IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ エムエーエヌ・ディーゼル・アンド・ターボ・フィリアル・アフ・エムエーエヌ・ディーゼル・アンド・ターボ・エスイー・ティスクランドの特許一覧

特許7329670予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法
<>
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図1
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図2
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図3
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図4
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図5
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図6
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図7
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図8
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図9
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図10
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図11
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図12
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図13
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図14
  • 特許-予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-09
(45)【発行日】2023-08-18
(54)【発明の名称】予混合プロセス又は圧縮着火プロセスに従って選択的にシリンダを動作させる大型2ストロークユニフロー掃気機関及び方法
(51)【国際特許分類】
   F02D 19/10 20060101AFI20230810BHJP
   F02D 19/02 20060101ALI20230810BHJP
   F02M 25/00 20060101ALI20230810BHJP
   F02M 21/02 20060101ALI20230810BHJP
   F02D 41/40 20060101ALI20230810BHJP
   F02D 13/02 20060101ALI20230810BHJP
   F02D 23/02 20060101ALI20230810BHJP
   F02B 37/00 20060101ALI20230810BHJP
   F02B 25/04 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
F02D19/10
F02D19/02 E
F02M25/00 L
F02M21/02 N
F02D41/40
F02D13/02 J
F02D23/02 H
F02B37/00 302A
F02B37/00 302G
F02B25/04
【請求項の数】 16
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022149675
(22)【出願日】2022-09-21
(65)【公開番号】P2023049015
(43)【公開日】2023-04-07
【審査請求日】2023-06-26
(31)【優先権主張番号】PA202170475
(32)【優先日】2021-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DK
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597061332
【氏名又は名称】エムエーエヌ・エナジー・ソリューションズ・フィリアル・アフ・エムエーエヌ・エナジー・ソリューションズ・エスイー・ティスクランド
(74)【代理人】
【識別番号】100127188
【弁理士】
【氏名又は名称】川守田 光紀
(72)【発明者】
【氏名】イェンスン キム
(72)【発明者】
【氏名】シェラップ ヤコブ
(72)【発明者】
【氏名】ラルセン ハンス
(72)【発明者】
【氏名】ニールセン キャスパー
【審査官】北村 亮
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-11871(JP,A)
【文献】特開2004-239213(JP,A)
【文献】国際公開第2014/108969(WO,A1)
【文献】特開2014-118858(JP,A)
【文献】特開2016-153649(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 19/10
F02D 19/02
F02M 25/00
F02M 21/02
F02D 41/40
F02D 13/02
F02D 23/02
F02B 37/00
F02B 25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の燃料を主燃料として動作するように構成された少なくとも1つの動作モードを有する二元燃料大型2ストロークターボ過給式ユニフロー掃気内燃機関であって、前記機関は、
複数のシリンダと;
前記複数のシリンダの各々に配される、BDCとTDCの間を往復するピストンと;
前記複数のシリンダの少なくとも1つに関連付けられ、前記ピストンのBDCからTDCへのストローク中に第1の燃料を導入するための少なくとも1つの燃料アドミッションバルブと;
前記複数のシリンダの少なくとも1つに関連付けられ、前記ピストンがTDC又はその近傍で第2の燃料を噴射するための少なくとも1つの燃料インジェクションバルブと;
コントローラと;
を備え、
前記コントローラは、前記少なくとも1つの動作モードで動作しているときに、
デフォルトで、前記複数のシリンダのすべてを予混合プロセスに従って動作させ、前記ピストンのBDCからTDCまでのストロークの間に前記第1の燃料を導入し、
予混合プロセスに従って動作するシリンダの実際の燃焼条件が、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクが存在するか否かを判断する、
ように構成され、
前記コントローラは更に、プレイグニッションイベントまたはミスファイアの許容できないリスクがあると判断したとき、
前記複数のシリンダのうちの少なくとも1つのシリンダについて、該シリンダのピストンのBDCからTDCへのストロークの間に前記第1の燃料を供給することを終了することによって、予混合プロセスに従って動作することから圧縮着火プロセスに従って動作することに変更し、
前記複数のシリンダのうちの前記少なくとも1つのシリンダのピストンがTDC又はその近傍にあるときに、該シリンダにある量の前記第2の燃料を噴射する、
ように構成される、
機関。
【請求項2】
前記コントローラは、前記少なくとも1つのシリンダに噴射する前記ある量の第2の燃料を、
・ プレイグニッションのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を低下させるように、
・ ミスファイアのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を増大させるように、
選択するように構成される、請求項1に記載の機関。
【請求項3】
前記コントローラは、前記変更してから所定時間経過後又は機関が所定回数回転した後に、1つ又は複数のシリンダを圧縮着火プロセスに従った動作から予混合プロセスに従った動作に戻すよう構成される、請求項1に記載の機関。
【請求項4】
前記コントローラは、予混合プロセスに従って動作するシリンダの空燃比およびバルク圧縮温度を監視し、これらの値が好ましくは所定の期間中許容可能な範囲にあるとき、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダの動作を予混合プロセスに変更するように構成される、請求項1に記載の機関。
【請求項5】
予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、パイロット燃料として、前記第2の燃料が全く噴射されないか、または少量のみ噴射される、請求項1に記載の機関。
【請求項6】
シリンダカバーの中央に配置される排気弁を作動させるための可変タイミング排気弁作動装置が各シリンダに装備され、前記コントローラは前記排気弁の開閉タイミングを決定し制御するように構成される、請求項1に記載の機関であって、前記コントローラは、
前記複数のシリンダのうち、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、予混合プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせ、
前記複数のシリンダのうち、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダに対して、圧縮着火プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせる、
ように構成される、機関。
【請求項7】
前記コントローラは、前記シリンダに対して空燃比を決定または測定するように構成され、前記空燃比が最大空燃比閾値を超えているときにミスファイア事象の許容できないリスクを決定するように構成され、前記空燃比が最小空燃比閾値より低いときにプレイグニッション事象の許容できないリスクを決定するように構成される、請求項1に記載の機関。
【請求項8】
前記コントローラは、燃焼開始時に前記シリンダ内のバルク圧縮温度を決定または測定するように構成され、バルク圧縮温度が最小バルク圧縮温度閾値未満である場合にミスファイア事象の許容できないリスクを決定するように構成され、バルク圧縮温度が最大バルク圧縮温度閾値を超えている場合にプレイグニッション事象の許容できないリスクを決定するように構成される、請求項1に記載の機関。
【請求項9】
前記コントローラは、前記シリンダにおける瞬間的な平均空燃比を決定するための空燃比オブザーバを備える、または該空燃比オブザーバに接続されている、請求項1に記載の機関。
【請求項10】
前記コントローラは、前記シリンダにおける平均瞬間バルク圧縮温度を決定するためのバルク圧縮温度オブザーバを備える、または該バルク圧縮温度オブザーバに接続されている、請求項1に記載の機関。
【請求項11】
第1の燃料を主燃料として動作するように構成された少なくとも1つの動作モードを有する二元燃料大型2ストロークターボ過給式ユニフロー掃気内燃機関を動作させる方法であって、前記機関が、
複数のシリンダと;
前記複数のシリンダの各々に配される、BDCとTDCの間を往復するピストンと;
シリンダに関連付けられ、前記ピストンのBDCからTDCへのストローク中に第1の燃料を導入するための少なくとも1つの燃料アドミッションバルブと;
前記複数のシリンダの少なくとも1つに関連付けられ、前記ピストンがTDC又はその近傍で第2の燃料を噴射するための少なくとも1つの燃料インジェクションバルブと;
を備え、
前記方法は、
・ デフォルトで、前記複数のシリンダのすべてを予混合プロセスに従って動作させ、前記ピストンのBDCからTDCまでのストロークの間に前記第1の燃料を導入することと;
・ 予混合プロセスに従って動作するシリンダの実際の燃焼条件が、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクが存在するか否かを判断することと;
を含むと共に、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクがあると判断したときに、
・ 前記複数のシリンダのうちの少なくとも1つのシリンダについて、該シリンダのピストンのBDCからTDCへのストロークの間に前記第1の燃料を供給することを終了することによって、予混合プロセスに従って動作することから圧縮着火プロセスに従って動作することに変更することと;
・ 前記複数のシリンダのうちの前記少なくとも1つのシリンダのピストンがTDC又はその近傍にあるときに、該シリンダにある量の前記第2の燃料を噴射することと;
を含む、方法。
【請求項12】
前記少なくとも1つのシリンダに噴射する前記ある量の第2の燃料を、
・ プレイグニッションのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を低下させるように、
・ ミスファイアのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を増大させるように、
選択することを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記変更してから所定時間経過後又は機関が所定回数回転した後に、1つ又は複数のシリンダを圧縮着火プロセスに従った動作から予混合プロセスに従った動作に戻すことを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
予混合プロセスに従って動作するシリンダの空燃比およびバルク圧縮温度を監視し、これらの値が好ましくは所定の期間中許容可能な範囲にあるとき、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダの動作を予混合プロセスに変更することを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、パイロット燃料として、前記第2の燃料を全く噴射しないか、または少量のみ噴射することを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項16】
各シリンダが、シリンダカバーの中央に配置された可変タイミング排気弁を備える、請求項11に記載の方法であって、
前記複数のシリンダのうち、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、予混合プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせることと;
前記複数のシリンダのうち、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダに対して、圧縮着火プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせることと;
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、大型2ストローク2元燃料内燃機関に関し、特に、ピストンがBDCからTDCに向かう途中に燃料弁から導入される第1燃料によって運転される、クロスヘッド式大型2ストロークユニフロー掃気内燃機関に関する。
【背景】
【0002】
クロスヘッド式大型2ストロークユニフロー掃気内燃機関は、例えば大型船舶の推進システムや、発電プラントの一次原動機として使用されている。この大型2ストロークディーゼル機関のサイズは巨大である。サイズが巨大であることだけが理由ではないが、この大型2ストロークディーゼル機関は、他の内燃機関とは異なる構造を有する。例えば、排気弁の重量は400kgに達することもあり、ピストンの直径も100cmに達することがある。運転中における燃焼室の最大圧力は、典型的には数百barになる。このような高い圧力レベルとピストンサイズから生まれる力は莫大なものである。
【0003】
大型2ストロークターボ過給式内燃機関には、典型的にはシリンダライナの長手方向中央付近又はシリンダカバーに配される燃料弁から導入される、典型的なガス燃料で運転されるタイプのものがある。このタイプのエンジンにおいて、ガス燃料は、ピストンがBDCからTDCに向かう上昇ストロークの途中であって、排気弁が閉じるかなり前に、シリンダ内に導入される。エンジンは、燃焼室内においてガス燃料と掃気との混合物を圧縮し(すなわち予混合プロセスに従って動作し)、圧縮された混合気を上死点(TDC)又はその付近で同期着火手段(例えばパイロット液やパイロットガスの噴射)によって点火する。
【0004】
大型2ストロークターボ過給式内燃機関において、ピストンが上死点(TDC)又はその付近でガス燃料を噴射する場合、燃焼室内の圧縮圧力はほぼ最大になっている。それに比べると、シリンダライナ又はシリンダカバーに配される燃料弁(ガスアドミッションバルブ)を用いる上記のタイプのガス導入は、燃焼室の圧力が比較的低い時にガス燃料を噴射するため、かなり低い燃料噴射圧力(典型的には10~25bar)を用いることができるという利点を有する。TDC又はその付近でガス燃料を噴射するタイプのエンジンの場合、既にほぼ最大圧力となっている燃焼室の圧力よりも、更に十分に高い燃料噴射圧力(典型的には300bar以上)を実現しなければならない。このような極めて高い圧力でガス燃料を扱うことができる燃料システムは、高価かつ複雑である。その理由には、ガス燃料の揮発性や高圧下の挙動があり、それによって燃料システムの鋼部材の中に(又はそれらを通じて)拡散していくことがある。
【0005】
このため、圧縮ストロークの途中にガス燃料を噴射するエンジンの燃料供給システムは、ピストンがTDC付近にあるときの高圧下でガス燃料を噴射するエンジンのものに比べて、コストがずっと低い。
【0006】
しかし、圧縮ストロークの途中にガス燃料を噴射する場合、ピストンは、ガス燃料と掃気の混合物を圧縮することになるが、これには異常早期着火(プレイグニッション)の危険性を伴う。非常に薄い混合気で運転することにより、プレイグニッションの危険性を減少させることができる。しかし、薄い混合気を用いると、ミスファイア(失火)や、部分ミスファイア(partial misfire)若しくは着火遅れ(delayed iginition)の危険性が増大し、燃料スリップをもたらす。燃料スリップが生じることは好ましくない。
【0007】
エンジンが定常状態で運転されているとき、エンジンのパフォーマンス設計は通常、プレイグニッションが発生しないようになされている。これは、燃焼室の設計や燃料噴射のタイミング、排気弁のタイミングを、注意深く選択することによって達成されている。予混合プロセスに従って動作しているとき、プレイグニッションのリスクとミスファイアとの間には狭いウィンドウしかない。ある平均表示圧(mean indicated pressure)(これは圧縮着火機関のレベル/最大値より低い)までは、シリンダ内の状態を十分に正確に制御することができ、予着火現象や失火を回避することができる。しかし、過渡的な負荷条件下では、空燃比が急激に変化し、プレイグニッションやミスファイアの危険性が生じる気筒内の状態を引き起こす可能性がある。エンジン負荷の増加による過渡的な負荷条件下ではプレイグニッションの危険性が、エンジン負荷の減少による過渡的な負荷条件下では失火の危険性が生じる。さらに、周囲の温度や圧力などの外部からの影響も、空燃比やバルク圧縮温度の変化を引き起こし、燃焼挙動を変化させる。熱帯という条件も、例えば高エンジン負荷時において、プレイグニッションのリスクにつながる。
【0008】
プレイグニッションは機関にダメージを与え、失火は未燃焼燃料の大気中への流出を引き起こすので、避けなければならない。
【0009】
このため、予混合プロセスに従って動作するエンジンにおいて、プレイグニッション現象やミスファイアを確実に回避するための対策が求められている。
【0010】
DK201970370は、大型2ストロークターボ過給式ユニフロー掃気内燃機関を開示している。この機関は複数の燃焼室と、 少なくとも1つのコントローラとを備え、前記コントローラは、燃焼開始時における平均圧縮空燃比及びバルク圧縮温度を決定すると共に、
・ 前記決定した平均圧縮空燃比が圧縮空燃比下閾値を下回る場合、圧縮空燃比を上げるための方策を実行すること;
・ 前記決定した平均圧縮空気過剰率が圧縮空燃比上閾値を上回る場合、圧縮空燃比を下げるための方策を実行すること;
・ 前記決定又は測定したバルク圧縮温度が、バルク圧縮温度下閾値を下回る場合、バルク圧縮温度を上げるための少なくとも一つの方策を実行することと;
・ 前記決定又は測定したバルク圧縮温度が、バルク圧縮温度上閾値を上回る場合、バルク圧縮温度を下げるための少なくとも一つの方策を実行することと;
を遂行するように構成される。
【発明の概要】
【0011】
上述の課題を解決するか又は少なくとも緩和するエンジンを提供することが目的の一つである。
【0012】
上述の課題やその他の課題が、独立請求項に記載の特徴により解決される。より具体的な実装形態は、従属請求項や発明の詳細な説明、図面から明らかになるだろう。
【0013】
第1の捉え方によれば、第1の燃料を主燃料として動作するように構成された少なくとも1つの動作モードを有する二元燃料大型2ストロークターボ過給式ユニフロー掃気内燃機関が提供される。この機関は、複数のシリンダと;
前記複数のシリンダの各々に配される、BDC(下死点)とTDC(上死点)の間を往復するピストンと;
シリンダに関連付けられ、前記ピストンのBDCからTDCへのストローク中に第1の燃料を導入するための少なくとも1つの燃料アドミッションバルブと;
前記複数のシリンダの少なくとも1つに関連付けられ、前記ピストンがTDC又はその近傍で第2の燃料を噴射するための少なくとも1つの燃料インジェクションバルブと;
コントローラと;
を備え、
前記コントローラは、前記少なくとも1つの動作モードで動作しているときに、
・ デフォルトで、前記複数のシリンダのすべてを予混合プロセスに従って動作させ、前記ピストンのBDCからTDCまでのストロークの間に前記第1の燃料を導入し、
・ 予混合プロセスに従って動作するシリンダの実際の燃焼条件が、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクが存在するか否かを判断する、
ように構成され、
更に前記コントローラは、プレイグニッションイベントまたはミスファイアの許容できないリスクがあると判断したとき。
前記複数のシリンダのうちの少なくとも1つのシリンダについて、該シリンダのピストンのBDCからTDCへのストロークの間に前記第1の燃料を供給することを終了することによって、予混合プロセスに従って動作することから圧縮着火プロセスに従って動作することに変更し、
前記複数のシリンダのうちの前記少なくとも1つのシリンダのピストンがTDC又はその近傍にあるときに、該シリンダにある量の前記第2の燃料を噴射する、
ように構成される。
【0014】
圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダでは、空燃比の重要性は予混合プロセスで動作するシリンダに比べてはるかに低い。従って、1つ又は複数のシリンダを圧縮着火プロセスで動作させることにより、予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダの動作条件を、プレイグニッション事象及び/又はミスファイア事象を回避できるように調整することが可能となる。
【0015】
MIP(Indicated Mean Effective Pressure; 図示平均有効圧力)とは、ピストンに作用する仮想的な圧力で、動作サイクルにおける実際の圧力と同じ仕事をする。
【0016】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記少なくとも1つのシリンダに噴射する前記ある量の第2の燃料を、
・ プレイグニッションのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を低下させるように、
・ ミスファイアのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を増大させるように、
選択するように構成される。
【0017】
予混合プロセスで動作するシリンダの動作条件が、もはやプレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクが存在するほどではなくなるように、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダによって伝達されるトルク(MIP)を調整することによって、プレイグニッション事象及び/又はミスファイア事象のリスクを効果的に軽減することが可能となる。発明者は、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダは空燃比の影響を受けず、またバルク圧縮温度の影響を受けにくいという事実のために、これが可能になるであろうという洞察を得た。
【0018】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記変更してから所定時間経過後又は機関が所定回数回転した後に、1つ又は複数のシリンダを圧縮着火プロセスに従った動作から予混合プロセスに従った動作に戻すよう構成される。
【0019】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、予混合プロセスに従って動作するシリンダの空燃比およびバルク圧縮温度を監視し、これらの値が好ましくは所定の期間中許容可能な範囲にあるとき、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダの動作を予混合プロセスに変更するように構成される。
【0020】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、パイロット燃料として、前記第2の燃料を全く噴射しないか、または少量のみ噴射する。
【0021】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、シリンダカバーの中央に配置される排気弁を作動させるための可変タイミング排気弁作動装置が各シリンダに装備され、前記コントローラは前記排気弁の開閉タイミングを決定し制御するように構成され、更に前記コントローラは、
前記複数のシリンダのうち、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、予混合プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせ、
前記複数のシリンダのうち、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダに対して、圧縮着火プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせる、
ように構成される。
【0022】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記シリンダに導入される第1の燃料の量を決定及び制御するように構成される。
【0023】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記シリンダに対して空燃比を決定または測定するように構成され、前記空燃比が最大空燃比閾値を超えているときにミスファイア事象の許容できないリスクを決定するように構成され、前記空燃比が最小空燃比閾値より低いときにプレイグニッション事象の許容できないリスクを決定するように構成される。
【0024】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、燃焼開始時に前記シリンダ内のバルク圧縮温度を決定または測定するように構成され、バルク圧縮温度が最小バルク圧縮温度閾値未満である場合にミスファイア事象の許容できないリスクを決定するように構成され、バルク圧縮温度が最大バルク圧縮温度閾値を超えている場合にプレイグニッション事象の許容できないリスクを決定するように構成される。
【0025】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記シリンダにおける瞬間的な平均空燃比を決定するための空燃比オブザーバを備えるか、または該空燃比オブザーバに接続されている。
【0026】
前記第1の捉え方の実装形態の一例において、前記コントローラは、前記シリンダにおける平均瞬間バルク圧縮温度を決定するためのバルク圧縮温度オブザーバを備えるか、または該バルク圧縮温度オブザーバに接続されている。
【0027】
第2の捉え方によれば、第1の燃料を主燃料として動作するように構成された少なくとも1つの動作モードを有する二元燃料大型2ストロークターボ過給式ユニフロー掃気内燃機関を動作させる方法が提供される。ここで前記機関は、
複数のシリンダと;
前記複数のシリンダの各々に配される、BBCとTDCの間を往復するピストンと;
シリンダに関連付けられ、前記ピストンのBDCからTDCへのストローク中に第1の燃料を導入するための少なくとも1つの燃料アドミッションバルブと;
前記複数のシリンダの少なくとも1つに関連付けられ、前記ピストンがTDC又はその近傍で第2の燃料を噴射するための少なくとも1つの燃料インジェクションバルブと;
を備え、そして前記方法は、
・ デフォルトで、前記複数のシリンダのすべてを予混合プロセスに従って動作させ、前記ピストンのBDCからTDCまでのストロークの間に前記第1の燃料を導入することと;
・ 予混合プロセスに従って動作するシリンダの実際の燃焼条件が、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクが存在するか否かを判断することと;
を含むと共に、プレイグニッション事象またはミスファイアの許容できないリスクがあると決定したとき。
前記複数のシリンダのうちの少なくとも1つのシリンダについて、該シリンダのピストンのBDCからTDCへのストロークの間に前記第1の燃料を供給することを終了することによって、予混合プロセスに従って動作することから圧縮着火プロセスに従って動作することに変更し、前記複数のシリンダのうちの前記少なくとも1つのシリンダのピストンがTDC又はその近傍にあるときに、該シリンダにある量の前記第2の燃料を噴射する、
ことを含む。
【0028】
前記第2の捉え方の実装形態の一例において、前記方法は、前記少なくとも1つのシリンダに噴射する前記ある量の第2の燃料を、
・ プレイグニッションのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を低下させるように、
・ ミスファイアのリスクが決定された場合は、予混合プロセスに従って動作する、前記複数のシリンダのうちの残りのシリンダの平均指示圧力を増大させるように、
選択するように構成される。
【0029】
前記第2の捉え方の実装形態の一例において、前記方法は、前記変更してから所定時間経過後又は機関が所定回数回転した後に、1つ又は複数のシリンダを圧縮着火プロセスに従った動作から予混合プロセスに従った動作に戻すことを含む。
【0030】
前記第2の捉え方の実装形態の一例において、前記方法は、予混合プロセスに従って動作するシリンダの空燃比およびバルク圧縮温度を監視し、これらの値が好ましくは所定の期間中許容可能な範囲にあるとき、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダの動作を予混合プロセスに変更することを含む。
【0031】
前記第2の捉え方の実装形態の一例において、前記方法は、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、パイロット燃料として、前記第2の燃料を全く噴射しないか、または少量のみ噴射することを含む。
【0032】
前記第2の捉え方の実装形態の一例において、各シリンダにはシリンダカバーの中央に配置された可変タイミング排気弁が配され、前記方法は、
前記複数のシリンダのうち、予混合プロセスに従って動作するシリンダに対して、予混合プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせることと;
前記複数のシリンダのうち、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダに対して、圧縮着火プロセスに適合するように排気弁の開閉のタイミングを合わせることと;
を含む。
【0033】
これらの捉え方及び他の捉え方は、以下に説明される実施例により更に明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0034】
以下、図面に示される例示的な実施形態を参照しつつ、様々な捉え方や実施形態、実装例を詳細説明する。
図1】ある例示的実施形態に従う大型2ストロークディーゼル機関の正面図である。
図2図1の大型2ストローク機関の側面図である。
図3図1の大型2ストローク機関の第1の略図表現である。
図4図1の機関のシリンダフレーム及びシリンダライナの断面図である。シリンダカバー及び排気弁が取り付けられており、TDC及びBDCにおけるピストンも破線で描かれている。
図5図1の機関の第2の略図表現である。
図6】圧縮温度オブザーバ及び圧縮空燃比オブザーバの略図表現である。
図7】横軸をバルクシリンダ温度、縦軸を圧縮空燃比としたグラフを描いたものである。最適燃焼状態ゾーンと、それを囲む、安全ゾーンに戻るために何らかのアクションが取られなければならない最善ではないゾーンと、さらにそれを囲む、避けるべき危険ゾーンが示されている。
図8】ミスファイア、正常燃焼、プレイグニッション(ノッキング)を含む様々な燃焼状態における、クランク角に対するシリンダ圧を示すグラフである。
図9図1の大型2サイクル機関における燃焼状態を制御するための処理を示すフローチャートである。
図10】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
図11】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
図12】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
図13】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
図14】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
図15】様々な状況下での各シリンダの動作を説明するための図である。
【詳細説明】
【0035】
以下の詳細説明では、実施例のクロスヘッド式大型低速2ストロークユニフロー掃気ターボ過給式内燃機関を参照して、内燃機関が説明される。図1図3は、ターボ過給式大型低速2ストロークディーゼル機関の実施例を描いている。このエンジンは、クランクシャフト8及びクロスヘッド9を有する。図1は正面図、図2は側面図である。図3は、図1,2のターボ過給式大型低速2ストローク内燃機関を、その吸気システム及び排気システムと共に略図により表現した図である。この実施例において、機関は直列に5本のシリンダを有する。ターボ過給式大型低速2ストロークユニフロー掃気内燃機関は通常、直列に配される4本から14本のシリンダを有する。これらのシリンダはエンジンフレーム11に担持される。またこのような機関は、例えば、船舶の主機関や、発電所において発電機を動かすための据え付け型の機関として用いられることができる。機関の全出力は、例えば、1000kWから110000kWでありうる。
【0036】
この実施例におけるエンジンは、2ストロークユニフロー掃気エンジンであり、シリンダライナ1の下部領域に掃気ポート18が設けられる。シリンダライナ1の上部のシリンダカバー22には中央排気弁4が配される。掃気は、ピストンが掃気ポート18より下にある時に、掃気受け2から各シリンダライナ1の掃気ポート18へと導かれる。第1の燃料(典型的にはガス燃料であり、例えば天然ガスや瀬級ガス、アンモニア)でのデフォルト運転中、第1の燃料は、電子制御部60の制御下でガス燃料アドミッションバルブ30から導入される。これは、ピストンの上昇ストロークの間であって、ピストンがアドミッションバルブ(ガス燃料アドミッションバルブ)30を通過する前に行われる。第1の燃料は比較的低い圧力で導入され、30bar未満、好ましくは25bar、より好ましくは20bar未満で導入される。燃料弁は好ましくはシリンダライナの円周上に等間隔に分布するように配される。また好ましくは、シリンダライナの長手方向の中央付近に配される。従って、第1の燃料の導入は、圧縮圧力が比較的低い時に行われる。つまり、ピストンがTDCに達するときの圧縮圧力に比べればはるかに低いときに行われるので、比較的低い圧力で導入することが可能となる。。第1の燃料は、典型的にはガス燃料であり、例えば天然ガスまたは石油ガスであり、燃料アドミッションバルブに供給され、気体形態(気相)でシリンダに導入される。しかし、第1の燃料は、例えばアンモニアのような液体燃料であることも可能である。
【0037】
シリンダライナ1内のピストン10は、第1の燃料と掃気の混合気を圧縮する。圧縮が行われ、TDC又はその付近で着火が開始される。着火は例えば、専用のパイロット液弁(図示されていない)又は燃料インジェクションバルブ(燃料噴射弁)50からパイロット液(又はその他の適切な着火液)を噴射することによって、開始されてもよい。パイロット液弁又は燃料インジェクションバルブ50は好ましくはシリンダカバー22に配される。その後燃焼が生じ、排気ガスが生成される。別の形態の着火システムでは、パイロット液弁の代わりに、又はパイロット液弁に加えて、プリチャンバやレーザー着火、グロープラグ(いずれも図示されていない)などを、着火を促すために使用するものもある。
【0038】
排気弁4が開くと、排気ガスは、シリンダ1に設けられる排気ダクトを通って排気受け3へと流れ、さらに第1の排気管19を通ってターボ過給器5のタービン6へと進む。そこから排気ガスは、第2の排気管25を通ってエコノマイザ20へ流れ、さらに出口21から大気中へと放出される。タービン6は、シャフトを介してコンプレッサ7を駆動する。コンプレッサ9には、空気取り入れ口12を通じて外気が供給される。コンプレッサ7は、圧縮された掃気を、掃気受け2に繋がっている掃気管13へと送り込む。管13の掃気は、掃気を冷却するためのインタークーラー14を通過する。
【0039】
冷却された掃気は、電気モーター17により駆動される補助ブロワ16を通る。補助ブロワ16は、ターボ過給器5のコンプレッサ7が掃気受け2に必要とされる圧力を供給することができない場合、すなわちエンジンが低負荷又は部分負荷である場合に、掃気流を圧縮する。機関の負荷が高い場合は、ターボ過給器のコンプレッサ7が、十分に圧縮された掃気を供給することができるので、補助ブロワ16は、逆止め弁15によってバイパスされる。
【0040】
図4には、クロスヘッド式大型2ストロークエンジンのために設計されたシリンダライナ1が図示されている。エンジンのサイズに応じて、シリンダライナ1は様々な大きさに作られる。典型的な大きさとしては、直径が250mmから1000mmであり、それに対応する全長が1000mmから4500mmである。
【0041】
図4には、シリンダライナ1はシリンダフレーム23に載置され、シリンダライナ1の上にはシリンダカバー22が搭載されている様子が描かれている。シリンダライナ1とシリンダカバー22とは、その間からガスの漏出が生じないように連結されている。図4において、その下死点(BDC)と上死点(TDC)におけるピストン10の様子が破線で示されている。なおもちろん、これら2つの状態が同時に生じる訳ではなく、これら2つの状態は、クランクシャフト8の回転角で180度隔てられている。シリンダライナ1には、シリンダ潤滑孔25及びシリンダ潤滑ライン24が設けられる。これらはピストン10が潤滑ライン24を通過する際にシリンダ潤滑油を供給する。続いて(図示されていない)ピストンリングが、シリンダライナの走行面全体にシリンダ潤滑油を行き渡らせる。
【0042】
パイロット弁、又はパイロット弁を有するプレチャンバは、通常シリンダカバー22に搭載される。パイロット油弁50通常、各シリンダに1つ搭載される。パイロット弁は、図示されないパイロット液又はパイロットガスのソースに接続されている。パイロット液の噴射タイミングは電子制御ユニット60により制御される。
【0043】
燃料アドミッションバルブ(燃料導入弁)30は、そのノズルがシリンダライナ1の内面と実質的に面一となり、燃料弁30の後端がシリンダライナ1の外壁から突出した状態で、シリンダライナ1(またはシリンダカバー22)に設置されている。通常、各シリンダライナ1には、1つ又は2つ、場合によっては3つ又は4つもの燃料弁30が、シリンダライナ1の周方向に分散して(好ましくは周方向に等間隔に分散して)配されている。本実施例において、燃料弁30は、シリンダライナ1の長手方向のちょうど中央部に配されている。第2の燃料を高圧で噴射するための燃料インジェクションバルブ50は、シリンダカバー22に設置される。典型的には1シリンダあたり2個又は3個の燃料インジェクションバルブ50が、ノズルを燃焼室内にわずかに突出させた状態でシリンダカバー22に配設される。第2の燃料は液体燃料であることができ、例えば燃料油、重燃料油、船舶用ディーゼル燃料の1つ又は複数であることができる。
【0044】
さらに図4は、燃料アドミッションバルブ30の各々の入口に接続された加圧された第1の燃料のソース44を含む第1の燃料供給システムと、燃料インジェクションバルブ50の各々の入口に接続された加圧された第2の燃料のソース41を含む第2の燃料供給システムとを模式的に示している。
【0045】
図5は、図2の機関と同様の機関の略図表現であるが、機関のガス交換装置が詳細に描かれている。周囲と同様の気圧及び温度で外気が取り込まれ、空気入口12を通じてターボ過給機5のコンプレッサ7へと送り込まれる。コンプレッサ7からは、圧縮された掃気が、掃気管13を通じて分岐ポイント28へと送られる。
【0046】
分岐ポイント28は、掃気が、ホットシリンダーバイパス管29を通じて第1の排気管19のタービン接続部32へと分岐することを可能にする。ホットシリンダーバイパス管29の流量は、ホットシリンダーバイパス制御弁31によって制御される。ホットシリンダーバイパス制御弁31は、コントローラ60によって電子的に制御される。ホットシリンダーバイパス管29を開けること、又はホットシリンダーバイパス制御弁31の絞りを緩くすることは、空燃比を上げるという効果を奏し、またバルク圧縮温度を上げるという効果を有する。一方、ホットシリンダーバイパス29を閉じること、又はホットシリンダーバイパス制御弁31の絞りを強くすることは、空燃比を下げるという効果を奏し、またバルク圧縮温度を下げるという効果を有する。
【0047】
掃気管13には、インタークーラー14の上流に第1の掃気制御弁33が設けられる。また、インタークーラー14の下流には第2の掃気制御弁34が設けられる。掃気管13は、掃気受け2へと接続している。インタークーラー14からは、補助ブロワ16を備える管が分岐している。
【0048】
コールドシリンダバイパス管35は、掃気受け2を、第1の排気管19のタービン接続部32に接続する。コールドシリンダバイパス管35の流量は、コールドシリンダバイパス制御弁36によって制御される。コールドシリンダバイパス制御弁36は、コントローラ60によって電子的に制御される。コールドシリンダバイパス35を開けること、又はコールドシリンダバイパス制御弁36の絞りを緩くすることは、バルク圧縮温度を上げるという効果を有する。
【0049】
コールド掃気バイパス管37は、掃気が、掃気管2から周囲環境26へと逃げることを可能にする。コールド掃気バイパス管37の流量は、コールド掃気バイパス制御弁38によって制御される。コールド掃気バイパス制御弁38は、コントローラ60によって電子的に制御される。コールド掃気バイパス制御弁39を開けること、又はコールド掃気バイパス制御弁38の絞りを緩くすることは、掃気圧を下げるという効果を有し、空燃比を下げるという効果を有する。一方、コールド掃気バイパス制御弁39を閉めること、又はコールド掃気バイパス制御弁38の絞りをきつくすることは、掃気圧を上げるという効果を有し、空燃比を上げるという効果を有する。コールド掃気バイパス管37は、掃気受け2から分岐する必要はなく、インタークーラー14の下流であれば掃気管13のどの位置から分岐してもよい。
【0050】
排気受け3と掃気受け2との間を排気再循環管42が接続している。排気再循環管42は、排気再循環制御弁45と、再循環排気ガスクーラー44と、再循環排気ガスブロワ43とを有する。再循環排気ガスブロワ43及び排気再循環制御弁45はいずれも、コントローラ60の電子制御の下で、排気再循環管42の流量を調節するために用いられる。通常運転条件の下では、再循環排気ガスブロワ43がアクティブになっていない限り、排気再循環管42には排気は流れない。しかし、排気受け3内の圧力は通常、掃気受け2内の圧力より低いからである。このため、再循環排気ガスブロワ43がアクティブでない場合、排気再循環制御弁45は閉じられていなければならない。排気再循環管42は、排気受け3に直接接続していなくともよく、第1の排気管19のどこかの位置に接続していてもよい。また排気再循環管42は、掃気受け2に直接接続していなくともよく、インタークーラー14の下流であれば、掃気管13のどこかの位置に接続していてもよい。
【0051】
排気再循環管42において、再循環排気ガスブロワ43をアクティブにするか、再循環排気ガスブロワ43の回転数を上げることは、空燃比を下げ、またバルク圧縮温度を少し低下させる。一方、排気再循環管42において、再循環排気ガスブロワ43を非アクティブにするか、再循環排気ガスブロワ43の回転数を下げることは、空燃比を上げ、またバルク圧縮温度を少し上昇させる。
【0052】
排気受け3又は第1の排気管19からは、排気バイパス管39が分岐しており、所与の背圧で周囲環境27に接続している。排気バイパス制御弁40は、コントローラ60の電子制御の下で、排気バイパス管39の流量を調節するために用いられる。
【0053】
排気バイパス制御弁40を開けること、又は排気バイパス制御弁40の絞りを緩くすることは、シリンダ内の空燃比を下げる。一方、排気バイパス制御弁49を閉めること、又は排気バイパス制御弁49の絞りをきつくすることは、シリンダ内の空燃比を上げる。
【0054】
選択触媒還元(SCR)リアクタ及びリアクタバイパス弁を備える機関においては、排気受け3からターボ過給機5のタービン6への流量のうちSCRリアクタを通過する流量が、コントローラ60の電子制御の下で調節される。
【0055】
図5において、コントローラ60により制御される上述の全ての要素のコントローラ60への接続は、破線を用いて表現されている。
【0056】
図6は、空燃比オブザーバ46及びバルク圧縮温度オブザーバオブザーバを説明するための図である。
【0057】
空燃比オブザーバ46は、コンピュータにより実装されるアルゴリズムであり、掃気圧力、排気弁閉弁タイミング、シリンダの幾何学的形状、理論空燃比、噴射されたガスの量、についての情報を用いる。圧縮空燃比オブザーバ46は、コントローラ60の一部として実装されてもよく、コントローラ60とは異なるコンピュータやコントローラとして実装されてもよい。圧縮空燃比オブザーバ46は、(完全に)圧縮された混合気(すなわちピストン10がTDCにあるときの混合気)についての圧縮空燃比の推定値を出力として提供し、これをコントローラ60に送る。この推定値は、排気弁4が着座している時に燃焼室に捕えられた外気の質量を、噴射されたガスの全質量を完全燃焼させるために必要な空気の質量で割った比に基づく値である。
【0058】
バルク圧縮温度オブザーバ47もコンピュータにより実装されるアルゴリズムであり、掃気圧力、掃気温度、排気弁閉弁タイミング、クランク軸速度、についての情報を用いる。バルク圧縮温度オブザーバ47も、コントローラ60の一部として実装されてもよく、コントローラ60とは異なるコンピュータやコントローラとして実装されてもよい。バルク圧縮温度オブザーバ47は、ガス噴射開始からパイロット噴射時までの時間ウィンドウにおける燃焼室のバルク圧縮温度の推定値であるTcomp(Tc)を、出力として提供する。バルク圧縮温度オブザーバ47は、この推定値をコントローラ60に提供する。実施例によっては、Tcompは、ピストン10がTDCにあるときの推定値をいう。
【0059】
図7は、バルク圧縮温度(Tcomp)と空燃比(λ)をグラフ化したものである。空燃比下閾値(λ-lower)、空燃比上閾値(λ-upper)、バルク圧縮温度下閾値(Tc-lower)、バルク圧縮温度上閾値(Tc-upper)で定められる境界内のゾーンは、安定状態デフォルトゾーン51である。この安定状態デフォルトゾーン51において、コントローラ60は、各シリンダ1に個別に、現在の機関負荷にとって必要な量の第1の燃料を提供し、バルク圧縮温度を変えるための方策はとらない。またコントローラ60は、各シリンダの空燃比を、既知の望ましくない燃焼状態からのマージンとの形をとった安全距離を有する機関動作条件の関数である、或るレベルに個別に制御する。この既知の望ましくない燃焼状態とは、動作条件依存の既知の危機的レベルを空燃比が超えた時に部分ミスファイアやミスファイアのようなイベントやプレイグニッションが生じる可能性が高い状態である。
【0060】
シリンダ1内の燃焼状態が変化し、安定状態デフォルトゾーン51から離れてアクションゾーン52に入ると、コントローラ60は、そのような事態が生じることを防ぐための方策を取る。
【0061】
この目的のため、コントローラ60は、各シリンダに対して個別に次の事項を遂行するように構成される。
・ 決定又は測定した平均圧縮空燃比が、圧縮空燃比下閾値を下回る場合、圧縮空燃比を上げるための少なくとも一つの方策(Compression Air-fuel Ratio Increasing Measure;CAFRIM)を実行する。
・ 決定又は測定した平均圧縮空燃比が、圧縮空燃比上閾値を上回る場合、圧縮空燃比を下げるための少なくとも一つの方策(Compression Air-fuel Ratio Decreasing Measure;CAFRDM)を実行する。
・ 決定又は測定したバルク圧縮温度が、バルク圧縮温度下閾値を下回る場合、バルク圧縮温度を上げるための少なくとも一つの方策(Bulk Compression Temperature Increasing Measure;BCTIM)を実行する。
・ 決定又は測定したバルク圧縮温度が、バルク圧縮温度上閾値を上回る場合、バルク圧縮温度を下げるための少なくとも一つの方策(Bulk Compression Temperature Decreasing Measure;BCTDM)を実行する。
【0062】
これらの方策を取ることにより、コントローラ60は、各シリンダライナ1内の状態を通常運転ゾーン51の中に保つようにする。シリンダライナ1内の状態が通常運転ゾーン51の外に出てアクションゾーン52に入ってしまうことは、一時的に過ぎないようにする。アクションゾーン52は、危険ゾーン53に囲まれている。危険ゾーン53は、プレイグニッションやミスファイアといったイベントが生じる可能性が非常に高いゾーンである。
【0063】
ゾーン51、52、53の境界は、バルク圧縮温度や圧縮空燃比の上の閾値や下の閾値によって定められる。これらの閾値は個々のエンジンに対して経験的・実験的に定めることができ、例えばトライ&エラーや、エンジンサイクルのコンピュータシミュレーションによって、定めることができる。
【0064】
バルク圧縮温度及び圧縮空燃比の両方が安定状態デフォルトゾーン51を逸脱していると、オブザーバ46,47が示している場合、コントローラ60は、シリンダライナ1内の状態を安定状態デフォルトゾーン51内に戻すべく、各シリンダについて個別に、バルク圧縮温度を安定状態デフォルトゾーン51に戻す方策及び圧縮空燃比を安定状態デフォルトゾーン51に戻す方策の両方を遂行する。
【0065】
排気バイパス制御弁40を調節して(排気バイパス制御弁40を開位置へと移動して)、排気バイパス(Exhaust Gas Bypass;EGB)管39を開けること(過給機タービンの入口からタービン出口又は外環境への流れを増やすこと)は、掃気圧の低下をもたらし、従って燃焼室に捕えられる空気質量を減少させる。このため、この方策は、圧縮空燃比を下げる方策として適切である。この方策は、バルク圧縮温度には軽微な影響しか及ぼさない。エンジンが複数のターボ過給機を有する場合でも、EGBを排気受けに接続することで、1つのEGBだけで足りる場合がある。ただし、排気受けへの複数の流れが適切に混合する場所を選んで接続する必要がある。
【0066】
ホットシリンダーバイパス制御弁31を開けること(過給機コンプレッサ出口から過給機タービン入口への流れを増やすこと)は、燃焼室内の圧縮空燃比及びバルク圧縮温度の上昇をもたらす。
【0067】
掃気バイパス制御弁38を開けることは、掃気受け2からコンプレッサ入口または外環境への流れを生成する。これは、排気バイパスと質的に同様の効果を、圧縮空燃比にもたらす。しかし掃気プロセスには、(従って燃焼室のバルク圧縮温度には、)異なる影響を及ぼす。掃気バイパス制御弁38の開度が燃焼室の状態に与える影響は、排気バイパスに比べて迅速に現れる。
【0068】
コールドシリンダバイパス36を開けることは、排気受けから過給機タービン入口への流量を増加させる。これは、バルク圧縮温度の上昇をもたらす。しかし、圧縮空燃比にはほとんど影響がない。
【0069】
排気弁閉弁タイミングは、燃焼室内の圧縮と掃気圧の比を決定する。このタイミングを変化させることは、燃焼室内の圧縮空燃比及びバルク圧縮温度の両方に大きな影響を及ぼす。
【0070】
排気弁開弁タイミングは、燃焼室内の掃気プロセスの初期段階に影響を及ぼす。このタイミングを変化させることは、エンジン効率と掃気プロセスに影響を与える。掃気プロセスが変化すると、結果としてバルク温度も変化する。排気弁4が非常に早く開くと、その後ピストン10が掃気ポート18を開いたときに、掃気受け2への流れは生じない。排気弁4が非常に遅く開くと、その後にピストン10が掃気ポート18を開いたときに、掃気受け2への大きな流れが生じる。これらの方策は掃気プロセスを変化させ、燃焼によって生じた'汚れた・熱い'ガスが次の燃焼ストロークに混入する割合を変化させる。
【0071】
つまり、排気弁4を遅く開けることによって、前の燃焼から混入する'汚れた・熱い'ガスを増やし、圧縮空燃比を低下させてバルク圧縮温度を上昇させる。排気弁4を非常に早く開けると、前の燃焼から混入する'汚れた・熱いガスが減って、圧縮空燃比が増加してバルク圧縮温度は低下する。排気弁4を早く閉じて圧縮を高めると、排気弁4から流出するガスの量が減り、多くのガスが燃焼室に留まる。これは、空燃比を上げる。圧縮を高めることは、燃焼室内でピストン10によってガスになされる圧縮仕事量が増加する。このことは、燃焼室内のガスの温度を上昇させる。
【0072】
排気再循環の流量を増やすことは、排気受け3から過給機コンプレッサ出口(又は掃気受け2)への排気の流量を増やす。排気再循環の流量は、排気再循環ブロワ43をアクティブにするか、排気再循環ブロワ43の回転速度を上げることによって、増やすことができる。排気再循環の流量が増えると、圧縮空燃比は下がる。
【0073】
補助ブロワ16の速度を上げると、圧縮空燃比が少し上昇する。
【0074】
ウォーター インジェクションを備える機関である場合、圧縮行程中に燃焼室に水を噴射することは、バルク圧縮温度を低下させる。
【0075】
掃気クーラーバイパス(図示されていない):インタークーラー14をバイパスさせることは、燃焼室のバルク圧縮温度を大きく上昇させる。一方、圧縮空燃比には小さな影響しか与えない。
【0076】
可変ジオメトリタービン6を備えるエンジンにおいて、タービン流路面積(turbine flow area)を減少させることは、掃気圧力の上昇をもたらし、そのため燃焼室で捕えられる空気質量を減少させる。このためこの方策は、圧縮空燃比を下げる方策として適切である。この方策は、バルク圧縮温度には軽微な影響しか及ぼさない。
【0077】
ターボ過給機アシストを備えるエンジンの場合、アシストを強くしてターボ過給機5の速度を上げることは、圧縮空燃比の上昇をもたらす。この方策は、圧縮温度には軽微な影響しか及ぼさない。
【0078】
ガス燃料と液体燃料(例えばディーゼル油や船舶用ディーゼル油)の比を変えることも、方策の一つとなる。噴射される全燃料エネルギー中のガス燃料の割合を少なくすると、圧縮中の圧縮空燃比が上昇する。これに対応して液体燃料の割合が増えると、クランク軸トルクの維持が確保される。
【0079】
排気受け内に熱交換器が搭載されるエンジンの場合(又は排気ガスの一部を受け取る熱交換器を有するエンジンの場合)、熱交換器を通る排気ガスの量を増やすこと、すなわち排気ガスから多くの熱を抽出することは、掃気圧の低下をもたらし、従って、燃焼室に捕えられる空気量が減少する。このためこの方策は、圧縮空燃比を下げる方策として適切である。この方策は、バルク圧縮温度には軽微な影響しか及ぼさない。熱交換器は蒸気の生成に使用されうる。
【0080】
ホット掃気バイパスを備えるエンジンの場合、ホット掃気バイパス制御弁を開けることは、コンプレッサ出口から外環境またはコンプレッサ入口への流れを生成又は増加させる。これは、掃気圧力を大きく低下させる。従って、燃焼室に捕えられる空気量が減少する。このためこの方策は、圧縮空燃比を下げる方策として適切である。
【0081】
ある実施例において、圧縮空燃比下閾値、圧縮空燃比上閾値、バルク圧縮温度下閾値、バルク圧縮温度上閾値は、いずれもエンジン動作条件に依存するパラメータである。エンジン動作条件は、エンジン負荷、周囲温度、周囲湿度、エンジン速度等のパラメータによって決定される。これらの動作条件パラメータは、例えばルックアップテーブルやアルゴリズム、これらの組み合わせ等を通じてコントローラ60が利用可能である。
【0082】
上記の方策が燃焼プロセスをアクションゾーン52に維持するのに十分でないとき、燃焼プロセスが危険ゾーン53に移行しないことを保証するために、コントローラ60によってさらなる方策が講じられる。これら更なる方策が講じられるのは、燃焼室の状態がアクションゾーン52から、アクションゾーン52を囲む危険ゾーン53に移行する前又は移行したときである。このように、コントローラ60は、シリンダ1の少なくとも1つを予混合運転から圧縮着火運転に変更し、圧縮着火運転されるシリンダ1においてTDCまたはその近傍で噴射される第2の燃料の量を選択して、依然として予混合プロセスで運転されている残りのシリンダ1が危険ゾーン53から離れるのを助けるように構成されている。第2の燃料は、例えば、TDCまたはその近傍で噴射するために必要とされる非常に高い圧力(少なくとも300バールの圧力が通常必要とされる)で比較的容易に噴射することができる燃料、すなわち、液体燃料である。このような液体燃料の例としては、燃料油、重油、メタノール、エタノール、ジメチルエーテル(DME)、アンモニアなどが挙げられる。また、これらの燃料は、水が添加されたものであってもよい。1つ又は複数のシリンダ1を圧縮着火プロセスに従って動作するように変更することに加えて、コントローラ60は、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダ1へ噴射する第2の燃料の量を調節する。これは、予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダによって提供される必要があるトルク(MIP)が、プレイグニッションイベントのリスクが検出されると減少し、ミスファイアイベントのリスクが検出されると増加するようにするためである。予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダのトルク(MIP)を増加させることは、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダについて、これらのシリンダが比較的小さいトルク(MIP)しか提供しないように、比較的少ない量の第2の燃料で動作させることによって達成される。予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダのトルク(MIP)を減少させることは、圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダについて、これらのシリンダが比較的大きいトルク(MIP)を提供するように、比較的多い量の第2の燃料で動作させることによって達成される。
【0083】
コントローラ60は、エンジンの動作状態を安定状態デフォルトゾーン51に戻すためのアクションを取ることは、(すなわち上述の方策を取ることは、)最小限にとどめるように構成される。また、圧縮着火プロセスに従ってシリンダ1を動作させることも最小限にとどめるように構成される。従ってコントローラ60は、燃焼室の状態が通常運転ゾーンに戻ったときには、上述の全て方策を終了するように構成される。
【0084】
図8は、コントローラ60の上述の構成に従ってエンジンを動作させる処理を説明するためのフローチャートである。
【0085】
プロセスの開始後、コントローラ60は、デフォルトで全てのシリンダ1を予混合プロセス動作で始動する。これは図10で図示された状況であり、全てのシリンダ1が予混合プロセスで動作しており、また、条件が最適であることと、全てのシリンダ1の空燃比がλ-minとλ-maxの間の許容範囲にあることと、各シリンダ1によって送達されるトルク(MIP)が、各シリンダ1によって伝達される平均トルクと実質的に同一であることとが想定されている。実施形態によっては、各シリンダ1が当該シリンダ1の動作を最適化するために個別に制御され、その結果、個々のシリンダ1によって伝達されるトルクにわずかなずれが生じる可能性があることに留意されたい。
【0086】
次に、コントローラ60は、圧縮空燃比(λ)が下閾値(λ-lower)以下であるかどうかを、好ましくは、各シリンダごとに個別に調査する。結果がNOであれば、コントローラ60は、圧縮空燃比上閾値(λ-upper)を超えているかどうかを調査し、結果がYesであれば、コントローラ60は、上述の圧縮空燃比増加対策のうちの1つを講じる。次に、コントローラ60は、圧縮空燃比が最大閾値(λ-max)を超えているかどうかを調査する。結果がNoの場合、コントローラは、圧縮空燃比上閾値(λ-upper)を超えているかどうかの調査に移行する。結果がYesの場合(これは図11に示される状況であり、プレイグニッションの危険がある)、コントローラ60は、1つ以上のシリンダ1を予混合プロセスによる動作から圧縮着火プロセスに変更する。また、圧縮着火プロセスで動作する1つ以上のシリンダ1のMIPを増加させるために、TDC又はその近傍で噴射する第2の燃料の量を調節する。それによって予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダ1のMIPを減少させ、それによって予混合プロセスに従って動作するシリンダ1の空燃比を増加させる。このため、シリンダ1におけるプレイグニションのリスクはもはや存在しなくなる。これが図12に示す状況である。次に、コントローラ60は、予混合プロセスで動作するシリンダ1について、空燃比が下閾値と上閾値の間にあるか、及び、バルク燃焼温度が上閾値と下閾値の間にあるかを調査する。結果がNoであれば処理はスタートに戻る。結果がYesであれば、別の1つ以上のシリンダ1を圧縮着火プロセスでの動作から予混合プロセスに変更し、予混合プロセスで動作しているシリンダのトルク(MIP)をさらに低下させ、その後、処理はスタートに戻る。
【0087】
空燃比が下閾値(λ-lower)の上であると判断された場合、コントローラ60は、圧縮空燃比が上閾値(λ-upper)より上であるかどうかを調査する。結果がNoである場合、コントローラは、バルク圧縮温度下閾値(Tc-lower)を逸脱していないかどうかの調査に移行する。調査の結果がYesである場合、コントローラ60は、圧縮空燃比を低下させる上述の対策のうちの一つを講じる。次に、コントローラ60は、圧縮空燃比が最大閾値(λ-max)より高いかどうかを調査する。結果がNoの場合、コントローラは、バルク圧縮温度下閾値(Tc-lower)を超えているかどうかの調査に移行する。結果がYesの場合(これは図13に示される状況である)、コントローラ60は、1つ以上のシリンダ1を予混合プロセスによる動作から圧縮着火プロセスに変更する。また、圧縮着火プロセスで動作する1つ以上のシリンダ1のMIPを減少させるために、TDC又はその近傍で噴射する第2の燃料の量を調節する。それによって予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダ1のMIPを増加させ、それによって予混合プロセスに従って動作するシリンダ1の空燃比を減少させる。このため、シリンダ1におけるミスファイア(失火)のリスクが減少する。これが図14に示す状況である。次に、コントローラ60は、予混合プロセスで動作するシリンダ1について、空燃比が下閾値と上閾値の間にあるか、及び、バルク燃焼温度が上閾値と下閾値の間にあるかを調査する。結果がNoであれば処理はスタートに戻る。結果がYesであれば、1つ以上のシリンダ1を圧縮着火プロセスでの動作から予混合プロセスに変更し、その後処理はスタートに戻る。
【0088】
空燃比が上閾値(λ-upper)より上ではないと判断した場合、コントローラ60は、バルク圧縮温度が下閾値(Tc-lower)より低いかどうかを調査する。調査の結果がNoであれば、コントローラ60は、バルク圧縮温度が上閾値(Tc-upper)以上であるかどうかを確認する次のステップに移行し、調査の結果がYesであれば、コントローラ60は、バルク圧縮温度上昇方策を講じる。その後、コントローラ60は、バルク圧縮温度が最小閾値(Tc-min)より低いかどうかを調査する。調査の結果がNoであれば、コントローラ60の処理は、バルク圧縮温度が最大閾値(Tc-max)より高いかどうかを調査するステップに移行する。調査の結果がYesの場合、コントローラ60は、1つ以上のシリンダ1を予混合プロセスによる動作から圧縮着火プロセスに変更する。また、圧縮着火プロセスで動作する1つ以上のシリンダ1のMIPを減少させるために、TDC又はその近傍で噴射する第2の燃料の量を調節する。それによって予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダ1のMIPを増加させ、それによって、予混合プロセスに従って運転するシリンダ1のバルク燃焼温度を上昇させる。次に、コントローラ60は、予混合プロセスで動作するシリンダ1について、空燃比が下閾値と上閾値の間にあるか、及び、バルク燃焼温度が上閾値と下閾値の間にあるかを調査する。結果がNoであれば処理はスタートに戻る。結果がYesであれば、1つ以上のシリンダ1を圧縮着火プロセスでの動作から予混合プロセスに変更し、その後処理はスタートに戻る。
【0089】
バルク圧縮温度が下閾値(Tc-lower)より低くはないと判断された場合、コントローラ60は、バルク圧縮温度上閾値(Tc-upper)を超えているかどうかを調査する。調査の結果がNoである場合、コントローラ60は、圧縮空燃比が下閾値より低いかどうかを調査するステップに戻る。調査の結果がYesである場合、コントローラ60は、バルク圧縮温度を低下させる上述の方策のうちの1つを実行する。次にコントローラ60は、バルク圧縮温度が最大閾値(Tc-max)より高いかどうかを調査する。調査の結果が「No」であれば、コントローラ60は、圧縮空燃比が下閾値より低いかどうかを調査するステップに戻る。調査の結果が「Yes」であれば、1つ又は複数のシリンダ1を予混合プロセスでの動作から圧縮着火プロセスに変更する。また、圧縮着火プロセスで動作する1つ又は複数のシリンダ1のMIPを増加させるために、TDC又はその近傍で噴射する第2の燃料の量を調節する。それによって予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダ1におけるMIPを減少させ、それによって、予混合プロセスに従って動作するシリンダ1におけるバルク圧縮温度を低下させ、プレイグニッション現象のリスクを低減する。
【0090】
実施形態によっては、コントローラ60には、圧縮空燃比を上昇または低下させるために利用可能な方策のうち、現在のエンジンの運転条件においてどれが最適な方策であるかを決定するためのアルゴリズムやルックアップテーブル等の情報が提供される。
【0091】
実施形態によっては、空燃比の上閾値及び下閾値、並びに空燃比の最小閾値及び最大閾値の値は、試験又はコンピュータシミュレーション上でのエンジンの試験運転から決定される。空燃比の上閾値及び下閾値、並びに空燃比の最小閾値及び最大閾値の値は、必ずしも一定値ではなく、典型的には、エンジン負荷及び回転数、周囲条件等の他のパラメータに依存する。コントローラ60は、これらの値をルックアップテーブル等に記憶させておくか、あるいは、アルゴリズムを用いて、実際の条件に応じた正しい値を決定している。
【0092】
実施形態によっては、バルク圧縮温度の上閾値及び下閾値、並びにバルク圧縮温度の最小閾値及び最大閾値の値は、試験又はコンピュータシミュレーション上のエンジンの試験運転から決定される。バルク圧縮温度の上閾値及び下閾値、並びにバルク圧縮温度の最小閾値及び最大閾値の値は、必ずしも一定値ではなく、典型的には、エンジン負荷及び回転数、周囲条件等の他のパラメータに依存する。コントローラ60は、これらの値をルックアップテーブル等に記憶させておくか、あるいは、アルゴリズムを用いて、実際の条件に応じた正しい値を決定している。
【0093】
図7に安全エリア51、行動エリア52、危険エリア53を図式的に示したが、これらのエリアは必ずしも丸みを帯びた長方形の形状である必要はなく、図7はあくまで一例である。実際には、行動エリア52は必ず危険領域53の内側に位置し、安全エリア51は必ず行動エリア52の内側に位置するが、これらのエリア51,52の外形の形状は、閉じた線による任意の形状でよく、エンジンの設計や特性に依存することになる。
【0094】
実施形態によっては、コントローラは、シリンダ圧曲線に基づいて、複数のシリンダ1のうちの1つ以上のシリンダを予混合動作から圧縮着火動作に変更する必要性を判断する。図8は、着火遅れ/ミスファイアが起こる場合の圧力曲線(ピークが最も低い曲線)、正常燃焼が起こる場合の曲線(ピークが中間の曲線)、およびプレイグニッション/ノッキングが起こる場合の曲線(ピークが最も高い曲線)の一例を示すグラフである。これらの曲線は例であり、特に、着火遅れ/ミスファイア曲線と、プレイグニッション/ノッキング曲線とは、示された例と大きく異なる可能性があることに留意されたい。
【0095】
この実施形態では、コントローラ60は、シリンダ圧曲線を解析することにより、ミスファイア事象及び/又はプレイグニッション事象などの望ましくない燃焼事象の発生を検出し、この情報に基づいて、プレイグニッション事象又はミスファイア事象が発生したかどうかを判断するように構成されている。
【0096】
コントローラ60は、プレイグニッション事象を検出すると、1つ又は複数のシリンダ1を予混合プロセスに従った動作から圧縮着火プロセスに変更し、圧縮着火プロセスに従った動作をしているシリンダ1に噴射する第2の燃料の量を調整して、まだ予混合プロセスで動作しているシリンダ1から伝達されるべきトルク(MIP)を低減し、それによって予混合プロセスに従って動作しているシリンダ1におけるプレイグニッション事象を回避する。
【0097】
コントローラ60は、失火または着火遅れ事象を検出すると、1つ又は複数のシリンダ1を予混合プロセスに従った動作から圧縮着火プロセスに変更し、圧縮着火プロセスに従った動作をしているシリンダ1に噴射する第2の燃料の量を調整して、まだ予混合プロセスで動作しているシリンダ1から伝達されるべきトルク(MIP)を増加させ、それによって予混合プロセスに従って動作しているシリンダ1における着火遅れ/失火事象を回避する。
【0098】
実施形態によっては、コントローラ60は、圧縮着火プロセスでシリンダ1を動作させてから所定時間経過後(またはエンジンが所定回数回転した後)に、圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダ1の動作を予混合プロセスに戻すように構成される。
【0099】
実施形態によっては、コントローラ60は、予混合プロセスに従って動作するシリンダ1の空燃比およびバルク圧縮温度を監視し、これらの値が許容可能な範囲にあるとき、例えばTC-lowerとTC-upperの間およびλ-lowerとλ-upperの間にあるとき、(好ましくは所定の期間中ずっとその範囲にあるとき、)圧縮着火プロセスに従って動作する1つ又は複数のシリンダ1の動作を変更して予混合プロセスに戻するように構成される。
【0100】
実施形態によっては、コントローラ60は、多数のシリンダ1を有するエンジン、例えば7以上のシリンダを有するエンジンにおいて、少なくとも2つのシリンダ1の動作を予混合動作から圧縮着火動作に変更し、又はその逆に変更し、予混合プロセスに従って動作する残りのシリンダ1の動作条件(例えば空燃比および/またはバルク圧縮温度)に実質的な影響を与えるように構成される。
【0101】
一般に、第2の燃料の使用を少なくすることは、排出される汚染物質の量を少なくすることになるので、コントローラ60は、第2の燃料の使用を最小限にするよう、圧縮着火プロセスでシリンダを動作させることを最小限に抑えるように構成される。
【0102】
実施形態によっては、各シリンダ1には、シリンダカバー22の中央に配置されたタイミング可変の排気弁4が設けられ、コントローラ60は、複数のシリンダ1のうち予混合プロセスに従って動作するシリンダ1については排気弁4の開閉のタイミングを予混合プロセスに適合するように合わせるように構成され、複数のシリンダ1のうち圧縮着火プロセスに従って動作するシリンダ1については排気弁4の開閉のタイミングを圧縮着火プロセスに適合するように合わせるように構成される。
【0103】
多くの側面及び実装形態が、いくつかの実施例と共に説明されてきた。しかし、本願の明細書や図面、特許請求の範囲を検討すれば、当業者は、特許請求の範囲に記載される発明を実施するにおいて、説明された実施例に加えて多くのバリエーションが存在することを理解し、また具現化することができるであろう。特許請求の範囲に記載される「備える」「有する」「含む」との語句は、記載されていない要素やステップが存在することを排除しない。特許請求の範囲において記載される要素の数が複数であると明示されていなくとも、当該要素が複数存在することを除外しない。特許請求の範囲に記載されるいくつかの要素の機能は、単一のプロセッサやコントローラ、その他のユニットによって遂行されてもよい。いくつかの事項が別々の従属請求項に記載されていても、これらを組み合わせて実施することを排除するものではなく、組み合わせて実施して利益を得ることができる。
【0104】
特許請求の範囲で使用されている符号は発明の範囲を限定するものと解釈されてはならない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15