材
26 第2のシール部材
24C ラジアルリップ
24D,24E アキシャルリップ
32 弾性環(ロータリーエンコーダー用円板)
34 剛性環
34A スリーブ
34B フランジ
35 フランジ
40 磁気センサー
42 コントローラー(速度計算部、温度監視部)
48 アラーム装置
As S極領域
An N極領域
図1
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図10