(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-16
(45)【発行日】2023-08-24
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20230817BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20230817BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20230817BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20230817BHJP
C22C 30/06 20060101ALI20230817BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20230817BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20230817BHJP
C23C 2/28 20060101ALI20230817BHJP
C23C 22/12 20060101ALI20230817BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230817BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20230817BHJP
【FI】
C23C28/00 C
B21D22/20 G
B21D22/20 H
C22C18/00
C22C18/04
C22C30/06
C23C2/06
C23C2/12
C23C2/28
C23C22/12
C22C38/00 301T
C22C38/04
(21)【出願番号】P 2021543047
(86)(22)【出願日】2020-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2020032643
(87)【国際公開番号】W WO2021039971
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2022-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2019157205
(32)【優先日】2019-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 公平
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】竹林 浩史
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特許第6443596(JP,B1)
【文献】特開平08-013154(JP,A)
【文献】国際公開第2018/139620(WO,A1)
【文献】特開2010-180428(JP,A)
【文献】国際公開第2013/153682(WO,A1)
【文献】特開2018-090879(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
C23C 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる母材と、
前記母材の表面に形成されためっき層と、
前記めっき層の表面に形成された化成処理皮膜と、
を備え、
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:20.00~45.00%、
Fe:10.00~45.00%、
Mg:4.50~15.00%、
Si:0.10~3.00%、
Ca:0.05~3.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、
を含み、残部がZnおよび不純物であり、
前記化成処理皮膜が、質量%で、Mg:5.0~50.0%、Ca:0.5~5.0%を含有するりん酸亜鉛結晶からなり、
前記化成処理皮膜の片面付着量が、0.1~10.0g/m
2である、
ことを特徴とするホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記めっき層の前記化学組成が、質量%で、
Al:25.00~35.00%、
Mg:6.00~10.00%、
の1種または2種を含有することを特徴とする、
請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記化成処理皮膜の前記片面付着量が、1.5~8.0g/m
2である、
ことを特徴とする請求項1または2に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
本願は、2019年08月29日に、日本に出願された特願2019-157205号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び地球温暖化の防止のために、化学燃料の消費を抑制することが要請されている。このような要請は、例えば、移動手段として日々の生活や活動に欠かせない自動車についても例外ではない。このような要請に対し、自動車では、車体の軽量化などによる燃費の向上等が検討されている。自動車の構造の多くは、鉄、特に鋼板により形成されているので、この鋼板を薄くして重量を低減することが、車体の軽量化にとって効果が大きい。しかしながら、単純に鋼板の厚みを薄くして鋼板の重量を低減すると、構造物としての強度が低下し、安全性が低下することが懸念される。そのため、鋼板の厚みを薄くするためには、構造物の強度を低下させないように、使用される鋼板の機械的強度を高くすることが求められる。
よって、鋼板の機械的強度を高めることにより、以前使用されていた鋼板より薄くしても機械的強度を維持又は高めることが可能な鋼板について、研究開発が行われている。このような鋼板に対する要請は、自動車製造業のみならず、様々な製造業でも同様になされている。
【0003】
一般的に、高い機械的強度を有する材料は、曲げ加工等の成形加工において、形状凍結性が低い傾向にあり、複雑な形状に加工する場合、加工そのものが困難となる。この成形性についての問題を解決する手段の一つとして、いわゆる「熱間プレス方法(ホットスタンプ法、高温プレス法、ダイクエンチ法)」が挙げられる。この熱間プレス方法では、成形対象である材料を一旦高温に加熱して、加熱により軟化した材料に対してプレス加工を行って成形した後に、または成形と同時に、冷却する。
【0004】
この熱間プレス方法によれば、材料を一旦高温に加熱して軟化させ、材料が軟化した状態でプレス加工するので、材料を容易にプレス加工することができる。従って、この熱間プレス加工により、良好な形状凍結性と高い機械的強度とを両立したプレス成形品が得られる。特に材料が鋼の場合、成形後の冷却による焼入れ効果により、プレス成形品の機械的強度を高めることができる。
【0005】
しかしながら、この熱間プレス方法を鋼板に適用した場合、例えば800℃以上の高温に加熱することにより、表面の鉄などが酸化してスケール(酸化物)が発生する。従って、熱間プレス加工を行った後に、このスケールを除去する工程(デスケーリング工程)が必要となり、生産性が低下する。また、耐食性を必要とする部材等では、加工後に部材表面へ防錆処理や金属被覆をする必要があるので、表面清浄化工程、表面処理工程が必要となり、やはり生産性が低下する。
【0006】
このような生産性の低下を抑制する方法の例として、ホットスタンプ前の鋼板にめっき等の被覆を施すことで、耐食性を高めるとともに、デスケーリング工程を省略することが考えられている。
【0007】
このようなめっき鋼材として、例えば、特許文献1には、鋼板表面に、Al:20~95質量%、Ca+Mg:0.01~10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板が開示されている。特許文献1によれば、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成が抑制され、かつ熱間プレス時に金型にめっきが凝着することなく、また、得られる熱間プレス部材は、外観が良好であり、優れた塗装密着性や耐食性を有すると開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、鋼材表面に、Al-Fe合金層とZn-Mg-Al合金層とを含むめっき層が備えられた、耐食性を飛躍的に向上しためっき鋼材が開示されている。
【0009】
上述のようなめっき鋼材をホットスタンプして得られる部材は自動車部品に適用されることが多く、自動車部品として適用される場合、部材には一般に化成処理が施される。しかしながら、特許文献1及び特許文献2では、化成処理皮膜を形成した場合の特性については何ら検討されていない。
本発明者らが検討した結果、AlやZnを含むめっき層を有する鋼板にホットスタンプを行って得られた部材に、自動車用として一般的な化成処理であるりん酸亜鉛処理を行っても、りん酸亜鉛皮膜が形成されにくい、または形成されたとしても、さらに表面に電着塗膜等を形成した際の塗膜密着性が十分でない場合があることが分かった。
【0010】
特許文献3には、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面を、金属表面処理剤を用いて処理する方法が開示されている。特許文献3では、化成処理液にフッ素化合物を含有させることで、化成処理によってめっき鋼板のめっき層表面にAlおよびMgのフッ化物を含む反応層が形成され、化成皮膜とめっき層表面との密着力をより高めることができると開示されている。
【0011】
しかしながら、特許文献3では化成処理皮膜に電着塗膜等を形成した場合の塗膜密着性については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】日本国特開2012-112010号公報
【文献】日本国特開2017-66459号公報
【文献】日本国特開2016-89232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた。本発明は、スケが抑制されかつ塗膜密着性に優れた化成処理皮膜を有する、ホットスタンプ成形体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明らは、溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板のめっき層の組成バランスと製造時の条件とを制御することで、スケが抑制されかつ塗膜密着性に優れた化成処理皮膜を有する、ホットスタンプ成形体が得られることを知見した。
本発明は上記知見に基づいて完成され、その要旨は以下の通りである。
【0015】
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、鋼からなる母材と、前記母材の表面に形成されためっき層と、前記めっき層の表面に形成された化成処理皮膜と、を備え、前記めっき層の化学組成が、質量%で、Al:20.00~45.00%、Fe:10.00~45.00%、Mg:4.50~15.00%、Si:0.10~3.00%、Ca:0.05~3.00%、Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%、Sr:0~0.50%、Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Mn:0~1.00%、を含み、残部がZnおよび不純物であり、前記化成処理皮膜が、質量%で、Mg:5.0~50.0%、Ca:0.5~5.0%を含有するりん酸亜鉛結晶からなり、前記化成処理皮膜の片面付着量が、0.1~10.0g/m2である。
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ成形体は、前記めっき層の前記化学組成が、質量%で、Al:25.00~35.00%、Mg:6.00~10.00%、の1種または2種を含有してもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載のホットスタンプ成形体は、前記化成処理皮膜の前記片面付着量が、1.5~8.0g/m2であってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の上記態様によれば、スケが抑制されかつ塗膜密着性に優れた化成処理皮膜を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態に係るホットスタンプ成形体を示す模式図である。
【
図2】本実施形態に係るホットスタンプ成形体の化成処理皮膜の組織の一例を示す図である。
【
図3】実施例No.12(比較例)のホットスタンプ成形体の化成処理皮膜の組織の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体(本実施形態に係るホットスタンプ成形体)について、図面を参照しながら説明する。
図1を参照し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1は、鋼からなる母材2と、母材2の表面に形成されためっき層3と、めっき層3の表面に形成された化成処理皮膜4とを備える。
図1では、めっき層3と化成処理皮膜4とは母材2の片面にのみ形成されているが、両面に形成されていてもよい。
【0019】
<母材>
母材2は、鋼からなる。母材2は、例えば鋼板をホットスタンプして得られるホットスタンプ部材である。そのため、
図1では、板形状をしているが、その形状は限定されない。
また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1は、めっき層3及び化成処理皮膜4が重要であり、母材2の化学組成等については特に限定されない。母材2は、適用される製品や要求される強度や板厚等によってめっき、ホットスタンプ及び化成処理に供する鋼を決定すればよい。例えば、母材としては、JIS G3193:2008に記載された熱延鋼板やJIS G3141:2017に記載された冷延鋼板を用いることができる。
【0020】
<めっき層>
[化学組成]
以下、めっき層、化成処理皮膜の化学組成に関する%は、断りがない限り質量%である。
【0021】
Al:20.00~45.00%、
Alは、めっき層3の耐食性を向上させるために必須な元素である。また、Al含有量が20.00%未満であると、ホットスタンプの加熱中にZn及びMgの蒸発を抑制するとともに化成処理層へのCaの供給源となる、CaとAlとを主体とした金属間化合物が、めっき層の表面に十分に生成されなくなる。その結果、めっき層3上に形成される化成処理皮膜4のスケが大きくなる。そのため、Al含有量を20.00%以上とする。好ましくは25.00%以上である。
一方、Al含有量が45.00%を超えても、ホットスタンプの加熱中に、めっき層3表面にCaとAlとを主体とした金属間化合物が生成しにくくなる。その結果、化成処理皮膜4のスケが大きくなる。そのため、Al含有量を45.00%以下とする。好ましくは35.00%以下である。
【0022】
Fe:10.00~45.00%
ホットスタンプ時に、めっき鋼板を加熱すると、Feが母材2からめっき層3に拡散するので、ホットスタンプ成形体1のめっき層3には必ずFeが含まれる。
Fe含有量が10.0%未満である場合、スポット溶接性、および溶着性が悪化する傾向にあるので、Fe含有量を、10.00%以上とする。
一方、Fe含有量が高すぎる場合、耐食性が悪化する傾向にあるので、Fe含有量を、45.00%以下とする。
【0023】
Mg:4.50~15.00%
Mgは、めっき層3の耐食性の向上に寄与する元素である。また、Mgは、ホットスタンプの加熱時に、めっき層3中のZn成分と結合して液相Znの発生を防止するので、LME割れを抑制する効果も有する。また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1では、Mgは化成処理皮膜4に拡散し、塗膜密着性を高める元素である。これらの効果を得るため、Mg含有量を4.50%以上とする。Mg含有量が4.50%未満であると、塗膜密着性が低下する。Mg含有量は好ましくは6.0%以上である。
一方、Mg含有量が15.00%を超えると、過度に犠牲防食が働き、めっき層3の耐食性が低下する傾向がある。また、めっき層3中に化成処理性を低下させるMg系の金属間化合物が多量に形成し、その結果、化成処理皮膜4のスケが大きくなるとともに、塗膜密着性が低下する。そのため、Mg含有量を15.00%以下とする。好ましくは10.00%以下である。
【0024】
Si:0.10~3.00%
Siは、Mgとともに化合物を形成して、耐食性の向上に寄与する元素である。また、Siは、鋼板上にめっき層を形成するにあたり、鋼板表面とめっき層との間に形成される合金層が過剰に厚く形成されることを抑制して、鋼板とめっき層との密着性を高める効果を有する元素でもある。Si含有量が0.10%未満ではこれらの効果が十分に得られない。そのため、Si含有量を0.10%以上とする。
一方、Si含有量が3.00%を超えると、Mg2Si、Mg2Ca、あるいは(Mg,Ca)2Siが形成されて、化成処理皮膜4に含有されるMg含有量ならびにCa含有量が不足し、塗膜密着性が低下する。また、Si相が過剰に生成すると、耐チッピング性、耐焼付き性が低下する。そのため、Si含有量を3.00%以下とする。
【0025】
Ca:0.05~3.00%
本実施形態に係るホットスタンプ成形体1では、Caは化成処理皮膜4に拡散し、塗膜密着性を高める元素である。Ca含有量が0.05%未満では、化成処理皮膜4のスケが大きくなる。そのため、Ca含有量を0.05%以上とする。
一方、Ca含有量が3.00%を超えると、化成処理性を低下させるCaを主体とする金属間化合物が形成されることで、化成処理皮膜のMg含有量、Ca含有量が不足するとともにスケが大きくなり、塗膜密着性が低下する。そのため、Ca含有量を3.00%以下とする。
【0026】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体1のめっき層3は、上記の元素を含有し、残部がZn及び不純物からなることを基本とする。
しかしながら、めっき層3は、上記の元素に加えて、Sb、Pb、Cu、Sn、Ti、Sr、Cr、Ni、Mnを下記の範囲で含有してもよい。これらの元素は必ずしも含有する必要がないので、下限は0%である。また、これらの元素の合計含有量は、5.00%以下であることが好ましい。
【0027】
Sb:0~0.50%
Pb:0~0.50%
Cu:0~1.00%
Sn:0~1.00%
Ti:0~1.00%
Sb、Pb、Cu、SnおよびTiは、めっき層3中でZnと置換され、MgZn2相内で固溶体を形成するが、所定の含有量の範囲内であれば、ホットスタンプ成形体1の特性に悪影響を及ぼさない。よって、これらの元素がめっき層3中に含まれていてもよい。しかしながら、それぞれの元素の含有量が過剰な場合、ホットスタンプの加熱時に、これらの元素の酸化物が析出し、ホットスタンプ成形体1の表面性状が悪化して化成処理性が低下する傾向がある。また、Pb、Snの含有量が過剰な場合には、溶着性および耐LME性も劣化する。
そのため、SbおよびPbの含有量は、それぞれ0.50%以下、Cu、SnおよびTiの含有量はそれぞれ1.00%以下とする。SbおよびPbの含有量は0.20%以下とするのが好ましい。Cu、SnおよびTiの含有量は、0.80%以下が好ましく、0.50%以下がより好ましい。
【0028】
Sr:0~0.50%
Srは、製造時にめっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制するために有効な元素である。また、Srは、ホットスタンプの熱処理時に、大気酸化を抑制するので、熱処理後のめっき鋼板の色変化を抑制する元素である。そのため、Srを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Sr含有量は0.05%以上とするのが好ましい。
一方、Srは、含有量が過剰な場合、腐食試験において塗膜膨れ幅および流れ錆に悪影響を与える。そのため、Sr含有量は0.50%以下とする。Sr含有量は、0.30%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。
【0029】
Cr:0~1.00%
Ni:0~1.00%
Mn:0~1.00%
Cr、NiおよびMnは、めっき鋼板においては、めっき層と母材との界面付近に濃化し、めっき層表面のスパングルを消失させるなどの効果を有する元素である。よって、Cr、NiおよびMnから選択される一種以上が、めっき層3中に含まれていてもよい。これらの効果を得る場合、Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ0.01%以上とするのが好ましい。
一方、これらの元素の含有量が過剰な場合には、塗膜膨れ幅および流れ錆が大きくなり、耐食性が悪化する傾向にある。よって、Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ1.00%以下とする。Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ、0.50%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。
【0030】
めっき層の平均組成は、めっき層を溶解して剥離した後、誘導結合プラズマ発光(ICP)分析法により、剥離されためっき層に含まれる元素の含有量を分析することで測定する。めっき層の剥離は、例えば、地鉄の腐食を抑制するインヒビター(酸洗抑制防止剤:朝日化学製)を加えた10%塩酸に浸漬し、発泡が停止したところを溶解完了と判断すればよい。
【0031】
めっき層の組織は限定されないが、例えばFe-Al相、Zn-Mg相、Zn-Al-Mg相を含んでいる。また、めっき層の付着量は限定されないが、10~120g/m2が好ましい。めっき層の付着量は、上述の方法でめっき層を室温で溶解し、溶解前後の重量変化から求めることができる。
【0032】
<化成処理皮膜>
[質量%で、Mg:5.0~50.0%、Ca:0.5~5.0%を含有するりん酸亜鉛結晶からなる]
通常、Alを含むめっき層を有する鋼材をホットスタンプして得られたホットスタンプ成形体の表面(めっき層の表面)には、主としてAl
2O
3からなる酸化物が形成される。めっき層表面に形成されたAl
2O
3は化成処理皮膜の形成を妨げるので、表面にAl
2O
3が形成されためっき鋼材に化成処理を行うと、ホットスタンプ成形体において、化成処理皮膜のスケの割合が大きくなる。
これに対し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体では、後述するような方法でめっきを行うことで、化成処理に供するホットスタンプ後のめっき鋼材の表面に、Ca、Mgを主体とする酸化物皮膜が形成される。この鋼材に対し、りん酸亜鉛処理(化成処理)を行うと、化成処理皮膜にMg及びCaが拡散し、質量%で、Mg:5.0~50.0%、Ca:0.5~5.0%を含有するりん酸亜鉛結晶からなる化成処理皮膜4が形成される。
図2に本実施形態に係るホットスタンプ成形体1の化成処理皮膜4の代表的な組織写真を示す。この化成処理皮膜4は、Mg:5.0~50.0%、Ca:0.5~5.0%を含有するりん酸亜鉛結晶11からなり、りん酸亜鉛結晶11は、結晶粒径が長径10μm以下、短径5μm以下の鱗片状である。また、このようなりん酸亜鉛結晶11が形成される場合、スケの割合が10%以下になる。また、Mgを含有する化成処理皮膜は、それ自体が耐食性に優れるので、Mgを含有しない化成処理皮膜に比べて塗装後密着性(塗膜密着性)の向上に寄与する。
化成処理を行う鋼材の表面にMg、Caの酸化物皮膜が十分に形成されないと、Al酸化物が生成し、化成処理皮膜4のスケが大きくなる。化成処理皮膜中のMg、Ca含有量が少ないと、化成処理皮膜の耐食性が低下するので、塗膜密着性が低下する。
一方、Mg、Ca含有量が多いと、化成処理皮膜の耐食性がかえって低下するので、塗膜密着性が低下する。
ホットスタンプの条件やめっき層の厚みによっては、合金化によってめっき層に拡散したFeが、りん酸亜鉛結晶の化成処理皮膜中に存在することがある。
【0033】
化成処理皮膜の化学組成は、めっき層は溶解せず化成処理皮膜のみを溶解する薬剤、例えば、20%クロム酸で溶解し、化成処理皮膜が溶解した溶液をICP分析し、化成処理皮膜の平均組成を測定することで得られる。または、予め検量線を作成し、蛍光X線で定量分析することでも測定できる。
【0034】
[片面付着量が、0.1~10g/m2]
化成処理皮膜4の片面付着量が0.1g/m2未満では、塗膜密着性(化成処理皮膜の表面に塗膜を形成した際の密着性)の向上効果が十分に得られない。一方、片面付着量が10g/m2を超えると、曲げ加工などを受けた際に化成処理皮膜内で亀裂を生じやすくなり、塗膜剥離の原因となる。そのため、片面付着量を0.1~10g/m2とする。好ましくは、1.5~8.0g/m2である。
【0035】
片面付着量を溶解する方法で求める場合、測定する面以外の、反対側の面及び端面をテープでシールして、溶解液に浸漬することで測定面のみの剥離液を得て、溶解前後の重量変化から求めることができる。
蛍光X線で測定する場合は、片面のみの付着量が求められる。
【0036】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体1では、めっき層3と化成処理皮膜4との間に、さらに酸化物皮膜を備えていてもよい。この酸化物皮膜は、例えば、酸化カルシウムや酸化マグネシウムからなる。
【0037】
<製造方法>
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、製造方法に依らず、上記の特徴を有していればその効果が得られる。しかしながら、以下の工程を含む製造方法によれば安定して製造することができるので好ましい。
すなわち、本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、
(I)鋼材をめっき浴に浸漬してめっき層を有するめっき鋼材を得るめっき工程と、
(II)めっき工程後のめっき鋼材にホットスタンプを行うホットスタンプ工程と、
(III)ホットスタンプ後のめっき鋼材に化成処理を行う化成処理工程と、
を備え、
(IV)めっき工程において、めっき浴浸漬後の冷却過程で、浴温~450℃の平均冷却速度を10℃/秒以上とし、450~350℃の平均冷却速度を7℃/秒以下とし、350~150℃の平均冷却速度を4℃/秒以下とするように、室温まで冷却する、
製造方法によって得ることができる。
【0038】
<めっき工程>
[めっき浴への浸漬]
めっき工程では、原板となる鋼板等の鋼材を、めっき浴に浸漬することで、表面にめっき層を形成させる。
めっき浴への浸漬の条件については、例えば、600~940℃でめっき原板の表面を加熱還元処理し、N2ガスで空冷して鋼材の温度が浴温+20℃に到達した後、500~750℃の浴温のめっき浴に約0.2~6秒浸漬する。
浸漬時間が0.2秒未満では、めっき層が十分に形成されない場合がある。一方、浸漬時間が6秒超では、めっき層と鋼材とが過剰に合金化し、めっき層中に多量のFeが含有されることとなる。過剰のFeがめっき層に含有された場合、ホットスタンプの加熱中にZn及びMgの蒸発を抑制することが困難となる。そのため、浸漬時間が6秒超の場合には、その後の化成処理工程によって、所定の組成を有する化成処理皮膜が得られなくなり、ホットスタンプ成形体の塗膜密着性が低下する。
めっき浴は目的とするめっき層3の組成に応じて、Zn、Al、Mg及びその他の元素を含むように設定すればよい。めっき浴の組成は、例えば、Al:30.00~75.00%、Mg:4.00~17.00%、Si:0.20~2.00%を含み、必要に応じてめっき層に含有させたい任意元素を含み、残部がZnと不純物である。
【0039】
[冷却]
浴温~450℃の平均冷却速度:10℃/秒以上
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法では、めっき浴からめっき鋼材を引上げた後、450℃までの温度域の平均冷却速度が10℃/秒以上となるように冷却する。この温度域での平均冷却速度を10℃/秒以上とすることで、めっき鋼材の表面にAl酸化物が形成されることを抑制できる。
【0040】
450~350℃の平均冷却速度:7℃/秒以下
上記冷却に引き続き、450℃~350℃の温度域の平均冷却速度が7℃/秒以下となるように冷却を行う。
この温度域での冷却速度を低くして凝固組織を制御することで、引き続いて行われるホットスタンプ工程において、表面にAl含有量の少ない(例えば10%以下)、Mg、Caの酸化物が形成される。その結果、化成処理を行った場合に、スケが少なく、Mg、Caを含む化成処理皮膜が得られる。
また、亜鉛系のめっき層の場合、ホットスタンプによってZn(亜鉛)が蒸発することが懸念されるが、上記の通り制御された凝固組織では、詳細な機構は明らかでないものの、蒸気圧が高い元素であるZn及びMgの蒸発を抑制する効果を有するAl、Zn、Ca及び/またはSiを含有する金属間化合物がめっき層の表面近傍に優先的に生成することで、引き続き行われるホットスタンプの加熱時のZn及びMgの蒸発を抑制することができる。
【0041】
350~150℃の平均冷却速度:4℃/秒以下
上記冷却に引き続き、350℃~150℃の平均冷却速度を4℃/秒以下とすると、凝固組織に含有されるAlとZnとの固溶体がAl相とZn相とに分離することでめっき層の融点が低下し、Al、Zn、Ca及び/またはSiを含有する金属間化合物がホットスタンプ加熱中に溶融状態にあるめっき層の表面に移動しやすくなる。その結果として、より効率的にZn及びMgの蒸発を抑制することが可能となり、MgとCaとを含有した化成処理皮膜の形成が可能となる。
ただし、350℃~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であっても、一部の温度域の冷却速度が速いと好ましい金属組織が得られなくなる。そのため、350℃~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であって、350℃~250℃の平均冷却速度が4℃/秒以下、かつ250~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であることが好ましい。
【0042】
<ホットスタンプ工程>
めっき工程後のめっき鋼材(母材とその表面上に形成されためっき層とを有する鋼材)にホットスタンプを行う。
ホットスタンプの条件は限定されないが、例えば、めっき鋼板を750~1200℃に加熱し、0~8分保持した後、室温程度の温度にある平板金型でめっき鋼板を挟み込んで急冷する方法が挙げられる。
【0043】
<化成処理工程>
ホットスタンプ後の成形体に対して、化成処理を行う。化成処理については限定されず、公知のりん酸亜鉛処理とすればよい。
【0044】
上記の製造方法によれば、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を得ることができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
表1~表3に本発明で開示する実施例を示す。種々のZn-Al-Mg系めっき浴を建浴し、ホットスタンプ加熱に供した。めっき原板には、板厚1.6mmの鋼板(C:0.2%、Mn:1.3%を含む)を用いた。原板を100mm×200mmに切断した後、自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっきを施した。板温はめっき原板中心部にスポット溶接した熱電対を用いて測定した。
めっき浴浸漬前、酸素濃度20ppm以下の炉内においてN2-5%H2ガス雰囲気にて800℃でめっき原板表面を加熱還元処理し、N2ガスで空冷して浸漬板温度が浴温+20℃に到達した後、表2に示す浴温のめっき浴に約3秒浸漬した。めっき浴浸漬後、引上速度20~200mm/秒で引上げた。
引上げ時、N2ワイピングガスでめっき付着量を表2のように制御した。めっき浴から鋼板を引上げた後、表2に示す条件でめっき浴温から室温まで冷却した。
作製しためっき鋼板に対し、ホットスタンプ加熱と金型急冷とを施した。加熱条件は、900℃の加熱炉中にめっき鋼板を挿入し、めっき鋼板の温度が炉内温度-10℃に到達してから0~8分保定した後、室温程度の温度にある平板金型でめっき鋼板を挟み込み、急冷することで成形品を作製した。
上述した方法で調査した結果、ホットスタンプ後のめっき層の化学組成は、表1に示す通りであった。
No.31は、市販の合金化溶融亜鉛めっき鋼板に対しホットスタンプを行った。
【0047】
その後、ホットスタンプ後の鋼材から、50×100mm(×板厚)のサンプルを採取し、このサンプルに、りん酸亜鉛処理を(SD5350システム:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)に従い実施し、化成処理皮膜を形成させた。
【0048】
【0049】
【0050】
<化成処理皮膜の評価>
化成処理皮膜を調査するため、作製したサンプルを20%クロム酸で溶解し、化成処理皮膜が溶解した溶液をICP分析し、化成処理皮膜の平均組成を測定した。また、溶解前後の重量変化から片面当たり付着量を測定した。
また、化成処理皮膜が形成されためっき鋼板の表面をSEM観察することで、化成処理皮膜のスケの割合(面積%)を測定した。その際、SEM観察視野において、鋼板が露出した領域の面積率をスケの割合と定義した。スケの割合が10面積%以下であれば、スケが抑制されていると判断した。
なお、化成処理後のサンプルを25mm(C方向)×15mm(L方向)に切断し、サンプル表面のSEM像を得た。このSEM像に基づいて、りん酸亜鉛結晶の形状を観察した。その結果、発明例では、りん酸亜鉛結晶の、結晶粒径が長径10μm以下、短径5μm以下の鱗片状であることが確認された。
【0051】
<塗膜密着性(耐SDT性)>
ホットスタンプ成形体の塗膜密着性は、上述のようにサンプル50×100mmを、りん酸亜鉛処理(SD5350システム:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)に従い実施した後、電着塗装(PN110パワーニクスグレー-:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)を、塗膜厚が20μmとなるように実施して、焼き付け温度150℃、20分で焼き付けを行った後、地鉄に到達するクロスカット傷(40×√2mm 2本)を付けた塗装めっき鋼板を、55℃の5%NaCl塩水に1000h浸漬した後、テープ剥離により電着塗膜を剥離させ、剥離が生じた部分の面積率と赤錆発生状況とから評価した。
剥離面積が5%以下の場合は「AA」、剥離面積が5%超~10%の場合は、「A」、剥離面積が10%超の場合または赤錆が生じていた場合は「B」とした。
【0052】
結果を表3に示す。
【0053】
【0054】
本発明例であるNo.3、5~10、17~20、23~26、28、29においては適切な製造条件でめっき鋼板を作製し、ホットスタンプすることで、MgとCaとを含有した化成処理皮膜がめっき層上に形成されていた。その結果、優れた塗膜密着性を有していた。
図2は、表1~表3中、No.10のSEM像(BSE像)である。サンプル表面にはりん酸亜鉛結晶が形成されており、りん酸亜鉛結晶が形成されていないスケは見られなかった。ICP分析した結果、りん酸亜鉛結晶にはMgが33.5%、Caが2.6%含有されていた。
一方、めっき層の化学組成が本発明範囲外、または、製造方法が好ましくなかった比較例では、化成処理皮膜の組成及び/またはスケの面積率が大きくなり、塗膜密着性が低かった。例えば、No.12では、
図3に示すように、りん酸亜鉛皮膜13にはCa、Mgが含まれず、またスケ12も多く見られた。
また、市販の合金化溶融亜鉛めっき鋼板に対しホットスタンプを行ったNo.28でも塗膜密着性は劣位であった。
【符号の説明】
【0055】
1 ホットスタンプ成形体
2 母材
3 めっき層
4 化成処理皮膜
11 MgとCaとを含有するりん酸亜鉛結晶
12 スケ
13 MgとCaとを含有しないりん酸亜鉛結晶