(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】密封装置の円盤部材の表面加工方法、及び、密封装置
(51)【国際特許分類】
F16J 15/00 20060101AFI20230810BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20230810BHJP
F16J 15/3244 20160101ALI20230810BHJP
F16J 15/3252 20160101ALI20230810BHJP
B24B 19/02 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
F16J15/00 B
F16J15/3232 201
F16J15/3244
F16J15/3252
B24B19/02
(21)【出願番号】P 2020504052
(86)(22)【出願日】2019-10-24
(86)【国際出願番号】 JP2019041636
(87)【国際公開番号】W WO2020090602
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-06-20
(31)【優先権主張番号】P 2018205327
(32)【優先日】2018-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】米内 寿斗
(72)【発明者】
【氏名】坂野 祐也
(72)【発明者】
【氏名】井上 雅彦
【審査官】宮下 浩次
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/097233(WO,A1)
【文献】特開2017-069271(JP,A)
【文献】特開2012-166326(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/00 - 15/56
B24B 19/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
密封装置が備える円盤部材の表面に複数の渦巻き状の微細な溝を形成する密封装置の円盤部材の表面加工方法であって、
軸を中心に相対的に回転する前記円盤部材の表面に、微細な突起を複数有する研削部材を押し当てながら外縁側に移動させ、
前記研削部材の、前記円盤部材の表面に当接する表面が、研磨用の砥粒が基布に塗されて接着剤で固定された研磨材であ
り、かつ、前記研削部材を押し当てながら外縁側に移動させる際に前記砥粒の少なくとも一部が前記基布から脱落したり移動したりするように前記基布に固定された研磨材であることを特徴とする密封装置の円盤部材の表面加工方法。
【請求項2】
前記円盤部材の表面に前記研削部材を押し当てて、前記円盤部材が1回転以上した後に、研削部材を前記円盤部材の外縁側に移動することを特徴とする請求項1に記載の密封装置の円盤部材の表面加工方法。
【請求項3】
前記円盤部材が、軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置に、前記孔に嵌着される密封装置本体とともに備えられ、前記軸に取り付けられるスリンガであり、
前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、
前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、
前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部の前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、
前記研削部材が押し当てられる表面が、前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面であることを特徴とする請求項1または2に記載の密封装置の円盤部材の表面加工方法。
【請求項4】
軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、
前記孔に嵌着される密封装置本体と、
前記軸に取り付けられるスリンガと、を備え、
前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、
前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、
前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部の前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、
前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面には、複数の渦巻き状の微細な溝がランダムに形成されており、
複数の前記溝は、1周で径方向位置がずれている溝、途中で途切れている溝、及び渦巻き形状が同一でない溝を含み、
前記溝の深さが、4μm以上かつ10μmよりも小さい範囲であることを特徴とする密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封装置が備える円盤部材の表面に複数の渦巻き状の微細な溝を形成する密封装置の円盤部材の表面加工方法、及び、軸とこの軸が挿入される孔との間の密封を図るための密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両や汎用機械等において、例えば潤滑油等の密封対象物の漏洩の防止を図るために、軸とこの軸が挿入される孔との間を密封するために従来から密封装置が用いられている。このような密封装置においては、シールリップを軸に又は軸に取りけられる環状部材に接触させることにより軸と密封装置との間の密封を図っている。このような密封装置の中には、端面接触型と言われているものがある。端面接触型の密封装置は、軸に取り付けられたスリンガに軸に沿って延びるシールリップを接触させることにより密封対象物の漏洩の防止を図っている。
【0003】
従来の端面接触型の密封装置には、シールリップが接触するスリンガに溝を設け、スリンガの回転時の溝のポンプ作用により、大気側の空気と一緒に油等の密封対象物を密封対象物側へ送ることによりシール性を向上させたものがある。このような従来の端面接触型の密封装置においては、上述のように、スリンガの回転時はポンプ作用により、滲み出た密封対象物を密封対象物側へ戻すことができるが、スリンガの停止時は、スリンガの溝と端面リップとの間に形成される隙間から密封対象物が漏れ出てしまう、所謂静止漏れが発生してしまう場合がある。
【0004】
この静止漏れを防止するため、従来の端面接触型の密封装置には、シールリップの内周側にスリンガに接触するシールリップを更に設けて、外周側のシールリップにおいて発生した静止漏れにより滲み出た密封対象物の更なる外部への漏洩の防止を図っているものがある(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような従来の端面接触型の密封装置においては、上述のように、内周側のシールリップによって静止漏れの防止を図っているが、スリンガに2つのシールリップが接触しており、スリンガの回転時に軸に対する摺動抵抗が上昇してしまう。近年、車両等の低燃費化の要求から、密封装置には、軸に対する摺動抵抗の低減が求められており、端面接触型の密封装置に対しては、静止漏れを防止しつつ軸に対する摺動抵抗の低減を図ることができる構造が求められている。
【0007】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、軸に対する摺動抵抗を増加させることなく密封対象物の静止漏れを防止することができる密封装置、及び、当該密封装置に備えられるスリンガ等の円盤部材の表面を容易に加工するために用いる密封装置の円盤部材の表面加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法は、密封装置が備える円盤部材の表面に複数の渦巻き状の微細な溝を形成する密封装置の円盤部材の表面加工方法であって、軸を中心に相対的に回転する前記円盤部材の表面に、微細な突起を複数有する研削部材を押し当てながら外縁側に移動することを特徴とする。
【0009】
本発明の一態様に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法において、前記研削部材の、前記円盤部材の表面に当接する表面が、研磨材であることが好ましい。
【0010】
本発明の一態様に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法において、前記円盤部材の表面に前記研削部材を押し当てて、前記円盤部材が1回転以上した後に、前記研削部材を前記円盤部材の外縁側に移動することができる。
【0011】
本発明の一態様に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法において、前記円盤部材が、軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置に、前記孔に嵌着される密封装置本体とともに備えられ、前記軸に取り付けられるスリンガであり、前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部の前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、前記研削部材が押し当てられる表面が、前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面であるものとすることができる。
【0012】
一方、本発明に係る密封装置は、軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、前記孔に嵌着される密封装置本体と、前記軸に取り付けられるスリンガと、を備え、前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部の前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面には、複数の渦巻き状の微細な溝がランダムに形成されていることを特徴とする。
【0013】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記溝の深さが、2μm~20μmの範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法によれば、容易に、円盤部材の表面に複数の渦巻き状の微細な溝を形成することができる。そして、本発明に係る密封装置の円盤部材の表面加工方法によってスリンガの表面を加工することで、軸に対する摺動抵抗を増加させることなく密封対象物の静止漏れを防止することができる密封装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施の形態によって最終的に得られる密封装置の概略構成を示すための軸線に沿う断面における断面図である。
【
図2】
図1の密封装置の軸線に沿う断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【
図3】
図1の密封装置におけるスリンガを外側から見た模式側面図である。
【
図4】溝の形状を説明するための図であり、
図4Aは、互いに隣接する溝を外側から見たスリンガの部分拡大側面図であり、
図4Bは、軸線に沿う断面における溝の形状を示すスリンガの部分拡大断面図である。
【
図5】本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法を適用した加工装置の模式斜視図である。
【
図6】
図5の加工装置を軸y方向手前から見た模式的な正面図である。
【
図7】
図3のスリンガの変形例を示す模式側面図である。
【
図8】密封装置における端面リップの接触する接触面の変形例を示すための図である。
【
図9】密封装置における端面リップの接触する接触面の他の変形例を示すための図である。
【
図10】密封装置における端面リップの接触する接触面の他の変形例を示すための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0017】
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の概略構成を示すための軸線xに沿う断面における断面図であり、
図2は、密封装置1の軸線xに沿う断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【0018】
本発明の実施の形態に係る密封装置1は、軸とこの軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であり、車両や汎用機械において、軸とハウジング等に形成されたこの軸が挿入される孔(軸孔)との間を密封するために用いられる。例えば、エンジンのクランクシャフトとフロントカバーやシリンダブロック及びクランクケースに形成されている軸孔であるクランク孔との間の環状の空間を密封するために用いられる。なお、密封装置1が適用される対象は、上記に限られない。
【0019】
以下、説明の便宜上、軸線x方向において矢印a(
図1参照)方向(軸線方向において一方の側)を内側とし、軸線x方向において矢印b(
図1参照)方向(軸線方向において他方の側)を外側とする。より具体的には、内側は、密封対象空間の側(密封対象物側)であり潤滑油等の密封対象物が存在する空間の側であり、外側は、内側とは反対の側である。また、軸線xに垂直な方向(以下、「径方向」ともいう。)において、軸線xから離れる方向(
図1の矢印c方向)を外周側とし、軸線xに近づく方向(
図1の矢印d方向)を内周側とする。
【0020】
図1に示すように、密封装置1は、後述する取付対象としての孔に嵌着される密封装置本体2と、後述する取付対象としての軸に取り付けられるスリンガ3とを備えている。密封装置本体2は、軸線x周りに環状の補強環10と、補強環10に取り付けられている弾性体から形成されている軸線x周りに環状の弾性体部20とを備えている。スリンガ3は、外周側(矢印c方向)に向かって延びる軸線x周りに環状の部分であるフランジ部31を有している。弾性体部20は、軸線x方向において一方の側(内側、矢印a方向)に向かって延びる、フランジ部31の軸線方向xにおいて他方の側(外側、矢印b方向側)の面(外側面31d)と接触する軸線x周りに環状のリップである端面リップ21を有している。スリンガ3のフランジ部31の外側面31dには、無数の(複数の)微細な溝33が形成されている。以下、密封装置1の密封装置本体2及びスリンガ3の各構成について具体的に説明する。
【0021】
密封装置本体2において補強環10は、
図1,2に示すように、軸線xを中心又は略中心とする環状の金属製の部材であり、後述するハウジングの軸孔に密封装置本体2が圧入され嵌合されて嵌着されるように形成されている。補強環10は、例えば、外周側に位置する筒状の部分である筒部11と、筒部11の外側の端部から内周側に延びる中空円盤状の部分である円盤部12と、円盤部12の内周側の端部から内側且つ内周側へ延びる円錐筒状の環状の部分である錐環部13と、錐環部13の内側又は内周側の端部から内周側へ径方向に延びて補強環10の内周側の端部に至る中空円盤状の部分である円盤部14とを有している。補強環10の筒部11は、より具体的には、外周側に位置する円筒状又は略円筒状の部分である外周側円筒部11aと、外周側円筒部11aよりも外側及び内周側において延びる円筒状又は略筒状の部分である内周側円筒部11bと、外周側円筒部11aと内周側円筒部11bとを接続する部分である接続部11cとを有している。筒部11の外周側円筒部11aは、後述するハウジング50(
図3)の軸孔51に密封装置本体2が嵌着された際に、密封装置本体2の軸線xと軸孔51の軸線との一致が図られるように、軸孔51に嵌め込まれる。補強環10には、略外周側及び外側から弾性体部20が取り付けられており、補強環10により弾性体部20を補強している。
【0022】
弾性体部20は、
図1,2に示すように、補強環10の円盤部14の内周側の端の部分に取り付けられている部分である基体部25と、補強環10の筒部11に外周側から取り付けられている部分であるガスケット部26と、基体部25とガスケット部26との間において外側から補強環10に取り付けられている部分である後方カバー部27とを有している。ガスケット部26は、より具体的には、
図2に示すように、補強環10の筒部11の内周側円筒部11bに取り付けられている。また、ガスケット部26の外径は、後述する軸孔51の内周面51a(
図4参照)の径よりも大きくなっている。このため、密封装置本体2が後述する軸孔51に嵌着された場合、ガスケット部26は、補強環10の内周側円筒部11bと軸孔51との間で径方向に圧縮され、軸孔51と補強環10の内周側円筒部11bとの間を密封する。これにより、密封装置本体2と軸孔51との間が密封される。ガスケット部26は、軸線x方向全体に亘って外径が軸孔51の内周面の径よりも大きくなっていなくてもよく、一部において外径が軸孔51の内周面の径よりも大きくなっていてもよい。例えば、ガスケット部26の外周側の面に、先端の径が軸孔51の内周面51aの径よりも大きい環状の凸部が形成されていてもよい。
【0023】
また、弾性体部20において、端面リップ21は、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部25から内側(矢印a方向)に向かって延びている。密封装置1が取付対象において所望の位置に取り付けられた使用状態において、端面リップ21は、端面リップ21の内周側の面である内周面22のスリンガ接触部23が所定の締め代を持ってスリンガ3のフランジ部31に外側から接触するように形成されている。端面リップ21は、例えば、軸線x方向において内側(矢印a方向)に向かうに連れて拡径する円錐筒状の形状を有している。つまり、
図1,2に示すように、端面リップ21は、軸線xに沿う断面(以下、単に断面ともいう。)において、基体部25から内側及び外周側に、軸線xに対して斜めに延びている。
【0024】
また、弾性体部20は、ダストリップ28と中間リップ29とを有している。ダストリップ28は、基体部25から軸線xに向かって延びるリップであり、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部25から延びており、後述する密封装置1の使用状態において、先端部が所定の締め代を持ってスリンガ3に外周側から接触するように形成されている。ダストリップ28は、例えば、軸線x方向において外側(矢印b方向)に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有している。ダストリップ28は、使用状態において、密封対象物側とは反対側である外側からダストや水分等の異物が密封装置1の内部に侵入することの防止を図っている。ダストリップ28は、密封装置1の使用状態においてスリンガ3と接触しないように形成されていてもよい。
【0025】
中間リップ29は、
図2に示すように、基体部25から断面略L字型に内側へ向かって延びるリップであり、軸線x方向を中心または略中心として円環状に基体部25から延びており、基体部25との間に内側に向かって開放する環状の凹部を形成している。中間リップ29は、密封装置1の使用状態においてスリンガ3と接触していない。中間リップ29は、使用状態において、端面リップ21がスリンガ3に接触するスリンガ接触部23を越えて密封対象物が内部に滲み入った場合に、この滲み入った密封対象物がダストリップ28側へ流れ出すことの防止を図るために形成されている。中間リップ29は、他の形状であってもよく、例えば軸線x方向において内側に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有していてもよい。中間リップ29は、その先端がスリンガ3に接触するように形成されていてもよい。
【0026】
上述のように、弾性体部20は、端面リップ21、基体部25、ガスケット部26、後方カバー部27、ダストリップ28、及び中間リップ29を有し、各部分は一体となっており、弾性体部20は同一の材料から一体に形成されている。なお、弾性体部20の形状は、上述の形状に限られるものではなく、適用対象に応じて種々の形状とすることができる。
【0027】
上述の補強環10は、金属材から形成されており、この金属材としては、例えば、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)がある。また、弾性体部20の弾性体としては、例えば、各種ゴム材がある。各種ゴム材としては、例えば、ニトリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H-NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等の合成ゴムを挙げることができる。
【0028】
補強環10は、例えばプレス加工や鍛造によって製造され、弾性体部20は成形型を用いて架橋(加硫)成形によって成形される。この架橋成形の際に、補強環10は成形型の中に配置されており、弾性体部20が架橋接着により補強環10に接着され、弾性体部20と補強環10とが一体的に成形される。
【0029】
スリンガ3は、後述する密封装置1の使用状態において軸に取り付けられる環状の部材であり、軸線xを中心又は略中心とする円環状の部材である。スリンガ3は、断面が略L字状の形状を有しており、フランジ部31と、フランジ部31の内周側の端部に接続する軸線x方向に延びる筒状又は略筒状の筒部34とを有している。
【0030】
フランジ部31は、具体的には、筒部34から径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の内周側円盤部31aと、内周側円盤部31aよりも外周側において広がっている径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の外周側円盤部31bと、内周側円盤部31aの外周側の端部と外周側円盤部31bの内周側の端部とを接続する接続部31cとを有している。外周側円盤部31bは、内周側円盤部31aよりも軸線x方向において外側に位置している。なお、フランジ部31の形状は、上述の形状に限られるものではなく、適用対象に応じて種々の形状とすることができる。例えば、フランジ部31は、内周側円盤部31a及び接続部31cを有しておらず、外周側円盤部31bが筒部34まで延びており筒部34に接続しており、筒部34から径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の部分であってもよい。
【0031】
スリンガ3が端面リップ21に接触する部分であるリップ接触部32は、フランジ部31において、外周側円盤部31bの外側に面する面である外側面31dに位置されている。外側面31dは径方向に広がる平面に沿う面であることが好ましい。
【0032】
上述のように、スリンガ3の外周面31dには、無数の(複数の)微細な溝33が形成されている。本実施の形態においては、
図3に示すように、スリンガ3の外周面31dには複数の溝33が形成されている。
図3は、本発明の実施の形態に係る密封装置1におけるスリンガ3を外側から見た模式側面図である。なお、
図3は、説明のための模式図であり、微細な溝33の存在が溝として認識できるように、その密度を下げ、かつ、線として明確に描いているが、実際には、ごく微細な溝であり、かつ、面に満遍なく高密度に存在していて、線が多数存在することは視認できるものの、図面に描くことができないほど緻密かつランダムな状態である。
【0033】
図3に示すように、スリンガ3の外周面31dには、渦巻き形状(螺旋状の平面曲線)で、その間隔や長さはランダムな溝33が無数に形成されている。詳しくは、内周側には略円形状の溝33aが無数に形成され、当該溝33aを起点として、あるいは、溝33aとは独立して、内周側から徐々に外周側へと進む右巻きの渦巻き形状の溝33bが無数に形成されており、当該溝33bが、端面リップ21が接触する部分を交差している。即ち、溝33bは、内周側と外周側との間に延びており、スリンガ3のフランジ部31の外側円盤部31bの外側面31dにおける端面リップ21との接触部であるリップ接触部32を交差している。
【0034】
溝33a及び溝33bは、微視的に観れば、どちらも、相互の間隔が一定ではなく、ランダムである。また、溝33aは、微視的に観れば、完全に円を描いているものの他、1周で径方向位置が多少ずれて、結果としてやや渦巻き状となっていたり、途中で途切れていたり等完全には円形ではないものを含んでいる。また、溝33bは、微視的に観れば、溝33aを起点としてスリンガ3の外周面31dにおける外縁まで到達しているものの他、途中で途切れていたり、溝33aから距離を置いた場所を起点としていたり等渦巻き形状が完全には同一ではないものを含んでいる。しかし、全体的には、内周側に略円形状の溝33aが無数に形成され、内周側から徐々に外周側へと右巻きの渦巻き形状の溝33bが無数に形成された状態となっている。
【0035】
次いで、上述の構成を有する密封装置1の作用について説明する。
図4は、密封装置1が取付対象としてのハウジング50及びこのハウジング50に形成された貫通孔である軸孔51に挿入された軸52に取り付けられた使用状態における密封装置1の部分拡大断面図である。ハウジング50は、例えばエンジンのフロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースであり、軸孔51は、フロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースに形成されたクランク孔である。また、軸52は、例えば、クランクシャフトである。
【0036】
図4に示すように、密封装置1の使用状態において、密封装置本体2は軸孔51に圧入されて軸孔51に嵌着されており、スリンガ3は軸52に締り嵌めされて軸52に取り付けられている。より具体的には、補強環10の外周側円筒部11aが軸孔51の内周面51aに接触して、密封装置本体2の軸孔51に対する軸心合わせが図られ、また、弾性体部20のガスケット部26が軸孔51の内周面51aと補強環10の内周側円筒部11bとの間で径方向に圧縮されてガスケット部26が軸孔51の内周面51aに密着して、密封装置本体2と軸孔51との間の密封が図られている。また、スリンガ3の円筒部35が軸52に圧入され、円筒部35の内周面35aが軸52の外周面52aに密着し、軸52にスリンガ3が固定されている。
【0037】
密封装置1の使用状態において、弾性体部20の端面リップ21が、内周面22の先端21a側の部分であるスリンガ接触部23において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bの外側面31dの部分であるリップ接触部32に接触するように、密封装置本体2とスリンガ3との間の軸線x方向における相対位置が決められている。端面リップ21とフランジ部31との接触により、密封装置本体2とスリンガ3との間の密封が図られており、密封対象物側からの密封対象物の漏洩の防止が図られている。また、ダストリップ28は先端側の部分においてスリンガ3の筒部34に外周側から接触している。ダストリップ28は、例えば、スリンガ3の円筒部35の外周面35bに接触している。
【0038】
また、密封装置1の使用状態において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bに形成された複数の溝33は、軸52(スリンガ3)が回転した場合にポンプ作用をもたらす。軸52(スリンガ3)の回転により、フランジ部31と端面リップ21との間の空間である挟空間Sにおいて、スリンガ接触部23及びリップ接触部32近傍の領域にポンプ作用が生じる。このポンプ作用により、密封対象物側から密封対象物が挟空間Sに滲み出た場合であっても、滲み出た密封対象物が挟空間Sからスリンガ接触部23及びリップ接触部32を越えて密封対象物側に戻される。このように、スリンガ3のフランジ部31に形成された溝33が生ずるポンプ作用により、挟空間Sへの密封対象物の滲み出が抑制されている。
【0039】
また、上述のように、溝33は、端面リップ21が接触するスリンガ3の部分であるリップ接触部32を内周側と外周側との間で交差しており、互いに接触するスリンガ接触部23とリップ接触部32との間に、溝33によって内周側と外周側との間に延びる隙間が形成される。このため、軸52が静止している、つまりスリンガ3が静止している密封装置1の静止状態において、溝33を通って密封対象物側から密封対象物が滲み出てくる静止漏れが発生すると考えられる。しかし、本密封装置1においては、上述のようにスリンガ3に形成された溝33は浅い溝であり、溝33の深さhは小さな値となっている。このため、密封装置1の静止状態において、静止漏れの発生が防止されている。
【0040】
また、スリンガの溝に基づくポンプ作用は、スリンガの回転が高速になるほど低減することが従来より知られている。これは、スリンガの回転が高回転になるほど、ポンプ領域がスリンガ接触部及びリップ接触部側に向かって収縮するためであると考えられる。これに対し、密封装置1においては、スリンガ3に無数の溝33が形成されているため、スリンガ3の回転が高回転になり、スリンガ3の各溝33のポンプ作用が低減した場合でも、スリンガ3に形成された多数の溝33に基づくポンプ作用により、密封対象物の滲み出しの防止に必要なポンプ量を確保することができる。また、スリンガ3に無数の溝33が形成されているため、スリンガ3の回転数に拘らず、スリンガ3の溝33に基づくポンプ作用を向上させることができる。
【0041】
図3に示す溝33は、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法(以下、略して「本発明の表面加工方法」と称する場合がある。)を採用することにより、容易に形成することができる。以下、本発明の表面加工方法について説明する。
本発明の表面加工方法は、軸を中心に相対的に回転する円盤部材の表面に、微細な突起を複数有する研削部材を押し当てながら外縁側に移動することにより、前記円盤部材の表面に複数の渦巻き状の微細な溝を形成することを特徴とするものである。このときの加工対象としての円盤部材をスリンガ3にすることで、
図3に示されるような溝33を容易に形成することができる。
【0042】
図5は、本発明の表面加工方法を適用した加工装置6の模式的な斜視図であり、
図6は、この加工装置6を軸y方向手前から見た模式的な正面図である。この加工装置6は、回転装置61と、回転台62と、可動アーム63と、研削具(研削部材)64とを備えている。
【0043】
回転台62にはスリンガ3がセットされ、回転装置61の回転力により軸yを中心としてスリンガ3を矢印a方向に回転する。また、研削具64は、研磨面(この例では、研磨ホイル部64aの外周)をスリンガ3の外周側円盤部31bにおける外側面31dに対向させた状態で、可動アーム63に保持されている。
【0044】
回転装置61は、回転台62を回転させる機能を有するものであり、例えば、CNC旋盤を挙げることができる。ただし、本発明においては、回転台62等の保持具を介して、あるいは、保持具を介さずに直接、加工対象である円盤部材を回転させる機能を有していれば、どのような装置を用いてもよく、本発明の表面加工方法のために専用の回転装置を製造しても構わない。
【0045】
可動アーム63は、
図5に示すように、スリンガ3の外周側円盤部31bにおける外側面31dに向かう矢印b方向とその逆の離れる方向への動きと、スリンガ3の径方向の外縁側に進む矢印c方向と中心側に戻る方向への動きと、がいずれも可能な可動部材となっている。
【0046】
研削具64は、軸64bと該軸64bの先端で研磨用の砥粒が塗された研磨布が複数枚放射状に取り付けられた研磨ホイル部64aとからなり、軸64bが可動アーム63に取り付けられて、研磨ホイル部64aの外周面により研削対象物を研削(研磨)できるようにしている。研磨ホイル部64aとしては、例えば、株式会社イチグチ製のフラップホイルや、メガブライトホイル等を挙げることができる。研磨ホイル型の研磨具は、通常、グラインダ等の回転装置に軸が取り付けられ回転させて用いられるが、本発明の表面加工方法では、回転させずにそのまま可動アーム63に支持できればよい。
【0047】
なお、研削具64としては、本例のように研磨ホイル型の研磨具に限定されず、砥粒が塗された研磨面を研削対象物に当接させて研磨する研磨材であれば、例えば、一般的なサンドペーパー等をいずれも利用することができる。また、本発明においては、研磨材に限られず、微細な突起を複数有する研削部材を利用可能であるが、それについては後述することとし、ここでは研磨材を用いた例について説明する。なお、本発明において「研削」には、微細な溝がランダムに形成される研磨材による「研磨」も、概念に含むものとする。
【0048】
まず、加工準備として、回転装置61の電源を入れ、回転台62とともにスリンガ3を左回り(矢印a方向)に回転させる(工程1)。次に、可動アーム63を矢印b方向に動かすことで、スリンガ3の外周面31dにおける内周側に、研削具64の研磨ホイル部64aの外周面を所定の押圧力で押し当て、そのままスリンガ3が1回転以上するまで保持する(工程2)。この工程2の操作によって、スリンガ3の外周面31dにおける内周側には、略円形状の無数の溝33aが形成される。
【0049】
その後、上記所定の押圧力を保持したまま、可動アーム63を矢印c方向に所定の速度で動かすことで、研削具64をスリンガ3の径方向の外縁側に動かし、外縁まで達したところで作業を終了する(工程3)。この工程3の操作によって、スリンガ3の外周面31dには、内周側から徐々に外周側へと進む右巻きの渦巻き形状の無数の溝33bが形成される。
以上のようにして、
図3に示す如き溝33は、容易に形成することができる。
【0050】
研削具64として、研磨用の砥粒が基布に塗され、接着剤で固定された研磨材を用いているため、スリンガ3の外周側円盤部31bにおける外側面31dには、その砥粒による研削跡が微細な溝33として形成されるが、当該砥粒が研磨材表面でランダムに配置され、かつ、脱落したり、移動したりすることで、溝33の相互間の間隔(ピッチ)が一定ではなく、かつ、スリンガ3に対する研削具64の相対的な動きと溝33の形状とが一致しない溝を含む、既述の如きランダム形状となる。
【0051】
なお、スリンガ3に対する研削具64の矢印c方向の移動範囲としては、スリンガ3の外縁まで到達する必要はなく、途中で終わらせても構わない。形成される溝33が、(個々の溝ではなく)全体として、端面リップ21が接触するスリンガ3の部分であるリップ接触部32を内周側と外周側との間で交差するように形成されれば、外縁まで達していなくても問題ない。
【0052】
上記表面加工方法において、工程2の操作の一部を省略してもよい。即ち、回転装置61によって、回転台62とともにスリンガ3を左回り(矢印a方向)に回転させ(工程1)、次に、可動アーム63を矢印b方向に動かすことで、スリンガ3の外周面31dにおける内周側に、研削具64の研磨ホイル部64aの外周面を所定の押圧力で押し当て(工程2’)、その後すぐに、上記所定の押圧力を保持したまま、可動アーム63を矢印c方向に所定の速度で動かすことで、研削具64をスリンガ3の径方向の外縁側に動かし、外縁まで達したところで作業を終了する(工程3)。
【0053】
以上のようにして形成した場合の溝を有するスリンガを、
図3と同様に、密封装置の外側から見た、模式側面図を
図7に示す。なお、当該
図7は、
図3と同様、説明のための模式図である。
図7に示すように、スリンガ3の外周面31dには、内周側から徐々に外周側へと進む右巻きの渦巻き形状の溝33bが無数に形成されており、当該溝33bが、端面リップ21が接触する部分を交差している。即ち、溝33bは、内周側と外周側との間に延びており、スリンガ3のフランジ部31の外側円盤部31bの外側面31dにおける端面リップ21との接触部であるリップ接触部32を交差している。
【0054】
なお、
図3のスリンガ3には形成されている、内周側の略円形状の溝33aは、
図7のスリンガ3には形成されていない。このように内周側の略円形状の溝33aが形成されていなくても、内周側と外周側との間に延び、スリンガ3のフランジ部31の外側円盤部31bの外側面31dにおける端面リップ21との接触部であるリップ接触部32を交差する溝33bが形成されていれば、問題ない。
【0055】
いずれの表面加工方法においても、上記表面加工方法による操作を複数回繰り返してもよい。例えば、可動アーム63の矢印c方向への移動速度(この移動を「送り」、その速度を「送り速度」と称する場合がある。)を速めて、研削具64をスリンガ3の径方向の外縁側に早く動かして、1回の操作を終わらせると、スリンガ3の径方向における研削具64の接触幅にもよるが、溝の集合が一筆の渦巻き状に描かれた状態、即ち、スリンガ3の径方向において、溝が断続的に形成される。したがって、その溝が形成されていない箇所を埋めるために、上記表面加工方法による操作を複数回繰り返すことが好ましい。特に、変形例である後者の表面加工方法においては、内周側の溝33bの起点の位置が不揃いになりやすいため、これを揃えるべく、溝が断続的に形成されるか否かにかかわらず、複数回繰り返すことができる。
図3に示す溝形状となる前者の表面加工方法であっても、2回目以降の操作は、工程2の操作の一部を省略する後者の表面加工方法の操作とすることができる。
【0056】
溝33の深さhは、研削具64としての研磨材の砥粒のサイズによって、調整することができるが、その他の条件によっても適宜調整することができる。具体的には、例えば、回転装置61による回転台62及びスリンガ3の回転速度、即ち研削(研磨)速度が、早ければ溝33が浅く、遅ければ深くなる傾向がある。また、送り速度が、早ければ溝33が浅く、遅ければ深くなる傾向がある。さらに、スリンガ3の外周面31dへの研削具64の押圧力を小さくすれば溝33が浅く、大きくすれば深くなる傾向がある。
【0057】
したがって、まずは目標とする溝33の深さhに合わせた大きさの砥粒、具体的には、その深さhに対して20倍~50倍程度の径の砥粒の研磨材を用い、上記その他の各条件を適宜調整することで、溝33の深さhを微調整することができる。例えば、溝33の深さhを10μmとしようとする場合には、粒度(JIS B 4130 A方式)として、#50~#120の範囲から選択し、その他の条件により微調整すればよい。
【0058】
溝は浅いほど、つまり溝33の深さhの値が小さいほど、静止漏れを抑制することができ、静止漏れ防止性能が高い。また、溝の条数nが多くなれば、スリンガ接触部23及びリップ接触部32を貫通する空間の数が増え、静止漏れしやすくなると考えられる。したがって、研削具64として研磨材を用いて形成された溝33では、条数nが無数である、即ち極めて多いため、静止漏れしやすくなるようにも考えられる。
【0059】
しかし、溝33を微細にすることで、無数に溝33が形成されていても静止漏れを生じにくくすることができることが、本発明者らにより見出された。
具体的に、どの程度の大きさであれば、密封装置1の使用状態におけるポンプ作用を実現しつつ、静止漏れを効果的に抑制できるかについて、密封対象物の種類(特に粘度)、弾性体部20やスリンガ3の材質や大きさ、形状等の各条件によって変わってくるので、溝33の深さhの値を一律に特定することは困難である。
【0060】
自動車のエンジン回りでの使用を前提とすれば、溝33の深さhを20μm以下、即ち、溝33が形成された面における、溝33と垂直方向に測定された表面粗さRz(JIS B 0601 2001)が20μm以下とした上で、所望のポンプ作用と静止漏れ抑制効果とが実現できるか否かを確認すればよい。この表面粗さRzとしては、20μmを超えても所望のポンプ作用と静止漏れ抑制効果とが実現できれば問題なく、20μm以下であればこれらが実現できる可能性が高いため好ましく、15μm以下であればより好ましく、10μm以下であればさらに好ましい。また、あまりに微細であると、ポンプ作用が発生しにくいため、前記表面粗さRzとしては、2μm以上であることが好ましく、4μm以上であることがより好ましい。
【0061】
次いで、本発明の表面加工方法を利用して得られたスリンガを備えた本発明に係る密封装置1の静止漏れ防止性能について、具体的に確認した結果を説明する。
回転装置61としてCNC旋盤を用いた
図5及び
図6に示す加工装置6を準備した。スリンガ3としては、材質が鉄鋼(S45C相当)であり、外径が99.8mmφで、直径87.8mmφの部分から改円までの領域に溝33を形成した。
【0062】
研削具64は、メガブライトホイルMBW5025(株式会社イチグチ製)の粒度#80を用いた。回転装置61の主軸回転速度1000回転/分で、可動アーム63の送り速度2mm/回転(条件1)、同主軸回転速度500回転/分で、可動アーム63の送り速度10mm/回転(条件2)の2条件で、溝33をスリンガ3に形成した。
【0063】
表面加工方法は、既述の工程2の操作を一部省略した、
図7に示す溝33bの形状となるようにした。このとき、前者の条件1においては、工程1~工程3の操作を1回のみ行い、後者の条件2においては、同操作を4回行って、ばらつきの少ない加工面を得た。
以上のように加工して得られたスリンガ3について、加工面の表面粗さを表面粗さ計により測定したところ、条件1では表面粗さRz=14.6μm、条件2では表面粗さRz=11.3μmであった。
【0064】
得られたスリンガ3を密封装置1に組み込み、以下の試験条件で評価試験を行った。
[試験条件]
軸52の軸偏心:0mmT.I.R.(Total Indicator Reading)
取付偏心(軸孔51の偏心):0mmT.I.R.(Total Indicator Reading)
スリンガ3の面ぶれ:0mm(加工の狙い値)
油温:40℃
油種:0W-8(SEA規格、SAEJ300エンジン油粘度分類(2015年1月)に基づく。)
油量:充満軸52(スリンガ3)の回転速度:0rpm
【0065】
評価試験は、1,000時間を上限として、上記試験条件での漏れの発生が確認されるまでの時間を測定することにより行われた。また、評価試験は、
図5に示すような使用状態を擬似的に作った評価装置において行われた。この評価装置において、密封対象物側に上述の密封対象物としての油を注ぎ、密封対象物側において密封装置1全体が油に覆われるようにした。その結果、条件1及び条件2の双方とも1,000時間経っても漏れが発生しなかった。
【0066】
また、得られたスリンガ3を組み込んだ密封装置1について、高速漏れ止まりの評価試験も行った。具体的には、以下に示す試験条件とした。
軸偏心:0.2mmT.I.R.
取付け偏心:0.2mmT.I.R.
面ぶれ:0mm(加工の狙い値)
油種:0W-20
油量:軸中心
油温:120℃
回転速度:8000rpm
【0067】
評価は24時間を判定基準とした。また、評価試験は
図4に示すような使用状態を疑似的に作った評価装置にて行われた。この評価装置において、密封対象物側に上述の密封対象物としての油を注ぎ、密封対象物側において軸の中心部分まで油が浸かるようにし、上述の回転速度で評価した。
その結果、条件1及び条件2の双方とも24時間経っても漏れが発生しなかった。
【0068】
以上のように、本発明の実施の形態に係る円盤部材の表面加工方法により得られたスリンガ3を備えた本発明に係る密封装置1によれば、軸52(スリンガ3)に対する摺動抵抗を増加させることなく密封対象物の静止漏れを防止することができる。
【0069】
以上、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法、及び、密封装置について、好ましい実施形態及びその変形例を挙げて説明したが、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法、及び、密封装置は、上記実施形態及びその変形例の構成に限定されるものではない。例えば、上記実施の形態では、研削部材における、円盤部材の表面に当接する表面が、砥粒が塗された研磨材である例を挙げたが、微細な突起を複数有するものであれば特に制限はなく、例えば、研削刃を複数設けた研削部材や、微細な突起を複数形成した研削部材であっても構わない。このとき、研削刃や突起の相互間の距離が等間隔や一定の変化割合となる間隔でこれらを整列させても構わないし、ランダムに配置させても構わない。
【0070】
このように、敢えて形成した微細な突起を複数有する研削部材であっても、多数の微細な溝を形成しようとする際には、例えば、旋盤装置を用いる場合のように1つの研削部材で渦巻き状に溝を形成する場合に比べて、短時間でかつ容易に円盤部材の表面を加工することができる。勿論、研削部材として研磨材を用いることは、研磨材の砥粒の大きさを制御するだけで、所望の深さhの溝を多数、容易かつ短時間で形成することができる点で有利である。
【0071】
また、上記実施の形態においては、回転装置61を用いて回転台62に保持された円盤部材(スリンガ3)を回転させているが、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法においては、円盤部材は相対的に回転すればよいので、円盤部材を固定しておいて、研削部材の方を回転させても構わない。
【0072】
また、上記実施の形態においては、研削部材(研削具64)の保持と移動(矢印b方向及び矢印c方向)に可動アーム63を用いて行っているが、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法においては、作業者が研削部材を手で持って保持し、移動させる作業を行っても構わない。
【0073】
本発明により得られるスリンガを適用できる密封装置、及び、本発明の密封装置は、上記の実施の形態に係る密封装置1に限定されるものではない。また、上述した課題及び効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。また、例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
【0074】
上記実施の形態において、本発明の表面加工方法により渦巻き状の溝が形成される円盤部材の表面は、研削部材が押し当てられる方向に対して垂直方向の平面となっていたが、この面が傾斜していても構わないし、曲面を構成していても構わない。例えば、
図1及び
図2を用いて説明すると、溝33が設けられる外周側円盤部31bの外側面31dが、軸線xに対して垂直からいずれかの方向に傾いていても構わないし、外側に凸あるいは凹の曲面状であっても構わない。また、そのような形状のスリンガを有する密封装置であっても、勿論、本発明の密封装置の構成を具備すれば、本発明の範疇に含まれる。
【0075】
また、上述の密封装置1においては、端面リップ21の接触するリップ接触部32及び溝33は、軸52に取り付けられるスリンガ3のフランジ部31に形成されるとしたが、本発明のリップ接触部及び溝はスリンガのフランジ部に形成されるものに限られない。本発明の表面加工方法により得られる溝が上述のように作用する形態とすることができるものであれば、本発明の表面加工方法によるリップ接触部及び溝が形成されるものやその形態や構造はいずれであってもよい。
【0076】
例えば、
図8に示すように、リップ接触部32及び溝33は、軸52に一体に設けられたつば部40に形成されてもよい。つば部40は、軸52の外周面52aから径方向に広がる円盤状の部分であり、外側に面する平面である外側面40aを有している。つば部40の外側面40aは、上述のスリンガ3のフランジ部31の外側面31dに対応し、外側面40aに端面リップ21がスリンガ接触部23において接触し、外側面40aにリップ接触部32及び溝33が形成されている。また、この場合、軸52の外周面52aが、上述のスリンガ3の円筒部35の外周面35bに対応し、ダストリップ28は軸52の外周面52aに接触する。ダストリップ28は軸52の外周面52aに接触しなくてもよい。
【0077】
また、
図9に示すように、リップ接触部32及び溝33は、軸52に設けられた段部41に形成されてもよい。段部41は、軸52の外周面52aに段差を形成している部分であり、外周面52aにおいて外側の部分である外側外周面41aと、外側外周面41aよりも内側において延びる内側外周面41bと、外側外周面41aと内側外周面41bと接続する段差面41cとを有している。外側外周面41a及び内側外周面41bは円筒状の面であり、内側外周面41bは外側外周面41aよりも外周側において延びている。段部41の段差面41cは、軸線xに直交又は略直交する平面であり、上述のスリンガ3のフランジ部31の外側面31dに対応し、段差面41cに端面リップ21がスリンガ接触部23において接触し、段差面41cにリップ接触部32及び溝33が形成されている。また、この場合、軸52の外周面52aの外側外周面41aが、上述のスリンガ3の円筒部35の外周面35bに対応し、ダストリップ28は軸52の外側外周面41aに接触する。ダストリップ28は軸52の外側外周面41aに接触しなくてもよい。
【0078】
また、端面リップは、上述の端面リップ21のように径方向に延びる面に接触するものに限られない。端面リップは、
図10に示すように、軸線x方向に延びる円筒状の面に外周側から又は内周側から接触するものであってもよい。例えば、
図10に示すようにスリンガ3のフランジ部31は、外周側円盤部31bの外周側の端部から軸線xに沿って外側に延びる外周側円筒部42を有するものであってもよい。外周側円筒部42には、内周側の表面に円筒状の面である内周面42aが形成されており、この内周面42aが上述のスリンガ3のフランジ部31の外側面31dに対応し、内周面42aに端面リップ21がスリンガ接触部23において接触し、内周面42aにリップ接触部32及び溝33が形成されている。上述のスリンガ3のフランジ部31の外側面31dには、外周側円筒部42の外周側の表面に形成された円筒状の面である外周面42bが対応していてもよい。この場合は、外周面42bに端面リップ21がスリンガ接触部23において接触し、外周面42bにリップ接触部32及び溝33が形成される。
図10に示す外周側円筒部42は、
図8,9に夫々示すつば部40及び段部41に夫々形成されていてもよい。つまり、つば部40及び段部41に、上述の内周面42a又は外周面42bが夫々形成され、内周面42a又は外周面42bにリップ接触部32及び溝33が形成されていてもよい。端面リップ21が外周面42bに接触する場合、弾性体部20における端面リップ21の延び方向は、
図1,2,4に示すものとは異なり、端面リップ21は、軸線x方向において外側から内側に向かうに連れて縮径するように延びる。
【0079】
また、本実施の形態に係る密封装置1は、エンジンのクランク孔に適用されるものとしたが、密封装置の適用対象はこれに限られるものではなく、他の車両や汎用機械、産業機械等、本発明の奏する効果を利用し得るすべての構成に対して、本発明は適用可能である。例えば、変速機や減速機、モータ、ディファレンシャル機構において、適用することができる。
【0080】
その他、当業者は、従来公知の知見に従い、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法、及び、密封装置を適宜改変することができる。かかる改変によってもなお本発明の構成を具備する限り、勿論、本発明の範疇に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法は、車両や汎用機械等に用いられる密封装置のスリンガ表面を加工する場合に限らず、密封装置において、リップが当接してシール面となる各種円盤部材の表面に対して、複数の渦巻き状の微細な溝を形成しようとする場合に利用することが可能である。
【0082】
例えば、本発明の密封装置の円盤部材の表面加工方法による渦巻き状の溝は、エンジンのクランクシャフト等の軸に設けられた鍔部分に形成されてもよい。例えば、実開平4-80967号公報における
図1のリップ18が接触するシール面32に溝を設けることとしてもよい。このシール面32は、エンジンのクランクシャフトにおける軸方向から垂直方向に張り出した鍔部分に設けられている。
【0083】
なお、本発明において「微細な溝」という場合の「微細」とは、加工対象となる円盤部材の種類によって概念が異なってくるため、一概には規定できない。密封装置のスリンガの場合には、例えば特許文献1に記載の溝として一般的な深さ(40μm~100μm)よりも十分に小さい、具体的には半分程度以下を「微細」とする。
【0084】
また、本発明において「微細な突起」という場合の「微細」とは、「微細な溝」を形成するのに適した大きさのことを指し、一概には規定できない。「微細な突起」の大きさは、形成する「微細な溝」の深さと比べて大きくなるのが一般的であり、少なくとも同程度以上の大きさとなる。
【符号の説明】
【0085】
1…密封装置、2…密封装置本体、3…スリンガ、6…加工装置、10…補強環、11…筒部、11a…外周側円筒部、11b…内周側円筒部、11c…接続部、12…円盤部、13…錐環部、14…円盤部、20…弾性体部、21…端面リップ、21a…先端、22…内周面、23…スリンガ接触部、25…基体部、26…ガスケット部、27…後方カバー部、28…ダストリップ、29…中間リップ、21…端面リップ、31…フランジ部、31a…内周側円盤部、31b…外周側円盤部、31c…接続部、31d…外側面、32…リップ接触部、33,33a,33b…溝、33a…底面、34…筒部、35…円筒部、35a…内周面、35b…外周面、40…つば部、40a…外周面、41…段部、41a…外側外周面、41b…内側外周面、41c…段差面、42…外周側円筒部、42a…内周面、42b…外周面、50…ハウジング、51…軸孔、51a…内周面、52…軸、52a…外周面、61…回転装置、62…回転台、63…可動アーム、64…研削具(研削部材)、64a…研磨ホイル部、64b…軸x…軸線