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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】硫化物固体電解質および全固体電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0562 20100101AFI20230816BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20230816BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20230816BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20230816BHJP
【FI】
H01M10/0562
H01B1/06 A
H01B1/10
H01M10/052
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018084195
(22)【出願日】2018-04-25
(65)【公開番号】P2019192490
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2020-08-25
【審判番号】
【審判請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】菅野 了次
(72)【発明者】
【氏名】堀 智
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 真也
【合議体】
【審判長】井上 信一
【審判官】小池 秀介
【審判官】山本 章裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-030440(JP,A)
【文献】特開2015-144062(JP,A)
【文献】特開2014-093263(JP,A)
【文献】国際公開第2010/038313(WO,A1)
【文献】特開2014-093263(JP,A)
【文献】特開2011-086556(JP,A)
【文献】特開2011-057500(JP,A)
【文献】Kazunori Takeda,Lithium ion conductive oxysulfide, Li3PO4-Li3PS4,Solid State Ionics,2005年10月31日,176,pp. 2355-2359
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M10/05-10/0587
H01M10/36-10/39
H01B1/06
H01B1/10
C01B25/14
Science direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する硫化物固体電解質であって、
粒子形状を有し、
前記硫化物固体電解質の内側表面に、前記粒子形状に沿って配向した結晶部を有し、
Li 3+x PS 4-y (xは0≦x≦1を満たし、yは0<y≦2を満たす)で表される組成を有する、硫化物固体電解質。
【請求項2】
前記xは0≦x≦0.2を満たし、前記yは0.8≦y≦1.2を満たす、請求項1に記載の硫化物固体電解質。
【請求項3】
前記yは0.8<y<1.2を満たす、請求項2に記載の硫化物固体電解質。
【請求項4】
前記結晶部の厚さは、1.7nm以上である、請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の硫化物固体電解質。
【請求項5】
正極活物質を含有する正極活物質層と、負極活物質を含有する負極活物質層と、前記正極活物質層および前記負極活物質層の間に形成された固体電解質層とを含有する全固体電池であって、
前記正極活物質層、前記負極活物質層および前記固体電解質層の少なくとも一つが、請求項1から請求項4までのいずれかの請求項に記載の硫化物固体電解質を含有する全固体電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制可能な硫化物固体電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
全固体電池は、正極活物質層および負極活物質層の間に固体電解質層を有する電池であり、可燃性の有機溶媒を含む電解液を有する液系電池に比べて、安全装置の簡素化が図りやすいという利点を有する。
【0003】
全固体電池に用いられる固体電解質として、硫化物固体電解質が知られている。例えば特許文献1には、LiSおよびPを所定の割合で含有する原料組成物を非晶質化する工程と、その後、所定の条件で熱処理を行う工程と、を有する結晶化硫化物固体電解質材料の製造方法が開示されている。この技術は、硫化水素発生量を低減することを課題としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-218827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
硫化物固体電解質は、水分(例えば雰囲気中の水分)により、Liイオン伝導性が低下しやすい。本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制可能な硫化物固体電解質を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示においては、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する硫化物固体電解質であって、粒子形状を有し、上記硫化物固体電解質の内側表面に、上記粒子形状に沿って配向した結晶部を有する、硫化物固体電解質を提供する。
【0007】
本開示によれば、硫化物固体電解質の内側表面に結晶部を有することから、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制可能な硫化物固体電解質とすることができる。
【0008】
上記開示において、上記硫化物固体電解質は、Li3+xPS4-y(xは0≦x≦1を満たし、yは0<y<4を満たす)で表される組成を有していてもよい。
【0009】
上記開示において、上記xは0≦x≦0.2を満たし、上記yは0.8≦y≦1.2を満たしていてもよい。
【0010】
上記開示において、上記結晶部の厚さは、1.7nm以上であってもよい。
【0011】
また、本開示においては、正極活物質を含有する正極活物質層と、負極活物質を含有する負極活物質層と、上記正極活物質層および上記負極活物質層の間に形成された固体電解質層とを含有する全固体電池であって、上記正極活物質層、上記負極活物質層および上記固体電解質層の少なくとも一つが、上述した硫化物固体電解質を含有する全固体電池を提供する。
【0012】
本開示によれば、上述した硫化物固体電解質を用いることにより、例えば高湿度環境下であっても、出力特性を維持可能な全固体電池とすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本開示における硫化物固体電解質は、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本開示における硫化物固体電解質を説明する模式図である。
図2】本開示における全固体電池の一例を示す概略断面図である。
図3】実施例1で得られた硫化物固体電解質のTEM画像である。
図4】比較例1で得られた硫化物固体電解質のTEM画像である。
図5】実施例1および比較例1で得られた硫化物固体電解質に対する、XRD測定の結果である。
図6】実施例1および比較例1で得られた硫化物固体電解質に対する、NMR測定の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示における硫化物固体電解質および全固体電池について、詳細に説明する。
【0016】
A.硫化物固体電解質
図1は、本開示における硫化物固体電解質を説明する模式図である。図1(a)は、硫化物固体電解質の一例を示す概略断面図である。図1(a)に示す硫化物固体電解質10は、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有し、粒子形状を有する。また、図1(b)は、図1(a)における硫化物固体電解質の表面付近を拡大した拡大図である。図1(b)に示すように、本開示においては、硫化物固体電解質10の内側表面に、粒子形状に沿って配向した結晶部1を有する。「内側表面」とは、図1(b)に示すように、粒子の界面Iを基準として、硫化物固体電解質10側の表面をいう。なお、後述する比較例に記載するように、非晶質化処理および熱処理を行った場合、図1(c)に示すように、硫化物固体電解質10の内側表面に、非晶質部12が形成されやすい。
【0017】
本開示によれば、硫化物固体電解質の内側表面に結晶部を有することから、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制可能な硫化物固体電解質とすることができる。ここで、特許文献1には、LiSおよびPを所定の割合で含有する原料組成物を非晶質化する工程と、その後、所定の条件で熱処理を行う工程と、を有する結晶化硫化物固体電解質材料の製造方法が開示されている。特許文献1では、LiSおよびPの割合を、耐水性に優れたPS 3-構造が多くなるように調整することで、水分による硫化水素の発生を抑制している。
【0018】
一方、特許文献1では、水分による硫化水素の発生を抑制できるものの、硫化物固体電解質が水分に接すると、Liイオン伝導度が大幅に低下するという新たな課題が生じる。そこで、本発明者等が鋭意研究を重ねたところ、Liイオン伝導度が大幅に低下する理由が、硫化物固体電解質の内側表面に存在するnmオーダーの非晶質部にある可能性が高いことが判明した。そこで、硫化物固体電解質の内側表面に、非晶質部ではなく結晶部を形成したところ、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制できることが確認された。なお、nmオーダーの領域の状態を調べる測定方法は非常に限られているため、nmオーダーの領域で生じる現象は予測が難しい。これに対して、本発明者等は、その現象を注意深く検討することで、Liイオン伝導度が大幅に低下するという新たな課題を解決することができた。
【0019】
本開示における硫化物固体電解質は、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する。硫化物固体電解質に含まれる全ての元素に対する、Li元素、P元素、S元素およびO元素の割合は、例えば、70mol%以上であり、80mol%以上であってもよく、90mol%以上であってもよい。また、S元素およびO元素の合計に対するO元素の割合は、例えば5mol%以上であり、10mol%以上であってもよく、20mol%以上であってもよい。一方、上記O元素の割合は、例えば70mol%以下であり、60mol%以下であってもよく、50mol%以下であってもよい。
【0020】
硫化物固体電解質は、粒子形状を有する。硫化物固体電解質の平均粒径(D50)は、例えば0.1μm以上であり、0.5μm以上であってもよく、1μm以上であってもよい。一方、硫化物固体電解質の平均粒径(D50)は、例えば50μm以下であり、30μm以下であってもよい。平均粒径(D50)は、例えば、レーザー回折散乱法による粒度分布測定の結果から求めることができる。
【0021】
硫化物固体電解質は、内側表面に、粒子形状に沿って配向した結晶部を有する。結晶部を設けることで、水分によるLiイオン伝導性の低下を抑制できる。また、結晶部は、粒子形状に沿って配向している。言い換えると、結晶部における結晶面の方位が、粒子形状(厳密には、粒子の外周形状)に沿っている。このような配向性は、例えば、溶融急冷法を用いた場合に生じる。すなわち、急冷時に外側から内側に向かって温度が下がる過程で、このような配向性が生じる。
【0022】
硫化物固体電解質の全ての表面領域における、結晶部が形成された領域の割合は、例えば90%以上であり、95%以上であってもよく、99%以上であってもよい。この割合は、例えば、電子顕微鏡による観察で求めることができる。また、結晶部の厚さは、例えば1.7nm以上であり、5nm以上であってもよく、10nm以上であってもよい。一方、結晶部の厚さは、例えば200nm以下であり、100nm以下であってもよい。また、後述する実施例に記載するように、結晶部の厚さにバラつきが生じる場合がある。この点を考慮すると、硫化物固体電解質の全ての表面領域における、厚さ1.7nm以上である結晶部が形成された領域の割合は、例えば90%以上であり、95%以上であってもよく、99%以上であってもよい。この場合、結晶部の好ましい厚さは、上述した内容と同様である。
【0023】
硫化物固体電解質は、通常、結晶部と、その結晶部よりも内側に位置する中央部とを有する。結晶部および中央部は、材料としての連続性を有する。言い換えると、結晶部および中央部の間には、明確な界面が存在せず、両者はともに単一材料の要素である。結晶部は、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する。さらに、結晶部は、結晶性を有する。特に、結晶部は、後述する結晶相を有することが好ましい。一方、中央部も、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する。さらに、中央部も、結晶性を有することが好ましい。特に、中央部は、結晶部と同じ結晶相を有することが好ましい。また、結晶部および中央部は、同じ組成を有していてもよく、異なる組成を有していてもよい。後者の具体例としては、結晶部が偏析した場合が挙げられる。
【0024】
硫化物固体電解質は、PS4-αα 3-で表されるアニオン構造体(αは0以上4以下の整数である)を、アニオン構造体の主成分として含有することが好ましい。PS4-αα 3-で表されるアニオン構造体には、PS 3-、PS3-、PS 3-、PSO 3-、PO 3-が含まれる。中でも、本開示における硫化物固体電解質は、PS 3-をアニオン構造体の主成分として含有することが好ましい。Liイオン伝導性が高いからである。例えば、硫化物固体電解質における全てのアニオン構造体に対するPS 3-の割合は、50mol%以上であることが好ましい。
【0025】
硫化物固体電解質は、LiSを含有しないことが好ましい。硫化水素の発生を抑制できるからである。例えば、出発原料としてLiSを用いた場合、そのLiSが残留しないことが好ましい。「LiSを含有しない」ことは、X線回折(XRD)により確認することができる。具体的には、CuKα線を用いたXRD測定において、LiSのピーク(2θ=27.0°、31.2°、44.8°、53.1°)が観察されないことが好ましい。
【0026】
硫化物固体電解質は、架橋硫黄を含有しないことが好ましい。硫化水素の発生を抑制できるからである。架橋硫黄は、具体的には、P 4-で表されるアニオン構造体である。「架橋硫黄を含有しない」ことは、ラマン分光スペクトルにより確認することができる。具体的には、P 4-のピークは402cm-1付近に現れ、PS 3-のピークは417cm-1付近に現れる。本開示においては、402cm-1の強度I402が、417cm-1の強度I417よりも小さいことが好ましい。強度I417に対して、強度I402は、例えば70%以下であり、50%以下であってもよく、35%以下であってもよい。また、特に、P 4-のピークが観察されないことが好ましい。
【0027】
硫化物固体電解質の組成は、特に限定されない。硫化物固体電解質は、例えば、Li3+xPS4-y(xは0≦x≦1を満たし、yは0<y<4を満たす)で表される組成を有することが好ましい。上記組成において、xは、0であってもよく、0より大きくてもよい。一方、xは、通常、1以下であり、0.5以下であってもよく、0.2以下であってもよい。また、上記組成において、yは、0.5以上であってもよく、0.8以上であってもよい。一方、yは、2以下であってもよく、1.5以下であってもよく、1.2以下であってもよい。
【0028】
硫化物固体電解質は、LGPS型の結晶相を有することが好ましい。Liイオン伝導性が向上するからである。この結晶相を結晶相Aとする。結晶相Aは、CuKα線を用いたX線回折測定において、2θ=13.0°±0.5°、15.4°±0.5°、18.0°±0.5°、21.1°±0.5°、21.8°±0.5°、24.3°±0.5°、25.5°±0.5°、28.4°±0.5°、30.9°±0.5°、33.9°±0.5°の位置にピークを有する。なお、これらのピーク位置は、例えば硫化物固体電解質の組成によって前後する場合があるため、±0.5°の範囲で規定している。なお、各ピークの位置は、±0.3°の範囲であってもよく、±0.1°の範囲であってもよい。また、本開示における硫化物固体電解質は、結晶相Aを主相として含有することが好ましい。「主相として含有する」とは、硫化物固体電解質に含まれる全ての結晶相に対して、上記結晶相の割合が最も大きいことをいう。上記結晶相の割合は、例えば50重量%以上であり、70重量%以上であってもよく、90重量%以上であってもよい。なお、上記結晶相の割合は、例えば、放射光XRDにより測定することができる。
【0029】
硫化物固体電解質は、Liイオン伝導性が高いことが好ましい。25℃における硫化物固体電解質のLiイオン伝導度は、例えば、1×10-5S/cm以上であり、1×10-4S/cm以上であることが好ましい。
【0030】
本開示における硫化物固体電解質は、良好なLiイオン伝導性を有するため、Liイオン伝導性を必要とする任意の用途に用いることができる。中でも、本開示における硫化物固体電解質は、全固体電池に用いられることが好ましい。例えば高湿度環境下であっても、良好な出力特性を有する全固体電池を得ることができるからである。
【0031】
本開示における硫化物固体電解質の製造方法は、特に限定されない。硫化物固体電解質の製造方法としては、例えば、硫化物固体電解質の構成成分を含有する原料組成物を準備する準備工程と、原料組成物を加熱し溶融させ、急冷する溶融急冷工程とを有する方法が挙げられる。なお、本開示においては、溶融急冷の条件を適切に調整することにより、所望の結晶部を有する硫化物固体電解質が得られる。
【0032】
原料組成物は、Li元素、P元素、S元素およびO元素を含有する。Li元素を含有する原料としては、例えば、Liの硫化物が挙げられる。Liの硫化物としては、例えばLiSが挙げられる。P元素を含有する原料としては、例えば、Pの単体、Pの硫化物が挙げられる。Pの硫化物としては、例えばPが挙げられる。S元素を含有する原料としては、例えば、Sの単体、Liの硫化物、Pの硫化物が挙げられる。O元素を含有する原料としては、例えば、Liの酸化物、Pの酸化物が挙げられる。Liの酸化物としては、例えばLiOが挙げられる。Pの酸化物としては、例えばPが挙げられる。
【0033】
原料組成物は、例えば、各原料を混合することにより得ることができる。各原料の割合は、目的とする硫化物固体電解質の組成を考慮して、適宜調整することが好ましい。原料を混合する方法は特に限定されるものではないが、例えば、原料を粉砕しながら混合する方法が好ましい。より均一な原料組成物を得ることができるからである。原料を粉砕しながら混合する方法としては、例えば、振動ミルが挙げられる。
【0034】
原料組成物を加熱する加熱温度は、例えば、700℃以上であり、800℃以上であってもよく、900℃以上であってもよい。一方、加熱温度は、例えば、1200℃以下であり、1100℃以下であってもよい。また、加熱時間は、例えば30分間以上であり、1時間以上であってもよい。一方、加熱時間は、例えば100時間以下であり、50時間以下であってもよい。また、加熱雰囲気は、酸化を防止する観点から、真空中または不活性ガス雰囲気下であることが好ましい。加熱方法としては、例えば、焼成炉を用いる方法が挙げられる。
【0035】
溶融した原料組成物を急冷することで、所望の結晶部を有する硫化物固体電解質が得られる。冷却速度は、例えば500℃/分以上であり、700℃/分以上であってもよい。また、急冷により、例えば100℃以下、中でも50℃以下まで冷却することが好ましい。冷却方法は、通常、溶融した原料組成物を、直接的または間接的に冷媒に接触させる方法が用いられる。具体的には、溶融した原料組成物が入った容器を水、氷水等の液体に接触させる方法、溶融した原料組成物を回転する金属ロールに接触させる方法が挙げられる。
【0036】
B.全固体電池
図2は、本開示における全固体電池の一例を示す概略断面図である。図2に示される全固体電池100は、正極活物質を含有する正極活物質層11と、負極活物質を含有する負極活物質層12と、正極活物質層11および負極活物質層12の間に形成された固体電解質層13と、正極活物質層11の集電を行う正極集電体14と、負極活物質層12の集電を行う負極集電体15と、これらの部材を収納する電池ケース16とを有する。本開示においては、正極活物質層11、負極活物質層12および電解質層13の少なくとも一つが、上述した硫化物固体電解質を含有することを一つの特徴とする。
【0037】
本開示によれば、上述した硫化物固体電解質を用いることにより、例えば高湿度環境下であっても、出力特性を維持可能な全固体電池とすることができる。
【0038】
1.正極活物質層
正極活物質層は、少なくとも正極活物質を含有する層であり、必要に応じて、固体電解質、導電化材およびバインダーの少なくとも一つを含有していてもよい。特に、本開示においては、正極活物質層が、上述した硫化物固体電解質を含有することが好ましい。正極活物質層に含まれる硫化物固体電解質の割合は、例えば0.1体積%以上であり、1体積%以上であってもよく、10体積%以上であってもよい。一方、正極活物質層に含まれる硫化物固体電解質の割合は、例えば80体積%以下であり、60体積%以下であってもよく、50体積%以下であってもよい。また、正極活物質としては、例えばLiCoO、LiMnO、LiNiMn、LiVO、LiCrO、LiFePO、LiCoPO、LiNiO、LiNi1/3Co1/3Mn1/3等の酸化物活物質が挙げられる。
【0039】
正極活物質層は、導電化材を含有していてもよい。導電化材の添加により、正極活物質層の導電性を向上させることができる。導電化材としては、例えば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンファイバー等の炭素材料が挙げられる。また、正極活物質層は、バインダーを含有していてもよい。バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のフッ素系バインダーが挙げられる。また、正極活物質層の厚さは、例えば、0.1μm以上、1000μm以下である。
【0040】
2.負極活物質層
負極活物質層は、少なくとも負極活物質を含有する層であり、必要に応じて、固体電解質、導電化材およびバインダーの少なくとも一つを含有していてもよい。特に、本開示においては、負極活物質層が、上述した硫化物固体電解質を含有することが好ましい。負極活物質層に含まれる硫化物固体電解質の割合は、例えば0.1体積%以上であり、1体積%以上であってもよく、10体積%以上であってもよい。一方、負極活物質層に含まれる硫化物固体電解質の割合は、例えば80体積%以下であり、60体積%以下であってもよく、50体積%以下であってもよい。また、負極活物質としては、例えば金属活物質およびカーボン活物質が挙げられる。金属活物質としては、例えばIn、Al、SiおよびSnが挙げられる。一方、カーボン活物質としては、例えばメソカーボンマイクロビーズ(MCMB)、高配向性グラファイト(HOPG)、ハードカーボン、ソフトカーボンが挙げられる。
【0041】
なお、負極活物質層に用いられる導電化材およびバインダーについては、上述した正極活物質層における場合と同様である。また、負極活物質層の厚さは、例えば、0.1μm以上、1000μm以下である。
【0042】
3.固体電解質層
固体電解質層は、正極活物質層および負極活物質層の間に形成される層である。また、固体電解質層は、少なくとも固体電解質を含有する層であり、必要に応じて、バインダーを含有していてもよい。特に、本開示においては、固体電解質層が、上述した硫化物固体電解質を含有することが好ましい。固体電解質層に含まれる硫化物固体電解質の割合は、例えば50体積%以上であり、70体積%以上であってもよく、90体積%以上であってもよい。なお、固体電解質層に用いられるバインダーについては、上述した正極活物質層における場合と同様である。また、固体電解質層の厚さは、例えば、0.1μm以上、1000μm以下である。
【0043】
4.その他の構成
本開示における全固体電池は、上述した正極活物質層、固体電解質層および負極活物質層を少なくとも有する。さらに通常は、正極活物質層の集電を行う正極集電体、および負極活物質層の集電を行う負極集電体を有する。正極集電体の材料としては、例えばSUS、アルミニウム、ニッケル、鉄、チタンおよびカーボンが挙げられる。一方、負極集電体の材料としては、例えばSUS、銅、ニッケルおよびカーボンが挙げられる。
【0044】
5.全固体電池
本開示における全固体電池は、全固体リチウムイオン電池であることが好ましい。また、全固体電池は、一次電池であってもよく、二次電池であってもよいが、後者が好ましい。繰り返し充放電でき、例えば車載用電池として有用だからである。
【0045】
なお、本開示は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本開示の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本開示の技術的範囲に包含される。
【実施例
【0046】
[実施例1]
LiPSOの組成が得られるように、LiS、PおよびPを秤量し、振動ミルで30分間混合した。得られた混合物をカーボン坩堝に入れ、カーボン坩堝ごと石英管に真空封入した。真空封入した石英管の圧力は、約30Paであった。真空封入した石英管を焼成炉に設置し、950℃、2.5時間の条件で加熱し、その後、氷水に投入することで急冷した。これにより、硫化物固体電解質を得た。
【0047】
[実施例2]
Li3.2PS2.81.2の組成が得られるように、LiS、P、PおよびPを秤量したこと以外は、実施例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
【0048】
[実施例3]
LiPS3.20.8の組成が得られるように、LiS、PおよびPを秤量したこと以外は、実施例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
【0049】
[比較例1]
LiPSOの組成が得られるように、LiS、PおよびPを秤量し、ジルコニアポットに投入した。さらに、ジルコニアボールも投入し、回転数380rpm、40時間の条件で遊星型ボールミルによるメカニカルアロイングを行った。これにより、硫化物ガラスを得た。得られた硫化物ガラスを20MPaでプレス成型し、得られたペレット化を石英管に入れ、真空封入した。真空封入した石英管の圧力は、約30Paであった。真空封入した石英管を焼成炉に設置し、260℃、4時間の条件で加熱し、その後、自然冷却した。これにより、硫化物固体電解質を得た。
【0050】
[比較例2]
Li3.2PS2.81.2の組成が得られるように、LiS、P、PおよびPを秤量したこと以外は、比較例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
【0051】
[比較例3]
LiPS3.20.8の組成が得られるように、LiS、PおよびPを秤量したこと以外は、比較例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
【0052】
[評価]
(TEM測定)
実施例1~3および比較例1~3で得られた硫化物固体電解質に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察を行った。得られた硫化物固体電解質の粉末を、不活性雰囲気化でカーボン多孔メッシュに担持させ、観察を行った。実施例1~3および比較例1~3で得られた硫化物固体電解質を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。代表的な結果を図3および図4に示す。図3は、実施例1で得られた硫化物固体電解質のTEM画像であり、図4は、比較例1で得られた硫化物固体電解質のTEM画像である。
【0053】
図3に示すように、実施例1では、硫化物固体電解質の内側表面に、粒子形状に沿って配向した結晶部が形成されていることが確認された。硫化物固体電解質の内側表面に結晶部が形成された理由は、実施例1の条件に基づいて溶融急冷を行うことで、粒子表面で理想的な核生成および核成長が生じたためであると推定される。なお、図示しないが、結晶部は、硫化物固体電解質の表面全体に形成されていた。一方、結晶部の厚さにはバラつきがあり、結晶部が薄い領域では、その厚さが約1.8nmであり、結晶部が厚い領域では、その厚さが約65nmであった。なお、この硫化物固体電解質の粒径は約2μmであり、粒径に対する結晶部の厚さの割合は0.001以上0.04以下であった。これに対して、図4に示すように、比較例1では、硫化物固体電解質の内側表面に、非晶質部が形成され、その内部に結晶部が形成されていた。
【0054】
(耐水性評価)
実施例1~3および比較例1~3で得られた硫化物固体電解質を用いて、Liイオン伝導度を測定した。まず、露点-80℃のグローブボックス内で、硫化物固体電解質を200mg秤量し、マコール製のシリンダに入れ、4ton/cmの圧力でプレスした。得られたペレットの両端をSUS製ピンで挟み、ボルト締めによりペレットに拘束圧を印加し、評価用セル(曝露なし)を得た。
【0055】
次に、評価用セル(曝露あり)を作製した。まず、硫化物固体電解質を、露点-30℃に制御したグローブボックス内で6時間静置した。得られた硫化物固体電解質(曝露あり)を用いたこと以外は、上記と同様にして、評価用セル(曝露あり)を得た。
【0056】
次に、評価用セル(曝露なし)および評価用セル(曝露あり)に対して、交流インピーダンス法により、25℃におけるLiイオン伝導度を算出した。測定には、ソーラトロン1260を用い、印加電圧5mV、測定周波数域0.01MHz~1MHzとした。また、評価用セル(曝露なし)のLiイオン伝導度に対する、評価用セル(曝露あり)のLiイオン伝導度を、維持率(%)として求めた。その結果を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示すように、実施例1~3は、それぞれ比較例1~3よりも維持率が高かった。また、特に、実施例1、2では、維持率が70%を超えており、非常に優れた結果が得られた。これは、硫化物固体電解質の内側表面に結晶部が形成され、その結晶部がLiイオンとプロトンとの交換反応を抑制したためであると推測される。
【0059】
(XRD測定およびNMR測定)
実施例1および比較例1で得られた硫化物固体電解質に対して、X線回折(XRD)測定およびNMR測定を行った。XRD測定は、不活性雰囲気、CuKα線使用の条件下で行った。また、NMR測定は、MAS(Magic Angle Spinning)法を用いた31P-NMRを行った。その結果を図5および図6に示す。
【0060】
図5に示すように、2θ=13.0°、15.4°、18.0°、21.1°、21.8°、24.3°、25.5°、28.4°、30.9°、33.9°の位置に特徴的なピークが観察され、結晶相Aの単相材料であることが確認された。また、図5および図6に示すように、実施例1で得られた硫化物固体電解質は、比較例1で得られた硫化物固体電解質よりも結晶性が高いことが確認された。具体的に、図5において、2θ=30.9°付近に位置するメインピークの半値幅は、実施例1では0.28°であり、比較例1では0.92°であった。また、図6において、δ=89.5ppm付近に位置するメインピークの半値幅は、実施例1では4.4ppmであり、比較例1では7.6ppmであった。一般的に、溶融急冷は非晶質を合成する方法として知られており、熱処理は結晶性を高める方法として知られている。意外にも、実施例1で得られた硫化物固体電解質の結晶性が、比較例1で得られた硫化物固体電解質の結晶性よりも高くなった。さらに、実施例1で得られた硫化物固体電解質には、意外にも、内側表面に結晶部が形成された。この結晶部は、上述したように、水分によるLiイオン伝導度の低下を抑制することに有効であった。
【符号の説明】
【0061】
1 … 結晶部
2 … 非晶質部
10 … 硫化物固体電解質
11 … 正極活物質層
12 … 負極活物質層
13 … 固体電解質層
14 … 正極集電体
15 … 負極集電体
16 … 電池ケース
100 … 全固体電池
図1
図2
図3
図4
図5
図6