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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】四輪駆動車
(51)【国際特許分類】
   B60K 23/08 20060101AFI20230816BHJP
   B60K 17/35 20060101ALI20230816BHJP
【FI】
B60K23/08 C
B60K17/35 B
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019101425
(22)【出願日】2019-05-30
(65)【公開番号】P2020192962
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 智範
(72)【発明者】
【氏名】永山 剛
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-022369(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 23/08
B60K 17/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右の主駆動輪及び左右の補助駆動輪と、駆動源の駆動力を前記左右の主駆動輪に常時伝達すると共に車両状態に応じて駆動力を前記左右の補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系とを備えた四輪駆動車であって、
前記駆動力伝達系は、前記左右の主駆動輪に駆動力を配分する差動装置と、車両前後方向に駆動力を伝達するプロペラシャフトと、前記プロペラシャフトから前記左右の補助駆動輪に伝達される駆動力を調節可能な駆動力伝達装置と、前記駆動力伝達装置を制御する制御装置とを備え、
前記差動装置は、前記左右の主駆動輪の差動を制限する差動制限力を発生することが可能な差動制限機能を有し、
前記制御装置は、前記左右の主駆動輪のうち何れかにスリップが発生し、前記駆動力伝達装置を制御して前記左右の補助駆動輪に駆動力を伝達する際、前記駆動力伝達装置によって駆動力の立ち上がりを遅らせる遅延処理を行
前記遅延処理は、前記左右の主駆動輪のうちスリップ比が低い方の車輪のスリップ比に基づいて前記駆動力伝達装置によって伝達される駆動力の指令値を演算する処理である、
四輪駆動車。
【請求項2】
前記遅延処理は、前記左右の主駆動輪のスリップ比の差を演算し、当該差に対してローパスフィルタ処理を行い、当該ローパスフィルタ処理された前記差を前記左右の主駆動輪のうちスリップ比が低い方の車輪のスリップ比に加算し、当該加算された加算値に基づいて前記駆動力伝達装置によって伝達される駆動力の指令値を演算する処理である、
請求項1に記載の四輪駆動車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右の主駆動輪及び左右の補助駆動輪を有する四輪駆動車に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、左右の前輪に駆動源の駆動力を常時伝達し、車両の走行状態に応じて左右の後輪に駆動力を配分するオンデマンド型の四輪駆動車が知られている(例えば、特許文献1参照)。このような四輪駆動車は、通常走行時には駆動状態を二輪駆動として燃費の悪化を抑制しながら、例えば低μ路走行時、発進・加速等で主駆動輪等のスリップが発生した際には、補助駆動輪のトルクを高めて駆動状態を四輪駆動とし、走破性を高めることができる。
【0003】
特許文献1には、駆動力が常時伝達される左右の前輪間に設けられて当該左右輪間に差動制限力を作用させる左右輪差動制限機構と、プロペラシャフトの一端部に設けられて前後輪間に差動制限力を作用させる前後輪差動制限機構と、これらの差動制限機構を制御するECU(電子制御ユニット)を備えた四輪駆動車が記載されている。ECUは、車両の走行状態に応じて後輪側に配分される駆動力を調節するように前後輪差動制限機構を制御する。例えば旋回時において前輪がスリップしたときには、ECUが前後輪差動制限機構を制御して後輪のトルクを高めることで、アンダーステアが助長されないようにする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-22369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように構成された四輪駆動車は、例えば走行時に一方の前輪にスリップが発生すると、そのスリップを抑えるべく、駆動力の一部が後輪側に配分される。しかし、このような駆動力配分制御では、必ずしも四輪駆動車の旋回性を高めることができない場合があった。
【0006】
そこで、本発明は、左右の主駆動輪のうち一方の車輪にスリップが発生した際の旋回性を向上させることが可能な四輪駆動車を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の目的を達成するため、左右の主駆動輪及び左右の補助駆動輪と、駆動源の駆動力を前記左右の主駆動輪に常時伝達すると共に車両状態に応じて駆動力を前記左右の補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系とを備えた四輪駆動車であって、前記駆動力伝達系は、前記左右の主駆動輪に駆動力を配分する差動装置と、車両前後方向に駆動力を伝達するプロペラシャフトと、前記プロペラシャフトから前記左右の補助駆動輪に伝達される駆動力を調節可能な駆動力伝達装置と、前記駆動力伝達装置を制御する制御装置とを備え、前記差動装置は、前記左右の主駆動輪の差動を制限する差動制限力を発生することが可能な差動制限機能を有し、前記制御装置は、前記左右の主駆動輪のうち何れかにスリップが発生し、前記駆動力伝達装置を制御して前記左右の補助駆動輪に駆動力を伝達する際、前記駆動力伝達装置によって駆動力の立ち上がりを遅らせる遅延処理を行前記遅延処理は、前記左右の主駆動輪のうちスリップ比が低い方の車輪のスリップ比に基づいて前記駆動力伝達装置によって伝達される駆動力の指令値を演算する処理である、四輪駆動車を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る四輪駆動車によれば、左右の主駆動輪のうち一方の車輪にスリップが発生した際に主駆動輪の差動制限装置を用いて旋回性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。
図2】フロントディファレンシャルの構成例を示し、(a)は軸方向に沿った断面図、(b)は(a)のA-A線断面における断面図、(c)は分解斜視図である。
図3】制御装置が実行する制御内容の一例を示す制御ブロック図である。
図4】(a)~(c)は、差動感応トルクマップの一例をグラフ形式で示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図4を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0011】
図1は、本発明の実施の形態に係る四輪駆動車1の構成例を示す概略図である。四輪駆動車1は、左右の主駆動輪としての左前輪11及び右前輪12と、左右の補助駆動輪としての左後輪13及び右後輪14と、駆動源としてのエンジン15と、エンジン15の出力軸の回転を変速するトランスミッション16と、トランスミッション16で変速されたエンジン15の駆動力を左右前輪11,12及び左右後輪13,14に伝達する駆動力伝達系2とを備えている。なお、駆動源としては電動モータを用いてもよく、エンジンと電動モータとを組み合わせた所謂ハイブリッドシステムにより駆動源を構成してもよい。
【0012】
駆動力伝達系2は、エンジン15の駆動力を左前輪11及び右前輪12に常時伝達すると共に、車両状態に応じてエンジン15の駆動力を左後輪13及び右後輪14にも配分する。すなわち、四輪駆動車1は、オンデマンド型の四輪駆動車であり、例えば一定の速度で直進する定常走行時には、駆動状態を左前輪11及び右前輪12のみに駆動力が伝達される二輪駆動状態とする。
【0013】
駆動力伝達系2は、前輪側の左右のドライブシャフト21,22と、後輪側の左右のドライブシャフト23,24と、前輪側の差動装置であるフロントディファレンシャル3と、後輪側の差動装置であるリヤディファレンシャル4と、車両前後方向に駆動力を伝達するプロペラシャフト5と、プロペラシャフト5から左後輪13及び右後輪14に伝達される駆動力を調節可能な駆動力伝達装置6と、駆動力伝達装置6を制御する制御装置7とを備えている。本実施の形態では、駆動力伝達装置6がプロペラシャフト5とリヤディファレンシャル4との間に配置されている。
【0014】
フロントディファレンシャル3は、左前輪11及び右前輪12に駆動力を配分する。リヤディファレンシャル4は、左後輪13及び右後輪14に駆動力を配分する。トランスミッション16が出力する駆動力は、フロントディファレンシャル3のフロントデフケース31に伝達され、フロントデフケース31からギヤ機構25を介してプロペラシャフト5に伝達される。フロントディファレンシャル3は、左前輪11及び右前輪12の差動を制限する差動制限力を発生することが可能な差動制限機能を有している。フロントディファレンシャル3の構成については後述する。
【0015】
ギヤ機構25は、例えばハイポイドギヤ対であり、フロントデフケース31と一体に回転するリングギヤ251、及びプロペラシャフト5の一端部に設けられたピニオンギヤ252からなる。プロペラシャフト5の他端部は、例えば図略の十字継手を介して駆動力伝達装置6に連結されている。
【0016】
駆動力伝達装置6は、プロペラシャフト5からの駆動力が入力される有底円筒状のハウジング61と、ハウジング61と同軸上で相対回転可能に支持されたインナシャフト62と、ハウジング61とインナシャフト62との間に配置された複数のクラッチプレートからなる多板クラッチ63と、多板クラッチ63を押圧する押圧力を発生するカム機構64と、カム機構64を作動させる作動力を伝達する電磁クラッチ65と、制御装置7から励磁電流が供給される電磁コイル66とを備えている。
【0017】
電磁コイル66に通電されると、発生する磁力によって電磁クラッチ65が締結状態となり、電磁クラッチ65によってハウジング61の回転力の一部がカム機構64のパイロットカム641に伝達される。カム機構64は、所定角度範囲で相対回転可能なパイロットカム641及びメインカム642と、パイロットカム641とメインカム642との間で転動可能な複数のカムボール643とを備えている。パイロットカム641及びメインカム642には、カムボール643が転動するカム溝がそれぞれの周方向に対して傾斜して形成されている。
【0018】
メインカム642は、インナシャフト62に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。電磁クラッチ65によって伝達される回転力によってパイロットカム641がメインカム642に対して相対回転すると、カムボール643がカム溝を転動し、メインカム642がパイロットカム641から離間する。これにより、多板クラッチ63が押圧されてクラッチプレート同士が摩擦接触し、ハウジング61とインナシャフト62との間で駆動力が伝達される。多板クラッチ63によって伝達される駆動力は、電磁コイル66に供給される電流の大きさに応じて変化する。
【0019】
駆動力伝達装置6のインナシャフト62には、ギヤ部261を一端部に有するピニオンギヤシャフト26が相対回転不能に連結されている。ピニオンギヤシャフト26のギヤ部261は、リヤディファレンシャル4のリヤデフケース41に固定されたリングギヤ40に噛み合っている。
【0020】
リヤディファレンシャル4は、リヤデフケース41と、リヤデフケース41と一体に回転するピニオンシャフト42と、ピニオンシャフト42に軸支された一対のピニオンギヤ43,43と、一対のピニオンギヤ43,43にギヤ軸を直交させて噛合する第1及び第2のサイドギヤ45,46とを有している。第1及び第2のサイドギヤ45,46には、それぞれ後輪側の左右のドライブシャフト23,24が相対回転不能に連結されている。
【0021】
図2は、フロントディファレンシャル3を示し、(a)は軸方向に沿った断面図、(b)は(a)のA-A線断面における断面図、(c)は分解斜視図である。
【0022】
フロントディファレンシャル3は、ハウジング本体311及び2ハウジング蓋体312からなるフロントデフケース31、複数組の第1及び第2のピニオンギヤ32,33、第1及び第2のサイドギヤ34,35、センタワッシャ36、及び一対のサイドワッシャ37,38を有している。本実施の形態では、フロントディファレンシャル3が4組の第1及び第2のピニオンギヤ32,33を有している。
【0023】
第1のサイドギヤ34は、外周面に形成されたギヤ部341と、ドライブシャフト21が相対回転不能に連結されるスプライン嵌合穴342とを有している。第2のサイドギヤ35は、外周面に形成されたギヤ部351と、ドライブシャフト22が相対回転不能に連結されるスプライン嵌合穴352とを有している。センタワッシャ36は、第1のサイドギヤ34と第2のサイドギヤ35との間に配置されている。一対のサイドワッシャ37,38は、センタワッシャ36との間に第1のサイドギヤ34及び第2のサイドギヤ35をそれぞれ挟む位置に配置されている。
【0024】
ハウジング本体311は、4組の第1及び第2のピニオンギヤ32,33のそれぞれを収容するボア(空洞)311a,311bを有している。第1のピニオンギヤ32を収容するボア311aと第2のピニオンギヤ33を収容するボア311bとは連通しており、この連通部において第1のピニオンギヤ32と第2のピニオンギヤ33とが噛み合っている。
【0025】
第1のピニオンギヤ32は、長歯車部321及び短歯車部322と、長歯車部321と短歯車部322とを連結する連結部323とを一体に有している。第2のピニオンギヤ33も同様に、長歯車部331及び短歯車部332と、長歯車部331と短歯車部332とを連結する連結部333とを一体に有している。これらの長歯車部321,331及び短歯車部322,332は、歯筋が螺旋状に捩じれた斜歯からなる。
【0026】
第1のピニオンギヤ32の長歯車部321は、第1のサイドギヤ34のギヤ部341及び第2のピニオンギヤ33の短歯車部332に噛み合っている。第2のピニオンギヤ33の長歯車部331は、第2のサイドギヤ35のギヤ部351及び第1のピニオンギヤ32の短歯車部322に噛み合っている。これらの噛み合いにより、第1及び第2のピニオンギヤ32,33、ならびに第1及び第2のサイドギヤ34,35には、軸方向のスラスト力が発生する。
【0027】
第1のサイドギヤ34及び第2のサイドギヤ35がフロントデフケース31と同速度で一体に回転する際には、ボア311a,311b内で第1及び第2のピニオンギヤ32,33が自転することなく、フロントデフケース31と一体に回転する。一方、第1のサイドギヤ34と第2のサイドギヤ35との間に差動回転が生じると、ボア311a,311b内で第1及び第2のピニオンギヤ32,33が自転する。
【0028】
第1及び第2のピニオンギヤ32,33が自転する際、長歯車部321,331及び短歯車部322,332の歯先面がボア311a,311bの内面を摺動し、摩擦抵抗力が発生する。この摩擦抵抗力は、第1及び第2のサイドギヤ34,35の差動を制限する差動制限力となる。また、第1及び第2のサイドギヤ34,35に作用するスラスト力によって発生するセンタワッシャ36及び一対のサイドワッシャ37,38との間の摩擦抵抗力も、第1及び第2のサイドギヤ34,35の差動を制限する差動制限力となる。
【0029】
制御装置7は、演算処理装置としてのCPU71と、ROMやRAM等の半導体記憶素子からなる記憶部72と、駆動力伝達装置6の電磁コイル66に供給する電流を生成するスイッチング電源部73とを有している。記憶部72には、CPU71が実行すべき演算処理の手順を示すプログラムが記憶されている。CPU71は、スイッチング電源部73に供給するPWM信号のデューティー比を増減させることで、スイッチング電源部73から電磁コイル66に供給される電流を調節することができる。
【0030】
制御装置7のCPU71は、左前輪11及び右前輪12ならびに左後輪13及び右後輪14のそれぞれの回転速度を検出する回転速度センサ81~84の検出値、前後加速度センサ85、横加速度センサ86、及びヨーレイトセンサ87の検出値、運転者が操舵操作するステアリングホイール17の操舵角を検出する操舵角センサ88の検出値、及びアクセルペダル18の踏み込み量を検出するアクセルペダルセンサ89の検出値を取得可能である。CPU71は、これらの検出値に基づいて駆動力伝達装置6を制御する。
【0031】
ところで、上記のように構成された四輪駆動車1が例えば舗装されていない登坂路等の滑りやすい路面を走行する際には、左前輪11又は右前輪12にスリップ(空転)が発生する場合がある。例えば左前輪11がスリップした場合には、他のスリップが発生していない車輪に駆動力を配分して左前輪11のスリップを停止させることで走行状態が安定し、前進を続けることができる。また、旋回走行時には、遠心力によって旋回外側の車輪の荷重が大きくなる一方、旋回内側の車輪の荷重が小さくなる。これにより、例えば左旋回時であれば、左前輪11にスリップが発生しやすくなる。
【0032】
このような場合において、従来の駆動力配分制御では、左右前輪11,12の平均回転速度である前輪回転速度と左右後輪13,14の平均回転速度である後輪回転速度との差である前後輪回転速度差に応じて駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力を大きくしていた。例えば左前輪11がスリップすると、前輪回転速度が急激に増大するので前後輪回転速度差が大きくなり、これに応じて駆動力伝達装置6から左右後輪13,14側に伝達される駆動力が大きくなる。
【0033】
しかし、このような従来の制御方法では、左右後輪13,14への駆動力配分割合が増大するので、スリップが発生している左前輪11と共に、スリップが発生していない右前輪12に配分される駆動力も減少してしまう。このため、例えば右前輪12が接地している部分の路面摩擦係数が高く、十分なトラクションが確保されている場合であっても、右前輪12のトラクションを活かすことができなくなってしまう。
【0034】
特に、本実施の形態のように左右前輪11,12が主駆動輪で、車両の前側にエンジン15が搭載されているFF(Front-engine Front-wheel-drive)ベースの四輪駆動車では、前輪側の接地荷重が後輪側の接地荷重よりも大きいので、後輪側に駆動力を配分するよりも、左右前輪のうちスリップが発生していない方の車輪に駆動力を配分した方がより高い旋回性を確保できる場合がある。
【0035】
一方、左右前輪11,12が両方ともスリップした場合には、左右後輪13,14に駆動力を伝達し、左右後輪13,14のトラクションによって四輪駆動車1を前進させる必要がある。例えば左前輪11がスリップした際には、フロントディファレンシャル3の差動制限機能によって右前輪12に伝達される駆動力が増大するので、右前輪12にもスリップが発生しやすくなり、左右前輪11,12が共にスリップする事態が生じ得る。
【0036】
このため、本実施の形態では、走行時に左右前輪11,12のうち何れか一方にスリップが発生し、駆動力伝達装置6を制御して左右後輪13,14に駆動力を伝達する際、駆動力伝達装置6によって左右後輪13,14に伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせる遅延処理を行う。この遅延処理は、左右後輪13,14に駆動力が配分されない二輪駆動状態での走行時に左右前輪11,12のうち何れか一方にスリップが発生して左右後輪13,14への駆動力伝達を開始する場合、及び左右後輪13,14に左右前輪11,12よりも小さな駆動力が伝達された状態での走行時に左右前輪11,12のうち何れか一方にスリップが発生して左右後輪13,14に伝達される駆動力を増大させる場合の何れの場合にも行う。
【0037】
これにより、例えば左前輪11がスリップした場合には、まずフロントディファレンシャル3の差動制限機能によって左前輪11に配分されていた駆動力の一部が右前輪12に配分され、それでも左前輪11のスリップが停止しない場合には、駆動力伝達装置6によって左右後輪13,14に伝達される駆動力が増大する。このような手順で各車輪への駆動力配分割合を制御することで、低μ路の走行時であっても安定した走行を実現できる。次に、制御装置7が実行する制御のより詳細な具体例につき、図3を参照して説明する。
【0038】
図3は、制御装置7が実行する制御内容の一例を示す制御ブロック図である。制御装置7のCPU71は、記憶部72に記憶されたプログラムを実行することで、図3に示す各演算部等として機能する。なお、これらの機能をASIC(特定用途向け集積回路)やFPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)等のハードウェアにより実現してもよい。
【0039】
CPU71は、駆動力感応トルク演算部91として、アクセルペダルセンサ89の検出値に基づいて駆動力感応トルクを演算する。駆動力感応トルクは、エンジン15が発生する駆動力の大きさに応じた指令トルク成分であり、アクセルペダル18の踏み込み量が大きいほど駆動力感応トルクが大きく設定される。
【0040】
また、CPU71は、舵角感応トルク演算部92として、操舵角センサ88の検出値ならびに横加速度センサ86及びヨーレイトセンサ87の検出値に基づいて舵角感応トルクを演算する。舵角感応トルクは、主として旋回時における操安性を高めるための指令トルク成分である。なお、操安性(操舵安定性)とは、ステアリングホイール17の操作に応じて運転者の意思どおりに車両を安定して旋回走行させることができる性能をいう。
【0041】
また、CPU71は、前後加速度感応トルク演算部93として、前後加速度センサ85の検出値に基づいて前後加速度感応トルクを演算する。前後加速度感応トルクは、主として登坂路の走行時に左右後輪13,14側に配分される駆動力の割合を増大させ、坂道走行を安定して行わせるための指令トルク成分である。
【0042】
また、CPU71は、差動感応トルク演算部94として、回転速度センサ81~84の検出値に基づいて差動感応トルクを演算する。差動感応トルクは、主として、左右前輪11,12にスリップが発生した際に左右後輪13,14側に配分される駆動力の割合を増大させ、スリップを収束させるための指令トルク成分である。
【0043】
次に、差動感応トルク演算部94の処理についてより詳細に説明する。CPU71は、左前輪スリップ比演算部941として左前輪11のスリップ比を演算し、右前輪スリップ比演算部942として右前輪12のスリップ比を演算する。ここで、スリップ比は、駆動時におけるスリップ比であり、車速をV、車輪の半径をR、車輪速(回転角速度)をωとした場合に、(Rω-V)/Rωで示される値である。なお、車速の情報は、例えば四輪駆動車1の全体を制御する上位コントローラとの通信によって取得してもよく、あるいは左右前輪11,12及び左右後輪13,14のうち最も回転速度が遅い車輪の回転速度に基づいて求めてもよい。
【0044】
演算された左前輪11及び右前輪12のスリップ比は、左右スリップ比選択部943において何れか低い方が選択される。例えば、左前輪11のスリップ比が右前輪12のスリップ比よりも大きい場合には、右前輪12のスリップ比が選択される。また、左右スリップ比差演算部944では、左前輪11のスリップ比と右前輪12のスリップ比との差の絶対値であるスリップ比差が演算される。
【0045】
演算フィルタ部945では、スリップ比差に対してローパスフィルタ処理が行われ、左右間の車輪スリップに対する差動感応トルクの急激な変化を抑制(遅延)する。このローパスフィルタ処理の時定数は例えば0.5秒である。加算部946では、左右スリップ比選択部943において選択された方のスリップ比と、演算フィルタ部945においてローパスフィルタ処理されたスリップ比差とを加算して、加算スリップ比を求める。
【0046】
差動感応トルク算定部947では、加算スリップ比及び車速に基づいて記憶部72に記憶された差動感応トルクマップ721を参照し、差動感応トルクを求める。差動感応トルクマップ721には、車速に応じた加算スリップ比と差動感応トルクとの関係が定義されている。この差動感応トルクマップ721の具体例については後述する。
【0047】
駆動力感応トルク演算部91において演算された駆動力感応トルク、舵角感応トルク演算部92において演算された舵角感応トルク、前後加速度感応トルク演算部93において演算された前後加速度感応トルク、及び差動感応トルク演算部94において演算された差動感応トルクは、加算部95で足し合わされ、指令トルクが演算される。この指令トルクは、駆動力伝達装置6によって伝達すべき駆動力の指令値である。
【0048】
そして、この指令トルクに基づいてPWM制御部96においてPWM信号のデューティー比が演算され、このPWM信号によってスイッチング電源部73のスイッチング素子がオン/オフされる。これにより、指令トルクに応じた大きさの電流が駆動力伝達装置6の電磁コイル66に供給され、左右後輪13,14側に駆動力が伝達される。
【0049】
上記の制御処理において、左右スリップ比選択部943で左前輪11のスリップ比及び右前輪12のスリップ比のうち何れか低い方を選択し、選択されたスリップ比に基づいて指令トルクを演算する処理は、駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせる遅延処理の一例である。つまり、これら両スリップ比のうち大きい方のスリップ比(スリップが発生した車輪のスリップ比)に基づいて指令トルクを演算すれば、駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力がより速やかに立ち上がるが、本実施の形態では左右スリップ比選択部943において左前輪11のスリップ比及び右前輪12のスリップ比のうち何れか低い方を選択することで、駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせている。
【0050】
また、上記の制御処理では、演算フィルタ部945においてローパスフィルタ処理を行うことによっても、駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせている。すなわち、本実施の形態では、ローパスフィルタ処理されたスリップ比の差を左前輪11のスリップ比及び右前輪12のスリップ比のうち何れか低い方のスリップ比に加算し、加算された加算値(加算スリップ比)に基づいて指令トルクを演算することで、駆動力伝達装置6によって伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせている。
【0051】
図4(a)~(c)は、差動感応トルクマップ721の一例をグラフ形式で示す説明図である。本実施の形態では、加算スリップ比と差動感応トルクとの関係が、低速域、中速域、及び高速域の三つの車速域について定義されている。なお、図4(a)~(c)に示すグラフでは、加算スリップ比を示す横軸、及び差動感応トルクを示す縦軸のスケールが共通である。
【0052】
低速域では、図4(a)に示すように、加算スリップ比が小さい領域において差動感応トルクがゼロとなる不感域が設けられている。この不感域は、低速域では僅かな車輪のスリップによってスリップ比が大きく変動してしまい、必要以上に差動感応トルクが大きくなってしまうことを防ぐために設定されたものである。また、加算スリップ比が所定値Sを超えて不感帯以上となると差動感応トルクが徐々に増加し、加算スリップ比が所定値Sに達すると差動感応トルクが一定値Tとなる。
【0053】
中速域では、図4(b)に示すように、加算スリップ比の増加に応じて複数の変化率で差動感応トルクが徐々に大きくなる。図4(b)に示す例では、加算スリップ比が所定値S未満の場合には差動感応トルクの変化率が大きく、所定値Sを超えると差動感応トルクの変化率が小さくなり、所定値S以上では差動感応トルクが一定値Tとなる。
【0054】
高速域では、図4(c)に示すように、中速域と同様、加算スリップ比の増加に応じて所定値Sの前後で切り替わる二段階の変化率で差動感応トルクが大きくなるが、中速域における所定値Sよりも小さな所定値Sで差動感応トルクが一定値Tとなり、このTの値が中速域におけるTの値よりも小さい。このように、高速域では、中速域よりも差動感応トルクの最大値が小さくなっている。
【0055】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明した実施の形態によれば、走行時に左右前輪11,12のうち何れか一方にスリップが発生し、駆動力伝達装置6を制御して左右後輪13,14に駆動力を伝達する際、駆動力伝達装置6によって左右後輪13,14に伝達される駆動力の立ち上がりを遅らせる遅延処理を行うので、例えば左前輪11にスリップが発生した際には、フロントディファレンシャル3の差動制限機能によって右前輪12のトラクションを活かすことができる。これにより、旋回性を向上させることができ、左右前輪11,12の両方がスリップした場合には、後輪側にトルクを伝達させるので走破性も向上する。
【0056】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、これらの実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0057】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、上記の実施の形態では、FFベースの四輪駆動車1に本発明を適用した場合について説明したが、これに限らず、左右の後輪を主駆動輪とし、左右の前輪を補助駆動輪とするFRベースの四輪駆動車に本発明を適用することも可能である。
【0058】
また、上記の実施の形態では、第1及び第2のピニオンギヤ32,33の歯先面がボア311a,311bの内面を摺動する際の摩擦抵抗力、ならびに第1及び第2のサイドギヤ34,35とセンタワッシャ36及び一対のサイドワッシャ37,38と間の摩擦抵抗力により、第1及び第2のサイドギヤ34,35の差動を制限する差動制限力を発生させる場合について説明したが、差動制限力を発生させるための構成としてはこれに限らず、例えば複数のクラッチプレートからなる摩擦クラッチによって差動制限力を発生させてもよい。この場合、摩擦クラッチは、例えばデフケースと一方のサイドギヤとの間に設けられ、例えば電磁力によって動作するピストンによって押圧される。
【符号の説明】
【0059】
1…四輪駆動車 11,12…左右前輪(主駆動輪)
13,14…左右後輪(補助駆動輪) 15…エンジン(駆動源)
2…駆動力伝達系 3…フロントディファレンシャル(差動装置)
5…プロペラシャフト 6…駆動力伝達装置
7…制御装置
図1
図2
図3
図4