(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-10
(45)【発行日】2023-08-21
(54)【発明の名称】微生物の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6844 20180101AFI20230814BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20230814BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230814BHJP
【FI】
C12Q1/6844 Z
C12Q1/04 ZNA
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2018191029
(22)【出願日】2018-10-09
【審査請求日】2021-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】518150529
【氏名又は名称】公益財団法人筑波メディカルセンター
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上倉 佳子
(72)【発明者】
【氏名】杉本 道俊
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 広道
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/060949(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0267266(US,A1)
【文献】特開2003-310265(JP,A)
【文献】特開2017-060413(JP,A)
【文献】特開2000-279199(JP,A)
【文献】国際公開第2017/180745(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/168986(WO,A1)
【文献】特開2018-068211(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 1/70
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の微生物を検出する方法であって、
以下の工程(A)及び(C):
(A)生体から採取された生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、及び
(C)前記工程(A)で調製された混合液中で前記微生物の核酸を増幅する工程、
を包含し、
前記生体から採取された生体試
料が、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、便懸濁液、及び尿道擦過物からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記アルカリ性溶液が、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、及び水酸化バリウム水溶液からなる群より選択される少なくとも1種の液であ
り、
前記微生物が、呼吸器感染症、下痢症、又は性感染症の原因微生物であり、
前記原因微生物が、インフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルス、A群溶連菌、百日咳菌、パラ百日咳菌、気管支敗血症菌、肺炎クラミジア、オウム病クラミジア、ノロウイルス、ロタウイルス、サポウイルス、下痢症アデノウイルス、淋菌、クラミジア、マイコプラズマ、ウレアプラズマ、HIV及びHPVからなる群より選択される少なくとも1種の微生物である、
方法。
【請求項2】
前記混合液のアルカリ濃度が4~50mMである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体から採取された生体試
料が、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、及び尿道擦過物からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記アルカリ性溶液が、水酸化カリウム水溶液、及び水酸化ナトリウム水溶液からなる群より選択される少なくとも1種の液である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記生体から採取された生体試料の懸濁液又は溶解液が塩類含有液を含む、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記生体から採取された生体試料の懸濁液又は溶解液が、生体から採取された生体試料を水又は塩類含有液に混合した懸濁液又は溶解液であり、前記塩類が、酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩である、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
遠心分離工程を含まない、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
以下の工程(B):
(B)前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程、
をさらに包含し、
前記工程(C)において混合液に代えて前記工程(B)で回収された濾液を使用する、請求項1~
7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれかに記載の前記工程(A)で調製された混合液及び/又は前記工程(B)で回収された濾液からなる、核酸増幅用試料液。
【請求項10】
以下の工程(A):
(A)生体から採取された生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、
を包含
する、
微生物の核酸増幅用試料液の調製方法(但し、前記混合液を加熱処理する工程を含む調製方法を除く)であって、
前記生体から採取された生体試
料が、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、便懸濁液、及び尿道擦過物からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記アルカリ性溶液が、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、及び水酸化バリウム水溶液からなる群より選択される少なくとも1種の液であ
り、
前記微生物が、呼吸器感染症、下痢症、又は性感染症の原因微生物であり、
前記原因微生物が、インフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルス、A群溶連菌、百日咳菌、パラ百日咳菌、気管支敗血症菌、肺炎クラミジア、オウム病クラミジア、ノロウイルス、ロタウイルス、サポウイルス、下痢症アデノウイルス、淋菌、クラミジア、マイコプラズマ、ウレアプラズマ、HIV及びHPVからなる群より選択される少なくとも1種の微生物である、
微生物の核酸増幅用試料液の調製方
法。
【請求項11】
以下の工程(B):
(B)前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程、をさらに包含する、請求項
10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料に含まれる微生物の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料に含まれる微生物を検出することは臨床診断などにおいて重要であり、生体試料中の核酸をPCR等で増幅し、増幅した核酸を検出し、微生物を特定する方法が行われている。しかし、生体試料中には核酸のほかに様々な生体由来物質が含まれているため、生体試料を精製することなく核酸増幅を実行すると増幅阻害や検出阻害が生じ、ほとんどの場合、正しい測定結果が得られない。そこで、生体試料中に含まれる微生物を検出する際に、生体試料をそのまま検出に供するのではなく、生体試料に前処理を加えることが一般的である。
【0003】
前処理としては、核酸以外の成分をほぼ除去できる核酸精製が行われている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、核酸精製は、操作が非常に複雑、操作時間が長い、有機溶媒を使用する、試薬コストが高いという課題があった。本発明は、核酸精製を必要とすることなく、生体試料中の微生物を検出する方法を提供することを1つの目的とする。また、本発明は、簡便な前処理により、生体試料から核酸増幅用の試料液を調製する方法の提供を1つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合して適切なアルカリ濃度の混合液を調製し、この混合液中で該微生物の核酸を増幅することによって、該核酸を検出できることを見出し本発明を完成させた。代表的な本発明は以下のとおりである。
【0007】
[項1]
生体試料中の微生物を検出する方法であって、
以下の工程(A)及び(C):
(A)生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、及び
(C)前記工程(A)で調製された混合液中で前記微生物の核酸を増幅する工程、
を包含する、方法。
[項2]
前記混合液のアルカリ濃度が4~50mMである、項1に記載の方法。
[項3]
前記生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液が、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、便懸濁液、及び尿道擦過物からなる群より選択される少なくとも1種である、項1又は2に記載の方法。
[項4]
前記アルカリ性溶液が、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸マグネシウム水溶液、及び炭酸カルシウム水溶液からなる群より選択される少なくとも1種の液である、項1~3のいずれかに記載の方法。
[項5]
前記生体試料の懸濁液又は溶解液が塩類含有液を含む、項1~4のいずれかに記載の方法。
[項6]
前記微生物が、呼吸器感染症、下痢症、又は性感染症の原因微生物である、項1~5のいずれかに記載の方法。
[項7]
前記原因微生物が、インフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルス、A群溶連菌、肺炎マイコプラズマ、百日咳菌、パラ百日咳菌、気管支敗血症菌、肺炎クラミジア、オウム病クラミジア、ノロウイルス、ロタウイルス、サポウイルス、下痢症アデノウイルス、淋菌、クラミジア、マイコプラズマ、ウレアプラズマ、HIV及びHPVからなる群より選択される少なくとも1種の微生物である、項6に記載の方法。
[項8]
以下の工程(B):
(B)前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程、
をさらに包含し、
前記工程(C)において混合液に代えて前記工程(B)で回収された濾液を使用する、項1~7のいずれかに記載の方法。
[項9]
項1~8のいずれかに記載の、前記工程(A)で調製された混合液及び/又は前記工程(B)で回収された濾液からなる、核酸増幅用試料液。
[項10]
以下の工程(A):
(A)生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、
を包含する、核酸増幅用試料液の調製方法。
[項11]
以下の工程(B):
(B)前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程、
をさらに包含する、項10に記載の方法。
【0008】
また、本発明は下記に代表される発明をさらに含みうる。
[項A]
前記工程(B)における濾過に使用されるフィルターの孔径が10μm~500μmである、項8に記載の方法。
[項B]
前記工程(C)における核酸を増幅する工程がPCR法又は等温増幅法である、項1~8及び項Aのいずれかに記載の方法。
[項C]
前記工程(B)における濾過に使用されるフィルターの孔径が10μm~500μmである、項9に記載の試料液。
[項D]
前記工程(B)における濾過に使用されるフィルターの孔径が10μm~500μmである、項11に記載の方法。
[項E]
生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液を含有し、アルカリ濃度が1~50mMであるアルカリ性溶液からなる核酸増幅用試料液。
[項F]
アルカリ濃度が1~50mMである生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液。
[項G]
前記項Fに記載の含有液を含む核酸増幅用キット。
[項H]
生体試料採取具をさらに含む項Gに記載のキット。
[項I]
生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液と、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とを混合した場合にアルカリ濃度が1~50mMとなるように調整されたアルカリ性溶液を含む核酸増幅用キット。
[項J]
生体試料採取具をさらに含む項Iに記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
核酸抽出及び精製に要する特殊な機器、有機溶媒等の試薬、抽出及び精製時間を必要とすることのない簡便な生体試料の前処理により、核酸増幅に適した核酸増幅用試料液を調製できる。この試料液を用いて核酸増幅することにより核酸の検出ができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1における融解曲線解析の結果を表すグラフである。グラフの横軸は温度(℃)、縦軸は蛍光シグナルの微分値(d/dt)を示す。また、グラフ中、CT DNAはクラミジア・トラコマチスDNAを加えた試料液、NCは陰性コントロール試料液を示す。
【
図2】実施例2における融解曲線解析の結果を表すグラフである。グラフの横軸は温度(℃)、縦軸は蛍光シグナルの微分値(d/dt)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、上述の代表的な発明を中心に説明する。
【0012】
[微生物の検出方法]
本発明の一実施形態は生体試料中の微生物を検出する方法であり、該方法は、
以下の工程(A)及び(C):
(A)生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、及び
(C)前記工程(A)で調製された混合液中で前記微生物の核酸を増幅する工程、
を包含する。
【0013】
[生体試料]
本明細書において生体試料は、検出の対象となる微生物(以下、「検出対象微生物」と称することがある。)を含む可能性のある生体由来の試料であれば特に限定されない。
生体から生体試料を採取後、生体試料が直ちに劣化する場合、採取後検出までに長時間を要する場合などには、採取した生体試料を、例えば生体由来物(特に、生体由来物中の微生物又は核酸)を希釈、保存等する目的で、液体に混合(例えば溶解、懸濁など)し、懸濁物、溶解物などの液状形態とすることもできる。本明細書においては、生体試料だけでなく、この液状形態の懸濁液、溶解液なども検出対象微生物源として使用することができる。
【0014】
生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液としては特に制限されないが、例えば動植物組織、体液、排泄物、細胞、細菌、ウイルス等が挙げられる。より具体的には、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、尿道擦過物、便懸濁液、血液、血漿、血清、血液培養液、尿、唾液、羊水、膿、髄液、胸水、組織切片、皮膚、吐瀉物、糞便、鼓膜切開液、胃洗浄液、腸洗浄液、臓器抽出液、組織抽出液分離培養コロニー、カテーテル洗浄液などが挙げられ、1種単独又は2種以上組み合わせて使用できる。好ましい生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液は、口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、便懸濁液、及び尿道擦過物からなる群から選択される少なくとも1種であり、より好ましくは口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、直腸拭い液、膣分泌物、子宮頸管粘液、及び尿道擦過物からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0015】
また、生体試料は、例えばヒト又は非ヒト動物由来の試料である。非ヒト動物としては非ヒト哺乳動物が挙げられ、例えばイヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギなどであり、好ましくはイヌ、ネコなどである。好ましくはヒト由来の試料である。
【0016】
生体からの試料の採取方法は、特に制限されず、試料の種類、大きさ、目的に応じて公知の方法を用いることができる。例えば綿棒、スワブ、白金耳、スポイト、へら、さじなどの採取具を用いた採取方法である。
【0017】
前記の液状形態、例えば懸濁液又は溶解液としては、生体由来物(特に、生体由来物中の微生物又は核酸)を希釈又は保存するために適した液体(例えば水、塩類含有液(塩類を含有する液体であり、例えば生理的食塩水、生理的塩類溶液、緩衝液、液体輸送培地など)などであり、好ましくは塩類含有液)を生体試料に混合した液が挙げられる。塩類としては、例えば酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩などが挙げられる。当該アルカリ金属塩としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸一カリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、チオグリコール酸ナトリウムなどが挙げられる。当該アルカリ土類金属塩としては、例えば塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムなどが挙げられる。
【0018】
生体試料の懸濁液又は溶解液は、例えば生体から採取された試料を水、塩類含有液に懸濁又は溶解することなどにより調製できる。
【0019】
生体由来物を希釈又は保存するために適した液体の例としては、滅菌水、生理的食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、平衡塩類溶液(例えばハンクス液、ダルベッコリン酸緩衝液、アール平衡塩溶液、リンガー液、チロード液、イーグル液など)、トリスバッファー、TEバッファー、リン酸バッファー、グッド緩衝液(例えばHEPESバッファー、ACESバッファー、PIPESバッファー、Bis-Trisバッファー、MOPSバッファー、HEPPSバッファー、TAPSバッファーなど)、UTM培地(例えば、UTM 360C培地は、ハンクス緩衝塩類、L-システイン、ショ糖、HEPES緩衝液、アンフォテリシンB、フェノールレッド、ウシ血清アルブミン、ゼラチン、L-グルタミン酸、バンコマイシン、コリスチンを含むことが公知)、eSwab培地(eSwab培地は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、リン酸一カリウム、リン酸水素二ナトリウム、チオグリコール酸ナトリウム、蒸留水を含むことが公知)、ウリスワブ培地、eNAT培地(例えば、eNAT培地は界面活性剤及びタンパク質変性剤を含むことが知られており、具体的には、グアニジンチオシアン酸塩(Guanidine thyocianate)、Tris-EDTA、HEPES、界面活性剤を含むことが公知)、ユニトランズ-RT培地、キャリー・ブレア培地、アミーズ培地、スチュアート培地、これらの改良培地などが挙げられるがこれらに限定されない。好ましくは生理食塩水、トリスバッファー又は輸送培地であり、より好ましくは輸送培地であり、より一層好ましくはUTM培地、eSwab培地又はeNAT培地である。
【0020】
[アルカリ性溶液]
本明細書において、アルカリ性溶液はアルカリ性の溶液であれば特に限定されない。アルカリ性溶液としては、例えば水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸マグネシウム水溶液、炭酸カルシウム水溶液などが挙げられ、1種単独又は2種以上組み合わせて使用できる。好ましいアルカリ性溶液は、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、及び水酸化リチウム水溶液からなる群より選択される少なくとも1種の液である。より好ましいアルカリ性溶液は、水酸化カリウム水溶液及び/又は水酸化ナトリウム水溶液である。
【0021】
本明細書において、アルカリ濃度は体積モル濃度(M又はmol/L)であり、アルカリ性溶液1L中に含まれるアルカリ性物質(例えば、上記のような水酸化カリウム及び/又は水酸化ナトリウムなどのアルカリ性物質の総量)のモル量で規定できる。
[工程(A)]
工程(A)は、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程である。
【0022】
生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液と、アルカリ性溶液との混合における、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液の使用量及びアルカリ性溶液の使用量は、混合後の混合液におけるアルカリ濃度が所定の濃度となる量である限り特に限定されない。したがって、生体試料の懸濁液又は溶解液を用いる場合は、それらの体積、アルカリ性物質含有量なども考慮して、アルカリ性溶液の使用量及び濃度を決定すればよい。
【0023】
工程(A)における混合液のアルカリ濃度は、例えば1mM以上、1.5mM以上、2mM以上、4mM以上、5mM以上、6mM以上、8mM以上、又は10mM以上であり得、また、例えば50mM以下、49mM以下、48mM以下、47mM以下、46mM以下、45mM以下、44mM以下、43mM以下、42mM以下、41mM以下、40mM以下、38mM以下、36mM以下、34mM以下、32mM以下、30mM以下、28mM以下、又は26mM以下であり得る。
【0024】
一実施形態において、アルカリ濃度は、例えば1~50mM、2~50mM、3~50mM、4~50mM、5~45mM、8~45mM、8~50mM、10~45mM、10~50mM、15~45mM、15~50mM、20~45mM、20~50mMなどとしてもよい。特定の実施形態において、例えば、クラミジア・トラコマチス等を検出するために子宮頸管粘液を生体試料として用いる場合又は肺炎マイコプラズマ等を検出するために咽頭拭い液を生体試料として用いる場合などには、特に限定されないが、高いアルカリ濃度のアルカリ性溶液を用いることが通常好ましく、例えば、15~50mM程度、より好ましくは20~45mM程度のアルカリ濃度のアルカリ性液を用いてもよい。
【0025】
生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合する方法は特に制限されないが、例えば生体試料の付着した採取具、例えばスワブをアルカリ性溶液に接触させて懸濁する方法、予め用意した生体試料の懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを単に混合する方法などが挙げられる。
【0026】
生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液との混合により調製されたアルカリ濃度1~50mMの混合液は、次の工程(C)における核酸増幅に供されてもよいし、任意に工程(B)における濾過に供されてもよい。
【0027】
[工程(B)]
工程(B)は、前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程である。工程(B)は必須工程ではなく任意に設定できる工程であるが、生体試料の種類や状態、採取具の状態などによっては、工程(A)で調製された混合液中に生体や採取具由来の目視できる程度の大きな夾雑物(例えばスワブの繊維、生体細胞の塊や生体組織片、ゴミ)が含まれることがあり、これにより後の工程(C)又は検出工程を阻害するおそれがあるときは、工程(B)で大きな夾雑物を除去することが好ましい。また、他の実施形態では、工程(B)は含まないことが好ましい。
【0028】
工程(A)で調製された混合液の濾過は濾材、例えばフィルター、好ましくは焼結フィルターを使用して行えばよい。フィルターの素材は特に限定されず、ポリプロピレン、ポリエチレン(例えば低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン)、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、アルミナ、ジルコニア、ケイ素、ケイ素四フッ化エチレン重合体、ステンレス鋼などを挙げることができる。フィルターの素材としては、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも1種を使用することが成型が容易である点から好ましく、なかでもポリプロピレン又はポリエチレンが好ましい。
【0029】
フィルターの孔径は、例えば5μm以上、10μm以上、又は15μm以上であり得、また1000μm以下、800μm以下、500μm以下又は400μm以下であり得る。一実施形態において、孔径は、5μm~800μm、好ましくは10μm~500μm、より好ましくは15μm~400μmである。一実施形態においては、焼結フィルターは、その孔径が異なる複数のフィルターを重ねて構成されていてもよく、最小孔径を有するフィルターの孔径が、1μm以上であり、最大孔径を有するフィルターの孔径が500μm以下である濾過フィルターを用いることができる。一実施形態において、例えば孔径100μm~200μmの焼結フィルター、孔径10μm~500μmの焼結フィルターの順に濾過することができる。
【0030】
濾過は、簡便に実施する観点から自然濾過が好ましいが、減圧濾過、加圧濾過、遠心濾過などで実施してもよい。
【0031】
工程(B)の濾過により回収された濾液は、次の工程(C)において核酸増幅に供されてよい。
【0032】
[溶菌又は破砕工程]
一実施形態において、検出対象微生物がウイルスより大きな微生物(例えば細菌、真菌など)の場合、前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液を、例えば撹拌処理、ビーズ破砕処理、超音波処理、加熱処理、酵素処理などの、溶菌又は破砕工程に供してもよい。この溶菌又は破砕工程によって調製される溶菌又は破砕液を、工程(C)において、前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液に代えて核酸増幅用試料液として使用してもよい。
また、一般的には、集菌のために遠心分離工程を含むことがあるが、本発明の一実施形態では遠心分離工程を含まない。
【0033】
撹拌処理は前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液を撹拌して微生物を破砕する方法である。撹拌処理は、転倒混和、ボルテックスミキサー、撹拌機などにより行うことができる。
【0034】
ビーズ破砕処理は、前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液にビーズを加えて撹拌することで微生物を破砕する方法である。用いるビーズの種類は特に制限はなく微生物破砕用のものであれば使用でき、例えば、ジルコニアビーズ、ガラスビーズ等が挙げられるが、ジルコニアビーズがより好ましい。また、ビーズのサイズは例えば5mm以下が好ましく、複数のサイズのビーズを組み合わせて使用してもよい。複数のサイズのビーズを用いることで、破砕効率の向上が期待できる。処理時間は例えば10秒間~5分間、好ましくは20秒間~3分間である。
【0035】
超音波処理は、懸濁液前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液に超音波を当てることで、微生物を破砕する方法である。例えば、超音波ホモジナイザーは簡便に細胞壁を壊すことができ、微生物が破砕されやすい。処理時間は例えば10秒間~2分間、好ましくは10秒間~1分間であり、1回のみでも複数回(例えば2~6回、2~4回等)繰り返してもよい。
【0036】
加熱処理は、懸濁液前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液に熱を加えることで微生物を溶菌させる方法である。加熱温度は特に制限されないが、80℃以上が好ましく、85℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。加熱時間は例えば10秒間~5分間、好ましくは20秒間~4分間である。
【0037】
酵素処理は、前記工程(A)で調製された混合液又は前記工程(B)で回収された濾液に細胞壁溶解酵素等を加えて微生物を溶菌する方法である。使用する酵素は、目的の微生物を溶菌できる酵素であることを除き、制限されない。また、酵素反応は酵素の活性が大きくなる温度等の条件で行うことが好ましい。
【0038】
溶菌又は破砕工程では、一つ又は複数の処理を連続して行ってもよいし、可能であれば複数の処理を組み合わせて同時に行ってもよい。複数の処理を組み合わせることで、より溶菌又は破砕されやすくなるので有利な場合がある。
【0039】
[工程C]
工程(C)は、前記工程(A)で調製された混合液中又は前記工程(B)で回収された濾液中で前記微生物の核酸を増幅する工程である。
【0040】
前記工程(A)で調製された混合液及び/又は前記工程(B)で回収された濾液は、そのまま核酸増幅に使用できる。また、工程(C)では、核酸の増幅又は検出を有利にするために、該混合液及び/又は該濾液に各種の成分を添加してから核酸を増幅してもよい。なお、本明細書では、核酸増幅に供される該混合液及び/又は該濾液を「核酸増幅用試料液」と称することがある。
【0041】
核酸増幅工程に供される核酸増幅用試料液は核酸増幅の対象となる微生物の核酸源を含む。このため、核酸増幅用試料液には、微生物の種類や適用される核酸増幅方法に応じた適切な試薬等(例えばDNAポリメラーゼ、核酸プライマー対、核酸プローブ(例えばQProbe、TaqmanProbe)等)が適宜添加されて核酸増幅に使用される。
【0042】
核酸増幅に用いられる核酸増幅方法は特に限定されず、PCR法、SDA法、ICAN法、等温増幅法(例えば、LAMP法)など種々の公知の方法を用いることができる。より好ましくはPCR法又は等温増幅法であり、より一層好ましくはリアルタイムPCR法又はLAMP法である。核酸増幅の温度等の条件は核酸増幅の方法、検出対象微生物の種類などに応じて適宜設定すればよい。
【0043】
PCR法又は等温増幅法の核酸増幅工程で使用されるDNAポリメラーゼは特に限定されるものではないが、例えばKOD DNA ポリメラーゼ、Pfu DNA ポリメラーゼ等のα型DNAポリメラーゼ;Taq DNA ポリメラーゼ、Tth DNA ポリメラーゼ等のPol I型DNAポリメラーゼ等を用いることができ、特定の実施形態では、正確性に優れたα型DNAポリメラーゼ(又はファミリーBに属するDNAポリメラーゼ)を用いることが好ましい。α型DNAポリメラーゼとしては特に限定はされないが、KOD DNA ポリメラーゼ(東洋紡製)又はPfu DNA ポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を用いることがさらに好ましい。
【0044】
[検出工程]
前記工程(C)において増幅された検出対象微生物の核酸は検出工程に供される。検出に用いられる方法は特に限定されず微生物検出に従来使用されている方法を適用でき、例えばアガロースゲル電気泳動法、SSCP法、RFLP法、インターカレーターを用いて核酸を検出する方法、核酸の塩基配列に特異的に結合する核酸プローブを用いて核酸を検出する方法などが挙げられる。より好ましくは核酸プローブを用いて核酸を検出する方法であり、当該核酸プローブとして、例えばTaqManプローブや消光プローブ(Quenching Probe;Qプローブ)、MolecularBeaconが挙げられる。核酸プローブを核酸にハイブリダイズさせて融解曲線解析を行うことで検出できる。検出工程におけるその他の条件は検出対象微生物の種類、プローブの種類などを考慮して適宜設定すればよい。
【0045】
[検出対象微生物]
検出対象微生物については特に限定されず、例えば呼吸器感染症原因微生物、下痢症原因微生物、性感染症原因微生物、腸管感染症原因微生物などが挙げられるが、これらに限定されない。検出対象微生物は1種単独であってもよいし、2種以上組み合わせてもよい。好ましくは呼吸器感染症原因微生物、下痢症原因微生物又は性感染症原因微生物である。
【0046】
呼吸器感染症原因微生物は、例えばインフルエンザウイルス(例えばA型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルスなど)、RSウイルス、アデノウイルス、A群溶連菌、肺炎マイコプラズマ、百日咳菌、パラ百日咳菌、気管支敗血症菌、肺炎クラミジア、オウム病クラミジアなどであってよい。好ましい呼吸器感染症原因微生物は、肺炎マイコプラズマ、又は百日咳菌である。
下痢症原因微生物は、例えばノロウイルス、ロタウイルス、サポウイルス、下痢症アデノウイルスなどであってよい。好ましい下痢症原因微生物は、ノロウイルス又はロタウイルスである。
性感染症原因微生物は、淋菌、クラミジア、マイコプラズマ、ウレアプラズマ、HIV、HPVなどであってよい。好ましい性感染症原因微生物は、クラミジア又は淋菌である。
マイコプラズマとしては、例えばマイコプラズマ・アルギニニ(Mycoplasma arginini)、マイコプラズマ・ブカーレ(Mycoplasma buccale)、マイコプラズマ・ファウシウム(Mycoplasma faucium)、マイコプラズマ・ホミニス(Mycoplasma hominis)、マイコプラズマ・オラーレ(Mycoplasma orale)、マイコプラズマ・サリバリウム(Mycoplasma salivarium)、マイコプラズマ・フェルメンタンス(Mycoplasma fermentans)、マイコプラズマ・リポフィラム(Mycoplasma lipophilum)、マイコプラズマ・プリマタム(Mycoplasma primatum)、マイコプラズマ・ハイオリニス(Mycoplasma hyorhinis)、マイコプラズマ・シノビアエ(Mycoplasma synoviae)、マイコプラズマ・ゲニタリウム(Mycoplasma genitalium)、マイコプラズマ・ニューモニエ(Mycoplasma pneumoniae;肺炎マイコプラズマ)、マイコプラズマ・ガリセプティカム(Mycoplasma gallisepticum)などが挙げられる。
【0047】
[核酸増幅用試料液]
本発明の一実施形態は、前記工程(A)で調製された混合液及び/又は前記工程(B)で回収された濾液からなる、核酸増幅用試料液である。この試料液は前記の工程(A)又は工程(A)及び工程(B)により調製される。
また、本発明の別の実施形態は、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液を含有し、アルカリ濃度が1~50mMであるアルカリ性溶液からなる核酸増幅用試料液である。
【0048】
本発明の試料液はPCR法、等温増幅法などの核酸の増幅に適しており、この試料液中で検出対象微生物の核酸を増幅できる。本発明では、工程(A)において生体試料の懸濁液又は溶解液とアルカリ性溶液とを混合して調製された混合液或いは当該混合液を工程(B)において濾過して回収された濾液が核酸増幅用試料液としてが好ましい。核酸増幅用試料液における工程(A)、工程(B)などの詳細は、生体試料中の微生物を検出する方法における工程(A)、工程(B)などと同じである。
【0049】
[核酸増幅用試料液の調製方法]
本発明の一実施形態は、核酸増幅用試料液の調製方法であり、該方法は以下の工程(A):
(A)生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とアルカリ性溶液とを混合してアルカリ濃度1~50mMの混合液を調製する工程、
を包含する。
他の実施形態において、核酸増幅用試料液の調製方法は、前記の工程(A)に加え、
以下の工程(B):
(B)前記工程(A)で調製された混合液を濾過して濾液を回収する工程、
をさらに包含する。
この調製方法は、核酸増幅用試料液の調製に適している。この調製方法における工程(A)、工程(B)などの詳細は、生体試料中の微生物を検出する方法における工程(A)、工程(B)などと同じである。
【0050】
[生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液]
本発明の一実施形態は、アルカリ濃度が1~50mMである生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液である。生体試料中の微生物を検出する方法において説明した前記塩類含有液に前記アルカリ性物質を必要に応じて添加してアルカリ濃度1~50mMとすることで調製できる。該含有液中に採取された生体試料を混合する、簡便な操作によって、生体試料中の核酸増幅及び検出を実施できる。本含有液の詳細には生体試料中の微生物を検出する方法における説明が適用できる。
【0051】
[核酸増幅用キット]
本発明の一実施形態は、アルカリ濃度が1~50mMである生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液を含む核酸増幅用キットである。また、本発明の他の実施形態は、生体試料保存、生体試料輸送、又は核酸増幅用塩類含有液と、生体試料又はその懸濁液若しくは溶解液とを混合した場合にアルカリ濃度が1~50mMとなるように調整されたアルカリ性溶液を含む核酸増幅用キットである。これらのキットは、生体試料採取具(例えば、綿棒、スワブなど)をさらに含んでもよい。本キットは、生体試料の保存、核酸の増幅又は検出などに有利となる添加成分をさらに含んでもよい。本キットの詳細には生体試料中の微生物を検出する方法における説明が適用できる。
【実施例】
【0052】
以下に試験例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は試験例に限定されるものではない。試験例で使用した試薬は次のとおりである。
KOD Mix:α型ポリメラーゼを含むPCR用の試薬
SCT Mix:クラミジア・トラコマチス検出用のプライマー及びプローブを含む試薬
MPN Mix:肺炎マイコプラズマ検出用のプライマー及びプローブを含む試薬
IC Mix:内部コントロール(IC)を含む試薬
【0053】
〔試験例1:クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)の検出〕
(1-1)試料液の調製
クラミジア・トラコマチス(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を100コピー/μLで含む生理食塩水を調製した。クラミジア・トラコマチス陰性者の子宮頸管粘液をスワブで採取し、この生理食塩水に懸濁し、疑似生体試料(1ml)とした。
調製された懸濁液に、懸濁液と同体積量の100mMの水酸化ナトリウム水溶液を添加し、DNA試料、子宮頸管粘液、生理食塩水及び水酸化ナトリウム水溶液を含有する混合液(アルカリ濃度50mM;CTと称することがある)を調製した。これとは別に、前記DNA試料を使用しないことを除いては同様の方法で、子宮頸管粘液、生理食塩水及び水酸化ナトリウム水溶液を含有する混合液(アルカリ濃度50mM;陰性コントロール(NCと称することがある))を調製した。
(1-2)核酸増幅及び検出
調製されたCT及びNTのそれぞれ一部を取り核酸増幅用の試料液(3μL)とし、そのまま核酸増幅に供した。つまり、3μLの試料液のそれぞれに核酸増幅・検出用の下記試薬を添加し、下記条件でPCRにて核酸増幅を行い、融解曲線解析により核酸検出を行った。核酸増幅及び融解曲線解析には東洋紡製GENECUBE(登録商標)を使用した。
【0054】
(試薬)
KOD Mix(ジーンキューブ(R)SCT、東洋紡製) 3μL
SCT Mix(ジーンキューブ(R)SCT、東洋紡製) 4μL
(核酸増幅及び融解曲線解析条件)
94℃・2分、
97℃・1秒-60℃・3秒-63℃・6秒(サイクル数60回)、
94℃・30秒、
39℃・30秒、
39℃~75℃(昇温速度0.09℃/秒)。
【0055】
(1-3)結果
融解曲線解析の結果を
図1に示す。
図1は、上記の条件で核酸増幅を行い、その後の温度上昇にともなう蛍光強度の変化を表したグラフである。グラフの横軸は温度(℃)、縦軸は蛍光シグナルの微分値(d/dt)である。グラフ中、CT DNAはクラミジア・トラコマチスDNAを加えた試料液の解析結果を、NCは陰性コントロール試料液の解析結果を示す。
図1より明らかなように、CT DNAではクラミジア・トラコマチスが検出され、NCでは検出されなかった。
【0056】
〔試験例2:クラミジア・トラコマチス陽性試料による確認〕
他の検出試験でクラミジア・トラコマチス陽性を示した対象者の子宮頸管粘液(生体試料)をスワブ(頭部がナイロン繊維からなるブラシ状綿棒(COPAN社製、フロックスワブTR100))で採取し、生理食塩水(1ml)に懸濁した。この懸濁液に、懸濁液と同体積量の100mMの水酸化ナトリウム水溶液を添加し、子宮頸管粘液、生理食塩水及び水酸化ナトリウム水溶液を含有する混合液(アルカリ濃度50mM)を調製した。この混合液の一部を取り、試験例1と同様にして核酸増幅及び検出を行った。結果を
図2に示す。クラミジア・トラコマチスの検出が確認できた。
【0057】
〔試験例3:肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)の検出〕
(3-1)試料液の調製
肺炎マイコプラズマ(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を10コピー/μLで含む生理食塩水を調製した。肺炎マイコプラズマ陰性者の咽頭拭い液をスワブで採取し、これを前記生理食塩水に懸濁し、疑似生体試料(1ml)とした。
調製された懸濁液に、懸濁液と同体積量の以下のいずれかの液体を添加し、混合液(5コピー/μL)を調製した。
・生理食塩水
・液体輸送培地(UTM360C;コパン社製)
・10mMの水酸化カリウム水溶液
・100mMの水酸化カリウム水溶液
【0058】
(3-2)核酸増幅及び検出
調製された混合液の一部を取り核酸増幅用の試料液(3μL)とし、試薬及び条件を下記に代えたほかは試験例1と同様にして、核酸増幅及び検出を行った。
【0059】
(試薬)
KOD Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)3μL
MPN Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)3μL
IC Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)1μL
(核酸増幅及び融解曲線解析条件)
94℃・2分
97℃・1秒-58℃・3秒-63℃・6秒(サイクル数60回)
94℃・30秒
39℃・30秒
39℃~75℃(昇温速度0.09℃/秒)
肺炎マイコプラズマのカットオフ値:7.5
内部コントロールのカットオフ値:1.5
【0060】
(3-3)結果
結果を表1に示す。表中、検出対象微生物の核酸を検出できた場合を「+」、できなかった場合を「-」として示す。生体試料をアルカリ性溶液と混合することで肺炎マイコプラズマの核酸の増幅及び検出が可能であった。
【0061】
【0062】
〔試験例4:肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)の検出〕
(4-1)試料液の調製
肺炎マイコプラズマ陰性者の咽頭拭い液をスワブで採取し、10mMのTris-HCl(pH7.5)に懸濁した。調製された懸濁液に、肺炎マイコプラズマ(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を含む10mM Tris-HCl(pH7.5)を添加して5コピー/μLのDNA濃度とし、疑似生体試料(3ml)とした。
調製された液に、該液と同体積量の以下のいずれかの液体を添加し、混合液を調製した。
・20mMの水酸化ナトリウム水溶液
・100mM水酸化ナトリウム水溶液
【0063】
(4-2)核酸増幅及び検出
調製された混合液の一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、試薬を下記に代えたほかは試験例3と同様にして、核酸増幅及び検出を行った。
【0064】
(試薬)
KOD Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)4μL
MPN Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)3μL
IC Mix(ジーンキューブ(R)MPN、東洋紡製)1.3μL
【0065】
(4-3)結果
結果を表2に示す。なお、サンプル数はそれぞれ8である(n=8)。生体試料をアルカリ性溶液と混合することで肺炎マイコプラズマの核酸検出において偽陰性が抑制された。
【0066】
【0067】
〔試験例5:肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)の検出〕
(5-1)試料液の調製
肺炎マイコプラズマ陰性者の咽頭拭い液をスワブで採取し、液体輸送培地(UTM360C;コパン社製;1ml)に懸濁した。調製された懸濁液に、肺炎マイコプラズマ(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を含む10mM Tris-HCl(pH7.5)を添加して10コピー/μLのDNA濃度とし、疑似生体試料(1.01ml)とした。
調製された液の200μLを取り、50μLの200mMの水酸化ナトリウム水溶液と混合した(アルカリ濃度40mM)。この混合液を次の核酸増幅工程に使用した。
また、同様にして調製された混合液を焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径20μm)で濾過して回収された濾液も核酸増幅工程に使用した。
【0068】
(5-2)核酸増幅及び検出
調製された混合液、及び濾液のそれぞれ一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、試験例4と同様にして、核酸増幅及び検出を行った。
【0069】
(5-3)結果
結果を表3に示す。なお、サンプル数はそれぞれ4である(n=2)。全サンプル検体のうち、検出対象微生物の核酸を検出できた検体の割合を百分率で示す。その結果、濾過して得られた試料液は検出率100%であった。
【0070】
【0071】
〔試験例6:肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)の検出〕
(6-1)試料液の調製
肺炎マイコプラズマ陰性者の咽頭拭い液をスワブで採取し、10mMのTris-HCl(pH7.5;1ml)に懸濁した。調製された懸濁液に、肺炎マイコプラズマ(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を含む10mM Tris-HCl(pH7.5)を添加して25コピー/μLのDNA濃度とし、疑似生体試料(1.01ml)とした。
この試料を以下のいずれかの液で5倍希釈した。
・滅菌水
・液体輸送培地(UTM360C;コパン社製)
・液体輸送培地(UTM360C;コパン社製)と200mMの水酸化カリウム水溶液との混合液(培地:KOH液の体積比3:1)
・液体輸送培地(eSwab;コパン社製)と200mMの水酸化カリウム水溶液との混合液(培地:KOH液の体積比3:1)
【0072】
希釈されたそれぞれの液を焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径20μm)で濾過して濾液を回収した。
【0073】
(6-2)核酸増幅及び検出
回収されたそれぞれの濾液の一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、試験例4と同様にして、n=4測定で核酸増幅及び検出を行った。
【0074】
(6-3)結果
結果を表4に示す。水酸化カリウム水溶液を使用した試料液の水酸化カリウム濃度は、40mMである。水酸化カリウム水溶液を使用した試料液では偽陰性を効果的に減らすことが可能であった。輸送培地と水酸化カリウム水溶液の混合液を用いることで良好に検出できた。
【0075】
【0076】
〔試験例7:百日咳菌(Bordetella pertussis)の検出〕
(7-1)試料液の調製
百日咳菌陰性者の鼻腔拭い液をスワブで採取し、生理食塩水(1mL)に懸濁した。調製された懸濁液に、百日咳菌(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を含む10mM Tris-HCl(pH7.5)を添加して100コピー/μLのDNA濃度とし、擬似生体試料(1.01mL)とした。
擬似生体試料の35μLを取り、180μLの液体輸送培地(eSwab;コパン社製)に懸濁した後、45μLの200mMの水酸化ナトリウム水溶液を混合した。この液(水酸化ナトリウム濃度36mM)を焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径20μm)で濾過して濾液を回収した。
これとは別に、180μLの液体輸送培地(eSwab;コパン社製)と45μLの200mMの水酸化ナトリウム水溶液を混合して混合液を調製し、この混合液に擬似生体試料の35μLを懸濁した。この液(水酸化ナトリウム濃度36mM)を焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径20μm)で濾過して濾液を回収した。
【0077】
(7-2)核酸増幅及び検出
回収されたそれぞれの濾液の一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、そのまま核酸増幅に供した(n=4)。つまり、4μLの試料液のそれぞれに核酸増幅・検出用の下記試薬を添加し、下記条件でPCRにて核酸増幅を行い、融解曲線解析により核酸検出を行った。核酸増幅及び融解曲線解析には東洋紡製GENECUBE(登録商標)を使用した。
【0078】
(試薬)
KOD Mix(ジーンキューブ(R)テストベーシック、東洋紡製) 4μL
0.5μM BORFプライマー(配列番号1)
1.5μM BORRプライマー(配列番号2)
0.3μM ハイブリダイゼーションプローブ(3’末端をBODIPY-FL標識;配列番号3)
PPD Mix(ジーンキューブ(R)テストベーシック、東洋紡製)3μL
IC Mix(ジーンキューブ(R)テストベーシック、東洋紡製)1.3μL
(核酸増幅及び融解曲線解析条件)
94℃・2分、
97℃・1秒-58℃・3秒-63℃・6秒(サイクル数60回)、
94℃・30秒、
39℃・30秒、
39℃~75℃(昇温速度0.09℃/秒)。
百日咳菌のカットオフ値:5
内部コントロールのカットオフ値:1.5
【0079】
(7-3)結果
DNAを液体輸送培地に懸濁後にアルカリ性溶液(水酸化カリウム水溶液)を添加した場合も、液体輸送培地とアルカリ性溶液との混合液にDNAを混合した場合も良好に百日咳菌を検出できた(n=4;検出率100%)。
【0080】
〔試験例8:肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)の検出〕
(8-1)試料液の調製
肺炎マイコプラズマ陰性者の鼻腔拭い液をスワブで採取し、液体輸送培地(eSwab;コパン社製;1mL)に懸濁した。調製された懸濁液の一部(300μL)に、体積比3分の1量、つまり0.1mLの200mM又は250mM水酸化カリウム水溶液を混合した。混合液の水酸化カリウム濃度は50mM又は62.5mMである。この混合液に、肺炎マイコプラズマ(検出対象微生物)からブーム法で抽出したDNA試料を含む10mM Tris-HCl(pH7.5)を添加して15コピー/μLのDNA濃度とし、焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径20μm)で濾過して濾液を回収した。
【0081】
(8-2)核酸増幅及び検出
回収されたそれぞれの濾液の一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、試験例4と同様にして、核酸増幅及び検出を行った(n=8)。
【0082】
(8-3)結果
試料液における水酸化カリウム濃度が50mMであると検出対象微生物を確実に検出できたのに対し、同濃度が62.5mMであると検出結果が陰性となるケース(偽陰性)が発生した(検出率62.5%)。このような結果から、混合液のアルカリ濃度が50mMより高くなり過ぎると好ましくないことが明らかとなった。
【0083】
〔試験例9:ノロウイルスの検出〕
(9-1)試料液の調製
ノロウイルス陰性糞便を約10%で滅菌水に懸濁した液0.06mLと0、2、5、10、20、30又は75mMの水酸化カリウム水溶液0.24mLとを各々混合した。この混合液に不活化されたノロウイルス(NATtrolTM norovirus GI positive contorol及びNATtrolTM norovirus GII positive contorol)3000コピー/μLを2μL添加し、焼結フィルターを用いてろ過した。焼結フィルター(ポリエチレン製、孔径250μm)で濾過して濾液を回収した。ろ過後の各検体200μLと200μLの上記の各水酸化カリウム水溶液を混合し、混合液を遠心分離(13,000G,3min)して上清を回収する。この上清中におけるアルカリ濃度はそれぞれ、0、1.8、4.5、9、18、27、67.5mMとなる。
【0084】
(9-2)核酸増幅及び検出
回収されたそれぞれの濾液の一部を取り核酸増幅用の試料液(4μL)とし、そのまま核酸増幅に供した。つまり、4μLの試料液のそれぞれに核酸増幅・検出用の下記試薬を添加し、下記条件でPCRにて核酸増幅を行い、融解曲線解析により核酸検出を行った。核酸増幅及び融解曲線解析には東洋紡製GENECUBE(登録商標)テストベーシックを使用した。東洋紡製RevertraAceは、逆転写酵素を含む試薬である。そして本試験例で用いた配列番号4~6は、GI型ノロウイルスを検出するためのプライマー及びプローブのセットであり、配列番号7~9は、GII型のノロウイルスを検出するためのプライマー及びプローブのセットである。
【0085】
(試薬)
0.2U/μLのRevertraAce(東洋紡社)
5μMの配列番号4で示されるプライマー
1.5μMの配列番号5で示されるプライマー
0.5μMの配列番号6で示されるオリゴヌクレオチドプローブ(3’末端をBODIPY-FLで標識)
又は、
0.2U/μLのRevertraAce(東洋紡社)
1.5μMの配列番号7で示されるプライマー
5μMの配列番号8で示されるプライマー
0.4μMの配列番号9で示されるオリゴヌクレオチドプローブ(3’末端をBODIPY-FLで標識)
(核酸増幅及び融解曲線解析条件)
42℃・2分、
97℃・15秒、
97℃・1秒-52℃・6秒-68℃・3秒(サイクル数60回)、
94℃・30秒、
39℃・30秒、
40℃~75℃(昇温速度0.09℃/秒)。
G1、G2のカットオフ値:10
内部コントロールのカットオフ値:1.5
【0086】
(9-3)結果
この結果を下記の表5に示す。ここで、G1型ノロウイルス、G2型ノロウイルスのどちらか1つのみ検出された場合は+、どちらも検出された場合は、++とした。本試験例のノロウイルス検出では、水酸化カリウム濃度が1.8~27mMである場合に検出対象微生物を検出でき、なかでも4.5~18mMの場合に良好な検出ができた。一方、同濃度が0、又は67.5mMであると検出結果が陰性となるケースが発生した。この結果からも、所定のアルカリ濃度範囲となるように混合液を調製することが重要であることが分かった。
【0087】
【0088】
考察
試験例によれば、生体試料を所定のアルカリ濃度となるようにしてアルカリ性溶液に混合する、簡便な前処理で、核酸を単離することなく、核酸を検出実施できた。このため、適切な濃度のアルカリ性溶液は、核酸増幅又は検出が阻害される変化を核酸に加えることなく、生体試料又は輸送培地由来の他の成分による核酸増幅阻害、核酸検出阻害、及び偽陰性を抑制する可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の前処理方法を用いることで、核酸の単離を要することなく、試料中に含まれる微生物由来の核酸を検出することができるため、臨床診断の分野に大きく貢献できる。
【配列表】