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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-10
(45)【発行日】2023-08-21
(54)【発明の名称】組換えタンパク質産生系
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/00 20060101AFI20230814BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230814BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20230814BHJP
   C12N 15/79 20060101ALI20230814BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230814BHJP
   C12Q 1/6813 20180101ALI20230814BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20230814BHJP
【FI】
C12P21/00 C ZNA
C12N15/09 Z
C12N15/113 Z
C12N15/79 Z
C12Q1/06
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6851 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019534082
(86)(22)【出願日】2017-12-22
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-01-30
(86)【国際出願番号】 EP2017084359
(87)【国際公開番号】W WO2018115429
(87)【国際公開日】2018-06-28
【審査請求日】2020-12-07
(31)【優先権主張番号】1622073.3
(32)【優先日】2016-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】514005397
【氏名又は名称】カトリック ユニベルシテット ルーヴェン
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(72)【発明者】
【氏名】デ ケースマイケル,キム
(72)【発明者】
【氏名】スリマ,セルゲイ,オー.
(72)【発明者】
【氏名】ジラルディー,タチアナ
(72)【発明者】
【氏名】カンペン,キム,アール.
【審査官】北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0134983(US,A1)
【文献】Nature Genetics,2013年,Vol.45, No.2, pp.186-190, Online Methods
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2014年,Vol.111, No.15, pp.5640-5645
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 15/00-15/90
C12Q 1/00-3/00
C12N 5/00-5/28
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第2の組換えタンパク質を産生するための方法であって、
変異RPL10タンパク質を発現する哺乳動物宿主細胞を提供することを含み、ここで野生型RPL10は発現されないか、またはその発現は前記哺乳動物細胞内で発現抑制され、変異RPL10タンパク質は、ヒトRPL10配列(配列番号2)の番号付けに関する98Ser変異を含み、および、
組換えポリペプチドの発現を可能にする条件下で組換えタンパク質をコードする核酸を導入することを含む、方法。
【請求項2】
発現されたポリペプチドを宿主細胞から回収する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細胞はNACを含む抗酸化剤を含む培地中で増殖させるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
宿主細胞においてNOTCH1シグナル伝達が活性化されている、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
NOTCH1シグナル伝達が、活性化細胞内NOTCH1(NOTCH1-ICN)をコードするMSCVプラスミドを有するレトロウイルスベクターで形質導入されることにより活性化されている、請求項に記載の方法。
【請求項6】
哺乳動物細胞が、CHO、COS、Vero、Hela、BHK、HEK293、Hek293T、HKB-11、MEFおよびSp-2細胞株からなる群から選択される細胞株である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
変異RPL10タンパク質を発現する哺乳動物細胞の使用であって、野生型RPL10は発現されないか、またはその発現は組換えタンパク質の発現のための前記哺乳動物細胞内で発現抑制されていて、変異RPL10タンパク質は、ヒトRPL10配列(配列番号2)の番号付けに関する98Ser変異を含む、使用。
【請求項8】
野生型RPL10を含む細胞と比較されるRPL10を含む哺乳動物細胞において組換えタンパク質の発現の増加をもたらすRPL10変異を同定するための方法であって、
野生型RPL10が存在せず、変異RPL10の発現を可能にする条件下で、変異RPL10タンパク質をコードする第1の核酸を第1の哺乳動物細胞に導入し、ここで変異RPL10タンパク質は、ヒトRPL10配列(配列番号2)の番号付けに関する98Ser変異を含み、
検出可能なタンパク質の発現を可能にする条件下で検出可能なタンパク質をコードする第2の核酸を前記第1の哺乳動物細胞に導入し、
変異RPL10の発現を可能にする条件下で、野生型RPL10タンパク質をコードする第3の核酸を第2の哺乳動物細胞に導入し、
検出可能なタンパク質の発現を可能にする条件下で、検出可能なタンパク質をコードする第2の核酸を前記第2の哺乳動物細胞に導入し、
第1の哺乳動物細胞と第2の哺乳動物細胞を同じ条件下で培養し、産生された検出可能なタンパク質の量を比較し、少なくとも2%(w/w)の検出可能なタンパク質の増加が得られるRPL10変異を有する細胞が、組換えタンパク質の発現のための宿主として選択される、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願の開示は組換えタンパク質発現の分野における改良されたタンパク質発現系に一般に関連する。本発明はタンパク質産生の改良された収率および品質を示す系ならびに培養された細胞、特に培養された真核細胞によって産生されるタンパク質の増大される産生方法に関連する。
【背景技術】
【0002】
組換え遺伝子発現を介してタンパク質産生を最大にするための改良された方法論は、当該分野において継続的な努力である。商業的に有用な量のこれらのタンパク質を産生するための生物学的に活性なタンパク質の組換え発現を最大にする方法論の開発は特に興味深い。原核生物、典型的には細菌性の宿主細胞系は大量の組換えタンパク質を産生することができることが証明されているが、これらの宿主は、タンパク質をグリコシル化できないこと、タンパク質からの「プレ」または「プレプロ」配列の非効率的な切断(例えば、非効率な翻訳後修飾)、ならびにタンパク質を分泌することが一般的にできないことを含む、いくつかの不都合に苦しむ。結果として、当該分野では、哺乳動物タンパク質産生のための真核宿主系、典型的には哺乳動物宿主細胞系が求められてきた。タンパク質は生物学的に活性な形態で培地に分泌され得るので、そのような系の一つの特徴は、産生されたタンパク質が天然のタンパク質種のそれに最も類似した構造を有し、そして精製がしばしばより容易であることである。
【0003】
タンパク質は、診断用途、薬理学的用途、治療用途、栄養用途、および研究用途を含む多種多様な用途において商業的に有用である。商業的使用のためのタンパク質の大規模産生は骨が折れることでありそして高価であり得る。さらに、薬理学的用途のためのタンパク質を産生する施設は、建築および規制当局の承認を得るために多大な費用がかかる可能性がある。このように、たとえタンパク質が産生され得る効率の増加がわずかであっても、産生に利用できる施設の数が限られておりそして産生の費用がかかるために商業的に価値がある。
【0004】
培養哺乳動物細胞は、いくつかのタンパク質、特に薬理学的使用を目的とした組換えタンパク質の産生に使用されており、培養条件の多くの調整により、産生されるタンパク質の量と質に影響を与えることが示されている。
【0005】
非特許文献1ではQM様タンパク質(tQM)をコードするトマト(Lycopersicon esculentum)遺伝子を同定しており、tQMの安定した発現が、H2O2、パラコート、および熱による酸化的損傷に対する保護を与えることを見出した。同著者らはストレス耐性の低下により組換えタンパク質の収量を増加させるためのQM過剰発現を伴う真核生物発現系を特許文献1において開示する。QMタンパク質は酵母および脊椎動物にホモログを有する。ヒトホモログはRPL10として知られる。
非特許文献2ではT細胞性急性リンパ芽球性白血病におけるリボソーム遺伝子RPL10の変異を同定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】US20080184384
【非特許文献】
【0007】
【文献】Chen et al. (2006) Appl Environ Microbiol.72,4001-4006
【文献】De Keersmaecker K. et al. (2013)Nat Genet.45, 186-190
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、培養真核生物、特に哺乳動物細胞からのタンパク質産生、特に組換えタンパク質産生の収率および品質が改良するように設計された新規の系を提供する。
操作されたRPL10真核細胞はリボソーム生合成欠陥を示すが、本発明は、翻訳効率および翻訳忠実度を増大させることによって関連技術の問題を解決し、それによってタンパク質産生の収率および品質が改善された系を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の説明のとおりに要約される:
1. 変異RPL10タンパク質を発現する真核宿主細胞を提供することを含む、第2の組換えタンパク質を産生するための方法であって、野生型RPL10は発現されないか、またはその発現は前記真核細胞内で発現抑制され、および、組換えポリペプチドの発現を可能にする条件下で組換えタンパク質をコードする核酸を導入する、方法。
2. 発現されたポリペプチドを宿主細胞から回収する工程をさらに含む、1の説明に記載の方法。
3. 内因性RPL10 DNA配列がゲノムから除去されているものであって、内因性RPL10の発現が抑制されているか、または、内因性RPL10 DNA配列が変異RPL10をコードするように変更されている、1または2の説明に記載の方法。
4. 変異RPL10タンパク質は、33、66、70、98、123位の1つまたは複数のアミノ酸置換または組換えタンパク質の発現増加をもたらすタンパク質における別の位置の同等の変異を含む、1~3のいずれか1の説明に記載の方法。
5. 変異RPL10タンパク質は、33、66、70、98、および123位に1つまたは複数のアミノ酸置換を含む、1~4のいずれか1の説明に記載の方法。
6. 変異RPL10タンパク質は、33Val、66Gly、70Metもしくは70Leu、98Serまたもしくは98Cys、および123Proからなる群から選択される1つまたは複数のアミノ酸置換を含む、1~5のいずれか1の説明に記載の方法。
7. 変異RPL10タンパク質は、98Ser変異を含む、1~6のいずれか1の説明に記載の方法。
8. 細胞は抗酸化剤を含む培地中で増殖させるものである、1~7のいずれか1の説明に記載の方法。
9. 宿主細胞においてNOTCH1シグナル伝達が活性化されている、1~8のいずれか1の説明に記載の方法。
10. NOTCH1シグナル伝達が、例えば配列番号5に示される、活性化細胞内NOTCH1(NOTCH1-ICN)をコードするMSCVプラスミドを有するレトロウイルスベクターで形質導入されることにより活性化されている、9の説明に記載の方法。
11. 組換え真核細胞宿主が哺乳動物細胞である、1~10のいずれか1の説明に記載の方法。
12. 哺乳動物細胞が、CHO、COS、Vero、Hela、BHK、HEK293、Hek293T、HKB-11、MEFおよびSp-2細胞株からなる群から選択される細胞株である、11の説明に記載の方法。
13. 変異RPL10タンパク質を発現する真核細胞の使用であって、野生型RPL10は発現されないか、またはその発現は組換えタンパク質の発現のための前記真核細胞内で発現抑制されている、使用。
14. 野生型RPL10は、活性化NOTCH1シグナル伝達によって特徴づけられ、野生型RPL10は発現されないか、またはその発現は前記真核細胞内で発現抑制されている、変異RPL10タンパク質を発現する真核細胞。
15. 例えば、配列番号5で示される、細胞内NOTCH1(NOTCH1-ICN)を含む、14の説明に記載の細胞。
16. 野生型RPL10を含む細胞と比較されるRPL10を含む細胞において組換えタンパク質の発現の増加をもたらすRPL10変異を同定するための方法であって、
野生型RPL10が存在せず、変異RPL10の発現を可能にする条件下で、変異RPL10タンパク質をコードする第1の核酸を第1の細胞に導入し、
検出可能なタンパク質の発現を可能にする条件下で検出可能なタンパク質をコードする第2の核酸を前記第1の細胞に導入し、
変異RPL10の発現を可能にする条件下で、野生型RPL10タンパク質をコードする第3の核酸を第2の細胞に導入し、
検出可能なタンパク質の発現を可能にする条件下で、検出可能なタンパク質をコードする第2の核酸を前記第2の細胞に導入し、
第1の細胞と第2の細胞を同じ条件下で培養し、産生された検出可能なタンパク質の量を比較し、少なくとも2%(w/w)の検出可能なタンパク質の増加が得られるRPL10変異を有する細胞が、組換えタンパク質の発現のための宿主として選択される、方法。
17. 説明1に記載の方法における、説明16の方法において選択される細胞の使用。
18. R98S RPL10変異を発現する非ヒト遺伝子導入動物。
19. CREリコンビナーゼを介したR98S RPL10変異を発現するコンディショナル遺伝子導入動物である、説明18に記載の非ヒト遺伝子導入動物。
20. R98S RPL10変異が組織特異的である、説明18または19に記載の非ヒト遺伝子導入動物。
【0010】
本発明のさらなる適用範囲は、以下に与えられる詳細な説明から明らかになるであろう。しかしながら、本詳細な説明から、本発明の精神および範囲内の様々な変更および修正が当業者に明らかになることから、詳細な説明および特定の実施例は、本発明の好ましい態様を示すが、例示としてのみ与えられていることを理解されたい。前述の一般的な説明および以下の詳細な説明の両方は例示的および説明的なものにすぎず、特許請求の範囲に記載の本発明を限定するものではないことを理解されたい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
本発明は、以下に与えられる詳細な説明および例示としてのみ与えられ、したがって本発明を限定するものではない添付の図面からより十分に理解されるであろう。
【0012】
図1図1は、プログラムされた-1 リボソームフレームシフト(-1 PRF)アッセイの概略図である。野生型および変異型Ba/F3細胞を、インフレームコントロール、アウトオブフレームコントロール、または上流のウミシイタケルシフェラーゼと下流のホタルルシフェラーゼオープンリーディングフレームの間のヒトIL7R遺伝子由来の-1 PRFシグナルを含むプラスミドでmockエレクトロポレーションまたはエレクトロポレーションした。
図2図2は、ナンセンスおよびミスセンスサプレッションアッセイの概要図である。ナンセンスサプレッションアッセイは、二重ルシフェラーゼアッセイを介して行われるものであって、ウミシイタケルシフェラーゼとホタルルシフェラーゼ遺伝子間にストップコドンが導入される。そのような構築物では、ホタルルシフェラーゼタンパク質の産生は、ストップコドンのリードスルー(read-through)現象に依存する。ミスセンスサプレッションは、ホタルルシフェラーゼ活性部位にR218S一塩基置換を含む構築物を用いることによってアッセイされる。そのような構築物では、ホタルルシフェラーゼの活性は、同族のセリンに代わって近同族(near-cognate)のアルギニンの取り込みに依存する。
図3図3は、RPL10 R98S細胞における増加した翻訳効率を示す。A)Ba/F3WT対R98S細胞におけるストレプトアビジン-HRP抗体を用いて検出されたAHA-ビオチンによるデノボタンパク質標識の代表的なウエスタンブロット分析(*:p<0.05;T検定)。B)RPL10 R98S対WT発現細胞で発現されたGFPレポーターのMFI(平均蛍光強度)の比較。左:Ba/F3 細胞、右:ジャーカット細胞 C)RPL10 WTおよびR98S発現Ba/F3細胞におけるリン酸化(phospo)-eIF2αの代表的なウエスタンブロット検出。D)RPL10 WTおよびR98S Ba/F3発現細胞由来のポリソームプロファイルにおける示されたmRNA分布の分析。
図4図4は、RPL10 R98S細胞がより高い翻訳精度を有することを示す。WTまたはRPL10 R98S発現Ba/F3細胞における-1 PRFレベル(フレームシフト)、ストップコドンリードスルーおよびミスセンスリードを試験する二重ルシフェラーゼレポーターアッセイの結果。**:p<0.01
図5図5は、RPL10 R98S細胞がキモトリプシン様およびカスパーゼ様プロテアーゼ活性の低下を示すことを説明する。WTまたはR98S RPL10のいずれかを発現するBa/F3(上)細胞またはジャーカット細胞(下)のキモトリプシン様、トリプシン様、およびカスパーゼ様のプロテアソーム活性。P値はT検定を用いて計算された。
図6図6は、NOTCH1-ICNシグナル伝達は、翻訳忠実度に影響を与えることなく、RPL10 R98Sに関連した細胞増殖欠陥を救済することを示す。A)示された構築物を発現するBa/F3細胞の増殖曲線。B)示された構築物を発現している細胞における-1PRFレベル(フレームシフト)、ストップコドンリードスルーおよびミスセンスリードを試験する二重ルシフェラーゼレポーターアッセイの結果。
図7図7は、コンディショナルRpl10cKI R98Sマウスモデルの概略図を示す。
図8図8は、RPL10R98S発現マウス造血細胞が、Jak-Statシグナル伝達因子の発現およびリン酸化の増加を示すことを示す。Rpl10cKI R98S(図中WTとして標識)マウスおよびMX-Cre Rpl10cKI R98S(図中R98Sとして標識)マウス由来の造血細胞におけるJak-Statタンパク質の発現およびリン酸化の代表的免疫ブロット。
図9図9は、RPL10 WTおよびR98S細胞間の差次的発現を示すタンパク質および経路の質量分析スクリーニングを示す。A)3つの分析されたRPL10野生型(WT#29、WT#36およびWT#28)およびRPL10 R98S変異(R98S#13、R98S#35およびR98S#11)細胞クローンの異なるプロテオーム結果の階層的クラスター分析。B)RPL10 WTおよびR98Sサンプルを比較した定量的プロテオミクスデータのVolcanoプロット。 破線は、有意性のためのカットオフを示す(p<0.01;T検定)。赤い点は、R98Sサンプルにおいて有意に上方制御されている178のタンパク質を表し、緑色の点は有意に下方制御されている68のタンパク質に対応する。C)R98Sサンプルにおいて有意に上方(左)または下方(右)に調節される経路/プロセス。円グラフの数字は、細胞において上下する各プロセスに対応する有意な経路の数を表す。
図10-1】図10は、RPL10 R98S細胞が変化したレベルのJak-Statシグナル伝達因子を発現することを示す。A)左:RPL10 R98S細胞において上方制御されたタンパク質中のJAK-STAT経路タンパク質の濃縮を示すGSEAプロット。FDR:誤発見率(false discovery rate)。右:質量分析によって同定されたJAK-STATシグナル伝達メディエーターのVolcanoプロット。破線は有意性のためのカットオフを示す(p<0.05;T検定)。赤い点は、R98Sサンプルにおいて有意に上方制御されているタンパク質を表し、緑色の点は、R98S細胞において有意に下方制御されているタンパク質に対応する。B)左:RPL10 R98S対WT発現細胞の3つの独立したクローンにおけるJAK-STAT経路遺伝子の差次的発現の免疫ブロット検証。図は3つの独立した実験の代表的なブロットを示す。右:免疫ブロット検証の定量化。JAK-STAT経路タンパク質のシグナルを負荷(loading)について正規化した。定量化は、3つの独立したRPL10 WT対3つの独立したR98S細胞クローンを比較した代表的実験の平均+/-標準偏差を表す。P値はT検定を用いて計算した。C)RPL10 WT対R98S発現Ba/F3細胞におけるJAK-STAT mRNAレベルの定量。結果は、3つのRPL10 WT対R98S Ba/F3クローンについてのmRNA配列決定によって得られた。表されたRNAレベルは、WTに対するDESeq2正規化カウントである。R98SとWTとの間のRNAレベルにおける有意な変化(FDR<0.1)は、DESeq Rパッケージを用いて推定された。*p <0.05、**p<0.01、***:p<0.01。
図10-2】同上
図10-3】同上
図11図11は、RPL10 R98ST-ALL患者サンプルがJAK-STATカスケードの発現が上昇していることを示す。A)3つのRPL10 WTおよび3つのRPL10 R98S変異型ヒトT-ALL異種移植片サンプルにおけるJAK-STAT経路タンパク質発現の免疫ブロット分析。有意な変化が観察されたJAK-STAT経路のそれらの構成要素のみが示されている。B)パネル(A)に示される免疫ブロットの定量化。バーは、3つの独立したRPL10 WT T-ALL患者サンプル対3つのRPL10 R98S陽性患者サンプルの平均+/-標準偏差を示す。P値はT検定を用いて計算した。*p <0.05、**p <0.01。
図12図12は、JAK-STAT経路遺伝子が機能的-1 PRFシグナルを含み、そのうちのいくつかについてのフレームシフトレベルはRPL10 R98S変異によって影響されることを示す。A)予測された-1 PRFシグナルを含み、そしてPRFデータベース(Belew AT. et al. (2008) BMC Genomics 9, 339)から抽出された全てのヒト遺伝子内の濃縮分析の結果。分析はG:profiler(Reimand, J. et al. (2016) Nucleic Acids Res 44, W83-W89)ソフトウェアとKEGGデータベースを用いて行い、統計的有意性はフィッシャーの片側検定を用いて計算した。B)示されたマウス遺伝子における計算上予測された-1 PRFシグナルに対して-1 PRFレベルを試験する二重ルシフェラーゼレポーターアッセイ(図18Aで説明される)からの結果。アウトオブフレーム(OOF)はネガティブコントロールである。アッセイはRPL10 WTまたはR98Sを発現するBa/F3細胞において実施した。バーは、少なくとも5つの生物学的に独立した測定値の平均+/-標準誤差を示す。C)WT対R98S Ba/F3細胞で行われた二重ルシフェラーゼレポーターアッセイによって決定された、ヒトIL7RAおよびJAK1のmRNAに対する-1 PRFの百分率。プロットは、少なくとも5つの生物学的に独立した測定値の平均+/-標準誤差を示す。
図13-1】図13は、RPL10 R98S発現細胞が、プロテアソーム発現および活性の変化ならびにJak1の安定性の増強を示すことを説明する。A)RPL10 R98S対WT発現細胞の3つの独立したクローンにおけるPsmb9およびPsmb10発現の免疫ブロット分析。B)パネル(A)に示される免疫ブロット検証の定量化。C)WTまたはR98S RPL10を発現しているBa/F3細胞のキモトリプシン様、カスパーゼ様およびトリプシン様プロテアソーム活性。プロットは、3つの独立したR98S細胞クローンに対して3つの生物学的に独立したRPL10 WTを比較した3つの独立した実験の平均+/-標準偏差を示す。D)示されたプロテアソーム阻害剤で処理されたRPL10 WTおよびR98S細胞の相対的増殖は、ATPlite発光アッセイ(パーキンエルマー)を用いて測定された。パネルは、3つの独立したR98S細胞クローンに対して3つの生物学的に独立したRPL10 WTを比較した代表的実験の平均+/-標準偏差を示す。E)シクロヘキシミド追跡アッセイによって評価された、JAK1およびCsf2rb/2タンパク質の安定性を示す免疫ブロット。F)パネル(E)に示される免疫ブロットの定量化。CHX:シクロヘキシミド。定量化は、3つの独立したR98S細胞クローンに対して3つの生物学的に独立したRPL10 WTを比較した3つの独立した実験の平均+/-標準偏差を表す。P値はT検定を用いて計算した。*p<0.05、**p<0.01、***p <0.001。
図13-2】同上
図14図14は、Ba/F3細胞におけるRpl10 WTおよびR98S発現を示すサンガー配列を示す。RPL10 WT(A)またはR98S(B)を発現するBa/F3細胞から得られたcDNAの代表的なサンガークロマトグラム。
図15図15。二重ルシフェラーゼアッセイによる-1 PRFシグナルの検証。示されたマウスおよびヒトのPRFシグナルに対して-1 PRFレベルを試験するHek293T細胞における二重ルシフェラーゼレポーターアッセイの結果。エラーバーは標準誤差を表す。アウトオブフレーム(OOF)コントロールと比較した**p<0.01(T検定)。
図16図16は、RPL10 R98Sマウス造血細胞が免疫プロテアソームサブユニットの上方制御を示すことを説明する。Rpl10cKI R98S(図中ではWTとして表示)マウスおよびMX-Cre Rpl10cKI R98S(図中ではR98Sとして表示)マウス由来の造血細胞における免疫プロテアソームの特定のサブユニットPsmb10およびPsmb9のタンパク質発現レベルを示す代表的な免疫ブロット。
図17図17は、RPL10 R98S変異細胞が変化したポリユビキチン化を示さないことを示す。A)RPL10 R98S対WT発現Ba/F3細胞におけるポリユビキチン化タンパク質の免疫ブロット分析。図は3つの独立した実験の代表的なブロットを示す。B)パネル(A)の免疫ブロットの定量化。プロットは、平均+/-標準偏差を示す。
図18図18は、Statタンパク質の安定性がCHX追跡の150分以内で変化しないままであることを示す。シクロヘキシミド(CHX)追跡アッセイにより評価したタンパク質安定性を示す免疫ブロット。
図19図19は、本願において議論されている変異の指標と共に、ヒト、マウスおよび酵母のRPL10の配列比較を示す。
図20図20は、RPL10 R98S細胞が、栄養不良の過成長条件下で生存が増強されたことを示す。A)培地をリフレッシュせずに5日間培養したRPL10 R98SおよびWT発現Ba/F3細胞の生細胞数。この過成長条件下で、Ba/F3 RPL10 R98S変異細胞は、RPL10WT細胞と比較して延命効果を示した。B)Ba/F3クローンは、それらの過成長条件が始まるまで、通常の条件下で3日間増殖させた。この時点では、培養培地は、RPL10 WT Ba/F3細胞によって使い果たされた培地と交換された。使い果たした条件で2日間培養した後、RPL10 WT クローン対R98Sクローンを比較して生細胞数を決定した。C)培地の交換なしで5日間培養したRPL10R98SおよびWT発現JURKAT細胞の生細胞数。平均+/-標準偏差がプロットされる。
図21図21は、未処理または5mM N-アセチル-L-システイン(NAC)で処理したBa/F3RPL10 WTおよびR98Sクローンの細胞増殖分析を示す。MTS増殖アッセイを用いて細胞増殖を定量し、ここで比色ホルマザン産生が光学濃度測定によって測定される。棒グラフは、比色MTSアッセイの測定された最適濃度(OD)の平均+/-標準偏差を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示は、一般に、組換えタンパク質発現の分野における改善されたタンパク質発現系に関する。本発明は、培養細胞、特に培養真核細胞によって産生されるタンパク質の産生を増加させるための方法に関する。
【0014】
最近癌においていくつかの体細胞リボソーム欠損が発見されているが、それらの根底にある発癌機序はまだよく理解されていない。ここで、T細胞急性リンパ芽球性白血病(T-ALL)に見られる必須リボソームタンパク質L10(RPL10)における再発性R98S変異の病原性の役割を調べた。我々のT-ALL患者コホートでは、RPL10(uL16としても知られている)の98位のアルギニンからセリンへの変異(R98S)は、とびぬけた再発性のリボソーム欠損であり、小児患者の7.9%で検出された。RPL10のR98残基は60Sサブユニットの中心に位置し、そしてリボソーム触媒コアに密接に接近する。酵母モデルによりRPL10 R98S変異がリボソーム集合、翻訳忠実度、および細胞増殖を損なうことが明らかになった。組換えRPL10真核細胞はリボソーム生合成欠陥を示すが、それらは栄養素が乏しい条件で向上した生存特性ならびにタンパク質産生の改善された収率および品質を示す。したがって、本発明は、翻訳効率および翻訳忠実度を増大させることによって関連技術の問題を解決し、それによって改善されたタンパク質産生を示す系を提供する。
【0015】
本明細書で使用される用語「組換え」は遺伝子工学によって2つ以上の異なる供給源からの遺伝物質を組み合わせることから生じるDNAまたはタンパク質のような産生物をいう。
【0016】
「組換え発現系」は、目的の遺伝子産物または複数の遺伝子産物の発現のための任意の核酸ベースのアプローチまたは系であって、それらは遺伝子産物または複数の産物の発現に向けられた構成要素から人工的に組織された(人工の)ものをいう。これらの構成要素は、天然に存在する遺伝的供給源、合成もしくは人工、または天然および人工の遺伝的要素の何らかの組み合わせのものであり得る。一般に遺伝子産物はタンパク質、ポリペプチド、またはペプチドである。
【0017】
「組換えタンパク質」は、宿主細胞によって既に発現されているタンパク質と同一であってもよく、宿主細胞によってすでに発現されているタンパク質の突然変異型および/または断片であってもよく、あるいは別の生物由来のタンパク質(野生型の修飾)起源であってもよい。組換えタンパク質は、単離および同定のためのタグもしくは融合部分(例えば蛍光タンパク質)または他の修飾のようなさらなる要素をさらに含み得る。
【0018】
本発明に関する特異的組換えタンパク質は、グリコシル化タンパク質、ジスルフィドタンパク質を有するタンパク質などの翻訳後修飾を有するタンパク質である。
【0019】
変異RPL10は組換えタンパク質であることから、発現ベクター上のタンパク質は「さらなる」または第2の組換えタンパク質と呼ばれる。
【0020】
「異種性のDNA配列」は、外来性であるか、またはそれが関連するかまたは連結している(作動可能にまたはその他の)他のDNA配列と天然で関連していないDNA配列、またはそれが導入される細胞または生物と天然で関連しないDNA配列をいう。異種性のDNA配列の例は、宿主細胞または生物における外来または異種性のタンパク質遺伝子産物の発現に使用されるものである。異種性のDNA配列はまた、インビボの宿主細胞中でまたはインビトロで、または無細胞インビトロ発現系で、タンパク質、ポリペプチド、またはペプチドなどの遺伝子産物の発現を指示するために設計された遺伝物質を有するベクターまたは発現構築物の一部であり得る。
【0021】
本明細書で開示される:
変異RPL10をコードする組換えDNA配列を含む組換え真核細胞クローンであって、前記細胞は前記変異RPL10を発現するものであり、および、内因性RPL10 DNA配列の発現はゲノムから除去されており、または、前記内因性RPL10の発現は発現抑制されており、または内因性RPL10 DNA配列は変異RPL10をコードするように変更されている。
【0022】
通常、変異RPL10タンパク質をコードする前記組換えDNA配列は、例えば配列番号2(ヒト)、配列番号3(マウス)、配列番号4(酵母)またはそのホモログのコンセンサスRPL10タンパク質配列と比較して、I33V、E66G、I70M、I70L、R98S、R98C、H123PおよびQ123Pから選択される1つまたは複数のアミノ酸置換を含む。
【0023】
特に、変異RPL10をコードする組換えDNA配列において、アミノ酸98をコードするヌクレオチドトリプレットはセリンをコードするトリプレットに置き換えられている。
【0024】
これらの真核細胞クローンにおいて、NOTCH1シグナル伝達は、例えば配列番号5に示されるような活性化細胞なNOTCH1(NOTCH1-ICN)をコードするMSCVプラスミドを含むレトロウイルスベクターでの活性化細胞内NOTCH1による形質導入によってさらに活性化され得る。実際、NOTCH1は膜貫通タンパク質であり、それによって放出された細胞内部分はそれが転写因子として機能する核に移動することができる。配列番号6のような構築物は、NOTCHタンパク質分解プロセシングとは無関係であるため、それ自体活性である。
【0025】
NOTCH1の細胞内ドメインはNCBI参照配列:NM_017617.4 (バージョン 11.12.2017)で見られるNOTCH1のヌクレオチド5260から7665によってコードされている。NOTCH1の細胞内ドメインを含むタンパク質配列の態様は配列番号6に示され、該細胞内ドメインの配列は下線が施されている。二重下線の配列はNOTCH1の22N末端アミノ酸である。
【0026】
真核細胞株は例えば、CHO、COS、Vero、Hela、BHK、HEK293、Hek293T、Hek293S、Hek293FT、HKB-11、MEFおよびSp-2細胞株からなる群から選択される哺乳動物細胞株である。
【0027】
本明細書では、Cas9発現構築物またはCas9タンパク質を用いて真核細胞株を安定的または一過的にトランスフェクトし、および、Rpl10をターゲティングするgRNAおよびヒトでは配列番号2、マウスでは配列番号3、酵母では配列番号4に示される配列中の、I33V、E66G、I70M、I70L、R98S、R98C、H123PおよびQ123Pからなる群から選択される変異をコードするドナーオリゴを用いてトランスフェクトすることを含む、CRISPR-CAS9システムを介した上記段落に記載の組換え真核細胞クローンを産生する方法も開示される。
【0028】
本明細書は、変異RPL10をコードするレトロウイルスベクターでの形質導入および配列番号6に示されるRpl10をターゲティングするshRNA構築物で形質導入することにより内因的に発現されるRpl10をノックダウンする、上記段落に記載の組換え真核細胞クローンを産生する方法も開示する。本明細書では、Cas9発現構築物またはCas9タンパク質を用いて真核細胞株を安定的または一過的にトランスフェクトし、および、Rpl10をターゲティングするgRNAおよびI33V、E66G、I70M、I70L、R98S、R98C、H123PおよびQ123Pからなる群から選択される変異をコードするドナーオリゴを用いてトランスフェクトすることを含むものであって、付加的にNOTCH1シグナル伝達はNOTCH1の活性化切断フォームをコードするMSCVプラスミドを有するレトロウイルスベクターで形質導入することによって活性化されるものである、CRISPR-CAS9システムを介した上記段落に記載の組換え真核細胞クローンを産生する方法も開示される。
【0029】
本明細書では、I33V、E66G、I70M、I70L、R98S、R98C、H123PおよびQ123Pからなる群から選択されるRPL10変異をコードするレトロウイルスベクターを介し、内因的に発現されるRpl10はRpl10をターゲティングする配列番号7に示されるshRNA構築物での形質導入によってノックダウンされるものであり、付加的にNOTCH1シグナル伝達はNOTCH1の活性化切断フォームをコードするMSCVプラスミドを有するレトロウイルスベクターで形質導入することによって活性化されるものである、上記段落に記載の組換え真核細胞クローンを産生する方法も開示される。これらの組換え真核細胞クローンを産生する方法において、変異は通常R98Sである。
【0030】
本明細書は、RPL10以外の第2の組換えタンパク質を産生する方法であって、前記方法は目的の前記第2の組換えタンパク質をコードする第2の組換えDNA配列でトランスフェクトされる上記段落に記載の組換え真核細胞クローンを培養すること、および、そのようにして産生された第2のタンパク質を回収することを含む、方法を開示する。本明細書は、真核細胞クローンのタンパク質産生効率を増大するための方法であって、前記方法は上記の方法のいずれかを用いて前記真核細胞クローンを形質転換することを含む、方法を開示する。
【0031】
本発明は変異RPL10、典型的には、図19に示されるヒトRPL10の番号付けに関する位置33、66、70、98、および123の1つまたは複数の変異を含む宿主細胞を使用する発現系に関する。
【0032】
変異は、例えば変異位置33例えばVal、Leu、Metへ、変異位置66例えばGly、Ala、Ser、Thr、Cysへ、変異位置70例えばVal、Leu、Metへ、変異位置98例えばGly、Ala、Ser、Thr、Cysへの変異である。
より特異的な変異は、Ile33Val、Glu66Gly、Ile70MetまたはIle70Leu、Arg98Ser、Arg98Cys、Gln/His123Proである。
【0033】
同等物は、組換えタンパク質の過剰発現の増加をもたらす、Ile33Val、Glu66Gly、Ile70MetまたはIle70Leu、Arg98Ser、Arg98Cys、Gln/His123Pro以外のRPL10の変異である。これは、野生型RPL10をトランスフェクトした細胞と変異RPL10をトランスフェクトした細胞との組換えタンパク質の発現を比較することによって試験することができる。点突然変異体とは別に、N末端、C末端および配列の内部のもう1つのアミノ酸の欠失は想定される。
【0034】
宿主細胞において、内因性野生型RPL10 は1または複数の変異Ile33Val、Glu66Gly、Ile70MetまたはIle70Leu、Arg98Ser、Arg98Cys、123Proまたは同等物に変異される。そのかわり、野生型RPL10は、野生型RPL10遺伝子の発現抑制または野生型RPL10遺伝子の完全もしくは部分的欠失によって不活性化され、および突然変異Ile33Val、Glu66Gly、Ile70MetまたはIle70Leu、Arg98Ser、Arg98Cys、123Proまたは同等物を有するRPL10をコードする発現構築物が導入される。「同等物」は上記の方法で決定されるように増加した発現をもたらすそれらの突然変異である。
【0035】
組換え発現の方法は、酵母細胞(例えば、サッカロミセス)、アスペルギルス、ピキア、昆虫細胞、藻類、植物細胞および植物、哺乳動物細胞(例えば、げっ歯類、非ヒト霊長類、ヒト)を含む様々な真核細胞において実施することができる。特定の態様は酵母以外の発現系である。市販の発現系が利用可能であり、宿主細胞は、特に新興のCrisp/Cas技術の観点から、導入遺伝子RPL10構築物のトランスフェクションおよび内因性RPL10の不活性化または変異のような修飾に適している。
【0036】
無関係な生物間の高度に保存されたリボソームメカニズムおよびRPL10の高い配列類似性は、例えば、ヒト細胞におけるマウスまたは酵母の変異RPL10の発現は、ヒト細胞におけるヒト変異RPL10の発現と同程度に有効であり得る、という可能性を高いものとする。通常、RPL10は宿主細胞と同じ生物に由来するであろう。変異RPL10は、上述のとおり、患者から単離された変異細胞株またはタンパク質発現に使用される細胞株(例えばCHO)であってよく、野生型RPL10が変異導入されるものである。変異RPL10が発現抑制または欠失されたRPL10を有する細胞に導入されるとき、変異RPL10はゲノムに組み込まれてもよく、またはプラスミド、ウイルスベクター、またはタンパク質発現のための任意の適切なベクター上に存在してもよい。変異RPL10は、誘導性プロモーターの制御下にあってもよく、または構成的に発現されてもよい。
【0037】
本発明は変異RPL10をコードするヌクレオチドを含む組換えDNA分子を発現する組換え真核細胞クローンの使用に関する。
【0038】
RPL10の特異的変異は、マウス、酵母およびヒト細胞のRPL10 I33V、RPL10 E66G、RPL10 I70M、RPL10 I70L、RPL10 R98C、およびRPL10 R98Sからなる群のいずれか1つから選択される。
【0039】
ある特定の態様において、組換え真核細胞クローンは、98番目がセリンをコードするトリプレットで置換されているアミノ酸をコードするヌクレオチドトリプレットを除いて配列番号1に示されるRPL10をコードするヌクレオチド配列を含む組換えDNA分子を発現する。
【0040】
本発明の特定の態様において、組換えRPL10は栄養不足条件での生存特性を高め、翻訳忠実度に影響を与えることなくRPL10関連細胞増殖欠陥を救済するために機能亢進性NOTCH1シグナル伝達と組み合わせられ、したがって、そのような組換え真核細胞を日常的な組換えタンパク質発現にはるかに適したものにする。さらに、RPL10 R98S関連増殖欠陥は、抗酸化剤、例えば5mM N-アセチル-L-システイン(NAC)の添加により救済することができる。NACの適切な代替物は、例えばグルタチオンである。
【0041】
本発明は、組換えRPL10 R98S細胞クローンであって、付加的にNOTCH1シグナル伝達が配列番号5に示されるNOTCH1の活性化切断フォームをコードするMSCVを有するレトロウイルスベクターで形質導入されることにより活性化されている、組換えRPL10 R98S細胞クローンを提供する。
【0042】
真核細胞株はCHO、COS、Vero、Hela、HEK 293、HEK 293T、BHK、HKB-11、MEFおよび Sp-2細胞株からなる群から選択される、ありふれた哺乳動物細胞である。別の態様における真核細胞株は組換えRPL10を発現する、例えばLei (2013) Methods MolBiol1031:59-64によるMEF、動物モデルに由来する。
【0043】
本発明は、CRISPR -CAS9システムを介して組換え真核細胞クローンを産生する方法を提供するものであり、Cas9発現構築物またはCas9タンパク質を用いて真核細胞株を安定的または一過的にトランスフェクトすること、およびRpl10をターゲティングするgRNAおよびR98S修飾をコードするドナーオリゴを用いてトランスフェクトすることを含む。本発明は、R98S変異RPL10をコードするレトロウイルスベクターを用いた形質導入、およびRpl10ターゲティングする配列番号7に示されるshRNA構築物での形質導入による内因的に発現されたRpl10のノックダウンを介する組換え真核細胞クローンを産生する方法を提供する。
【0044】
本発明は、CRISPR-CAS9システムを介したRPL10 R98S組換え真核細胞クローンを産生するものであって、付加的にNOTCH1シグナル伝達がNOTCH1の活性化切断フォームをコードするMSCVを有するレトロウイルスベクターで形質導入されることにより活性化されている、方法を提供する。
【0045】
本発明は、R98S変異RPL10をコードするレトロウイルスベクターおよび。Rpl10ターゲティングする配列番号7に示されるshRNA構築物での形質導入による内因的に発現されたRpl10のノックダウンを介し、付加的にNOTCH1シグナル伝達を活性化する、組換え真核細胞クローンを産生する方法を提供する。
【0046】
本発明は、目的のタンパク質でトランスフェクトされた組換え真核細胞クローンを増殖させ、そのようにして産生されたタンパク質を回収することを含む、組換え産物を産生する方法を提供する。
【0047】
本発明の特定のそして好ましい態様は、添付の独立請求項および従属請求項に記載されている。従属請求項の特徴は、独立請求項の特徴および他の従属請求項の特徴と適宜組み合わせることができ、単に請求項に明示的に記載されているとおりではない。このように、詳細な説明に続く特許請求の範囲は、この詳細な説明に明白に組み込まれており、各請求項は、本発明の別々の態様としてそれ自体に基づいている。
【実施例
【0048】
実施例1: RPL10 R98S変異を発現する安定細胞モデルの作製
shRNA+発現モデル
マウスリンパ系プロB細胞(Ba/F3)を、標準的な方法に従って、WTおよびR98S変異RPL10をコードするレトロウイルスベクターで形質導入した。これらのレトロウイルス構築物は以前に記載されていた(De Keersmaecker et al. (2013) 上記で引用)。RPL10 R98S欠損を含むT - ALLサンプルは変異RPL10のみを発現する (De Keersmaecker et al. (2013) 上記で引用) 。これを模倣するために、内因的に発現されたRpl10を、Rpl10ターゲティングshRNA構築物での形質導入によってBa/F3細胞株においてノックダウンした。このshRNA構築物を作製するために、マウスRpl10をターゲティングするshort hairpin RNA配列(AACCGACGATCCTATTGTCATC:配列番号7)を、pMSCV-Neoベクターに導入されたmir30カセットにクローニングした。内因性Rpl10を効率的かつ安定的にノックダウンした細胞を得るために、Clonacell-TCS培地(Stemcell technologies)中で増殖させた単一細胞コロニーから培養物を樹立した。qPCRによって決定される、内因性Rpl10の90%以上のノックダウンを有する培養物のみが保持された。RPL10 R98Sの発現および内因性Rpl10のノックダウンは、cDNAのサンガー配列決定によって確認された(図14)。
【0049】
CRISPR-Cas9モデル
RPL10 R98S点突然変異を発現する安定したCRISPR-Cas9ベースのモデルを作製するため、ジャーカット細胞(DSMZ)をJanCools教授の研究室から譲受されたレンチウイルスCas9コードプラスミドであるlentiCRISPR-Cas9で形質導入した。これらのジャーカット細胞はRPL10ターゲティングgRNA(5’-TCTTGTTGATG-CGGATGACG-3’[配列番号8])を含むpX321ベクター(Van der Krogt et al.(2017)Haematologica, 102, 1605-1616)およびR98S対立遺伝子を含む127ntドナーオリゴならびにgRNA-Cas9複合体(5’-CCTGTCAGCCCCAGCACAGGACAACATCTTGTTAATGCTGATCACGTGAAAGGGGTGGAGCCGCACCCGGATATGGAAGCCATCTTTGCCACAACTTTTTACCATGTACTTATTGGCACAAATTCGGGCA-3’[配列番号9];Integrated DNA Technologies)による再認識および切断を回避するための3つのサイレント変異でエレクトロポレーションされた(6方形波パルス、0.1ms間隔、175V)。エレクトロポレーション後、細胞を500nM SCR7(Sigma-Aldrich)の存在下で48時間インキュベートし、続いて96ウェルプレートに単一細胞選別(BD FACSAria I)を行った。増殖したクローンを拡大し、そしてPCR法を用いて所望の修飾についてスクリーニングした。Rpl10はX染色体上に位置し、そして我々のジャーカット細胞は1つのX染色体しか含んでいなかったので、対立遺伝子特異的プライマー(Fw_WT: 5’-CTTCCACGTCATCCGCATC-3’ [配列番号10];FW_R98S:5’-CCTTTCACGTGATCAGCATT-3’[配列番号11];Rev_WTandR98S:5’-GCTCTGATAAAATAATGCAAGCCTA-3’ [配列番号12])を用いてPCRスクリーニングを行った。RPL10の状態を確認するためにサンガー配列決定を行った。
【0050】
全く同一の戦略が他のヒト細胞株(例えばHek293細胞)にも適用可能である。
gRNAおよびドナーオリゴの順応を条件として、マウスまたはハムスター系のBa/F3、CHOを作製することができる。同様に、Cas9構築物に応じて、一過性のCas9発現またはCas9タンパク質のトランスフェクションが可能である。
【0051】
実施例2:新たに合成されたタンパク質のレベルを決定するための代謝標識アッセイ
Click-iTテクノロジー(Thermo Fisher Scientific)はBa/F3細胞中の新たに合成されたタンパク質のレベルを測定するために用いられた。簡単に説明すると、200万個の細胞をメチオニン不含培地に1時間入れた後、35μM AHA (L-アジドホモアラニン)で2時間標識した。次いで細胞を溶解バッファー(Cell Signalling Technology)中で溶解し、そして、製造業者の説明書に従って、100μgのタンパク質抽出物を使用してClick-iTビオチン結合反応を実施した。続いて、タンパク質をゲル電気泳動によって分離し、新たに合成されたタンパク質をストレプトアビジン-HRP抗体(Cell Signalling Technology)を用いた免疫ブロットによって検出した。
【0052】
実施例3:GFP発現の解析
Ba/F3 shRNA/過剰発現モデルにおいてRPL10 WTまたはR98Sを発現させるために使用されるプラスミドは、IRES-GFP発現カセットを含む。このカセットの発現レベルは、GuavaEasycyteHT フローサイトメーター(Millipore)で平均蛍光強度(MFI)を測定することによってモニターした。ジャーカット RPL10 WTまたはR98S細胞については、GFP発現カセットをコードするプラスミドをエレクトロポレーションし、エレクトロポレーションの24時間後にGuava Easycyte HT フローサイトメーター(Millipore)で平均蛍光強度(MFI)を測定することによってこのカセットの発現レベルを決定した。
【0053】
実施例4:ポリソーム解析
Ba/F3細胞ペレットを氷冷100mM KCl、20 mMHepes(Life technologies)、10 mMMgCl2、1 mM DTT、1%デオキシコール酸ナトリウム、1% NP-40(Tergitol(登録商標)溶液、Sigma-Aldrich)、100μg ml-1シクロヘキシミド、1%ホスファターゼ阻害剤カクテル2(Sigma-Aldrich)、1%ホスファターゼ阻害剤カクテル3(Sigma-Aldrich)、1%プロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma-Aldrich)、400 U ml-1 RNasin(Promega)で溶解した。氷上で10分間インキュベートした後、溶解物を13,000 rpmで5分間遠心分離し、得られた上清を10~60%スクロース密度勾配(100mMKCl、20 mM Hepes、10 mM MgCl2)にロードした。次いで勾配をSW40Tiローター(Beckman Coulter)中で37,000 rpmで150分間遠心分離し、BioLogic LPシステム(BIO-RAD)でのライブOD 254 nm測定、続いて12画分の収集を通してポリソーム画分をモニターした。これらの画分のそれぞれからRNAを抽出し、画分全体にわたる特定のmRNAの分布をqPCRによって分析した。
【0054】
実施例5:翻訳忠実度アッセイ
プログラムされた-1リボソームフレームシフト(-1 PRF:Programmed -1 ribosomal frameshifting)アッセイ
二重ルシフェラーゼアッセイ (Promega)、および統計計算は前述のとおり(Grentzmann et al. (1998) RNA 4, 479-486 ; Harger and Dinman(2003)RNA 9, 1019-1024; Jacobs and Dinman (2004) Nucleic acids Res. 32, e160)行なった。簡単に説明すると、野生型および変異型Ba/F3細胞をmockエレクトロポレーションまたは、上流のウミシイタケと下流のホタルルシフェラーゼのオープンリーディングフレームの間のヒトIL7R遺伝子由来のインフレームコントロール、アウトオブフレームコントロール、もしくは-1 PRFシグナルを有するプラスミドを用いてエレクトロポレーションした(図1)(Belew, A.T. et al. (2014) Nature 512, 265-269)。構築物を含む-1 PRFでは、ホタルルシフェラーゼタンパク質の産生はフレームシフト事象に依存している。
指数関数的減衰プロトコル(300V、950μF)を用いて4 mmキュベット中の400μlの無血清培地中の15μgの各プラスミドで300万個の細胞をエレクトロポレーションし、そして直ちに4mlの予熱した回収培地(10% FBS、IL3、ピルビン酸ナトリウムおよびMEM非必須アミノ酸)に移した。24時間後、細胞を100μlの溶解バッファー中で溶解し、そして2つのインジェクターを備えたEnSpireプレートリーダー(PerkinElmer)上の96ウェルの半分の面積の白いプレート(1回の読み取りあたり10μlの溶解物)中でルシフェラーゼの読み取り値を収集した。フレームシフト割合は、インフレームコントロール構築物を含有する対応する細胞におけるホタル/ウミシイタケシグナル比によって、-1PRF構築物またはアウトオブフレームコントロールを含む細胞中のホタル/ウミシイタケシグナル比を割ることによって決定された。
【0055】
ナンセンスおよびミスセンスサプレッションアッセイ
ナンセンスサプレッションアッセイは、ストップコドンがウミシイタケとホタルルシフェラーゼ遺伝子の間に導入されることを除き上記と同じ方法で実行される。そのような構築物では、ホタルルシフェラーゼタンパク質の産生は、ストップコドンリードスルー事象に依存する(図2)。
【0056】
ミスセンスサプレッションは、ホタルルシフェラーゼ活性部位中のR218S一塩基置換を含む構築物を用いることによってアッセイされる。そのような構築物では、ホタルルシフェラーゼの活性は、同族のセリンの代わりに近同族のアルギニンの取り込みに依存する(図2)。
【0057】
実施例6:プロテアソーム活性アッセイ
プロテアソーム活性はキットに付属のマニュアルに従い、プロテアソームグロキモトリプシン様、トリプシン様およびカスパーゼ様細胞ベースアッセイ(Promega)を用いてRPL10 WTまたはR98Sを発現するBa/F3およびジャーカット細胞で試験された(図5)。
【0058】
実施例7: RPL10 R98S変異は翻訳効率を増大する
リボソーム機能に対するRPL10 R98Sの効果を特徴付けるため、我々は最初に、全ての細胞タンパク質における標識アミノ酸の取り込みを測定するアッセイを用いて、新しく合成されたタンパク質の細胞レベルを調べた。これらの実験は、RPL10 R98Sを発現するBa/F3細胞が、RPL10 WT細胞と比較した場合、25%多い新規タンパク質を産生することを示した(図3A)。これと一致して、我々のRPL10発現構築物中に存在するGFPレポーターの発現は、RPL10 R98S発現細胞においてより高かった(RPL10 WT細胞において1358の平均MFI対RPL10 R98S細胞において2154;図3B、左)。同様に、GFPレポータープラスミドでエレクトロポレーションしたジャーカット細胞は、RPL10 R98S発現時にGFPMFIの上昇を示した(RPL10 WT細胞において2174の平均MFI対RPL10 R98S細胞において3764;図3B、右)。検出されたタンパク質のこの増加は、リボソームによるタンパク質翻訳の上方制御に起因し得る。これと一致して、Ba/F3細胞を発現している変異体は、下方制御されたリン酸化-eIF2αレベルを示す(図3C)。翻訳効率の上方制御は、分析されたすべての転写物がBa/F3細胞上でのポリソームプロファイリング実験においてより高いポリソーム画分に向かってシフトしたことによりさらに支持され、翻訳効率の一般的な増加を示した(図3D)。
【0059】
実施例8: RPL10 R98S Ba/F3細胞は増大した翻訳忠実度を示す
RPL10R98S変異がリボソームによる翻訳忠実度に影響するかどうかを確かめるため、ホタルの活性がアミノ酸の取り込みの忠実度、ストップコドンの読み取り、またはプログラムされた-1リボソームフレームシフトに依存する、二重ルシフェラーゼレポーターアッセイを実施した(上記方法の図参照)。RPL10 R98S発現細胞は、3つ全てのアッセイにおいて正規化されたホタル活性の70~80%の減少を示し、より高い翻訳精度を示した(図4)。
【0060】
実施例9: RPL10 R98S細胞は減少したタンパク質分解を示す
細胞のタンパク質の分解におけるRPL10 R98Sに関連したリボソーム機能の変化に影響があるかどうかを調べるために、プロテアソームの3つの主要なプロテアーゼ活性を、RPL10 WT対R98S細胞において分析した。RPL10 R98S Ba/F3細胞は、WTと比較して、プロテアソームのキモトリプシン様およびカスパーゼ様活性の28%および23%の減少を示した(図5、上)。同様に、RPL10 R98S発現ジャーカット細胞は、WTと比較してプロテアソームキモトリプシン様およびカスパーゼ様活性の17%および25%の減少を示した(図5、下)。
【0061】
実施例10:機能亢進性NOTCH1シグナル伝達は翻訳忠実度に影響することなくRPL10 R98S関連細胞増殖欠陥を救済する
NOTCH1の活性切断型(細胞内NOTCH-ICN)(配列番号5)、それに続くIRES配列およびmCherryレポーターまたはmCherry単独のいずれかをコードするMSCVプラスミドを有するレトロウイルスベクターをRPL10 WTおよびR98S 発現Ba/F3細胞に形質導入した。mCherryについて選別した後、細胞を100,000細胞/mlでプレーティングし、細胞数を24時間毎にGuavaEasycyteHTフローサイトメーター(Millipore)で計数した。ICN-IRES-mCherryまたはmCherry構築物を有するRPL10 WTおよびR98S細胞における翻訳忠実度を上記のとおりアッセイした。
【0062】
対数増殖期において、変異RPL10 R98S Ba/F3細胞は野生型細胞と比較して明らかな増殖欠陥を示す(図6A)。NOTCH-ICNの外因性添加は、野生型細胞の増殖速度に影響を及ぼさなかったが、変異細胞の増殖欠陥を救った(図6A)。しかしながら、変異細胞の増殖欠陥がNOTCH-ICNで救済された一方で、それらの翻訳の変化および増大したリボソームの正確さはそのままだった。
【0063】
実施例11:N-アセチル-L-システイン(NAC)での処理はRPL10 R98S関連増殖欠陥を救済する
RPL10 WT および R98S発現Ba/F3細胞を0.25x106 細胞/mlでプレーティングし、5mM N-アセチル-L-システイン(NAC)の存在下または非存在下の対数増殖条件下で48時間増殖させた。比色ホルマザン産生を光学濃度測定によって測定するMTS細胞増殖アッセイを細胞数の読み出しとして使用した。R98S Ba/F3細胞はより低いOD値を示し、NACの非存在下でのWT細胞と比較して細胞数の減少を示した(指数関数的増殖条件における増殖欠陥のため)。これらの減少した細胞数は5mMのNACの添加により完全に救済された(図21)。
実施例10および11はRPL10変異構築物の発現に関連する増殖欠陥は、NOTCH1-ICN対立遺伝子の発現によってまたはNACのような抗酸化剤の添加によって救済することができることを支持するものであり、これらの操作はタンパク質発現に良い影響を与えることを示唆する。
【0064】
実施例12:RPL10 R98Sコンディショナルノックインマウスモデル
コンディショナルRpl10 R98Sノックインマウス系統(RPL10cKI R98S)の作製は会社PolygeneAG(リュムランク、スイス )で実施された。このモデルにおいて、エクソン5から7までを包含するRpl10の野生型ゲノム領域は、loxP部位に隣接していた。このカセットの下流に、R98S変異をコードするエクソン5の変異型を配置した(図7、ターゲティング対立遺伝子RPL10cKI R98S)。この構成では、Creリコンビナーゼ媒介組換えの前に、Snora70を含むその野生型イントロンを含む野生型遺伝子が発現される。Cre組換え後、ゲノム配置は、残っているloxP部位、および導入されたR98S点突然変異を除いて、野生型と同一である(図7、Cre RPL10cKIR98S)。
【0065】
ターゲティングベクターを作製するために、C57Bl/6由来のBAC由来の相同性アームをサブクローニングし、3つの発現抑制変化でスパイクされたエクソン5~7を包含するRpl10ゲノム配列を含有する合成1293bploxP隣接カセットを使用した。細胞培養における選択のために、loxP部位の上流、FRT隣接ネオマイシン選択カセットを加えた。相同アームは、2.5および3.2 kbpのサイズを有した。C57Bl/6N由来ES細胞(PolyGene AG)のターゲティングは、388個のクローンのうち8個のクローンを生じ、正しい配置を有することがPCRおよびサザンハイブリダイゼーションによって確認された。C57Bl/6grey由来胚(PolyGene AG)へのこれらのクローンの胚盤胞マイクロインジェクションは、C57Bl/6grey Flp欠失マウスと交配した後に生殖系列に伝達するキメラマウスをもたらした。Neoがない(Neo-less)正しいヘテロ接合F1遺伝子型をPCRによって検証した。
【0066】
Rpl10 R98SコンディショナルノックインマウスはMX-Cre C57Bl/6マウス(B6.Cg-Tg(Mx1-cre)1Cgn/J系統 Jackson Laboratories)と交雑された。記載された実験に関し、系統ネガティブ細胞(lineage negative cells)を、MX-Cre対立遺伝子(MX-Cre Rpl10cKI R98S)と共にコンディショナルRpl10 R98S対立遺伝子を有する6~8週齢のオスのマウスからおよびコンディショナルRpl10 R98Sコントロール(Rpl10cKIR98S)から単離した(EasySepマウス造血前駆細胞濃縮キット、StemcellTechnologies)。コンディショナルRPL10 R98S対立遺伝子の組換えを誘導するために、1250ユニット/mlのIFNβ(R&Dsystems)を含むMethocult GFM3534培地(StemcellTechnologies)中に2000細胞/mlでウェルにプレーティングされた。10~15日後、細胞を収集し、5 mM Na3VO4およびプロテアーゼ阻害剤(Complete、Roche)を添加した溶解バッファー中で溶解させ、免疫ブロッティングによって分析した。Cre組換えの際のR98S変異の発現は、Rpl10 R98をコードする領域のcDNAのサンガー配列決定により確認された。
【0067】
コンディショナルRpl10 R98Sノックインマウスモデルに由来するマウス造血細胞において、Csf2rb/2、Jak1、Stat3、Stat5、およびErkでタンパク質発現および/またはリン酸化の上昇が確認された(図8)。
【0068】
実施例13: 栄養不良な過成長条件下でRPL10 R98S細胞は生存の増強を示す
培地をリフレッシュせずにRPL10 WT および R98S発現Ba/F3細胞を5日間培養した。この過成長条件で、Ba/F3 RPL10 R98S細胞は、RPL10 WT細胞と比較して生存上の利点を示した(図20A)。対数増殖期のRPL10 R98S細胞の増殖欠陥による残存栄養分の差とは無関係に、この延命効果が独立していることを確かめるため(De Keersmaecker et al. (2013) 上記で引用)、RPL10 WTおよびR98S Ba/F3細胞を過成長させたWT Ba/F3細胞由来の栄養欠乏馴化培地中で培養したところ、RPL10R98S細胞の生存上の利点はさらに強化された(図20B)。
同様に、過成長条件のRPL10 R98S発現ジャーカット細胞(5日間培地交換なし)はRPL10 WT発現ジャーカット細胞より強化された生存力を示した(図20C)。
【0069】
本実施例は、変異RPL10を有する細胞がストレス条件下で生存においてさらに良い可能性を有することを示す。タンパク質発現のためのRPL10変異を有する細胞の使用は、予想され得るより高いバイオマスの観点から、より高いタンパク質収量を与えると予想される。この利点は、細胞にかなりの代謝負担をかける発現構築物のタンパク質の合成などのストレス条件下でさらに顕著になると予想される。
【0070】
実施例14: T細胞白血病関連リボソームRPL10 R98S変異はJAK-STATシグナル伝達を増強する
【0071】
定量的プロテオミクス
WTまたはR98S RPL10を発現する3つのモノクローナルBa/F3培養物由来の細胞を、5 mM Na3VO4およびプロテアーゼ阻害剤(Complete、Roche)を添加して溶解バッファー(Cell SignallingTechnology)中で溶解した。Bradford法によって測定された20μgのタンパク質を、補足的方法に記載されているとおり定量的プロテオミクスのために処理した。同定されたタンパク質の全リストをlog 2倍変化に従ってランク付けし、そしてMSigDB C2 KEGG遺伝子セットに対するGSEAの入力として使用した(Subramanian A. & TamayoP.(2005) Proc Natl Acad Sci USA. 103, 155545-155550、MoothaVK.et al. (2003) Nat Genet. 34, 267-273)。FDR q値<0.25のGSEA結果のみを考慮した。
【0072】
プログラムされた-1 リボソームフレームシフト(-1 PRF)アッセイ
二重ルシフェラーゼアッセイ(Promega)、および統計計算は以下のようにして行った。簡単に説明すると、Hek293T細胞またはBa/F3細胞はインフレームコントロール、アウトオブフレームコントロール、もしくは上流ウミシイタケと下流ホタルルシフェラーゼオープンリーディングフレーム間の-1 PRFシグナルを有するプラスミドでトランスフェクトされた(図1)。本アッセイのさらなる詳細については実施例5に記載されている。
【0073】
定量的プロテオミクス
WTまたはR98S RPL10のいずれかを発現する3つのモノクローナルBa/F3培養物由来の細胞を、5 mM Na3VO4およびプロテアーゼ阻害剤(Complete、Roche)を添加して溶解バッファー(Cell SignallingTechnology)中で溶解した。ブラッドフォード法により決定された20μgのタンパク質を12%SDS-PAGE(Bio-Rad)にかけ、そしてSimply Blue Safe Stain(Invitrogen)を用いてクマシー染色した。SDS-PAGEゲルのレーン全体を小片にスライスし、タンパク質をTrypsin/LysCMix(Promega)を使用して一晩消化する前に還元アルキル化した。得られたペプチドを抽出し真空乾燥した。ペプチドをC18 StageTipsで脱塩し、各サンプルをSCX StageTipsを使用して分画した。全てのフラクションを質量分析の前に再度真空乾燥した。LC MS/MS分析のために、ペプチドを再懸濁し、Orbitrap Q Exactive質量分析計(Thermo Fischer Scientific)とインライン接続したDionexUltimate3000 RSLC nanoUPLCシステムでの逆相クロマトグラフィーにより分離した。ヒトRL10R98Sタンパク質(Uniprot Accession:P27635)およびマウス参照プロテオーム(UniProt release 2015_04; 45182sequences)からなる自家製データベースに対してProteome Discoverer v.1.4のMascot 2.3(Matrix Science)、MS-AmandaおよびSEQUESTを使用してデータベース検索を行った。すべての検索は、トリプシン切断特異性を用いて行われ、最大2回の切断ミスが許容され、そして前駆体について10ppmのイオン質量許容誤差およびフラグメントについて0.05Daのイオン質量許容誤差で行われた。カルバミドメチル化を固定修飾として設定し、酸化(M)、アセチル化(タンパク質N末端)、リン酸化(STY)は、可変修飾として考慮した。質量分析データのさらなる処理は、定量値(正規化総スペクトル)設定を使用するScaffold4ソフトウェア(Proteome Software)で行われた。教師なし平均連鎖階層的クラスタリングは、類似性計量としてユークリッド距離を用いたIBMSPSS23.0で行われた。同定されたタンパク質の全リストをlog 2倍変化に従ってランク付けし、そしてMSigDB C2 KEGG遺伝子セットに対するGSEAの入力として使用した。FDR q値<0.25の1,2GSEA結果のみが考慮された。
【0074】
ポリソームおよび全mRNAの配列決定
WTまたはR98S RPL10のいずれかを発現する3つのモノクローナルBa/F3培養物のそれぞれについて、最大3つのポリソームおよび全RNA配列決定ライブラリーを作製した。遠心分離(5分、1500rpm)によって15×10個の細胞をペレット化し、そして、氷冷中100mMKCl、20mM Hepes(Life technologies)、10mM MgCl 、1mMDTT、1%デオキシコール酸ナトリウム、1%NP-40(Tergitol溶液、Sigma-Aldrich)、100μg ml-1 シクロヘキシミド、1%ホスファターゼ阻害剤カクテル2(Sigma-Aldrich)、1%ホスファターゼ阻害剤カクテル3(Sigma-Aldrich)、1%プロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma-Aldrich)、100U ml-1 RNasin(Promega)で溶解した。氷上で10分間インキュベートした後、溶解物を13,000rpmで5分間遠心分離し、得られた上清を10~60%スクロース密度勾配(100mMKCl、20mMHepes、10mM MgCl)にロードした。次いで勾配をSW40Tiローター(BeckmanCoulter)中で37,000rpmで150分間遠心分離し、ポリソーム画分をBioLogicLPシステム(Bio-Rad)でのライブOD254nm測定を通してモニターした。ポリソーム画分をフラクションコレクター2110(Bio-Rad)で収集し、続いてプロテイナーゼK(50μg/ml)を添加し、そして37℃で30分間インキュベートした。NaOAc3M、pH5.5(1/10容量)を加え、続いて70%エタノールでの追加の洗浄工程を含めてフェノール/クロロホルム法を用いてRNA抽出した。TruSeqストランドmRNAサンプル調製キット(Illumina)を用いて全RNAおよびポリソームRNAから次世代シークエンシングライブラリーを作製し、50-bpシングルリードプロトコルを用いてNextSeq装置(Illumina)でシークエンスした。リボソームRNAおよびtRNAの混入を計算により除去し、残りのリードをMus_musculus GRCm38.76.6で定義されるトランスクリプトームを用いたmm10マウス参照ゲノム(GRCm38)にTophat v2.0.11により整列させた。独自にそして高品質(mapqual>10)でマッピングされたリードのみがさらなる分析のために保持された。遺伝子発現は、エクソンマップされた読み取りから推定され、それはユニオンモードでHTSeqカウントを使用してカウントされた。
【0075】
DESeq 2 Rパッケージ8を全RNAに適用して、R98S条件とWT条件の間の転写の有意差を確認した(FDR <0.1)。
【0076】
各遺伝子についてそして各条件内で、翻訳効率(TE)を、ポリソーム関連mRNA数と全mRNA数との間の比として推定した。R98S条件とWT条件との間のTEの差は、TE(R98S)対TE(WT)比として計算した。Babel Rパッケージ9を使用して、R98S条件とWT条件の間で検出されたTEの差の統計的有意性を推定した。この方法は、ポリソームmRNAレベルがそれらの全mRNAレベルによって十分に説明されていない遺伝子を同定するために、ポリソームmRNA数および全mRNA数の回帰モデルを構築する。
【0077】
結果
4%のタンパク質がRPL10 R98S細胞において有意に変化した発現レベルを示す
RPL10 R98S変異がT-ALL発生に寄与するメカニズムへの洞察を得るために、我々は、RPL10 R野生型(WT)とRPL10 R98S(R98S)発現細胞との間で差次的に発現するタンパク質についてスクリーニングした。これらの実験は、発癌研究のための確立された造血モデルであるマウスpro-B Ba/F3細胞株で行われた。無標識の定量的プロテオミクスアプローチを使用して、5557個の最も高度に発現されたタンパク質の存在量を比較し、教師なし階層的クラスタリングは、WTおよびR98Sサンプルが2つの独立したクラスターに分類されることを示した(図9A)。96%(5311/5557)のタンパク質がWTサンプルとR98Sサンプルとの間で有意に変化しなかったのに対して、3%(178)はR98Sサンプルにおいて有意に上方制御され、そして1%(68)は有意に下方制御された(図9B)。遺伝子セット濃縮分析(GSEA)は、R98S細胞中の過剰発現タンパク質の多くが細胞代謝、シグナル伝達、および免疫系の機能の経路に適合することを明らかにした。対照的に、DNA複製および修復、転写および翻訳などの必須の細胞プロセスに関連するタンパク質は、変異細胞において下方制御されていた(図9C)。したがって、RPL10 R98S細胞は、4%のタンパク質の発現変化を示し、いくつかの既知の癌関連プロセスの差次的発現を示した。
【0078】
RPL10 R98S細胞は高レベルのJak-Statシグナル伝達メディエーターを発現する
プロテオームデータのGSEA結果の分析は、RPL10 R98S細胞における上方制御されたタンパク質の中のJAK-STAT経路メンバーの濃縮を明らかにした(図10A、左)。T-ALLの病因および癌全般におけるJAK-STAT経路の重要性のために、これらの結果はより詳細な調査を促した。3つのJakキナーゼ(Jak1、Jak3およびTyk2)が質量分析スクリーンにおいて検出され、そのうちのJak1はR98S細胞において有意に1.9倍の上方制御を示した(図10A、右)。検出可能な5つのStatタンパク質のうち、Stat2のみが変化しなかった。他の全てはR98S細胞における上方制御の傾向があり、Stat6は統計的に有意な増加を達成した。質量分析データはまた、Csf2rbおよびCsf2rb2タンパク質の2~3倍の有意な上方制御を明らかにした。Csf2rb2はIL3、IL5、およびGM-CSFの受容体の共通のβ鎖に対応し、Csf2rb2はマウスのIL3受容体特異的なβサブユニットである(Hara T, Miyajima A. (1992) EMBOJ.11, 1875-1884)。IL3、IL5およびGM-CSFシグナル伝達は全てJAK-STATを介して媒介される。JAK-STATシグナル伝達は、Piasタンパク質、Socタンパク質、およびPtprcやPtpn2などのホスファターゼを含む負の調節因子を介して厳密に制御されている(Van Vlierberghe P. (2012) J Clin Invest. 122, 3398-3406)。質量分析データの中ではPtprcおよびPtpn2のみが検出可能であり、PtprcはR98S細胞において有意に下方制御されていた(図10A、右)。Jak-Statカスケードタンパク質の免疫ブロット分析は、R98S細胞において、Csf2rbおよびCsf2rb2、Jak1、Stat1、Stat3、Stat5a、Stat5b、Stat6の上方制御、Ptprcの下方制御およびPtpn2の無変化を確認した(図10B)。免疫ブロットによってTyk2およびJak3について一貫した変化が検出されなかったので、これらはさらなる分析において考慮されなかった。Csf2rb/2、Stat5aおよびPtprcについて検出されたタンパク質変化は、mRNAレベルの対応する変化と関連していたが、他の遺伝子の転写物はR98S細胞において変化しなかった(図10C)。
【0079】
RPL10 R98S T-ALL患者サンプルはJAK-STATカスケードの発現が上昇している
異種移植T-ALL患者サンプル由来のタンパク質溶解物の免疫ブロッティングは、RPL10 R98S変異T-ALLサンプルにおけるJAK1(2.1倍)およびSTAT5(4倍)の発現の上昇を確認した(図13A~B)。これらの患者サンプルのどれも、IL7R-JAK-STAT変異を含んでいなかった。IL3受容体はT-ALLサンプルでは発現されない。そのかわり、IL7受容体は正常なT細胞発生およびT-ALLにおいて重要である(Ribeiro D et al (2012). Adv. Boil. Reg. 53, 211-222)。IL7RA鎖の発現は、RPL10 WTサンプルと比較して、RPL10 R98S T-ALLサンプルにおいて3.7倍上方制御された(図11A~B)。
【0080】
RPL10 R98Sは、いくつかのJAK-STAT経路mRNA上のプログラムされた-1リボソームフレームシフトを減少させる
我々は次に、特定のJAK-STAT過剰発現に寄与している可能性がある細胞メカニズムを調べた。このプロセスでは、シス作用性mRNAエレメント(-1 PRFシグナル)が翻訳リボソームにmRNAを5’方向に1塩基スリップさせるように指示し、新しいリーディングフレームを確立する。哺乳動物細胞において、このような-1 PRF事象は、リボソームの翻訳を早すぎる終止コドンに向かわせ、-1 PRFシグナル含有mRNAの不安定化をもたらす(Klare N. et al. (2007) J Mol Biol.373, 1-10; Advani VM & DinmanJD (2015) Bioessays. 38, 21-26)。-1 PRFはこのように遺伝子発現を微調整するメカニズムとして機能し、インシリコアルゴリズムはヒト遺伝子の約10%が-1 PRFシグナルを含むと予測する(Belew et al. (2014) 上記で引用;Advani et al. 上記で引用)。我々は最近、IL7RA鎖を含むいくつかのサイトカイン受容体が機能的な-1 PRFシグナルを含むことを示した(Belew et al. (2014) 上記で引用)。JAK-STATタンパク質発現におけるRPL10 R98S関連の差異が-1 PRF率の変化によって影響を受ける可能性があるかどうかを試験するために、JAK-STAT経路を最初に予測-1 PRFシグナルについてインシリコでスクリーニングした。-1 PRFシグナルを含むと予測されるヒト遺伝子の10%以内で、GO(p=0.00056)およびKEGG(p=0.0031)の両データベースを用いたJAK-STAT経路はそのような予測シグナルについて濃縮されたことが濃縮解析で明らかになった。具体的には、他の経路における平均14.8%と比較して、JAK-STAT経路における遺伝子の30%が-1 PRFシグナルを含むと予測される(図12A)。RPL10 R98Sが異なるタンパク質レベルに関連することが観察されたいくつかのヒトおよびマウスJAK-STAT経路メンバーは、そのような予測された-1 PRFシグナルを含んでいた。二重ルシフェラーゼレポーター構築物を用いてこれらのシグナルのフレームシフト促進活性を検証した(図1)(Jacobs & Dinman et al. (2004) 上記で引用)。いくつかのマウスおよびヒトの配列によって促進される-1 PRFの効果のある割合が、ヒトHek293T細胞(図15)およびマウスBa/F3細胞(図12B~C)において確認された。
【0081】
興味深いことに、マウスStat遺伝子におけるシグナルによって誘導されたフレームシフトレベルは、R98S細胞において3~6倍減少した(図12B)。これとは対照的に、マウスJak1 -1 PRFシグナルによって誘導された高レベル(15%)のフレームシフトは、Ba/F3細胞におけるR98S変異によって影響されなかった(図12B)。IL7RAおよびJAK1 mRNAにおけるヒト-1 PRFシグナルによって誘導されるフレームシフト率の1.5倍および2倍の減少が、R98S変異を発現する細胞において観察された(図12C)。要約すると、我々はいくつかのマウスおよびヒトのJAK-STAT遺伝子において機能的な-1 PRFシグナルを同定し、そのうちのいくつかのフレームシフトレベルはRPL10 R98S変異によって影響された。
【0082】
RPL10 R98S細胞は変化したプロテアソーム活性を示す
タンパク質レベルの変化にもかかわらず、フレームシフトレベルがRPL10 R98Sによる影響を受けない-1 PRFシグナル(Jak1)があったので、フレームシフト率の変化はJak-Statカスケードの上方制御を部分的にしか説明できない。また、我々の計算ツールは、タンパク質レベルでの変化が観察された他のタンパク質のいくつかをコードするmRNA中の-1 PRFシグナルを同定することができなかった。マウスStatタンパク質のレベルの変化もまた、-1 PRF単独の変化によっては完全に説明されない可能性が高い。Csfr2b/2、Stat5aおよびPtprcについて検出された転写変化(図10C)は、検出されたタンパク質変化を部分的に説明するかもしれず、我々は翻訳または翻訳後レベルで追加の潜在的な制御を検討した。Ba/F3細胞モデルにおけるポリソームRNA配列解析は、Csf2rb/2、JakまたはStatmRNAの有意に変化した翻訳効率を明らかにしなかった(示さず)。興味深いことに、質量分析データは、免疫プロテアソームに特異的な触媒サブユニットであるPsmb10の上方制御を含む、R98S細胞における(p<0.05)いくつかのプロテアソームタンパク質の上方および下方制御を明らかにした(示さず)。別の免疫プロテアソーム特異的触媒サブユニットであるPsmb9および Psmb10の上方制御は、両方の利用可能なマウス造血細胞モデル由来の免疫ブロット上で確認された(図13A~Bおよび図16)。これに照らして、プロテアソーム活性をアッセイした。R98S Ba/F3細胞は、プロテアソームのキモトリプシン様およびカスパーゼ様活性の28%および23%の減少を示した(図13C)。これらの観察と一致して、R98S細胞は、プロテアソーム阻害剤ボルテゾミブ、カルフィルゾミブおよびMLN9708に対してより感受性であった(図13D)。興味深いことに、この変化したプロテアソーム活性は、総タンパク質ポリユビキチン化における差異を伴わなかった(図17)。しかしながら、翻訳阻害剤シクロヘキシミドで処理した後の追跡実験は、R98S細胞におけるJak1の安定性の増加を明らかにしたが、Csf2rb/2の安定性は示さなかった(図13E~F)。Statタンパク質安定性は、CHX追跡での150分以内で変化がないままだった(図18)。全体として、我々のデータは、RPL10 R98S細胞がプロテアソーム組成および活性の変化を示すことを示しており、これはこれらの細胞におけるJak1のような特定のタンパク質の安定性の増加を説明し得る。
【0083】
考察
我々はRPL10 R98S変異がJAK-STATカスケードの選択的上方制御を推進するかもしれない分子メカニズムを探究した。これらの効果は、少なくとも部分的には、いくつかのJAK-STAT mRNAに対する-1 PRFレベルの減少を介して媒介される可能性がある。当初ウイルスで説明されていたが、このプロセスが哺乳動物細胞にも関連があることが明らかになりつつある(Belew et al. (2014) 上記で引用)。IL7RAなどのいくつかのサイトカイン受容体におけるシグナルを含む、ほんの限られたセットの予測される哺乳動物-1 PRFシグナルのみが実験的に検証されている(Belew et al. (2014) 上記で引用)。我々は 哺乳類細胞におけるいくつかの追加の予測-1 PRFシグナルの機能性、およびサイトカイン受容体の下流のJAK-STATシグナル伝達カスケードがそのようなシグナルに富んでいることを示す。-1 PRFのレベルは、トランス作用タンパク質およびmiRNAによって調節され得る(Belew et al. (2014) 上記で引用;Anzalone AV. etal. (2016) Nat Methods. 13, 453-458;Li Y. et al. (2014)Proc Natl Acad Sci USA. 111, E2172)。これらの-1 PRFシグナルが免疫応答の微調整および制御において機能し、RPL10 R98Sなどの発癌性因子がこの制御メカニズムを調節解除する可能性があることはもっともらしいことである。
【0084】
Jak-Statシグナルによって促進される-1 PRFの比較的低い率を考慮すると、ここで検出された変化したフレームシフトレベルはタンパク質レベルで観察された変化を完全に説明できないことは明らかであり、追加のメカニズムによる寄与を示唆している。我々はR98Sが関連する-1 PRFレベルの低下を特定のタンパク質の分解の変化や転写調節のような他の潜在的なメカニズムと組み合わせることで発癌プログラムにつながるモデルを提案する。フレームシフト変化の特異性は、Jak-Stat遺伝子における独特な-1 PRFシグナルの存在によって説明することができる。しかしながら、転写および分解表現型の特異性はあまり明らかではない。我々は免疫プロテアソームの特異的触媒成分のレベルが変化していることを示す。この知見は、R98S細胞におけるプロテアソーム活性の変化と共に、異なるタイプのプロテアソームの発現を示している可能性があり、構成的および免疫サブユニットを含む以前に記載された「混合型」プロテアソームと一致している(Klare N. et al. (2007) J Mol Biol. 373, 1-10;Dahlmann B. et al. (2002) J Mol Biol. 303, 643-653)。プロテアソームの種類が異なれば、特定のエピトープの切断効率に定量的な違いが示され、ある程度のタンパク質特異性が得られる可能性がある(Mishto M. et al. (2014) Eur J Immunol. 44, 3508-3521;Huber EM. et al. (2012) Cell. 148, 727-738)。さらに、プロテオミクススクリーニングは、E3ユビキチンリガーゼ活性を有するいくつかのタンパク質がRPL10 WTとR98S細胞との間で差次的に発現されることを明らかにし(示さず)、これは観察された分解表現型の特異性をさらに説明し得る。
【0085】
【表1】
【0086】
図面の訳
in frame control インフレームコントロール
Renilla luc ウミシイタケルシフェラーゼ
frame フレーム
Firefly luc ホタルルシフェラーゼ
translation 翻訳
Out of frame (OOF) control アウトオブフレーム(OOF)コントロール
-1 PRF construct -1 PRF構築物
PRF signal PRFシグナル
Frame-shifted translation フレームシフトした翻訳
Stop codon read-through reporter assay ストップコドンリードスルーレポーターアッセイ
STOP ストップ
Missense suppression reporter assay ミスセンスサプレッションレポーターアッセイ
Missense mutation essential AA ミスセンス変異必須アミノ酸
Synthesized proteins 合成タンパク質
Jurkat ジャーカット
polysomes ポリソーム
Sedimentation 沈降
Translation efficiency 翻訳効率
Fold change 倍率変化
Frame-shifting フレームシフト
STOP read-through ストップ リードスルー
Missense reading ミスセンスリード
Chymotrypsin-like キモトリプシン様
Caspase-like カスパーゼ様
Trypsin-like トリプシン様
Viable 生存
vector ベクター
Days 日
Wild type 野生型
Targeted allele ターゲティング対立遺伝子
exon エクソン
Euclidian distance ユークリッド距離
p-value p-値
No significant change 有意でない変化
Log2 fold change log2倍変化
Up in R98S R98Sにおける増加
Carbohydrate metabolism 炭水化物代謝
Lipid metabolism 脂質代謝
Amino acid metabolism アミノ酸代謝
Energy metabolism エネルギー代謝
Metabolism of other amino acids 他のアミノ酸の代謝
Signal transduction シグナル伝達
Immune system 免疫系
Infectious diseases 感染症
Transport and catabolism 輸送と異化
Other その他
Down in R98S R98Sにおける減少
DNA replication and repair DNA複製および修復
Transcription 転写
Translation 翻訳
Enrichment score 濃縮スコア
SIGNAL PATHWAY シグナル経路
Relative protein expression 相対的タンパク質発現
Relative mRNA expression 相対的mRNA発現
ALL 297 KEGG pathways in humans containing at least one gene with a predicted -1 PRF signal 予測された-1 PRFシグナルを持つ少なくとも1つの遺伝子を含むヒトの全297 KEGG経路
JAK-STAT pathway JAK-STAT経路
Average of other pathways 他の経路の平均
Fraction of KEGG pathway genes with predicted -1 PRF signals -1 PRFシグナルが予測されたKEGG経路遺伝子の割合
Mouse genes マウス遺伝子
Human genes ヒト遺伝子
Relative proliferation 相対的増殖
Bortezomib ボルテゾミブ
Carfilzomib カルフィルゾミブ
Relative stability 相対的安定性
Mouse マウス
Human ヒト
Ubiquitinated proteins ユビキチン化タンパク質
Ubiquitin ユビキチン
Tublin チューブリン
Relative poly-ubiquitin expression 相対的ポリユビキチン発現
Yeast 酵母
SEQ ID NO: 配列番号
Cell survival 細胞生存
viable counts/mL 生細胞数/mL
Control コントロール
OD values MTS assay OD値MTSアッセイ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10-1】
図10-2】
図10-3】
図11
図12
図13-1】
図13-2】
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
【配列表】
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