(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-10
(45)【発行日】2023-08-21
(54)【発明の名称】長寿命イオン源
(51)【国際特許分類】
H01J 27/24 20060101AFI20230814BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20230814BHJP
H05H 1/24 20060101ALI20230814BHJP
H05H 7/08 20060101ALI20230814BHJP
【FI】
H01J27/24
H01J37/08
H05H1/24
H05H7/08
(21)【出願番号】P 2019200329
(22)【出願日】2019-11-01
【審査請求日】2022-09-16
(73)【特許権者】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100194869
【氏名又は名称】榎本 慎一
(72)【発明者】
【氏名】宗本 尚也
(72)【発明者】
【氏名】高山 健
(72)【発明者】
【氏名】安達 利一
(72)【発明者】
【氏名】堀岡 一彦
(72)【発明者】
【氏名】高野 進
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】実開昭59-151437(JP,U)
【文献】特開平10-026699(JP,A)
【文献】特開2000-019299(JP,A)
【文献】特開2011-108641(JP,A)
【文献】特開2011-139080(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0180043(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0235918(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0317837(US,A1)
【文献】N. Munemoto, et al.,Direct injection of fully stripped carbon ions into a fast-cycling induction synchrotron and their capture by the barrier bucket,Physical Review Accelerators and Beams,2017年08月09日,Vol. 20, 080101,pp. 1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/24
H01J 37/08
H05H 1/24
H05H 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー照射される標的を収納し、前記レーザー照射で生成したアブレーションプラズマを所定の位置に輸送する引き出し機構に連通するチャンバーと、
前記標的を水平方句に移動させる水平移動機構と、
前記標的を垂直方向に移動させる縦送機構と、
からな
り、
前記標的の反レーザー照射側にイオン強度の安定化を図る自由回転の押さえを配置したことを特徴とする長寿命イオン源。
【請求項2】
前記標的のレーザー照射側に、
レーザー通過用のスリットが穿設され、前記スリットが下流へ伝搬するアブレーションプラズマ群の形状を制御し、デブリの拡散を抑制するデブリシールドテープ及び前記デブリシールドテープを巻き取る巻取装置を備えるデブリ除去機構を配置したことを特徴とする請求項1に記載の長寿命イオン源。
【請求項3】
前記標的が炭素薄膜であることを特徴とする請求項1に記載の長寿命イオン源。
【請求項4】
前記水平移動機構が、
前記チャンバーに位置するレールと、
前記レールをスライドするスライダーと、
前記スライダーを移動させる駆動軸と、
前記駆動軸を動作させる第一モーターとからなり、
前記スライダーの移動に伴って、前記標的が水平方向に移動可能となることを特徴とする
請求項1に記載の長寿命イオン源。
【請求項5】
前記縦送機構が、
前記水平移動機構に取り付けた内枠と、
前記内枠に回動可能に固定された未使用の前記
標的が巻かれる第一ドラムと、
使用された前記
標的を巻き取る第二ドラムと、
からなることを特徴とする請求項1に記載の長寿命イオン源。
【請求項6】
前記縦送機構が、ユニット化され、一体で交換可能としたことを特徴とする請求項
5に記載の長寿命イオン源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビーム加速器のレーザーアブレーションイオン源に関し、より詳しくは医療用(例えば、完全電離炭素線セラピー)に好適な長時間使用可能、長時間メンテナンスフリーな長寿命イオン源に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素線セラピー用のイオン源として10GHz近傍のマイクロ波を用いた電子サイクロトロン共鳴イオン源(特許文献1)が使用されて来た。中性ガスとしてプロパンガスを用いれば、この周波数帯では電子エネルギーが十分ではなく4価程度のイオン源が生成されるが、完全電離の炭素線イオンは得られない。
【0003】
従来の電子サイクロトロン共鳴イオン源でも、超電導ミラー磁場を使った、大掛かりで高額の装置を用いた完全電離の炭素イオンを作る手法は提案されていたが、実現の報告はない。
【0004】
4価の炭素線をRFQとDTL等の入射器で6-8MeV程度まで加速後、炭素薄膜で残る2個の電子を剥ぎ取り、炭素線セラピーのドライバー加速器である高周波シンクロトロンに入射する方法が取られていた。入射器を用いない炭素線セラピードライバーではこの手法は使用できない。
【0005】
10cmx10cmのグラファイト板や炭素薄膜を標的に用いたレーザーアブレーションイオン源にて完全電離炭素線の生成は実証されているが(非特許文献1)、実際の炭素線セラピーとして使用に耐えるような長寿命はなかった。
【0006】
重粒子線セラピーの炭素標的は最短でも1ヶ月を超える長寿命とメンテナンスフリーでの動作が求められる。他方、イオン源からの完全電離炭素線イオンを直接入射し、加速出来る誘導加速シンクロトロンの技術が確立している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-84818(マイクロ波イオン源及びその起動方法)
【文献】特開2006-310013号公報(全種イオン加速器及びその制御方法)
【非特許文献】
【0008】
【文献】N.Munemoto,S.Takano,T.Adachi,K.Takayama et al., “Direct injection of fully stripped carbon ions into a fast-cycling induction synchrotron and their capture by the barrier bucket”, Phys. Rev. Accel. and Beams 20, 080101 (2017).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、ビーム加速器のレーザーアブレーションイオン源に関し、より詳しくは医療用(例えば、完全電離炭素線セラピー)に好適な長時間使用可能、長時間メンテナンスフリーな長寿命イオン源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)
レーザー照射される標的を収納し、前記レーザー照射で生成したアブレーションプラズマを所定の位置に輸送する引き出し機構に連通するチャンバーと、
前記標的を水平方句に移動させる水平移動機構と、
前記標的を垂直方向に移動させる縦送機構と、
からなり、
前記標的の反レーザー照射側にイオン強度の安定化を図る自由回転の押さえを配置したことを特徴とする長寿命イオン源。
(2)
前記標的のレーザー照射側に、
レーザー通過用のスリットが穿設され、前記スリットが下流へ伝搬するアブレーションプラズマ群の形状を制御し、デブリの拡散を抑制するデブリシールドテープ及び前記デブリシールドテープを巻き取る巻取装置を備えるデブリ除去機構を配置したことを特徴とする(1)に記載の長寿命イオン源。
(3)
前記標的が炭素薄膜であることを特徴とする(1)に記載の長寿命イオン源。
(4)
前記水平移動機構が、
前記チャンバーに位置するレールと、
前記レールをスライドするスライダーと、
前記スライダーを移動させる駆動軸と、
前記駆動軸を動作させる第一モーターとからなり、
前記スライダーの移動に伴って、前記標的が水平方向に移動可能となることを特徴とする
(1)に記載の長寿命イオン源。
(5)
前記縦送機構が、
前記水平移動機構に取り付けた内枠と、
前記内枠に回動可能に固定された未使用の前記薄膜が巻かれる第一ドラムと、
使用された前記薄膜を巻き取る第二ドラムと、
からなることを特徴とする(1)に記載の長寿命イオン源。
(6)
前記縦送機構が、ユニット化され、一体で交換可能としたことを特徴とする(5)に記載の長寿命イオン源。
とした。
【発明の効果】
【0011】
本発明の長寿命イオン源は、上記構成であるので、完全電離炭素イオンを入射器不要の次世代炭素線セラピー、速い繰り返しのシンクロトロンに必要な完全電離炭素イオンを供給するレーザーアブレーションイオン源として採用できる。より詳細には、10Hz運転で連続2,000時間の動作に耐える、長時間使用可能、長時間メンテナンスフリーを実現する。本発明の長寿命イオン源では炭素薄膜とプラスティック製のデブリシールドテープが消耗品であり、上記条件では、約2ヶ月毎の交換でよい。
【0012】
他の民生用長尺炭素薄膜を製造するメーカーの既存製造装置によって本発明の炭素薄膜の生産も可能である。炭素線セラピー施設にストックも可能であり、コスト的にも高額のものではない。
【0013】
一方、既存炭素線セラピーにおいても、最上流から完全電離炭素イオンを利用すれば、電子剥離フォイルを通過する際に発生する炭素イオンビームエミッタンスの劣化を避けることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の長寿命イオン源の縦断面正面模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の長寿命イオン源の縦断面側面模式図である
【
図3】
図3は、デブリシールドテープの機能の説明図である。
【
図4】
図4は、本発明における炭素薄膜のレーザースポットの軌跡である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付の図面を参照し、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本発明は下記形態例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
図1~3に示すように、本発明である長寿命イオン源1は、チャンバー2と、標的を水平方向に移動させる水平移動機構3と、標的を垂直方向に移動させる縦送機構4と、自由回転の押さえ6と、デブリ除去機構7からなる。
【0017】
ここでは、標的は、炭素線セラピー用の炭素薄膜5とした。目的、用途に応じて、各種既存の加速に利用できる元素種の標的を用いることができる。
【0018】
チャンバー2は、加速に求められる真空で、レーザー9が照射される標的、ここで炭素薄膜5を収納し、レーザー9の照射で生成したアブレーションプラズマ11を加速器等の所定の位置に輸送する、既存の引き出し機構10に連通する。
【0019】
水平移動機構3は、チャンバー2に位置(固定してもよい)するレール3cと、レール3cをスライドするスライダー3dと、スライダー3dを移動させる駆動軸3bと、駆動軸3bを動作させる第一モーター3aとからなる。これにより、スライダー3dの移動に伴って、標的、ここでは縦送機構4の全体が水平方向(両方向)に移動可能となる。その結果、炭素薄膜5もスライドし、位置制御可能になる。
【0020】
第一モーター3aとしては、ステッピングモーターが例示できる。第一モーター3aは、加速器の運転繰り替えしに同期して、縦送機構4を水平方向にスライドさせ、レーザー9が照射される炭素薄膜5の位置をズラし、レーザースポット9aの位置を制御する。駆動軸3bとしては、ピストン軸、ネジ軸、ボールネジなどが例示できる。
【0021】
縦送機構4は、水平移動機構3に、着脱可能に取り付けた内枠4aと、内枠4aに回動可能に固定された未使用の炭素薄膜5が巻かれる第一ドラム4bと、レーザー9が照査され、使用された炭素薄膜5を巻き取る第二ドラム4cとからなる。第二ドラム4cは、内枠4aに固定した第二モーター4dで回転させる。
【0022】
第二モーター4dは、ステッピングモーターなどを利用し、第一モーター3aと同期し、移動タイミングを一定に保つとよい。また、巻取りドラム(第二ドラム4c)に回転駆動を伝達し、回転させ、他方の送り出しドラム(第一ドラム4b)は、炭素薄膜5がゆるみ、破断しないよう、適度のテンションを保つよう、回転制御(回転抵抗)機構を備えるとよい。
【0023】
薄膜の標的、ここでは炭素薄膜5の反レーザー9の照射側に自由回転の押さえを配置している。自由回転の押さえ6は、標的と同一物質、またはタングステンに代表される電離しにくい素材のものを利用する。自由回転の押さえ6によりアブレーションプラズマの安定性を確保する。炭素薄膜の際には、自由回転の押さえ6は、炭素棒とするとよい。ここでは、内枠4aに回転可能状態で取り付ける。その結果、縦送機構4が、ユニット化され、一体で交換可能となる。
【0024】
レーザー9の収束照射に伴い、炭素薄膜5の表面には深さ50μm、直径400μmの円錐形の照射痕が残り、この部分の物質(炭素原子)の一部はアブレーションプラズマとなるが、他の大部分の物質量はデブリジェットとなって前方方向に飛び出す。運動量保存則より、炭素薄膜5は反作用を10Hzの周期的撃力として受け、固有振動を起こす。炭素棒の自由回転の押さえ6は、炭素薄膜5のレーザースポット9aの位置での振動に伴うイオンビーム強度の変動を抑える目的で、炭素薄膜5の反レーザー照射側の背部に配置される。摩擦が生じるようになったとき自由回転の押さえ6を回転させ、標的の破れを防止するとよい。
【0025】
デブリ除去機構7は、標的のレーザー9の照射側に位置し、レーザー9の通過用のスリット8aが穿設され、レーザー9の照射後はスリット8aがアブレーションプラズマ群の形状を自動的に制御し、大量に発生するデブリの拡散(
図3破線)を抑制するデブリシールドテープ8と、デブリシールドテープ8巻き取る巻取装置を備え、チャンバー2に着脱可能に設置される。消耗品として、デブリ除去機構7はユニット化され、一体的に交換するとよい。
【0026】
巻取装置は、フレッシュなデブリシールドテープ8を巻き付け、送り出す第三ドラム7aと、使用済みデブリシールドテープ8を巻き取る第四ドラム7bと、第四ドラム7bを回転させる第三モーター7cとからなる。第三モーター7cは、加速器の運転繰り替えしに同期しても、タイマー、手動で動作させ、定期的に更新する。
【0027】
デブリは真空状態にあるチャンバー2の内部の真空悪化の原因になると共に、チャンバー2内に配置したレーザー9の収束用レンズ(図視省略)の表面汚染の原因になる。収束用レンズの表面汚染防止はビーム強度維持のために重要である。これを避けるために、レーザースポット9a位置のみを残し、アブレーションプラズマ発生直後に炭素デブリを吸着するプラスティック製のデブリシールドテープ8で炭素薄膜5の他表面全体を被う。
【0028】
図4に示すように、炭素薄膜(例えば、厚さ20-50μm、20cm幅、75-150m長)の全表面積を、イオン生成の繰り返し周波数に従って、炭素薄膜5表面上に収束レンズで収束したレーザーを照射する。
【0029】
レーザースポット9aの位置は固定であるので、炭素薄膜5を水平・垂直方向に移動させる。フィルムカメラ同様に第一ドラム4bに巻かれた炭素薄膜5を他端の第二ドラム4cに不連続に巻き取り回収する。炭素薄膜5を含む縦送機構4をユニットとして、水平移動機構3のスライダー3dにマウントし、例えば、水平方向に1cm/secで連続的に移動させる。この間、第一、第二ドラム4b、4cの巻き取りは停止している。正負10cmの水平方向移動を終了すると、1ステップ(1mm)だけ縦方向に第二ドラム4cによる炭素薄膜5の巻き取りがなされ、縦送機構4の水平方向の移動方向は逆転する。
【符号の説明】
【0030】
1 長寿命イオン源
2 チャンバー
3 水平移動機構
3a 第一モーター
3b 駆動軸
3c レール
3d スライダー
4 縦送機構
4a 内枠
4b 第一ドラム
4c 第二ドラム
4d 第二モーター
5 炭素薄膜
6 自由回転の押さえ
7 デブリ除去機構
7a 第三ドラム
7b 第四ドラム
7c 第三モーター
8 デブリシールドテープ
8a スリット
9 レーザー
9a レーザースポット
10 引き出し機構
11 アブレーションプラズマ