(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230816BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20230816BHJP
B23P 15/28 20060101ALI20230816BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20230816BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20230816BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23P15/28 A
C23C16/36
B23B51/00 J
(21)【出願番号】P 2022530208
(86)(22)【出願日】2022-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2022002579
【審査請求日】2023-02-03
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 晴子
(72)【発明者】
【氏名】小野 聡
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-220239(JP,A)
【文献】特開2005-138209(JP,A)
【文献】特表2015-505902(JP,A)
【文献】特開2004-090150(JP,A)
【文献】特表2010-524701(JP,A)
【文献】特開2019-171547(JP,A)
【文献】特表2020-507679(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113529016(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/36
B23B 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有し、
前記硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数A
Si及びチタンの原子数A
Tiの合計に対する前記珪素の原子数A
Siの百分率{A
Si/(A
Si+A
Ti)}×100の最大値は、前記第1層における珪素の原子数B
Si及びチタンの原子数B
Tiの合計に対する前記珪素の原子数B
Siの百分率{B
Si/(B
Si+B
Ti)}×100の平均値よりも大き
く、
前記百分率{A
Si
/(A
Si
+A
Ti
)}×100の最大値は、STEM-EDXを用いて、前記被膜表面の法線に沿う断面において、前記粒界領域に対して、前記粒界領域の伸長方向に垂直な方向に、長さ60nm以上のライン分析を行うことにより測定され、
前記百分率{B
Si
/(B
Si
+B
Ti
)}×100の平均値は、STEM-EDXを用いて、前記断面において、前記第1層中に設けられた100nm×100nmの矩形の測定視野に対して矩形分析を行うことにより測定される、切削工具。
【請求項2】
前記百分率{A
Si/(A
Si+A
Ti)}×100の最大値と、前記百分率{B
Si/(B
Si+B
Ti)}×100の平均値との差は、0.5%以上である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記百分率{B
Si/(B
Si+B
Ti)}×100の平均値は、0.5%以上10%以下である、請求項1又は請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記第1層の厚さは、3μm以上15μm以下であり、
前記被膜の厚さは、3μm以上30μm以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記硬質粒子の平均アスペクト比は2以上であり、
前記平均アスペクト比は、面積加重平均で算出されたものである、請求項1から請求項
4のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
請求項1から請求項
5のいずれか1項に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成する第2工程と、
前記被膜に対して熱処理を行い切削工具を得る第3工程と、を備え、
前記第2工程で形成される被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する、切削工具の製造方法。
【請求項7】
前記第3工程における熱処理は、前記被膜を圧力850hPa以上950hPa以下の水素雰囲気中で、1050℃以上1100℃以下で5分以上30分以下加熱する工程を含む、請求項
6に記載の切削工具の製造方法。
【請求項8】
前記第2工程は、CVD装置を用いたCVD法により前記第1層を形成する第2a工程を含み、
前記第2a工程は、TiCl
4ガス、SiCl
4ガス及びCH
3CNガスを前記基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
前記TiCl
4ガスは、前記CVD装置のノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
前記SiCl
4ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
前記CH
3CNガスは、前記ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
前記第2a-1工程において、前記ノズルは回転し、
前記複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
前記第2-1噴射孔の径r1は、前記第2-2噴射孔の径r2と異なる、請求項
6又は請求項
7に記載の切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の耐摩耗性を向上させるために、基材上にTiSiCN膜が形成された切削工具が開発されている。
【0003】
特許文献1には、熱CVD法により製造されたTiCxN1-xのナノ結晶層及び非晶質SiCxNyの第二の相を含むナノ複合被膜が開示されている。
【0004】
特許文献2には、熱CVD法により製造された立方晶オキシ炭窒化チタンからなる第1のナノ結晶相と、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相とを含む少なくとも1つのナノコンポジット層が開示されている。
【0005】
非特許文献1には、PVD法により形成されたナノコンポジット構造からなるTiSiCN被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Shinya Imamura et al.,“Properties and cutting performance of AlTiCrN/TiSiCN bilayer coatings deposited by cathodic-arc ion plating”,Surface and Coatings Technology,202,(2007),820-825
【発明の概要】
【0009】
本開示は、基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有し、
前記硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、前記第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する前記珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きい、
切削工具である。
【0010】
本開示は、上記切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成する第2工程と、
前記被膜に対して熱処理を行い切削工具を得る第3工程と、を備え、
前記第2工程で形成される被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する、切削工具の製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施形態1に係る切削工具の断面の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
【
図3】
図3は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
【
図4】
図4は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
【
図5】
図5は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を模式的に示す図である。
【
図6】
図6は、
図5の符号a1で示される枠線で囲まれた矩形部分の拡大図である。
【
図7】
図7は、
図5の符号a2で示される枠線で囲まれた矩形部分の拡大図である。
【
図8】
図8は、実施形態1に係る切削工具の第1層の断面の高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像の一例を示す図である。
【
図9】
図9は、
図8に示された領域A内において撮影された電子回折像である。
【
図10】
図10は、
図8に示された矢印方向に沿ったライン分析の結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、
図8に示された領域Aに対してフーリエ変換を行って得られるフーリエ変換像である。
【
図12】
図12は、
図11のフーリエ変換像の四角枠内の強度プロファイルを示すグラフである。
【
図13】
図13は、実施形態1に係る切削工具のSTEM像の一例を示す図である。
【
図14】
図14は、
図13内に観察される粒界領域を含むHAADF-STEM像を示す図である。
【
図16】
図16は、実施形態2に係る切削工具の製造方法に用いられるCVD装置の一例の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示が解決しようとする課題]
【0013】
近年、工具寿命の向上への要求が益々高まり、特に、高能率加工全般において、工具寿命の更なる向上が求められている。
【0014】
そこで、本目的は、高能率加工全般において、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することを目的とする。
【0015】
[本開示の効果]
本開示によれば、高能率加工全般において、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0016】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示は、基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有し、
前記硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、前記第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する前記珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きい、
切削工具である。
【0017】
本開示によれば、高能率加工全般において、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0018】
(2)前記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値と、前記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値との差は、0.5%以上であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0019】
(3)前記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値は、0.5%以上10%以下であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0020】
(4)前記第1層の厚さは、3μm以上15μm以下であり、
前記被膜の厚さは、3μm以上30μm以下であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0021】
(5)前記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、STEM-EDXを用いて、前記被膜表面の法線に沿う断面において、前記粒界領域に対して、前記粒界領域の伸長方向に垂直な方向に、長さ60nm以上のライン分析を行うことにより測定され、
前記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値は、STEM-EDXを用いて、前記断面において、前記第1層中に設けられた100nm×100nmの矩形の測定視野に対して矩形分析を行うことにより測定されることが好ましい。これによると、測定結果の精度が良好である。
【0022】
(6)前記硬質粒子の平均アスペクト比は2以上であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0023】
(7)本開示は、上記切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成する第2工程と、
前記被膜に対して熱処理を行い切削工具を得る第3工程と、を備え、
前記第2工程で形成される被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する、切削工具の製造方法である。
【0024】
本開示によれば、高能率加工全般において、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0025】
(8)前記第3工程における熱処理は、前記被膜を圧力850hPa以上950hPa以下の水素雰囲気中で、1050℃以上1100℃以下で5分以上30分以下加熱する工程を含むことが好ましい。これによると、硬質粒子内の珪素の粒界領域への移動が促進される。
【0026】
(9)前記第2工程は、CVD装置を用いたCVD法により前記第1層を形成する第2a工程を含み、
前記第2a工程は、TiCl4ガス、SiCl4ガス及びCH3CNガスを前記基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
前記TiCl4ガスは、前記CVD装置のノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
前記SiCl4ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
前記CH3CNガスは、前記ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
前記第2a-1工程において、前記ノズルは回転し、
前記複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
前記第2-1噴射孔の径r1は、前記第2-2噴射孔の径r2と異なることが好ましい。
【0027】
これによると、硬質粒子のラメラ構造の形成が促進される。
【0028】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具及びその製造方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0029】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0030】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiSiCN」と記載されている場合、TiSiCNを構成する原子数の比は、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0031】
[実施形態1:切削工具]
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)の切削工具は、
基材と、該基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
該被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
該硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有し、
該硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する該珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、該第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する該珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きい、切削工具である。
【0032】
本実施形態の切削工具は、高能率加工全般において、長い工具寿命を有することができる。この理由は明らかではないが、以下(i)~(v)の通りと推察される。
【0033】
(i)本実施形態の切削工具において、被膜は、硬質粒子からなる第1層を備える。該硬質粒子は、TiSiCNからなるため、該第1層はその厚み方向に延在する柱状晶からなる領域(以下、「柱状組織」とも記す。)を有することができる。これにより、第1層の靭性が向上し、被膜の表面に切削に伴う熱亀裂が発生したとしても、その亀裂の基材への進行が効果的に抑制される。更に、第1層が柱状組織を有することにより、亀裂進展方向が異方性を有するため、被膜の耐剥離性が向上する。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0034】
(ii)本実施形態の切削工具において、硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなる。該硬質粒子は硬度が高い。該硬質粒子からなる第1層は硬度が高く、優れた耐摩耗性を有する。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0035】
(iii)本実施形態の切削工具において、硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する。これによると、硬質粒子内に歪みが生じ、被膜の表面に切削に伴う亀裂が発生したとしても、その亀裂の基材への進展が効果的に抑制される。また、硬質粒子及び第1層の硬度が高くなり、切削工具の耐摩耗性が向上する。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0036】
(iv)本実施形態の切削工具の第1層において、硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値(以下、「粒界領域における珪素含有率の最大値」とも記す。)は、第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値(以下、「第1層における珪素含有率の平均値」とも記す。)よりも大きい。すなわち、硬質粒子間の粒界領域における珪素含有率の最大値が、第1層における珪素の含有率の平均値よりも大きい。これによると、硬質粒子間の粒界近傍で珪素の濃度勾配が生じており、これに伴い粒界近傍で格子定数が変化して、歪みが生じる。該歪みにより、亀裂の伝搬が抑制される。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0037】
(v)本実施形態の切削工具の第1層において、硬質粒子間の粒界領域における珪素含有率の最大値が、第1層における珪素の含有率の平均値よりも大きい。粒界領域に存在する珪素は、被削材の高能率加工において、粒界に沿って被膜内部に侵入する酸素と結合する。これにより、硬質粒子および/または基材の酸化が抑制される。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0038】
<切削工具>
図1に示されるように、本実施形態の切削工具1は、基材10と、該基材10上に配置された被膜15とを備える。
図1では、該被膜15が第1層11のみから構成される場合を示している。被膜15は、基材の切削に関与する部分の少なくとも一部を被覆することが好ましく、基材の全面を被覆することが更に好ましい。基材の切削に関与する部分とは、基材表面において、刃先稜線からの距離が500μm以内の領域を意味する。基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても、本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0039】
<切削工具の種類>
本開示の切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル(例えば、ボールエンドミル)、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等であり得る。
【0040】
<基材>
基材10は、すくい面と逃げ面とを含み、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。例えば、超硬合金(例えば、炭化タングステンとコバルトとを含むWC基超硬合金、該超硬合金はTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を含むことができる)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0041】
これらの各種基材の中でも、炭化タングステンとコバルトとを含む超硬合金からなり、該超硬合金中のコバルトの含有率は、6質量%以上11質量%以下である基材が好ましい。これによると、高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有している。基材としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。
【0042】
さらに基材は、その表面が改質されていてもよい。例えば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていてもよい。基材は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。
【0043】
切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材は、チップブレーカーを有しても、有さなくてもよい。刃先稜線部の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、又は、ホーニングとネガランドを組み合わせたもの等、いずれも採用できる。
【0044】
<被膜>
≪被膜の構成≫
本実施形態の被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備える。本実施形態の被膜は、第1層を備える限り、他の層を含んでいてもよい。
【0045】
例えば、
図2の切削工具1に示されるように、被膜15は、第1層11に加えて、基材10と第1層11との間に配置される下地層12を含むことができる。
【0046】
図3の切削工具1に示されるように、被膜15は、第1層11及び下地層12に加えて、第1層11上に配置される表面層13を含むことができる。
【0047】
図4の切削工具1に示されるように、被膜15は、第1層11、下地層12、表面層13に加えて、下地層12と第1層11との間に配置される第1の中間層14を含むことができる。また、被膜15は、第1層11と表面層13との間に配置される第2の中間層16を含むことができる。
【0048】
第1層、下地層、第1の中間層、第2の中間層及び表面層の詳細については後述する。
【0049】
≪被膜の厚さ≫
本実施形態の被膜の厚さは、3μm以上30μm以下が好ましい。ここで、被膜の厚さとは、被膜全体の厚さを意味する。被膜全体の厚さが3μm以上であると、優れた耐摩耗性を有することができる。一方、被膜全体の厚さが30μm以下であると、切削加工時に、被膜と基材との間に大きな応力が加わった際の被膜の剥離または破壊の発生を抑制することができる。被膜全体の厚さの下限は、耐摩耗性向上の観点から、5μm以上がより好ましく、10μm以上が更に好ましい。被膜全体の厚さの上限は、被膜の剥離または破壊の発生を抑制する観点から、25μm以下がより好ましく、20μm以下が更に好ましい。被膜全体の厚さは、5μm以上25μm以下がより好ましく、10μm以上20μm以下が更に好ましい。
【0050】
上記被膜の厚さは、被膜表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルを走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察することにより測定される。走査透過型電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製のJEM-2100F(商標)が挙げられる。
【0051】
本明細書において「厚さ」といった場合、その厚さは平均厚さを意味する。具体的には、断面サンプルの観察倍率を10000倍とし、電子顕微鏡像中に(基材表面に平行な方向100μm)×(被膜の厚さ全体を含む距離)の矩形の測定視野を設定し、該視野において10箇所の厚み幅を測定し、その平均値を「厚さ」とする。下記に記載される各層の厚さ(平均厚さ)についても、同様に測定し、算出される。
【0052】
同一の試料において測定する限りにおいては、測定視野の選択個所を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0053】
<第1層>
≪第1層の構成≫
第1層の構成について、
図5~
図7を用いて説明する。
図5は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を模式的に示す図である。
図6は、
図5の符号a1で示される枠線で囲まれた矩形部分の拡大図である。
図7は、
図5の符号a2で示される枠線で囲まれた矩形部分の拡大図である。
図5に示されるように、本実施形態の第1層11は複数の硬質粒子23からなる。
図6及び
図7に示されるように、該硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、かつ、珪素の濃度が相対的に高い層22と低い層21とが交互に積層したラメラ構造を有する。
【0054】
本実施形態の第1層は、不可避不純物として硬質粒子以外の成分、たとえば、アモルファス相、金属間化合物(例えばTiSi2、Co2Si等)を含んでいたとしても、本開示の効果を発揮する限りにおいて本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0055】
≪第1層の厚さ≫
本実施形態の第1層の厚さは、3μm以上15μm以下が好ましい。第1層の厚さが3μm以上であると、優れた耐摩耗性及び耐酸化性を有することができる。一方、第1層の厚さが15μm以下であると、切削加工時に、被膜と基材との間に大きな応力が加わった際の被膜の剥離または破壊の発生を抑制することができる。第1層の厚さの下限は、耐摩耗性及び耐酸化性向上の観点から、3μm以上、4μm以上、5μm以上が好ましい。第1層の厚さの上限は、被膜の剥離または破壊の発生を抑制する観点から、15μm以下、10μm以下が好ましい。第1層の厚さは、3μm以上15μm以下、4μm以上15μm以下、5μm以上15μm以下、3μm以上10μm以下、4μm以上10μm以下、5μm以上10μm以下が好ましい。
【0056】
≪硬質粒子の組成≫
本実施形態において、硬質粒子は、立方晶型の結晶構造(以下、「立方晶構造」とも記す。)を有するTiSiCNからなる。硬質粒子が立方晶構造を有すると、優れた耐摩耗性を有すると共に高い靭性を両立できる。硬質粒子の組成は、EDX(エネルギー分散型X線分光法:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)により確認することができる。硬質粒子が立方晶構造を有することは、制限視野による電子線回折のパターン解析により確認することができる。
図5に示されるように、TiSiCNからなる硬質粒子は、第1層の厚み方向に延在する柱状晶である。
【0057】
硬質粒子は、TiSiCN以外の不可避不純物を含んでいたとしても、本開示の効果を発揮する限りにおいて本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0058】
≪ラメラ構造≫
【0059】
本実施形態において、硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する。以下、珪素の濃度が相対的に高い層を「珪素高濃度層」とも記し、珪素の濃度が相対的に低い層を「珪素低濃度層」とも記す。硬質粒子が珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することは、以下の(A1)~(A6)の方法で確認される。
【0060】
(A1)被膜表面の法線に沿って切削工具をダイヤモンドワイヤーで切り出し、第1層の断面を露出させる。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0061】
(A2)FIB加工された断面を、高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)を用いて観察し、1つの硬質粒子を特定する。観察倍率は、500,000倍とする。次に、特定された1つの硬質粒子のHAADF-STEM像を得る。
図8は、本実施形態の切削工具における1つの硬質粒子のHAADF-STEM像の一例を示す図である。
図8において、黒色で示される層は、珪素の濃度が相対的に高い領域(珪素高濃度層)であり、白色又は灰色で示される層は珪素の濃度が相対的に低い領域(珪素低濃度層)である。
【0062】
(A3)上記HAADF-STEM像の中で、黒色で示される珪素高濃度層と、白色又は灰色で示される珪素低濃度層がそれぞれ10層以上積層している領域を含むように測定領域(サイズ:100nm×100nm)を設定する。
図8において、符号Aで示される白色の枠線で囲まれた正方形の領域(以下、「領域A」とも記す。)が、測定領域に該当する。
【0063】
(A4)上記HAADF-STEM像中の測定領域内で、珪素高濃度層と珪素低濃度層との積層方向を特定する。具体的には、制限視野領域の電子線回折パターンと、珪素高濃度層と珪素低濃度層との積層方位を重ね合わせ、回折スポットが示す方位より積層方位特定する。
図8に示された領域A内において撮影された電子回折像を
図9に示す。
図8において、該電子回折像に基づき特定された積層方向は、白色矢印で示される。
【0064】
(A5)上記HAADF-STEM像中の測定領域において、積層方向に沿って、STEM付帯のEDXによりライン分析を行い、組成を測定する。ライン分析のビーム径は0.5nm以下とし、スキャン間隔は0.5nmとし、ライン分析の長さは50nmとする。
【0065】
(A6)ライン分析の結果が、以下の(a1)~(a2)を満たす場合、硬質粒子が珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが確認される。
【0066】
(a1)測定領域が、チタン(Ti)、珪素(Si)、炭素(C)及び窒素(N)を含む。
【0067】
(a2)ライン分析の結果を、X軸が測定開始点からの距離、Y軸が珪素の原子数XSi及びチタンの原子数XTiの合計に対する、珪素の原子数XSiの百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100である座標系に示したグラフを作成する。該グラフにおいて、測定領域における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の平均(以下、「平均」とも記す。)を算出する。測定開始点からの距離の増加に伴い、該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が大きい領域と小さい領域とが、交互に存在する。該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が大きい領域は、珪素の濃度が相対的に高い層に該当する。該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が小さい領域は、珪素の濃度が相対的に低い層に該当する。
【0068】
本実施形態における上記のグラフの一例を
図10に示す。
図10において、X軸は測定開始点からの積層方向に沿う距離、Y軸は珪素の原子数X
Si及びチタンの原子数XTiとの合計に対する、珪素の原子数XSiの百分率{X
Si/(X
Si+X
Ti)}×100を示す。
図10において、測定領域における百分率{X
Si/(X
Si+X
Ti)}×100の平均は、
実線L1で示される。
【0069】
図10では、測定開始点からの距離の増加に伴い、上記平均値よりも、百分率{X
Si/(X
Si+X
Ti)}×100が大きい領域S1と小さい領域S2とが、交互に存在する。従って、
図8に示される硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが確認される。
【0070】
同一の試料において測定する限りにおいては、上記(A2)で特定される硬質粒子を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0071】
≪珪素高濃度層及び珪素低濃度層の組成≫
珪素高濃度層及び珪素低濃度層のそれぞれにおいて、珪素の原子数XSi及びチタンの原子数XTiの合計に対する、珪素の原子数XSiの百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、0.1%以上10%以下であることが好ましい。これによると、第1層の耐熱亀裂性、及び、第1層と隣接する層との密着性がバランス良く向上する。珪素高濃度層及び珪素低濃度層のそれぞれにおける百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の下限は、耐摩耗性および耐酸化性向上の観点から、0.1%以上、0.5%以上、0.7%以上、1.0%以上、1.2%以上が好ましい。珪素高濃度層及び珪素低濃度層のそれぞれにおける百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の上限は、柱状組織を維持しつつ、耐摩耗性を向上する観点から、10.0%以下、8.0%以下、7.2%以下、7.0%以下、5%以下が好ましい。珪素高濃度層及び珪素低濃度層のそれぞれにおける百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、0.1%以上10.0%以下、0.5%以上10.0%以下、0.7%以上10.0%以下、1.0%以上10.0%以下、1.2%以上10.0%以下、0.1%以上8.0%以下、0.5%以上8.0%以下、0.7%以上8.0%以下、1.0%以上8.0%以下、1.2%以上8.0%以下、0.1%以上7.2%以下、0.5%以上7.2%以下、0.7%以上7.2%以下、1.0%以上7.2%以下、1.2%以上7.2%以下、0.1%以上7.0%以下、0.5%以上7.0%以下、0.7%以上7.0%以下、1.0%以上7.0%以下、1.2%以上7.0%以下、0.1%以上5%以下、0.5%以上5%以下、0.7%以上5%以下、1.0%以上5%以下、1.2%以上5%以下が好ましい。
【0072】
珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の下限は、耐熱性向上の観点から1%以上が好ましく、1.5%以上、2.0%以上、5.3%以上、6.0%以上が好ましい。珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の上限は、立方晶型の結晶構造を維持する観点から10.0%以下、9.0%以下、8.0%以下が好ましい。珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、1%以上10.0%以下、1.5%以上10.0%以下、2.0%以上10.0%以下、5.3%以上10.0%以下、6.0%以上10.0%以下、1%以上9.0%以下、1.5%以上9.0%以下、2.0%以上9.0%以下、5.3%以上9.0%以下、6.0%以上9.0%以下、1%以上8.0%以下、1.5%以上8.0%以下、2.0%以上8.0%以下、5.3%以上8.0%以下、6.0%以上8.0%以下が好ましい。珪素高濃度層の組成が厚み方向に変化する場合は、珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、ライン分析を行った領域内の全珪素高濃度層の平均値を意味する。
【0073】
珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の下限は、密着性向上の観点から0.1%以上、0.2%以上、0.5%以上が好ましい。珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の上限は、立方晶同士の整合性の観点から2.0%以下、1.5%以下、1.2%以下が好ましい。珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、0.1%以上2.0%以下、0.2%以上2.0%以下、0.5%以上2.0%以下、0.1%以上1.5%以下、0.2%以上1.5%以下、0.5%以上1.5%以下、0.1%以上1.2%以下、0.2%以上1.2%以下、0.5%以上1.2%以下が好ましい。珪素低濃度層の組成が厚み方向に変化する場合は、珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100は、ライン分析を行った領域内の全珪素低濃度層の平均値を意味する。
【0074】
珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100と、珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100との差は、硬度向上の観点から、0.5%以上10%未満が好ましく、1%以上9%以下が好ましく、2%以上8%以下が好ましく、4%以上8%以下が好ましい。
【0075】
同一の試料において測定する限りにおいては、上記(A2)で特定される硬質粒子を変更して珪素高濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100、及び、珪素低濃度層における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の測定を複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0076】
≪珪素高濃度層及び珪素低濃度層の結晶方位≫
珪素高濃度層と珪素低濃度層とは、同一の結晶方位を有することが好ましい。これによると、界面エネルギーが抑えられる。該結晶方位は、例えば、{311}、{211}、{110}、{100}、{111}などが挙げられる。本明細書中の結晶学的記載においては、{}は集合面を示している。
【0077】
珪素高濃度層と珪素低濃度層とが同一の結晶方位を有することは、以下の手順で確認される。上記(A1)~(A4)と同様の方法で、
図9に示されるような電子回折像を得る。該電子回折像が単一結晶からの回折像となっている場合、珪素高濃度層と珪素低濃度層とが同一の結晶方位を有すると判断される。
【0078】
≪ラメラ構造の周期幅≫
本実施形態におけるラメラ構造の周期幅の平均は、珪素高濃度層と珪素低濃度層との間の歪みを維持し、耐欠損を向上させる観点から、2nm以上20nm以下が好ましく、3nm以上17.7nm以下が好ましく、4nm以上15nm以下が好ましく、5nm以上10nm以下が好ましい。ここで、ラメラ構造の周期幅とは、1つの珪素高濃度層から、該1つの珪素高濃度層に隣接する珪素低濃度層を挟んで隣接する他の珪素高濃度層までの距離をいう。なお、この距離は、珪素高濃度層および他の珪素高濃度層の各層の厚み方向の中点を結ぶ距離とする。ラメラ構造の周期幅の平均とは、上記(A3)で設定した測定領域内で測定された全てのラメラ構造の周期幅の平均を意味する。
【0079】
本明細書において、珪素の濃度の周期幅の測定方法は以下の通りである。上記(A1)~(A3)と同様の方法で測定領域を設定する。該測定領域に対してフーリエ変換を行い、フーリエ変換像を得る。
図8に示された領域Aに対してフーリエ変換を行って得られるフーリエ変換像を
図11に示す。該フーリエ変換像において、測定領域内の周期性はスポットとして現れる。
図11のフーリエ変換像の長方形の枠内の強度プロファイルを示すグラフを
図12に示す。図
12の座標系において、X軸は
図11の長方形の長辺方向を示し、Y軸は
図11の強度を示す。周期幅は、上記スポットと、フーリエ変換像において最大強度を示す画像中央との間の距離の逆数を計算することにより算出される。
【0080】
同一の試料において測定する限りにおいては、測定箇所を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0081】
ラメラ構造を構成する珪素高濃度層及び珪素低濃度層の積層数(合計積層数)は、特に限定されるものではないが、例えば、10層以上1000層以下とすることが好ましい。積層数が10層以上であると、各珪素高濃度層及び各珪素低濃度層における結晶粒の粗大化が抑制され、硬質粒子の硬度を維持することができる。一方、積層数が1000層以下であると、各珪素高濃度層及び各珪素低濃度層の厚さを十分に確保することができ、単位層同士の混合を抑制することができる。
【0082】
≪硬質粒子のアスペクト比≫
本実施形態おいて、硬質粒子の平均アスペクト比は2.0以上が好ましい。これによると、第1層が柱状組織を有することにより、亀裂進展方向が異方性を有するため、被膜の耐剥離性が向上する。硬質粒子の平均アスペクト比の下限は、耐剥離性向上の観点から、2以上、4以上、5以上、6以上、7以上、8以上が好ましい。硬質粒子のアスペクト比の上限は、柱状組織維持の観点から、20以下、18以下、15以下、13以下、10以下が好ましい。硬質粒子のアスペクト比は、2以上20以下、4以上20以下、5以上20以下、6以上20以下、7以上20以下、8以上20以下、2以上18以下、4以上18以下、5以上18以下、6以上18以下、7以上18以下、8以上18以下、2以上15以下、4以上15以下、5以上15以下、6以上15以下、7以上15以下、8以上15以下、2以上13以下、4以上13以下、5以上13以下、6以上13以下、7以上13以下、8以上13以下、2以上10以下、4以上10以下、5以上10以下、6以上10以下、7以上10以下、8以上10以下が好ましい。
【0083】
本明細書において、硬質粒子の平均アスペクト比とは、以下の(a1)~(d1)の手順で測定される。
【0084】
(a1)被膜表面の法線に沿って切削工具をダイヤモンドワイヤーで切り出し、第1層の断面を露出させる。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0085】
(b1)FIB加工された断面において、矩形の観察視野を設定する。該測定視野の一組の辺は、基材表面に平行な方向で長さ30μmとし、他の一組の辺は、基材表面の法線方向で第1層が全て含まれる長さ(第1層の厚さ)とする。
【0086】
(c1)高分解能電子線後方散乱回折装置を用いて前記観察視野面内を0.02μm間隔で解析し、観察視野面内の立方晶型の結晶構造(以下、「立方晶構造」とも記す。)を有する測定点を求める。該測定点のうち、立方晶構造を有する測定点Aと、該測定点Aに隣接する測定点Bとの間で5度以上の方位差がある場合、該測定点Aと該測定点Bとの間を粒界と定義する。また、上記測定点Aに隣接する立方晶を有する測定点が存在しない場合は、測定点Aの外周を粒界と定義する。
【0087】
粒界で囲まれた領域で立方晶を有する測定点を含むものを1つの結晶粒と定義する。ただし、特定の測定点が、隣接する測定点全てと5度以上の方位差がある、あるいは、該測定点が立方晶構造を有さず、単独に存在する場合は、該測定点は結晶粒と判定しない。すなわち、2以上の測定点が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0088】
(d1)次に、画像処理を行い、各結晶粒において、基材表面の法線方向の最大長さH、基材表面と平行な方向の最大長さW、及び、面積Sを求める。結晶粒のアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。観察視野内で20個の結晶粒P1~P20を任意に選択する。該20個の結晶粒のそれぞれについて、アスペクト比を求める。該20個の結晶粒P1~P20のアスペクト比Aの面積加重平均Aaveを下記式1に基づき算出する。
【0089】
Aave=(A1S1+A2S2+…+A20S20)/(S1+S2+…Sn) 式1
上記式1において、A1~A20は、それぞれ結晶粒P1~P20のアスペクト比Aである。上記式1において、S1~S20は、それぞれ結晶粒P1~P20の面積Sである。
【0090】
本明細書において、得られた面積加重平均Aaveが硬質粒子の平均アスペクト比に該当する。同一の試料において測定する限りにおいては、観察視野を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に観察視野を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0091】
≪珪素の分布≫
本実施形態の第1層において、硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きい。これによると、粒界近傍に歪が生じ、該歪により亀裂の伝搬が抑制される。更に、粒界近傍での硬質粒子の酸化が抑制される。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0092】
上記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値と、上記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値との差は、0.5%以上であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。上記差の下限は、耐亀裂伝搬性及び耐酸化性向上の観点から、0.5%以上、0.7%以上、1.0%以上、1.5%以上、2.0%以上が好ましい。上記差の上限は、密着性向上の観点から、9.5%以下、8.0%以下、4.0%以下、3.0%以下が好ましい。上記差は、0.5%以上9.5%以下、0.7%以上9.5%以下、1.0%以上9.5%以下、1.5%以上9.5%以下、2.0%以上9.5%以下、0.5%以上8.0%以下、0.7%以上8.0%以下、1.0%以上8.0%以下、1.5%以上8.0%以下、2.0%以上8.0%以下、0.5%以上4.0%以下、0.7%以上4.0%以下、1.0%以上4.0%以下、1.5%以上4.0%以下、2.0%以上4.0%以下、0.5%以上3.0%以下、0.7%以上3.0%以下、1.0%以上3.0%以下、1.5%以上3.0%以下、2.0%以上3.0%以下が好ましい。
【0093】
上記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値の下限は、耐亀裂伝搬性および耐酸化性向上の観点から、1.0%以上、1.5%以上、2.0%以上、3.0%以上が好ましい。上記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値の上限は、界面密着力向上の観点から、10.0%以下、8.0%以下、7.0%以下が好ましい。上記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、1.0%以上10.0%以下、1.5%以上10.0%以下、2.0%以上10.0%以下、3.0%以上10.0%以下、1.0%以上8.0%以下、1.5%以上8.0%以下、2.0%以上8.0%以下、3.0%以上8.0%以下、1.0%以上7.0%以下、1.5%以上7.0%以下、2.0%以上7.0%以下、3.0%以上7.0%以下が好ましい。
【0094】
上記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値の下限は、耐酸化性向上の観点から0.5%以上、0.6%以上、1.0%以上、1.5%以上、2.0%以上、2.5%以上が好ましい。上記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値の上限は、界面密着力向上の観点から、10.0%以下、8.1%以下、8.0%以下、7.0%以下、5.0%以下、4.9%以下が好ましい。上記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値は、0.5%以上10%以下、0.6%以上10%以下、1.0%以上10%以下、1.5%以上10%以下、2.0%以上10%以下、2.5%以上10%以下、0.5%以上8.1%以下、0.6%以上8.1%以下、1.0%以上8.1%以下、1.5%以上8.1%以下、2.0%以上8.1%以下、2.5%以上8.1%以下、0.5%以上8.0%以下、0.6%以上8.0%以下、1.0%以上8.0%以下、1.5%以上8.0%以下、2.0%以上8.0%以下、2.5%以上8.0%以下、0.5%以上7.0%以下、0.6%以上7.0%以下、1.0%以上7.0%以下、1.5%以上7.0%以下、2.0%以上7.0%以下、2.5%以上7.0%以下、0.5%以上5.0%以下、0.6%以上5.0%以下、1.0%以上5.0%以下、1.5%以上5.0%以下、2.0%以上5.0%以下、2.5%以上5.0%以下、0.5%以上4.9%以下、1.0%以上4.9%以下、1.5%以上4.9%以下、2.0%以上4.9%以下、2.5%以上4.9%以下が好ましい。
【0095】
本明細書において、上記百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、STEM-EDXを用いて、被膜表面の法線に沿う断面において、粒界領域に対して、硬質粒子間の粒界領域の伸長方向に垂直な方向に、長さ60nm以上のライン分析を行うことにより測定される。具体的には、以下の(B1)~(B4)の方法で測定される。
【0096】
(B1)被膜表面の法線に沿って切削工具をダイヤモンドワイヤーで切り出し、第1層の断面が露出した薄片サンプル(厚み約100nm程度)を準備する。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0097】
(B2)FIB加工された断面を、走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)を用いて観察し、硬質粒子間の粒界を特定する。観察倍率は、100,000倍とする。
図13は、実施形態1に係る切削工具のSTEM像の一例を示す図である。
図13においては、2つの硬質粒子23A及び23B間に、粒界領域24が観察される。
【0098】
(B3)上記で特定された粒界領域が画像の中央付近を通るように位置決めを行い、HAADF-STEM像を得る。倍率は、500,000倍とする。得られたHAADF-STEM像において、粒界領域は、画像の一端から、画像の中央付近を通って、該一端と反対側の他の一端に伸びるように存在することとなる。
【0099】
上記HAADF-STEM像中の粒界領域に対して、上記粒界領域の伸長方向に垂直な方向に、STEM付帯のEDXにより、長さ60nm以上の元素ライン分析を行い、組成を測定する。ここで、粒界領域の伸長方向に垂直な方向とは、粒界領域の伸長方向に対して90°±5°の角度で交差する直線に沿う方向を意味する。なお、本実施形態の硬質粒子は、第1層の厚み方向に延在する柱状晶であるため、硬質粒子間の粒界領域はほぼ直線となっている。ライン分析のビーム径は0.5nm以下とし、スキャン間隔は0.5nmとする。
【0100】
上記元素ライン分析の測定領域の設定方法について、
図14を用いて説明する。
図14のHAADF-STEM像において、隣接する2つの硬質粒子23A及び23Bと、該硬質粒子間の粒界領域24を特定する。
図14では、三角形の頂点t1及びt2同士を結ぶ直線を含むように粒界領域24が伸長している。
図14では、粒界領域24の伸長方向に垂直な方向は線L2で示される。従って、
図14では、線L2に沿ってライン分析が行われる。
【0101】
該粒界領域24から、硬質粒子23Aの内部方向(
図14では左側方向)、かつ、該粒界領域24の伸長方向に垂直な方向への距離が30nm以上である仮想面S1を設定する。該粒界領域24から、硬質粒子23Bの内部方向(
図14では右側方向)、かつ、該粒界領域24の伸長方向に垂直な方向への距離が30nm以上である仮想面S2を設定する。仮想面S1及び仮称面S2に挟まれた領域をライン分析の測定領域とする。すなわち、ライン分析の長さは、60nm以上とする。更に、該ライン分析の測定領域は、第1層の基材側の界面からの距離が500nm以上、かつ、第1層の被膜の表面側の界面(第1層が最表面の場合は、第1層の表面)からの距離が500nm以上の領域(以下、「第1領域」とも記す。)内に設定する。出願人が測定する限り、ライン分析の測定領域が、該第1領域内に位置する限り、異なる測定領域でライン分析を行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0102】
ライン分析の結果から、測定領域における百分率{A
Si/(A
Si+A
Ti)}×100の最大値を算出する。具体的な算出方法について、
図15を用いて説明する。
【0103】
図15は、
図14の線L2に沿ってライン分析を行った結果を示すグラフである。該グラフにおいて、横軸(X軸)はライン分析の測定領域の一方の端部からの距離(nm)を示し、縦軸(Y軸)は百分率{A
Si/(A
Si+A
Ti)}×100(%)を示す。
図15では、距離約41nmにおいて、百分率{A
Si/(A
Si+A
Ti)}×100(%)が最大値4.0%である。
【0104】
(B4)上記の測定を、5つの異なる粒界上のそれぞれに設定された上記測定領域において行う。5つの測定領域における百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値の平均値を算出する。本実施形態において、該平均値を、硬質粒子間の粒界領域における百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値とする。出願人の測定する限り、測定対象とする粒界を任意に選択しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0105】
本明細書において、上記百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値は、STEM-EDXを用いて、被膜表面の法線に沿う断面において、前記第1層中に設けられた100nm×100nmの矩形の測定視野に対して矩形分析を行うことにより測定される。具体的には、以下の(C1)~(C4)の方法で測定される。
【0106】
(C1)被膜表面の法線に沿って切削工具をダイヤモンドワイヤーで切り出し、第1層の断面が露出した薄片サンプル(厚み約100nm程度)を準備する。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0107】
(C2)FIB加工された断面を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて観察し、第1層を特定する。観察倍率は、500,000倍とする。第1層のBF-STEMを得る。該BF-STEM像中に100nm×100nmの矩形の測定領域を設定する。該測定領域は、第1層の基材側の界面からの距離が500nm以上、かつ、第1層の被膜の表面側の界面(第1層が最表面の場合は、第1層の表面)からの距離が500nm以上の領域(以下、「第2領域」とも記す。)内に設定する。出願人が測定する限り、矩形分析の測定領域が、該第2領域内に位置する限り、異なる測定領域で矩形分析を行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0108】
(C3)上記の測定領域に対して、STEM付帯のEDXにより矩形分析を行い、組成を測定する。矩形分析のビーム径は0.5nm以下とし、スキャン間隔は0.5nmとする。
【0109】
矩形分析の結果から、測定領域の平均組成を算出する。該平均組成に基づき、上記の測定領域における百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100を算出する。
【0110】
(C4)上記の測定を、5つの異なる測定領域でそれぞれ行い、各測定領域において百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100を算出する。該5つの測定領域の百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値を算出する。本実施形態において、該平均値を第1層における百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値とする。
【0111】
出願人の測定する限り、測定領域を任意に選択しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0112】
<下地層>
被膜は、基材と第1層との間に配置される下地層を備えることが好ましい。下地層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる化合物からなることが好ましい。これによると、被膜と基材との密着性が向上し、耐摩耗性も向上する。
【0113】
下地層として、基材の直上にTiN層、TiC層、TiCN層又はTiBN層を配置することにより、基材と被膜との密着性を高めることができる。下地層としてAl2O3層を用いることにより、被膜の耐酸化性を高めることができる。下地層は、平均厚さが0.1μm以上20μm以下であることが好ましい。これによると、被膜は優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することができる。
【0114】
<表面層>
被膜は、その最表面に配置される表面層を備えることが好ましい。表面層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる化合物からなることが好ましい。これによると、被膜の耐熱亀裂性及び耐摩耗性が向上する。
【0115】
表面層は、被膜において最も表面側に配置される層である。ただし、刃先稜線部においては形成されない場合もある。表面層は、例えば、第1層の直上に配置される。
【0116】
表面層としては、TiN層又はAl2O3層が挙げられる。TiN層は色彩が明瞭(金色を呈する)であるため、表面層として用いると、切削使用後の切削チップのコーナー識別(使用済み部位の識別)が容易であるという利点がある。表面層としてAl2O3層を用いることにより、被膜の耐酸化性を高めることができる。
【0117】
表面層は、平均厚さが0.05μm以上2.0μm以下であることが好ましい。これによると、被膜の耐酸化性が向上する。
【0118】
<第1の中間層>
第1の中間層は、下地層と第1層との間に配置される層である。下地層がTiN層の場合、第1の中間層はTiCN層であることが好ましい。TiCN層は耐摩耗性に優れるため、被膜により好適な耐摩耗性を付与することができる。第1の中間層は、平均厚さが1μm以上20μm以下であることが好ましい。
【0119】
<第2の中間層>
第2の中間層は、第1層と表面層との間に配置される層である。表面層がAl2O3層の場合、第2の中間層はTiCNO層であることが好ましい。これにより、第1層と表面層との密着性が向上する。第2の中間層は、平均厚さが0.1μm以上3μm以下であることが好ましい。
【0120】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
本実施形態の切削工具の製造方法について
図16を用いて説明する。
図16は、本実施形態の切削工具の製造に用いられるCVD装置の一例の概略的な断面図である。
【0121】
本実施形態の切削工具の製造方法は、実施形態1に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
該基材上に被膜を形成する第2工程と、
該被膜に対して熱処理を行い切削工具を得る第3工程と、を備え、
該第2工程で形成される被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、
該硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、
該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する、切削工具の製造方法である。
【0122】
<第1工程>
第1工程において、基材を準備する。基材の詳細は、実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0123】
<第2工程>
次に、第2工程において、上記基材上に被膜を形成する。被膜の形成は、例えば
図16に示されるCVD装置を用いて行う。CVD装置50内には、基材10を保持した基材セット治具52を複数設置することができ、これらは耐熱合金鋼製の反応容器53でカバーされる。また、反応容器53の周囲には調温装置54が配置されており、この調温装置54により、反応容器53内の温度を制御することができる。
【0124】
CVD装置50には、3つの導入口55、57(他の一つの導入口は図示せず)を有するノズル56が配置されている。ノズル56は、基材セット治具52が配置される領域を貫通するように配置されている。ノズル56の基材セット治具52近傍の部分には複数の噴射孔(第1噴射孔61,第2噴射孔62、第3噴射孔(図示せず))が形成されている。
【0125】
図16において、導入口55、57、及び、他の一つの導入口(図示せず)からノズル56内に導入された各ガスは、ノズル56内においても混合されることなく、それぞれ異なる噴射孔を経て、反応容器53内に導入される。このノズル56は、その軸を中心軸として回転することができる。また、CVD装置50には排気管59が配置されており、排気ガスは排気管59の排気口60から外部へ排出することができる。なお、反応容器53内の治具類等は、通常黒鉛により構成される。
【0126】
被膜が下地層、中間層及び/又は表面層を含む場合は、これらの層は従来公知の方法で形成することができる。
【0127】
≪第2a工程≫
第2工程は、CVD装置を用いたCVD法により上記第1層を形成する第2a工程を含み、
該第2a工程は、TiCl4ガス、SiCl4ガス及びCH3CNガスを該基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
該TiCl4ガスは、該CVD装置のノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
該SiCl4ガスは、該ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
該CH3CNガスは、該ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
該第2a-1工程において、該ノズルは回転し、
該複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
該第2-1噴射孔の径r1は、該第2-2噴射孔の径r2と異なることが好ましい。
【0128】
TiCl4ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、SiCl4ガスは、該ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、CH3CNガスは、ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出される。具体的には、TiCl4ガスは、ノズルの導入口55からノズル56内に導入され、複数の第1噴射孔61から噴出される。SiCl4ガスは、ノズルの導入口57からノズル56内に導入され、複数の第2噴射孔62から噴出される。CH3CNガスは、ノズルの導入口(図示せず)からノズル56内に導入され、複数の第3噴射孔(図示せず)から噴出される。
【0129】
該第2a-1工程において、該ノズルは回転し、複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、該第2-1噴射孔の径r1は、該第2-2噴射孔の径r2と異なる。これによると、硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することができる。以下では理解を容易にするために、r1<r2として説明する。
【0130】
第2-1噴射孔の径r1は、0.5mm以上3mm以下が好ましく、1mm以上2.5mm以下がより好ましく、1.5mm以上2mm以下が更に好ましい。第2-2噴射孔の径r2は、1mm以上4mm以下が好ましく、1.5mm以上3.5mm以下がより好ましく、2mm以上3mm以下が更に好ましい。
【0131】
第2-1噴射孔の径r1と、第2-2噴射孔の径r2との比r1/r2の下限は、0.125以上が好ましく、0.2以上がより好ましく、0.5以上が更に好ましい。r1/r2の上限は、1未満が好ましく、0.8以下が好ましく、0.6以下が好ましい。r1/r2は、0.125以上1未満が好ましく、0.2以上0.8以下が好ましく、0.5以上0.6以下が好ましい。
【0132】
本工程において、反応容器内の基材温度は700~900℃の範囲が好ましく、反応容器内の圧力は0.1~13kPaであることが好ましい。また、キャリアガスとして、H2ガス、N2ガス、Arガスなどを用いることができる。キャリアガスは、CH3CNガスとともに第3噴射孔から噴出される。
【0133】
ラメラ構造における珪素の濃度が相対的に高い層及び低い層の組成は、原料ガスの混合割合、並びに、第2-1噴射孔の径r1と第2-2噴射孔の径r2との比r1/r2によって制御することができる。第1層の厚みは、原料ガスの流量と、成膜時間とを調節することによって制御することができる。第1単位層及び第2単位層のそれぞれの厚み、これらの積層周期、積層数はノズルの回転速度と、成膜時間とを調節することによって制御することができる。
【0134】
第1層の形成中、反応ガスの総ガス流量は、例えば、70~90L/分とすることができる。ここで「総ガス流量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全容積流量を示す。
【0135】
上記第2工程により形成される被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、該硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、かつ、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する。
【0136】
<第3工程>
次に、第3工程において、第2工程で形成された被膜に対して熱処理を行い、実施形態1に記載の切削工具を得る。これにより、硬質粒子内の珪素が硬質粒子間の粒界近傍に移動し、硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値が、第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きくなる。
【0137】
上記熱処理は、被膜を圧力850hPa以上950hPa以下の水素雰囲気中で、1050℃以上1100℃以下で5分以上30分以下加熱する工程を含むことが好ましい。これによると、硬質粒子内の珪素の粒界領域への移動が促進される。
【0138】
<その他の工程>
次に、被膜が形成された基材10を冷却する。冷却速度は、例えば、5℃/minを超えることはなく、また、その冷却速度は基材10の温度が低下するにつれて遅くなる。
【0139】
上記の工程に加えて、表面研削、ショットブラストなどの表面処理工程を行うことができる。
【実施例】
【0140】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0141】
<第1工程:基材の準備>
以下の表1に記載の基材A~基材Dを準備した。具体的には、まず、表1の「配合組成(質量%)」欄に記載の配合組成からなる原料粉末を均一に混合して混合粉末を得た。表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示している。次に、混合粉末を表1の「形状」欄に記載の形状に加圧成形した後、1300~1500℃で1~2時間焼結することにより、超硬合金製の基材A~基材Dを得た。
【0142】
【0143】
<第2工程:被膜の形成>
上記で得られた基材A~基材Dの表面に被膜を形成した。具体的には、基材側から、TiN層(下地層)、TiCN層(第1の中間層)、TiSiCN層(第1層)、TiCNO層(第2の中間層)、Al2O3層(表面層)を前記の順で形成して、被膜を形成した。
【0144】
≪TiN層(下地層)、TiCN層(第1の中間層)、TiCNO層(第2の中間層)、Al2O3層(表面層)の形成≫
被膜中にTiN層(下地層)及び/又はTiCN層(中間層)及び/又はAl2O3層(表面層)を形成する場合、これらの層は、従来公知のCVD法によって形成された。各層の成膜条件は表2に示される通りである。たとえば、表2の「TiN(下地層)」の行には、下地層としてのTiN層の成膜条件が示されている。表2のTiN層(下地層)の記載は、CVD装置の反応容器内(反応容器内圧力6.7kPa、基材温度915℃)に基材を配置し、反応容器内に表2の「反応ガス組成(体積%)」欄に記載の組成を有する反応ガス(2.0体積%のTiCl4ガス、39.7体積%のN2ガスおよび残り(58.3体積%)のH2ガスからなる混合ガス)を63.8L/分の流量(総ガス流量)で噴出することにより、TiN層が形成されることを意味している。なお、各成膜条件によって形成される各層の厚さは、各反応ガスを噴出する時間によって制御した。本明細書において、「総ガス流量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全容積流量を示す。
【0145】
【0146】
≪TiSiCN層の形成≫
被膜中のTiSiCNの組成を有する層(以下、「TiSiCN層」とも記す。)は、表3の成膜条件A~成膜条件D、表4の成膜条件X及び成膜条件Yのいずれかで形成される。
【0147】
【0148】
【0149】
≪成膜条件A~成膜条件D≫
成膜条件A~成膜条件Dでは、
図16に示されるCVD装置を用いてTiSiCN層(第1層)を形成する。CVD装置のノズルには、第1噴射孔、第2噴射孔(第2-1噴射孔及び第2-2噴射孔)及び第3噴射孔が設けられている。各成膜条件で用いられるCVD装置のノズルにおける第2-1噴射孔の径φr1及び第2-2噴射孔の径φr2を、表3の「噴射孔の径φ(mm)r1/r2」欄に示す。たとえば、成膜条件Aでは、第2-1噴射孔の径φr1は1.5mmであり、第2-2噴射孔の径φr2は2.5mmである。該ノズルは、成膜中に回転する。
【0150】
成膜条件A~成膜条件Dでは、初めに、CVD装置の反応内容器圧力を表3の「圧力(kPa)」欄に記載の圧力、及び、基材温度を表3の「温度(℃)」欄に記載の温度に設定する。例えば、成膜条件Aでは、CVD装置の反応容器内圧力を9.0kPa、及び、基材温度を800℃に設定する。
【0151】
次に、反応容器内に表3の「反応ガス組成(体積%)」欄に記載の成分を含む反応ガスを導入して、基材上にTiSiCN層(第1層)を形成する。表3中の「残り」とは、反応ガスの合計を100体積%とした場合、H2ガスが残部を占めることを示している。H2は、総ガス流量を調整するために、CH3CNガスに混合される。
【0152】
成膜条件A~成膜条件Dでは、反応ガスの総ガス流量は、80L/分である。成膜条件Aで用いる反応ガスは、SiCl4ガスを0.7体積%、TiCl4ガスを1体積%、CH3CNガス0.5体積%及びH2ガス(残り97.8体積%)からなる。
【0153】
成膜中のノズルの回転速度は、表3の「回転速度(rpm)」欄に示す通りである。例えば、成膜条件Aでは、ノズルの回転速度は2.0rpmである。
【0154】
≪成膜条件X≫
成膜条件Xでは、従来のCVD装置を用いてTiSiCN層を形成する。CVD装置のノズルの噴射孔の径φは全て同一で、10mmである。該ノズルは、成膜中に回転しない。
【0155】
成膜条件Xでは、初めに、CVD装置の反応容器内圧力を6kPa、及び、基材温度を800℃に設定する。
【0156】
次に、反応容器内に表4の「反応ガス組成(体積%)」欄に記載の成分を含む反応ガス(SiCl4:0.84体積%、TiCl4:0.17体積%、CH3CN:0.32体積%、H2:残り)を導入して、基材上にTiSiCN層を形成する。反応ガスの総ガス流量は80L/分である。
【0157】
≪成膜条件Y≫
成膜条件Yでは、従来のPVD法により第1層を形成する。成膜条件Yの具体的な条件は、表4の「成膜条件Y」の列に示す通りである。
【0158】
<第3工程:熱処理>
次に、第2工程で形成された被膜に対して熱処理を行い、各試料の切削工具を得た。熱処理の条件は、表5の熱処理条件C1~熱処理条件C3に示される通りである。例えば、熱処理条件C1では、被膜を圧力900hPの水素(H2)雰囲気中で、1100℃で10分間加熱した。続いて、切削工具を冷却した。
【0159】
【0160】
上記により、各試料の切削工具を得た。各試料の被膜の構成は、下記の表6、表8、表10、表12、表14に示される通りである。各表の「TiSiCN層(第1層)(μm)」欄のA~C、X、Yとは、表3に示される成膜条件A~C、表4に示される成膜条件X、成膜条件Yで形成された層を意味し、括弧内の数値は厚さを意味する。
【0161】
<TiSiCN層の特徴>
≪TiSiCN層の構造≫
成膜条件A~成膜条件Dを用いて形成されたTiSiCN層(第1層)は、複数の硬質粒子からなり、該硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが確認された。さらに、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とは、同一の結晶方位を有することが確認された。具体的な確認方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。
【0162】
成膜条件Xにより得られたTiSiCN層をHAADF-STEMで観察したところ、均一な組織であり、周期的な構造変化は確認されなかった。
【0163】
成膜条件Yにより得られたTiSiCN層をHAADF-STEMで観察したところ、ナノコンポジット構造が確認され、周期的な構造変化は確認されなかった。
【0164】
≪ラメラ構造≫
各試料について、ラメラ構造における珪素高濃度層及び珪素低濃度層のそれぞれにおいて、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表7、表9、表11、表13、表15の「硬質粒子」の「珪素高濃度層」の「{XSi/(XSi+XTi)}×100(%)」欄、及び、「珪素低濃度層」の「{XSi/(XSi+XTi)}×100(%)」欄に示す。なお「-」の表記は、測定を行わなかったことを示す。
【0165】
各試料について、ラメラ構造の周期幅の平均、上限及び下限を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表7、表9、表11、表13、表15の「硬質粒子」の「ラメラ周期」の「平均(nm)」、「下限(nm)」、「上限(nm)」欄に示す。なお、「-」の表記は、測定を行わなかったことを示す。
【0166】
≪硬質粒子の平均アスペクト比≫
各試料について、硬質粒子の平均アスペクト比を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表7、表9、表11、表13、表15の「硬質粒子」の「平均アスペクト比」欄に示す。
【0167】
≪珪素の分布≫
各試料のTiSiCN層(第1層)において、硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値、及び、第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表7、表9、表11、表13、表15の「粒界領域」の「{ASi/(ASi+ATi)}×100 最大値」欄、及び、「第1層」の「{BSi/(BSi+BTi)}×100 平均値」欄に示す。
【0168】
【0169】
【0170】
【0171】
【0172】
【0173】
【0174】
【0175】
【0176】
【0177】
【0178】
<切削試験1>
試料1~試料6(実施例)及び試料1-1~1-7(比較例)の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、一般鋼の旋削加工であり、高能率加工に該当する。切削距離が長いもの程、工具寿命が長いことを示す。結果を表7の「切削試験」の「切削距離(km)」欄に示す。
【0179】
<切削条件>
被削材:SUJ2 (形状:棒材 φ260mm×1000mm)
ホルダー:DCLNR2525M12
インサート:CMNG120408N-GU
切削速度Vc:300m/min
切り込み深さap:1.5mm
送り量f:0.3mm
切削液:あり(Wet)
【0180】
<考察>
試料1~試料6の切削工具は実施例に該当し、試料1-1~試料1-7の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料6の切削工具は、試料1-1~試料1-7の切削工具よりも、高能率加工において工具寿命が長いことが確認された。これは、硬質粒子がラメラ構造を有しているため、被膜の耐熱亀裂伝搬性及び耐剥離性が向上し、更に、粒界領域に珪素が濃化していることで硬質粒子および/または基材の酸化が抑制され、耐摩耗性が向上したためと推察される。
【0181】
<切削試験2>
試料21~試料23(実施例)及び試料2-1~試料2-3(比較例)の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、鋳鉄の旋削加工であり、高能率加工に該当する。切削距離が長いもの程、工具寿命が長いことを示す。結果を表9の「切削試験」の「切削距離(km)」欄に示す。
【0182】
<切削条件>
被削材:FCD700 (形状:棒材 φ260mm×1000mm)
ホルダー:DCLNR2525M12
インサート:CMNG120408N-GZ
切削速度Vc:140m/min
切り込み深さap:1.5mm
送り量f:0.3mm
切削液:あり(Wet)
【0183】
<考察>
試料21~試料23(実施例)は、試料2-1~試料2-3(比較例)に比べて、鋳鉄の旋削加工において切削距離が長く、高能率加工において工具寿命が長いことが確認された。これは、試料21~試料23では、粒界領域に珪素が濃化していることで硬質粒子および/または基材の酸化が抑制され、耐摩耗性が向上したためと推察される。
【0184】
<切削試験3>
試料31~試料33(実施例)及び試料3-1~試料3-3(比較例)の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、一般鋼のフライス加工であり、高能率加工に該当する。切削距離が長いもの程、工具寿命が長いことを示す。結果を表11の「切削試験」の「切削距離(km)」欄に示す。
【0185】
<切削条件>
被削材:S50Cブロック材
カッター:DFC09100RS(住友電工ハードメタル社製)
インサート:XNMU060608PNER-G
切削速度Vc:200m/min
1刃当たりの送り量fz:0.2mm/t
切り込み深さap:3.0mm
切削幅ae:85mm
切削液:なし(Dry)
【0186】
<考察>
試料31~試料33(実施例)は、試料3-1~試料3-3(比較例)に比べて、一般鋼のフライス加工において切削距離が長く、高能率加工において工具寿命が長いことが確認された。これは、試料31~試料33では、粒界領域に珪素が濃化していることで硬質粒子および/または基材の酸化が抑制され、耐摩耗性が向上したためと推察される。
【0187】
<耐酸化性試験>
試料41(実施例)及び試料4-1~試料4-3(比較例)の切削工具を用いて、耐酸化性試験を行った。耐酸化性試験は以下の手順で行った。
【0188】
各試料について複数のサンプルを準備した。例えば、サンプルAは、大気中で温度700℃まで加熱した後、該温度で60分保持し、その後徐冷し、室温にする。サンプルBは、大気中で温度750℃まで加熱した後、該温度で60分保持し、その後徐冷し、室温にする。サンプルCは、大気中で温度800℃まで加熱した後、該温度で60分保持し、その後徐冷し、室温にする。このように、サンプル毎に加熱温度を50℃ずつ変更した。
【0189】
徐冷後のサンプル外観を目視で観察し、被膜剥離で母材露出および基材の変形が発生していた場合には、被膜が酸化したと判断した。サンプル外観の目視観察で基材の変形確認できない場合には、試料を切断し、基材断面のSEM観察および元素分析で被膜が残っていた場合には酸化なしと判断した。酸化状態になった最も低い温度を酸化温度とする。
【0190】
酸化温度が高い程、耐酸化性に優れていることを示す。結果を表13の「酸化試験」の「酸化温度」欄に示す。
【0191】
<考察>
試料41(実施例)は、1000℃に加熱しても酸化しないことが確認された。これは、試料41では、粒界の珪素(Si)が、酸素(O)が粒界に沿って拡散するのを抑制し、耐酸化性が向上したためと推察される。
【0192】
<切削試験4>
試料51(実施例)及び試料5-1~試料5-3(比較例)の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、一般鋼のフライス加工であり、高能率加工に該当する。切削距離が長いもの程、工具寿命が長いことを示す。結果を表15の「切削試験」の「切削距離(km)」欄に示す。
【0193】
<切削条件>
被削材:SCM435フライス(85mm×100mm×300mm)
カッター:WGC4160R(住友電工ハードメタル社製)
インサート:SEET13T3AGSN-G
切削速度Vc:350m/min
1刃当たりの送り量fz:0.2mm/t
切り込み深さap:2.0mm
切削幅ae:85mm
切削液:なし(Dry)
【0194】
<考察>
試料51(実施例)は、試料5-1~試料5-2(比較例)に比べて、一般鋼のフライス加工において切削距離が長く、高能率加工において工具寿命が長いことが確認された。これは、試料51では、粒界領域に珪素が濃化していることで硬質粒子および/または基材の酸化が抑制され、耐摩耗性が向上したためと推察される。
【0195】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0196】
1 切削工具、10 基材、11 第1層、12 下地層、13 表面層、14 第1の中間層、15 被膜、16 第2の中間層、21 珪素の濃度が相対的に高い層(珪素高濃度層)、22 珪素の濃度が相対的に低い層(珪素低濃度層)、23A,23B 硬質粒子、24 粒界領域、50 CVD装置、52 基材セット治具、53 反応容器、54 調温装置、55,57 導入口、56 ノズル、59 排気管、60 排気口、61 第1噴射孔、62 第2噴射孔
【要約】
基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、前記被膜は、複数の硬質粒子からなる第1層を備え、前記硬質粒子は、立方晶型の結晶構造を有するTiSiCNからなり、前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有し、前記硬質粒子間の粒界領域における珪素の原子数ASi及びチタンの原子数ATiの合計に対する前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+ATi)}×100の最大値は、前記第1層における珪素の原子数BSi及びチタンの原子数BTiの合計に対する前記珪素の原子数BSiの百分率{BSi/(BSi+BTi)}×100の平均値よりも大きい。