(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】アルケミカル拘束ポテンシャルを用いて自由エネルギー差を計算するための方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
G16C 10/00 20190101AFI20230816BHJP
【FI】
G16C10/00
(21)【出願番号】P 2020505493
(86)(22)【出願日】2018-08-21
(86)【国際出願番号】 US2018047238
(87)【国際公開番号】W WO2019040444
(87)【国際公開日】2019-02-28
【審査請求日】2021-08-20
(32)【優先日】2017-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】516189121
【氏名又は名称】シュレーディンガー インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】SCHRODINGER,INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【氏名又は名称】本田 淳
(72)【発明者】
【氏名】ワン、リングル
(72)【発明者】
【氏名】デン、ユーチン
(72)【発明者】
【氏名】ウー、ユージエ
(72)【発明者】
【氏名】キム、ビョンチャン
(72)【発明者】
【氏名】アベル、ロバート
【審査官】松野 広一
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-509039(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0178442(US,A1)
【文献】特開2016-139388(JP,A)
【文献】特表2002-533477(JP,A)
【文献】国際公開第2017/013802(WO,A1)
【文献】David L. Mobley et al.,Perspective: Alchemical free energy calculations for drug discovery,The Journal of Chemical Physics,2012年12月,Vol.137 No.23,pp.1-12
【文献】Jiyao Wang et al.,Absolute Binding Free Energy Calculations Using Molecular Dynamics Simulations with Restraining Potentials,Biophysical Journal,2006年10月,Vol.91 No.8,pp.2798-2814
【文献】P. BEROZA et al.,Protonation of interacting residues in a protein by a Monte Carlo method: Application to lysozyme and the photosynthetic reaction center of Rhodobacter sphaeroides,Proc. Natl. Acad. Sci.,1991年07月,Vol.88,pp.5804-5808
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00-99/00
G16B 5/00-99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算するための方法であって、
i)共通の原子セットP
ABと原子セットP
Aとを含む前記参照分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定するとともに、ii)前記共通の原子セットP
ABと原子セットP
Bとを含む前記標的分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定すること、
前記参照分子と前記原子セットP
Bからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である初期状態を定義すること、
前記標的分子と前記原子セットP
Aからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である標的状態を定義すること、
前記初期状態に
おける前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の拘束エネルギーを含むポテンシャルエネルギーのポテンシャルを
前記参照分子に適用すること、
前記標的状態に
おける前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の拘束エネルギーを含むポテンシャルエネルギーのポテンシャルを
前記標的分子に適用すること、
前記初期状態と前記標的状態との間の変換経路に沿った1つ以上の遷移状態を
規定すること
であって、前記1つ以上の遷移状態が結合パラメータの対応する値によって規定されること、
前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態の各遷移状態について、
当該遷移状態における拘束ポテンシャルが前記参照分子および前記標的分子の終了状態に達したとき
にゼロになるまで
前記拘束ポテンシャルを前記変換経路に沿ってスケーリングすること、
前記標的状態に達するまで、
前記変換経路に沿った当該遷移状態に続く後続の遷移状態について、前記P
B内の前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の結合相互作用
と非結合相互作用とを活性化すること、
前記初期状態に達するまで、
前記変換経路の逆方向に沿った当該遷移状態よりも前の先行する遷移状態について、前記P
A内の前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の結合相互作用
と非結合相互作用とを活性化すること、
前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿って得られた
エネルギー差、当該エネルギー差の導関数、または当該エネルギー差に関連する量を用いて前記参照分子と前記標的分子との前記自由エネルギー差を計算すること、
を備え、前記ポテンシャルを適用することにより、前記初期状態と前記標的状態の配置空間の重なりを維持しながら前記自由エネルギー差の算出精度を向上する、方法。
【請求項2】
前記初期状態における前記原子セットP
Bからの前記少なくとも1つの追加の原子成分が前記原子セットP
Bを含み、前記標的状態における前記原子セットP
Aからの前記少なくとも1つの追加の原子成分が前記原子セットP
Aを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記標的分子において前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分が前記P
AB内の原子に結合される場合、前記ポテンシャルが、前記P
AB内の3つの原子を含む面と、前記P
AB内の2つの原子と前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記標的分子において前記P
B内の原子に結合された前記P
AB内の原子がsp2混成であり、前記ポテンシャルの平衡角が180°に設定されている、請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を
規定することが、前記P
AB内の原子と前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを計算することを含む、請求項
3に記載の方法。
【請求項6】
前記参照分子において前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分が前記P
AB内の原子に結合される場合、前記ポテンシャルが、前記P
AB内の3つの原子を含む面と、前記P
AB内の2つの原子と前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルである、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記
参照分子において前記P
A内の原子に結合された前記P
AB内の原子がsp2混成であり、前記ポテンシャルの平衡角が180°に設定されている、請求項
6に記載の方法。
【請求項8】
前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を
規定することが、前記P
AB内の原子と前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを計算することを含む、請求項
6に記載の方法。
【請求項9】
前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分の相互作用を拘束するポテンシャルを適用することが、前記初期状態において前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの相互作用のセットを拘束することを含み、前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分の相互作用を拘束するポテンシャルを適用することが、前記標的状態において前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの相互作用のセットを拘束することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記ポテンシャルを適用して1つの結合角相互作用のみを使用することにより、前記原子セットP
Bまたは前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分が非物理幾何学的に定位することを抑制しつつ前記自由エネルギー差の算出精度を向上する、請求項
2に記載の方法。
【請求項11】
前記標的分子において前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分に結合された前記P
AB内の原子がsp3混成であって前記ポテンシャルの平衡角が120°に設定されており、前記
参照分子において前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分に結合された前記P
AB内の原子がsp3混成であって前記ポテンシャルの平衡角が120°に設定されている、請求項
2に記載の方法。
【請求項12】
前記標的分子における前記原子セットP
Bからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記P
AB内の原子との相互作用が、前記参照分子が複合体の形態にあり且つ前記参照分子が溶媒中にあるときと同じである、請求項
2に記載の方法。
【請求項13】
前記
参照分子における前記原子セットP
Aからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記P
AB内の原子との相互作用が、前記標的状態が複合体の形態にあり且つ前記標的状態が溶媒中にあるときと同じである、請求項
2に記載の方法。
【請求項14】
創薬のための方法であって、
生体分子標的と相互作用する1つまたは複数の候補分子を特定すること、
前記1つまたは複数の候補分子の各々について、請求項1に記載の方法を使用して前記候補分子と前記生体分子標的との相互作用に関連する自由エネルギー差を計算すること、
前記候補分子について前記計算された自由エネルギー差に基づいて前記候補分子の1つ以上を選択して合成すること、
前記1つ以上の合成候補分子を分析して、各合成候補分子が医薬品として生体内での使用に適しているかを評価すること、を備える方法。
【請求項15】
参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算するための方法を実行する命令であって1つまたは複数のプロセッサによって実行されたときに当該方法を実行する命令を記憶した非一時的なコンピュータ可読媒体であって、当該方法が、
i)共通の原子セットP
ABと原子セットP
Aとを含む前記参照分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定するとともに、ii)前記共通の原子セットP
ABと原子セットP
Bとを含む前記標的分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定すること、
前記参照分子と前記原子セットP
Bからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である初期状態を定義すること、
前記標的分子と前記原子セットP
Aからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である標的状態を定義すること、
前記初期状態に
おける前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の拘束エネルギーを含むポテンシャルエネルギーのポテンシャルを
前記参照分子に適用すること、
前記標的状態に
おける前記原子セットP
Aからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の拘束エネルギーを含むポテンシャルエネルギーのポテンシャルを
前記標的分子に適用すること、
前記初期状態と前記標的状態との間の変換経路に沿った1つ以上の遷移状態を
規定すること
であって、前記1つ以上の遷移状態が結合パラメータの対応する値によって規定されること、
前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態の各遷移状態について、
当該遷移状態における拘束ポテンシャルが前記参照分子および前記標的分子の終了状態に達したとき
にゼロになるまで
前記拘束ポテンシャルを前記変換経路に沿ってスケーリングすること、
前記標的状態に達するまで、
前記変換経路に沿った当該遷移状態に続く後続の遷移状態について、前記P
B内の前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の結合相互作用
と非結合相互作用とを活性化すること、
前記初期状態に達するまで、
前記変換経路の逆方向に沿った当該遷移状態よりも前の先行する遷移状態について、前記P
A内の前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットP
ABとの
間の結合相互作用
と非結合相互作用とを活性化すること、
前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿って得られた
エネルギー差、当該エネルギー差の導関数、または当該エネルギー差に関連する量を用いて前記参照分子と前記標的分子との前記自由エネルギー差を計算すること、
を含み、前記ポテンシャルを適用することにより、前記初期状態と前記標的状態の配置空間の重なりを維持しながら前記自由エネルギー差の算出精度を向上する、非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項16】
前記初期状態における前記原子セットP
Bからの前記少なくとも1つの追加の原子成分が前記原子セットP
Bを含み、前記標的状態における前記原子セットP
Aからの前記少なくとも1つの追加の原子成分が前記原子セットP
Aを含む、請求項
15に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項17】
前記標的分子において前記P
B内の原子が前記P
AB内の原子に結合される場合、前記ポテンシャルが、前記P
AB内の3つの原子を含む面と、前記P
AB内の2つの原子と前記P
B内の原子とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルである、請求項
15に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項18】
前記標的分子において前記P
B内の原子に結合された前記P
AB内の原子がsp2混成であり、前記ポテンシャルの平衡角が180°に設定されている、請求項
17に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項19】
前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を
規定することが、前記P
AB内の原子と前記P
B内の原子との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを計算することを含む、請求項
15に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項20】
前記ポテンシャルを適用して1つの結合角相互作用のみを使用することにより、前記原子セットP
Bからの前記追加の原子成分が非物理幾何学的に定位することを抑制しつつ前記自由エネルギー差の算出精度を向上する、請求項
15に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【請求項21】
前記標的状態における前記原子セットP
Bからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記P
AB内の原子との相互作用が、前記標的状態が複合体の形態にあり且つ前記標的状態が溶媒中にあるときと同じである、請求項
15に記載の非一時的なコンピュータ可読媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
アルケミカル拘束ポテンシャルを用いて自由エネルギー差を計算するための方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
自由エネルギーは、化学的および生物学的システムの特性評価に重要な役割を果たす基本的な分子特性である。タンパク質とリガンドの結合など、多くの化学的および生化学的プロセスの自由エネルギーの挙動を理解することは、合理的な薬剤設計(生体分子標的に結合する小分子の設計を含む)などの取り組みにおいて重要である。
【0003】
コンピュータモデリングおよびシミュレーションは、自由エネルギーの研究でしばしば使用される。ほとんどの場合、シミュレーションから正確な絶対自由エネルギーを評価することは、可能であったとしても極めて困難である。したがって、2つの明確に記述された熱力学的状態間の自由エネルギー差、すなわち相対自由エネルギーは、異なるものの類似性のあるリガンド(例えば、同族リガンド)の親和性の測定値に基づいて予測されるリガンドの相対的結合親和性など、特定の系に対する洞察を与えるための研究システムとしてしばしば使用されている。
【0004】
相対自由エネルギー計算において、2つの熱力学的状態は参照分子(reference molecule)と標的分子(target molecule)と呼ばれ、これらは、最初の分子などの分子系の初期状態と、1つ以上の変換(例えば、立体構造変化、トポロジカル変化、または、或る原子あるいは化学基の別の原子あるいは化学基への置換(すなわち、突然変異(mutation))など)が起きた後の分子の終了状態とをそれぞれ表し得る。なお、「分子」という用語は、中性種と荷電種の両方を指し得る。このような変換は、必ずしも現実的な物理的変換を表すとは限らず、非物理的または「アルケミカル」(alchemical)な変換を伴い得る。自由エネルギー摂動(FEP)、熱力学的積分(TI)、アンブレラサンプリングなど、自由エネルギー差を計算するための様々なフレームワークが開発されている。
【0005】
FEPフレームワーク内では、2つの分子a,b間の自由エネルギー差ΔFa→bは、次式で表すことができる。
【0006】
【数1】
ここで、β
-1=k
BTであり、k
Bはボルツマン定数、Tは温度である。H
a(x,p
x)およびH
b(x,p
x)は、それぞれ状態aおよびbのハミルトニアン特性であり、<…>
aは、初期分子すなわち参照分子aを代表する構成のアンサンブル平均を示す。
【0007】
FEPの実際の適用では、2つの熱力学的状態間の変換は、通常、aとbとを接続する明確な経路に沿った非物理的な遷移状態間の一連の変換によって実現される。この経路は、多くの場合、結合パラメータλと呼ばれる一般的な範囲パラメータによって特徴付けられ、この結合パラメータλは、参照分子から標的分子まで、0から1までの範囲で変化し、2つの状態のハミルトニアンを以下のように関連付ける。
【0008】
【数2】
ここで、H(λ)は、2つの状態(λが0と1の終了値を取るときの2つの状態を含む)間の系のλ結合またはハイブリッドハミルトニアン(hybrid Hamiltonian)である。したがって、a,b間の自由エネルギー差ΔF
a→bは次式で表される。
【0009】
【数3】
ここで、Nは、参照(初期)状態と標的(最終)状態との間の隣り合う状態間の「窓」の数を表し、λ
iは、初期状態、中間状態、および最終状態での結合パラメータの値である。
【0010】
参照系状態aと標的系状態bとの間の自由エネルギー差は、熱力学的積分法を使用して計算することもできる。この場合、自由エネルギー差は次式を用いて計算される。
【0011】
【数4】
ここで、λは、参照状態から標的状態まで、0から1までの範囲で変化する結合パラメータであり、H(λ)は、2つの状態(λが0と1の終了値を取るときの2つの状態を含む)間の系のλ結合またはハイブリッドハミルトニアンであり、(∂H(λ))/∂λは、結合パラメータλに関する結合ハミルトニアンの1次導関数である。
【0012】
TIの実際の適用では、参照系状態と標的系状態との間の変換は、aとbとを接続する明確な経路に沿った一連の変換によって実現され、(∂H(λ))/∂λのアンサンブル平均は、参照系状態、中間の非物理的状態、標的系状態を含む、サンプリングされたすべての状態について算出される。そして、参照系状態と標的系状態との間の自由エネルギー差が、<(∂H(λ))/∂λ>λiの値に基づいた上記積分による数値積分によって近似される。なお、λiは、初期状態、中間状態、および最終状態における結合パラメータの値である。
【発明の概要】
【0013】
薬剤リードの最適化では、所望の標的を結合するリード化合物が知られており、このリード化合物の誘導体が作成されることで、親和性の改善や、親和性を維持したまま他の特性の改善が行われる。例えば、分子動力学(MD)シミュレーションに基づく相対結合自由エネルギー(RBFE)計算を用いることで、誘導体化合物の合成に先立って、化学変化に基づく結合自由エネルギー差を予測することができる。このような計算により、研究者は、化合物の合成や実験室での試験に投資する前に、コンピュータを用いて誘導体化合物をスクリーニングすることができる。したがって、これらは潜在的にリードの最適化プロセスを大幅に加速する可能性があり、創薬の適用に極めて興味深いものとされている。
【0014】
初期状態の分子A(例えば、薬剤リード化合物)から標的分子である分子B(例えば、リード化合物の誘導体)に変換するためのアルケミカル自由エネルギー計算では、各分子A,Bが異なる原子数および異なる化学的性質を有する場合、望ましい条件として以下の2つが存在する。
【0015】
[1]第1の条件は、分子B中の追加原子と2つの分子の共通部分との相互作用によって、初期状態の分子A中の物理的原子に人工的結合が導入されないことである。同様に、分子A中の追加原子と2つの分子の共通部分との相互作用によっても、最終状態の分子B中の物理的原子に人工的結合が導入されないことである。
【0016】
[2]第2の条件は、2つの分子間における配置空間の重なりが最大になるように分子の共通部分と分子の突然変異部分との間の相互作用が設定されることである。配置空間の重なりを最大化することにより、自由エネルギー計算を収束させるのに必要なサンプリング時間を短縮することができる。
【0017】
本出願に記載の方法によれば、両条件のバランスを取って正確かつ信頼性の高い自由エネルギー計算を実現しつつ、両条件を同時に満たすことができない従来の方法を改善することができる。
【0018】
一態様において、参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算するための方法は、i)共通の原子セットPABと原子セットPAとを含む前記参照分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続とを規定するとともに、ii)前記共通の原子セットPABと原子セットPBとを含む前記標的分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続とを規定することを含む。この方法は、前記参照分子と前記原子セットPBからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である初期状態を定義することを含む。この方法は、前記標的分子と前記原子セットPAからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である標的状態を定義することを含む。この方法は、前記初期状態において前記原子セットPBからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用すること、前記標的状態において前記原子セットPAからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用することを含む。この方法は、前記初期状態と前記標的状態との間の変換経路に沿った1つ以上の遷移状態を決定することを含む。この方法は、対応する終了状態に達したときに、対応する拘束ポテンシャルを当該ポテンシャルがゼロになるまで前記変換経路に沿ってスケーリングすることを含む。この方法は、前記標的状態に達するまで、前記PB内の少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、前記変換経路に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。この方法は、前記初期状態に達するまで、前記PA内の少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、前記変換経路の逆方向に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。この方法は、前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿って得られた値を用いて、前記参照分子と前記標的分子との前記自由エネルギー差を計算することを含む。上記ポテンシャルを適用することにより、初期状態と標的状態との配置空間の重なりを維持しながら自由エネルギー差の算出精度を向上する。
【0019】
各実装形態は以下の特徴のうちの1つ以上を含み得る。上記値は、エネルギー差、エネルギー差の導関数、またはエネルギー差に関連する量を含み得る。前記初期状態における前記原子セットPBからの前記少なくとも1つの追加の原子成分は前記原子セットPBを含み、前記標的状態における前記原子セットPAからの前記少なくとも1つの追加の原子成分は前記原子セットPAを含み得る。前記原子セットPBからの前記追加の原子成分は、前記標的分子のPAB内の原子に結合され、前記ポテンシャルは、PAB内の3つの原子を含む面と、PAB内の2つの原子と前記原子セットPBからの前記追加の原子成分とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルであり得る。前記標的分子において前記PB内の原子に結合された前記PAB内の原子はsp2混成(hybridization)であり、前記ポテンシャルの平衡角は180°に設定され得る。前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を決定することは、前記PAB内の原子と前記原子セットPBからの前記追加の原子成分との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを計算することを含み得る。前記参照分子において前記原子セットPAからの前記追加の原子成分が前記PAB内の原子に結合され、前記ポテンシャルは、PAB内の3つの原子を含む面と、PAB内の2つの原子と前記原子セットPAからの前記追加の原子成分とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルであり得る。前記初期分子において前記PA内の原子に結合された前記PAB内の原子はsp2混成であり、前記ポテンシャルの平衡角は180°に設定され得る。前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を決定することは、前記PAB内の原子と前記原子セットPAからの前記追加の原子成分との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを算出することを含み得る。前記原子セットPBからの前記追加の原子成分の相互作用を拘束するポテンシャルを適用することは、前記初期状態において前記原子セットPBからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用のセットを拘束することを含み得る。前記原子セットPAからの前記追加の原子成分の相互作用を拘束するポテンシャルを適用することは、前記標的状態において前記原子セットPAからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用のセットを拘束することを含み得る。上記ポテンシャルを適用して1つの結合角相互作用のみを使用することにより、原子セットPBまたは原子セットPAからの追加の原子成分が非物理幾何学的に定位することを抑制しつつ自由エネルギー差の算出精度を向上することができる。前記標的分子において前記原子セットPBからの前記追加の原子成分に結合され得る前記PAB内の原子はsp3混成であり、前記ポテンシャルの平衡角は120°に設定され得る。前記初期分子において前記原子セットPAからの前記追加の原子成分に結合された前記PAB内の原子はsp3混成であり、前記ポテンシャルの平衡角は120°に設定され得る。
【0020】
前記標的分子における前記原子セットPBからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記PAB内の原子との相互作用は、前記参照分子が複合体の形態にあり且つ前記参照分子が溶媒中にあるときと同じであり得る。前記初期分子における前記原子セットPAからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記PAB内の原子との相互作用は、前記標的状態が複合体の形態にあり且つ前記標的状態が溶媒中にあるときと同じであり得る。
【0021】
さらなる態様において、本発明は創薬のための方法を特徴とし、当該方法は、生体分子標的と相互作用するための1つまたは複数の候補分子を特定すること、各候補分子について、上記方法を使用して前記候補分子と前記生体分子標的との相互作用に関連する自由エネルギー差を計算すること、前記候補分子の計算された自由エネルギー差に基づいて、前記候補分子の1つ以上を選択して合成すること、当該1つ以上の合成候補分子を分析して、各合成候補分子が医薬品として生体内での使用に適しているかを評価することを含む。
【0022】
別の態様において、参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算するための方法を実行する命令であって1つまたは複数のプロセッサによって実行されたときに当該方法を実行する命令を記憶した非一時的なコンピュータ可読媒体が提供され、当該方法は、i)共通の原子セットPABと原子セットPAとを含む前記参照分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続とを規定するとともに、ii)前記共通の原子セットPABと原子セットPBとを含む前記標的分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続とを規定することを含む。この方法は、前記参照分子と前記原子セットPBからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である初期状態を定義することを含む。この方法は、前記標的分子と前記原子セットPAからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である標的状態を定義することを含む。この方法は、前記初期状態において前記原子セットPBからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用すること、前記標的状態において前記原子セットPAからの前記追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用することを含む。この方法は、前記初期状態と前記標的状態との間の変換経路に沿った1つ以上の遷移状態を決定することを含む。この方法は、対応する終了状態に達したときに、対応する拘束ポテンシャルを当該ポテンシャルがゼロになるまで前記変換経路に沿ってスケーリングすることを含む。この方法は、前記標的状態に達するまで、前記PB内の少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、前記変換経路に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。この方法は、前記初期状態に達するまで、前記PA内の少なくとも1つの追加の原子成分と前記共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、前記変換経路の逆方向に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。この方法は、前記初期状態から前記標的状態までの前記変換経路に沿って得られた値を用いて、前記参照分子と前記標的分子との前記自由エネルギー差を計算することを含む。上記ポテンシャルを適用することにより、初期状態と標的状態との配置空間の重なりを維持しながら自由エネルギー差の算出精度を向上する。
【0023】
各実装形態は以下の特徴のうちの1つ以上を含み得る。前記初期状態における前記原子セットPBからの前記少なくとも1つの追加の原子成分は前記原子セットPBを含み、前記標的状態における前記原子セットPAからの前記少なくとも1つの追加の原子成分は前記原子セットPAを含み得る。前記PB内の原子は前記標的分子におけるPAB内の原子に結合され、前記ポテンシャルは、PAB内の3つの原子を含む面と、前記PAB内の2つの原子と前記PB内の原子とを含む面とによって規定される二面角の調和ポテンシャルであり得る。PAB内の原子はsp2混成で前記標的分子のPB内の原子に結合され、前記ポテンシャルの平衡角は180°に設定され得る。前記変換経路に沿った前記1つ以上の遷移状態を決定することは、前記PAB内の原子と前記PB内の原子との結合伸縮相互作用と、1つの結合角相互作用とを算出することを含み得る。上記ポテンシャルを適用して1つの結合角相互作用のみを使用することにより、原子セットPBからの追加の原子成分が非物理幾何学的に定位することを抑制しつつ、自由エネルギー差の算出精度を向上することができる。前記標的分子における前記原子セットPBからの前記追加の原子成分に結合され得る前記PAB内の原子はsp3混成であり、前記ポテンシャルの平衡角は120°に設定され得る。前記初期状態における前記原子セットPBからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記PAB内の原子との相互作用は、前記参照分子が複合体の形態にあり且つ前記参照分子が溶媒中にあるときと同じであり得る。前記標的状態における前記原子セットPBからの前記少なくとも1つの追加の原子成分と前記PAB内の原子との相互作用は、前記標的状態が複合体の形態にあり且つ前記標的状態が溶媒中にあるときと同じであり得る。
【0024】
また、本発明は、1つまたは複数のプロセッサと、前記1つまたは複数のプロセッサに動作可能に結合され、当該プロセッサによって実行可能な命令を有するメモリとを含む装置を提供する。前記1つまたは複数のプロセッサは、前記命令を実行することにより本明細書に記載された方法の種々の実施形態を実現するように動作可能である。本発明はさらに、1つまたは複数のプロセッサによって実行されることにより本明細書に記載された方法の種々の実施形態を実現する命令を記憶した非一時的なコンピュータ可読媒体を提供する。
【0025】
本発明の他の特徴および利点は、以下の説明および特許請求の範囲から明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図2】本明細書に開示される方法およびシステムを説明するフローチャート。
【
図3A】参照分子とダミー原子とを含む初期状態の図。
【
図3B】標的分子とダミー原子を含む標的状態の図。
【
図5A-5B】初期状態の異なる立体構造を示す図。
【
図6A】参照分子から標的分子への突然変異を示す図。
【
図6B】
図6Aの突然変異に対応する初期状態から標的状態への変換を示す図。
【
図7】1つのアプローチを使用して得られた結果を示す図。
【
図8】本明細書に開示される方法およびシステムを使用して得られた結果を示す図。
【
図9】アルケミカル拘束ポテンシャルを含む自由エネルギー差の計算を含む例示的な薬剤設計方法のステップを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本出願は、参照分子(reference molecule)と標的分子(target molecule)との間の自由エネルギー差を計算するためのコンピュータによって実行される方法およびシステムであって、1)参照系状態の分子(または標的分子)中の物理的原子と標的分子(または参照分子)中の追加原子との間の人工的結合を人工的に減少させるとともに、2)2つの分子間の配置空間(configurational space)の重なりを最大化する方法およびシステムを開示する。本出願において開示される方法およびシステムは、自由エネルギー差を計算するためのアルケミカル変換(alchemical transformation)においてアルケミカル拘束ポテンシャル(alchemical restraint potential)を利用する。これにより、本出願の方法およびシステムは、自由エネルギー計算の効率および精度を有利に改善することができる。開示されるこのようなアルケミカル拘束ポテンシャルを使用した自由エネルギー計算の一般的原則は、概して、官能基変異変換、原子変異変換、または結合形成および結合破壊変換に適用可能であり、本明細書に記載される突然変異に限定されるものではない。本出願は、アルケミカル拘束ポテンシャルを含む自由エネルギー差の計算を利用する薬剤設計方法をさらに開示する。
【0028】
図1は、溶媒(例えば、水)中の溶液内に受容体104を有するとともにその溶液内にリガンド106も有する系102の熱力学的サイクルを示す。「1」で示す矢印によって示されるようにリガンド106が受容体104と結合すると、複合体系(complex system)108が形成される。リガンド106と受容体104との結合(すなわち、リガンドを溶媒/水から「結合サイト」へと移すこと)に関連する自由エネルギーはΔF
1で示される。異なるリガンド110が使用される場合、リガンド110と受容体104との結合の自由エネルギーはΔF
2で示される。相対結合自由エネルギーΔΔF
bindingは、結合の2つの自由エネルギーの差を取ることによって得られる。この相対結合自由エネルギーは、溶媒(例えば、水)ΔF
A内および結合サイトΔF
B内の双方において、リガンド106(「分子1」)をリガンド110(「分子2」)にアルケミカル変換して自由エネルギー変化を計算することによっても得ることができる。
【0029】
従来の自由エネルギー差計算と同様、異なる分子の系エネルギーを評価するために、系内の原子を異なる基に分類することができる。参照分子および標的分子は双方、共通の原子セットPABを含む。参照分子は原子セットPAをさらに含み、標的分子は原子セットPBをさらに含む。原子セットPAは参照分子にのみ存在して標的分子には存在せず、原子セットPBは標的分子にのみ存在して参照分子には存在しない。変換の過程で、PA内およびPB内の原子は、自身のセット内の他の原子およびPAB内の他の原子と相互作用するが、PA内の原子はPB内の原子とは相互作用せず、その逆についても同様である。
【0030】
エネルギー差計算を簡単にするために、ダミー原子が自由エネルギー摂動(FEP)に導入され、2つの終了状態(すなわち、参照分子および標的分子)間の原子数が維持される。ダミー原子とは、系の残りの部分とは電荷やレナードジョーンズ(lennard-Jones)相互作用をもはや持たないが、結合相互作用を保持する原子として定義される。参照分子と標的分子に含まれるダミー原子とを含む参照分子は「初期状態」と標識され、標的分子と参照分子に含まれるダミー原子とを含む標的分子は「標的状態」と標識される。
【0031】
図2は、参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算するための方法800のフローチャートを示す。ステップ802において、方法は、i)共通の原子セットP
ABと原子セットP
Aとを有する参照分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定するとともに、ii)共通の原子セットP
ABと原子セットP
Bとを有する標的分子において原子の相対的空間配置と原子間の結合接続を規定することを含む。ステップ804において、方法は、参照分子と原子セットP
Bからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である初期状態を定義することを含む。ステップ806において、方法は、標的分子と原子セットP
Aからの少なくとも1つの追加の原子成分とから構成される非物理的分子である標的状態を定義することを含む。
【0032】
ステップ808において、方法は、初期状態において原子セットPBからの追加の原子成分と共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用することを含む。
【0033】
ステップ809において、方法は、標的状態において原子セットPAからの追加の原子成分と共通の原子セットPABとの相互作用を拘束するポテンシャルを適用することを含む。
【0034】
ステップ810において、方法は、初期状態と中間状態との間の変換経路に沿った1つ以上の遷移状態を決定することを含む。その後、ステップ812において、方法は、対応する終了状態に達したときに、対応する拘束ポテンシャルを当該ポテンシャルがゼロになるまで変換経路に沿ってスケーリングすることを含む。ステップ813において、方法は、標的状態に達するまで、PB内の少なくとも1つの追加の原子成分と共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、変換経路に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。ステップ814において、方法は、初期状態に達するまで、PA内の少なくとも1つの追加の原子成分と共通の原子セットPABとの残りの結合相互作用と、変換経路の逆方向に沿った非結合相互作用とを活性化することを含む。ステップ816において、方法は、初期状態から標的状態までの変換経路に沿って得られた値を用いて、参照分子と標的分子との自由エネルギー差を計算することを含み、上記ポテンシャルを適用することにより、初期状態と標的状態との配置空間の重なりを維持しながら自由エネルギー差の算出精度を向上する。
【0035】
自由エネルギー計算に関する詳細は、例えば、名称を「変更された結合伸縮ポテンシャルを使用して自由エネルギー差を計算する方法およびシステム」(Methods and Systems for Calculating Free Energy Differences Using a Modified Bond Stretch Potential)とする本出願人の係属中の米国特許出願第14/138,186号に開示されており、その全体が参照によって組み込まれる。
【0036】
図3Aは、参照分子と3つのダミー重原子のセット、つまり追加の原子成分とを含む初期状態を示している。参照分子は、炭素原子1に直接結合(すなわち、共有結合)された原子202を有するベンゼン分子である。3つのダミー原子D1,D2,D3のセットは点線で示されており、ダミー原子D1は炭素原子1およびダミー原子D2に接続されている。
【0037】
図3Bは、標的分子と炭素原子1に点線で接続されたダミー原子202とを含む標的状態を示している。標的分子は、炭素原子1に直接結合(すなわち、共有結合)された原子D1を有するベンゼン環である。原子D3も原子D2に共有結合されており、原子D2は原子D1に結合されている。
【0038】
物理的な厳密さを達成するには、ダミーと分子のコアとの相互作用が制約を満たす必要がある。
【0039】
【0040】
【数6】
ここで、下付き文字1c,2cは、それぞれ複合体形態(すなわち、リガンドが溶媒(例えば、水)から結合部位に移動した場合)における参照分子と標的分子とを指し、下付き文字1s,2sはそれぞれ溶媒中の参照分子と標的分子とを指す。D
1mは参照分子のダミー原子を指し、D
2mは標的分子のダミー原子を指す。ΔF
2c(D
2m)は、タンパク質複合体の標的分子状態の自由エネルギーへのダミー原子の寄与度(すなわち、タンパク質複合体の標的分子状態の自由エネルギーからタンパク質複合体の物理的標的分子の自由エネルギーを引いたもの)を指し、ΔF
2s(D
2m)は、溶媒中の標的分子状態の自由エネルギーへのダミー原子の寄与度(すなわち、溶媒中の標的分子状態の自由エネルギーから溶媒中の物理的標的分子の自由エネルギーを引いたもの)を指す。ΔF
1c(D
1m)およびΔF
1s(D
1m)は、それぞれ複合体と溶媒中における参照分子の自由エネルギーへの対応するダミー原子の寄与度を指す。
【0041】
図4Aに示された参照分子と
図4Bに示された標的分子との相対結合自由エネルギーの計算は、本出願に開示される方法およびシステムを使用して大幅に改善することができる。
図4AのSO
2はsp3混成であるが、
図4BのCOはsp2混成である。SO
2の酸素原子の1つは標的状態のダミー原子であり、その部分電荷と非結合相互作用とを徐々に変化させることにより、中央のS原子がCO基のC原子に直接変形(morphed)する。この例では、標的分子のO-C-Nによって規定される平衡角は、参照分子のO-S-Nによって規定される平衡角とはまったく異なる。ダミーO原子と分子の残りの部分との間に2つの角度相互作用が保持される場合、
図4BのCONH
2に対応する標的状態について誤った物理幾何学が生じ得る。以下に説明するように、本明細書に開示される方法およびシステムは、単一の角度相互作用を使用することで、標的状態の分子が誤った物理幾何学を取る可能性を低減(すなわち、防止)する。
【0042】
図5Aは、初期状態においてダミー水素原子6(「H6」)が炭素原子3に結合された立体構造Aを示している。相対自由エネルギー計算は、炭素原子3に結合されたCH
3基のH6への突然変異に関連する。物理的な厳密さを達成するには、ダミーH6と分子のコアとの相互作用は、(d
1,θ
1,Φ
1)または(d
1,θ
1,Φ
2)のみに依存し、両方に依存しない必要がある。d
1は、炭素原子3とダミーH6との結合伸縮相互作用を指す。アルケミカル変換は一般に、結合伸縮の項、結合角の項、結合二面角の項に関連する相互作用を含み得る。
【0043】
自由エネルギー計算は、様々なアプローチを使用して実行することができる。以下、幾つかのアプローチを例として説明する。
[アプローチ1]
第1のアプローチは、1)単結合伸縮、2)単結合角相互作用、および、3)単結合二面角相互作用の組み合わせのみを使用する計算を対象としている。第1のアプローチは、
図5Bに示されるように、ダミーH6が裏返ってそれぞれ立体構造Bおよび立体構造Cを示すものとなる可能性があるため、配置空間の重なりが不十分となる。このようなダミーH6の配向は、ダミーH6が結合している炭素3原子がsp2混成であるため物理的ではなく、ダミーH6は分子のベンゼン部分によって規定される面から一般に逸脱してはならない。言い換えれば、H6が標的分子の実際の物理原子となる場合、H6は立体構造Aに対応する幾何学のみを指す必要がある。このため、初期分子の立体構造Bと標的分子の立体構造Aとの立体構造の差は、2つの終了状態の間の配置空間のギャップを大きくして、自由エネルギー計算において大きなサンプリングエラーを生じさせるものとなる。したがって、結合二面角相互作用は、ダミー原子が非物理幾何学を取ることを防ぐには十分でなく、その結果、配置空間の重なりが不十分となる。
【0044】
[アプローチ2]
位相空間の重なりまたは配置空間の重なりを最大化するために、θ
1とθ
1の両方を含む相互作用を保持する幾つかの計算がある。このようなアプローチは、ダミーH6が非物理幾何学を取ることを防ぐが、ダミーH6の自由エネルギーが複合体(ΔF
B)および溶媒(ΔF
A)のシミュレーションで正確に相殺されないため物理的な厳密さを欠く(すなわち、実験結果を反映する正確な計算が得られない)。
図4に示された突然変異について、このアプローチによる誤差を示す例を以下(
図7)に説明する。
【0045】
[アルケミカル拘束ポテンシャルを使用したアプローチ]
物理的な厳密さを実現するには、ダミーHと分子のコアとの相互作用は、(d1,θ1,Φ1)または(d1,θ1,Φ2)か、もしくは(d1,θ1/θ2,ω)のみに依存し、2つ以上に依存しない必要がある。なお、ωは、ベンゼン環の原子2,3,4で定義される面と、原子2,3とダミーH6とで定義される面との間の二面角である。
【0046】
H6がダミー原子である初期状態では、結合伸縮相互作用d1と、1つの結合角相互作用(θ1またはθ2のいずれかであって両方ではない)と、平衡角180度のωの調和ポテンシャルとが計算により保持される。調和ポテンシャルU(ω)は単純な調和振動子ポテンシャルであり、U(ω)=K(ω-ω0)2である。ここで、Kは力定数、ω0は平衡二面角であり、この場合は180度である。
【0047】
次いで、変換経路に沿って初期状態から最終状態に変換するときに調和ポテンシャルをゆっくりと0まで計算によりスケーリングする。H6と分子のコアとの間のすべての他の結合相互作用も、Hが(標的状態で)現実になるとゆっくりと活性化する。
【0048】
アルケミカル拘束ポテンシャルは物理的な厳密さを達成して、2つの終了ポイントの間で良好な配置空間の重なり(すなわち、初期分子と標的分子のサンプルがほぼ同じ構成のアンサンブル)を維持する。
【0049】
図6Aは、配置空間の重なりを最大化して物理的な厳密さを維持するという2つの目的を達成するためのアルケミカル拘束ポテンシャルの使用の別の例を示している。参照分子はメチルベンゼンであり、標的分子はエチルベンゼンであり、参照分子のメチル基の水素原子の1つがメチル(CH
3)基に変異している。
【0050】
図6Bは、標的分子に見られるダミー原子(すなわち、CH
3)の追加とともに参照分子を使用して形成される初期状態を示している。標的分子は、参照分子に見られるダミー原子(すなわち、H)の追加とともに標的分子を使用して形成される。
【0051】
初期状態では、324面(すなわち、水素原子3と炭素原子2と炭素原子4とを含む面)と321面(すなわち、水素原子3と炭素原子2とダミー炭素原子1とを含む面)との間の二面角の調和ポテンシャルが計算に使用される。標的状態では、324面と325面(すなわち、水素原子3と炭素原子2とダミー水素原子5とを含む面)との間の二面角の調和ポテンシャルが計算に使用される。上記の調和ポテンシャルは、対応するダミー原子が物理原子になると、対応する終了状態で0にスケーリングされる。
【0052】
図7は、アプローチ2を使用して行われた計算を示している。望ましい自由エネルギー差は、分子23484,23485,23479間の変異である。この計算は、分子23484と分子23479との自由エネルギー差(Br原子の追加、メチルベンゼン基の除去、およびSO
2からCO
2基への変換を含む)、分子23485と分子23479との自由エネルギー差(メチル基からBr原子への置換、メチルベンゼン基の除去、およびSO
2からCO
2基への変換を含む)、および分子23484と分子23485との自由エネルギー差(メチル基の追加を含む)を含む。表1は、アプローチ2に基づく計算結果をまとめたものである。
【0053】
【表1】
図8は、
図7に示されたものと同じ系に対して、本明細書に開示された方法およびシステムを使用して行われた計算を示している。
【0054】
【表2】
図8および表2に示されるように、アルケミカル拘束を使用した結果は、アプローチ2を使用して得られた結果と比較して、実験値にはるかに近くなっている。
【0055】
sp混成を含む突然変異の場合、例えば、炭素三重結合に結合したH原子から、炭素三重結合に結合したCH3基への突然変異となる。このような場合、初期状態にはCH3がダミー原子として含まれ、最終状態にはダミーH原子が含まれる。ただし、CH3の炭素原子、三重結合の炭素原子、および三重結合の他の炭素原子が線形幾何学を形成するので、この場合には、前述した例で行われたような二面角を拘束するためにアルケミカル拘束ポテンシャルを使用する必要はない。
【0056】
初期ステップとして、系内の原子間の結合接続と、PAB、PA、およびPBの各々を形成する原子の相対的空間配置とを含む、系のトポロジが提供される。
参照分子と標的分子との間の1つまたは複数の遷移状態は、結合パラメータλの様々な値によって規定される経路に沿って決定することができ、ここで、λの値の増分は、参照分子から標的分子へと系を移動させる。λは0から1まで変化するスカラー変数であり得るが、以下でさらに説明する本発明の幾つかの実施形態では、λは、系内の様々なタイプの相互作用のために様々な成分を含むベクトルであり得る。分子動力学またはモンテカルロシミュレーションなど(ただし、これらに限定されない)のコンピュータ分子シミュレーションを実行して、参照分子、標的分子、および各遷移状態のミクロ状態のアンサンブルを取得することができる。遷移状態のλ値は、参照分子から標的分子への「反応経路」上のそれぞれ隣り合うλ窓間において、分子シミュレーションによってサンプリングされる連続したλ窓内のミクロ状態間にかなりの重なりが存在するように、既知の技術によって選択することができる。
【0057】
これらすべての状態の分子シミュレーションを実行する際、結合を形成する2つの原子A
a,A
b(例えば、
図1aのA
1,A
3)間の結合伸縮相互作用エネルギーは、λによって変調される弱結合ポテンシャル(またはその結合伸縮成分)によって定義することができる。λ=0である(A
a,A
bが参照分子で完全に非結合である)場合、弱結合ポテンシャルは、A
a,A
b間のすべての距離rに対して平坦ポテンシャルである。0<λ<1である(A
a,A
b間の結合がアルケミカル変換において「部分的に形成」中である)場合、r→∞であるとき、弱結合ポテンシャルは平坦ポテンシャルに向かって横ばいになる。すなわち、A
a,A
b間の距離rに対するポテンシャルの偏導関数は、r→∞であるとき、ゼロである。λ=1である(A
a,A
bが標的分子で完全に原子価結合している)場合、弱結合ポテンシャルは調和ポテンシャルに戻る。さらに、結合伸縮項のポテンシャルエネルギー関数は、[0,1]内の結合パラメータλの結合伸縮成分λ
sbsのすべての値およびA
a,A
b間の距離rのすべての値に対して、いかなる特異領域も有していない。弱結合ポテンシャルおよび弱結合ポテンシャルの幾つかの特性を明らかにする詳細を以下に提供する。
【0058】
参照分子から標的分子へのアルケミカル変換の過程では、参照分子に固有の相互作用を様々なλ成分の第1のスケジュールのセットに従って非活性化することができ、標的分子に固有の相互作用を様々なλ成分の第2のスケジュールのセットに従って活性化することができる。これについて以下でさらに説明する。
【0059】
一般的に使用される分子力学力場では、結合角相互作用および結合二面角相互作用は通常、以下のポテンシャルエネルギー形態を有する。
【0060】
【数7】
ここで、θは結合角であり、θ
0は平衡結合角であり、k
θは角力定数であり(θ
0,k
θの両方が、結合角を形成する原子に依存する)、φは二面角であり、k
φは二面角の力定数である(二面角を形成する原子に依存する)。環の開または閉により、結合の破断または形成によって影響を受ける結合角項および二面角項を、結合パラメータλの成分λ
ba,λ
bdによってそれぞれ変調することができる。
【0061】
本明細書に記載される自由エネルギー差計算の方法は、多数の非常に有用な用途に適用することができ、それらとしては、例えば、
・開環または閉環を有する同族リガンド間の相対タンパク質-リガンド結合親和性および/または相対溶媒自由エネルギー計算、
・大環状化が異なる同族リガンド間の相対タンパク質-リガンド結合親和性および/または相対溶媒自由エネルギー計算、
・非プロリン残基からプロリン残基への突然変異またはプロリン残基から非プロリン残基への突然変異によるタンパク質熱動力学安定性、タンパク質-リガンド結合親和性、またはタンパク質-タンパク質結合親和性への影響の計算、および
・残基挿入または残基削除によるタンパク質熱動力学安定性、タンパク質-リガンド結合親和性、またはタンパク質-タンパク質結合親和性への影響の計算
が挙げられる。
【0062】
幾つかの実施形態では、自由エネルギー差計算の方法を使用して、創薬中の化合物を評価することができる。例えば、上記した計算アプローチは、新たな医薬品用途の候補としての適性について化合物をスクリーニングするための仮想フィルターとして使用することができる。
図9を参照すると、これらの計算アプローチを組み込んだ例示的な薬剤設計手順900がフローチャートとして示されている。ここで、処理は、生体分子標的に結合するための1つまたは複数の候補分子を特定することから始まる(ステップ910)。典型的には、生体分子標的は、特定の病状や病変または微生物病原体の感染性や生存に関連する特定の代謝またはシグナル伝達経路に関与するタンパク質、核酸、または他の生体高分子である。幾つかの場合において、候補分子は、標的の結合サイトに相補的に選択される小分子である。候補分子の例としては、受容体アゴニスト、アンタゴニスト、逆アゴニスト、モジュレーターや、酵素活性化剤、酵素阻害剤や、イオンチャネルオープナー、イオンチャネルブロッカーとして機能することが予想される分子などを挙げることができる。幾つかの研究では、多数の候補化合物(例えば、数百または数千)が特定されている。
【0063】
候補が特定されると、コンピュータ演算により自由エネルギー計算が実行されて(ステップ920)候補分子が標的にどれだけ強く結合するかの度合いが提供される。概して、コンピュータ演算は上記した方法を用いて実行されるが、コンピュータネットワーク全体で実行されてもよい。例えば、インターネットなどのネットワークを介して研究者がアクセスする1つまたは複数のサーバを使用して計算が実行されてもよい。
【0064】
自由エネルギー計算の結果を使用して候補分子をスクリーニングすることにより化学分析の候補が特定される(ステップ930)。この化学分析には、最初に候補分子を合成し(ステップ940)、次に合成候補分子を分析することが含まれる。分子のスクリーニングは、計算された自由エネルギーを閾値と比較することにより、および/または研究中の他の候補分子と比べて生体分子標的に対して最も高い結合親和性を示す候補を選択することにより行うことができる。
【0065】
典型的に、合成には幾つかのステップが含まれ、これらのステップには、化合物を作る反応経路の選択、適切な装置を使用した1つまたは複数の化学反応の実行、反応混合物からの反応生成物の分離、および反応生成物の精製が含まれる。正しい化合物であることを確認するために化学組成および純度がチェックされて検査される。
【0066】
一般的には、各候補分子に対して多くの様々な化学分析を実行することができる。例えば、ステップ950では、すべての合成候補分子から一次分析を実行することができる(ステップ960)。一次分析は、コンピュータ演算によるスクリーニングステップから選択されたすべての候補化合物に対して必要なすべての分析を実行するのではなく、候補分子のさらなるスクリーニングを提供する高スループット分析とすることができる。二次分析(ステップ960)は、一次分析から良好な結果を示す分子に対して実行される。二次分析は、例えば、選択性および/または負の作用を評価するために体外(in vitro)または体内(in vivo)の両方での分析を含むことができる。一次分析および二次分析の両方は、さらなるコンピュータ演算スクリーニングのための追加の候補分子を特定するのに役立つ情報を提供することができる。
【0067】
二次分析の結果が良好な候補分子は、さらなる前臨床評価のための適切な候補として特定することができる(ステップ970)。
バイオ医薬品の発見および材料科学の用途と同様の用途が想定されている。例えば、目的の抗原に対して活性的な初期抗体が例えばファージディスプレイまたは他の関連技術により特定されると、開示された技術を使用して、抗体への残基挿入、残基削除、およびプロリン突然変異修飾について抗原に対する抗体の結合自由エネルギーの変化を決定することができる。また、開示された技術は、残基挿入、残基削除、およびプロリン突然変異修飾による抗体の安定性の変化を決定するためにも使用することができる。さらに、抗体のパラトープ領域に対する多くの可能な修飾を列挙する方法と組み合わせることにより、開示された技術は、抗体の結合親和性および安定性の最適化を促進する。
【0068】
同様に、開示された技術を使用することで、親和性および安定性を維持する抗体の新規抗体配列を特定することができ、これら新規抗体配列は、抗体の粘度または凝集を改善する幾つかの他の予測方法に基づくことによっても期待される。
【0069】
開示された技術を使用して様々な溶媒環境の様々な分子の相対的溶媒和自由エネルギーを計算することができる場合には材料科学における同様の用途も実現可能であり、これは、目的の用途により適した物質の物理化学的特性を最適化することによって実現可能である。
【0070】
一般に、開示された主題の自由エネルギー計算のための方法の実施形態は、例えば、スタンドアロンコンピュータや、1つ以上のネットワークコンピュータ、ネットワークサーバコンピュータ、ハンドヘルドデバイスなどの適切なハードウェアプラットフォームのソフトウェアコンポーネントの形態を取り得るコンピュータプログラムで実装することができる。開示された方法の異なる態様は、異なるソフトウェアモジュールに実装されてソフトウェアの設計に応じて1つのプロセッサまたは異なるプロセッサによって順次または並列に実行され得る。プログラムを実行可能な装置は、1つ以上のプロセッサ、1つ以上のメモリデバイス(ROM、RAM、フラッシュメモリ、ハードドライブ、光学ドライブなど)、入出力デバイス、ネットワークインターフェース、および他の周辺機器を含むことができる。プログラムを記憶する非一時的なコンピュータ可読媒体も提供される。
【0071】
本明細書に記載される主題および機能的動作の実施形態は、デジタル電子回路、具現化されたコンピュータソフトウェアもしくはファームウェア、本明細書に開示される構造やそれらの構造的等価物を含むコンピュータハードウェア、またはそれらの1つ以上の組み合わせにて実装することができる。本明細書に記載される主題の実施形態は、1つ以上のコンピュータプログラム、すなわち、データ処理装置による実行のためにあるいはその動作を制御するために有形の非一時的記憶媒体に符号化されたコンピュータプログラム命令の1つ以上のモジュールとして実装することができる。コンピュータ記憶媒体は、機械可読記憶装置、機械可読記憶基板、ランダムあるいはシリアルアクセスメモリデバイス、またはそれらの1つ以上の組み合わせとすることができる。代替的または追加的に、プログラム命令は、データ処理装置による実行のために適切な受信機装置へ送信するための情報を符号化するべく生成される機械生成電気信号、光信号、または電磁信号などの人工的に生成された伝播信号上に符号化することができる。
【0072】
「データ処理装置」という用語はデータ処理ハードウェアを指し、例として、プログラマブルプロセッサ、コンピュータ、またはマルチプロセッサあるいはコンピュータなどの、データを処理するためのあらゆる種類の装置、デバイス、および機械を包含する。また、装置は、例えば、FPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)やASIC(特定用途向け集積回路)などの専用論理回路であってもよく、またはそれらをさらに含むものであってもよい。装置は、ハードウェアに加えて、コンピュータプログラムの実行環境を作成するコード、例えば、プロセッサファームウェア、プロトコルスタック、データベース管理システム、オペレーティングシステム、またはそれらの1つ以上の組み合わせを構築するコードを任意に含むことができる。
【0073】
プログラム、ソフトウェア、ソフトウェアアプリケーション、アプリ、モジュール、ソフトウェアモジュール、スクリプト、またはコードと呼ばれたりあるいは記述されたりするコンピュータプログラムは、コンパイルされたあるいは解釈された言語や宣言型あるいは手続き型の言語を含むあらゆる形式のプログラミング言語で記述することができる。また、コンピュータプログラムは、スタンドアロンプログラムとして、またはコンピューティング環境での使用に適したモジュール、コンポーネント、サブルーチン、あるいはその他のユニットとして、任意の形式で展開することができる。プログラムは、ファイルシステム内のファイルに対応していてもよいが、必ずしも対応している必要はない。プログラムは、他のプログラムまたはデータを保持するファイルの一部、例えば、マークアップ言語ドキュメントに記憶されている1つ以上のスクリプト、問題のプログラム専用の単一ファイル、または複数の調整ファイル、例えば1つ以上のモジュールや、サブプログラムや、コードの一部を保存するファイルに保存することができる。コンピュータプログラムは、1つのコンピュータで実行されるように展開することもできるし、1つのサイトに配置されるか複数のサイトに分散されてデータ通信ネットワークで相互接続される複数のコンピュータで実行されるように展開することもできる。
【0074】
本明細書に記載されるプロセスおよび論理フローは、入力データを操作し出力を生成することによって機能を実行するべく、1つ以上のコンピュータプログラムを実行する1つ以上のプログラマブルコンピュータによって実行することができる。プロセスおよび論理フローは、専用ロジック回路、例えばFPGAまたはASICによって、または、専用ロジック回路と1つ以上のプログラムされたコンピュータとの組み合わせによっても実行することができる。
【0075】
コンピュータプログラムの実行に適したコンピュータは、汎用もしくは専用のマイクロプロセッサかあるいはその両方、または任意の他の種類の中央処理装置に基づくものとすることができる。概して、中央処理装置は、読み取り専用メモリもしくはランダムアクセスメモリ、またはその両方から命令とデータを受け取る。コンピュータの重要な要素は、命令を実行するための中央処理装置と、命令およびデータを記憶するための1つまたは複数のメモリデバイスである。中央処理装置とメモリは、専用ロジック回路によって補完されるかまたはそれに組み込むことができる。概して、コンピュータは、データを記憶するための1つ以上の大容量記憶装置、例えば磁気ディスク、光磁気ディスク、または光ディスクを含むか、または、それらにもしくはそれらからデータを転送もしくは受信するように動作可能に結合される。しかしながら、コンピュータはそのようなデバイスを必須とするものではない。さらに、コンピュータを別のデバイス、例えば、携帯電話、携帯情報端末(PDA)、モバイルオーディオもしくはビデオプレーヤー、ゲームコンソール、全地球測位システム(GPS)受信機、またはポータブル記憶装置(例えば、単に一例を挙げると、ユニバーサルシリアルバス(USB)フラッシュドライブなど)に内蔵することができる。
【0076】
コンピュータプログラムの命令およびデータを保存するのに適したコンピュータ可読媒体は、すべての形態の不揮発性メモリ、媒体、およびメモリデバイスを含み、これらには、例えば、半導体メモリデバイス(例えば、EPROM、EEPROM、フラッシュメモリデバイス)や、磁気ディスク(例えば、内蔵ハードディスク、リムーバブルディスク)や、光磁気ディスクや、CDROMディスクや、DVD-ROMディスクなどが含まれる。
【0077】
ユーザとの対話を提供するために、本明細書に記載される主題の実施形態はコンピュータ上に実装可能であり、コンピュータは、ユーザに対して情報を表示するための例えばCRT(陰極線管)モニタやLCD(液晶ディスプレイ)モニタなどのディスプレイデバイスと、コンピュータに対してユーザが情報を提供可能となるキーボードおよび例えばマウスやトラックボールなどのポインティングデバイスとを有する。他の種類のデバイスを使用して、ユーザとの対話を提供することもでき、例えば、ユーザに提供されるフィードバックは、視覚フィードバック、聴覚フィードバック、または触覚フィードバックなどの任意の形態の感覚フィードバックとすることができ、ユーザからの入力は、音響、音声、または触覚の入力を含む任意の形式で受信することができる。さらに、コンピュータは、ユーザが使用するデバイスとの間でドキュメントを送受信することにより、ユーザと対話することができ、例えば、ウェブブラウザから受信した要求に応じて、ユーザのデバイス上のウェブブラウザにウェブページを送信することができる。また、コンピュータは、テキストメッセージまたは他の形式のメッセージを個人デバイス、例えば、メッセージングアプリケーションを実行しているスマートフォンなどに送信して、ユーザから応答メッセージを受信することにより、ユーザと対話することができる。
【0078】
本明細書に記載される主題の実施形態は、例えば、データサーバとしてのバックエンドコンポーネントを含むコンピューティングシステム、アプリケーションサーバなどのミドルウェアコンポーネントを含むコンピューティングシステム、グラフィカルユーザインターフェイスやウェブブラウザやアプリを有しユーザが本明細書に記載された主題を実装した機能と対話可能なクライアントコンピュータなどのフロントエンドコンポーネントを含むコンピューティングシステム、または、1つ以上のこのようなバックエンドコンポーネント、ミドルウェアコンポーネント、フロントエンドコンポーネントの任意の組み合わせにおいて実装することができる。システムのコンポーネントは、任意の形態または媒体によるデジタルデータ通信、例えば通信ネットワークによって相互接続することができる。通信ネットワークの例としては、ローカルエリアネットワーク(LAN)やワイドエリアネットワーク(WAN)、例えばインターネットが挙げられる。
【0079】
コンピューティングシステムは、クライアントおよびサーバを含むことができる。一般に、クライアントとサーバは互いにリモートであり、通常は通信ネットワークを介して対話する。クライアントとサーバの関係は、それぞれのコンピュータ上で実行されて相互にクライアントとサーバの関係を持つコンピュータプログラムによって生じる。幾つかの実施形態では、サーバは、例えば、クライアントとして機能するデバイスと対話するユーザに対してデータを表示したり、ユーザからユーザ入力を受信したりする目的で、ユーザデバイスにデータ、例えばHTMLページを送信する。ユーザデバイスで生成されたデータ、例えばユーザ対話の結果は、デバイスからサーバで受信することができる。
【0080】
本明細書は多くの特定の実装形態の詳細を含むが、これらは、発明の範囲または特許請求の範囲の制限として解釈されるべきではなく、特定の発明の特定の実施形態に固有であり得る特徴の説明として解釈されるべきである。別々の実施形態の文脈で本明細書に記載されている特定の特徴は、単一の実施形態に組み合わせて実装することもできる。逆に、単一の実施形態の文脈で記載されている様々な特徴は、複数の実施形態で別々にまたは任意の適切なサブコンビネーションで実装することもできる。さらに、特定の組み合わせにおいて機能するものとして特徴を上記で説明し、最初に特許請求の範囲に記載しているが、特許請求の範囲に記載された組み合わせに基づく1つ以上の特徴をその組み合わせから削除することもでき、特許請求の範囲に記載された組み合わせはサブコンビネーションまたはサブコンビネーションの変形も対象とし得る。
【0081】
同様に、図面において処理を説明し、その処理が特定の順序で特許請求の範囲に列挙されているが、これは、所望の結果を達成するために、そのような処理が図示された特定の順序または連続した順番で実行されること、または図示されたすべての処理が実行されることを要求するものとして理解されるべきではない。特定の状況では、マルチタスクと並列処理が有利な場合もあり得る。さらに、上記の実施形態における様々なシステムモジュールおよびコンポーネントの分離は、すべての実施形態においてそのような分離を必要とするものとして理解されるべきではなく、記載されたプログラムコンポーネントおよびシステムは一般に単一のソフトウェア製品または複数のソフトウェア製品にパッケージ化することができる。
【0082】
主題の特定の実施形態について説明したが、他の実施形態も添付の特許請求の範囲内に含まれる。例えば、特許請求の範囲に記載された動作は、異なる順序で実行されることにより依然として所望の結果を達成することができる。一例として、添付の図面に記載された処理は、所望の結果を達成するために、図示された特定の順序または連続的な順序を必ずしも必要としない。幾つかの場合には、マルチタスクと並列処理が有利な場合もある。