(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】経皮薬物送達システムおよびその使用方法
(51)【国際特許分類】
A61F 9/007 20060101AFI20230816BHJP
A61M 37/00 20060101ALI20230816BHJP
【FI】
A61F9/007 170
A61M37/00 520
(21)【出願番号】P 2020535084
(86)(22)【出願日】2018-12-27
(86)【国際出願番号】 US2018067643
(87)【国際公開番号】W WO2019133690
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-12-22
(32)【優先日】2017-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】512286174
【氏名又は名称】センジュ ユーエスエー、インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】大迫 哲平
(72)【発明者】
【氏名】川原 康慈
(72)【発明者】
【氏名】小河 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】礒脇 明治
(72)【発明者】
【氏名】喜田 徹郎
【審査官】小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0310417(US,A1)
【文献】特表2010-502564(JP,A)
【文献】特表2014-519955(JP,A)
【文献】国際公開第2016/031535(WO,A1)
【文献】特表2017-524677(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/007
A61M 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイボーム腺を含む眼瞼組織に、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与するためのマイクロニードルデバイスであって、
前記マイクロニードルデバイスが、前記薬物を含有するコーティングが表面上の少なくとも一部に施されてなるマイクロニードルを備えてなり、
前記眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患が、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタルからなる群から選択される少なくとも1つの疾患であり、
前記薬物が、
デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム、デキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンリン酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム、プレドニゾロンリン酸エステルナトリウム、プレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、及びベタメタゾンリン酸エステルナトリウムからなる群より選択される少なくとも1つの水溶性ステロイドであり、
前記薬物を含有するコーティングが、ポリヒドロキシメチルセルロース、ポリヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、プルラン、並びに、コンドロイチン硫酸又はそのエステル塩からなる群から選択される少なくとも一種の水溶性高分子を含有する、
マイクロニードルデバイス。
【請求項2】
前記薬物を含有するコーティングが、コーテイング液から形成されてなり、
前記コーティング液が、その全質量に対して、
前記水溶性ステロイドを5質量%~20質量%、及び、
前記水溶性高分子を10質量%~50質量%含む、
請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項3】
眼瞼皮膚又は眼瞼結膜を介して、前記薬物を投与するためのデバイスである、請求項
1又
は請求項2に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項4】
前記マイクロニードルデバイスが、前記マイクロニードルを備えてなるマイクロニードルアレイをさらに含み、前記マイクロニードルアレイが0.01cm
2以上1.20cm
2以下の面積を有する、請求項
1乃至請求項
3のうち何れか一項に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項5】
請求項
1乃至請求項
4のうちいずれか一項に記載のマイクロニードルデバイス、並びに、眼瞼皮膚支持土台及び血管収縮剤を含む製剤のうちの一方又は双方を含むことを特徴とする、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患、具体的には、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタル等の疾患に対して、その治療用薬物を投与するためのマイクロニードルデバイス、並びに、前記治療用薬物を投与する方法に関する。前記の治療用薬物を投与するマイクロニードルデバイスは、新たな経皮薬物送達システムとして捉えられ得、本発明では当該マイクロニードルデバイスを経皮薬物送達システムとも称する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、支持体上に眼疾患治療薬を含有する膏体層が設けられた構造を有する眼疾患治療用経皮吸収型製剤が開示され、眼軟膏剤よりも良好な有効性および安全性を示すステロイドパッチ、および眼疾患の治療方法が記載されている。
また特許文献2には、簡便で小型の経皮的薬物投与デバイスとして、針の高さが数百ミクロンのマイクロニードルアレイ処理による穿刺後の皮膚表面に、薬物含有ハイドロゲルを載置することで薬物を投与する技術が開示され、薬物含有ハイドロゲルの保型性を所定の範囲に制御することで、透過薬物量を有意に向上させることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2014-519955号公報(SENJU USA)
【文献】特許第5767094号明細書(ニチバン)
【非特許文献】
【0004】
【文献】Journal of American Academy of Dermatology 2006;54:1-15
【文献】Survey of Ophthalmology 1979;24:57-88.
【文献】British Journal of Dermatology 1976;95:207-208
【文献】Archives of Dermatology 1976;112:1326
【文献】Archives of Dermatology 1978;114:953-954
【文献】Ophthalmology 1997;104:2112-2116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の特許文献1に開示される技術、すなわち、経皮吸収型製剤を眼瞼皮膚に直接貼付する手段は、日常の活動に多少なりとも制限がかかることから、患者に対して少なからず負担を感じさせることとなる。
また特許文献2に開示された技術も、眼瞼の皮膚表面に薬物含有ハイドロゲルを載置することから、患者のQOLへの影響が懸念される。さらに同文献には、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタル等の眼瞼及び眼瞼結膜の疾患の効果的な治療について、具体的な記載は一切ない。
【0006】
本発明は眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患、特に、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタル等の眼瞼及び眼瞼結膜の治療に際し、疾患部位に短時間で薬物を投与し、且つ薬物の投与量(経皮透過量)を優位に向上させる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、新たな経皮薬物送達システムとして、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の水溶性薬物をマイクロニードル表面にコートしたマイクロニードルデバイスを構成し、このデバイスを用いて、前記マイクロニードルを、マイボーム腺を含む眼瞼組織に穿刺することにより、眼瞼及び眼瞼結膜の疾患部位に対して、短時間で且つ有効治療濃度にて薬物を投与できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち本発明は、
[1]眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与する方法であって、
前記方法は、
前記疾患に罹患している又は罹患の疑いのある患者の、マイボーム腺を含む眼瞼組織に、マイクロニードルデバイスを用いてマイクロニードルを穿刺する工程を含み、
薬物含有コーティングが前記マイクロニードルの表面の少なくとも一部に施されてなり、前記薬物が、水溶性薬物である、
方法に関する
【0009】
本発明によれば、更に以下の実施態様が提供される。
[2]前記薬物が、-5から0の範囲から選択されるオクタノール/水分配係数(logD)を有する少なくとも1つの水溶性ステロイドである、前記の方法。
[3]前記薬物が、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム、デキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンリン酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム、プレドニゾロンリン酸エステルナトリウム、プレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、及びベタメタゾンリン酸エステルナトリウムからなる群より選択される少なくとも1つの水溶性ステロイドである、前記の方法。
[4]前記薬物含有コーティングが、ポリヒドロキシメチルセルロース、ポリヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、プルラン、コンドロイチン硫酸又はそのエステル塩、並びに、ヒアルロン酸又はその塩からなる群から選択される少なくとも一種の水溶性高分子を含有する、前記の方法。
[5]前記マイクロニードルを穿刺する工程が、前記マイクロニードルを眼瞼皮膚表面又は眼瞼結膜表面に穿刺する工程である、請求項1に記載の方法。
[6]前記マイクロニードルを穿刺する工程が、1秒乃至10秒間、前記マイクロニードルを穿刺する工程である、前記の方法。
[7]前記眼瞼組織に血管収縮剤を適用する工程をさらに含む、前記の方法。
[8]前記眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患が、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタルからなる群から選択される少なくとも1つの疾患である、前記の方法。
【0010】
さらに本発明は、
[9]マイボーム腺を含む眼瞼組織に、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与するためのマイクロニードルデバイスであって、
前記マイクロニードルデバイスが、前記薬物を含有するコーティングが表面上の少なくとも一部に施されてなるマイクロニードルを備えてなり、
前記薬物が、水溶性薬物である、
マイクロニードルデバイスに関する。
【0011】
本発明によれば、更に以下の実施態様が提供される。
[10]眼瞼皮膚又は眼瞼結膜を介して、前記薬物を投与するためのデバイスである、前
記マイクロニードルデバイス。
[11]眼瞼皮膚又は眼瞼結膜を介して、マイボーム腺を含む眼瞼組織に、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与するためのマイクロニードルデバイスであって、
前記マイクロニードルデバイスが、前記薬物を含有するコーティングが表面上の少なくとも一部に施されてなるマイクロニードルを備えてなり、
前記薬物が、水溶性薬物である、
前記マイクロニードルデバイス。
[12]前記薬物が、-5から0の範囲から選択されるオクタノール/水分配係数(logD)を有する少なくとも1つの水溶性ステロイドである、前記マイクロニードルデバイス。
[13]前記薬物が、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム、デキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンリン酸エステルナトリウム、ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム、プレドニゾロンリン酸エステルナトリウム、プレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム、及びベタメタゾンリン酸エステルナトリウムからなる群より選択される少なくとも1つの水溶性ステロイドである、前記マイクロニードルデバイス。
[14]前記コーティングが、ポリヒドロキシメチルセルロース、ポリヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、プルラン、コンドロイチン硫酸又はそのエステル塩、並びに、ヒアルロン酸又はその塩からなる群から選択される少なくとも一種の水溶性高分子を含有する、前記マイクロニードルデバイス。
[15]前記眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患が、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタルからなる群から選択される少なくとも1つの疾患である、前記マイクロニードルデバイス。
[16]眼瞼の組織の機能不全による眼疾患治療に用いる、前記マイクロニードルデバイス。
[17]眼疾患治療に用いる、前記マイクロニードルデバイス。
[18]前記マイクロニードルデバイスが、前記マイクロニードルを備えてなるマイクロニードルアレイををさらに含み、前記マイクロニードルアレイが0.01cm2以上1.20cm2以下の面積を有する、前記マイクロニードルデバイス。
[19]眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療方法であって、
前記方法は、
疾患に罹患している又は罹患の疑いのある患者の眼瞼皮膚又は眼瞼結膜表面に、前記マイクロニードルデバイスにおけるマイクロニードルを穿刺する工程を含む、
方法。
[20]前記マイクロニードルを穿刺する工程が、1秒乃至10秒間、前記マイクロニードルを穿刺する工程である、前記の方法。
[21]前記眼瞼組織に血管収縮剤を適用する工程をさらに含む、前記の方法。
[22]前記マイクロニードルデバイス、並びに、眼瞼皮膚支持土台及び血管収縮剤を含む製剤のうちの一方又は双方を含むことを特徴とする、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療、特に、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタル等の疾患の治療に際し、疾患部位に対して、短時間にて有効治療濃度の薬物の投与を実現することができる。
特に本発明は、これまで必要とされた疾患部位への数時間に亘る貼付剤等の処置等を必要とせず、表面に水溶性薬物がコートされたマイクロニードルを疾患部位またはその周辺
組織に穿刺することで、疾患部位への薬物の投与が短時間(数秒)で完了する。そしてこの短時間の処置は、投与の手数を少なくし、従来の処置(貼付剤の貼付)時に付随する疾患部位の違和感(異物感)を軽減し、患者の日常の活動に制限を与えることがなく、患者への負担が軽減される。
更に本発明にあっては、薬物を直接担持させたマイクロニードルを用いることにより、疾患部位の皮膚(粘膜)表面から、マイクロニードルの穿刺によって標的部位に対して特異的な薬物投与が可能となる。
また、マイクロニードルへの薬物担持量を調整することにより、薬物投与量の調節も容易である。すなわち、重症度に応じた薬物投与量の調節が可能であり、かつ投与回数も調整できるなどの利点も有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与する方法、並びに、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与するためのマイクロニードルデバイスに関する。
具体的には、前記方法は、霰粒腫、眼瞼炎、マイボーム腺機能不全、アレルギー性結膜疾患及び春季カタル等の、眼瞼又は眼瞼結膜疾患に罹患しているか、あるいは罹患の疑いのある患者(例えばヒト、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、サル等の対象)において、その患者のマイボーム腺を含む眼瞼組織に対して、マイクロニードルデバイスを用いて、表面上の少なくとも一部に薬物含有コーティングが施されてなるマイクロニードルを穿刺することにより実施される。より具体的には、前記方法は、これら患者の眼瞼皮膚表面又は眼瞼結膜表面に穿刺することにより、実施される。
上記眼瞼皮膚とは、眼瞼(まぶた)の表面を含む皮膚表面であり、上眼瞼、下眼瞼もしくは両眼瞼の前面、またはこれらの眼瞼の皮膚表面をいう。また眼瞼結膜とは、眼瞼の裏側の膜を指し、上眼瞼結膜、下眼瞼結膜、もしくは両眼瞼の結膜をいう。
以下、まず本発明の方法に使用し、また本発明の対象でもある前記マイクロニードルデバイス、すなわち、薬物含有コーティングが施されてなるマイクロニードルを備えるマイクロニードルデバイスについて詳述する。
【0014】
[マイクロニードルデバイス]
本発明に用いるマイクロニードルデバイスは、その表面上の少なくとも一部に薬物含有コーティングが施されてなるマイクロニードルを備えてなる。そして前記マイクロニードルデバイスは、前記マイクロニードルを眼瞼皮膚表面又は眼瞼結膜表面に穿刺することにより、薬物を投与するという用途に用いられる。なお、投与は眼瞼皮膚側及び眼瞼結膜側からどちらからでも可能であるが、投与を眼瞼結膜側から実施した方がマイボーム腺へ多くの薬物を移行できるため好ましい。これは眼瞼皮膚側に比べ、眼瞼結膜側の方がよりマイボーム腺への距離が近いためと推察される。また、眼瞼皮膚側から投与(穿刺)を実施すると、穿刺部位が露出する(穿刺部位が顔の表面であり目視可能である)ことから、薬液が有色の場合に穿刺した場所が薬液の色によって目立つ。さらに、例え薬液が無色であってもマイクロニードルの形状によっては穿刺した際に生じる傷(穿刺孔)が目立つため、眼瞼皮膚側からの投与(穿刺)は好ましくない。
なお一般に、マイクロニードルデバイスにおいて、マイクロニードルは、通常2本以上のマイクロニードルを縦、横に配したマイクロニードルアレイの態様にて備えられ、マイクロニードルアレイを皮膚等に穿刺する処理をマイクロニードルアレイ処理ともいう。
本発明においても、前記マイクロニードルデバイスは、マイクロニードルを備えるマイクロニードルアレイを含む態様であってよい。
すなわち、本発明の方法は、眼瞼皮膚表面又は眼瞼結膜表面に対して、マイクロニードルアレイ処理が実施されると同時に、マイクロニードルアレイを構成するマイクロニードルにコートされた薬物を投与する方法ということもできる。
上記マイクロニードルアレイ処理の具体的な方法・形態については特に限定されず、例
えば、複数の針を同時に穿刺することによって眼瞼皮膚のバリア機能を一時的に低減することができる、いずれかの器具によって実行され得る(例えば、Wu,X.M.ら、(2006)J.Control Release、118:189-195などを参照)。
【0015】
上記マイクロニードルの構成材料について特に制限はなく、例えば、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリメタクリレート、エチレン-ビニルアセテート共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、ポリオキシメチレン、ポリエステル、ナイロン、ポリスチレン、ポリオレフィンからなる基材を有する合成プラスチックのマイクロニードル、またはポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリグリコール酸からなる基材を有する自己分解型のマイクロニードル、またはケイ素(化合物)、二酸化ケイ素、セラミック、金属(ステンレス鋼、鉄、アルミニウム、チタン、ニッケルなど)からなるマイクロニードルが用いられ得る。
マイクロニードルの形状やサイズについても特に制限はないが、通常は円錐状や多角錐状(三角錐状、四角錐状など)などの錐状の形状を有し、例えば三角錘状の形状を有する場合、その底面の面積を0.1mm2~0.5mm2程度、錘状の高さを0.2mm~0.5mm程度、錐状先端径を1μm~30μm程度とすることができる。錘状の高さが0.2mm未満だと、皮膚に十分な深さの傷をつけることができないため薬物を十分にマイボーム腺へ移行できなくなる恐れがあることから好ましくない。錐状の高さが0.5mmを超えてくると痛みが生じ、かなりの量の出血を伴い始めるため好ましくない。また、錘状先端形を1μm未満にすると針先強度を保てず穿刺時に針が折れてしまうことによりマイボーム腺へ薬物を移行させることができないため好ましくない。錘状先端形が30μmを超えてくると穿刺しても針が刺さらずマイボーム腺へ薬物を移行させることができないため好ましくない。
またマイクロニードルアレイの大きさは、その適用面積に特に限定されず、例えば該方法の適用面積と同じかそれより小さい或いはそれより大きい面積とすることができる。マイクロニードルアレイの大きさは、好ましくは該方法の適用面積と同じかそれより小さい面積とすることができる。例えば、眼瞼皮膚又は眼瞼結膜への適用を想定した場合、マイクロニードルアレイの面積は0.01cm2以上1.20cm2以下とすることが好適である。マイクロニードルアレイの面積が0.01cm2未満では、治療に有効な量の薬剤移行量が期待できない。マイクロニードルアレイの面積が1.20cm2以上では、大きくなることによる穿刺時の違和感が増す一方、マイボーム腺への薬剤移行量に差がなくなるため、好ましくない。
またマイクロニードルアレイを構成するマイクロニードルの設定数(本数)は適宜設定され得、例えば1~500本とすることができる。マイクロニードルの密度としては、0.8本/cm2~1000本/cm2とすることができる。密度が0.8本/cm2未満であると、十分な量の薬液をマイクロニードルデバイスに担持させることができないことからマイボーム腺へ十分な量の薬物を移行させることができない。密度が1000本/cm2を超えると、穿刺時のマイクロニードル1本当たりにかかる力が分散されるためマイクロニードルが皮膚に刺さりにくくなるため好ましくない。
上記のとおり、マイクロニードルの形状やサイズ(底面の面積、錘状の高さ等)、マイクロニードルアレイの大きさ、マイクロニードルの設定数を変更することにより、マイクロニードルデバイスに備えられるマイクロニードル全体への薬物コーティング量を調整し、疾患部位への薬物投与量の調整が可能となる。
【0016】
[薬物含有コーティング]
本発明に用いられるマイクロニードルは、薬物を含有するコーティングがマイクロニードルの表面上の一部に施されてなる。
前記コーティングは、薬物として水溶性薬物と、そして好ましくは水溶性高分子などの担体、さらに必要に応じて後述するその他添加剤などを含み得る。
【0017】
<水溶性薬物>
本発明に用いる水溶性薬物としては特に限定されないが、一般的な水溶性薬物のほか、水溶性であれば成長因子、ホルモン、サイトカイン、抗原、抗体、それらの断片並びに類縁体などが好ましい薬物として例示され得る。中でも好適な水溶性薬物として、炎症性の眼瞼疾患または眼瞼結膜疾患に対する治癒効果の高さ及び即効性が期待される水溶性ステロイドが挙げられる。
【0018】
本発明に用いる水溶性ステロイドとしては、薬理学的に許容される任意の水溶性ステロイドが挙げられ、薬理学的に許容される任意の水溶性ステロイドの例としては、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム、及びデキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム等のデキサメタゾン類;ヒドロコルチゾンリン酸エステルナトリウム、及びヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム等のヒドロコルチゾン類;プレドニゾロンリン酸エステルナトリウム、及びプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム等のプレドニゾロン類;メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム等のメチルプレドニゾロン類;ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム等のベタメタゾン類等が挙げられる。中でも、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウムを好適薬物として挙げることができる。
【0019】
本発明において用いることができるその他の水溶性薬物としては、ジクアホソルナトリウム、リフィテグラスト、さらにはジクロフェナクナトリウム、ブロムフェナクナトリウム、プラノプロフェン及びケトロラックトロメタミンなどの非ステロイド性抗炎症薬、セフメノキシム塩酸塩、オフロキサシン、ノルフロキサシン、ロメフロキサシン塩酸塩、レボフロキサシン、トスフロキサシントシル酸塩、ガチフロキサシン、モキシフロキサシン塩酸塩、ゲンタマイシン硫酸塩、トブラマイシン、ジベカシン硫酸塩、フラジオマイシン硫酸塩、クロラムフェニコール、コリスチン、バンコマイシン塩酸塩、エリスロマイシン、アジスロマイシン、クラリスロマイシン及びドキシサイクリンなどの抗生物質、シクロスポリン及びタクロリムスなどの免疫抑制薬、クロモグリク酸ナトリウム、ケトチフェンフマル酸塩、ぺミロラストカリウム、トラニラスト、イブジラスト、アシタザノラスト、レボカバスチン塩酸塩、オロパタジン塩酸塩、エピナスチン塩酸塩、及びベポタスチンベシル酸塩などの抗アレルギー薬、ヘパリン類似物質などの生理活性物質、サブスタンスPなどのペプチド類、マルトオリゴ糖などの多糖類、シクレアニン抽出物及びセンキュウ、クララ、フキタンポポ、フユボダイジュ、ブクリョウ及びラベンダーからなる群より選択される少なくとも1種の抽出物を含有する皮脂分泌促進作用をもつ天然物由来の抽出物などが挙げられる。
【0020】
なお本発明において、「水溶性薬物」や「水溶性ステロイド」における「水溶性」の指標として、分配係数(オクタノール/水分配係数)を採用することができる。分配係数はpHの影響を考慮しlogDで表すことができ、水溶性はマイナス値で示され、一方脂溶性である場合はプラス値で示される。
使用する化合物の分配係数(logD)の範囲について、特に制限はないが、皮膚透過性の観点からpH8において-5から0の範囲までの分配係数(logD)を有する化合物を使用することが好ましい。
例えば上記水溶性ステロイドとして挙げた化合物の、pH8における分配係数(logD)の一例として、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム:-5、デキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム:-2、プレドニゾロンリン酸エステルナトリウム:0、又はベタメタゾンリン酸エステルナトリウム:-5を挙げることができる。
分配係数は、JIS Z7260-107又は、JIS Z6260-117に記載の方法に準じて求めることができる。
【0021】
上記水溶性薬物(水溶性ステロイド)の配合量並びに投与量は、薬物の種類、対象の症状、さらに対象の年齢及び体重に応じて種々異なり得る。
一般に、1回当たり1mg~15mg、1日あたり2mg~30mg投与する。投与量
が1mg/回、2mg/日未満の場合、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療に対する効果がなく、15mg/回、30mg/日を超える場合は、副作用(ショック、アナフィラキシー様症状等)が現れるので好ましくない。なお、この投与量の目安は後述する眼疾患に用いる治療薬の場合も同様である。
【0022】
<担体:水溶性高分子>
前記薬物含有コーティングには、前記水溶性薬物をマイクロニードルに付着(担持)させるべく、担体を含有することが好ましい。このような担体としては、投与(疾患部位への穿刺)前には薬物を保持して、マイクロニードルからの薬物の脱落を防ぎ、一方、投与(穿刺)後においては直ちに薬物とともに穿刺部位へと脱離し、溶解するなどして、穿刺孔若しくは周辺組織に薬物を放出するものが好ましい。
このような担体として、好ましくは水溶性高分子が挙げられ、水溶性高分子の例としては、ポリヒドロキシメチルセルロース、ポリヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カラギーナン、キサンタンガム、プルラン、コンドロイチン硫酸又はそのエステル塩、並びに、ヒアルロン酸又はその塩などを挙げることができる。
中でも、好適な担体である水溶性高分子として、ヒドロキシプロピルセルロースが挙げられ、これは例えば日本曹達(株)製、NISSO HPC SSL(ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法によるプルラン換算の重量平均分子量:~40,000)、NISSO HPC SL(GPC法によるプルラン換算の重量平均分子量:~100,000)、NISSO HPC L(GPC法によるプルラン換算の重量平均分子量:~140,000)、NISSO HPC LM(GPC法によるプルラン換算の重量平均分子量:~180,000)、NISSO HPC LMM(GPC法によるプルラン換算の重量平均分子量:~280,000)などの市販品を好適に用いることができる。分子量(GPC法による分子量)としては、40,000~280,000が好ましい。分子量が40,000未満では均一なコーティングができず、また、分子量が280,000を超えると薬物移行性が十分でないため、好ましくない。
【0023】
<マイクロニードルへの薬物含有コーティング形成方法>
マイクロニードルへの薬物含有コーティングの形成方法は、上記水溶性薬物(水溶性ステロイド)、水溶性高分子、及び必要に応じてその他添加剤、そして溶媒である揮発性液体を配合して液状又は懸濁液状の薬液(コーティング液)を調製し、調製した薬液をマイクロニードルに対して塗布し乾燥させればよい。例えば上記水溶性薬物等を含有するコーティング液に、マイクロニードルを浸漬し、浸漬したマイクロニードルを引き上げて乾燥することにより、例えばマイクロニードルが錐状の形状を有する場合、その錐体の外周面上に水溶性薬物を含むコーティングを付着させ、薬物を担持させることができる。このとき、水溶性薬物が所望の担持量となるように、浸漬及び乾燥を繰り返して行ってもよい。
【0024】
上記コーティング液中の前記水溶性薬物(水溶性ステロイド)の配合量は、前述の投与量を考慮して決定され得るが、前記コーティング液の全質量に対して、例えば5質量%~20質量%の濃度を有するように配合することが好ましい。配合量が5質量%未満の場合は、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療に対する効果がなく、20質量%を超える場合は、副作用(ショック、アナフィラキシー様症状等)が現れるので好ましくない。
また担体である水溶性高分子の配合量は、例えば10質量%~50質量%であることが好ましい。配合量が10質量%未満であれば均一なコーティングができず、配合量が50質量%を超える場合は薬物移行が十分でないため、好ましくない。
【0025】
前記揮発性液体として、水、生理食塩水、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミ
ド、エタノール、イソプロピルアルコール及びそれらの混合物を用いることができる。これらの中で水、生理食塩水が最も好ましい。該揮発性液体は、前記コーティング液の全質量に対して例えば20質量%~90質量%の濃度を有するように配合することが好ましい。
【0026】
上記コーティング液(薬液)には、安定化剤、可塑剤、緩衝剤、基剤、懸濁化剤、抗酸化剤、着色剤、乳化剤、粘稠化剤、pH調節剤、分散剤、防腐剤、保存剤、溶剤、界面活性剤(非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤)及び塩類等を添加してもよい。
また上記コーティング液には、薬効補助剤、経皮吸収促進剤、あるいは薬物の溶解補助剤として、例えばクロタミトン、l-メントール、ハッカ油、リモネン、ジイソプロピルアジペート、サリチル酸メチル、サリチル酸グリコール、チモール、ハッカ油、ノニル酸ワニリルアミド、トウガラシエキス等を配合してもよい。
これらその他添加剤、並びにその他既知の製剤補助物質等は、それらが、マイクロニードルへのコーティング液の塗布において必要な溶解性及び粘度、並びに乾燥・コート後のコーティングの物理的性質(保形性)、さらには、形成したコーティングの皮膚刺激性や水溶性薬物の皮膚透過性などに悪影響を及ばさない限りにおいて、その種類及び配合量を適宜決定され得る。
【0027】
本発明のマイクロニードルデバイスにおいて、上記のマイクロニードルに施されたコーティングは、例えば溶媒(揮発性液体)として水を含み、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム等の水溶性ステロイド(水溶性薬物)と、ヒドロキシプロピルセルロース等の水溶性高分子(担体)の組み合わせからなり、従来にないコーティング組成を有する。
そしてこのコーティングは、溶媒や担体としてグリセリン等の不揮発性成分を用いずとすることにより、乾燥させることによって適度な硬さを有するコーティングとなり、そのため、マイクロニードル穿刺時の薬物(コーティング)剥がれを防止できる。一方、グリセリン等のオイル状物質をコーティングに配合した場合、形成したコーティングが柔らかすぎるものとなり得、マイクロニードル穿刺時にコーティング(薬物)が脱落し、言わばマイクロニードルのみの穿刺となり得、場合によって穿刺孔等への薬物の放出に至らない結果となり得る。
また本発明にあっては、コーティング組成として水溶性高分子などの水によく溶ける成分を使用しているため、マイクロニードルが眼瞼皮膚、特に眼瞼結膜に穿刺されたとき、皮内の水分によりコーティング中の水溶性高分子などが素早く溶解し、薬物がコーティングから放出されてマイクロニードルから脱離し、皮内へと移行できる。これは薬物の投与時間に有利に働くと考えられる。
【0028】
[眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与する方法]
上述したように、本発明の眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与する方法は、前記疾患に罹患している又は罹患の疑いのある患者の、マイボーム腺を含む眼瞼組織に、前記マイクロニードルデバイスを用いてマイクロニードルを穿刺する工程を含むものである。
前記のマイクロニードルを穿刺する工程は、好ましくは眼瞼皮膚表面又は眼瞼結膜表面に前記マイクロニードルを穿刺する工程であり、特に好ましくは眼瞼結膜表面に前記マイクロニードルを穿刺する工程である。
このマイクロニードルを穿刺する工程は、1秒乃至10秒間、例えば1秒、3秒、5秒、あるいは7秒間、前記マイクロニードルを穿刺する工程であることが好適である。マイクロニードルを穿刺する工程をより長く設けることで、眼瞼皮膚又は眼瞼結膜の皮内の水分によりコーティング中の水溶性高分子などの成分の溶解が進み、マイクロニードルからの薬物の放出・脱離が進み、皮内への薬物の移行が促進される。ただし、この工程をあまり長く設けても、コーティングが完全に溶解した後ではさらなる効果は得られず、また穿
刺される対象組織の障害(出血や組織損傷)が強まる虞がある。
【0029】
本発明の上記方法にあっては、前記眼瞼組織に血管収縮剤を適用する工程を含んでいてよい。この血管収縮剤を適用する工程は、前記のマイクロニードルを穿刺する工程の前、マイクロニードルを穿刺する工程の間、さらにはマイクロニードルを穿刺する工程の後の何れであってもよい。なお、マイクロニードルの穿刺部位の出血を効率的に防止できる観点から、血管収縮剤を適用する工程は穿刺前又は穿刺中が好ましく、さらに、穿刺操作の簡便さの観点から、血管収縮剤を適用する工程は穿刺前とすることが最も好ましい。
上記血管収縮剤としては、眼瞼、眼瞼結膜、そして眼瞼や眼瞼結膜を含む眼部全体において適用可能である一般的な血管収縮剤を用いることができ、またこれら組織に通常適用される量にて適用可能である。上記血管収縮剤としては、例えば、ナファゾリン塩酸塩、及びオキシメタゾリン塩酸塩などのα1受容体作動薬、テトラヒドロゾリン塩酸塩、ミドドリン塩酸塩、スマトリプタンコハク酸塩、ゾルミトリプタン等が挙げられる。
【0030】
[眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療方法]
また本発明は、眼瞼疾患または眼瞼結膜疾患の治療方法も対象とし、前記方法は、疾患に罹患している又は罹患の疑いのある患者の眼瞼皮膚又は眼瞼結膜表面に、前記のマイクロニードルデバイスにおけるマイクロニードルを穿刺する工程を含む。
上記マイクロニードルを穿刺する工程は、先の[眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患の治療用の薬物を投与する方法]における<マイクロニードルを穿刺する工程>と同様に、1秒乃至10秒間、例えば1秒、3秒、5秒、あるいは7秒間、前記マイクロニードルを穿刺する工程とすることができる。
また、前記治療方法は、前記眼瞼組織に血管収縮剤を適用する工程を含んでいてよい。この血管収縮剤としては前述したものが挙げられ、この血管収縮剤を適用する工程は、前記のマイクロニードルを穿刺する工程の前、マイクロニードルを穿刺する工程の間、さらにはマイクロニードルを穿刺する工程の後の何れであってよい。なお上述したように、マイクロニードルの穿刺部位の出血を効率的に防止できることから、血管収縮剤は穿刺前の投与又は穿刺中の投与が好ましく、さらに、穿刺操作の簡便さの観点から、血管収縮剤は穿刺前の投与が最も好ましい。
【0031】
さて従来より、眼部、特に眼瞼皮膚やあるいは眼瞼結膜に対する疾患に対する薬物の従来の投与方法としては、点眼剤、軟膏剤、またパッチ等の貼付剤の使用、また注射による薬物の直接投与などが行われている。
軟膏剤やそして点眼剤は、薬物によっては皮膚透過性が良好といえず、長期使用による副作用も引き起こし得、また貼付形態の投与は投与時の違和感(異物感)が大きい。また、眼部に対して、例えば結膜下やテノン嚢下に薬物を直接投与(注射)する場合、細菌等の感染のリスク、そして眼部組織の損傷のリスクを伴い、非医療従事者の実施が困難であるばかりか、医療従事者、そして患者への心理的負担も少なくない。
【0032】
これに対して、本発明の水溶性薬物をコーティングしたマイクロニードルを備えるマイクロニードルデバイスは、点眼投与や軟膏剤投与、貼付剤に比べて、さらに全身投与(経口、静脈内、皮下、筋肉内など)に比べ、マイボーム腺等の標的部位に対して特異的な薬物投与を可能とする。そのため、本発明のマイクロニードルデバイスを用いることにより、当該標的部位への薬物移行を速やかなものとし、効率的に必要十分量の薬物を投与することが可能となる。また本発明のマイクロニードルデバイスは、全身投与と比較して、標的部位以外の薬物暴露を少ないものとすることができ、アドヒアランスや安全性等において非常に有利である。さらに、短時間での薬物投与を可能とするため、投与時の違和感(異物感)も少ない。
また本発明のマイクロニードルデバイスによる薬物投与は、結膜下への直接投与、テノン嚢下注射や眼内注射といった眼局所的投与に比べ、細菌等への感染のリスクや眼部損傷
のリスクが軽減されるため、医療従事者、さらには患者の精神的負担が少ない。
このように、眼部、特に眼瞼皮膚やあるいは眼瞼結膜に対する疾患の従来の治療・処置法と比べて、本発明のマイクロニードルデバイスは、投与速度(迅速な投与)や投与濃度(必要十分量の濃度)において優位であり、疾患部位を短期間で治療し改善させることに寄与するものとなり得る。処置時の負担の軽減や長期使用による副作用抑制の観点、そしてアドヒアランスの改善、安全性等の観点からも、前記マイクロニードルデバイスは有用な経皮薬物送達システムとなることが期待される。
そして本発明の上記マイクロニードデバイスは、マイボーム腺を通じた他の眼組織への薬物移行にも寄与することが期待でき、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患のみならず、マイボーム腺の脂質放出異常を原因とするドライアイに代表される眼瞼の組織の機能不全による眼疾患治療、さらには、白内障、緑内障、霞粒腫、結膜炎、感染症、角膜内皮障害、ぶどう膜炎、眼内炎、網膜症、加齢黄斑変性、ドライアイなどの眼疾患治療全般において、優位な経皮薬物送達システムとなることが期待される。
【0033】
[眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セット]
本発明の上述のマイクロニードルデバイスは、眼瞼皮膚支持土台及び/又は血管収縮剤を含む製剤とともに、眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セットとして用いることができる。上記眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セットも本発明の対象である。
本セットにおいてマイクロニードルデバイスとして、前述の薬物含有コーティングが表面上の少なくとも一部に施されてなるマイクロニードルを備える本発明のマイクロニードルデバイス、さらには該マイクロニードルを備えるマイクロニードルアレイを含む態様の、本発明のマイクロニードルデバイスを使用することができる。このようなセットの態様とすることで、眼瞼皮膚側若しくは眼瞼結膜側の投与方法又は他の投与方法であっても、直接手を眼部内に触れることなく投与が可能になるため、感染症防止が防止でき、衛生面の観点から有利である。
【0034】
<眼瞼皮膚支持土台>
眼瞼のような柔軟性に富む皮膚は、単に従来のマイクロニードル穿刺処理(マイクロニードルアレイ処理)では十分に穿刺されず、薬物の透過を向上させる効果を得られない問題が少なからず存在する。これに対し、穿刺される皮膚に適度な硬さを持たせることにより、マイクロニードルによる十分な穿刺が可能となる。この穿刺される皮膚に適度な硬さを持たせる方法として、該当する皮膚を支持する土台を用いればよい。
すなわち前記眼瞼皮膚支持土台とは、前記マイクロニードル(マイクロニードルアレイ)で眼瞼皮膚を穿刺処理する際、例えば眼瞼皮膚と眼球の間の隙間に差し入れて使用する、眼瞼を支持する土台である。
上記眼瞼皮膚支持土台は、例えば眼瞼皮膚と眼球の間の隙間にその一部を差し入れて、眼瞼の表側(皮膚)と裏側(結膜)を挟み、それにより眼瞼結膜を反転させて露出させることができるように配置される。あるいは、上記眼瞼皮膚支持土台は、眼瞼皮膚と眼球の間の隙間に、眼瞼内側の結膜から差し入れられ、マイクロニードル穿刺処理(マイクロニードルアレイ処理)時に、マイクロニードル(又はマイクロニードルアレイ)と眼瞼皮膚支持土台で眼瞼皮膚を挟むように配置される。
上記眼瞼皮膚支持土台としては、眼瞼皮膚と眼球の間に少なくともその一部が挿入できる大きさや厚みを有し、そして上記の機能を有するものであれば特に限定されない。例えば挟瞼器又は角膜保護板(リッドプレート、角板とも呼ばれる)を用いることができる。角膜保護板(リッドプレート)とは一般的に眼科で用いられている医療器具のひとつを意味する。
挟瞼器を用いて眼瞼結膜を穿刺する場合、挟瞼器の枠(窓部)を眼瞼内側の結膜側から差し込み、挟瞼器の挟瞼面(板状部材)を眼瞼皮膚上に置いて、挟瞼器の枠と挟瞼器の挟瞼面で眼瞼皮膚(及び眼瞼結膜)を挟み込み、皮膚を伸展し張りをもたせるとともに、皮膚を反転して眼瞼結膜を露出させ、挟瞼器の枠(窓部)内の眼瞼結膜をマイクロニードル
にて穿刺処理すればよい。あるいは反対に眼瞼皮膚を穿刺する場合、挟瞼器の挟瞼面(板状部材)を、穿刺する皮膚側とは反対の眼瞼内側の結膜側に差し込み、挟瞼器の枠(窓部)を用いて、穿刺する皮膚側から眼瞼皮膚を挟み、皮膚を伸展し張りをもたせ、挟瞼器の枠(窓部)内の眼瞼皮膚をマイクロニードルにて穿刺処理すればよい。
また角膜保護板(リッドプレート)を用いる場合、角膜保護板(リッドプレート)の眼瞼側接触面を、穿刺する皮膚側とは反対の眼瞼内側の結膜に差し込み、角膜保護板(リッドプレート)で保持されている眼瞼皮膚をマイクロニードルにて穿刺処理すればよい。
さらに、マイクロニードルアレイに上記眼瞼皮膚支持土台となる機能(部材)を付与し、眼瞼皮膚支持土台の機能を有する“マイクロニードルデバイス”の態様として、眼瞼皮膚あるいは眼瞼結膜を挟むとともに穿刺する機能を持たせた態様としてもよい。
【0035】
また、上記眼瞼疾患又は眼瞼結膜疾患治療用セットに含み得る血管収縮剤を含む製剤としては、前述したものを採用できる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。これらの製剤例及び実施例は単なる例示であり、これらによって本発明の範囲を制限することを意図するものではない。
なお、本実施例において、混合物の組成比における「%」は「質量%」を意味する。
【0037】
《マイクロニードルデバイス(マイクロニードルアレイ)》
ポリカーボネートからなる円錐状マイクロニードル(高さ300μm×底面の直径300μm)を1アレイ当たり305本有するマイクロニードルアレイ(直径8mmφ)を用いた。
【0038】
[製造例:コーティング液の製造]
以下の手順に従って、マイクロニードルをコーティングするコーティング液を製造した。
【表1】
【0039】
[例1:水溶性ステロイドをコートしたマイクロニードルの製造]
表1に示す各コーティング液を、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に、厚み150μmとなるように塗布し、その塗布面に対し上記マイクロニードルアレイのニードル(針)を、先端側から垂直となるように接触させ、針の先端をフィルム表面まで到達させた。到達後、針を5秒程度保持した後、マイクロニードルアレイの針を塗布面から離した。その後、針を上向きとした状態で、12~24時間乾燥させ、コーティング液
を固着(コート)させた。
【0040】
[試験例1:ウサギ眼瞼結膜を用いた、水溶性ステロイドをコートしたマイクロニードルの穿刺によるマイボーム腺近傍組織内薬物濃度測定試験]
<試験方法>
ウサギ(Slc:JW/CSK、日本白色種、日本エスエルシー(株))に対してイソフルランの吸入により麻酔を施した後、眼瞼を反転させて眼瞼結膜を露出させた。露出させた眼瞼結膜に、製造例1で製造した水溶性ステロイドコーティングさせたマイクロニードルアレイを用いて、手で1秒間もしくは5秒間、マイクロニードルを穿刺した。なお、マイクロニードル穿刺による出血を抑制するため、穿刺10分前及び5分前に、ピペッターを用いて、血管収縮点眼剤である塩酸ナファゾリン(NPZ)を各50μL点眼した。
穿刺直後に穿刺部位をガーゼで拭き取り、その後、マイボーム腺を含む周辺組織(以下、マイボーム腺近傍組織とも表記)を摘出した。摘出したマイボーム腺を含む周辺組織内の薬物濃度を、後述の手順により測定した。
【0041】
《マイボーム腺近傍組織の薬物濃度測定方法》
摘出したマイボーム腺近傍組織をハサミで細切した後、得られた小片を遠心管に移し、水/アセトニトリル/メタノール=54/35/11の溶液を遠心管に1mL加えて小片を浸漬し、一晩冷蔵庫にて遠心管を静置した。遠心分離機を用いて10,000rpmで10分間遠心を行い、上清0.8mLを別の試験管に移した。上清に含まれる溶媒を窒素ガス吹付けにより除去し、得られた混合物を乾固させ、水/アセトニトリル/メタノール=54/35/11の溶液を0.5mL加えて再溶解した。遠心分離機を用いて10,000rpmで10分間遠心を行い、上清0.4mLをフィルタろ過し、下記の条件によるHPLC分析を用いた測定方法により、組織内の薬物濃度を測定した。
【0042】
先の組織内の薬物濃度の結果、並びに、(使用前の)マイクロニードルにコートされた薬物濃度より、薬物利用率を算出した。
なおマイクロニードルにコートされた薬物濃度は以下の手順で測定した。
《マイクロニードルにコートされた薬物濃度測定方法》
使用(穿刺)前のマイクロニードルを1mLのMilli-Q水を入れた遠心チューブに入れ、ニードル(針)全体がMilli-Q水に浸漬していることを確認した。チューブの蓋を占め、該チューブを一晩冷蔵庫にて静置した。遠心チューブから抽出液を回収し、フィルタろ過し、下記の条件によるHPLC分析を用いた測定方法により、穿刺前にマイクロニードルにコートされている薬物濃度を測定した。
【0043】
《HPLC》
装置 :LC-2010HT((株)島津製作所)
カラム :Kinetex 5 C8 100A、5μm、4.6mm×250mm((株)島津ジーエルシー)
カラム温度:40℃
注入量 :50μL
流速 :0.65mL/分
検出波長 :254nm
移動相 :0.1%リン酸緩衝液/アセトニトリル/メタノール=54/35/11
【0044】
得られた結果を表2及び表3に示す。
【0045】
【0046】
【0047】
上眼瞼皮膚への軟膏剤の塗布により疎水性ステロイドを投与した場合、マイボーム腺を含む眼瞼結膜において、投与後15分経過後に約2.1(±2.5)μg/gの組織内濃度(Cmax)が認められることが知られている(Lotemax(登録商標) Ointment 0.5% Product Monograph, 2004)。
本発明においては、薬物含有コーティングが施されたマイクロニードルの態様にて水溶性ステロイドを投与することにより、15分間の軟膏剤の投与と比べ、投与わずか1秒後には約2倍の、投与5秒後には約7倍ものマイボーム腺近傍組織内の薬物濃度が認められた(表2参照)。すなわち本発明によれば、投与後わずか5秒間でマイボーム腺近傍組織内の薬物濃度を約15μg/gにまで高めることができる。すなわち、一般に必要十分量とされる0.050μg/g以上のステロイド剤を、短時間で患部に到達させることができる。
また本発明によれば、わずか5秒間の穿刺によって平均で約17~20%にまで薬物利用率を高めることができ、投与速度・投与効率ともに優位であることが確認できた。
【0048】
このように本発明によれば、従来の治療法と比べ、患部であるマイボーム腺を含む周辺組織に短時間で必要十分量の投与濃度を実現し、ステロイドの長期的な使用を避けることが可能である。そのため、従来用いられてきたステロイド点眼剤及び眼軟膏等の眼科用ステロイドの長期的な使用によって誘発される眼圧上昇、白内障、角膜上皮障害及び角膜創傷治癒の遅延、感染症、ならびに、一過性の眼の不快感やステロイド誘発性のカルシウム沈着等の他の深刻な副作用がない。また短時間処置であることから、貼付形式の剤形で強いられた違和感についても軽減され、本発明は患者の負担が少ない治療法に寄与し得る経皮吸収送達システムとなることが考えられる。